Tue.

丘の上の洋館後編 3  

 鍵穴の向こうにエアリの姿が見えた。

「泣くなら声を上げて泣いたらどうだ!」

 そう怒鳴るのは、この屋敷の主ロワード氏の声だった。

「声も出せないのに、自分勝手に行動するなとあれほど言っただろう!」
「!」

 ロワード氏の大きな手がエアリを打ち据え、少女の華奢な体が床に横たわる。

(お、おいおい・・・・・・体罰にしては、ずいぶんやり過ぎじゃないか・・・・・・?)

 ギルが焦る中、ロワード氏の声は続く。

「お前はいつになったら親の言うことが聞けるようになるんだ?ええ?」
「・・・・・・」
「聞こえないのか!いつになったらと聞いてるんだ!!」

 今までの倍するような勢いで、腕が振り下ろされ――エアリの体が吹っ飛ぶ。

「・・・・・・なっ」

 ギルは呆然となる。
 口の中が切れたのか、立ち上がったエアリの顔は腫れあがり血まみれだった。
 少女の顔は痛みと悲しみで今にも泣き出しそうなくらい歪んでいた。

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「・・・・・・これじゃ、虐待じゃないか!」

 ギルは、腸の底が煮えくり返るのを感じた。
 父親であるはずのロバート氏の声は冷厳としており、まるきり実子に向けるようなものではない。

「口が利けないなら、答えられないのも当然だ。まったく、ガキのくせに。皆に『月姫』ともてはやされるからつけあがりおって」
「もし『月姫』であるお前に何かあったりでもしたら教会から罰せられるのですよ!?」

 ヒステリック、とロバート氏が称したそれ以上のきついマルティナの声がする。

「もっと自分の立場というものをわきまえて行動なさい!」
「何だ、その顔は?文句があるのか。なら言ってみろ」
「・・・・・・」

 言えるわけがない――どんなに悲鳴を上げたくても、どんなに文句が言いたくても、エアリにそれを行なう為の声を、神は彼女に与えてくれなかった・・・。
 エアリの顔がぐしゃぐしゃに崩れ始めた。

「非があるのはお前だ。これからは自分勝手な行動をもっと慎みなさい。『月姫』としての自覚を持つんだ」

 声も出さずに泣き始めた少女を、二人は慰めるのではなく――叱りつけるだけだった。
 腫れあがった顔は自分で治癒しろと言い放つこの親たちは、本当に親なのか・・・・・・ギルは血が沸騰しそうな怒りを覚えながらも、聖堂に殴りこみをかけるのを辛うじて踏みとどまる。ここで殴りこみをかけても、「躾」と称されてしまえば終わりだ。
 もう少し様子を見ようと、鍵穴に再び顔を近づけようとしたその時、「たすけてえええええ」という無様な悲鳴が屋敷に響いた。

「あ、あんた。召使のソアラさん」
「ぼ、冒険者さん!大変なんです!奴が、あいつが!」
「落ち着けって!何があったのか説明を・・・・・・」

 突然、エアリが聖堂から飛び出してきた。
 鋭い目で辺りをうかがっている。

「ああ、エアリ様!大変なんです!あれを見てください!!」

 ギルはソアラの指差す先を見て愕然とした。
 廊下を埋め尽くすほど巨大な真紅の魔物が、エアリの目の前に立ちふさがっていたのである。

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 そいつが放つ恐ろしい悪意が、ギルの中に滝のように流れ込んできた。
 横に立つソアラの足が、がくがく震えているのが分かる。

「こいつ・・・・・・何者なんだ?」
「旦那様が言ってたリューンの魔物に間違いないです!消されるのを恐れて奇襲をかけてきたに違いないですよ!」

 魔物が放つ憎悪による威圧感で、ギルの額から脂汗が滲み出てきた。

「――ひぃ!」

 聖堂から続けて出てきたマルティナが引きつったような声を上げる。
 ロワード氏はさすがに魔物の排除を引き受けているせいか、たじろぐこともなく「こいつはっ!」と台詞を発した。

「くそっ!なんだってこんな時に!」
「エアリ!こっちに来なさい!」
「・・・・・・」

 狂ったように叫ぶマルティナの言葉に、エアリは――振り向きもせず、ただ一心に赤い魔物を見ていた。

「あんたら聖職者なんだろ?なんとかしろよ」
「お前に言われずとも分かっている!黙ってろ!」

(化けの皮がはがれてるな)

