Wed.
幽霊屋敷その2 
夜のしじまの中に佇む屋敷は、昼に調査へ来たときと違って見えた。
また扉を軋ませて玄関へと入ると、背筋を冷たいものが這う感覚を覚える。
そっと【亡者感知】を発動させたシシリーは、
「邪悪な気が漂っているけれど、まだ対処が出来るレベルね。一刻早く解決するに越したことはないけど」
と言って、建物の奥の方を眇めた。
また扉を軋ませて玄関へと入ると、背筋を冷たいものが這う感覚を覚える。
そっと【亡者感知】を発動させたシシリーは、
「邪悪な気が漂っているけれど、まだ対処が出来るレベルね。一刻早く解決するに越したことはないけど」
と言って、建物の奥の方を眇めた。
-- 続きを読む --
「邪悪な気は…2階の奥に集中してます。向かいましょう」

彼女の指示に従って、大きな屋敷を横断し始めた旗を掲げる爪だったが、精緻な彫刻を施された天井のあるホールまで移動した時、まるで彼らに立ち塞がるかのように、依頼主から聞いていた青白い火の玉――すなわち、ウィスプの姿が現れた。
「…っと、噂をすれば影、ね」
足を緩めて立ち止まり、それぞれの得物を構える。
とは言っても、自前の武器が血肉を持たない敵にも効果のあるシシリーとロンドだけが前に立ち、呪文を知っているウィルバーとアンジェが後ろで隙を見て援護する体制であったが。
亡者に対しての対抗手段を持たないテアとテーゼンは、2人とも回復手段をもっているため、前衛に出た両者の体力に気を配っている。
すでに何度もの戦闘を体験した2人である。
ただの二合でウィスプは追い払われ、消滅した。
「よし、撃退したわね。ありがと、姉ちゃん、兄ちゃん」
と胸をなでおろしたアンジェが先頭に立ち、階段で待ち構えている気配が無いのを確かめると、一同は立派な手すりのついたそれを上がりきった。
ウィルバーがそっとシシリーに訊ねる。
「……原因がいる場所は分かりますか?」
「ええ、はっきりと。廊下側の部屋に邪悪な気が集中してる……入るなら、準備を整えてから行くべきでしょうね」
「分かりました、ではちょっとお待ちを」
彼は朗々と【魔法の鎧】を唱え、不可視のオーラで仲間達を包み込んだ。
さらに武器への回避力と、魔法への抵抗力を高める【飛翼の術】による翼を、テアと自分のために作り出す。
何もない場所から味方への身体能力を向上させるといった体系の術は、行使にかなりの精妙さを問われるため、慎重さを旨とする事が多い。
そういう術であれば、彼の得意分野であった。
彼の魔法が次々とかけられていく中、吟遊詩人であるテアもまた水の都アクエリアで習得した【活力の歌】を歌い、味方たちを鼓舞し援護をする。
「これだけやればなんとかなるでしょう…行きましょうか」
声音にやや疲れた感のあるウィルバーの促しに、全員賛成する。
先に立って扉を開けたのは、ロンドであった。
――その部屋に入ったとたん、今までに倍する寒気を背筋に感じた。
「…霊体特有の悪寒、というものね……元凶は奥よ」
躊躇いなく言ったリーダーに首肯すると、一同はそろそろと移動する。
かつて死霊術師にも感じ取った黒い気を前方に認めたウィルバーが、≪万象の司≫の魔法回路が組み込まれている宝石をそちらに突きつけて唸った。
「…!いた……」
そこには、茶色いローブを着た透ける老人の姿があった。
ゴーストはまだ冒険者たちに気づいていないらしく、辺りをゆらゆらと漂っている。
ふと、何か危険を感知したアンジェがピタリと足を止めると、
『ヴォォォォ!』

という咆哮を上げてこちらを振り向いた…どうやら、こちらの存在を認めたらしい。
「構えて!!」
シシリーの警告と共に、ゴーストの周りにウィスプが複数集まってくる。
