Tue.
最後の最後に笑う者 7 
外に出たとたん、謎の感覚の正体が分かった。
来た時とは逆に、景色が上へと昇っていく。
つまり、宝物庫が落ちているのだ!
「な、何て事だ・・・。そうだ、悪魔は!?」
エディンが素早く視線を走らせる。
「我はここにいる」
声がする方を振り向くと遠くに悪魔の姿が見えた。
「何をしてるんだ!落ちそうなんだぞ!また、背中に乗せろよ!」
「断る」
焦った調子のエディンの台詞を、ばっさりと悪魔が切った。
「確か、てめぇは俺達の命は保障する、と言ったはずだろ?てめぇの名に賭けて誓っただろ?約束を違えるのかよ?」
「約束は違えてはいない。思い出すがいい。我との約束を」

エディンの脳裏に浮かぶ、悪魔との約束・・・・・・。
『我が名ヴィンディバックスに賭けて主らを無事に宝物庫へ運ぶ事を誓おう』
「あ・・・まさか・・・」
「我は約束通り、主らを宝物庫に送り届けた。その後は与り知らぬ事よ」
「この野郎・・・・・・」
「落ち着きなさいってば、エディ。悪魔なんだからこれくらいは当たり前でしょ」
「その通りだ。ハハハハ!」
悪魔が黒い目を細め、牙をむき出しにたりと笑う。人の希望と勇気を喰らう、悪魔の笑いだ。
「その緋色の髪の娘だけは、殺すには惜しいが・・・・・・。どうだ、仲間を裏切り我の手下にならんか?」
「それこそ、お断りです」
きっぱりとアウロラが言った。
「変に紳士的にされたので手を出しづらかったですが、ここにきて裏切ったとなれば重畳。大義名分を掲げてあなたを退治することが出来ます」
「ふん・・・。所詮は神の捨て駒か」
そう言い放つと、悪魔は冒険者達の攻撃が届かない距離を置いて、落ち続ける様を楽しそうに観察し始めた。
「このままでは島に衝突してバラバラになってしまいます!」
「空を飛んで逃げるか。宝物庫の中の宝にその手の道具があるかを探してみるか・・・・・・どの道、悪魔は俺達をそのまま逃がしちゃくれねぇ」
平静さを取り戻したエディンが指摘する。
「奴と闘う事は避けられねぇぞ」
「ともかく急ごう。この宝物庫が落ちるまでがリミットだ!」
アレクの声に、”金狼の牙”たちは一斉に散開し、支援魔法や召喚魔法を唱えた。
「ん・・・・・・?」
訝しげな顔をした悪魔に向かって、ジーニはにやりと笑って見せた。
「時代遅れの悪魔さん!今の時代はね、こういうお薬も・・・・・・存在するのよ!」
いつものベルトポーチから彼女が取り出して見せたのは、以前に『蟲竜』と戦った時に作っておいた≪特濃浮遊薬≫だった。

「さあ、これで私達とあなたは五分と五分。決着をつけてあげましょう!」
いつになく勇ましく叫んだアウロラに、悪魔は目を細めて喜んだ。
「ほう、空を飛べたとは。人間にしては上出来、上出来。しかし、空において我に抗うとは愚の骨頂」
悪魔の翼が力強く羽ばたく。
「味わわせてやろう!ウィンディバックスの二つ名の真の意味を!」
そう言って牙をむいた悪魔は、目にも留まらぬ素早さでアレクの体を噛み砕いた。
「うあああ!」
「アレク!!く、スネグーロチカ!」
雪の娘が再び舞い踊り、エディンがスネグーロチカの作った隙を突いて、【磔刑の剣】による拘束を成功させる。
狙いは翼、磔を行なうは――宝物庫の扉だ!
「どうだい、悪魔さん?」
「小癪な真似を・・・!!」
エディンの魔力によって穿ち、突かれた翼は一瞬ではあったが確実に悪魔の動きを止めていた。
その巨体にギルが【風割り】を、アレクが怪我をものともせずに【炎の鞘】を放つ。
怪力で持って無理やり魔力による拘束を外そうとするのを、ジーニの風が邪魔をして防いだ。
「ヌオオオオオオ!」
「どうよ、風の味は?こうやって傷つけられるのは初めてかしら?」
「舐めるなああああ!」
拘束から逃れた悪魔の太い腕が、アウロラの体を掠めて彼女を吹き飛ばした。
すかさずその場にいたギルが助け起こす。
「大丈夫、かすり傷ですよ・・・」
「無理はしてくれるなよ。お前が倒れたら、誰も防護の魔法なんてできないんだから」
「分かってます」
痺れた足を叱咤して起き上がると、アウロラは効果が消えないうちにと再度【信守の障壁】を張った。
その防護を打ち破るかのような強烈な波動が、悪魔の翼から放たれる。
”金狼の牙”たちの体が一瞬動きを止められ、かまいたち作用による切り傷が出来た。
「我の風の味はどうだ・・・?もう許さんぞ、人間どもよ!」
「アレクはん、他の皆さんもしっかりしてやー!!」
トールが忙しく駆け回る。
「あと一撃・・・一撃でいいんだ」
アレクがトールの氷の魔力に傷を塞がれつつ、立ち上がった。
その近くにジーニが立ち止まる。
「時間さえ稼いでくれれば、どうにかするわよ。まだとっておきの薬瓶があるからね」
「・・・よし、ジーニ。頼むぞ・・・」
悪魔はと言えば、守りの要になっているアウロラに噛み付き、その華奢な体を地面に叩きつけたところだった。
こちらに完全に背を向けている。
「・・・・・・・・・!!」
アレクがその背中を駆け上がり、剣を突き刺す。
「ウオオオ!!」
「くっ、この・・・・・・!ジーニ、今だ!」
「いけ、【災いの薬瓶】!汝の奔流を浴びせよ!」
ジーニの手から放たれたオレンジ色の薬瓶が悪魔の表皮で割れ、辺り一面を覆う電撃を発生させる。

「グ、グワァァァァ!!わ、我が人ごときにぃ!?」
「幾多の人の絶望をすすりし悪魔よ、地獄へ舞い戻れ!」
ギルが最後の止めとばかりに額に斧を打ち込んだ。
悪魔の体は、ポロポロと崩れ破片を巻き散らかしながら、火山口へと墜落していった。
そのとたん、空から落ちた宝物庫の島が火山口にすっぽりとはまる。
火山と島がお互いに破壊してゆく様は、遠くから見るとスローがかったようで現実味を感じられない。
地響きが鳴り止んだ頃、”金狼の牙”たちは島に降りることにした。
島は意外と静まり返っている。
直前の大異変で生きとし生けるものが全て脅えきってしまったのだろうか。
辺りを見回したギルの視界に、ふとフタをされた火山が目に入った。
「ふー。大したもんだぜ」
フタをされた火山は、まるで地獄の門が閉じたかのように何人も這い出せまいとがっしりとそびえたっている。
「やっと終わったのね」
「まだだ。まだ、冠を無事に届ける仕事が残ってる」
ギルは迎えの船に合図を出し。
”金狼の牙”たちは海賊王の孤島を後にした――。
ケノダインの家に到着すると、彼は大喜びで迎えてくれた。
「いやいや、皆さん。ご苦労様でした。さすが≪狼の隠れ家≫の冒険者の方々です。こんなに早く見つけてくれるとは皆さんこそ真の冒険者ですね!」
「・・・なんで俺たちが冠を持って帰った事が分かったんだ?」

ギルは一際冷静な声で訊ねた。
「ん?ああ。それはですね・・・」
「俺が報告したのさ」
冒険者の問いにケノダインが言いよどんでいると、物陰からジョーンズがひょっこり現れた。
ミナスが濃藍色の双眸を瞠る。
「ジョーンズ?なぜ?」
「お前はアロヴァの雇った冒険者じゃなかったのか?」
ギルの問いに、ジョーンズはいつものようなにやついた顔を崩さずにケノダインに向かって目配せする。
ケノダインがこくりとうなずくとジョーンズは説明を始めた。
ジョーンズの本当の依頼人はケノダインであったこと。
影から”金狼の牙”の仕事のフォローをする役目であったこと。
「つまり、俺達の事を信用していなかった、と言うわけか?」
「正体を隠してアロヴァの冒険者に紛れてたのは悪かったよ。敵をだますにはまず味方から、と言うしねぇ」
「結局、自分の手を煩わせずに楽して冠を手に入れようと考えたわけだよな」
激昂せず淡々と語るギルの言葉に、アレクは激情を隠さない目で依頼人とジョーンズを睨みつけた。
もし彼の肩に、ジーニがそっと手を置いていなかったら、きっとアレクは二人に詰め寄っていただろう。
「万が一、俺達がアロヴァの冒険者に負けてもこっそりかっさらおうと思ってたんだろ?」
「さすが≪狼の隠れ家≫の冒険者。鋭い読みだねぇ」
否定も肯定もせずにただ笑っている二人。だが、その雰囲気からは肯定の意味が受け取られる。
(つまり、俺たちは捨て駒だったってわけだ。その命がなくなったとしても、彼らにとっては大した意味ではなかった・・・。)
アレクの奥歯がギリ、と鳴った。
「ともかく、こうして君達は冠を持ってきてくれたわけです。感謝しますよ。さあ、私にその冠を渡してくれませんか?」
ケノダインがそう言った時、”金狼の牙”の面々はお互いの顔を一瞬だけさりげなく見回した。
だが、その一瞬だけで意味は十分に通じたようであった。
「今は渡さないよ、ケノダインさん」
「え?それはどういう事ですか?」
「今、あなたに渡すとエムルリスさんに見せる前に盗まれるかも知れないだろ?」
だから、自分たちがエムルリス氏のもとへケノダインが駆けつけるまで冠を守ってあげよう――ギルはそう申し出たのである。
「おお!さすがです!フォローがキメ細やかだ!では、今から行きましょう!」
ケノダインと”金狼の牙”たちはエムルリスの家へとそのまま向かった。
金の装飾、精緻な彫刻、華美でありながら決して優雅さを失わないその佇まい――エムルリス氏の屋敷の応接間は見事の一言に尽きた。
ケノダインが連絡を取り、遺産相続に関する人物が集められている。
「さて」
と、ケノダインが切り出した。
「今日はとてもよい知らせがあります。私の雇った冒険者達が海賊王の孤島から父の思い出の冠を取ってきてくれたのです!」

応接室の中がざわめきたつ。
「ここで皆さんに集まっていただいたのは他でもない。冠を取り戻し、父に渡した真の遺産相続者の姿を皆さんに確認してもらうためです」
「自慢かよ」という言葉がかすかに聞こえる。
ケノダインはその言葉を黙殺し、「さあ」とギルに向かって両手を広げて差し出した。
このデモンストレーションは、この屋敷に来るまでの間に打ち合わせしておいたものだ。
冒険者達はこの場面で手に持つ冠をケノダインに渡し、その後、彼が直接エムルリスに渡す手はずになっている。
「さあ!」
ケノダインはもう一度、ギルに向かって手を伸ばした。
ギルは取り出した銀のティアラを――近くのアイトリーにぽん、と無造作に渡した。
「ギルバートさん!?」
ケノダインは狼狽した様子でギルに呼びかける。
「悪いねえ、ケノダインさん。命を賭ける冒険者を騙して使い捨てにするような依頼人は、依頼人とは呼べないんだよ」
そしてギルはアイトリーに片目をつぶっておどけてみせた。

「これを本当に持つべき者は君だよ。アイトリー」
「な、何を言うのですか?」
「お前だけが、このじいさんのためにこの冠を探していた。大人でも恐怖する秘境にも臆せず、果敢に身を投じてまで」
ここでギルは、応接間に集まった人間たちに滔々と述べた。
「俺がもしエムルリスの立場なら、遺産の相続人は他の誰でもなくこの少年を選ぶだろう」
「い、依頼放棄だ!契約違反だ!」
「あんたは冒険者の何たるかを全然分かっていない」
ギルは胸を張って言う。
「冒険者は第一に自由であるべき。俺は俺の感じたとおりに行動するぜ」
「まあ、毎回それじゃ困りますけどね」
「・・・・・・契約違反というなら、あなたも一緒だ。ケノダインさん。俺ら以外の冒険者を雇うなんてこと、一言も契約にはなかった」
「あたしたち、そういうウソの事情で使われるのは我慢ならないわけ」
アウロラ、アレク、ジーニがそう言ってリーダーの肩を「よくやった」とでも言うように叩くのを、ケノダインは口を大きく開けたまま愕然と膝を折って見つめるしかない。
「さあ、アイトリー。じいさんに冠を渡してあげな」
「は、はい!」
アイトリーは周りを気にしながら冠を冒険者から受け取って、エムルリスの待つ扉の奥へ入っていった。
「これで全て終わったな。さあ、帰ろうか。懐かしの狼の隠れ家へ」
「そうそう、ケノダインさん。お前さんからの依頼は受けないよう、親父さんに伝えとくよ」
エディンが軽く手を振ったのを合図に、一行は言葉にならない罵声を浴びせるケノダインたちを尻目にその場を去る事にした。
それから数ヵ月後。
冒険者達の耳に流れてきた風の噂では、アイトリーは受け継いだ遺産を全て聖北教会に寄付したらしい。
そして今回亡くなった人達を盛大に弔ったそうだ。
「ま、あそこにいたモンスターの珍しい角やら石やらで、赤字はなんとか回避できたし。良かったわねー」
「銀貨2400枚の儲けだ。なかなかだったなァ」
「それにしてもアイトリーさん、ずいぶんと思い切りましたね。全額寄付するとは思いませんでした」
「死者に敬意も表さず、私利私欲のために遺産を使うよりましだな」
少し、間が空いた後、ギルたちは目を見合わせると手にしたジョッキを掲げて小さく乾杯をした。
※収入0sp、≪狂牛の角≫≪緋色の魂玉≫×6※
--------------------------------------------------------
■後書きまたは言い訳
44回目のお仕事は、Dr.タカミネさんのシナリオで最後の最後に笑う者です。
けっこう長丁場のシナリオですが、探索・戦闘・謎解き、すべての点において他人にオススメできる作品の一つだと思っています。シビアなタイムテーブルもございますので、こんなタイプのシナリオが好きな方はぜひ挑戦を!
本当は塔すべての古代語を読み取って、悪魔を押さえ込む呪文を獲得しようと思っていたんですが、どうにも最後の一つが見つからず呪文なしで戦闘。結果論だけどいい戦闘バランスでした。・・・・・・そうそう、宝物を必死に漁れば飛行用のアイテムもあるんですが、せっかく残っていたので暴虐の具現者の浮遊薬をここで消費してみました。奥の手みたいでかっこよかったので。
台詞がとにかくキャラクターに合っていて、ほとんどしゃべり方を直す必要もありませんでした。ジーニが敵ドワーフに啖呵切ったところとか、悪魔相手に一歩も引かないアウロラとか、まさにああいう台詞を吐く筈です。
そんないい反応をしてくれたので、オリジナルで悪魔が妙にアウロラを気に入った様子になりました。
実際問題、頭に血が上って反抗してきた相手の後であれば、ああいう聡い反応をする人間ってきっと気に入ってしまうと思うんですよね。
この作品がけっこうシビアでシリアスだったので、次回はもうちょっとライトな感覚のシナリオをやってみようかな・・・。
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。
来た時とは逆に、景色が上へと昇っていく。
つまり、宝物庫が落ちているのだ!
「な、何て事だ・・・。そうだ、悪魔は!?」
エディンが素早く視線を走らせる。
「我はここにいる」
声がする方を振り向くと遠くに悪魔の姿が見えた。
「何をしてるんだ!落ちそうなんだぞ!また、背中に乗せろよ!」
「断る」
焦った調子のエディンの台詞を、ばっさりと悪魔が切った。
「確か、てめぇは俺達の命は保障する、と言ったはずだろ?てめぇの名に賭けて誓っただろ?約束を違えるのかよ?」
「約束は違えてはいない。思い出すがいい。我との約束を」

エディンの脳裏に浮かぶ、悪魔との約束・・・・・・。
『我が名ヴィンディバックスに賭けて主らを無事に宝物庫へ運ぶ事を誓おう』
「あ・・・まさか・・・」
「我は約束通り、主らを宝物庫に送り届けた。その後は与り知らぬ事よ」
「この野郎・・・・・・」
「落ち着きなさいってば、エディ。悪魔なんだからこれくらいは当たり前でしょ」
「その通りだ。ハハハハ!」
悪魔が黒い目を細め、牙をむき出しにたりと笑う。人の希望と勇気を喰らう、悪魔の笑いだ。
「その緋色の髪の娘だけは、殺すには惜しいが・・・・・・。どうだ、仲間を裏切り我の手下にならんか?」
「それこそ、お断りです」
きっぱりとアウロラが言った。
「変に紳士的にされたので手を出しづらかったですが、ここにきて裏切ったとなれば重畳。大義名分を掲げてあなたを退治することが出来ます」
「ふん・・・。所詮は神の捨て駒か」
そう言い放つと、悪魔は冒険者達の攻撃が届かない距離を置いて、落ち続ける様を楽しそうに観察し始めた。
「このままでは島に衝突してバラバラになってしまいます!」
「空を飛んで逃げるか。宝物庫の中の宝にその手の道具があるかを探してみるか・・・・・・どの道、悪魔は俺達をそのまま逃がしちゃくれねぇ」
平静さを取り戻したエディンが指摘する。
「奴と闘う事は避けられねぇぞ」
「ともかく急ごう。この宝物庫が落ちるまでがリミットだ!」
アレクの声に、”金狼の牙”たちは一斉に散開し、支援魔法や召喚魔法を唱えた。
「ん・・・・・・?」
訝しげな顔をした悪魔に向かって、ジーニはにやりと笑って見せた。
「時代遅れの悪魔さん!今の時代はね、こういうお薬も・・・・・・存在するのよ!」
いつものベルトポーチから彼女が取り出して見せたのは、以前に『蟲竜』と戦った時に作っておいた≪特濃浮遊薬≫だった。

「さあ、これで私達とあなたは五分と五分。決着をつけてあげましょう!」
いつになく勇ましく叫んだアウロラに、悪魔は目を細めて喜んだ。
「ほう、空を飛べたとは。人間にしては上出来、上出来。しかし、空において我に抗うとは愚の骨頂」
悪魔の翼が力強く羽ばたく。
「味わわせてやろう!ウィンディバックスの二つ名の真の意味を!」
そう言って牙をむいた悪魔は、目にも留まらぬ素早さでアレクの体を噛み砕いた。
「うあああ!」
「アレク!!く、スネグーロチカ!」
雪の娘が再び舞い踊り、エディンがスネグーロチカの作った隙を突いて、【磔刑の剣】による拘束を成功させる。
狙いは翼、磔を行なうは――宝物庫の扉だ!
「どうだい、悪魔さん?」
「小癪な真似を・・・!!」
エディンの魔力によって穿ち、突かれた翼は一瞬ではあったが確実に悪魔の動きを止めていた。
その巨体にギルが【風割り】を、アレクが怪我をものともせずに【炎の鞘】を放つ。
怪力で持って無理やり魔力による拘束を外そうとするのを、ジーニの風が邪魔をして防いだ。
「ヌオオオオオオ!」
「どうよ、風の味は?こうやって傷つけられるのは初めてかしら?」
「舐めるなああああ!」
拘束から逃れた悪魔の太い腕が、アウロラの体を掠めて彼女を吹き飛ばした。
すかさずその場にいたギルが助け起こす。
「大丈夫、かすり傷ですよ・・・」
「無理はしてくれるなよ。お前が倒れたら、誰も防護の魔法なんてできないんだから」
「分かってます」
痺れた足を叱咤して起き上がると、アウロラは効果が消えないうちにと再度【信守の障壁】を張った。
その防護を打ち破るかのような強烈な波動が、悪魔の翼から放たれる。
”金狼の牙”たちの体が一瞬動きを止められ、かまいたち作用による切り傷が出来た。
「我の風の味はどうだ・・・?もう許さんぞ、人間どもよ!」
「アレクはん、他の皆さんもしっかりしてやー!!」
トールが忙しく駆け回る。
「あと一撃・・・一撃でいいんだ」
アレクがトールの氷の魔力に傷を塞がれつつ、立ち上がった。
その近くにジーニが立ち止まる。
「時間さえ稼いでくれれば、どうにかするわよ。まだとっておきの薬瓶があるからね」
「・・・よし、ジーニ。頼むぞ・・・」
悪魔はと言えば、守りの要になっているアウロラに噛み付き、その華奢な体を地面に叩きつけたところだった。
こちらに完全に背を向けている。
「・・・・・・・・・!!」
アレクがその背中を駆け上がり、剣を突き刺す。
「ウオオオ!!」
「くっ、この・・・・・・!ジーニ、今だ!」
「いけ、【災いの薬瓶】!汝の奔流を浴びせよ!」
ジーニの手から放たれたオレンジ色の薬瓶が悪魔の表皮で割れ、辺り一面を覆う電撃を発生させる。

「グ、グワァァァァ!!わ、我が人ごときにぃ!?」
「幾多の人の絶望をすすりし悪魔よ、地獄へ舞い戻れ!」
ギルが最後の止めとばかりに額に斧を打ち込んだ。
悪魔の体は、ポロポロと崩れ破片を巻き散らかしながら、火山口へと墜落していった。
そのとたん、空から落ちた宝物庫の島が火山口にすっぽりとはまる。
火山と島がお互いに破壊してゆく様は、遠くから見るとスローがかったようで現実味を感じられない。
地響きが鳴り止んだ頃、”金狼の牙”たちは島に降りることにした。
島は意外と静まり返っている。
直前の大異変で生きとし生けるものが全て脅えきってしまったのだろうか。
辺りを見回したギルの視界に、ふとフタをされた火山が目に入った。
「ふー。大したもんだぜ」
フタをされた火山は、まるで地獄の門が閉じたかのように何人も這い出せまいとがっしりとそびえたっている。
「やっと終わったのね」
「まだだ。まだ、冠を無事に届ける仕事が残ってる」
ギルは迎えの船に合図を出し。
”金狼の牙”たちは海賊王の孤島を後にした――。
ケノダインの家に到着すると、彼は大喜びで迎えてくれた。
「いやいや、皆さん。ご苦労様でした。さすが≪狼の隠れ家≫の冒険者の方々です。こんなに早く見つけてくれるとは皆さんこそ真の冒険者ですね!」
「・・・なんで俺たちが冠を持って帰った事が分かったんだ?」

ギルは一際冷静な声で訊ねた。
「ん?ああ。それはですね・・・」
「俺が報告したのさ」
冒険者の問いにケノダインが言いよどんでいると、物陰からジョーンズがひょっこり現れた。
ミナスが濃藍色の双眸を瞠る。
「ジョーンズ?なぜ?」
「お前はアロヴァの雇った冒険者じゃなかったのか?」
ギルの問いに、ジョーンズはいつものようなにやついた顔を崩さずにケノダインに向かって目配せする。
ケノダインがこくりとうなずくとジョーンズは説明を始めた。
ジョーンズの本当の依頼人はケノダインであったこと。
影から”金狼の牙”の仕事のフォローをする役目であったこと。
「つまり、俺達の事を信用していなかった、と言うわけか?」
「正体を隠してアロヴァの冒険者に紛れてたのは悪かったよ。敵をだますにはまず味方から、と言うしねぇ」
「結局、自分の手を煩わせずに楽して冠を手に入れようと考えたわけだよな」
激昂せず淡々と語るギルの言葉に、アレクは激情を隠さない目で依頼人とジョーンズを睨みつけた。
もし彼の肩に、ジーニがそっと手を置いていなかったら、きっとアレクは二人に詰め寄っていただろう。
「万が一、俺達がアロヴァの冒険者に負けてもこっそりかっさらおうと思ってたんだろ?」
「さすが≪狼の隠れ家≫の冒険者。鋭い読みだねぇ」
否定も肯定もせずにただ笑っている二人。だが、その雰囲気からは肯定の意味が受け取られる。
(つまり、俺たちは捨て駒だったってわけだ。その命がなくなったとしても、彼らにとっては大した意味ではなかった・・・。)
アレクの奥歯がギリ、と鳴った。
「ともかく、こうして君達は冠を持ってきてくれたわけです。感謝しますよ。さあ、私にその冠を渡してくれませんか?」
ケノダインがそう言った時、”金狼の牙”の面々はお互いの顔を一瞬だけさりげなく見回した。
だが、その一瞬だけで意味は十分に通じたようであった。
「今は渡さないよ、ケノダインさん」
「え?それはどういう事ですか?」
「今、あなたに渡すとエムルリスさんに見せる前に盗まれるかも知れないだろ?」
だから、自分たちがエムルリス氏のもとへケノダインが駆けつけるまで冠を守ってあげよう――ギルはそう申し出たのである。
「おお!さすがです!フォローがキメ細やかだ!では、今から行きましょう!」
ケノダインと”金狼の牙”たちはエムルリスの家へとそのまま向かった。
金の装飾、精緻な彫刻、華美でありながら決して優雅さを失わないその佇まい――エムルリス氏の屋敷の応接間は見事の一言に尽きた。
ケノダインが連絡を取り、遺産相続に関する人物が集められている。
「さて」
と、ケノダインが切り出した。
「今日はとてもよい知らせがあります。私の雇った冒険者達が海賊王の孤島から父の思い出の冠を取ってきてくれたのです!」

応接室の中がざわめきたつ。
「ここで皆さんに集まっていただいたのは他でもない。冠を取り戻し、父に渡した真の遺産相続者の姿を皆さんに確認してもらうためです」
「自慢かよ」という言葉がかすかに聞こえる。
ケノダインはその言葉を黙殺し、「さあ」とギルに向かって両手を広げて差し出した。
このデモンストレーションは、この屋敷に来るまでの間に打ち合わせしておいたものだ。
冒険者達はこの場面で手に持つ冠をケノダインに渡し、その後、彼が直接エムルリスに渡す手はずになっている。
「さあ!」
ケノダインはもう一度、ギルに向かって手を伸ばした。
ギルは取り出した銀のティアラを――近くのアイトリーにぽん、と無造作に渡した。
「ギルバートさん!?」
ケノダインは狼狽した様子でギルに呼びかける。
「悪いねえ、ケノダインさん。命を賭ける冒険者を騙して使い捨てにするような依頼人は、依頼人とは呼べないんだよ」
そしてギルはアイトリーに片目をつぶっておどけてみせた。

「これを本当に持つべき者は君だよ。アイトリー」
「な、何を言うのですか?」
「お前だけが、このじいさんのためにこの冠を探していた。大人でも恐怖する秘境にも臆せず、果敢に身を投じてまで」
ここでギルは、応接間に集まった人間たちに滔々と述べた。
「俺がもしエムルリスの立場なら、遺産の相続人は他の誰でもなくこの少年を選ぶだろう」
「い、依頼放棄だ!契約違反だ!」
「あんたは冒険者の何たるかを全然分かっていない」
ギルは胸を張って言う。
「冒険者は第一に自由であるべき。俺は俺の感じたとおりに行動するぜ」
「まあ、毎回それじゃ困りますけどね」
「・・・・・・契約違反というなら、あなたも一緒だ。ケノダインさん。俺ら以外の冒険者を雇うなんてこと、一言も契約にはなかった」
「あたしたち、そういうウソの事情で使われるのは我慢ならないわけ」
アウロラ、アレク、ジーニがそう言ってリーダーの肩を「よくやった」とでも言うように叩くのを、ケノダインは口を大きく開けたまま愕然と膝を折って見つめるしかない。
「さあ、アイトリー。じいさんに冠を渡してあげな」
「は、はい!」
アイトリーは周りを気にしながら冠を冒険者から受け取って、エムルリスの待つ扉の奥へ入っていった。
「これで全て終わったな。さあ、帰ろうか。懐かしの狼の隠れ家へ」
「そうそう、ケノダインさん。お前さんからの依頼は受けないよう、親父さんに伝えとくよ」
エディンが軽く手を振ったのを合図に、一行は言葉にならない罵声を浴びせるケノダインたちを尻目にその場を去る事にした。
それから数ヵ月後。
冒険者達の耳に流れてきた風の噂では、アイトリーは受け継いだ遺産を全て聖北教会に寄付したらしい。
そして今回亡くなった人達を盛大に弔ったそうだ。
「ま、あそこにいたモンスターの珍しい角やら石やらで、赤字はなんとか回避できたし。良かったわねー」
「銀貨2400枚の儲けだ。なかなかだったなァ」
「それにしてもアイトリーさん、ずいぶんと思い切りましたね。全額寄付するとは思いませんでした」
「死者に敬意も表さず、私利私欲のために遺産を使うよりましだな」
少し、間が空いた後、ギルたちは目を見合わせると手にしたジョッキを掲げて小さく乾杯をした。
※収入0sp、≪狂牛の角≫≪緋色の魂玉≫×6※
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■後書きまたは言い訳
44回目のお仕事は、Dr.タカミネさんのシナリオで最後の最後に笑う者です。
けっこう長丁場のシナリオですが、探索・戦闘・謎解き、すべての点において他人にオススメできる作品の一つだと思っています。シビアなタイムテーブルもございますので、こんなタイプのシナリオが好きな方はぜひ挑戦を!
本当は塔すべての古代語を読み取って、悪魔を押さえ込む呪文を獲得しようと思っていたんですが、どうにも最後の一つが見つからず呪文なしで戦闘。結果論だけどいい戦闘バランスでした。・・・・・・そうそう、宝物を必死に漁れば飛行用のアイテムもあるんですが、せっかく残っていたので暴虐の具現者の浮遊薬をここで消費してみました。奥の手みたいでかっこよかったので。
台詞がとにかくキャラクターに合っていて、ほとんどしゃべり方を直す必要もありませんでした。ジーニが敵ドワーフに啖呵切ったところとか、悪魔相手に一歩も引かないアウロラとか、まさにああいう台詞を吐く筈です。
そんないい反応をしてくれたので、オリジナルで悪魔が妙にアウロラを気に入った様子になりました。
実際問題、頭に血が上って反抗してきた相手の後であれば、ああいう聡い反応をする人間ってきっと気に入ってしまうと思うんですよね。
この作品がけっこうシビアでシリアスだったので、次回はもうちょっとライトな感覚のシナリオをやってみようかな・・・。
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。
tb: -- cm: 4
Tue.
最後の最後に笑う者 6 
魔器を手に入れた冒険者達は、噴煙止まぬ火山のふもとへ再び足を運んだ。
辺りには特に生物の影も気配も見受けられない。
が――――。
「いるんだろ?出てきなよ」

溶岩で荒れ果てた山にギルの声がこだまする。
「よく私達の居場所が分かったものだな」
初めて見る男がジョーンズやドワーフ達を連れて物陰から現れた。
「・・・・・・お前は?」
「お初にお目にかかる。私の名はシュイウン。ジョーンズやオリストデルのまとめ役だ」
「つまり、敵という事だな」
「その通りだ」
シュイウンは目をつぶって口元を笑いに歪ませる。
しばし、無言の時が支配する。
衣擦れの音、得物をいじる音、地面に足を滑らす音、汗が体中を伝う音。
その直後、重圧をはねのけるように、お互いが吠える!
「いくぞ!!」
「ゆくぞ!!」

白いひげを蓄えた老人がエディンにあっという間に距離を詰め、その体を吹き飛ばす。
「うごっ!!」
「スネグーロチカ、ナパイアス!エディンを助けて!」
戦場を雪娘が舞い踊り、その後をナパイアスの激流が押し流す。
エディンを倒した体勢のままだった老人は、受身を取る暇も与えられず気絶した。
さらにその冷気が覚めやらぬ中を、ギルが斧を振り回し駆け抜ける。
「うおおおおおおお!!!」
ギルの一撃を受けてジョーンズは苦悶の表情を浮かべる。

「こら、ヤバいわ。シュイウンさんよ、悪ぃが、俺ァ抜けるぜ」
言うが否や、ジョーンズは手にはめている指輪に念を送り、視界から消えうせた。
動揺を隠せない毒師・アンサティを、アウロラが【光のつぶて】で打ち据えて気絶させる。
一番後ろに控えていたジーニが大きく手を広げ、≪死霊術士の杖≫でもって己の周りに張っている風の護りを攻撃に転じさせる。
その猛々しいかまいたちに、リーダーであるシュイウンもぼろぼろになって吹き飛ばされた。
「残りは二人!!」
そう叫んで投げつけた薬瓶は、【災いの薬瓶】。――ほとんど動けなくなった残りの二人に、またもやミナスの雪娘たちが襲い掛かり、最後にギルの【暴風の轟刃】が飛んだ。
「止めを刺しておくか、リーダー?」
「――刺す」
今までの彼らの所業は、ギルにとって到底許せなかった。
毒を持って同じ冒険者を襲い、その上前をはねる。そして口を塞ぐ――彼らの行ないは、同じ冒険者を名乗るものとしてあるまじき事だったのである。
ギルの目配せでアウロラがミナスの目を塞ぐ。
それを確かめたギルとエディンは、得物を頭上に振りかざし――シュイウン達はピクリとも動かなくなった。
「これでライバルは蹴散らした。さあ、ここからが正念場だ」
頬についた赤を無造作に手の甲で拭ったギルがそう言うのを、硬い表情ながらも、ミナスは信頼を失っていない目で見つめた。
エディンが亜麻色の頭を撫ぜる。
「悪魔と俺ら人間との命の駆け引きだ。ぞくぞくしてくるぜ」
「勝てるのかな?僕達に」
「向こうは囚人とは言え、仮にも悪魔だ。一筋縄じゃ行かねぇだろ。だがな、俺らだって幾度となく死線を乗り越えてきた熟練冒険者だ!」
はっとした顔になったミナスが、エディンの顔を見やると、彼は果たして滅多に見せない不敵な表情で微笑んでいた。
「いつもの通り、最後には勝ってみせるぜ」
「そうですね。最後に笑うのは私達です」
そして彼らは悪魔の元へと向かった・・・・・・。
「おお!ついに我の一部を見つけ出したのだな!」
アウロラの持つ彼の目・牙・翼を感知したものか、果たして洞窟に入るなり悪魔が喜びの声を上げた。
「さあ、早く我をこの忌々しき鎖から解き放ってくれ!」
アウロラがそれを捧げもつと、まず不気味に広がっている一対の翼が、悪魔のごつごつした背中にふわりとくっついていった。
闇よりも暗い目は、悪魔の顔のくぼんだ部分にするりと入っていった。
剣の形をしたそれは、暗い光を発しつつ、粘土のように形を変え、猛獣のような牙になり悪魔の口の裂け目に入り込んでいった。
魔力、いや瘴気と言うべきか。
ともかく、圧倒的な力の奔流が辺りに渦巻いた。
その中心にいるのは、いましがた封印を解いた悪魔。
「フ、フ、フ・・・・・・。フハハハ・・・・・・。フハハハハハ!!!」
唾を飲む音さえもがこだまするかのように静まり返った洞窟内で、悪魔が吼える。
「10年!10年だ!長かった、長かったぞ!!」
悪魔は腹の中の憤りを噴出するかのように自由を謳歌する。
周りの事は全く見えていないようだ。
「・・・と、済まんな。主らの事を忘れていたわけではないのだ」
ひとしきり笑い続けた後、ぴたりと笑うのを止め、悪魔はアウロラや仲間たちの方を向いた。
「では、宝物庫へ主らを運ぶ事にするか。その前にこの牢獄から出ねばならんな。しばし待て」
「その巨体を出すにはここに入り口は狭すぎますね。どうやって・・・・・・」
アウロラがそう言いかけた時、悪魔の気が満ちたかと思うと、次の瞬間には洞窟が消し飛んでいた。周りは何かにえぐられたような跡が残っているだけ。
「なんて乱暴な・・・・・・」

「まだ力の入れ加減が上手くいかないようだ。主らには障壁を張っておいたが怪我は無いか?」
「はい・・・・・・」
妙に紳士的な悪魔の台詞に首をかしげながらも、返事をしないのは礼に反するためアウロラは頷いた。
「驚かせて済まんな。では、行くか。天空の宝島へ」
冒険者達は悪魔の広い背中に乗り、空へと飛び立った。
悪魔はただ上へ上へ、雲を突っ切り飛んでゆく。
流れる雲が高速で下に落ちているのに全然息苦しく感じないのは、悪魔が障壁を張ってくれているからだろうか。
高速ゆえに時間の感覚が掴めず、どれほど時が過ぎたのか分からない。
悪魔に掴まる腕が痺れてきた頃。
「ん・・・あれは・・・?」
辺りの閉塞感が途切れ、目の前には立派な建物がそびえ立っていた。
建物の周りの地面はレンガか何かで覆われており、普通に足で立つ事が出来そうだ。
「ついたぞ。ここが海賊王の宝物庫だ」
「ここが・・・・・・」
背中から降りたアウロラに、そっと悪魔が爪の先を差し伸べて降りるのを補助した。
「そら、そこが扉だ。中では迷う事もなかろう。早く目当ての宝を探すがいい」
「アウロラー、待ってー」
ミナスが彼女を呼びとめ、他の仲間たちもぞろぞろと降りてくる。
金属製の扉は立派で、ジーニの鑑定したところ海賊王の活躍するずっと前の時代に流行っていた装飾だという。
罠や鍵のかかった様子はない。
冒険者達は扉を押し開け、宝物庫の中へ入っていった。
決して大きくはない宝物庫の中は、所狭しと貴重品や宝箱が詰め込まれていた。
感に堪えぬ表情でエディンがつぶやく。
「すげぇ・・・・・・。さすがは海賊王シェクザの隠し財宝だぜ。珍しいものが多いな。ほら、あの彫刻とか・・・・・・」

さすがに盗賊根性が出たものか、品定めを始めようとするエディンをギルが制した。
「まずは目的の冠を探してからだ。品定めはその後でじっくりな」
「おおっと、すまねぇ。つい興奮しちまった」
「無理ないわよ、エディ。あたしも今すぐ鑑定したいところだけど・・・・・・」
「おーい、探してくれってば」
大人組みはギルの懇願に肩をすくめると、真剣な表情に変わって辺りを調査し始めた。
程なく、エディンが目的の冠を取り出す。
「あったぜ。これだな」
ズ・・・・・・・・・ズオオオオオン!!
突然、地面が揺らいだかと思うと、冒険者達の体に高い所から落ちた時の浮揚感と落下感が湧き上がった!
「な、何だぁ?」
「とにかく、外へ!」
ミナスの誘導で”金狼の牙”たちは宝物庫の外へ飛び出した。
辺りには特に生物の影も気配も見受けられない。
が――――。
「いるんだろ?出てきなよ」

溶岩で荒れ果てた山にギルの声がこだまする。
「よく私達の居場所が分かったものだな」
初めて見る男がジョーンズやドワーフ達を連れて物陰から現れた。
「・・・・・・お前は?」
「お初にお目にかかる。私の名はシュイウン。ジョーンズやオリストデルのまとめ役だ」
「つまり、敵という事だな」
「その通りだ」
シュイウンは目をつぶって口元を笑いに歪ませる。
しばし、無言の時が支配する。
衣擦れの音、得物をいじる音、地面に足を滑らす音、汗が体中を伝う音。
その直後、重圧をはねのけるように、お互いが吠える!
「いくぞ!!」
「ゆくぞ!!」

白いひげを蓄えた老人がエディンにあっという間に距離を詰め、その体を吹き飛ばす。
「うごっ!!」
「スネグーロチカ、ナパイアス!エディンを助けて!」
戦場を雪娘が舞い踊り、その後をナパイアスの激流が押し流す。
エディンを倒した体勢のままだった老人は、受身を取る暇も与えられず気絶した。
さらにその冷気が覚めやらぬ中を、ギルが斧を振り回し駆け抜ける。
「うおおおおおおお!!!」
ギルの一撃を受けてジョーンズは苦悶の表情を浮かべる。

「こら、ヤバいわ。シュイウンさんよ、悪ぃが、俺ァ抜けるぜ」
言うが否や、ジョーンズは手にはめている指輪に念を送り、視界から消えうせた。
動揺を隠せない毒師・アンサティを、アウロラが【光のつぶて】で打ち据えて気絶させる。
一番後ろに控えていたジーニが大きく手を広げ、≪死霊術士の杖≫でもって己の周りに張っている風の護りを攻撃に転じさせる。
その猛々しいかまいたちに、リーダーであるシュイウンもぼろぼろになって吹き飛ばされた。
「残りは二人!!」
そう叫んで投げつけた薬瓶は、【災いの薬瓶】。――ほとんど動けなくなった残りの二人に、またもやミナスの雪娘たちが襲い掛かり、最後にギルの【暴風の轟刃】が飛んだ。
「止めを刺しておくか、リーダー?」
「――刺す」
今までの彼らの所業は、ギルにとって到底許せなかった。
毒を持って同じ冒険者を襲い、その上前をはねる。そして口を塞ぐ――彼らの行ないは、同じ冒険者を名乗るものとしてあるまじき事だったのである。
ギルの目配せでアウロラがミナスの目を塞ぐ。
それを確かめたギルとエディンは、得物を頭上に振りかざし――シュイウン達はピクリとも動かなくなった。
「これでライバルは蹴散らした。さあ、ここからが正念場だ」
頬についた赤を無造作に手の甲で拭ったギルがそう言うのを、硬い表情ながらも、ミナスは信頼を失っていない目で見つめた。
エディンが亜麻色の頭を撫ぜる。
「悪魔と俺ら人間との命の駆け引きだ。ぞくぞくしてくるぜ」
「勝てるのかな?僕達に」
「向こうは囚人とは言え、仮にも悪魔だ。一筋縄じゃ行かねぇだろ。だがな、俺らだって幾度となく死線を乗り越えてきた熟練冒険者だ!」
はっとした顔になったミナスが、エディンの顔を見やると、彼は果たして滅多に見せない不敵な表情で微笑んでいた。
「いつもの通り、最後には勝ってみせるぜ」
「そうですね。最後に笑うのは私達です」
そして彼らは悪魔の元へと向かった・・・・・・。
「おお!ついに我の一部を見つけ出したのだな!」
アウロラの持つ彼の目・牙・翼を感知したものか、果たして洞窟に入るなり悪魔が喜びの声を上げた。
「さあ、早く我をこの忌々しき鎖から解き放ってくれ!」
アウロラがそれを捧げもつと、まず不気味に広がっている一対の翼が、悪魔のごつごつした背中にふわりとくっついていった。
闇よりも暗い目は、悪魔の顔のくぼんだ部分にするりと入っていった。
剣の形をしたそれは、暗い光を発しつつ、粘土のように形を変え、猛獣のような牙になり悪魔の口の裂け目に入り込んでいった。
魔力、いや瘴気と言うべきか。
ともかく、圧倒的な力の奔流が辺りに渦巻いた。
その中心にいるのは、いましがた封印を解いた悪魔。
「フ、フ、フ・・・・・・。フハハハ・・・・・・。フハハハハハ!!!」
唾を飲む音さえもがこだまするかのように静まり返った洞窟内で、悪魔が吼える。
「10年!10年だ!長かった、長かったぞ!!」
悪魔は腹の中の憤りを噴出するかのように自由を謳歌する。
周りの事は全く見えていないようだ。
「・・・と、済まんな。主らの事を忘れていたわけではないのだ」
ひとしきり笑い続けた後、ぴたりと笑うのを止め、悪魔はアウロラや仲間たちの方を向いた。
「では、宝物庫へ主らを運ぶ事にするか。その前にこの牢獄から出ねばならんな。しばし待て」
「その巨体を出すにはここに入り口は狭すぎますね。どうやって・・・・・・」
アウロラがそう言いかけた時、悪魔の気が満ちたかと思うと、次の瞬間には洞窟が消し飛んでいた。周りは何かにえぐられたような跡が残っているだけ。
「なんて乱暴な・・・・・・」

「まだ力の入れ加減が上手くいかないようだ。主らには障壁を張っておいたが怪我は無いか?」
「はい・・・・・・」
妙に紳士的な悪魔の台詞に首をかしげながらも、返事をしないのは礼に反するためアウロラは頷いた。
「驚かせて済まんな。では、行くか。天空の宝島へ」
冒険者達は悪魔の広い背中に乗り、空へと飛び立った。
悪魔はただ上へ上へ、雲を突っ切り飛んでゆく。
流れる雲が高速で下に落ちているのに全然息苦しく感じないのは、悪魔が障壁を張ってくれているからだろうか。
高速ゆえに時間の感覚が掴めず、どれほど時が過ぎたのか分からない。
悪魔に掴まる腕が痺れてきた頃。
「ん・・・あれは・・・?」
辺りの閉塞感が途切れ、目の前には立派な建物がそびえ立っていた。
建物の周りの地面はレンガか何かで覆われており、普通に足で立つ事が出来そうだ。
「ついたぞ。ここが海賊王の宝物庫だ」
「ここが・・・・・・」
背中から降りたアウロラに、そっと悪魔が爪の先を差し伸べて降りるのを補助した。
「そら、そこが扉だ。中では迷う事もなかろう。早く目当ての宝を探すがいい」
「アウロラー、待ってー」
ミナスが彼女を呼びとめ、他の仲間たちもぞろぞろと降りてくる。
金属製の扉は立派で、ジーニの鑑定したところ海賊王の活躍するずっと前の時代に流行っていた装飾だという。
罠や鍵のかかった様子はない。
冒険者達は扉を押し開け、宝物庫の中へ入っていった。
決して大きくはない宝物庫の中は、所狭しと貴重品や宝箱が詰め込まれていた。
感に堪えぬ表情でエディンがつぶやく。
「すげぇ・・・・・・。さすがは海賊王シェクザの隠し財宝だぜ。珍しいものが多いな。ほら、あの彫刻とか・・・・・・」

さすがに盗賊根性が出たものか、品定めを始めようとするエディンをギルが制した。
「まずは目的の冠を探してからだ。品定めはその後でじっくりな」
「おおっと、すまねぇ。つい興奮しちまった」
「無理ないわよ、エディ。あたしも今すぐ鑑定したいところだけど・・・・・・」
「おーい、探してくれってば」
大人組みはギルの懇願に肩をすくめると、真剣な表情に変わって辺りを調査し始めた。
程なく、エディンが目的の冠を取り出す。
「あったぜ。これだな」
ズ・・・・・・・・・ズオオオオオン!!
突然、地面が揺らいだかと思うと、冒険者達の体に高い所から落ちた時の浮揚感と落下感が湧き上がった!
「な、何だぁ?」
「とにかく、外へ!」
ミナスの誘導で”金狼の牙”たちは宝物庫の外へ飛び出した。
tb: -- cm: 0
Tue.
最後の最後に笑う者 5 
闘いは鮮烈を極めたが、ジョーンズの放ってきた火晶石の爆発をどうにかこらえると、ギルとアレクはそれぞれ対多数用の技を放ちつつ、合間を見て一番動きの鈍いオリストデルに攻撃を繰り返した。
「スネグーロチカ、ナパイアス!あの片目の男にぶつかって!」
『任せて!』
『お返ししてやるよ!!』
雪と水の吹きすさぶ中を、エディンがジーニの援護を受けながら毒師の女へレイピアを突き立てる。
毒師も抵抗するものの、持っていた短剣を≪スワローナイフ≫の護拳の部分で叩き落されてしまった。
「ジョーンズ、オリストデルが・・・・・・!あう!」
「何ィ!?」
「グ・・・・・・ぬかった、わ・・・」
オリストデルの鎧に包まれた体が地に落ち、その向こうに斧を構えたギルが立っていた。
「【暴風の轟刃】の味はどうだ、クソジジイ。あの世で後悔しやがれってんだ!」
「皆さん、一気に癒しますよ・・・・・・!」
アウロラによる【癒身の結界】が”金狼の牙”たちを包み込み、圧倒的不利だったはずのギルたちがたちまち優勢を取り戻す。
最後に、スネグーロチカによって吹き飛ばされる前にジョーンズが放った傷薬で、再びオリストデルが目を覚ましたものの、彼が体勢を整えないうちに、躍り込んだアレクの≪黙示録の剣≫がその体を横薙ぎにして吹き飛ばした。

「へ、へへ・・・、強い、ねぇ・・・」
「あの世に行く覚悟は出来たか」
一歩、ギルが足を踏み出そうとするのをエディンが止めるのと、ジョーンズが「奥の手だ」と言って何かを取り出したのは同時であった。
その手にあるのが何かの呪文書(スクロール)と見るや、彼は既に合言葉を唱えている。
「帰還の法!!!」
煙がごとく消えうせた3人のいたあとを見つめながら、ミナスがつぶやいた。
「まさかあいつも帰還の法を使えるとはね・・・・・・」
「まあ、逃げられはしたが、勝者は魔器を手に入れた俺達で間違いねぇよ」
「うん・・・。これで後一つだね」
一行は森を抜け、もう一つの目的である北へと向かった。
しかし、どうしても塔らしきものが見つからない。
「しまったわね・・・あんまり時間をかけるとボーナスに差し障りも出てくるわよ」
「うーん・・・先に飛行樹を退治するか」
島の西南には、悪魔の翼をつけて飛び回っている樹のモンスターがいる。一度遠くから発見した時は、見つからないようそっと離れて事なきを得たが、いつかは戦わなくてはならない相手である。
幸い、途中でアイトリー一行から飛行樹と戦う時のヒントを得ている。
アレクが遠距離攻撃である【飛礫の斧】を、ジーニが指摘した翼のある背中の辺りを狙って放った。
「上手いこといってる・・・!」
「本当にあれがエントとか、信じられないなあ・・・」
スネグーロチカをぶつけながらミナスがぼやく。彼の知る森の樹は、もっと優しい存在であった。
空飛ぶ樹は、エディンのとどめの一撃を受け、大地へまっさかさまに落ちた。
「ようやく全部揃えたな。後はあの悪魔に渡すだけだ」
「アロヴァさんの冒険者達の動向は気になる所だけどね」
ギルが息をついたのに、ミナスが被せるように言った。
小さくギルが頷く。
「奴らの事だ。どこかで必ず魔器を狙ってくるに違いない。そこが好機だ。返り討ちにしてとどめを刺す!」

ギルは右手の握りこぶしを左の手の平に勢いよく叩きつけた。
「塔の呪文が未完成かもしれない可能性が高いのは気になりますが・・・」
「そうだな。しかし、あまりもたもたしてるとミナスの言うアロヴァの冒険者達も、何かを仕掛ける時間が増えるということだ」
アレクがそう言うと、渋々アウロラは頷いた。
「行こうか。悪魔が俺達を待っている」
冒険者たちは半日の休憩を取って体と心を癒した。そして自らの心を奮い立たせ、悪魔の棲む摩天楼へと向かう事にした。
「・・・・・・しっ」
急に前を歩いていたエディンがしゃがみこみ、自分たちも踏み荒らした記憶の新しい、碁盤の目の洞窟の床を調べ始める。
訝しげにジーニが彼の名を呼ぶと、エディンはいつになく厳しい目で前方を睨み付けた。
「・・・誰かがあの騒ぎの後にここに来た。ジョーンズの奴らかもしれねえ。まったく見慣れない足跡だ」
「ってことは、悪魔の洞窟の前に陣取ってるってこかしら?」
「その可能性はある。リーダー、ここから先はちゃんと準備してからの方が良さそうだぜ」
「ありがとうエディン。ミナス、アウロラ、魔法頼む」
「うん」
「分かりました」
アウロラの【祝福】による光のベールが冒険者達の士気を上げ、更に放たれた【信守の障壁】が不可視のシールドを形成する。
すっかりお馴染みになったミナスの【蛙の迷彩】が一行の姿を周囲の風景と同化させた。
「ギルバート、こっちも風の召喚魔法は唱え終わったわ」
「よし、みんな。気合入れてくぞ!」
「おう!!」
冒険者たちは歯を噛み締め、下腹に力を入れつつ洞窟の出口をくぐり、山に向かっていった。
「スネグーロチカ、ナパイアス!あの片目の男にぶつかって!」
『任せて!』
『お返ししてやるよ!!』
雪と水の吹きすさぶ中を、エディンがジーニの援護を受けながら毒師の女へレイピアを突き立てる。
毒師も抵抗するものの、持っていた短剣を≪スワローナイフ≫の護拳の部分で叩き落されてしまった。
「ジョーンズ、オリストデルが・・・・・・!あう!」
「何ィ!?」
「グ・・・・・・ぬかった、わ・・・」
オリストデルの鎧に包まれた体が地に落ち、その向こうに斧を構えたギルが立っていた。
「【暴風の轟刃】の味はどうだ、クソジジイ。あの世で後悔しやがれってんだ!」
「皆さん、一気に癒しますよ・・・・・・!」
アウロラによる【癒身の結界】が”金狼の牙”たちを包み込み、圧倒的不利だったはずのギルたちがたちまち優勢を取り戻す。
最後に、スネグーロチカによって吹き飛ばされる前にジョーンズが放った傷薬で、再びオリストデルが目を覚ましたものの、彼が体勢を整えないうちに、躍り込んだアレクの≪黙示録の剣≫がその体を横薙ぎにして吹き飛ばした。

「へ、へへ・・・、強い、ねぇ・・・」
「あの世に行く覚悟は出来たか」
一歩、ギルが足を踏み出そうとするのをエディンが止めるのと、ジョーンズが「奥の手だ」と言って何かを取り出したのは同時であった。
その手にあるのが何かの呪文書(スクロール)と見るや、彼は既に合言葉を唱えている。
「帰還の法!!!」
煙がごとく消えうせた3人のいたあとを見つめながら、ミナスがつぶやいた。
「まさかあいつも帰還の法を使えるとはね・・・・・・」
「まあ、逃げられはしたが、勝者は魔器を手に入れた俺達で間違いねぇよ」
「うん・・・。これで後一つだね」
一行は森を抜け、もう一つの目的である北へと向かった。
しかし、どうしても塔らしきものが見つからない。
「しまったわね・・・あんまり時間をかけるとボーナスに差し障りも出てくるわよ」
「うーん・・・先に飛行樹を退治するか」
島の西南には、悪魔の翼をつけて飛び回っている樹のモンスターがいる。一度遠くから発見した時は、見つからないようそっと離れて事なきを得たが、いつかは戦わなくてはならない相手である。
幸い、途中でアイトリー一行から飛行樹と戦う時のヒントを得ている。
アレクが遠距離攻撃である【飛礫の斧】を、ジーニが指摘した翼のある背中の辺りを狙って放った。
「上手いこといってる・・・!」
「本当にあれがエントとか、信じられないなあ・・・」
スネグーロチカをぶつけながらミナスがぼやく。彼の知る森の樹は、もっと優しい存在であった。
空飛ぶ樹は、エディンのとどめの一撃を受け、大地へまっさかさまに落ちた。
「ようやく全部揃えたな。後はあの悪魔に渡すだけだ」
「アロヴァさんの冒険者達の動向は気になる所だけどね」
ギルが息をついたのに、ミナスが被せるように言った。
小さくギルが頷く。
「奴らの事だ。どこかで必ず魔器を狙ってくるに違いない。そこが好機だ。返り討ちにしてとどめを刺す!」

