Tue.
狩る者を狩る者その2 
(面白い………)
ロンドは表情を変えないまま、自分と5人の男女の間の距離を推し量った。
その上で、意味ありげな目配せを送ってきた宿の亭主の顔を思い浮かべる。
(しごく面白い仕事だぜ、親父さん。なるほど、こいつは俺向きだよ)
ぺろり、と唇を舐めて湿らせた動作をどう判断したものか――。
ロンドは表情を変えないまま、自分と5人の男女の間の距離を推し量った。
その上で、意味ありげな目配せを送ってきた宿の亭主の顔を思い浮かべる。
(しごく面白い仕事だぜ、親父さん。なるほど、こいつは俺向きだよ)
ぺろり、と唇を舐めて湿らせた動作をどう判断したものか――。
-- 続きを読む --
「……さて、と」
木箱に腰掛けていた悪党の頭目が、隙のない所作で立ち上がった。
「勇猛果敢な冒険者様。お喋りはここまでだ……表出ろ」
「壁とか壊しちゃったら直すの大変だからね。ボクら、ここを借りてんだからさ」
「…………」
逃走の意思のあるなしは置いておくとして、この場から逃げ出すのは困難だ。
何しろ、敵は目の前の五人だけではない。
クルベン村が悪党に協力しているならば、村人は連続殺人の共犯者である。
仮に無理矢理従わされているのだとしても、罪悪感は募るものだ。
村ぐるみの犯罪が明るみになることを恐れ、彼らは死に物狂いで足止めしてくるだろう。
逃げる際、退路に立ち塞がる村人に下手に危害を加えようものなら、ロンドの方が投獄されかねない。
この困難な現状を打破する方法はただ一つ――力を見せ付けて勝つことだ。
村人全てが恐れおののく圧倒的な力を。
ロンドと五人が外に出ると、乾いた一陣の風が肌を撫でた。
「……公開処刑か……」
「……くわばら、くわばら……」
「……ごめんなさい……」
いつの間にやら、二十名ばかりの老若男女が戦いの舞台を遠巻きにして、口々に勝手なことを言っている。
これではまるで、悪趣味な見世物である。
クロスボウを抱えた男が、おどけたように言ってみせた。

「おほっ、村の皆さんが見てる。儲けはちゃんと山分けしますから、応援してくださいねーっ!」
「山分けって言っても、実際はボクらの取り分が七割なんだけどね……」
肩を竦めた大男の横で、短剣を指に挟んだ青年がぼやく。
「しっかし、久々の喧嘩が五対一か。楽勝過ぎてつまんねえな」
「いいじゃん、いいじゃん。さくっと狩っちゃおー」
「よぉ、今から殺されるってのはどんな気分だ?」
女の後ろでのんびりと髭を弄くりながら、頭目が言った。
「汚ねぇ血反吐ぶちまける前に、もういっぺん面拝ませろ」
「…………」
「……テメェ、どっかで見たような気がするな?まあ、今さらどうでもいいか」
悪党の頭目は余裕綽々といった風情だ。
数の利が彼に危機感を忘れさせている。
「何か言いてぇことあるか?折角だから聞いてやるよ。命乞いしても無駄だがな」
――すると、ロンドは不意に唇の片端を上げた。
「……楽勝過ぎてつまらない、か。甘く見られたもんだ」
「あ?」
「どちらが狩られる立場か、今から教えてやる……!」
ロンドがスコップの能力を開放したことで、いきなりその場で炎が立ち上がった。
あっけに取られる者たちを一瞥もせず、彼は他からの攻撃を回避しながらスコップを振りかぶる。
頭目の攻撃だけは避けきれず肩に軽い負傷を負ったものの、それには構わずに、口調の柔らかな大男の頭部へスコップの平面を叩きつけた。
たちまち血と脳漿が弾ける。
「まずは――1人目えっ!!」
「てめぇ……!」
「な、なんだこいつ…!」
呻き声も上げられずに大男が倒れるのと同時に、返す刀――というかスコップで、今度は頭目の腹部を突き刺した。
そのまま炎を吹き上げると、辺りには臓器の焼ける匂いがたち込めた。
近くにいた女が顔を歪める。
「ひっ……」
「2人目。なんだ、あっけないな」
「『ま、魔力よ、安らかなる眠りをもたらしたまえ…!』」
ロンドの間近に立っていた女は、慌てて【眠りの雲】の呪文を唱えて放ったものの、徹底的に暴れることに重点を置いている彼に、睡魔はつけ込む隙がない。
「そんな薄っぺらい魔法じゃ効かねえよ、あぁ?」
「なんなの、コイツ…本当に人間なの!?」
「どけっ、これでも食らえ、コノヤロウ!」
短剣を裏手に持ち替えた男が、クロスボウの援護を得ながらロンドへ突っ込んできたものの、彼の使うフェイントなどアンジェの足元にも及ばない。
