Tue.

丘の上の洋館後編 2  

 エアリが一行を案内してきた建物に、全員が圧倒されていた。
 なにせ白い洋館は、ブルジョワ級の豪華さだったのだ。
 アレクが首をかしげる。

「こんな所に貴族の別荘があるなんて、聞いてないが・・・」
「どうしましょうね。私たち、不審者で捕まるのではないでしょうか」

 情けない声を出したのはアウロラである。生真面目な彼女がそんな言い慣れない冗談を言うぐらい、その洋館は美しかった。

「・・・・・・ノックするぞ」

 ギルが意を決してドアを叩くと、はたして、

「ちょっとそこの人たち!」

と呼びかけ、こちらに走り寄る影があった。
 近づいてきたのは、キャスケットを被った青年である。
 思慮深そうな目をひたと一行に向けて、彼は口を開いた。

「どちらの方ですか?アポは取られてますか?」
「え、ええっと~・・・・・・」

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 慣れない言葉や様子に、ミナスがたじたじとなる。
 その背中をなんとなく擦っていたエアリが、青年の顔がランタンで照らされたのを見て冒険者達の前へと進み出た。

「あ!エアリ様!お帰りなさいませ」

 エアリは飛び跳ねて青年のもとに駆け寄った。
 不審そうな顔になった青年は、「奥様と旦那様はご一緒では・・・?」と問いかける。
 一緒ではない、という確かな意思表示を込めた頷きに、青年は目を丸くした。

「それまたどうして?今日は揃ってリューンの会議に出席したのでしょう?」
「・・・・・・」

 エアリがそっと”金狼の牙”を盗み見たので、青年の目も自然とそちらに向けられた。

「ええっと・・・・・・。あなた方は、今日はどういったご用件で?」
「この子がリューンで迷子になってたから家まで連れて来たんだ」

 憮然とした口調でギルが答える。

「!・・・・・・そうとは知らず失礼な口を利いてしまいました。申し訳ございませんでした」

 青年が深く頭を下げるのに、ギルは慌てた。
 彼の憮然としたのは、決して青年の言葉によるものではなかったからである。親がちゃんと彼女を見ていなかった、ということを容易に推測できたのが面白くなかったのだ。

「立ち話もなんですので、どうぞ中に入ってください・・・あ、僕はここの召使をしているソアラと申します」
「あ、いや、そんなつもりじゃ・・・」
「どうぞ、おあがりください」

 青年――ソアラはそう言うと先に中に入ってしまった。

「・・・参ったなあ」

 頭を掻くギルの腕を、エアリが「早く中に入ろうよー」とでも言うように引っ張っている。
 結局、一行は館の中へと招かれた。
 リビングに通された”金狼の牙”たちは、立派なソファに体を沈めて、ソアラがお茶を持ってくるまでの時間を過ごすよう言われた。
 エディンがこっそりエアリに本当にこの家でいいのか訊くと、少女は確かに頷く。

「立派な家だなァ・・・。ん?いろいろあるなあ」

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 エディンの目が、本棚に留まった。席を立ってそちらに近づく。
 立派な装丁の物も気になったが、少し毛色の変わった背表紙に指をかける。

『西大陸の魔女ジルが書いた魔道書。彼女の飼っていた猫の霊を呼び出すための呪文が延々と書き連ねられている』

(・・・・・・こんなにいっぱいあったらばれないだろ。)

 ひゅっと動いた指の動きは、仲間たちにも見抜けなかった。
 エアリがギルからもらった人形を手に、遊びだす様子に気を取られている。

「さっきのソアラって人の話だと、エアリはやっぱり親と一緒にリューンに来てたみたいだな」
「ええ。でも、親が出てきていませんから、まだリューンにいるのでしょうね」

 ギルの言葉にアウロラが相槌を打つ。
 そうしていると、「お待たせいたしました」という声とともに、お盆にカップをのせたソアラが戻ってきた。
 どうぞと勧められ、お茶のカップをそれぞれ手に取る。
 リューンからだとかなり歩かれたであろうと、ソアラが気を使って話題を振ってくれるのに、

