Sun.

そこから 2  

 翌日。まだほの暗いうちに、アレクはトールを懐に突っ込んで宿を発った。
 雲は少し出ているけれども、空は十分に晴れている。

「ちょっと空気が湿ってまんな。ま、このくらいの寒さの方がわてにはありがたいですが」
「そうか、良かったな」

 ゆっくりと朝の空気を胸いっぱいに吸い込んで吐き出すと、アレクは待ち合わせの場所へと足を向けた。
 依頼人の姿は、すでにそこにあった。

「おはようございます。晴れてくれて助かりましたよ。二人だし、身軽に動けます」

(本当は三人なんだがな)

と、アレクは思った。つい雪精トールのことをサリマンに言いそびれ、彼を紹介することができていない。
 そんな心中も知らず、サリマンはきびきびと言った。

「順調に行けば昼過ぎ頃には着くはずです。さ、それでは出発しますか」

 街道をひたすら北へ、北へ。
 まだ明け切っていない街道には、人の行き交いもまばらだ。荷でいっぱいの大籠を背負う者たちと幾たびかすれ違った。

「・・・久しぶりだなあ、この道を行くのも。用が無ければ、町の外なんてそんなに出ませんからね」

 少し感慨深そうにサリマンは口を開いた。

「ああでも、あなたは冒険者ですから、そんな事もないのかな?」
「そうだな・・・つい先ごろまでは、北の辺境や港町に滞在していた。町の外にはよく出ると言っていいと思う」

 ”金狼の牙”たちがキーレで成した出来事は、まだリューンに伝わってきていない。
 噂話は人の歩く速度と同じくらいというから、もう少ししたらサリマンもあの噂を耳にしたかもしれなかったが、今はまだ彼の知るところではなかった。
 それゆえに、質問者はのんびりと頷くに留まっている。

そこから4

「そうでしょうねえ。外の世界に実際に触れたら、きっと想像もつかない事だらけなんだろうな」
「それは間違いないな」
「残念ながら今回の行程はずいぶんと単調です。もし良ければ道すがら、いろいろ話を聞かせて下さい」

 今回の依頼人は、ずいぶん饒舌なようだった。
 アレクの冒険譚にはことに興味を惹かれている様子だったので、話下手ながらも一所懸命に、乞われるまま新米の頃に請けた大蛇退治や葡萄酒運びの護衛、フィロンラの花を採取した遺跡の話などをしてみた。
 しゃべりながら歩く街道は、リューンの主要なものなので整備も治安も申し分ない。
 ちょうど話が大海蛇退治の辺りに差し掛かった時、街道沿いの詰め所前で年のいった治安警備隊員が、焚き火にあたりながらまだ眠そうに歯を磨いていた。
 その焚き火の周りでは串に刺した丸いパンが幾つか炙られていて、香ばしい匂いを辺りに漂わせている。

「やあ、おはようございます。うまそうな朝食ですね」

 ごく自然な口調で如才ない様子に、アレクは心中で唸った。
 老人や警備隊等に所属している輩は、とかく頭の固い者が多い。口の利き方1つですぐ不快になることもある。
 しかし、そんなことを起こさせない彼の話しぶりに、アレクは(・・・もしかしたら、情報収集や交渉に長けるかも。)と評価をつけた。
 サリマンが声をかけると、老隊員は口にさした歯ブラシを引き抜いた。

「よかったら道すがら食べるかね。まだ余分もあるし、一個2spで分けてやるよ」
「お、いいですねえ。アレクシスも食べます?」

 黙って首肯しサリマンに2sp渡すと、彼は「それじゃあ2つ貰うよ」と老隊員に声をかける。

「おう、持ってきな。バターも使っていいぜ。そこの壷ん中だ」
「そいつは有りがたい」

 老隊員に4spを手渡して、彼は程よく炙られたパンを二つ、串から外した。
 それを真ん中からざっくりと割って、壷に入った真っ白なバターを中の木べらでたっぷり塗りつけた。

「あちち・・・・・・最近街道はどうです。何か変わった事は」
「ここ最近は平和なもんだよ。どこまで行くんだい」

そこから5

「バーセリックまで。明日には帰る予定なんですが」
「ふぅん。また辺鄙なとこに行きんなさるな。まぁ今のとこ、特に何も無いぜ」
「便りが無いのがいい知らせ、ってね。それは何よりの情報ですよ。じゃ、どうもありがとう」

 さり気なく街道の様子を聞きだし、相手の質問に過不足なく答えて自分の目的――遺体回収――については口にしていない。
 アレクはつくづく感心した。冒険者になりたいというサリマンは、結構向いているかもしれない。