こちらの喉元を裂こうとしていた男を、無造作なスコップの一撃が焼きながら吹き飛ばした。

もはや顔色の白くなってきた女にそのまま突進し、背を使って当て落とす。
盾の重量も乗った攻撃により重傷になりながらも、苦しい息の下で懸命に呪文を唱えようとした彼女の胸を、今度は腰から抜いた曲刀が深く切り裂いた。
残る相手は、1人。
クロスボウを抱えた男は防御体勢を取り、ロンドの絶え間ない攻撃から、それでも数分は持ちこたえていたのだが――。
「……お前らも、墓地の近くに埋めてもらえるのか?」
「ヒッ……」
びっと、スコップの先で斬られた脚から血が噴出する。
動きが鈍くなったところで間合いを詰め、ロンドはまじまじと相手を眺めながら言った。
「それとも家畜の餌にされるのかも知れないな……どう思う?」
「ヒイッ、なんだお前……何なんだよ!?」
「俺か?俺は……」
ザクっと肉を刻む音が響いた。
頬に飛んだ血飛沫を拭いつつ、彼は静かに告げた。
「俺は、葬儀屋さ。悪党ほど、俺の作った墓穴に入りたがる」
村人たちが腰を抜かしたり、あまりの惨状に胃の内容物を吐き戻したりする中、古代遺跡で貰った曲刀が振るわれた。
目的のものを手にすると、あわてて後退る村民を無視して村長宅に向かい――。
「ひぃっ……」
ロンドは部屋の隅で縮こまって怯え竦むパウル村長の眼前に、頭目の首級を投げて寄越した。
「食人鬼を退治した証拠だ」
「おっ、お、お許しをっ……!わた、私どもは、彼奴等にっ、脅されて……仕方なく……」
がちがちと歯の根の合わぬ口を必死に動かし、彼は弁明している。
ロンドは一歩村長に近づいた。
「うそ、嘘、では、ありません……!私どもの……罪は、償いますっ!どう、どうか、お許しをっ……!」
ロンドの太い――力を入れれば、貴婦人のウエストくらいにはなる――腕がすうっと伸びて、村長の頭上にかざされる。
もはや、村長は瞼を開けていられない。
「お……お許しをっ!お許しをっ……!お許し――」
「報酬」
「……え?」
突き出されたロンドの手に武器が握られていないということに、パウル村長はようやく気がついた。
ロンドは依頼の成功報酬を受け取ると、(当たり前だが)宿を借りることなくクルベン村を発った。
「次はない」とだけ言い残して……。
滞在時間は僅か1時間足らず。
ロンドが村に来たという事実すら知らなかった者もいた。
ただ、悪党どもが迎えた無残な最期は、それを見ていたクルベン村の民の心胆を寒からしめた。
肉の焼ける匂い、散らばる血と脳漿、そしてロンドの冷酷な双眸……あれを覚えている限り、村人が悪事に加担することは、もう二度とないだろう。
次はない。もしあれば、その時は……。
――かくして、幾人もの冒険者を狩り殺した食人鬼どもは、冒険者ロンドによって退治された。
※収入:報酬800sp
※支出:
※オオカタ様作、狩る者を狩る者クリア!
--------------------------------------------------------
■後書きまたは言い訳
39回目のお仕事は、オオカタ様の狩る者を狩る者でした。
こちらの作者様のシナリオをやるのはこれが初めてなのですが、中々シビアな内容で、今までちょっとギャグ路線を走っていたかもしれないロンドを、気持ちよく大暴れさせてやれました。ありがとうございます。
圧縮容量100KB以下を目処に作成なさったとリードミーにあったのですが、いかにも裏のありそうな依頼の事情が明かされる経過が、小説のようにじっくりと読める地の文と、まさに外道の敵側のセリフのおかげで、まったく短いシナリオであることを感じさせませんでした。
リプレイに書き起こす際には、シナリオそのままの流れにするとちょっと文章量が足らず、オープニングや戦闘シーンなどで、描写やないセリフをちょこちょこ付け加えたりしておりますが、お許しくださいませ。
また、村人の反抗心をくじくのに惨い殺し方をしているので、下手くそなりにはりきって残酷描写を書いてみました……が、あんまり怖くなかったかもしれません。
正直言うと、今回の依頼でテーゼンとロンド、どっちを行かせようかかなり迷ったのですが……貼り紙を見る限り、一応はオーガが相手ということになっているのですよね。
オーガ相手なら喜び勇んで旅立つのはロンドだろう、ということで、彼にやらせたのですがいかがだったでしょうか?