ギルは右手の握りこぶしを左の手の平に勢いよく叩きつけた。
「塔の呪文が未完成かもしれない可能性が高いのは気になりますが・・・」
「そうだな。しかし、あまりもたもたしてるとミナスの言うアロヴァの冒険者達も、何かを仕掛ける時間が増えるということだ」
アレクがそう言うと、渋々アウロラは頷いた。
「行こうか。悪魔が俺達を待っている」
冒険者たちは半日の休憩を取って体と心を癒した。そして自らの心を奮い立たせ、悪魔の棲む摩天楼へと向かう事にした。
「・・・・・・しっ」
急に前を歩いていたエディンがしゃがみこみ、自分たちも踏み荒らした記憶の新しい、碁盤の目の洞窟の床を調べ始める。
訝しげにジーニが彼の名を呼ぶと、エディンはいつになく厳しい目で前方を睨み付けた。
「・・・誰かがあの騒ぎの後にここに来た。ジョーンズの奴らかもしれねえ。まったく見慣れない足跡だ」
「ってことは、悪魔の洞窟の前に陣取ってるってこかしら?」
「その可能性はある。リーダー、ここから先はちゃんと準備してからの方が良さそうだぜ」
「ありがとうエディン。ミナス、アウロラ、魔法頼む」
「うん」
「分かりました」
アウロラの【祝福】による光のベールが冒険者達の士気を上げ、更に放たれた【信守の障壁】が不可視のシールドを形成する。
すっかりお馴染みになったミナスの【蛙の迷彩】が一行の姿を周囲の風景と同化させた。
「ギルバート、こっちも風の召喚魔法は唱え終わったわ」
「よし、みんな。気合入れてくぞ!」
「おう!!」
冒険者たちは歯を噛み締め、下腹に力を入れつつ洞窟の出口をくぐり、山に向かっていった。
tb: -- cm: 0
Tue.
最後の最後に笑う者 4 
悪魔の目は漆黒。見たもの全てを虜にする魔眼。
悪魔の牙は白。何物も・・・それこそ魔力をも断つ事の出来る牙。
悪魔の翼は手の進化した物。一振りで木っ端な存在を消し飛ばす威力。
それらは使うごとに魔力を消耗するため、人間のように魔力が弱いものなら体力を代わりに吸い取るだろう・・・とヴィンディバックスは説明した。
「まず悪魔の目玉は見つけたからいいものの・・・・・・。猿が持ってるってどうだよ、オイ」
「けだもののくせに人様に逆らおうと言うの?追うわよ、エディ!」
悪魔の漆黒の目を首からペンダントのようにかけている猿の身ごなしは、驚くほど早い。
”金狼の牙”で一番素早いはずのミナスが本気で走っても、到底追いつけないのだ。
鎧の重さに振り回されているギルが叫ぶ。
「待てコラ猿もどき!止まらないと鍋の具にすんぞ!!」
「・・・ねえ。落ち着いて考えてみるとさあ。逃げ場の多いこの洞窟ですばしこい猿を捕まえるのは難しいんじゃないの?」
「だけど、捕まえなくては話にならないよ」
ミナスのもっともな意見に、ジーニは楕円を描くように杖を振り回しながら言った。
「やみくもに追うのではなく通路に誰かが待ち伏せして追い詰めるようにするのよ」
「なるほど・・・・・・」
感心したようにエディンが頷く。
「さっきも言ったでしょ?この洞窟はちょうど碁盤の目のようになってるの。それを踏まえて要所にあたしたちの誰かが待ち伏せすればいいのよ」
「いい案だな。ただ、最後に猿を追い詰める奴には、接近戦のできる奴じゃないと取り押さえられそうにない」
「そこはほら。前衛に任せるって事で」
「だと思ったよ。ヘイヘイ、やりますよ」
”金狼の牙”たちは途中でアイトリー一行とも合流し、彼らに手伝ってもらって無事に猿を追い詰めた。
そして、この間の依頼で依頼主から貰ったスチームドッグ≪スチーノ≫の呪縛によって体の動きを奪われた猿はバランスを崩し、地面に倒れこんだのであった。

その拍子に猿の胸元で鈍く光っていた悪魔の目玉が足元に転がり込んできたのを、近くで見張っていたジーニがそっと拾い上げる。
「ま、あたしにかかればこんな仕事は赤子の手をひねるようなものね」
「お前さん、いい性格してるよマジで」
「これであと二つだね!」
アイトリーたちが複雑そうな表情でこちらを眺めるのに、シュタッとジーニが手を挙げた。
「一応お礼は言っておくわ。ありがとう」
「それほど大した事もしていませんよ。それに皆さんに協力すれば、より早く祖父の宝も手に入るわけですから」
アイトリーはそこで話を切り、いったん洞窟の出口の方面を向いた後、再び話しかけた。
「それでは僕たちはこれで別行動に移ります。お互い頑張りましょう」
「・・・・・・本当に、いい子ですよねえ」
「ああ、俺たちの以下略」
アウロラとアレクがしみじみといった調子で言うのに、ギルは苦笑いした。
「おいおい。まだまだ先は長いんだから頼むぜ」
――途中、またもや古代語の書かれた塔を見つけた一行は、少々腰を据えて考え始めた。
「なあ。あの悪魔が言ってたろ、海賊王が自分を封印したって」
「ああ、自縛の結界を張ったとか・・・言ってたな。それがどうしたんだ、ギル?」
「それってこれじゃねえの?」
他の仲間たちはリーダーの言い出したことを脳内で咀嚼し、ばっと同時に塔を見やった。そこには、『今こそ風の海原、凪ぎ静まれ』と書いてある事を解読済みである。
「・・・そうだとすると、これと同じものがあと2つはあると見ていいわね。多くて4つかな?」
「どうして、ジーニ?」
「ええとね。こういう封印に関わる物体ってのは、大抵法則性を決めて設置してあるわけ。ある時は地鎮によく使われる東西南北、ある時は”安定”を示す六芒星だったりね」
そういった魔道でよく扱われる象徴を結界に組み込むことにより、自分よりも大きい存在を封じることが出来ることがあるらしい。
「後は触媒が必要だったり、土地の持つ神聖性が必要だったりするけどね。ま、そんなとこよ」
「この狭くて歪な形の島に、六芒星を描くほどのスペースがあるとは思えんな」
「そうねー。東西南北であたりをつけても良いんじゃない?」
「じゃあ、塔を見つけつつ、悪魔のパーツも探すってことでいいよな、みんな?」
ギルの決定に全員が頷いた。あの恐ろしい魔力を持った悪魔相手に、素のまま戦いを挑むのは分が悪すぎる。ならば、策を練るのは当然の事であった。
そして崖を渡り、東の塔を見つけた一行は森に入った。北にあるはずの塔に向かうには、どうしてもここを通らねばならぬ。
夜が明けて空が白んでいく中、森の中である地点を通りかかった時、妙に空気が重苦しく感じられ、肌に小さな針を刺すようなピリピリとした気を感じた。
「・・・ん?」
ジーニは先程回収した悪魔の目を使い、周囲を【魔力感知】した。
すると、所狭しと茂っている木々の間から溢れかえる魔力の光がジーニの目を焼く。
「この部分の木々は幻術よ!」
「なるほど、幻で悪魔のパーツを隠したのか・・・!」
アレクがはっと気づいたのにジーニが同意する。
「この術さえ解ければ・・・」
「ん?あんた達。どうしたね?こんな所で立ち止まって」

右目は恐らく刃物で傷つけられたのであろう、残った左目をやぶ睨みにした男が、幻術の木々の向こうから細い体を現して言った。
じろりとそっちを黙って見やったエディンだったが、その背中には冷や汗が流れていた。
(畜生、俺としたことが気配を感じなかっただと・・・・・・?)
「うさんくさい奴ね。そっちこそ何してるのよ。こんな島で」
エディンの横に立ったジーニが問いかけるのに、男がふっと笑った。
「俺の名はジョーンズてんだ。ここには隠し財宝があるってんで探してるのさ。ところであんたら。見たところ何かが足りなくて困ってるようだが」
男は自分が持ってるものなら割安でゆずってやろうか、と取り引きを持ちかけてきた。
すっと懐から出したのはよくある呪文書(スクロール)であった。
「破魔の巻物さ。通常価格なら500spだが、無人島特別価格で1000spだ」
「足元見られてるわ・・・それならいらないわ。アンタなんかには頼まないわよ!」
「まあ、それもアリだな。探し当てるのにいつまでかかるか分からんが」
「いーえ、アンタとの会話がヒントになったからね。必要ないって分かったの」
ジーニはそう言うとベルトポーチから薬瓶を取り出し、先程幻だと見破った木々たちの方角へ投げつけた。破魔の力を込めた薬瓶である。
ぶわっと幻術が破られるとき特有の光が放出される。
「うわっ・・・!」
たまらずジョーンズという男までもが目を瞑り、再び開いた前には――一振りの剣があるじを待つかのごとく、木々に囲まれ、静かにたたずんでいた。
震えるほどの魔力の放出。
禍々しい異形の刀身。
間違いなく、あの悪魔の持ち物だろう。
冒険者達がその剣を手に入れようとしたその時、急に脱力感が襲ってきた。
先ほど感じた空気の臭いが今では冒険者の体を支配し、ぴくりとでも動かす事すら困難になっている。
「ありがとう。礼を言うぞ。好敵手よ」
「ドワーフ・・・!?」
奥の草むらから姿を現した背の低いごつい戦士を見て、ミナスが驚きの声を出す。
土の妖精族とも言われるドワーフ、そしてその後ろに見知らぬ女が涙を流しながらよろりと立ち上がっている。
「相変わらずお主の毒はよく効くの。アンサティ」
背中に異形の斧を担いだドワーフは冒険者達の状態を目で確認した後、かたわらの女性に賞賛の言葉を発した。
「・・・・・・。まずはジョーンズに解毒を施さないと」
泣き顔を崩さない女性は、冒険者たちと同じように毒で倒れているジョーンズの傍らに座り、口移しに何かを飲ませた。
ぐぎぎぎ、と音を立てるようにして顔を上げたジーニが唸る。
「ふ・・・、ふざけるんじゃないわよ。あんたら、なんなのよ・・・」
「そういえば、自己紹介がまだじゃったかの。わしの名はオリストデル。滅鉞の戦士じゃ。横の女は毒師アンサティ。そしてこのちんぴらジョーンズ・・・・・・は、知っておるかの」

ドワーフはにたりと笑った。
「主らにはアロヴァ側の冒険者達と言った方が分かりやすいかの」
豊かに蓄えたひげの奥でクククと低く笑う。
後をつけて封印を解かせ、その成果を奪う。力も削げて一石二鳥だと説明するドワーフに、ギリギリとジーニは歯軋りした。
卑怯者と罵ると、心外だというようにドワーフが言った。
「ならばおぬしらに機会を与えよう。わしらと闘い、勝って見せよ。わしらに勝てればおとなしく引こうではないか」
「ハッ!相手を毒で罠に嵌めて勝って見せろ?ずいぶん勝手な言い草ね!」
「わしらとしてはこのまま剣を取って去っても良いのだがの」
「・・・・・・・・・言ったな、クソジジイ。その言葉、後悔するんじゃねえぞ」
ごり、と金に輝く斧を杖にしてギルが立ち上がる。
「あんまり、俺の仲間たちを舐めるんじゃねえ・・・・・・!」
「まったくよ」
ジーニも無理やり≪死霊術士の杖≫を支えに立つ。
「あたしをここまでこけにしてくれてただで済むと思ってるの?思い知らせてやるわ!」

「それでいい。行くぞ、”金狼の牙”!」
悪魔の牙は白。何物も・・・それこそ魔力をも断つ事の出来る牙。
悪魔の翼は手の進化した物。一振りで木っ端な存在を消し飛ばす威力。
それらは使うごとに魔力を消耗するため、人間のように魔力が弱いものなら体力を代わりに吸い取るだろう・・・とヴィンディバックスは説明した。
「まず悪魔の目玉は見つけたからいいものの・・・・・・。猿が持ってるってどうだよ、オイ」
「けだもののくせに人様に逆らおうと言うの?追うわよ、エディ!」
悪魔の漆黒の目を首からペンダントのようにかけている猿の身ごなしは、驚くほど早い。
”金狼の牙”で一番素早いはずのミナスが本気で走っても、到底追いつけないのだ。
鎧の重さに振り回されているギルが叫ぶ。
「待てコラ猿もどき!止まらないと鍋の具にすんぞ!!」
「・・・ねえ。落ち着いて考えてみるとさあ。逃げ場の多いこの洞窟ですばしこい猿を捕まえるのは難しいんじゃないの?」
「だけど、捕まえなくては話にならないよ」
ミナスのもっともな意見に、ジーニは楕円を描くように杖を振り回しながら言った。
「やみくもに追うのではなく通路に誰かが待ち伏せして追い詰めるようにするのよ」
「なるほど・・・・・・」
感心したようにエディンが頷く。
「さっきも言ったでしょ?この洞窟はちょうど碁盤の目のようになってるの。それを踏まえて要所にあたしたちの誰かが待ち伏せすればいいのよ」
「いい案だな。ただ、最後に猿を追い詰める奴には、接近戦のできる奴じゃないと取り押さえられそうにない」
「そこはほら。前衛に任せるって事で」
「だと思ったよ。ヘイヘイ、やりますよ」
”金狼の牙”たちは途中でアイトリー一行とも合流し、彼らに手伝ってもらって無事に猿を追い詰めた。
そして、この間の依頼で依頼主から貰ったスチームドッグ≪スチーノ≫の呪縛によって体の動きを奪われた猿はバランスを崩し、地面に倒れこんだのであった。

その拍子に猿の胸元で鈍く光っていた悪魔の目玉が足元に転がり込んできたのを、近くで見張っていたジーニがそっと拾い上げる。
「ま、あたしにかかればこんな仕事は赤子の手をひねるようなものね」
「お前さん、いい性格してるよマジで」
「これであと二つだね!」
アイトリーたちが複雑そうな表情でこちらを眺めるのに、シュタッとジーニが手を挙げた。
「一応お礼は言っておくわ。ありがとう」
「それほど大した事もしていませんよ。それに皆さんに協力すれば、より早く祖父の宝も手に入るわけですから」
アイトリーはそこで話を切り、いったん洞窟の出口の方面を向いた後、再び話しかけた。
「それでは僕たちはこれで別行動に移ります。お互い頑張りましょう」
「・・・・・・本当に、いい子ですよねえ」
「ああ、俺たちの以下略」
アウロラとアレクがしみじみといった調子で言うのに、ギルは苦笑いした。
「おいおい。まだまだ先は長いんだから頼むぜ」
――途中、またもや古代語の書かれた塔を見つけた一行は、少々腰を据えて考え始めた。
「なあ。あの悪魔が言ってたろ、海賊王が自分を封印したって」
「ああ、自縛の結界を張ったとか・・・言ってたな。それがどうしたんだ、ギル?」
「それってこれじゃねえの?」
他の仲間たちはリーダーの言い出したことを脳内で咀嚼し、ばっと同時に塔を見やった。そこには、『今こそ風の海原、凪ぎ静まれ』と書いてある事を解読済みである。
「・・・そうだとすると、これと同じものがあと2つはあると見ていいわね。多くて4つかな?」
「どうして、ジーニ?」
「ええとね。こういう封印に関わる物体ってのは、大抵法則性を決めて設置してあるわけ。ある時は地鎮によく使われる東西南北、ある時は”安定”を示す六芒星だったりね」
そういった魔道でよく扱われる象徴を結界に組み込むことにより、自分よりも大きい存在を封じることが出来ることがあるらしい。
「後は触媒が必要だったり、土地の持つ神聖性が必要だったりするけどね。ま、そんなとこよ」
「この狭くて歪な形の島に、六芒星を描くほどのスペースがあるとは思えんな」
「そうねー。東西南北であたりをつけても良いんじゃない?」
「じゃあ、塔を見つけつつ、悪魔のパーツも探すってことでいいよな、みんな?」
ギルの決定に全員が頷いた。あの恐ろしい魔力を持った悪魔相手に、素のまま戦いを挑むのは分が悪すぎる。ならば、策を練るのは当然の事であった。
そして崖を渡り、東の塔を見つけた一行は森に入った。北にあるはずの塔に向かうには、どうしてもここを通らねばならぬ。
夜が明けて空が白んでいく中、森の中である地点を通りかかった時、妙に空気が重苦しく感じられ、肌に小さな針を刺すようなピリピリとした気を感じた。
「・・・ん?」
ジーニは先程回収した悪魔の目を使い、周囲を【魔力感知】した。
すると、所狭しと茂っている木々の間から溢れかえる魔力の光がジーニの目を焼く。
「この部分の木々は幻術よ!」
「なるほど、幻で悪魔のパーツを隠したのか・・・!」
アレクがはっと気づいたのにジーニが同意する。
「この術さえ解ければ・・・」
「ん?あんた達。どうしたね?こんな所で立ち止まって」

右目は恐らく刃物で傷つけられたのであろう、残った左目をやぶ睨みにした男が、幻術の木々の向こうから細い体を現して言った。
じろりとそっちを黙って見やったエディンだったが、その背中には冷や汗が流れていた。
(畜生、俺としたことが気配を感じなかっただと・・・・・・?)
「うさんくさい奴ね。そっちこそ何してるのよ。こんな島で」
エディンの横に立ったジーニが問いかけるのに、男がふっと笑った。
「俺の名はジョーンズてんだ。ここには隠し財宝があるってんで探してるのさ。ところであんたら。見たところ何かが足りなくて困ってるようだが」
男は自分が持ってるものなら割安でゆずってやろうか、と取り引きを持ちかけてきた。
すっと懐から出したのはよくある呪文書(スクロール)であった。
「破魔の巻物さ。通常価格なら500spだが、無人島特別価格で1000spだ」
「足元見られてるわ・・・それならいらないわ。アンタなんかには頼まないわよ!」
「まあ、それもアリだな。探し当てるのにいつまでかかるか分からんが」
「いーえ、アンタとの会話がヒントになったからね。必要ないって分かったの」
ジーニはそう言うとベルトポーチから薬瓶を取り出し、先程幻だと見破った木々たちの方角へ投げつけた。破魔の力を込めた薬瓶である。
ぶわっと幻術が破られるとき特有の光が放出される。
「うわっ・・・!」
たまらずジョーンズという男までもが目を瞑り、再び開いた前には――一振りの剣があるじを待つかのごとく、木々に囲まれ、静かにたたずんでいた。
震えるほどの魔力の放出。
禍々しい異形の刀身。
間違いなく、あの悪魔の持ち物だろう。
冒険者達がその剣を手に入れようとしたその時、急に脱力感が襲ってきた。
先ほど感じた空気の臭いが今では冒険者の体を支配し、ぴくりとでも動かす事すら困難になっている。
「ありがとう。礼を言うぞ。好敵手よ」
「ドワーフ・・・!?」
奥の草むらから姿を現した背の低いごつい戦士を見て、ミナスが驚きの声を出す。
土の妖精族とも言われるドワーフ、そしてその後ろに見知らぬ女が涙を流しながらよろりと立ち上がっている。
「相変わらずお主の毒はよく効くの。アンサティ」
背中に異形の斧を担いだドワーフは冒険者達の状態を目で確認した後、かたわらの女性に賞賛の言葉を発した。
「・・・・・・。まずはジョーンズに解毒を施さないと」
泣き顔を崩さない女性は、冒険者たちと同じように毒で倒れているジョーンズの傍らに座り、口移しに何かを飲ませた。
ぐぎぎぎ、と音を立てるようにして顔を上げたジーニが唸る。
「ふ・・・、ふざけるんじゃないわよ。あんたら、なんなのよ・・・」
「そういえば、自己紹介がまだじゃったかの。わしの名はオリストデル。滅鉞の戦士じゃ。横の女は毒師アンサティ。そしてこのちんぴらジョーンズ・・・・・・は、知っておるかの」

ドワーフはにたりと笑った。
「主らにはアロヴァ側の冒険者達と言った方が分かりやすいかの」
豊かに蓄えたひげの奥でクククと低く笑う。
後をつけて封印を解かせ、その成果を奪う。力も削げて一石二鳥だと説明するドワーフに、ギリギリとジーニは歯軋りした。
卑怯者と罵ると、心外だというようにドワーフが言った。
「ならばおぬしらに機会を与えよう。わしらと闘い、勝って見せよ。わしらに勝てればおとなしく引こうではないか」
「ハッ!相手を毒で罠に嵌めて勝って見せろ?ずいぶん勝手な言い草ね!」
「わしらとしてはこのまま剣を取って去っても良いのだがの」
「・・・・・・・・・言ったな、クソジジイ。その言葉、後悔するんじゃねえぞ」
ごり、と金に輝く斧を杖にしてギルが立ち上がる。
「あんまり、俺の仲間たちを舐めるんじゃねえ・・・・・・!」
「まったくよ」
ジーニも無理やり≪死霊術士の杖≫を支えに立つ。
「あたしをここまでこけにしてくれてただで済むと思ってるの?思い知らせてやるわ!」

「それでいい。行くぞ、”金狼の牙”!」
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Tue.
最後の最後に笑う者 3 
カディリンを石化させたらしい狂牛のような怪物を退治し、【癒身の結界】で怪我を治した一行はとある地点で足を止める。
「もし山に入る道があるとすれば、ここら辺が怪しいと思う。みんな、手分けして探してくれ」
田舎育ちで厳しい自然に慣れたギルの指示で、冒険者たちはアイトリーの言ったことを思い出しながら辺りを探った。
周りをゆっくりと見渡していた”金狼の牙”の中で、それを発見したのはアレクだった。
「誰か来てくれ。洞窟だ!」
「何?」
足音を立てずに近づいたエディンが確かめると、若干だが人の手が入った跡が見られる。
彼らは隊列を組み直し、そっと歩を進めた。
途中には小さな社がある。両開きの扉は開かれており中には何も入っていない。
「何もなし・・・か。ちょうど碁盤の目のような地形の洞窟なのね」
「迷わずには済むが・・・・・・何かありそうだな。警戒していこう」
「ん。ねえねえ、そっちからシルフィードの力が少し感じ取れるよ」
エディンの深緑のマントを引っ張ったミナスが、洞窟の奥のほうを指差した。
小さな指の導きに従って進むと、洞窟を抜ける事が出来た。ちょうど山腹らしい。
調べると、山頂に向かうらしい洞窟がもう一つ口を開けていた。
突如、地響きとともに、奥の方で何かが爆ぜる音と男の悲鳴が冒険者達の耳を貫いた!
「行ってみましょう!」

奥の広間らしき場所にたどり着いた冒険者達が見た光景は――――。
一度こちらの行く手を妨害したリテルナの一行がそこにいた。
しかし、立っているのは満身創痍の夫婦二人だけだ。
部下の水夫達の姿が見当たらない。いったいどこへ――と辺りを見回してみた”金狼の牙”たちの視界に、それは衝撃的にねじこまれてきた。
目をえぐられたような二つの穴を持つ顔。
乾燥地帯を思わせるひびの入った身体。
そして、その巨躯を絡め取っている鈍色の輝きを見せる紋様入りの鎖――その周りには水夫だったものが八つ裂きになり、あちこちに散らばっている。
顔の下半分がパクリと開いたかと思うと、化け物はその牙の無い口から重く響く言葉を発した。
「まだ、続けるのか?」
「あ、当たり前よ!お宝を手に入れるまで諦めるわけないじゃない!」
「お、お前・・・これ以上は無理だ。大人しく奴の要望を飲もう」
弱々しくリテルナの夫が説得を試みるも、「悪魔の取引に耳を貸す気はない」と主張したリテルナは素早く動いた。
「とっておきの火晶石を全部お見舞いするわ!!」
「――!!バッカヤロ、危ねえ、みんな伏せろー!!」
リーダーの号令に、他の仲間たちは一斉に身を伏せる。
エディンは近くにいたミナスを咄嗟にマントで包み、アレクはジーニの頭を抱え込んだ。
次の瞬間、かつて雪山で起きた雪崩に勝るとも劣らない威力の轟音が辺りに満ちた。
「ビボルダーも一撃で消滅する威力よ。これなら――」
勝ち誇ったリテルナの台詞は、だが途中で凍りつく。

「!!」
「因果応報――我が身にかかりし大厄は仕掛けた主に返るべし!!」
煙の中から現れた化け物が牙の無い口で何らかの呪を唱えると、魔力がリテルナに収束するのを感じる。
火晶石の爆発による土煙が覚めやらぬ中を、一条の光線――いや、大砲にも等しい何かが走り抜けた。
「仕掛けた者に攻撃が跳ね返った!?」
消し炭になったリテルナは音も無くその場に崩れ落ちた。
しばしの時が経ち、辺りに再び静寂が戻ると、化け物は残された夫に再び声をかけた。
「まだ、続けるのか?」
「アア・・・アアア・・・ァァァァァ・・・・・・アビャビャビャビャ!!」
リテルナの夫は入り口に立っていた”金狼の牙”たちを押しのけ、奇怪な声を発しつついずこかへ走り去っていった。
凄惨な結末を迎えたにも関わらずあたかも日常のような素振りで、化け物は冒険者たちのほうにその太い首を向けた。
「さて・・・・・・今日は実に騒がしい事よ。主らで4度目になる。我に何用か?」
「・・・いったいあなたは何者ですか?なぜ、何のためにここにいるのですか?」
一番先に平静を取り戻したアウロラが訊ねる。
「我が名はヴィンディバックス。人の言葉に直すなら黒翼の淵とでもなるか」
クク、と小さい笑い声をあげた化け物は言葉を続ける。
「現世と隔離世の狭間よりこの地にまかりこした。我の事は人の言葉では悪魔と呼ぶらしいな」
「悪魔!?」
悪魔、という絶対悪の印象を持つ言葉に周囲の空気が1℃ほど下がった。
「主らが何を思うたのかは分からぬが、今の我はただこの地に縛り付けられている卑小な存在。主らの期待に沿える存在ではない、という事は断言しておこう」
「私達はこの島にあるという宝をもとめて来ました。どこにあるか知りませんか?」
「アウロラ・・・っ」
そんなこと聞いて大丈夫かというギルの目線に、アウロラはしっかりと頷いた。
「宝か・・・・・・」
「何がおかしいのですか?」
「失礼。人の求めるものはいつでも同じものよな。宝物庫は、そこだ」
悪魔は縛られた身体を窮屈そうに動かし、あごで冒険者達の頭上を指した。
「この洞窟の上と言うと山の頂上ですか?」
「いや、更に上だ」
「更に上と言うと・・・・・・?」
「そう。人の辿りしえぬ空の上に海賊王の宝が眠っているのだ」
「お空の上・・・・・・」
呆然とした様子でミナスがつぶやく。
鋭くアウロラが問うた。
「そこに行く方法は?」
「主らが鳥のように飛べたとしてもなお届かぬ場所にある。しかし、我の翼なら蒼空の奥深くまで届く事が出来ような」
「翼・・・・・・?あなたにそんなものがついてるとは思えませんが」

度胸がいいというべきか、ふてぶてしいというべきか、あくまで冷静な彼女の疑問に悪魔は再び歯の無い口をパクリと開け、笑いに顔を歪ませる。
「肝の太い女だな・・・。我の翼は海賊王によりこの島に封印されている」
悪魔は言う。翼のみならず、目、牙もこの地のいずこかに封印されているのだと。
海賊王はそれら悪魔の力の源を封じた上で、自縛の結界を張り悪魔を永久の宝物庫の番人としてこの地に封印したという。
「つまり、翼、目、牙を探し、あなたの封印を解かない限り宝物庫への扉は開かないと」
「肝が太い上に察しのいいことよ!面白い女だ、気に入ったぞ!」
悪魔は大声で笑った。
リテルナたちは同じ取引を持ちかけられ、断った。
そして封印されているのだからと悪魔を侮り、襲い掛かったのだが――結果は今見た通りだったわけだ。
「宝への道を開ける代わりに我の封印を解いてはくれまいか?もちろん、封印を解いたからとて我が約束を違える事はけしてない」
悪魔は空ろの目を細めて、アウロラに――場合が場合でなければ、まるで睦言のように囁く。
「我が名ヴィンディバックスに賭けて主らを無事に宝物庫へ運ぶ事を誓おう。さあ、返答はいかに?」
それを横から掻っ攫うかのように、ジーニが応えた。
「ま、いいでしょ。その条件でやってあげるわ」
慌てたアレクがジーニの肩を掴んで揺さぶった。
「お、おい。いいのか?悪魔の取り引きに簡単に応じて」
「宝物庫が上空にあるのなら、こいつの手を借りなきゃならないだろうしね。奴の手の平で踊ってやろうじゃないの」
そこでジーニが口の端を上げる。
まるで、彼女の方がよっぽど性悪な女悪魔のような笑みである。
「途中までだけど」
「・・・・・・、揉め事かね?」
「こっちの話だから気にしないでよ。アンタの条件は飲んであげるから」

「クック・・・・・・、そうかね。では、よろしく頼んだぞ」
その話合いの隅っこで、ギルはミナスの服の埃を払ってやっているエディンに小声で言った。
「やっぱり、女ってこええ・・・」
「今回ばかりは俺も同意するぜ、リーダー・・・」
「もし山に入る道があるとすれば、ここら辺が怪しいと思う。みんな、手分けして探してくれ」
田舎育ちで厳しい自然に慣れたギルの指示で、冒険者たちはアイトリーの言ったことを思い出しながら辺りを探った。
周りをゆっくりと見渡していた”金狼の牙”の中で、それを発見したのはアレクだった。
「誰か来てくれ。洞窟だ!」
「何?」
足音を立てずに近づいたエディンが確かめると、若干だが人の手が入った跡が見られる。
彼らは隊列を組み直し、そっと歩を進めた。
途中には小さな社がある。両開きの扉は開かれており中には何も入っていない。
「何もなし・・・か。ちょうど碁盤の目のような地形の洞窟なのね」
「迷わずには済むが・・・・・・何かありそうだな。警戒していこう」
「ん。ねえねえ、そっちからシルフィードの力が少し感じ取れるよ」
エディンの深緑のマントを引っ張ったミナスが、洞窟の奥のほうを指差した。
小さな指の導きに従って進むと、洞窟を抜ける事が出来た。ちょうど山腹らしい。
調べると、山頂に向かうらしい洞窟がもう一つ口を開けていた。
突如、地響きとともに、奥の方で何かが爆ぜる音と男の悲鳴が冒険者達の耳を貫いた!
「行ってみましょう!」

奥の広間らしき場所にたどり着いた冒険者達が見た光景は――――。
一度こちらの行く手を妨害したリテルナの一行がそこにいた。
しかし、立っているのは満身創痍の夫婦二人だけだ。
部下の水夫達の姿が見当たらない。いったいどこへ――と辺りを見回してみた”金狼の牙”たちの視界に、それは衝撃的にねじこまれてきた。
目をえぐられたような二つの穴を持つ顔。
乾燥地帯を思わせるひびの入った身体。
そして、その巨躯を絡め取っている鈍色の輝きを見せる紋様入りの鎖――その周りには水夫だったものが八つ裂きになり、あちこちに散らばっている。
顔の下半分がパクリと開いたかと思うと、化け物はその牙の無い口から重く響く言葉を発した。
「まだ、続けるのか?」
「あ、当たり前よ!お宝を手に入れるまで諦めるわけないじゃない!」
「お、お前・・・これ以上は無理だ。大人しく奴の要望を飲もう」
弱々しくリテルナの夫が説得を試みるも、「悪魔の取引に耳を貸す気はない」と主張したリテルナは素早く動いた。
「とっておきの火晶石を全部お見舞いするわ!!」
「――!!バッカヤロ、危ねえ、みんな伏せろー!!」
リーダーの号令に、他の仲間たちは一斉に身を伏せる。
エディンは近くにいたミナスを咄嗟にマントで包み、アレクはジーニの頭を抱え込んだ。
次の瞬間、かつて雪山で起きた雪崩に勝るとも劣らない威力の轟音が辺りに満ちた。
「ビボルダーも一撃で消滅する威力よ。これなら――」
勝ち誇ったリテルナの台詞は、だが途中で凍りつく。

「!!」
「因果応報――我が身にかかりし大厄は仕掛けた主に返るべし!!」
煙の中から現れた化け物が牙の無い口で何らかの呪を唱えると、魔力がリテルナに収束するのを感じる。
火晶石の爆発による土煙が覚めやらぬ中を、一条の光線――いや、大砲にも等しい何かが走り抜けた。
「仕掛けた者に攻撃が跳ね返った!?」
消し炭になったリテルナは音も無くその場に崩れ落ちた。
しばしの時が経ち、辺りに再び静寂が戻ると、化け物は残された夫に再び声をかけた。
「まだ、続けるのか?」
「アア・・・アアア・・・ァァァァァ・・・・・・アビャビャビャビャ!!」
リテルナの夫は入り口に立っていた”金狼の牙”たちを押しのけ、奇怪な声を発しつついずこかへ走り去っていった。
凄惨な結末を迎えたにも関わらずあたかも日常のような素振りで、化け物は冒険者たちのほうにその太い首を向けた。
「さて・・・・・・今日は実に騒がしい事よ。主らで4度目になる。我に何用か?」
「・・・いったいあなたは何者ですか?なぜ、何のためにここにいるのですか?」
一番先に平静を取り戻したアウロラが訊ねる。
「我が名はヴィンディバックス。人の言葉に直すなら黒翼の淵とでもなるか」
クク、と小さい笑い声をあげた化け物は言葉を続ける。
「現世と隔離世の狭間よりこの地にまかりこした。我の事は人の言葉では悪魔と呼ぶらしいな」
「悪魔!?」
悪魔、という絶対悪の印象を持つ言葉に周囲の空気が1℃ほど下がった。
「主らが何を思うたのかは分からぬが、今の我はただこの地に縛り付けられている卑小な存在。主らの期待に沿える存在ではない、という事は断言しておこう」
「私達はこの島にあるという宝をもとめて来ました。どこにあるか知りませんか?」
「アウロラ・・・っ」
そんなこと聞いて大丈夫かというギルの目線に、アウロラはしっかりと頷いた。
「宝か・・・・・・」
「何がおかしいのですか?」
「失礼。人の求めるものはいつでも同じものよな。宝物庫は、そこだ」
悪魔は縛られた身体を窮屈そうに動かし、あごで冒険者達の頭上を指した。
「この洞窟の上と言うと山の頂上ですか?」
「いや、更に上だ」
「更に上と言うと・・・・・・?」
「そう。人の辿りしえぬ空の上に海賊王の宝が眠っているのだ」
「お空の上・・・・・・」
呆然とした様子でミナスがつぶやく。
鋭くアウロラが問うた。
「そこに行く方法は?」
「主らが鳥のように飛べたとしてもなお届かぬ場所にある。しかし、我の翼なら蒼空の奥深くまで届く事が出来ような」
「翼・・・・・・?あなたにそんなものがついてるとは思えませんが」

度胸がいいというべきか、ふてぶてしいというべきか、あくまで冷静な彼女の疑問に悪魔は再び歯の無い口をパクリと開け、笑いに顔を歪ませる。
「肝の太い女だな・・・。我の翼は海賊王によりこの島に封印されている」
悪魔は言う。翼のみならず、目、牙もこの地のいずこかに封印されているのだと。
海賊王はそれら悪魔の力の源を封じた上で、自縛の結界を張り悪魔を永久の宝物庫の番人としてこの地に封印したという。
「つまり、翼、目、牙を探し、あなたの封印を解かない限り宝物庫への扉は開かないと」
「肝が太い上に察しのいいことよ!面白い女だ、気に入ったぞ!」
悪魔は大声で笑った。
リテルナたちは同じ取引を持ちかけられ、断った。
そして封印されているのだからと悪魔を侮り、襲い掛かったのだが――結果は今見た通りだったわけだ。
「宝への道を開ける代わりに我の封印を解いてはくれまいか?もちろん、封印を解いたからとて我が約束を違える事はけしてない」
悪魔は空ろの目を細めて、アウロラに――場合が場合でなければ、まるで睦言のように囁く。
「我が名ヴィンディバックスに賭けて主らを無事に宝物庫へ運ぶ事を誓おう。さあ、返答はいかに?」
それを横から掻っ攫うかのように、ジーニが応えた。
「ま、いいでしょ。その条件でやってあげるわ」
慌てたアレクがジーニの肩を掴んで揺さぶった。
「お、おい。いいのか?悪魔の取り引きに簡単に応じて」
「宝物庫が上空にあるのなら、こいつの手を借りなきゃならないだろうしね。奴の手の平で踊ってやろうじゃないの」
そこでジーニが口の端を上げる。
まるで、彼女の方がよっぽど性悪な女悪魔のような笑みである。
「途中までだけど」
「・・・・・・、揉め事かね?」
「こっちの話だから気にしないでよ。アンタの条件は飲んであげるから」

「クック・・・・・・、そうかね。では、よろしく頼んだぞ」
その話合いの隅っこで、ギルはミナスの服の埃を払ってやっているエディンに小声で言った。
「やっぱり、女ってこええ・・・」
「今回ばかりは俺も同意するぜ、リーダー・・・」
tb: -- cm: 0
Tue.
最後の最後に笑う者 2 
リテルナたちを退けた後、”金狼の牙”たちは小島へと≪エア・ウォーカー≫の助けを借りて渡っていた。
小島の東側には塔が立っており、雨風にさらされて非常に読みづらくなっているが、壁面に何らかの文字が書かれているようだ。
「なんだこれ?」
「ふふん・・・・・・。これ、古代語ね」

ジーニがそう言うと、本格的に解読に入った。
「空を駆る乙女、天を斬る魔人。・・・・・・と書かれているけど、それが何を指すのかはさすがのあたしも分からないわ」
「とりあえず覚えておきましょう」
そして一行は島の方に戻り、特有の魔獣をたまに退治しながら休憩地を探した。
「ここなら視界もいい。怪物に襲われずに休憩できるだろう」
エディンがそう太鼓判を押した時には、すでに周りは陽が暮れ始めていた。
島の雰囲気が急に変わり妙な気配が辺りを漂ってくる。
”金狼の牙”たちは道すがら集めてきた枯れ枝で火を熾し、少し張り出している枝をロープで引っ張り屋根にする。
川でアレクとミナスが釣った魚の鱗をはがし終えたアウロラが、ふと視線を上げて一方向を眺めやった。
それに気づいたギルが、焚き火を突付いていた手を止め呼びかける。
「どうした?」
「あの山・・・・・・妙に邪悪な気が流れているような気がするんです」
「山?」
ギルも黒瞳を同じ方へと向ける。
とは言っても、ギルには魔法の素養というものがない。彼女の言うところの「邪悪な気」を感じ取る事は出来なかった。
聞きつけたジーニが、ふむと頬に手を当てて考え込んだ。
「・・・アウロラがそう言うってことは、本当に『あそこ』に何かがあるんじゃない?この島の雰囲気が急に変わったことといい、何かあるわよ、ここ」
「俺には分かんないんだけど・・・・・・。ミナスは?」
「んー。精霊が脅えてる気配はするかなあ」
でも遠い場所の事だから、とミナスは付け加え、アウロラに魚に詰めるための香草を渡した。
それを塩と一緒に裂いた魚の腹にすり込み、大きな葉に幾重にも包んで、熾き火に埋める。
「無人島だけあって自然は豊かだよな、ここ」
「エディン。そっちの手に持ってるのは何ですか?」
「芋。リューンに出回ってるのより小ぶりだが、味は濃いと思う」
何かに使ってくれと渡され、アウロラは眉根に皺を乗せてどう料理しようと悩んだ。
・・・・・・二時間後、香草焼きにした魚と、卵なしのニョッキを炙ったチーズに絡めたものが出来上がる。
はふはふと熱がりつつ食べていると、ふとミナスが言い出した。
「何だか進んでいるという気がしないんだよね。目は覚めてるのに、夢の中歩いてるみたいで」
「お前ら、迷わないように気を引き締めていけよ」
エディンが膝からずり落ちそうな皿を受け止めながら、他の面子に言った。彼もまた、そういう現実味のない感覚をこの島から感じ取っていた。
その夜。
独特の匂いが立ち込める中、焚き火の火を見つめながらアレクは見張り番を続けていた。
ザッ・・・・・・という音と、生き物特有の息遣いが耳に届く。
「獣!?」

アレクが身構えつつ仲間を起こそうとした時、闇の中から人の声が聞こえてきた。
「すみません!怪我人がいるんです!誰か石化を治せる人はいませんか?」
「子供の声・・・?」
石化であれば、僧侶であるアウロラはもちろん、ビボルダーによって石化された仲間を救ったミナスにも対処は出来るだろう。
警戒は解かなかったものの、アレクはその声の主を招き入れた。
「分かった。こっちへ来い」
「あ、ありがとうございます!」
草むらから出てきたのは、冒険者と思しき5人組だった。
無頼風の男に背負われた人間の皮膚はすっかり石と化し、近くで彼を助ける女性が泣きそうな声を出している。
「しっかり!カディリン!あともう少しの辛抱よ!」
「降ろすぞ。そこ、どいてくれ」
無頼風の男は、カディリンと呼ばれていた男を地面の空いているところにゆっくりと降ろした。
僧侶らしい女がすぐに彼の側に走る。
「お願いです!彼の石化を治して下さい!あたし、【血清の法】を使い切らしちゃって・・・」
アレクに起こされるまでもなく目を覚ましていた仲間の中から、アウロラが進み出てくる。
「【血清の法】はございませんが・・・大丈夫、安心なさい」
そうして、つい先ごろ魔光都市という所で買い求めた≪水銀華茶≫というお茶の瓶を取り出す。
コルクの栓を外した瞬間、ふわりと辺りに優しげな茶の香りが立ち込めた。
「飲んだものの束縛を解除しますが、確かこれには石化を治す力もあったはず・・・」
中の緑色のお茶を振りかけると、まるで薄皮がはがれるように石の部分が零れ落ちていった。
「よし、これで大丈夫です」

石像から元に戻ったカディリンはこわばりはまだあるようだが、体が動く程度には回復したようだ。
彼を気遣っていた女性がアウロラの手を取り、何度も何度もお礼の言葉を述べる。
目には嬉し涙を浮かべている。
「あ、ありがとう!ありがとう!」
「いいえ、困った時はお互い様ですから。同じ神の子として当然のことをしたまでです」
そうアウロラが首を横に振った時、後ろにいた品の良さそうな少年が進み出てきて、丁寧にお辞儀をした。
「ありがとうございます。僕の仲間を代表してお礼を申し上げます」
「もしや、あなたはエムルリス氏の・・・」
「はい、孫のアイトリーといいます。こっちは僕についてきてくれた仲間で・・・本当に何と言ったら良いか。ぜひともお礼をさせて下さい」
その言葉を聞いて目を輝かせたのは、杖の髑髏の部分で自分の頭を掻いていたジーニである。
舌なめずりしそうな声で「さて・・・?」と言ったが、さすがにお互いの立場を分かっていたのであろう、常識的に情報提供を頼んだ。
「あんた達が知っているこの島についての事を教えてくれない?」
「分かりました。僕達が知っている事をお話しましょう」
彼らによると、問題の冠の隠し場所について一番有望なのが、島の中央にある山――アウロラが懸念していた――辺りなのだという。
しかし、登れそうなところを見つけることが出来ず、後回しにしてあちこちを放浪していた。
その結果、毒の沼や夜行性の怪物との戦いに苦労し、うち一匹によってカディリンが石化させられた・・・ということらしい。
「色んな生き物がいますが、好戦的な生き物は限られているようです」
「・・・ということは夜歩き回るのは剣呑ねえ」
「はい、好戦的なのはほとんどが夜行性ですので、夜中に歩き回らない限り無闇に戦う事はないでしょう」
聞くだけの情報を聞き出し、アイトリー一行は最後に一つ頭を下げるといずこかへと去っていった。
「・・・いい子ですねえ」
「だな」
「あの子が俺たちの雇い主じゃないのが残念だな」
そして一行は3時間ほど休息を取り、山へと向かった。
小島の東側には塔が立っており、雨風にさらされて非常に読みづらくなっているが、壁面に何らかの文字が書かれているようだ。
「なんだこれ?」
「ふふん・・・・・・。これ、古代語ね」

ジーニがそう言うと、本格的に解読に入った。
「空を駆る乙女、天を斬る魔人。・・・・・・と書かれているけど、それが何を指すのかはさすがのあたしも分からないわ」
「とりあえず覚えておきましょう」
そして一行は島の方に戻り、特有の魔獣をたまに退治しながら休憩地を探した。
「ここなら視界もいい。怪物に襲われずに休憩できるだろう」
エディンがそう太鼓判を押した時には、すでに周りは陽が暮れ始めていた。
島の雰囲気が急に変わり妙な気配が辺りを漂ってくる。
”金狼の牙”たちは道すがら集めてきた枯れ枝で火を熾し、少し張り出している枝をロープで引っ張り屋根にする。
川でアレクとミナスが釣った魚の鱗をはがし終えたアウロラが、ふと視線を上げて一方向を眺めやった。
それに気づいたギルが、焚き火を突付いていた手を止め呼びかける。
「どうした?」
「あの山・・・・・・妙に邪悪な気が流れているような気がするんです」
「山?」
ギルも黒瞳を同じ方へと向ける。
とは言っても、ギルには魔法の素養というものがない。彼女の言うところの「邪悪な気」を感じ取る事は出来なかった。
聞きつけたジーニが、ふむと頬に手を当てて考え込んだ。
「・・・アウロラがそう言うってことは、本当に『あそこ』に何かがあるんじゃない?この島の雰囲気が急に変わったことといい、何かあるわよ、ここ」
「俺には分かんないんだけど・・・・・・。ミナスは?」
「んー。精霊が脅えてる気配はするかなあ」
でも遠い場所の事だから、とミナスは付け加え、アウロラに魚に詰めるための香草を渡した。
それを塩と一緒に裂いた魚の腹にすり込み、大きな葉に幾重にも包んで、熾き火に埋める。
「無人島だけあって自然は豊かだよな、ここ」
「エディン。そっちの手に持ってるのは何ですか?」
「芋。リューンに出回ってるのより小ぶりだが、味は濃いと思う」
何かに使ってくれと渡され、アウロラは眉根に皺を乗せてどう料理しようと悩んだ。
・・・・・・二時間後、香草焼きにした魚と、卵なしのニョッキを炙ったチーズに絡めたものが出来上がる。
はふはふと熱がりつつ食べていると、ふとミナスが言い出した。
「何だか進んでいるという気がしないんだよね。目は覚めてるのに、夢の中歩いてるみたいで」
「お前ら、迷わないように気を引き締めていけよ」
エディンが膝からずり落ちそうな皿を受け止めながら、他の面子に言った。彼もまた、そういう現実味のない感覚をこの島から感じ取っていた。
その夜。
独特の匂いが立ち込める中、焚き火の火を見つめながらアレクは見張り番を続けていた。
ザッ・・・・・・という音と、生き物特有の息遣いが耳に届く。
「獣!?」

アレクが身構えつつ仲間を起こそうとした時、闇の中から人の声が聞こえてきた。
「すみません!怪我人がいるんです!誰か石化を治せる人はいませんか?」
「子供の声・・・?」
石化であれば、僧侶であるアウロラはもちろん、ビボルダーによって石化された仲間を救ったミナスにも対処は出来るだろう。
警戒は解かなかったものの、アレクはその声の主を招き入れた。
「分かった。こっちへ来い」
「あ、ありがとうございます!」
草むらから出てきたのは、冒険者と思しき5人組だった。
無頼風の男に背負われた人間の皮膚はすっかり石と化し、近くで彼を助ける女性が泣きそうな声を出している。
「しっかり!カディリン!あともう少しの辛抱よ!」
「降ろすぞ。そこ、どいてくれ」
無頼風の男は、カディリンと呼ばれていた男を地面の空いているところにゆっくりと降ろした。
僧侶らしい女がすぐに彼の側に走る。
「お願いです!彼の石化を治して下さい!あたし、【血清の法】を使い切らしちゃって・・・」
アレクに起こされるまでもなく目を覚ましていた仲間の中から、アウロラが進み出てくる。
「【血清の法】はございませんが・・・大丈夫、安心なさい」
そうして、つい先ごろ魔光都市という所で買い求めた≪水銀華茶≫というお茶の瓶を取り出す。
コルクの栓を外した瞬間、ふわりと辺りに優しげな茶の香りが立ち込めた。
「飲んだものの束縛を解除しますが、確かこれには石化を治す力もあったはず・・・」
中の緑色のお茶を振りかけると、まるで薄皮がはがれるように石の部分が零れ落ちていった。
「よし、これで大丈夫です」

石像から元に戻ったカディリンはこわばりはまだあるようだが、体が動く程度には回復したようだ。
彼を気遣っていた女性がアウロラの手を取り、何度も何度もお礼の言葉を述べる。
目には嬉し涙を浮かべている。
「あ、ありがとう!ありがとう!」
「いいえ、困った時はお互い様ですから。同じ神の子として当然のことをしたまでです」
そうアウロラが首を横に振った時、後ろにいた品の良さそうな少年が進み出てきて、丁寧にお辞儀をした。
「ありがとうございます。僕の仲間を代表してお礼を申し上げます」
「もしや、あなたはエムルリス氏の・・・」
「はい、孫のアイトリーといいます。こっちは僕についてきてくれた仲間で・・・本当に何と言ったら良いか。ぜひともお礼をさせて下さい」
その言葉を聞いて目を輝かせたのは、杖の髑髏の部分で自分の頭を掻いていたジーニである。
舌なめずりしそうな声で「さて・・・?」と言ったが、さすがにお互いの立場を分かっていたのであろう、常識的に情報提供を頼んだ。
「あんた達が知っているこの島についての事を教えてくれない?」
「分かりました。僕達が知っている事をお話しましょう」
彼らによると、問題の冠の隠し場所について一番有望なのが、島の中央にある山――アウロラが懸念していた――辺りなのだという。
しかし、登れそうなところを見つけることが出来ず、後回しにしてあちこちを放浪していた。
その結果、毒の沼や夜行性の怪物との戦いに苦労し、うち一匹によってカディリンが石化させられた・・・ということらしい。
「色んな生き物がいますが、好戦的な生き物は限られているようです」
「・・・ということは夜歩き回るのは剣呑ねえ」
「はい、好戦的なのはほとんどが夜行性ですので、夜中に歩き回らない限り無闇に戦う事はないでしょう」
聞くだけの情報を聞き出し、アイトリー一行は最後に一つ頭を下げるといずこかへと去っていった。
「・・・いい子ですねえ」
「だな」
「あの子が俺たちの雇い主じゃないのが残念だな」
そして一行は3時間ほど休息を取り、山へと向かった。
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Tue.
最後の最後に笑う者 1 
海原を漂う事10日余り――――。ようやく冒険者は目的の島にたどり着いた。
潮流などの原因で、大きな船が直接接岸するのは難しいので、近辺まで大きな船で運んでもらいそこから冒険者自身が小船で島へ上がる手はずだ。
島を出る時には合図ののろしをあげて舟を呼ぶ手はずになっている。
一月の間、のろしが上がらない場合――その時は一行が全滅したと見なし、船を引き上げ、そのまま帰還となる。
「ま、俺らが引き受けたんだから、そんなことは起きないわけだが」
ギルは小船から島に足を下ろすと、背筋を伸ばして悠々と両腕を天に突き上げた。
「あー、やっと陸だ。肩凝った!」
「ちょっとー、ギルバート!こっち手伝って!」
黒ローブの裾をどうにかさばきつつ、ジーニが杖を片手に小船から降りようとしている。
ギルは「いけねっ」と小さく舌を出すと、ジーニの補助に回った。
「やれやれ・・・今回の仕事の目的まで忘れていないでしょうね、ギル?」
「遺産相続争いだろー。何とかって海賊に奪われた冠を取り戻すんだよな?」
経済に明るいものなら一度は耳にしたであろう資産家、エムルリス。
彼は現在、死の床に瀕している。
そのエムルリス氏の心残りを解消した子か孫に対して、財産を譲るという宣言があったそうだ。

心残りとは――今は亡き妻のために取り寄せようとした冠を、海賊によって奪われた事である。
「それだけではありません。1ヶ月以内にその形見を、依頼人であるケノダインさんへお渡ししないと・・・」
「ジーニの交渉のお陰で特別ボーナス出るんだから、早めに見つけてえもんだぜ」
「海賊シェクザだっけ?有名な海賊なんだよね、どんな財宝あるのかな~。わくわくする!」
エムルリスの三男にあたる依頼人から聞かされたのは、外海を中心に暴れまわった海賊の名前だった。
主に商船を相手に略奪を繰り返し、その財宝は数百万spは下らないものという。
一昔前の海賊狩りによる絞首刑でシェクザは既に故人となっているが、その隠し財宝があるのでは・・・とは、彼の伝説を知る者がよく口にする噂であった。
ジーニに続いてアウロラ、エディンが降り立ち、二人でミナスが陸地に上がるのを手伝う。
最後にトールを頭に乗せたアレクが小船から降りて、小船が流れて行かないようにロープを太い幹を持つ木にくくり付ける。
「ずっと船だったからな・・・。何か足がフラフラする」
「大丈夫でっせ、アレクはん。すぐ慣れますさかい」
「さーてと・・・みんな、ちょっと聞いて」
ようやっと落ち着いたらしいジーニが、手を叩いてみんなの注意を引いた。
「安全に行くなら昼間だけ。時間を節約するなら夜も調査。ともかく無理は禁物よ」
「とは言っても、俺たち以外に雇われた冒険者や、相続人自身もこの島にいるんだろ?」
「はい。えーと、まず長女のリテルナさん。この方はご主人と水夫を連れて来ているそうです。それから長男のアロヴァさん、こちらは冒険者を雇っただけ」
メモを取らずに丸ごと覚えたらしいアウロラが、アレクの疑問にすらすらと答える。
「最後に、次男の息子で唯一の孫であるアイトリーさん。この人は、次男の知り合いである冒険者と一緒にこちらに向かったそうです」
「ライバルが3グループか・・・ちょっとばかり厄介だな」
「闇雲に探すのはオススメできんよ、リーダー。シェクザほどの海賊なら、多分、おいそれと手を出せないようなところにヒントを準備しているはずだ」
「この島、とにかく広いもんね・・・。精霊はいっぱいいるみたいだけど」
島の地図を覗き込み始めたギルの両隣を、エディンとミナスが挟んでいる。
「こっちが森、こっちが山で・・・こっちに小島があるのか。谷もあるんだな・・・。どこから行く、ギル?」
「んー。この小島気になるんだよなあ」
「なら行ってみるか」
アレクとエディンが先頭に立ち、ミナス、ジーニと続いてアウロラとギルが最後尾を守って歩く。
するとその途中。
「・・・・・・あれは?」
アレクが不思議そうに見やった一団に、女性らしき人影が見える。
それも、冒険者の身なりとは違い、いっそ場違いなほど豪奢な服に日傘姿であった。
「こんな島であんな格好する女、一人くらいっきゃいねえだろうよ」
エディンがぼそりとつぶやくと、その女性は、
「何なの?汚らわしいわね。近づかないで頂戴」
と言った。

