Thu.
ファイアアックスとかの需要があるとは思えない… 
こんにちは、Leeffesです。
リプレイの続きやシナリオをご期待なさってた方には申し訳ない。
素材の更新です。
大した更新でもなく、ちょっとスキル枠とその他が増えただけですが、使いたい方がいらっしゃれば、利用規約に目を通して頂いた上でどうぞいかようにもお使いください。
こちらから素材をダウンロード可能です。
リプレイの続きやシナリオをご期待なさってた方には申し訳ない。
素材の更新です。
大した更新でもなく、ちょっとスキル枠とその他が増えただけですが、使いたい方がいらっしゃれば、利用規約に目を通して頂いた上でどうぞいかようにもお使いください。
こちらから素材をダウンロード可能です。
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Mon.
冬突入をものともしない季節感無視のシナリオ 
こんにちは、Leeffesです。
世間ではまもなくクリスマスだとか言ってるのに、ぜんぜん季節感考えない街シナリオを作りました。
CWのイラストボートから素敵な背景写真のサイト見つけたので、我慢ができなかったんです…。
イメージとして南海沿岸諸国にある街で、プライベートシナリオの「沃穣の楽園」と、ある程度近いみたいです。
聖北教会や賢者の塔は作ったんですが、盗賊ギルド作ってませんね…忘れてたな…。
後は農民冒険者に優しいクワとか鎌のスキルとか、チョコ使ったお菓子群とか。
依頼を受けられる形にはしておりませんが、リプレイでやったシナリオがあんまりにも楽しかったので、隠しエリアをそれに引っ掛けて一個作りました。
お時間がある方や、お優しい方などいらっしゃいましたら、またテストプレイお付き合いお願いします。
花集う街フロアニア
2017年1月26日をもって、Ver1.00として完成版といたします。
テストプレイにご協力いただきました皆様、ご自分のシナリオフォルダにダウンロードしてくださった皆様。
隠しエリアがあるだけのシナリオでしたが、遊んで下さってありがとうございました!
世間ではまもなくクリスマスだとか言ってるのに、ぜんぜん季節感考えない街シナリオを作りました。
CWのイラストボートから素敵な背景写真のサイト見つけたので、我慢ができなかったんです…。
イメージとして南海沿岸諸国にある街で、プライベートシナリオの「沃穣の楽園」と、ある程度近いみたいです。
聖北教会や賢者の塔は作ったんですが、盗賊ギルド作ってませんね…忘れてたな…。
後は農民冒険者に優しいクワとか鎌のスキルとか、チョコ使ったお菓子群とか。
依頼を受けられる形にはしておりませんが、リプレイでやったシナリオがあんまりにも楽しかったので、隠しエリアをそれに引っ掛けて一個作りました。
お時間がある方や、お優しい方などいらっしゃいましたら、またテストプレイお付き合いお願いします。
花集う街フロアニア
2017年1月26日をもって、Ver1.00として完成版といたします。
テストプレイにご協力いただきました皆様、ご自分のシナリオフォルダにダウンロードしてくださった皆様。
隠しエリアがあるだけのシナリオでしたが、遊んで下さってありがとうございました!
-- 続きを読む --
※Ver0.91に変更。
裏通りにある矢印の誤字を訂正。
【夕映えの花】のペナルティを消去して成功率上昇。ユーザー様から、効果が絶対成功じゃないのにペナルティあるのは、かなり使いづらいとご指摘がありましたので……ついでにエルフ用に≪木陰の杖≫を追加。
≪薄紅ドレス≫の画像をちょっと変更。
花屋を増設して商品を増やしました。ご飯も。
お菓子屋のお茶とケーキを一つずつ増やしました。
※Ver0.92に変更。
海賊とドンパチした歴史があるなら、やはり物理的な遠距離攻撃が必要だろうということで、器用+大胆適性の弓技&弓を追加。
交易所を設けて、特産品について対応。
花屋の商品にも特産品キーコードをつけてみる。
ファイルサイズ減少の為、一部背景画像について縦のサイズを縮める。
※Ver0.93に変更。
鞭と弓の適性が同じであることに後から気付き、鞭のほうを器用+正直適性に変更する。
あとは某所でお約束したバール……っぽいものの技能と武器追加。
≪ローズ鯛≫の特産品価格を大に変更。
≪時計草の指輪≫≪菫の指輪≫のデザインをちょっと変更。
カレンの雑談がやっと全部埋まりました。小さい子、難しい……。
※Ver0.94に変更。
賢者の搭に花魔法を追加。
色んな花を見ていて、つい我慢が出来なかったんです……。
※Ver1.00に変更。
道場で【二線の鉤爪】のコメントが違っていたので訂正。
お菓子屋の≪クラシックショコラ≫の販売表記が≪ベリーチョコタルト≫になっていたので訂正。
ついでに、お菓子屋とテラスの人たちのセリフをちょっとだけ付け足し。
黒いテーブル素材を同作者様の青い蔦っぽい素材に変更。
一応、完成版とする。
※Ver1.01に変更。
riki様よりご報告があり、≪告白の花束≫≪奉仕の花束≫のキーコード間違いを訂正。
riki様、ありがとうございました!
※Ver1.02に変更。
2017.03.07
ご指摘以外の品にもキーコード間違いを発見、訂正。
※Ver1.03に変更。
≪ダリアの指輪≫≪菫の指輪≫≪金聖母の指輪≫の背景花を、すべてよあ様の素材に変えて画像変更。
よあ様、新たな素材のご提供ありがとうございます!
裏通りにある矢印の誤字を訂正。
【夕映えの花】のペナルティを消去して成功率上昇。ユーザー様から、効果が絶対成功じゃないのにペナルティあるのは、かなり使いづらいとご指摘がありましたので……ついでにエルフ用に≪木陰の杖≫を追加。
≪薄紅ドレス≫の画像をちょっと変更。
花屋を増設して商品を増やしました。ご飯も。
お菓子屋のお茶とケーキを一つずつ増やしました。
※Ver0.92に変更。
海賊とドンパチした歴史があるなら、やはり物理的な遠距離攻撃が必要だろうということで、器用+大胆適性の弓技&弓を追加。
交易所を設けて、特産品について対応。
花屋の商品にも特産品キーコードをつけてみる。
ファイルサイズ減少の為、一部背景画像について縦のサイズを縮める。
※Ver0.93に変更。
鞭と弓の適性が同じであることに後から気付き、鞭のほうを器用+正直適性に変更する。
あとは某所でお約束したバール……っぽいものの技能と武器追加。
≪ローズ鯛≫の特産品価格を大に変更。
≪時計草の指輪≫≪菫の指輪≫のデザインをちょっと変更。
カレンの雑談がやっと全部埋まりました。小さい子、難しい……。
※Ver0.94に変更。
賢者の搭に花魔法を追加。
色んな花を見ていて、つい我慢が出来なかったんです……。
※Ver1.00に変更。
道場で【二線の鉤爪】のコメントが違っていたので訂正。
お菓子屋の≪クラシックショコラ≫の販売表記が≪ベリーチョコタルト≫になっていたので訂正。
ついでに、お菓子屋とテラスの人たちのセリフをちょっとだけ付け足し。
黒いテーブル素材を同作者様の青い蔦っぽい素材に変更。
一応、完成版とする。
※Ver1.01に変更。
riki様よりご報告があり、≪告白の花束≫≪奉仕の花束≫のキーコード間違いを訂正。
riki様、ありがとうございました!
※Ver1.02に変更。
2017.03.07
ご指摘以外の品にもキーコード間違いを発見、訂正。
※Ver1.03に変更。
≪ダリアの指輪≫≪菫の指輪≫≪金聖母の指輪≫の背景花を、すべてよあ様の素材に変えて画像変更。
よあ様、新たな素材のご提供ありがとうございます!
2016/12/19 12:08 [edit]
category: シナリオ
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Sat.
シガン島の冒険その4 
女神メイリアからの花の祝福を受けてからのことであるが……。
丹念に聞き込みをするパーティの面々へ、密林に佇む木の精霊たちのほとんどは、
「メイリア様おいたわしや……」
「ペレ様が消えた日、黒い影が目にも留まらぬ速さで横切っていった。あいにく、行き先までは分からぬ」
丹念に聞き込みをするパーティの面々へ、密林に佇む木の精霊たちのほとんどは、
「メイリア様おいたわしや……」
「ペレ様が消えた日、黒い影が目にも留まらぬ速さで横切っていった。あいにく、行き先までは分からぬ」
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と嘆き、密林から出ることの適わぬ我が身を悔しく思っているようだったが、イーストガーデンへの入り口に程近い暗がりに潜むただ一体だけは、震えながら冒険者の問い掛けに答えたのである。
すなわち、
「私は見てしまいました。ペレ様をさらったのは、海神ポルセフの息子、ウセフに違いありません。もしゼッヘ様がそうと知れば、島の者と海の者とで、大きな争いになることでしょう」
という重大証言を。
事が明るみに出る前に、ぜひともペレ様を――そう懇願する精霊に、沈着な態度で海神の息子の居場所を問うたのはウィルバーであった。
「海神の神殿は、何処にあるのでしょう?」
「川に住むアリゲーターたちが知っています。彼らに尋ねてみてください」
精霊の言葉に従ってシガン島の北東を流れる太い川へ訪れた旗を掲げる爪は、その雄大で膨大な水の流れにしばし言葉を失って眺めていたが、やがて気を取り直すと、近くにいたアリゲーターに声をかけた。
彼らはメイリアの祝福の印に気付き、凶暴そうな外見に反して、極めて鷹揚な態度で彼らに接してくれた。
アリゲーターたちのまとめ役を負っている者へ話をしたい、と申し出ると、やがて奥の方にいた一頭がのしのしと彼らへ近づいてくる。
一際立派な体躯の鰐顔へ木の精霊から得た証言を繰り返すと、彼は牙の生えた口をもごもご動かしてから首肯した。
「うむ、何となくそう思っては居た」
「え、鰐のおっちゃんは気付いてたの?」

「そうあって欲しくないと願っていたのだがな。現実に目を向けねばなるまい」
鰐の長はため息をひとつ零してから、喉の奥で胡桃を鳴らすような、人には到底発音しえない音を発し、ぴしりと尾で水面を打ち据えた。
波紋が水に広がり――そこから発せられた何らかの気配が、冒険者たちを包み込む。
気配に身構えた冒険者たちを諭すように、鰐の長はゆっくり首を横に振った。
「構えることはない。今のは、水の中でも息が出来るようになる魔法だ」
万が一溺れてしまっては、こちらの面目が立たない――そう言って目を細めるアリゲーターへ、旗を掲げる爪は各々に礼を述べて水中へと潜る準備をした。
息が出来るようになっても、水圧の影響を受けながら地上と同じに動くようになるわけではない――そのため、搭で戦神に挑んだ時のように、彼らは援護魔法を次々に唱えていく。
やるだけのことをし終えてしまうと、彼らは長へ力強く頷いた。
アリゲーターが鈍重そうな身体を川の中へ飛び込ませ、冒険者たちもそれに続く。
岸辺に居た時は、どちらかと言えば灰色めいた川の水の色であったが、意を決して潜ったそこは意外なほど透明感のある青に染まっていた。
底へ底へと目指す案内者に、ウィルバーがぽこりと泡を吐きながら尋ねる。
「まだ着かないのですか?」
「もうじきと言いたかったが……」
鰐が眉をひそめ――眉自体があるわけではないが、そうしたいような顔をして斧を下に構える。
刃のさらに向こうの暗がりから、巨大な影がこちらへ徐々に近づいてくるのが見えた。
驚いたパーティが各々の獲物を構えるが、ロンドとナイトが妙な顔で自分の愛用の武器を見やっている。
彼らの武器は炎を発するはずなのだが、水中であるためにそれが消え去っているのだ。
慌てる彼らに構わず、鰐の長は声を発した。
「ここで何をしている?」
「ポルセフ様、オレに言った。誰も通すな、と。オレ、誰も通さない」
「そこをどかんか、門番。この者たちはメイリア様の使いだ」
緊張の走る中、巨大な影――小山のごとくそびえるカニが、ロンド並みに大きなはさみをゆらりと横に動かす。
否定の意思を示しているようだが、妙な愛嬌があった。
「誰も通さない。仕事」
愛嬌は、しかし一時的なものであったようだ。
神殿の門番を務めるカニは、遺跡に残る機甲のような不吉な音を立ててはさみを鳴らしている。
もしあれに囚われれば、ミカやウィルバーのように頑丈な装甲を持たぬ人体など、たちまち二つに断ち割られてしまうだろう。
それに早い段階で気付いたウィルバーは、まずひとつのはさみへ攻撃を集中させるよう、仲間たちへ伝達した。
「分かった、じゃあまずはあたしから!」
アンジェが繭糸傀儡の技術で作り上げた、艶麗な女の魔を含む哄笑が、水の波動を伴ってカニへ叩きつけられる。
未知の感覚に動揺して混乱した門番に対し、ロンドが肘うちを、シシリーが【葬送の調べ】による剣舞を決めた。
「フンっ!」
じり、と後退りしたカニの傷ついたはさみに向かい、ナイトが魔力を乗せた刀身を振り抜く。
巨大な建物の一部が崩壊するように、ぼろりと凶器が取れて水底へ落ちていった。
それに追随しようとしたウィルバーが、≪海の呼び声≫による魔術回路の起動を行なったのと同時に、カニが一つだけ残った物騒な武器を振り回し――それに何名かが打ち倒されると、今度は目の一つが怪しい光を発した。
「むっ、光った!?」
「オレ、お前を、束縛する」
光は糸のように細くなり、杖をかざしているウィルバーに注がれたが、彼は咄嗟に体内の魔力をミカのかけた防御魔法に共鳴させ、その攻撃を弾いた。

「危ないところでした、何ですかあれは!?」
「呪文もなしで発動してたよね。怖いなあ……」
ウィルバーとアンジェの会話に、アリゲーターが補足をする。
「あれは門番が持つ能力でな。あの光の放つ鼓動に捕われると、眠くなったり、動きたくなくなったり……魔法のような作用をもたらす」
「そんなの、水に潜る前に忠告しといてよ!こんな危ないのがいるならさぁ!」
アンジェは至極もっともな愚痴を漏らすと、こちらへ襲い掛かるはさみをしゃがんで回避した後にすかさず短剣を上へ突き出した。
固い手応えが伝わり、顔をしかめる。
「これはあたし向きの敵じゃないよね。兄ちゃん向きだよ」
「確かにな!!」
ロンドは、毒を操るミカと、限られた空間に雷を放つナイトの援護を受けながら、カニの装甲の僅かに傷を受けた箇所を見極め、体重を乗せた渾身の一撃を振り下ろした。
カニはびくり!と巨大な身体を震わせ……やがて、口から泡を吹いたまま動かなくなった。
「ブクブクブク……」
「今のうちに……!」
今のところ、カニは意識を失っており、幾ら水中で足が速いとは言え、意識を失ったままこちらを追いかけることは、まず不可能であろう。
ミカの言葉に他の者たちも首肯し、足をばたつかせてアリゲーターの示す海神の神殿へと泳いで移動した。
潜っていく途中で鰐の長が教えてくれた伝によると、海神ポルセフは東方における戦神の一人であり、ゼッヘとほぼ同格の存在であるようだ。
陸に生きる人間が海について得られる知識は限りがあり、この神の神殿に関する情報も、元賢者の搭の所属であったウィルバーや、相棒を得てから猛勉強中のミカの知る書物などには、一切記されていない。
上の息子たちが全員独立してしまったこともあり、末子のウセフにポルセフは惜しみない愛情を注いでいるようだ、と、これはアリゲーターたちの一致した意見であるらしい。
冒険者たちの周囲を覆っている透明感のある青が、下へと急ぐ内に、夜へ移らんとする空のような群青に変わっていく。
それでも視界を邪魔されることはなく、ついに海神の神殿へ辿り着けば、その壮麗な彫刻を余さず見ることが可能で、彼らはあんぐりと口を開けてしまうところであった。
「大きな川だと思っていたが、底にこんな立派な建物があるとはな……」
ううむ、とロンドが太い腕を組んで感歎した。
「――これが神族の住まいか。凝ったものだ」
ナイトも平坦な声ながら、感心の意を込め頷く。
「褒めて貰えるのは嬉しいが――来て欲しくは、なかったな」
全てが寒色に染まる風景の中、波の精霊であるネレイデスの彫刻がなされた柱の後ろから、片眼鏡をかけた紳士的な容貌の男性が姿を現した。
鰐の長が小さく、
「海神だ」
と冒険者たちに囁く。
花の祝福を受けた彼らが、何の用事で神殿を訪れたかすでに察していたのだろう。
海神ポルセフは沈痛な面持ちで首を横に振った。
「やはり隠しきれるものではないか」
「メイリアの娘、ペレを返してもらいます」
常緑樹の真っ直ぐな双眸が、恐れる色もなく海神を見つめた。
ポルセフは――ふっと眉根を寄せると、
「実を言うと、私も困っているのだ」
と打ち明けた。
「息子の非は私の非、ゼッヘには謝罪せねばならぬ。だがしかし、詫びの言葉がなかなか思いつかんのだ。考える時間欲しさに、門番をけしかけたことは悪いと思っている……」
「難しく考えることはなかろう。素直に詫びればいい」
人の心の機微を理解しきっていないからこその、リビングメイルである純粋なナイトの言葉は、人間の欲や交渉を散々見てきた海神にも、つかの間の啓蒙をもたらしたようである。
「ふむ…そうか…」
「現実は、どう言ったところで変わらぬ」
「確かにな。……素直に詫びることにしよう」
ポルセフは深い青の衣装の裾を翻し、ついて来るよう態度で示した。
無言でそれにパーティが従うと、先に立つ海神は確固たる足取りで神殿の中を歩んでいき、彼らを大きなホールのような空間に導いた。
ホールの中央部では、真っ白な珊瑚が複雑に絡み合って作られた玉座のようなものが複数あり、そこに若い男女が腰掛けているのが見える
一人は恐らくポルセフと同じ血筋であろう、薄青い不思議な光沢を放つ肌の少年。
もう一人は、栗色と紫色が混ざり合った淡い色合いの髪を腰まで伸ばした少女。
リューン近郊ではまず見られない空色の花の冠を被り、尖った耳に同じ色のイヤリングを付けている。
「お母様がこの人たちを?」
そのセリフを聞くまでもなく、女神メイリアが教えてくれた容貌そのままの彼女は、ペレに間違いなかった。
海神ポルセフは、厳しくも優しい伯父の様な態度で、女神の嘆きとここからの退出をペレに促している。
時ならぬ訪問にしばし呆気に取られていたウセフは、慌ててそれを遮った。
「そんな、父上!僕はペレと別れたくない!」
「お前の我侭は可能な限り聞いてやってきたが、今回はさすがに聞いてやれん。許せ、ウセフ」
「さすが何人もの息子を持つ海神といったところでしょうか、大した人……じゃない、神ですね」
ウィルバーが感心して――どちらかと言えば、それは被保護者に言うことを聞かせる態度についてだろうが――頷く。
今まで父親に甘やかされてきた末子も、断固たる父親の気迫が通じたのであろう。
ウセフは愛玩犬が待ての命を受けたように、しょんぼりとした様子で引っ込んだ。
「ペレ、帰っちゃうの?」
「私、帰らない」
「はあっ!?」
きっぱり言い放った女神の娘に、ロンドはすっとんきょうな声を上げた。
海神も目を丸くして驚いている。
「何と!?」
「ホントかい!ペレ!」
「まだ、お寿司もたこ焼も食べてないもん。全部食べるまで帰らない!」
頭が痛いと額に手を置いたポルセフがぼやく。
「何と食い意地の張った娘だ。母親より食べ物が大事とは……人の事を言える立場ではないが、育て方を間違えているとしか……」
「ううん、女神に伺ったとおり、食に強い関心があるのですね。まさかここまでとは」
「どうしましょう、ウィルバーさん……」
「そうですねえ……」
どうやらペレは、このままここに残る気で居るらしい。
子どもというのは、いつか親から旅立つものであり、いつまでも子どもを自分の手元に置きたいというのはただの親側のエゴに過ぎないと、冒険者たちも分かっているのだが――。
しかし。
「お母さんがいるなら、泣かせたら駄目だよ」
この中でもっとも幼い声が、周りの呆れを含んだ沈黙を貫いた。
ロンドの荷物袋を下ろしてもらい、その中に手を突っ込んだ体勢からアンジェが言い募る。
「あたしとか兄ちゃんとか姉ちゃんはさ、お母さんって居ないんだ。孤児院に入れられた初めからもう死んでたとか、育てられなくて縁を切ろうと預けたとか、子どもによって色々と事情は違うんだけどさ」
ごそごそ、と動いていた手が、何かを掴んで取り出した。
「でもさ、あなたはまだ子どもだよ。やっちゃいけないことと、そうでないことの区別がつかないんだもん。なら、子どもはお母さんのところに帰らなきゃ」
小さい手の中には、女神メイリアから預かった金色の果実――ラフラの実があった。
見かけよりも重いそれを掲げるように持ち、真っ直ぐ目を瞠る少女へ歩み寄る。

アンジェはラフラの実をペレに手渡した。
果実をそっと胸に抱えたペレは、眉を八の字に下げながら口を開く。
「お母様……ごめんなさい、ウセフ。私、やっぱり帰る」
「そんな!?」
「ここの食べ物はどれも美味しいけど、お母様が実らせたラフラの実が一番だもの」
ずいぶんとウセフと意気投合したのだろう、名残惜しい様子ではあったけれども、頑固に残留を主張していたのとは雲泥の差で、彼女は冒険者たちに同行を頼み、地上へと移動した。
旗を掲げる爪は、イーストガーデンまで無事にペレを連れ戻した。
ゼッヘとメイリアは喜色満面で彼らを迎え、華奢な娘の身体を抱きしめる。
「娘を連れ戻していただき、本当に感謝しています」
ひとしきり無事を喜んだ後、まずメイリアから申し出があった。
「これはその気持ちです。ぜひ受け取ってください」
女神が差し出したのは、赤い艶を放つハート型の果実で――あの≪狼の隠れ家≫の後輩冒険者がアンジェに見せたものと同じ種類のものだったが、それよりも一回り以上大きく、瑞々しかった。
売ればそれなりの銀貨が得られるだろうというそれを、彼女は5つも用意してくれた。
かつて刃を交えたゼッヘも、そっと鞘に納まった一振りの短剣を差し出した。
「私からはこれを。投げれば必ず命中する、魔法の短刀だ。効果は一度きりだが、きっと役に立つだろう」
「そんなものまで……」
「誤解をしてすまなかったな、人間。お前たちの恩を、我らは忘れまい」
「本当にありがとうございました」
そっと寄り添う夫婦の間で、ペレは気恥ずかしくて困ったような、けれど嬉しいような顔で立っている。
それに気付いたアンジェがウインクをすると、ペレもまた、茶目っ気のある表情になって片目を瞑ってみせた。
※収入:報酬0sp、≪祈りの指輪≫≪真紅の飛刀≫≪ライトボール≫≪コリンの実≫×5
※支出:青のハイドランジア(Z3様作)にて、≪厚手の外套≫を購入。
※その他:城館の街セレネフィア(焼きフォウ描いた人様)にて≪守護の短剣≫入手。
※SARUO様作、シガン島の冒険クリア!
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60回目のお仕事は、SARUO様のシガン島の冒険です。
新たなメンバーとの出発をし始めたのはいいのですが、どうにも重い雰囲気の続くリプレイになっているので、軽い感じの冒険物をひとつやってみたいなと思いまして。
鉱石の精霊にも広い世界を見せると約束してるので、どうしようかな……と悩んでいたところ、軽い雰囲気だけど難しい秘境探検が出来る、こちらのシナリオを見つけたのでした。
食糧によるLIMIT制限があるため、のんびりプレイしていると後々が大変になってドキドキさせられるのですが、一応、食料のキーコードがある場合に余裕が生まれる救済措置があるので、もし各都市の食料キーコード持ちアイテムをたくさんお持ちのプレイヤーさんがいらっしゃいましたら、それらと一緒にゆっくり島を回るのも手です。
多分、シナリオ上はゼッヘに挑む必要はなかったりするのでしょうが、搭の中の宝箱開けたかったのと、ゼッヘに勝っておかないと高い確率で風の精霊とエンカウントするので、面倒だからチャレンジしておきました。
ゼッヘ戦は竜巻が痛いのですが、風による攻撃があれば(旗を掲げる爪はありませんが)、相殺して消去することが可能です。
こんな感じでたくさん戦闘のあるシナリオなのですが、特に辛いと思われるのはお化けガニです。
ただの高火力キャラかと思いきや、搦め手で無詠唱の睡眠と束縛を持っています。
おまけにこのカニ、5ラウンド経過すると体力が全回復しまして……正直、初見で戦った時はものすごく苦戦しました。
今回のプレイでの対策は、まず高火力のはさみに攻撃を集中して落とし、中毒やデバフをかけつつ他の部分へ広範囲攻撃をかけています。
私は戦闘が下手なので、手持ちのスキルと合わせるとこれくらいしかやりようがなかったのですが、他のプレイヤーさんでしたらもっといい手があるのかも知れません。
カニの倒し方というか、クリアの仕方ならもう一つあるんですけどね。
ペレの帰らない動機が動機なもので、面白いほど最後に「ズコーッ」となる話なのですね。
そんな中でも、案外とアンジェが物分りがいいというか、話の流れに任せてみたら、彼女の生い立ちに引っ掛けて上手いこと納まるところに納まったようです。
そして要所要所に、ミカとナイトが緩衝材になってくれています。
海神への説教(?)などはランダムのはずなのですが、ナイトが自動選択されると、「ああ、確かに彼なら素直に謝れば?って言うだろうなぁ…」と、ランダム神の妙を見ました。
ただ、やはりリプレイに起こすにはもうちょっと台詞を喋ってもらいたい所などがありましたので、シナリオではペレ捜索について花の精霊と交渉したりするシーンなどなかったのですが、勝手に足させていただいております。SARUO様、ご不快でしたら申し訳ございません。
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。
すなわち、
「私は見てしまいました。ペレ様をさらったのは、海神ポルセフの息子、ウセフに違いありません。もしゼッヘ様がそうと知れば、島の者と海の者とで、大きな争いになることでしょう」
という重大証言を。
事が明るみに出る前に、ぜひともペレ様を――そう懇願する精霊に、沈着な態度で海神の息子の居場所を問うたのはウィルバーであった。
「海神の神殿は、何処にあるのでしょう?」
「川に住むアリゲーターたちが知っています。彼らに尋ねてみてください」
精霊の言葉に従ってシガン島の北東を流れる太い川へ訪れた旗を掲げる爪は、その雄大で膨大な水の流れにしばし言葉を失って眺めていたが、やがて気を取り直すと、近くにいたアリゲーターに声をかけた。
彼らはメイリアの祝福の印に気付き、凶暴そうな外見に反して、極めて鷹揚な態度で彼らに接してくれた。
アリゲーターたちのまとめ役を負っている者へ話をしたい、と申し出ると、やがて奥の方にいた一頭がのしのしと彼らへ近づいてくる。
一際立派な体躯の鰐顔へ木の精霊から得た証言を繰り返すと、彼は牙の生えた口をもごもご動かしてから首肯した。
「うむ、何となくそう思っては居た」
「え、鰐のおっちゃんは気付いてたの?」