次回のテーゼンは……こっちも強敵と当たる予定なのですが、上手な戦闘描写って一体どうしたら書けるのでしょうか、偉い人。
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。
木箱に腰掛けていた悪党の頭目が、隙のない所作で立ち上がった。
「勇猛果敢な冒険者様。お喋りはここまでだ……表出ろ」
「壁とか壊しちゃったら直すの大変だからね。ボクら、ここを借りてんだからさ」
「…………」
逃走の意思のあるなしは置いておくとして、この場から逃げ出すのは困難だ。
何しろ、敵は目の前の五人だけではない。
クルベン村が悪党に協力しているならば、村人は連続殺人の共犯者である。
仮に無理矢理従わされているのだとしても、罪悪感は募るものだ。
村ぐるみの犯罪が明るみになることを恐れ、彼らは死に物狂いで足止めしてくるだろう。
逃げる際、退路に立ち塞がる村人に下手に危害を加えようものなら、ロンドの方が投獄されかねない。
この困難な現状を打破する方法はただ一つ――力を見せ付けて勝つことだ。
村人全てが恐れおののく圧倒的な力を。
ロンドと五人が外に出ると、乾いた一陣の風が肌を撫でた。
「……公開処刑か……」
「……くわばら、くわばら……」
「……ごめんなさい……」
いつの間にやら、二十名ばかりの老若男女が戦いの舞台を遠巻きにして、口々に勝手なことを言っている。
これではまるで、悪趣味な見世物である。
クロスボウを抱えた男が、おどけたように言ってみせた。

「おほっ、村の皆さんが見てる。儲けはちゃんと山分けしますから、応援してくださいねーっ!」
「山分けって言っても、実際はボクらの取り分が七割なんだけどね……」
肩を竦めた大男の横で、短剣を指に挟んだ青年がぼやく。
「しっかし、久々の喧嘩が五対一か。楽勝過ぎてつまんねえな」
「いいじゃん、いいじゃん。さくっと狩っちゃおー」
「よぉ、今から殺されるってのはどんな気分だ?」
女の後ろでのんびりと髭を弄くりながら、頭目が言った。
「汚ねぇ血反吐ぶちまける前に、もういっぺん面拝ませろ」
「…………」
「……テメェ、どっかで見たような気がするな?まあ、今さらどうでもいいか」
悪党の頭目は余裕綽々といった風情だ。
数の利が彼に危機感を忘れさせている。
「何か言いてぇことあるか?折角だから聞いてやるよ。命乞いしても無駄だがな」
――すると、ロンドは不意に唇の片端を上げた。
「……楽勝過ぎてつまらない、か。甘く見られたもんだ」
「あ?」
「どちらが狩られる立場か、今から教えてやる……!」
ロンドがスコップの能力を開放したことで、いきなりその場で炎が立ち上がった。
あっけに取られる者たちを一瞥もせず、彼は他からの攻撃を回避しながらスコップを振りかぶる。
頭目の攻撃だけは避けきれず肩に軽い負傷を負ったものの、それには構わずに、口調の柔らかな大男の頭部へスコップの平面を叩きつけた。
たちまち血と脳漿が弾ける。
「まずは――1人目えっ!!」
「てめぇ……!」
「な、なんだこいつ…!」
呻き声も上げられずに大男が倒れるのと同時に、返す刀――というかスコップで、今度は頭目の腹部を突き刺した。
そのまま炎を吹き上げると、辺りには臓器の焼ける匂いがたち込めた。
近くにいた女が顔を歪める。
「ひっ……」
「2人目。なんだ、あっけないな」
「『ま、魔力よ、安らかなる眠りをもたらしたまえ…!』」
ロンドの間近に立っていた女は、慌てて【眠りの雲】の呪文を唱えて放ったものの、徹底的に暴れることに重点を置いている彼に、睡魔はつけ込む隙がない。
「そんな薄っぺらい魔法じゃ効かねえよ、あぁ?」
「なんなの、コイツ…本当に人間なの!?」
「どけっ、これでも食らえ、コノヤロウ!」
短剣を裏手に持ち替えた男が、クロスボウの援護を得ながらロンドへ突っ込んできたものの、彼の使うフェイントなどアンジェの足元にも及ばない。
こちらの喉元を裂こうとしていた男を、無造作なスコップの一撃が焼きながら吹き飛ばした。

もはや顔色の白くなってきた女にそのまま突進し、背を使って当て落とす。
盾の重量も乗った攻撃により重傷になりながらも、苦しい息の下で懸命に呪文を唱えようとした彼女の胸を、今度は腰から抜いた曲刀が深く切り裂いた。
残る相手は、1人。
クロスボウを抱えた男は防御体勢を取り、ロンドの絶え間ない攻撃から、それでも数分は持ちこたえていたのだが――。
「……お前らも、墓地の近くに埋めてもらえるのか?」
「ヒッ……」
びっと、スコップの先で斬られた脚から血が噴出する。
動きが鈍くなったところで間合いを詰め、ロンドはまじまじと相手を眺めながら言った。
「それとも家畜の餌にされるのかも知れないな……どう思う?」
「ヒイッ、なんだお前……何なんだよ!?」
「俺か?俺は……」
ザクっと肉を刻む音が響いた。
頬に飛んだ血飛沫を拭いつつ、彼は静かに告げた。
「俺は、葬儀屋さ。悪党ほど、俺の作った墓穴に入りたがる」
村人たちが腰を抜かしたり、あまりの惨状に胃の内容物を吐き戻したりする中、古代遺跡で貰った曲刀が振るわれた。
目的のものを手にすると、あわてて後退る村民を無視して村長宅に向かい――。
「ひぃっ……」
ロンドは部屋の隅で縮こまって怯え竦むパウル村長の眼前に、頭目の首級を投げて寄越した。
「食人鬼を退治した証拠だ」
「おっ、お、お許しをっ……!わた、私どもは、彼奴等にっ、脅されて……仕方なく……」
がちがちと歯の根の合わぬ口を必死に動かし、彼は弁明している。
ロンドは一歩村長に近づいた。
「うそ、嘘、では、ありません……!私どもの……罪は、償いますっ!どう、どうか、お許しをっ……!」
ロンドの太い――力を入れれば、貴婦人のウエストくらいにはなる――腕がすうっと伸びて、村長の頭上にかざされる。
もはや、村長は瞼を開けていられない。
「お……お許しをっ!お許しをっ……!お許し――」
「報酬」
「……え?」
突き出されたロンドの手に武器が握られていないということに、パウル村長はようやく気がついた。
ロンドは依頼の成功報酬を受け取ると、(当たり前だが)宿を借りることなくクルベン村を発った。
「次はない」とだけ言い残して……。
滞在時間は僅か1時間足らず。
ロンドが村に来たという事実すら知らなかった者もいた。
ただ、悪党どもが迎えた無残な最期は、それを見ていたクルベン村の民の心胆を寒からしめた。
肉の焼ける匂い、散らばる血と脳漿、そしてロンドの冷酷な双眸……あれを覚えている限り、村人が悪事に加担することは、もう二度とないだろう。
次はない。もしあれば、その時は……。
――かくして、幾人もの冒険者を狩り殺した食人鬼どもは、冒険者ロンドによって退治された。
※収入:報酬800sp
※支出:
※オオカタ様作、狩る者を狩る者クリア!
