Mon.

賢者の選択 4  

 古く粗末な納屋で休息を取った”金狼の牙”たちは、行き先にちらつく無数の小さな灯りに気付き、道端の草むらに隠れてそっと様子を伺った。
 十数個の揺らめく松明を持つ者たち・・・何かを話し合っているようにも見えるが、声は聞こえてこない。
 やがて、松明の灯りが数個ずつに分かれて、速やかに四方に散らばり始めた。

「あれは多分、カナナン村の人たちね。あたしたちがあの封印を解いたのがばれてるんだわ」
「こっちに向かってくる灯りはないな」

 素早く辺りの気配を伺ったエディンが、松明の集まっていた広場に下りた。東へ進む道を行けば、松明を持つ村人たちと出会うかもしれない。
 もう一つ、広場の隅には小さいが堅牢そうな一軒家がある。
 窓には木の雨戸がおろされていて中の様子は分からない。
 扉には鍵が掛けられておらず、聞き耳を立ててみても中からは何も聞こえなかった・・・。

「・・・入ってみよう」

 アレクの意見に頷いた一行は、建物に侵入した。
 玄関から続く薄暗い廊下・・・右手の部屋から灯りが漏れている。
 ”金狼の牙”たちが恐る恐る一歩を踏み出すと、部屋の中から声が掛けられた・・・!

「どなたです?私ならここです。どうぞお入りください・・・」
「・・・ディマデュオの声だ」

ScreenShot_20130118_111715781.png

 一行は一呼吸おくと、彼の待つ部屋へと入って行った。
 暖炉のはぜる音。レンガ造りの壁に囲まれた広い部屋だ。
 壁際には無数の本の詰まった本棚が立ち並び、テーブルの上にもたくさんの書物が積まれている。
 そのテーブルの向こう、こちらに背を向け安楽椅子に腰掛けた銀髪の男の姿が見える。
 どうやら本を読んでいるらしい。

「必要事項は既に伝えたはずですが・・・まだ何か疑問でもおありですか?」

 銀髪の男・・・ディマデュオは、本を閉じ流麗な動作で立ち上がった。振り返り、一行の姿を見て彼は目を瞬かせる。

「これは・・・これは、皆さん。お早いお付きで。もう少し時間がかかると思っていたんですがね・・・」
「・・・ディマデュオ!」
「いい具合に利害が一致したもんでね」

 杖をきつく握り締めたジーニを、エディンが背後にかばう。
 彼のセリフに眉をひそめながらも、呪術士は「遅かれ早かれ、お出でになる事はわかっていました」と言った。
 やはり彼が解かれた封印を察し、村人に捜索を頼んだらしい。

「それにしても・・・とうにグールの餌となって、骨も残らず食われてしまっただろうと思ってたんですが・・・」
「びっくりしたかい?」
「まさか、あれの協力を得て地下墳墓から脱出するとはね。少々、あなた方を見くびっていたようです」

 肩をすくめてみせてからディマデュオは一行に用件を訊いた。

「そのまま中央公路へと向えば逃げられたものを、わざわざ村に戻ってきたんだ。それなりの用事がおありなのでしょう?」

 呪術士は察しはつきますがね、とジーニやミナスの方を見て目を細めた。魔力ある人間ならば、彼らが既に【風刃の纏い】や【野人召喚】で呼び出したものを従えていることに気付くだろう。
 彼らは戦いを挑んだ。
 ディマデュオはすっと腕を空中に伸ばす。次の瞬間、彼の手に魔法の杖が現れる。

「では・・・始めましょうか」

 冒険者たちが、杖を手に詠唱を始めるディマデュオに飛び掛ろうとしたまさにその時・・・。

「お待ち下されっ!」

 横合いからかけられた静止の声に冒険者たちは振り返った。
 見れば開け放たれた扉の脇に酷く憔悴した老人が立っている。

「あら、おじいさん。アンタも加わるつもり?」

 ぞっと底冷えするような声でジーニが脅す。しかし、老人は身を震わせながらも懸命に叫んだ。

「・・・その方を殺してはいかん、いかんのだ。その方がいなくなればこの村は滅んでしまう・・・!」

 老人が身を呈してディマデュオを庇う。
 ジーニはまだ納得がいかないようだったが、ミナスとアウロラが取り成して彼らはようやく武器を降ろした。
 呪術士が小さく「村長・・・」と呟き、構えた杖をおろす。口元に意味ありげな微笑を湛えて。

「村が滅びるって・・・どういう事?」
「まずは・・・わしの話を聞いて下さらんか・・・」

 ミナスの問いに、老人――カナナン村の村長は静かに語り始めた。

 あの祠がいつ頃のものであるか、いつからそこにあるのか・・・知る者はいない。
 それはただ当たり前の風景としてそこにあった。
 村人の中には供え物をする者もいたが、大半は興味を覚える事もなく過ごしていた。
 始まりは些細な事だと、村長は言った。
 祠の周りで遊んでいた子供たちが、偶然に祠の扉を開ける仕掛けを発見し、動かしてしまったのである。

