Fri.

落日の鎮魂歌 2  

 エディンは静かに斜め上方を見据え、その瞳にしっかりと目標を捉えた。
 次の瞬間、エディンは目にも映らぬ疾さで跳躍し――大人の手も届かぬ高さの小窓に、一息にその半身を乗り上げた。

「・・・ま、こんなもんだろ。ちょっと体勢がきついが・・・」

 エディンは”金狼の牙”の中で今のところ一番の長身だ。窮屈そうな彼の姿は、ちょっと気の毒でもある。
 それでも彼の身の軽さに、片手を頬に当てたアウロラが慨歎する。

「すごいものですね。私じゃ、こうはいきません」
「褒めても何も出ねェよ。それより、ここからどうする?」
「そうだな・・・。じゃあ、早速だが隣にいるかもしれない人に声をかけてみてくれ」

 ギルの頼みに、「そんな役回りだぜ・・・」とぼやきながら、片足を石壁の突起にかける。
 エディンは体勢を整えると、必死に声を張り上げた。

「おーい、お隣さーん!聞こえるかー?」

 答えは返ってこない。

「・・・聞こえてんのかー?聞こえたら、返事しやがれーー」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 聞こえるのは、風の音ばかり。求める言葉は返ってこない。

「・・・・・・・・・ふう。おーーーい・・・・・・・・・」

 やけっぱちになったらしいエディンがそれでも声を張り上げるのを、ギルが引きとめようとした。

「・・・ありがとう。もういいぞ」
「・・・・・・・・・。けどよ・・・」
「・・・いや、いいんだ。やっぱり、自力で脱出する方法を考え――・・・」
「!静かにしろ!」

 その台詞を、エディンが緊張をはらんだ声で遮る。
 それと同時に、風に乗って微かな声が届いてきた。

「・・・・・・・・・。・・・誰か、おるのか・・・?」

 幻聴ではない。
 集中しなければ聞き逃してしまうほどの弱々しい、しわがれた声が、今は確かにエディンの耳に届いていた。
 ギルが小窓の下まで駆け寄り訊ねる。

「・・・どうした?」
「・・・声が、聞こえる。ひどく小さくて、そこまでは届かねェだろうが・・・」

 驚いたギルが、この部屋からの脱出方法を聞くよう指示し、エディンもそれに力づけられるように声をかけたのだが・・・。

「おぬしは・・・。庭師のトマスじゃったか?それとも、行儀見習いのマリーじゃったか・・・」
「・・・は?何言ってんだよ、俺は――・・・」
「おお・・・おお、すまなかった。おぬしは、わしの息子のヨハンじゃったな・・・。そうじゃ・・・そうじゃった・・・」

 声の主に、僅かでも期待をかけていたエディンは、その掠れた声から紡ぎだされる台詞に大きく落胆の息を漏らした。

「・・・駄目だな。爺さん、完全にボケちまってる。話になんねェよ」
「くそ・・・。でも、ここまできておいて諦めきれない。何としてでも、情報を――」
「ちょっと待って」

 言葉を制したのはジーニであった。何やら、思案気な表情を浮かべている。

「思考が錯綜している人にいきなり色々言ったって、余計に混乱させるだけよ。ここは、言葉を選ばないと」
「つ、つまり・・・・・・エディンはどうすりゃいいんだ?」
「出し抜けに核心を突くのも、回りくどすぎるのもよくないわ。順を追って、求める答えを導くのよ」
「・・・・・・・・・つまりだ、俺たちでエディンに質問を指示して、脱出について会話を誘導しろってことだ」

 疑問符をいっぱい並べた様子の幼馴染に、アレクが分かりやすく説明した。ギルが頷く。

「・・・わかった」
「こっちの準備はできてるぜ。いつでも指示を出してくれ」
「安心して。あたしも、ちゃんとフォローしていくから。健闘を祈るわ」
「お前さんに他人との会話の仕方をレクチャーして貰うことになるとはな・・・」
「・・・そのケツに【魔法の矢】撃たれたいの、エディ?」

 慌てたエディンは、すぐさま弱々しい声との会話に入った。
 それによると、壁の向こうにいる老人は捕まってるわけではなく、ずっとここに住んでいる人らしい。
 部屋が異様なまでに閉鎖的な造りをしているのは、悪いことをした人を閉じ込める――要は、懲罰室のようなものだから。
 だが、老人は重要な情報を口にした――前にこの部屋に閉じ込められた者が、「抜け穴を掘った」ということ。