 ギルは横目で彼らを睨んだ。ロワード氏は右手に杖を握り締め、呪文を唱え始めている。
 杖がわずかに光った――瞬間。

「ぐはああっ!」

 ロワードの口から巨大な血の塊が噴出した。・・・・・・魔物の太い腕が、その体を貫いていた。
 「あなた!」と声をかけ慌てて駆け寄ったマルティナの体を、魔物は苦もなく引き寄せる。

「くあっ!」

 まるで人形のように腕からねじられ、音を立てて砕け散った。
 ソアラは恐怖のあまり叫び声を上げるばかり。

「くそ、こんな時に皆がいてくれたら!」

 赤い魔物は巨大な腕でエアリを軽々持ち上げる。

「エアリに何をする!」
「・・・・・・・・・・・・」

 魔物は滑るような素早い動きで、長い廊下を後退していく。

「や、やめろ!その子に手を出すな!」

 ギルの必死の声も空しく、魔物とエアリは長い廊下の一番奥のドアの向こうに消えた。
 脂汗をかいたまま、ギルはその後を追った。
 ドアの先には裏庭が広がっていた。それも半端なく広い庭だ。

「エアリ!どこだ!」

 広い庭をさ迷い歩くうちに、ギルは薔薇の咲く庭の中に入り込んでいる。
 緑を埋め尽くすほどの薔薇が咲き乱れていた。

「ん?」

 いつかと同じ葉の擦れる音・・・・・・ばっと振り返ったギルは、一際赤い薔薇のそばにある茂みをかき分けた。

「エアリ!」

 茂みの向こう側。ちょうど庭の真中のあたりに、薔薇に埋もれるようにしてエアリが立っている。
 ギルはすぐに駆け寄ろうとして――そして立ち止まった。

「出やがったな・・・・・・化け物め」

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 そして斧を構えると――。

(やめて!)
「・・・・・・エ、エアリ?今、しゃべったのか?」
(ギルバート・・・・・・私の声、聞こえるの?)
「ああ。耳元ではっきり聞こえる」

 不思議な光景だった。
 エアリの口元は少しも動いていないのに、ギルの耳元で少女の声が聞こえたのだ。
 声は顔に似合わず、結構大人っぽいことにギルは気づいた。

「エアリ、早くこっちに来い!」
(大丈夫よ、ギルバート。この人悪い人じゃないんだよ)
「何言ってるんだよ。そいつがさっき何をしたのか・・・・・・」
(この人、私を守ってくれたんだよ)

 エアリはくすぐったそうに言った。

「何だって?」
(リューンで私を見たとき、私の魔力に惹かれてここまで付いて来たらしいの。それで、パパとママが私をぶったのを見て、許せなくて酷い目に合わせたんだって)
「・・・・・・」
(私を守ろうとしてくれたんだよ)

 ギルは声もなく、そこに立ちすくんだ。
 エアリの説明によると、赤い魔物は人間に自分の子どもを殺されており、その憎悪から人間を襲っているのだと言う。死んだ自分の子どもとエアリを間違え、必死で彼女を守ろうとしている――それが、あの行動だったらしい。

「・・・・・・エアリは、魔物の言葉が分かるのか?」
(うん。魔物だけじゃなくて動物や虫たちの言葉もわかるわ。言葉で話せない代わりに、なんとなくわかるの・・・・・・)

 信じがたかったが現に、魔物は何もせずエアリの横で大人しくしていた。

(とっても優しいの。これも作ってくれたのよ)

 エアリの小さな右手に握られているのは、赤い薔薇と小さな雑草で作られていた花冠だった。
 そして次の言葉が、ギルの顔を凍りつかせた。

(本当のママよりずっと優しいわ。本当よ)

 ・・・・・・魔物はエアリの横で、彼女を見守るように静かに佇んでいる。
 そんな魔物に微笑みかけてから、エアリは声なき声でギルに話しかけた。

(ギルバート、リューンで私に人形くれたね)
「うん」
(すごく嬉しかった。プレゼントなんて誰からももらったことなかったから)

 かなり逡巡した挙句、ギルは嫌々口を開いた。

「・・・・・・家族からは?」
(ないよ。パパもママも私を人間だと思ってないから)

 エアリは言う。自分は、すごい能力のある『月姫』で、その才能は千年に一度生まれるかわからないほどの稀少なものだと。
 それで、ロワードもマルティナも、彼女を完璧な『月姫』に育てようと必死なのだが・・・・・・その結果が、父親の暴力と母親の行過ぎたヒステリーというわけだ。

「・・・・・・辛くは、ないか?」
(・・・・・・・・・・・・)

 エアリは俯いてしまった。
 魔物の影が微かに揺れた。エアリを心配しているようだ。

2013/03/05 00:58 [edit]

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