Sun.
廃教会の地下 1 
依頼人は寂れた村に隠居する貴族。
依頼の内容は森の奥深くにある廃教会の調査。
報酬は銀貨1000枚。
簡単な依頼のように見えるが、前にこの依頼を受けた冒険者は消息を絶っている。宿の親父さんは考えた末、2ヶ月前にも教会関係の仕事を成功させた”金狼の牙”を依頼人に推薦した。
「前に依頼を受けたのって誰だ?」
のんびりと依頼の張り紙を見つめていたギルが、親父さんに質問した。
二人をよそに、他の面子はこないだ要港都市ベルサレッジで請けていた依頼がいかに厳しかったかを思い出して騒いでいる。
「まだ駆け出しだった頃にもフォーチュン=ベルで海賊退治はやったけどよ。ベルサレッジのやつら、滅茶苦茶強かったな」
「回復役を叩こうとして聖職者らしき人を集中砲火したら、吟遊詩人が回復メインとか・・・。詐欺です」
「口を塞ごうと思ってナパイアス呼んだけど、なかなかルーンマスター(魔法を扱う者)に飛ばなくて。制御しきれなくてごめんね」
「その依頼の次は火竜退治だったな。・・・・・・正直、カナンの鎧とミナスのセンスオーラがないとやばかった」
「アンタの懐で、トール溶けかけてたじゃないの。可愛そうに」
「時々、荷物袋であの魔剣に触らせてやってたぞ?」
「・・・・・・いや、俺今思ったんだけど。アレクがあの剣で戦った方が早かったんじゃねえ?」
ワイワイがやがやと話題が尽きる事のないような彼らを背景に、親父さんの太い眉がぎゅっと八の字に窄まり、ギルの質問に答えた。
「・・・・・・テスカだ」
実力は”金狼の牙”と同等か、少し下くらい。
一攫千金の甘い夢よりも地道に稼ごう――そういう人だったので、普通の冒険者がなかなか見向きもしないような調査依頼でも丁寧に応対することで、依頼人からの評判はすこぶる良い。
事実、新米の中の何人かは、テスカの持つ交渉力に色々と学ばせて貰った者も多い。
ただ、そういった細やかな性格をしている人物なので、消息を絶ったまま依頼人にも宿にも何の連絡も寄越さないというのが、どれだけ異常な事態かは明らかだった。
「生きてるなら、ヘッドロックかけながら連れて帰ってくるよ」
「ああ。頼んだぜ、ギル」
あえて二人とも口にしなかったが、生きてなかった場合は――状況によるだろう。
時間をかけていられないかもしれないと、さっそく彼らは宿を出発し、一路依頼人が居る村へと向かった。
途中、とある山に差し掛かった頃、急に鈍色の雲が今まで燦々と日の光を降りそそいでいた空に登場し、広がり始める。
「まずい、降ってきたぞ!」
「ついていませんね!」
リーダーが走り始めたのを追って、アウロラが応える。
雨脚が強まる中、冒険者たちは雨を凌げる場所を求めて彷徨い続けた。そして・・・・・・。
「仮にも冒険者なら山の天気が崩れやすいのはよく知っているでしょうに」
「ええ、まあね」
「急ぎの用事なんですか?」

ゼン、と名乗った黒髪の青年は、濡れ鼠の”金狼の牙”たちに手ぬぐいを渡しながら訊ねる。
古い暖炉には火が入っていた。
「急ぎの依頼ではありません。ただ・・・」
アウロラはいささか口篭った。果たしてどこまでこの青年に伝えたものか。
「前にこの依頼を受けて帰ってこなくなった仲間が気になって仕方ないのです」
「依頼って・・・この無人の教会の調査ですか?」
雨に濡れた白銀の前髪を鬱陶しそうに跳ね上げ、アレクは小さく同意した。
「依頼人には会ってないが、たぶんそうだと思う」
「断った方がいいですよ」
青年の声は硬い。
「何故?」
一同を代表してアレクが問う。
「前に同じ依頼を受けた冒険者が居ます。テスカさんという人で宿無しの僕にも親切にしてくれる良い方でした。でも、今は・・・」
「テスカを知ってるの!」
鋭く鞭打つようなジーニの声音であった。
”金狼の牙”が結成される前に、2度ほどテスカに協力した事があるのだ。
ゼンは黙って立ち上がると、冒険者たちを教会の裏手へ案内した。
「テスカ・・・」
「すみません。何分、お金のない身なのでこんな粗末な墓に・・・」
細い枝を組み合わせた聖北の徴が、地面に深く突き刺さっている。
降り止まない水滴が、その墓すら侵すようにじっとり色を変えていた。
一同は変わり果てたテスカの姿に各々の祈りを捧げる。
アウロラの旋律のような聖句が、雨音を縫うようにテスカの冥福を祈った。
「気持ちは変わらないと?」
部屋に戻った一行をじっとゼンが見つめた。
居心地悪そうにギルが肩をすくめる。

