Sat.

子供狩り 1  

「ほんによう降りますなあ」

と、その老婆は言った。
 エディンが頷く。

「全くだな」
「こないな中に雨ざらしにされたら、いくら冒険者でも病気になってしまいますじゃろ」
「・・・・・・っくしゅん」

 小さなエルフのクシャミを聞きつけたか、老婆はお盆にご飯を載せて運んできてくれた。まだ湯気が立っている。

「ほら、これでも食べて身体あったこうして。夕飯の残り物なんじゃがね」

 窓の外の闇は深く、雲間を窺い知ることは出来ない。
 先程から雨が、強く弱く窓硝子を叩いている。

「――うん、美味い。身体が芯から暖まるみたいだ」

 ギルがかっ込むようにしてシチューを摂取している。
 彼がむせないよう注意しつつ、アウロラがお礼を言った。

「すみません、ご婦人。こんな夜更けに押しかけてきて食事まで頂いてしまって」
「ほほほ。困っている旅の人に閉ざす戸なんぞありませんよ。ゆっくりしておいき」

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 質素な山小屋だ。丸太の壁がところどころ腐りかけている。
 かろうじて雨漏りは防ぐことが出来ているようだが、アレクは食事を済ませたら修繕を申し出てみようと思った。
 懐の中の雪精トールが、老婆には聞こえない程度の声で「暖炉近づかんといてやー」と抗議している。

「お前は俺に風邪を引かせたいのか」
「そんなんじゃあらへんわ。でも火気厳禁いうたやろ」
「前向きに善処する」

 そう言って、木のスプーンを手に取った。
 湯気を立てているシチューは、口に含むと、じゃがいもがさくりと溶ける。美味だ。

「明日は、雨さえ降ってなきゃ、街道に出るまで・・・・・・」
「そうね、四半刻というところかしら。リューンももう遠くないわね」

 大人コンビがそう会話を交わした。
 あの山奥の廃墟に潜んでいた魔術師ヨハンの事件を終えての帰り道、”金狼の牙”たちは思いがけず雨に降られた。
 あいにく宿など望むべくもない山中だったので雨ざらしの覚悟を決めていたところ、この山小屋を見つけたのである。

「ほんに酷い雨。こんな夜はあったこうして、早う寝らんと。人さらいも来てしまいますしのう」
「人さらい・・・・・・?」

 アレクが聞き返し、夜盗でも出るのかとアウロラが訊ねた。
 有り得ないことではないように思われる。
 人家もまばらな山中である。そうした行為はやりやすいだろう。
 しかし老婆は、黄色い歯を見せて笑った。

「おやまあ、私ったら、よう考えもせんと物騒なことを口走ってもうた」
「おばあちゃん、本当に人さらいがいるの?」
「この辺りではよう言うんじゃ。「夜に雨が降ると人さらいが来る」、いう風に。意味なんぞ無い、雨が降ったときの決まり文句みたいなものじゃよ」

 いたいけな子どもの質問に、老婆はそう答えた。
 わらべうたにもあるのだと、ゆっくり彼女はこの地方に伝わる動揺を歌い出した。
 雨音を伴奏に、しゃがれた声が細く響きはじめる。――随分と物騒な歌詞だ。

「ずいぶん不気味な歌だな。童謡には、あまり適していないようにも思えるけど」
「似たような歌なら知ってるぜ。そっちでは、子供をさらうのはオーガだけどな」

 思ったことを素直に口にしたギルに、アレクが続けて意見を言う。

「たぶん、暗くなっても遊びたがる子供を、怖がらせて帰らせる為にあるんだろう」

 遊びざかりの子供に業を煮やした母親苦心の作だ、と言いながらアレクはミナスの頭を撫でた。この子が母親と別れて冒険者になってから、かなり時間が経つ。そろそろ再会できれば・・・そう考えているアレクの心中を知らず、老婆はまたもや笑った。

「ほっほっほっ。そんな見方もありますじゃろなあ」

 老婆は、しかしこの歌はまるっきりの作り物ではなく、昔に実際起きた話だと主張した。
 母親から小さい子が何人もいなくなってしまう事件があったとか――アレクは首をすくめた。

「それでこんな恐ろしげな歌詞、か」
「歌のとおりに人さらいか、それともオーガの仕業かもね。子供が巻き込まれる事件は痛ましいわ・・・・・・」
「・・・・・・ジーニでもそう思うのか?」
「・・・アンタ、あたしをなんだと思ってるわけ?」

 にらみ合いが始まったアレクとジーニを余所に、老婆は静かに首を横に振った。

「怖い歌じゃが・・・・・・その裏に、二度とそんな事を繰り返してはならんという想いを感じるのう」
「そうですね・・・」
「忘れてしまわんように歌にしたのかもしれん。人間はすぐ忘れてしまいよるからのう」

