Thu.
月へ向かう船 3 
「そろそろ時間だ――来てくれ」
小屋から出てきたガートはそう言って、一行を促した。
「こっちだ」
そこに、その”船”はあった。
確かに船としか言いようのない形である。真っ白な帆が誇らしげに広がっていた。
”船”のそばではフォットが、皆を待っていた。
「来たか」
「ああ、待たせたね。じゃ、準備よかったら船に乗り込んでくれ」
ガートに言われ、その船に乗り込む前にアレクはもう一度その”船”を眺めた。はたはたと帆を遊ばせ、静かに佇む――薄い光に覆われているのは、ファルが言っていた魔力を使っているからだろうか。
「上々の――船出だな」
木々が、ざわざわと騒いでいた。葉という葉を精一杯に掻き摺り合わせ、森が歌っている。
風はいっそう、力を込めてつむじを巻き、楕円の軌跡を描いて船に集まり囲みだした。
それでも船は不安げに揺れることなく、大地の唄と空の息吹を一心に集めるべく、帆を張り――月へ向かう――その時を待っていた。
ふっ、と――――。
葉擦れも、風音も、すべてが消えた。そして――。
「!浮いた・・・・・・ッ!」
「ホントに――飛んでるわ・・・・・・ッ!」
年長組が、年甲斐もなくはしゃいだ声を上げる。
”船”はふわりと、空へ飛び立った。木々を遥か見下ろし、雲間を抜け、ダークブルーの空を望む。
ガートが言う。
「ここまで出れば一安心だ。襲撃に備えつつ、ゆっくりしててくれ」
そのまま船室に引っ込もうとしていたガートを、ミナスが呼び止めた。
「あ、そうだ、ガート。どうして人間に依頼しようと思ったの?」
「んっ・・・・・・?」
「無理に聞くつもりはないんだけど・・・」
「・・・・・・何でもない理由だよ。前に、人間に助けてもらったことがあって、人間の中にも話せるヤツがいる、って解ってただけさ」
「・・・そうなんだ」
「それで、ファルからじィちゃんのことを聞いた時、真っ先に思いついたんだよ。冒険者、ってのに頼んでみよう――そう、ね」
ギルがそこでにやっと笑う。
「ああ、任せておけよ。俺たちに頼んで良かったって、嫌でも言わせてみせるからな」
ふてぶてしい顔で笑みを返し、ガートは今度こそ船室へと引っ込んだ。
青に彩られた世界を見て、ミナスが深呼吸する。
「――なんて言うか、すごい景色・・・・・・」
「ああ、雲を見下ろすなんてな」

「ほら、見てみて。――綺麗な月だ」
ミナスの指さした方――船の進んでいる正面にぽっかりと、月が浮かんでいた。
それはそれは見事に丸い満月が、煌々と辺りに陽の光を映し照らしていた。
りん、と静まった中、空を切って進む船のしゅうっ、という滑るような小さな音だけが彼らの鼓膜を震わせている。
「このまま何事もなく済めば――」
ミナスがそう呟いた時、急に顔に触れる冷たい風が巻き上がり乱れた。
「!?」
「――こっちだ!」
驚くアウロラにエディンが呼びかける。
「あれは――ッ!?」
それは、船というにはあまりに逸したシルエットであった。
鳥のような頭と翼がどこか優雅にゆらゆらと、しかししっかりと、一行の船に近寄ってきている。
「がァ~ッはっはっはァ!来たぞ来たぞぉ、ノコノコとカモがなァ!」
「あれが海賊ッ!?」
緊張に身を震わせたアウロラの後ろでドアが開き、ガートの灰色の身体がまろび出てきた。
「もう来たのか!?」
その船はするりと滑るように一行に近寄ってきた。
ひときわ目立つ場所から、大きな黒帽の黒猫が嬉々と続ける。
「よぉ~っし。かかれ!兵長ッ!」
「よしきたッ!」
兵長、と呼ばれたベストを着た猫の号令一下、ばらばらっととんがり帽が現われた。
「くッ――みんなっ!」
ミナスが呼びかけると、仲間たちはすでに各々の得物を構えていた。
「ああ!・・・・・・行くぞ!」
アレクの叫びが風に乗った。