「この教会の地下にどんな化け物がいるか知らないが、退く訳にはいかない」
「そうですか。でも、僕の気持ちも変わりませんよ」
青年の凡庸といっていい顔が、並々ならぬ決意を込めて引き締まる。
「貴方達のような良い人がこんなところで死ぬべきじゃない。その時が来たら、全力で貴方達を止めます」
(こいつ・・・一体、何を隠してやがる?)
エディンは眠たげな目を細めてゼンを見やった。明らかに彼は、化け物のことを知っている。
拷問して吐かせるという手もあるが、同じ釜の飯を食べた仲間を弔ってくれた相手に、そこまで非道な真似に走るのも躊躇われる。
もっとも、この青年がテスカを殺めたり、嵌めたのでなければの話だが。

「・・・・・・・・・・・・」
アレクは困ったような顔で仲間を見渡した。
幾分か甘い気質のある彼では、これ以上はゼンを説得できないと助けを求めているのである。
「・・・・・・ま、何にしろ雨宿りさせてくれてありがとよ。今日は一晩ここで過ごして、明日の朝になったら俺らは目的地まで行く・・・それでいいな?」
その場を取り繕うかのような大人のエディンの台詞に、どこか救われた顔で一同は頷いた。
ゼンの鬼気迫るような雰囲気が、”金狼の牙”たちから常の無駄なまでの賑やかさを奪ってしまったかのようだった。
依頼の内容は森の奥深くにある廃教会の調査。
報酬は銀貨1000枚。
簡単な依頼のように見えるが、前にこの依頼を受けた冒険者は消息を絶っている。宿の親父さんは考えた末、2ヶ月前にも教会関係の仕事を成功させた”金狼の牙”を依頼人に推薦した。
「前に依頼を受けたのって誰だ?」
のんびりと依頼の張り紙を見つめていたギルが、親父さんに質問した。
二人をよそに、他の面子はこないだ要港都市ベルサレッジで請けていた依頼がいかに厳しかったかを思い出して騒いでいる。
「まだ駆け出しだった頃にもフォーチュン=ベルで海賊退治はやったけどよ。ベルサレッジのやつら、滅茶苦茶強かったな」
「回復役を叩こうとして聖職者らしき人を集中砲火したら、吟遊詩人が回復メインとか・・・。詐欺です」
「口を塞ごうと思ってナパイアス呼んだけど、なかなかルーンマスター(魔法を扱う者)に飛ばなくて。制御しきれなくてごめんね」
「その依頼の次は火竜退治だったな。・・・・・・正直、カナンの鎧とミナスのセンスオーラがないとやばかった」
「アンタの懐で、トール溶けかけてたじゃないの。可愛そうに」
「時々、荷物袋であの魔剣に触らせてやってたぞ?」
「・・・・・・いや、俺今思ったんだけど。アレクがあの剣で戦った方が早かったんじゃねえ?」
ワイワイがやがやと話題が尽きる事のないような彼らを背景に、親父さんの太い眉がぎゅっと八の字に窄まり、ギルの質問に答えた。
「・・・・・・テスカだ」
実力は”金狼の牙”と同等か、少し下くらい。
一攫千金の甘い夢よりも地道に稼ごう――そういう人だったので、普通の冒険者がなかなか見向きもしないような調査依頼でも丁寧に応対することで、依頼人からの評判はすこぶる良い。
事実、新米の中の何人かは、テスカの持つ交渉力に色々と学ばせて貰った者も多い。
ただ、そういった細やかな性格をしている人物なので、消息を絶ったまま依頼人にも宿にも何の連絡も寄越さないというのが、どれだけ異常な事態かは明らかだった。
「生きてるなら、ヘッドロックかけながら連れて帰ってくるよ」
「ああ。頼んだぜ、ギル」
あえて二人とも口にしなかったが、生きてなかった場合は――状況によるだろう。
時間をかけていられないかもしれないと、さっそく彼らは宿を出発し、一路依頼人が居る村へと向かった。
途中、とある山に差し掛かった頃、急に鈍色の雲が今まで燦々と日の光を降りそそいでいた空に登場し、広がり始める。
「まずい、降ってきたぞ!」
「ついていませんね!」
リーダーが走り始めたのを追って、アウロラが応える。
雨脚が強まる中、冒険者たちは雨を凌げる場所を求めて彷徨い続けた。そして・・・・・・。
「仮にも冒険者なら山の天気が崩れやすいのはよく知っているでしょうに」
「ええ、まあね」
「急ぎの用事なんですか?」