「そうあって欲しくないと願っていたのだがな。現実に目を向けねばなるまい」
鰐の長はため息をひとつ零してから、喉の奥で胡桃を鳴らすような、人には到底発音しえない音を発し、ぴしりと尾で水面を打ち据えた。
波紋が水に広がり――そこから発せられた何らかの気配が、冒険者たちを包み込む。
気配に身構えた冒険者たちを諭すように、鰐の長はゆっくり首を横に振った。
「構えることはない。今のは、水の中でも息が出来るようになる魔法だ」
万が一溺れてしまっては、こちらの面目が立たない――そう言って目を細めるアリゲーターへ、旗を掲げる爪は各々に礼を述べて水中へと潜る準備をした。
息が出来るようになっても、水圧の影響を受けながら地上と同じに動くようになるわけではない――そのため、搭で戦神に挑んだ時のように、彼らは援護魔法を次々に唱えていく。
やるだけのことをし終えてしまうと、彼らは長へ力強く頷いた。
アリゲーターが鈍重そうな身体を川の中へ飛び込ませ、冒険者たちもそれに続く。
岸辺に居た時は、どちらかと言えば灰色めいた川の水の色であったが、意を決して潜ったそこは意外なほど透明感のある青に染まっていた。
底へ底へと目指す案内者に、ウィルバーがぽこりと泡を吐きながら尋ねる。
「まだ着かないのですか?」
「もうじきと言いたかったが……」
鰐が眉をひそめ――眉自体があるわけではないが、そうしたいような顔をして斧を下に構える。
刃のさらに向こうの暗がりから、巨大な影がこちらへ徐々に近づいてくるのが見えた。
驚いたパーティが各々の獲物を構えるが、ロンドとナイトが妙な顔で自分の愛用の武器を見やっている。
彼らの武器は炎を発するはずなのだが、水中であるためにそれが消え去っているのだ。
慌てる彼らに構わず、鰐の長は声を発した。
「ここで何をしている?」
「ポルセフ様、オレに言った。誰も通すな、と。オレ、誰も通さない」
「そこをどかんか、門番。この者たちはメイリア様の使いだ」
緊張の走る中、巨大な影――小山のごとくそびえるカニが、ロンド並みに大きなはさみをゆらりと横に動かす。
否定の意思を示しているようだが、妙な愛嬌があった。
「誰も通さない。仕事」
愛嬌は、しかし一時的なものであったようだ。
神殿の門番を務めるカニは、遺跡に残る機甲のような不吉な音を立ててはさみを鳴らしている。
もしあれに囚われれば、ミカやウィルバーのように頑丈な装甲を持たぬ人体など、たちまち二つに断ち割られてしまうだろう。
それに早い段階で気付いたウィルバーは、まずひとつのはさみへ攻撃を集中させるよう、仲間たちへ伝達した。
「分かった、じゃあまずはあたしから!」
アンジェが繭糸傀儡の技術で作り上げた、艶麗な女の魔を含む哄笑が、水の波動を伴ってカニへ叩きつけられる。
未知の感覚に動揺して混乱した門番に対し、ロンドが肘うちを、シシリーが【葬送の調べ】による剣舞を決めた。
「フンっ!」
じり、と後退りしたカニの傷ついたはさみに向かい、ナイトが魔力を乗せた刀身を振り抜く。
巨大な建物の一部が崩壊するように、ぼろりと凶器が取れて水底へ落ちていった。
それに追随しようとしたウィルバーが、≪海の呼び声≫による魔術回路の起動を行なったのと同時に、カニが一つだけ残った物騒な武器を振り回し――それに何名かが打ち倒されると、今度は目の一つが怪しい光を発した。
「むっ、光った!?」
「オレ、お前を、束縛する」
光は糸のように細くなり、杖をかざしているウィルバーに注がれたが、彼は咄嗟に体内の魔力をミカのかけた防御魔法に共鳴させ、その攻撃を弾いた。

「危ないところでした、何ですかあれは!?」
「呪文もなしで発動してたよね。怖いなあ……」
ウィルバーとアンジェの会話に、アリゲーターが補足をする。
「あれは門番が持つ能力でな。あの光の放つ鼓動に捕われると、眠くなったり、動きたくなくなったり……魔法のような作用をもたらす」
「そんなの、水に潜る前に忠告しといてよ!こんな危ないのがいるならさぁ!」
アンジェは至極もっともな愚痴を漏らすと、こちらへ襲い掛かるはさみをしゃがんで回避した後にすかさず短剣を上へ突き出した。
固い手応えが伝わり、顔をしかめる。
「これはあたし向きの敵じゃないよね。兄ちゃん向きだよ」
「確かにな!!」
ロンドは、毒を操るミカと、限られた空間に雷を放つナイトの援護を受けながら、カニの装甲の僅かに傷を受けた箇所を見極め、体重を乗せた渾身の一撃を振り下ろした。
カニはびくり!と巨大な身体を震わせ……やがて、口から泡を吹いたまま動かなくなった。
「ブクブクブク……」
「今のうちに……!」
今のところ、カニは意識を失っており、幾ら水中で足が速いとは言え、意識を失ったままこちらを追いかけることは、まず不可能であろう。
ミカの言葉に他の者たちも首肯し、足をばたつかせてアリゲーターの示す海神の神殿へと泳いで移動した。
潜っていく途中で鰐の長が教えてくれた伝によると、海神ポルセフは東方における戦神の一人であり、ゼッヘとほぼ同格の存在であるようだ。
陸に生きる人間が海について得られる知識は限りがあり、この神の神殿に関する情報も、元賢者の搭の所属であったウィルバーや、相棒を得てから猛勉強中のミカの知る書物などには、一切記されていない。
上の息子たちが全員独立してしまったこともあり、末子のウセフにポルセフは惜しみない愛情を注いでいるようだ、と、これはアリゲーターたちの一致した意見であるらしい。
冒険者たちの周囲を覆っている透明感のある青が、下へと急ぐ内に、夜へ移らんとする空のような群青に変わっていく。
それでも視界を邪魔されることはなく、ついに海神の神殿へ辿り着けば、その壮麗な彫刻を余さず見ることが可能で、彼らはあんぐりと口を開けてしまうところであった。
「大きな川だと思っていたが、底にこんな立派な建物があるとはな……」
ううむ、とロンドが太い腕を組んで感歎した。
「――これが神族の住まいか。凝ったものだ」
ナイトも平坦な声ながら、感心の意を込め頷く。
「褒めて貰えるのは嬉しいが――来て欲しくは、なかったな」
全てが寒色に染まる風景の中、波の精霊であるネレイデスの彫刻がなされた柱の後ろから、片眼鏡をかけた紳士的な容貌の男性が姿を現した。
鰐の長が小さく、
「海神だ」
と冒険者たちに囁く。
花の祝福を受けた彼らが、何の用事で神殿を訪れたかすでに察していたのだろう。
海神ポルセフは沈痛な面持ちで首を横に振った。
「やはり隠しきれるものではないか」
「メイリアの娘、ペレを返してもらいます」
常緑樹の真っ直ぐな双眸が、恐れる色もなく海神を見つめた。
ポルセフは――ふっと眉根を寄せると、
「実を言うと、私も困っているのだ」
と打ち明けた。
「息子の非は私の非、ゼッヘには謝罪せねばならぬ。だがしかし、詫びの言葉がなかなか思いつかんのだ。考える時間欲しさに、門番をけしかけたことは悪いと思っている……」
「難しく考えることはなかろう。素直に詫びればいい」
人の心の機微を理解しきっていないからこその、リビングメイルである純粋なナイトの言葉は、人間の欲や交渉を散々見てきた海神にも、つかの間の啓蒙をもたらしたようである。
「ふむ…そうか…」
「現実は、どう言ったところで変わらぬ」
「確かにな。……素直に詫びることにしよう」
ポルセフは深い青の衣装の裾を翻し、ついて来るよう態度で示した。
無言でそれにパーティが従うと、先に立つ海神は確固たる足取りで神殿の中を歩んでいき、彼らを大きなホールのような空間に導いた。
ホールの中央部では、真っ白な珊瑚が複雑に絡み合って作られた玉座のようなものが複数あり、そこに若い男女が腰掛けているのが見える
一人は恐らくポルセフと同じ血筋であろう、薄青い不思議な光沢を放つ肌の少年。
もう一人は、栗色と紫色が混ざり合った淡い色合いの髪を腰まで伸ばした少女。
リューン近郊ではまず見られない空色の花の冠を被り、尖った耳に同じ色のイヤリングを付けている。
「お母様がこの人たちを?」
そのセリフを聞くまでもなく、女神メイリアが教えてくれた容貌そのままの彼女は、ペレに間違いなかった。
海神ポルセフは、厳しくも優しい伯父の様な態度で、女神の嘆きとここからの退出をペレに促している。
時ならぬ訪問にしばし呆気に取られていたウセフは、慌ててそれを遮った。
「そんな、父上!僕はペレと別れたくない!」
「お前の我侭は可能な限り聞いてやってきたが、今回はさすがに聞いてやれん。許せ、ウセフ」
「さすが何人もの息子を持つ海神といったところでしょうか、大した人……じゃない、神ですね」
ウィルバーが感心して――どちらかと言えば、それは被保護者に言うことを聞かせる態度についてだろうが――頷く。
今まで父親に甘やかされてきた末子も、断固たる父親の気迫が通じたのであろう。
ウセフは愛玩犬が待ての命を受けたように、しょんぼりとした様子で引っ込んだ。
「ペレ、帰っちゃうの?」
「私、帰らない」
「はあっ!?」
きっぱり言い放った女神の娘に、ロンドはすっとんきょうな声を上げた。
海神も目を丸くして驚いている。
「何と!?」
「ホントかい!ペレ!」
「まだ、お寿司もたこ焼も食べてないもん。全部食べるまで帰らない!」
頭が痛いと額に手を置いたポルセフがぼやく。
「何と食い意地の張った娘だ。母親より食べ物が大事とは……人の事を言える立場ではないが、育て方を間違えているとしか……」
「ううん、女神に伺ったとおり、食に強い関心があるのですね。まさかここまでとは」
「どうしましょう、ウィルバーさん……」
「そうですねえ……」
どうやらペレは、このままここに残る気で居るらしい。
子どもというのは、いつか親から旅立つものであり、いつまでも子どもを自分の手元に置きたいというのはただの親側のエゴに過ぎないと、冒険者たちも分かっているのだが――。
しかし。
「お母さんがいるなら、泣かせたら駄目だよ」
この中でもっとも幼い声が、周りの呆れを含んだ沈黙を貫いた。
ロンドの荷物袋を下ろしてもらい、その中に手を突っ込んだ体勢からアンジェが言い募る。
「あたしとか兄ちゃんとか姉ちゃんはさ、お母さんって居ないんだ。孤児院に入れられた初めからもう死んでたとか、育てられなくて縁を切ろうと預けたとか、子どもによって色々と事情は違うんだけどさ」
ごそごそ、と動いていた手が、何かを掴んで取り出した。
「でもさ、あなたはまだ子どもだよ。やっちゃいけないことと、そうでないことの区別がつかないんだもん。なら、子どもはお母さんのところに帰らなきゃ」
小さい手の中には、女神メイリアから預かった金色の果実――ラフラの実があった。
見かけよりも重いそれを掲げるように持ち、真っ直ぐ目を瞠る少女へ歩み寄る。

アンジェはラフラの実をペレに手渡した。
果実をそっと胸に抱えたペレは、眉を八の字に下げながら口を開く。
「お母様……ごめんなさい、ウセフ。私、やっぱり帰る」
「そんな!?」
「ここの食べ物はどれも美味しいけど、お母様が実らせたラフラの実が一番だもの」
ずいぶんとウセフと意気投合したのだろう、名残惜しい様子ではあったけれども、頑固に残留を主張していたのとは雲泥の差で、彼女は冒険者たちに同行を頼み、地上へと移動した。
旗を掲げる爪は、イーストガーデンまで無事にペレを連れ戻した。
ゼッヘとメイリアは喜色満面で彼らを迎え、華奢な娘の身体を抱きしめる。
「娘を連れ戻していただき、本当に感謝しています」
ひとしきり無事を喜んだ後、まずメイリアから申し出があった。
「これはその気持ちです。ぜひ受け取ってください」
女神が差し出したのは、赤い艶を放つハート型の果実で――あの≪狼の隠れ家≫の後輩冒険者がアンジェに見せたものと同じ種類のものだったが、それよりも一回り以上大きく、瑞々しかった。
売ればそれなりの銀貨が得られるだろうというそれを、彼女は5つも用意してくれた。
かつて刃を交えたゼッヘも、そっと鞘に納まった一振りの短剣を差し出した。
「私からはこれを。投げれば必ず命中する、魔法の短刀だ。効果は一度きりだが、きっと役に立つだろう」
「そんなものまで……」
「誤解をしてすまなかったな、人間。お前たちの恩を、我らは忘れまい」
「本当にありがとうございました」
そっと寄り添う夫婦の間で、ペレは気恥ずかしくて困ったような、けれど嬉しいような顔で立っている。
それに気付いたアンジェがウインクをすると、ペレもまた、茶目っ気のある表情になって片目を瞑ってみせた。
※収入:報酬0sp、≪祈りの指輪≫≪真紅の飛刀≫≪ライトボール≫≪コリンの実≫×5
※支出:青のハイドランジア(Z3様作)にて、≪厚手の外套≫を購入。
※その他:城館の街セレネフィア(焼きフォウ描いた人様)にて≪守護の短剣≫入手。
※SARUO様作、シガン島の冒険クリア!
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60回目のお仕事は、SARUO様のシガン島の冒険です。
新たなメンバーとの出発をし始めたのはいいのですが、どうにも重い雰囲気の続くリプレイになっているので、軽い感じの冒険物をひとつやってみたいなと思いまして。
鉱石の精霊にも広い世界を見せると約束してるので、どうしようかな……と悩んでいたところ、軽い雰囲気だけど難しい秘境探検が出来る、こちらのシナリオを見つけたのでした。
食糧によるLIMIT制限があるため、のんびりプレイしていると後々が大変になってドキドキさせられるのですが、一応、食料のキーコードがある場合に余裕が生まれる救済措置があるので、もし各都市の食料キーコード持ちアイテムをたくさんお持ちのプレイヤーさんがいらっしゃいましたら、それらと一緒にゆっくり島を回るのも手です。
多分、シナリオ上はゼッヘに挑む必要はなかったりするのでしょうが、搭の中の宝箱開けたかったのと、ゼッヘに勝っておかないと高い確率で風の精霊とエンカウントするので、面倒だからチャレンジしておきました。
ゼッヘ戦は竜巻が痛いのですが、風による攻撃があれば(旗を掲げる爪はありませんが)、相殺して消去することが可能です。
こんな感じでたくさん戦闘のあるシナリオなのですが、特に辛いと思われるのはお化けガニです。
ただの高火力キャラかと思いきや、搦め手で無詠唱の睡眠と束縛を持っています。
おまけにこのカニ、5ラウンド経過すると体力が全回復しまして……正直、初見で戦った時はものすごく苦戦しました。
今回のプレイでの対策は、まず高火力のはさみに攻撃を集中して落とし、中毒やデバフをかけつつ他の部分へ広範囲攻撃をかけています。
私は戦闘が下手なので、手持ちのスキルと合わせるとこれくらいしかやりようがなかったのですが、他のプレイヤーさんでしたらもっといい手があるのかも知れません。
カニの倒し方というか、クリアの仕方ならもう一つあるんですけどね。
ペレの帰らない動機が動機なもので、面白いほど最後に「ズコーッ」となる話なのですね。
そんな中でも、案外とアンジェが物分りがいいというか、話の流れに任せてみたら、彼女の生い立ちに引っ掛けて上手いこと納まるところに納まったようです。
そして要所要所に、ミカとナイトが緩衝材になってくれています。
海神への説教(?)などはランダムのはずなのですが、ナイトが自動選択されると、「ああ、確かに彼なら素直に謝れば?って言うだろうなぁ…」と、ランダム神の妙を見ました。
ただ、やはりリプレイに起こすにはもうちょっと台詞を喋ってもらいたい所などがありましたので、シナリオではペレ捜索について花の精霊と交渉したりするシーンなどなかったのですが、勝手に足させていただいております。SARUO様、ご不快でしたら申し訳ございません。
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。
2016/12/17 11:49 [edit]
category: シガン島の冒険
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Sat.
シガン島の冒険その3 
女神メイリアからの祝福を貰い、密林にいた木の精霊からある証言を得た旗を掲げる爪は、一路、シガン島の南東にそびえる搭の中を走っていた。
フォウの眷属であるスピカの話によると、風の精霊たちの力が搭の上階に集まっているという。
スピカの証言が確かなら、そこにこそ旗を掲げる爪が今会っておかなくてはならない相手――即ち、東の旋風と異名をとる元・戦神が娘の探索の指揮を取っているはずなのだ。
「とにかく、ペレさんのことが伝わってしまう前に、捜索の指揮権を我々が取らなければなりません。あの木の精霊の言うことが本当なら……」
「嘘ではないはずですよ、ウィルバーさん」
ウィルバーの斜め後ろから、ミカが声を上げる。
フォウの眷属であるスピカの話によると、風の精霊たちの力が搭の上階に集まっているという。
スピカの証言が確かなら、そこにこそ旗を掲げる爪が今会っておかなくてはならない相手――即ち、東の旋風と異名をとる元・戦神が娘の探索の指揮を取っているはずなのだ。
「とにかく、ペレさんのことが伝わってしまう前に、捜索の指揮権を我々が取らなければなりません。あの木の精霊の言うことが本当なら……」
「嘘ではないはずですよ、ウィルバーさん」
ウィルバーの斜め後ろから、ミカが声を上げる。
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「あの精霊は、心底、自分の見たものに怯えていましたし、今まで黙っていたことに途轍もない罪悪感も抱いていました。だからこそ、女神の祝福を受けた私たちにだけ打ち明ける気になったんだと思います」
「ならば、余計に急いでゼッヘに会わなくては。精霊の言うとおり、陸と海のシガン島の勢力が戦争になったりすると、我々が巻き込まれてひどい目に合う公算が高い。そうなる前に、なるべく穏便にペレを帰してもらう、それしかありません」
息を弾ませながらも、さらに上りの階段へ足をかけようとしたウィルバーを、ロンドが腕を引いて止める。
「なっ……」
「しゃがんで!!」
覆い被さるようにして体勢を低くした2人の頭上を、聞き覚えのある音が過ぎ行く。
風を切る、という言葉の通りに過ぎたそれは、シガン島についてウィルバーが一番に食らったはずのものだった。
「風の攻撃!?」
目を瞠った魔術師の前方に、あの少年の姿を象った精霊たちが現れた。
舌打ちしたロンドが、スコップを素早く突き出す。

シシリーも愛剣である≪Beginning≫を抜き放ち、仲間の援護に回った。
「もう……急いでるのに!」
「この子達では未熟すぎて、人間との話合いはできませんわ!」
「ご主人様、一掃するしかないです!」
ムルとスピカが、絶え間なく不可視の刃で冒険者たちを傷つける風の精霊たちを睨みつけた。
ふと、腕輪からいつもの鋼糸を引き抜きかけたアンジェが、何かに気付いたような顔になる。
そして、効果のあるはずも無い、魔力の含まれていない攻撃を行なった。
当然、それは身体をすり抜けてしまうが、精霊たちの注意をひきつける役には立った。
「そら、こっちだよ!」
「ナマイキ!!」
「やっちゃえー!」
「アンジェさん!?」
無謀とすら言える彼女の行動に、ぎょっとしたミカが声をかけるが、ホビットの娘はそれに構っている暇はなかった。
目に見えないはずの攻撃をギリギリでいなし、≪早足の靴≫に包まれた足を複雑なダンスを踊るかのように動かして、自分の望む方へと精霊たちを誘導する。
アンジェの目配せに気付いたナイトが、力強い篭手で自分の主と仲間たちを階段を上がるほうへと追いやった。
「早く。これが彼女の狙いだ」
「でもナイト、アンジェさんが……!」
「勝算があるからやったんだろう。主や他の人が傷つく確率を、減らしてくれている。無碍にしてはいけない」
実際、ホビットの小さな身体は、驚くほど敏捷に動き続けている。
しかし、シシリーは嫌な予感が拭えなかった。
かつて商業都市レンドルで太古の悪霊と戦った時、アンジェは一度、”霧”の怪物の不可視の攻撃を最後まで回避することが出来ず、死線を彷徨っている。
今度もそういった事態が起こらないとは限らない――シシリーのそんな懸念を掠るかのように、アンジェの腿が薄く裂けた。
それでも、外套に包まれた彼女の動きが衰えることはない。
アンジェがついにジグザグのステップを踏んで仲間たちの元へ後退してきたのにタイミングを合わせ、狙い済ませたウィルバーとナイトの広範囲の攻撃が精霊たちへ叩き込まれた。
敵を一掃した魔術師が、秀でた額に浮いた冷や汗を拭う。
「ふう……やれやれ。これでは、命がいくつあっても足りませんよ」
独り言のように呟いたウィルバーのセリフに、応えた声があった。
「そうか。それでは、決着をつけよう」
深く、響く――そのくせ、芯を凍らせるような固さを感じさせる声音である。
「上がってくるがいい、外から来た者たちよ」
「……この声は……もしや……」
「親玉だろ。風の精霊の」
重そうな音を鳴らしながら、ロンドがスコップを担ぎ直した。
その厳つい顔には、強敵との戦いの予感にワクワクしている様子が窺える。
ニヤリ、と人の悪い笑みが口元に浮かぶ。
「ちょうどいい。ウィルバーさん、うざったい精霊どものエンカウントを止めさせるよう、親玉に話をつけようじゃないか」
「ペレ捜索の指揮権を得るには、まあ、そうなることも想定内でしたが……」
ぼやく魔術師は、≪海の呼び声≫という魔術回路を備えたアイテムに縋り、腰の辺りをトントンと叩きながら立ち上がる。
はあ、と深いため息が口から漏れた。
「本当に、命がいくつあっても足りません」
「でも――これはチャンスだわ」
やや紅潮した顔で、シシリーがウィルバーを振り返った。
少し伸びた金髪の端が、肩の辺りで揺れている。
「向こうからの申し出だもの。勝てば、ゼッヘも私たちを認めないわけにはいかない」
「そう上手く行くかは……ま、我々の立ち回り次第、ですか」
杖の宝玉に魔力を集中させたウィルバーは、手早く【風の鎧】の呪文を唱えて仲間たちの援護を行なった。
これは、深緑都市と呼ばれているロスウェルに立ち入った、他の宿の冒険者に頼んで買ってきてもらった呪文書であり、武器攻撃を回避する率を向上させる魔法だ。
テアが【愛の手管】で担っていた能力向上の手段を、彼も不十分ながら補うことが出来るよう精進したのである。
彼の意を汲み取ったミカとナイトも、各々に援護魔法を仲間たちのために唱えた。
さらにナイトは、雪で作られた馬を召喚してそれに跨った。
共鳴しあった魔力により、仄かなオレンジ色に輝く身体を動かし、彼らは東の旋風が待つ搭の頂上へと駆け上った。
露台の向こう――空中に、ターバンを風にはためかせた壮年の男性が浮いている。
男らしく引き結んでいた口が開き、重々しい固い声が投げつけられた。
「風の精から聞いている。メイリアはお前達を認めているようだが、私にとってそんな事はどうでも良い」
ひゅう……と、白い民族性の強い彼の衣装が、徐々に強風に煽られていく。
鉄灰色の瞳が、冒険者たちの中の束ね役である少女に向けられた。
「多かれ少なかれ、何らかの欲があってこの地に来たのだろう。得してそういうものだ」
だが、と彼は目を細めた。

