Thu.

月へ向かう船 2  

 小屋に入ってまず見えたのは、襟の詰まったワンピースに身を包む、茶色いトラ縞の猫だった。
 金色の綺麗な目をしている。彼女はこちらを見て驚きの声を上げた。

「!?あっ・・・・・・」
「ファル・・・・・・オロール老は?」
「ええ、今は起きてる。――ガート、お帰り」

 ガートは張り切って冒険者たちと新たに現われた猫に互いを紹介した。

「紹介するよ。彼女はファル。ファル、頼んで、来てもらった冒険者だ」」
「そうだったの。ちょっと、びっくりしたわ」

 澄んだ鈴のような爽やかな声だった。
 ファルと紹介された彼女は、上目遣いに”金狼の牙”たちを見上げてふわりと微笑む。

「よろしくね、えっと――」
「ミナス」

 誘われるような笑みで応えたのは、メンバーの最年少だった。自分より背の低い猫妖精に手を差し出し握手している。
 ――この小屋は、もともと樵の休憩所にでも使われていたものなのだろうか。数人の人間が適度に憩えるだけの空間があった。
 一行はめいめいに腰を下ろし、森を歩き回ってきた体をほぐす。

「それで、とりあえずこいつを先に渡しておこう」

 ガートはテーブルの小箱から器用に取り出した宝石を示した。
 冬の青空のような、どこか冷ややかな透明感のある蒼い宝石だった。

「ただの宝石だよ、たぶんね。こいつが街で言ってた報酬さ」
「・・・・・・なるほど、確かにただの宝石のようだな」

 光に透かして鑑定した結果を言うと、エディンはゆっくりそれを小箱に戻した。

「しかし言ってただけの価値はある。リーダー、今受け取るのか?」
「いや、そいつは詳しい話を聞いてからにしよう。ガート、話してくれるな?」
「何から話せばいいものやら――」

とガートが言った時、奥の部屋から音もなくもう一人(一匹?)の猫が現われた。
 黒や茶の毛がわずかに混じった白猫だった。先ほど取り出した宝石よりも濃い青の眼をしている。

「誰かと、思ぅたら、ガートじゃないか。そちらの、あんたらは?」
「ろ――じィちゃんッ!」
「ふふっ。フォットの小僧も、おるしな。嬉しいことだて」

 温和そうなこの老猫が、たぶん、オロール老なのであろう。ゆったりとした口調が心地よく響く。

「そっちのあんたらは?」
「老。彼らは護衛に雇ったんだ」
「護衛?こりゃあまた、楽しい趣向だの」
「まぁね。クラージュの噂を聞いてるんだ。きっと来るだろう。もてなす準備をしてなきゃ、失礼ってもんだろ?」
「お前らしいの」

 ほほっと機嫌良さそうに笑って、オロール老は一行にゆっくりと、しっかり頭を下げた。

「迷惑をかけるが、まァ――できりゃあ、楽しんでやってくれ。この老いぼれの――最後の華になろうことだから、の」
「”金狼の牙”って冒険者のパーティだ。俺はギル、よろしく」

 他のメンバーも次々と自己紹介をする。
 いつしかすっかり陽は落ちておいた。空は群青に染まり、月と星が彩るのを今か今かと待ち構えている。
 改めてガートに話の続きを請うと、彼は悪戯っぽく笑った。

「スマートなやり方だったろう?依頼をしたのは俺なんだ。そこのファルと相談してね。――あそこの椅子にあったのはただの人形なんだ」
「なあガート、リューンでの依頼はどういうことだったんだ?」

ScreenShot_20130109_171745125.png

「喋っていたのはあくまで、俺だったんだよ。護衛してほしい、ってのはこのオロール老と彼女、ファルだけだ」
「ふむ」
「君らの目にはオロール老はピンピンしてるように見えてるのかも知れないが、実際のところ――迫っているんだ。その――避けられない

死期、ってヤツがさ・・・・・・」
「そうだったのですか・・・・・・」

 アウロラが嘆息した。神が定めたもうた寿命に異を唱えることはしたくないが、去り行くものを惜しいと思う気持ちは自然なものだ。

「俺たち猫妖精――ケット・シーの魂は、死んで一定期間の内に月の光をできるだけ間近で与えることで、星になる、と伝えられている」
「猫族と猫妖精って違うものなの?」
「ああ。だが交流がないわけじゃないし、どちらも月に影響を受ける点では似たようなところがある」
「ええと、すいません。月の間近と言いますと・・・?」
「月へ向かう船はここにあるんだ。そいつで今夜、天空へ向かおうと思ってる」

 月へ向かう船とはまるで幼子のための絵本のようだが、ミナスが身につけているマジックアイテムの腕輪――エア・ウォーカーは魔法の翼を合言葉で発動させるのだから、妖精の儀式のためにそういう船があるとしてもおかしくはない。
 ギルがふてぶてしいガートの顔を見据えて言った。

「それを護衛してくれ、ってことか?」
「そうなんだ。船には人6人くらいなら、何とか乗れる余裕がある」

 クラージュのヤツが老の魂を狙っていると続けたガートに、エディンが「クラージュ?」と聞きとがめる。

「――ひと言で言えば、海賊さ」
「ケット・シーの海賊か!」
「だから、クラージュ一味、っていうべきかな。それともクラージュ一家、か」
「”金蝙蝠海賊団”よ。そう名乗ってるわ」

 鈴の音色のようにファルの声音が響いた。

「”金狼”対”金蝙蝠”か、こいつは負けられないな」
「ちょっと、ギル!楽しんでる場合じゃないですよ。ファルさん、お話の続きをどうぞ」

 アウロラに促され彼女は続ける。

「妖精の魂には強い魔力があるわ。それが天に昇って拡散する前に、何かに捕らえるだけで手に入れることができるの」
「何かに・・・ですか?」
「封印の壺でも、水晶球でも何でもいいのよ。だから簡単だし、その割に行くところへいけば高く売れる。格好の機会だものね、こんなの。狙ってこない理由はないわ」
「ふーん、海賊か・・・・・・厄介だな。出発はいつごろだ?」
「月が出てから、その月に向かって飛ぶんだ」
「”月向船”と私たちは呼んでるわ。魔力を糧に、空を飛ぶことができるの。まぁ――ホントに月にまでは行けないんだけどね」
「あと、ほんの小刻、待ってくれ。その間に準備するから」
「・・・だそうだが、リーダーどうする?」

 エディンが振り返ってギルに尋ねると、彼はぐいっと親指で小屋の入り口を指し示した。

「もう夜だろうが、ちょっと外に出ていいか?あたりの様子も見ておきたい」
「分かった。この宝石は――?」
「成功報酬ってヤツにしといてくれ。今もらっても仕方ない。ちゃんと老を見送ったらもらうよ」

 ギルは肩をすくめて言った。

「そうね。ちょっと外の空気も吸ってきたいし」
「決まりだな。準備できたら呼んでくれ」
「ああ。解ったよ」

 ドアを開けると、湿り気のある涼やかな空気がふわりと冒険者たちを包んだ。
 藍の空は山の端の白じみを残してじわじわと夜を呼び起こしている。
 シルエットになった木々が、襲い掛かってくるように一行を囲み、虫がぢーぢーと小さな存在を主張していた。そんな、何でもないただ穏やかな雰囲気の――誰そ彼どきであった。
 一行はめいめいに腰を下ろし、夜気の訪れつつある空気を吸い込んだ。

2013/01/17 18:57 [edit]

category: 月へ向かう船

tb: --   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

カレンダー

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

辺境に足を運んだ方の人数

▲Page top