「抜け穴、か。どこに掘ったか、すっかり忘れちまったな。俺がどこに抜け穴を掘ったか・・・。悪ィが、教えてもらいてェな」
「・・・・・・・・・。ふうむ・・・。そうじゃのう・・・。その部屋は、悪い子を閉じ込める部屋・・・。おぬしは、もう反省したのかのう・・・?」

 ギルの合図を見て、エディンは「反省することはない」と答えた。

「そうじゃったのか・・・。そうじゃったのか・・・。かわいそうにのう・・・」

 壁の向こうの老人は、悲しげな声をあげた。

「間違えて入って閉じ込められてしもうたのか・・・。心細かったじゃろうに・・・」
「・・・そうだ。心細くてたまらねェから、早いところ抜け穴を教えてくれ」
「アンタ、その言葉遣いどうにかならないの?」

 ジーニが眉をひそめる。
 しかし、老人は本当に息子のヨハンとエディンを間違えているようで、部屋との境の壁をよくよく調べてみなさいと、抜け穴の在り処を教えてくれたのだった。
 さっきよくよく確かめたと懐疑するジーニに、エディンは鼻を鳴らした。

「・・・ふん。だが、あの爺さんは確かにここにあると言ってたんだ。もう一度、念入りに調査しなおしてみるぜ」

 境目の一つ一つを、エディンは丁寧に調べていく。
 焦れたギルが声をかける。

「・・・どうだ?」
「おそらく、ここ・・・だな。ずいぶん巧妙に埋められていて気付かなかったぜ。盗賊の名折れだな」

 軽くうそぶきながら、エディンは素人目には、全く分からないであろう不規則に積み上げられた石の継ぎ目を指先でゆっくりとなぞる。

「いや、充分活躍してるさ。で、どうだ?脱出できそうか?」
「ふん・・・こりゃ、かなり手堅く埋められてるぜ。掘るには、結構な力を必要としそうだな」

 エディンは壁から身を離し、仲間たちへと向き直った。

「更に、乱暴に掘り進んで壁が崩れでもしたら、今までの苦労が水の泡だ。慎重さも求められるだろうな」
「・・・なるほど。じゃあ、俺の出番ってわけだ」

 ギルがにやりと笑った。ギルは粗雑なように見えて、手先を使う時には妙に慎重な部分も持ち合わせている。
 数十分後――――。

ScreenShot_20130130_080159312.png
 
「・・・終わったぞ。自分で言うのも何だが、完璧だな」
「さすがだ。やはり、リーダーの名は伊達じゃないな」

 アレクがギルの健闘を称えた。

「よし、抜け穴が確保できたとなれば、早速、こんな薄暗い部屋からは退散するとしよう」

 先頭を切ってギルが抜け穴に潜り込む。

「せまいですね・・・。ちょっと待ってください、何かひっかかって・・・」
「・・・大丈夫か?早く来い」

 修道服の裾を尖った石に引っ掛けたアウロラに、ギルが呼びかける。
 エディンも近づいてその部分をすっと外してやり、先に穴に入った。

「はいよ、っと」
「神様・・・。どうかこの先が地獄じゃありませんよう我々をお導きください」

 そう言って穴に潜ったアウロラに、アレクが肩をすくめる。

「ま、どこへ行ったってこの部屋より悪いことにはならないだろう」

 何せ、魔術師がわざわざ閉じ込めていったということは、後々戻ってきて彼らを始末するつもりだったか、餓死させるつもりだったかだろう。それに比べれば、どんな場所に出たとしても、今以上に悪くなるはずはなかった。

「・・・言えてるね」

 ミナスがそれを想像して首をすくめながらアレクの後を追った。

「・・・しんがりはあたし、と。さて、鬼が出るか蛇が出るか・・・。見ものだわ」

 そういえば、前にもこのフレーズを使ったことがあるな、とジーニは思った。あれはそう――指輪を盗んだグリフォンの遺跡で、だ。
 あの時と同じように、今回も6人揃って生還してやる――彼女は固くそう誓った。


2013/02/01 20:37 [edit]

category: 落日の鎮魂歌

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