「冒険者よ。自分がペレの失踪と無関係だと主張するならば、そなたの剣を以って、身の潔白を証明して見せるがいい……行くぞ!」
ゼッヘの周りに漂っていた風が、撓めた弦から矢を放つように、一瞬で四つの竜巻となって辺りをかき乱し始める。
ナイトの雪馬がそれに負けまいと冷気をぶつけ、たちまち周囲は混沌とした状況になった。
吹き飛ばされた小石に額をぶつけたアンジェが、
「痛い!」
と文句を言った。
ミカが首を傾げる。
「それより、腿の怪我の方が痛いんじゃないかと思うんですけど……」
「そっちは、おっちゃんが魔法で治してくれたもん。ううっ、女の子の顔になんてことするの」
なんとも呑気な会話だが、竜巻はますます勢力を挙げてパーティを吹き飛ばさんと迫ってくる。
風に飛ばされる枯れ木に腕を負傷しながらも、シシリーは愛剣を掲げて指示をした。
「みんな、竜巻に惑わされないで!操る人へ攻撃を集中するのよ!」
「おう!」
いち早くリーダーの言葉に返事を返したロンドが、大きな体躯に小さな傷を刻むカマイタチに一切構わず、真っ直ぐにゼッヘにスコップを振りかざした。
旋風を腕に纏って攻撃をいなそうとした戦神だったが、スコップの軌道は直前で目の前の空間を両断するだけに留まり、虚をつかれて戸惑ったゼッヘに、ロンドの重たい体が牛をも跳ね飛ばす勢いで背中から体当たりする。
「ぐっ……フェイントか!?」
「そういうこった!」
「どいて、ロンド!」
【風の鎧】の効果によっていつもより敏捷になったシシリーは、力強く床を蹴ってゼッヘに肉迫する。
法術によってうっすらと光を帯びた刀身が、ゼッヘの肩を切り下げた。
憤怒した風神は、怪我を負わなかった左腕を振って竜巻を操った。
「おのれえぇ、冒険者!!」
暴君と化した竜巻が、旗を掲げる爪を蹂躙する。
ゼッヘの間近にいたシシリーとロンドは、なす術もなくそれに巻き込まれた。
ミカとアンジェを庇ったナイトが、真っ向から吹き飛ばされて搭の石壁に叩きつけられ、ずるずると力なくずり落ちる。
ウィルバーは辛うじて魔法による白い翼を自分の前で交差させ、脆弱な身体を際どい所で守りつつ、仲間の惨状を見て呻いた。
「あまり長く時間をかけられませんね……」
「はい。なるべく一度に、大きなダメージを叩き込まないと……でも、私の魔法では……」
「今のミカでは無理ですね。ナイトは動けますか?」
「大事無い。やれる」
リビングメイルがガシャン、と黒いつや消しの鎧を鳴らして立ち上がる。
彼の手にある魔剣の刃が、高温による青い炎を宿して燃え盛り、ナイトをナイトたらしめている魔法の力が集中するのが分かる。
鎧の内側に竜血によって描かれた魔法陣が、一際強く光を放った。
ナイトが強い一撃を叩き込む前に、ミカとウィルバー、アンジェの攻撃が露払いをする。
ゼッヘは、今までに無い悪寒を感じて眉をひそめた。
「まさか……神ならざるものが勝とうと言うのか……?」
「見よ、東の旋風!汝を打ち倒す刃を!」
カッと閃光が搭の頂上を貫き――ついに、宙にあったゼッヘがよろめきながら床へと舞い降り、荒い息を吐きつつ膝を突いた。
「――私が、負けるとは……」
固い床を歩む音と共に、敗北に俯くゼッヘに、ほっそりとした人影がかかる。
神が顔を上げると、そこに赤い鎧を纏い灰色のマントを羽織った金髪の娘が、緊張をまだ白い顔に漂わせながらも、仲間たちの無実を示すように背筋を伸ばして立っていた。
「私たちの――旗を掲げる爪の潔白は、これで証明されましたか?」
「――外の者にしては良い目をしている。少なくとも、お前達ではなさそうだな」
ゼッヘは苦い笑いを浮かべると、
「仲直りの印だ。受け取れ」
とシシリーに向かってピンクゴールドの細い無垢な指輪を差し出した。
「これは……?」
「それは≪祈りの指輪≫だ。聖なる力が込められているから、祈りによって回復の奇跡を起こす。ただし、信仰厚きものでなくては扱えない」
「そんな貴重なものを……ありがとうございます」
さらにゼッヘは、この島にいる風の精たちに、冒険者への手出しをしないよう通達する旨を確約してくれた。
ペレの探索について全力を尽くすと申し出ると、彼は重々しく頷き、短く「頼む」とだけ言葉を添えた。
その憔悴した様子からすれば、恐らく休む間もなく島中を探し回っていたのだろう。
搭を出ていったん野宿した冒険者たちは、早く彼やメイリアの元へ娘を返してやろうと、再び捜索を開始した。
「ならば、余計に急いでゼッヘに会わなくては。精霊の言うとおり、陸と海のシガン島の勢力が戦争になったりすると、我々が巻き込まれてひどい目に合う公算が高い。そうなる前に、なるべく穏便にペレを帰してもらう、それしかありません」
息を弾ませながらも、さらに上りの階段へ足をかけようとしたウィルバーを、ロンドが腕を引いて止める。
「なっ……」
「しゃがんで!!」
覆い被さるようにして体勢を低くした2人の頭上を、聞き覚えのある音が過ぎ行く。
風を切る、という言葉の通りに過ぎたそれは、シガン島についてウィルバーが一番に食らったはずのものだった。
「風の攻撃!?」
目を瞠った魔術師の前方に、あの少年の姿を象った精霊たちが現れた。
舌打ちしたロンドが、スコップを素早く突き出す。

シシリーも愛剣である≪Beginning≫を抜き放ち、仲間の援護に回った。
「もう……急いでるのに!」
「この子達では未熟すぎて、人間との話合いはできませんわ!」
「ご主人様、一掃するしかないです!」
ムルとスピカが、絶え間なく不可視の刃で冒険者たちを傷つける風の精霊たちを睨みつけた。
ふと、腕輪からいつもの鋼糸を引き抜きかけたアンジェが、何かに気付いたような顔になる。
そして、効果のあるはずも無い、魔力の含まれていない攻撃を行なった。
当然、それは身体をすり抜けてしまうが、精霊たちの注意をひきつける役には立った。
「そら、こっちだよ!」
「ナマイキ!!」
「やっちゃえー!」
「アンジェさん!?」
無謀とすら言える彼女の行動に、ぎょっとしたミカが声をかけるが、ホビットの娘はそれに構っている暇はなかった。
目に見えないはずの攻撃をギリギリでいなし、≪早足の靴≫に包まれた足を複雑なダンスを踊るかのように動かして、自分の望む方へと精霊たちを誘導する。
アンジェの目配せに気付いたナイトが、力強い篭手で自分の主と仲間たちを階段を上がるほうへと追いやった。
「早く。これが彼女の狙いだ」
「でもナイト、アンジェさんが……!」
「勝算があるからやったんだろう。主や他の人が傷つく確率を、減らしてくれている。無碍にしてはいけない」
実際、ホビットの小さな身体は、驚くほど敏捷に動き続けている。
しかし、シシリーは嫌な予感が拭えなかった。
かつて商業都市レンドルで太古の悪霊と戦った時、アンジェは一度、”霧”の怪物の不可視の攻撃を最後まで回避することが出来ず、死線を彷徨っている。
今度もそういった事態が起こらないとは限らない――シシリーのそんな懸念を掠るかのように、アンジェの腿が薄く裂けた。
それでも、外套に包まれた彼女の動きが衰えることはない。
アンジェがついにジグザグのステップを踏んで仲間たちの元へ後退してきたのにタイミングを合わせ、狙い済ませたウィルバーとナイトの広範囲の攻撃が精霊たちへ叩き込まれた。
敵を一掃した魔術師が、秀でた額に浮いた冷や汗を拭う。
「ふう……やれやれ。これでは、命がいくつあっても足りませんよ」
独り言のように呟いたウィルバーのセリフに、応えた声があった。
「そうか。それでは、決着をつけよう」
深く、響く――そのくせ、芯を凍らせるような固さを感じさせる声音である。
「上がってくるがいい、外から来た者たちよ」
「……この声は……もしや……」
「親玉だろ。風の精霊の」
重そうな音を鳴らしながら、ロンドがスコップを担ぎ直した。
その厳つい顔には、強敵との戦いの予感にワクワクしている様子が窺える。
ニヤリ、と人の悪い笑みが口元に浮かぶ。
「ちょうどいい。ウィルバーさん、うざったい精霊どものエンカウントを止めさせるよう、親玉に話をつけようじゃないか」
「ペレ捜索の指揮権を得るには、まあ、そうなることも想定内でしたが……」
ぼやく魔術師は、≪海の呼び声≫という魔術回路を備えたアイテムに縋り、腰の辺りをトントンと叩きながら立ち上がる。
はあ、と深いため息が口から漏れた。
「本当に、命がいくつあっても足りません」
「でも――これはチャンスだわ」
やや紅潮した顔で、シシリーがウィルバーを振り返った。
少し伸びた金髪の端が、肩の辺りで揺れている。
「向こうからの申し出だもの。勝てば、ゼッヘも私たちを認めないわけにはいかない」
「そう上手く行くかは……ま、我々の立ち回り次第、ですか」
杖の宝玉に魔力を集中させたウィルバーは、手早く【風の鎧】の呪文を唱えて仲間たちの援護を行なった。
これは、深緑都市と呼ばれているロスウェルに立ち入った、他の宿の冒険者に頼んで買ってきてもらった呪文書であり、武器攻撃を回避する率を向上させる魔法だ。
テアが【愛の手管】で担っていた能力向上の手段を、彼も不十分ながら補うことが出来るよう精進したのである。
彼の意を汲み取ったミカとナイトも、各々に援護魔法を仲間たちのために唱えた。
さらにナイトは、雪で作られた馬を召喚してそれに跨った。
共鳴しあった魔力により、仄かなオレンジ色に輝く身体を動かし、彼らは東の旋風が待つ搭の頂上へと駆け上った。
露台の向こう――空中に、ターバンを風にはためかせた壮年の男性が浮いている。
男らしく引き結んでいた口が開き、重々しい固い声が投げつけられた。
「風の精から聞いている。メイリアはお前達を認めているようだが、私にとってそんな事はどうでも良い」
ひゅう……と、白い民族性の強い彼の衣装が、徐々に強風に煽られていく。
鉄灰色の瞳が、冒険者たちの中の束ね役である少女に向けられた。
「多かれ少なかれ、何らかの欲があってこの地に来たのだろう。得してそういうものだ」
だが、と彼は目を細めた。

「冒険者よ。自分がペレの失踪と無関係だと主張するならば、そなたの剣を以って、身の潔白を証明して見せるがいい……行くぞ!」
ゼッヘの周りに漂っていた風が、撓めた弦から矢を放つように、一瞬で四つの竜巻となって辺りをかき乱し始める。
ナイトの雪馬がそれに負けまいと冷気をぶつけ、たちまち周囲は混沌とした状況になった。
吹き飛ばされた小石に額をぶつけたアンジェが、
「痛い!」
と文句を言った。
ミカが首を傾げる。
「それより、腿の怪我の方が痛いんじゃないかと思うんですけど……」
「そっちは、おっちゃんが魔法で治してくれたもん。ううっ、女の子の顔になんてことするの」
なんとも呑気な会話だが、竜巻はますます勢力を挙げてパーティを吹き飛ばさんと迫ってくる。
風に飛ばされる枯れ木に腕を負傷しながらも、シシリーは愛剣を掲げて指示をした。
「みんな、竜巻に惑わされないで!操る人へ攻撃を集中するのよ!」
「おう!」
いち早くリーダーの言葉に返事を返したロンドが、大きな体躯に小さな傷を刻むカマイタチに一切構わず、真っ直ぐにゼッヘにスコップを振りかざした。
旋風を腕に纏って攻撃をいなそうとした戦神だったが、スコップの軌道は直前で目の前の空間を両断するだけに留まり、虚をつかれて戸惑ったゼッヘに、ロンドの重たい体が牛をも跳ね飛ばす勢いで背中から体当たりする。
「ぐっ……フェイントか!?」
「そういうこった!」
「どいて、ロンド!」
【風の鎧】の効果によっていつもより敏捷になったシシリーは、力強く床を蹴ってゼッヘに肉迫する。
法術によってうっすらと光を帯びた刀身が、ゼッヘの肩を切り下げた。
憤怒した風神は、怪我を負わなかった左腕を振って竜巻を操った。
「おのれえぇ、冒険者!!」
暴君と化した竜巻が、旗を掲げる爪を蹂躙する。
ゼッヘの間近にいたシシリーとロンドは、なす術もなくそれに巻き込まれた。
ミカとアンジェを庇ったナイトが、真っ向から吹き飛ばされて搭の石壁に叩きつけられ、ずるずると力なくずり落ちる。
ウィルバーは辛うじて魔法による白い翼を自分の前で交差させ、脆弱な身体を際どい所で守りつつ、仲間の惨状を見て呻いた。
「あまり長く時間をかけられませんね……」
「はい。なるべく一度に、大きなダメージを叩き込まないと……でも、私の魔法では……」
「今のミカでは無理ですね。ナイトは動けますか?」
「大事無い。やれる」
リビングメイルがガシャン、と黒いつや消しの鎧を鳴らして立ち上がる。
彼の手にある魔剣の刃が、高温による青い炎を宿して燃え盛り、ナイトをナイトたらしめている魔法の力が集中するのが分かる。
鎧の内側に竜血によって描かれた魔法陣が、一際強く光を放った。
ナイトが強い一撃を叩き込む前に、ミカとウィルバー、アンジェの攻撃が露払いをする。
ゼッヘは、今までに無い悪寒を感じて眉をひそめた。
「まさか……神ならざるものが勝とうと言うのか……?」
「見よ、東の旋風!汝を打ち倒す刃を!」
カッと閃光が搭の頂上を貫き――ついに、宙にあったゼッヘがよろめきながら床へと舞い降り、荒い息を吐きつつ膝を突いた。
「――私が、負けるとは……」
固い床を歩む音と共に、敗北に俯くゼッヘに、ほっそりとした人影がかかる。
神が顔を上げると、そこに赤い鎧を纏い灰色のマントを羽織った金髪の娘が、緊張をまだ白い顔に漂わせながらも、仲間たちの無実を示すように背筋を伸ばして立っていた。
「私たちの――旗を掲げる爪の潔白は、これで証明されましたか?」
「――外の者にしては良い目をしている。少なくとも、お前達ではなさそうだな」
ゼッヘは苦い笑いを浮かべると、
「仲直りの印だ。受け取れ」
とシシリーに向かってピンクゴールドの細い無垢な指輪を差し出した。
「これは……?」
「それは≪祈りの指輪≫だ。聖なる力が込められているから、祈りによって回復の奇跡を起こす。ただし、信仰厚きものでなくては扱えない」
「そんな貴重なものを……ありがとうございます」
さらにゼッヘは、この島にいる風の精たちに、冒険者への手出しをしないよう通達する旨を確約してくれた。
ペレの探索について全力を尽くすと申し出ると、彼は重々しく頷き、短く「頼む」とだけ言葉を添えた。
その憔悴した様子からすれば、恐らく休む間もなく島中を探し回っていたのだろう。
搭を出ていったん野宿した冒険者たちは、早く彼やメイリアの元へ娘を返してやろうと、再び捜索を開始した。
2016/12/17 11:46 [edit]
category: シガン島の冒険
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Sat.
シガン島の冒険その2 
シガン島の中心を東西に分ける、黒々とした山脈。
その麓の一部をくり抜いた洞窟から脱出した先に現れたのは、昼でも灯火が必要になるほど暗い密林であった。
シシリーのベルトポーチから解放されているランプさんが、洞窟から引き続き、ふよふよと漂いながら冒険者たちの道程を照らしている。
腐葉土の特有の湿った匂いが、踏みしめた大地から立ち昇る。
その麓の一部をくり抜いた洞窟から脱出した先に現れたのは、昼でも灯火が必要になるほど暗い密林であった。
シシリーのベルトポーチから解放されているランプさんが、洞窟から引き続き、ふよふよと漂いながら冒険者たちの道程を照らしている。
腐葉土の特有の湿った匂いが、踏みしめた大地から立ち昇る。
-- 続きを読む --
シシリーの肩に止まったスピカが、キラキラした翼を少し広げて警告をした。
「木々の精霊の力を感じます、ご主人様」
「……ドライアードか」
一般的に森の聖霊とも呼ばれているドライアードは、内気な傾向が見られるものの、比較的大人しいものが多い。
普段であれば、森の中で火を使ったりしない限りは人間たちへ害を及ぼすこともないはずなのだが、スピカの言によると、やはりペレが居なくなりメイリアが悲しんでいる影響が出ているのか、ずいぶんと殺気立っているらしい。
かつて、妖精に招かれた”本当の森”で暴れていた魔神とドライアードのことを思い出し、アンジェがぶるりと身を震わせる。
「毒を吐かれたり花になったりするのは、嫌だなあ……」
「大丈夫だ、花なら叩けば直る」
「兄ちゃん、今返答に容赦なかったね。……あの妖精、元気でやってるかな」
「あれだけしっかりしてたんだ、やってるだろ。ムル、ちょっと道を探ってみてくれないか?」
「はい、お任せを」
ロンドの頭に乗っていたムルが、ふわりと浮遊して辺りの地面を調査し始めた。
以前は野外の探索についてテーゼンがやっていたものだが、ムルも自分の住んでいた森を守る内に、野外活動の心得を得ているので、代わりを務めるようになった。
倒木や捩じれた木々の重なる中、辛うじて獣道を見出した妖精は、ランプさんを呼んで行く先を明るくしてもらった。
「ここから行けます」
「よし……行くとするか」
「ええ、そうね」
妖精と精霊の先導により、密林の奥へと踏み入った冒険者たちだったが――。
いくらも行かないうちに、たちまち周りの樹木が大地から根を己の意思で引き抜き、恐ろしく堅牢な佇まいを見せながら彼らを包囲しようと動き始めた。
「まともに相手なんてしてられないわ、隙を見つけて走るのよ!」
リーダーであるシシリーの指示で、鈍い動きのドライアードたちを回避しつつダッシュする。
しかし、巧みな位置取りにより、ついに追い詰められてしまった。
いち早くそれに気付いたウィルバーが、静かに首を横に振る。
「これ以上は無理です。ここで撃退しなければ……」
「くっ……。仕方ないわね」
「こんな所で、植物と戦うことになるなんて……」
ミカの哀しげな常緑樹の瞳が、ざわめくドライアードたちを見つめた。

桜の精が分け与えて作らせたという≪桜の鍵≫は、知力と優しい心を持つ者に従うらしい――彼女の握る薄紅色の宝玉が嵌まった発動体が、所有者の魔力に反応して輝き始めた。
ドライアードたちの敵意に反応して、キイイィィン……という透明な音を立てる。
一歩、誰よりも前に踏み込んだロンドがスコップを掲げ、さっそく腿に突き刺さってきた細く尖った枝を、怪我を気にすることなく粉砕する。
「さあ来い、片っ端からぶん殴ってやる!」
「もう……乱暴、なん、だからっ!」
アンジェが妙に言葉を切りながら喋っているのは、次々と身体を貫かんと迫ってくる枝を、≪抗魔の外套≫の裾で捌きながら回避し続けているからである。
隙を見つけてダガーを取り出すと、間一髪のところで避けた枝に切りつけた。
ウィルバーとミカも襲われてかなりの傷を負っていたのだが、2人の前に本職の騎士もかくやという頼もしさでナイトが立ちはだかり、ムルの援護を受けつつ縦横無尽に剣を振るっている後ろで治療に専念していた。
それに安堵したシシリーは、法力を長剣の刃に集中させて鋭く踏み込み、真っ向からその煌めく刃で敵を断ち割った。
「ふっ!」
「キシャアァァァアア…!!」
さすがに一撃では仕留めきれず、その場で太い枝に胸部を叩かれてダメージを負ったが、咄嗟に攻撃に合わせて後方に飛んだおかげで、致命傷にまでならずに済んでいる。
さらなる追撃が来るかと構えていたが、シシリーの眼前をウィルバーの放った冷気の塊や、ミカの掌から出現した花弁が通り過ぎ、ドライアードの数体が力を失って倒れた。
未だ残っているものも、即座に振るわれた燃え盛るスコップの前に散るしかなかった。
「ふう、やれやれ……」
「ロンド、足の怪我は平気なの?」
「深くはない。止血すれば、魔法を使わなくてもどうにかなるだろ」
彼は携帯していた布で傷口を塞ぎ、包帯できつく巻いた。
「とりあえずさ、歩きながらでもいいから、食事しながら行かない?」
荷物袋からお菓子を取り出すと、アンジェはにこりと笑って兄と慕う人物へ差し出した。
「そろそろお腹空いたでしょ、兄ちゃん。実はあたしもなんだよね」
「そういえばそうだな。やれやれ、指摘されるまで気付かないとは、俺も焼きが回ったものだ」
ロンドが大きな口を開けてマドレーヌに齧り付くと、ふんわりとした甘味が広がる。
激しい戦いに強張っていた筋肉が弛緩し、思わず笑いが漏れた。
咀嚼はするものの足を止めることはせず、ムルの案内でナイトが先陣を歩き始めたのを機に、他の者たちも移動をした。
「それにしても……ペレがこの島のどこかに閉じ込められているとして、どうして見つからないのかしら。意図的に隠れている……ということはあり得る?」
「私も考えなかったわけではないんですがね。それを判断するのには、普段のペレの様子などを知っていないとちょっと難しいですよ。ま、なくはない、といった所でしょうか」
「ん~、でも、お母さんと離れてかあ……」
シシリーやウィルバーの意見交換を聞いて、アンジェがふと空を見上げる。
何しろ、自分にしろ姉にしろ兄にしろ、”お母さん”と呼べる相手はいない。
孤児院では院長が親代わりとなり、近くの村の女性たちが女手の足りないところを補ってくれていたとは言え、
(本当のお母さんって言うのは、きっと近所の親切なおばちゃんたちとは、どこかが違うんだろうなあ……。)
と思っている。
赤子の時にパン籠に入れた状態で親から院長へと預けられていたアンジェにとっては、もはや親など記憶の中に影も形もない対象だが、不思議と憎しみは湧かない。
それもこれも、親を恋しがる暇など与えないほど、親身になり可愛がってくれた院長や、喧嘩も友情も育んだ同じ孤児院の子どもたちのおかげではあるのだが、妙なところでリアリストの彼女の性向が特殊だったという理由もあるのだろう。
「……普通の子どもって、さあ。あんまり長く親と離れていたいとは思わないよね?」
「えっと、親にもよりますけど、そうだと思います」
ミカがこくんと頷く。
だって、と彼女は続けた。
「最初は良くても、どうしたって何か目新しいものを見たり貰ったりすれば、やっぱり『家族とか大事な人に見せたい』って、考えたりするんじゃないでしょうか。それを考慮すると、本人の希望と関係なしに閉じ込められている可能性も……」
「主」
前方を歩いていたはずのナイトが、いつの間にか足を止めている。
怪訝な顔つきになったアンジェが忍び足で彼に並び、同じ方向を見やった。
「あ……」
陽だまりで出来た絨毯、という言葉がホビットの娘の頭に浮かんだ。
柔らかに揺れる黄色い花たちは、太陽をたっぷり浴びた菜の花であった。
微風に揺れる群れの向こうに、ほっそりとした背の高い人影が見える。
人影は呆然と佇む冒険者たちに気付いたらしく、こちらへと――花を掻き分けるのではなく、まるで花がかの人影に従って道を空けているようだ――歩み寄ってくる。
ミカの使う発動体と同じ色をした花弁を漂わせた麗人は、ロンドが掴んだらぽっきりと折ってしまいそうなほど細い手を胸に当てて、

「旅の方、私の娘を知りませんか?」
と尋ねてきた。
旗を掲げる爪の面々が静かに首を横に振る中、一歩進んだシシリーがそっと口を開いた。
「あなた――イーストガーデンの主の、メイリアさん?」
「はい。花の女神であり、この庭園の主でもあります……もしかして、あなた方は花の精が言っていたボウケンシャ、ですか?」
「ええ。リューンから来た冒険者の、旗を掲げる爪です。ペレのお母さんですね」
「ああ、ペレ……何処に行ってしまったの?どこかでお腹を空かせていないかしら?寂しい思いをして泣いていないかしら?」
娘の名前に反応し、女神はさめざめと濃いピンクの瞳から涙を零した。
アタナシウスと似たような色合いにたじろぎはしたものの、双眸に宿っているのは、ただ子を案じる母性と悲哀だけであることを察し、シシリーは辛うじて質問を重ねることが出来た。
ペレは、メイリアと風の戦神であったゼッヘの間に遅くに出来た子で、大事に何不自由なく育てたために、外の世界のこと――とりわけ、害意ある者の存在を知らないらしい。
メイリアの能力は、植物達に季節を告げ、花を咲かせたり実を結ばせるのが主な仕事であるために、娘の探索には不向きだろうと、夫に任せてあるのだが、一向にペレの行方は知れない。
「風はあらゆる場所を駆け巡るもの。それを統べるゼッヘが見つけ出せないなんて……」
「ペレの捜索は、私たちもお手伝いします。どうか、ここで待っていてください」
「ありがとうございます。では、これを――」
メイリアは薄い掌をこちらに向けると、フッと円を描くように動かした。
すると、冒険者たちの体から、仄かな金木犀のような甘い匂いが漂う。
「その花の香りは私に認められたという証です。皆が皆とまでは言えませんが、島の多くの精霊達が、貴方たちの力になることでしょう」
そして、さらに女神は黄金色をした梨のような形の果実を差し出してきた。
ロンドの拳大より一回り小さいくらいだが、驚くほどずっしりと重い。
「この実はあの子の好物です。もしお腹を空かせていたら、食べさせてあげてください」
(一部の)冒険者たちの間に、この短い期間に二度も重ねられたペレの特徴について疑問がもやもやと湧き出てくる。
他者からの目配せを受けたウィルバーが、そろりと手を挙げた。
その顔には、まさかあり得ないだろうけどという逡巡が垣間見えている。
「……あの、女神メイリア。一つお尋ねしたいのですが……」
「なんでしょう?」
「もしかして、ペレさんは……結構、大食漢だったり?」
非常にしづらい質問に対して、はたして女神は、そっと目を斜め下に逸らした。
そのまま、しばし沈黙が彼らの間に流れる。
事情がまだ把握出来ていないロンドとナイト以外、全員が心の中で、「まさか神族ともあろう者が食べ物に釣られて誘拐されたんじゃ……」と思っているのである。
「……ラフラの実以上に気に入っているものは、ないと思います。はい」
「はあ……承知しました。外見の特徴だけ、教えてください」
全ての情報を得てからイーストガーデンを離れた後、ナイトが薄毛の魔術師へ己の疑問を素直に口にした。
「神族とは、皆あのような者なのか?」
「……あれがスタンダートじゃないことだけは、確かです」
「木々の精霊の力を感じます、ご主人様」
「……ドライアードか」
一般的に森の聖霊とも呼ばれているドライアードは、内気な傾向が見られるものの、比較的大人しいものが多い。
普段であれば、森の中で火を使ったりしない限りは人間たちへ害を及ぼすこともないはずなのだが、スピカの言によると、やはりペレが居なくなりメイリアが悲しんでいる影響が出ているのか、ずいぶんと殺気立っているらしい。
かつて、妖精に招かれた”本当の森”で暴れていた魔神とドライアードのことを思い出し、アンジェがぶるりと身を震わせる。
「毒を吐かれたり花になったりするのは、嫌だなあ……」
「大丈夫だ、花なら叩けば直る」
「兄ちゃん、今返答に容赦なかったね。……あの妖精、元気でやってるかな」
「あれだけしっかりしてたんだ、やってるだろ。ムル、ちょっと道を探ってみてくれないか?」
「はい、お任せを」
ロンドの頭に乗っていたムルが、ふわりと浮遊して辺りの地面を調査し始めた。
以前は野外の探索についてテーゼンがやっていたものだが、ムルも自分の住んでいた森を守る内に、野外活動の心得を得ているので、代わりを務めるようになった。
倒木や捩じれた木々の重なる中、辛うじて獣道を見出した妖精は、ランプさんを呼んで行く先を明るくしてもらった。
「ここから行けます」
「よし……行くとするか」
「ええ、そうね」
妖精と精霊の先導により、密林の奥へと踏み入った冒険者たちだったが――。
いくらも行かないうちに、たちまち周りの樹木が大地から根を己の意思で引き抜き、恐ろしく堅牢な佇まいを見せながら彼らを包囲しようと動き始めた。
「まともに相手なんてしてられないわ、隙を見つけて走るのよ!」
リーダーであるシシリーの指示で、鈍い動きのドライアードたちを回避しつつダッシュする。
しかし、巧みな位置取りにより、ついに追い詰められてしまった。
いち早くそれに気付いたウィルバーが、静かに首を横に振る。
「これ以上は無理です。ここで撃退しなければ……」
「くっ……。仕方ないわね」
「こんな所で、植物と戦うことになるなんて……」
ミカの哀しげな常緑樹の瞳が、ざわめくドライアードたちを見つめた。

