Tue.

死人の宴 1  

「なんかすごいリアルな夢を見ました・・・・・・」

 そう言って起き上がってきたアウロラへ、ジーニは水に濡らした手ぬぐいを差し出して「へえ」とだけ言った。
 まだ夢の残滓を振り落としきれていない者特有の表情で、彼女はぼんやりと口を開いた。

「聖北教会退魔庁の司教から仕事を貰って、大魔道って位の死霊術士を退治するんです・・・」

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「ずいぶんと細かい設定ねえ。大魔道って言えば、賢者の塔の最高位よ?」
「夢の中でも、塔の所属の方がそんなこと言ってました。・・・・・・すごい生々しくて正夢かと・・・」
「残念、仕事はあるにはあるんだけどね。商人からの依頼よ」
「商人・・・ですか?」

 ジーニの差し入れで顔を拭き終わったアウロラは、きょとんとして杖を持つ仲間の顔を見る。

「大商人オットーからの探索依頼よ。目的は≪クドラの涙≫という宝石を持ち帰って彼に渡す事」 
「・・・・・・クドラですか?」

 アウロラは柳眉をひそめた。
 クドラ教は、聖北教会の信仰が浸透する以前に存在した土着の呪術系信仰の末裔で、主神クドラを崇めており、一般的には死霊術使いとして知られている。
 灰色の法衣を纏う彼らはえして狂信的であり、見つかれば聖北教会の異端裁判所などで裁かれる。
 当然、助祭扱いの時に聖北教会から出奔してはいるものの、アウロラ自身にとってあまりいい関係を築けるような相手ではないはずだ。

「そんな顔しなさんな。後輩が色々入ってきてるんだから、今さらゴブリン退治なんて受けてられないでしょ?エディだってハイリスク・ハイリターンの依頼で、良さそうなの探してたし」
「それはそうでしょうが・・・・・・他には無かったんですか?」
「ないことはないけど、報酬が銀貨8000枚よ。他に渡すなんてできたと思う?」
「はあ・・・・・・。分かりました。では、その≪クドラの涙≫とやらについて、教えてもらえますか?」

 ジーニはにやりと笑って説明を開始した。
 ≪クドラの涙≫は、ベルルース地方の伝承に出てくる宝石だ。
 この地方では数百年前までクドラ教が信仰されており、聖北教会との戦いの際には、死者の森と呼ばれる森林地帯にアジトを構えていたそうだ。地方の商人たちに言わせると、今でも彼らの隠れ里が存在するとか。
 なんでも血のように赤い石で、見る者を虜にする怪しい美しさに加え、所有者には不老長寿をもたらすと言われている・・・・・・らしい。
 依頼主当人は、不老長寿云々については御伽噺だろうと一笑に付していたが、宝石のコレクターとしてどうしても手に入れたく依頼を出したというのが、事の顛末である。
 彼の考えではクドラ教徒の隠れ里こそが、≪クドラの涙≫が眠る場所だという。

「・・・・・・で、今はその裏づけをしようかって言ってるとこ」
「俺は買い物に行きたいんだけどなあ」

 ギルは頬を掻きながら、ジーニと共に一階へ下りてきたアウロラに笑ってみせた。

「買い物も結構だが、情報収集も忘れちゃいけねえぜ」

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 ぎゅ、と荷物袋の紐を締めたエディンが忠告する。
 ギルが小さく頷き、

「とりあえず、≪クドラの涙≫について調べてみるか。あとは、ベルルース地方と死者の森についても、調べた方が良いかもな」

と言った。

「念のため、依頼人の事も調べておきましょうか。変な事で難癖を付けられて、報酬を踏み倒されたら大変よ」
「ジーニ、報酬を値上げしてくれなかったのまだ怒ってたの?」

 目を瞬かせてミナスが訊くと、彼女はふんと鼻を鳴らした。

「何言ってるの。大商人なんて持ち上げられてる連中ほど、妙な事が控えているもんよ」
「北方諸国との繋がりがある大貿易商からの依頼だって、親父さんが張り切ってるけどな」

 だからそれ以上詳しい事を親父さんは調べていないと思う、とアレクは付け足した。
 ミナスが分かったような顔で頷き、一行は腰を上げた。
 親父さんや娘さんによると、ベルルース地方は北氷海に面した寒くて貧しい土地だが、良質の琥珀が取れることで有名なのだという。
 今日は市場の休業日だが、はたして目当ての人物は酒場にいた。
 やや長めの襟足を垂らした、二十代後半くらいのはしっこそうな男性である。

「よう、久しぶりだな」
「や、久しぶり」

 そう言って手を挙げたのはアレクである。
 彼はこないだ、娘さんがならず者に絡まれてトラウマを負った際に、ポーカーの勝ち代で彼から琥珀のイヤリングを購入し、プレゼントしたのだ。
 アレクが≪クドラの涙≫やベルルース地方について詳しい事を知りたいと打ち明けると、彼は快く教えてくれた。