”金狼の牙”たちを汚いものを見るかのように嫌悪感を示し――同時に、脇にいた水夫と思しき屈強の男達が、壁のように女性と冒険者との間に割って入ってきた。
「・・・パーティの女性率からすると、よっぽどあっちのがむさいわよね」
「しっ、ジーニ。何か言ってるみたいだよ、あの人たち」
ミナスが示すとおり、ターバンを被った一人がそれは失礼だと女性を窘めているが、黙っていろと怒鳴り返されてしまっていた。
彼女は胸を張り、腰に手を当て冒険者たちを見下すような目で名乗りを上げた。
「わたくしこそが真の遺産相続者、リテルナ=ワーフリクよ!」
「その台詞は宣戦布告と受け取っていいんだな?」
にやりと笑ったギルがさりげなく立ち位置を変えるのも気づかず、リテルナはふぅとため息をつき目を細め、薄笑いを浮かべた。
「争い事は嫌いなのよね。大人しくあなた方が身を引いてくれれば痛い目には合わさないわよ」
「ふーん、へーえ。それはこっちの台詞よ。素人が粋がってると、生兵法じゃ済まないわよ。粋がれる内に島から出て行けば?」
やはりというか、ジーニがやり返す。
二人の女の間に、目には見えないはずのド派手な火花が散り・・・・・・・・・。
「服従か、死か。下賎の民はどちらを選ぶの?」
「墓石と遺書にはちゃんと署名してきたんでしょうね、高慢女?」
「・・・・・・やっておしまい!」
「・・・・・・叩き潰してやれ!」
戦いのゴングが上がった。
「女ってこえー・・・・・・」
「まだまだ、本当の怖さはこんなもんじゃねーけどな」
エディンがタハハ・・・と笑いながらギルに返した。
――――戦闘は、ギルとアレクが殴られただけで終わった。ちなみに、10分と掛かっていない。

「逃げ足だけは速いな」
「まあ、あれだけお仕置きしましたし。もう私達の前には現れないでしょう」
「なら、いいが・・・」
正直、もうあんな怖い女同士の戦いは見たくねえなというのが、ギルの正直な気持ちであった。
潮流などの原因で、大きな船が直接接岸するのは難しいので、近辺まで大きな船で運んでもらいそこから冒険者自身が小船で島へ上がる手はずだ。
島を出る時には合図ののろしをあげて舟を呼ぶ手はずになっている。
一月の間、のろしが上がらない場合――その時は一行が全滅したと見なし、船を引き上げ、そのまま帰還となる。
「ま、俺らが引き受けたんだから、そんなことは起きないわけだが」
ギルは小船から島に足を下ろすと、背筋を伸ばして悠々と両腕を天に突き上げた。
「あー、やっと陸だ。肩凝った!」
「ちょっとー、ギルバート!こっち手伝って!」
黒ローブの裾をどうにかさばきつつ、ジーニが杖を片手に小船から降りようとしている。
ギルは「いけねっ」と小さく舌を出すと、ジーニの補助に回った。
「やれやれ・・・今回の仕事の目的まで忘れていないでしょうね、ギル?」
「遺産相続争いだろー。何とかって海賊に奪われた冠を取り戻すんだよな?」
経済に明るいものなら一度は耳にしたであろう資産家、エムルリス。
彼は現在、死の床に瀕している。
そのエムルリス氏の心残りを解消した子か孫に対して、財産を譲るという宣言があったそうだ。

心残りとは――今は亡き妻のために取り寄せようとした冠を、海賊によって奪われた事である。
「それだけではありません。1ヶ月以内にその形見を、依頼人であるケノダインさんへお渡ししないと・・・」
「ジーニの交渉のお陰で特別ボーナス出るんだから、早めに見つけてえもんだぜ」
「海賊シェクザだっけ?有名な海賊なんだよね、どんな財宝あるのかな~。わくわくする!」
エムルリスの三男にあたる依頼人から聞かされたのは、外海を中心に暴れまわった海賊の名前だった。
主に商船を相手に略奪を繰り返し、その財宝は数百万spは下らないものという。
一昔前の海賊狩りによる絞首刑でシェクザは既に故人となっているが、その隠し財宝があるのでは・・・とは、彼の伝説を知る者がよく口にする噂であった。
ジーニに続いてアウロラ、エディンが降り立ち、二人でミナスが陸地に上がるのを手伝う。
最後にトールを頭に乗せたアレクが小船から降りて、小船が流れて行かないようにロープを太い幹を持つ木にくくり付ける。
「ずっと船だったからな・・・。何か足がフラフラする」
「大丈夫でっせ、アレクはん。すぐ慣れますさかい」
「さーてと・・・みんな、ちょっと聞いて」
ようやっと落ち着いたらしいジーニが、手を叩いてみんなの注意を引いた。
「安全に行くなら昼間だけ。時間を節約するなら夜も調査。ともかく無理は禁物よ」
「とは言っても、俺たち以外に雇われた冒険者や、相続人自身もこの島にいるんだろ?」
「はい。えーと、まず長女のリテルナさん。この方はご主人と水夫を連れて来ているそうです。それから長男のアロヴァさん、こちらは冒険者を雇っただけ」
メモを取らずに丸ごと覚えたらしいアウロラが、アレクの疑問にすらすらと答える。
「最後に、次男の息子で唯一の孫であるアイトリーさん。この人は、次男の知り合いである冒険者と一緒にこちらに向かったそうです」
「ライバルが3グループか・・・ちょっとばかり厄介だな」
「闇雲に探すのはオススメできんよ、リーダー。シェクザほどの海賊なら、多分、おいそれと手を出せないようなところにヒントを準備しているはずだ」
「この島、とにかく広いもんね・・・。精霊はいっぱいいるみたいだけど」
島の地図を覗き込み始めたギルの両隣を、エディンとミナスが挟んでいる。
「こっちが森、こっちが山で・・・こっちに小島があるのか。谷もあるんだな・・・。どこから行く、ギル?」
「んー。この小島気になるんだよなあ」
「なら行ってみるか」
アレクとエディンが先頭に立ち、ミナス、ジーニと続いてアウロラとギルが最後尾を守って歩く。
するとその途中。
「・・・・・・あれは?」
アレクが不思議そうに見やった一団に、女性らしき人影が見える。
それも、冒険者の身なりとは違い、いっそ場違いなほど豪奢な服に日傘姿であった。
「こんな島であんな格好する女、一人くらいっきゃいねえだろうよ」
エディンがぼそりとつぶやくと、その女性は、
「何なの?汚らわしいわね。近づかないで頂戴」
と言った。

”金狼の牙”たちを汚いものを見るかのように嫌悪感を示し――同時に、脇にいた水夫と思しき屈強の男達が、壁のように女性と冒険者との間に割って入ってきた。
「・・・パーティの女性率からすると、よっぽどあっちのがむさいわよね」
「しっ、ジーニ。何か言ってるみたいだよ、あの人たち」
ミナスが示すとおり、ターバンを被った一人がそれは失礼だと女性を窘めているが、黙っていろと怒鳴り返されてしまっていた。
彼女は胸を張り、腰に手を当て冒険者たちを見下すような目で名乗りを上げた。
「わたくしこそが真の遺産相続者、リテルナ=ワーフリクよ!」
「その台詞は宣戦布告と受け取っていいんだな?」
にやりと笑ったギルがさりげなく立ち位置を変えるのも気づかず、リテルナはふぅとため息をつき目を細め、薄笑いを浮かべた。
「争い事は嫌いなのよね。大人しくあなた方が身を引いてくれれば痛い目には合わさないわよ」
「ふーん、へーえ。それはこっちの台詞よ。素人が粋がってると、生兵法じゃ済まないわよ。粋がれる内に島から出て行けば?」
やはりというか、ジーニがやり返す。
二人の女の間に、目には見えないはずのド派手な火花が散り・・・・・・・・・。
「服従か、死か。下賎の民はどちらを選ぶの?」
「墓石と遺書にはちゃんと署名してきたんでしょうね、高慢女?」
「・・・・・・やっておしまい!」
「・・・・・・叩き潰してやれ!」
戦いのゴングが上がった。
「女ってこえー・・・・・・」
「まだまだ、本当の怖さはこんなもんじゃねーけどな」
エディンがタハハ・・・と笑いながらギルに返した。
――――戦闘は、ギルとアレクが殴られただけで終わった。ちなみに、10分と掛かっていない。

「逃げ足だけは速いな」
「まあ、あれだけお仕置きしましたし。もう私達の前には現れないでしょう」
「なら、いいが・・・」
正直、もうあんな怖い女同士の戦いは見たくねえなというのが、ギルの正直な気持ちであった。
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Sun.
金狼の牙の地図 
その男は大層な肩書きから想像していた人物像より、はるかに若かった。
羊皮紙に細かく何事かを綴っていたが、ドアに取り付けていた小さな鈴の音を聞きつけ、慌てて顔を上げる。
ややずり落ちた眼鏡――ドワーフが作っているという珍しいアイテムだ――の位置を神経質に直し、入り口付近で佇んでいる”金狼の牙”たちに挨拶する。

「皆さん、初めまして。私は地図作製組合の製図主任、クレーマーといいます」
「どうも。話は聞いてると思うが、”金狼の牙”だ」
「≪狼の隠れ家≫の親父さんの代理でいらっしゃった冒険者の皆さんですね?」
クレーマーの差し出してきた手を取って握手をしながら、
「ええ、そうよ。親父さんから一切の交渉を任されるわ」
とジーニが頷いた。
「なるほど・・・・・・信頼されているのですね」
(いや、あれはただ単に出不精なだけじゃないだろうか・・・。)
アレクはそっと心の中で思った。
こないだのルーシーからの三度目の依頼の際、親父さんが寄り合いで店を留守にしていた件は、すでに述べたとおりである。
その寄り合いにおいて、親父さんは別の店である≪大いなる日輪亭≫というところの亭主から、地図作製組合のことを教えてもらったのだった。
親父さんの話では、その≪大いなる日輪亭≫の亭主の養子もやはり自分達のご同業だとかで、
「エイブラハムのところは確か・・・”月歌を紡ぐ者たち”だったか。堅実な仕事をするらしくって、前に教会の史跡局にも協力したってさ」
ということである。
女性の聖職者やエルフがパーティにいるという共通点はともかく、多分こっちよりずっと慎重で交渉の上手い冒険者なんだろうな~というのが、親父さんに話を聞いたギルの感想だ。
雇い主からの評判も上々、仕事も過不足なくというのは簡単なように見えて、実はけっこう難しい。
”金狼の牙”の場合は、最年長者であるエディンや冷静で穏やかなアウロラの取り成しが上手いからこそ破綻もなくやってこれているが、ギルやジーニだけで依頼人と話をさせるのは避けるのが仲間内で暗黙の了解だったりする。
(まあ、それぞれの役割ってやつさ。・・・それにしても、そこのリーダーかなり力が強いらしいなあ。ちょっと俺の相手してもらいたいなあ・・・。)
元々楽観的な気質のギルがそれ以上反省することはない。すぐに思考が逸れるのである。
そんなことを考えているとは知らないクレーマーは、きびきびとした口調で
「では早速本題に入りましょう」
と切り出した。
「今回は長期の依頼をお願いしたく、リューンでも屈指の名宿にいくつか声をかけました。≪狼の隠れ家≫もその一つです」
「・・・ま、うちのは一応老舗の一つだしな」
「ただ古いって言い方もあるけどねー」
エディンとジーニの茶々にもめげず話は続く。
「近年、街道の整備や皆さんのような冒険者の活躍により、かつてないほど都市間交流が活発になっています。・・・・・・しかしっ!!」
ここで急にクレーマーが拳を机に叩きつけ、怒鳴るかのような大声を上げたので、大人しく話を聞いていたミナスがびくりと身体を震わせる。
「しかし長い間地図というものは聖北教会の教えを広めるための道具でしかなかったのです!!」
ここから、クレーマーによる熱い地図へのパトスが20分ほど迸ったのだが、ギルは半ば放心し、真面目に聞いてしまう性質のアレクとミナスはひたすら緊張に身体を強張らせていた。
ジーニは例によってだらんとした様子だったが、収集家や遺跡といった言葉が出た時点で、熱心に机上に置き去りの地図に視線を走らせていた。現金である。
アウロラは仲間たちの一部におろおろとして、エディンはちゃんと聞いているように見せて実は聞いてませんというオチだったりする。
「今こそ!!今こそ、これまで地道に培ったこの技術で、地図を聖職者達の手から取り戻し、リューンに一層の発展をもたらす宝とするときなのです!!」
(・・・・・・み、見かけによらず・・・・・・熱い人ですね・・・・・・)
「・・・・・・・・・・・・・・・はっ!」
ここでクレーマーが、急に自分を取り戻してうろたえ始めた。
「すみません・・・・・・話が脱線しました。ど、どこまで話をしましたっけ」
「えーっと・・・・・・」

ちゃんと真面目に聞いてたミナスが一所懸命答える。
「今までは遺跡の地図くらいしか作ってなかったってところかな」
「そうそう、遺跡の地図作り・・・・・・つまり貴族の下請けからの脱却の話でしたね」
クレーマーによると、これからの時代は交易にしても航海にしても、安全を保証するための地図は世間にどんどん受け入れられていくという。
長旅も多い冒険者たちには頷けることばかりで、アレクはぶんぶんと首を縦に振った。
椅子の座り心地に若干不満のあるエディンが、眠そうなポーカーフェイスに本当の眠気を紛らわせて問う。

「・・・・・・それで、結局、今回の依頼の内容は?」
「はい、依頼内容は西方諸国の地図作製の補佐です。・・・・・・といっても、他の依頼の片手間でやって頂いて構いません」
「ほう。それでいいのかい?」
「何かしらの依頼で各地に行った時に・・・・・・その都市の位置や特産品など、出来る限りの情報を提供して頂きたいのです」
「そう言うことなら、協力できそうだな。うちの宿にゃ、十数年前から働いてる古参もいるから、彼らからも色々話を聞くことは出来るし」
「正確なお話でしたら、それでも結構です。もちろん、本業の依頼における守秘義務は尊重致します」
そこまで聞いていたアレクが、いつもなら報酬を切り出すジーニの視線が机上から動かない事に気づき、ため息を押し殺しながら自分で口を開いた。
「それで・・・・・・報酬は?」
「報告頂いた街の希少度、到達困難度を元に、探索ポイントというものを差し上げます」
クレーマーは”金狼の牙”の面々を見渡しながら言った。
「報酬は探索ポイントと引き換えに、希少価値のあるアイテムや地域の特産などを差し上げます」
「へぇ、それで例えばどんなものがあるんだ?」
「とりあえず、用意しているのは希少価値の高い鉱石や魔法の品、それに地酒なんかもあります」
「鉱石か・・・ジーニの練成に使えるかもしれねえな」
最近になって、知り合いの工房で≪雲影の指輪≫というアイテムを合成したジーニである。正気に返れば、それらを使ってまた役に立つアイテムを制作するかもしれない。
「また、皆さんの調査報告をもとにこちらからも測量チームが各地に飛ぶことになりますから、地図の売り上げと皆さんの働き次第でこちらが準備できる報酬の品も増えて行くと思いますよ」
「よし、リーダー。悪い話じゃないのは理解したよな?」
「ちゃんと聞いてたって!!」
ギルが目に見えて慌てるが、結局、”金狼の牙”たちはクレーマーと契約を締結する。
「ありがとうございます!!これで、後10年は戦える・・・」

(え?)
「あ、いえ、こっちの話です・・・・・・とにかく、ありがとうございます」
なにやら聞き逃せないような単語が出た気がしたが、ジーニは聞かなかった事にした。
早速、親世代の冒険者から聞いた話も含めて、彼らはクレーマーに今までの冒険の報告を行ないながら、もらった羊皮紙に今までの地図や特産品を書き止めていった。
スワローナイフでお世話になったフォーチュン=ベル、アウロラの【信守の障壁】を購入したポートリオン、ミナスに【精霊術師の徴】を与えてくれたポダルゲのいる風繰り嶺・・・。
クレーマーはずいぶんと興奮した様子で、それらの都市の特色についてのメモをとる。
「こうして見ると、俺たちまだ北方の遠い方には行ってないんだな。風繰り嶺くらいか」
アレクが開いた地図の足取りを指で追いながら呟くと、ジーニは「ちょっとちょっと」と笑った。
「そりゃそうでしょ。北ってキーレあたり?冗談きついわよ」
「そうだな、何かの事情で宿にいられなくなってからキーレは考えよう」
「・・・・・・え、マジ?」
大真面目に返したアレクの美貌を、ぎょっとした顔でジーニは見つめた。
※収入0sp、≪紅曜石≫、≪黒曜石≫×2※
--------------------------------------------------------
■後書きまたは言い訳
今回は店シナリオ。地図からクロスオーバーの輪を広げようという試みをしてらっしゃる、CWGeoProjectさんの地図作製組合です。いやー、このシナリオ面白いんですよ!ある程度以上にカードワースをやりこんだ人なら、思わずにやりとする都市名だったりシナリオ名だったりがどんどん出てきます。
探索ポイントを貯蓄して、鉱石や、有名な特産品と交換するのもよし。
自分が行ってきた場所が地図でどんなところにあるのか眺めるもよし。
今回のシナリオでは、”金狼の牙”だけでなく親世代パーティの分まで探索ポイントが加算されているのですが、鉱石三つでちょうど交換が0ポイントになりました。
これからちょっとお仕事を頑張って、さてどのくらい貯まるのか・・・。
上記に出てきた都市名については、出納帳でも確認可能ですが念のため。
・希望の都フォーチュン=ベル(Djinn様)
・風繰り嶺(Mart様)
・新港都市ポートリオン(Moonlit様)
・城砦都市キーレ(ブイヨンスウプ様)
そして、シナリオにちなんでちらりとクロスオーバーを。
地図作製組合にて「深緑都市ロスウェル」を提出なさってる周摩さんのMoonNight-Waltz.から、”月歌を紡ぐ者たち”の噂を聞いています。・・・や、私に文才がもう少しあれば、向こうパーティさんとすれ違って「えっ、君らが≪大いなる日輪亭≫の?ここのこと、うちの親父さんに教えてくれてありがとう!」とか挨拶したいんですが・・・。
難しいんですよお、向こうのキャラが!!(笑)
周摩さんは以前、補完用SSにてギルを書いて下さったので、ぜひこちらでも書いてみたい気持ちはあるのです。うーん、お気楽極楽がベースで、たまにしかシリアスの来ないのうちのキャラに慣れてると、ちゃんとしたシリアスなキャラクターをお借りして描写するっていうのは非常に難しい・・・。(笑)
あ。ちなみに私は、可愛いもの好きなミリアさんやちょっと皮肉屋のバリーさんが好きです。
そしてこのシナリオにポイントを追加する為と、次回シナリオに必要な物品を購入しに魔光都市ルーンディアにも行きました。そう、次のシナリオが色々大変なんだこれが・・・。
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。
羊皮紙に細かく何事かを綴っていたが、ドアに取り付けていた小さな鈴の音を聞きつけ、慌てて顔を上げる。
ややずり落ちた眼鏡――ドワーフが作っているという珍しいアイテムだ――の位置を神経質に直し、入り口付近で佇んでいる”金狼の牙”たちに挨拶する。

「皆さん、初めまして。私は地図作製組合の製図主任、クレーマーといいます」
「どうも。話は聞いてると思うが、”金狼の牙”だ」
「≪狼の隠れ家≫の親父さんの代理でいらっしゃった冒険者の皆さんですね?」
クレーマーの差し出してきた手を取って握手をしながら、
「ええ、そうよ。親父さんから一切の交渉を任されるわ」
とジーニが頷いた。
「なるほど・・・・・・信頼されているのですね」
(いや、あれはただ単に出不精なだけじゃないだろうか・・・。)
アレクはそっと心の中で思った。
こないだのルーシーからの三度目の依頼の際、親父さんが寄り合いで店を留守にしていた件は、すでに述べたとおりである。
その寄り合いにおいて、親父さんは別の店である≪大いなる日輪亭≫というところの亭主から、地図作製組合のことを教えてもらったのだった。
親父さんの話では、その≪大いなる日輪亭≫の亭主の養子もやはり自分達のご同業だとかで、
「エイブラハムのところは確か・・・”月歌を紡ぐ者たち”だったか。堅実な仕事をするらしくって、前に教会の史跡局にも協力したってさ」
ということである。
女性の聖職者やエルフがパーティにいるという共通点はともかく、多分こっちよりずっと慎重で交渉の上手い冒険者なんだろうな~というのが、親父さんに話を聞いたギルの感想だ。
雇い主からの評判も上々、仕事も過不足なくというのは簡単なように見えて、実はけっこう難しい。
”金狼の牙”の場合は、最年長者であるエディンや冷静で穏やかなアウロラの取り成しが上手いからこそ破綻もなくやってこれているが、ギルやジーニだけで依頼人と話をさせるのは避けるのが仲間内で暗黙の了解だったりする。
(まあ、それぞれの役割ってやつさ。・・・それにしても、そこのリーダーかなり力が強いらしいなあ。ちょっと俺の相手してもらいたいなあ・・・。)
元々楽観的な気質のギルがそれ以上反省することはない。すぐに思考が逸れるのである。
そんなことを考えているとは知らないクレーマーは、きびきびとした口調で
「では早速本題に入りましょう」
と切り出した。
「今回は長期の依頼をお願いしたく、リューンでも屈指の名宿にいくつか声をかけました。≪狼の隠れ家≫もその一つです」
「・・・ま、うちのは一応老舗の一つだしな」
「ただ古いって言い方もあるけどねー」
エディンとジーニの茶々にもめげず話は続く。
「近年、街道の整備や皆さんのような冒険者の活躍により、かつてないほど都市間交流が活発になっています。・・・・・・しかしっ!!」
ここで急にクレーマーが拳を机に叩きつけ、怒鳴るかのような大声を上げたので、大人しく話を聞いていたミナスがびくりと身体を震わせる。
「しかし長い間地図というものは聖北教会の教えを広めるための道具でしかなかったのです!!」
ここから、クレーマーによる熱い地図へのパトスが20分ほど迸ったのだが、ギルは半ば放心し、真面目に聞いてしまう性質のアレクとミナスはひたすら緊張に身体を強張らせていた。
ジーニは例によってだらんとした様子だったが、収集家や遺跡といった言葉が出た時点で、熱心に机上に置き去りの地図に視線を走らせていた。現金である。
アウロラは仲間たちの一部におろおろとして、エディンはちゃんと聞いているように見せて実は聞いてませんというオチだったりする。
「今こそ!!今こそ、これまで地道に培ったこの技術で、地図を聖職者達の手から取り戻し、リューンに一層の発展をもたらす宝とするときなのです!!」
(・・・・・・み、見かけによらず・・・・・・熱い人ですね・・・・・・)
「・・・・・・・・・・・・・・・はっ!」
ここでクレーマーが、急に自分を取り戻してうろたえ始めた。
「すみません・・・・・・話が脱線しました。ど、どこまで話をしましたっけ」
「えーっと・・・・・・」

ちゃんと真面目に聞いてたミナスが一所懸命答える。
「今までは遺跡の地図くらいしか作ってなかったってところかな」
「そうそう、遺跡の地図作り・・・・・・つまり貴族の下請けからの脱却の話でしたね」
クレーマーによると、これからの時代は交易にしても航海にしても、安全を保証するための地図は世間にどんどん受け入れられていくという。
長旅も多い冒険者たちには頷けることばかりで、アレクはぶんぶんと首を縦に振った。
椅子の座り心地に若干不満のあるエディンが、眠そうなポーカーフェイスに本当の眠気を紛らわせて問う。

「・・・・・・それで、結局、今回の依頼の内容は?」
「はい、依頼内容は西方諸国の地図作製の補佐です。・・・・・・といっても、他の依頼の片手間でやって頂いて構いません」
「ほう。それでいいのかい?」
「何かしらの依頼で各地に行った時に・・・・・・その都市の位置や特産品など、出来る限りの情報を提供して頂きたいのです」
「そう言うことなら、協力できそうだな。うちの宿にゃ、十数年前から働いてる古参もいるから、彼らからも色々話を聞くことは出来るし」
「正確なお話でしたら、それでも結構です。もちろん、本業の依頼における守秘義務は尊重致します」
そこまで聞いていたアレクが、いつもなら報酬を切り出すジーニの視線が机上から動かない事に気づき、ため息を押し殺しながら自分で口を開いた。
「それで・・・・・・報酬は?」
「報告頂いた街の希少度、到達困難度を元に、探索ポイントというものを差し上げます」
クレーマーは”金狼の牙”の面々を見渡しながら言った。
「報酬は探索ポイントと引き換えに、希少価値のあるアイテムや地域の特産などを差し上げます」
「へぇ、それで例えばどんなものがあるんだ?」
「とりあえず、用意しているのは希少価値の高い鉱石や魔法の品、それに地酒なんかもあります」
「鉱石か・・・ジーニの練成に使えるかもしれねえな」
最近になって、知り合いの工房で≪雲影の指輪≫というアイテムを合成したジーニである。正気に返れば、それらを使ってまた役に立つアイテムを制作するかもしれない。
「また、皆さんの調査報告をもとにこちらからも測量チームが各地に飛ぶことになりますから、地図の売り上げと皆さんの働き次第でこちらが準備できる報酬の品も増えて行くと思いますよ」
「よし、リーダー。悪い話じゃないのは理解したよな?」
「ちゃんと聞いてたって!!」
ギルが目に見えて慌てるが、結局、”金狼の牙”たちはクレーマーと契約を締結する。
「ありがとうございます!!これで、後10年は戦える・・・」

(え?)
「あ、いえ、こっちの話です・・・・・・とにかく、ありがとうございます」
なにやら聞き逃せないような単語が出た気がしたが、ジーニは聞かなかった事にした。
早速、親世代の冒険者から聞いた話も含めて、彼らはクレーマーに今までの冒険の報告を行ないながら、もらった羊皮紙に今までの地図や特産品を書き止めていった。
スワローナイフでお世話になったフォーチュン=ベル、アウロラの【信守の障壁】を購入したポートリオン、ミナスに【精霊術師の徴】を与えてくれたポダルゲのいる風繰り嶺・・・。
クレーマーはずいぶんと興奮した様子で、それらの都市の特色についてのメモをとる。
「こうして見ると、俺たちまだ北方の遠い方には行ってないんだな。風繰り嶺くらいか」
アレクが開いた地図の足取りを指で追いながら呟くと、ジーニは「ちょっとちょっと」と笑った。
「そりゃそうでしょ。北ってキーレあたり?冗談きついわよ」
「そうだな、何かの事情で宿にいられなくなってからキーレは考えよう」
「・・・・・・え、マジ?」
大真面目に返したアレクの美貌を、ぎょっとした顔でジーニは見つめた。
※収入0sp、≪紅曜石≫、≪黒曜石≫×2※
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■後書きまたは言い訳
今回は店シナリオ。地図からクロスオーバーの輪を広げようという試みをしてらっしゃる、CWGeoProjectさんの地図作製組合です。いやー、このシナリオ面白いんですよ!ある程度以上にカードワースをやりこんだ人なら、思わずにやりとする都市名だったりシナリオ名だったりがどんどん出てきます。
探索ポイントを貯蓄して、鉱石や、有名な特産品と交換するのもよし。
自分が行ってきた場所が地図でどんなところにあるのか眺めるもよし。
今回のシナリオでは、”金狼の牙”だけでなく親世代パーティの分まで探索ポイントが加算されているのですが、鉱石三つでちょうど交換が0ポイントになりました。
これからちょっとお仕事を頑張って、さてどのくらい貯まるのか・・・。
上記に出てきた都市名については、出納帳でも確認可能ですが念のため。
・希望の都フォーチュン=ベル(Djinn様)
・風繰り嶺(Mart様)
・新港都市ポートリオン(Moonlit様)
・城砦都市キーレ(ブイヨンスウプ様)
そして、シナリオにちなんでちらりとクロスオーバーを。
地図作製組合にて「深緑都市ロスウェル」を提出なさってる周摩さんのMoonNight-Waltz.から、”月歌を紡ぐ者たち”の噂を聞いています。・・・や、私に文才がもう少しあれば、向こうパーティさんとすれ違って「えっ、君らが≪大いなる日輪亭≫の?ここのこと、うちの親父さんに教えてくれてありがとう!」とか挨拶したいんですが・・・。
難しいんですよお、向こうのキャラが!!(笑)
周摩さんは以前、補完用SSにてギルを書いて下さったので、ぜひこちらでも書いてみたい気持ちはあるのです。うーん、お気楽極楽がベースで、たまにしかシリアスの来ないのうちのキャラに慣れてると、ちゃんとしたシリアスなキャラクターをお借りして描写するっていうのは非常に難しい・・・。(笑)
あ。ちなみに私は、可愛いもの好きなミリアさんやちょっと皮肉屋のバリーさんが好きです。
そしてこのシナリオにポイントを追加する為と、次回シナリオに必要な物品を購入しに魔光都市ルーンディアにも行きました。そう、次のシナリオが色々大変なんだこれが・・・。
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。
tb: -- cm: 6
Sat.
爆弾仕掛けの番犬 4 
ナプルが落とした鍵を使って最後の扉を開くと、そこにはすっかりイライラした様子のキャシーが立っていた。
ルーシーの姿をその薄茶色の双眸で捉え、ほっとした様子で言う。
「ふふふ、来たわねルーシー」

ぶん、と人差し指を突きつける。
「三体全部の爆弾を解除するなんて、優秀な冒険者を雇ったのね。それでこそ、倒しがいがあるというものだわ・・・」
「キャシー、あなたその泥棒にそそのかされてるんじゃないの?いくらあなたが私の事を嫌いでも、こんな馬鹿な真似はしないと思ってたんだけど・・・」
「馬鹿な真似とは何よ!あなたの嫌がる様子を見るのが、私の日課のひとつなだけよ!」
「な、なんか気味悪いわ。それ以上近寄らないでね」
鳥肌の立ったルーシーが、ささっとアウロラの法衣姿の後ろに隠れる。
「ち、ちがっ・・・変な意味じゃなくて!えーと・・・そ、そうだわ!ライバルを蹴落とそうとするのは当然の行動でしょ!」
「誰がライバルなのよ。私の真似したり、邪魔したり・・・ゴーレムの研究だって道楽でやってるだけのクセに」
「うっ・・・」
「否定しないのかよ」
ギルはがっくり肩を落とした。
キャシーが子犬のようにキャンキャン高い声で反論する。
「い、いいじゃない道楽でも!あなたのより優秀なゴーレムを作ったんだし!」
「開き直ったわね。それに私のゴーレムより優秀?ウッドゴーレムが?」
「そうよ!庶民でも買えるように生産性を高くそれでいて性能は低くなく!これこそ究極のゴーレムよ」
「でも、火には弱そうだけど?」
「うっ・・・!い、いいじゃないの!火事場で使わなければ済む話だわ!あなたのゴーレムなんて、重いわ暑苦しいわ――」
途中からアレクは遠い目になっていた。早く≪狼の隠れ家≫に帰って、雪で冷やした葡萄酒を一杯熱い暖炉の前で楽しみたい。
「なんですって!そもそもゴーレムってのはねぇ・・・」
「いつまで続くんでしょうか・・・」
ギルの予測と反して、その時間はけっこう長かった。
焦らしすぎは身体に良くないんだな、と自省してももう遅い。
「こうなったら決着をつけるしかないようね!カモン、ウッディ!」
「馬鹿のひとつ覚えね!・・・さぁ、こっちもお願いするわ」
「はいはい・・・」
ジーニはかなりいい加減に返事をした。15分少々くらいの議論であったが、軽く一時間は待たされた気がしているのはどうしてだろう。
「そしてナプルさんも頼みますわよ!前払い分は働いてくださいね!」
「はいよっと。大泥棒の意地を見せないとな」
こうして始まった戦闘だったが、キャシーの劣勢は火を見るより明らかだった。
戦い慣れていない令嬢の指揮では、しょせん冒険者たちの変幻自在臨機応変の戦術には対応し切れなかったのだ。
おまけに前準備をしっかりした上で人質モドキもいないとなれば、


「きゃあっ!」
「つ、強い・・・」
となるだけであった。
「こ、この私が・・・負けるなんて」
「人の邪魔ばっかりしてるからこういうことになるのよ」
「さて・・・ルーシー、この二人をどうする?」
ナプルですら縄抜けできないよう、きっちりロープで縛り上げたエディンが立ち上がって依頼主に問う。
「へっ、煮るなり焼くなり好きにしろってんだ!」
「に、煮るですって!?冗談じゃないわ!私はドーン家の令嬢なのよ!どうせならちゃんと裁判に・・・」
すわ拷問かと額に冷や汗をかいたキャシーがそう主張を始めた。
ルーシーが困った顔で言う。
「裁判にかけても、泥棒の方はともかくキャシーはね・・・最悪、罪に問われないかも」
「言い逃れされるのが落ちということですか?」
「・・・その泥棒に脅されて仕方なくやったって方向で裁判が進む可能性は高いわ」
「本当ですか」

やれやれと言った態でアウロラが嘆く。だが、いつもの調子を取り戻したような表情に戻ったルーシーが、不意にいいことを思いついたらしく右手の人差し指をびっと立たせて言った。
「だからそうねぇ・・・キャシーにはその身体で罪を償ってもらいましょうか」
「身体!?そ、そんな・・・・・・」
愕然としたキャシーの表情を見て、ルーシーは釘を刺した。
「・・・ちょっと、変なこと考えてない?身体でって言うのは、半年間、私の助手をしろってこと。もちろん無償でね」
「は・・・?じょ、助手?そんなんでいいの?なんだ、怖がって損したわ」
「わかってないわね・・・スチームゴーレムの整備は全部あなたの仕事になるのよ。新作ゴーレムの実験体になるのもあなただし、壊れたゴーレムを直すのもあなたの仕事よ!」
「ま、マジで?私死んじゃうかも・・・」
「あなたが死んだらフレッシュゴーレム(肉人形)にでもしてあげようかしら・・・うふふ」
「た、助けて~!何でも言うこと聞くからフレッシュゴーレムだけはイヤァ!」
ついさっきまでの雇い主の情けない姿を見ながら、ナプルは呟いた。
「・・・・・・ゴーレムを盗んだ時点でおさらばするんだったなぁ」
その後、ウーノにかけられた音声伝達魔法をキャシーに解かせたり、ナプルを連行したりと後処理を終え、”金狼の牙”は宿に帰還した。
そして銀貨1200枚の追加報酬(キャシー撃退の300枚含む)と、ゴーレムを全て取り戻した礼と言う事でスチームゴーレムの≪スチーノ≫を受け取った。

なんでもこの新しいゴーレム、敵に噛みついてその動きを止めてくれるらしい。
簡単な整備の仕方をエディンとミナスが覚えると、ルーシーは「縁があったらまた会いましょ」と言って去っていった。
その後のキャシーは、本当に半年間ルーシーによってこき使われたらしいが、それは冒険者たちの関与する事ではない。
※収入1500sp、≪スチーノ≫※
--------------------------------------------------------
■後書きまたは言い訳
43回目のお仕事は、ゾンビ怖いさんのシナリオで爆弾仕掛けの番犬です。groupAskシナリオ・機械仕掛けの番犬の続編を意識した作品で、まさかのルーシー三度目の登場。
ReadMeにはあまり詳しい設定とかは書かれていませんが、キャシーの家はきっと騎士団だの議会だのそういうところのお偉いさんに鼻薬を利かせてるんでしょうね。でもまあ、だからって暴走して責任取らずに過ごせるほど、人生は甘くなかった・・・ということで。
ナプル共々、個性あるキャラクターでした。どこかで再登場するかしら。(笑)
頂いたスチーノ君ですが、シナリオで合計6回まで稼動可能で呪縛が使えます。単独シナリオで呪縛を持っていないキャラクターがキーコード必要になった時とか、有効そうです。
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。
ルーシーの姿をその薄茶色の双眸で捉え、ほっとした様子で言う。
「ふふふ、来たわねルーシー」

ぶん、と人差し指を突きつける。
「三体全部の爆弾を解除するなんて、優秀な冒険者を雇ったのね。それでこそ、倒しがいがあるというものだわ・・・」
「キャシー、あなたその泥棒にそそのかされてるんじゃないの?いくらあなたが私の事を嫌いでも、こんな馬鹿な真似はしないと思ってたんだけど・・・」
「馬鹿な真似とは何よ!あなたの嫌がる様子を見るのが、私の日課のひとつなだけよ!」
「な、なんか気味悪いわ。それ以上近寄らないでね」
鳥肌の立ったルーシーが、ささっとアウロラの法衣姿の後ろに隠れる。
「ち、ちがっ・・・変な意味じゃなくて!えーと・・・そ、そうだわ!ライバルを蹴落とそうとするのは当然の行動でしょ!」
「誰がライバルなのよ。私の真似したり、邪魔したり・・・ゴーレムの研究だって道楽でやってるだけのクセに」
「うっ・・・」
「否定しないのかよ」
ギルはがっくり肩を落とした。
キャシーが子犬のようにキャンキャン高い声で反論する。
「い、いいじゃない道楽でも!あなたのより優秀なゴーレムを作ったんだし!」
「開き直ったわね。それに私のゴーレムより優秀?ウッドゴーレムが?」
「そうよ!庶民でも買えるように生産性を高くそれでいて性能は低くなく!これこそ究極のゴーレムよ」
「でも、火には弱そうだけど?」
「うっ・・・!い、いいじゃないの!火事場で使わなければ済む話だわ!あなたのゴーレムなんて、重いわ暑苦しいわ――」
途中からアレクは遠い目になっていた。早く≪狼の隠れ家≫に帰って、雪で冷やした葡萄酒を一杯熱い暖炉の前で楽しみたい。
「なんですって!そもそもゴーレムってのはねぇ・・・」
「いつまで続くんでしょうか・・・」
ギルの予測と反して、その時間はけっこう長かった。
焦らしすぎは身体に良くないんだな、と自省してももう遅い。
「こうなったら決着をつけるしかないようね!カモン、ウッディ!」
「馬鹿のひとつ覚えね!・・・さぁ、こっちもお願いするわ」
「はいはい・・・」
ジーニはかなりいい加減に返事をした。15分少々くらいの議論であったが、軽く一時間は待たされた気がしているのはどうしてだろう。
「そしてナプルさんも頼みますわよ!前払い分は働いてくださいね!」
「はいよっと。大泥棒の意地を見せないとな」
こうして始まった戦闘だったが、キャシーの劣勢は火を見るより明らかだった。
戦い慣れていない令嬢の指揮では、しょせん冒険者たちの変幻自在臨機応変の戦術には対応し切れなかったのだ。
おまけに前準備をしっかりした上で人質モドキもいないとなれば、


「きゃあっ!」
「つ、強い・・・」
となるだけであった。
「こ、この私が・・・負けるなんて」
「人の邪魔ばっかりしてるからこういうことになるのよ」
「さて・・・ルーシー、この二人をどうする?」
ナプルですら縄抜けできないよう、きっちりロープで縛り上げたエディンが立ち上がって依頼主に問う。
「へっ、煮るなり焼くなり好きにしろってんだ!」
「に、煮るですって!?冗談じゃないわ!私はドーン家の令嬢なのよ!どうせならちゃんと裁判に・・・」
すわ拷問かと額に冷や汗をかいたキャシーがそう主張を始めた。
ルーシーが困った顔で言う。
「裁判にかけても、泥棒の方はともかくキャシーはね・・・最悪、罪に問われないかも」
「言い逃れされるのが落ちということですか?」
「・・・その泥棒に脅されて仕方なくやったって方向で裁判が進む可能性は高いわ」
「本当ですか」

やれやれと言った態でアウロラが嘆く。だが、いつもの調子を取り戻したような表情に戻ったルーシーが、不意にいいことを思いついたらしく右手の人差し指をびっと立たせて言った。
「だからそうねぇ・・・キャシーにはその身体で罪を償ってもらいましょうか」
「身体!?そ、そんな・・・・・・」
愕然としたキャシーの表情を見て、ルーシーは釘を刺した。
「・・・ちょっと、変なこと考えてない?身体でって言うのは、半年間、私の助手をしろってこと。もちろん無償でね」
「は・・・?じょ、助手?そんなんでいいの?なんだ、怖がって損したわ」
「わかってないわね・・・スチームゴーレムの整備は全部あなたの仕事になるのよ。新作ゴーレムの実験体になるのもあなただし、壊れたゴーレムを直すのもあなたの仕事よ!」
「ま、マジで?私死んじゃうかも・・・」
「あなたが死んだらフレッシュゴーレム(肉人形)にでもしてあげようかしら・・・うふふ」
「た、助けて~!何でも言うこと聞くからフレッシュゴーレムだけはイヤァ!」
ついさっきまでの雇い主の情けない姿を見ながら、ナプルは呟いた。
「・・・・・・ゴーレムを盗んだ時点でおさらばするんだったなぁ」
その後、ウーノにかけられた音声伝達魔法をキャシーに解かせたり、ナプルを連行したりと後処理を終え、”金狼の牙”は宿に帰還した。
そして銀貨1200枚の追加報酬(キャシー撃退の300枚含む)と、ゴーレムを全て取り戻した礼と言う事でスチームゴーレムの≪スチーノ≫を受け取った。

なんでもこの新しいゴーレム、敵に噛みついてその動きを止めてくれるらしい。
簡単な整備の仕方をエディンとミナスが覚えると、ルーシーは「縁があったらまた会いましょ」と言って去っていった。
その後のキャシーは、本当に半年間ルーシーによってこき使われたらしいが、それは冒険者たちの関与する事ではない。
※収入1500sp、≪スチーノ≫※
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■後書きまたは言い訳
43回目のお仕事は、ゾンビ怖いさんのシナリオで爆弾仕掛けの番犬です。groupAskシナリオ・機械仕掛けの番犬の続編を意識した作品で、まさかのルーシー三度目の登場。
ReadMeにはあまり詳しい設定とかは書かれていませんが、キャシーの家はきっと騎士団だの議会だのそういうところのお偉いさんに鼻薬を利かせてるんでしょうね。でもまあ、だからって暴走して責任取らずに過ごせるほど、人生は甘くなかった・・・ということで。
ナプル共々、個性あるキャラクターでした。どこかで再登場するかしら。(笑)
頂いたスチーノ君ですが、シナリオで合計6回まで稼動可能で呪縛が使えます。単独シナリオで呪縛を持っていないキャラクターがキーコード必要になった時とか、有効そうです。
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。
tb: -- cm: 2
Sat.
爆弾仕掛けの番犬 3 
「ちょいと待ちな!」
「誰ですか!?」
部屋に入ろうとするなりかかってきた覚えのない声に、アウロラは誰何した。
Sサイクロプスの大きな身体の背後から、ひょっこりと金髪の女性が姿を現す。
その動きやすさと黒っぽさに重点を置かれた服装はひどく個性的で、地味な緑色のスカーフの先を、鼻の下で結んだ様はさながら・・・・・・。
「・・・泥棒?」
アウロラが呟く。

「ど、泥棒・・・。って、もしかして私のゴーレムを盗んだのはあなた・・・?」
「やっぱり同業者か。しかもモグリの」
半ば以上察していたエディンは、顎に手をやりながらしきりに頷いていた。
「いいか、あたいは大泥棒ナプル!キャシーお嬢さんに雇われてお前のゴーレムを盗んだ張本人!わーははは、どうだ恐れいったか」
(なにこいつ・・・)
ギルはジト目で大泥棒を自称した女を見つめた。
「今までお前らをつけていたが、中々やるじゃないか。犬もゴブリンも助けるとはな。ま、今までがどうあれ、お前らはこの部屋で確実に敗れることになるだろうがな!」
勝ち誇ったようなナプルの言に冷水を浴びせるように、エディンが言う。
「そうかい。俺もモグリを見つけたからには、ルーシーお嬢さんとこが保護下じゃないとはいえ、義理があるから見逃しはできそうにねえんだわ。・・・覚悟しな」
「・・・・・・ひとつ、言わせてください」
モグリの盗みを盗賊ギルド構成員の前で告白しあまつさえ自慢する、という愚行に気づかずにいるナプルに、アウロラはエディンを目線で制しながら申し出てみた。
「あなたに用はないんです。キャシーさんを出してください」

「そりゃ確かにあたいは、何の脈絡もなく登場したけどな・・・それにしたって言い様があるだろ!こっちだって立場ってものが――」
『あ~あ~・・・ごほん!ナプルさん、もうその辺で・・・』
「は、キャシーお嬢様。申し訳ありません・・・」
『ルーシー、よくここまで来たわね!でも、ここがあなたの墓場よ!このナプルは凄腕の盗賊でね・・・今度ばかりはそう簡単に爆弾を解除させないわ!』
つい、とエディンが人差し指でブロックサインを描いた。一番先に打つべきはあのナプルであると。
キャシーの言動からすると、恐らく解除をあの大泥棒とやらが妨害する手はずになっているのであろう。
なら”金狼の牙”たちは、まずあの女性を無力化すればいいのだ。
『さぁ、行きなさい!』と勢いよく叫んだキャシーの台詞を遮るように、彼らは一斉に走り出していた。
「そうら!どうだい、このナプル様に敵うもんかい!」
アレクとエディンが思ったより大振りで攻撃してくるのを余裕で回避しながら、彼女は得意げに叫んでいた。
しかし、その二人の攻撃は囮。本命は――――。
「はい、おあいにく様。こっちよ!」
「ちっ…!」
ジーニが二人の作ってくれた隙を捉えて、【閂の薬瓶】をナプルに投げつける。
見事にその薬瓶の液体に込められた魔法が発動する直前、ナプルは「こんなとこで捕まってたまるか!」と怒鳴り、キャシーの手筈らしい何かの巻物を使い一瞬でそこから姿を消した。
「ちぇっ、逃がしたか・・・」
「かまわねえよ、邪魔なのはいなくなったからな。ミナス、いけ!」
「うん、エディン!」
解除ツールを抱えたミナスが、Sサイクロプスの吐き出す蒸気にむせながらも、無事その爆弾がむき出しになった背面に辿り着いて、爆弾を解除する。
「よし!外した!」
「やった!」
残りの稼動しているウッドゴーレムたちも、経験を積んだ冒険者たちの連携の前にあえなく砕かれていった。
『くっ・・・ここまでやるとは・・・!正直、甘く見てたのは認めるわ。中央の部屋へいらっしゃい、私が相手してあげる!』
事の推移を見守っていたらしいキャシーが悔しげに呻く。
その台詞が終わるや否や、ルーシーは真剣な顔をして”金狼の牙”たちを見渡した。
「どうもありがとう。正直、この子を取り戻せるとは思わなかったわ」
プロの(自称かもしれないが)妨害をかいくぐった上で、目的のゴーレムはまったくの無傷。
ルーシーが感嘆するはずである。
「・・・待て、あの泥棒が何か落としていったみたいだ」
エディンは部屋を出て行こうとする仲間を呼び止めると、床から鍵を拾い上げた。
「・・・メモついてるんだが。えー、『中央扉の鍵よ。これを使って早くここまで来なさい。コテンパンに叩きのめしてあげるわ』だと」
「なんか・・・このキャシーって人、ルーシーに構って欲しいようにも見えるんだけど・・・」
エディンが読み上げたメモの内容に、ジーニが若干引きながら指摘をすると、ルーシーも鳥肌が立ったように身を震わせて囁いた。
「・・・・・・気持ち悪いこと言わないで」
慰めるようにアレクが言う。
「・・・ま。まあ、ゴーレムたちは無事だったし。あの回復の魔法陣の部屋まで戻るか?」
「あの、ウッドゴーレムオンリーの部屋にあったやつですね。そうしましょうか」
傷はすぐ癒えたのだが、”金狼の牙”たちはそれまで休まずに来たこともあり、部屋の中で交替で仮眠をとってゆっくり体力を回復した。
「外、もう夜が明けちゃってるよね。お夕飯までに≪狼の隠れ家≫へ着くかな?」
「運が悪いと過ぎちゃってるかもなあ。でもキャシーってヤツにそう時間はかからないと思うぜ」
「なんで?」
きょとんとした表情でミナスはギルを見つめた。
「今までの言動見てりゃ分かる。あの女、今すごい焦らされてるだろうから、ルーシーが会いに来れば一も二もなく自己主張して構ってもらおうと頑張るさ」
この仮眠タイムで散々に焦らされているから、登場にもったいぶったりはしないだろうし、あれこれ手筈を整えている理性もそろそろ擦り切れてきてるだろうからそう手こずることはない――というリーダーの予測を、ミナスは感心して聞き入った。
「それが心理的かけひきってやつ?」
「多分そう。でも、あんまり真似はすんなよ?」
まるで、弟に自分の仕掛けた至高の悪戯を種明かしするような、ひどく子供めいた表情でギルが笑った。
「誰ですか!?」
部屋に入ろうとするなりかかってきた覚えのない声に、アウロラは誰何した。
Sサイクロプスの大きな身体の背後から、ひょっこりと金髪の女性が姿を現す。
その動きやすさと黒っぽさに重点を置かれた服装はひどく個性的で、地味な緑色のスカーフの先を、鼻の下で結んだ様はさながら・・・・・・。
「・・・泥棒?」
アウロラが呟く。

「ど、泥棒・・・。って、もしかして私のゴーレムを盗んだのはあなた・・・?」
「やっぱり同業者か。しかもモグリの」
半ば以上察していたエディンは、顎に手をやりながらしきりに頷いていた。
「いいか、あたいは大泥棒ナプル!キャシーお嬢さんに雇われてお前のゴーレムを盗んだ張本人!わーははは、どうだ恐れいったか」
(なにこいつ・・・)
ギルはジト目で大泥棒を自称した女を見つめた。
「今までお前らをつけていたが、中々やるじゃないか。犬もゴブリンも助けるとはな。ま、今までがどうあれ、お前らはこの部屋で確実に敗れることになるだろうがな!」
勝ち誇ったようなナプルの言に冷水を浴びせるように、エディンが言う。
「そうかい。俺もモグリを見つけたからには、ルーシーお嬢さんとこが保護下じゃないとはいえ、義理があるから見逃しはできそうにねえんだわ。・・・覚悟しな」
「・・・・・・ひとつ、言わせてください」
モグリの盗みを盗賊ギルド構成員の前で告白しあまつさえ自慢する、という愚行に気づかずにいるナプルに、アウロラはエディンを目線で制しながら申し出てみた。
「あなたに用はないんです。キャシーさんを出してください」