桜の精が分け与えて作らせたという≪桜の鍵≫は、知力と優しい心を持つ者に従うらしい――彼女の握る薄紅色の宝玉が嵌まった発動体が、所有者の魔力に反応して輝き始めた。
ドライアードたちの敵意に反応して、キイイィィン……という透明な音を立てる。
一歩、誰よりも前に踏み込んだロンドがスコップを掲げ、さっそく腿に突き刺さってきた細く尖った枝を、怪我を気にすることなく粉砕する。
「さあ来い、片っ端からぶん殴ってやる!」
「もう……乱暴、なん、だからっ!」
アンジェが妙に言葉を切りながら喋っているのは、次々と身体を貫かんと迫ってくる枝を、≪抗魔の外套≫の裾で捌きながら回避し続けているからである。
隙を見つけてダガーを取り出すと、間一髪のところで避けた枝に切りつけた。
ウィルバーとミカも襲われてかなりの傷を負っていたのだが、2人の前に本職の騎士もかくやという頼もしさでナイトが立ちはだかり、ムルの援護を受けつつ縦横無尽に剣を振るっている後ろで治療に専念していた。
それに安堵したシシリーは、法力を長剣の刃に集中させて鋭く踏み込み、真っ向からその煌めく刃で敵を断ち割った。
「ふっ!」
「キシャアァァァアア…!!」
さすがに一撃では仕留めきれず、その場で太い枝に胸部を叩かれてダメージを負ったが、咄嗟に攻撃に合わせて後方に飛んだおかげで、致命傷にまでならずに済んでいる。
さらなる追撃が来るかと構えていたが、シシリーの眼前をウィルバーの放った冷気の塊や、ミカの掌から出現した花弁が通り過ぎ、ドライアードの数体が力を失って倒れた。
未だ残っているものも、即座に振るわれた燃え盛るスコップの前に散るしかなかった。
「ふう、やれやれ……」
「ロンド、足の怪我は平気なの?」
「深くはない。止血すれば、魔法を使わなくてもどうにかなるだろ」
彼は携帯していた布で傷口を塞ぎ、包帯できつく巻いた。
「とりあえずさ、歩きながらでもいいから、食事しながら行かない?」
荷物袋からお菓子を取り出すと、アンジェはにこりと笑って兄と慕う人物へ差し出した。
「そろそろお腹空いたでしょ、兄ちゃん。実はあたしもなんだよね」
「そういえばそうだな。やれやれ、指摘されるまで気付かないとは、俺も焼きが回ったものだ」
ロンドが大きな口を開けてマドレーヌに齧り付くと、ふんわりとした甘味が広がる。
激しい戦いに強張っていた筋肉が弛緩し、思わず笑いが漏れた。
咀嚼はするものの足を止めることはせず、ムルの案内でナイトが先陣を歩き始めたのを機に、他の者たちも移動をした。
「それにしても……ペレがこの島のどこかに閉じ込められているとして、どうして見つからないのかしら。意図的に隠れている……ということはあり得る?」
「私も考えなかったわけではないんですがね。それを判断するのには、普段のペレの様子などを知っていないとちょっと難しいですよ。ま、なくはない、といった所でしょうか」
「ん~、でも、お母さんと離れてかあ……」
シシリーやウィルバーの意見交換を聞いて、アンジェがふと空を見上げる。
何しろ、自分にしろ姉にしろ兄にしろ、”お母さん”と呼べる相手はいない。
孤児院では院長が親代わりとなり、近くの村の女性たちが女手の足りないところを補ってくれていたとは言え、
(本当のお母さんって言うのは、きっと近所の親切なおばちゃんたちとは、どこかが違うんだろうなあ……。)
と思っている。
赤子の時にパン籠に入れた状態で親から院長へと預けられていたアンジェにとっては、もはや親など記憶の中に影も形もない対象だが、不思議と憎しみは湧かない。
それもこれも、親を恋しがる暇など与えないほど、親身になり可愛がってくれた院長や、喧嘩も友情も育んだ同じ孤児院の子どもたちのおかげではあるのだが、妙なところでリアリストの彼女の性向が特殊だったという理由もあるのだろう。
「……普通の子どもって、さあ。あんまり長く親と離れていたいとは思わないよね?」
「えっと、親にもよりますけど、そうだと思います」
ミカがこくんと頷く。
だって、と彼女は続けた。
「最初は良くても、どうしたって何か目新しいものを見たり貰ったりすれば、やっぱり『家族とか大事な人に見せたい』って、考えたりするんじゃないでしょうか。それを考慮すると、本人の希望と関係なしに閉じ込められている可能性も……」
「主」
前方を歩いていたはずのナイトが、いつの間にか足を止めている。
怪訝な顔つきになったアンジェが忍び足で彼に並び、同じ方向を見やった。
「あ……」
陽だまりで出来た絨毯、という言葉がホビットの娘の頭に浮かんだ。
柔らかに揺れる黄色い花たちは、太陽をたっぷり浴びた菜の花であった。
微風に揺れる群れの向こうに、ほっそりとした背の高い人影が見える。
人影は呆然と佇む冒険者たちに気付いたらしく、こちらへと――花を掻き分けるのではなく、まるで花がかの人影に従って道を空けているようだ――歩み寄ってくる。
ミカの使う発動体と同じ色をした花弁を漂わせた麗人は、ロンドが掴んだらぽっきりと折ってしまいそうなほど細い手を胸に当てて、

「旅の方、私の娘を知りませんか?」
と尋ねてきた。
旗を掲げる爪の面々が静かに首を横に振る中、一歩進んだシシリーがそっと口を開いた。
「あなた――イーストガーデンの主の、メイリアさん?」
「はい。花の女神であり、この庭園の主でもあります……もしかして、あなた方は花の精が言っていたボウケンシャ、ですか?」
「ええ。リューンから来た冒険者の、旗を掲げる爪です。ペレのお母さんですね」
「ああ、ペレ……何処に行ってしまったの?どこかでお腹を空かせていないかしら?寂しい思いをして泣いていないかしら?」
娘の名前に反応し、女神はさめざめと濃いピンクの瞳から涙を零した。
アタナシウスと似たような色合いにたじろぎはしたものの、双眸に宿っているのは、ただ子を案じる母性と悲哀だけであることを察し、シシリーは辛うじて質問を重ねることが出来た。
ペレは、メイリアと風の戦神であったゼッヘの間に遅くに出来た子で、大事に何不自由なく育てたために、外の世界のこと――とりわけ、害意ある者の存在を知らないらしい。
メイリアの能力は、植物達に季節を告げ、花を咲かせたり実を結ばせるのが主な仕事であるために、娘の探索には不向きだろうと、夫に任せてあるのだが、一向にペレの行方は知れない。
「風はあらゆる場所を駆け巡るもの。それを統べるゼッヘが見つけ出せないなんて……」
「ペレの捜索は、私たちもお手伝いします。どうか、ここで待っていてください」
「ありがとうございます。では、これを――」
メイリアは薄い掌をこちらに向けると、フッと円を描くように動かした。
すると、冒険者たちの体から、仄かな金木犀のような甘い匂いが漂う。
「その花の香りは私に認められたという証です。皆が皆とまでは言えませんが、島の多くの精霊達が、貴方たちの力になることでしょう」
そして、さらに女神は黄金色をした梨のような形の果実を差し出してきた。
ロンドの拳大より一回り小さいくらいだが、驚くほどずっしりと重い。
「この実はあの子の好物です。もしお腹を空かせていたら、食べさせてあげてください」
(一部の)冒険者たちの間に、この短い期間に二度も重ねられたペレの特徴について疑問がもやもやと湧き出てくる。
他者からの目配せを受けたウィルバーが、そろりと手を挙げた。
その顔には、まさかあり得ないだろうけどという逡巡が垣間見えている。
「……あの、女神メイリア。一つお尋ねしたいのですが……」
「なんでしょう?」
「もしかして、ペレさんは……結構、大食漢だったり?」
非常にしづらい質問に対して、はたして女神は、そっと目を斜め下に逸らした。
そのまま、しばし沈黙が彼らの間に流れる。
事情がまだ把握出来ていないロンドとナイト以外、全員が心の中で、「まさか神族ともあろう者が食べ物に釣られて誘拐されたんじゃ……」と思っているのである。
「……ラフラの実以上に気に入っているものは、ないと思います。はい」
「はあ……承知しました。外見の特徴だけ、教えてください」
全ての情報を得てからイーストガーデンを離れた後、ナイトが薄毛の魔術師へ己の疑問を素直に口にした。
「神族とは、皆あのような者なのか?」
「……あれがスタンダートじゃないことだけは、確かです」
2016/12/17 11:43 [edit]
category: シガン島の冒険
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Sat.
シガン島の冒険その1 
アンジェは相手に向ける胡散臭そうな視線を改めることもせず、反復した。
「――イーストガーデン、だって?」
「本当だって!ほら、この果物なんて、普通の市場で売ってるものとは全然違うだろ!」
髭が伸び放題になっている後輩冒険者が荷物袋から転がしたのは、確かに今まで彼女が見たこともない果実であった。
イーストガーデン。
東方に眠ると言う、御伽噺や伝説に語られるだけの妖精郷である。
この冒険者は偶然にもその妖精郷に辿り着き、命からがら逃げてきたのだと主張している。

「――イーストガーデン、だって?」
「本当だって!ほら、この果物なんて、普通の市場で売ってるものとは全然違うだろ!」
髭が伸び放題になっている後輩冒険者が荷物袋から転がしたのは、確かに今まで彼女が見たこともない果実であった。
イーストガーデン。
東方に眠ると言う、御伽噺や伝説に語られるだけの妖精郷である。
この冒険者は偶然にもその妖精郷に辿り着き、命からがら逃げてきたのだと主張している。

-- 続きを読む --
昼日中の光を弾く、ハート型の赤い果実を見下ろしながら、アンジェは言った。
「それで、うちのパーティにどうしろって言うのさ?」
「この情報を買って欲しい。並みの冒険者じゃ、あそこを訪れることすら出来ない――本当の、秘境への冒険だぜ。あんたたちは確か、精霊や妖精の支配する森にも立ち入ったことがあるんだろう?」
彼の言うのは、オレンジ色の羽根を持つ妖精が、空間転移魔法で(無理矢理に)旗を掲げる爪を自分たちの領域へ招き、ドライアードに憑依した魔神と戦った時のことである。
パーティから離脱する前に、テアがその経験を途中まで歌にまとめていたものを、同じ≪狼の隠れ家≫に所属する吟遊詩人が引き継いでバラッドに仕立てたので、同宿の者の大半はその時の冒険のことを知るに至っていた。
ゆえに、相手が自分たちの冒険を知っていることに驚くことはせず、ただアンジェは腕を組んで唸った。
「秘境冒険……ねえ」
そういえば今までやったことがなかったっけ、と思った。
悪党の討伐や遺跡探索などは何度も行ったことがあるものの、前人未到の地を開拓する――そういった仕事を受けた覚えは、彼女の覚えている限りないはずである。
鉱精ユークレースに外の世界をたくさん見せるという大義名分もあるし、たまにはそんな仕事もいいか、と判断したホビットの娘は、後輩に情報を買うと確約し、彼の見つけた妖精郷がどこにあるかを問うた。
「東のシガン島だよ!」
――これが、実に12日前の話である。
「花々が咲き乱れる土地……」
パーティリーダーであるシシリーは、周りを見渡して呟いた。
前の依頼で、花にまつわる魔法生物と戦った記憶が新しいだけに、そういった土地へ赴くのにいささかの逡巡がないわけではないらしい。
とは言え、一応冒険者の端くれ。
未だはっきりと探索した者のいない土地と言う前情報に、ワクワクが抑えきれなかったのも事実である。
シガン島へ渡るために借り受けた船から、常になく不安げにどうにか下りてきたロンドが、
「いまいち飲み込めてないんだが……今回の目的は、妖精郷を見つければいいのか?」
と尋ねた。
「そうね。伝説に謳われるイーストガーデン……花の女神が住まうという場所を確認するだけで、旗を掲げる爪の名声はさらに高まるでしょうね。出来ればもう少し、この島についても色々と調査した方がいいと思うけど……」
「もし調査できるのなら、是非そうすべきですよ」
ウィルバーが口を挟む。
「この土地については、賢者の搭でもあまり詳しくは分かっていません。ここで我々がちゃんとした調査を行うことができれば、搭から幾ばくかの調査費用を引き出すことも可能では?」
「シガン島に渡るだけでこんなに時間が掛かるなら、賢者の搭だってそうそう人員を派遣することもできないでしょうしね……ウィルバーさんの考え、良いと思いますよ……ううっ、足がふらふらする……」
「主、俺に捕まるといい」
ウィルバーに賛同しようとしたミカがよろけるのに、すかさずナイトが篭手を差し出した。
疲労はリビングメイルとは無縁のものとは言え、一度落ちたら助からないだろう海上に連れて来られながら、その挙措は落ち着いたものである。
後輩から島の件について情報を買い上げたアンジェは、甲板などに忘れ物がないかを確認した後、一番最後に下船した。
後輩の証言では役に立たなかった為、いちからマッピングしようと羊皮紙を取り出す。
そんな彼女の様子に気付いたウィルバーは、
「どれ、上空から少し地形を見てみましょうか」
と言って【飛翼の術】を唱え、背に白い羽根を生やした。
そして、どっこいしょ等という年寄りくさい掛け声とともに、空へ浮かぼうとした、その時。
シュゥ……という風を切るような音とほぼ同時、パッと宙に赤い華が咲いた。
「ぐ……あっ!?」
背中に負った翼から、羽毛が雪のように散る。
「ちょ、おっちゃん!?」
「ウィルバーさん!」
慌ててミカが駆け寄ろうとするのを、ナイトが肩を掴んで止める。
危うく地にそのまま倒れるところだった身体を、ロンドが片腕で受け止めた。
ひとまず安堵し、なぜ邪魔を、と従者たるリビングメイルを咎めようとしたミカの足元が、鋭利な槍で突いたかのごとく深く抉れる。
「え……!?」
「何か、いる」
「卑怯者、姿を現しなさい!」
抜刀して言い放ったシシリーの3メートル前方に、ホビットであるアンジェよりも小柄で痩せっぽっちの少年が空中から唐突に現れた。
その背には、被害者たるウィルバーとは違う蜻蛉のような透明な羽が生えている。
「お前たちだな!」
と口にした少年の双眸には、これ以上ない焦燥と憎悪が宿っていた。
「え……?」
「ご主人様、こいつら風の眷属です!」
少年の年に似合わぬ剣幕とセリフに戸惑っていたシシリーへ、フォウであるスピカがベルトポーチから飛び立って忠告した。
光の精霊であるスピカには、他の精霊が分かるのである。
「陽気で正直者の風の眷属が、どうして……!?」
驚くフォウの様子には構うことなく、次から次へと現れた風の精霊たちは、よそ者を許すなと言わんばかりに風で出来た不可視の刃を飛ばしてくる。
鉱精ユークレースが負傷したウィルバーを癒す間、他の仲間たちは慌てて身を翻した。
ミカに魔術師を託したロンドが殴りつけようとするも、正式な召喚の儀で現出したわけではないため、拳による攻撃がすり抜けてしまう。
「何て厄介な奴らだ!」

「ええいー!」
「やっちまえー!」
「ちょっと、危ないってば!」
「やめなさい、風の精霊!いったい、何の話をしているの!?」
アンジェやシシリーの制止も空しく、さらに風の刃は脇腹や脛を傷つけて流血を強いていく。
話が通じる余地はないと断じたナイトが、竜の息吹が宿った剣を閃かした。
魔力を散じる恐るべき作用は精霊にも効果があったようで、右の首筋から左の脇にかけて両断された風の精は、霧が晴れるようにその姿を消していった。
それを見て、魔法の力でなら攻撃できることを理解したロンドが、今度はスコップの能力を解放して精霊の身体へ先端を突き刺す。
そこからたちまち形勢は逆転し、風の精たちがいなくなると、冒険者たちは流れる血もそのままに座り込んだ。
「あうー、痛いよー」
「はいはい、【至る道】を使いますからこちらへ」
「大丈夫かよ、ナイト。お前、鎧にひび入ってるぞ……」
「む、そうか?」
「魔法で修正しますね。ひび、どこですか?」
「……しかし、あの精霊たち。いったい何だったのかしら……」
「ペレ様が居なくなってしまって、みんな荒れているんです」
「!!」
銀の鈴を鳴らすような声がして、咄嗟にもう一度各々の得物を構えた旗を掲げる爪だったが、彼らの前におずおずと出てきたのは精霊ではなく、花の妖精であるフェアリーであった。
不可思議な光沢を放つ翠の髪の彼女は、哀しげに目を伏せて話を続けた。
「ペレ様はイーストガーデンの主、メイリア様の一人娘。あの方は夫であるゼッヘ様共々、ペレ様を溺愛しておられました。しかし――」
2人が目を離した少しの間に、そのペレの姿が消えてしまったという。
以来、花の女神たるメイリアは悲しみに打ちひしがれており、一方、旋風を操るゼッへは怒りに駆られ、風の精たちを引き連れて疑わしい者を片っ端からねじ伏せているらしい。
「アン。その情報、後輩から聞かなかったのか?」
「何にも聞いてないよ、兄ちゃん。てか、アイツ戻ったら締めとかなきゃな……」
「え、えっと、あの……」
「す、すいません、こちらの話です。妖精さん、話を途中にしてしまってごめんなさい。その……続きを伺えますか?」
ミカは、物騒な顔になって話合い始めた仲間を放置するよう促した。
「つまり、どのような用件で来られたかは存じませんが、この島はとても危険な状態なんです。ゼッヘ様に見つかる前に、島の外へ逃げてください」
「でも……妖精さんも、メイリア様が悲嘆にくれているのは、困るんじゃないですか?」
「それは……」
と言って、彼女は力なく俯いた。
植物系魔法を操るようになって、かなり木々や花の様子に敏感になってきたミカにとって、花に宿る精たちの困窮は、あまり見逃したくないものである。
どうにかできないか、という期待を込めた常緑樹の瞳が、ひたむきにリーダーであるシシリーへと向けられる。
自分たちの本来の目的は秘境探検であるものの――善良な者が困っているのを、見過ごせるはずもない。
ましてや、その対象がイーストガーデンを造ったとされる女神であり、我が子を探してのことだと聞いてしまえばなおさらである。
シシリーは、神々の時間間隔が人とは違うことを承知しているため、花の妖精に念を入れていなくなった時の様子を尋ねてみたが、あやふやな証言の中でもここ1週間以内の話であることは間違いないようで、島を出たということもないと、これは風を支配するゼッヘが、自分の部下たちから情報を集めて判断したそうである。
「そういうことなら。……私たちが協力できるかもしれないわ」
「ほ……本当ですか!?」
「ほら、うちのリーダーさんもそう言ってます。だから元気を出してください。ね?」
「ありがとうございます!」
朗らかに話をしている娘たちを他所に、仲間たちは円陣を組んでぼそぼそと話し合った。
「……姉ちゃんって、基本お人よしだよね」
「主も相当お人よしだがな」
「いやまあ、半ば以上予想はしていましたので。ただ、報酬ないんですけどねぇ」
「え、なあに、反対なの?」
穏やかな表情で首を傾げたシシリーやミカへ、ウィルバーは咳払いをしてから伝えた。
「受けるな、とまでは言いませんがね。今回、ここへ来るのにかなり糧食を消費しています。島で使えるのは、精々がとこ1日分くらいですよ。たった丸一日で、今まで見つからなかった神の娘を発見できるのですか?」
「旅用の糧食パックとは別に、いくらか荷物袋に今まで手に入れた分も入っていますよ。シガン島に滞在できる限界があるのは分かりますが、その時間で出来るだけのことはしてもいいんじゃないでしょうか。私たちなら、精霊では分からない点も気付く可能性がありますし」
「そうね。それに、イーストガーデンについて造物主ほど詳しく知っている人は――人ではないけれど――いないはずよ。いなくなった娘さんを見つけたら、何か面白いことを教えてもらえるかもしれないわ。第一、探検しようといったって、このままじゃ精霊たちに邪魔されるのがオチなんじゃなくて?」
「うーん……」
確かに、2人の言うことももっともである。
悲嘆にくれているメイリアを放置してイーストガーデンを歩き回ろうものなら、この地の精霊や妖精を余計に怒らせることは間違いないだろうし、そうなれば当初の目的である探検もままならなくなる。
おまけに、ここへ来るまでの初期投資が全て無駄となるだろう。
それだけは何とか避けたい事態だった。
「……ま、いいか」
話をじっと聞いていただけのロンドがぽそっと呟いたセリフこそ、他3名の最終的な心境を如実に表していたと言えよう。
結局、旗を掲げる爪は、メイリアの娘であるペレを、探検するのと同時進行で探してあげようということになった。
「それで、うちのパーティにどうしろって言うのさ?」
「この情報を買って欲しい。並みの冒険者じゃ、あそこを訪れることすら出来ない――本当の、秘境への冒険だぜ。あんたたちは確か、精霊や妖精の支配する森にも立ち入ったことがあるんだろう?」
彼の言うのは、オレンジ色の羽根を持つ妖精が、空間転移魔法で(無理矢理に)旗を掲げる爪を自分たちの領域へ招き、ドライアードに憑依した魔神と戦った時のことである。
パーティから離脱する前に、テアがその経験を途中まで歌にまとめていたものを、同じ≪狼の隠れ家≫に所属する吟遊詩人が引き継いでバラッドに仕立てたので、同宿の者の大半はその時の冒険のことを知るに至っていた。
ゆえに、相手が自分たちの冒険を知っていることに驚くことはせず、ただアンジェは腕を組んで唸った。
「秘境冒険……ねえ」
そういえば今までやったことがなかったっけ、と思った。
悪党の討伐や遺跡探索などは何度も行ったことがあるものの、前人未到の地を開拓する――そういった仕事を受けた覚えは、彼女の覚えている限りないはずである。
鉱精ユークレースに外の世界をたくさん見せるという大義名分もあるし、たまにはそんな仕事もいいか、と判断したホビットの娘は、後輩に情報を買うと確約し、彼の見つけた妖精郷がどこにあるかを問うた。
「東のシガン島だよ!」
――これが、実に12日前の話である。
「花々が咲き乱れる土地……」
パーティリーダーであるシシリーは、周りを見渡して呟いた。
前の依頼で、花にまつわる魔法生物と戦った記憶が新しいだけに、そういった土地へ赴くのにいささかの逡巡がないわけではないらしい。
とは言え、一応冒険者の端くれ。
未だはっきりと探索した者のいない土地と言う前情報に、ワクワクが抑えきれなかったのも事実である。
シガン島へ渡るために借り受けた船から、常になく不安げにどうにか下りてきたロンドが、
「いまいち飲み込めてないんだが……今回の目的は、妖精郷を見つければいいのか?」
と尋ねた。
「そうね。伝説に謳われるイーストガーデン……花の女神が住まうという場所を確認するだけで、旗を掲げる爪の名声はさらに高まるでしょうね。出来ればもう少し、この島についても色々と調査した方がいいと思うけど……」
「もし調査できるのなら、是非そうすべきですよ」
ウィルバーが口を挟む。
「この土地については、賢者の搭でもあまり詳しくは分かっていません。ここで我々がちゃんとした調査を行うことができれば、搭から幾ばくかの調査費用を引き出すことも可能では?」
「シガン島に渡るだけでこんなに時間が掛かるなら、賢者の搭だってそうそう人員を派遣することもできないでしょうしね……ウィルバーさんの考え、良いと思いますよ……ううっ、足がふらふらする……」
「主、俺に捕まるといい」
ウィルバーに賛同しようとしたミカがよろけるのに、すかさずナイトが篭手を差し出した。
疲労はリビングメイルとは無縁のものとは言え、一度落ちたら助からないだろう海上に連れて来られながら、その挙措は落ち着いたものである。
後輩から島の件について情報を買い上げたアンジェは、甲板などに忘れ物がないかを確認した後、一番最後に下船した。
後輩の証言では役に立たなかった為、いちからマッピングしようと羊皮紙を取り出す。
そんな彼女の様子に気付いたウィルバーは、
「どれ、上空から少し地形を見てみましょうか」
と言って【飛翼の術】を唱え、背に白い羽根を生やした。
そして、どっこいしょ等という年寄りくさい掛け声とともに、空へ浮かぼうとした、その時。
シュゥ……という風を切るような音とほぼ同時、パッと宙に赤い華が咲いた。
「ぐ……あっ!?」
背中に負った翼から、羽毛が雪のように散る。
「ちょ、おっちゃん!?」
「ウィルバーさん!」
慌ててミカが駆け寄ろうとするのを、ナイトが肩を掴んで止める。
危うく地にそのまま倒れるところだった身体を、ロンドが片腕で受け止めた。
ひとまず安堵し、なぜ邪魔を、と従者たるリビングメイルを咎めようとしたミカの足元が、鋭利な槍で突いたかのごとく深く抉れる。
「え……!?」
「何か、いる」
「卑怯者、姿を現しなさい!」
抜刀して言い放ったシシリーの3メートル前方に、ホビットであるアンジェよりも小柄で痩せっぽっちの少年が空中から唐突に現れた。
その背には、被害者たるウィルバーとは違う蜻蛉のような透明な羽が生えている。
「お前たちだな!」
と口にした少年の双眸には、これ以上ない焦燥と憎悪が宿っていた。
「え……?」
「ご主人様、こいつら風の眷属です!」
少年の年に似合わぬ剣幕とセリフに戸惑っていたシシリーへ、フォウであるスピカがベルトポーチから飛び立って忠告した。
光の精霊であるスピカには、他の精霊が分かるのである。
「陽気で正直者の風の眷属が、どうして……!?」
驚くフォウの様子には構うことなく、次から次へと現れた風の精霊たちは、よそ者を許すなと言わんばかりに風で出来た不可視の刃を飛ばしてくる。
鉱精ユークレースが負傷したウィルバーを癒す間、他の仲間たちは慌てて身を翻した。
ミカに魔術師を託したロンドが殴りつけようとするも、正式な召喚の儀で現出したわけではないため、拳による攻撃がすり抜けてしまう。
「何て厄介な奴らだ!」

