Sat.
老賢者 2 

「う・・・・・・」
ギルは辺りを見回した。
自分が横たわっている目の前で、焚き火の炎が赤々と燃えている。
その揺らぐ灯りに照らされているのは――崩れた洞穴と岩ばかり。
ギルははっとなった。
「炭坑だ・・・。じゃあ、さっきのは夢・・・か」
そしてため息をつく。どうして自分がこんな所で丸まって寝ていたのかを、思い出したのだ。
「・・・あ~あ。旧炭坑のモンスター駆除なんて、受けるんじゃなかったよ」
そう、ガロワの森での特訓を終了し、真っ直ぐリューンへと向かっていたギルは、とある小さな村で炭坑に出るモンスターの駆除を依頼されたのである。
話を聞く限りでは、そう強いモンスターではなかった為、斧と必要最小限の装備だけを背負ってここまでやって来たのだが・・・。
思ったよりも深く入り組んだ炭坑での移動に手こずった上、ギルが思い切り放った技の影響で――落盤が起きてしまったのである。
やれやれ、とギルはため息をついた。
既に、閉じ込められてから2日が経過している。
唯一、希望の光だと思えるのは、村での依頼を引き受けた際、リューンの≪狼の隠れ家≫宛に手紙を送ってあったことだ。
短期間で終わらせるつもりはあったが、何かで遅れるような事があれば仲間が心配するだろうと、親父さんに事情を書いておいたのである。
それを読んだ仲間が、はたしてどのくらいで自分の異変に気づくのか――ギルはいけないと思いつつ、焦燥を感じた。
「・・・喉が乾くな」
それにしても、とギルは先程までの夢を思い返した。
どうしても名乗らない変な老人――あれは一体誰なのか――?
「くそっ・・・だるくなってきたな。水が無いのが・・・痛いぜ・・・」
今までさっぱり見つけられなかったものの、もしかしたらどこかに湧き水があるかもと、ギルは倦怠感の抜けない身体を立ち上がらせた。
あてどなく、この2日間ですっかり構造を把握した炭坑の中を歩く。

「亀裂が入ってる・・・。向こう側には行けないな」
ここを越えられば、行動範囲も広がるだろうにな・・・と、ギルはため息をついた。
炭坑の元々の入り口にも移動してみるが、分厚い岩たちで塞がれていて、その向こうをうかがい知ることはできない。
収穫のまったく無いまま、ギルは焚き火を燃やしている所へと返ってきた。
「・・・やっぱり水はない。余計な体力を使ってもどうしようもないな・・・」
ギルは早く仲間がこっちに来てくれないだろうかと思いつつ、また毛布を敷いた場所に横たわってマントを外し包まった。
疲労を少しでも避けるため、すでに靴は脱いである。
せめてオオバコでもあれば、足の裏に貼り付けて置けるのにと愚痴りながら、彼は暗い坑道の天井を見上げた。
――そうして。一体、どのくらいの時間が経ったのだろう。
「ここは・・・」
彼の意識はまたもや、謎の空間に囚われていた。
再び氷の鈴が鳴るような独特の音がして、ギルは思わず呟いた。
「・・・あの夢か・・・」
す、と自然に彼の眼前へ人影が現れる。
「爺さん・・・また会ったな・・・」
かの老人は、変わらぬ様子でギルをじっと見つめている。
その視線の強さに、たまらずギルは言い募った。
「あんた・・・誰なんだ?どうして、俺の夢に出てくる?」
「・・・・・・・・・」
「いい加減にしてくれよ・・・!」
老人の豊かな口髭が、発言につられてゆっくりと動く。
「お前は、私を知っている」
「んなこと言ったって・・・」
ギルは子供のときのように口を尖らせ、老人をねめつけた。
そしてまたもや、老人が消えていく気配がある。
「待て・・・フィレモン!」
己の台詞にぎょっとしたギルは、手袋をしたままの手で自分の口元を押さえた。
手が震えている。
一体、自分はいつの間に老人の名前を知っていたのだろう――?
しかし老人は、確かにギルの呼びかけに気づき、その場に留まっていた。
「そうなのか・・・?あんた、フィレモンって名前なんだな・・・?」
「我が名は、フィレモン」
老人はゆっくりと頷いた。
「やっぱりだ・・・。だけど、どうして俺は・・・。アンタに会った事なんて一度だってないのに・・・」
「私は助言する。お前はお前が真に知りたいことを私に問うべきである」
「・・・真に知りたいこと、ね・・・。じゃあ聞くが、ここはどこだ?」
「そうではない。お前は自らを偽っている」
ふと、老人が何を言いたいのかを何となく察したギルは、諦めて口を開いた。
「・・・分かったよ。あんたが頼りになるとは思えないんだが・・・水が、無いんだ」
ギルは両手を広げた。
その動作のまま、彼に尋ねる。
「どうすれば、手に入る?」
「・・・・・・・・・」
「おい、どうした。・・・答えられないのか?」
まさかとギルが思った瞬間、老人の口が言葉を紡いだ。

「水は、流れ落ちるものだ」
「そんなことは知ってるさ。俺の希望と一緒でね。手の平からさらさらとこぼれ落ちるのさ」
「お前は、前を見つめすぎているのだ。障害は、越えるべきだけのものではない」
ギルはぽかんと口を開いて相手を見つめた。
「・・・何言ってるんだ?」
「さらばだ、ギルバート」
その言葉とともに、また謎の空間が白の領域に取って代わり、光が――!!
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