Fri.

落日の鎮魂歌 3  

「ここは・・・」
「おお、おお・・・。よう、戻ってきたのう・・・」

 かすれた声が”金狼の牙”たちの耳に届くと同時、夕陽に照らされたステンドグラスの陰から小柄な人影が現れる。

「心配したんじゃよ・・・。どこへ行ってしもうたのかと・・・。のう、ヨハンや・・・」

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「あなたが、さっきの声の主か。ヨハンじゃないが、礼を言う」
「・・・・・・・・・?ヨハン?ヨハンは、どこじゃ?」
「ヨハンは――・・・すまない、じい様。ヨハンとは、ついさっきはぐれてしまったんだ」

 咄嗟に優しい嘘をギルがつくと、老人は寂しそうに小さな身体をきゅっと丸めた。

「・・・そう、じゃったか・・・。とても残念じゃ・・・」

 数秒の沈黙が続き、”金狼の牙”たちがどうしたものかと考えあぐねていると、老人がすがるような声で問いかけてきた。

「のう、ヨハンは・・・。ヨハンは、元気にしておったかのう・・・?」
「ヨハンはとても元気にしていた。心配いらないよ」

 ギルのその言葉に、老人は救われたように涙を浮かべ、嬉しそうな表情を見せた。
 カナナン村でのギルの冥王に対する態度を思い出していたジーニは、虚をつかれた様な顔で言った。

「・・・あなた、意外と優しいじゃないの」
「どういう意味だ・・・って、そんなことより、これからどうする?」

 その問いかけに対し、ジーニが確かめるようにゆっくりと口を開く。

「忘れてるかもしれないけど、あたしたちがここに来たのは魔術師の討伐が目的よ。そして、それはいまだ達成してないわ」
「・・・まんまと捕まってしまったからな」
「その通りよ。だけど、今なら安全に脱出することもできる」
「うーん・・・」
「認めたくはないけど、あたしたちは一度負けてるわ。身に余る依頼は避けるのが定石よ」

 ジーニのその言葉に、アレクが無表情のまま同意する。

「一理あるな。死んでしまったら、名誉も金もあったもんじゃない」
「・・・でも、やられっぱなしっていうのもなんとなく癪だけどね」

 小さな身体の割に、最近とみに勇ましくなってきたミナスが異議を唱えた。

(妙に好戦的というか・・・ギルの影響なんでしょうか・・・?)
(いや、あの子は元々、結構な負けず嫌いだったようだし、これが地なのかもしれん)

 アウロラとエディンが、こそこそ小声で今までの教育方針が間違えてたのではと相談している中、ジーニが杖で肩を叩きつつ言った。

「依頼を放棄するか、ここで魔術師を迎え撃つか・・・。リーダー、あなたの判断に任せるわ」
「・・・わかった。まずは、このじい様ともう少しだけ話をしたい。いいか?」
「この人と?・・・・・・まあ、好きにして頂戴」

 そう言ってジーニは、部屋の中央にある小棚に寄りかかった。その隣にアレクが立つ。
 ギルは老人の思い出話に付き合うつもりらしい。アウロラとミナスも、老人の近くに立ってその話を聞くことにした。
 老人は、心から嬉しそうに瞳を細め、ゆっくりと、かすれた声で語り始めた。
 
「この場所はのう・・・。昔はとてもとても賑やかなところだったんじゃよ・・・。大勢の人々が集い、神に祈りを捧げ・・・。喜びも悲しみも、皆で分け合って暮らしておったんじゃ・・・」

 幸福だったと述懐する老人に、ギルは上手く相槌を打った。
 そんな賑やかな場所だった教会の人々も、時が経つにつれ、段々と少なくなっていった。

「修行を終えて旅立つ者・・・。都会に憧れ巣立ってゆく者・・・。理由はさまざまじゃった・・・」

 そうして忘れられた地となったが、老人には心の支えがあった。いや、いたというべきか。
 息子のヨハンは賢く、優しく、情け深い自慢の息子だった・・・らしい。
 微かな記憶を探るように、ゆっくりと瞳をしばたかせた後、再び言葉を続ける。

「ヨハンは・・・。どこに行ってしもうたんじゃろうのう・・・。どうしているんじゃろうのう・・・」
「じい様・・・」
「ある日、いきなり姿を消してしまってのう・・・。心配なんじゃ・・・。とても心配なんじゃよ・・・」
「安心してくれ、じい様。ヨハンは元気にしていたと、さっき言っただろう?」
「おお、おお・・・。そうじゃったのう・・・。そうじゃったのう・・・」