目と目を見合わせると、シシリーとロンドは雑魚に構うことなく、真っ直ぐ口の端から血を流し続けている老人の霊へと攻撃目標を定めた。
邪魔をしようとするウィスプは、物理攻撃手段しか持たず身の軽いアンジェとテーゼンが進路を妨害してフェイントをかけている。
吠える老人の霊までの道が開き、最後のウィスプがシシリーに襲い掛かってくるのを、光の精霊のランプさんが逸らしてくれた。
「今だ、いけシリー!」
「ええい!!」
ただの鉄の得物に自分が敗れるはずはないと、老人は不気味な笑みを浮かべていたが……。
その目が驚愕に見開かれる。
彼女の持っている長剣の正体を知ったゴーストは、生者に掴みかからんと腕を伸ばしたがもう遅い。
≪光の鉄剣≫と呼ばれている魔法王国時代の遺物は、肉なき敵の心臓を見事貫いた。
『グゥォォォ……』
断末魔を残してゴーストは消え去った。
目の前のウィスプが同時に消滅したのを見たアンジェが、油断なく辺りに目を配る。
「背筋が冷たくなる感覚がなくなってくわ…どうやら、もう大丈夫なようね」
「ええ。原因のゴーストは消滅させたわ。これでもう人魂が集まるようなこともなくなり、異変も起きないでしょう」
帰り際に、念の為に広い屋敷のほかの部屋を見て回ったが、特に隠れている敵などはいないようである。
安心した旗を掲げる爪は、よき報告をもたらすために、一夜明けてから依頼主の元へと向かった。
「…と言うわけですので、異変が起こる事はないでしょう」
ウィルバーの過不足ない説明に、ローレンス氏は頷いた。
「成る程。まさか、あの屋敷でそんな事が…何故屋敷にゴーストがいたのか、少し過去の居住者を調査してみる必要がありそうですね」
「はい。過去の居住者については、あなたにお任せいたします。我々の仕事はここまでです」
「もちろんです。異変の解決、本当にありがとうございました」
ローレンス氏はさっと頭を下げ、報酬の入った皮袋を差し出した。
銀貨が800枚詰まった重みが、魔術師の両の掌に渡される。
依頼主はずっと懸念していた原因が解消されたためだろう、こけた頬に少し血の色を昇らせて喋っている。
「しかし、こんなに早く解決してくださるとは思ってもみませんでした。優秀な冒険者に依頼できたことは幸運です」
「申し訳ありませんが、褒めたところでこれ以上は何も出せませんよ」
苦笑したウィルバーに、いやいやと手を振った彼が言った。
「本心ですよ。感謝しております」
「…それじゃ、我々はこれで…」
帰る意を示したウィルバーに頷き、ローレンス氏は玄関まで見送りに出てくれた。
≪狼の隠れ家≫への帰り道に、テーゼンが呟く。
「そろそろ、またリューンから出てもいいんじゃねえのかな」
「あー……そうだね。ちょっと気分転換に他の都市へ行こうよ、姉ちゃん」
「行くのは構わないけど……どこにする?セレネフィア?アクエリア?それとも、新しいところとか?」
「おやおや、あなたたち」
再び苦笑いを浮かべたウィルバーが釘を刺した。
「目的地を討議するのは、宿に帰ってからにしてくださいよ。依頼を無事完遂したと、親父さんに報告しておかないと」
「若い者は目先の楽しみが大事なのさ、ウィルバー殿。やらせておやりよ」
老人の言葉に、魔術師は特に逆らうことなく首肯して、皆で宿への帰路を急いだ。
※収入:報酬800sp
※支出:
※その他:SARUO様の水の都アクエリアにて”新しい島”第三層””リザニガ掃討””クジラのひげ””女神の槍””灯台の奪還”をクリアし、報酬1000sp、【忍耐の歌】【安らぎの歌】【破魔の歌】【誘いの歌】≪魔法薬≫≪闇のマント≫を獲得。
※オサールでござ~る様作、幽霊屋敷クリア!