「そりゃ確かにあたいは、何の脈絡もなく登場したけどな・・・それにしたって言い様があるだろ!こっちだって立場ってものが――」
『あ~あ~・・・ごほん!ナプルさん、もうその辺で・・・』
「は、キャシーお嬢様。申し訳ありません・・・」
『ルーシー、よくここまで来たわね!でも、ここがあなたの墓場よ!このナプルは凄腕の盗賊でね・・・今度ばかりはそう簡単に爆弾を解除させないわ!』
つい、とエディンが人差し指でブロックサインを描いた。一番先に打つべきはあのナプルであると。
キャシーの言動からすると、恐らく解除をあの大泥棒とやらが妨害する手はずになっているのであろう。
なら”金狼の牙”たちは、まずあの女性を無力化すればいいのだ。
『さぁ、行きなさい!』と勢いよく叫んだキャシーの台詞を遮るように、彼らは一斉に走り出していた。
「そうら!どうだい、このナプル様に敵うもんかい!」
アレクとエディンが思ったより大振りで攻撃してくるのを余裕で回避しながら、彼女は得意げに叫んでいた。
しかし、その二人の攻撃は囮。本命は――――。
「はい、おあいにく様。こっちよ!」
「ちっ…!」
ジーニが二人の作ってくれた隙を捉えて、【閂の薬瓶】をナプルに投げつける。
見事にその薬瓶の液体に込められた魔法が発動する直前、ナプルは「こんなとこで捕まってたまるか!」と怒鳴り、キャシーの手筈らしい何かの巻物を使い一瞬でそこから姿を消した。
「ちぇっ、逃がしたか・・・」
「かまわねえよ、邪魔なのはいなくなったからな。ミナス、いけ!」
「うん、エディン!」
解除ツールを抱えたミナスが、Sサイクロプスの吐き出す蒸気にむせながらも、無事その爆弾がむき出しになった背面に辿り着いて、爆弾を解除する。
「よし!外した!」
「やった!」
残りの稼動しているウッドゴーレムたちも、経験を積んだ冒険者たちの連携の前にあえなく砕かれていった。
『くっ・・・ここまでやるとは・・・!正直、甘く見てたのは認めるわ。中央の部屋へいらっしゃい、私が相手してあげる!』
事の推移を見守っていたらしいキャシーが悔しげに呻く。
その台詞が終わるや否や、ルーシーは真剣な顔をして”金狼の牙”たちを見渡した。
「どうもありがとう。正直、この子を取り戻せるとは思わなかったわ」
プロの(自称かもしれないが)妨害をかいくぐった上で、目的のゴーレムはまったくの無傷。
ルーシーが感嘆するはずである。
「・・・待て、あの泥棒が何か落としていったみたいだ」
エディンは部屋を出て行こうとする仲間を呼び止めると、床から鍵を拾い上げた。
「・・・メモついてるんだが。えー、『中央扉の鍵よ。これを使って早くここまで来なさい。コテンパンに叩きのめしてあげるわ』だと」
「なんか・・・このキャシーって人、ルーシーに構って欲しいようにも見えるんだけど・・・」
エディンが読み上げたメモの内容に、ジーニが若干引きながら指摘をすると、ルーシーも鳥肌が立ったように身を震わせて囁いた。
「・・・・・・気持ち悪いこと言わないで」
慰めるようにアレクが言う。
「・・・ま。まあ、ゴーレムたちは無事だったし。あの回復の魔法陣の部屋まで戻るか?」
「あの、ウッドゴーレムオンリーの部屋にあったやつですね。そうしましょうか」
傷はすぐ癒えたのだが、”金狼の牙”たちはそれまで休まずに来たこともあり、部屋の中で交替で仮眠をとってゆっくり体力を回復した。
「外、もう夜が明けちゃってるよね。お夕飯までに≪狼の隠れ家≫へ着くかな?」
「運が悪いと過ぎちゃってるかもなあ。でもキャシーってヤツにそう時間はかからないと思うぜ」
「なんで?」
きょとんとした表情でミナスはギルを見つめた。
「今までの言動見てりゃ分かる。あの女、今すごい焦らされてるだろうから、ルーシーが会いに来れば一も二もなく自己主張して構ってもらおうと頑張るさ」
この仮眠タイムで散々に焦らされているから、登場にもったいぶったりはしないだろうし、あれこれ手筈を整えている理性もそろそろ擦り切れてきてるだろうからそう手こずることはない――というリーダーの予測を、ミナスは感心して聞き入った。
「それが心理的かけひきってやつ?」
「多分そう。でも、あんまり真似はすんなよ?」
まるで、弟に自分の仕掛けた至高の悪戯を種明かしするような、ひどく子供めいた表情でギルが笑った。
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Sat.
爆弾仕掛けの番犬 2 
爆弾の解除をし終わり、一緒に昼食を取りながら”金狼の牙”はルーシーに質問を飛ばした。
キャシーというのはルーシーの家の近くにあるドーン家の一人娘で、昔から何かとルーシーに突っかかってきた相手らしい。どういうわけかルーシーの真似をしてゴーレムの研究もしていると言う。
きっと今回も無意味に自分に対抗しようとしてこんな事件を起こしたのだ、とルーシーは主張した。
「そりゃま・・・ライバルと競い合うのはいいことだろうけどさ・・・」
「・・・・・・手段が悪すぎる。街中に爆弾を抱えたゴーレムを無分別に放つとは、治安隊に見つかれば即逮捕だぞ」
難しい顔で話し合っている幼馴染コンビを見て、ルーシーが言う。
「なにしろ、ドーン家は資産家でリューンの行政にも口出しできるすんごい身分なのよ」
「ははーん、もみ消し前提で動いてるわけか」
「だから、一人娘で溺愛されてるキャシーはやりたい放題なわけ。そんなわけで治安局に通報しても無駄だと思う」
「父親の圧力を使うか」
深いため息を吐いたアレクを見やって、ルーシーもつられるようにため息をつく。
「・・・全く、いい迷惑だわ」
カウンターに広げられた地図を見て、ミナスが隣を振り仰いだ。
「ねえねえ、ルーシー。さっき言ってた東の遺跡ってどんなとこ?」
「公式の調査はもう終わってる、ただの小さな遺跡よ。お宝なんかはないと思うわ」
「えー!!ないのかあ・・・」
ひどく落胆した様子のミナスを見て、付け加える。
「でも、キャシーがいるから罠はあるかもしれないわね」
「仕掛けてるに決まってるじゃない。ああいう性格悪い女ならね、トラップに知恵を絞ってるはずよ」
「・・・・・・同族嫌悪ですか?」
「違う!あんなのと一緒にしないでよ!」
「まあまあ、お前さんたちちょっと待ってろって。リーダー、聞くべき事は聞いたと思うがね。どうするんだい?」
ウーノを救った報酬・銀貨300枚をルーシーから受け取りながら、エディンが訊ねた。
「受けるに決まってるだろ。俺らのパーティ名の恩人に迷惑かけられたんだぜ?」
「あぁ、もう半分は関わってるようなものだしな」
エディンは肩をすくめた。ギルは決して情だけで動く男でもないのだが、時折妙に律儀な時もある。
そして背中から転がり落ちてきた解除ツールを見つめて、眉根を寄せる。
「俺が持つべきなんだろうがねえ。素人の道具は変に使いづらくて困る」
「でも、エディが使わないなら誰が使うのよ?」
もっともな意見が飛び出し、エディンが顎に手をやって考え込んでいると、ミナスが元気よく手を挙げた。
「僕!僕がやるよ」
「・・・そういやお前さん、盗賊団壊滅した時に宝箱開けたんだよな」
「うん、ちゃんとお土産持って帰ってきたでしょ?それに、僕の精霊たちは上手く攻撃を誘導できないことも多いし、解除終わるまではきっと召喚はできないと思うんだよね」
「・・・・・・確かにな。俺もすぐ解除の体勢に入れるとは限らんし。なあ、どうだいリーダー?やらせてみちゃ」
「うーん。でもミナス、これは失敗したら依頼が果たせないだけじゃない、ルーシーの心に大きな傷を作る事になる。その責任は取れるのか?」
「分かってる。大丈夫、僕だって冒険者だよ。無理はしないから」
暫しギルはうつむいて考え込んでいたが、やがて顔を上げると解除ツールをエディンの手からミナスの小さな手へと渡してやった。
そして皿の片付けにきていたエセルに呼びかける。
「明日の夕飯時までには帰るよ。親父さんにもよろしく伝えておいてくれ」
親父さんは現在、冒険者の店の寄り合いに出ていた。
娘さんが彼の代わりに厨房に入り、エセルが一人で給仕をこなしていたのである。
そのため、≪狼の隠れ家≫の正式な依頼ではないので聞かされた親父さんはいい顔をしないだろうが、仲介料は恐らくドーン家から搾り取れるだろう・・・そういうギルの算段であった。
「分かりました、気をつけてくださいね」
「シエテ!今日やった朗読、あたしが帰ってくるまでに復習しておくのよ。ご飯はちゃんと食べる事、いいわね!」
「行ってくるね、帰って来たら僕と一緒に遊ぼう!」
「うん、分かった・・・。みんないってらっしゃい」
エセルがお盆を胸に抱きしめながらにこやかに見送ってくれ、シエテもパンを片手に彼らに手を振る。”金狼の牙”たちは挨拶をしながら店を出て行った。
そして、半日と少し。
旅慣れていないルーシーを気遣っていたために少々遅くなりはしたが、”金狼の牙”たちは無事遺跡に到着した。
ウーノの面倒を見ながら息を切らせていたルーシーは、とある洞窟のような入口の手前を指差す。
「ここが地図に書かれた場所よ。あそこが入口ね」
見張りなどはいないようだったので、中に入ろうと足を進めると。
入口の奥から、何を嗅ぎつけてきたのかスチームドッグと全く未知のゴーレムが駆けつけてきた。
「・・・!ルーシー、こいつらは?」
「後ろの犬型のは、私が改良したSドッグ改だけど・・・手前の三体は分からないわ。キャシーのゴーレムかもしれない」
エディンごめんね、と言ってルーシーは後退した。
『そのとおり!これが私の傑作・・・ウッドゴーレム01型、通称ウッディちゃんよ!』
声高に宣言したキャシーの音声伝達魔法に、ルーシーは呆れた声で返した。
「ウッドゴーレムって・・・木じゃない。そんな弱そうなゴーレムで勝ち誇るなんて・・・頭ダイジョブ?」

『くっ・・・このゴーレムの素晴らしさがあなたには分からないの?この木目、芳しい香り・・・そして何より重要なのは・・・!』
キャシーはことさら声を潜め、それが素晴らしい新発見であるかのように言い放った。
『あなたのスチームゴーレムみたく、暑苦しい蒸気を噴出しないのよ!』
「はいはい・・・じゃあ、サクッっと倒しちゃって」
「・・・あ、あぁうん」
依頼主の常にない冷厳な声に呑まれていたジーニが、慌てて頭を縦に振った。
しかし、ミナスは油断なくSドッグ改を見つめていた。その蒸気を吹き上げる身体には、キャシーが言った爆弾がついているに違いないのだ。
「ミナス、頼むわ。俺はウッドゴーレムがお前さんに行かないよう、動きを止めておく」
「うん、僕頑張るね!」
エディンは中央のゴーレムを、アレクとアウロラが左翼のゴーレムを、ギルとジーニが右翼のゴーレムを狙ってフォーメーションを変えた。
「爆弾が解除されたら、私がすぐにあの子を止めるから!」
「分かった!」
ミナスは小さい体の敏捷性を生かして、ウッドゴーレムがもたもたと腕を振り上げる中を潜り抜け、見事にSドッグ改の前に躍り出る。
実際に対してみると、アレクが一度躓き、ゴーレムに軽く殴られたのだけがこちら側の被害で、後は無事に終わった。ウッドゴーレムを仲間たちが2ラウンドほどで屠ると、ミナスは解除に集中する事ができてあっという間に爆弾を外す。

安全と見たルーシーが、Sドッグ改に走り寄った。
「やった!今のうちにここをこうして・・・」
ルーシーの器用な手先が回路の一部を弄っている。
「うん・・・これでよし、と!」
『ふ、ふん!そのくらいはできて当然よね!じゃあ遺跡の奥で待ってるわよ!』
「・・・ツンデレ?」
ギルは首を傾げた。
動力を外されたゴーレムは、ルーシーの手でそっと入口近くの茂みに隠される。
「キャシーが変な小細工をしてないとも限らないからね。あとでちゃんと調べるまでは安心できないでしょ」
「なるほど・・・」
「リーダー、調査は終わったぜ。入口に仕掛けはないと思う」
「うっし、じゃあ先へ進むか!」
ルーシーと”金狼の牙”は隊列を組んで遺跡へと入っていった。
途中で先程入口にいたウッドゴーレムに出会ったり、仕掛けられたトラップを解除したりしながら、彼らはゆっくりと進んでいった。
「・・・ん、床にスイッチがある。ここをこうして・・・よし、解除できた」
「さすがは本職。やっぱ違うわね」
「いや、これ仕掛けてるのも本職だぜ?」
「え?」
「どうも気になるな。盗難の件といい・・・盗賊が、少なくともそれと同等の腕前のヤツが加担してる気がする」
西北の部屋の扉の前で、取っ手に塗られた毒をふき取りつつ、エディンが首を傾げた。
資産家の魔術を使う令嬢が考えるにしては、妙に即効性のある効果的な罠が多い。
つまりそれは、盗賊としての視点を持つ者が手を貸しているということである。
ドアを開けると、そこにはやはり以前に”金狼の牙”が見た覚えのあるゴーレムが、ウッドゴーレム五匹に取り囲まれて立っていた。

「あ、私のスチームゴブリン改!・・・どうせ見てるんでしょ?キャシー、答えなさい!」
『あぁら、バレてた?で、何かご用かしら?』
「何か、じゃないわよ!何でこんなことしたの!?私に恨みでもあるわけ?」
『別にぃ・・・あなたの困った顔が見たいだけよ』
「ちょ・・・なにそれキモイ・・・」
まさかの返答に、ルーシーはちょっと顔を青くしながらドン引いた。
『コホン・・・さぁ、次はゴブリンちゃんの爆弾を解除してね。はい、戦闘開始!』
しかし、これもさほど時間がかからない(3ラウンド)うちに、エディンの手によって解除をされてしまう。
「うん・・・これでよし、と!これでこの子は取り戻せたわ!」
ルーシーの報告ににやりと笑った戦士二人は、それぞれ自重していた技を思い切り放つことにした。
「【風切り】!」
「【薙ぎ払い】だぜ、おりゃああああ!」
対多数相手の技が、それぞれ魔法陣の描かれた部屋の中を吹き荒れる。
それらが過ぎ去った後でボロボロになった最後の一体を破壊したのは、解除をし終わって死角にいたエディンの【暗殺の一撃】だった。
「やー、終わった終わった。ルーシー、怪我ないか?」
「ええ、ギル。みんなにはお礼を言わないとね。どうもありがとう」
「どういたしまして。まだサイクロプスがいるけどな」
「・・・ん?何かのスイッチがある」
壁の一部が気になって調べていたエディンが、罠じゃなさそうだと言ってそのスイッチを押してみる・・・・・・が、何も起こらない。
ルーシーが小首を傾げて言った。
「こういうのって、大体の場合どこかの扉の鍵が開いたとか、そういうパターンよね・・・」
「ああ。ボス部屋に連動してるってこたぁねえと思うがな」
そしてまた遺跡の通路を移動する。
底意地の悪いことに、ウッドゴーレムだけしかいない無意味な部屋などもあったが、そういう時は遠慮なく広範囲に渡る攻撃を行い、”金狼の牙”はフラストレーションを解消していった。
「思い切りナパイアスに暴れてもらえてすっきりしたー!」
「良かったな」
「アレクもかっこよかったよ、【召雷弾】!あれ、バチバチーってするのすごいねえ」
「詠唱が比較的短い呪文だからな、遠距離攻撃ができるし使いやすい」
ミナスとアレクが和やかに話しながら通路を行く様子を、キャシーは臍を噛みながら閉じこもった部屋で見つめていた。
「なんなの、あいつら・・・!でも次はそう簡単にいかないわよ。そこにいるのはあの子の最高傑作、Sサイクロプス改なんだから!それにあいつも・・・」
キャシーというのはルーシーの家の近くにあるドーン家の一人娘で、昔から何かとルーシーに突っかかってきた相手らしい。どういうわけかルーシーの真似をしてゴーレムの研究もしていると言う。
きっと今回も無意味に自分に対抗しようとしてこんな事件を起こしたのだ、とルーシーは主張した。
「そりゃま・・・ライバルと競い合うのはいいことだろうけどさ・・・」
「・・・・・・手段が悪すぎる。街中に爆弾を抱えたゴーレムを無分別に放つとは、治安隊に見つかれば即逮捕だぞ」
難しい顔で話し合っている幼馴染コンビを見て、ルーシーが言う。
「なにしろ、ドーン家は資産家でリューンの行政にも口出しできるすんごい身分なのよ」
「ははーん、もみ消し前提で動いてるわけか」
「だから、一人娘で溺愛されてるキャシーはやりたい放題なわけ。そんなわけで治安局に通報しても無駄だと思う」
「父親の圧力を使うか」
深いため息を吐いたアレクを見やって、ルーシーもつられるようにため息をつく。
「・・・全く、いい迷惑だわ」
カウンターに広げられた地図を見て、ミナスが隣を振り仰いだ。
「ねえねえ、ルーシー。さっき言ってた東の遺跡ってどんなとこ?」
「公式の調査はもう終わってる、ただの小さな遺跡よ。お宝なんかはないと思うわ」
「えー!!ないのかあ・・・」
ひどく落胆した様子のミナスを見て、付け加える。
「でも、キャシーがいるから罠はあるかもしれないわね」
「仕掛けてるに決まってるじゃない。ああいう性格悪い女ならね、トラップに知恵を絞ってるはずよ」
「・・・・・・同族嫌悪ですか?」
「違う!あんなのと一緒にしないでよ!」
「まあまあ、お前さんたちちょっと待ってろって。リーダー、聞くべき事は聞いたと思うがね。どうするんだい?」
ウーノを救った報酬・銀貨300枚をルーシーから受け取りながら、エディンが訊ねた。
「受けるに決まってるだろ。俺らのパーティ名の恩人に迷惑かけられたんだぜ?」
「あぁ、もう半分は関わってるようなものだしな」
エディンは肩をすくめた。ギルは決して情だけで動く男でもないのだが、時折妙に律儀な時もある。
そして背中から転がり落ちてきた解除ツールを見つめて、眉根を寄せる。
「俺が持つべきなんだろうがねえ。素人の道具は変に使いづらくて困る」
「でも、エディが使わないなら誰が使うのよ?」
もっともな意見が飛び出し、エディンが顎に手をやって考え込んでいると、ミナスが元気よく手を挙げた。
「僕!僕がやるよ」
「・・・そういやお前さん、盗賊団壊滅した時に宝箱開けたんだよな」
「うん、ちゃんとお土産持って帰ってきたでしょ?それに、僕の精霊たちは上手く攻撃を誘導できないことも多いし、解除終わるまではきっと召喚はできないと思うんだよね」
「・・・・・・確かにな。俺もすぐ解除の体勢に入れるとは限らんし。なあ、どうだいリーダー?やらせてみちゃ」
「うーん。でもミナス、これは失敗したら依頼が果たせないだけじゃない、ルーシーの心に大きな傷を作る事になる。その責任は取れるのか?」
「分かってる。大丈夫、僕だって冒険者だよ。無理はしないから」
暫しギルはうつむいて考え込んでいたが、やがて顔を上げると解除ツールをエディンの手からミナスの小さな手へと渡してやった。
そして皿の片付けにきていたエセルに呼びかける。
「明日の夕飯時までには帰るよ。親父さんにもよろしく伝えておいてくれ」
親父さんは現在、冒険者の店の寄り合いに出ていた。
娘さんが彼の代わりに厨房に入り、エセルが一人で給仕をこなしていたのである。
そのため、≪狼の隠れ家≫の正式な依頼ではないので聞かされた親父さんはいい顔をしないだろうが、仲介料は恐らくドーン家から搾り取れるだろう・・・そういうギルの算段であった。
「分かりました、気をつけてくださいね」
「シエテ!今日やった朗読、あたしが帰ってくるまでに復習しておくのよ。ご飯はちゃんと食べる事、いいわね!」
「行ってくるね、帰って来たら僕と一緒に遊ぼう!」
「うん、分かった・・・。みんないってらっしゃい」
エセルがお盆を胸に抱きしめながらにこやかに見送ってくれ、シエテもパンを片手に彼らに手を振る。”金狼の牙”たちは挨拶をしながら店を出て行った。
そして、半日と少し。
旅慣れていないルーシーを気遣っていたために少々遅くなりはしたが、”金狼の牙”たちは無事遺跡に到着した。
ウーノの面倒を見ながら息を切らせていたルーシーは、とある洞窟のような入口の手前を指差す。
「ここが地図に書かれた場所よ。あそこが入口ね」
見張りなどはいないようだったので、中に入ろうと足を進めると。
入口の奥から、何を嗅ぎつけてきたのかスチームドッグと全く未知のゴーレムが駆けつけてきた。
「・・・!ルーシー、こいつらは?」
「後ろの犬型のは、私が改良したSドッグ改だけど・・・手前の三体は分からないわ。キャシーのゴーレムかもしれない」
エディンごめんね、と言ってルーシーは後退した。
『そのとおり!これが私の傑作・・・ウッドゴーレム01型、通称ウッディちゃんよ!』
声高に宣言したキャシーの音声伝達魔法に、ルーシーは呆れた声で返した。
「ウッドゴーレムって・・・木じゃない。そんな弱そうなゴーレムで勝ち誇るなんて・・・頭ダイジョブ?」

『くっ・・・このゴーレムの素晴らしさがあなたには分からないの?この木目、芳しい香り・・・そして何より重要なのは・・・!』
キャシーはことさら声を潜め、それが素晴らしい新発見であるかのように言い放った。
『あなたのスチームゴーレムみたく、暑苦しい蒸気を噴出しないのよ!』
「はいはい・・・じゃあ、サクッっと倒しちゃって」
「・・・あ、あぁうん」
依頼主の常にない冷厳な声に呑まれていたジーニが、慌てて頭を縦に振った。
しかし、ミナスは油断なくSドッグ改を見つめていた。その蒸気を吹き上げる身体には、キャシーが言った爆弾がついているに違いないのだ。
「ミナス、頼むわ。俺はウッドゴーレムがお前さんに行かないよう、動きを止めておく」
「うん、僕頑張るね!」
エディンは中央のゴーレムを、アレクとアウロラが左翼のゴーレムを、ギルとジーニが右翼のゴーレムを狙ってフォーメーションを変えた。
「爆弾が解除されたら、私がすぐにあの子を止めるから!」
「分かった!」
ミナスは小さい体の敏捷性を生かして、ウッドゴーレムがもたもたと腕を振り上げる中を潜り抜け、見事にSドッグ改の前に躍り出る。
実際に対してみると、アレクが一度躓き、ゴーレムに軽く殴られたのだけがこちら側の被害で、後は無事に終わった。ウッドゴーレムを仲間たちが2ラウンドほどで屠ると、ミナスは解除に集中する事ができてあっという間に爆弾を外す。

安全と見たルーシーが、Sドッグ改に走り寄った。
「やった!今のうちにここをこうして・・・」
ルーシーの器用な手先が回路の一部を弄っている。
「うん・・・これでよし、と!」
『ふ、ふん!そのくらいはできて当然よね!じゃあ遺跡の奥で待ってるわよ!』
「・・・ツンデレ?」
ギルは首を傾げた。
動力を外されたゴーレムは、ルーシーの手でそっと入口近くの茂みに隠される。
「キャシーが変な小細工をしてないとも限らないからね。あとでちゃんと調べるまでは安心できないでしょ」
「なるほど・・・」
「リーダー、調査は終わったぜ。入口に仕掛けはないと思う」
「うっし、じゃあ先へ進むか!」
ルーシーと”金狼の牙”は隊列を組んで遺跡へと入っていった。
途中で先程入口にいたウッドゴーレムに出会ったり、仕掛けられたトラップを解除したりしながら、彼らはゆっくりと進んでいった。
「・・・ん、床にスイッチがある。ここをこうして・・・よし、解除できた」
「さすがは本職。やっぱ違うわね」
「いや、これ仕掛けてるのも本職だぜ?」
「え?」
「どうも気になるな。盗難の件といい・・・盗賊が、少なくともそれと同等の腕前のヤツが加担してる気がする」
西北の部屋の扉の前で、取っ手に塗られた毒をふき取りつつ、エディンが首を傾げた。
資産家の魔術を使う令嬢が考えるにしては、妙に即効性のある効果的な罠が多い。
つまりそれは、盗賊としての視点を持つ者が手を貸しているということである。
ドアを開けると、そこにはやはり以前に”金狼の牙”が見た覚えのあるゴーレムが、ウッドゴーレム五匹に取り囲まれて立っていた。

「あ、私のスチームゴブリン改!・・・どうせ見てるんでしょ?キャシー、答えなさい!」
『あぁら、バレてた?で、何かご用かしら?』
「何か、じゃないわよ!何でこんなことしたの!?私に恨みでもあるわけ?」
『別にぃ・・・あなたの困った顔が見たいだけよ』
「ちょ・・・なにそれキモイ・・・」
まさかの返答に、ルーシーはちょっと顔を青くしながらドン引いた。
『コホン・・・さぁ、次はゴブリンちゃんの爆弾を解除してね。はい、戦闘開始!』
しかし、これもさほど時間がかからない(3ラウンド)うちに、エディンの手によって解除をされてしまう。
「うん・・・これでよし、と!これでこの子は取り戻せたわ!」
ルーシーの報告ににやりと笑った戦士二人は、それぞれ自重していた技を思い切り放つことにした。
「【風切り】!」
「【薙ぎ払い】だぜ、おりゃああああ!」
対多数相手の技が、それぞれ魔法陣の描かれた部屋の中を吹き荒れる。
それらが過ぎ去った後でボロボロになった最後の一体を破壊したのは、解除をし終わって死角にいたエディンの【暗殺の一撃】だった。
「やー、終わった終わった。ルーシー、怪我ないか?」
「ええ、ギル。みんなにはお礼を言わないとね。どうもありがとう」
「どういたしまして。まだサイクロプスがいるけどな」
「・・・ん?何かのスイッチがある」
壁の一部が気になって調べていたエディンが、罠じゃなさそうだと言ってそのスイッチを押してみる・・・・・・が、何も起こらない。
ルーシーが小首を傾げて言った。
「こういうのって、大体の場合どこかの扉の鍵が開いたとか、そういうパターンよね・・・」
「ああ。ボス部屋に連動してるってこたぁねえと思うがな」
そしてまた遺跡の通路を移動する。
底意地の悪いことに、ウッドゴーレムだけしかいない無意味な部屋などもあったが、そういう時は遠慮なく広範囲に渡る攻撃を行い、”金狼の牙”はフラストレーションを解消していった。
「思い切りナパイアスに暴れてもらえてすっきりしたー!」
「良かったな」
「アレクもかっこよかったよ、【召雷弾】!あれ、バチバチーってするのすごいねえ」
「詠唱が比較的短い呪文だからな、遠距離攻撃ができるし使いやすい」
ミナスとアレクが和やかに話しながら通路を行く様子を、キャシーは臍を噛みながら閉じこもった部屋で見つめていた。
「なんなの、あいつら・・・!でも次はそう簡単にいかないわよ。そこにいるのはあの子の最高傑作、Sサイクロプス改なんだから!それにあいつも・・・」
tb: -- cm: 0
Sat.
爆弾仕掛けの番犬 1 
それは、かのランプトン卿からの依頼を見事果たした”金狼の牙”の噂が、そろそろ下火になってきた頃の事だった。
「・・・というわけで、盗まれたゴーレムを取り戻して欲しいのよ」
「ギルドの保護がないとはいえ、ディトニクス家に入ってゴーレムを盗むたあ、剛毅な話だなァ・・・。親父さんと話はついてるのかい?」
「今、父さんはいないんだけど・・・ゴーレムたちが盗まれたことが知られたらまた喧嘩になっちゃうわ」

いつもなら生き生きとした表情を欠かさないはずの娘の顔は、すっかり曇っている。
いつものカウンター席でやや早めの昼食を食べに来ていたエディンはそれを哀れに思い、ウェイトレスの一人であるエセルを呼び止める。
「エセル、わりぃんだがこっちのお嬢さんにもサンドイッチ頼むわ。今日は中身なんだっけ?」
「焼いたハムとチーズです!自家製ピクルスもたっぷり挟みますよ。付け合せはハムのグレービーソースかけた粉ふきいもです」
「・・・お前さん、本当にじゃがいも好きだよな。じゃあそれ二人分」
と、サンドイッチを娘の分まで追加注文した。
そして彼女に――ルーシェラン=ディトニクスに向き直る。
「何で喧嘩になるんだ?」
「お前のスチームゴーレムは館の警備もできないのか、番犬が盗まれてどうする!・・・ってね」
妙に色気のある声が割って入り、ルーシーに同意をした。
「あらら、そりゃあの人ならそう言うでしょうよ」
「ジーニ。お前さん、もう降りてきたのか」
「ええ、ミナスとシエテの勉強見終わったからね。庭にいる子達もみんな、こっちにくるわよ・・・ほら」
窓から素振りの練習を見守っていたジーニの台詞が合図だったかのように、ぞろぞろと宿の裏口からギル・アレク・アウロラの三人が入ってくる。
勉強道具を片付けたミナスもシエテと連れ立って降りてきたが、階段から仲間の姿を見つけて嬉しそうに寄ってきた。
そしてカウンター席についているかつての依頼人の姿を見て、目を丸くする。
「ルーシー!?久々だね、何かあったの?」
「大有りよ、ミナス。実は私の可愛いウーノや他のスチームゴーレムが、盗まれたのよ・・・」
「盗まれたあ!?」
異口同音にエディン以外の面子が大声を上げると、ルーシーは慌てて彼らの口を塞ごうとわたわた意味もなく動いた。
そして口を塞ごうとするのが無意味である事を悟ると、
「だから、あなた達でこっそり取り戻して欲しいの」
としょぼくれた様子で付け加えた。
これは”金狼の牙”への依頼だなと判断したシエテは、そっと邪魔をしないよう違うテーブル席につく。
「ね、あのスチームサイクロプスを撃破したあなた達だからこそ、お願いしてるのよ」
「うーん・・・」
ギルは腕組みをして唸り、しばし考えた。
・・・ルーシーと会うのはこれが初めてではない。
以前、スチームゴーレムの実験に付き合わされたことがあった。
その際、ルーシーとその父ファランとの確執が明らかになったわけだが・・・それはまだ解消されていないようだ。
「ね、お願い!報酬はちゃんと払うから。ゴーレムを全部取り戻したら・・・そうね、銀貨1200枚払うわ!」
「1200か・・・」
なかなかの金額であるし、今の彼らのパーティ名”金狼の牙”の元になってくれたゴーレムのことでもある。できるだけの協力はしてやりたいところなのだが・・・。
だがギルは、『全部取り戻したら』という言葉が引っ掛かった。
「で、ゴーレムは何体盗まれたんだ?」
「あ、まだ言ってなかったわね。盗まれたのは全部で四体よ」
そういってルーシーは、スカートのポケットから取り出したメモをギルに手渡した。
「盗まれたゴーレムの詳細と、一体ごとの報酬についてはこのメモを見てちょうだい」
「りょーかい。ジーニ、見ておいて」
「・・・あんたねえ、少しは自分で確認しなさいよ・・・」
あきれ返った顔になりながらも、一応メモはジーニが目を通す事になった。
「んー。ウーノが銀貨300枚、違うスチームドッグが150枚、スチームゴブリンが250枚・・・。え!?ちょっと、スチームサイクロプスまで盗まれてるの!?」
スチームサイクロプスは、ルーシーが行った実験でかなり手こずらされたゴーレムである。
全体攻撃と硬い装甲を持ち、かなりタフな傾向のあるゴーレムの中でも、なかなかの強者だったと記憶している。
アウロラがミナスと仲良くそば粉のパンケーキやレーズン入りプディングを分けながら言った。
「・・・まあ、なんてことでしょう。アレを盗むなんて、よほどに腕のいい人なんでしょうね」
「ちなみにそれはいくらなの、ジーニ?」
「銀貨500枚!・・・・・・これだけ盗むなんて容易なことじゃないわね」
「さて、何か質問はある?」
それまでずっと黙って経緯を聞いていたアレクが口を開いた。
「盗んだやつの心当たりとか、盗まれた当時の状況とか、色々知りたいんだが」
「なるほど。まず、何から話そうかな・・・」
と、その時だった・・・・・・。急に犬の吠える声がする。

「・・・犬?」
「・・・ウーノ?その鳴き方はウーノでしょ!?」
ルーシーが叫んだ瞬間、宿に入ってきたのは一体のスチームゴーレムだった。
しかもアレクたちにも見覚えがある。
ウーノはルーシーが製作した犬型スチームゴーレムである。
足が車輪状の通常のスチームドッグと違い、ウーノは普通の脚をつけているのが特徴だ。
ルーシーはウーノを抱きかかえていたが、やがて不思議そうな表情で顔を上げた。
「でも変ね・・・なんでウーノが一人でこんな街の中にいたのかしら?」
「それは確かに・・・」
ルーシーと”金狼の牙”たちは、そろって首をかしげる。
しかし答えは出てこない。
『ふふふ・・・教えてあげましょうか?』
「え・・・ウーノ?・・・じゃないわよね、今の声は・・・」
『あなたのゴーレムを盗ませたのはこの私よ・・・。そして、あなたのウーノを操ってその宿に行かせたのも私・・・』
「・・・・・・一体、どういう仕組みだ?」
アレクがウーノをかつてなく厳しい表情で見やりながら詰問する。
『今、私は近くにはいないけど、音声伝達魔法でウーノを通してそっちに声を送っているの』
「あ、あなた誰よ?何でこんなことしたの!?」
ルーシーが気色ばんだ。

『黙って聞きなさい。いい?このゴーレムには爆弾が・・・と言っても小さなモノだけど・・・仕掛けてあるわ。それを解除できたら、私の居場所を教えてあげる』
「ば、爆弾ですって!?」
『そう。小さいと言ってもこのゴーレムを壊すくらいの威力は十分にあるわよ。ミスしたら、あなたの大事なウーノちゃんはボロボロ、他のゴーレムも帰ってこない・・・お父様は何と言われるかしらね?』
ウーノから発せられる謎の声に、ジーニは形のいい小指の爪で額を掻きながら唸った。
今までの言動からすると、この声の持ち主はルーシー当人に私怨か何かを抱いており、ディトニクス家の家庭事情、及びルーシーがウーノをどれだけ大切に扱っているかを知っている・・・・・・ということになる。
「やり方が狡いわね」
ジーニは声の持ち主の周到さに、ふんと鼻を鳴らした。
「あなた・・・あなたキャシーね!?よくもこんな、手の込んだ嫌がらせを!」
『うっふふふ。気づいてくれたのね。じゃあひとつサービスよ。爆弾解除用のツールをあげる。これを使って解除しなさい』
ウーノの背中にくくりつけてあった箱が開き、中から解除ツールが転がり落ちた。
『さあ、ウーノに仕掛けた爆弾を見事に解除して見せて!』
音声はそこで途切れた。音声伝達魔法を解いたらしい。
「調子乗ってんなー。本職相手に挑戦状たあ、いい度胸だぜ」
ルーシーに追加したサンドイッチを食べるよう促して、エディンは鼻歌交じりに――しかしその実、注意深く――ウーノへと手を伸ばした。
「終わったぜ。こんなもんかい?」
「あぁ、良かった!良かったねウーノ!」
『うふふ、良かったわねぇルーシー』
ウーノに抱きついていたルーシーが、あからさまに顔を顰める。
「げっ・・・まだ繋がってたんだ。あ、そうだわ!爆弾解除したんだから、居場所を教えなさいよ!」
『もちろんよ。ここまで来てもらわないと困るし、ちゃんと教えてあげるわよ』
キャシーと呼ばれた声の持ち主は、すらすらとリューンから東へ半日ほどの位置にある遺跡を指定した。
詳しい場所の地図も背中の箱から転がり出てくる。
それを用心深い手つきで摘み上げて目を通したルーシーが、ぽつんと呟いた。
「ここは・・・もう調査が済んで誰も訪れなくなった遺跡ね」
『そうよ、誰にも邪魔されずあなたと決着がつけられるわ。そうそう、一応言っておくけど、さっきの爆弾は素人でも解除できるように簡単な造りにしておいたの』
「ああ、そうだろうよ。造りは簡単だった。・・・・・・だが、この犬を壊す威力ってえのも、本当だったぜ」
一方的に喋りまくったキャシーは、遺跡で待つと言い残し音声伝達を解除した。
「・・・というわけで、盗まれたゴーレムを取り戻して欲しいのよ」
「ギルドの保護がないとはいえ、ディトニクス家に入ってゴーレムを盗むたあ、剛毅な話だなァ・・・。親父さんと話はついてるのかい?」
「今、父さんはいないんだけど・・・ゴーレムたちが盗まれたことが知られたらまた喧嘩になっちゃうわ」

いつもなら生き生きとした表情を欠かさないはずの娘の顔は、すっかり曇っている。
いつものカウンター席でやや早めの昼食を食べに来ていたエディンはそれを哀れに思い、ウェイトレスの一人であるエセルを呼び止める。
「エセル、わりぃんだがこっちのお嬢さんにもサンドイッチ頼むわ。今日は中身なんだっけ?」
「焼いたハムとチーズです!自家製ピクルスもたっぷり挟みますよ。付け合せはハムのグレービーソースかけた粉ふきいもです」
「・・・お前さん、本当にじゃがいも好きだよな。じゃあそれ二人分」
と、サンドイッチを娘の分まで追加注文した。
そして彼女に――ルーシェラン=ディトニクスに向き直る。
「何で喧嘩になるんだ?」
「お前のスチームゴーレムは館の警備もできないのか、番犬が盗まれてどうする!・・・ってね」
妙に色気のある声が割って入り、ルーシーに同意をした。
「あらら、そりゃあの人ならそう言うでしょうよ」
「ジーニ。お前さん、もう降りてきたのか」
「ええ、ミナスとシエテの勉強見終わったからね。庭にいる子達もみんな、こっちにくるわよ・・・ほら」
窓から素振りの練習を見守っていたジーニの台詞が合図だったかのように、ぞろぞろと宿の裏口からギル・アレク・アウロラの三人が入ってくる。
勉強道具を片付けたミナスもシエテと連れ立って降りてきたが、階段から仲間の姿を見つけて嬉しそうに寄ってきた。
そしてカウンター席についているかつての依頼人の姿を見て、目を丸くする。
「ルーシー!?久々だね、何かあったの?」
「大有りよ、ミナス。実は私の可愛いウーノや他のスチームゴーレムが、盗まれたのよ・・・」
「盗まれたあ!?」
異口同音にエディン以外の面子が大声を上げると、ルーシーは慌てて彼らの口を塞ごうとわたわた意味もなく動いた。
そして口を塞ごうとするのが無意味である事を悟ると、
「だから、あなた達でこっそり取り戻して欲しいの」
としょぼくれた様子で付け加えた。
これは”金狼の牙”への依頼だなと判断したシエテは、そっと邪魔をしないよう違うテーブル席につく。
「ね、あのスチームサイクロプスを撃破したあなた達だからこそ、お願いしてるのよ」
「うーん・・・」
ギルは腕組みをして唸り、しばし考えた。
・・・ルーシーと会うのはこれが初めてではない。
以前、スチームゴーレムの実験に付き合わされたことがあった。
その際、ルーシーとその父ファランとの確執が明らかになったわけだが・・・それはまだ解消されていないようだ。
「ね、お願い!報酬はちゃんと払うから。ゴーレムを全部取り戻したら・・・そうね、銀貨1200枚払うわ!」
「1200か・・・」
なかなかの金額であるし、今の彼らのパーティ名”金狼の牙”の元になってくれたゴーレムのことでもある。できるだけの協力はしてやりたいところなのだが・・・。
だがギルは、『全部取り戻したら』という言葉が引っ掛かった。
「で、ゴーレムは何体盗まれたんだ?」
「あ、まだ言ってなかったわね。盗まれたのは全部で四体よ」
そういってルーシーは、スカートのポケットから取り出したメモをギルに手渡した。
「盗まれたゴーレムの詳細と、一体ごとの報酬についてはこのメモを見てちょうだい」
「りょーかい。ジーニ、見ておいて」
「・・・あんたねえ、少しは自分で確認しなさいよ・・・」
あきれ返った顔になりながらも、一応メモはジーニが目を通す事になった。
「んー。ウーノが銀貨300枚、違うスチームドッグが150枚、スチームゴブリンが250枚・・・。え!?ちょっと、スチームサイクロプスまで盗まれてるの!?」
スチームサイクロプスは、ルーシーが行った実験でかなり手こずらされたゴーレムである。
全体攻撃と硬い装甲を持ち、かなりタフな傾向のあるゴーレムの中でも、なかなかの強者だったと記憶している。
アウロラがミナスと仲良くそば粉のパンケーキやレーズン入りプディングを分けながら言った。
「・・・まあ、なんてことでしょう。アレを盗むなんて、よほどに腕のいい人なんでしょうね」
「ちなみにそれはいくらなの、ジーニ?」
「銀貨500枚!・・・・・・これだけ盗むなんて容易なことじゃないわね」
「さて、何か質問はある?」
それまでずっと黙って経緯を聞いていたアレクが口を開いた。
「盗んだやつの心当たりとか、盗まれた当時の状況とか、色々知りたいんだが」
「なるほど。まず、何から話そうかな・・・」
と、その時だった・・・・・・。急に犬の吠える声がする。

「・・・犬?」
「・・・ウーノ?その鳴き方はウーノでしょ!?」
ルーシーが叫んだ瞬間、宿に入ってきたのは一体のスチームゴーレムだった。
しかもアレクたちにも見覚えがある。
ウーノはルーシーが製作した犬型スチームゴーレムである。
足が車輪状の通常のスチームドッグと違い、ウーノは普通の脚をつけているのが特徴だ。
ルーシーはウーノを抱きかかえていたが、やがて不思議そうな表情で顔を上げた。
「でも変ね・・・なんでウーノが一人でこんな街の中にいたのかしら?」
「それは確かに・・・」
ルーシーと”金狼の牙”たちは、そろって首をかしげる。
しかし答えは出てこない。
『ふふふ・・・教えてあげましょうか?』
「え・・・ウーノ?・・・じゃないわよね、今の声は・・・」
『あなたのゴーレムを盗ませたのはこの私よ・・・。そして、あなたのウーノを操ってその宿に行かせたのも私・・・』
「・・・・・・一体、どういう仕組みだ?」
アレクがウーノをかつてなく厳しい表情で見やりながら詰問する。
『今、私は近くにはいないけど、音声伝達魔法でウーノを通してそっちに声を送っているの』
「あ、あなた誰よ?何でこんなことしたの!?」
ルーシーが気色ばんだ。

『黙って聞きなさい。いい?このゴーレムには爆弾が・・・と言っても小さなモノだけど・・・仕掛けてあるわ。それを解除できたら、私の居場所を教えてあげる』
「ば、爆弾ですって!?」
『そう。小さいと言ってもこのゴーレムを壊すくらいの威力は十分にあるわよ。ミスしたら、あなたの大事なウーノちゃんはボロボロ、他のゴーレムも帰ってこない・・・お父様は何と言われるかしらね?』
ウーノから発せられる謎の声に、ジーニは形のいい小指の爪で額を掻きながら唸った。
今までの言動からすると、この声の持ち主はルーシー当人に私怨か何かを抱いており、ディトニクス家の家庭事情、及びルーシーがウーノをどれだけ大切に扱っているかを知っている・・・・・・ということになる。
「やり方が狡いわね」
ジーニは声の持ち主の周到さに、ふんと鼻を鳴らした。
「あなた・・・あなたキャシーね!?よくもこんな、手の込んだ嫌がらせを!」
『うっふふふ。気づいてくれたのね。じゃあひとつサービスよ。爆弾解除用のツールをあげる。これを使って解除しなさい』
ウーノの背中にくくりつけてあった箱が開き、中から解除ツールが転がり落ちた。
『さあ、ウーノに仕掛けた爆弾を見事に解除して見せて!』
音声はそこで途切れた。音声伝達魔法を解いたらしい。
「調子乗ってんなー。本職相手に挑戦状たあ、いい度胸だぜ」
ルーシーに追加したサンドイッチを食べるよう促して、エディンは鼻歌交じりに――しかしその実、注意深く――ウーノへと手を伸ばした。
「終わったぜ。こんなもんかい?」
「あぁ、良かった!良かったねウーノ!」
『うふふ、良かったわねぇルーシー』
ウーノに抱きついていたルーシーが、あからさまに顔を顰める。
「げっ・・・まだ繋がってたんだ。あ、そうだわ!爆弾解除したんだから、居場所を教えなさいよ!」
『もちろんよ。ここまで来てもらわないと困るし、ちゃんと教えてあげるわよ』
キャシーと呼ばれた声の持ち主は、すらすらとリューンから東へ半日ほどの位置にある遺跡を指定した。
詳しい場所の地図も背中の箱から転がり出てくる。
それを用心深い手つきで摘み上げて目を通したルーシーが、ぽつんと呟いた。
「ここは・・・もう調査が済んで誰も訪れなくなった遺跡ね」
『そうよ、誰にも邪魔されずあなたと決着がつけられるわ。そうそう、一応言っておくけど、さっきの爆弾は素人でも解除できるように簡単な造りにしておいたの』
「ああ、そうだろうよ。造りは簡単だった。・・・・・・だが、この犬を壊す威力ってえのも、本当だったぜ」
一方的に喋りまくったキャシーは、遺跡で待つと言い残し音声伝達を解除した。
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Wed.
暴虐の具現者 5 
(・・・・・・さて。教えてやらないとな)
――あの、暴虐の具現者に。
(俺たちが、ただ狩られるだけの存在ではないってことを――な)
駆け、跳躍し、地を転がっては跳ね起き、また駆けていく――。
「・・・・・・」
背後から迫ってくるのは、ただならぬ死の気配。
アレクは今、蟲竜の咆哮にて振動する空気を背に浴びながら、駆け続けていた。
その目的は無論――。
(俺を噛み殺すつもりでいる、アイツを――)
逆に死地へと導くためである。
頭上に太い幹、足元には尖った大石。その真中を抜けるために、絶妙な高さの跳躍をする。
「余裕ですな、アレクはん!」
懐の中で、トールが笑っている。
万一躓きでもすれば、それだけですべてが終わってしまう。
瞬時の遅滞も許されない状況だというのに――なぜか、こういうときにアレクは切迫感に襲われたりはしない。
それがいいことか悪いことか分からないが、周囲をよく見ることはできるようだった。
「ごちゃごちゃ考えるのもいいが、こういう時はな、トール」
――身体の反応に任せるんだ、とアレクは返した。
(ったく、我ながら――なんで曲芸をしているんだか!)
ただの二人で竜種を引き回す。まったくもっての無謀であり、戦士としてはこの上なき本懐でもあった。
「ははっ――」
高揚しながらも、決してアレクは冷静さを失っていたわけでもない。

・・・・・・いつのまにか、ふとももから血が流れていた。木の枝でもかすったのだろう。
トールがそこまで体を伝ってにじり寄り、氷の魔力で傷を塞いだ。
「まったく、トール。――お前がいてくれて、良かったよ!」
いい気になって巨獣を引き回しても、枝が擦っただけで血を流す生き物なのだ、アレクは。
それもこの雪精がついていてくれるおかげで、ただただ走ることに集中できる。
「ム――――ッ!」
視線の先に、目的地が見えてきた。特徴的に、森から突き出た裸の大岩。
真っ直ぐに岩を駆け上がりながら、軽く左右に視線を這わせた。
仲間たちはどこにいるのか、誰の姿も確認はできそうにない。
ただ、岩陰のどこかに潜んでいることは間違いない。
「ォオ――――!!」
アレクは、極めて激しい動きを繰り返した今日一日の中でも最高の跳躍をし、空へと身を投げた――。
あしうらから地の感触が消える。前後左右だけでなく、真下からの強風にも晒されるようになる。
「ふ――――っ!」
風精ジルフェを憑かせた父親のように風を制御する、というほどではないが、それまでとは異なる身のこなしが要求される。
それをわずかふた呼吸するうちにものする――が。
あるかなきかの殺気に背を打たれて、咄嗟に宙を舞う。
それまで自身が浮いていた場所を、怒竜の大顎が通過したのだ。
あのまま直進していれば、すでにこの世の者ではなかった。
「ハッ――!やっぱり噂どおりに飛ぶのかよ」
余った勢いを殺し、振り返ってこちらに再びやってくるさまは、まさしく空中を泳いでいるといった感じだった・・・。
暴虐の主を正面で捉え、アレクは無防備に眼を閉じて、口の両端からゆっくりと息を吐いた。
「さて――仕事の時間だ」
「華と咲くか、吹雪と散るか、千代に一度の華いくさ――ってやつでんな」
「上手いこと言う」
にやりと余分な緊張なく微笑んだアレクは、静かに魔力を集中する。
「さぁドラゴンさんよ――、おっぱじめようかい」
僅かに避け損ねた胴体が巻きつくも、予めエディンと交換していた鎧によって竜が怯む。
騎士シニサが発動させた『矢の罠』も効いているようだ。
「そして・・・これで、終わりじゃないぜ――ハァッ!!」
反撃をまったく予想していなかったのだろう。
強烈な一撃に、巨獣は効いたというより驚いたといった感じで慌てて身を引く。
「どっせい――!」
シニサは続けざまに、『木箱爆弾』を発動させた。
「いいぞ、いいペースだ!」
「アレクシス、無事!?」
休憩を取ってなんとか疲れを癒していたジーニが声をかける。
「ようやくご到着か、待たせやがって!」
「申し訳ない、これでも急ぐだけ急いだのですよ。しかし、お陰さまで――奴さんをここまで引っ張り出せましたよ」
「グアアアアアアアアオオオオオ!?」
「・・・ふっ、どうやら驚いていますね」
「条件も、戦力も揃った――さぁ、これで対等だぜ」
口の端に笑みを浮かべたアレクが、シニサの放った『魔法書の罠』とタイミングを合わせ、一緒に空中を舞っている岩の欠片を、力任せに刀身で敵にぶつける。

「――よしッ!」
尻尾があえなく切り離され、破壊されし超常生命の肉体は、秘められし異能を発揮する間もなく重力に飲まれた。
「――――――――――――――!?」
「狙い通りっ!これはいけるぞ!!」
「よし皆、いけえええー!!!」
ギルの号令により、各々が魔法や技をワイアームへ叩き込んでいく。
スネグーロチカが胴体に冷気を放ち、ジーニの召喚した風がさらに傷を広げる。
エディンやギルがそれぞれの技を放った時点で、また胴体の一部が落下した。
「あと少しです・・・!」
「イフリート、少しだけお前の息吹を貸して!」
「ギル、先にやるぞ」
「りょーかい、タイミングずらすなよ!!」
宙を恐ろしい速さで飛んだ業火が過ぎ去ると、二人の戦士は勢いよく太い頭頂部を得物で抉る。
「・・・ここだっ!!」
ずっと隙を窺っていたエディンが、傷つき肉が抉れうじゃじゃけている一点を目掛け、【暗殺の一撃】を放った――――断末魔が、響き渡る。

だが攻撃色であろうか――瞳や、欠けずに残った大爪を赤黒く明滅させるワイアーム。
さすがにぞっとした様子でアレクが呟く。
「信じられん。まだ、やる気なのか」
傷つきに傷つき尽くした肉体を引っさげ、それでもまだ戦う姿勢を取ろうとするこの難敵に、束の間尊敬の念すら覚えてしまう冒険者たち・・・。
これこそが、少なくとも数百年は生きている野生生物の、生きるということに対しての執念なのだ。
だが――攻撃の意思をあらわにできたのは、やはりほんの一瞬。
やがて深い崖下に、その巨大なからだが墜ちてゆくのだった。
「――もう、事切れていたか」
肉体を律するための意識という装置を失った、暴虐の具現者の末路である・・・・・・。
――難敵を打ち倒し、見事に依頼を果たした”金狼の牙”たちは馬車を預けていた麓の村に戻って事情を話し、森の中の騎士たちの弔いに力を貸してもらった。
その後、休養も取り、意気揚々と依頼主の元へと向かう。
その際――。
「えへへっ、やっぱアレクシスは凄いヒトだったんだ!おいら大人になったら絶対リューンにいくからな」

「・・・・・・」
「まーた新人の伝手作っちゃったわね。きっとあの子、≪狼の隠れ家≫に来るわよ?」
「まあ、いいのではありませんか?どんな英雄とて、最初は何でもない人間なんですから」
という話があったのは、まあ別の話である。
そしてワイアーム討伐より5日後。
トマス・ランプトン邸、応接室にて――。
「・・・諸君ら、実に見事な働きだった。我が騎士団が大きな損害を受けたのは痛いが、これから領で起こりうる被害を考えると、むしろ最小限に抑えられたとみるべきだろう」
「は。お褒めのお言葉ありがとうございます」
ギルが代表して礼を受ける。
「ところで、な」
「・・・・・・?」
すぐ報酬を受け取ると思っていたエディンは、どうやら違う流れのようだと首を傾げた。
戸惑ったようなギルの代わりに応える態勢となる。
「どうだった、ヤツは?」
「・・・・・・最悪な相手でした、ハイ」
「ほう、やはりそうか!しかし、その困難な状況からひと筋の光明を見つけ出し、見事『竜殺し』を成し遂げた!」
ここでランプトン卿の顔がますます熱を帯びる。
「シニサから色々と聞いてるぜ。本当に大したもんだぜ、あんたたちは!・・・っとと、スマヌスマヌ」

依頼主は冒険者たちの言葉に喜色もあらわ、という風情で身を乗り出したが、慌てたように領主としての態度を取り戻した。
(あー。そういや、元冒険者だっけ?)
エディンはようやく思い当たった。『竜殺し』というのはある意味、冒険者たち(に限らないが)の憧れだ。実際に『竜殺し』を達成した者たちを前にすると昂揚するのかもしれない。
卿はこの地に留まる気はないかと”金狼の牙”たちに訊いたが、我々は今のままが一番いいと思うという返答を受け、半ば予想していたらしく頷きながら笑った。
報酬の銀貨3000枚は後日、宿へと送らせてもらうと言う。
「その前途には期待しているし、祝したい気持ちもある。というわけで――だ」
ランプトン卿は手を叩き、従者らしき者たちに二つの箱を用意させた。
「追加報酬として遥か東国より取り寄せた魔法の甲冑、もしくは領内の遺跡で発見された旧時代の金貨3枚か、どちらかを選んで欲しい」
「ふぅむ・・・・・・どちらも破格の報酬ですね」
「こっちの甲冑、珍しいわねえ。回避が上がる魔法が掛かってるわよ?」
しげしげと運び込まれた品を鑑定していたジーニが言った。
それを聞きつけたエディンが、眼に見えてそわそわする。
「な、なぁ、リーダー・・・・・・」
「皆まで言うなよ。エディンにはずいぶんと助けられてるからな、いいよ」
「マジか!ありがてえ!」
東国から取り寄せたその品を、嬉しそうにエディンは抱え込んだ。
「仕事でなくとも、またこの地に来てくれ。いつでも歓迎するぞ」
「我がランプトン領の英雄たちよ、いつまでも壮健でおられよ」
騎士と領主に見送られ、”金狼の牙”は存外の報酬とともに故郷へと帰っていった。
その活躍は、ランプトン領では永らく語り継がれ、リューンという大都会でも一時は話題を独占するほどの偉業として称えられたのであった・・・。
※収入3000sp、≪飛来矢≫≪蟲竜の角≫≪特濃浮遊薬≫≪浮遊草≫≪プックルの実≫×2、≪傷薬≫×4、≪薬草≫×5、≪コカの葉≫×4※
--------------------------------------------------------
■後書きまたは言い訳
42回目のお仕事は、虻能丸さんのシナリオで暴虐の具現者です。
最近のシナリオなのでリプレイに起こすのはまずいかな~?と思ったのですが、正直に言うとエディンに≪飛来矢≫が欲しくて選びました。・・・いや、あれは盗賊用の防具じゃないぞって意見は分かるんですが、うちの盗賊、器用/慎重に適正がなくて器用/好戦とか筋力/勇猛に適正があると言う・・・。かといって、いくら適正あっても≪カナンの鎧≫はさすがに美意識として許せず。「≪飛来矢≫は・・・あ、これ防御力のほかに回避UP効果?じゃ、盗賊が身につけてもいいんじゃないの?」という理由で、『蟲竜』アタックしました。虻能丸さん、本当すいません・・・。
『蟲竜』撃退ルートは他にもあるのですが、そっちも面白かったです。
最後のルート選ぶ時は、その、特殊型いる宿でなきゃきつかったなあとだけ・・・。(笑)
さるサイトの方にも申し上げたのですが、この『蟲竜』を誘き出す役の独白が凄いかっこいい!好きです、熱い展開ですねえ。うちは選ばれたのがアレクだったので、一人ではなく雪精トールとのやり取りになっちゃったんですけどね。これ、選ばれるのもしかして勇将型とか分岐あるのかしら。
それから、いつもなら嬉々として罠を考えそうなジーニなんですが、なぜか今回、参謀役の台詞がアウロラに割り振られていました。まあジーニは都会人だから、野外で引っ張りまわされるの苦手そうなので、今回はこれで良かったのかもしれません・・・スクリーンショットご覧いただければ分かるように、アレクのもとへ駆けつけた時にジーニだけどういうわけか疲れ果ててますし。(笑)
追記:虻能丸様ご本人から教えていただきましたが、この登場の際に「飛行」キーコードがついていないキャラクターについてはこのように一部能力が低下するのだそうです。さすが細かい所まで目が行き届いてる!素晴らしいですね。お教えいただきありがとうございます。
シニサさんやランプトン卿は、またぜひ出会いたいNPCです。
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。
――あの、暴虐の具現者に。
(俺たちが、ただ狩られるだけの存在ではないってことを――な)
駆け、跳躍し、地を転がっては跳ね起き、また駆けていく――。
「・・・・・・」
背後から迫ってくるのは、ただならぬ死の気配。
アレクは今、蟲竜の咆哮にて振動する空気を背に浴びながら、駆け続けていた。
その目的は無論――。
(俺を噛み殺すつもりでいる、アイツを――)
逆に死地へと導くためである。
頭上に太い幹、足元には尖った大石。その真中を抜けるために、絶妙な高さの跳躍をする。
「余裕ですな、アレクはん!」
懐の中で、トールが笑っている。
万一躓きでもすれば、それだけですべてが終わってしまう。
瞬時の遅滞も許されない状況だというのに――なぜか、こういうときにアレクは切迫感に襲われたりはしない。
それがいいことか悪いことか分からないが、周囲をよく見ることはできるようだった。
「ごちゃごちゃ考えるのもいいが、こういう時はな、トール」
――身体の反応に任せるんだ、とアレクは返した。
(ったく、我ながら――なんで曲芸をしているんだか!)
ただの二人で竜種を引き回す。まったくもっての無謀であり、戦士としてはこの上なき本懐でもあった。
「ははっ――」
高揚しながらも、決してアレクは冷静さを失っていたわけでもない。

