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落日の鎮魂歌 4  

「『***5年10月17日。この地からもずいぶんと人が減った。あんなに賑やかだった日々が、もう遠い夢のようだ――・・・』」

 普段は屈託のないギルの声が、存外穏やかに日記の内容を小さく読み上げる。
 それによると、この日記を記したのはヨハン――老人の自慢の息子であるらしかった。
 長くこの教会で日々を過ごしてきた父、少しばかり体の弱ってきた頑固な父をどうにか支えようと、最初は思いやりに満ちた文章だったのだが――。

「『***6年4月8日。父の様子がおかしくなり始めた。誰もいない空間に向かってひとり楽しそうに語りかけている』」
「・・・・・・ああ、この辺りでボケちまったのか」
「失礼ですよ、エディン」
「『――昔の友人が訪ねて来たと、新しい弟子がやって来たと、何度も私を呼んでは紹介してくれる。そこには誰も存在しないと言うのに。父にはもう、私しかいない。空想の世界が幸福ならば、それでもいい。私たちの生きる場所はもはや、ここにしか存在しないのだ』」

 老人の病状――記憶の後退は悪化の一路を辿ったらしい。
 同じ年の初冬には、とうとう息子を認識できなくなった様が綴られている。
 父親を支えきれず、こうなってしまった悔悟に蝕まれたか、段々と息子の信仰心も打ち砕かれていったようだ。
 とうとう、魔術に手を染め上げていく――父が魔術に戯れに手を出した時、本気で憤ったことを思い出し、それがきっかけで正気に戻るのではないかと一縷の希望に縋って。

「『父はもとにもどらない。神よ、私たちはどこで道を誤ったのだろうか?――John.』・・・最後の方はずいぶんと筆跡が乱れているが・・・。書き手は、John・・・ヨハン、か」
「・・・そんな事情があの魔術師にあったなんて・・・」

 痛ましげなアウロラの肩をそっと叩くと、ギルは静かに日記を閉じて、そっと元あった場所へと返した・・・。
 老人はただ黙って夕陽を見つめながら、思い出の中にその身を委ねている。
 アウロラはそんな姿を見兼ねてか、ためらいがちに声をかけた。

「あの、ご老人」

 老人は、ひどくゆっくりとした動作でアウロラの方を見やる。

「扉の装飾、側壁の高窓、穹窿架構のアーチ型天井・・・。ここは、教会だったんでしょう?」

 老人を脅かさないよう、そっと皺だらけの手を握った。

「そしてあなたは、この地にたったひとり残った神父様。・・・そうですね?」
「・・・・・・・・・。おお、おお・・・」

 今さら何を、と言いかけた仲間たちを遮ってアウロラは老人の前にひざまづいた。

「私も神の道を志す者のひとり。偉大なる先達よ、あなたに敬意を表します」

ScreenShot_20130130_091841656.png

 頭を垂れて十字を切ると、アウロラは老人に祈りの言葉を捧げる。

「正しき道を歩む者よ。父と子と聖霊の御名においてあなたに祝福を」
「おお、おお・・・」

 アウロラの祝福の言葉が届いた瞬間、薄ぼんやりとしていた老人の瞳がほんの僅か、光を取り戻したかに見えた。

「・・・ありがとうの、同門の使徒よ・・・。その祈り、久しく失念しておったよ・・・」

 老人の言葉に、アウロラは微笑みながらゆっくりと首を横に振った。

「礼に、そなたらにこれを託そう・・・。わしには、もう必要のないものじゃ・・・」

 そう言って、老人が懐から取り出したのは古く錆付き、その輝きを失った十字架であった。

「この教会の主に、代々伝えられている聖具じゃよ・・・。ひとつだけ、奇跡を起こす力があると言われておったが・・・」
「奇跡・・・・・・ですか」
「時の流れとともに次第とその力は忘れられ・・・。今は単なる十字架にすぎんがなの・・・」

 老人は、その鈍色の十字架をしわしわの両手に乗せて、そっと差し出した。

「代々受け継がれているものなんでしょう?そんな大事なもの、受け取るわけにはいきません」
「本来は、ヨハンが持つべきものなんじゃが・・・。どうやら、それは難しそうじゃからのう・・・」

 この老いぼれと共に朽ち果てるよりもおぬしらに託した方がよいと聖霊も言っておる――そう言って老人は笑った。

「ふふ、それにおぬしら、ヨハンに会っておるんじゃろ・・・?もし、また会えたら、その時に渡してくれればいいんじゃよ・・・」
「・・・受け取っておけ。それが、この人のためだ」

 逡巡する仲間の背を押すように、ギルがそう告げる。

「わかりました。これは、私たちが預かります。そして、ヨハンに出会ったら・・・。本来の持ち主に、これを返します」

 それは静かな決意だった。
 もし彼ら冒険者の予測どおり、ヨハンがあの魔術師だとしたら――。
 そんなことを知る由もなく、老人は、アウロラの言葉に何度もゆっくりと頷く。
 それを確かめてから、アウロラは古びた十字架をしっかりと受け取った。
 エディンは二人の会話が終わったのを見届けると、そっとさっきまでジーニが寄りかかっていた小棚を調べた。祭壇の役目も果たしているらしい。
 老人から「好きなものを持っていくといい」とお墨付きをもらってしまったので、隅々まで手早くエディンが調べると、小瓶に入った聖油が見つかった。
 聖水よりも更に厳選され祝福を受けた、神の源と言われる油――邪を払い、悪の誘惑を退けるそれが魔術師の呪文対策になるのでは、とアウロラの説明を受けたギルが推測し、一同は頷いた。
 あの忌々しい【眠りの雲】に対抗できれば、どうにか魔術師に勝つことができるかもしれない。
 ならば、”金狼の牙”がやることはここから逃げ出すことではない。
 数刻の後――・・・。