--------------------------------------------------------
■後書きまたは言い訳
13回目のお仕事は不吉な数字に相応しくお化け相手にと思い、オサールでござ~る様の幽霊屋敷です。
同名の依頼に野澤様の幽霊屋敷もあるんですが、今回はこちらで!
以前に妖魔の砦(匿名様&クエスト様)のためにACMを導入したのですが、それを生かすような依頼が適性レベルにないか調べてみたら……このシナリオがありました。
今までに何度もプレイしてはいるのですが、ACM付けて入ったことがなかったので、すごく新鮮に感じました……そうか、ACM使うとこんな風に処理できるのか。
非常にいい勉強をさせていただきました、まことにありがとうございます。
ACMないパーティだと昼間に来た際にもっと歩き回ったりしてたんですが、元凶を察知することでかなりショートカットしております。
シナリオと大分違う箇所……今回依頼人から冒険者たちに依頼を働きかけた、ということになっておりますが、これは今までの冒険でいかにもあり得そうなことだからとLeeffesが加えたアレンジで、シナリオ内では冒険者側で依頼が気になり、詳細を聞きに来たことになっています。
また、身体能力向上系統の術は慎重さがどうのこうのと書きましたが、これはただ単にウィルバーが知力+慎重適性が白丸だったため、適性の高い術を集めたら偶然そうだっただけで、別にカードワース全体がそうというわけではありません。実際、テアの【活力の歌】なんて精神+好戦なので。
カードワースのいいところは、自分で考えた魔法や技を、こういう理屈がつくからという適性で作りだせるところにあると思うので、あまり気にしないでいただければと思います。
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。

彼女の指示に従って、大きな屋敷を横断し始めた旗を掲げる爪だったが、精緻な彫刻を施された天井のあるホールまで移動した時、まるで彼らに立ち塞がるかのように、依頼主から聞いていた青白い火の玉――すなわち、ウィスプの姿が現れた。
「…っと、噂をすれば影、ね」
足を緩めて立ち止まり、それぞれの得物を構える。
とは言っても、自前の武器が血肉を持たない敵にも効果のあるシシリーとロンドだけが前に立ち、呪文を知っているウィルバーとアンジェが後ろで隙を見て援護する体制であったが。
亡者に対しての対抗手段を持たないテアとテーゼンは、2人とも回復手段をもっているため、前衛に出た両者の体力に気を配っている。
すでに何度もの戦闘を体験した2人である。
ただの二合でウィスプは追い払われ、消滅した。
「よし、撃退したわね。ありがと、姉ちゃん、兄ちゃん」
と胸をなでおろしたアンジェが先頭に立ち、階段で待ち構えている気配が無いのを確かめると、一同は立派な手すりのついたそれを上がりきった。
ウィルバーがそっとシシリーに訊ねる。
「……原因がいる場所は分かりますか?」
「ええ、はっきりと。廊下側の部屋に邪悪な気が集中してる……入るなら、準備を整えてから行くべきでしょうね」
「分かりました、ではちょっとお待ちを」
彼は朗々と【魔法の鎧】を唱え、不可視のオーラで仲間達を包み込んだ。
さらに武器への回避力と、魔法への抵抗力を高める【飛翼の術】による翼を、テアと自分のために作り出す。
何もない場所から味方への身体能力を向上させるといった体系の術は、行使にかなりの精妙さを問われるため、慎重さを旨とする事が多い。