・・・・・・いつのまにか、ふとももから血が流れていた。木の枝でもかすったのだろう。
トールがそこまで体を伝ってにじり寄り、氷の魔力で傷を塞いだ。
「まったく、トール。――お前がいてくれて、良かったよ!」
いい気になって巨獣を引き回しても、枝が擦っただけで血を流す生き物なのだ、アレクは。
それもこの雪精がついていてくれるおかげで、ただただ走ることに集中できる。
「ム――――ッ!」
視線の先に、目的地が見えてきた。特徴的に、森から突き出た裸の大岩。
真っ直ぐに岩を駆け上がりながら、軽く左右に視線を這わせた。
仲間たちはどこにいるのか、誰の姿も確認はできそうにない。
ただ、岩陰のどこかに潜んでいることは間違いない。
「ォオ――――!!」
アレクは、極めて激しい動きを繰り返した今日一日の中でも最高の跳躍をし、空へと身を投げた――。
あしうらから地の感触が消える。前後左右だけでなく、真下からの強風にも晒されるようになる。
「ふ――――っ!」
風精ジルフェを憑かせた父親のように風を制御する、というほどではないが、それまでとは異なる身のこなしが要求される。
それをわずかふた呼吸するうちにものする――が。
あるかなきかの殺気に背を打たれて、咄嗟に宙を舞う。
それまで自身が浮いていた場所を、怒竜の大顎が通過したのだ。
あのまま直進していれば、すでにこの世の者ではなかった。
「ハッ――!やっぱり噂どおりに飛ぶのかよ」
余った勢いを殺し、振り返ってこちらに再びやってくるさまは、まさしく空中を泳いでいるといった感じだった・・・。
暴虐の主を正面で捉え、アレクは無防備に眼を閉じて、口の両端からゆっくりと息を吐いた。
「さて――仕事の時間だ」
「華と咲くか、吹雪と散るか、千代に一度の華いくさ――ってやつでんな」
「上手いこと言う」
にやりと余分な緊張なく微笑んだアレクは、静かに魔力を集中する。
「さぁドラゴンさんよ――、おっぱじめようかい」
僅かに避け損ねた胴体が巻きつくも、予めエディンと交換していた鎧によって竜が怯む。
騎士シニサが発動させた『矢の罠』も効いているようだ。
「そして・・・これで、終わりじゃないぜ――ハァッ!!」
反撃をまったく予想していなかったのだろう。
強烈な一撃に、巨獣は効いたというより驚いたといった感じで慌てて身を引く。
「どっせい――!」
シニサは続けざまに、『木箱爆弾』を発動させた。
「いいぞ、いいペースだ!」
「アレクシス、無事!?」
休憩を取ってなんとか疲れを癒していたジーニが声をかける。
「ようやくご到着か、待たせやがって!」
「申し訳ない、これでも急ぐだけ急いだのですよ。しかし、お陰さまで――奴さんをここまで引っ張り出せましたよ」
「グアアアアアアアアオオオオオ!?」
「・・・ふっ、どうやら驚いていますね」
「条件も、戦力も揃った――さぁ、これで対等だぜ」
口の端に笑みを浮かべたアレクが、シニサの放った『魔法書の罠』とタイミングを合わせ、一緒に空中を舞っている岩の欠片を、力任せに刀身で敵にぶつける。

「――よしッ!」
尻尾があえなく切り離され、破壊されし超常生命の肉体は、秘められし異能を発揮する間もなく重力に飲まれた。
「――――――――――――――!?」
「狙い通りっ!これはいけるぞ!!」
「よし皆、いけえええー!!!」
ギルの号令により、各々が魔法や技をワイアームへ叩き込んでいく。
スネグーロチカが胴体に冷気を放ち、ジーニの召喚した風がさらに傷を広げる。
エディンやギルがそれぞれの技を放った時点で、また胴体の一部が落下した。
「あと少しです・・・!」
「イフリート、少しだけお前の息吹を貸して!」
「ギル、先にやるぞ」
「りょーかい、タイミングずらすなよ!!」
宙を恐ろしい速さで飛んだ業火が過ぎ去ると、二人の戦士は勢いよく太い頭頂部を得物で抉る。
「・・・ここだっ!!」
ずっと隙を窺っていたエディンが、傷つき肉が抉れうじゃじゃけている一点を目掛け、【暗殺の一撃】を放った――――断末魔が、響き渡る。

だが攻撃色であろうか――瞳や、欠けずに残った大爪を赤黒く明滅させるワイアーム。
さすがにぞっとした様子でアレクが呟く。
「信じられん。まだ、やる気なのか」
傷つきに傷つき尽くした肉体を引っさげ、それでもまだ戦う姿勢を取ろうとするこの難敵に、束の間尊敬の念すら覚えてしまう冒険者たち・・・。
これこそが、少なくとも数百年は生きている野生生物の、生きるということに対しての執念なのだ。
だが――攻撃の意思をあらわにできたのは、やはりほんの一瞬。
やがて深い崖下に、その巨大なからだが墜ちてゆくのだった。
「――もう、事切れていたか」
肉体を律するための意識という装置を失った、暴虐の具現者の末路である・・・・・・。
――難敵を打ち倒し、見事に依頼を果たした”金狼の牙”たちは馬車を預けていた麓の村に戻って事情を話し、森の中の騎士たちの弔いに力を貸してもらった。
その後、休養も取り、意気揚々と依頼主の元へと向かう。
その際――。
「えへへっ、やっぱアレクシスは凄いヒトだったんだ!おいら大人になったら絶対リューンにいくからな」

「・・・・・・」
「まーた新人の伝手作っちゃったわね。きっとあの子、≪狼の隠れ家≫に来るわよ?」
「まあ、いいのではありませんか?どんな英雄とて、最初は何でもない人間なんですから」
という話があったのは、まあ別の話である。
そしてワイアーム討伐より5日後。
トマス・ランプトン邸、応接室にて――。
「・・・諸君ら、実に見事な働きだった。我が騎士団が大きな損害を受けたのは痛いが、これから領で起こりうる被害を考えると、むしろ最小限に抑えられたとみるべきだろう」
「は。お褒めのお言葉ありがとうございます」
ギルが代表して礼を受ける。
「ところで、な」
「・・・・・・?」
すぐ報酬を受け取ると思っていたエディンは、どうやら違う流れのようだと首を傾げた。
戸惑ったようなギルの代わりに応える態勢となる。
「どうだった、ヤツは?」
「・・・・・・最悪な相手でした、ハイ」
「ほう、やはりそうか!しかし、その困難な状況からひと筋の光明を見つけ出し、見事『竜殺し』を成し遂げた!」
ここでランプトン卿の顔がますます熱を帯びる。
「シニサから色々と聞いてるぜ。本当に大したもんだぜ、あんたたちは!・・・っとと、スマヌスマヌ」

依頼主は冒険者たちの言葉に喜色もあらわ、という風情で身を乗り出したが、慌てたように領主としての態度を取り戻した。
(あー。そういや、元冒険者だっけ?)
エディンはようやく思い当たった。『竜殺し』というのはある意味、冒険者たち(に限らないが)の憧れだ。実際に『竜殺し』を達成した者たちを前にすると昂揚するのかもしれない。
卿はこの地に留まる気はないかと”金狼の牙”たちに訊いたが、我々は今のままが一番いいと思うという返答を受け、半ば予想していたらしく頷きながら笑った。
報酬の銀貨3000枚は後日、宿へと送らせてもらうと言う。
「その前途には期待しているし、祝したい気持ちもある。というわけで――だ」
ランプトン卿は手を叩き、従者らしき者たちに二つの箱を用意させた。
「追加報酬として遥か東国より取り寄せた魔法の甲冑、もしくは領内の遺跡で発見された旧時代の金貨3枚か、どちらかを選んで欲しい」
「ふぅむ・・・・・・どちらも破格の報酬ですね」
「こっちの甲冑、珍しいわねえ。回避が上がる魔法が掛かってるわよ?」
しげしげと運び込まれた品を鑑定していたジーニが言った。
それを聞きつけたエディンが、眼に見えてそわそわする。
「な、なぁ、リーダー・・・・・・」
「皆まで言うなよ。エディンにはずいぶんと助けられてるからな、いいよ」
「マジか!ありがてえ!」
東国から取り寄せたその品を、嬉しそうにエディンは抱え込んだ。
「仕事でなくとも、またこの地に来てくれ。いつでも歓迎するぞ」
「我がランプトン領の英雄たちよ、いつまでも壮健でおられよ」
騎士と領主に見送られ、”金狼の牙”は存外の報酬とともに故郷へと帰っていった。
その活躍は、ランプトン領では永らく語り継がれ、リューンという大都会でも一時は話題を独占するほどの偉業として称えられたのであった・・・。
※収入3000sp、≪飛来矢≫≪蟲竜の角≫≪特濃浮遊薬≫≪浮遊草≫≪プックルの実≫×2、≪傷薬≫×4、≪薬草≫×5、≪コカの葉≫×4※
--------------------------------------------------------
■後書きまたは言い訳
42回目のお仕事は、虻能丸さんのシナリオで暴虐の具現者です。
最近のシナリオなのでリプレイに起こすのはまずいかな~?と思ったのですが、正直に言うとエディンに≪飛来矢≫が欲しくて選びました。・・・いや、あれは盗賊用の防具じゃないぞって意見は分かるんですが、うちの盗賊、器用/慎重に適正がなくて器用/好戦とか筋力/勇猛に適正があると言う・・・。かといって、いくら適正あっても≪カナンの鎧≫はさすがに美意識として許せず。「≪飛来矢≫は・・・あ、これ防御力のほかに回避UP効果?じゃ、盗賊が身につけてもいいんじゃないの?」という理由で、『蟲竜』アタックしました。虻能丸さん、本当すいません・・・。
『蟲竜』撃退ルートは他にもあるのですが、そっちも面白かったです。
最後のルート選ぶ時は、その、特殊型いる宿でなきゃきつかったなあとだけ・・・。(笑)
さるサイトの方にも申し上げたのですが、この『蟲竜』を誘き出す役の独白が凄いかっこいい!好きです、熱い展開ですねえ。うちは選ばれたのがアレクだったので、一人ではなく雪精トールとのやり取りになっちゃったんですけどね。これ、選ばれるのもしかして勇将型とか分岐あるのかしら。
それから、いつもなら嬉々として罠を考えそうなジーニなんですが、なぜか今回、参謀役の台詞がアウロラに割り振られていました。まあジーニは都会人だから、野外で引っ張りまわされるの苦手そうなので、今回はこれで良かったのかもしれません・・・スクリーンショットご覧いただければ分かるように、アレクのもとへ駆けつけた時にジーニだけどういうわけか疲れ果ててますし。(笑)
追記:虻能丸様ご本人から教えていただきましたが、この登場の際に「飛行」キーコードがついていないキャラクターについてはこのように一部能力が低下するのだそうです。さすが細かい所まで目が行き届いてる!素晴らしいですね。お教えいただきありがとうございます。
シニサさんやランプトン卿は、またぜひ出会いたいNPCです。
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。
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Wed.
暴虐の具現者 4 
落ち着いたところを見計らって、シニサに死亡前に言葉を交わした騎士からの情報を聞いた彼らは、ある意味の光明を見出していた。
なるほど、あの『蟲竜』は確かに強い。しかし、頭から遠く離れた尻尾が一番切り離しやすいことを、彼らは発見していたのだという。
おまけに一部分を切り離せば、全体の動きのバランスを崩して防御が疎かになるらしい。
濃藍色の双眸が希望に輝いた。

「――!そうなれば強固な鱗の護りも怖くないね」
「ですが、問題は――」
「そう、やはりあの回復力だな。守りが弱まるどころか、瞬く間に鱗が再生する」
冷静なアウロラとシニサの指摘に、「・・・・・・むぅ」とジーニは妙な声をあげた。
「特殊な状況を・・・あの能力を阻害できるような状況を作ってやる必要がありそうだな」
ギルはぽりぽりと頬を掻いて言う。
それを聞いていたアレクは、とある一方を指して訊いてみた。
「あそこはどうだ?」
「何――――?」
森から極端に突き出た巨大な岩盤――その先端を彼は指していた。
その上に、冒険者たちは立つ。
この岩場が山の中で最も高い位置にあり、急な崖になっている。
地形がそうさせるのか、吹く風は岩壁を昇って逆巻き、冒険者たちの顔を激しく叩いてくる・・・。
しばらく辺りを探っていたエディンが報告をした。
「・・・視界は良好だ。縄張りの森全体が見下ろせるが、岩場は激しく隆起を繰り返していて、人が身を隠すのには困らない」
「あちらさんからの視界はどうなる?」
「森の側から、俺たちの姿を見つけるのは困難だろう。・・・・・・ただ、こちらからも奴の姿を確認することは難しそうだ」
報告がそこで止まった時、手を挙げて仲間たちの注目を集めたアウロラがおもむろに話し出す。
「私たちがあの竜に対して手を焼いているのは、際立った攻撃力ももちろんですが、クロガネの刃を弾き魔法を撥ね返す鋼鱗の防御力と、たとえ傷を負わせても、即時回復する再生能力・・・」
「うむ。そうだな」
「さいですな」
アレクとトールが頷く。
「つまり有効な攻め手がないのが問題なわけですが、もし再生能力を完全に封じることはできなくても、その速度を緩めることができたとしたら――どうです?」
「それは・・・・・・」
どういうこと?と不思議そうなミナスに笑いかけて、アレクが口を出した。
「あの強固な護りを打ち破るは至難だ。しかしそれは、不可能というわけじゃない」
「そう。現に、あなたの【竜牙砕き】もあの『蟲竜』には通じていた」
「ヤツの胴体の各所を撃破できたら、その状況をしばらく保てる、ということになるだろうな。なにせ、再生の速度が落ちている」
「――その通りです」

「だから、何が言いたいの?」
焦れたような小さなエルフに、アウロラはゆっくりと考えている作戦を教えた。
シニサの話にもあった、「肉体の部位を各個撃破ができればそのたびに肉体のバランスが崩れ、動きに乱れが生じ、防御が疎かになる」という特性。
あの再生能力を抑えるのに――、
「――崖を使ってそれを成す」

再生を妨げるには、胴を破壊もしくは切り離しを行い、切れ端や血肉を本体から遠ざけることが必要となる。
崖の自由落下を利用して、もしそれを行うことができればというのだ。
「もちろん、こちらの意図通りに展開してゆくと限らない。ですが、策なく挑むよりはいい」
「むむむ・・・・・・」
ギルはなるほどと唸った。
ただこの策を実践するには、崖の先――それも容易に引き返せないほどの中空にまで、おびき寄せなければならない。
「囮役が必要なんだね?そういうことなら――」
「・・・俺がやろう。全員でぞろぞろ動いても仕方ないし、任せてもらいたい」
ミナスの言葉尻を奪うように、アレクが言った。
確かに森住まいのエルフほど、敏捷に森の中で動ける存在はそうはいまい。おまけに、ミナスには≪エア・ウォーカー≫という飛翔用のアイテムもある。
しかし、逃げる途中で傷を負っても、のんびり立ち止まって先程の霊験をかけている暇は絶対にないのだ。
その点、アレクの場合は怪我をしても雪精トールが憑いている。
体力があるというだけならギルもだが、彼はさっきからカナンの鎧の重量で疲れていた。
――ついでに付け加えると、本来は戦術を嬉々として捻り出しそうなジーニが黙っているのは、今までの森の強行軍でやはり疲れているからであった。
「ひとりで・・・いや、アレクならトールがいるから大丈夫か」
「ハイですわ、わてにお任せください」
「・・・無論、無茶はしない。おびき寄せることに集中するさ」
心配そうなミナスの頭をそっと撫でた。
ぱちりと軽く手を合わせてアウロラが纏める。
「さて――決まりです。まず囮役が、あの竜を挑発なりして崖までおびき寄せる。そのまま、さっきジーニが作った浮遊薬の効果で宙へ逃れて・・・抜き差しならぬ場所まで引きずり込む」
「でもそれは、噂どおりあのドラゴンが空を飛べたらの話でしょ?」
「そうですね」
「・・・飛べないとしたら?」
「そのときは、空中から囮役が仕掛ける中、残りのメンバーが後ろから襲い掛かるだけです」
けろっと彼女は言った。
「再び退いて態勢を立て直すということも、想定はしておくべきでしょう」
「・・・・・・なんつーか、お前さんが味方で本当に助かるよ」
ブルネットの髪をかきあげてエディンが呟く。
その隣では、シニサが興奮で震えながら、しきりと賞賛の言葉を口にしていた。
「そうなると、もっと罠が用意できる方がいいな。自由落下だけにすべてを賭けるのも危険だし」
「ええ。もう少し、森の中を散策してみましょう」
そうして拾った素材や薬草たちを組み合わせ、罠や必要そうな薬を大人二人が作っていく。
「・・・・・・なぁ、冒険者殿、よろしいか?」
銀の髪を揺らして、シニサが問いかける。
「はい?どうぞ」
「うむ・・・、空中戦をやるというが、いったいどのあたりで仕掛けるのだ?」
「どの、というのは――?」
アウロラは戸惑ったように首を傾げた。
「いやな、ひとくちに空と言っても色々とあるであろう。どこまでも高くか、崖のそばか、ここよりも下なのか」
「あぁ、そういう・・・崖の傍ですよ。あるいは、状況に応じてその少し下か、というところです」
「ふむ。ともかく、崖の傍でやりあうと言うのだな?」
「ええ」
シニサは1つ提案をした。
冒険者たちが『蟲竜』と相対している時、シニサは完全に自由に動ける状態である。
骨折を起こしていたから戦うことはできないが、援護することくらいは可能であろう・・・例えば、彼らがこさえた罠によって。
「あれらをこの場に仕掛けてくれ。アレクシス殿が彼奴を引き回しておる間に、少々手を加えたい。狙いをつけて発動できるようにしたいのだ」
そしてひとたび戦いが始まった後――シニサはタイミングを見計らって背後から痛めつける、という寸法らしい。
「・・・無論、冒険者殿らが我輩を信用できなければ聞き流してくれて良い策なのだが」
シニサは領内の妖魔退治や国境沿いの戦などに立ってきた身である。
援護役を任せるに足る人材だろうと、アウロラは思った。
「では――お願いします」
「うむ、了解した」
残っていた傷をトールに癒してもらい、”金狼の牙”たちはいよいよ『蟲竜』を誘き出す準備を始めた。
なるほど、あの『蟲竜』は確かに強い。しかし、頭から遠く離れた尻尾が一番切り離しやすいことを、彼らは発見していたのだという。
おまけに一部分を切り離せば、全体の動きのバランスを崩して防御が疎かになるらしい。
濃藍色の双眸が希望に輝いた。

「――!そうなれば強固な鱗の護りも怖くないね」
「ですが、問題は――」
「そう、やはりあの回復力だな。守りが弱まるどころか、瞬く間に鱗が再生する」
冷静なアウロラとシニサの指摘に、「・・・・・・むぅ」とジーニは妙な声をあげた。
「特殊な状況を・・・あの能力を阻害できるような状況を作ってやる必要がありそうだな」
ギルはぽりぽりと頬を掻いて言う。
それを聞いていたアレクは、とある一方を指して訊いてみた。
「あそこはどうだ?」
「何――――?」
森から極端に突き出た巨大な岩盤――その先端を彼は指していた。
その上に、冒険者たちは立つ。
この岩場が山の中で最も高い位置にあり、急な崖になっている。
地形がそうさせるのか、吹く風は岩壁を昇って逆巻き、冒険者たちの顔を激しく叩いてくる・・・。
しばらく辺りを探っていたエディンが報告をした。
「・・・視界は良好だ。縄張りの森全体が見下ろせるが、岩場は激しく隆起を繰り返していて、人が身を隠すのには困らない」
「あちらさんからの視界はどうなる?」
「森の側から、俺たちの姿を見つけるのは困難だろう。・・・・・・ただ、こちらからも奴の姿を確認することは難しそうだ」
報告がそこで止まった時、手を挙げて仲間たちの注目を集めたアウロラがおもむろに話し出す。
「私たちがあの竜に対して手を焼いているのは、際立った攻撃力ももちろんですが、クロガネの刃を弾き魔法を撥ね返す鋼鱗の防御力と、たとえ傷を負わせても、即時回復する再生能力・・・」
「うむ。そうだな」
「さいですな」
アレクとトールが頷く。
「つまり有効な攻め手がないのが問題なわけですが、もし再生能力を完全に封じることはできなくても、その速度を緩めることができたとしたら――どうです?」
「それは・・・・・・」
どういうこと?と不思議そうなミナスに笑いかけて、アレクが口を出した。
「あの強固な護りを打ち破るは至難だ。しかしそれは、不可能というわけじゃない」
「そう。現に、あなたの【竜牙砕き】もあの『蟲竜』には通じていた」
「ヤツの胴体の各所を撃破できたら、その状況をしばらく保てる、ということになるだろうな。なにせ、再生の速度が落ちている」
「――その通りです」

「だから、何が言いたいの?」
焦れたような小さなエルフに、アウロラはゆっくりと考えている作戦を教えた。
シニサの話にもあった、「肉体の部位を各個撃破ができればそのたびに肉体のバランスが崩れ、動きに乱れが生じ、防御が疎かになる」という特性。
あの再生能力を抑えるのに――、
「――崖を使ってそれを成す」

再生を妨げるには、胴を破壊もしくは切り離しを行い、切れ端や血肉を本体から遠ざけることが必要となる。
崖の自由落下を利用して、もしそれを行うことができればというのだ。
「もちろん、こちらの意図通りに展開してゆくと限らない。ですが、策なく挑むよりはいい」
「むむむ・・・・・・」
ギルはなるほどと唸った。
ただこの策を実践するには、崖の先――それも容易に引き返せないほどの中空にまで、おびき寄せなければならない。
「囮役が必要なんだね?そういうことなら――」
「・・・俺がやろう。全員でぞろぞろ動いても仕方ないし、任せてもらいたい」
ミナスの言葉尻を奪うように、アレクが言った。
確かに森住まいのエルフほど、敏捷に森の中で動ける存在はそうはいまい。おまけに、ミナスには≪エア・ウォーカー≫という飛翔用のアイテムもある。
しかし、逃げる途中で傷を負っても、のんびり立ち止まって先程の霊験をかけている暇は絶対にないのだ。
その点、アレクの場合は怪我をしても雪精トールが憑いている。
体力があるというだけならギルもだが、彼はさっきからカナンの鎧の重量で疲れていた。
――ついでに付け加えると、本来は戦術を嬉々として捻り出しそうなジーニが黙っているのは、今までの森の強行軍でやはり疲れているからであった。
「ひとりで・・・いや、アレクならトールがいるから大丈夫か」
「ハイですわ、わてにお任せください」
「・・・無論、無茶はしない。おびき寄せることに集中するさ」
心配そうなミナスの頭をそっと撫でた。
ぱちりと軽く手を合わせてアウロラが纏める。
「さて――決まりです。まず囮役が、あの竜を挑発なりして崖までおびき寄せる。そのまま、さっきジーニが作った浮遊薬の効果で宙へ逃れて・・・抜き差しならぬ場所まで引きずり込む」
「でもそれは、噂どおりあのドラゴンが空を飛べたらの話でしょ?」
「そうですね」
「・・・飛べないとしたら?」
「そのときは、空中から囮役が仕掛ける中、残りのメンバーが後ろから襲い掛かるだけです」
けろっと彼女は言った。
「再び退いて態勢を立て直すということも、想定はしておくべきでしょう」
「・・・・・・なんつーか、お前さんが味方で本当に助かるよ」
ブルネットの髪をかきあげてエディンが呟く。
その隣では、シニサが興奮で震えながら、しきりと賞賛の言葉を口にしていた。
「そうなると、もっと罠が用意できる方がいいな。自由落下だけにすべてを賭けるのも危険だし」
「ええ。もう少し、森の中を散策してみましょう」
そうして拾った素材や薬草たちを組み合わせ、罠や必要そうな薬を大人二人が作っていく。
「・・・・・・なぁ、冒険者殿、よろしいか?」
銀の髪を揺らして、シニサが問いかける。
「はい?どうぞ」
「うむ・・・、空中戦をやるというが、いったいどのあたりで仕掛けるのだ?」
「どの、というのは――?」
アウロラは戸惑ったように首を傾げた。
「いやな、ひとくちに空と言っても色々とあるであろう。どこまでも高くか、崖のそばか、ここよりも下なのか」
「あぁ、そういう・・・崖の傍ですよ。あるいは、状況に応じてその少し下か、というところです」
「ふむ。ともかく、崖の傍でやりあうと言うのだな?」
「ええ」
シニサは1つ提案をした。
冒険者たちが『蟲竜』と相対している時、シニサは完全に自由に動ける状態である。
骨折を起こしていたから戦うことはできないが、援護することくらいは可能であろう・・・例えば、彼らがこさえた罠によって。
「あれらをこの場に仕掛けてくれ。アレクシス殿が彼奴を引き回しておる間に、少々手を加えたい。狙いをつけて発動できるようにしたいのだ」
そしてひとたび戦いが始まった後――シニサはタイミングを見計らって背後から痛めつける、という寸法らしい。
「・・・無論、冒険者殿らが我輩を信用できなければ聞き流してくれて良い策なのだが」
シニサは領内の妖魔退治や国境沿いの戦などに立ってきた身である。
援護役を任せるに足る人材だろうと、アウロラは思った。
「では――お願いします」
「うむ、了解した」
残っていた傷をトールに癒してもらい、”金狼の牙”たちはいよいよ『蟲竜』を誘き出す準備を始めた。
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Wed.
暴虐の具現者 3 
「は――ぁ、はぁ。やべ、カナンのじい様の鎧重すぎ・・・」
「く――、ふぅ・・・はぁ・・・。あたし、こんなに、走った、ことな、い」
でたらめな強さを誇る竜も、自分たちが作った隙をつき、生きていた騎士が放ってくれた火薬のお陰でいったんは――死亡したと思っていた。
太い胴体がほぼ千切れかかっていたのだから、そう思うのも無理はない。
しかし、尋常ではないスピードでそれは起きたのだ。
千切れ飛んだはずの肉片、拡散したはずの大量の血液――それらがまるで地虫が這うかのように集まりだし、傷口を塞いだ。・・・再生を止めるなどという暇もなかった。

それでも痛みは確かに残るらしく僅かに怯んだのを見計らい、一目散に逃亡してきた冒険者たちは、竜の苦悶と怒りの慟哭も気配も届かない場所まで辿り着くと、力尽きたように腐葉土の絨毯に座り込んだ。
「もうダメだ・・・息が続かん」
ギルが鎧のベルトを少し緩める。
本来なら、もと来た方角へと戻るほうが、態勢を整えるという意味ではよかったのだろう。
だがそうするには、竜の脇をすり抜ければならないため困難だった。
縄張りの奥へと進む事になろうと半ば予想しながらも、冒険者らは逆方向へと進むより他なかった。

「・・・・・・それにしても」
と、つぶやく。
実際体験しても、信じられない能力だった。
肉体が強いだけではない、木々を薙ぎ払う攻撃力に、常軌を逸した再生能力――。
幾度も討伐隊が背走したというのも、分かる気がする。
「今のところは、大丈夫、みたいだよ」
ミナスが注意を払う。不自然に揺れる樹木や、何かが這うような音。巨大な獣の息遣い。そういったものは、彼の鋭敏な知覚には感じられなかった。
「だが・・・どうする。リーダー」
「『蟲竜』ワイアーム。・・・ひと工夫もふた工夫もしなきゃ、どうこうできる相手じゃなさそうだぜ」
騎士団に付き従っているだけで、報酬と『竜殺し』の称号を得ることができる。
そんな甘いことを考えていたわけではない。波乱も想定していた。
――が、しかし。
「・・・・・・まぁいいさ」
「リーダー?」
泣き言を口にしても始まらない。
いきなりの危機ではあったが、討伐対象を実際に眼にし、ぶつかりあった。
その中で得た情報も、少なくない。
(生かすも殺すも俺たち次第・・・だ)
「生き残りの騎士を探そう。後は、その過程で得られそうな武器・・・。さっき見た火薬とか、ああいうのがあれば随時回収していこうぜ」
「・・・・・・まあ、再生能力が桁違いとは言え、逃げる時間は稼げたしな」
ふむ、とエディンが顎に手をやった。
暫し考え込んでいたアウロラが、ようようという様子で口を開いた。
「あれだけの強靭さを誇るのに、超常の域に達したような回復力を持っていましたね」
ジーニもそれに応じる。
「飛散した血肉まで、まるで意志を持っているように集まるなんて・・・・・・ね」
「あるいはあれは特別なことではなくて、あの竜生来の、自己治癒能力なのかも知れません」
「うーん・・・・・・手ごわいなあ」
「この森自体があの『蟲竜』の庭みたいなものです・・・地形の把握にも努めた方がよいでしょうね」
「とりあえず、動こう。一所に立ち止まってちゃ、見つかる確率は高くなる」
ギルにそう促され、一行は周りの気配を警戒しながら歩き始めた。
先行隊が落としたらしい廃棄物(錆びた剣や鏃)や、上質の木材を拾う内、土が剥き出しの切り立った崖に出た。
結構な高さで、崖下には大きな河が流れている。

「不意打ちのように、目の前に現れたな」
ぼうっとしてたらそのまま転落してたと苦笑するエディンに、アレクが無言で頷いた。
濁流というわけではないが、河底は見えない。
結構な深さがある、ということだろう。
「流れも速いな。それによって水面は泡立っているし、水の塊同士がぶつかって弾け飛ぶから、河底は余計に見え辛くなる」
「なるほどな・・・・・・」
「あ、今なんか跳ねた!」
エディンに教わるアレクの外套をつかんでいたミナスが、河のとある方向を指して言った。
「あれは――?」
水の中から姿を現したのは、大きな背びれを有した水棲生物。
水面に映る影から、全長4メートルは超えていようと判断できる。
また水面から時折のぞく肌は、十分にぬめっていることが一見して知れる。
「あの生き物はたぶん、グランガチってやつでしょう」
「あらすごい、アウロラ分かるの?」
「ええ・・・。『魚の王』とも呼ばれ、水中でもっとも強力な精霊の1つです。姿はご覧の通りワニに似ますが、大きな背びれはグランガチ固有のものです」
「あれね、すごい誇り高いんだよ。無闇に暴力を振るう精霊じゃなくて、敬意には敬意を、恩義には恩義を返すんだって」
ミナスも言い添えた。恐らくはこの河の主なのだろう。
特に刺激しなければ大丈夫だろう、という意見により、それ以上の過度の接触を避けて一同はまた歩き始めた。
途中、先行隊が丸ごと放り出したらしい荷も見つけ、周囲を警戒しがてらエディンが槍の穂先や切っ先の欠片を鎖帷子に埋め込む。
「エディ、それどう使うわけ?」
「装備した奴が、『蟲竜』に締め付けられても大丈夫なようにさ。こいつが上手く刺されば、警戒して攻撃してこれないだろ?」
「なるほどねぇ」
「とは言っても、再生を封じるほどじゃない。そっちは別に何か手立てを用意しねえとな」
「考えとくわよ、チームの頭脳担当としては。ん、こっちの草は・・・」
ジーニの繊手が、見慣れない草を摘み上げる。
「こっちは強化草、こっちが浮遊草か。ふーん」
「浮遊草なら知ってるけど・・・こっちの赤いの、どういう効果があるものなの?」
「何、ミナス知らない?これはね、薬効成分のある素材と組み合わせればブーストしてくれるのよ」
「へえ。じゃ、浮遊草とあわせたら空飛べるの?」
思いがけない子供のアイデアに、ジーニは目を瞬かせてその意見を吟味した。
確かにそうだ、身を軽くする浮遊草をブーストするのなら、そういう効果が出ておかしくない。
「・・・・・・何かに使えるかもね。よし、合わせておこうか」
ジーニは錬金術の要領で手早く浮遊草と強化草を合わせ、『特濃浮遊薬』を作り出した。
やがて、『蟲竜』に見つからないようにと適度なところで移動を開始し、”金狼の牙”は部隊壊滅の痕跡も見つける。
「これは・・・酷いな」

首から先がない者。身体の一部分しか残っていない者。
あるいは、眠っているだけに見えるが鎧からのぞく顔に生の色がない者。
エディンの見立てでは、中には冒険者もいるように思われる。
手厚く葬ってやりたいところだが、今はその余裕すらもない――、と。
微かな呻き声をあげる者がいた。走り寄ったミナスが、ウンディーネの霊験を使う。
「うぅ・・・冒険者殿、か?」
「その声、シニサさんか!?」
アレクが呆気に取られた表情でその人物を見やった。
「脚をやられていたのだが、治療してくれたのだな。驚いた・・・我輩以外にも、まだ無事な者がいた」
途切れ途切れではあるが、騎士の発する声には力があり、健在振りを窺わせた。
他の騎士の所在は分からず、うな垂れる騎士のリーダーにかける言葉もなく冒険者たちは黙って見つめていたが、やがて騎士はすぐに気を取り直して言った。
「気遣いは最早無用だ。それに、こうして1つの場所に留まり続けることも、危険であろうし」
弔いをしてやりたいところだが、悠長にそんなことをしていては襲撃を受ける。
必ずあの『蟲竜』をしとめようと士気を上げ、彼らは再び慎重に歩き始めた。
「く――、ふぅ・・・はぁ・・・。あたし、こんなに、走った、ことな、い」
でたらめな強さを誇る竜も、自分たちが作った隙をつき、生きていた騎士が放ってくれた火薬のお陰でいったんは――死亡したと思っていた。
太い胴体がほぼ千切れかかっていたのだから、そう思うのも無理はない。
しかし、尋常ではないスピードでそれは起きたのだ。
千切れ飛んだはずの肉片、拡散したはずの大量の血液――それらがまるで地虫が這うかのように集まりだし、傷口を塞いだ。・・・再生を止めるなどという暇もなかった。

それでも痛みは確かに残るらしく僅かに怯んだのを見計らい、一目散に逃亡してきた冒険者たちは、竜の苦悶と怒りの慟哭も気配も届かない場所まで辿り着くと、力尽きたように腐葉土の絨毯に座り込んだ。
「もうダメだ・・・息が続かん」
ギルが鎧のベルトを少し緩める。
本来なら、もと来た方角へと戻るほうが、態勢を整えるという意味ではよかったのだろう。
だがそうするには、竜の脇をすり抜ければならないため困難だった。
縄張りの奥へと進む事になろうと半ば予想しながらも、冒険者らは逆方向へと進むより他なかった。

「・・・・・・それにしても」
と、つぶやく。
実際体験しても、信じられない能力だった。
肉体が強いだけではない、木々を薙ぎ払う攻撃力に、常軌を逸した再生能力――。
幾度も討伐隊が背走したというのも、分かる気がする。
「今のところは、大丈夫、みたいだよ」
ミナスが注意を払う。不自然に揺れる樹木や、何かが這うような音。巨大な獣の息遣い。そういったものは、彼の鋭敏な知覚には感じられなかった。
「だが・・・どうする。リーダー」
「『蟲竜』ワイアーム。・・・ひと工夫もふた工夫もしなきゃ、どうこうできる相手じゃなさそうだぜ」
騎士団に付き従っているだけで、報酬と『竜殺し』の称号を得ることができる。
そんな甘いことを考えていたわけではない。波乱も想定していた。
――が、しかし。
「・・・・・・まぁいいさ」
「リーダー?」
泣き言を口にしても始まらない。
いきなりの危機ではあったが、討伐対象を実際に眼にし、ぶつかりあった。
その中で得た情報も、少なくない。
(生かすも殺すも俺たち次第・・・だ)
「生き残りの騎士を探そう。後は、その過程で得られそうな武器・・・。さっき見た火薬とか、ああいうのがあれば随時回収していこうぜ」
「・・・・・・まあ、再生能力が桁違いとは言え、逃げる時間は稼げたしな」
ふむ、とエディンが顎に手をやった。
暫し考え込んでいたアウロラが、ようようという様子で口を開いた。
「あれだけの強靭さを誇るのに、超常の域に達したような回復力を持っていましたね」
ジーニもそれに応じる。
「飛散した血肉まで、まるで意志を持っているように集まるなんて・・・・・・ね」
「あるいはあれは特別なことではなくて、あの竜生来の、自己治癒能力なのかも知れません」
「うーん・・・・・・手ごわいなあ」
「この森自体があの『蟲竜』の庭みたいなものです・・・地形の把握にも努めた方がよいでしょうね」
「とりあえず、動こう。一所に立ち止まってちゃ、見つかる確率は高くなる」
ギルにそう促され、一行は周りの気配を警戒しながら歩き始めた。
先行隊が落としたらしい廃棄物(錆びた剣や鏃)や、上質の木材を拾う内、土が剥き出しの切り立った崖に出た。
結構な高さで、崖下には大きな河が流れている。

「不意打ちのように、目の前に現れたな」
ぼうっとしてたらそのまま転落してたと苦笑するエディンに、アレクが無言で頷いた。
濁流というわけではないが、河底は見えない。
結構な深さがある、ということだろう。
「流れも速いな。それによって水面は泡立っているし、水の塊同士がぶつかって弾け飛ぶから、河底は余計に見え辛くなる」
「なるほどな・・・・・・」
「あ、今なんか跳ねた!」
エディンに教わるアレクの外套をつかんでいたミナスが、河のとある方向を指して言った。
「あれは――?」
水の中から姿を現したのは、大きな背びれを有した水棲生物。
水面に映る影から、全長4メートルは超えていようと判断できる。
また水面から時折のぞく肌は、十分にぬめっていることが一見して知れる。
「あの生き物はたぶん、グランガチってやつでしょう」
「あらすごい、アウロラ分かるの?」
「ええ・・・。『魚の王』とも呼ばれ、水中でもっとも強力な精霊の1つです。姿はご覧の通りワニに似ますが、大きな背びれはグランガチ固有のものです」
「あれね、すごい誇り高いんだよ。無闇に暴力を振るう精霊じゃなくて、敬意には敬意を、恩義には恩義を返すんだって」
ミナスも言い添えた。恐らくはこの河の主なのだろう。
特に刺激しなければ大丈夫だろう、という意見により、それ以上の過度の接触を避けて一同はまた歩き始めた。
途中、先行隊が丸ごと放り出したらしい荷も見つけ、周囲を警戒しがてらエディンが槍の穂先や切っ先の欠片を鎖帷子に埋め込む。
「エディ、それどう使うわけ?」
「装備した奴が、『蟲竜』に締め付けられても大丈夫なようにさ。こいつが上手く刺されば、警戒して攻撃してこれないだろ?」
「なるほどねぇ」
「とは言っても、再生を封じるほどじゃない。そっちは別に何か手立てを用意しねえとな」
「考えとくわよ、チームの頭脳担当としては。ん、こっちの草は・・・」
ジーニの繊手が、見慣れない草を摘み上げる。
「こっちは強化草、こっちが浮遊草か。ふーん」
「浮遊草なら知ってるけど・・・こっちの赤いの、どういう効果があるものなの?」
「何、ミナス知らない?これはね、薬効成分のある素材と組み合わせればブーストしてくれるのよ」
「へえ。じゃ、浮遊草とあわせたら空飛べるの?」
思いがけない子供のアイデアに、ジーニは目を瞬かせてその意見を吟味した。
確かにそうだ、身を軽くする浮遊草をブーストするのなら、そういう効果が出ておかしくない。
「・・・・・・何かに使えるかもね。よし、合わせておこうか」
ジーニは錬金術の要領で手早く浮遊草と強化草を合わせ、『特濃浮遊薬』を作り出した。
やがて、『蟲竜』に見つからないようにと適度なところで移動を開始し、”金狼の牙”は部隊壊滅の痕跡も見つける。
「これは・・・酷いな」

首から先がない者。身体の一部分しか残っていない者。
あるいは、眠っているだけに見えるが鎧からのぞく顔に生の色がない者。
エディンの見立てでは、中には冒険者もいるように思われる。
手厚く葬ってやりたいところだが、今はその余裕すらもない――、と。
微かな呻き声をあげる者がいた。走り寄ったミナスが、ウンディーネの霊験を使う。
「うぅ・・・冒険者殿、か?」
「その声、シニサさんか!?」
アレクが呆気に取られた表情でその人物を見やった。
「脚をやられていたのだが、治療してくれたのだな。驚いた・・・我輩以外にも、まだ無事な者がいた」
途切れ途切れではあるが、騎士の発する声には力があり、健在振りを窺わせた。
他の騎士の所在は分からず、うな垂れる騎士のリーダーにかける言葉もなく冒険者たちは黙って見つめていたが、やがて騎士はすぐに気を取り直して言った。
「気遣いは最早無用だ。それに、こうして1つの場所に留まり続けることも、危険であろうし」
弔いをしてやりたいところだが、悠長にそんなことをしていては襲撃を受ける。
必ずあの『蟲竜』をしとめようと士気を上げ、彼らは再び慎重に歩き始めた。
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Wed.
暴虐の具現者 2 
――ひんやりとした空気が満ちる、薄暗い高地の森。
その中を、隊列を組んで進んでいる。
空気は冷たいが、冒険者の鼻先からは汗が滴っていた。
人が立ち入ることなどないのだろう。
馬車は麓の村で預かってもらい、荷はすべて自分たちで背負っていた。
「・・・・・・重い」
妙に表情のない顔でギルが呟いた。彼は≪カナンの鎧≫を着込んだまま進んでいる。
とはいうものの、ここら一帯を治めるランプトン家の現当主からの依頼、それも若さに似合わず領民の気持ちをよく汲む統治者と評価の高い人物からの依頼とあっては、簡単に破棄するわけにはいかない。
もとは世継ぎになる予定にはなかった次男坊で、長男が病没するまでは自由気ままに生きていた。
リューンで冒険者として活動していた時期もあり、”金狼の牙”たちのような人種に対する理解も深い。
遠方からわざわざ≪狼の隠れ家≫の”金狼の牙”を指名して遣いを寄越した。
その厚い対応に冒険者としての自尊心をくすぐられないでもなかったが、同時にただ事では済まないという予感を、彼らは持ったものだ。
主力ではないとはいえ、あてにされていることには間違いない。
「それにしても――竜かあ」
「ええ、竜ですよ。稀少さから”幻想種”なんて呼ばれることもあります」
――件の災禍、つまり竜は嵐のごとく突如として現れたかと思えば去っていく、まさしく神出鬼没の存在であり、領民からの目撃証言も当初はほぼ得られなかった。
それでも竜種であると断定できたのには理由がある。
被害が起き始めたのは1年ほど前からだが、たったそれだけの間に襲われた集落の数が、数十にのぼったのだ。
必然的に目撃証言も多く・・・証言内容を総合し、吟味した結果、その災禍は遠くから見るとまるで蛇のような姿かたちをしているらしい。
胴は丸太を何本も束ねたかのように太く、同時に、途轍もなく長い。
前触れなく空から降ってきた、なんて話まで出ている。
「討伐、あるいは2度と暴れることのないように、痛めつけて追い払うことを要求されている・・・というわけです」
依頼主の話では、領内の数多の村が襲われたらしく、大型の家畜すらも食い尽くされ、あるいは逃げ遅れた村民も丸呑みにされる事態に至ったこともあるようだ。
ランプトン卿は近隣諸国へと遣いを送り、古今、同様の事件がないかを洗い出した。
浮かび上がってきたのは、『蟲竜』『地竜』『長虫』・・・と、様々な形で呼称される、長い手足や翼を持たない原始的なドラゴン――ワイアームである。
長命な竜種は、各地を荒らしつくしながら、遥か東の地より、少しずつ西へ西へと移り棲んで来たようだが――その規模、数百年。幾度となく討伐隊は組まれたが、そのすべてが敗北している。
尋常ならざる相手である。
「でもま、おかげさんで成功報酬が銀貨3000枚だもんなあ・・・。しばらく遊んで暮らせる大金だし」
「しかも、『竜殺し』の名誉とともにだからな」
幼馴染コンビの楽天的な見解を、アウロラは冷たい目で見やった。
「その金額分だけ――いや、金額以上に厳しい依頼になるかもしれない、という覚悟はしておいた方がいいでしょうね」
「・・・まぁ、相手が相手だからな」
エディンはこういった山歩きにきわめて不向きなジーニをたまに助けつつ、アウロラの言に同意した。
「竜の弱点ってないの?」
くりんとした瞳でミナスはアウロラやギルを見上げた。
「残念ながら、それについての情報は与えられていません。というか、外見以外のことはほとんど謎に包まれている」
「・・・・・・まぁ、実物を眼にしないことにはなぁ」
「ふーん。そういうものなんだ」
二人の説明に納得したのか、ミナスは頷くと、元気よく跳ね回りながら前に進む。
他の仲間も、背からずり落ちそうになっている重い荷を、肩を揺すり腰で跳ね上げて担ぎ直した。
先頭を行くのは騎士たちである。まずは先行隊との合流を果たそうとしているのか、或いはどこか拠点にできる地形を探しているのだろうか。
大まかな方針は彼ら騎士たちの裁量に任せ、冒険者たちは周囲の警戒に集中していた。
首と視線をしきりに左右に往復させては、気配も同時に探っていく。
「・・・・・・なんというか」
「・・・・・・静か過ぎる」
ミナスとアレクが、ほぼ同時に喋った。
斥候役としての経験も豊富なエディンが、二人を褒めて頭を撫でる。
「だな――だが、油断はできない」
周りの、道は険しいが豊かな森を指す。

「この場に近づくにつれ荒んでいた風景が、別物のように豊かになった」
「うん、そういえばそうだね。なんで?」
「自らの棲家だけは荒れないようにしていると考えれば、この環境の変化にも納得できるからな」
「・・・・・・とすると」
アレクは顎に手をやりつつ口を開いた。
「・・・もう縄張りの範囲内、ってこともあり得るわけだ。気を引き締めないとな」
「さて鬼が出るか、蛇が出るか」

「・・・ジーニ。その台詞、相当好きなんだな。前にも言ってなかったか?」
「言ったわよ。ワールウインドの遺跡に行った時と、山奥の廃教会に捕まってた時ね」
エディンが小さく茶々を入れる。
「いや竜だろ」
「・・・ソウデシタネ」
大人組みがそんな緊張を欠いた台詞の応酬をしていたすぐ後。
「・・・・・・?」
アレクは無意識に剣の柄に手をやっていた。
――不意に。
隊の周囲のみ、木々の枝葉や草花がざわめいた。
だが、何者かが潜んでいる気配はない。
「風・・・・・・隊の周囲、だけ?」
「上から――だ」
小首を傾げたミナスに、剣士は即座に答えを返した。
影が差し、辺りが暗くなる。
空を裂く音とどんどん濃くなる影に、慌てて他の仲間も上方を振り仰いだ。
己が視界に飛び込んできたソレが何であるかを、冒険者たちが理解したわけではない。そんな暇は、与えられなかった。
(――ヤバイっ!!)

「みんな、散れ――ッ!!」
空気を裂く音にも負けぬアレクの声量に素早く反応する仲間たち。
轟音。風圧で巻き起こる土煙。
慌てて飛び退った冒険者たちの視覚と聴覚は、その2つで一瞬にして遮られた。
(騎士たちは避けられたか?)
アレクの位置からは確認できなかった。それより今は――土煙が晴れてくる。
仲間たちの姿。傍にあるのを確認する。全員無事だ。
だが、煙の奥から姿を見せたのはアレクの仲間たちだけではなかった。
「グオオオォオオオオオオオオオオオオ!」
長首をもたげ、間近で見下ろすその迫力に、冒険者たちは肉体を強張らせてしまう。
事前に与えられていた情報で覚悟を固めていたはずだが、その存在感は想像を遥かに超えていた。
特徴的なのは大きな口腔に樹齢幾千年を思わせる大樹の如き太さの首だ。
「なーるほど。牛馬をひと呑みって、誇張でもなんでもなかったんだな」
「そんなこと言ってる場合ですか、ギル!」
「分かってるって。・・・・・・あの鱗は分厚そうだな」
さらに、腹と背の境にはびっしりと紅く巨大な爪が生え揃い、しきりに蠢いている。
強張った己を叱咤するように、アレクが吐き捨てた。
「・・・ムカデとトカゲのあいのこ、って感じだな。まさに”蟲竜”ってわけかい」
縄張り意識が強いのだろうか、はたまた別に原因があるのか、濁った瞳は”金狼の牙”たちを睨みつけており、明確に敵対者として捉えているようだった。
その中を、隊列を組んで進んでいる。
空気は冷たいが、冒険者の鼻先からは汗が滴っていた。
人が立ち入ることなどないのだろう。
馬車は麓の村で預かってもらい、荷はすべて自分たちで背負っていた。
「・・・・・・重い」
妙に表情のない顔でギルが呟いた。彼は≪カナンの鎧≫を着込んだまま進んでいる。
とはいうものの、ここら一帯を治めるランプトン家の現当主からの依頼、それも若さに似合わず領民の気持ちをよく汲む統治者と評価の高い人物からの依頼とあっては、簡単に破棄するわけにはいかない。
もとは世継ぎになる予定にはなかった次男坊で、長男が病没するまでは自由気ままに生きていた。
リューンで冒険者として活動していた時期もあり、”金狼の牙”たちのような人種に対する理解も深い。
遠方からわざわざ≪狼の隠れ家≫の”金狼の牙”を指名して遣いを寄越した。
その厚い対応に冒険者としての自尊心をくすぐられないでもなかったが、同時にただ事では済まないという予感を、彼らは持ったものだ。
主力ではないとはいえ、あてにされていることには間違いない。
「それにしても――竜かあ」
「ええ、竜ですよ。稀少さから”幻想種”なんて呼ばれることもあります」
――件の災禍、つまり竜は嵐のごとく突如として現れたかと思えば去っていく、まさしく神出鬼没の存在であり、領民からの目撃証言も当初はほぼ得られなかった。
それでも竜種であると断定できたのには理由がある。
被害が起き始めたのは1年ほど前からだが、たったそれだけの間に襲われた集落の数が、数十にのぼったのだ。
必然的に目撃証言も多く・・・証言内容を総合し、吟味した結果、その災禍は遠くから見るとまるで蛇のような姿かたちをしているらしい。
胴は丸太を何本も束ねたかのように太く、同時に、途轍もなく長い。
前触れなく空から降ってきた、なんて話まで出ている。
「討伐、あるいは2度と暴れることのないように、痛めつけて追い払うことを要求されている・・・というわけです」
依頼主の話では、領内の数多の村が襲われたらしく、大型の家畜すらも食い尽くされ、あるいは逃げ遅れた村民も丸呑みにされる事態に至ったこともあるようだ。
ランプトン卿は近隣諸国へと遣いを送り、古今、同様の事件がないかを洗い出した。
浮かび上がってきたのは、『蟲竜』『地竜』『長虫』・・・と、様々な形で呼称される、長い手足や翼を持たない原始的なドラゴン――ワイアームである。
長命な竜種は、各地を荒らしつくしながら、遥か東の地より、少しずつ西へ西へと移り棲んで来たようだが――その規模、数百年。幾度となく討伐隊は組まれたが、そのすべてが敗北している。
尋常ならざる相手である。
「でもま、おかげさんで成功報酬が銀貨3000枚だもんなあ・・・。しばらく遊んで暮らせる大金だし」
「しかも、『竜殺し』の名誉とともにだからな」
幼馴染コンビの楽天的な見解を、アウロラは冷たい目で見やった。
「その金額分だけ――いや、金額以上に厳しい依頼になるかもしれない、という覚悟はしておいた方がいいでしょうね」
「・・・まぁ、相手が相手だからな」
エディンはこういった山歩きにきわめて不向きなジーニをたまに助けつつ、アウロラの言に同意した。
「竜の弱点ってないの?」
くりんとした瞳でミナスはアウロラやギルを見上げた。
「残念ながら、それについての情報は与えられていません。というか、外見以外のことはほとんど謎に包まれている」
「・・・・・・まぁ、実物を眼にしないことにはなぁ」
「ふーん。そういうものなんだ」
二人の説明に納得したのか、ミナスは頷くと、元気よく跳ね回りながら前に進む。
他の仲間も、背からずり落ちそうになっている重い荷を、肩を揺すり腰で跳ね上げて担ぎ直した。
先頭を行くのは騎士たちである。まずは先行隊との合流を果たそうとしているのか、或いはどこか拠点にできる地形を探しているのだろうか。
大まかな方針は彼ら騎士たちの裁量に任せ、冒険者たちは周囲の警戒に集中していた。
首と視線をしきりに左右に往復させては、気配も同時に探っていく。
「・・・・・・なんというか」
「・・・・・・静か過ぎる」
ミナスとアレクが、ほぼ同時に喋った。
斥候役としての経験も豊富なエディンが、二人を褒めて頭を撫でる。
「だな――だが、油断はできない」
周りの、道は険しいが豊かな森を指す。

「この場に近づくにつれ荒んでいた風景が、別物のように豊かになった」
「うん、そういえばそうだね。なんで?」
「自らの棲家だけは荒れないようにしていると考えれば、この環境の変化にも納得できるからな」
「・・・・・・とすると」
アレクは顎に手をやりつつ口を開いた。
「・・・もう縄張りの範囲内、ってこともあり得るわけだ。気を引き締めないとな」
「さて鬼が出るか、蛇が出るか」

「・・・ジーニ。その台詞、相当好きなんだな。前にも言ってなかったか?」
「言ったわよ。ワールウインドの遺跡に行った時と、山奥の廃教会に捕まってた時ね」
エディンが小さく茶々を入れる。
「いや竜だろ」
「・・・ソウデシタネ」
大人組みがそんな緊張を欠いた台詞の応酬をしていたすぐ後。
「・・・・・・?」
アレクは無意識に剣の柄に手をやっていた。
――不意に。
隊の周囲のみ、木々の枝葉や草花がざわめいた。
だが、何者かが潜んでいる気配はない。
「風・・・・・・隊の周囲、だけ?」
「上から――だ」
小首を傾げたミナスに、剣士は即座に答えを返した。
影が差し、辺りが暗くなる。
空を裂く音とどんどん濃くなる影に、慌てて他の仲間も上方を振り仰いだ。
己が視界に飛び込んできたソレが何であるかを、冒険者たちが理解したわけではない。そんな暇は、与えられなかった。
(――ヤバイっ!!)