「ええいー!」
「やっちまえー!」
「ちょっと、危ないってば!」
「やめなさい、風の精霊!いったい、何の話をしているの!?」
アンジェやシシリーの制止も空しく、さらに風の刃は脇腹や脛を傷つけて流血を強いていく。
話が通じる余地はないと断じたナイトが、竜の息吹が宿った剣を閃かした。
魔力を散じる恐るべき作用は精霊にも効果があったようで、右の首筋から左の脇にかけて両断された風の精は、霧が晴れるようにその姿を消していった。
それを見て、魔法の力でなら攻撃できることを理解したロンドが、今度はスコップの能力を解放して精霊の身体へ先端を突き刺す。
そこからたちまち形勢は逆転し、風の精たちがいなくなると、冒険者たちは流れる血もそのままに座り込んだ。
「あうー、痛いよー」
「はいはい、【至る道】を使いますからこちらへ」
「大丈夫かよ、ナイト。お前、鎧にひび入ってるぞ……」
「む、そうか?」
「魔法で修正しますね。ひび、どこですか?」
「……しかし、あの精霊たち。いったい何だったのかしら……」
「ペレ様が居なくなってしまって、みんな荒れているんです」
「!!」
銀の鈴を鳴らすような声がして、咄嗟にもう一度各々の得物を構えた旗を掲げる爪だったが、彼らの前におずおずと出てきたのは精霊ではなく、花の妖精であるフェアリーであった。
不可思議な光沢を放つ翠の髪の彼女は、哀しげに目を伏せて話を続けた。
「ペレ様はイーストガーデンの主、メイリア様の一人娘。あの方は夫であるゼッヘ様共々、ペレ様を溺愛しておられました。しかし――」
2人が目を離した少しの間に、そのペレの姿が消えてしまったという。
以来、花の女神たるメイリアは悲しみに打ちひしがれており、一方、旋風を操るゼッへは怒りに駆られ、風の精たちを引き連れて疑わしい者を片っ端からねじ伏せているらしい。
「アン。その情報、後輩から聞かなかったのか?」
「何にも聞いてないよ、兄ちゃん。てか、アイツ戻ったら締めとかなきゃな……」
「え、えっと、あの……」
「す、すいません、こちらの話です。妖精さん、話を途中にしてしまってごめんなさい。その……続きを伺えますか?」
ミカは、物騒な顔になって話合い始めた仲間を放置するよう促した。
「つまり、どのような用件で来られたかは存じませんが、この島はとても危険な状態なんです。ゼッヘ様に見つかる前に、島の外へ逃げてください」
「でも……妖精さんも、メイリア様が悲嘆にくれているのは、困るんじゃないですか?」
「それは……」
と言って、彼女は力なく俯いた。
植物系魔法を操るようになって、かなり木々や花の様子に敏感になってきたミカにとって、花に宿る精たちの困窮は、あまり見逃したくないものである。
どうにかできないか、という期待を込めた常緑樹の瞳が、ひたむきにリーダーであるシシリーへと向けられる。
自分たちの本来の目的は秘境探検であるものの――善良な者が困っているのを、見過ごせるはずもない。
ましてや、その対象がイーストガーデンを造ったとされる女神であり、我が子を探してのことだと聞いてしまえばなおさらである。
シシリーは、神々の時間間隔が人とは違うことを承知しているため、花の妖精に念を入れていなくなった時の様子を尋ねてみたが、あやふやな証言の中でもここ1週間以内の話であることは間違いないようで、島を出たということもないと、これは風を支配するゼッヘが、自分の部下たちから情報を集めて判断したそうである。
「そういうことなら。……私たちが協力できるかもしれないわ」
「ほ……本当ですか!?」
「ほら、うちのリーダーさんもそう言ってます。だから元気を出してください。ね?」
「ありがとうございます!」
朗らかに話をしている娘たちを他所に、仲間たちは円陣を組んでぼそぼそと話し合った。
「……姉ちゃんって、基本お人よしだよね」
「主も相当お人よしだがな」
「いやまあ、半ば以上予想はしていましたので。ただ、報酬ないんですけどねぇ」
「え、なあに、反対なの?」
穏やかな表情で首を傾げたシシリーやミカへ、ウィルバーは咳払いをしてから伝えた。
「受けるな、とまでは言いませんがね。今回、ここへ来るのにかなり糧食を消費しています。島で使えるのは、精々がとこ1日分くらいですよ。たった丸一日で、今まで見つからなかった神の娘を発見できるのですか?」
「旅用の糧食パックとは別に、いくらか荷物袋に今まで手に入れた分も入っていますよ。シガン島に滞在できる限界があるのは分かりますが、その時間で出来るだけのことはしてもいいんじゃないでしょうか。私たちなら、精霊では分からない点も気付く可能性がありますし」
「そうね。それに、イーストガーデンについて造物主ほど詳しく知っている人は――人ではないけれど――いないはずよ。いなくなった娘さんを見つけたら、何か面白いことを教えてもらえるかもしれないわ。第一、探検しようといったって、このままじゃ精霊たちに邪魔されるのがオチなんじゃなくて?」
「うーん……」
確かに、2人の言うことももっともである。
悲嘆にくれているメイリアを放置してイーストガーデンを歩き回ろうものなら、この地の精霊や妖精を余計に怒らせることは間違いないだろうし、そうなれば当初の目的である探検もままならなくなる。
おまけに、ここへ来るまでの初期投資が全て無駄となるだろう。
それだけは何とか避けたい事態だった。
「……ま、いいか」
話をじっと聞いていただけのロンドがぽそっと呟いたセリフこそ、他3名の最終的な心境を如実に表していたと言えよう。
結局、旗を掲げる爪は、メイリアの娘であるペレを、探検するのと同時進行で探してあげようということになった。
2016/12/17 11:40 [edit]
category: シガン島の冒険
tb: -- cm: 0
Fri.
永遠なる花盗人その4 
彼らが訪れたそこは、まさしく秘密の花園だった。
ありとあらゆる花が敷かれた極彩色の煉獄であった。
びょうびょうとどこからともなく吹きつける強風が、無数の花弁を宙へと舞わせている。
視界にそれを捉えたウィルバーがいち早く正体に気付き、
(……冗談ではありません)
と心の中で呻いた。
ありとあらゆる花が敷かれた極彩色の煉獄であった。
びょうびょうとどこからともなく吹きつける強風が、無数の花弁を宙へと舞わせている。
視界にそれを捉えたウィルバーがいち早く正体に気付き、
(……冗談ではありません)
と心の中で呻いた。
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それは打ち捨てられた心の花だった。
本物の花に紛れて、無造作に捨てられている。
持ち主を失ってなお寂しく輝いているものの、それに目を向け愛でる者は皆無だった。
死霊術も修めている彼の魔法的知覚には、あるべきところに還れぬと嘆く思念の圧が、天に届くほど積もっているのが判別できる――容易ならざる場所である。
心の嘆きと痛みに反し、何と美しいことかと呆気にとられていたミカが、
「あっ――」
と短く声を上げた。
彼女の常緑樹の色をした視線の向こうに、赤く燃え盛る、シシリーの薔薇一輪があった。
ミカが素早く後ろを振り返る。
「今『視てる』よ――」
どんぐり眼を眇めたアンジェが、全神経を目に込めて薔薇を観察している。
大小さまざまな罠を見てきた彼女の目には、黒い影法師が花びらの先から、音もなく水のように滴り落ちているのが分かる。

「……なるほどね。このまま取り込めば、姉ちゃんは姉ちゃんのまま、すっかりおかしくなるってわけだね」
「そうですね……今、シシリーさんの心の花を回収するわけにはいきません」
「ね、先にあのホムンクルスを探そうよ。あっちを倒してからなら、何とかなるんじゃない?」
アンジェがそう口にしたときだった――ふと、庭園の向こうの鐘が鳴る。
シシリーは鐘の近くの一点を睨みつけ、声を上げた。
「……分かってるわ。そこにいるんでしょう?」
仲間たちが戸惑っていると、花びらの群れから滲むようにして、再びあの絹布に包まれた花の娘が姿を現す。
彼女は滑るように躍り出ると、にっこりと微笑んだ。
「ええ、いるわ。待っていると言ったもの――花を取らないの、シシリー?」
「うっ、……ぐっ……。とりたい。取らない。あなたを、倒してからでも、遅くない……!」
「そこの小さな子は、わたしを殺処分してからと言っていたけど――シシリー、あなたはそれでいいのかしら?だって……わたしが名前を呼ぶ毎に、あなたは確かに苦しみから解放される気がしていたでしょうに」
くすくす、と軽やかな笑い声を上げるホムンクルスに、冒険者たちの視線が突き刺さる。
彼女は心の一部を確かに手に入れている獲物に、優しげに声を掛けた。
「それが真実。何をためらうことがあるの?獣になりましょう?……あんなに赤い薔薇になるのですもの、とても愛していたのでしょう。でももう、その対象はいない。苦しみなど捨ててしまって、わたしからあの花を受け取ってちょうだい、シシリー」
「……うっ……――愛して、いた……?確かにね……」
また絶え間ない痛みに襲われたのか、シシリーは顔を歪めて左手――ロンドから温みを与えられた手――で額を押さえた。
苦しげに息切れしながらも、必死に自分の言葉を探す。
探し当てたそれを――強く掴んだ!
「でも、少し間違えたようね、アタナシウス。愛して『いた』のではない。今でも愛して『いる』の。あなたは人の何も理解していない!」
シシリーの心の内側で、パリンと飴細工が砕けるような音が鳴った。
それは、侵入された心に架せられていた鎖を破壊した音だ。
ホムンクルスのとろりとした桃色の瞳が、驚愕に見開かれる。
「あなたのそれは理解ではない。ただの、同化と蹂躙よ。これ以上私を侵されるものですか。私の中から去りなさい、アタナシウス!――知恵をつけた泥棒鼠よ!」
「――――!!」
リーダー役の少女の宣言に、戦いの合図を感じた仲間たちは己の得物を構えて散開した。
美しい人間そっくりの微笑みを浮かべていた少女は、仮面を脱ぎ去ったように無表情で彼らを見渡している。
「そう。失敗したのね。それなら、次を探すだけ」
少女は自ら手を汚す気がないのか、ふっと目を閉じた。
――シシリーの花とは違う、奇妙に作り物めいた花々が踊る。
強くなる花吹雪の中から花弁をより集めて一輪の花と化し、アタナシウスを後押ししようとしているのが理解できた。
ホムンクルスの少女の後ろで鳴り響く、朽ちてなお役目を忘れぬ鐘の音に、花々が目覚め、にじり寄ってくるようだった――無数の花弁が、冒険者たちの体をガラス片のように切り刻む。
「あうっ」
「主、後ろに!……なるほど、手強い相手のようだ」
白い肌に赤い線の走ったミカを庇うため、ナイトが盾を持ちながら前に一歩出る。
彼は刀身に魔力を集中し、宿置きになっていたレンドルの技術書から得た技――【砕炎剣】の構えを取った。
動かぬ鎧に襲い掛からんとしていた花々が、不可視の線に切り裂かれる。
――アンジェの糸だ。
鋼糸はさらに、目を閉じて花への意思伝達に集中しているアタナシウスを締め上げる。
「!」
束縛された身体に美しい少女の顔が歪む。
ロンドの燃えるスコップが、シシリーの法力を宿した刃が、ナイトの魔力による炎の刃が、次々にたおやかな姿を斬りつけていく。
敵と同じ花を操るミカは、己の保持する魔法の中でも特に陰湿で凶悪な術――【静寂の毒花】を放った。
対象を毒に浸すこの魔法は、発声器官の妨害と、倦怠感による動きの鈍磨を呼び寄せる。
アタナシウスの顔が、微かに驚愕を示した。
一方、もう一人の魔術師であるウィルバーは、青と紫の燐光に彩られる杖を振りかざして、この地に遺された死霊たちの力を用い、【至る道】の儀式を即時発動させる魔法を使用した。
花を抜き取られた死霊たちは、霊力の流れを傷ついた相手に注ぎ込んで、少しずつ傷を癒していくのである。
鉱精のユークレースによる治癒と合わせれば、時折こちらへと吹きつけてくる鋭い花弁に傷つけられても、徐々に回復していくはずだ。
少女の美貌の横に浮遊していたピンクの花を、【漣の拳】でアタナシウスに攻撃するついでに打ち砕いたロンドが、やぶ睨みの目を細めてウィルバーに囁く。
「ウィルバーさん。なんか妙だ、あの花……普通の気配じゃない」
「まだ情報は出ていませんが、推測で良ければ……花それ自体が、アタナシウスの魔力そのものなのかもしれません」
「……ってことは、あれはない方がいいのか?」
「ええ」
短く答えた魔術師は、己の左側に立つ娘に声を掛けた。
「シシリー、見通せますか?」
「……出来るだけやってみるわ。『天に座する偉大な主よ、いと高き処の視界を我にも与えたまえ』」
シシリーは法力を目に集中させ、謎の花の正体を暴かんと祈りを唱えた。
いと高き天におわす存在が人の営みを見通すように、彼女の視界に花の能力が入ってくる。
ただ人であればその能力すら読み取ることは適わなかったかもしれないが、一度アタナシウスに侵入されたからこそ、シシリーには花の備える力の意味が理解できた。
「これ……花の時計だわ。全てを揃えさせてはならない。彼女の欲望を打ち砕くには、花による時限を破らなければならない!」
今しがたもう一つ咲いた花を、今度はナイトが不死者をも切り裂く光で吹き飛ばす。
「あのホムンクルスに攻撃を集中したい……主、どうにかならないか?」
「広範囲への攻撃が必要だというのなら、アレを使ってみましょう」
ミカは目を閉じ、手に持っている鍵の形の発動体による魔力回路を働かせた。
たちまち、遠くにある黒い影に包まれた赤い薔薇から、恐ろしいほど多くの花弁のコピーが生まれ、渦を巻いてアタナシウスの傍を漂う花たちとぶつかった。
たちまち拮抗状態となっている。
「ミカ、頑張って!」
鋼糸をホムンクルスから引き戻したアンジェが、ブーツから抜き出したダガーで斬りつける。
それでも少女は立ち続け、新たな花弁を召喚せんと右手を振り上げた時――。
「ハアアッ!」
六芒星による陣を剣の切っ先で描いたナイトが、その中心を穿つようにして武器を突き出す。
魔法により作られた花々が妨げようとするも、刀身に触れた傍からそれらは消え去っていき――剣は、ついにアタナシウスの心臓を突き刺した。
内臓は生き物を模倣した作りものではあるが、彼女のその場所は、この地に眠る花々を呼び起こすための重要器官でもある。
それが竜の息吹を宿し、魔を打ち砕く刃によって破壊され……アタナシウスを構成するための力が、傷から水が漏れるように流れ出ていく。
少女は小さな音を立て、亡き人々の想いの花に囲まれて仰向けに倒れこんだ。

「……分かってはいたわ。……ひとのかたちで生まれた以上、ひとという獣の模倣からは逃れることはできない……貴方たちの足元を駆ける鼠や物言わぬ花であれば、あるいは違う検証結果だったかしらね」
「己を存続させるための行動であったことは理解する」
息絶えようとしている少女と、同じ魔法生物であるナイトは淡々と事実を告げた。
「だが、それが通常の生物であれ、魔道による生物であれ、生きる目的により利害が一致しなければ戦いが起こるのは世界の道理だ。そしてお前はそれに敗れた。鼠や花であったとしても、お前が自ら目覚めた意思を他者の立場に向けてやらなければ、やはりこのように討伐されただろう」
「同じツクリモノの癖に、お説教が上手なのね……」
「……シシリー。後は任せる」
「ええ……ありがとう」
抜き手に引っ提げた≪Beginning≫の刀身に、薔薇のそれとは違う赤が宿る。
高熱を伴ったそれを眺め、アタナシウスは己が燃やされることを悟った。
「シシリー……」
「あなたの死体は、誰にも晒さない。ここで人の死後の想いとともに、散りなさい」
振り下ろされた刃は。
確かに一ミリの惑いもなかったが、花の少女の首を穿ち地面とぶつかった時の金属音は、以後も時折、冒険者たちがふとした瞬間に思い出し、沈んだ顔をするほどの悲しみに満ちていた。
かくして――びょうびょうと吹く風もいつしか弱まり、花畑にはそよ風だけが残った。
シシリーの紅く誇らしい花には、未だ少女の育てた影が付きまとっていたが、もはや、そのほとんどが失われている。
「ぼろぼろだけど、……もう大丈夫」
シシリーは慈しむように花を抱え、呼ぶ。
「……裡に還りましょう。この心に燃える薔薇の花よ!」
再びひとつに戻る精神の昂ぶりが、その呼びかけを喉の奥から導き放った。
花は吸い込まれるように、肉体へ戻っていく。
「……!花が!」
ウィルバーが声を上げたのは、彼女の呼びかけに呼応するように、打ち捨てられていた心の花たちが一輪、また一輪と空へ吹き上げられていくのを認めたからである。
シシリーは花の嵐のただ中にいて、なお、輪郭を喪うことなく誇らしげに立っていた。
その様子を眺めて、ミカはほっと息をついた。
「――うん。めでたしめでたし、なんじゃないですか?」
「……こっちは心配したというのに。あんないい顔してら」
「まあまあ、いいじゃないの兄ちゃん。さ、帰る準備しよ」
「む。そうか、帰還か。シシリー!依頼人へ報告に行こう!」
「――ええ、すぐ行くわ!」
仲間に応えたシシリーは、少女の亡骸があった場所を一度だけ振り返ることにした。
そこには【劫火の牙】で燃やし尽くされた灰がわだかまっており――最後に聖北の祈りを一つ添えると、その場を駆けて後にする。
愛した相手を、忘れることは出来ない。
だが――アタナシウスが自らの眷属を増やさんと処置した薔薇の加工は、期せずして、彼女のテーゼンへ向けた愛情をいい意味で昇華した。
無理に忘れる必要はないのだ。
戻らぬ人を嘆くのではなく、確かな情熱を持って愛したことを――誇りに思う。
そんな在り方があることを、シシリーはこの事件で初めて理解した。
※収入:報酬1100sp、≪花除けの雫≫×3
※支出:
※mahipipa様作、永遠なる花盗人クリア!
--------------------------------------------------------
59回目のお仕事は、mahipipa様の永遠なる花盗人でした。
リードミーに、「リプレイはプレイヤーの良識に任せるが、あからさまなネタバレは避けて欲しい(意訳)」とあったために、なるたけ内容のほとんどが”続きを読む”に折り畳まれるように配慮してみたのですが、大丈夫でしょうか??
また、例によってレベルオーバーしてますが、話をお読みいただければ分かるように……これほど仲間2名が死亡した後の再出発として、相応しい話がなかったもので……正直、これ以外のリプレイ執筆を考えてませんでした。すいません。
せめてもの良心で、発表後1ヵ月経ってからリプレイに起こし、戦闘では≪花除けの雫≫を使わずにプレイしてみました。
あちらこちらの設定を、また変更しています。
主なところでは、シナリオ本筋では依頼人との特別な関係はなかったのですが、ちょうど、うちのミカさんが適性により植物系魔法を専門にすることが決定したので、新たな魔法の手ほどきをしてくれた人物というのが必要になり――依頼人のロバートさんにお願いする形となりました。
このシナリオの焦点となる心の花(サンガツ様作・鈍色の花屋にて配布可能なクーポン)については、実はテアとテーゼンがいる時からつけていたのですが……両思いにしたせいか、真っ赤な薔薇がシシリーとテーゼンに配られてまして。
このシナリオで結果的に、ついに添い遂げることのなかった相手に対する思いを、どこに落ち着かせるかという宿題を片付けることができました。ありがとうございます!
ちなみに、ロンド=アネモネ、アンジェ=ダリア、ウィルバー=スミレが各々の心の花です。
何となく納得できる気がいたします。
小話から引き続きグズグズした様子のシシリーでしたが、これでやっと立ち直れそうです。
この作品では、アタナシウスを殺さずに逃がしたり、あるいは歪んだ心の花をそのまま戻して悪堕ちしたりということも可能だったりするので、他の宿で機会があればチャレンジする予定です。
同じ魔法生物がいるパーティですから、生け捕りルートも一応考慮に入っていましたが、シシリー相手だとどう考えても止めを刺してしまう方がスッキリ終われるので、あえてしませんでした。
そして、ミカとナイトですが……こんな調子で喋らせてて、本当に大丈夫でしょうか?
イメージと違いすぎるってお叱りいただいたらどうしよう。両作品の作者様からは、リプレイにメンバーとして登場させる許可をいただいてはいるのですが。
自分が作り出したキャラクターではないので、ここで発言させよう、ここで行動に出させようという塩梅は、まだちょっとシナリオの役割分担に任せ気味の部分があります。
まあ、それは召喚獣でついて来てくれたスピカやムルも同じ事で……結構、合間を見て喋らせております。この子達可愛いんだもの。
今回は書きませんでしたが、あるクーポンを貰って済み印なしのクリアをすると、さる方の気になるその後が垣間見れます。
違うルートを辿ったために未だの方がいらっしゃいましたら、ぜひともご覧頂きたいと思います。
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。
本物の花に紛れて、無造作に捨てられている。
持ち主を失ってなお寂しく輝いているものの、それに目を向け愛でる者は皆無だった。
死霊術も修めている彼の魔法的知覚には、あるべきところに還れぬと嘆く思念の圧が、天に届くほど積もっているのが判別できる――容易ならざる場所である。
心の嘆きと痛みに反し、何と美しいことかと呆気にとられていたミカが、
「あっ――」
と短く声を上げた。
彼女の常緑樹の色をした視線の向こうに、赤く燃え盛る、シシリーの薔薇一輪があった。
ミカが素早く後ろを振り返る。
「今『視てる』よ――」
どんぐり眼を眇めたアンジェが、全神経を目に込めて薔薇を観察している。
大小さまざまな罠を見てきた彼女の目には、黒い影法師が花びらの先から、音もなく水のように滴り落ちているのが分かる。

「……なるほどね。このまま取り込めば、姉ちゃんは姉ちゃんのまま、すっかりおかしくなるってわけだね」
「そうですね……今、シシリーさんの心の花を回収するわけにはいきません」
「ね、先にあのホムンクルスを探そうよ。あっちを倒してからなら、何とかなるんじゃない?」
アンジェがそう口にしたときだった――ふと、庭園の向こうの鐘が鳴る。
シシリーは鐘の近くの一点を睨みつけ、声を上げた。
「……分かってるわ。そこにいるんでしょう?」
仲間たちが戸惑っていると、花びらの群れから滲むようにして、再びあの絹布に包まれた花の娘が姿を現す。
彼女は滑るように躍り出ると、にっこりと微笑んだ。
「ええ、いるわ。待っていると言ったもの――花を取らないの、シシリー?」
「うっ、……ぐっ……。とりたい。取らない。あなたを、倒してからでも、遅くない……!」
「そこの小さな子は、わたしを殺処分してからと言っていたけど――シシリー、あなたはそれでいいのかしら?だって……わたしが名前を呼ぶ毎に、あなたは確かに苦しみから解放される気がしていたでしょうに」
くすくす、と軽やかな笑い声を上げるホムンクルスに、冒険者たちの視線が突き刺さる。
彼女は心の一部を確かに手に入れている獲物に、優しげに声を掛けた。
「それが真実。何をためらうことがあるの?獣になりましょう?……あんなに赤い薔薇になるのですもの、とても愛していたのでしょう。でももう、その対象はいない。苦しみなど捨ててしまって、わたしからあの花を受け取ってちょうだい、シシリー」
「……うっ……――愛して、いた……?確かにね……」
また絶え間ない痛みに襲われたのか、シシリーは顔を歪めて左手――ロンドから温みを与えられた手――で額を押さえた。
苦しげに息切れしながらも、必死に自分の言葉を探す。
探し当てたそれを――強く掴んだ!
「でも、少し間違えたようね、アタナシウス。愛して『いた』のではない。今でも愛して『いる』の。あなたは人の何も理解していない!」
シシリーの心の内側で、パリンと飴細工が砕けるような音が鳴った。
それは、侵入された心に架せられていた鎖を破壊した音だ。
ホムンクルスのとろりとした桃色の瞳が、驚愕に見開かれる。
「あなたのそれは理解ではない。ただの、同化と蹂躙よ。これ以上私を侵されるものですか。私の中から去りなさい、アタナシウス!――知恵をつけた泥棒鼠よ!」
「――――!!」
リーダー役の少女の宣言に、戦いの合図を感じた仲間たちは己の得物を構えて散開した。
美しい人間そっくりの微笑みを浮かべていた少女は、仮面を脱ぎ去ったように無表情で彼らを見渡している。
「そう。失敗したのね。それなら、次を探すだけ」
少女は自ら手を汚す気がないのか、ふっと目を閉じた。
――シシリーの花とは違う、奇妙に作り物めいた花々が踊る。
強くなる花吹雪の中から花弁をより集めて一輪の花と化し、アタナシウスを後押ししようとしているのが理解できた。
ホムンクルスの少女の後ろで鳴り響く、朽ちてなお役目を忘れぬ鐘の音に、花々が目覚め、にじり寄ってくるようだった――無数の花弁が、冒険者たちの体をガラス片のように切り刻む。
「あうっ」
「主、後ろに!……なるほど、手強い相手のようだ」
白い肌に赤い線の走ったミカを庇うため、ナイトが盾を持ちながら前に一歩出る。
彼は刀身に魔力を集中し、宿置きになっていたレンドルの技術書から得た技――【砕炎剣】の構えを取った。
動かぬ鎧に襲い掛からんとしていた花々が、不可視の線に切り裂かれる。
――アンジェの糸だ。
鋼糸はさらに、目を閉じて花への意思伝達に集中しているアタナシウスを締め上げる。
「!」
束縛された身体に美しい少女の顔が歪む。
ロンドの燃えるスコップが、シシリーの法力を宿した刃が、ナイトの魔力による炎の刃が、次々にたおやかな姿を斬りつけていく。
敵と同じ花を操るミカは、己の保持する魔法の中でも特に陰湿で凶悪な術――【静寂の毒花】を放った。
対象を毒に浸すこの魔法は、発声器官の妨害と、倦怠感による動きの鈍磨を呼び寄せる。
アタナシウスの顔が、微かに驚愕を示した。
一方、もう一人の魔術師であるウィルバーは、青と紫の燐光に彩られる杖を振りかざして、この地に遺された死霊たちの力を用い、【至る道】の儀式を即時発動させる魔法を使用した。
花を抜き取られた死霊たちは、霊力の流れを傷ついた相手に注ぎ込んで、少しずつ傷を癒していくのである。
鉱精のユークレースによる治癒と合わせれば、時折こちらへと吹きつけてくる鋭い花弁に傷つけられても、徐々に回復していくはずだ。
少女の美貌の横に浮遊していたピンクの花を、【漣の拳】でアタナシウスに攻撃するついでに打ち砕いたロンドが、やぶ睨みの目を細めてウィルバーに囁く。
「ウィルバーさん。なんか妙だ、あの花……普通の気配じゃない」
「まだ情報は出ていませんが、推測で良ければ……花それ自体が、アタナシウスの魔力そのものなのかもしれません」
「……ってことは、あれはない方がいいのか?」
「ええ」
短く答えた魔術師は、己の左側に立つ娘に声を掛けた。
「シシリー、見通せますか?」
「……出来るだけやってみるわ。『天に座する偉大な主よ、いと高き処の視界を我にも与えたまえ』」
シシリーは法力を目に集中させ、謎の花の正体を暴かんと祈りを唱えた。
いと高き天におわす存在が人の営みを見通すように、彼女の視界に花の能力が入ってくる。
ただ人であればその能力すら読み取ることは適わなかったかもしれないが、一度アタナシウスに侵入されたからこそ、シシリーには花の備える力の意味が理解できた。
「これ……花の時計だわ。全てを揃えさせてはならない。彼女の欲望を打ち砕くには、花による時限を破らなければならない!」
今しがたもう一つ咲いた花を、今度はナイトが不死者をも切り裂く光で吹き飛ばす。
「あのホムンクルスに攻撃を集中したい……主、どうにかならないか?」
「広範囲への攻撃が必要だというのなら、アレを使ってみましょう」
ミカは目を閉じ、手に持っている鍵の形の発動体による魔力回路を働かせた。
たちまち、遠くにある黒い影に包まれた赤い薔薇から、恐ろしいほど多くの花弁のコピーが生まれ、渦を巻いてアタナシウスの傍を漂う花たちとぶつかった。
たちまち拮抗状態となっている。
「ミカ、頑張って!」
鋼糸をホムンクルスから引き戻したアンジェが、ブーツから抜き出したダガーで斬りつける。
それでも少女は立ち続け、新たな花弁を召喚せんと右手を振り上げた時――。
「ハアアッ!」
六芒星による陣を剣の切っ先で描いたナイトが、その中心を穿つようにして武器を突き出す。
魔法により作られた花々が妨げようとするも、刀身に触れた傍からそれらは消え去っていき――剣は、ついにアタナシウスの心臓を突き刺した。
内臓は生き物を模倣した作りものではあるが、彼女のその場所は、この地に眠る花々を呼び起こすための重要器官でもある。
それが竜の息吹を宿し、魔を打ち砕く刃によって破壊され……アタナシウスを構成するための力が、傷から水が漏れるように流れ出ていく。
少女は小さな音を立て、亡き人々の想いの花に囲まれて仰向けに倒れこんだ。