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■後書きまたは言い訳
39回目のお仕事は、オオカタ様の狩る者を狩る者でした。
こちらの作者様のシナリオをやるのはこれが初めてなのですが、中々シビアな内容で、今までちょっとギャグ路線を走っていたかもしれないロンドを、気持ちよく大暴れさせてやれました。ありがとうございます。
圧縮容量100KB以下を目処に作成なさったとリードミーにあったのですが、いかにも裏のありそうな依頼の事情が明かされる経過が、小説のようにじっくりと読める地の文と、まさに外道の敵側のセリフのおかげで、まったく短いシナリオであることを感じさせませんでした。
リプレイに書き起こす際には、シナリオそのままの流れにするとちょっと文章量が足らず、オープニングや戦闘シーンなどで、描写やないセリフをちょこちょこ付け加えたりしておりますが、お許しくださいませ。
また、村人の反抗心をくじくのに惨い殺し方をしているので、下手くそなりにはりきって残酷描写を書いてみました……が、あんまり怖くなかったかもしれません。
正直言うと、今回の依頼でテーゼンとロンド、どっちを行かせようかかなり迷ったのですが……貼り紙を見る限り、一応はオーガが相手ということになっているのですよね。
オーガ相手なら喜び勇んで旅立つのはロンドだろう、ということで、彼にやらせたのですがいかがだったでしょうか?
次回のテーゼンは……こっちも強敵と当たる予定なのですが、上手な戦闘描写って一体どうしたら書けるのでしょうか、偉い人。
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。
2016/04/26 12:08 [edit]
category: 狩る者を狩る者
tb: -- cm: 0
Tue.
狩る者を狩る者その1 
こないだの鏡の事件からこっち、アンジェが何かと引っ付いてくることに閉口したロンドは、一人用の依頼を受けようと決意していた。
まだ多くの冒険者たちが寝床に引っ付いている時間帯、彼にとって可能な限り静かに階下に下りる。
朝の新鮮な空気を取り込むために窓を開けていた給仕役のリジーは、その手を止めてにっこりとロンドへ笑いかけた。
「おはようございます、ロンドさん」
「おはよう、娘さん。親父さんは?」
「納屋に餌やりに行ってますよ。ご飯、もう少し待ってくださいね」
「分かった」
暖かい風が窓から流れてくる中、掲示板に貼られている羊皮紙を一枚一枚確認していくと……中に、食人鬼の名前が書いてあるものを発見した。

まだ多くの冒険者たちが寝床に引っ付いている時間帯、彼にとって可能な限り静かに階下に下りる。
朝の新鮮な空気を取り込むために窓を開けていた給仕役のリジーは、その手を止めてにっこりとロンドへ笑いかけた。
「おはようございます、ロンドさん」
「おはよう、娘さん。親父さんは?」
「納屋に餌やりに行ってますよ。ご飯、もう少し待ってくださいね」
「分かった」
暖かい風が窓から流れてくる中、掲示板に貼られている羊皮紙を一枚一枚確認していくと……中に、食人鬼の名前が書いてあるものを発見した。

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食人鬼、すなわちオーガは、人肉を好んで食する極めて危険なモンスターである。
主に森林などに棲息するはずのそれが、どういった事情で村民を襲っているのかは不明だが、以前に鉱山に巣食った変異種をやっつけた経験のあるロンドには、一対一なら負けない自信があった。
納屋のペット――有体に言ってコカトリスなのだが――の餌やりを終えた亭主が、入り口から入ってきて、掲示板の前に佇んでいる厳つい体躯に気づき、声をかけた。
「おや、ロンド。その貼り紙に興味があるのかね?」
「おはよう、親父さん。……そうだな。ちょっと一人用の依頼を受けてみたくてね」
「そいつは、余所の宿からうちに回されてきた、少々いわくつきの依頼でな」
≪狼の隠れ家≫の亭主は、ロンドへとりあえずカウンターに座るよう指示すると、手際よく厨房から白パンの籠とハムとチーズをたっぷり使ったサラダを持ってきた。
彼がそれに手をつけているうちに、刻んだアーティチョークの混ざったオムレツを焼き上げ、すかさずサーブする。
やがてロンドが満足の息をつくと、亭主は先ほど彼が覗き込んでいた依頼書を掲示板から剥がして、カウンターの上に置いた。
「あちらさんの話だと、これまでに腕利きを四人。まあ、四人と言っても1人ずつか。腕利き冒険者を四度も村に向かわせたそうだが――」
「その言い方をするってことは…」
こくり、と亭主が首肯する。

