Wed.
暴虐の具現者 5 
――あの、暴虐の具現者に。
(俺たちが、ただ狩られるだけの存在ではないってことを――な)
駆け、跳躍し、地を転がっては跳ね起き、また駆けていく――。
「・・・・・・」
背後から迫ってくるのは、ただならぬ死の気配。
アレクは今、蟲竜の咆哮にて振動する空気を背に浴びながら、駆け続けていた。
その目的は無論――。
(俺を噛み殺すつもりでいる、アイツを――)
逆に死地へと導くためである。
頭上に太い幹、足元には尖った大石。その真中を抜けるために、絶妙な高さの跳躍をする。
「余裕ですな、アレクはん!」
懐の中で、トールが笑っている。
万一躓きでもすれば、それだけですべてが終わってしまう。
瞬時の遅滞も許されない状況だというのに――なぜか、こういうときにアレクは切迫感に襲われたりはしない。
それがいいことか悪いことか分からないが、周囲をよく見ることはできるようだった。
「ごちゃごちゃ考えるのもいいが、こういう時はな、トール」
――身体の反応に任せるんだ、とアレクは返した。
(ったく、我ながら――なんで曲芸をしているんだか!)
ただの二人で竜種を引き回す。まったくもっての無謀であり、戦士としてはこの上なき本懐でもあった。
「ははっ――」
高揚しながらも、決してアレクは冷静さを失っていたわけでもない。

・・・・・・いつのまにか、ふとももから血が流れていた。木の枝でもかすったのだろう。
トールがそこまで体を伝ってにじり寄り、氷の魔力で傷を塞いだ。
「まったく、トール。――お前がいてくれて、良かったよ!」
いい気になって巨獣を引き回しても、枝が擦っただけで血を流す生き物なのだ、アレクは。
それもこの雪精がついていてくれるおかげで、ただただ走ることに集中できる。
「ム――――ッ!」
視線の先に、目的地が見えてきた。特徴的に、森から突き出た裸の大岩。
真っ直ぐに岩を駆け上がりながら、軽く左右に視線を這わせた。
仲間たちはどこにいるのか、誰の姿も確認はできそうにない。
ただ、岩陰のどこかに潜んでいることは間違いない。
「ォオ――――!!」
アレクは、極めて激しい動きを繰り返した今日一日の中でも最高の跳躍をし、空へと身を投げた――。
あしうらから地の感触が消える。前後左右だけでなく、真下からの強風にも晒されるようになる。
「ふ――――っ!」
風精ジルフェを憑かせた父親のように風を制御する、というほどではないが、それまでとは異なる身のこなしが要求される。
それをわずかふた呼吸するうちにものする――が。
あるかなきかの殺気に背を打たれて、咄嗟に宙を舞う。
それまで自身が浮いていた場所を、怒竜の大顎が通過したのだ。
あのまま直進していれば、すでにこの世の者ではなかった。
「ハッ――!やっぱり噂どおりに飛ぶのかよ」
余った勢いを殺し、振り返ってこちらに再びやってくるさまは、まさしく空中を泳いでいるといった感じだった・・・。
暴虐の主を正面で捉え、アレクは無防備に眼を閉じて、口の両端からゆっくりと息を吐いた。
「さて――仕事の時間だ」
「華と咲くか、吹雪と散るか、千代に一度の華いくさ――ってやつでんな」
「上手いこと言う」
にやりと余分な緊張なく微笑んだアレクは、静かに魔力を集中する。
「さぁドラゴンさんよ――、おっぱじめようかい」
僅かに避け損ねた胴体が巻きつくも、予めエディンと交換していた鎧によって竜が怯む。
騎士シニサが発動させた『矢の罠』も効いているようだ。
「そして・・・これで、終わりじゃないぜ――ハァッ!!」
反撃をまったく予想していなかったのだろう。
強烈な一撃に、巨獣は効いたというより驚いたといった感じで慌てて身を引く。
「どっせい――!」
シニサは続けざまに、『木箱爆弾』を発動させた。
「いいぞ、いいペースだ!」
「アレクシス、無事!?」
休憩を取ってなんとか疲れを癒していたジーニが声をかける。
「ようやくご到着か、待たせやがって!」