「祠の扉が開いた事は、間もなく村中に知れ渡った。若い衆の中には調べるべきだと訴える者もおったが・・・」

 しかし、たかだか古い祠の扉が開いただけの事だと、それを取り上げる意見はなかったらしい。
 その翌日の事。
 一人の黒いローブを着たみすぼらしい老人が村を訪れ、食堂に立ち寄ると、亭主にこう語ったという。
 「・・・我が安らかな眠りを妨げし下等な猿どもよ・・・お前達は報いを受けるであろう・・・」と。
 さらに、彼は今宵から毎夜、一人ずつ冥府の扉をくぐる事になると脅し、去っていったらしい。
 気の触れた老人の戯言だと思っておった、と説明する村長にジーニはいらいらとしていた。

「馬鹿じゃないの?その時点でちゃんと調べれば良かったのよ」
「その夜、村の若者が一人死んだ」

 容赦のない女のひと言に顔色も変えず、村長は続けた。
 それから夜毎一人ずつ村人が奇怪な死を遂げ、なすすべもなく神に祈っていたところ、偶然この村に現れたディマデュオが事の次第を聞いて単身祠に入ったのだそうだ。村の災厄を取り除いてくれた彼を、この村は恩人と崇めた・・・・・・彼が国家的犯罪者として指名手配されていることを知らずに。
 いや、或いは勘付いていたのだろう。しかし、呪術士の過去に触れる事で彼に去られては、この村がまた滅びの淵に立たされてしまう。

「・・・ここは引いてもらえんかね。ディマデュオ殿がいなくなれば、わしらは再び呪いに脅えて暮らさねばならん」
「騎士を殺しておいてか」

 厳しい表情でアレクが村長を睨みつけた。あの短い刃物による多くの傷は、村の者たちの手によるものだろうと見当がつく。
 アレクの視線に怯みながらも、村長は力なく言った。

「あんた達さえ、忘れて下さればこの村の者はこれからも平和に暮らしていけるんじゃ・・・」
「ご自分たちだけ、平和に。他の者を犠牲にするのを躊躇わず」

 アウロラの呟きは村長に届いていなかったが、仲間たちには十分聞こえていた。彼女もまた怒っているのだ。
 カナナン村の人たちの犯行を「他に手段が無かった」「自分たちのためだった」と抗弁する村長に、もはや冒険者たちは冷たい視線を投げかけるだけだった。村長の瞳に浮かぶ断固とした決意を見ても、彼らには何の感慨も起きなかった。
 それにいち早く気付いたらしいディマデュオは、自分に任せて引き取って欲しいと村長を帰し、彼は一行を見やる。

「・・・聞いての通りです。地下墓地の老人・・・そうあなたがたが力を借りたあの老人です」

 ディマデュオは自分の目的を語った。
 暗く危険に満ちた闇の世界から足を洗い、執拗な騎士団の追っ手を忘れ暮らすにはこの地図にも載らない辺境の小村は最適だった。

「地下墓地の老人が去り、脅威が無くなれば私がここにいる必要は無くなります。それでは意味がない」

 一致団結した村人が彼を匿い恩人として重宝するようになるには、あの老人の存在が不可欠なのである。

「あなたがたに残された選択は二つ・・・全て忘れてこの村を去るか、それとも村人達の犠牲の上に私を倒すか・・・?」
「・・・まだ他に選択の道はあるな」

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 小さな体に溢れるほどの勇敢さを秘めて、彼は言った。

「地下墓地の老人を倒し、お前を倒せば万事解決だ。村人達は犠牲を出す事なく、脅威から永遠に解放される・・・」

 ディマデュオは唖然とした表情で目を瞬かせた。そして彼はヒステリックに笑い始める。

「はは・・・は、はぁ・・・これは失礼・・・ははは・・・。彼を殺す?あなたたちが?ははは・・・」
「・・・何がおかしいの?」
「まだわからないのですか?彼はカナン、旧文明期に滅びたソドム最期の王・・・千年も生きている化物ですよ?」
「知っているわ」

 静かに返答するジーニを不審に思いながらも、呪術士は続けた。

「この私ですら、油断した彼を騙まし討ちで封印する事がやっとだったと言うのに、あなた達ごときが?」
「アンタ、何も分かっちゃいないのね」

 ジーニはやれやれ、と首を振った。

「あたしたちは勇猛な冒険者、逃亡生活に疲れきった呪術士ごときと一緒にしないで欲しいわ」
「勇猛というより、無謀です」
「旧文明の王が相手なら、こっちもこっちで手段があるの。目には目をってね・・・でも、それ以上は教えてあげない。アンタはここで、あたしたちに倒されなさい。そうそう、代わりに倒しておくから合言葉置いていきなさいよ」
「合言葉は”ディマデュオ”。私の名前です。ですが、はたして必要ですかな?」

 そして再び彼らは対峙した・・・・・・。

「・・・よろしいでしょう。それも一つの選択です・・・」

2013/01/21 09:47 [edit]

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