「1人も帰ってこなかったらしいぞ」
「それはずいぶんと、きな臭い話だな……」
食人鬼と互角に戦えると自負する少年は、もう一度貼り紙を見た。
その視線の先で宿の亭主の太い指が、そっと最初の方の文章をなぞる。
「……となると、退治の手筈が整ってるというのも眉唾物だろうな」
「村ぐるみで何か裏がある……?」
「かもしれん。用心に越したことはない」
この宿が引き受ける依頼にしては、かなりヤバイ山だ――ロンドはぎしり、と椅子を鳴らした。
しかし、余所から回されてきたというのであれば、この喰えない亭主のことだから、調べられる部分については根掘り葉掘り聞き出しているに違いない。
「一つ、いいか」
「ん?」
「なんだって失敗続きなのに、1人ずつ向かわせた?」
「ああ、それはな…冒険者一名の助力云々ってのは、『1人だけでいい』ではなく、『1人でないと駄目』なんだとさ」
「なんだ、そりゃ」
「村人を襲う食人鬼……恐らくオーガなんだろうが、そいつがやけに臆病というか、知恵が回る奴らしくてな」
「……」
「村によそ者が二人以上いる時は、姿を見せんそうだ。……ずいぶん、妙な話だと思うがね」
「そうだな、妙な話だ」
ロンドのやぶ睨みに近い目と、宿の亭主のすっとぼけたような目から放たれる視線が交差する。
声に出さずとも、2人の意図は明らかだった。
「村はどこにあるんだ?」
「ここからクルベン村までは、馬で四日ほど掛かる。街道沿いに進めば道中の危険はなかろう」
この依頼を受けるか?と亭主は確認したが、これは形ばかりのものだった。
亭主は亭主でこれがどれほど危ない依頼かを無言のうちに伝えているし、ロンドはロンドでそれを承知で引き受けようとしている。
だから、否という答えはなかった。
――これが四日前のこと。
旅の準備を手際よく整えたロンドは、夕刻にはクルベン村の村長の家にその身を運んでいた。
夕暮れに紛れて顔は見えづらいが、話し声からすると、大体宿の亭主の外見年齢と同じくらいの年だろう。
小柄な身体を精いっぱい縮めるようにして、村長はこちらへ話しかけてくる。
「冒険者様、遠路はるばるよくぞいらっしゃいました」
「ああ」
「ではでは早速、ご依頼した食人鬼退治について、私のほうからお話させていただ――」
その瞬間。
風采の上がらない小男のセリフを遮るように、絹というよりはボロボロの木綿を裂くような悲鳴が、村長の家の外から上がる。
「むっ……まさか……」
村長が気遣わしげに外を窺うと、さらに男の声で、
「化け物だーっ!化け物が出たぞぉーっ!」
という叫ぶ声がする。
村長は暫し絶句した後、かさついた唇をもごもごと動かし始めた。
目の前の年不相応に大きな体躯をした少年は短く返事をするだけで、特に威圧的な態度に出ているわけでもないのに、なぜか村長が萎縮してしまうような気を発している。
実はそれがロンドの警戒心によるものだと、彼はまだ気づいていない。
「……冒険者様」
「なんだ」
「その、お疲れのところ申し訳ありませんが……どうやら彼奴が現れたらしく」
「そうみたいだな」
「まずは様子見ということでも、彼奴の姿をご覧になって頂ければ、当村と致しましては大変ありがたく――」
「…………」
ロンドは村長の迂遠な言い回しに悠長に付き合うことなく、スコップを片手に屋外へと向かう。
村長宅を出るや否や、顔立ちの整った婦人が待ち構えていたように、ロンドに縋り付いてきた。
「ああっ、冒険者様!」
「………」
「食人鬼が私の家に!夫が突き飛ばされて頭から血をっ!家には娘がっ!娘が……っ!」
今にも失神せんばかりの婦人が指差す方向に進み行くと――戸が開け放しの古びた家が一軒。
ガシャンガシャン、という何かが壊れる音の中で、先ほど村長宅で聞いていた悲鳴が混ざっている。
どうやら状況は一刻を争うらしい。
(……だがな。油断は禁物だぜ……)
ロンドはちょうどパーティ単位の装備変更により、シシリーから『夕日の鉄撃』という名前の武具屋で購入した≪カイトシールド≫を譲渡されていた。
スコップを使うときには背に負っているしかないが、もしトトゥーリア遺跡で手に入れた≪サンブレード≫を振るうときには、これを構えることができる。
昔手に入れた花の匂いで士気を向上し、スコップをぎゅっと握り直すと、彼は無造作にすら見える足取りで開け放した戸から突入した。
ロンドが家屋に足を踏み入れた刹那。
屋内から入り口目掛けて放たれたのは、短剣、鉄の矢、魔法の矢。
無防備に受ければ致命傷となり得る奇襲攻撃であったが、ロンドは短剣を手の甲で弾いた後、一瞬のうちに身体を回転させ左に一歩動くことで背の盾に鉄の矢を当て、脇腹を掠めた魔法の矢をやり過ごした。
「これは……」
ロンドの目が攻撃した者の姿を捉える。