「申し訳ない、これでも急ぐだけ急いだのですよ。しかし、お陰さまで――奴さんをここまで引っ張り出せましたよ」
「グアアアアアアアアオオオオオ!?」
「・・・ふっ、どうやら驚いていますね」
「条件も、戦力も揃った――さぁ、これで対等だぜ」
口の端に笑みを浮かべたアレクが、シニサの放った『魔法書の罠』とタイミングを合わせ、一緒に空中を舞っている岩の欠片を、力任せに刀身で敵にぶつける。

「――よしッ!」
尻尾があえなく切り離され、破壊されし超常生命の肉体は、秘められし異能を発揮する間もなく重力に飲まれた。
「――――――――――――――!?」
「狙い通りっ!これはいけるぞ!!」
「よし皆、いけえええー!!!」
ギルの号令により、各々が魔法や技をワイアームへ叩き込んでいく。
スネグーロチカが胴体に冷気を放ち、ジーニの召喚した風がさらに傷を広げる。
エディンやギルがそれぞれの技を放った時点で、また胴体の一部が落下した。
「あと少しです・・・!」
「イフリート、少しだけお前の息吹を貸して!」
「ギル、先にやるぞ」
「りょーかい、タイミングずらすなよ!!」
宙を恐ろしい速さで飛んだ業火が過ぎ去ると、二人の戦士は勢いよく太い頭頂部を得物で抉る。
「・・・ここだっ!!」
ずっと隙を窺っていたエディンが、傷つき肉が抉れうじゃじゃけている一点を目掛け、【暗殺の一撃】を放った――――断末魔が、響き渡る。

だが攻撃色であろうか――瞳や、欠けずに残った大爪を赤黒く明滅させるワイアーム。
さすがにぞっとした様子でアレクが呟く。
「信じられん。まだ、やる気なのか」
傷つきに傷つき尽くした肉体を引っさげ、それでもまだ戦う姿勢を取ろうとするこの難敵に、束の間尊敬の念すら覚えてしまう冒険者たち・・・。
これこそが、少なくとも数百年は生きている野生生物の、生きるということに対しての執念なのだ。
だが――攻撃の意思をあらわにできたのは、やはりほんの一瞬。
やがて深い崖下に、その巨大なからだが墜ちてゆくのだった。
「――もう、事切れていたか」
肉体を律するための意識という装置を失った、暴虐の具現者の末路である・・・・・・。
――難敵を打ち倒し、見事に依頼を果たした”金狼の牙”たちは馬車を預けていた麓の村に戻って事情を話し、森の中の騎士たちの弔いに力を貸してもらった。
その後、休養も取り、意気揚々と依頼主の元へと向かう。
その際――。
「えへへっ、やっぱアレクシスは凄いヒトだったんだ!おいら大人になったら絶対リューンにいくからな」

「・・・・・・」
「まーた新人の伝手作っちゃったわね。きっとあの子、≪狼の隠れ家≫に来るわよ?」
「まあ、いいのではありませんか?どんな英雄とて、最初は何でもない人間なんですから」
という話があったのは、まあ別の話である。
そしてワイアーム討伐より5日後。
トマス・ランプトン邸、応接室にて――。
「・・・諸君ら、実に見事な働きだった。我が騎士団が大きな損害を受けたのは痛いが、これから領で起こりうる被害を考えると、むしろ最小限に抑えられたとみるべきだろう」
「は。お褒めのお言葉ありがとうございます」
ギルが代表して礼を受ける。
「ところで、な」
「・・・・・・?」
すぐ報酬を受け取ると思っていたエディンは、どうやら違う流れのようだと首を傾げた。
戸惑ったようなギルの代わりに応える態勢となる。
「どうだった、ヤツは?」
「・・・・・・最悪な相手でした、ハイ」
「ほう、やはりそうか!しかし、その困難な状況からひと筋の光明を見つけ出し、見事『竜殺し』を成し遂げた!」
ここでランプトン卿の顔がますます熱を帯びる。
「シニサから色々と聞いてるぜ。本当に大したもんだぜ、あんたたちは!・・・っとと、スマヌスマヌ」

依頼主は冒険者たちの言葉に喜色もあらわ、という風情で身を乗り出したが、慌てたように領主としての態度を取り戻した。
(あー。そういや、元冒険者だっけ?)