「そうですね。でも、仕事柄よく歩くので慣れたものですよ」

とアウロラが返した。
 ”金狼の牙”たちの素性が冒険者だと自己紹介で知ったソアラは、昔も自分は憧れてたと興奮した様子になった。

「今日、エアリ様は奥様と旦那様と一緒にリューンに行かれたんです。最近、リューンで赤い魔物が出没するという事件が発生しているらしいのですが」
「へえ・・・・・・初耳だな」

 ギルは首を捻った。そんなすごい魔物が発生する事件が起きてるのであれば、≪狼の隠れ家≫でも、祭に浮かれていないでさっさと依頼書が回ってきそうなものなのだが・・・?
 そんな彼らに気づくことなく、ソアラは言葉を続けた。

「エアリ様はその事件の警備隊に所属されているんです」
「こんな小さな子どもが警備隊に?でも、あたしたちリューンが拠点だけど魔物の話は聞いてないわ」
「そうなんですか?数週間前からの話題だと思うんですが・・・・・・」

 ジーニの返答に、ソアラは困ったように首をかしげた。
 ではこれは知っているだろうと、目を輝かせて別の話題を口にする。 

「エアリ様はリューンでも名の知れた神官でしてね」
「こんな小さい子が神官!?」

 驚くジーニの隣で、アウロラが目を眇めている。
 確かにアウロラは司祭と気まずくなって聖北教会を飛び出した経緯はあるものの、養父を通じて教会の噂は伝わっている。
 そんなすごい力を秘めた少女がいるという噂は、全く耳にしたことがない。

「生まれつきの才能で、どんな術も使いこなせるほどの魔力をお持ちなんです」
「なるほど。それなら山道でウルフの群れを一瞬で倒したのも納得がいくな」

 魔法に疎いギルは、そのソアラの説明で腑に落ちてしまったらしい。肝心のエアリはといえば、人形に遊ぶのに夢中であまり話を聞いていないようだが。
 そして、彼女はそのまま人形を持って奥の部屋に消えてしまった。

「神様に選ばれた子なんですよ。エアリ様は――でもその才能と引き換えに、お声を神様に持っていかれちまったみたいで」

 気の毒そうなソアラに、アウロラはエアリの両親について尋ねてみた。

「旦那様は、シェアト教会の祭司をなさっています。奥様も教会の大主教様の血筋の方でございます」
「シェアト教会・・・・・・ですか」

 アウロラは肩の力を抜いた。
 シェアト教会は、聖北よりももっと昔に発生した宗教である。辺境の農村などで信仰が深い由緒ある宗派で、浄化と改革を司る女神シェアトに仕えるのであった。
 そこの祭司の血縁とすれば、聖北教会にエアリの情報がないことも頷けた。
 そんな内心も知らず、この屋敷には聖堂もあるのだとソアラが外を指差したときだった。ノックの音が響いたのである。
 「お客さまかね?」と声をかけて入室してきた、いかにもインテリといった雰囲気を漂わせた男は、この洋館の主で間違いなかった。
 後ろからはシスターの格好をした女性も入ってきている。

「私はシェアト教の祭司を務めるロワード・エルディガです。こちらは妻のマルティナ」
「はじめまして」

 淡く微笑むその姿に、にっこりとミナスは笑いかけた。

「どうも。僕はミナス。冒険者です」
「ちゃんとおもてなしして差し上げたんだろうな?ソアラ」
「へい、旦那様。こちらの皆様は迷子のエアリ様をわざわざ送り届けてくださったんです」

 すると突然、穏やかだった夫妻の顔が険しくなった。

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「・・・・・・エアリが帰ってきているのか?」
「へ、へい。奥の部屋に行かれましたけど・・・・・・」
「あの子、リューンで突然姿をくらませたんですのよ」

