Tue.

丘の上の洋館後編 4  

 エアリは、沈みきってしまった場を取り繕うに笑った。

(『月姫』に生まれていいこともたくさんあったよ。病気を治してみんなの役に立てるし、それで感謝されたりもするの)
「・・・・・・・・・うん」
(口が利けないのだって全然気にならない)
「・・・・・・うん」
(でもね)

 心なしか、エアリの目が潤んできた。ギルはそっとその頭に手を乗せる。

(でもね、私、特別な力なんていらなかった。パパやママに愛される子どもになりたかったよ・・・・・・)

 まるで水蜜桃のようなふっくらとした頬に、ぽろりと涙の雫が伝い落ちていった。

「・・・うん」

 ギルは両腕でエアリをきつく抱きしめた。
 少女の涙は、彼の胸には痛すぎたのだ。

20130304_13.png

「お前はひとりじゃないよ」
(・・・・・・あったかい。なんだか安心するね)
「だろ?血の繋がりなんて、些細なもんなんだぜ・・・俺には全然血の繋がらない義理の姉がいるけど、何度助けてもらったかわかんねえ」

 エアリは驚いたように目を見開いた。

「だから、お前にだって、これから血の繋がらない大事な家族や友人が出来るさ」
(ほんと?・・・・・・ねえ、ギルバート。私のパパになってくれる?)
「いいよ」

 彼は躊躇いなく承諾した。
 片親だとか、まだ若すぎるだとか、そういう諸々の事情は彼の脳裏にはない――ただ、彼女のこれからをどうやって守ってやろうか、そのことだけでいっぱいである。

(本当に?期待しちゃうおうかな)
「新米パパだからな。お手柔らかに頼むぜ」
(ありがとう。励ましてくれるんだね)

 一方の少女には分かっていた。そんなことをギルに背負わせるのは無茶だと・・・。
 しかし、あの一瞬。
 躊躇いもなくイエスを答えたギルの気持ちが、エアリにとってどれほど嬉しく、支えになる言葉であったか、余人にはうかがい知れる物ではない。

「エアリ・・・・・・」
(みんなの期待にこたえるためにも『月姫』としてがんばらなきゃ)

 強い意志に燃える小さな瞳が、ギルには心苦しかった。
 ふと。
 微かな音が聞こえてきた――葉のこすれ合う、風の・・・・・・?

「・・・・・・ん?」

 ギルは周囲の木々がざわめくのを感じた。それはただの風ではなかった。

(・・・・・・!?)
「はああ!!」

 薔薇の庭に隠れていたロワード氏が、杖を握り締めた右腕を振りかざした。

「はぁあ!」
「!」

 杖から放たれた電撃が直撃し、魔物は仰向けに倒れこむ。

(パパ!)
「・・・・・・おっさん!」
「はぁ・・・・・・はあ。赤い悪魔め・・・・・・」

 しかし、魔物は苦しそうにうめきながら、それでも力を振り絞って立ち上がった。

「くそ・・・・・・しぶといやつめっ。これで・・・・・・」

 杖にロワード氏の魔力が収束する。

「終わりだ!!」

 ギルはどちらも庇いたかった――魔物も、エアリも。
 だがどうしたことだろう、足が凍りついたように動かない。彼に辛うじて出来た事は、その瞬間、叫ぶことのみであった。

(やめてぇええ!!!)
「――エアリ!」

 ロワード氏の放った白い光の矢がエアリの小さな胸に深く突き刺さり、彼女は声もなく絶叫した。


20130304_14.png

「なっ!」

 立ちすくむ実父と。

「エアリィ!!」

 叫びながら彼女に駆け寄る、仮の父と。
 どちらの声に反応する事もなく、エアリは糸が切れたように倒れ、薔薇の花壇が一層赤く染まった。

「エアリ!しっかりするんだ!」
「・・・・・・・・・」

 逞しい腕がそっと抱き起こすも、エアリはもう虫の息だった。口からは血が溢れ出し、呼吸はひゅうひゅうと荒い。
 ギルは憎悪のこもった眼差しでロバート氏を睨みつけた。

「くそっ・・・・・・くそっ!!何てことを!」
「い、一大事だ!早く治療を・・・・・・」

 狼狽したロワード氏の目の前に、魔物がゆらりと近寄り。

「な、何だ?」

 みるみるうちに魔物の体が巨大化し、ギルとロワード氏を覆い隠すほどにまで膨れ上がった。
 ギルには、魔物の今の気持ちが痛いほど伝わってきた。

「エアリを傷つけたから、怒り狂ってるんだ・・・!」
「巨大化するなんて・・・・・・そんな話は聞いてないぞ!!」

 そう叫んだのが最期。

「ぐっ!」

 丸太よりもまだ太い赤い腕が稲光のように閃いて、ロワード氏の全身の至る所から大量の血が噴出し、彼は声もなく絶命した。
 呆然とギルはそれを見やるばかりだった。

「・・・・・・強さの桁が違いすぎる」

 魔物からさっきの優しさは消えていた。
 そして、怒りに燃えた双眸がギルに向けられる。

「お前は俺だな・・・・・・傷ついた哀れな子どもの境遇に憤怒する・・・」

 ギルはそっとエアリを横たえ、得物の柄を握った。

2013/03/05 01:01 [edit]

category: 丘の上の洋館後編

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