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Tue.

命を尽くした話  

 私は羽虫だ。
 自らの身が焼けると知っていても蝋燭の火に近づかずにはいられない。
 ぎょろぎょろとした大きな眼をもっていようが蜘蛛の巣に気づけず捕らえられる。

 私は羽虫だ。
 愚か者の羽虫だ。

 だが。
 例え愚か者の羽虫だとしても。
 可憐な花を愛でる為に、命を捨てたっていいじゃないか。

 我が身をじわりじわりと苦しめる蜘蛛の糸を、伝ってくる影がある。
 恐ろしい牙を持ったまだら色の蜘蛛だ。
 獲物が掛かった事に頬をほころばせ、一直線にこちらへ這ってくる。

 私に残された時間は、もうない。



 娘と旅人が談笑している様を、私は窓の外からぼんやりと眺めていた。
 一五年間もの間を一緒に過ごしてきて、私ですら一度でも見た事のない表情を、娘が見せている。

 幸せそうだ。
 ふと、そう思えた。

 変化のない村での生活は、彼女に何を与えただろう。
 年頃だというのに化粧っ気の欠片もなく、文字の読み書きすら満足にできない。
 知識らしい知識といえば、周辺で採れる食料の種別と数種類の料理法、毒キノコの見分け方くらいだろう。

 娘の幸せを望まない父がいようか。
 出来る事なら娘を外へ連れ出して、広大な世界の素晴らしさを知ってほしかった。
 いや、多くは望むまい。
 この汚く暗い村から外へ出してあげるだけでも構わない。

 それが叶わない望みである事は知っている。
 私の身が、この村という蜘蛛の糸に縛られているからだ。
 幼子同然の知識と常識しか持ち得ない娘が、独りで外の世界を生きる事はできない。

 だが、この旅人ならば。
 ギルバードと名乗った、この冒険者ならば。

 

 腐ったこの小さな箱庭から、娘を連れ出してくれるかもしれない。
 娘がこの村に未練を残さないように、箱庭を焼き払ってくれるかもしれない。

 か細い望みに命を賭ける事に、迷いはなかった。
 どのみち、私の命は長くない。
 目前まで、蜘蛛の牙は届きつつあるのだ。

「さて……」

 娘が自分の部屋へ向かったのを確認して、ギルバートはこちらを向いた。
 私の戦いは、ここから始まる。
 一瞬でも気を抜けば、私の望みはおろか世を呪う言葉さえも封じられるだろう。

「――ギルバート君、話をしないか」

 先手を取って、話を切り出した。
 家主であるのにこそこそと覗き見する私を、ギルバートは真剣な眼差しで見ている。
 私の目論見の七割程度は見抜かれていると考えた方がよさそうだ。

「……話?」

「そう、腹を割って話したい。君の本当の目的や、これからの事を……」

「何を――なッ!?」

 ギルバートは眉間に皺を寄せる。
 思った以上に手ごわい相手のようだ。
 ギリギリ見えるくらいのラインで手の中の不恰好な水晶を見せたのだが、彼は見落とさなかった。

「あまり大きな声を出さないでほしい。
 娘がこちらへ来たら、私が困るんだ」

 私は音が鳴らないように戸を開けて、ギルバートの向かいの椅子へ腰を下ろした。
 右手は硬く握ったまま、身体で隠す事にした。
 一瞬の油断で腕を切り落とされれば、私は切り札を失ってしまう。

「……何が聞きたいんだ?
 火晶石そんなものまで持ち出して」

「まず、君の目的を教えてほしい。
 旅の途中でここへ立ち寄った、と言っていたが……あれは嘘だろう?」

「………………」

「何の特産もなく、取り得もないこんな寒村を気に入るなんてある訳がない。
 一週間という長い時間、君がこの村に滞在したのは別の理由があったから。違うかい?」

 ギルバートは何も答えようとしなかった。
 それもそうだろう、私の握っている強みは捨て身の一撃だ。
 同じ卓につくための場代だ。

 故に、彼の口を割らせるには更なる攻撃が必要だ。
 意を決し、言葉を搾り出す。

「君は、この村の秘密を知っているね」

 ピクリ、と。
 ギルバートが反応した。
 間髪いれずに言葉を紡ぐ。

「この村が小規模な麻薬精製場である事は知っているものとして話を進めよう。
 君は公安の人間ではなさそうだが、おそらく麻薬がらみの調査の為に雇われたんだろう。
 しかし、それならそれで疑問が残る。

 君がなぜ、一週間もここに滞在しなければならなかったのか。
 調査の為に雇われたのなら、その麻薬がどんなものかくらいの情報は得られたはずだ。
 少なくとも、これこれこういう形状の葉を刻んで乾燥させて煙草として流通させている、くらいの情報はないと話にならない。

 でなければ、君もあんな事は言わなかっただろうからね」

 彼がこの村に来た日の夜。
 村長がいつものように旅人に対して煙草を勧めた。
 そこで帰ってきたギルバートの答えは『風邪気味で喉が痛いので遠慮します』だ。

「君は煙草の葉が麻薬である事を知っていて、かつ村が麻薬の精製場だと確信を得た。
 にも関わらず、君はこの村に残った、何故か?