 ギリ、という音がして驚いてアレクはそちらを見やる。
 今まで淡い微笑みを浮かべていたはずのシスターが、苛立たしそうに歯軋りしているのであった。

「探しても全然見つからないので、もしやと思い帰ってきたのですがやっぱり勝手に帰ってきて!お仕置きをしないと!」

 妻のマルティナは怒りをあらわにして、エアリのいる奥の部屋に消えた。
 ロワード氏は、「あんまりかっとするなよ!」と妻に呼びかけるも、止める様子は見られない。

「すみませんね。妻はいつもああでヒステリックなんですよ」
「は、はあ・・・・・・」

 豹変についていけてないミナスが、曖昧な返事をした。
 その後、ロワード氏はソアラから聞いた魔物の話の、詳細を教えてくれた。
 悪霊を引き連れて暴れており、待ち伏せや不意打ちなどのこずるい手も使う。
 死傷者も少なからず出ているのだと言う。リューン周辺ではもう10人近い犠牲者が出ているために、保安部隊も焦っているとか。
 不意に、エディンがこの洋館について質問した。

「ここは私たちの家であり、シェアト教会の支部でもあります」
「ずいぶん前からありましたか?」
「ええ、歴史ある建物でしてね。妻の曽祖父が建ててそのままの姿を維持し続けています」
「ふーん・・・」

 エディンは納得してないような声で相槌を打った。こんな立派な洋館が前からこんな場所に建っているとは、彼にとって初耳である。
 盗賊ギルドと一部の貴族や街の有力者は、切っても切れない中だったりする。
 ギルドに大して「保護料」を支払う事で、流れの盗賊等から守ってもらうほか、自分に必要な情報を融通してもらったり、あるいは人材を派遣して貰うこともある。
 聖職者という特殊な立場から言えば、確かにギルドとつながりがないことも頷けるのだが、はたしてエディンにはそれだけのようには思われなかった。
 ギルは暢気に、完全に日が落ちては帰るのが苦労だから・・・と暇乞いを告げている。

「そうですか。今日は、娘を送り届けてくださって本当にありがとうございました」
「いえいえ。それじゃ、俺たちはこのへんで」

 外まで一行を送り届けてくれたロワード氏が、

「そうだ、これをお持ちください」

と言って、白い杖を差し出した。一角獣を模したデザインである。

「これは・・・?」
「今回、亡霊と戦うために我々が試作した杖です。ゴーストに効果があります。何かの役に立つとよいのですが・・・・・・」
「ありがとうございます」

 大きな声で礼を言うと、ギルはその≪ユニコの杖≫を受け取った。
 まだ日が暮れきっていない中を、ラッキーと言って彼らは歩き始めたが・・・。

「あ」
「どうしたの、ギルバート」
「鞄、置いてきちゃった」

 ジーニの台詞に、ギルが情けない顔で返答する。
 早く取りに行って来い、とアレクが勧めるのに首肯し、ギルは急いで駆け出した。

「すいませーん。忘れ物したんですけど!」

 応えはない。

「すいませーん!・・・・・・聞こえないのかなあ」

 困ったままドアノブに手をかけると、開いている様子である。ギルはうーんと唸ったが、すぐに鞄を取ってくるぐらい大丈夫だろうと、家へ再び足を踏み入れた。
 誰もいない廊下を歩き、先程通されていたリビングに立ち寄ると、ソファの上に鞄があった。

「さて。早く戻ろう」

 ギルが廊下に出た時である。

「何度言ったらわかるんだ!」

という怒鳴り声と、激しく何かを打ち付けるような音が響いた。

「な、何だ?今の音」

 小さな声でつぶやくと、ギルはそっと聖堂に続くとソアラが説明していた扉の方へ近寄った。
 おそるおそる、ちっぽけな鍵穴から中を覗く。

2013/03/05 00:54 [edit]

category: 丘の上の洋館後編

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