Wed.
泥沼の主 1 

きょとん、とした顔で聞き返したのはアレク、がっくりとテーブルに顔を突っ伏したのがギルだった。
「・・・大蛇退治?」
「記念すべき、初依頼が蛇退治・・・」
「蛇といっても、生物を見ると見境なく襲い掛かってくるし、仕事の邪魔になるから追い払って貰いたいんだよ」
先ほど宿に駆け込んできたばかりの依頼人の青年は、亭主が出した木製のカップを受け取り、中の冷水をぐいっと飲み干した。
依頼人は、”空の高さを知る”ジャクジーと名乗った。
質素な草木染らしい衣服と、透き通ったピンクトルマリンの瞳が、ひどくちぐはぐな印象を受ける。
「それに、なにより、僕は蛇って奴が苦手でね。普通の奴でも肝を冷やすのに、あんなに大物とあっちゃあ・・・・・・」
「分かります。蛇って、ぐにぐにうねうね動いて、本当に嫌なものですよ。ましてや大きいなんて・・・う。言ってて鳥肌が・・・」
「ね」
アウロラの迎合に、青年はそう言ってははは、と苦笑いする。
「馬折沼で植物採集、ねえ。薬草師からの依頼ってワケか」
ジーニは、厚めの色っぽい唇に、人差し指を乗せながら呟いた。
馬折沼というのは、中央公路脇の森林にある湿地帯のことだ。
足場が非常に悪いことで知られており、荷運びの馬が怪我をしやすいことから周辺の商人たちから忌避されている。
依頼人の青年は、そこから採集した植物で薬を作っているそうだ。
「報酬は金貨で三十枚――。ま、300sp相当ってところかな」
「300か・・・」
エディンは、眠たげな双眸を忙しげに瞬かせた。
退治する相手がただの大蛇ということを考えれば頷ける額だが、個人的には少ないと感じてしまう。
ピンクトルマリンの目が、真っ直ぐにエディンを貫いた。
「近場の蛇退治だから、妥当な線だとは思うんだけど?」
「まあ、なあ・・・」
世慣れない若者が多いこのパーティで、今のところ、相場と報酬を引き比べられるのはエディンだけだろう。
年齢的なことで言えば、ジーニも彼と年は近いのだが、彼女は賢者の塔で過ごした年月の方が多い。
エディンはおさまりの悪いブルネットに左手を突っ込んで、ぼりぼりと掻いた。
「そんなに時間がかからないんだから、まあこんなもんか」
「・・・どうだい?引き受けちゃあくれないかな。あ、質問があるなら何でも訊いてくれたまえ」
「はーい、ジャクジーさん!僕、行く所のこと知りたい!」
ミナスは、ほとんどエルフの隠れ里に引き篭もっていた子どもだ。
その隠れ里が、ダークエルフとの争いで焼かれてしまい、冒険者とならざるをえなかった経緯がある。
そんな凄惨な記憶を引きずっているのか、彼は努めて明るく”子どもらしく”振舞っている。
しかし、今のその質問は、純粋に出かけるところへの好奇心に満ちていた。
「・・・あ、そうそう。沼には他にもトードやホーネットも生息しているんだ」
「それはちょっと、厄介ねえ」
手元の木製のカップに注がれた果実酒をグルグル揺らしつつ、ジーニが思案する。
「でも、彼らはこちらから攻撃しない限りは襲ってこない。気が立つと後が面倒だから、見逃してやっておくれよ」
「うーん。気をつけるよ」
ギルはどうにもがさつで、静かに歩くということに向いていない。
元傭兵で、南方の闘舞術を納めている母なら、簡単に出来るのかもしれないが・・・ギルはそこまで考えて、ぶるりと身を震わせた。
母との記憶は、物心ついた時からイコール特訓に近いものだ。
おかげで腕っ節には自信が持てているが、簡単に脳内から引っ張り出していいものでもない。
そんな相棒をよそに、アレクは退治目的の蛇について質問した。
「どんな感じなんだ?」
「多分、10mくらいはあるんじゃないかな・・・・・・?」
ジャクジーの説明を聞いて、アウロラが必死に両腕をこすっている。余程に蛇は苦手らしい。
「あいつらは生きてる限り成長し続けるっていうし、きっと突然変異種か無駄に長生きしてるんだよ」
という依頼人の推察に、リーダーであるギルが腕組みをしながら言う。
「でかいなら、攻撃は当たりやすそうだけど・・・」
「――あ、そういえば、一つだけ注意。・・・あいつ、毒蛇みたいだから、解毒の準備はお忘れなく」
「解毒・・・アウロラ?」
「すいません、毒はまだ私の実力では・・・ミナスなら、水の精霊と親和性が高いそうですが」
アレクの呼びかけに、アウロラはすまさそうに小さく手を合わせて、傍らの小さな仲間に話を振った。
「毒?うん、僕に任せてー」
小さな胸を張ったミナスの出鼻をくじくように、依頼人がさらに口を開いた。
「・・・それと、長いから、巻き付かれない様に注意してね。万が一の場合に備えて、呪縛を解除できると安心かも・・・・・・」
パーティは、いっせいに無言のままジーニの顔を見やった。
が、あいにくとジーニのレパートリーに【呪縛解除】の呪文は、まだない。
注視に対して、ひらりと繊手を振って否定してみせた。
そこでエディンが口を挟む。
「呪縛なら、俺がギルドに習ったやり方で、なんとかできるぜ」
「お、エディン本当?すげえなあ、ギルド!」
「毒と呪縛に注意な、――はい、了解」
無邪気に賞賛するギルを横目に、やれやれ、といった態でアレクが頷く。
報酬についても質問が出たが、宵越しの金は持たない主義だとかで、300spが彼の全財産だと言って憚らない。値上げ交渉は諦めるしかなかった。
「・・・いいだろう。その依頼、引き受けさせてもらう」
「ちょ、何でお前が仕切るんだよ!」
「・・・ありがとう。それじゃあ、準備ができたら言ってくれ。沼まで案内するからね」
「あんたも、何事も無かったかのようにスルーするなー!」
ギルを無視したアレクの決定に、全員賛同したのだった・・・。
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