 君は待っていたんだ。
 月に一度だけ、村の男衆が一箇所に集まるこの日を」

「……、」

 ついに、ギルバートの表情が崩れた。
 娘に見せた子供っぽさの残る笑顔など想像も出来ないほどの、『冒険者』の顔だ。

「残念だが、村長には君の企みは見抜かれているよ。
 今日のは会合とは名ばかりの作戦会議のようなものだった。

 ……村長は、今夜中にケリをつけるつもりだ」

「それで、あなたが尖兵って事か」

 ギルバートが口を開いた。
 長かったが、ようやく彼も卓についてくれた。

「違う、と言っても信じてはもらえないだろうがね。
 ……私の要求を呑んでくれれば、君の味方をしたい」

「火晶石を握っておきながら条件提示とはね……」

 皮肉たっぷりにギルバートは呟いた。
 正論ではあるが、きれいごとだけでこの場は凌げない。

「私の望みはたったひとつ。私の娘を、エセルを外へ連れ出してほしい」

「エセルを?」

「そうだ。娘は……この村の汚い部分を何も知らない。
 この村が麻薬を造っている事も知らない。
 毎日、手伝いと称して運んだあの葉っぱが麻薬だと言う事も知らない。
 そもそも麻薬とは何なのかすら知らない。

 ――そして、その麻薬が。
 彼女が運んだ葉っぱが。
 私の命を蝕んでいる事すら知らないんだ……!」

「……、」

 すう、とギルバートの目が細められた。
 それでも目を背けてくれなかったのはありがたかった。
 こんな愚か者の気持ちを、汲んでくれた。

「……俺が受けた依頼は『麻薬精製に関わった村人全ての誅殺』、だ。
 仮にエセルが何も知らずに手伝っていたにしても、それは通らない。
 過去には麻薬の運び人に道を教えただけで幇助と捉えられた例もある。

 だから、エセルだけを特別視する事はできない」

 死刑宣告にも似た返答に、私は身体の芯がぐらつく感覚を得る。
 しかし、答えを放ったギルバートははぁ、とため息をつくと、

「とはいえ、今の俺はまさしく命を握られているみたいだ。
 参ったなぁ、こんな状況だったらそんな建前は通じないよなぁ。
 法にも依頼内容にも触れそうだけど、どうしようかなぁ。

 うん、仕方がない。
 あなたの頼みを聞き入れよう、

 その言葉に、私は呆けたように目を白黒させる事しかできなかった。
 内容を噛み砕いて頭で理解するまで、何秒掛かっただろう。
 腹の底から笑いが込み上げてくるものの、うっかり娘を起こしてしまってはいけないと察し、必死でこらえた。

「しかし、私が言うのも何だが本当にいいのかね?
 依頼の内容に触れてしまうんじゃ――」

「その事なんだけど、ひとつ確認しておきたい。
 この村の女性は、本当にエセル一人なのか?」

 意図を図りかねるも、間違いないと頷く。

「だったらそっちは問題ないよ。
 屁理屈だけど、何とかしてみせよう。
 問題は、あなた自身だろう。
 どうにも俺のアタマじゃあなたを救う屁理屈は考えられそうにない」

「その必要はないよ。
 君が本来の依頼を達成するという事は、村の麻薬が失われると言う事だろう。
 ただでさえ命を削られている上に中毒症状が重なれば、一月と持つまい。

 それに、私が麻薬に狂う姿などあの娘には見せたくないのでね」

「……、」

「君が気にする事はない」

 そう、これは人生の選択を誤った私への罰だ。
 娘の事を建前として死ねない理由を造り上げ、自ら蜘蛛の領域へ足を踏み入れた自分への戒めだ。



 あれから二刻は経ったか。
 夜の帳は完全に降り、草木が風に揺れる音しか聞こえない。

(彼は、上手く事を運んでいるだろうか)

