Thu.

スティープルチェイサー 3  

 そして、レース当日までの慌しい日々が始まった。
 口では何だかんだと言いながら、エディン以外のメンバーはけっこう乗り気で各地の探索に当たる。
 ミナスなどは、ファハンを有効活用して、自分が立ち入れないような危ない地形のところを覗いてもらっているらしい。
 どうやるなら勝とう、入賞を狙いに行こうというジーニの言葉が無ければ、こうはならなかったろう。

「・・・・・・ま、本能みたいなもんかねえ。救いようねえな」

 そうつぶやきつつ薄皮の手袋を嵌めると、エディンは手綱をさばいて競技馬ハセオへと合図を送った。すでに彼の長身は、馬の上にある。
 騎手がするべき事は結果を出す事だけ――彼はよくそのことを承知していた。
 だからこそ、本番が始まる前にハセオを乗りこなし、乗馬の感覚をよく掴んでおかねばならない。
 ここはリューン郊外に続く道、ちょうどあの『月姫の祭』事件の時に通ったところであった。
 ここなら、木の根が這うでこぼこの道や、一応整備しようと役人が立てた柵、あるいは何もさえぎるものの無い平原や坂道がある。
 エディンはレース主催者側から少し情報を貰い、必要となる基本動作を耳にしていた。
 周りに注意を払える速足、並みの駆け足、全力疾走の襲歩――それだけではない。スティープルチェイスにおいて、障害物があるのは周知の事実なのだから、前方騎座による跳躍も行なわなければならなかった。
 ちょうど、目の前に邪魔な高さの柵が横たわっている。
 エディンはすっと体重を前に落としてから、上体を跳ねる様に動かして馬の胴を強く挟んだ。

(・・・・・・行けっ!)

 エディンの無言の指示に、ハセオは素直に従った。
 美しい筋肉に包まれた馬の脚が躍動し、立ちふさがっていた柵を見事に跳んでいく。
 訓練でうっすらと鹿毛が汗に覆われているのを、愛しそうに撫でて健闘を称えた。

20130306_106.png

(よし!うまく越えた)

 さらに続く道を、ハセオと共に駆けていく。
 馬は今までも乗った経験はあるものの、エディンにとってこれほど見事な競走馬を操るのは初めてである。
 ちょっとした前傾姿勢、体重移動にも、ハセオはよく応えていた。

(うむ・・・・・・そこそこうまく乗りこなせてはいる。あと一歩、状況に合った行動が取れているか、考えた方がいいかな・・・)
(よし、もうひとっ走り)

 エディンはハセオと訓練を続けた。
 ――――その一方。

20130306_107.png

「ただいまー」
「あら、お帰りなさい」
「ああ、マートウさん。配達か」
「ええ。親父さんは奥よ」

 ≪狼の隠れ家≫に、いやにぐったりした様子のジーニが帰ってきた。
 ソウの言葉に気の無い返事をしてから、

「もうすぐエディンも、練習から戻ってくると思う」

と言った。
 店には、珍しく今のところ他の客の姿は無い。

「ありがとう。この後は、ずっと店にいるから。・・・他のみんなはまだ外?」
「裏で水かぶってるわ。まだまだ暑いからね」
「あなた達、依頼のために毎日郊外を巡り歩いているのね。お疲れ様。どうもありがとう」
「まぁ仕事だもの、お礼を言われる筋じゃないわ。歩きつめるのは慣れっこだし」

 これはジーニの見栄っ張りである。二十代の半ば以降まで、ずっと賢者の塔の鑑定人として過ごしてきたジーニは、基本的に運動そのものに向いていない。
 だから歩きつめることも彼女の苦手分野に入っているのだが、あえてここでそれを依頼人にばらすつもりはなかった。
 ソウは眉を寄せて質問した。

「・・・でも実際歩き回って、コースの予想ってそう上手く付けられるものなの?」
「まあ、候補はいくつか。何となくだけど、傾向があるから」
「ふうん、傾向なんてあるの?毎年、スタートの場所は全然違うんだけどな」

 にやりとジーニが笑う。

「過去のレースを調べてみたの。初期と現在のレースを比較して、ひとつの傾向に確信が持てたわ」

 すっかり感心したようにソウが言った。

「へえ、過去のレースを。さすが、本格的なのねえ」
「直接、主催元に出向いたのよ。過去のことだったらと、親切に色々教えてくれたわ」

 それにしても――とジーニは思う。
 今回は手段が無いからやらなかったが、もしあの世捨ての集落にあった【瞳の誘惑】のような魅了系呪文を持つ者が、レースで不正をしようと魔法を使ったらどうするつもりなのだろう?

(ゴールが聖北教会ってことは、そちらのバックアップもあるから滅多な事ができないのかな・・・ま、裏で盗賊ギルドが噛んでそうだし、やらない方がいっか)

とジーニは自己完結した。

「初期の頃は森の奥だの、岩場だの、結構、とんでもない所から出発しているんだけど、だんだん、草原やなだらかな丘陵、または街道に程近いような地点へスタート位置が推移していた」

 ひらり、と繊手が水平に上から下に動く。

「それに伴って、事故件数や各馬のゴールする時間のブレが目に見えて減少しているの」
「えーとえーと、つまり・・・そういう事が意図的になされている・・・ってことよね」
「ええ。その通り」

 察しはギルよりいいかもしれない、とジーニは失礼な事を思っていた。

「・・・あえて本音で話するわね。あまり気を悪くしないで聞いてね」

 ジーニはそもそものスティープルチェイスの狙いを説明した。
 元々のスティープルチェイスは、ゴールにたどり着くための、効率の良いコース取りそのものを競うレースだった・・・・・・ところが。
 今ではこの前提が形骸化し、ただのタイムレースと成り果てている。

「理由は・・・まあ想像するに、競技の度に、何が起こるか全く分からない危険なレースでは、運営も難しかったのじゃないかしら」
「・・・ふうん。知らなかったな。主人は何も言ってなかったしね」
「正直に言って、現在のスティープルチェイスは矛盾を抱えてるわけ」

 かたん、と一番きしみの少ない椅子をテーブル席から引っ張り、それにどっしり腰掛けてジーニは話を続けた。

「実体は既に形骸化されているのに、前提を手放す事が出来ていない。本音と建前がちぐはぐな状態というわけね。しかも――」

 ひらり、とまた白い手が舞った。

「その事が、これまで正されていない。誰も現状に疑問を持っていない。持っていても、正されていない」

 それは、きっとこれまでそれで上手くやれているからだと言うのがジーニの推察した意見だった。
 しかし、その隙こそが冒険者にとってのチャンス。上手くつけ込めたら、専門の騎手でもないただの冒険者にも優勝の可能性が見えてくるはずである。

「・・・・・・。こっちから聞くのもなんだけど、こちらのやっている事に、疑問や質問などは無い?」
「今のところ無いわ。どうかした?」

20130306_108.png

「ええ、まあ、無いなら何よりなんだけど」

 少し。ほんの少しだけ、ジーニの目の色が変わった。

「もちろん、こちらは全力を尽くすわ。でも万が一、何かがあったその時にお互いへの理解が足りずに、理不尽な結果だと思ってしまったら。・・・それは不幸な事よ。とても」

 顔色を変える様子も、狼狽する様子も見られないソウへ、ジーニはゆっくりと口を開いた。

「だから、最後の確認。明日のスティープルチェイスに、心置きなく臨む為の」
「ジーニ。私は・・・」

2013/03/07 18:02 [edit]

category: スティープルチェイサー

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