 サリマンは親切な老隊員にパンを両手に握ったまま軽く手を挙げ、アレクの元に小走りで戻ってきた。

「どうぞ。熱いから気を付けて」
「ありがとう」

 炙りたての丸パンを受け取ると、小麦と溶けたバターの匂いがたちこめた。

「あっちち・・・はぐっ」

 必死に手の熱さを逃がしながらパンを頬張るサリマンの目を盗み、アレクは小さな欠片を冷ましてから懐に忍ばせた。
 小さな手でトールが受け取り咀嚼するのを感じつつ、アレクもまたパンにかぶりつく。

「・・・むぐむぐうまいむぐむぐですね、むぐ」
「・・・・・・・・・ああ」

 咀嚼を終えてからアレクが答えると、サリマンも大きな塊を飲み込んでから言った。

「・・・ここら辺の情報はあなたも詳しいんでしょうが、平和そうでよかった。むぐむぐ、予定通りの行程になりそうですね」

 熱々のパンを口いっぱいに頬張りながら、相槌を打った。
 視界は大きく開けており、昇り始めた日の光を受けて、彼方の山脈までようよう見渡せる。
 一泊の行程なので荷物もそれほど物々しくない。
 サリマンの言うとおり、とても身軽な旅だった。
 丘を超え、宿場を越え。その大きな街道をさらにしばらく進むと、細い脇道との分岐に辿り着いた。
 日に褪せた立て看板を確認してから、細い分岐に入る。この道を行けば遺跡があるとサリマンは言う。
 街道から離れた、少し緩やかな登り坂。
 その遥か奥に広がっている森までは、野の花がぽつぽつ咲く原っぱが続いていた。

「知ってます?ベニマリソウ。そこらによく生えてるから、珍しくも無いですけどね・・・」

 サリマンは、街道の脇に小さく群生していた野花を摘み取り差し出した。
 可愛らしいピンク色の丸い花に目を細めていると、

「野草の中でもアクが少なくて、ゆがくだけで美味しいんですよね。手間いらずで好きです」

などとサリマンが続けたので、思わずアレクは目を剥いてしまった。

(まさかそう来るとは・・・。でもまあ、確かに野草を食するのに抵抗がなく、知識もあると言うのは強みだろうな。)

 今晩の賑やかしにでも、とサリマンが水筒の水で少し湿らせた手巾に採集するのを、アレクは黙って見守った。
 周りに妖魔や動物の気配が無いことは、すでに確認済みである。

「・・・や、お待たせしました。夕食にスープくらい付けようと思ってたんですが、ちょうど良かった」

 では行こうと促され、再び二人は歩き始める。
 ・・・・・・どのくらい進んだだろうか。道は緩やかで、単調だ。アレクには少し退屈でもあった。
 街道を離れて久しいというのに、緑の濃い、明るい広葉樹林を縫ってつけられた道は、とてもよく手が入っていた。

「意外なくらい整っているでしょう?聖北教会が、遺跡を浄化するときに整備したんです」
「教会が?」
「何と言いますか、まあ有り難い話なんですけど・・・教会の力ってすごいですよね」

 そうだな、と相槌を打とうとしたアレクの機先を制するように、サリマンが小さく声を上げる。

「・・・あっ」

 その声に視線を走らせると、中々大きな蛇が道を塞ぐように横たわっていた。
 どうしようと困り果てているサリマンを下がらせて、アレクはそっと荷物袋から鋼鉄製の犬を取り出した。

「それは・・・?」
「スチームドッグという、蒸気で動く犬のゴーレムだ。前にやった仕事でゴーレム研究家から貰った」

 アレクが突撃しても構わないのだが、彼の傍を離れている間に、他の動物が襲ってくるとも限らない。
 これが一番安全策だろうと、アレクは犬のゴーレム――スチーノを起動させ、蛇にけしかけた。

そこから6

 スチーノが蛇に鋼の牙を突きたて拘束する間に、アレクは周りを確認してみるが、違う獣が潜んでいる様子は見られなかった。
 安心して進み出ると、≪黙示録の剣≫を蛇の頭部へと突き刺す。
 蛇は太い胴体を波打たせてしばらく暴れていたが・・・・・・やがて事切れると、ぐったりと丸太のようになった。
 スチーノのスイッチを切って、蛇の死体を道の脇の草むらに靴で押しやる。
 サリマンはその様子をじーっと見守っていた。

2013/03/17 03:31 [edit]

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