「……分かってはいたわ。……ひとのかたちで生まれた以上、ひとという獣の模倣からは逃れることはできない……貴方たちの足元を駆ける鼠や物言わぬ花であれば、あるいは違う検証結果だったかしらね」
「己を存続させるための行動であったことは理解する」
息絶えようとしている少女と、同じ魔法生物であるナイトは淡々と事実を告げた。
「だが、それが通常の生物であれ、魔道による生物であれ、生きる目的により利害が一致しなければ戦いが起こるのは世界の道理だ。そしてお前はそれに敗れた。鼠や花であったとしても、お前が自ら目覚めた意思を他者の立場に向けてやらなければ、やはりこのように討伐されただろう」
「同じツクリモノの癖に、お説教が上手なのね……」
「……シシリー。後は任せる」
「ええ……ありがとう」
抜き手に引っ提げた≪Beginning≫の刀身に、薔薇のそれとは違う赤が宿る。
高熱を伴ったそれを眺め、アタナシウスは己が燃やされることを悟った。
「シシリー……」
「あなたの死体は、誰にも晒さない。ここで人の死後の想いとともに、散りなさい」
振り下ろされた刃は。
確かに一ミリの惑いもなかったが、花の少女の首を穿ち地面とぶつかった時の金属音は、以後も時折、冒険者たちがふとした瞬間に思い出し、沈んだ顔をするほどの悲しみに満ちていた。
かくして――びょうびょうと吹く風もいつしか弱まり、花畑にはそよ風だけが残った。
シシリーの紅く誇らしい花には、未だ少女の育てた影が付きまとっていたが、もはや、そのほとんどが失われている。
「ぼろぼろだけど、……もう大丈夫」
シシリーは慈しむように花を抱え、呼ぶ。
「……裡に還りましょう。この心に燃える薔薇の花よ!」
再びひとつに戻る精神の昂ぶりが、その呼びかけを喉の奥から導き放った。
花は吸い込まれるように、肉体へ戻っていく。
「……!花が!」
ウィルバーが声を上げたのは、彼女の呼びかけに呼応するように、打ち捨てられていた心の花たちが一輪、また一輪と空へ吹き上げられていくのを認めたからである。
シシリーは花の嵐のただ中にいて、なお、輪郭を喪うことなく誇らしげに立っていた。
その様子を眺めて、ミカはほっと息をついた。
「――うん。めでたしめでたし、なんじゃないですか?」
「……こっちは心配したというのに。あんないい顔してら」
「まあまあ、いいじゃないの兄ちゃん。さ、帰る準備しよ」
「む。そうか、帰還か。シシリー!依頼人へ報告に行こう!」
「――ええ、すぐ行くわ!」
仲間に応えたシシリーは、少女の亡骸があった場所を一度だけ振り返ることにした。
そこには【劫火の牙】で燃やし尽くされた灰がわだかまっており――最後に聖北の祈りを一つ添えると、その場を駆けて後にする。
愛した相手を、忘れることは出来ない。
だが――アタナシウスが自らの眷属を増やさんと処置した薔薇の加工は、期せずして、彼女のテーゼンへ向けた愛情をいい意味で昇華した。
無理に忘れる必要はないのだ。
戻らぬ人を嘆くのではなく、確かな情熱を持って愛したことを――誇りに思う。
そんな在り方があることを、シシリーはこの事件で初めて理解した。
※収入:報酬1100sp、≪花除けの雫≫×3
※支出:
※mahipipa様作、永遠なる花盗人クリア!
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59回目のお仕事は、mahipipa様の永遠なる花盗人でした。
リードミーに、「リプレイはプレイヤーの良識に任せるが、あからさまなネタバレは避けて欲しい(意訳)」とあったために、なるたけ内容のほとんどが”続きを読む”に折り畳まれるように配慮してみたのですが、大丈夫でしょうか??
また、例によってレベルオーバーしてますが、話をお読みいただければ分かるように……これほど仲間2名が死亡した後の再出発として、相応しい話がなかったもので……正直、これ以外のリプレイ執筆を考えてませんでした。すいません。
せめてもの良心で、発表後1ヵ月経ってからリプレイに起こし、戦闘では≪花除けの雫≫を使わずにプレイしてみました。
あちらこちらの設定を、また変更しています。
主なところでは、シナリオ本筋では依頼人との特別な関係はなかったのですが、ちょうど、うちのミカさんが適性により植物系魔法を専門にすることが決定したので、新たな魔法の手ほどきをしてくれた人物というのが必要になり――依頼人のロバートさんにお願いする形となりました。
このシナリオの焦点となる心の花(サンガツ様作・鈍色の花屋にて配布可能なクーポン)については、実はテアとテーゼンがいる時からつけていたのですが……両思いにしたせいか、真っ赤な薔薇がシシリーとテーゼンに配られてまして。
このシナリオで結果的に、ついに添い遂げることのなかった相手に対する思いを、どこに落ち着かせるかという宿題を片付けることができました。ありがとうございます!
ちなみに、ロンド=アネモネ、アンジェ=ダリア、ウィルバー=スミレが各々の心の花です。
何となく納得できる気がいたします。
小話から引き続きグズグズした様子のシシリーでしたが、これでやっと立ち直れそうです。
この作品では、アタナシウスを殺さずに逃がしたり、あるいは歪んだ心の花をそのまま戻して悪堕ちしたりということも可能だったりするので、他の宿で機会があればチャレンジする予定です。
同じ魔法生物がいるパーティですから、生け捕りルートも一応考慮に入っていましたが、シシリー相手だとどう考えても止めを刺してしまう方がスッキリ終われるので、あえてしませんでした。
そして、ミカとナイトですが……こんな調子で喋らせてて、本当に大丈夫でしょうか?
イメージと違いすぎるってお叱りいただいたらどうしよう。両作品の作者様からは、リプレイにメンバーとして登場させる許可をいただいてはいるのですが。
自分が作り出したキャラクターではないので、ここで発言させよう、ここで行動に出させようという塩梅は、まだちょっとシナリオの役割分担に任せ気味の部分があります。
まあ、それは召喚獣でついて来てくれたスピカやムルも同じ事で……結構、合間を見て喋らせております。この子達可愛いんだもの。
今回は書きませんでしたが、あるクーポンを貰って済み印なしのクリアをすると、さる方の気になるその後が垣間見れます。
違うルートを辿ったために未だの方がいらっしゃいましたら、ぜひともご覧頂きたいと思います。
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。
2016/12/09 03:02 [edit]
category: 永遠なる花盗人
tb: -- cm: 2
Fri.
永遠なる花盗人その3 
赤と黒に揺れる未知の視界の中、少女は花にリボンを添えていた。
その指先が淡く、赤く光ると、花の輝きと絡まって、少女の足元に液状の影を落としていく。
訝しく思ったシシリーが口を開いた。
「……一体、何を」
呟いた質問に応えがあることは期待していなかったが、はたして声が返ってきた。
「……花を育てているの」
その指先が淡く、赤く光ると、花の輝きと絡まって、少女の足元に液状の影を落としていく。
訝しく思ったシシリーが口を開いた。
「……一体、何を」
呟いた質問に応えがあることは期待していなかったが、はたして声が返ってきた。
「……花を育てているの」
-- 続きを読む --
「……花、を?」
「そう、あなたたちは皆、わたしを狩りに来た。狩られぬようにはどうすればいいのかを、少し考えたの。数は力。わたしを匿う賛同者が必要だわ。できれば多い方がいい」
少女の指先が、また淡い赤の光に包まれる。
「ひとの数の暴力に対抗できる、それだけの数が欲しい」
「っ……何を――」

「だけど、わたしに眷属を生む力はない。夜に歌う吸血鬼たちのように、しもべを作ることはできない」
危険だ。
実際に危害を加えられているわけではない。
だが、少女の言葉に耳を傾けるのは――ひどく危険なことだ。
そう判断したシシリーは、急いで後退しようとしたが――なんら制約を架せられていないはずの足は、ちっとも動こうとしない。
「でも、実験して一定の理解をした。検証を繰り返して手段を確立した。わたしは花を育てることができる。それを土に埋めることができる」
「――来ないで」
「あなたの心から花を抜き、わたしが育ててもう一度植えるの。そうすれば、理性の外殻を潜って
あなたにわたしを落とし込める。あなたは狩るべき獣に頭を垂れ、自ら『集団』の最初の一人となる」
「……――!そんな、ことが……!まさか、発狂と変死の原因って……!」」
彼女は、摺り足でシシリーに近づいてきた。
「きちんと花を植えるために、まずはあなたの輪郭を、わたしによく見せて――そう、まずは。あなたの根幹を為すもの。あなたの名前を、教えて――」
「いや――止めて、近づかないで――……」
空っぽが大きくなる。
これはテアとテーゼンを、己のミスから失ってしまった時に出来た空洞であることにシシリーは気づいていた。
このまま狂ってしまえたなら、2人を永久になくしてしまった心の寒さから解放されるのではないだろうか?
ああ、ダメだ、ダメだ。狂ってしまったら本当に全部なくなってしまう!
湖に沈もうとした自分を救ってくれたテアを、初めてはっきりと自覚できる恋心を抱いたテーゼンを、あの空洞の奥へと追いやってしまうだろう――空虚に満たされたくはない――!
穴の向こうに、黒い翼が見えた。
「いやだ――助けて、テーゼン!」
「テーゼン――それが、この薔薇を捧げた相手――ね?そう。わたしの名前は教えたわね――アタナシウス。さあ、あなたも名乗ってちょうだい」
言いたくない、と歯を食いしばっていたつもりでいたのだが、見えない何かに操られているように唇がわななき、ついに彼女は名前を伝えてしまった。
「シ………シシリー……」
「シシリー。もうすぐ花が育つわ。あなたのものを、あなたのところへ取り戻す時よ」
「ダメ、よ。私の中から、出て、行って。出て。ここを出て。会いに行く」
「そう、会いましょう。来たら花を戻してあげる。あなたはもう知っているわ。わたしがどこで待っているか。待っているわ、シシリー。合図をしたら――」
合図を、したら?
「――シシリーさん!」
「………っ!?」
身を震わせたシシリーが辺りを知覚すると、そこはすでに未知の暗い空間でも、依頼人のロバート氏の隠れている小屋でもなく、薄暗い廃屋の一角であった。
温かな光に包まれたスピカが肩に止まっているミカが、気遣わしげにこちらを覗きこんでいる。
どうやら、スピカがフォウの眷属の力を発揮して、再び彼女の意識を現実に引き戻してくれたものらしい。
青い双眸の隅に、興味深そうに一冊の本を代わる代わる手にしている仲間たちが映った。
「大丈夫ですか?今、この廃屋にあった手記を読もうとしてたんですが――みんなが読めない言葉で書いてあって、困っていたところなんです。何でも、未知の言語体系で書かれているそうなんですけど……ウィルバーさんでもお手上げみたいで」
残り少ない頭髪をむしるようにして、彼は唸っている。
「駄目です――さっぱり手に負えません。これはアタナシウスが書いたのでしょうか?」
「――う。……。そう、よ。彼女が書いた」
「……シシリー、さん?」
「いずれ作る群れのために。群れの者なら、分かるわ」
「……シ――!」
「待て、ミカ。……シリーなら、読めるんだな?」
家族同然の少年の問い掛けに、薄く微笑んだ少女は頷いた。
「……解読を頼めるか」
「ええ。わかったわ。彼女もそれを望んでいるもの」
そう語るシシリーの表情には、穏やかな恍惚と僅かな正気が入り混じり、瞳に妖しくも美しい葛藤の熱を渦巻かせている。
その様子を認めたウィルバーは、左の眉をひょいと上げた。

(かなり表層の意識にまで影響が出ていますね……。本当に時間がありませんよ……)
容易ならざる状態の彼女に負担をかけたくは無かったが、背に腹は変えられない。
やむを得ず手記を渡すと、シシリーは抑揚のあまりない声で解読し始めた。
そこに語られたことは――はたして、物事の視点がまったく人間とは違う生き物の綴る、今までの連続殺人事件の記録であった。
育ての親たる管理者の殺害については、自分を作成した知恵ある獣(この時は人間という言葉を当てられなかったらしい)を理解しようと務めた結果のことで、攻撃を加えると崩壊するほど脆いことを初めて知ったらしい。
管理者の死体を隠蔽した後、アタナシウスは人が群れで生活すること・宗教という概念を持っていること・それが群れの統率に有用であること――などを学習している。
「『――同時期、わたしという個体の限界を知る。生存のためには『集団』が必要だと判断した。わたしは思考実験を開始した。』」
「わあ……とっても、嫌な予感」
アンジェの茶々入れにも反応せず、淡々とシシリーは解読結果を読み上げる。
「『どのようにすれば群れを為す思考が作れるか。幸いわたしには、管理人がわたしに用いてきた
精神に作用するちからが身に付いている。計画の実行には、集団を作る材料が必要だ。死体を白日の下に晒し、撒き餌とする。群れは蜂起し、わたしを探すだろう。』」
「あの死体晒しは、つまりわざとでしたか……!」
ウィルバーはアタナシウスの狡猾さに舌を巻いた。
賢者の搭への時間稼ぎと同時に、自分の望む方向への事態の誘導――これは、たかだか数年育ってきた魔法生物の知恵とも思えない。
アタナシウスは管理者の死体発見により搭から派遣された追手を、自らの実験動物として扱ったのである。
彼女曰く、花を介した改造の修練と実践――つまり、精神の一部を花に具現化して、手を加えることで己の眷属を増やそうという試みである。
その追手の中に含まれていたロバート氏に関しても、いくらか記述がある。
他の三つの個体――これは恐らく、同時に囚われた他の人員のことだろう――については実験が失敗して機能しなくなったものの、一つは情報を刷り込む事に成功したとある。
これが、彼のことなのだろう。
ただ、外見の事を指摘しているのか”通常の人間”足りえず、生餌として廃棄したとある。
アンジェがぽりぽりと頬を掻いた。
「あー……察するにそこら辺から、実験のために人間を誘拐して、次々と殺していったってことみたいだね」
「そのようだ。自ら目的を確立した創造物の思考は、常に合理性に満ちている。殺した人間の身体を発見させることで、さらなる実験材料を得ようということなのだろう。我々も、それに該当するということらしい」
「……なんだろう、鎧の兄ちゃんの話になると、さらに怖く聞こえる」
「実際、怖いものだからだろう」
がしゃりとつや消しの黒い鎧が鳴り、ナイトはフラットな口調とは裏腹に熱に浮かされた表情のシシリーへ手記の続きを促した。
「シシリー。続きを話してくれ」
「ええ……『苦痛を与え、思考を停止させる。情報の刷り込みを行いながら、幸福感を与える。それを繰り返して、脳に条件付けを行う。』」
「う、盗賊ギルドの洗脳技術と一緒……」
「飴と鞭の法則ってやつか。魔法使う奴でも、やり方は変わらないんだな」
妙に感心した様子のロンドのセリフに気を取られることも無く、シシリーの解読は続く。
「『心理の形成と紐付けができたら花を植え直す。わたしの情報が混ざった花を引き金として、抑圧を開放し、本来の思考を完全に歪曲させる。理論的にはこれで群れのひとかけが完成する。そろそろ一人目を完成させる必要がある。できればわたしを守れる強い人間がいい。』」
ぴくり、とウィルバーの眉が動いた。
アタナシウスの望む”一人目”とやらが、目の前の彼の仲間であることは疑いようがない。
聖北という宗教を備え、長剣を専業戦士並みに操り、さらには法術で肉体を回復させることもできる――そんな格好の人材が、そうそういるものではないだろう。
つまり。
依頼に釣られて体よく罠に飛び込んだ獲物こそが、旗を掲げる爪だったわけである。
「迂闊でしたね……せめて、これを先に分かっていれば――いえ、今となってはせん無きこと。ミカ、ナイト。これからの戦いの要点を、ロンドに分かるよう説明してやってください」
「ええと……。毒は一瞬しか効かない。特に麻痺毒は回復する、です」
「それから依頼人から貰った”花避けの雫”がある。これでアタナシウスが降らせる邪魔な花を、どうにかできるかもしれぬ」
ロンドがこくこくと素直に頷いたのに安堵し、ミカは他に覚えておかなければならない事項を掘り返した。
「あとは、シシリーさんの花ですね。正常な状態か”見られる”なら、それに越したことはありませんが……」
「そっちはあたしの管轄かな。よく『視れば』いいんだよね?問題ないよ。任せて」
アンジェは薄い胸をドンと叩いてみせた。
そして、周囲を不安げに飛交う妖精や精霊たちに言い聞かせる。
「姉ちゃんは精神がかなり不安定になってるから、スピカとランプさんは頑張って姉ちゃんを繋ぎ止めることに終始して。ムルは兄ちゃんにひっついて、兄ちゃんの援護をお願い。いつもみたいに姉ちゃんが動けるとは限らないみたいだからね」
彼らはホビットの説明に、一様に首肯している。
やがて彼らがホムンクルスが待ち構えている庭園の門へ近付くと、その嗅覚に花の香りが強く漂ってきた。
シシリーが、虚ろな目を彷徨わせつつ喘ぐように言った。
「……彼女と話をしていたわ」
「……」
「抵抗しようとすると干渉されて、その度、花がなくなった空白が膨らむ気がしたわ……。押し潰されると思ったの」
「……シリー」
「だって考えないことは気がとても楽なのよ。彼女は私を開放してくれる……彼女は私の名前を呼んだわ。幸せな気持ちを流しこみながら。そのうち名前を呼ばれるだけで、ふっと心が替わるようになった」
「……シリー」
「今ははっきり分かるの。自分の中に、何も考えなくていいって、解放されたい別の自分が作られている」

この途方もない空洞を埋めて、逃れ得ぬ乾きから逃れたいという自分が。
まだ傷ついている心の傷から、無理矢理にかつての仲間へ捧げた薔薇を抜かれた己を忘れてしまいたい自分が。
絶望と痛みに悶える状況から、逃れたいと望む自分が。
「シリー!……なあ。俺、得意なことではないけど、あれからずっと考えていた。シリーをどうやったら引き戻せるか。多分、簡単なことだったんだ」
ロンドはシシリーの眼前に佇み、その涙の膜に覆われた瞳を覗き込んだ。
まるで鏡に映し出された虚像のように――彼は話し始める。
ふと――シシリーは思った。
彼もまた、犬猿の仲であったがために、ある意味でテーゼンの鏡像だったのではないかと。
「……見間違えないさ、あの赤いバラは。今のシリーは、多少『内気』になってるだけだ」
分厚いざらついた掌が、がっしりとシシリーの左手を包み込んだ。
良い感触とはお世辞にも言えないが、しっかりした温かさと安心感が、真っ直ぐに彼女の精神へと注ぎ込まれる。
「取り戻しに行こう、シリーの『情熱』を。アイツを忘れさせたりなんてしない」
「そう、あなたたちは皆、わたしを狩りに来た。狩られぬようにはどうすればいいのかを、少し考えたの。数は力。わたしを匿う賛同者が必要だわ。できれば多い方がいい」
少女の指先が、また淡い赤の光に包まれる。
「ひとの数の暴力に対抗できる、それだけの数が欲しい」
「っ……何を――」

「だけど、わたしに眷属を生む力はない。夜に歌う吸血鬼たちのように、しもべを作ることはできない」
危険だ。
実際に危害を加えられているわけではない。
だが、少女の言葉に耳を傾けるのは――ひどく危険なことだ。
そう判断したシシリーは、急いで後退しようとしたが――なんら制約を架せられていないはずの足は、ちっとも動こうとしない。
「でも、実験して一定の理解をした。検証を繰り返して手段を確立した。わたしは花を育てることができる。それを土に埋めることができる」
「――来ないで」
「あなたの心から花を抜き、わたしが育ててもう一度植えるの。そうすれば、理性の外殻を潜って
あなたにわたしを落とし込める。あなたは狩るべき獣に頭を垂れ、自ら『集団』の最初の一人となる」
「……――!そんな、ことが……!まさか、発狂と変死の原因って……!」」
彼女は、摺り足でシシリーに近づいてきた。
「きちんと花を植えるために、まずはあなたの輪郭を、わたしによく見せて――そう、まずは。あなたの根幹を為すもの。あなたの名前を、教えて――」
「いや――止めて、近づかないで――……」
空っぽが大きくなる。
これはテアとテーゼンを、己のミスから失ってしまった時に出来た空洞であることにシシリーは気づいていた。
このまま狂ってしまえたなら、2人を永久になくしてしまった心の寒さから解放されるのではないだろうか?
ああ、ダメだ、ダメだ。狂ってしまったら本当に全部なくなってしまう!
湖に沈もうとした自分を救ってくれたテアを、初めてはっきりと自覚できる恋心を抱いたテーゼンを、あの空洞の奥へと追いやってしまうだろう――空虚に満たされたくはない――!
穴の向こうに、黒い翼が見えた。
「いやだ――助けて、テーゼン!」
「テーゼン――それが、この薔薇を捧げた相手――ね?そう。わたしの名前は教えたわね――アタナシウス。さあ、あなたも名乗ってちょうだい」
言いたくない、と歯を食いしばっていたつもりでいたのだが、見えない何かに操られているように唇がわななき、ついに彼女は名前を伝えてしまった。
「シ………シシリー……」
「シシリー。もうすぐ花が育つわ。あなたのものを、あなたのところへ取り戻す時よ」
「ダメ、よ。私の中から、出て、行って。出て。ここを出て。会いに行く」
「そう、会いましょう。来たら花を戻してあげる。あなたはもう知っているわ。わたしがどこで待っているか。待っているわ、シシリー。合図をしたら――」
合図を、したら?
「――シシリーさん!」
「………っ!?」
身を震わせたシシリーが辺りを知覚すると、そこはすでに未知の暗い空間でも、依頼人のロバート氏の隠れている小屋でもなく、薄暗い廃屋の一角であった。
温かな光に包まれたスピカが肩に止まっているミカが、気遣わしげにこちらを覗きこんでいる。
どうやら、スピカがフォウの眷属の力を発揮して、再び彼女の意識を現実に引き戻してくれたものらしい。
青い双眸の隅に、興味深そうに一冊の本を代わる代わる手にしている仲間たちが映った。
「大丈夫ですか?今、この廃屋にあった手記を読もうとしてたんですが――みんなが読めない言葉で書いてあって、困っていたところなんです。何でも、未知の言語体系で書かれているそうなんですけど……ウィルバーさんでもお手上げみたいで」
残り少ない頭髪をむしるようにして、彼は唸っている。
「駄目です――さっぱり手に負えません。これはアタナシウスが書いたのでしょうか?」
「――う。……。そう、よ。彼女が書いた」
「……シシリー、さん?」
「いずれ作る群れのために。群れの者なら、分かるわ」
「……シ――!」
「待て、ミカ。……シリーなら、読めるんだな?」
家族同然の少年の問い掛けに、薄く微笑んだ少女は頷いた。
「……解読を頼めるか」
「ええ。わかったわ。彼女もそれを望んでいるもの」
そう語るシシリーの表情には、穏やかな恍惚と僅かな正気が入り混じり、瞳に妖しくも美しい葛藤の熱を渦巻かせている。
その様子を認めたウィルバーは、左の眉をひょいと上げた。