 ギルバートにはありったけの情報を渡した。
 どこに何人の村人が配置されるか、どの村人が場数を踏んでいるか。
 村の者にしか分からないような隠れるのに適した場所等、村の情報はほとんど筒抜けになった。
 単独でも包囲を突破し、逆に制圧できるだけの情報だった。

 私が同行したところで意味はない。
 煙で半ば出来損ないの燻製と化した肺では単なる足手まといだ。
 人ひとり殺す事さえ難しいだろう。

 だからこそ、こうして村の敵になれたのかもしれない。
 自分には出来ないと分かってしまったから、外の人間に手を借りたのか。
 長年住み続けた村が滅びようとしているのにも何の感慨も沸かないのも、そのせいか。

「――む」

 ふと、ドアがノックされた。
 狭い村だ、もう制圧完了していても不思議ではない。

 閂を取り外し、ゆっくりとドアを開く。
 来訪者の顔は見えなかった。

 代わりに、ギュガッ! という鋭い音と共に、何故だか床の汚ればかりが目に入る。

「……あんたのせいだ」

 続いて耳に入った言葉はギルバートの声ではなかった。
 それだけを認識した後に、私の背中に強い衝撃が走る。
 ここでようやく、何かで喉をぶち抜かれて仰向けに倒れこんだのだと理解した。

「あんたのせいでッ! 村のみんなはッ!」

(やかましい、娘が起きてしまうだろう)

 言葉を放ったはずだった。
 なのに、ヒューヒューという風の音しか聞こえない。
 やたらと喉が熱い。

 熱い、熱い、熱い、焼け付くように熱い、否、すでに焼けてしまっているのか?

「ッ!」

 息を呑むような声がしたかと思うと、誰かが走り去っていく音が聞こえた。
 声の主は、たしかハリスだったか。

 いいや、そんな事はどうでもいい。
 とにかく熱い。

「――ガ、」

 ごぼり、と。
 気管に何かの液体が進入した。

 たまらず、私は咳き込む。
 その衝撃で口から液体を吐き出した。
 真っ赤なそれは、血液だったか。

「……、」

 彷徨う視線が、ひとりの青年を捉えた。
 ツンツン頭の彼は、年相応の無表情でこちらを見下ろしている。

 彼の得物は血に塗れていた。
 もしかして、もうハリスの血も吸ったのだろうか。

「村の制圧はほぼ完了した。
 あとは村長と対峙するだけ……それだけで事は終わる」

 だからもう安心していい、と言いたげだった。
 その言葉に私は目だけで頷く。

「何か……あるか?」

 私がすでに喋れる状況じゃないと、途中で気づいたのだろう。
 優しい青年だ。
 彼がこうして斧を振るっている現実が果てしなく似合わないと思える。

「――ァ」

 声を出そうと努力したが、やはり無駄だった。
 代わりにゴボゴボと血が喉や口からあふれるだけだ。

 仕方なしに、私は無言でずっと握っていた右手を開く。

「……やられた」

 ギルバートが表情と同じく無感情な声で呟く。

 私が握っていたのは火晶石ではなかったのだ。
 ただの不恰好な水晶は音を立てて転がり、ギルバートのブーツへぶつかって動きを止める。

 そもそも、火晶石なんて代物が簡単に手に入るわけがない。
 そして本当に使用する腹積もりがあったのなら、交渉の場をわざわざ娘のいるこの家でするはずもない。

 私は精一杯の力で口の端を吊り上げ、笑った。
 まるで悪戯が見つかった幼子のように、笑った。

(後は、頼んだよ)

 脅しだったとはいえ、彼は約束を違えるような事はしないだろう。
 見返りはすでに渡している。
 私が死ぬのは計算のうちだ。
 楽観的なようだが、事実私にはこれ以上やれる事は何一つなかった。

 呼吸のままならない私の視界はぼやけ、次第にまぶたが下りてくる。
 途方もなく苦しい。
 熱い苦しい暗い寒い怖い怖い怖い怖い。

「――さようなら」

 青年の声が到達すると同時に。
 無慈悲な刃が慈悲深い青年の手によって振り下ろされた。



 夜が明けて、ラッシュ村には静寂と平穏が戻った。
 もう、この村では喧騒なんて望めない。

 それを断ち切った青年が、村長宅の地下室に保管されていた麻薬を焼いていた。
 村の中心部からもうもうと立ち上る煙を眺めながら、隣に立つ少女は目を細めている。
 保管されていた分とは別の、収穫されていない葉はそのままにされている。