 話が一段落して、冒険者は小さく息をついた。
 ミナスは冷めたシチューに気付いて、意味もなくスプーンでくるりと掻き回してみる。
 雨脚が弱まる気配はない。
 窓を叩く大粒の雨を見ながら、ミナスは明日の天気を危ぶんでいた。
 ずいぶんとウンディーネが活発になっている――やはり雨ざらしは逃れられないのかも知れない。
 その時、トタタタ、ギィイイイ・・・・・・という音がして、誰かが山小屋に飛び込んできた。

「はぁ・・・・・・はぁ、はぁ・・・・・・」

 突然の闖入者に視線が集中する。男はずぶ濡れで、荒い息をついていた。
 男は、身体を引きずりながら家へあがろうとしたが、精根尽き果てたようにその場へ倒れ込んでしまう。

「おやまあ、大変!すぐに湯を沸かさにゃあ」
(・・・・・・血の匂い?)

 エディンが眉を顰める。鉄錆のような生臭いその匂いは、恐らく彼がもっとも敏感である。

「長いこと雨の中にいたんじゃろ、こんなに身体が冷えてしもうて・・・・・・ひっ」

 老婆が息を呑んだ。男の腹部から、赤い滴りが染み出していたからである。
 アウロラが急いで駆け寄り治療を施そうとしたが、既に死すべき運命の身体に法術は発動しなかった。

「・・・・・・酷い。刃物で腹をえぐられて内臓がはみ出しかかっています。これは、もう・・・・・・」
「あ、ぁ・・・・・・あんたたち、あんたたちは、そのなりは・・・・・・冒険者かい?」
「ええ、そうです」
「頼む、村を・・・・・・俺の村を、救ってやってくれ・・・・・・」

 男の息がひゅうひゅうと掠れ出す。懸命に言葉を紡ごうとしているが、音にならない。

「しっかり。話を聞きます。あなたの村が、どうしたというんです?」
「こ・・・・・・子供が・・・・・・子供たちが・・・・・・俺は、俺なんか、俺一人の命・・・・・・なんか、喜んで・・・・・・捧げ・・・・・・でも、子供たち・・・・・・が」

 アウロラの握った男の手が、異様なまでに強く震える。もう長くない。

「た、耐えられない。村は・・・・・・東に山を一つ越えたところに・・・・・・こ、これを報酬に・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」

 男の身体はぴくりとも動かなくなった。
 アウロラは瞳を覗き込み、しばらく黙した後、首を振った。そして開いたままの目を閉じさせる。
 男が差し出したままの手の中には、鈍く光る首飾りがあった。
 詳しい価値は調べてみなければ分からないが、いくばくかの金にはなるだろう。
 老婆は、がたがたと震えながら男の死体を凝視している。無理もない。暴力による死を見るのは初めてなのだろう。

「・・・・・・まさかこんな形で依頼をされるとはね」

 ほう、とミナスが息をついた。
 シチュー皿をゆっくりテーブルに戻したジーニが、全員の顔を見回して言う。

「分かっていると思うけど・・・・・・これは正式な依頼じゃない。宿を通していないし、第一詳細すらよく分からない。死なれてしまったものね・・・」

 彼女は視線をゆっくりとギルに定めて訊いた。

「・・・・・・それでも、行くというなら止めないわ。どうするの」
「行くさ。子供が巻き込まれる事件は痛ましい、だろ?」

 ギルは片目を瞑ってみせた。

 ――翌日。
 早朝に出発した”金狼の牙”たちは、山一つ分の長い道のりを歩き続け、ようやく目的の村を前にしていた。
 ジーニが軽く手をかざして前方を示す。

「暗くてよく分からないけど、向こうに人家のようなものが見えない?」
「どれ?・・・・・・ああ、本当、村だ。どうやら辿り着いたみたいだな」

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 頭上には薄紫色の暗雲が垂れ込め、辺りはすでに夜の気配を孕んでいる。
 ゆうべ一晩中続いた雨も今は止んでいるが、いつ降りだしてもおかしくない天気だ。
 あまりここを行き来する者もいないのだろう、道らしき道もない。

「・・・・・・妙ね」
「ん?」

 ジーニの呟きに、ギルが振り返る。

「いつの間にか、村はすぐそこなのね。どうしてこれほど近くに来るまで村に気付かなかったのかしら?」
「どうして・・・・・・って、こんなに暗いんじゃ、気づくわけないでしょ。ここまで来てようやく家らしき輪郭が見えるんだから」

 ジーニの疑問を、ストレートに物事を捉えるミナスがそう断定しようとして――気付いた。

「・・・・・・ううん。そうか。村に明かりがついていないんだ」
「日が沈んでからまだそう経っていないけど、この天気だもの。明かりをつけるのが普通だと思うけど・・・・・・」

 ”金狼の牙”たちは村の方角を睨むように見つめた。
 明かりのついた家はただの一軒もない。
 意を決したようにギルが歩き出し、他の者も後に続いた。

2013/02/02 21:08 [edit]

category: 子供狩り

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