屋内には食人鬼のも子供もいない。
ただ、ゴロツキ然とした5人の男女が、暗がりで不満顔を晒しているのみであった。

「……おいおい、嘘だろ?」
ゴロツキの頭目らしき筋骨逞しい若者――ロンドよりは小柄だが――が率先して声を発し、張り詰めた空気を破った。
「全部避けられちまうなんてな。テメェ本当に人間かよ?」
賞賛とも呆れとも取れる表現だが、動揺は小さく声の調子も平坦に近い。
「人間だよ。あいにくな」
自分のパーティにいる黒い翼の仲間を思い出しながら、彼はそう答えた。
「今までここに来た冒険者どもは、これだけでおっ死んだんだが。こういう時はどうしたもんか……」
「コイツ黙って逃がす訳にはいかねえよな?」
と言って、短剣をくるくる弄ぶ小柄な青年。
「あったり前でしょー。治安隊にチクられたら、あたしら全員お尋ね者」
身体の線を露にしている妖艶な佇まいの女。
悲鳴を上げていたのは子供ではなくこの女だったようだが、酒焼けでもしているのか、さほど高い声が出なかったせいで、絹を裂くようにはいかなかったのだろう。
ニヤニヤ笑いを浮かべながら女の肩を叩いたのは、頭目に負けず劣らず巨躯の男だ。
いかめしい容貌に思えるが、
「楽に稼ぐのもいいけどさあ。たまには冒険者らしく、頑張って戦わないと駄目だよね」
などと、口調は柔らかい。
だが口調はともかく、男のセリフの内容は、まったく持って見過ごせるものではなかった。
「……冒険者だと?」
「ああ、俺らは冒険者。あんたと同じ冒険者。……何かご不満でも?」
後ろ髪を紐で縛った色男が歌うようにそう言って、小型のクロスボウに矢を番えた。
彼は続けて発言する。
「あんたは妖魔をチマチマ狩って稼いでんだろ?俺らはあんたみたいな冒険者様を狩って稼いでんのよ」
「遺跡荒らしだの秘境探索だの……当たればでかいがそうそう当たるもんじゃねぇ」
「そうそう!半年近く粘ったのに、成果なしってこともあったよねー」
頭目と女がわざとらしい笑い声をあげる。
ふと、まったくロンドが表情を変えていないことに気づき、頭目は笑いを収めた。
「……で、ある時気づいたんだ。高価なお宝をこれ見よがしに持ち歩いてる同業者の存在にな」
「……」
頭目の視線が、ロンドがベルトに挟んでいる≪サンブレード≫を見た。
確かにこれは古代の宝物の一つかもしれない。
霊体は切れないものの、その刀身から発せられる高熱は、普通の武具にはない鋭さを持って振るわれる。
価値的には彼が手にしているスコップの方が高価ではあるのだが――さすがに、これがどういった魔力を持っているかまでは、初見では分からないだろう。
つまり――こいつらは、彼の持つような武具や貴重な魔法の道具などを、これまでにずっと1対多数で奪い続けてきたのだ。
「ただ、そういう野郎は大抵仲間とつるんでやがる。そいつらと真正面からやり合うなんてのは旨くねぇ。だから知性派の俺達としては、話が分かるクルベン村の皆さんにご協力頂いて――」
そこから先は、ロンドが引き受けてやった。
「偽の依頼を出し、冒険者を1人ずつ誘き寄せた……」
「おっ、正解!」
ぱちぱちと、クロスボウを持った色男がわざとらしい拍手をしてみせる。
短剣を相変わらず弄ぶ青年が、ふふんと鼻を鳴らした。
「相手が1人なら不意打ちで余裕。それに、単独で依頼受けるような自信過剰野郎ってのは、大抵いいもん持ってんだよな」
「この前、売っ払った金ぴかの剣は凄かったよね。銀貨の重みで袋が破けちゃって、もう大変」
「あの冒険者さんには感謝しないとねー。どこに埋めたか覚えてないけど」
「墓地の近くじゃなかったっけ?ま、どこでもいいっしょ。冒険者が死のうが失踪しようが、治安隊はロクに調べねえし」
悪党どもは和気藹々としている。
私利私欲で同業者を殺めることなど、彼らにとっては日常茶飯事なのだろう。
要するに、これは彼らにとっての狩りなのだ。
食べる為に野うさぎを狩るのと同じ感覚。
彼らの今回の獲物は――ロンド。
主に森林などに棲息するはずのそれが、どういった事情で村民を襲っているのかは不明だが、以前に鉱山に巣食った変異種をやっつけた経験のあるロンドには、一対一なら負けない自信があった。
納屋のペット――有体に言ってコカトリスなのだが――の餌やりを終えた亭主が、入り口から入ってきて、掲示板の前に佇んでいる厳つい体躯に気づき、声をかけた。
「おや、ロンド。その貼り紙に興味があるのかね?」
「おはよう、親父さん。……そうだな。ちょっと一人用の依頼を受けてみたくてね」
「そいつは、余所の宿からうちに回されてきた、少々いわくつきの依頼でな」
≪狼の隠れ家≫の亭主は、ロンドへとりあえずカウンターに座るよう指示すると、手際よく厨房から白パンの籠とハムとチーズをたっぷり使ったサラダを持ってきた。
