金狼の牙と碧の街1

 晴天の下、陽光に煌めく波頭が水晶のようである。
 着なれない礼服に身を包んだギルは、窓から見えるその光景に目を細めた。
 それに目敏く気づいたエディンが、間髪入れずにやりと笑う。

「なんだ、案外余裕だなァ。精々からかってやろうと思っていたのに」
「勘弁してくれよ、一生に一度きりの大イベントだぜ?」

 彼らが訪れているここは、碧海の都と名高いアレトゥーザ。その聖海教会の一室である。
 山中の小村出身である花嫁のために、海というものを見せてやりたいと、わざわざ拠点であるリューンではなくアレトゥーザにて式を挙げることにしたのだ。花嫁の二親は既に亡いため、《狼の隠れ家》の親父さんが親代わりに、娘さんが姉代わりとして彼女に付き添っている。
 ギル当人は一応母親と義姉が健在であり、彼の家族は親父さんと久闊を叙していた。

「いや、それにしても大した母親だな。ギル」
「無駄に顔が広いのさ。おかげで急な挙式なのに、吉日に割り込めたけど」
「まさか、ここの教会の司祭や元首とも顔見知りとはな…」

と、呆れたように彼は頭を振った。
 歴戦の傭兵から冒険者に転向したギルの母は、このアレトゥーザで巻き起こったゴタゴタを納めるのに尽力した事があるらしい。
 比類ない刀匠と知り合いだったことといい、どうにも頭の上がらなそうな先達である。
 そこまで話していたエディンは、ふと視線を部屋の片隅に向けた。
 彼の目線の先には、光の当たるところが紺色に光るように織られた、ちょっと珍しい生地のスーツを着込んだ姿がある。

「ところで、お前さんは新郎でもないのに何でそんなにガチガチになっているんだ?」
「放っておいてくれ…」

 鍛えぬかれた長身を縮めるようにしてアレクが呻き、 被せるように白いリボンを胴に巻いた雪の精霊が、事情説明を始めた。

「なんや、昨日からえらいけったいな様子ですねん。震えてたかと思うと、いきなり剣の素振り始めたり……」
「止めろ、トール!絶交するぞ!」
「…なるほど、確かにおかしい」

 どれだけからかわれても、アレクが今までこれほどの過剰反応をしたことはない。
 どうしたものやらとエディンが悩んでいると、ひょいと彫刻のような美貌をのぞきこんだ新郎が、

「友人代表の挨拶、そんなに重荷か?」

と問う。

「え……お前さん、それで緊張してたの?」
「昔から、アレクは緊張すると身体を動かさずにいられなくなるんだ」
「わかっているなら、見て見ぬふりくらいしてくれてもいいだろ!?」

 本来緊張すべき新郎と、からかうであろう新郎の友人の立場が、これではあべこべだなとエディンはため息をついた。

「トール、なんならお前さんが挨拶するか?」
「勘弁でっせ、兄さん。そないなことになったら、ワテかて気絶しますわ」

 雪精が慌てて首を振る。
 その背後では、なーんの懸念もない顔でギルがけらけらと笑っていた。


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