エディンはようやく思い当たった。『竜殺し』というのはある意味、冒険者たち(に限らないが)の憧れだ。実際に『竜殺し』を達成した者たちを前にすると昂揚するのかもしれない。
卿はこの地に留まる気はないかと”金狼の牙”たちに訊いたが、我々は今のままが一番いいと思うという返答を受け、半ば予想していたらしく頷きながら笑った。
報酬の銀貨3000枚は後日、宿へと送らせてもらうと言う。
「その前途には期待しているし、祝したい気持ちもある。というわけで――だ」
ランプトン卿は手を叩き、従者らしき者たちに二つの箱を用意させた。
「追加報酬として遥か東国より取り寄せた魔法の甲冑、もしくは領内の遺跡で発見された旧時代の金貨3枚か、どちらかを選んで欲しい」
「ふぅむ・・・・・・どちらも破格の報酬ですね」
「こっちの甲冑、珍しいわねえ。回避が上がる魔法が掛かってるわよ?」
しげしげと運び込まれた品を鑑定していたジーニが言った。
それを聞きつけたエディンが、眼に見えてそわそわする。
「な、なぁ、リーダー・・・・・・」
「皆まで言うなよ。エディンにはずいぶんと助けられてるからな、いいよ」
「マジか!ありがてえ!」
東国から取り寄せたその品を、嬉しそうにエディンは抱え込んだ。
「仕事でなくとも、またこの地に来てくれ。いつでも歓迎するぞ」
「我がランプトン領の英雄たちよ、いつまでも壮健でおられよ」
騎士と領主に見送られ、”金狼の牙”は存外の報酬とともに故郷へと帰っていった。
その活躍は、ランプトン領では永らく語り継がれ、リューンという大都会でも一時は話題を独占するほどの偉業として称えられたのであった・・・。
※収入3000sp、≪飛来矢≫≪蟲竜の角≫≪特濃浮遊薬≫≪浮遊草≫≪プックルの実≫×2、≪傷薬≫×4、≪薬草≫×5、≪コカの葉≫×4※
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■後書きまたは言い訳
42回目のお仕事は、虻能丸さんのシナリオで暴虐の具現者です。
最近のシナリオなのでリプレイに起こすのはまずいかな~?と思ったのですが、正直に言うとエディンに≪飛来矢≫が欲しくて選びました。・・・いや、あれは盗賊用の防具じゃないぞって意見は分かるんですが、うちの盗賊、器用/慎重に適正がなくて器用/好戦とか筋力/勇猛に適正があると言う・・・。かといって、いくら適正あっても≪カナンの鎧≫はさすがに美意識として許せず。「≪飛来矢≫は・・・あ、これ防御力のほかに回避UP効果?じゃ、盗賊が身につけてもいいんじゃないの?」という理由で、『蟲竜』アタックしました。虻能丸さん、本当すいません・・・。
『蟲竜』撃退ルートは他にもあるのですが、そっちも面白かったです。
最後のルート選ぶ時は、その、特殊型いる宿でなきゃきつかったなあとだけ・・・。(笑)
さるサイトの方にも申し上げたのですが、この『蟲竜』を誘き出す役の独白が凄いかっこいい!好きです、熱い展開ですねえ。うちは選ばれたのがアレクだったので、一人ではなく雪精トールとのやり取りになっちゃったんですけどね。これ、選ばれるのもしかして勇将型とか分岐あるのかしら。
それから、いつもなら嬉々として罠を考えそうなジーニなんですが、なぜか今回、参謀役の台詞がアウロラに割り振られていました。まあジーニは都会人だから、野外で引っ張りまわされるの苦手そうなので、今回はこれで良かったのかもしれません・・・スクリーンショットご覧いただければ分かるように、アレクのもとへ駆けつけた時にジーニだけどういうわけか疲れ果ててますし。(笑)