そういう術であれば、彼の得意分野であった。
彼の魔法が次々とかけられていく中、吟遊詩人であるテアもまた水の都アクエリアで習得した【活力の歌】を歌い、味方たちを鼓舞し援護をする。
「これだけやればなんとかなるでしょう…行きましょうか」
声音にやや疲れた感のあるウィルバーの促しに、全員賛成する。
先に立って扉を開けたのは、ロンドであった。
――その部屋に入ったとたん、今までに倍する寒気を背筋に感じた。
「…霊体特有の悪寒、というものね……元凶は奥よ」
躊躇いなく言ったリーダーに首肯すると、一同はそろそろと移動する。
かつて死霊術師にも感じ取った黒い気を前方に認めたウィルバーが、≪万象の司≫の魔法回路が組み込まれている宝石をそちらに突きつけて唸った。
「…!いた……」
そこには、茶色いローブを着た透ける老人の姿があった。
ゴーストはまだ冒険者たちに気づいていないらしく、辺りをゆらゆらと漂っている。
ふと、何か危険を感知したアンジェがピタリと足を止めると、
『ヴォォォォ!』

という咆哮を上げてこちらを振り向いた…どうやら、こちらの存在を認めたらしい。
「構えて!!」
シシリーの警告と共に、ゴーストの周りにウィスプが複数集まってくる。
目と目を見合わせると、シシリーとロンドは雑魚に構うことなく、真っ直ぐ口の端から血を流し続けている老人の霊へと攻撃目標を定めた。
邪魔をしようとするウィスプは、物理攻撃手段しか持たず身の軽いアンジェとテーゼンが進路を妨害してフェイントをかけている。
吠える老人の霊までの道が開き、最後のウィスプがシシリーに襲い掛かってくるのを、光の精霊のランプさんが逸らしてくれた。
「今だ、いけシリー!」
「ええい!!」
ただの鉄の得物に自分が敗れるはずはないと、老人は不気味な笑みを浮かべていたが……。
その目が驚愕に見開かれる。
彼女の持っている長剣の正体を知ったゴーストは、生者に掴みかからんと腕を伸ばしたがもう遅い。
≪光の鉄剣≫と呼ばれている魔法王国時代の遺物は、肉なき敵の心臓を見事貫いた。
『グゥォォォ……』
断末魔を残してゴーストは消え去った。
目の前のウィスプが同時に消滅したのを見たアンジェが、油断なく辺りに目を配る。
「背筋が冷たくなる感覚がなくなってくわ…どうやら、もう大丈夫なようね」
「ええ。原因のゴーストは消滅させたわ。これでもう人魂が集まるようなこともなくなり、異変も起きないでしょう」
帰り際に、念の為に広い屋敷のほかの部屋を見て回ったが、特に隠れている敵などはいないようである。
安心した旗を掲げる爪は、よき報告をもたらすために、一夜明けてから依頼主の元へと向かった。
「…と言うわけですので、異変が起こる事はないでしょう」
ウィルバーの過不足ない説明に、ローレンス氏は頷いた。
「成る程。まさか、あの屋敷でそんな事が…何故屋敷にゴーストがいたのか、少し過去の居住者を調査してみる必要がありそうですね」
「はい。過去の居住者については、あなたにお任せいたします。我々の仕事はここまでです」
「もちろんです。異変の解決、本当にありがとうございました」
ローレンス氏はさっと頭を下げ、報酬の入った皮袋を差し出した。
銀貨が800枚詰まった重みが、魔術師の両の掌に渡される。
依頼主はずっと懸念していた原因が解消されたためだろう、こけた頬に少し血の色を昇らせて喋っている。
「しかし、こんなに早く解決してくださるとは思ってもみませんでした。優秀な冒険者に依頼できたことは幸運です」