(かなり表層の意識にまで影響が出ていますね……。本当に時間がありませんよ……)
容易ならざる状態の彼女に負担をかけたくは無かったが、背に腹は変えられない。
やむを得ず手記を渡すと、シシリーは抑揚のあまりない声で解読し始めた。
そこに語られたことは――はたして、物事の視点がまったく人間とは違う生き物の綴る、今までの連続殺人事件の記録であった。
育ての親たる管理者の殺害については、自分を作成した知恵ある獣(この時は人間という言葉を当てられなかったらしい)を理解しようと務めた結果のことで、攻撃を加えると崩壊するほど脆いことを初めて知ったらしい。
管理者の死体を隠蔽した後、アタナシウスは人が群れで生活すること・宗教という概念を持っていること・それが群れの統率に有用であること――などを学習している。
「『――同時期、わたしという個体の限界を知る。生存のためには『集団』が必要だと判断した。わたしは思考実験を開始した。』」
「わあ……とっても、嫌な予感」
アンジェの茶々入れにも反応せず、淡々とシシリーは解読結果を読み上げる。
「『どのようにすれば群れを為す思考が作れるか。幸いわたしには、管理人がわたしに用いてきた
精神に作用するちからが身に付いている。計画の実行には、集団を作る材料が必要だ。死体を白日の下に晒し、撒き餌とする。群れは蜂起し、わたしを探すだろう。』」
「あの死体晒しは、つまりわざとでしたか……!」
ウィルバーはアタナシウスの狡猾さに舌を巻いた。
賢者の搭への時間稼ぎと同時に、自分の望む方向への事態の誘導――これは、たかだか数年育ってきた魔法生物の知恵とも思えない。
アタナシウスは管理者の死体発見により搭から派遣された追手を、自らの実験動物として扱ったのである。
彼女曰く、花を介した改造の修練と実践――つまり、精神の一部を花に具現化して、手を加えることで己の眷属を増やそうという試みである。
その追手の中に含まれていたロバート氏に関しても、いくらか記述がある。
他の三つの個体――これは恐らく、同時に囚われた他の人員のことだろう――については実験が失敗して機能しなくなったものの、一つは情報を刷り込む事に成功したとある。
これが、彼のことなのだろう。
ただ、外見の事を指摘しているのか”通常の人間”足りえず、生餌として廃棄したとある。
アンジェがぽりぽりと頬を掻いた。
「あー……察するにそこら辺から、実験のために人間を誘拐して、次々と殺していったってことみたいだね」
「そのようだ。自ら目的を確立した創造物の思考は、常に合理性に満ちている。殺した人間の身体を発見させることで、さらなる実験材料を得ようということなのだろう。我々も、それに該当するということらしい」
「……なんだろう、鎧の兄ちゃんの話になると、さらに怖く聞こえる」
「実際、怖いものだからだろう」
がしゃりとつや消しの黒い鎧が鳴り、ナイトはフラットな口調とは裏腹に熱に浮かされた表情のシシリーへ手記の続きを促した。
「シシリー。続きを話してくれ」
「ええ……『苦痛を与え、思考を停止させる。情報の刷り込みを行いながら、幸福感を与える。それを繰り返して、脳に条件付けを行う。』」
「う、盗賊ギルドの洗脳技術と一緒……」
「飴と鞭の法則ってやつか。魔法使う奴でも、やり方は変わらないんだな」
妙に感心した様子のロンドのセリフに気を取られることも無く、シシリーの解読は続く。
「『心理の形成と紐付けができたら花を植え直す。わたしの情報が混ざった花を引き金として、抑圧を開放し、本来の思考を完全に歪曲させる。理論的にはこれで群れのひとかけが完成する。そろそろ一人目を完成させる必要がある。できればわたしを守れる強い人間がいい。』」
ぴくり、とウィルバーの眉が動いた。
アタナシウスの望む”一人目”とやらが、目の前の彼の仲間であることは疑いようがない。
聖北という宗教を備え、長剣を専業戦士並みに操り、さらには法術で肉体を回復させることもできる――そんな格好の人材が、そうそういるものではないだろう。
つまり。
依頼に釣られて体よく罠に飛び込んだ獲物こそが、旗を掲げる爪だったわけである。
「迂闊でしたね……せめて、これを先に分かっていれば――いえ、今となってはせん無きこと。ミカ、ナイト。これからの戦いの要点を、ロンドに分かるよう説明してやってください」
「ええと……。毒は一瞬しか効かない。特に麻痺毒は回復する、です」
「それから依頼人から貰った”花避けの雫”がある。これでアタナシウスが降らせる邪魔な花を、どうにかできるかもしれぬ」
ロンドがこくこくと素直に頷いたのに安堵し、ミカは他に覚えておかなければならない事項を掘り返した。
「あとは、シシリーさんの花ですね。正常な状態か”見られる”なら、それに越したことはありませんが……」
「そっちはあたしの管轄かな。よく『視れば』いいんだよね?問題ないよ。任せて」
アンジェは薄い胸をドンと叩いてみせた。
そして、周囲を不安げに飛交う妖精や精霊たちに言い聞かせる。
「姉ちゃんは精神がかなり不安定になってるから、スピカとランプさんは頑張って姉ちゃんを繋ぎ止めることに終始して。ムルは兄ちゃんにひっついて、兄ちゃんの援護をお願い。いつもみたいに姉ちゃんが動けるとは限らないみたいだからね」
彼らはホビットの説明に、一様に首肯している。
やがて彼らがホムンクルスが待ち構えている庭園の門へ近付くと、その嗅覚に花の香りが強く漂ってきた。
シシリーが、虚ろな目を彷徨わせつつ喘ぐように言った。
「……彼女と話をしていたわ」
「……」
「抵抗しようとすると干渉されて、その度、花がなくなった空白が膨らむ気がしたわ……。押し潰されると思ったの」
「……シリー」
「だって考えないことは気がとても楽なのよ。彼女は私を開放してくれる……彼女は私の名前を呼んだわ。幸せな気持ちを流しこみながら。そのうち名前を呼ばれるだけで、ふっと心が替わるようになった」
「……シリー」
「今ははっきり分かるの。自分の中に、何も考えなくていいって、解放されたい別の自分が作られている」

この途方もない空洞を埋めて、逃れ得ぬ乾きから逃れたいという自分が。
まだ傷ついている心の傷から、無理矢理にかつての仲間へ捧げた薔薇を抜かれた己を忘れてしまいたい自分が。
絶望と痛みに悶える状況から、逃れたいと望む自分が。
「シリー!……なあ。俺、得意なことではないけど、あれからずっと考えていた。シリーをどうやったら引き戻せるか。多分、簡単なことだったんだ」
ロンドはシシリーの眼前に佇み、その涙の膜に覆われた瞳を覗き込んだ。
まるで鏡に映し出された虚像のように――彼は話し始める。
ふと――シシリーは思った。
彼もまた、犬猿の仲であったがために、ある意味でテーゼンの鏡像だったのではないかと。
「……見間違えないさ、あの赤いバラは。今のシリーは、多少『内気』になってるだけだ」
分厚いざらついた掌が、がっしりとシシリーの左手を包み込んだ。
良い感触とはお世辞にも言えないが、しっかりした温かさと安心感が、真っ直ぐに彼女の精神へと注ぎ込まれる。
「取り戻しに行こう、シリーの『情熱』を。アイツを忘れさせたりなんてしない」
2016/12/09 02:59 [edit]
category: 永遠なる花盗人
tb: -- cm: 0
Fri.
永遠なる花盗人その2 
シシリーが未だ、少女の咲かせる白昼夢の最中にあった頃。
リューン郊外の森――その昔、旗を掲げる爪が、魔女の薬草探索依頼を受けて訪れた場所だ。
失明の危険がある娘を救うため、森のあちらこちらを探索し尽くしたつもりだったが、今いるのはかつて踏破したエリアから僅かに外れている地点である。
質素だが整頓された小屋の中は元々木こり用のものだったようだが、けして居心地の悪いものではなかった。
真新しい「白」い包帯で右半身を隠している男が、古い茶器で客にハーブティーを淹れる。
この痛々しい姿の青年こそが、今回の依頼人で、ミカに植物系魔術の手ほどきをしたロバート・ライリーであった。
リューン郊外の森――その昔、旗を掲げる爪が、魔女の薬草探索依頼を受けて訪れた場所だ。
失明の危険がある娘を救うため、森のあちらこちらを探索し尽くしたつもりだったが、今いるのはかつて踏破したエリアから僅かに外れている地点である。
質素だが整頓された小屋の中は元々木こり用のものだったようだが、けして居心地の悪いものではなかった。
真新しい「白」い包帯で右半身を隠している男が、古い茶器で客にハーブティーを淹れる。
この痛々しい姿の青年こそが、今回の依頼人で、ミカに植物系魔術の手ほどきをしたロバート・ライリーであった。
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賢者の搭の命でホムンクルス討伐に駆り出され失敗し、搭を追い出された彼は、かねてより交流のあったミカ個人に連絡を取り、今回の依頼を持ちかけたのである。
カモミールとレモングラスの香りを顎に受けつつ、ウィルバーはゆっくりと口を開いた。
「経過は今述べた通りなのですが――ライリーさん。それで当時のことをもう一度、お聞かせ願いたいのです」
「私でよければお答えしますが……。実りのあるものとなるかどうか。ですが、これでも依頼人です。情報の整頓でしたら、いくらでも付き合いますよ」
「恐縮です。お手数をおかけします」
「前に居眠りした分、ロンドは聞いておくのだぞ」
「う、分かってるって。悪かったよ……」
ロバート氏はやや躊躇った後、おもむろに当時のことを語り始めた。
「私含む塔の下位魔術師四名、そして雇われの戦士二名。まずは捕獲を視野に入れて、計六名で挑みました」
そこで苦々しい笑みを口の端に浮かべる。
「ですが、彼女の方が格上でしたね。不意を打たれて、戦士の一人が『花』を抜き取られました」
「やはり鍵になるのは花ですか……」
「ほどなくして、花を奪われた戦士の異常が始まりました。昏睡、幻覚、そして発狂。看病していた魔術師を切り捨てたところで我に返り、再び発狂、自殺。塔も事態を重く見て、ここで討伐に切り替えました」
だが、そもそもが6名でどうしようもなかった相手である。
残りの4名で打ち勝てるはずも無く、
「……ご覧の通りです」
と、ロバート氏は包帯の巻かれた右腕を挙げた。
話を聞きながら黙ってハーブティーを飲んでいたウィルバーだったが、微かに音を立ててカップをソーサーに収めると、疑問を口にした。
「失礼を承知でお聞きします。貴方はどうやって生還を?」
「鼠が皆、同じ実験を受けるわけではない――では、答えになりませんね。生け捕りにされた後、花を接ぎ木されたのですよ」
ロバート氏はミカに手伝って貰い、右半身を覆っている包帯の一部を解き始めた。
右手の指先から肘までを隠す包帯が外された箇所は、植物の蔦と根がびっしりと張り巡らされている――まるで込み入った血管のようだ。
包帯の下にある部分は、全て同じようになっているのだろう。
さすがに息を呑んだ冒険者たちを責めるでもなく、彼は淡々と告げた。
「物理的に――魔術を掛け合わせ、生きたまま合成獣でも作るように。植物使いとしては、らしい末路ではありますがね。ミカさんにこんな事が起こらないよう、祈ってますよ」
ロバート氏の深沈とした隻眼は、寂しげに細められた。
請われるまま、丁寧に包帯を巻き直したミカは彼に尋ねる。

「……貴方はこれからどうするのです?」
「何とかやっていきます。あなたもご存知の通り、調剤の知識もありますし。ご心配、ありがとうございます」
「もう、搭に戻ることはできないんですか?だって……」
「それは無理、というものでしょう。合成獣を元の個体ずつに戻すすべは、失われて久しい。期待をするのは止めるべきです」
ロバート氏は、すげなくミカの希望を退けた。
「搭を恨んでいないと言えば、嘘になりますが……まあ、研究対象として保存だの実験だのされるよりは、よほどマシな状態です。これ以上を望むのは贅沢過ぎます」
重苦しい雰囲気が辺りを包む。
物理的な質量すら持っていそうな空気を、ウィルバーの怜悧な声が切り裂いた。
「ストレートにお尋ねします。あのホムンクルスが、あなただけを生かしている今の状態を、どう判断されますか?」
「まあ……その。本音のところを言えば……私というのは、彼女にとって他者を呼ぶ生餌だとは、何となく気付いています。悔しいなあとは、思っていますよ。ですから、悔しいなりに一矢報いたいと思うのです。無力な駒なりに、ね」
ロバート氏の言葉に含まれた感情に、ウィルバーは少なからず疑っていた可能性――氏がホムンクルスと裏で手を結んでいる、ないしホムンクルスを操っている――を否定した。
彼は心底、仲間を殺され、これまでのコミュニティから放逐された恨みを果たさんと、たった独りで動いているのだろう。
そう結論付けたウィルバーは、今度はホムンクルスの能力について知る限りのことを話して欲しいと頼むことにした。
「毒の類は一瞬しか効果がありませんでしたね。外見に惑わされてはいけません。麻痺毒は、逆に傷を癒します。おまけに頭の回る相手です。最初は塔で飼育されていましたが、管理者を殺して死体を持ち去っています」
「管理者……ホムンクルスの創造主ですね?」
「ええ。当初は、管理者がホムンクルスを連れて逃避行を行なったと思われていたのですよ。偽装工作だと判明した時には、すでに後手後手に回っていました」
「管理人の死体は見つかったのですか?」
「雨上がりの朝に、民家の軒先に首を吊るされて発見されています」
ロバート氏の話に、アンジェは顔を歪めて嫌がった。
「まるで百舌鳥の速贄みたいだ。怖いなあ……」
「ですが――頭が回るにしては、ひどく大げさなネタばらしですね?」
「彼女のすることですから、何がしか意味があるとは思います」
「ふむ……意味ですか……」
「けれど、彼女の倫理は我々のものとは明らかにかけ離れている。話すことはできても、意思疎通を行うことは……。困難、だと思いますね」
「説得で花を返してもらう、という展開は諦めろってことか?」
ロンドの的を射た質問に対し、ロバート氏は気の毒そうに頷く。
少年は獰猛な獣が不快に感じた時のような唸り声を上げ、しばし眉根を寄せていたが、
「花について、あとはホムンクルスがしている実験について何か知っていないか?」
と尋ねた。
自身の辛い体験を思い出したのだろう、ロバート氏は着ていたベストを皺が寄るほどぎゅっと握り締めたが、短く深呼吸して再び話し始めた。
「花については、精神の一部の具象化ということしか私も知識にはありません。……すみません。実験についても、それぞれ隔離されていましたから。けれど、自分にされたことはお話しすることができます」
「聞かせてくれ」
「はい……肉体を土壌に例え、花を咲かせる実験です。私の場合は、実物の花と魔術で行なわれました」
「実際の植物を植え付けられた――状況を見るに『それだけ』とは言い難いが、それによって貴方は辛うじて難を逃れた」
ナイトは自分がかつて置かれていた環境を思い出し、淡々と事実を指摘する。
合成獣にかけては、恐らく彼が一緒に居た(仕えていたとは言わない)魔術師・コランダムほど非道な実験を繰り返していた者はいないはずだ。
人間を人としての意志を殺さず、まったくの”化け物”に変えてしまう技術を目の当たりにしていた経験からすると、かのホムンクルスの実験とやらは、妙に片手落ちのように思われた。
「ええ、その通りです。実験が終わったら終わったで捨て置かれたままでしたから。……何だか、毎度使い捨てですね」
「しかし、貴方は『貴方』のまま生き残っている。……この差は大きい」
「……はい……」
詳しく語らずとも、ナイトが言外に含めた意味に気付いたのだろう。
幾分かリラックスした頬の緩みが、冒険者たちには少し明るく見えた。
「……さて、本題ですね。私が受けた実験は、今の通り。そして彼女の性質を考えるに、行なっていることは予測できます」
「……土壌と種。花。精神に干渉する……」
ウィルバーがぶつぶつと口にしている言葉の断片を拾い、ロンドがぼそりと呟いた。
「……。精神から抜き出した花を?」
ロバート氏が我が意を得たとでも言うように首を縦に振った。
「……予測ですが。ただ、抜き取った花を戻したのでは、あの発狂に説明がつかないのです」
「そうですよね……」
顎に繊細な指をかけたミカが、己の脳にある限りの魔術的知識を引き出して思考する。
「精神の欠けが戻るということは、精神が正常化するということ。……確かにおかしいです」
「あなたも気付きましたか。そう、かといって違う記憶を出し入れするのには、相当高度な手順や技術が必要です。……そこで、私は思ったのです。花は精神の一部の具象化」
ロバート氏はすっと左手を伸ばし、天井からドライ処理のため吊り下げていたカモミールから、一輪だけ花を抜き取る。
花の一部――花弁の端を、すでに底へ数センチしか残っていないハーブティーへ漬けた。
当然、茶に浸された花弁は、じわじわと水分を含んでいく――。
「この『元ある要素』を歪めて戻そうとしているのではないかと。当然、奪われた要素は完全に切り離されてはいないので、歪められる時点で本来の持ち主に異常が起こる……」
「この花びらは、奪われた姉ちゃんの花と同じってこと?」
「はい。シシリーさんも、まさに今その事態に直面している……。私は、そう考えます」
「うーん。どう思う、おっちゃん」
「推論の域は出ませんね。上で寝かせているシシリーに話を聞くことができれば、それが一番ですけれども……」
その時。
ギイィ、と扉を開ける軋みが、まるで見慣れぬ怪物の現れる予兆のように響いた。
びくりと肩を震わせたアンジェが、咄嗟に腕輪に手をかけるが――そこから現れた姿を見て、ほっと安堵の息をついた。
ミカが嬉しそうに呼びかける。
「と、噂をすれば影が差しましたね。シシリーさん、大丈夫ですか?」
「……頭が、痛いの……」
「シリー、こっちへ。まずは座れ」
頼りなげな足取りを気遣い、ロンドは家族へ手を差し伸べた。
それに縋るようにして彼女は支えられ、ミカの手も借りてどうにか椅子に座り込んだ。
「推論と情報が色々出ましたね。ちょっとまとめてみましょうか」
「花については詳細不明。でも、精神の一部の具象化であり、無断で抜いていいものじゃない。……これだけあれば十分じゃん。姉ちゃんの花は取り戻すべきもの、だよ」
「ぶぶーっ。それでは不十分ですよ」
「何か足りなかった?」
「ええ。ホムンクルスの実験は花を加工するものらしい、と話をしたでしょう?ですから、正常な形で取り戻す必要があります。歪められたまま返すと、シシリーにどんな影響が及ぶか保証できませんからね」
「ですが、まだ肝心なことが分かってないのではないですか?」
痛みにより頭を抱えているシシリーの負担を軽減しようと、そっと背中を摩っているミカが、薄毛の魔術師とホビットの娘のやり取りに口を挟んだ。
「ホムンクルスの名前と居場所は?」
「……――。――アタナシウス」
摩られるままになっていた少女の口が動いていた。
ウィルバーの黒い目が見開かれる。
「――ッ、シシリー?」

「アタナシウス。永遠を望む。彼女は集団を求めている。害意に晒されても抗える強い強い群れ――いや、やめて。私の中に入ってこないで……」
「シシリー、しっかりなさい!」
「北西の廃墟。庭園。会いに行く。アタナシウス、必ず」
のっそりとした動作でロンドがウィルバーを押しのけ、シシリーの前に立った。
「……。アタナシウス。それが、花盗人の名だな?」
「私を、待ってる。名前、名前を呼ぶ声が、空洞に響いて、自分が、自分じゃ」
「ご主人様!」
ロンドの肩から飛んだスピカが、身体を光らせてシシリーの目前を旋回する。
フォウの眷属に許された柔らかで綺麗な光が、彼女の正気を無理矢理引き起こした。
「あ――み、みんな……?私、一体、何を――」
ロンドが少女の肩を掴んで励ます。
「大丈夫。大丈夫だ、シリー。必ず元に戻してみせる。野郎……俺たちのリーダーをこのままにしておけるか」
「……行きましょう。その庭園とやらに。そこに全部、あるのでしょう?」
ウィルバーの促しを契機に、冒険者たちは各々の荷物をまとめ始めた。
深い息を吐いたロバート氏が、静かに目を閉じる。
「……行かれるのですね」
「ああ。花を取り戻すにしろ、もう一度会う必要はあるしな。……探す手間が省けた」
「……どうか、よろしくお願いします」
と言って、今回の依頼人は深々と頭を下げた。
カモミールとレモングラスの香りを顎に受けつつ、ウィルバーはゆっくりと口を開いた。
「経過は今述べた通りなのですが――ライリーさん。それで当時のことをもう一度、お聞かせ願いたいのです」
「私でよければお答えしますが……。実りのあるものとなるかどうか。ですが、これでも依頼人です。情報の整頓でしたら、いくらでも付き合いますよ」
「恐縮です。お手数をおかけします」
「前に居眠りした分、ロンドは聞いておくのだぞ」
「う、分かってるって。悪かったよ……」
ロバート氏はやや躊躇った後、おもむろに当時のことを語り始めた。
「私含む塔の下位魔術師四名、そして雇われの戦士二名。まずは捕獲を視野に入れて、計六名で挑みました」
そこで苦々しい笑みを口の端に浮かべる。
「ですが、彼女の方が格上でしたね。不意を打たれて、戦士の一人が『花』を抜き取られました」
「やはり鍵になるのは花ですか……」
「ほどなくして、花を奪われた戦士の異常が始まりました。昏睡、幻覚、そして発狂。看病していた魔術師を切り捨てたところで我に返り、再び発狂、自殺。塔も事態を重く見て、ここで討伐に切り替えました」
だが、そもそもが6名でどうしようもなかった相手である。
残りの4名で打ち勝てるはずも無く、
「……ご覧の通りです」
と、ロバート氏は包帯の巻かれた右腕を挙げた。
話を聞きながら黙ってハーブティーを飲んでいたウィルバーだったが、微かに音を立ててカップをソーサーに収めると、疑問を口にした。
「失礼を承知でお聞きします。貴方はどうやって生還を?」
「鼠が皆、同じ実験を受けるわけではない――では、答えになりませんね。生け捕りにされた後、花を接ぎ木されたのですよ」
ロバート氏はミカに手伝って貰い、右半身を覆っている包帯の一部を解き始めた。
右手の指先から肘までを隠す包帯が外された箇所は、植物の蔦と根がびっしりと張り巡らされている――まるで込み入った血管のようだ。
包帯の下にある部分は、全て同じようになっているのだろう。
さすがに息を呑んだ冒険者たちを責めるでもなく、彼は淡々と告げた。
「物理的に――魔術を掛け合わせ、生きたまま合成獣でも作るように。植物使いとしては、らしい末路ではありますがね。ミカさんにこんな事が起こらないよう、祈ってますよ」
ロバート氏の深沈とした隻眼は、寂しげに細められた。
請われるまま、丁寧に包帯を巻き直したミカは彼に尋ねる。

「……貴方はこれからどうするのです?」
「何とかやっていきます。あなたもご存知の通り、調剤の知識もありますし。ご心配、ありがとうございます」
「もう、搭に戻ることはできないんですか?だって……」
「それは無理、というものでしょう。合成獣を元の個体ずつに戻すすべは、失われて久しい。期待をするのは止めるべきです」
ロバート氏は、すげなくミカの希望を退けた。
「搭を恨んでいないと言えば、嘘になりますが……まあ、研究対象として保存だの実験だのされるよりは、よほどマシな状態です。これ以上を望むのは贅沢過ぎます」
重苦しい雰囲気が辺りを包む。
物理的な質量すら持っていそうな空気を、ウィルバーの怜悧な声が切り裂いた。
「ストレートにお尋ねします。あのホムンクルスが、あなただけを生かしている今の状態を、どう判断されますか?」
「まあ……その。本音のところを言えば……私というのは、彼女にとって他者を呼ぶ生餌だとは、何となく気付いています。悔しいなあとは、思っていますよ。ですから、悔しいなりに一矢報いたいと思うのです。無力な駒なりに、ね」
ロバート氏の言葉に含まれた感情に、ウィルバーは少なからず疑っていた可能性――氏がホムンクルスと裏で手を結んでいる、ないしホムンクルスを操っている――を否定した。
彼は心底、仲間を殺され、これまでのコミュニティから放逐された恨みを果たさんと、たった独りで動いているのだろう。
そう結論付けたウィルバーは、今度はホムンクルスの能力について知る限りのことを話して欲しいと頼むことにした。
「毒の類は一瞬しか効果がありませんでしたね。外見に惑わされてはいけません。麻痺毒は、逆に傷を癒します。おまけに頭の回る相手です。最初は塔で飼育されていましたが、管理者を殺して死体を持ち去っています」
「管理者……ホムンクルスの創造主ですね?」
「ええ。当初は、管理者がホムンクルスを連れて逃避行を行なったと思われていたのですよ。偽装工作だと判明した時には、すでに後手後手に回っていました」
「管理人の死体は見つかったのですか?」
「雨上がりの朝に、民家の軒先に首を吊るされて発見されています」
ロバート氏の話に、アンジェは顔を歪めて嫌がった。
「まるで百舌鳥の速贄みたいだ。怖いなあ……」
「ですが――頭が回るにしては、ひどく大げさなネタばらしですね?」
「彼女のすることですから、何がしか意味があるとは思います」
「ふむ……意味ですか……」
「けれど、彼女の倫理は我々のものとは明らかにかけ離れている。話すことはできても、意思疎通を行うことは……。困難、だと思いますね」
「説得で花を返してもらう、という展開は諦めろってことか?」
ロンドの的を射た質問に対し、ロバート氏は気の毒そうに頷く。
少年は獰猛な獣が不快に感じた時のような唸り声を上げ、しばし眉根を寄せていたが、
「花について、あとはホムンクルスがしている実験について何か知っていないか?」
と尋ねた。
自身の辛い体験を思い出したのだろう、ロバート氏は着ていたベストを皺が寄るほどぎゅっと握り締めたが、短く深呼吸して再び話し始めた。
「花については、精神の一部の具象化ということしか私も知識にはありません。……すみません。実験についても、それぞれ隔離されていましたから。けれど、自分にされたことはお話しすることができます」
「聞かせてくれ」
「はい……肉体を土壌に例え、花を咲かせる実験です。私の場合は、実物の花と魔術で行なわれました」
「実際の植物を植え付けられた――状況を見るに『それだけ』とは言い難いが、それによって貴方は辛うじて難を逃れた」
ナイトは自分がかつて置かれていた環境を思い出し、淡々と事実を指摘する。
合成獣にかけては、恐らく彼が一緒に居た(仕えていたとは言わない)魔術師・コランダムほど非道な実験を繰り返していた者はいないはずだ。
人間を人としての意志を殺さず、まったくの”化け物”に変えてしまう技術を目の当たりにしていた経験からすると、かのホムンクルスの実験とやらは、妙に片手落ちのように思われた。
「ええ、その通りです。実験が終わったら終わったで捨て置かれたままでしたから。……何だか、毎度使い捨てですね」
「しかし、貴方は『貴方』のまま生き残っている。……この差は大きい」
「……はい……」
詳しく語らずとも、ナイトが言外に含めた意味に気付いたのだろう。
幾分かリラックスした頬の緩みが、冒険者たちには少し明るく見えた。
「……さて、本題ですね。私が受けた実験は、今の通り。そして彼女の性質を考えるに、行なっていることは予測できます」
「……土壌と種。花。精神に干渉する……」
ウィルバーがぶつぶつと口にしている言葉の断片を拾い、ロンドがぼそりと呟いた。
「……。精神から抜き出した花を?」
ロバート氏が我が意を得たとでも言うように首を縦に振った。
「……予測ですが。ただ、抜き取った花を戻したのでは、あの発狂に説明がつかないのです」
「そうですよね……」
顎に繊細な指をかけたミカが、己の脳にある限りの魔術的知識を引き出して思考する。
「精神の欠けが戻るということは、精神が正常化するということ。……確かにおかしいです」
「あなたも気付きましたか。そう、かといって違う記憶を出し入れするのには、相当高度な手順や技術が必要です。……そこで、私は思ったのです。花は精神の一部の具象化」
ロバート氏はすっと左手を伸ばし、天井からドライ処理のため吊り下げていたカモミールから、一輪だけ花を抜き取る。
花の一部――花弁の端を、すでに底へ数センチしか残っていないハーブティーへ漬けた。
当然、茶に浸された花弁は、じわじわと水分を含んでいく――。
「この『元ある要素』を歪めて戻そうとしているのではないかと。当然、奪われた要素は完全に切り離されてはいないので、歪められる時点で本来の持ち主に異常が起こる……」
「この花びらは、奪われた姉ちゃんの花と同じってこと?」
「はい。シシリーさんも、まさに今その事態に直面している……。私は、そう考えます」
「うーん。どう思う、おっちゃん」
「推論の域は出ませんね。上で寝かせているシシリーに話を聞くことができれば、それが一番ですけれども……」
その時。
ギイィ、と扉を開ける軋みが、まるで見慣れぬ怪物の現れる予兆のように響いた。
びくりと肩を震わせたアンジェが、咄嗟に腕輪に手をかけるが――そこから現れた姿を見て、ほっと安堵の息をついた。
ミカが嬉しそうに呼びかける。
「と、噂をすれば影が差しましたね。シシリーさん、大丈夫ですか?」
「……頭が、痛いの……」
「シリー、こっちへ。まずは座れ」
頼りなげな足取りを気遣い、ロンドは家族へ手を差し伸べた。
それに縋るようにして彼女は支えられ、ミカの手も借りてどうにか椅子に座り込んだ。
「推論と情報が色々出ましたね。ちょっとまとめてみましょうか」
「花については詳細不明。でも、精神の一部の具象化であり、無断で抜いていいものじゃない。……これだけあれば十分じゃん。姉ちゃんの花は取り戻すべきもの、だよ」
「ぶぶーっ。それでは不十分ですよ」
「何か足りなかった?」
「ええ。ホムンクルスの実験は花を加工するものらしい、と話をしたでしょう?ですから、正常な形で取り戻す必要があります。歪められたまま返すと、シシリーにどんな影響が及ぶか保証できませんからね」
「ですが、まだ肝心なことが分かってないのではないですか?」
痛みにより頭を抱えているシシリーの負担を軽減しようと、そっと背中を摩っているミカが、薄毛の魔術師とホビットの娘のやり取りに口を挟んだ。
「ホムンクルスの名前と居場所は?」
「……――。――アタナシウス」
摩られるままになっていた少女の口が動いていた。
ウィルバーの黒い目が見開かれる。
「――ッ、シシリー?」