「≪クドラの涙≫か?ああ、知ってるよ。ベルルース地方の伝承に出て来る宝石の事だろ?ベルルース地方っていうのは北方諸国の一部で、琥珀で有名な所さ・・・あそこは、土着宗教に由来する風習が今も残っていてな。噂じゃクドラ教徒の隠れ里まであるって話だ」
「確か、そこには死者の森って言うのがあるとか?」
「死者の森っていうのも、そんな噂のある場所の1つさ。何でも、異教徒が沢山死んだ古戦場で、今でも死霊が彷徨ってるそうだ。ま、あくまでも噂だがね」

 ジーニが横から口を出し、大商人オットーの評判を訊くと、彼は商魂逞しい人だとだけ答えた。恐らく彼自身も、オットーの息が掛かった所と取引をしているのだろう、それ以上は何も答えなかった。

「あんまり詳しくは分かんなかったわね」
「なら、情報通を尋ねてみるか」

 一行はエディンの案内でリューンの裏通りへと足を踏み入れた。
 一つの店を指差して言う。

「あそこで待ってろ。俺の知り合いの店だから、そう悪い扱いはしないだろう」
「いいけど、エディンはどこに行くの?」
「情報通の家。ミナスはちゃんとギル見張ってろよ。変なもの売りつけられないように」

 くしゃりと波打つ亜麻色の頭髪を撫でると、長い足を持て余すような独特の歩調でエディンは盗賊ギルドへと向かった。
 並みの盗賊には見つからない入り口を苦もなく探し当てると、

「早耳の蜥蜴」

と短く合言葉を口にした。
 彼が訪れたのは、盗賊ギルドの中でも、物乞いや各地に散らばるメンバーからの情報を集めている幹部の所であった。
 間違っても、無関係な仲間を連れてこれる場所ではない。
 見張りの一人が先に立ち、斜視気味の、顔に刺青をした若い女のところまで案内する。

「おう、久しぶりだな。今日はどんな情報が欲しいんだ?」
「ベルルース地方と死者の森ってのは、あんたの耳になんか来てるかい?」
「それなら銀貨200枚だ」

 エディンが小分けにした皮袋の一つを放ると、幹部は片手でそれを受け取った。

「ベルルース地方を含めた北氷海沿岸一帯は、数百年前までクドラ教が信仰されていた地域でもある。表向きは聖北の教化が進んでいる事になっているが、実際はそうでもないらしいな」
「そっちは聞いてるよ。他には?」
「そのベルルース地方の奥地、サルヌ川とクゥズ川に挟まれた森林地帯は、別名・死者の森と呼ばれている。湿地帯に接しているためか、森の奥は年中霧に包まれているらしい」

 その森こそが、約200年前にクドラ教徒が最後の抵抗を行なった古戦場・・・千人以上のクドラ教徒が殺され、亡霊となって今も彷徨っているそうだ。
 彼女の掴んだ話からすると、死者の森にクドラ教徒の隠れ里が存在するという噂は事実だろうとのことである。
 見慣れない人間が森の近くにある町で買い物をした後、森の奥に消えて行ったという目撃談が後を絶たないことが、その理由だ。

「もう1つ、サービスで教えておいてやろう。裏通りに住む呪い師の婆さんは、死者の森の近くの出身だ」
「・・・・・・あの婆さんが?」

 エディンの脳裏に、ぼろぼろのローブを着た皺くちゃの老婆が浮かんだ。

「詳しい話を聞きたければ、美味い酒でも手土産に持って行くんだな」
「サービスまで付けてくれてありがとよ」
「まあ”金狼の牙”と言えば、昔に紅い鷹旅団の件で世話になってるからな。・・・・・・鼠の行路にはもう帰んないのかい?」
「肉食獣があそこに帰っちゃ、かえって邪魔になるだけさ」

 パタパタと彼は手を振った。

「惜しいね。それだけいい腕してるのに」
「幹部様に褒めてもらえるたぁ、少しは自惚れていいのかね?・・・・・・お、そうだ。大商人オットーはここの保護だっけ?」

 もう1つの皮袋――銀貨100枚が入っている――をまた放ると、幹部はふっと笑って首を横に振った。

「北方貿易で財を成した大金持ちだがね――強欲な事でも知られていて、少しでも気に入らない点があると、強引に値引きをさせたりするらしい」
「ハハン、なるほど」

 ジーニに交渉させるんじゃなかったな、とエディンは思った。恐らくオットーは、彼女の高慢な振る舞いが気に入らなかったのであろう。

「その一方で、アレトゥーザなどを通じた南方貿易の波には、完全に乗り遅れてしまった状態だ。今から挽回するのは、事実上不可能だろう」
「あんまり肩入れすると良くなさそうだな」
「これまで北方貿易で儲けてきた事が足枷となったようだが、おかげで奴の商会は赤字続きだ。今はまだ良いが、この先どうなるかは分からないぜ」
「そうか。これだけ聞けりゃ十分さ、ありがとよ」

 暗い色の外套を翻しエディンが出て行くと、幹部はしばし目を閉じた後に独白した。

「新米の面倒見て終わるだけの男じゃないとは思っていたが・・・・・・英雄様の一人とはね。上手くやんなよ、黒鼠」

 幹部が口にしたのは、エディンがリューンの地下にある施設――盗賊ギルドが技を教えている場所にいた頃の、かつての二つ名だった。

2013/03/12 19:31 [edit]

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