「申し訳ありませんが、褒めたところでこれ以上は何も出せませんよ」
苦笑したウィルバーに、いやいやと手を振った彼が言った。
「本心ですよ。感謝しております」
「…それじゃ、我々はこれで…」
帰る意を示したウィルバーに頷き、ローレンス氏は玄関まで見送りに出てくれた。
≪狼の隠れ家≫への帰り道に、テーゼンが呟く。
「そろそろ、またリューンから出てもいいんじゃねえのかな」
「あー……そうだね。ちょっと気分転換に他の都市へ行こうよ、姉ちゃん」
「行くのは構わないけど……どこにする?セレネフィア?アクエリア?それとも、新しいところとか?」
「おやおや、あなたたち」
再び苦笑いを浮かべたウィルバーが釘を刺した。
「目的地を討議するのは、宿に帰ってからにしてくださいよ。依頼を無事完遂したと、親父さんに報告しておかないと」
「若い者は目先の楽しみが大事なのさ、ウィルバー殿。やらせておやりよ」
老人の言葉に、魔術師は特に逆らうことなく首肯して、皆で宿への帰路を急いだ。
※収入:報酬800sp
※支出:
※その他:SARUO様の水の都アクエリアにて”新しい島”第三層””リザニガ掃討””クジラのひげ””女神の槍””灯台の奪還”をクリアし、報酬1000sp、【忍耐の歌】【安らぎの歌】【破魔の歌】【誘いの歌】≪魔法薬≫≪闇のマント≫を獲得。
※オサールでござ~る様作、幽霊屋敷クリア!
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■後書きまたは言い訳
13回目のお仕事は不吉な数字に相応しくお化け相手にと思い、オサールでござ~る様の幽霊屋敷です。
同名の依頼に野澤様の幽霊屋敷もあるんですが、今回はこちらで!
以前に妖魔の砦(匿名様&クエスト様)のためにACMを導入したのですが、それを生かすような依頼が適性レベルにないか調べてみたら……このシナリオがありました。
今までに何度もプレイしてはいるのですが、ACM付けて入ったことがなかったので、すごく新鮮に感じました……そうか、ACM使うとこんな風に処理できるのか。
非常にいい勉強をさせていただきました、まことにありがとうございます。
ACMないパーティだと昼間に来た際にもっと歩き回ったりしてたんですが、元凶を察知することでかなりショートカットしております。
シナリオと大分違う箇所……今回依頼人から冒険者たちに依頼を働きかけた、ということになっておりますが、これは今までの冒険でいかにもあり得そうなことだからとLeeffesが加えたアレンジで、シナリオ内では冒険者側で依頼が気になり、詳細を聞きに来たことになっています。
また、身体能力向上系統の術は慎重さがどうのこうのと書きましたが、これはただ単にウィルバーが知力+慎重適性が白丸だったため、適性の高い術を集めたら偶然そうだっただけで、別にカードワース全体がそうというわけではありません。実際、テアの【活力の歌】なんて精神+好戦なので。
カードワースのいいところは、自分で考えた魔法や技を、こういう理屈がつくからという適性で作りだせるところにあると思うので、あまり気にしないでいただければと思います。
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。
2016/03/02 12:13 [edit]
category: 幽霊屋敷
tb: -- cm: 0
Wed.