「みんな、散れ――ッ!!」
空気を裂く音にも負けぬアレクの声量に素早く反応する仲間たち。
轟音。風圧で巻き起こる土煙。
慌てて飛び退った冒険者たちの視覚と聴覚は、その2つで一瞬にして遮られた。
(騎士たちは避けられたか?)
アレクの位置からは確認できなかった。それより今は――土煙が晴れてくる。
仲間たちの姿。傍にあるのを確認する。全員無事だ。
だが、煙の奥から姿を見せたのはアレクの仲間たちだけではなかった。
「グオオオォオオオオオオオオオオオオ!」
長首をもたげ、間近で見下ろすその迫力に、冒険者たちは肉体を強張らせてしまう。
事前に与えられていた情報で覚悟を固めていたはずだが、その存在感は想像を遥かに超えていた。
特徴的なのは大きな口腔に樹齢幾千年を思わせる大樹の如き太さの首だ。
「なーるほど。牛馬をひと呑みって、誇張でもなんでもなかったんだな」
「そんなこと言ってる場合ですか、ギル!」
「分かってるって。・・・・・・あの鱗は分厚そうだな」
さらに、腹と背の境にはびっしりと紅く巨大な爪が生え揃い、しきりに蠢いている。
強張った己を叱咤するように、アレクが吐き捨てた。
「・・・ムカデとトカゲのあいのこ、って感じだな。まさに”蟲竜”ってわけかい」
縄張り意識が強いのだろうか、はたまた別に原因があるのか、濁った瞳は”金狼の牙”たちを睨みつけており、明確に敵対者として捉えているようだった。
tb: -- cm: 0
Wed.
暴虐の具現者 1 
リューンから北西に6日馬車を走らせ、さらに2日間、南北を繋ぐ大きな河を遡上したところ。
人も物も、せわしなく動き続ける地方がある。
――ランプトン領。
農業、交易、ともに活発な土地だ。ここは、そんなランプトン領内にある農村のひとつだった。
この時期なら、収穫期に達した黄金色の小麦が村の畑一面に茂り、さわさわと音を奏でているはずであった。
だが今はその音もない。
・・・多くの若者が畑を捨てて逃げてしまったからだ。
「・・・・・・・・・」
ミナスは悲しそうな顔で、ただ荒涼とした畑を見渡した。
若者たちがこの村から姿を消した理由は、ある災禍がこの地方に根を下ろしたからである。
”金狼の牙”たちはその災禍とやらを目の当たりにしてはいないが、情報が本当だとすれば、一般人が抗せるようなモノではない。
というよりも――。

(俺たちのように・・・日々闘いに身を置く者にとっても、気楽に向かい合える相手じゃない)
アレクは密かにそう思っている。
災禍の爪痕は村のいたるところに残っているようだ。
家屋の屋根や壁が破壊されているのは被害としては軽い方で、全壊している物も珍しくはない。
かつて住民たちが雑談に華を咲かせたり、集会で用いたであろう村の中央に位置する広場には、まるで隕石でも墜ちたかのような大穴も空いていた。
「話には聞いてたけれど、大したものね」
「大したっていうか・・・。相手にするのかねえ、本当に俺らで」
ジーニが感心しきりといった様子でいるのに水を差すかのごとく、エディンがため息をつく。
”金狼の牙”たちは依頼を受けてここにいる。
依頼の目的はこの地を見舞った災禍――を、もたらした原因を排除することだった。
領内で同様の被害が出始めたのは、1年ほど前からだ。
そして、今なお被害を受ける地域は増え続けており、終息する気配は見えていない。
ギルはひょいと荷物を担ぎ直すと、仲間を振り返って言った。
「原因はこの村の北西だ。とっとと出発しようぜ」
村人が掻き集めてくれた保存食は簡素で量も少なかったが、十分に冒険者たちの心と空腹を満たしている。
一同が動き始めると、白銀の鎧に身を包んだ人物から話しかけられた。
「冒険者殿・・・よいか?」
「ん・・・?あぁ、シニサさんか、なんでしょう?」
間近にいたアレクが振り返ったため、彫刻のような美貌にやや気圧されながらもその騎士は口を開いた。
「もうそろそろ出立しようと思うのだが。目的地までもう、さほどの距離もないとはいえ、陽の高いうちに到着しておくべきだ」
「そうですね」
「それで準備のほどは――?」
「発てますよ、いつでも」
簡素だが肯定である返事に、騎士は満足と喜びの声をあげた。
騎士は今回の依頼における同行者である。
いや、その表現はいささか正確ではない。
今回の依頼の主力はあくまで彼ら――騎士団であり、”金狼の牙”をこそ同行者と呼ぶべきだった。
――と。
入れ替わりに冒険者たちの前に姿を現したのは、この村に住む少年だった。
「おーい、待ってよ、冒険者さんたち――と」
「・・・・・・」
「アレクシスのおっさん!」
「お兄さんと呼べ!ひっぱたくぞ、このガキ!」
アレクはまだ16歳である、そう言いたくなるのも無理はない。
村の少年は軽やかな笑い声をあげると、ごめんごめんと謝った。
彼はこの村に到着した時から、なにくれとなく冒険者の一行にまとわりつき、年の近いミナスやお気に入りになったアレクから冒険譚を聞かせてもらっては、瞳を輝かせていたものだ。
・・・彼らが語った話は、少しばかり脚色されてはいたが。
「なぁ・・・・・・アレクシス」
「・・・・・・?」
「ぼーけん終わったら・・・帰りにもここに来て、どんなぼーけんだったか話してくれるよな。・・・ねぇ、約束してよ」
「ま、帰り道だしな・・・。飛びっきりの冒険譚を聞かせてやる」
もう村に危険が降りかかる事もない、と言ってクシャリと少年を頭をひと撫ですると、
「・・・・・・うん!」
と彼は信頼を込めた視線でアレクを見やった。
親が心配する前にと促され、少年は家に帰ろうと踵を返したが、中途で何かを思い出したようで慌てて立ち止まり、アレクにポケットから取り出した何かを投げてくる。
「あ、そうだアレクシス!これあげるっ!」
アレクが受け取ったのは、オレンジ色の珍しい木の実だった。
「じゃあね!」
「・・・・・・」
走り去る少年を無言で見守るアレクに、アウロラが問う。

「・・・よかったのですか、軽々しく約束して。今回のヤマは途轍もなく厄介なんですよ?」
「・・・なんだ、達成して帰ってくるつもりがないのか?」
「そんなつもりじゃありませんけど・・・」
「だったら同じさ。依頼が厄介だろうがなかろうが、やるべきことは変らん」
普段は口数の少ない男が珍しく興に乗じて話をしたのは、ただの同情心や哀れみではなかったらしい。
落ち着いた挙措のまま出発を口にされて、アウロラも小さく苦笑してから後に続いた。
人も物も、せわしなく動き続ける地方がある。
――ランプトン領。
農業、交易、ともに活発な土地だ。ここは、そんなランプトン領内にある農村のひとつだった。
この時期なら、収穫期に達した黄金色の小麦が村の畑一面に茂り、さわさわと音を奏でているはずであった。
だが今はその音もない。
・・・多くの若者が畑を捨てて逃げてしまったからだ。
「・・・・・・・・・」
ミナスは悲しそうな顔で、ただ荒涼とした畑を見渡した。
若者たちがこの村から姿を消した理由は、ある災禍がこの地方に根を下ろしたからである。
”金狼の牙”たちはその災禍とやらを目の当たりにしてはいないが、情報が本当だとすれば、一般人が抗せるようなモノではない。
というよりも――。

(俺たちのように・・・日々闘いに身を置く者にとっても、気楽に向かい合える相手じゃない)
アレクは密かにそう思っている。
災禍の爪痕は村のいたるところに残っているようだ。
家屋の屋根や壁が破壊されているのは被害としては軽い方で、全壊している物も珍しくはない。
かつて住民たちが雑談に華を咲かせたり、集会で用いたであろう村の中央に位置する広場には、まるで隕石でも墜ちたかのような大穴も空いていた。
「話には聞いてたけれど、大したものね」
「大したっていうか・・・。相手にするのかねえ、本当に俺らで」
ジーニが感心しきりといった様子でいるのに水を差すかのごとく、エディンがため息をつく。
”金狼の牙”たちは依頼を受けてここにいる。
依頼の目的はこの地を見舞った災禍――を、もたらした原因を排除することだった。
領内で同様の被害が出始めたのは、1年ほど前からだ。
そして、今なお被害を受ける地域は増え続けており、終息する気配は見えていない。
ギルはひょいと荷物を担ぎ直すと、仲間を振り返って言った。
「原因はこの村の北西だ。とっとと出発しようぜ」
村人が掻き集めてくれた保存食は簡素で量も少なかったが、十分に冒険者たちの心と空腹を満たしている。
一同が動き始めると、白銀の鎧に身を包んだ人物から話しかけられた。
「冒険者殿・・・よいか?」
「ん・・・?あぁ、シニサさんか、なんでしょう?」
間近にいたアレクが振り返ったため、彫刻のような美貌にやや気圧されながらもその騎士は口を開いた。
「もうそろそろ出立しようと思うのだが。目的地までもう、さほどの距離もないとはいえ、陽の高いうちに到着しておくべきだ」
「そうですね」
「それで準備のほどは――?」
「発てますよ、いつでも」
簡素だが肯定である返事に、騎士は満足と喜びの声をあげた。
騎士は今回の依頼における同行者である。
いや、その表現はいささか正確ではない。
今回の依頼の主力はあくまで彼ら――騎士団であり、”金狼の牙”をこそ同行者と呼ぶべきだった。
――と。
入れ替わりに冒険者たちの前に姿を現したのは、この村に住む少年だった。
「おーい、待ってよ、冒険者さんたち――と」
「・・・・・・」
「アレクシスのおっさん!」
「お兄さんと呼べ!ひっぱたくぞ、このガキ!」
アレクはまだ16歳である、そう言いたくなるのも無理はない。
村の少年は軽やかな笑い声をあげると、ごめんごめんと謝った。
彼はこの村に到着した時から、なにくれとなく冒険者の一行にまとわりつき、年の近いミナスやお気に入りになったアレクから冒険譚を聞かせてもらっては、瞳を輝かせていたものだ。
・・・彼らが語った話は、少しばかり脚色されてはいたが。
「なぁ・・・・・・アレクシス」
「・・・・・・?」
「ぼーけん終わったら・・・帰りにもここに来て、どんなぼーけんだったか話してくれるよな。・・・ねぇ、約束してよ」
「ま、帰り道だしな・・・。飛びっきりの冒険譚を聞かせてやる」
もう村に危険が降りかかる事もない、と言ってクシャリと少年を頭をひと撫ですると、
「・・・・・・うん!」
と彼は信頼を込めた視線でアレクを見やった。
親が心配する前にと促され、少年は家に帰ろうと踵を返したが、中途で何かを思い出したようで慌てて立ち止まり、アレクにポケットから取り出した何かを投げてくる。
「あ、そうだアレクシス!これあげるっ!」
アレクが受け取ったのは、オレンジ色の珍しい木の実だった。
「じゃあね!」
「・・・・・・」
走り去る少年を無言で見守るアレクに、アウロラが問う。

「・・・よかったのですか、軽々しく約束して。今回のヤマは途轍もなく厄介なんですよ?」
「・・・なんだ、達成して帰ってくるつもりがないのか?」
「そんなつもりじゃありませんけど・・・」
「だったら同じさ。依頼が厄介だろうがなかろうが、やるべきことは変らん」
普段は口数の少ない男が珍しく興に乗じて話をしたのは、ただの同情心や哀れみではなかったらしい。
落ち着いた挙措のまま出発を口にされて、アウロラも小さく苦笑してから後に続いた。
tb: -- cm: 0
Mon.
廃教会の地下 5 
ジーニは荷物袋からヒヨス草とは違う薬草を取り出した。
魔獣の角を取りに行った時、森で採取したものである。
木苺にも似た外見のそれをよくすり潰し、アウロラとアレクの口に無理やり含ませて嚥下させた。
「まっず!うげえ・・・」
「・・・・・・すごく青臭いし、苦いですね」
「文句言わないでよ。死ぬよりましでしょ」
それよりも早く二人の癒しを使ってくれと促されて、二人は慌てて周りに伏したままの面子を見渡した。
アレクが懐から飛び出していた雪精トールを呼ぶ。
「トール、おい、トール!大丈夫か?」
「アレクはん、大丈夫でっせ。どうにか最後の光線は避けましたさかい」
「悪いが、アウロラと一緒にみんなの傷を癒してくれ。俺は最後でいいから」
「ではトール、私が癒し切れなかった方をお願いしますね」
そう言うと、アウロラは【癒身の結界】を唱えた。
彼女の体から微かに金色がかった法力が発せられ、円陣となって仲間や自分を覆う。
たまに失敗する事もあるこの法術は、ほぼ大方の傷を癒し終わっていたが、ミナスだけがその円陣から漏れていたらしく、目ざとく見つけたトールが魔力で治した。
「ん・・・・・・。ありがとう、トール・・・あとは自分で出来るよ・・・」
気絶から立ち直ったミナスが、水の精霊の霊験で残りの傷を塞いだ。
その様子をじっと見守っていたギルが、終わった頃を見計らって声を出す。
「・・・上に戻ろう。報告する奴がいるだろ」
一同は重い足取りでゼンを横たえておいた教会のスペースへと戻っていった・・・。
「良かった。無事だったんですね」

「ゼン・・・」
エディンが続ける。
「あの怪物について何か知っているんだろ。教えてくれ・・・」
「バウルに会ったんですか」
冒険者は首を縦に振った。
「僕やバウルは戦争で帰る場所を失くした孤児です」
リューンは戦争をしているわけではないが、その周辺諸国では珍しくもない話だった。
そうした孤児たちを、聖北教会の関係者が集めて面倒を見ることも。
しかし・・・神父が孤児を養っていた本当の目的、それは人体実験の贄にするためであった。
異教徒の勢力は未だ衰えず、ここ数十年に強い聖者と呼べる者は一人も出てきていない。
神父はこれを聖北の危機と考えた。
『聖者が居ないのなら作り出せば良い』
後は・・・、語るまでもない。
「バウルは神父様を殺して僕を救ってくれました。でも、彼の体はもう手遅れで、心は今も蝕まれている。そして、バウルは死ぬ事さえ許されなかった」
ゼンの目は、乾いていた。
ただ、僅かに震える唇の動きが、その激情を物語っている。
「何度刺しても、何処を切っても死なないんだ!」
「・・・・・・弱点は?」
我ながら非情な声だな、とジーニは思った。ゼンの嘆きももっともかもしれないが、彼女はそれにかまってはいない。
「それが分かっていれば、テスカさんも死なずに済んだかもしれない・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
目を閉じたアウロラは、十字を切ってテスカや最初に調査に訪れた者たちと――バウルの冥福を祈った。
バウルは恐らく喜ばないだろう。それでも、彼女には他にバウルのためにしてやれることはない。
(まだ諦めるには早いな)
(もう一度、地下を調べてみよう。見落としがあるかも知れない)
そう考えたギルは、ゼンに「そこにいろ」とだけ言い捨てて、他の仲間を再び地下へと促した。
「何をするつもりだ?依頼は完遂したんだぜ、リーダー?」
「依頼はな。・・・でも、そこで終わりにするのはちょっと、納得いかないのさ」
「・・・ギルの言うとおりかも。あたしたち、地下で他の部屋調べてないわ」
「うん?」
エディンはジーニを見つめた。
「真相をはっきりさせられる証拠。それがあれば、教会に責任を追及するくらいはできるんじゃない?」
「・・・なるほど。聖北教会を絞るつもりか」
眠たげな瞳が気遣わしげに聖職者を見やったが、彼女は我が意を得たとばかりに頷いていた。
「ご存分にお願いします。私に気兼ねなさる必要はありませんよ」
「ってことで。頼んだわよ、エディ」
「ヘイヘイ」
こうして彼らは、まだ開けていなかった部屋たちを細かく調べ始めた。
神父が使っていたらしい部屋の本棚には、「不死の怪物」や「再生機能をもつ怪物」についての記述がある本が並んでいる。
「こっちは吸血鬼・・・これはオーガ。こっちの緑の背表紙はドラゴンか」
「・・・・・・なんですか、このゴキブリーチェって」
「徹底的に調べました、ってとこね。・・・人が人道から外れる力を人為的に身につけた結果が、ここよ」
気に食わないわ、とジーニは言った。
こっちの部屋はなんだろう、とアレクの手を引いて向かい側のスペースに向かったミナスは目を瞠った。
壁一面を埋め尽くす巨大な薬品棚と、大きな寝台が目に映る。
ここは他の部屋とは違うようだ。
ふと、アレクが床に目をやると・・・寝台の横に神父らしきものの死体があった。
「エディン。来てくれないか」
「うん?・・・・・・おやおや、問題の神父様かい」

右手にナイフを握り締めたまま、胸元には大きな穴が空いている。
お人よしそうな、むしろ間の抜けた感じの髭を見て、エディンはケッとだけ言って手を動かした。
その途中で、神父の左手に目が留まる。
手には黒い輝きを発する不気味な十字架が握られていた。
「これは・・・・・・」
「・・・この形自体はよくある聖印と一緒です。ですが、何らかの魔力が込められているようですね」
「不吉の徴、ってやつか?まあ、こいつがあれば告発くらいは出来るかな」
「はい。前にご依頼をいただいた司祭様を通じて、ちょっとお話させてもらいましょう」
ごく穏やかな普段どおりのアウロラの声だったが、内側に何か燃えるものがあるのは明白だった。
ゼンにはそれ以上声をかけることもなく、ただテスカが残した遺品を引き取って、”金狼の牙”たちは依頼人への報告にいった。
「ありがとうございます。これで死んだ村人たちも報われる事でしょう」
素直なパリスの礼は、あの陰鬱な地下から抜け出てきた冒険者たちには甘く響いた。
やっと、「人間」のいるところに帰ってこれた気がする。
彼女の手から報酬を得た後、”金狼の牙”は今回の件をネタに聖北教会を――有体に言って脅しつけ、幾ばくかの口止め料を受け取った。
「銀貨1500枚か・・・もうちょっと吹っかけてやれば良かったかねぇ」
「いえいえ、見事な交渉でしたよ。さすがエディンです」
「でもあれ、ちょっとテスカのまねしてたでしょ。僕分かったよ」
「よく見抜いたなあ。ま、こいつで一杯やって、テスカに献杯するつもりさ。付き合えよ、お前ら」
「それにしても、今回ちょっと危なかったなあ。リーダーとして反省してるよ。ジーニだけでよく勝ってくれた」
「そうでしょ?大変だったんだからね、もっと褒めなさい」
「・・・ジーニは、それが無ければいい奴なんだがな・・・」
苦笑するアレクの懐で、トールが同感というように頷いた。
※収入2500sp※
--------------------------------------------------------
■後書きまたは言い訳
41回目のお仕事は、SARUOさんのシナリオで廃教会の地下です。マットさんの密売組織シリーズや平江さんの氷室の囚人、そして前回の不思議な博物店と、ふと振り返るとけっこう聖北教会関係のお仕事も片付けているようなので、その噂を聞いた人に依頼されそうな事件を探して、今回のシナリオとなりました。
SARUOさんのお作りになるダンジョンは、独特の休憩ポイントやトラップ、敵の弱点などがあって非常におもしろい、ある意味TRPGにちょっと近い感じかと。・・・そう思ってるの私だけか。
その中でも、この廃教会の地下は10分と想定プレイ時間は短いのですが、後味の悪さにかけては群を抜いており、エンディング前のやるせなさ、ベストのないベターの解決が後を引きます。(褒めてます)
・・・そういうシリアス作品なのに、がっちり笑える要素も実は本棚に詰まってたり。なんですか本当に駆動少女フェラールって。(笑)
戦闘では画像の通り、新品の盾と風で防護してたジーニ以外が斃れるという全滅寸前まで追い込まれました。
いやあ、危なかった。死んでもやり直ししようとは思っていましたが、ここで勝ったからこそジーニとも言えそうで、正直私は頭が痛いです。きっとこの人、ずーっとこれいい続けそう・・・。(笑)
あ、追記。冒頭の会話はシナリオにはありません。
順に、
要港都市ベルサレッジ(あんもないとさん作)
希望の都フォーチュン=ベル(Djinnさん作)
カナンの鎧(Askさん作)
となっております。トールについて知りたい方は、このリプレイの中の雪山の巨人を読んで下さい。
次回は打って変わって野外に出ようと思います。熱いスカっとするシナリオにするぜ!
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。
魔獣の角を取りに行った時、森で採取したものである。
木苺にも似た外見のそれをよくすり潰し、アウロラとアレクの口に無理やり含ませて嚥下させた。
「まっず!うげえ・・・」
「・・・・・・すごく青臭いし、苦いですね」
「文句言わないでよ。死ぬよりましでしょ」
それよりも早く二人の癒しを使ってくれと促されて、二人は慌てて周りに伏したままの面子を見渡した。
アレクが懐から飛び出していた雪精トールを呼ぶ。
「トール、おい、トール!大丈夫か?」
「アレクはん、大丈夫でっせ。どうにか最後の光線は避けましたさかい」
「悪いが、アウロラと一緒にみんなの傷を癒してくれ。俺は最後でいいから」
「ではトール、私が癒し切れなかった方をお願いしますね」
そう言うと、アウロラは【癒身の結界】を唱えた。
彼女の体から微かに金色がかった法力が発せられ、円陣となって仲間や自分を覆う。
たまに失敗する事もあるこの法術は、ほぼ大方の傷を癒し終わっていたが、ミナスだけがその円陣から漏れていたらしく、目ざとく見つけたトールが魔力で治した。
「ん・・・・・・。ありがとう、トール・・・あとは自分で出来るよ・・・」
気絶から立ち直ったミナスが、水の精霊の霊験で残りの傷を塞いだ。
その様子をじっと見守っていたギルが、終わった頃を見計らって声を出す。
「・・・上に戻ろう。報告する奴がいるだろ」
一同は重い足取りでゼンを横たえておいた教会のスペースへと戻っていった・・・。
「良かった。無事だったんですね」

「ゼン・・・」
エディンが続ける。
「あの怪物について何か知っているんだろ。教えてくれ・・・」
「バウルに会ったんですか」
冒険者は首を縦に振った。
「僕やバウルは戦争で帰る場所を失くした孤児です」
リューンは戦争をしているわけではないが、その周辺諸国では珍しくもない話だった。
そうした孤児たちを、聖北教会の関係者が集めて面倒を見ることも。
しかし・・・神父が孤児を養っていた本当の目的、それは人体実験の贄にするためであった。
異教徒の勢力は未だ衰えず、ここ数十年に強い聖者と呼べる者は一人も出てきていない。
神父はこれを聖北の危機と考えた。
『聖者が居ないのなら作り出せば良い』
後は・・・、語るまでもない。
「バウルは神父様を殺して僕を救ってくれました。でも、彼の体はもう手遅れで、心は今も蝕まれている。そして、バウルは死ぬ事さえ許されなかった」
ゼンの目は、乾いていた。
ただ、僅かに震える唇の動きが、その激情を物語っている。
「何度刺しても、何処を切っても死なないんだ!」
「・・・・・・弱点は?」
我ながら非情な声だな、とジーニは思った。ゼンの嘆きももっともかもしれないが、彼女はそれにかまってはいない。
「それが分かっていれば、テスカさんも死なずに済んだかもしれない・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
目を閉じたアウロラは、十字を切ってテスカや最初に調査に訪れた者たちと――バウルの冥福を祈った。
バウルは恐らく喜ばないだろう。それでも、彼女には他にバウルのためにしてやれることはない。
(まだ諦めるには早いな)
(もう一度、地下を調べてみよう。見落としがあるかも知れない)
そう考えたギルは、ゼンに「そこにいろ」とだけ言い捨てて、他の仲間を再び地下へと促した。
「何をするつもりだ?依頼は完遂したんだぜ、リーダー?」
「依頼はな。・・・でも、そこで終わりにするのはちょっと、納得いかないのさ」
「・・・ギルの言うとおりかも。あたしたち、地下で他の部屋調べてないわ」
「うん?」
エディンはジーニを見つめた。
「真相をはっきりさせられる証拠。それがあれば、教会に責任を追及するくらいはできるんじゃない?」
「・・・なるほど。聖北教会を絞るつもりか」
眠たげな瞳が気遣わしげに聖職者を見やったが、彼女は我が意を得たとばかりに頷いていた。
「ご存分にお願いします。私に気兼ねなさる必要はありませんよ」
「ってことで。頼んだわよ、エディ」
「ヘイヘイ」
こうして彼らは、まだ開けていなかった部屋たちを細かく調べ始めた。
神父が使っていたらしい部屋の本棚には、「不死の怪物」や「再生機能をもつ怪物」についての記述がある本が並んでいる。
「こっちは吸血鬼・・・これはオーガ。こっちの緑の背表紙はドラゴンか」
「・・・・・・なんですか、このゴキブリーチェって」
「徹底的に調べました、ってとこね。・・・人が人道から外れる力を人為的に身につけた結果が、ここよ」
気に食わないわ、とジーニは言った。
こっちの部屋はなんだろう、とアレクの手を引いて向かい側のスペースに向かったミナスは目を瞠った。
壁一面を埋め尽くす巨大な薬品棚と、大きな寝台が目に映る。
ここは他の部屋とは違うようだ。
ふと、アレクが床に目をやると・・・寝台の横に神父らしきものの死体があった。
「エディン。来てくれないか」
「うん?・・・・・・おやおや、問題の神父様かい」

右手にナイフを握り締めたまま、胸元には大きな穴が空いている。
お人よしそうな、むしろ間の抜けた感じの髭を見て、エディンはケッとだけ言って手を動かした。
その途中で、神父の左手に目が留まる。
手には黒い輝きを発する不気味な十字架が握られていた。
「これは・・・・・・」
「・・・この形自体はよくある聖印と一緒です。ですが、何らかの魔力が込められているようですね」
「不吉の徴、ってやつか?まあ、こいつがあれば告発くらいは出来るかな」
「はい。前にご依頼をいただいた司祭様を通じて、ちょっとお話させてもらいましょう」
ごく穏やかな普段どおりのアウロラの声だったが、内側に何か燃えるものがあるのは明白だった。
ゼンにはそれ以上声をかけることもなく、ただテスカが残した遺品を引き取って、”金狼の牙”たちは依頼人への報告にいった。
「ありがとうございます。これで死んだ村人たちも報われる事でしょう」
素直なパリスの礼は、あの陰鬱な地下から抜け出てきた冒険者たちには甘く響いた。
やっと、「人間」のいるところに帰ってこれた気がする。
彼女の手から報酬を得た後、”金狼の牙”は今回の件をネタに聖北教会を――有体に言って脅しつけ、幾ばくかの口止め料を受け取った。
「銀貨1500枚か・・・もうちょっと吹っかけてやれば良かったかねぇ」
「いえいえ、見事な交渉でしたよ。さすがエディンです」
「でもあれ、ちょっとテスカのまねしてたでしょ。僕分かったよ」
「よく見抜いたなあ。ま、こいつで一杯やって、テスカに献杯するつもりさ。付き合えよ、お前ら」
「それにしても、今回ちょっと危なかったなあ。リーダーとして反省してるよ。ジーニだけでよく勝ってくれた」
「そうでしょ?大変だったんだからね、もっと褒めなさい」
「・・・ジーニは、それが無ければいい奴なんだがな・・・」
苦笑するアレクの懐で、トールが同感というように頷いた。
※収入2500sp※
--------------------------------------------------------
■後書きまたは言い訳
41回目のお仕事は、SARUOさんのシナリオで廃教会の地下です。マットさんの密売組織シリーズや平江さんの氷室の囚人、そして前回の不思議な博物店と、ふと振り返るとけっこう聖北教会関係のお仕事も片付けているようなので、その噂を聞いた人に依頼されそうな事件を探して、今回のシナリオとなりました。
SARUOさんのお作りになるダンジョンは、独特の休憩ポイントやトラップ、敵の弱点などがあって非常におもしろい、ある意味TRPGにちょっと近い感じかと。・・・そう思ってるの私だけか。
その中でも、この廃教会の地下は10分と想定プレイ時間は短いのですが、後味の悪さにかけては群を抜いており、エンディング前のやるせなさ、ベストのないベターの解決が後を引きます。(褒めてます)
・・・そういうシリアス作品なのに、がっちり笑える要素も実は本棚に詰まってたり。なんですか本当に駆動少女フェラールって。(笑)
戦闘では画像の通り、新品の盾と風で防護してたジーニ以外が斃れるという全滅寸前まで追い込まれました。
いやあ、危なかった。死んでもやり直ししようとは思っていましたが、ここで勝ったからこそジーニとも言えそうで、正直私は頭が痛いです。きっとこの人、ずーっとこれいい続けそう・・・。(笑)
あ、追記。冒頭の会話はシナリオにはありません。
順に、
要港都市ベルサレッジ(あんもないとさん作)
希望の都フォーチュン=ベル(Djinnさん作)
カナンの鎧(Askさん作)
となっております。トールについて知りたい方は、このリプレイの中の雪山の巨人を読んで下さい。
次回は打って変わって野外に出ようと思います。熱いスカっとするシナリオにするぜ!
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。
tb: -- cm: 2
Sun.
廃教会の地下 4 
ジーニは眼前に現れた『バウル』を見て、恐れを振り払うように杖を突きつけた。
「悪いわね。アンタには、ちょっとこのまま斃れてもらうわよ」
おどろおどろしい、という形容がこれほどまでに似合う怪物も珍しかった。
リザードマンのような腕、噂に聞くクラーケンのような触手、青白く発光する何か、翼竜のような翼、そして――理性を宿している、蛇のような一つ目。

何よりも恐ろしいのは、『バウル』は他人を傷つけたがらない意思の通じる存在であることだ。
(こんな姿に・・・・・・誰がしたの!?)
彼女は奥歯をギリリと噛み締めると、【閂の薬瓶】をベルトポーチから取り出して投げる機会を窺う。
周りに張っていた旋風の護りが怪物の体を削っていくも、傷ついた表皮が泡立ったかと思うと見る見るうちに再生していく。
「こいつ再生もちか!」
叫んだギルが、金色の斧に夜明けのような輝きを集めて振り抜く。
ミナスの周りを飛び交っていたスネグーロチカが再生を阻もうとしていた部分が、その攻撃によってごっそりと削られた。
エディンが様子を見て、反対側に回り込んで【暗殺の一撃】を繰り出した。
「――――――!!!」
声にならない言葉を放ち、『バウル』が身もだえする。
「わりぃな・・・終わりにしようぜ」
「!?皆、あれ!!」
エディンが呼び出したスネグーロチカを舞わせながら、怪物の上方を指した。
理性を宿していた一つ目が怪しく瞬き、凄まじいほどの殺気を凝縮し始める。
「あそこに攻撃を集中させるぞ」
「了解した」
ギルの指示に、まずアレクが走った。
剣先を床に打ち込み、飛礫を飛ばす。
しかし、その飛礫が突き刺さると同時にうねっていた触手が”金狼の牙”たちを薙ぎ倒していく。
全員が避けられずに吹き飛ばされるが、幸いに重傷を負ったものはいなかった。アウロラは一番防護の少ないエディンに向かい、次の攻撃が来る前にと【活力の法】を唱える。
ジーニとミナスの召喚した魔法が飛び、風と氷の吹きすさぶ中心へ、飛び上がったギルが攻撃を叩き込みながら叫んだ。
「あと少しだ!」
「【信守の障壁】も、あと少しで切れてしまいますよ!」
「アウロラも攻撃に移ってくれ!」
「・・・・・・仕方ないですね」
アウロラの右手の人差し指から、聖なる光の弾がまっすぐ打ち出される。
そのすぐ後に怪物の目から迸る【破壊光線】が放出され、補助魔法の切れた”金狼の牙”が劣勢に立たされた。
「しまった、戦法間違えたか・・・!」
ギルのその叫びの後、一同の中で立っていたのは風の障壁で自分を護っていたジーニだけだった。
「ふーう。この≪ロマンス盾≫がなきゃ、あたしも斃れてたわね」
そして不敵な表情で、ぎゅっと手の中の薬瓶を握りこんだ。不思議なワンド(杖)のカードの魔力で、敵の残りの生命力は大体分かっている。

「こいつで仕留められなきゃ・・・”金狼の牙”はおしまいね」
思い切り、詠唱を唱えてから振りかぶった。
「悪いわね。アンタには、ちょっとこのまま斃れてもらうわよ」
おどろおどろしい、という形容がこれほどまでに似合う怪物も珍しかった。
リザードマンのような腕、噂に聞くクラーケンのような触手、青白く発光する何か、翼竜のような翼、そして――理性を宿している、蛇のような一つ目。

何よりも恐ろしいのは、『バウル』は他人を傷つけたがらない意思の通じる存在であることだ。
(こんな姿に・・・・・・誰がしたの!?)
彼女は奥歯をギリリと噛み締めると、【閂の薬瓶】をベルトポーチから取り出して投げる機会を窺う。
周りに張っていた旋風の護りが怪物の体を削っていくも、傷ついた表皮が泡立ったかと思うと見る見るうちに再生していく。
「こいつ再生もちか!」
叫んだギルが、金色の斧に夜明けのような輝きを集めて振り抜く。
ミナスの周りを飛び交っていたスネグーロチカが再生を阻もうとしていた部分が、その攻撃によってごっそりと削られた。
エディンが様子を見て、反対側に回り込んで【暗殺の一撃】を繰り出した。
「――――――!!!」
声にならない言葉を放ち、『バウル』が身もだえする。
「わりぃな・・・終わりにしようぜ」
「!?皆、あれ!!」
エディンが呼び出したスネグーロチカを舞わせながら、怪物の上方を指した。
理性を宿していた一つ目が怪しく瞬き、凄まじいほどの殺気を凝縮し始める。
「あそこに攻撃を集中させるぞ」
「了解した」
ギルの指示に、まずアレクが走った。
剣先を床に打ち込み、飛礫を飛ばす。
しかし、その飛礫が突き刺さると同時にうねっていた触手が”金狼の牙”たちを薙ぎ倒していく。
全員が避けられずに吹き飛ばされるが、幸いに重傷を負ったものはいなかった。アウロラは一番防護の少ないエディンに向かい、次の攻撃が来る前にと【活力の法】を唱える。
ジーニとミナスの召喚した魔法が飛び、風と氷の吹きすさぶ中心へ、飛び上がったギルが攻撃を叩き込みながら叫んだ。
「あと少しだ!」
「【信守の障壁】も、あと少しで切れてしまいますよ!」
「アウロラも攻撃に移ってくれ!」
「・・・・・・仕方ないですね」
アウロラの右手の人差し指から、聖なる光の弾がまっすぐ打ち出される。
そのすぐ後に怪物の目から迸る【破壊光線】が放出され、補助魔法の切れた”金狼の牙”が劣勢に立たされた。
「しまった、戦法間違えたか・・・!」
ギルのその叫びの後、一同の中で立っていたのは風の障壁で自分を護っていたジーニだけだった。
「ふーう。この≪ロマンス盾≫がなきゃ、あたしも斃れてたわね」
そして不敵な表情で、ぎゅっと手の中の薬瓶を握りこんだ。不思議なワンド(杖)のカードの魔力で、敵の残りの生命力は大体分かっている。

「こいつで仕留められなきゃ・・・”金狼の牙”はおしまいね」
思い切り、詠唱を唱えてから振りかぶった。
tb: -- cm: 0
Sun.
廃教会の地下 3 
廊下はさらに地下へ続いていた。
そうして調べるうち、奥のほうから――なにやら、今まで聞いた事もない咆哮が轟く。

「夜毎に響く怪物の唸り声、か・・・」
「ただ事じゃないのは確かですね。ここは・・・、異常です」
手の中の書物を、ぎゅっと彼女は握り締めた。
古くてかび臭いそれは、所有者の未来の物語が記されているという。
決して開く事の出来ない本をアウロラは開けたくて仕方なかった。この先に何があるのだろう?
「さらに下の階がある・・・。ずいぶんと手の込んだ造りしてるな」
ランタンを掲げて先を示したエディンに、ミナスはぎゅっと眉根を寄せる。
杖に宿ってついてきているファハンやナパイアスが、彼に警告を発していた。
「・・・気をつけてって言ってるよ」
「こっちもだ」
短く返したアレクの懐で暴れている気配がある。
足音をいっそう殺した彼らは、数ある扉を無視して一気に最下層へと降りていった。
「ゼン・・・?」
最下層の奥にある扉、その向こうから声が聞こえてくる。
こちらの気配を察しているらしい。敏い奴だ、とエディンは舌打ちしたくなった。

「もう、オレには関わるな。お前は自由だ、ゼン・・・」
「!?」
声もない大人たちに代わって、ミナスは真っ直ぐに扉の向こうの存在へ問いかけた。
「君は誰?」
「・・・ぁぁ・・・、そうか・・・、また・・・、来たのか・・・」
「また、だよ」
「オレはバウル・・・、お前達の言うところの、教会の・・・、怪物・・・」
怪物に知性があり、名前があり、こちらと意志を通じることが出来るというのは意外だった。
階上で聞いた方向からすると、とてもそんな風には思えなかったからだ。
一同はじっと扉を見つめる。
「だが・・・、倒そうなどと・・・、思わないことだ・・・。それで、既に、何人もの、・・・が、死んでいる・・・」
「どうして話が出来るのに、他の人を殺しちゃったの?」
「まだ・・・、月は出ていない・・・。まだ・・・、理性を保てる・・・」
声は苦しげに喉を鳴らしながら、呟いた。
「今のうちに・・・、消えろ」

「・・・・・・・・・・・・」
ミナスはその台詞に対して悲しげに顔を歪めて、近くのギルを振り仰いだ。
「ねえ。どうしたらいい?」
「何が正解って奴でもないさ。だけどここで戦うのが俺らの仕事だ」
(そしてこれ以上、バウルって奴に罪を重ねさせないようにするのも)
ギルが口にしなかった事を、心中でアレクは続けた。
しばし口を閉じて推移を見守っていた女性陣は、ギルやアレクの顔を眺めてため息をついてから、魔法を唱え始める。
「本気なの、皆・・・?名前があるんだよ?逃がしてくれるって言ったんだよ?」
「ミナス。月が出てやっこさんの理性が保てなくなれば、ゼンが殺される可能性もあるんだぞ」
「あっ・・・・・・」
エディンが囁いた言葉に、ミナスは愕然となった。
「・・・相手を思いやる気持ちは大事だ。だがリーダーも言ったろう。仕事にベターはあっても、ベストなんてもんは滅多に起こるもんじゃねえんだ」
「他の誰かのために背負うって時も、あるのよ。度し難いものね」
あまり彼の世話をし慣れていない繊手が、波打つ亜麻色の髪を撫でる。
「それともアンタ、ここで冒険者辞める?」
「・・・・・・そんなの、絶対嫌だ。僕は僕の出来る事をするよ」
そうして調べるうち、奥のほうから――なにやら、今まで聞いた事もない咆哮が轟く。

「夜毎に響く怪物の唸り声、か・・・」
「ただ事じゃないのは確かですね。ここは・・・、異常です」
手の中の書物を、ぎゅっと彼女は握り締めた。
古くてかび臭いそれは、所有者の未来の物語が記されているという。
決して開く事の出来ない本をアウロラは開けたくて仕方なかった。この先に何があるのだろう?
「さらに下の階がある・・・。ずいぶんと手の込んだ造りしてるな」
ランタンを掲げて先を示したエディンに、ミナスはぎゅっと眉根を寄せる。
杖に宿ってついてきているファハンやナパイアスが、彼に警告を発していた。
「・・・気をつけてって言ってるよ」
「こっちもだ」
短く返したアレクの懐で暴れている気配がある。
足音をいっそう殺した彼らは、数ある扉を無視して一気に最下層へと降りていった。
「ゼン・・・?」
最下層の奥にある扉、その向こうから声が聞こえてくる。
こちらの気配を察しているらしい。敏い奴だ、とエディンは舌打ちしたくなった。

「もう、オレには関わるな。お前は自由だ、ゼン・・・」
「!?」
声もない大人たちに代わって、ミナスは真っ直ぐに扉の向こうの存在へ問いかけた。
「君は誰?」
「・・・ぁぁ・・・、そうか・・・、また・・・、来たのか・・・」
「また、だよ」
「オレはバウル・・・、お前達の言うところの、教会の・・・、怪物・・・」
怪物に知性があり、名前があり、こちらと意志を通じることが出来るというのは意外だった。
階上で聞いた方向からすると、とてもそんな風には思えなかったからだ。
一同はじっと扉を見つめる。
「だが・・・、倒そうなどと・・・、思わないことだ・・・。それで、既に、何人もの、・・・が、死んでいる・・・」
「どうして話が出来るのに、他の人を殺しちゃったの?」
「まだ・・・、月は出ていない・・・。まだ・・・、理性を保てる・・・」
声は苦しげに喉を鳴らしながら、呟いた。
「今のうちに・・・、消えろ」

「・・・・・・・・・・・・」
ミナスはその台詞に対して悲しげに顔を歪めて、近くのギルを振り仰いだ。
「ねえ。どうしたらいい?」
「何が正解って奴でもないさ。だけどここで戦うのが俺らの仕事だ」
(そしてこれ以上、バウルって奴に罪を重ねさせないようにするのも)
ギルが口にしなかった事を、心中でアレクは続けた。
しばし口を閉じて推移を見守っていた女性陣は、ギルやアレクの顔を眺めてため息をついてから、魔法を唱え始める。
「本気なの、皆・・・?名前があるんだよ?逃がしてくれるって言ったんだよ?」
「ミナス。月が出てやっこさんの理性が保てなくなれば、ゼンが殺される可能性もあるんだぞ」
「あっ・・・・・・」
エディンが囁いた言葉に、ミナスは愕然となった。
「・・・相手を思いやる気持ちは大事だ。だがリーダーも言ったろう。仕事にベターはあっても、ベストなんてもんは滅多に起こるもんじゃねえんだ」
「他の誰かのために背負うって時も、あるのよ。度し難いものね」
あまり彼の世話をし慣れていない繊手が、波打つ亜麻色の髪を撫でる。
「それともアンタ、ここで冒険者辞める?」
「・・・・・・そんなの、絶対嫌だ。僕は僕の出来る事をするよ」
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Sun.
廃教会の地下 2 
「はい、森の奥にある廃教会です」
翌日に宣言どおり教会を出発した一行は、貼り紙を出した主のいる村へと辿り着いていた。
パリス・ワイメールという名前の依頼人は、若く美しい金髪碧眼の女性である。
何でも父親が一代で財を成した成り上がりで、元々は冒険者だったという話だ。
彼女は席に着いた”金狼の牙”たちを労わってから、おもむろに口を開いた。
「いつの頃からか、夜毎に教会の方角から怪物の唸り声が響くようになりまして・・・」
「実際の被害の程度はどんなもんで?」
「最初は村の男達を調査に向かわせましたが、誰一人帰ってきませんでした」
ふむ、とエディンが唸る。
「次は貴方達の宿から来たテスカという方が調査に向かいましたが、やはり音沙汰がなく・・・」
「・・・・・・こういう村の依頼なら、テスカは断ったりしないでしょうしね」
杖の髑髏を人差し指でなで上げながら、ジーニが口を出した。
そこでパリスは、テスカのいた≪狼の隠れ家≫で多くの活躍――特に、教会関係の依頼を何度か成功させている――”金狼の牙”へ依頼をお願いすることにしたという。
他に質問はないかというパリスの気遣いに、一同は色々と問いかけることにした。
情報収集を疎かにしては、仕事の成功もおぼつかない。
問題の廃教会は2年ほど前には神父が住んでいる、真っ当な聖北教会だったらしいが、場所が場所だけにいつの間にか無人になっていたという。

「神父様が健在の頃は孤児院も兼ねていて、多くの子供達が居ました。今はどうしているのでしょう・・・」
澄んだ湖のような目が、つかの間、哀れな子供達を思いやって潤んだのが印象的だった・・・・・・。
「珍しく、報酬上げてって言わなかったね」
話合いが終わり、館から外に出て弾むような足取りをしていたミナスが、振り返って仲間に問いかけた。
「・・・なんか、バカにされそうな予感しかしなかったのよ。成り上がりの割に、生粋のお嬢様って感じしてたもの」
「ジーニのプライドの問題でしたか・・・。人助けが出来るのなら、私はかまいませんけどね」
ギルが頭の後ろで手を組みながら言った。
「まあ、引き受けた依頼だ。上手くやろうぜ」
――そういう訳で、彼らは例の廃教会へと取って返した。
ゼンは相変わらずそこにいた。
宿無しだと名乗った割にこの教会には馴染んでいるようで、慣れた様子で家事を行っていたところを呼び止めると、青年は悲しそうな、しかし覚悟を決めていた顔で一同に向き直った。
そうして地下に続くであろう撥ね上げ扉の前に陣取り、立ち憚っている。

「地下室の鍵は僕が持っています。後は分かりますね?」
自分をどうにかしなければ、絶対に地下には入れない――青年の頑なな主張に、エディンはむしろ面倒そうに息を吐いた。
「ジーニ、やれ」
「言うと思ったわよ」
ジーニは杖を振り上げ、ごく初歩の呪文を唱えた。
「万能なる魔法の力よ、眠りを齎す雲を与えよ」
「――!?」
ゼンが崩れ落ちるのを、そっとアレクが支えて寝かせてやった。
「・・・ずいぶんと乱暴だな、今回は。何か策があるのか?」
「策というかねえ。盗賊の勘っつっちゃいけねえだろうが・・・なんか嫌な予感がするんだよ」
器用な長い指が、アレクの横たえた人物を探り鍵を取り出す。
「後味わりぃ依頼かもしれねえ。放棄するなら今のうちだが・・・どうするんだ、リーダー?」
「行かないで後悔するより、行って後悔する方が俺にとっちゃマシだね」
「なるほど、そう言う意見もあらぁな。アウロラ、ランタンは点いたか?」
「ええ、今できましたよ。どうぞ」
渡されたランタンを掲げ、エディンが滑り込むように地下へ潜る。続けて、後の面子も順繰りに降りていった。
潜った先は妙に長い廊下が続いている。
途中で何度か折れ曲がったその廊下は、侵入者を排斥するようであった。
「なんだこりゃ・・・?本当に教会なのか?」
ギルが珍しそうに見渡して言うのに、アウロラが首をすくめて言った。
「・・・たまにこういう造りの教会もあります。懲罰房や精神鍛錬部屋と称した地下室を作り、都合の悪い者を押し込めるわけです」
「教会の負の面、ってことか」
「・・・・・・孤児院を営むような教会だと聞いてたのですが、妙にそぐいませんね・・・」
アウロラの脳裏に、ふと違う国で出会った子供狩りの領主の館が思い浮かんだ。
あの、絶対中を覗くなとエディンが厳命した大きな釜のある部屋――ここは少し、あの重苦しい雰囲気に似ている。
「アウロラの話の通りだとすると、ここにある扉は懲罰房ってことか。どうする、開けてみるか?」
「・・・ひとつだけ開けてみない、エディン?怪物の手がかりとかがあるかも」
それまで雰囲気に圧されて黙り込んでいたミナスが、意を決したように言う。
エディンはその群を抜いた美貌をしげしげと見つめた後に、「後悔すんなよ」とだけ返してドアの罠と鍵を調べて開けた。
覗きこんで彼は鼻を鳴らした。
「あー・・・。やっぱ開けなきゃ良かったかも」
「人骨・・・か?」
アレクの言うとおり、人骨のようなものが鎖に繋がれている。動き出す気配はない。

「場所が場所でなければ囚人に見えなくもないが・・・」
エディンは危険はなさそうだと判断し、一同を先へと促した。
翌日に宣言どおり教会を出発した一行は、貼り紙を出した主のいる村へと辿り着いていた。
パリス・ワイメールという名前の依頼人は、若く美しい金髪碧眼の女性である。
何でも父親が一代で財を成した成り上がりで、元々は冒険者だったという話だ。
彼女は席に着いた”金狼の牙”たちを労わってから、おもむろに口を開いた。
「いつの頃からか、夜毎に教会の方角から怪物の唸り声が響くようになりまして・・・」
「実際の被害の程度はどんなもんで?」
「最初は村の男達を調査に向かわせましたが、誰一人帰ってきませんでした」
ふむ、とエディンが唸る。
「次は貴方達の宿から来たテスカという方が調査に向かいましたが、やはり音沙汰がなく・・・」
「・・・・・・こういう村の依頼なら、テスカは断ったりしないでしょうしね」
杖の髑髏を人差し指でなで上げながら、ジーニが口を出した。
そこでパリスは、テスカのいた≪狼の隠れ家≫で多くの活躍――特に、教会関係の依頼を何度か成功させている――”金狼の牙”へ依頼をお願いすることにしたという。
他に質問はないかというパリスの気遣いに、一同は色々と問いかけることにした。
情報収集を疎かにしては、仕事の成功もおぼつかない。
問題の廃教会は2年ほど前には神父が住んでいる、真っ当な聖北教会だったらしいが、場所が場所だけにいつの間にか無人になっていたという。

「神父様が健在の頃は孤児院も兼ねていて、多くの子供達が居ました。今はどうしているのでしょう・・・」
澄んだ湖のような目が、つかの間、哀れな子供達を思いやって潤んだのが印象的だった・・・・・・。
「珍しく、報酬上げてって言わなかったね」
話合いが終わり、館から外に出て弾むような足取りをしていたミナスが、振り返って仲間に問いかけた。
「・・・なんか、バカにされそうな予感しかしなかったのよ。成り上がりの割に、生粋のお嬢様って感じしてたもの」
「ジーニのプライドの問題でしたか・・・。人助けが出来るのなら、私はかまいませんけどね」
ギルが頭の後ろで手を組みながら言った。
「まあ、引き受けた依頼だ。上手くやろうぜ」
――そういう訳で、彼らは例の廃教会へと取って返した。
ゼンは相変わらずそこにいた。
宿無しだと名乗った割にこの教会には馴染んでいるようで、慣れた様子で家事を行っていたところを呼び止めると、青年は悲しそうな、しかし覚悟を決めていた顔で一同に向き直った。
そうして地下に続くであろう撥ね上げ扉の前に陣取り、立ち憚っている。

「地下室の鍵は僕が持っています。後は分かりますね?」
自分をどうにかしなければ、絶対に地下には入れない――青年の頑なな主張に、エディンはむしろ面倒そうに息を吐いた。
「ジーニ、やれ」
「言うと思ったわよ」
ジーニは杖を振り上げ、ごく初歩の呪文を唱えた。
「万能なる魔法の力よ、眠りを齎す雲を与えよ」
「――!?」
ゼンが崩れ落ちるのを、そっとアレクが支えて寝かせてやった。
「・・・ずいぶんと乱暴だな、今回は。何か策があるのか?」
「策というかねえ。盗賊の勘っつっちゃいけねえだろうが・・・なんか嫌な予感がするんだよ」
器用な長い指が、アレクの横たえた人物を探り鍵を取り出す。
「後味わりぃ依頼かもしれねえ。放棄するなら今のうちだが・・・どうするんだ、リーダー?」
「行かないで後悔するより、行って後悔する方が俺にとっちゃマシだね」
「なるほど、そう言う意見もあらぁな。アウロラ、ランタンは点いたか?」
「ええ、今できましたよ。どうぞ」
渡されたランタンを掲げ、エディンが滑り込むように地下へ潜る。続けて、後の面子も順繰りに降りていった。
潜った先は妙に長い廊下が続いている。
途中で何度か折れ曲がったその廊下は、侵入者を排斥するようであった。
「なんだこりゃ・・・?本当に教会なのか?」
ギルが珍しそうに見渡して言うのに、アウロラが首をすくめて言った。
「・・・たまにこういう造りの教会もあります。懲罰房や精神鍛錬部屋と称した地下室を作り、都合の悪い者を押し込めるわけです」
「教会の負の面、ってことか」
「・・・・・・孤児院を営むような教会だと聞いてたのですが、妙にそぐいませんね・・・」
アウロラの脳裏に、ふと違う国で出会った子供狩りの領主の館が思い浮かんだ。
あの、絶対中を覗くなとエディンが厳命した大きな釜のある部屋――ここは少し、あの重苦しい雰囲気に似ている。
「アウロラの話の通りだとすると、ここにある扉は懲罰房ってことか。どうする、開けてみるか?」
「・・・ひとつだけ開けてみない、エディン?怪物の手がかりとかがあるかも」
それまで雰囲気に圧されて黙り込んでいたミナスが、意を決したように言う。
エディンはその群を抜いた美貌をしげしげと見つめた後に、「後悔すんなよ」とだけ返してドアの罠と鍵を調べて開けた。
覗きこんで彼は鼻を鳴らした。
「あー・・・。やっぱ開けなきゃ良かったかも」
「人骨・・・か?」
アレクの言うとおり、人骨のようなものが鎖に繋がれている。動き出す気配はない。

「場所が場所でなければ囚人に見えなくもないが・・・」
エディンは危険はなさそうだと判断し、一同を先へと促した。
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Sun.
廃教会の地下 1 
依頼人は寂れた村に隠居する貴族。
依頼の内容は森の奥深くにある廃教会の調査。
報酬は銀貨1000枚。
簡単な依頼のように見えるが、前にこの依頼を受けた冒険者は消息を絶っている。宿の親父さんは考えた末、2ヶ月前にも教会関係の仕事を成功させた”金狼の牙”を依頼人に推薦した。
「前に依頼を受けたのって誰だ?」
のんびりと依頼の張り紙を見つめていたギルが、親父さんに質問した。
二人をよそに、他の面子はこないだ要港都市ベルサレッジで請けていた依頼がいかに厳しかったかを思い出して騒いでいる。
「まだ駆け出しだった頃にもフォーチュン=ベルで海賊退治はやったけどよ。ベルサレッジのやつら、滅茶苦茶強かったな」
「回復役を叩こうとして聖職者らしき人を集中砲火したら、吟遊詩人が回復メインとか・・・。詐欺です」
「口を塞ごうと思ってナパイアス呼んだけど、なかなかルーンマスター(魔法を扱う者)に飛ばなくて。制御しきれなくてごめんね」
「その依頼の次は火竜退治だったな。・・・・・・正直、カナンの鎧とミナスのセンスオーラがないとやばかった」
「アンタの懐で、トール溶けかけてたじゃないの。可愛そうに」
「時々、荷物袋であの魔剣に触らせてやってたぞ?」
「・・・・・・いや、俺今思ったんだけど。アレクがあの剣で戦った方が早かったんじゃねえ?」
ワイワイがやがやと話題が尽きる事のないような彼らを背景に、親父さんの太い眉がぎゅっと八の字に窄まり、ギルの質問に答えた。
「・・・・・・テスカだ」
実力は”金狼の牙”と同等か、少し下くらい。
一攫千金の甘い夢よりも地道に稼ごう――そういう人だったので、普通の冒険者がなかなか見向きもしないような調査依頼でも丁寧に応対することで、依頼人からの評判はすこぶる良い。
事実、新米の中の何人かは、テスカの持つ交渉力に色々と学ばせて貰った者も多い。
ただ、そういった細やかな性格をしている人物なので、消息を絶ったまま依頼人にも宿にも何の連絡も寄越さないというのが、どれだけ異常な事態かは明らかだった。
「生きてるなら、ヘッドロックかけながら連れて帰ってくるよ」
「ああ。頼んだぜ、ギル」
あえて二人とも口にしなかったが、生きてなかった場合は――状況によるだろう。
時間をかけていられないかもしれないと、さっそく彼らは宿を出発し、一路依頼人が居る村へと向かった。
途中、とある山に差し掛かった頃、急に鈍色の雲が今まで燦々と日の光を降りそそいでいた空に登場し、広がり始める。
「まずい、降ってきたぞ!」
「ついていませんね!」
リーダーが走り始めたのを追って、アウロラが応える。
雨脚が強まる中、冒険者たちは雨を凌げる場所を求めて彷徨い続けた。そして・・・・・・。
「仮にも冒険者なら山の天気が崩れやすいのはよく知っているでしょうに」
「ええ、まあね」
「急ぎの用事なんですか?」

