Wed.

暴虐の具現者 2  

 ――ひんやりとした空気が満ちる、薄暗い高地の森。
 その中を、隊列を組んで進んでいる。
 空気は冷たいが、冒険者の鼻先からは汗が滴っていた。
 人が立ち入ることなどないのだろう。
 馬車は麓の村で預かってもらい、荷はすべて自分たちで背負っていた。

「・・・・・・重い」

 妙に表情のない顔でギルが呟いた。彼は≪カナンの鎧≫を着込んだまま進んでいる。
 とはいうものの、ここら一帯を治めるランプトン家の現当主からの依頼、それも若さに似合わず領民の気持ちをよく汲む統治者と評価の高い人物からの依頼とあっては、簡単に破棄するわけにはいかない。
 もとは世継ぎになる予定にはなかった次男坊で、長男が病没するまでは自由気ままに生きていた。
 リューンで冒険者として活動していた時期もあり、”金狼の牙”たちのような人種に対する理解も深い。
 遠方からわざわざ≪狼の隠れ家≫の”金狼の牙”を指名して遣いを寄越した。
 その厚い対応に冒険者としての自尊心をくすぐられないでもなかったが、同時にただ事では済まないという予感を、彼らは持ったものだ。
 主力ではないとはいえ、あてにされていることには間違いない。

「それにしても――竜かあ」
「ええ、竜ですよ。稀少さから”幻想種”なんて呼ばれることもあります」

 ――件の災禍、つまり竜は嵐のごとく突如として現れたかと思えば去っていく、まさしく神出鬼没の存在であり、領民からの目撃証言も当初はほぼ得られなかった。
 それでも竜種であると断定できたのには理由がある。
 被害が起き始めたのは1年ほど前からだが、たったそれだけの間に襲われた集落の数が、数十にのぼったのだ。
 必然的に目撃証言も多く・・・証言内容を総合し、吟味した結果、その災禍は遠くから見るとまるで蛇のような姿かたちをしているらしい。
 胴は丸太を何本も束ねたかのように太く、同時に、途轍もなく長い。
 前触れなく空から降ってきた、なんて話まで出ている。 

「討伐、あるいは2度と暴れることのないように、痛めつけて追い払うことを要求されている・・・というわけです」

 依頼主の話では、領内の数多の村が襲われたらしく、大型の家畜すらも食い尽くされ、あるいは逃げ遅れた村民も丸呑みにされる事態に至ったこともあるようだ。
 ランプトン卿は近隣諸国へと遣いを送り、古今、同様の事件がないかを洗い出した。 
 浮かび上がってきたのは、『蟲竜』『地竜』『長虫』・・・と、様々な形で呼称される、長い手足や翼を持たない原始的なドラゴン――ワイアームである。
 長命な竜種は、各地を荒らしつくしながら、遥か東の地より、少しずつ西へ西へと移り棲んで来たようだが――その規模、数百年。幾度となく討伐隊は組まれたが、そのすべてが敗北している。
 尋常ならざる相手である。

「でもま、おかげさんで成功報酬が銀貨3000枚だもんなあ・・・。しばらく遊んで暮らせる大金だし」
「しかも、『竜殺し』の名誉とともにだからな」

 幼馴染コンビの楽天的な見解を、アウロラは冷たい目で見やった。

「その金額分だけ――いや、金額以上に厳しい依頼になるかもしれない、という覚悟はしておいた方がいいでしょうね」
「・・・まぁ、相手が相手だからな」

 エディンはこういった山歩きにきわめて不向きなジーニをたまに助けつつ、アウロラの言に同意した。

「竜の弱点ってないの?」

 くりんとした瞳でミナスはアウロラやギルを見上げた。

「残念ながら、それについての情報は与えられていません。というか、外見以外のことはほとんど謎に包まれている」
「・・・・・・まぁ、実物を眼にしないことにはなぁ」
「ふーん。そういうものなんだ」