 ギルが老人の記憶を掘り起こさせるように言うと、彼は何度も礼を言いながら、ギルの手を取って涙ぐんだ。
 二人の会話の間、手持ち無沙汰を解消するためだろうか、エディンが隅に置かれた本棚へと近寄り、物色を始めていた。
 エディンの背の高さと同程度の本棚は、上から下まで四層に分かれた棚に、びっちり本が詰まっている。
 小棚に寄りかかっていたジーニが近づいてきたのに、エディンが指を差して教えた。

「ざっと見たところ、上から二段目までは聖書のたぐいで占められてるが、三段目はちょっと毛色が違うみたいだ」
「へえ・・・何かしらね?」
「で、四段目・・・。一番下は・・・背表紙に何も書かれてねェからわかんねェな」
「聖書のたぐいなら・・・アウロラ!」

 ギルの傍で老人を一緒に慰めていたアウロラが、その声に振り向いた。

「ちょっとこっち来なさい。あんたの知恵も借りたいの」

 そうしてアウロラに一番上の棚を見せる。そこに収められているのは聖書、聖典、福音書・・・。

「有名どころは一通り揃ってる、という感じですね。わざわざ今、手に取って読むものではないと思いますが・・・」

 ギルも、すでに過去の思索と思い出に耽りだした老人から仲間の方へ近づき、二段目の棚を覗き込んだ。

「上の段とそれほど変わりはないようだが・・・。・・・ん、なんだこのやたらと古めかしい本は・・・?」

 そう言ってギルが取り出したのは、一冊の、今にも擦り切れそうなぼろぼろの本であった。

「なあ、この書物なんだがお前、何の本だかわかるか?」
「・・・・・・・・・!これは、まさか・・・」

 その書物を目にした瞬間アウロラの顔色が変わった。虫食いだからけの羊皮紙をおそるおそる、ゆっくりとめくっていく。

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「・・・間違いありません。これは、聖カルドワルトの伝記、そのほぼ完全なる写本・・・」
「かるど・・・わると?誰だそれ」
「ああもう!この世界に5冊と残されていない極めて貴重な書物です!」

 不心得者のリーダーに苛立ったアウロラが大声を上げた後、表紙をそうっと撫でた。

「まさか、こんなところでお目にかかれるとは・・・」

 そう呟きながら、どこか恍惚とした瞳でその書物を見つめている。

「陶酔してるところ悪いが、つまり、それを好事家に売れば結構な値段がつく・・・。こういうことだな?」
「こら、そこの罰当たり!これは、そんな世俗的なものではないんです。だいたい、人様のものを勝手に・・・」
「おお、おお、良いんじゃよ。わしには必要のないものじゃ・・・。好きなものを持ってゆきなさい・・・」

 ミナスが濃藍の瞳をくりくりとさせて、「・・・だ、そうだよ」と愉快そうに言った。
 あっけらかんと答える老人の言葉にアウロラもしばし呆然としていたが、やがて気を取り直したかのように深々とその頭を垂れる。

「・・・感謝します、ご老人。この本は、私が大切に――・・・」
「俺たちが有意義に使わせてもらおう」

 アレクが横から言葉尻を取っていった。
 まだ何か言いたそうなアウロラを尻目に、冒険者たちはその古びた書物を丁寧に、荷物袋の中にしまいこんだ。
 さて、まだ下の段の探索がまだだとギルは視線を三段目の背表紙に移したが、たちまちその眉を顰めた。

「この段は・・・。上の段と比べて、ずいぶんと異質な本が揃ってるな」

 魔法に疎すぎるギルにも、ありありと分かるほどである。
 傍らで見守っていたジーニも体勢を低くし、横から本棚を覗き見る。

「確かに。賢者の塔に並んでいそうな魔術書から、高等な黒魔術の本まで集められてるわ」
「やっぱりか・・・」

 ギルが呻いた。聖典と同じ本棚に並んでいるのがかなり異常なように見える。
 万が一、その魔術師が魔術に加えて聖なる力も持っているとしたら・・・・・・かなり手ごわい相手であることは間違いない。
 そして、最後にエディンが「背表紙がない」と言っていた本を手に取った。

「これは・・・。・・・日記?」
「え?」

 聞き返してきたジーニに構わず、ギルはインクの染みのついた一冊の本を取り出し慎重にページをめくった。

2013/02/01 20:41 [edit]

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