 さすがにあれだけの量を処分しようとするのは無理があるだろう。
 収穫する者がいなければ、あれは無害な植物だ。
 植物には罪はない。

 青年が、燃えカスにバケツで水をかける。
 火種は一気に消え、わずかな水蒸気が煙に代わって発生した。
 やがて、その水蒸気もなくなった。

 二つ三つ言葉を交わしてから、二人は中央行路の方角へ歩き出す。
 二人は決して振り返ろうとはしなかった。

 それでいい、と私は笑む。

 私はあの時に確実に命を落とした。
 それから今までの記憶はすっぽりと抜け落ちていて、何が何だか分からずにここに立っている。
 だんだんと薄れゆく視界に、私の身体が崩れていくのを感じた。

 ああ、そうか。
 これが、神の慈悲というヤツか。

 こんな罪人にも救いを与えてくれた神へ短く感謝の祈りを捧げる。
 そして。
 罪人とその娘を確かに救ってくれたあの青年に、精一杯の祈りを捧げた。

 君の旅路に幸あらん事を、と。



【あとがき ついでに余談】
どうも、「すでに死んだシナリオ作家」および「しがないリプレイ書き」の周摩と申します。
Leeffesさんに拙作『命を失くした話』をリプレイしていただいた記念に、ちょっとした補完用SSです。
ギルバート氏が登場していますが、口調やら性格やらめちゃくちゃじゃないかとが不安です。
どうかエセルを末永くよろしくお願いします。

この話の視点はシナリオ内に登場するNPCエセルの父親で進んでいます。
お亡くなりになりましたが、いつまでもエセルとプレイヤーと幸福を願って彼らを見守っています。

今回のSSはリプレイされた事がきっかけで書き下ろしたものですが、構想自体はシナリオ製作時には存在していました。
特に父親との交渉シーンは本編で使用するつもりだったのですが、麻薬関係のいろいろが良く分からず(当時はただの馬鹿ガキでした)詳細に描写する事が出来ずに断念したという裏話があります。
だからこそ、極力そういった描写をしなくて済むNPC視点というシナリオが出来上がった訳ですが……

あと、以前HPの方の日記に書きましたが、この場を借りてもう一度申し上げます。
作中で麻薬の名前に『ラッシュ』とつけていますが、このシナリオはフィクションです。
実在の麻薬との関連はございません。
村の名前は超適当に決めたんですよ。

ちなみに作中でエセルが夢がどうのと言っていましたが、シナリオ製作時に没になった設定で「シンデレラガール・エセル」という今となっては馬鹿馬鹿しい続編シナリオのアイディアがあり、その伏線でした。
今じゃもう作成不可能なんですけどね。
割とエセルを宿に連れ込めればと思っている方がいらっしゃいましたが、彼女を連れ込み不可にしたのもこれが理由の半分だったりします。


最後に余談を。

プレイヤー「ところでエセル、見せたいものって何だったんだ?」
エセル「えっ……な、何でもないよッ!? (私だけが知ってる例の麻薬の群生地帯なんて言えない……っ!)」

という、何の落ちもない話でした。


では、この辺で筆を置かせていただきます。
次回は『月歌を紡ぐ者たち』の本編でお会いしたいものです。


周摩


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■後書きまたは言い訳(でも今回は違うかも)
うわあああ・・・!!誰か、私の血圧を下げてください!お願いします!
ということで、今回のこちらのお話は私ではなく、なんと「命を失くした話」のシナリオ作者である、MoonNight-Waltz.の周摩さんからいただいた、リプレイから派生した補完用SSでございました。シナリオでは会話のなかったエセルの父親視点でのお話となっております。

自分のキャラクターを他の方に、それもリプレイを書くきっかけとなった一人である周摩さんに書いていただけるとか、明日辺りに車に轢かれて死ぬのではないだろうか・・・。私、幸せすぎて人生が詰みそう。
周摩さんにも申し上げましたが、ギルは混沌派という言葉そのままのイメージがあります。
エセルに見せた子供っぽさも、エセルの父親と相対した時のプロの顔も、依頼内容を都合よく解釈して自分の好きなようにやる狡猾さも、全部、彼の中では本当です。嘘はないんです。
これをリーダーに据えてしまったエディンたちの責任はさておいて、ギルがもし取引を持ちかけられるとしたら、確かにこういう風に振舞うことでしょう。
エセルのお父さん、エセルは≪狼の隠れ家≫で大切にお預かりします!

そして周摩さん、こんな素敵なSSをありがとうございました。サイトの家宝にします!

2013/02/12 23:12 [edit]

category: 命を失くした話

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