ゼン、と名乗った黒髪の青年は、濡れ鼠の”金狼の牙”たちに手ぬぐいを渡しながら訊ねる。
古い暖炉には火が入っていた。
「急ぎの依頼ではありません。ただ・・・」
アウロラはいささか口篭った。果たしてどこまでこの青年に伝えたものか。
「前にこの依頼を受けて帰ってこなくなった仲間が気になって仕方ないのです」
「依頼って・・・この無人の教会の調査ですか?」
雨に濡れた白銀の前髪を鬱陶しそうに跳ね上げ、アレクは小さく同意した。
「依頼人には会ってないが、たぶんそうだと思う」
「断った方がいいですよ」
青年の声は硬い。
「何故?」
一同を代表してアレクが問う。
「前に同じ依頼を受けた冒険者が居ます。テスカさんという人で宿無しの僕にも親切にしてくれる良い方でした。でも、今は・・・」
「テスカを知ってるの!」
鋭く鞭打つようなジーニの声音であった。
”金狼の牙”が結成される前に、2度ほどテスカに協力した事があるのだ。
ゼンは黙って立ち上がると、冒険者たちを教会の裏手へ案内した。
「テスカ・・・」
「すみません。何分、お金のない身なのでこんな粗末な墓に・・・」
細い枝を組み合わせた聖北の徴が、地面に深く突き刺さっている。
降り止まない水滴が、その墓すら侵すようにじっとり色を変えていた。
一同は変わり果てたテスカの姿に各々の祈りを捧げる。
アウロラの旋律のような聖句が、雨音を縫うようにテスカの冥福を祈った。
「気持ちは変わらないと?」
部屋に戻った一行をじっとゼンが見つめた。
居心地悪そうにギルが肩をすくめる。

「この教会の地下にどんな化け物がいるか知らないが、退く訳にはいかない」
「そうですか。でも、僕の気持ちも変わりませんよ」
青年の凡庸といっていい顔が、並々ならぬ決意を込めて引き締まる。
「貴方達のような良い人がこんなところで死ぬべきじゃない。その時が来たら、全力で貴方達を止めます」
(こいつ・・・一体、何を隠してやがる?)
エディンは眠たげな目を細めてゼンを見やった。明らかに彼は、化け物のことを知っている。
拷問して吐かせるという手もあるが、同じ釜の飯を食べた仲間を弔ってくれた相手に、そこまで非道な真似に走るのも躊躇われる。
もっとも、この青年がテスカを殺めたり、嵌めたのでなければの話だが。

「・・・・・・・・・・・・」
アレクは困ったような顔で仲間を見渡した。
幾分か甘い気質のある彼では、これ以上はゼンを説得できないと助けを求めているのである。
「・・・・・・ま、何にしろ雨宿りさせてくれてありがとよ。今日は一晩ここで過ごして、明日の朝になったら俺らは目的地まで行く・・・それでいいな?」
その場を取り繕うかのような大人のエディンの台詞に、どこか救われた顔で一同は頷いた。
ゼンの鬼気迫るような雰囲気が、”金狼の牙”たちから常の無駄なまでの賑やかさを奪ってしまったかのようだった。
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