「・・・人の気配がする。誰か、戻ってきたみてェだな」

 低く押し殺したエディンのその台詞が耳に届くと、自らの得物を構えた冒険者たちに緊張が走る。
 庭師のトマスが帰ってくる時間だと、のん気に呟く老人にギルが眉を顰めて聞き返した。

「・・・トマス?」

 軋む扉を開けて現れたのは、やはりくだんの魔術師であった。

「やっぱり、お前か。さっきはずいぶんと手ひどい思いをさせてくれたじゃないか」
「貴様らか・・・。どうやってあの部屋を出た?」
「それに答える義理はない。それより、お前に聞きたいことがある。・・・お前が、ヨハンなんだろう?」
「・・・・・・・・・。・・・くだらん」

 魔術師は、ギルの問いかけに耳を貸さず、真っ直ぐに老人の傍らへと歩み寄った。
 その様を冷厳な目でジーニが見届ける。

「ただいま、父さん」
「おお、おお・・・。おかえり、トマス。いったい、何が起こっておるんじゃ・・・?」
「父さんが心配することは何もないよ。迷惑な客人がやってきただけのことだ」
「おお、おお、そうじゃったのか・・・。トマス、いつもおぬしの手をわずらわせて、すまんのう・・・」

 そう言って老人は嘆く。ヨハンがいれば、と。

「・・・・・・・・・、お前はやはり、ヨハ――・・・」
「 黙 れ ! ! 」

 名を呼びかけたギルの言葉を遮って、魔術師が声を張り上げる。

「貴様らなどに、我らの苦悩など何もわかるまい!!気安くその名を口にするな!!」

 突如として激昂した魔術師に、老人は怯えたように震えてかすれた声をかける。

「どうしたんじゃ・・・?どうしたんじゃ、トマス。おぬしは――・・・」
「黙れ!!黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!」

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 魔術師は叫び続ける。

「私は庭師のトマスでも見習いのシモンでも薬売りのバルナバでも宣教師のヤコブでも大工のヨセフでも一番弟子のラザロでも友人のルカでも漁師のバルトロマイでも無い!!! 私 は ヨ ハ ン だ ! !」

 そう叫ぶと同時、魔術師の纏った魔力が刃物のように”金狼の牙”たちへと襲い掛かる!

「ちっ・・・話にならないな。来るぞ!皆、構えろ!!」

 ギルの号令に、他の仲間たちが従う。
 アウロラはすかさず聖油をもって祈りの言葉を唱えた。

「――天にまします我が主よ、救霊の道を備え 洗礼の秘蹟を定め 天国の門を開き 我を召し給いしを 深く感謝し奉る――・・・」

 古い、古い聖句だった。アウロラの祈りの言葉に呼応するかのように、冒険者たちの身体に神聖な力が満ちる!

「よし。これで、精神異常に関しては防げるはずです。・・・行きますよ!」

 ミナスが久々に【雪精召喚】を、ジーニが手慣れた様子で【魔法の矢】を唱える。
 エディンやアレクも各々の得物をもって魔術師に傷を作った。

「くそ――。やるしかねえのか!」

 ギルが吼える。彼の刃は迷いによってか、中々魔術師に当たっていない。

「今さら迷ってるんじゃねェ、リーダー。俺たちの命、預かってんのはお前だぞ!」
「分かってるよ!」

 エディンに向かってギルが怒鳴り返した時、老人がふらり、と動いた。

「何を・・・何をしておるんじゃ・・・?トマス・・・?ヨ・・・・・・」
「お爺さん、危ないわよ!下がってて!」
「トマス・・・?ヨ・・・ハ・・・・・・?」
「おおおおおおお!邪魔をするな!!!」

 魔術師の慟哭に、これはまずいとジーニが必死で老人を後ろに下がらせる。
 その横でミナスが精霊に呼びかけた。

「ナパイアス、渓谷の魔精よ!奴の声を奪って!」

 たちまち、凄まじい勢いで放たれた水が魔術師を押し流し、魔術の詠唱を妨害した。

「・・・・・・!」

 こうなっては【眠りの雲】も【炎の玉】も唱えることは出来ない。
 舌打ちするような仕草を見せると、魔術師は懐から出したダガーで接近してきた相手に抵抗を始めたが、肉弾戦で鍛えたアレクやギルに敵うはずはない。
 とどめにミナスが放った【業火の嵐】によって、彼は力尽きた。

「・・・ここまでだな。決着はついた。無駄な抵抗はよせ」

 膝をついた魔術師の首筋に、ギルが斧をあてて告げた。
 魔術師は敵意のこもった視線を向けながら苦々しげに唇を噛み締める。

「・・・くっ・・・。邪魔を・・・邪魔をするな・・・」
「まだ言っているのか?お前は――・・・・・・・・・・・・っ!?」

 言いかけたギルの言葉が止まる。
 憎悪に燃えた魔術師の両掌に、膨大な魔力が集まってきていた。

「かくなる・・・上は・・・。貴様を道連れに・・・!!」
「・・・・・・・・・っ!まずい、皆、逃げ――・・・」

 反射的に声を挙げたギルであったが、それより一瞬先に、魔術師の魔法が完成する。

「――もう、遅い!!」
(駄目か・・・!!)

 間に合わない。覚悟を決めて、ギルが強く瞼を閉じた瞬間――。

「やめるんじゃ、ヨハン!!」

ScreenShot_20130130_101027203.png

 どおおおおおおん!!!!・・・と凄まじい轟音がその場に響いた。

2013/02/01 20:47 [edit]

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