小屋から出てきたガートはそう言って、一行を促した。
「こっちだ」
そこに、その”船”はあった。
確かに船としか言いようのない形である。真っ白な帆が誇らしげに広がっていた。
”船”のそばではフォットが、皆を待っていた。
「来たか」
「ああ、待たせたね。じゃ、準備よかったら船に乗り込んでくれ」
ガートに言われ、その船に乗り込む前にアレクはもう一度その”船”を眺めた。はたはたと帆を遊ばせ、静かに佇む――薄い光に覆われているのは、ファルが言っていた魔力を使っているからだろうか。
「上々の――船出だな」
木々が、ざわざわと騒いでいた。葉という葉を精一杯に掻き摺り合わせ、森が歌っている。
風はいっそう、力を込めてつむじを巻き、楕円の軌跡を描いて船に集まり囲みだした。
それでも船は不安げに揺れることなく、大地の唄と空の息吹を一心に集めるべく、帆を張り――月へ向かう――その時を待っていた。
ふっ、と――――。
葉擦れも、風音も、すべてが消えた。そして――。
「!浮いた・・・・・・ッ!」
「ホントに――飛んでるわ・・・・・・ッ!」
年長組が、年甲斐もなくはしゃいだ声を上げる。
”船”はふわりと、空へ飛び立った。木々を遥か見下ろし、雲間を抜け、ダークブルーの空を望む。
ガートが言う。
「ここまで出れば一安心だ。襲撃に備えつつ、ゆっくりしててくれ」
そのまま船室に引っ込もうとしていたガートを、ミナスが呼び止めた。
「あ、そうだ、ガート。どうして人間に依頼しようと思ったの?」
「んっ・・・・・・?」
「無理に聞くつもりはないんだけど・・・」
「・・・・・・何でもない理由だよ。前に、人間に助けてもらったことがあって、人間の中にも話せるヤツがいる、って解ってただけさ」
「・・・そうなんだ」
「それで、ファルからじィちゃんのことを聞いた時、真っ先に思いついたんだよ。冒険者、ってのに頼んでみよう――そう、ね」
ギルがそこでにやっと笑う。
「ああ、任せておけよ。俺たちに頼んで良かったって、嫌でも言わせてみせるからな」
ふてぶてしい顔で笑みを返し、ガートは今度こそ船室へと引っ込んだ。
青に彩られた世界を見て、ミナスが深呼吸する。
「――なんて言うか、すごい景色・・・・・・」
「ああ、雲を見下ろすなんてな」

「ほら、見てみて。――綺麗な月だ」
ミナスの指さした方――船の進んでいる正面にぽっかりと、月が浮かんでいた。
それはそれは見事に丸い満月が、煌々と辺りに陽の光を映し照らしていた。
りん、と静まった中、空を切って進む船のしゅうっ、という滑るような小さな音だけが彼らの鼓膜を震わせている。
「このまま何事もなく済めば――」
ミナスがそう呟いた時、急に顔に触れる冷たい風が巻き上がり乱れた。
「!?」
「――こっちだ!」
驚くアウロラにエディンが呼びかける。
「あれは――ッ!?」
それは、船というにはあまりに逸したシルエットであった。
鳥のような頭と翼がどこか優雅にゆらゆらと、しかししっかりと、一行の船に近寄ってきている。
「がァ~ッはっはっはァ!来たぞ来たぞぉ、ノコノコとカモがなァ!」
「あれが海賊ッ!?」
緊張に身を震わせたアウロラの後ろでドアが開き、ガートの灰色の身体がまろび出てきた。
「もう来たのか!?」
その船はするりと滑るように一行に近寄ってきた。
ひときわ目立つ場所から、大きな黒帽の黒猫が嬉々と続ける。
「よぉ~っし。かかれ!兵長ッ!」
「よしきたッ!」
兵長、と呼ばれたベストを着た猫の号令一下、ばらばらっととんがり帽が現われた。
「くッ――みんなっ!」
ミナスが呼びかけると、仲間たちはすでに各々の得物を構えていた。
「ああ!・・・・・・行くぞ!」
アレクの叫びが風に乗った。
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