ゼン、と名乗った黒髪の青年は、濡れ鼠の”金狼の牙”たちに手ぬぐいを渡しながら訊ねる。
古い暖炉には火が入っていた。
「急ぎの依頼ではありません。ただ・・・」
アウロラはいささか口篭った。果たしてどこまでこの青年に伝えたものか。
「前にこの依頼を受けて帰ってこなくなった仲間が気になって仕方ないのです」
「依頼って・・・この無人の教会の調査ですか?」
雨に濡れた白銀の前髪を鬱陶しそうに跳ね上げ、アレクは小さく同意した。
「依頼人には会ってないが、たぶんそうだと思う」
「断った方がいいですよ」
青年の声は硬い。
「何故?」
一同を代表してアレクが問う。
「前に同じ依頼を受けた冒険者が居ます。テスカさんという人で宿無しの僕にも親切にしてくれる良い方でした。でも、今は・・・」
「テスカを知ってるの!」
鋭く鞭打つようなジーニの声音であった。
”金狼の牙”が結成される前に、2度ほどテスカに協力した事があるのだ。
ゼンは黙って立ち上がると、冒険者たちを教会の裏手へ案内した。
「テスカ・・・」
「すみません。何分、お金のない身なのでこんな粗末な墓に・・・」
細い枝を組み合わせた聖北の徴が、地面に深く突き刺さっている。
降り止まない水滴が、その墓すら侵すようにじっとり色を変えていた。
一同は変わり果てたテスカの姿に各々の祈りを捧げる。
アウロラの旋律のような聖句が、雨音を縫うようにテスカの冥福を祈った。
「気持ちは変わらないと?」
部屋に戻った一行をじっとゼンが見つめた。
居心地悪そうにギルが肩をすくめる。

「この教会の地下にどんな化け物がいるか知らないが、退く訳にはいかない」
「そうですか。でも、僕の気持ちも変わりませんよ」
青年の凡庸といっていい顔が、並々ならぬ決意を込めて引き締まる。
「貴方達のような良い人がこんなところで死ぬべきじゃない。その時が来たら、全力で貴方達を止めます」
(こいつ・・・一体、何を隠してやがる?)
エディンは眠たげな目を細めてゼンを見やった。明らかに彼は、化け物のことを知っている。
拷問して吐かせるという手もあるが、同じ釜の飯を食べた仲間を弔ってくれた相手に、そこまで非道な真似に走るのも躊躇われる。
もっとも、この青年がテスカを殺めたり、嵌めたのでなければの話だが。

「・・・・・・・・・・・・」
アレクは困ったような顔で仲間を見渡した。
幾分か甘い気質のある彼では、これ以上はゼンを説得できないと助けを求めているのである。
「・・・・・・ま、何にしろ雨宿りさせてくれてありがとよ。今日は一晩ここで過ごして、明日の朝になったら俺らは目的地まで行く・・・それでいいな?」
その場を取り繕うかのような大人のエディンの台詞に、どこか救われた顔で一同は頷いた。
ゼンの鬼気迫るような雰囲気が、”金狼の牙”たちから常の無駄なまでの賑やかさを奪ってしまったかのようだった。
依頼の内容は森の奥深くにある廃教会の調査。
報酬は銀貨1000枚。
簡単な依頼のように見えるが、前にこの依頼を受けた冒険者は消息を絶っている。宿の親父さんは考えた末、2ヶ月前にも教会関係の仕事を成功させた”金狼の牙”を依頼人に推薦した。
「前に依頼を受けたのって誰だ?」
のんびりと依頼の張り紙を見つめていたギルが、親父さんに質問した。
二人をよそに、他の面子はこないだ要港都市ベルサレッジで請けていた依頼がいかに厳しかったかを思い出して騒いでいる。
「まだ駆け出しだった頃にもフォーチュン=ベルで海賊退治はやったけどよ。ベルサレッジのやつら、滅茶苦茶強かったな」
「回復役を叩こうとして聖職者らしき人を集中砲火したら、吟遊詩人が回復メインとか・・・。詐欺です」
「口を塞ごうと思ってナパイアス呼んだけど、なかなかルーンマスター(魔法を扱う者)に飛ばなくて。制御しきれなくてごめんね」
「その依頼の次は火竜退治だったな。・・・・・・正直、カナンの鎧とミナスのセンスオーラがないとやばかった」
「アンタの懐で、トール溶けかけてたじゃないの。可愛そうに」
「時々、荷物袋であの魔剣に触らせてやってたぞ?」
「・・・・・・いや、俺今思ったんだけど。アレクがあの剣で戦った方が早かったんじゃねえ?」
ワイワイがやがやと話題が尽きる事のないような彼らを背景に、親父さんの太い眉がぎゅっと八の字に窄まり、ギルの質問に答えた。
「・・・・・・テスカだ」
実力は”金狼の牙”と同等か、少し下くらい。
一攫千金の甘い夢よりも地道に稼ごう――そういう人だったので、普通の冒険者がなかなか見向きもしないような調査依頼でも丁寧に応対することで、依頼人からの評判はすこぶる良い。
事実、新米の中の何人かは、テスカの持つ交渉力に色々と学ばせて貰った者も多い。
ただ、そういった細やかな性格をしている人物なので、消息を絶ったまま依頼人にも宿にも何の連絡も寄越さないというのが、どれだけ異常な事態かは明らかだった。
「生きてるなら、ヘッドロックかけながら連れて帰ってくるよ」
「ああ。頼んだぜ、ギル」
あえて二人とも口にしなかったが、生きてなかった場合は――状況によるだろう。
時間をかけていられないかもしれないと、さっそく彼らは宿を出発し、一路依頼人が居る村へと向かった。
途中、とある山に差し掛かった頃、急に鈍色の雲が今まで燦々と日の光を降りそそいでいた空に登場し、広がり始める。
「まずい、降ってきたぞ!」
「ついていませんね!」
リーダーが走り始めたのを追って、アウロラが応える。
雨脚が強まる中、冒険者たちは雨を凌げる場所を求めて彷徨い続けた。そして・・・・・・。
「仮にも冒険者なら山の天気が崩れやすいのはよく知っているでしょうに」
「ええ、まあね」
「急ぎの用事なんですか?」

ゼン、と名乗った黒髪の青年は、濡れ鼠の”金狼の牙”たちに手ぬぐいを渡しながら訊ねる。
古い暖炉には火が入っていた。
「急ぎの依頼ではありません。ただ・・・」
アウロラはいささか口篭った。果たしてどこまでこの青年に伝えたものか。
「前にこの依頼を受けて帰ってこなくなった仲間が気になって仕方ないのです」
「依頼って・・・この無人の教会の調査ですか?」
雨に濡れた白銀の前髪を鬱陶しそうに跳ね上げ、アレクは小さく同意した。
「依頼人には会ってないが、たぶんそうだと思う」
「断った方がいいですよ」
青年の声は硬い。
「何故?」
一同を代表してアレクが問う。
「前に同じ依頼を受けた冒険者が居ます。テスカさんという人で宿無しの僕にも親切にしてくれる良い方でした。でも、今は・・・」
「テスカを知ってるの!」
鋭く鞭打つようなジーニの声音であった。
”金狼の牙”が結成される前に、2度ほどテスカに協力した事があるのだ。
ゼンは黙って立ち上がると、冒険者たちを教会の裏手へ案内した。
「テスカ・・・」
「すみません。何分、お金のない身なのでこんな粗末な墓に・・・」
細い枝を組み合わせた聖北の徴が、地面に深く突き刺さっている。
降り止まない水滴が、その墓すら侵すようにじっとり色を変えていた。
一同は変わり果てたテスカの姿に各々の祈りを捧げる。
アウロラの旋律のような聖句が、雨音を縫うようにテスカの冥福を祈った。
「気持ちは変わらないと?」
部屋に戻った一行をじっとゼンが見つめた。
居心地悪そうにギルが肩をすくめる。

「この教会の地下にどんな化け物がいるか知らないが、退く訳にはいかない」
「そうですか。でも、僕の気持ちも変わりませんよ」
青年の凡庸といっていい顔が、並々ならぬ決意を込めて引き締まる。
「貴方達のような良い人がこんなところで死ぬべきじゃない。その時が来たら、全力で貴方達を止めます」
(こいつ・・・一体、何を隠してやがる?)
エディンは眠たげな目を細めてゼンを見やった。明らかに彼は、化け物のことを知っている。
拷問して吐かせるという手もあるが、同じ釜の飯を食べた仲間を弔ってくれた相手に、そこまで非道な真似に走るのも躊躇われる。
もっとも、この青年がテスカを殺めたり、嵌めたのでなければの話だが。

「・・・・・・・・・・・・」
アレクは困ったような顔で仲間を見渡した。
幾分か甘い気質のある彼では、これ以上はゼンを説得できないと助けを求めているのである。
「・・・・・・ま、何にしろ雨宿りさせてくれてありがとよ。今日は一晩ここで過ごして、明日の朝になったら俺らは目的地まで行く・・・それでいいな?」
その場を取り繕うかのような大人のエディンの台詞に、どこか救われた顔で一同は頷いた。
ゼンの鬼気迫るような雰囲気が、”金狼の牙”たちから常の無駄なまでの賑やかさを奪ってしまったかのようだった。
tb: -- cm: 0
Sat.
シナリオをこっそり作りました。 
Leeffesです。
唐突ですが、テスト版の店シナリオ作ってみました。
防具専門で、クーポン分岐とかありません。行って買うだけ。
一応、適性が他シナリオでなさげな物です。
防具「静屋」
2013年3月1日をもって、Ver1.00として完成版といたします。
テストプレイにご協力いただきました皆様、ご自分のシナリオフォルダにダウンロードしてくださった皆様、初めての事ばかりでご不快な思いをさせたこともあるかと存じます。
最後までお付き合いくださり、まことにありがとうございました。
追記:2013年3月30日に、mp3データの入ったVer1.30を作成しました。また、≪隠者の杖≫と交換で値引きしてくれるように変更を入れています。そしたらですね、シナリオデータが8.2MBと前よりずっと重く・・・。
「うちのパソコンにそんな重いの入れるのヤダ!」「まだカードワースの本体はVer1.28使ってるので、mp3入れられても・・・」という方のために、防具「静屋」Ver1.01もそのまま残しておきます。
唐突ですが、テスト版の店シナリオ作ってみました。
防具専門で、クーポン分岐とかありません。行って買うだけ。
一応、適性が他シナリオでなさげな物です。
防具「静屋」
2013年3月1日をもって、Ver1.00として完成版といたします。
テストプレイにご協力いただきました皆様、ご自分のシナリオフォルダにダウンロードしてくださった皆様、初めての事ばかりでご不快な思いをさせたこともあるかと存じます。
最後までお付き合いくださり、まことにありがとうございました。
追記:2013年3月30日に、mp3データの入ったVer1.30を作成しました。また、≪隠者の杖≫と交換で値引きしてくれるように変更を入れています。そしたらですね、シナリオデータが8.2MBと前よりずっと重く・・・。
「うちのパソコンにそんな重いの入れるのヤダ!」「まだカードワースの本体はVer1.28使ってるので、mp3入れられても・・・」という方のために、防具「静屋」Ver1.01もそのまま残しておきます。
tb: -- cm: 8
Fri.
不思議な博物店 3 

「・・・鍵がかかってない・・・けど、鍵がかかっている・・・?」
「この部屋だな」
アレクは低く呟く。
その後ろでは、アウロラやジーニ、ミナスがそれぞれ小声で補助呪文と召喚を行っていた。
「・・・魔法で施錠されてる」
自分ではどうしようもない、とエディンはまた肩をすくめた。
「これでよし、と・・・準備はできましたよ」
「そんじゃま、行くとするかね」
エディンが聞き耳した感じでは、この扉の向こうに人がいることは間違いない。
2階で回収した魔法の鍵を使って、エディンは施錠を外した。
――――中は相当広い部屋だった。ダンスホールほどとは言わずとも、大きな図書室くらいはある。
しかし家具は一切が取り払われ、がらんとした寂寥な感じのする部屋だった。
「・・・奥に誰か・・・」
目を眇めたエディンが呟き、
「・・・あ、あなたは!!」

司祭が叫ぶ。
そこにいたのは聖北教会の白い司祭服を着込んでいる、痩せて削げた頬が気になる中年の男だった。
だらりと下げた手には、蛇が2匹巻きついた意匠の変わった杖を携えている。
「ガルージア様!!」
「・・・司祭ではありませんか。あなたも亡者退治ですか?お互い、仕事が大変ですね」
「・・・大変?レイスが持ってた鍵の部屋にあなたがいた。しかも、その鍵この部屋用の物」
眉をしかめてミナスが言った。
ガルージアと呼ばれた男から嫌な気が発せられているのが、ミナスには分かる。
精霊の力を知覚する時のように、ピリピリと尖った耳の先にむずがゆい感触があった。
「魔法で包まれて施錠されていたこの部屋の・・・コレは一体どういうこと?」
「・・・レイスが?おぉ、なんと罪深い。このような場所に・・・」
いかにも聖職者らしく慎ましく答えようとするガルージアの言葉尻を奪うように、アレクが一歩前に出て口を開いた。
精霊使いであるミナスが嫌な気を感じたように、彼の懐の中の雪精トールもまた危険を感じ取り、アレクに警告を発していたからだ。
「惚けるのもいい加減にしてくれないか?あんたが亡霊を呼び出したって所だろう?」
何かに気づいたように、依頼者の司祭が顎に手をやり言い添える。幸い、彼は強引だが察しのよい人間だった。
「・・・そうですね、あなたは1週間前から居なくなっていた。・・・亡霊が出始めた1週間前から。どういう事です?」
「・・・偶然ですよ、偶然。私はいち早くこの場所を見つけ、1週間亡者退治を行っていたのです」
「ならば、何故このような場所にいたのですか?」
「偶然ですと言ったはずです」
なかなか埒の明かない聖職者同士の会話に苛立ちを感じ、アレクはつい口を出した。
「だったら、この場所から遠く離れようと関係はないって事だな?どうせ冒険者が多いんだから、亡霊退治には困らないぜ」
こっちは亡霊退治の仕事って契約で来てるし、と後ろでギルが同意する。
とうとう誤魔化しきれないと悟ったか、ゆらりとガルージアがこちらに向き直った。
「・・・仕方がありませんね・・・」
そして杖を持ち直す。
「この場所を離れるにはまだ早いんですよ。この世の無情なる世界の人民を滅ぼすには、ね」
「・・・!!ガルージア様・・・」
「あ~ら・・・狂信者って奴かしら?」
「さぁ、天に召しなさい。あなた方の行動には、天もお怒りになっております」
「チ・・・やるしかないようだな!!」

その声を合図に、”金狼の牙”たちは散開して距離を取った。
相手は依頼主である司祭よりも僧職にある期間の長い敵らしいし、警戒すべきはその体躯と得物から言っても魔法だろうと思われた。
≪エア・ウォーカー≫で防御体勢を取るミナスの影の中から、ゆらりと雪娘と野人が立ち上がる。
ジーニは全てを見通すという≪真実の水晶球≫を構え、アウロラは詠唱に集中するため≪氷心の指輪≫に魔力を込めた。
戦士二人の動きをサポートする為、飛び出したエディンがレイピアを相手に突き刺そうと突進する。
その動きを察知していたものか、ガルージアは杖を振り上げて叫んだ。
「さぁ、彼らと同じく天へ召されて、私の助けとなるのです!!」
「な・・・!?亡霊を召喚した!?」
しかし、急に足を止めるわけにもいかず、鬼火や亡霊の漂う中を突き進んだエディンのレイピアは、そのままガルージアの肩口を抉った。
悲鳴を上げて後ろへ下がろうとする男の体を、スネグーロチカが抱きしめ、ファハンが石つぶてを持って硬直させる。
「こいつら・・・・・・!こんな熟練者を連れてくるとは!!」
「ほうら、余所見してる場合じゃなくってよ、お坊様!」
「こっちからもいくぜ!」
忌々しそうに叫ぶガルージアの体に風が二つぶつかる。
ジーニの旋風の護りと、ギルの【暴風の轟刃】による竜巻だ。
重傷に陥りよろけたところへ、狙い済ましたアレクの【炎の鞘】が、胴を横一文字に凪いだ。

「グ・・・く、そ・・・」
「・・・残念だろうが、お前の負けだ」
「お疲れ、アレク!ほら、おっさん教会で裁かれて来いよ」
倒れこんだガルージアに近づこうと、一歩ギルが進んだその時。
「わっ!?カードが、何処かへ!!」
先程自分が起こした竜巻よりも強い突風が、ギルを思い切りかき回し、ポケットに収めていたカードを巻き上げていく。
巻き上げられたカードは風に舞い、いつの間にか開いていた窓から出て行こうとしている。
慌てて右往左往する幼馴染をよそに、アレクが飛び上がった。
「早く取らないと・・・そりゃ!!」
しかし、指先をカードが掠めるだけで取れはしない。
アレクを真似てギルも飛び上がるが、その手に収まっていたのは一枚だけだった。
気絶したと思っていたガルージアが、残念がっている戦士たちを睨みつけ、呻き声を上げる。
「ク・・・私が・・・」
「おっさん・・・今、意識不明にした筈・・・」
ギルがいち早く気づき斧を構える。
「ク・・・まだ・・・私は・・・ガ・・・!?」
ガルージアの杖からなにやら不思議な光線が発せられる。
そして・・・ガルージアの体へと光線が落ち、ガルージアは・・・消滅した・・・。
クリスマスの夜。

「・・・皆さん、有難うございました。あなた方のおかげでこうして平和なクリスマスを迎える事ができました」
「まあ、レイスまで出てくるとは思わなかったけどさ」
悪戯っぽく微笑んだギルの横で、エディンが「報酬!ほら貰い忘れてる!」と囁いた。
「おっと忘れてた。すいません、報酬ください・・・」
「これが報酬の1000spです。本当に有難うございます」
司祭は予め用意していた皮袋をギルに手渡した。金貨の澄んだ音が鳴る。
――あの時落ちた光線は、跡形もなくガルージアを抹消してしまった。・・・あの場には、単なる消し炭と化した、ガルージアしかその場に残っていなかった。
「あの人も罪深い事をしました・・・あの光線は、神の奇跡という物でしょう。・・・神は、あのガルージア様に罰をお与え下さったのです」
「ふーん・・・そんなもんか」
「しかし、彼もまた魂を浄化され、この世へと舞い戻ってくるでしょう。その日の為に、私たちは神へのお祈りを欠かさないのです」
まだ仕事が残っている、と言って依頼人の司祭は教会へ帰っていった。
ギルが首を捻りつつ呟く。
「・・・神の奇跡、か・・・。うーん・・・」
「多分、違うわね」
すぱっと否定したのは司祭が自分の見解を述べている間中、黙り込んでいたジーニであった。
「違うって?」
「気づかなかった、ギルバート?あのガルージアってのが持ってた杖。凄い魔力篭ってたわよ」
恐らくは禁呪の類に属するマジックアイテムだろう、と彼女は言った。
「ほーんと、使いこなせないくせに自爆するお馬鹿さんの多いこと。神様もいちいち天罰与えてられないわよ、きっと」
「ジーニ?」
ぎくりとジーニは体を震わせた。彼女の背後で微笑んでいるアウロラの目は・・・・・・決して笑っていない。
たちまちブリザードの気分を味わったジーニが慌てて謝り、その場は事なきを得た。
「・・・さて、帰るとしますか!」
ギルが元気よく一同を促した。
なんといっても、今日はクリスマス。運が良ければまだご馳走が残っているかもしれない。
ケーキがいい!とわめくミナスを、アレクが抱き上げ走り出す。
その後ろからエディンとギルも駆け出し、出遅れた女性陣が慌てて後を追った。
――――だから彼らは知らない。
――――リューンの片隅でとある老人が営む店に、『あの杖』が帰っていったことを。
「・・・ん?」
枯れ木のような老人の腕が、ひょいっと蛇が二匹巻きついた意匠の杖を拾い上げた。
「おやおや・・・この杖はあの方にお売りしたはずじゃがのぉ・・・使いこなす事はやはり無理じゃったか・・・」
灰色の豊かな髭を震わせて、老人は慨嘆した。
「言った筈じゃがのぉ・・・『自分の強さによっぽどの自信がある方でなければいけません』と。・・・心に弱さがあれば、無意味じゃというのに・・・」
※収入1000sp、≪カード≫※
--------------------------------------------------------
■後書きまたは言い訳
40回目のお仕事は、オサールでござ~るさんのシナリオで不思議な博物店です。2回続けて同じ作者さんの作品をやらせていただきました。この不思議な博物店と名前のついたシナリオはもうひとつあって、そっちは3-5レベル対象なのですが、ガルージアさんと違って上手く道具を使ったお客さんのお話となっています。
このシナリオによって手に入れた≪カード≫ですが、今までジーニが持っていた≪真実の水晶球≫と同じ暴露効果があります。その上、こちらは絶対成功となっているので、装備を整えたすぐ後ではありますが持ち替えました。・・・もっとも、≪真実の水晶球≫なら抵抗力10%up効果があるんですけどね。≪ロマンスの盾≫でも抵抗力が上がるものですから・・・。
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。
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Fri.
不思議な博物店 2 
仕事振りを監督するためか依頼人の司祭も同行する中、冒険者たちは問題の屋敷を歩き回っていた。
確かに亡霊たちがうようよしており、ゴーストや鬼火であるウィスプたちが屋敷内を我が物顔で彷徨っている。
ギルが妙に感心したように口を開く。
「こりゃすごい。お化けばっかりだな」
「さーて、2階建ての屋敷なら、大事なモンとかキーになるものは上の階にあるのが常道だな・・・」
「あ、エディン。階段あったよー」
元気よくミナスが指示する方に進み、一行は2階へと上がった。
亡霊たちの動きに注意しながら、途中あった部屋へと立ち寄ってみる。
「鍵も罠もかかってねえよ」
「ここには魔物はいないようだね」

ミナスがきょろきょろと見渡して断言する後ろから、ジーニが中の卓上を指して注意を促す。
「・・・ん?あそこにカードが・・・」
「・・・これは・・・ワンド(杖)のカードのようですね」
中に入ってカードを取ってきたエディンの手元を覗き込み、司祭がそう言った。
「1セットそろってますね・・・何にするんです?プレゼントとかならもっていってもよろしいですが・・・」
「あら、そうね。親父さんへのプレゼントくらいにはなるわね。明日のクリスマスの」
美しい絵の描かれた破損のないカードというのは、それだけでコレクターの間の希少価値が上がる。
ジーニが鑑定したところ呪いの類はないようだし、親父さんへのちょっとしたお洒落なプレゼントとしては極めて上等だと思われた。
「銀貨1500枚ってとこかしら。中々いいんじゃないの?」
「ふーん。こんな薄いのがねえ」
ギルが頭を掻いて鑑定結果に唸った。
その肩をアウロラが叩いて、先を促す。
「まだお仕事中ですよ、ほら。行きますよ?」
「はいよ・・・・・・って、またウィスプかよ!?」
「・・・・・・妙に多いな。集まる何かの原因が、この屋敷にあるということだろうか・・・?」
アレクが首を傾げつつ愛剣を振るう。
その横で、じーっと廊下の奥を注視していたミナスが、「あ」と呟いた。
「どうした?」
「ギル。あそこ、行き止まりに暖炉がある」
「行き止まり・・・に暖炉?」
ミナスの言う石造りの暖炉は、遺跡を見慣れている冒険者の視点からするとさして古いとも言えないが、手入れが悪いせいか詰まれた石にひびが入っている。
せっかく綺麗な屋敷なのに・・・と、ギルが近づいていくと、「グオオオォオォォ!」という名状しがたい呻き声がどこからかあがった。

「な、なんだ!?」
慌てて辺りを見渡していると、天井の一点を司祭が指差して叫んだ。
「!!皆さん、レイスが!!」
「レイスですって!?」
アウロラがハッとした表情でミナスを後ろに庇い、【信守の障壁】を唱える。
庇われたミナスもアウロラの様子を見て、あわただしく【蛙の迷彩】の詠唱を開始した。
レイスは力の強い上級のアンデッドで、その危険さは今まで戦ったウィプスやゴーストの比ではない。
アレクの単独冒険でも邂逅したが、彼らの【死の接触】は一撃で相手の生命力を根こそぎ奪ってしまうのだ。
「こんな危険なのもいるなんて・・・」
掃除と言うにはちょっと危険すぎない?とぼやきつつ、ジーニが風の障壁を自分の周りに張った。
彼女の周りに吹く旋風の護りは、非実体も容赦なく薙ぎ払っていく。
体勢を整え終わった前衛で波状攻撃を繰り返し、レイスは断末魔を残して消滅した・・・。
ヒュン!とレイピアをしならせたあと鞘に収めたエディンは、目を眇めてレイスのいた暖炉の辺りを見つめた。
「・・・ん?下に何かあるぞ?」
それは鉄製の妙に凝った形の鍵で、ジーニの鑑定した結果では魔法が込められているらしいというところまで分かった。
「この屋敷のものでしょうね。普通の鍵とは違う感じよ」
「・・・・・・ということは、これで開く部屋が重要なんじゃないか?」
「アレクの言うとおりかもしれねえ」
エディンは腕組みして自分の意見を言った。
「さっき、アレクも言ってたろう。死霊の数が妙に多い・・・。おまけにレイスだ。こんなもんまで出るようじゃ『何か』か『誰か』が集めていると思った方が、筋が通るんじゃねえ?」
「・・・追加報酬はないのよね?」
司祭はにっこりと笑って頷き、「ただし」と言い添えた。
「契約は銀貨1000枚で締結してありますからね。当然、完遂していただけますよね?」
「・・・はーいはい、分かったわよ」
ひらひら、とジーニは手を蝶のように動かして応える。
「ま、そんな危険なもんがリューンの街中。しかも裏通りにほっとかれてる方が危ないや。掃除はすっかりやっちまおうぜ」
「ここはリーダーの言うとおりだな」
「そうと決まりましたら、この鍵に合う部屋を見つけるのが先決でしょうね」
アウロラの言に、肩をすくめてエディンは言った。
「見つけてもすぐには開けないからな。準備してからにしてくれ」
確かに亡霊たちがうようよしており、ゴーストや鬼火であるウィスプたちが屋敷内を我が物顔で彷徨っている。
ギルが妙に感心したように口を開く。
「こりゃすごい。お化けばっかりだな」
「さーて、2階建ての屋敷なら、大事なモンとかキーになるものは上の階にあるのが常道だな・・・」
「あ、エディン。階段あったよー」
元気よくミナスが指示する方に進み、一行は2階へと上がった。
亡霊たちの動きに注意しながら、途中あった部屋へと立ち寄ってみる。
「鍵も罠もかかってねえよ」
「ここには魔物はいないようだね」

ミナスがきょろきょろと見渡して断言する後ろから、ジーニが中の卓上を指して注意を促す。
「・・・ん?あそこにカードが・・・」
「・・・これは・・・ワンド(杖)のカードのようですね」
中に入ってカードを取ってきたエディンの手元を覗き込み、司祭がそう言った。
「1セットそろってますね・・・何にするんです?プレゼントとかならもっていってもよろしいですが・・・」
「あら、そうね。親父さんへのプレゼントくらいにはなるわね。明日のクリスマスの」
美しい絵の描かれた破損のないカードというのは、それだけでコレクターの間の希少価値が上がる。
ジーニが鑑定したところ呪いの類はないようだし、親父さんへのちょっとしたお洒落なプレゼントとしては極めて上等だと思われた。
「銀貨1500枚ってとこかしら。中々いいんじゃないの?」
「ふーん。こんな薄いのがねえ」
ギルが頭を掻いて鑑定結果に唸った。
その肩をアウロラが叩いて、先を促す。
「まだお仕事中ですよ、ほら。行きますよ?」
「はいよ・・・・・・って、またウィスプかよ!?」
「・・・・・・妙に多いな。集まる何かの原因が、この屋敷にあるということだろうか・・・?」
アレクが首を傾げつつ愛剣を振るう。
その横で、じーっと廊下の奥を注視していたミナスが、「あ」と呟いた。
「どうした?」
「ギル。あそこ、行き止まりに暖炉がある」
「行き止まり・・・に暖炉?」
ミナスの言う石造りの暖炉は、遺跡を見慣れている冒険者の視点からするとさして古いとも言えないが、手入れが悪いせいか詰まれた石にひびが入っている。
せっかく綺麗な屋敷なのに・・・と、ギルが近づいていくと、「グオオオォオォォ!」という名状しがたい呻き声がどこからかあがった。

「な、なんだ!?」
慌てて辺りを見渡していると、天井の一点を司祭が指差して叫んだ。
「!!皆さん、レイスが!!」
「レイスですって!?」
アウロラがハッとした表情でミナスを後ろに庇い、【信守の障壁】を唱える。
庇われたミナスもアウロラの様子を見て、あわただしく【蛙の迷彩】の詠唱を開始した。
レイスは力の強い上級のアンデッドで、その危険さは今まで戦ったウィプスやゴーストの比ではない。
アレクの単独冒険でも邂逅したが、彼らの【死の接触】は一撃で相手の生命力を根こそぎ奪ってしまうのだ。
「こんな危険なのもいるなんて・・・」
掃除と言うにはちょっと危険すぎない?とぼやきつつ、ジーニが風の障壁を自分の周りに張った。
彼女の周りに吹く旋風の護りは、非実体も容赦なく薙ぎ払っていく。
体勢を整え終わった前衛で波状攻撃を繰り返し、レイスは断末魔を残して消滅した・・・。
ヒュン!とレイピアをしならせたあと鞘に収めたエディンは、目を眇めてレイスのいた暖炉の辺りを見つめた。
「・・・ん?下に何かあるぞ?」
それは鉄製の妙に凝った形の鍵で、ジーニの鑑定した結果では魔法が込められているらしいというところまで分かった。
「この屋敷のものでしょうね。普通の鍵とは違う感じよ」
「・・・・・・ということは、これで開く部屋が重要なんじゃないか?」
「アレクの言うとおりかもしれねえ」
エディンは腕組みして自分の意見を言った。
「さっき、アレクも言ってたろう。死霊の数が妙に多い・・・。おまけにレイスだ。こんなもんまで出るようじゃ『何か』か『誰か』が集めていると思った方が、筋が通るんじゃねえ?」
「・・・追加報酬はないのよね?」
司祭はにっこりと笑って頷き、「ただし」と言い添えた。
「契約は銀貨1000枚で締結してありますからね。当然、完遂していただけますよね?」
「・・・はーいはい、分かったわよ」
ひらひら、とジーニは手を蝶のように動かして応える。
「ま、そんな危険なもんがリューンの街中。しかも裏通りにほっとかれてる方が危ないや。掃除はすっかりやっちまおうぜ」
「ここはリーダーの言うとおりだな」
「そうと決まりましたら、この鍵に合う部屋を見つけるのが先決でしょうね」
アウロラの言に、肩をすくめてエディンは言った。
「見つけてもすぐには開けないからな。準備してからにしてくれ」
tb: -- cm: 0
Fri.
不思議な博物店 1 
「オイオイ。俺は新しい魔法を覚えるって話は聞いてるが、そっちのド派手な盾やら、ギルやアレクが習ってきた新しい技のことなんざ聞いてねえぞ」
「やあねー、エディ。細かいこと気にしたら禿げるわよ?誰かみたいに」
「・・・ま、ジーニが買い物したおかげで、商品券もらえたもんね。おかげで僕もこの指輪買ってもらえたし」
「ミナスだと、重い防具をつけるのはまだ無理でしょう?れかん魔法品物店で物色しておいた甲斐がありましたね」
「ミナスが壊滅させた盗賊団の持ってた鎧、いいなこれ。下手な鉄鎧より動きやすいし硬い」
「ドラゴン・スケイルメイルだもんなあ。アレクかっこいーぜ・・・・・・っと、この依頼書は・・・?」
≪狼の隠れ家≫の親父さんは、久々に勢ぞろいした”金狼の牙”一行をちらりと見やって言った。
「・・・お前ら、その依頼が気になるのかい?」
「そりゃさ、親父さん。ここまでしかないとなれば、詳細が知りたいから」
カナン王の持っていた鎧をサイズ直ししたギルが元気に答えるのに、親父さんは太い眉を八の字に下げて応えた。
「気になるだろうが、わしもその張り紙に書いてあるとおりしか教えてもらってないのだよ」
「えー。なんだそりゃ」
張り紙にはこう書いてあった。
『聖北教会より依頼を頼ませていただきます。依頼内容は掃除です。報酬は1000sp程用意しております。詳しい事情は依頼をしていただく方にのみ・・・』
ジーニが親父さんの方にふらりと近寄り、カウンターに肘をついて訊ねる。
「書いてあるとおりって・・・掃除ってことだけ?」
「あぁ。聖北教会の使いからのってのもな」
”金狼の牙”たちは、いやーな表情をして顔を見合わせた。リューンの下水道に潜ってビボルダーと一戦交えた時の記憶は、まだ割と新しい。
今度はそんな事はないと思うが、と苦笑して親父さんは付け足した。
「・・・で、どうするんだ?聖北教会だから、報酬は間違いなく値切られる事はないと思うぞ」
「・・・・・・・・・行く」
技能の講習代金やら、装備を整えた代金やら、清算すると今まで結構貯めこんだはずの懐が寂しい。
人間、経済状況には勝てないのだ。

「・・・・・・たかが掃除で1000sp・・・ねえ・・・」
「どう考えても怪しいなぁ・・・」
剃り残した顎の髭を摘んだエディンと、杖の髑髏で肩を軽く叩いていたジーニが、呟いてそれぞれ目を合わせる。同意見らしい。
暫し口をもごもごさせていたエディンが、
「まぁ、お役所だから報酬はちゃんと払ってくれるとは・・・思うがねぇ・・・」
と苦笑する。
依頼人は司祭の一人で、アウロラと面識はなかった。
非常に面長な印象が強い司祭は、最初新しい信者の申し込みと勘違いしていたが、エディンから事情を聞くとぱっと喜色を露にした。
「あぁ、『掃除の依頼』の件できたのですね?」
「はい、ところで、『掃除』って・・・何をどう掃除するんですか?」
「きたるべき12月25日・・・その日は一体何の日です?」
「12月・・・25日?」
ぽつりと後ろで思い当たったアレクが呟く。
「クリスマス・・・か・・・」
「そうです。クリスマスと言うのは、聖なる夜。悪しき者どもに邪魔されてはいけないので、その前日には、教会牧師総勢で、町中の悪しき者どもを退治しています」
「そんなことやってるの!?」
びっくりしたミナスは、慌ててアウロラを振り返る。果たして、僧侶である彼女はにっこり笑って肯定していた。
司祭は動揺もせず話を続ける。
「ここ、聖北教会リューン支部はリューンを元に、洞窟などの山までの悪霊を毎年見つけて退治しています。・・・聖なる夜の邪魔をさせないための、念のための行動、ってこところです」
「へええ・・・」
ところが、今年に限ってそうそうない異常地帯を発見したのだと言う。
リューンの裏通り・・・こないだ、ミナスが人違いで誘拐された辺りに『リッシェンベルグの屋敷』という館がある。そこは元貴族の屋敷で、なにやら事業の失敗だとか、幽霊が出たからだとかで空き家となっていたはずだ。
そこで多量の悪霊を発見したと報告が来ているらしい。
「ちょくちょく行っておけばよかったのですが、そのような情報を聞かなかったので、教会も放って置いたのですよ。・・・迂闊でした」
司祭の言う『掃除』とは、その悪霊たちを追い払うことであった。
ジーニが、やっと合点がいったとこっくり頷いている。
冒険者たちの合意を得られた司祭は、さくさくと支度を済ませて屋敷へ行こうと彼らを誘った。
「え!?今すぐ!?」
「はい。・・・来た以上、途中放棄は許しません」
有無を言わさぬ司祭の態度にややたじろぎながらも、”金狼の牙”たちは彼をつれて問題の屋敷へと向かった。
「やあねー、エディ。細かいこと気にしたら禿げるわよ?誰かみたいに」
「・・・ま、ジーニが買い物したおかげで、商品券もらえたもんね。おかげで僕もこの指輪買ってもらえたし」
「ミナスだと、重い防具をつけるのはまだ無理でしょう?れかん魔法品物店で物色しておいた甲斐がありましたね」
「ミナスが壊滅させた盗賊団の持ってた鎧、いいなこれ。下手な鉄鎧より動きやすいし硬い」
「ドラゴン・スケイルメイルだもんなあ。アレクかっこいーぜ・・・・・・っと、この依頼書は・・・?」
≪狼の隠れ家≫の親父さんは、久々に勢ぞろいした”金狼の牙”一行をちらりと見やって言った。
「・・・お前ら、その依頼が気になるのかい?」
「そりゃさ、親父さん。ここまでしかないとなれば、詳細が知りたいから」
カナン王の持っていた鎧をサイズ直ししたギルが元気に答えるのに、親父さんは太い眉を八の字に下げて応えた。
「気になるだろうが、わしもその張り紙に書いてあるとおりしか教えてもらってないのだよ」
「えー。なんだそりゃ」
張り紙にはこう書いてあった。
『聖北教会より依頼を頼ませていただきます。依頼内容は掃除です。報酬は1000sp程用意しております。詳しい事情は依頼をしていただく方にのみ・・・』
ジーニが親父さんの方にふらりと近寄り、カウンターに肘をついて訊ねる。
「書いてあるとおりって・・・掃除ってことだけ?」
「あぁ。聖北教会の使いからのってのもな」
”金狼の牙”たちは、いやーな表情をして顔を見合わせた。リューンの下水道に潜ってビボルダーと一戦交えた時の記憶は、まだ割と新しい。
今度はそんな事はないと思うが、と苦笑して親父さんは付け足した。
「・・・で、どうするんだ?聖北教会だから、報酬は間違いなく値切られる事はないと思うぞ」
「・・・・・・・・・行く」
技能の講習代金やら、装備を整えた代金やら、清算すると今まで結構貯めこんだはずの懐が寂しい。
人間、経済状況には勝てないのだ。

「・・・・・・たかが掃除で1000sp・・・ねえ・・・」
「どう考えても怪しいなぁ・・・」
剃り残した顎の髭を摘んだエディンと、杖の髑髏で肩を軽く叩いていたジーニが、呟いてそれぞれ目を合わせる。同意見らしい。
暫し口をもごもごさせていたエディンが、
「まぁ、お役所だから報酬はちゃんと払ってくれるとは・・・思うがねぇ・・・」
と苦笑する。
依頼人は司祭の一人で、アウロラと面識はなかった。
非常に面長な印象が強い司祭は、最初新しい信者の申し込みと勘違いしていたが、エディンから事情を聞くとぱっと喜色を露にした。
「あぁ、『掃除の依頼』の件できたのですね?」
「はい、ところで、『掃除』って・・・何をどう掃除するんですか?」
「きたるべき12月25日・・・その日は一体何の日です?」
「12月・・・25日?」
ぽつりと後ろで思い当たったアレクが呟く。
「クリスマス・・・か・・・」
「そうです。クリスマスと言うのは、聖なる夜。悪しき者どもに邪魔されてはいけないので、その前日には、教会牧師総勢で、町中の悪しき者どもを退治しています」
「そんなことやってるの!?」
びっくりしたミナスは、慌ててアウロラを振り返る。果たして、僧侶である彼女はにっこり笑って肯定していた。
司祭は動揺もせず話を続ける。
「ここ、聖北教会リューン支部はリューンを元に、洞窟などの山までの悪霊を毎年見つけて退治しています。・・・聖なる夜の邪魔をさせないための、念のための行動、ってこところです」
「へええ・・・」
ところが、今年に限ってそうそうない異常地帯を発見したのだと言う。
リューンの裏通り・・・こないだ、ミナスが人違いで誘拐された辺りに『リッシェンベルグの屋敷』という館がある。そこは元貴族の屋敷で、なにやら事業の失敗だとか、幽霊が出たからだとかで空き家となっていたはずだ。
そこで多量の悪霊を発見したと報告が来ているらしい。
「ちょくちょく行っておけばよかったのですが、そのような情報を聞かなかったので、教会も放って置いたのですよ。・・・迂闊でした」
司祭の言う『掃除』とは、その悪霊たちを追い払うことであった。
ジーニが、やっと合点がいったとこっくり頷いている。
冒険者たちの合意を得られた司祭は、さくさくと支度を済ませて屋敷へ行こうと彼らを誘った。
「え!?今すぐ!?」
「はい。・・・来た以上、途中放棄は許しません」
有無を言わさぬ司祭の態度にややたじろぎながらも、”金狼の牙”たちは彼をつれて問題の屋敷へと向かった。
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Thu.
傍迷惑な盗賊団 3 
いくつかの部屋を歩き回って(ついでに下っ端も片付けて)いたミナスは、今までとまったく様子の違う部屋へ迷い込んでしまった。
チンピラたちが使っていたと思しき部屋は、乱雑に生活用具が置かれているだけだったのだが、ここはちゃんとした寝台やテーブルが並んでいる。
そしてその中央に・・・。
「なんだ?用事があるならまずノックしてからと言ってるだろうが・・・!!」
「あ」
「てめえ、生きてやがったのか!?」
盗賊団の副長がいた。どうやらここは彼の部屋らしい。
彼は舌打ちすると長剣をかざして襲い掛かろうとしたが、それよりもスネグーロチカが副長に抱きつく方が早かった。
「ハァ・・・こんな子供にもやられるとはね・・・実力は部下とそう大差ないんじゃないの?」
ため息をついたミナスは、彼が握っていた剣を取り上げた。気絶から回復しても、武器がなければ下手に立ち向かってこないだろう。
机の上の本を取り上げてみる。
(・・・これは・・・剣術を習得するための練習が書いてある・・・まともに剣術を習おうとするなら、騎士団へ行けばよかったのに・・・)
(こっちは・・・・・・うわあ、細かい地図。きっと盗難用のルートや逃走用のルートを考えていたんだろうね)
二冊を机に戻すと、ミナスはまだ行っていない通路の方へと歩き出した。
やがて日の光が差し込むのが見えてくる。恐らく出口だろう・・・。
チンピラが二人、唖然とした様子でミナスを見つめている。最初に武器を取り上げようとなだれ込んできたが、副長に促され下がった下っ端たちだ。
「――!!て、てめえ、生きてやがったのか!?」
(皆同じような台詞だな・・・そんなに強そうに見えないからかしら?)
そりゃギルやアレクのように鍛えてるわけでも、エディンのように人より背が高いわけでもないけどと、ちょっと彼が落ち込んでいると。
「ふ、副長は一体!?・・・!てめえ、その剣は、副長の!?」
「・・・あぁ、名誉の戦利品か」
「く、くそ、こんな時に頭が来てくれたら・・・」
チンピラの一人がそう台詞を口走った時である。
「迎えが少ねぇぞ!!野郎ども、一体どうした!?」
「お、お頭!!」
「へぇ・・・お兄さんがこの間抜けっぽい盗賊団のお頭か」
「あん?・・・誰だ、そいつは」

親父が言っていた通り、若い男だった。年だけなら、アウロラより少し上くらいというとこだろう。
しかし、その茶色くすばしこい目の光は、最年長であるエディンと変わらぬ熟練さを示していた。
ミナスが取り上げておいた副長の剣に気づき、怒りをあらわにした頭は、チンピラ二人を叱咤して武器を抜いた。
「て、てめぇ・・・許さねぇぞ!!行くぞ野郎ども!!」
「へ、へい!!お頭!!」
(・・・やれやれ、また戦闘か・・・)
ミナスは≪森羅の杖≫を振り上げて叫んだ。
「出でよ、ナパイアス!!激流でこいつらを押し流して!」
『お安い御用さ』
たちまち具現化したナパイアスの激流が、大の大人三人を凄まじい勢いで流していく。

「グ・・・つ、強え・・・」
「駄目だ・・・敵わねぇ・・・」
すぐリタイアしてしまった部下を見て、頭領が狼狽する。
「どうする?降参する?」
「するわけねぇだろ!!バカにすんな!」
「あ、そ」
ミナスはむしろ面倒くさそうに答えた。彼はもう一度、ナパイアスに呼びかけて――そのまま戦闘は終了した。
「全く・・・傍迷惑な盗賊団だ」
盗賊団のアジトが山腹にあったため、時間をかけてようよう宿まで帰還したミナスだったが、ひとつ重要な事を忘れていた。
それは・・・。
「・・・ただいま~・・・」
「おい、ミナス!朝っぱらに出かけておいて夜に帰ってくるとは一体何事だ!!」
「勘弁してよ、親父さ~ん・・・朝に言ってた盗賊団に捕まって・・・」
「ハァ?」
事情を話すが、中々信じてもらうまでに時間がかかった。
「・・・まぁいい・・・で?」
「え?」
「頼んだ食器類はどうした?」
「へ?食器・・・・・・あ!!」

――この後、親父さんにたっぷりと説教されたのは言うまでもない。
数日後、リューン騎士団の団員からあの傍迷惑な盗賊団を壊滅させた礼金(500sp)を受け取ったミナスだったが、この時はそんなこと知る由もなかった。
※収入500sp≪龍鱗鎧≫≪無銘の剣≫≪琥珀≫≪傷薬≫×5※
--------------------------------------------------------
■後書きまたは言い訳
39回目のお仕事は、オサールでござ~るさんのシナリオで傍迷惑な盗賊団です。さくっと楽しめる短編シナリオですが、文章量的にも時間的にも非常にやりやすかったです。ありがたや~。
このシナリオを選んだ理由としては・・・仲間が過保護で(ファレンの後遺症ですが)なかなかミナス一人で依頼を引き受けそうになかったことが挙げられます。そこで悩んでいたらこちらのオープニング。
親父さんから(脅されて)お使い頼まれたなら、依頼じゃないんだし行くよなあ、と。
なのに盗賊団に誘拐されてしまうのですから、よくよく彼は運がなかったのでしょう。(笑)
前回の宣言どおり、こちらの作品は月下美人とはクロスオーバーしておりませんが、この方がミナスの性格からするとスムーズだったので、親父さんのお使いに行く理由として使わせていただきました。
次回は、やっとフルメンバーによる冒険となります。装備もそこそこ揃ってきたので、お楽しみに。
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。
チンピラたちが使っていたと思しき部屋は、乱雑に生活用具が置かれているだけだったのだが、ここはちゃんとした寝台やテーブルが並んでいる。
そしてその中央に・・・。
「なんだ?用事があるならまずノックしてからと言ってるだろうが・・・!!」
「あ」
「てめえ、生きてやがったのか!?」
盗賊団の副長がいた。どうやらここは彼の部屋らしい。
彼は舌打ちすると長剣をかざして襲い掛かろうとしたが、それよりもスネグーロチカが副長に抱きつく方が早かった。
「ハァ・・・こんな子供にもやられるとはね・・・実力は部下とそう大差ないんじゃないの?」
ため息をついたミナスは、彼が握っていた剣を取り上げた。気絶から回復しても、武器がなければ下手に立ち向かってこないだろう。
机の上の本を取り上げてみる。
(・・・これは・・・剣術を習得するための練習が書いてある・・・まともに剣術を習おうとするなら、騎士団へ行けばよかったのに・・・)
(こっちは・・・・・・うわあ、細かい地図。きっと盗難用のルートや逃走用のルートを考えていたんだろうね)
二冊を机に戻すと、ミナスはまだ行っていない通路の方へと歩き出した。
やがて日の光が差し込むのが見えてくる。恐らく出口だろう・・・。
チンピラが二人、唖然とした様子でミナスを見つめている。最初に武器を取り上げようとなだれ込んできたが、副長に促され下がった下っ端たちだ。
「――!!て、てめえ、生きてやがったのか!?」
(皆同じような台詞だな・・・そんなに強そうに見えないからかしら?)
そりゃギルやアレクのように鍛えてるわけでも、エディンのように人より背が高いわけでもないけどと、ちょっと彼が落ち込んでいると。
「ふ、副長は一体!?・・・!てめえ、その剣は、副長の!?」
「・・・あぁ、名誉の戦利品か」
「く、くそ、こんな時に頭が来てくれたら・・・」
チンピラの一人がそう台詞を口走った時である。
「迎えが少ねぇぞ!!野郎ども、一体どうした!?」
「お、お頭!!」
「へぇ・・・お兄さんがこの間抜けっぽい盗賊団のお頭か」
「あん?・・・誰だ、そいつは」

親父が言っていた通り、若い男だった。年だけなら、アウロラより少し上くらいというとこだろう。
しかし、その茶色くすばしこい目の光は、最年長であるエディンと変わらぬ熟練さを示していた。
ミナスが取り上げておいた副長の剣に気づき、怒りをあらわにした頭は、チンピラ二人を叱咤して武器を抜いた。
「て、てめぇ・・・許さねぇぞ!!行くぞ野郎ども!!」
「へ、へい!!お頭!!」
(・・・やれやれ、また戦闘か・・・)
ミナスは≪森羅の杖≫を振り上げて叫んだ。
「出でよ、ナパイアス!!激流でこいつらを押し流して!」
『お安い御用さ』
たちまち具現化したナパイアスの激流が、大の大人三人を凄まじい勢いで流していく。

「グ・・・つ、強え・・・」
「駄目だ・・・敵わねぇ・・・」
すぐリタイアしてしまった部下を見て、頭領が狼狽する。
「どうする?降参する?」
「するわけねぇだろ!!バカにすんな!」
「あ、そ」
ミナスはむしろ面倒くさそうに答えた。彼はもう一度、ナパイアスに呼びかけて――そのまま戦闘は終了した。
「全く・・・傍迷惑な盗賊団だ」
盗賊団のアジトが山腹にあったため、時間をかけてようよう宿まで帰還したミナスだったが、ひとつ重要な事を忘れていた。
それは・・・。
「・・・ただいま~・・・」
「おい、ミナス!朝っぱらに出かけておいて夜に帰ってくるとは一体何事だ!!」
「勘弁してよ、親父さ~ん・・・朝に言ってた盗賊団に捕まって・・・」
「ハァ?」
事情を話すが、中々信じてもらうまでに時間がかかった。
「・・・まぁいい・・・で?」
「え?」
「頼んだ食器類はどうした?」
「へ?食器・・・・・・あ!!」

――この後、親父さんにたっぷりと説教されたのは言うまでもない。
数日後、リューン騎士団の団員からあの傍迷惑な盗賊団を壊滅させた礼金(500sp)を受け取ったミナスだったが、この時はそんなこと知る由もなかった。
※収入500sp≪龍鱗鎧≫≪無銘の剣≫≪琥珀≫≪傷薬≫×5※
--------------------------------------------------------
■後書きまたは言い訳
39回目のお仕事は、オサールでござ~るさんのシナリオで傍迷惑な盗賊団です。さくっと楽しめる短編シナリオですが、文章量的にも時間的にも非常にやりやすかったです。ありがたや~。
このシナリオを選んだ理由としては・・・仲間が過保護で(ファレンの後遺症ですが)なかなかミナス一人で依頼を引き受けそうになかったことが挙げられます。そこで悩んでいたらこちらのオープニング。
親父さんから(脅されて)お使い頼まれたなら、依頼じゃないんだし行くよなあ、と。
なのに盗賊団に誘拐されてしまうのですから、よくよく彼は運がなかったのでしょう。(笑)
前回の宣言どおり、こちらの作品は月下美人とはクロスオーバーしておりませんが、この方がミナスの性格からするとスムーズだったので、親父さんのお使いに行く理由として使わせていただきました。
次回は、やっとフルメンバーによる冒険となります。装備もそこそこ揃ってきたので、お楽しみに。
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。
tb: -- cm: 2
Thu.
傍迷惑な盗賊団 2 
「――んだ」
「――ま――――で――」
(・・・・・・・・・う・・・・・・・・・?)
知らない耳障りな声が、何かを話している・・・・・・。
重い頭を無理やり持ち上げて、ミナスは周りを見渡した。
「ここ・・・・・・は・・・・・・?」
(確か眠りの雲で眠らされて・・・)
その時、隣にいるらしい男の怒鳴り声を聞いて、ミナスはびくりと体を震わせた。
「だから言っただろ!!命令をしっかりと聞けってよ!!」
「すいませんでした副長!!てっきり・・・」
「言い訳はいらねぇ!!頭も俺も耳にタコが出来るほど話したはずだ!!例の貴族の子供を連れてくるはずのを、何処の馬の骨かわからねぇ奴を連れてくるとはどういう了見だ!?」

