Thu.

月へ向かう船 1  

 蒼白い月明かりがリューンの街を照らす中、”金狼の牙”たちは貼り紙に従って、依頼主の家へと来ていた。

(・・・こういう夜は、イリスのことを思い出すから好きじゃないわ)

 話を聞いているジーニの顔に、懐かしさと苦さが浮かび上がった。
 その隣では、アウロラが熱心に依頼主の話に相槌を打っている。

「・・・・・・と、云うことなのです」
「その、家に行けば”彼ら”がいらっしゃるのですね?」
「ええ――どうぞ、よろしくお願いします」

 依頼はこんなものだった。
 森の中の家に、ある者がいて、その彼ら――複数形らしい――がある場所へ行く護衛をして欲しい、と。
 依頼主の姿はシルエットのみが確認できた。彼がカラバなる人物なのだろうか。
 その膝には1匹の猫――らしき灰色の固まりが浮かび上がっている。
 ジーニは鼻の頭に皺を寄せた。想い出にするにはまだ生々しい冒険の記憶が鮮やかで、猫はあまり好かない。

「報酬については、向こうで受け取ってください。こういう相場はよく知りませんが、銀貨で1200枚程度にはなる宝石を用意しています」

 報酬も冒険者側には丁度いいくらいだった。
 護衛する人物や行く予定の場所について明かされないのには閉口したが、貴族を名乗っている相手にはそういう依頼もあるのだと、先輩たちから聞かされている。
 ”金狼の牙”たちは、この依頼を受けることにした。
 依頼主が礼を言う声はやはりどこか、若いようで年をとっていそうで、年齢の判別のつかないものだった。
 明日にでも出発して欲しい、と頼む依頼主に頷き暇乞いをすると、彼の礼を真似てか、膝の上の猫が一声にゃあと鳴いた。

 ――翌朝。
 珍しく早く起きだした一行に、宿の親父さんが朝食と発破の言葉を用意している。

「気をつけてな。わざわざ護衛を雇うくらいなんだ、何か危険を予測しているんだろう」
「そうね、せいぜい出来る注意はしておくわ」

 用心に越したことはないぞと念を押したあと、一行が引き受けた依頼の紙を見て親父さんが自分の顎を撫でた。

「――カラバ侯、ってのが聞いたことのない名なんだ、それがちょっと気にかかってな。まぁ耳タコかもしれなん、すまなかったな」
「いや、忠告はありがたいさ。ごちそうさん、そろそろ出かけるよ」
「お皿そのままでいいですよ、ギルさん。行ってらっしゃい」

 まだ少し眠そうな娘さんに見送られ、”金狼の牙”たちは宿を出た。
 特筆すべきこともなく数時間後、まだ日の高いうちに目的地についた。
 森が鬱蒼と茂り、一行を歓迎しているのか否か――涼しげな息吹をひょう、となげかけてくる。
 ”彼ら”がいるという家が、この森の奥まったところにある、とは依頼主の言である。
 ギルが一行を促す。

「・・・・・・行くか」

 思ったよりも規模の大きな森に気後れしていた他の面々も、覚悟を決めたように歩き出した。
 だが行けども行けども、目的の家が出てくる様子がない。途中で一度休憩を挟み、昼食をとった。
 茂みの一部から強引に突っ切ってみたものの、歩いていける範囲でそれらしい建物は一切見かけず、せいぜいコカの葉を見つけたくらいであった。そのうち、ミナスが通り過ぎた茂みのほうを指さして言った。