幽霊屋敷その1 
-- 続きを読む --
「…屋敷自体はあまり大きいわけではないので、調査には半日程度で済むでしょうね」
依頼人はそう保証してくれた。
「…問題の”異変”の内容を確認したいのですが」
と申し出たのはウィルバーである。
鷹揚に依頼人が頷いた。
「その屋敷の”異変”とは、青白い火の玉…という物が現れる、という話です」
「火の玉……か」
そう呟き、何となくアンジェを見てしまうロンドである。
かぼちゃ屋敷で彼女が人魂になった記憶は、まだ彼にとって新しい。
そもそも、この屋敷の調査依頼を彼らにぜひ頼みたい、という申し出があったのは、あのかぼちゃ屋敷におけるすすり泣きの調査や、精霊のランプさんと出会うきっかけとなった金持ちの別荘のことを、このローレンス氏が聞きつけたからである。
今までに数度似たような事例を解決してきた旗を掲げる爪なら、きっと何とかしてくれる――ローレンス氏の希望的観測はさておいて、その期待には応えてやりたいと冒険者たちは思っている。
彼の話では、屋敷で過ごすうちにどこからか謎の声が聞こえて……それを探しに行くと、青白い火の玉を発見した、ということだ。
問題の火の玉は複数だったそうだが、詳しい数までは把握してないらしい。
「そして、その青白い火の玉に驚いている時、その火の玉がこちらへと飛び掛かってきたというのです」
当然ながら火の玉に攻撃された被害者は怪我を負った。
命からがら外へ逃げた次第である。
しばし瞑目していたウィルバーが、すっと目を開いて依頼主に問うた。
「…聞いておきたいのですが、わざわざその屋敷の”異変”を直してまで売りたい理由は何なのです?…問題がなければ、で構わないのですが…」
「その屋敷は馬車乗り場までさほど遠くなく、市場までもあまり歩かなくてもいいような一等地にあるのです。私ども不動産業者としては、そのような一等地、値段が高いにも関わらず売れ筋がいいので…」
結果、ほったらかしにしておくにはあまりに惜しいとなったわけだ。
しかし、まさか火の玉を放置したまま売りつける訳にはいかない。
「私のところで買えば問題がある、と噂になってしまう可能性がありまして…」
「そうでしょうねぇ……モンスターの出る物件を扱っている不動産業者、なんて噂はまったくありがたくないでしょうから」
そんな屋敷を売りつけているとなったら、一般人相手の商売人には致命的だろう。
「従業員などの給料も出せなくなってしまいます。そういうのはすぐに片付けてしまいたい、というわけなのですよ。…お分かりいただけましたでしょうか?」
「ええ、納得いたしました。では、報酬の方なんですが…」
「異変の調査、及び解決の両方が出来た時の報酬は銀貨800枚。調査後、原因が分かれば半分の400枚を支払いましょう。解決策も分かるようでしたら、報酬は600枚に増額いたします。対策さえ分かるのなら、私どもにもどうにかできるでしょう」
大体確認しなければならない事項は、確認し終わったようである。
最低報酬の条件もはっきりしているし、このパーティで対処できない場合でも、他に専門家を頼るなどの助言はできる筈だ。
引き受ける旨を伝えると、ローレンス氏は大きく息をついて安堵した。
依頼主の疲れきった目に、やっと精気が漲ってきたようだった。
屋敷までの地図をもらい、立ち上がる。

「どうぞ、よろしくお願いいたします。吉報をお待ちしておりますぞ」
さて、彼らが地図のとおりに進み、リューンの枯葉通りにある小道のひとつを抜けると、教会のような尖塔を持った屋敷が建っていた。
晴天の下で見るそれは、おかしな現象が起こる建物にはとても見えない。
「……ここ、だな。問題の屋敷は」
大きく仰ぐようにしてテーゼンが言う。
「思っていたより、ずっと大きな屋敷ですね。もっとこじんまりとした家だと思っていたのですが」
「まぁ、”売れ筋がいい”屋敷って言ってたからね。…結構な値で売れるんでしょ」
極めて現実的なホビットの言に、ウィルバーは首肯した。
「…ですね。それでは、調査開始といたしましょう」
件の問題のある屋敷の玄関に、目に見えるような異常は認められない。
一応アンジェが調べた後に、ロンドが扉を開く。