「アタナシウス。永遠を望む。彼女は集団を求めている。害意に晒されても抗える強い強い群れ――いや、やめて。私の中に入ってこないで……」
「シシリー、しっかりなさい!」
「北西の廃墟。庭園。会いに行く。アタナシウス、必ず」
のっそりとした動作でロンドがウィルバーを押しのけ、シシリーの前に立った。
「……。アタナシウス。それが、花盗人の名だな?」
「私を、待ってる。名前、名前を呼ぶ声が、空洞に響いて、自分が、自分じゃ」
「ご主人様!」
ロンドの肩から飛んだスピカが、身体を光らせてシシリーの目前を旋回する。
フォウの眷属に許された柔らかで綺麗な光が、彼女の正気を無理矢理引き起こした。
「あ――み、みんな……?私、一体、何を――」
ロンドが少女の肩を掴んで励ます。
「大丈夫。大丈夫だ、シリー。必ず元に戻してみせる。野郎……俺たちのリーダーをこのままにしておけるか」
「……行きましょう。その庭園とやらに。そこに全部、あるのでしょう?」
ウィルバーの促しを契機に、冒険者たちは各々の荷物をまとめ始めた。
深い息を吐いたロバート氏が、静かに目を閉じる。
「……行かれるのですね」
「ああ。花を取り戻すにしろ、もう一度会う必要はあるしな。……探す手間が省けた」
「……どうか、よろしくお願いします」
と言って、今回の依頼人は深々と頭を下げた。
2016/12/09 02:56 [edit]
category: 永遠なる花盗人
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Fri.
永遠なる花盗人その1 
ステンドグラス越しの月光を受けるシシリーの聖印は、真昼時のような影を彼女の胸に落としている。
聖印の持ち主は、ようやく血色が元に復しつつある顔を仰いだ。
春の海と同じ色の瞳に映るのは、リューンの郊外にある廃棄された聖北教会の内部である。
ベルトポーチから開放されている光精の一種であるランプさんや、フォウの眷属であるスピカの照らす中の様子は、この教会が司祭の手から離れて久しいことを如実に示していた。
鼻腔に侵入してくる黴臭さに、少女の傍らにいたアンジェが眉間に皺を寄せた。
「ひどく荒れてるね。……あんまり長居したくないな」
「そうね、私もよ。ミカ、平気?」
「ええ、私は大丈夫です……ひっ」
ビクリと身を震わせた赤毛の女性の影法師を、小さな鼠が這い回っていた。

聖印の持ち主は、ようやく血色が元に復しつつある顔を仰いだ。
春の海と同じ色の瞳に映るのは、リューンの郊外にある廃棄された聖北教会の内部である。
ベルトポーチから開放されている光精の一種であるランプさんや、フォウの眷属であるスピカの照らす中の様子は、この教会が司祭の手から離れて久しいことを如実に示していた。
鼻腔に侵入してくる黴臭さに、少女の傍らにいたアンジェが眉間に皺を寄せた。
「ひどく荒れてるね。……あんまり長居したくないな」
「そうね、私もよ。ミカ、平気?」
「ええ、私は大丈夫です……ひっ」
ビクリと身を震わせた赤毛の女性の影法師を、小さな鼠が這い回っていた。

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妖精のムルが小さな弓を構えて射ると、怯えた鼠は慌てて部屋の隅へ逃げていく。
主たる女性の悲鳴に剣の柄へ手を掛けていたナイトは、悲鳴の対象となったものの正体を知ると、金属音を鳴らして再び待機の体勢を取った。
「逃げていくものを、追って討ち果たす必要はないだろう」
「それは鼠のことですか、それとも我々の目標のことですか?」
「無論、鼠のことだ。後者は仕事なのだから、達成せねばなるまい」
己の従者となったリビングメイルと先輩格に当たる魔術師のやり取りに、身を固く強張らせていたミカははっきりと自分の意を示す。
「ハ、ハイ、別に鼠は構わなくていいです……私たちの目的は違うのですから」
「了解した」
ちょっと変わった二人組みを見やり、シシリーは肩を小さく竦めた。
「賢者の塔から逃亡したホムンクルスの討伐、ねえ」
この日、旗を掲げる爪が訪れたことの無い廃教会へわざわざやって来たのは、ミカに習得した術を教えてくれた賢者の搭を破門された青年からの依頼によるものだ。
彼らの仲間となったナイトと同じ魔法生物に分類されるホムンクルスは、別名をフラスコの小人とも呼ばれている。
錬金術を専門的に修めた者の中でも、ごく限られた一部だけに伝えられる製法により生み出される擬似生命体、心無き命を誕生させるそれは、生死を神の御手に委ねている教義を持つ聖北教会には、多分に睨まれてしまう類のものである。
見かけがより人間に近いことが、そのいかがわしさに拍車をかけているのだろう。
件のホムンクルスは精神に干渉する能力を持っており、それがここのところの連続変死事件の原因と断定されている。
冒険者も一般人も被害にあっており、その危険性は極めて高い。
”捕獲”ではなく、”討伐”が目的となった理由であった。
≪海の呼び声≫を左手に握り締めているウィルバーが、そっと口を開いた。

「その被害者あまたと来れば、検証対象として持ち帰ることより、被害の重さを考えるのは当然です。依頼人のロバート氏の懸念は、正しいと思いますよ」
彼の言うロバート氏こそが、賢者の搭で冒険者向けに販売されている術にあまり適性の高くないミカに、新たな道を示してくれた魔術師”だった”。
ロバート・ライリー。
まだ年若いながら、古今東西の植物の知識に通じている、学者に近い植物使い。
草木自身が持つ魔力や、花言葉に含まれた意味から魔力を取り出す術などに長けている。
慎重さよりもむしろ優しさや正直さという美徳に恵まれているミカは、どうやら花たちの秘めた力を開放することに向いていたらしく、賢者の搭にしばらく通い詰め、ロバート氏から様々な手ほどきを受けていたのである。
こげ茶色の髪を三つ編みにした朴訥そうな氏との再会は、思いもかけない悲惨さを纏ったものであったのだが……。
彼に不似合いな新たに加わってしまった「白」の要素を思い出しつつ、ミカはウィルバーの意見に首肯した。
「私もそう思います。植物操作の系統の術は、生物に対してより危険なものが多いのが実情です」
「接触は極力避けること。危険ならすぐ退くこと。……相手は精神に干渉する類だから、だっけ」
「はい。アンジェさん、よく覚えてましたね」
「そりゃね」
得意げな笑顔を閃かせたアンジェの後ろで、今までずっと寡黙にしていた厳つい体躯の少年が、怪訝そうに仲間へ言う。
「でも、精神に干渉するとは……どういう風にだ?」
「そういえば、ロンドは作戦会議の時に寝ていたな。ちゃんと起きていろと言っただろうに」
「悪い――ならいっそ、本人に聞くか?」
背負っていたスコップを何気なく下ろしたロンドは、やはり何気ない調子で仲間たちに問いかけたが、シシリーたちはそのセリフに含まれた意味に即座に気付いて、やぶ睨みの見据える先――教会のほぼ壊れかけた説教台の後ろへ視線を走らせた。
――そこから実体を持たぬもののように現れたのは、年端も行かぬ娘だった。
目にも鮮やかな金色の髪と、柔らかいとろりとした桃色の瞳を持つ美しい少女――古さの窺える絹布で男心を溶かす裸体を隠し、布のうねりには、決められた装飾のように色とりどりの花をつけている姿は、古来の女神を演じる女優のようにも見える。
ただ、髪がふた房、ドライアドの眷属のような本物の蔦でなければ――人間と何ら遜色ない。
「聞きたいなら話すわ。こんにちは、冒険者。わたしを殺処分しに来たのね?」
「……ええ。あなたを放置するのは、危険すぎる」
かちゃり、と音が鳴る。
シシリーの手は、すでに鞘から≪Beginning≫を3センチほど抜いている。
警戒を容易に滲ませている彼女の様子に、つかの間、人ならざる娘は微笑んだようだった。
「あなたのことばを無意味とは言わない。でも……わたしがすることは変わらない」
「それを達成させるわけにはいかないの。……邪魔させて貰うわ」
「好きに思い、話せばいい。わたしはただ、『それ』が必要だから、奪うだけ」
それがあまりにしなやかな動きだったからか。
それとも、人に近すぎる言動をしたからか。
攻撃する間も瞬く間もなく、旗を掲げる爪の視界をいくつもの花々が遮っていく。
「わっ!?」
「わぷっ」
モロに顔に花がぶつかったスピカと妖精のムルが、それぞれ悲鳴を上げている。
幸いにして彼らにダメージはないようだが、花にどんな仕掛けがあるか分からない。
冒険者たちは各々の得物を構えた。
ロンドがスコップの能力を解放し、燃え盛るそれを右へ左へ振るいながら呻いた。
「これは……この花吹雪は……!」
ロンドの使うスコップの技にも、大勢の不死者を弔うための供花を周囲に降らせながら戦うものがある。
それと似たような唐突さをもって降り注いでくる花弁は、間違いなく目の前のホムンクルスによるものだろう。
咲き乱れる花の不穏さに警告を発しようとするも、すでに彼の視線の先で、一輪の花を斬り払ったシシリーの聖印を抱く胸に、ピタリと白い手が当てられていた。
周囲に軽い死霊の力場を放って、降る花を散らしたウィルバーが叫ぶ。
「ッ、まずい!シシリー!今すぐそれから離れてください!」
「そう、あなたがいい。『それ』を、もらうわ?」
娘の手に力が篭る。
淡いかそけき光を湛え、境界線を呆気なく食い破った。
たまらず悲鳴が上がる。
「う……あ、ああぁ……!」
赤いブレストプレートに覆われているはずの胸部を、ぞぶりとたおやかな手が貫いた。
シシリーの肌という肌が、総毛立った。
痛みは無い――だが、温度は感じる。
夜風に冷え切った、恐ろしく冷たい手が、遠慮なく自分の内部をまさぐる。
抵抗しようと剣を握る腕を振り上げようとしたが、シシリーの意思は自由にならず、ぐるぐると世界が回転しているような感覚が、絶え間なく頭を冒していく。
続いて、身体の奥底に眠る何かを掴まれ、ぐいと引き抜かれたような気がした。
しっかりしなきゃ、と警鐘を鳴らす自我をねじ伏せるようにして、これまで聞いたことのない絶望に満ちた悲鳴が口から漏れる。
「あ……アアアァァァア」
「おのれ!!」
ようやく花の妨害を踏み越えたナイトが、竜の息吹を宿す剣をホムンクルスの背中目掛けて振り下ろしたが、獲物から狙っていたものを掴み出した敵は、大量の百合の花弁で一撃の方向をそらし、ナイトの攻撃範囲内から逃げ出している。
同時に、トサリと若木のような肢体が崩れ落ちた。
「シリーぃいぃいい!」
ロンドの叫びと同時にアンジェがさらに追撃をかけるも、今度は桜と椿の花々が、複雑な曲線を描く鋼糸の軌道を変えてしまう。
ホビットの娘がどんぐり眼を吊り上げ睨みつけると、少女の手には燃えるような真っ赤な薔薇が煌めいて在った。

少女は花を慈しむように胸に抱えると、再び花の群れに包まれる。
その姿が花びらで見えなくなる。
「待って、それを返しなさいっ!」
ミカの叫びは、月光の及ばぬ暗闇に吸い込まれて消えた。
力なく床に倒れている仲間の体を片手で抱え上げ、ロンドは必死に呼びかける。
「おい、シリー!返事をしろ!」
「姉ちゃん、姉ちゃん、しっかり!」
「………っ………う、っ……」
「2人とも落ち着いて。どれ、私に診せて下さい。……魘されてはいますが、ちゃんと生きてますね。脈はある。胸を貫かれたはずなのに怪我も無い。ですが、あれは……あの薔薇……」
ウィルバーは、脳裏で敵の手に握られていた赤い花を思い描いた。
彼の後ろに立ったミカが、鍵の発動体を握り締めて補足する。
「恐らく持ち去られた薔薇は、シシリーさんの精神の一部だと思います」
「つまり……あのホムンクルスは、精神の一部を具象化して取り出す能力を持つ、と?」
「はい。そして当然の話ですが……持っていかれた精神の花は、何に使われるか分かりません」
「あまり口にしたくはありませんが。被害者は皆、遅かれ早かれ発狂し、死亡しているという話でした。……もし全員、花を抜かれていたとしたら」
「……!」
ロンドとミカの状況判断に、ロンドの厳つい顔がさらに険しく歪められる。
無意識に殺気を漏らしている少年の手から、そっとパーティリーダーの身体を抱き取ったリビングメイルは、
「まずは、どうする?」
と主の女性に問うた。
「ロバートさんは、あのホムンクルスが冒険者や民衆相手に何か実験をしていると仰ってました。もしかしたら、シシリーさんの花について、私たちよりも詳しく知っていることがあるかもしれません。……もう一度、会ってみてはどうでしょう?」
「依頼人か……。郊外の森だったな?」
ミカが小さく頷いた。
ナイトはシシリーの右手に握られた長剣を鞘に収め直し、未だ意識を取り戻さぬ彼女を苦もなく背負った。
移動をするのであれば、疲労を感じない造られた身である自分が運ぶ方が合理的だろうと判断してのことである。
シシリーの荷物袋を引きずってきたアンジェから受け取った相手に、彼は短く尋ねた。
「ロンド。行ってみるか?」
「ホムンクルスの消息は不明、特にあてがないなら決まりだな。急ごう。アン――」
「分かってる。おいで、ムル、スピカ、ランプさん。姉ちゃんが寝てる間は、あたしに皆ついて来るんだよ?」
「はい」
「………」
「ご主人様……必ずお助けしますから、待っていて下さい」
妖精と表情の変わらない精霊がホビットに付き従う中、三角帽子を被ったフォウが不安げに目を瞑ったままの契約者を見た。
主たる女性の悲鳴に剣の柄へ手を掛けていたナイトは、悲鳴の対象となったものの正体を知ると、金属音を鳴らして再び待機の体勢を取った。
「逃げていくものを、追って討ち果たす必要はないだろう」
「それは鼠のことですか、それとも我々の目標のことですか?」
「無論、鼠のことだ。後者は仕事なのだから、達成せねばなるまい」
己の従者となったリビングメイルと先輩格に当たる魔術師のやり取りに、身を固く強張らせていたミカははっきりと自分の意を示す。
「ハ、ハイ、別に鼠は構わなくていいです……私たちの目的は違うのですから」
「了解した」
ちょっと変わった二人組みを見やり、シシリーは肩を小さく竦めた。
「賢者の塔から逃亡したホムンクルスの討伐、ねえ」
この日、旗を掲げる爪が訪れたことの無い廃教会へわざわざやって来たのは、ミカに習得した術を教えてくれた賢者の搭を破門された青年からの依頼によるものだ。
彼らの仲間となったナイトと同じ魔法生物に分類されるホムンクルスは、別名をフラスコの小人とも呼ばれている。
錬金術を専門的に修めた者の中でも、ごく限られた一部だけに伝えられる製法により生み出される擬似生命体、心無き命を誕生させるそれは、生死を神の御手に委ねている教義を持つ聖北教会には、多分に睨まれてしまう類のものである。
見かけがより人間に近いことが、そのいかがわしさに拍車をかけているのだろう。
件のホムンクルスは精神に干渉する能力を持っており、それがここのところの連続変死事件の原因と断定されている。
冒険者も一般人も被害にあっており、その危険性は極めて高い。
”捕獲”ではなく、”討伐”が目的となった理由であった。
≪海の呼び声≫を左手に握り締めているウィルバーが、そっと口を開いた。

「その被害者あまたと来れば、検証対象として持ち帰ることより、被害の重さを考えるのは当然です。依頼人のロバート氏の懸念は、正しいと思いますよ」
彼の言うロバート氏こそが、賢者の搭で冒険者向けに販売されている術にあまり適性の高くないミカに、新たな道を示してくれた魔術師”だった”。
ロバート・ライリー。
まだ年若いながら、古今東西の植物の知識に通じている、学者に近い植物使い。
草木自身が持つ魔力や、花言葉に含まれた意味から魔力を取り出す術などに長けている。
慎重さよりもむしろ優しさや正直さという美徳に恵まれているミカは、どうやら花たちの秘めた力を開放することに向いていたらしく、賢者の搭にしばらく通い詰め、ロバート氏から様々な手ほどきを受けていたのである。
こげ茶色の髪を三つ編みにした朴訥そうな氏との再会は、思いもかけない悲惨さを纏ったものであったのだが……。
彼に不似合いな新たに加わってしまった「白」の要素を思い出しつつ、ミカはウィルバーの意見に首肯した。
「私もそう思います。植物操作の系統の術は、生物に対してより危険なものが多いのが実情です」
「接触は極力避けること。危険ならすぐ退くこと。……相手は精神に干渉する類だから、だっけ」
「はい。アンジェさん、よく覚えてましたね」
「そりゃね」
得意げな笑顔を閃かせたアンジェの後ろで、今までずっと寡黙にしていた厳つい体躯の少年が、怪訝そうに仲間へ言う。
「でも、精神に干渉するとは……どういう風にだ?」
「そういえば、ロンドは作戦会議の時に寝ていたな。ちゃんと起きていろと言っただろうに」
「悪い――ならいっそ、本人に聞くか?」
背負っていたスコップを何気なく下ろしたロンドは、やはり何気ない調子で仲間たちに問いかけたが、シシリーたちはそのセリフに含まれた意味に即座に気付いて、やぶ睨みの見据える先――教会のほぼ壊れかけた説教台の後ろへ視線を走らせた。
――そこから実体を持たぬもののように現れたのは、年端も行かぬ娘だった。
目にも鮮やかな金色の髪と、柔らかいとろりとした桃色の瞳を持つ美しい少女――古さの窺える絹布で男心を溶かす裸体を隠し、布のうねりには、決められた装飾のように色とりどりの花をつけている姿は、古来の女神を演じる女優のようにも見える。
ただ、髪がふた房、ドライアドの眷属のような本物の蔦でなければ――人間と何ら遜色ない。
「聞きたいなら話すわ。こんにちは、冒険者。わたしを殺処分しに来たのね?」
「……ええ。あなたを放置するのは、危険すぎる」
かちゃり、と音が鳴る。
シシリーの手は、すでに鞘から≪Beginning≫を3センチほど抜いている。
警戒を容易に滲ませている彼女の様子に、つかの間、人ならざる娘は微笑んだようだった。
「あなたのことばを無意味とは言わない。でも……わたしがすることは変わらない」
「それを達成させるわけにはいかないの。……邪魔させて貰うわ」
「好きに思い、話せばいい。わたしはただ、『それ』が必要だから、奪うだけ」
それがあまりにしなやかな動きだったからか。
それとも、人に近すぎる言動をしたからか。
攻撃する間も瞬く間もなく、旗を掲げる爪の視界をいくつもの花々が遮っていく。
「わっ!?」
「わぷっ」
モロに顔に花がぶつかったスピカと妖精のムルが、それぞれ悲鳴を上げている。
幸いにして彼らにダメージはないようだが、花にどんな仕掛けがあるか分からない。
冒険者たちは各々の得物を構えた。
ロンドがスコップの能力を解放し、燃え盛るそれを右へ左へ振るいながら呻いた。
「これは……この花吹雪は……!」
ロンドの使うスコップの技にも、大勢の不死者を弔うための供花を周囲に降らせながら戦うものがある。
それと似たような唐突さをもって降り注いでくる花弁は、間違いなく目の前のホムンクルスによるものだろう。
咲き乱れる花の不穏さに警告を発しようとするも、すでに彼の視線の先で、一輪の花を斬り払ったシシリーの聖印を抱く胸に、ピタリと白い手が当てられていた。
周囲に軽い死霊の力場を放って、降る花を散らしたウィルバーが叫ぶ。
「ッ、まずい!シシリー!今すぐそれから離れてください!」
「そう、あなたがいい。『それ』を、もらうわ?」
娘の手に力が篭る。
淡いかそけき光を湛え、境界線を呆気なく食い破った。
たまらず悲鳴が上がる。
「う……あ、ああぁ……!」
赤いブレストプレートに覆われているはずの胸部を、ぞぶりとたおやかな手が貫いた。
シシリーの肌という肌が、総毛立った。
痛みは無い――だが、温度は感じる。
夜風に冷え切った、恐ろしく冷たい手が、遠慮なく自分の内部をまさぐる。
抵抗しようと剣を握る腕を振り上げようとしたが、シシリーの意思は自由にならず、ぐるぐると世界が回転しているような感覚が、絶え間なく頭を冒していく。
続いて、身体の奥底に眠る何かを掴まれ、ぐいと引き抜かれたような気がした。
しっかりしなきゃ、と警鐘を鳴らす自我をねじ伏せるようにして、これまで聞いたことのない絶望に満ちた悲鳴が口から漏れる。
「あ……アアアァァァア」
「おのれ!!」
ようやく花の妨害を踏み越えたナイトが、竜の息吹を宿す剣をホムンクルスの背中目掛けて振り下ろしたが、獲物から狙っていたものを掴み出した敵は、大量の百合の花弁で一撃の方向をそらし、ナイトの攻撃範囲内から逃げ出している。
同時に、トサリと若木のような肢体が崩れ落ちた。
「シリーぃいぃいい!」
ロンドの叫びと同時にアンジェがさらに追撃をかけるも、今度は桜と椿の花々が、複雑な曲線を描く鋼糸の軌道を変えてしまう。
ホビットの娘がどんぐり眼を吊り上げ睨みつけると、少女の手には燃えるような真っ赤な薔薇が煌めいて在った。

少女は花を慈しむように胸に抱えると、再び花の群れに包まれる。
その姿が花びらで見えなくなる。
「待って、それを返しなさいっ!」
ミカの叫びは、月光の及ばぬ暗闇に吸い込まれて消えた。
力なく床に倒れている仲間の体を片手で抱え上げ、ロンドは必死に呼びかける。
「おい、シリー!返事をしろ!」
「姉ちゃん、姉ちゃん、しっかり!」
「………っ………う、っ……」
「2人とも落ち着いて。どれ、私に診せて下さい。……魘されてはいますが、ちゃんと生きてますね。脈はある。胸を貫かれたはずなのに怪我も無い。ですが、あれは……あの薔薇……」
ウィルバーは、脳裏で敵の手に握られていた赤い花を思い描いた。
彼の後ろに立ったミカが、鍵の発動体を握り締めて補足する。
「恐らく持ち去られた薔薇は、シシリーさんの精神の一部だと思います」
「つまり……あのホムンクルスは、精神の一部を具象化して取り出す能力を持つ、と?」
「はい。そして当然の話ですが……持っていかれた精神の花は、何に使われるか分かりません」
「あまり口にしたくはありませんが。被害者は皆、遅かれ早かれ発狂し、死亡しているという話でした。……もし全員、花を抜かれていたとしたら」
「……!」
ロンドとミカの状況判断に、ロンドの厳つい顔がさらに険しく歪められる。
無意識に殺気を漏らしている少年の手から、そっとパーティリーダーの身体を抱き取ったリビングメイルは、
「まずは、どうする?」
と主の女性に問うた。
「ロバートさんは、あのホムンクルスが冒険者や民衆相手に何か実験をしていると仰ってました。もしかしたら、シシリーさんの花について、私たちよりも詳しく知っていることがあるかもしれません。……もう一度、会ってみてはどうでしょう?」
「依頼人か……。郊外の森だったな?」
ミカが小さく頷いた。
ナイトはシシリーの右手に握られた長剣を鞘に収め直し、未だ意識を取り戻さぬ彼女を苦もなく背負った。
移動をするのであれば、疲労を感じない造られた身である自分が運ぶ方が合理的だろうと判断してのことである。
シシリーの荷物袋を引きずってきたアンジェから受け取った相手に、彼は短く尋ねた。
「ロンド。行ってみるか?」
「ホムンクルスの消息は不明、特にあてがないなら決まりだな。急ごう。アン――」
「分かってる。おいで、ムル、スピカ、ランプさん。姉ちゃんが寝てる間は、あたしに皆ついて来るんだよ?」
「はい」
「………」
「ご主人様……必ずお助けしますから、待っていて下さい」
妖精と表情の変わらない精霊がホビットに付き従う中、三角帽子を被ったフォウが不安げに目を瞑ったままの契約者を見た。
2016/12/09 02:52 [edit]
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