おまけにありゃエルフじゃねぇか!!という声まで聞こえる。
(盗賊団・・・?・・・・・・なるほど、人間違いでさらわれたのか・・・・・・)
はて、とミナスは思った。
(例の貴族の子供・・・もしかして、親父さんの言ってた、噂の盗賊団?)
その間も怒鳴り声は続いており、下っ端らしい男が必死に謝っている様子がここまで伝わってくる。
「・・・・・・まぁいい、ここで説教したって始まらねえしな。・・・で、そいつは今どうしてる?」
「へい、軟禁用の場所に置いておきました」
「そうか。・・・武器は奪ったんだろうな?」
ミナスは今、武器らしい武器というものは使っていない。
駆け出しのときであれば、アウロラから借りていた護身用ナイフを使っていたのだが、今は≪森羅の杖≫という詠唱を助けるアイテムしかない。
慌てて自分の手元を確認すると、≪森羅の杖≫も、そして防具である≪エア・ウォーカー≫も取られていなかった。
下っ端らしい男が口篭ったのに、すかさず最初の声が早く奪いに行けと怒鳴りつける。
(!!まずい、こっちに来る!!)
『恐れるんじゃないよ、ミナス。いいからやっちまいな。悪者なんだろう?』
ナパイアスはすっかり戦闘するつもりでいるらしい。
「それはまあ・・・そうなんだけども・・・」
隠れるところもないし仕方ない、とミナスはナパイアスとスネグーロチカを召喚した。
雪の娘の出現でふわりと雪の結晶が飛び散ったと同時に、無粋な足音がなだれ込んでくる。
「・・・・・・チッ・・・・・・もう起きていやがったか・・・」
一番後ろにいる男は他の奴らと違い、何か威厳を感じる。
恐らく、彼が先程副長と呼ばれた男だろう。
「・・・君たちが、僕を貴族の子供と間違えてこんなとんでもない場所につれてきてくれた人たちだね?」
「ハン、話が聞こえてたなら話は早えな。俺らは盗賊団でな、このアジトの場所を知られるわけにはいかねぇ。・・・死んでもらうぜ?」
「どうぞ?やれるもんならね」
「ふん、口が減らねぇな。・・・おい、お前ら。この失態を挽回するチャンスだぜ?」
副長とやらは、どうやら戦闘に参加するつもりはないらしい。
下っ端が息巻いて失態を取り戻すと宣言するのを鼻で笑い、3人ほど置いて奥へと下がっていく。
「へへ、悪く思うなよ。恨むなら、人違いでさらわれた自分の運のなさを恨むんだな」
「人違いどころか、エルフを人と間違えてさらってるんだから無能すぎるよ。おじさんたち、悪いけどさっさと終わらせるからね」
「あ?なめるなよ、こいつ!!」
チンピラたちは、木の葉のような両刃のナイフを取り出して襲い掛かってきた。
しかし――。
『ほうら、激流にぶつかる気分はどうだい?』
『ちょっと、ミナスにそんな汚いモン近づけないでよ!!』
渓流のじゃじゃ馬と冷気の乙女が、縦横無尽に駆け巡る。
「げ!!なんだこのガキ!」
「魔法だ!こいつ、魔法使ってやがる・・・うわああ!」
結局、かすり傷ひとつ負う事もなくミナスは戦闘を終わらせた。
チンピラたちの服を漁ると、鍵はなかったが傷薬が3つ手に入った。
ウンディーネの力の一端を使う事は出来るが、消耗し切った時には便利だろう。しばらく悩んだ末、ミナスはそれを持っていく事にした。
『さっさとこんな辛気臭い洞窟、抜け出そうよ~』
「うん、そうだね」
スネグーロチカの主張に頷くと、ミナスはてこてこと自分の入れられていた部屋から抜け出した。
「うーん・・・・・・広いなあ」
道は3つに分かれている。とりあえず迷子にならないようにと、ミナスは真っ直ぐ突き進んだ。
(・・・ここは・・・宝物庫、か・・・)
木製や鉄製の宝箱が並んでいる空間である。
ミナスは冒険者をやるくらいだから、宝物と聞くとわくわくしてしまう。
スネグーロチカが行こうと急き立ててるのも聞かず、ついつい鉄製の箱のひとつに近づいてしまった。
「えーと、確かエディンはこうやってたっけ・・・・・・」
鍵が掛かっているそれには、ミナスが分かる範囲では罠はない。
たまたま持っていた針金の一つを鍵穴に差し込んで、エディンがダンジョンでよくやるように動かしていると、かちりと外れた音がした。
「わあ、鎧だ。ギルとかアレクなら着れるかな?」

・・・・・・ミナスは気づいていないのだが、彼が取り出したのは龍の鱗を使用した鎧である。
龍の鱗は軽量でありながら魔法に対する抵抗力や防御力が高いことで有名である。
この鎧も、古いとはいえ例にもれずそこそこの防御を誇っているのだ。まったく、鍵もかけようものである。
「こっちのも気になるな~」
鍵の掛かっていない箱を開けると、そちらには琥珀の塊が入っていた。
綺麗なそれをアウロラへの土産にしようと箱から取り出した瞬間、不吉な音がミナスのいる部屋に響く。
(・・・!?・・・地鳴り・・・?)
『ミナス、危ないわ!早く逃げましょ!』
スネグーロチカの警告に従い急いで宝物庫から去ると、ぐしゃりと鈍い音を立てて入口が崩落してしまった。
(・・・!!危なかった・・・)
冷や汗を拭い、ミナスはしばらくきょろきょろと誰か来るか警戒していたが、駆けつける様子はなかった。
「なーんだ。ちぇ」
『相手がバカで助かったわね~』
のんびりした雪娘の台詞にくすりと笑うと、ミナスはまた歩き出した。
「――ま――――で――」
(・・・・・・・・・う・・・・・・・・・?)
知らない耳障りな声が、何かを話している・・・・・・。
重い頭を無理やり持ち上げて、ミナスは周りを見渡した。
「ここ・・・・・・は・・・・・・?」
(確か眠りの雲で眠らされて・・・)
その時、隣にいるらしい男の怒鳴り声を聞いて、ミナスはびくりと体を震わせた。
「だから言っただろ!!命令をしっかりと聞けってよ!!」
「すいませんでした副長!!てっきり・・・」
「言い訳はいらねぇ!!頭も俺も耳にタコが出来るほど話したはずだ!!例の貴族の子供を連れてくるはずのを、何処の馬の骨かわからねぇ奴を連れてくるとはどういう了見だ!?」

おまけにありゃエルフじゃねぇか!!という声まで聞こえる。
(盗賊団・・・?・・・・・・なるほど、人間違いでさらわれたのか・・・・・・)
はて、とミナスは思った。
(例の貴族の子供・・・もしかして、親父さんの言ってた、噂の盗賊団?)
その間も怒鳴り声は続いており、下っ端らしい男が必死に謝っている様子がここまで伝わってくる。
「・・・・・・まぁいい、ここで説教したって始まらねえしな。・・・で、そいつは今どうしてる?」
「へい、軟禁用の場所に置いておきました」
「そうか。・・・武器は奪ったんだろうな?」
ミナスは今、武器らしい武器というものは使っていない。
駆け出しのときであれば、アウロラから借りていた護身用ナイフを使っていたのだが、今は≪森羅の杖≫という詠唱を助けるアイテムしかない。
慌てて自分の手元を確認すると、≪森羅の杖≫も、そして防具である≪エア・ウォーカー≫も取られていなかった。
下っ端らしい男が口篭ったのに、すかさず最初の声が早く奪いに行けと怒鳴りつける。
(!!まずい、こっちに来る!!)
『恐れるんじゃないよ、ミナス。いいからやっちまいな。悪者なんだろう?』
ナパイアスはすっかり戦闘するつもりでいるらしい。
「それはまあ・・・そうなんだけども・・・」
隠れるところもないし仕方ない、とミナスはナパイアスとスネグーロチカを召喚した。
雪の娘の出現でふわりと雪の結晶が飛び散ったと同時に、無粋な足音がなだれ込んでくる。
「・・・・・・チッ・・・・・・もう起きていやがったか・・・」
一番後ろにいる男は他の奴らと違い、何か威厳を感じる。
恐らく、彼が先程副長と呼ばれた男だろう。
「・・・君たちが、僕を貴族の子供と間違えてこんなとんでもない場所につれてきてくれた人たちだね?」
「ハン、話が聞こえてたなら話は早えな。俺らは盗賊団でな、このアジトの場所を知られるわけにはいかねぇ。・・・死んでもらうぜ?」
「どうぞ?やれるもんならね」
「ふん、口が減らねぇな。・・・おい、お前ら。この失態を挽回するチャンスだぜ?」
副長とやらは、どうやら戦闘に参加するつもりはないらしい。
下っ端が息巻いて失態を取り戻すと宣言するのを鼻で笑い、3人ほど置いて奥へと下がっていく。
「へへ、悪く思うなよ。恨むなら、人違いでさらわれた自分の運のなさを恨むんだな」
「人違いどころか、エルフを人と間違えてさらってるんだから無能すぎるよ。おじさんたち、悪いけどさっさと終わらせるからね」
「あ?なめるなよ、こいつ!!」
チンピラたちは、木の葉のような両刃のナイフを取り出して襲い掛かってきた。
しかし――。
『ほうら、激流にぶつかる気分はどうだい?』
『ちょっと、ミナスにそんな汚いモン近づけないでよ!!』
渓流のじゃじゃ馬と冷気の乙女が、縦横無尽に駆け巡る。
「げ!!なんだこのガキ!」
「魔法だ!こいつ、魔法使ってやがる・・・うわああ!」
結局、かすり傷ひとつ負う事もなくミナスは戦闘を終わらせた。
チンピラたちの服を漁ると、鍵はなかったが傷薬が3つ手に入った。
ウンディーネの力の一端を使う事は出来るが、消耗し切った時には便利だろう。しばらく悩んだ末、ミナスはそれを持っていく事にした。
『さっさとこんな辛気臭い洞窟、抜け出そうよ~』
「うん、そうだね」
スネグーロチカの主張に頷くと、ミナスはてこてこと自分の入れられていた部屋から抜け出した。
「うーん・・・・・・広いなあ」
道は3つに分かれている。とりあえず迷子にならないようにと、ミナスは真っ直ぐ突き進んだ。
(・・・ここは・・・宝物庫、か・・・)
木製や鉄製の宝箱が並んでいる空間である。
ミナスは冒険者をやるくらいだから、宝物と聞くとわくわくしてしまう。
スネグーロチカが行こうと急き立ててるのも聞かず、ついつい鉄製の箱のひとつに近づいてしまった。
「えーと、確かエディンはこうやってたっけ・・・・・・」
鍵が掛かっているそれには、ミナスが分かる範囲では罠はない。
たまたま持っていた針金の一つを鍵穴に差し込んで、エディンがダンジョンでよくやるように動かしていると、かちりと外れた音がした。
「わあ、鎧だ。ギルとかアレクなら着れるかな?」

・・・・・・ミナスは気づいていないのだが、彼が取り出したのは龍の鱗を使用した鎧である。
龍の鱗は軽量でありながら魔法に対する抵抗力や防御力が高いことで有名である。
この鎧も、古いとはいえ例にもれずそこそこの防御を誇っているのだ。まったく、鍵もかけようものである。
「こっちのも気になるな~」
鍵の掛かっていない箱を開けると、そちらには琥珀の塊が入っていた。
綺麗なそれをアウロラへの土産にしようと箱から取り出した瞬間、不吉な音がミナスのいる部屋に響く。
(・・・!?・・・地鳴り・・・?)
『ミナス、危ないわ!早く逃げましょ!』
スネグーロチカの警告に従い急いで宝物庫から去ると、ぐしゃりと鈍い音を立てて入口が崩落してしまった。
(・・・!!危なかった・・・)
冷や汗を拭い、ミナスはしばらくきょろきょろと誰か来るか警戒していたが、駆けつける様子はなかった。
「なーんだ。ちぇ」
『相手がバカで助かったわね~』
のんびりした雪娘の台詞にくすりと笑うと、ミナスはまた歩き出した。
tb: -- cm: 0
Thu.
傍迷惑な盗賊団 1 
「・・・・・・・・・オハヨ・・・・・・・・・」
「・・・おぅ。珍しいな、ミナスがこんな時間に起きてるとは」
月下美人を見終わったギルとアレクが部屋へ戻ったその日。
ミナスが目を覚ましたのは、聖職者であるアウロラですらまだ寝床の中にいる、暗い早朝のことだった。
≪狼の隠れ家≫の親父さんは、既にパンの仕込みに入っている。
粘つくパン種との格闘を終え、親父さんはまだ目をこするミナスのために手早く紅茶の準備をした。
「何故か目が覚めちゃってね。なにか飲むものない?」
「そうか。まぁ、早起きはいいことだがな・・・ほらよ、紅茶だ」

「え~、紅茶~?エール酒ないの、エール酒~」
「子供に酒なんか飲ませるわけにはいかん」
「別にいいじゃん、どうせいつかは飲むものだよ?」
「まったく、口が減らないな、お前は・・・・・・」
ため息をついた親父さんは、ふと思いついたように言った。
「ソレを飲んだらお使いに行ってくれねぇか?」
「お使い?なんで?何処に?」
「昨日に来た酔っ払いが皿とコップを割りやがってな。その補充をしなきゃいかん」
親父さんの口調からすると、その酔っ払いとは――ギルとアレクのことに違いなかった。
がっくりとミナスが首を折る。
「・・・・・・ゴメンナサイ」
「うむ。リューンの雑貨屋に行ってきてくれ。代わりに紅茶は奢ってやるよ」
親父さんはズボンのポケットから皿とコップの引換券を取り出し、ミナスへ渡した。
「ほら、コレが引換券だ。それじゃ、気をつけて来い。今話題の盗賊団が出没しているらしいからな」
「盗賊団?」
「あぁ。ものすごい若い者が頭になった盗賊団らしい。・・・まぁ、お前なら大丈夫だとは思うがな」
並みの子供など及びもつかない度胸と魔力、そして今までの冒険による機転を持ったミナスである。親父さんも、念の為に言ったに過ぎなかった。
「そんなに凄い盗賊団なの?」
「ふむ・・・どうだろうなぁ・・・お前なら無事に帰ってこれるとは思うが・・・結構実力派な盗賊団らしいぞ」
出来たばかりだから心配ないと思うが、気をつけるに越したことはない――親父さんらしい慎重な意見に、ミナスはこっくりと首を縦に振った。
なんでも、街の噂によると、その盗賊団にはリューンのある貴族の子を誘拐する計画があるらしい。
まだ朝が早すぎて寒いだろうから、と親父さんはミナスの細い首に娘さんが編んでくれたマフラーを巻いてくれた。
「それじゃ、交換しに行ってくるね!」
ミナスは元気よく、朝靄漂うリューン市街へと飛び出した。
「・・・・・・・・・ん?」
時間がはやいため、基本的には業者の者や、騎士団の人たちしか通る事はない。
・・・・・・・・・・・・はずだが・・・・・・・・・・・・。

「う~ん、随分と人が多いなぁ。何かの店のセールか・・・重大事件が起こったのか・・・」
そう、人が多いのである。・・・特に・・・雑貨屋周辺へ向かって。
ミナスは首を傾げながら雑貨屋へ向かった。
「・・・・・・・・・!なるほどね、そういうことか・・・」
ミナスの見ている先には雑貨屋の周りの商店街の看板があった。看板にはとても大きな文字でこう書いてある。
『在庫処分セール』
(こりゃ、雑貨屋まで歩いていくのは大変だなぁ。馬車で行くか・・・それとも、あまり行きたくないが路地裏のほうを歩いていくか・・・。)
そこまで考えて、ミナスは早々に馬車のルートを破棄した。・・・引換券は持っているが、金がない。
「あまり気乗りしないが・・・路地裏を通って行くか」
靄の中を泳ぐように、日の当たらない細い路地へ小さな人影が飛び込む。
「やっぱここは暗いなぁ・・・まぁ、下手なチンピラどもは敵じゃないけど」
あまり人通りのない裏通りを手早く通り抜けて、雑貨屋へ向かった・・・・・・・・・・・・が。
「・・・・・・・・・?」
がくり、と膝をつく。
「な、なんか・・・急に・・・眠く・・・」
『起きろ、起きるんだよ、ミナス!』
影に潜んでついて来ている渓流の魔精・ナパイアスが、必死にミナスを叱咤している。
「ま、まだ起きて少ししか過ぎてないのに・・・」
『ここで寝るんじゃない!誰か悪意をもった奴が近くにいるよ!』

「・・・!!こ、これは・・・もしかして・・・眠りの雲!?」
ナパイアスの言葉と、冒険者としてのいくつかの経験でミナスは気づいた。
この眠気は【眠りの雲】の呪文を浴びた状態である、と。
「ま・・・まず、い・・・」
(というか、またこのパターンかよ!)
心中で自分に突っ込みを入れつつ、ミナスは意識を眠りの国へと引きずり込まれた。
「・・・おぅ。珍しいな、ミナスがこんな時間に起きてるとは」
月下美人を見終わったギルとアレクが部屋へ戻ったその日。
ミナスが目を覚ましたのは、聖職者であるアウロラですらまだ寝床の中にいる、暗い早朝のことだった。
≪狼の隠れ家≫の親父さんは、既にパンの仕込みに入っている。
粘つくパン種との格闘を終え、親父さんはまだ目をこするミナスのために手早く紅茶の準備をした。
「何故か目が覚めちゃってね。なにか飲むものない?」
「そうか。まぁ、早起きはいいことだがな・・・ほらよ、紅茶だ」

「え~、紅茶~?エール酒ないの、エール酒~」
「子供に酒なんか飲ませるわけにはいかん」
「別にいいじゃん、どうせいつかは飲むものだよ?」
「まったく、口が減らないな、お前は・・・・・・」
ため息をついた親父さんは、ふと思いついたように言った。
「ソレを飲んだらお使いに行ってくれねぇか?」
「お使い?なんで?何処に?」
「昨日に来た酔っ払いが皿とコップを割りやがってな。その補充をしなきゃいかん」
親父さんの口調からすると、その酔っ払いとは――ギルとアレクのことに違いなかった。
がっくりとミナスが首を折る。
「・・・・・・ゴメンナサイ」
「うむ。リューンの雑貨屋に行ってきてくれ。代わりに紅茶は奢ってやるよ」
親父さんはズボンのポケットから皿とコップの引換券を取り出し、ミナスへ渡した。
「ほら、コレが引換券だ。それじゃ、気をつけて来い。今話題の盗賊団が出没しているらしいからな」
「盗賊団?」
「あぁ。ものすごい若い者が頭になった盗賊団らしい。・・・まぁ、お前なら大丈夫だとは思うがな」
並みの子供など及びもつかない度胸と魔力、そして今までの冒険による機転を持ったミナスである。親父さんも、念の為に言ったに過ぎなかった。
「そんなに凄い盗賊団なの?」
「ふむ・・・どうだろうなぁ・・・お前なら無事に帰ってこれるとは思うが・・・結構実力派な盗賊団らしいぞ」
出来たばかりだから心配ないと思うが、気をつけるに越したことはない――親父さんらしい慎重な意見に、ミナスはこっくりと首を縦に振った。
なんでも、街の噂によると、その盗賊団にはリューンのある貴族の子を誘拐する計画があるらしい。
まだ朝が早すぎて寒いだろうから、と親父さんはミナスの細い首に娘さんが編んでくれたマフラーを巻いてくれた。
「それじゃ、交換しに行ってくるね!」
ミナスは元気よく、朝靄漂うリューン市街へと飛び出した。
「・・・・・・・・・ん?」
時間がはやいため、基本的には業者の者や、騎士団の人たちしか通る事はない。
・・・・・・・・・・・・はずだが・・・・・・・・・・・・。

「う~ん、随分と人が多いなぁ。何かの店のセールか・・・重大事件が起こったのか・・・」
そう、人が多いのである。・・・特に・・・雑貨屋周辺へ向かって。
ミナスは首を傾げながら雑貨屋へ向かった。
「・・・・・・・・・!なるほどね、そういうことか・・・」
ミナスの見ている先には雑貨屋の周りの商店街の看板があった。看板にはとても大きな文字でこう書いてある。
『在庫処分セール』
(こりゃ、雑貨屋まで歩いていくのは大変だなぁ。馬車で行くか・・・それとも、あまり行きたくないが路地裏のほうを歩いていくか・・・。)
そこまで考えて、ミナスは早々に馬車のルートを破棄した。・・・引換券は持っているが、金がない。
「あまり気乗りしないが・・・路地裏を通って行くか」
靄の中を泳ぐように、日の当たらない細い路地へ小さな人影が飛び込む。
「やっぱここは暗いなぁ・・・まぁ、下手なチンピラどもは敵じゃないけど」
あまり人通りのない裏通りを手早く通り抜けて、雑貨屋へ向かった・・・・・・・・・・・・が。
「・・・・・・・・・?」
がくり、と膝をつく。
「な、なんか・・・急に・・・眠く・・・」
『起きろ、起きるんだよ、ミナス!』
影に潜んでついて来ている渓流の魔精・ナパイアスが、必死にミナスを叱咤している。
「ま、まだ起きて少ししか過ぎてないのに・・・」
『ここで寝るんじゃない!誰か悪意をもった奴が近くにいるよ!』

「・・・!!こ、これは・・・もしかして・・・眠りの雲!?」
ナパイアスの言葉と、冒険者としてのいくつかの経験でミナスは気づいた。
この眠気は【眠りの雲】の呪文を浴びた状態である、と。
「ま・・・まず、い・・・」
(というか、またこのパターンかよ!)
心中で自分に突っ込みを入れつつ、ミナスは意識を眠りの国へと引きずり込まれた。
tb: -- cm: 0
Tue.
命を尽くした話 
私は羽虫だ。
自らの身が焼けると知っていても蝋燭の火に近づかずにはいられない。
ぎょろぎょろとした大きな眼をもっていようが蜘蛛の巣に気づけず捕らえられる。
私は羽虫だ。
愚か者の羽虫だ。
だが。
例え愚か者の羽虫だとしても。
可憐な花を愛でる為に、命を捨てたっていいじゃないか。
我が身をじわりじわりと苦しめる蜘蛛の糸を、伝ってくる影がある。
恐ろしい牙を持ったまだら色の蜘蛛だ。
獲物が掛かった事に頬をほころばせ、一直線にこちらへ這ってくる。
私に残された時間は、もうない。
*
娘と旅人が談笑している様を、私は窓の外からぼんやりと眺めていた。
一五年間もの間を一緒に過ごしてきて、私ですら一度でも見た事のない表情を、娘が見せている。
幸せそうだ。
ふと、そう思えた。
変化のない村での生活は、彼女に何を与えただろう。
年頃だというのに化粧っ気の欠片もなく、文字の読み書きすら満足にできない。
知識らしい知識といえば、周辺で採れる食料の種別と数種類の料理法、毒キノコの見分け方くらいだろう。
娘の幸せを望まない父がいようか。
出来る事なら娘を外へ連れ出して、広大な世界の素晴らしさを知ってほしかった。
いや、多くは望むまい。
この汚く暗い村から外へ出してあげるだけでも構わない。
それが叶わない望みである事は知っている。
私の身が、この村という蜘蛛の糸に縛られているからだ。
幼子同然の知識と常識しか持ち得ない娘が、独りで外の世界を生きる事はできない。
だが、この旅人ならば。
ギルバードと名乗った、この冒険者ならば。
我らを殺しにきたこの冒険者ならば、あるいは。
腐ったこの小さな箱庭から、娘を連れ出してくれるかもしれない。
娘がこの村に未練を残さないように、箱庭を焼き払ってくれるかもしれない。
か細い望みに命を賭ける事に、迷いはなかった。
どのみち、私の命は長くない。
目前まで、蜘蛛の牙は届きつつあるのだ。
「さて……」
娘が自分の部屋へ向かったのを確認して、ギルバートはこちらを向いた。
私の戦いは、ここから始まる。
一瞬でも気を抜けば、私の望みはおろか世を呪う言葉さえも封じられるだろう。
「――ギルバート君、話をしないか」
先手を取って、話を切り出した。
家主であるのにこそこそと覗き見する私を、ギルバートは真剣な眼差しで見ている。
私の目論見の七割程度は見抜かれていると考えた方がよさそうだ。
「……話?」
「そう、腹を割って話したい。君の本当の目的や、これからの事を……」
「何を――なッ!?」
ギルバートは眉間に皺を寄せる。
思った以上に手ごわい相手のようだ。
ギリギリ見えるくらいのラインで手の中の不恰好な水晶を見せたのだが、彼は見落とさなかった。
「あまり大きな声を出さないでほしい。
娘がこちらへ来たら、私が困るんだ」
私は音が鳴らないように戸を開けて、ギルバートの向かいの椅子へ腰を下ろした。
右手は硬く握ったまま、身体で隠す事にした。
一瞬の油断で腕を切り落とされれば、私は切り札を失ってしまう。
「……何が聞きたいんだ?
火晶石まで持ち出して」
「まず、君の目的を教えてほしい。
旅の途中でここへ立ち寄った、と言っていたが……あれは嘘だろう?」
「………………」
「何の特産もなく、取り得もないこんな寒村を気に入るなんてある訳がない。
一週間という長い時間、君がこの村に滞在したのは別の理由があったから。違うかい?」
ギルバートは何も答えようとしなかった。
それもそうだろう、私の握っている強みは捨て身の一撃だ。
同じ卓につくための場代だ。
故に、彼の口を割らせるには更なる攻撃が必要だ。
意を決し、言葉を搾り出す。
「君は、この村の秘密を知っているね」
ピクリ、と。
ギルバートが反応した。
間髪いれずに言葉を紡ぐ。
「この村が小規模な麻薬精製場である事は知っているものとして話を進めよう。
君は公安の人間ではなさそうだが、おそらく麻薬がらみの調査の為に雇われたんだろう。
しかし、それならそれで疑問が残る。
君がなぜ、一週間もここに滞在しなければならなかったのか。
調査の為に雇われたのなら、その麻薬がどんなものかくらいの情報は得られたはずだ。
少なくとも、これこれこういう形状の葉を刻んで乾燥させて煙草として流通させている、くらいの情報はないと話にならない。
でなければ、君もあんな事は言わなかっただろうからね」
彼がこの村に来た日の夜。
村長がいつものように旅人に対して煙草を勧めた。
そこで帰ってきたギルバートの答えは『風邪気味で喉が痛いので遠慮します』だ。
「君は煙草の葉が麻薬である事を知っていて、かつ村が麻薬の精製場だと確信を得た。
にも関わらず、君はこの村に残った、何故か?
君は待っていたんだ。
月に一度だけ、村の男衆が一箇所に集まるこの日を」
「……、」
ついに、ギルバートの表情が崩れた。
娘に見せた子供っぽさの残る笑顔など想像も出来ないほどの、『冒険者』の顔だ。
「残念だが、村長には君の企みは見抜かれているよ。
今日のは会合とは名ばかりの作戦会議のようなものだった。
……村長は、今夜中にケリをつけるつもりだ」
「それで、あなたが尖兵って事か」
ギルバートが口を開いた。
長かったが、ようやく彼も卓についてくれた。
「違う、と言っても信じてはもらえないだろうがね。
……私の要求を呑んでくれれば、君の味方をしたい」
「火晶石を握っておきながら条件提示とはね……」
皮肉たっぷりにギルバートは呟いた。
正論ではあるが、きれいごとだけでこの場は凌げない。
「私の望みはたったひとつ。私の娘を、エセルを外へ連れ出してほしい」
「エセルを?」
「そうだ。娘は……この村の汚い部分を何も知らない。
この村が麻薬を造っている事も知らない。
毎日、手伝いと称して運んだあの葉っぱが麻薬だと言う事も知らない。
そもそも麻薬とは何なのかすら知らない。
――そして、その麻薬が。
彼女が運んだ葉っぱが。
私の命を蝕んでいる事すら知らないんだ……!」
「……、」
すう、とギルバートの目が細められた。
それでも目を背けてくれなかったのはありがたかった。
こんな愚か者の気持ちを、汲んでくれた。
「……俺が受けた依頼は『麻薬精製に関わった村人全ての誅殺』、だ。
仮にエセルが何も知らずに手伝っていたにしても、それは通らない。
過去には麻薬の運び人に道を教えただけで幇助と捉えられた例もある。
だから、エセルだけを特別視する事はできない」
死刑宣告にも似た返答に、私は身体の芯がぐらつく感覚を得る。
しかし、答えを放ったギルバートははぁ、とため息をつくと、
「とはいえ、今の俺はまさしく命を握られているみたいだ。
参ったなぁ、こんな状況だったらそんな建前は通じないよなぁ。
法にも依頼内容にも触れそうだけど、どうしようかなぁ。
うん、仕方がない。
あなたの頼みを聞き入れよう、あくまでも仕方なく」
その言葉に、私は呆けたように目を白黒させる事しかできなかった。
内容を噛み砕いて頭で理解するまで、何秒掛かっただろう。
腹の底から笑いが込み上げてくるものの、うっかり娘を起こしてしまってはいけないと察し、必死でこらえた。
「しかし、私が言うのも何だが本当にいいのかね?
依頼の内容に触れてしまうんじゃ――」
「その事なんだけど、ひとつ確認しておきたい。
この村の女性は、本当にエセル一人なのか?」
意図を図りかねるも、間違いないと頷く。
「だったらそっちは問題ないよ。
屁理屈だけど、何とかしてみせよう。
問題は、あなた自身だろう。
どうにも俺のアタマじゃあなたを救う屁理屈は考えられそうにない」
「その必要はないよ。
君が本来の依頼を達成するという事は、村の麻薬が失われると言う事だろう。
ただでさえ命を削られている上に中毒症状が重なれば、一月と持つまい。
それに、私が麻薬に狂う姿などあの娘には見せたくないのでね」
「……、」
「君が気にする事はない」
そう、これは人生の選択を誤った私への罰だ。
娘の事を建前として死ねない理由を造り上げ、自ら蜘蛛の領域へ足を踏み入れた自分への戒めだ。
*
あれから二刻は経ったか。
夜の帳は完全に降り、草木が風に揺れる音しか聞こえない。
(彼は、上手く事を運んでいるだろうか)
ギルバートにはありったけの情報を渡した。
どこに何人の村人が配置されるか、どの村人が場数を踏んでいるか。
村の者にしか分からないような隠れるのに適した場所等、村の情報はほとんど筒抜けになった。
単独でも包囲を突破し、逆に制圧できるだけの情報だった。
私が同行したところで意味はない。
煙で半ば出来損ないの燻製と化した肺では単なる足手まといだ。
人ひとり殺す事さえ難しいだろう。
だからこそ、こうして村の敵になれたのかもしれない。
自分には出来ないと分かってしまったから、外の人間に手を借りたのか。
長年住み続けた村が滅びようとしているのにも何の感慨も沸かないのも、そのせいか。
「――む」
ふと、ドアがノックされた。
狭い村だ、もう制圧完了していても不思議ではない。
閂を取り外し、ゆっくりとドアを開く。
来訪者の顔は見えなかった。
代わりに、ギュガッ! という鋭い音と共に、何故だか床の汚ればかりが目に入る。
「……あんたのせいだ」
続いて耳に入った言葉はギルバートの声ではなかった。
それだけを認識した後に、私の背中に強い衝撃が走る。
ここでようやく、何かで喉をぶち抜かれて仰向けに倒れこんだのだと理解した。
「あんたのせいでッ! 村のみんなはッ!」
(やかましい、娘が起きてしまうだろう)
言葉を放ったはずだった。
なのに、ヒューヒューという風の音しか聞こえない。
やたらと喉が熱い。
熱い、熱い、熱い、焼け付くように熱い、否、すでに焼けてしまっているのか?
「ッ!」
息を呑むような声がしたかと思うと、誰かが走り去っていく音が聞こえた。
声の主は、たしかハリスだったか。
いいや、そんな事はどうでもいい。
とにかく熱い。
「――ガ、」
ごぼり、と。
気管に何かの液体が進入した。
たまらず、私は咳き込む。
その衝撃で口から液体を吐き出した。
真っ赤なそれは、血液だったか。
「……、」
彷徨う視線が、ひとりの青年を捉えた。
ツンツン頭の彼は、年相応の無表情でこちらを見下ろしている。
彼の得物は血に塗れていた。
もしかして、もうハリスの血も吸ったのだろうか。
「村の制圧はほぼ完了した。
あとは村長と対峙するだけ……それだけで事は終わる」
だからもう安心していい、と言いたげだった。
その言葉に私は目だけで頷く。
「何か……あるか?」
私がすでに喋れる状況じゃないと、途中で気づいたのだろう。
優しい青年だ。
彼がこうして斧を振るっている現実が果てしなく似合わないと思える。
「――ァ」
声を出そうと努力したが、やはり無駄だった。
代わりにゴボゴボと血が喉や口からあふれるだけだ。
仕方なしに、私は無言でずっと握っていた右手を開く。
「……やられた」
ギルバートが表情と同じく無感情な声で呟く。
私が握っていたのは火晶石ではなかったのだ。
ただの不恰好な水晶は音を立てて転がり、ギルバートのブーツへぶつかって動きを止める。
そもそも、火晶石なんて代物が簡単に手に入るわけがない。
そして本当に使用する腹積もりがあったのなら、交渉の場をわざわざ娘のいるこの家でするはずもない。
私は精一杯の力で口の端を吊り上げ、笑った。
まるで悪戯が見つかった幼子のように、笑った。
(後は、頼んだよ)
脅しだったとはいえ、彼は約束を違えるような事はしないだろう。
見返りはすでに渡している。
私が死ぬのは計算のうちだ。
楽観的なようだが、事実私にはこれ以上やれる事は何一つなかった。
呼吸のままならない私の視界はぼやけ、次第にまぶたが下りてくる。
途方もなく苦しい。
熱い苦しい暗い寒い怖い怖い怖い怖い。
「――さようなら」
青年の声が到達すると同時に。
無慈悲な刃が慈悲深い青年の手によって振り下ろされた。
*
夜が明けて、ラッシュ村には静寂と平穏が戻った。
もう、この村では喧騒なんて望めない。
それを断ち切った青年が、村長宅の地下室に保管されていた麻薬を焼いていた。
村の中心部からもうもうと立ち上る煙を眺めながら、隣に立つ少女は目を細めている。
保管されていた分とは別の、収穫されていない葉はそのままにされている。
さすがにあれだけの量を処分しようとするのは無理があるだろう。
収穫する者がいなければ、あれは無害な植物だ。
植物には罪はない。
青年が、燃えカスにバケツで水をかける。
火種は一気に消え、わずかな水蒸気が煙に代わって発生した。
やがて、その水蒸気もなくなった。
二つ三つ言葉を交わしてから、二人は中央行路の方角へ歩き出す。
二人は決して振り返ろうとはしなかった。
それでいい、と私は笑む。
私はあの時に確実に命を落とした。
それから今までの記憶はすっぽりと抜け落ちていて、何が何だか分からずにここに立っている。
だんだんと薄れゆく視界に、私の身体が崩れていくのを感じた。
ああ、そうか。
これが、神の慈悲というヤツか。
こんな罪人にも救いを与えてくれた神へ短く感謝の祈りを捧げる。
そして。
罪人とその娘を確かに救ってくれたあの青年に、精一杯の祈りを捧げた。
君の旅路に幸あらん事を、と。
【あとがき ついでに余談】
どうも、「すでに死んだシナリオ作家」および「しがないリプレイ書き」の周摩と申します。
Leeffesさんに拙作『命を失くした話』をリプレイしていただいた記念に、ちょっとした補完用SSです。
ギルバート氏が登場していますが、口調やら性格やらめちゃくちゃじゃないかとが不安です。
どうかエセルを末永くよろしくお願いします。
この話の視点はシナリオ内に登場するNPCエセルの父親で進んでいます。
お亡くなりになりましたが、いつまでもエセルとプレイヤーと幸福を願って彼らを見守っています。
今回のSSはリプレイされた事がきっかけで書き下ろしたものですが、構想自体はシナリオ製作時には存在していました。
特に父親との交渉シーンは本編で使用するつもりだったのですが、麻薬関係のいろいろが良く分からず(当時はただの馬鹿ガキでした)詳細に描写する事が出来ずに断念したという裏話があります。
だからこそ、極力そういった描写をしなくて済むNPC視点というシナリオが出来上がった訳ですが……
あと、以前HPの方の日記に書きましたが、この場を借りてもう一度申し上げます。
作中で麻薬の名前に『ラッシュ』とつけていますが、このシナリオはフィクションです。
実在の麻薬との関連はございません。
村の名前は超適当に決めたんですよ。
ちなみに作中でエセルが夢がどうのと言っていましたが、シナリオ製作時に没になった設定で「シンデレラガール・エセル」という今となっては馬鹿馬鹿しい続編シナリオのアイディアがあり、その伏線でした。
今じゃもう作成不可能なんですけどね。
割とエセルを宿に連れ込めればと思っている方がいらっしゃいましたが、彼女を連れ込み不可にしたのもこれが理由の半分だったりします。
最後に余談を。
プレイヤー「ところでエセル、見せたいものって何だったんだ?」
エセル「えっ……な、何でもないよッ!? (私だけが知ってる例の麻薬の群生地帯なんて言えない……っ!)」
という、何の落ちもない話でした。
では、この辺で筆を置かせていただきます。
次回は『月歌を紡ぐ者たち』の本編でお会いしたいものです。
周摩
--------------------------------------------------------
■後書きまたは言い訳(でも今回は違うかも)
うわあああ・・・!!誰か、私の血圧を下げてください!お願いします!
ということで、今回のこちらのお話は私ではなく、なんと「命を失くした話」のシナリオ作者である、MoonNight-Waltz.の周摩さんからいただいた、リプレイから派生した補完用SSでございました。シナリオでは会話のなかったエセルの父親視点でのお話となっております。
自分のキャラクターを他の方に、それもリプレイを書くきっかけとなった一人である周摩さんに書いていただけるとか、明日辺りに車に轢かれて死ぬのではないだろうか・・・。私、幸せすぎて人生が詰みそう。
周摩さんにも申し上げましたが、ギルは混沌派という言葉そのままのイメージがあります。
エセルに見せた子供っぽさも、エセルの父親と相対した時のプロの顔も、依頼内容を都合よく解釈して自分の好きなようにやる狡猾さも、全部、彼の中では本当です。嘘はないんです。
これをリーダーに据えてしまったエディンたちの責任はさておいて、ギルがもし取引を持ちかけられるとしたら、確かにこういう風に振舞うことでしょう。
エセルのお父さん、エセルは≪狼の隠れ家≫で大切にお預かりします!
そして周摩さん、こんな素敵なSSをありがとうございました。サイトの家宝にします!
自らの身が焼けると知っていても蝋燭の火に近づかずにはいられない。
ぎょろぎょろとした大きな眼をもっていようが蜘蛛の巣に気づけず捕らえられる。
私は羽虫だ。
愚か者の羽虫だ。
だが。
例え愚か者の羽虫だとしても。
可憐な花を愛でる為に、命を捨てたっていいじゃないか。
我が身をじわりじわりと苦しめる蜘蛛の糸を、伝ってくる影がある。
恐ろしい牙を持ったまだら色の蜘蛛だ。
獲物が掛かった事に頬をほころばせ、一直線にこちらへ這ってくる。
私に残された時間は、もうない。
*
娘と旅人が談笑している様を、私は窓の外からぼんやりと眺めていた。
一五年間もの間を一緒に過ごしてきて、私ですら一度でも見た事のない表情を、娘が見せている。
幸せそうだ。
ふと、そう思えた。
変化のない村での生活は、彼女に何を与えただろう。
年頃だというのに化粧っ気の欠片もなく、文字の読み書きすら満足にできない。
知識らしい知識といえば、周辺で採れる食料の種別と数種類の料理法、毒キノコの見分け方くらいだろう。
娘の幸せを望まない父がいようか。
出来る事なら娘を外へ連れ出して、広大な世界の素晴らしさを知ってほしかった。
いや、多くは望むまい。
この汚く暗い村から外へ出してあげるだけでも構わない。
それが叶わない望みである事は知っている。
私の身が、この村という蜘蛛の糸に縛られているからだ。
幼子同然の知識と常識しか持ち得ない娘が、独りで外の世界を生きる事はできない。
だが、この旅人ならば。
ギルバードと名乗った、この冒険者ならば。
我らを殺しにきたこの冒険者ならば、あるいは。
腐ったこの小さな箱庭から、娘を連れ出してくれるかもしれない。
娘がこの村に未練を残さないように、箱庭を焼き払ってくれるかもしれない。
か細い望みに命を賭ける事に、迷いはなかった。
どのみち、私の命は長くない。
目前まで、蜘蛛の牙は届きつつあるのだ。
「さて……」
娘が自分の部屋へ向かったのを確認して、ギルバートはこちらを向いた。
私の戦いは、ここから始まる。
一瞬でも気を抜けば、私の望みはおろか世を呪う言葉さえも封じられるだろう。
「――ギルバート君、話をしないか」
先手を取って、話を切り出した。
家主であるのにこそこそと覗き見する私を、ギルバートは真剣な眼差しで見ている。
私の目論見の七割程度は見抜かれていると考えた方がよさそうだ。
「……話?」
「そう、腹を割って話したい。君の本当の目的や、これからの事を……」
「何を――なッ!?」
ギルバートは眉間に皺を寄せる。
思った以上に手ごわい相手のようだ。
ギリギリ見えるくらいのラインで手の中の不恰好な水晶を見せたのだが、彼は見落とさなかった。
「あまり大きな声を出さないでほしい。
娘がこちらへ来たら、私が困るんだ」
私は音が鳴らないように戸を開けて、ギルバートの向かいの椅子へ腰を下ろした。
右手は硬く握ったまま、身体で隠す事にした。
一瞬の油断で腕を切り落とされれば、私は切り札を失ってしまう。
「……何が聞きたいんだ?
火晶石まで持ち出して」
「まず、君の目的を教えてほしい。
旅の途中でここへ立ち寄った、と言っていたが……あれは嘘だろう?」
「………………」
「何の特産もなく、取り得もないこんな寒村を気に入るなんてある訳がない。
一週間という長い時間、君がこの村に滞在したのは別の理由があったから。違うかい?」
ギルバートは何も答えようとしなかった。
それもそうだろう、私の握っている強みは捨て身の一撃だ。
同じ卓につくための場代だ。
故に、彼の口を割らせるには更なる攻撃が必要だ。
意を決し、言葉を搾り出す。
「君は、この村の秘密を知っているね」
ピクリ、と。
ギルバートが反応した。
間髪いれずに言葉を紡ぐ。
「この村が小規模な麻薬精製場である事は知っているものとして話を進めよう。
君は公安の人間ではなさそうだが、おそらく麻薬がらみの調査の為に雇われたんだろう。
しかし、それならそれで疑問が残る。
君がなぜ、一週間もここに滞在しなければならなかったのか。
調査の為に雇われたのなら、その麻薬がどんなものかくらいの情報は得られたはずだ。
少なくとも、これこれこういう形状の葉を刻んで乾燥させて煙草として流通させている、くらいの情報はないと話にならない。
でなければ、君もあんな事は言わなかっただろうからね」
彼がこの村に来た日の夜。
村長がいつものように旅人に対して煙草を勧めた。
そこで帰ってきたギルバートの答えは『風邪気味で喉が痛いので遠慮します』だ。
「君は煙草の葉が麻薬である事を知っていて、かつ村が麻薬の精製場だと確信を得た。
にも関わらず、君はこの村に残った、何故か?
君は待っていたんだ。
月に一度だけ、村の男衆が一箇所に集まるこの日を」
「……、」
ついに、ギルバートの表情が崩れた。
娘に見せた子供っぽさの残る笑顔など想像も出来ないほどの、『冒険者』の顔だ。
「残念だが、村長には君の企みは見抜かれているよ。
今日のは会合とは名ばかりの作戦会議のようなものだった。
……村長は、今夜中にケリをつけるつもりだ」
「それで、あなたが尖兵って事か」
ギルバートが口を開いた。
長かったが、ようやく彼も卓についてくれた。
「違う、と言っても信じてはもらえないだろうがね。
……私の要求を呑んでくれれば、君の味方をしたい」
「火晶石を握っておきながら条件提示とはね……」
皮肉たっぷりにギルバートは呟いた。
正論ではあるが、きれいごとだけでこの場は凌げない。
「私の望みはたったひとつ。私の娘を、エセルを外へ連れ出してほしい」
「エセルを?」
「そうだ。娘は……この村の汚い部分を何も知らない。
この村が麻薬を造っている事も知らない。
毎日、手伝いと称して運んだあの葉っぱが麻薬だと言う事も知らない。
そもそも麻薬とは何なのかすら知らない。
――そして、その麻薬が。
彼女が運んだ葉っぱが。
私の命を蝕んでいる事すら知らないんだ……!」
「……、」
すう、とギルバートの目が細められた。
それでも目を背けてくれなかったのはありがたかった。
こんな愚か者の気持ちを、汲んでくれた。
「……俺が受けた依頼は『麻薬精製に関わった村人全ての誅殺』、だ。
仮にエセルが何も知らずに手伝っていたにしても、それは通らない。
過去には麻薬の運び人に道を教えただけで幇助と捉えられた例もある。
だから、エセルだけを特別視する事はできない」
死刑宣告にも似た返答に、私は身体の芯がぐらつく感覚を得る。
しかし、答えを放ったギルバートははぁ、とため息をつくと、
「とはいえ、今の俺はまさしく命を握られているみたいだ。
参ったなぁ、こんな状況だったらそんな建前は通じないよなぁ。
法にも依頼内容にも触れそうだけど、どうしようかなぁ。
うん、仕方がない。
あなたの頼みを聞き入れよう、あくまでも仕方なく」
その言葉に、私は呆けたように目を白黒させる事しかできなかった。
内容を噛み砕いて頭で理解するまで、何秒掛かっただろう。
腹の底から笑いが込み上げてくるものの、うっかり娘を起こしてしまってはいけないと察し、必死でこらえた。
「しかし、私が言うのも何だが本当にいいのかね?
依頼の内容に触れてしまうんじゃ――」
「その事なんだけど、ひとつ確認しておきたい。
この村の女性は、本当にエセル一人なのか?」
意図を図りかねるも、間違いないと頷く。
「だったらそっちは問題ないよ。
屁理屈だけど、何とかしてみせよう。
問題は、あなた自身だろう。
どうにも俺のアタマじゃあなたを救う屁理屈は考えられそうにない」
「その必要はないよ。
君が本来の依頼を達成するという事は、村の麻薬が失われると言う事だろう。
ただでさえ命を削られている上に中毒症状が重なれば、一月と持つまい。
それに、私が麻薬に狂う姿などあの娘には見せたくないのでね」
「……、」
「君が気にする事はない」
そう、これは人生の選択を誤った私への罰だ。
娘の事を建前として死ねない理由を造り上げ、自ら蜘蛛の領域へ足を踏み入れた自分への戒めだ。
*
あれから二刻は経ったか。
夜の帳は完全に降り、草木が風に揺れる音しか聞こえない。
(彼は、上手く事を運んでいるだろうか)
ギルバートにはありったけの情報を渡した。
どこに何人の村人が配置されるか、どの村人が場数を踏んでいるか。
村の者にしか分からないような隠れるのに適した場所等、村の情報はほとんど筒抜けになった。
単独でも包囲を突破し、逆に制圧できるだけの情報だった。
私が同行したところで意味はない。
煙で半ば出来損ないの燻製と化した肺では単なる足手まといだ。
人ひとり殺す事さえ難しいだろう。
だからこそ、こうして村の敵になれたのかもしれない。
自分には出来ないと分かってしまったから、外の人間に手を借りたのか。
長年住み続けた村が滅びようとしているのにも何の感慨も沸かないのも、そのせいか。
「――む」
ふと、ドアがノックされた。
狭い村だ、もう制圧完了していても不思議ではない。
閂を取り外し、ゆっくりとドアを開く。
来訪者の顔は見えなかった。
代わりに、ギュガッ! という鋭い音と共に、何故だか床の汚ればかりが目に入る。
「……あんたのせいだ」
続いて耳に入った言葉はギルバートの声ではなかった。
それだけを認識した後に、私の背中に強い衝撃が走る。
ここでようやく、何かで喉をぶち抜かれて仰向けに倒れこんだのだと理解した。
「あんたのせいでッ! 村のみんなはッ!」
(やかましい、娘が起きてしまうだろう)
言葉を放ったはずだった。
なのに、ヒューヒューという風の音しか聞こえない。
やたらと喉が熱い。
熱い、熱い、熱い、焼け付くように熱い、否、すでに焼けてしまっているのか?
「ッ!」
息を呑むような声がしたかと思うと、誰かが走り去っていく音が聞こえた。
声の主は、たしかハリスだったか。
いいや、そんな事はどうでもいい。
とにかく熱い。
「――ガ、」
ごぼり、と。
気管に何かの液体が進入した。
たまらず、私は咳き込む。
その衝撃で口から液体を吐き出した。
真っ赤なそれは、血液だったか。
「……、」
彷徨う視線が、ひとりの青年を捉えた。
ツンツン頭の彼は、年相応の無表情でこちらを見下ろしている。
彼の得物は血に塗れていた。
もしかして、もうハリスの血も吸ったのだろうか。
「村の制圧はほぼ完了した。
あとは村長と対峙するだけ……それだけで事は終わる」
だからもう安心していい、と言いたげだった。
その言葉に私は目だけで頷く。
「何か……あるか?」
私がすでに喋れる状況じゃないと、途中で気づいたのだろう。
優しい青年だ。
彼がこうして斧を振るっている現実が果てしなく似合わないと思える。
「――ァ」
声を出そうと努力したが、やはり無駄だった。
代わりにゴボゴボと血が喉や口からあふれるだけだ。
仕方なしに、私は無言でずっと握っていた右手を開く。
「……やられた」
ギルバートが表情と同じく無感情な声で呟く。
私が握っていたのは火晶石ではなかったのだ。
ただの不恰好な水晶は音を立てて転がり、ギルバートのブーツへぶつかって動きを止める。
そもそも、火晶石なんて代物が簡単に手に入るわけがない。
そして本当に使用する腹積もりがあったのなら、交渉の場をわざわざ娘のいるこの家でするはずもない。
私は精一杯の力で口の端を吊り上げ、笑った。
まるで悪戯が見つかった幼子のように、笑った。
(後は、頼んだよ)
脅しだったとはいえ、彼は約束を違えるような事はしないだろう。
見返りはすでに渡している。
私が死ぬのは計算のうちだ。
楽観的なようだが、事実私にはこれ以上やれる事は何一つなかった。
呼吸のままならない私の視界はぼやけ、次第にまぶたが下りてくる。
途方もなく苦しい。
熱い苦しい暗い寒い怖い怖い怖い怖い。
「――さようなら」
青年の声が到達すると同時に。
無慈悲な刃が慈悲深い青年の手によって振り下ろされた。
*
夜が明けて、ラッシュ村には静寂と平穏が戻った。
もう、この村では喧騒なんて望めない。
それを断ち切った青年が、村長宅の地下室に保管されていた麻薬を焼いていた。
村の中心部からもうもうと立ち上る煙を眺めながら、隣に立つ少女は目を細めている。
保管されていた分とは別の、収穫されていない葉はそのままにされている。
さすがにあれだけの量を処分しようとするのは無理があるだろう。
収穫する者がいなければ、あれは無害な植物だ。
植物には罪はない。
青年が、燃えカスにバケツで水をかける。
火種は一気に消え、わずかな水蒸気が煙に代わって発生した。
やがて、その水蒸気もなくなった。
二つ三つ言葉を交わしてから、二人は中央行路の方角へ歩き出す。
二人は決して振り返ろうとはしなかった。
それでいい、と私は笑む。
私はあの時に確実に命を落とした。
それから今までの記憶はすっぽりと抜け落ちていて、何が何だか分からずにここに立っている。
だんだんと薄れゆく視界に、私の身体が崩れていくのを感じた。
ああ、そうか。
これが、神の慈悲というヤツか。
こんな罪人にも救いを与えてくれた神へ短く感謝の祈りを捧げる。
そして。
罪人とその娘を確かに救ってくれたあの青年に、精一杯の祈りを捧げた。
君の旅路に幸あらん事を、と。
【あとがき ついでに余談】
どうも、「すでに死んだシナリオ作家」および「しがないリプレイ書き」の周摩と申します。
Leeffesさんに拙作『命を失くした話』をリプレイしていただいた記念に、ちょっとした補完用SSです。
ギルバート氏が登場していますが、口調やら性格やらめちゃくちゃじゃないかとが不安です。
どうかエセルを末永くよろしくお願いします。
この話の視点はシナリオ内に登場するNPCエセルの父親で進んでいます。
お亡くなりになりましたが、いつまでもエセルとプレイヤーと幸福を願って彼らを見守っています。
今回のSSはリプレイされた事がきっかけで書き下ろしたものですが、構想自体はシナリオ製作時には存在していました。
特に父親との交渉シーンは本編で使用するつもりだったのですが、麻薬関係のいろいろが良く分からず(当時はただの馬鹿ガキでした)詳細に描写する事が出来ずに断念したという裏話があります。
だからこそ、極力そういった描写をしなくて済むNPC視点というシナリオが出来上がった訳ですが……
あと、以前HPの方の日記に書きましたが、この場を借りてもう一度申し上げます。
作中で麻薬の名前に『ラッシュ』とつけていますが、このシナリオはフィクションです。
実在の麻薬との関連はございません。
村の名前は超適当に決めたんですよ。
ちなみに作中でエセルが夢がどうのと言っていましたが、シナリオ製作時に没になった設定で「シンデレラガール・エセル」という今となっては馬鹿馬鹿しい続編シナリオのアイディアがあり、その伏線でした。
今じゃもう作成不可能なんですけどね。
割とエセルを宿に連れ込めればと思っている方がいらっしゃいましたが、彼女を連れ込み不可にしたのもこれが理由の半分だったりします。
最後に余談を。
プレイヤー「ところでエセル、見せたいものって何だったんだ?」
エセル「えっ……な、何でもないよッ!? (私だけが知ってる例の麻薬の群生地帯なんて言えない……っ!)」
という、何の落ちもない話でした。
では、この辺で筆を置かせていただきます。
次回は『月歌を紡ぐ者たち』の本編でお会いしたいものです。
周摩
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■後書きまたは言い訳(でも今回は違うかも)
うわあああ・・・!!誰か、私の血圧を下げてください!お願いします!
ということで、今回のこちらのお話は私ではなく、なんと「命を失くした話」のシナリオ作者である、MoonNight-Waltz.の周摩さんからいただいた、リプレイから派生した補完用SSでございました。シナリオでは会話のなかったエセルの父親視点でのお話となっております。
自分のキャラクターを他の方に、それもリプレイを書くきっかけとなった一人である周摩さんに書いていただけるとか、明日辺りに車に轢かれて死ぬのではないだろうか・・・。私、幸せすぎて人生が詰みそう。
周摩さんにも申し上げましたが、ギルは混沌派という言葉そのままのイメージがあります。
エセルに見せた子供っぽさも、エセルの父親と相対した時のプロの顔も、依頼内容を都合よく解釈して自分の好きなようにやる狡猾さも、全部、彼の中では本当です。嘘はないんです。
これをリーダーに据えてしまったエディンたちの責任はさておいて、ギルがもし取引を持ちかけられるとしたら、確かにこういう風に振舞うことでしょう。
エセルのお父さん、エセルは≪狼の隠れ家≫で大切にお預かりします!
そして周摩さん、こんな素敵なSSをありがとうございました。サイトの家宝にします!
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