彼がそれに手をつけているうちに、刻んだアーティチョークの混ざったオムレツを焼き上げ、すかさずサーブする。
やがてロンドが満足の息をつくと、亭主は先ほど彼が覗き込んでいた依頼書を掲示板から剥がして、カウンターの上に置いた。
「あちらさんの話だと、これまでに腕利きを四人。まあ、四人と言っても1人ずつか。腕利き冒険者を四度も村に向かわせたそうだが――」
「その言い方をするってことは…」
こくり、と亭主が首肯する。

「1人も帰ってこなかったらしいぞ」
「それはずいぶんと、きな臭い話だな……」
食人鬼と互角に戦えると自負する少年は、もう一度貼り紙を見た。
その視線の先で宿の亭主の太い指が、そっと最初の方の文章をなぞる。
「……となると、退治の手筈が整ってるというのも眉唾物だろうな」
「村ぐるみで何か裏がある……?」
「かもしれん。用心に越したことはない」
この宿が引き受ける依頼にしては、かなりヤバイ山だ――ロンドはぎしり、と椅子を鳴らした。
しかし、余所から回されてきたというのであれば、この喰えない亭主のことだから、調べられる部分については根掘り葉掘り聞き出しているに違いない。
「一つ、いいか」
「ん?」
「なんだって失敗続きなのに、1人ずつ向かわせた?」
「ああ、それはな…冒険者一名の助力云々ってのは、『1人だけでいい』ではなく、『1人でないと駄目』なんだとさ」
「なんだ、そりゃ」
「村人を襲う食人鬼……恐らくオーガなんだろうが、そいつがやけに臆病というか、知恵が回る奴らしくてな」
「……」
「村によそ者が二人以上いる時は、姿を見せんそうだ。……ずいぶん、妙な話だと思うがね」
「そうだな、妙な話だ」
ロンドのやぶ睨みに近い目と、宿の亭主のすっとぼけたような目から放たれる視線が交差する。
声に出さずとも、2人の意図は明らかだった。
「村はどこにあるんだ?」
「ここからクルベン村までは、馬で四日ほど掛かる。街道沿いに進めば道中の危険はなかろう」
この依頼を受けるか?と亭主は確認したが、これは形ばかりのものだった。
亭主は亭主でこれがどれほど危ない依頼かを無言のうちに伝えているし、ロンドはロンドでそれを承知で引き受けようとしている。
だから、否という答えはなかった。
――これが四日前のこと。
旅の準備を手際よく整えたロンドは、夕刻にはクルベン村の村長の家にその身を運んでいた。
夕暮れに紛れて顔は見えづらいが、話し声からすると、大体宿の亭主の外見年齢と同じくらいの年だろう。
小柄な身体を精いっぱい縮めるようにして、村長はこちらへ話しかけてくる。
「冒険者様、遠路はるばるよくぞいらっしゃいました」
「ああ」
「ではでは早速、ご依頼した食人鬼退治について、私のほうからお話させていただ――」
その瞬間。
風采の上がらない小男のセリフを遮るように、絹というよりはボロボロの木綿を裂くような悲鳴が、村長の家の外から上がる。
「むっ……まさか……」
村長が気遣わしげに外を窺うと、さらに男の声で、
「化け物だーっ!化け物が出たぞぉーっ!」
という叫ぶ声がする。
村長は暫し絶句した後、かさついた唇をもごもごと動かし始めた。
目の前の年不相応に大きな体躯をした少年は短く返事をするだけで、特に威圧的な態度に出ているわけでもないのに、なぜか村長が萎縮してしまうような気を発している。
実はそれがロンドの警戒心によるものだと、彼はまだ気づいていない。
「……冒険者様」
「なんだ」
「その、お疲れのところ申し訳ありませんが……どうやら彼奴が現れたらしく」
「そうみたいだな」
「まずは様子見ということでも、彼奴の姿をご覧になって頂ければ、当村と致しましては大変ありがたく――」
「…………」
ロンドは村長の迂遠な言い回しに悠長に付き合うことなく、スコップを片手に屋外へと向かう。
村長宅を出るや否や、顔立ちの整った婦人が待ち構えていたように、ロンドに縋り付いてきた。
「ああっ、冒険者様!」
「………」
「食人鬼が私の家に!夫が突き飛ばされて頭から血をっ!家には娘がっ!娘が……っ!」
今にも失神せんばかりの婦人が指差す方向に進み行くと――戸が開け放しの古びた家が一軒。
ガシャンガシャン、という何かが壊れる音の中で、先ほど村長宅で聞いていた悲鳴が混ざっている。
どうやら状況は一刻を争うらしい。
(……だがな。油断は禁物だぜ……)
ロンドはちょうどパーティ単位の装備変更により、シシリーから『夕日の鉄撃』という名前の武具屋で購入した≪カイトシールド≫を譲渡されていた。
スコップを使うときには背に負っているしかないが、もしトトゥーリア遺跡で手に入れた≪サンブレード≫を振るうときには、これを構えることができる。