 二人の説明に納得したのか、ミナスは頷くと、元気よく跳ね回りながら前に進む。
 他の仲間も、背からずり落ちそうになっている重い荷を、肩を揺すり腰で跳ね上げて担ぎ直した。
 先頭を行くのは騎士たちである。まずは先行隊との合流を果たそうとしているのか、或いはどこか拠点にできる地形を探しているのだろうか。
 大まかな方針は彼ら騎士たちの裁量に任せ、冒険者たちは周囲の警戒に集中していた。
 首と視線をしきりに左右に往復させては、気配も同時に探っていく。

「・・・・・・なんというか」
「・・・・・・静か過ぎる」

 ミナスとアレクが、ほぼ同時に喋った。
 斥候役としての経験も豊富なエディンが、二人を褒めて頭を撫でる。

「だな――だが、油断はできない」

 周りの、道は険しいが豊かな森を指す。

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「この場に近づくにつれ荒んでいた風景が、別物のように豊かになった」
「うん、そういえばそうだね。なんで?」
「自らの棲家だけは荒れないようにしていると考えれば、この環境の変化にも納得できるからな」
「・・・・・・とすると」

 アレクは顎に手をやりつつ口を開いた。

「・・・もう縄張りの範囲内、ってこともあり得るわけだ。気を引き締めないとな」
「さて鬼が出るか、蛇が出るか」

ScreenShot_20130217_043225515.png

「・・・ジーニ。その台詞、相当好きなんだな。前にも言ってなかったか?」
「言ったわよ。ワールウインドの遺跡に行った時と、山奥の廃教会に捕まってた時ね」

 エディンが小さく茶々を入れる。

「いや竜だろ」
「・・・ソウデシタネ」

 大人組みがそんな緊張を欠いた台詞の応酬をしていたすぐ後。

「・・・・・・?」

 アレクは無意識に剣の柄に手をやっていた。
 ――不意に。
 隊の周囲のみ、木々の枝葉や草花がざわめいた。
 だが、何者かが潜んでいる気配はない。

「風・・・・・・隊の周囲、だけ?」
「上から――だ」

 小首を傾げたミナスに、剣士は即座に答えを返した。
 影が差し、辺りが暗くなる。
 空を裂く音とどんどん濃くなる影に、慌てて他の仲間も上方を振り仰いだ。
 己が視界に飛び込んできたソレが何であるかを、冒険者たちが理解したわけではない。そんな暇は、与えられなかった。

(――ヤバイっ!!)

ScreenShot_20130217_043927546.png

「みんな、散れ――ッ!!」

 空気を裂く音にも負けぬアレクの声量に素早く反応する仲間たち。
 轟音。風圧で巻き起こる土煙。
 慌てて飛び退った冒険者たちの視覚と聴覚は、その2つで一瞬にして遮られた。

(騎士たちは避けられたか?)

 アレクの位置からは確認できなかった。それより今は――土煙が晴れてくる。
 仲間たちの姿。傍にあるのを確認する。全員無事だ。
 だが、煙の奥から姿を見せたのはアレクの仲間たちだけではなかった。

「グオオオォオオオオオオオオオオオオ!」

 長首をもたげ、間近で見下ろすその迫力に、冒険者たちは肉体を強張らせてしまう。
 事前に与えられていた情報で覚悟を固めていたはずだが、その存在感は想像を遥かに超えていた。
 特徴的なのは大きな口腔に樹齢幾千年を思わせる大樹の如き太さの首だ。

「なーるほど。牛馬をひと呑みって、誇張でもなんでもなかったんだな」
「そんなこと言ってる場合ですか、ギル!」
「分かってるって。・・・・・・あの鱗は分厚そうだな」

 さらに、腹と背の境にはびっしりと紅く巨大な爪が生え揃い、しきりに蠢いている。
 強張った己を叱咤するように、アレクが吐き捨てた。

「・・・ムカデとトカゲのあいのこ、って感じだな。まさに”蟲竜”ってわけかい」

 縄張り意識が強いのだろうか、はたまた別に原因があるのか、濁った瞳は”金狼の牙”たちを睨みつけており、明確に敵対者として捉えているようだった。

2013/02/20 20:47 [edit]

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