「なんか変だなあ。あの一帯、精霊が妙にざわめいてる」 
「【魔力感知】してみる?」

 ジーニが辺境の集落でもらった蒼い石の指輪を手にするが、エディンが止めて言った。

「いや・・・・・・それより、ベルサレッジの遺跡で見つけた破魔矢を試そう」
「なるほどね。もしあそこに何か魔力が働いているなら、破魔矢で中和できるものね」

 エディンが弓矢を携え、ジーニとミナスの誘導に従って弓を放つ。
 彼の射た矢は誘導どおりの場所に突き刺さり、鏃に込められた魔法で辺り一帯の魔力を解除した。

「よし、解けたはずだ」

ScreenShot_20130109_162430296.png

 幻影なのかもっと大掛かりな術の核になっていたものか、はたしてそこにあったはずの茂みがなくなっていた。
 ここから他の道には行けないようなので、弓を片付けたエディンを先頭に入り口近くまで一度戻ることにする。
 そうしてまた歩き始めると、先ほどまでは行き止まりだったはずの場所に小さな家があった。
 森のその奥に、ただの置物のようにひっそりと。
 小屋の前には羽飾りの付いた帽子をかぶった1匹の黒猫が、さも番人のようにじっと座っていた。
 彼は”金狼の牙”たちをいかにも場違いな闖入者のように冷ややかな瞳で射抜き、それからややあって、2本の後足ですっくと立ち上がった。

「どうやってここを――?いや、そんなことより、ここは君ら人間の来る処じゃない。月が出る前にこの森を出て行ってもらいたい」

 それは、どこか焦っているような響きを残滓に引っ張った脅しであった。
 ともすればプライドの高い猫という生き物の、気概すら否定しかねない懇願――そうともとれるものである。
 ところが、アウロラが口を開きかけたその時――。

「待ってくれ!彼らは――」

 そう言って木陰から現われたのは、1匹の灰色猫だった。
 どこかで会っただろうか。その猫は、アウロラたちと黒猫との間に飛び込んできた。
 それから彼はちらりと、どこか愛嬌のある悪戯っ子のような視線をギルに投げかける。

「あれ?――お前、もしかしてあの時の・・・・・・?」
「えっ?あ――そうか!いつぞやの!あの時は助かったよ」

 読者は覚えておいでだろうか?
 煌く満月のもとで結婚式を挙げた猫妖精のことを。
 少女に愛され、若き妖精に恋い焦がれられた1匹の、雪のように真っ白な毛をした猫のことを――。

「あらためて、ガートだ。――”導きの剣”フォット、彼らは大丈夫だ」
「・・・・・・知り合い、か」

 まだ、いくぶんかの警戒を残してはいるようだったが、フォットと呼ばれた黒猫はちらりと帽子をつまんだ。

「失礼した」
「相変わらずねえ、あんた」

 ジーニはそんなフォットを軽く睨みつつ苦笑した。月光に囚われた悲しい姉弟、それを追った父と人を信じていた娘――。すでにあれから半年近くが過ぎていた。
 フォットは軽く息を呑むと、

「あぁ・・・・・・あの時の・・・・・・・・・・・・」

と、ひどくばつの悪そうな困ったような表情を眼の奥に宿して言った。

「満月を見ていると思い出すのよ――あの時のことを」
「・・・・・・・・・・・・。そう、あの絵、覚えているか?」

 辛そうな様子をなかなか消せないジーニに代わって、ギルが返事をする。

「ああ。――それが?」
「あれはあの家にまだある。――暇があったら、また、見に行ってやってくれ」

 ゆっくり頷いた一行と黒猫の会話を終わるまで待っていたガートが、フォットに向き直って言った。

「フォット。先の祭の噂は聞いてるか?アイルーロスの――」
「噂はな。それが?」
「あの時俺たちに協力してくれたのがこのギルバートたちだったんだ」
「ほう、それはそれは――」

 彼が、苦笑とも微笑ともとれる笑みを口の端に浮かべたように見えた。

「悪いが、ちょっと失礼するよ。――誰かがここに張っていた結界を解いたらしい。それの再構成をしてくる」
「ああ、悪いな。そりゃ俺たちだ」

 ギルが頭をかきながらすまなそうに謝る。

「聞いていた小屋が見えなくて、あれが怪しいと思ったもんだから」
「気にしないでくれ。ガート、それにギルバート――さんだったか、先に入っておいてくれ」
「ギルでいい」
「じゃあギル。ガート、オロール老にはまだ会ってないんだろう?」

 ガートがこれから”金狼の牙”と一緒に会いに行くよと返事をすると、フォットは「それじゃあ」と短く挨拶して去っていった。

「中に入ろう」

 ガートに促され、一行は”導きの剣”の結界に守られていた小屋へと入っていった。

2013/01/17 18:54 [edit]

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