昔手に入れた花の匂いで士気を向上し、スコップをぎゅっと握り直すと、彼は無造作にすら見える足取りで開け放した戸から突入した。
ロンドが家屋に足を踏み入れた刹那。
屋内から入り口目掛けて放たれたのは、短剣、鉄の矢、魔法の矢。
無防備に受ければ致命傷となり得る奇襲攻撃であったが、ロンドは短剣を手の甲で弾いた後、一瞬のうちに身体を回転させ左に一歩動くことで背の盾に鉄の矢を当て、脇腹を掠めた魔法の矢をやり過ごした。
「これは……」
ロンドの目が攻撃した者の姿を捉える。
屋内には食人鬼のも子供もいない。
ただ、ゴロツキ然とした5人の男女が、暗がりで不満顔を晒しているのみであった。

「……おいおい、嘘だろ?」
ゴロツキの頭目らしき筋骨逞しい若者――ロンドよりは小柄だが――が率先して声を発し、張り詰めた空気を破った。
「全部避けられちまうなんてな。テメェ本当に人間かよ?」
賞賛とも呆れとも取れる表現だが、動揺は小さく声の調子も平坦に近い。
「人間だよ。あいにくな」
自分のパーティにいる黒い翼の仲間を思い出しながら、彼はそう答えた。
「今までここに来た冒険者どもは、これだけでおっ死んだんだが。こういう時はどうしたもんか……」
「コイツ黙って逃がす訳にはいかねえよな?」
と言って、短剣をくるくる弄ぶ小柄な青年。
「あったり前でしょー。治安隊にチクられたら、あたしら全員お尋ね者」
身体の線を露にしている妖艶な佇まいの女。
悲鳴を上げていたのは子供ではなくこの女だったようだが、酒焼けでもしているのか、さほど高い声が出なかったせいで、絹を裂くようにはいかなかったのだろう。
ニヤニヤ笑いを浮かべながら女の肩を叩いたのは、頭目に負けず劣らず巨躯の男だ。
いかめしい容貌に思えるが、
「楽に稼ぐのもいいけどさあ。たまには冒険者らしく、頑張って戦わないと駄目だよね」
などと、口調は柔らかい。
だが口調はともかく、男のセリフの内容は、まったく持って見過ごせるものではなかった。
「……冒険者だと?」
「ああ、俺らは冒険者。あんたと同じ冒険者。……何かご不満でも?」
後ろ髪を紐で縛った色男が歌うようにそう言って、小型のクロスボウに矢を番えた。
彼は続けて発言する。
「あんたは妖魔をチマチマ狩って稼いでんだろ?俺らはあんたみたいな冒険者様を狩って稼いでんのよ」
「遺跡荒らしだの秘境探索だの……当たればでかいがそうそう当たるもんじゃねぇ」
「そうそう!半年近く粘ったのに、成果なしってこともあったよねー」
頭目と女がわざとらしい笑い声をあげる。
ふと、まったくロンドが表情を変えていないことに気づき、頭目は笑いを収めた。
「……で、ある時気づいたんだ。高価なお宝をこれ見よがしに持ち歩いてる同業者の存在にな」
「……」
頭目の視線が、ロンドがベルトに挟んでいる≪サンブレード≫を見た。
確かにこれは古代の宝物の一つかもしれない。
霊体は切れないものの、その刀身から発せられる高熱は、普通の武具にはない鋭さを持って振るわれる。
価値的には彼が手にしているスコップの方が高価ではあるのだが――さすがに、これがどういった魔力を持っているかまでは、初見では分からないだろう。
つまり――こいつらは、彼の持つような武具や貴重な魔法の道具などを、これまでにずっと1対多数で奪い続けてきたのだ。
「ただ、そういう野郎は大抵仲間とつるんでやがる。そいつらと真正面からやり合うなんてのは旨くねぇ。だから知性派の俺達としては、話が分かるクルベン村の皆さんにご協力頂いて――」
そこから先は、ロンドが引き受けてやった。
「偽の依頼を出し、冒険者を1人ずつ誘き寄せた……」
「おっ、正解!」
ぱちぱちと、クロスボウを持った色男がわざとらしい拍手をしてみせる。
短剣を相変わらず弄ぶ青年が、ふふんと鼻を鳴らした。
「相手が1人なら不意打ちで余裕。それに、単独で依頼受けるような自信過剰野郎ってのは、大抵いいもん持ってんだよな」
「この前、売っ払った金ぴかの剣は凄かったよね。銀貨の重みで袋が破けちゃって、もう大変」
「あの冒険者さんには感謝しないとねー。どこに埋めたか覚えてないけど」
「墓地の近くじゃなかったっけ?ま、どこでもいいっしょ。冒険者が死のうが失踪しようが、治安隊はロクに調べねえし」
悪党どもは和気藹々としている。
私利私欲で同業者を殺めることなど、彼らにとっては日常茶飯事なのだろう。
要するに、これは彼らにとっての狩りなのだ。
食べる為に野うさぎを狩るのと同じ感覚。
彼らの今回の獲物は――ロンド。
2016/04/26 12:04 [edit]
category: 狩る者を狩る者
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