追記:虻能丸様ご本人から教えていただきましたが、この登場の際に「飛行」キーコードがついていないキャラクターについてはこのように一部能力が低下するのだそうです。さすが細かい所まで目が行き届いてる!素晴らしいですね。お教えいただきありがとうございます。
シニサさんやランプトン卿は、またぜひ出会いたいNPCです。
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。
« 爆弾仕掛けの番犬 1
暴虐の具現者 4 »
コメント
ついに竜退治ですね。冒険者としては一つ大きな山を越えた感じでしょうか。
普通のRPGなんかだと、竜とは言っても道中でいくらでも現れる敵の一種に過ぎない事が多いですが(ラスボスクラスもいたりしますが)、普通はこのシナリオのように罠や地形をフル活用してなお倒せるかどうか・・・な存在なんでしょうね。
スライムもほんとは強いはずなんですが、これはやっぱりドラクエの影響でしょうね(笑)
あれはあれで、親しみやすさを作った一因だと思うので、もちろん有りだと思うのですが。
まあプレイヤーとしては、一々武器や鎧を溶かされてたらたまりませんしね。
URL | 天河 #- | 2013/02/21 17:44 | edit
コメントありがとうございます
はい、竜退治でした!やっぱりファンタジーといえば、竜とガチバトルですねー。
シナリオ作者の虻能丸さんは『蟲竜』にただ強いだけではなく、原始的なまでの再生能力を与えており、「ファンタジー以前の原初の竜っていうのはこういうものだったのかも知れないなあ・・・」といたく感心しました。
スライム、ドラクエのやつ可愛いですよね。(笑)多分ほんとは強いし、酸の関係で手ごわいんだと思うんですが、その単語を聞いた時に私の頭によぎるのは、一時期コンビニにならんでいた青いアイツでした・・・。(笑)
※追記:そういえば、一個だけ。本番の戦い(空中戦)の時に、【竜牙砕き】当てたかったな・・・!!(笑)
URL | Leeffes #zVt1N9oU | 2013/02/21 20:47 | edit
リプレイを見て実際にプレイしてきたのですが、ぐいぐいと導入から引っ張られる良作でした。
自分は水上ルートだったのですが、カードワースでここまで画面が綺麗なのも珍しかったです。
ちなみに索敵マップでは深海のイカを思い出しました。
最後にどちらの報酬を貰うかについてですが、金目のものよりも後に残るようなものを選んでしまいます。
仮にあまり使わなかったとしても、記念になると言うか…。
URL | 堀内 #wKzDXcEY | 2013/02/22 01:46 | edit
コメント有難う御座います
わーい、リプレイをご覧になって暴虐の暴言者プレイしてくださったんですか?嬉しいです、堀内さんありがとうございます。
水上ルートだとすると、ぬめぬめの彼が手伝ってくれたのかしら。綺麗ですよね~、面白い上に。
索敵マップ、言われてみると確かにブイヨンスウプさんのあのシナリオの緊張感を思い出しますね・・・。見つかったらやばい!まずい!というびくびく加減がなんとも。(笑)
報酬は、正直言うとどっちも魅力的なんです。旧金貨は集めると「カルバチア第三銀行」の引き換えに使えるし・・・。でも、たとえお金に繋がらないとしても、荷物袋にそっとしまっておきたい物ってありますね。
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