やや軋みをあげているのは、きっと油を差すなどの手入れを行なう前に、人員が火の玉に襲われてしまったからなのだろう。
大きな屋敷の割りに、玄関はごく普通だった――少なくとも、大袈裟なシャンデリアや人間大の彫刻などは設置されていない。
ただ、広い空間を埋め合わせるように赤い布張りの椅子がいくつか並べられているのがちょっと珍しく、これはもしかしたら、訪問者が立ちっぱなしで家主を待たないようにという気遣いかもしれなかった。
吟遊詩人として場の雰囲気を大事にするテアにとっては、違う意味で拍子抜けである。
「…異変がある屋敷、と聞いた割にはずいぶん普通な作りじゃのう…」
「異変があるからって造りまで違うとは限らないだろう」
と言って、スコップを担ぎなおしたのはロンドである。

「…むしろ、普通という皮を被った異変の方が恐ろしいものだしな」
「ふむ…それはもっともじゃな。少し気を引き締めるとしようか。……シシリー殿?」
テアの視線の先で、聖北教会の信者の証である聖印を握り締めたシシリーが、春の海のような色の目を大きく見開いていることに気づいた。
「……!これは……っ!」
「どうした?…何か分かったのか?」
気遣わしげな家族同然の青年の言葉に、シシリーはこくりと頷いた。
「――大体のところは。少し待ってちょうだい、詳しく感知してみるわ」
意識を集中させたらしく、聖印を中心に、彼女の法力が細い体躯を包み込むのが分かった。
「……成る程。となると――」
「終わったのかの?」
「ええ。ですが場所を変えましょう。…このままここにいても無意味のようよ」
『何か』を感知し終えたらしい彼女の言に、パーティは全員同意し、枯葉通りにある一軒のパブへ移動することにした。
飲み物と軽食を注文し、全員が席に着く。
「…で?あの屋敷で、一体何を感知したんだ?」
ロンドがエールをちびちび飲みながら訊ねる。
「…う~ん、わかってしまえば簡単な話なんだけど…青白い火の玉、謎の声に、日中だと全く異常はないという事実」
右手の人差し指、中指、薬指を順番に上げてみせたシシリーは、結論を告げた。
「…その答えは、ウィスプ。恐らく、ゴーストに引き寄せられたと思うの」
「…成る程」
首を縦に振って同調したのはテーゼンである。
彼自身はアンデッドではないが、闇に属するものの気配ぐらいはなんとなく分かる。
シシリーの推論は彼の感じたことと一致していた。
ウィスプはこんな街中で過ごす普通の人たちには馴染みのない相手だが、こと冒険者であれば実際に見かけたり、戦ったりすることも多い。
事実、旗を掲げる爪も、死霊術師を相手にした討伐作戦の際に、道中でウィスプと戦っている。
「霊体は霊体に引き寄せられやすい。ウィスプのような低級霊の場合は、妄執にとらわれたゴーストに引き寄せられる、とはよく聞く話でしょう。……私たちの場合はネクロマンサーだったけれど」
「あー…そうでしたね」
などと頷いているウィルバーは、実は今回、例の死霊術師が使っていた術を修めていた。
生者にも死者にも影響を及ぼすことの出来る術であり、広範囲をカバーできるので、あればパーティにとって助けになるだろうと決意したのである。
その代わり、それまで宿の亭主から借りていた【理矢の法】は呪文書を荷物袋にしまっており、今回は扱わないこととしている。
それはさておき。
「何故あそこに妄執にとらわれた霊がいるのかは分からないけれど、そこまで調べるのは仕事のうちではないです」
「…で?この後はどうするんだ?」
ロンドのセリフをきっかけに、皆で顔を見合わせた。
選択肢は二つある。
自分たちでゴーストを祓うか、依頼主を通じて聖北教会にでもお祓いを頼むか。
ただ、昼間に幽霊の影響が出てこないということは、そこまで強い力を持った亡霊とは思えないと言うのが、パーティ内での専門家であるシシリーの意見である。
幸いと言うべきか、先ほどウィルバーが修めていた死霊術【死の呪言】や、シシリー自身が習得している【十字斬り】などは、実体を持たない霊にも通用するスキルである。
また、ロンドの担いでいるスコップは、見た目こそ強くは見えないが、切れ味が良いだけの魔剣よりも強力な魔法の武器で、亡霊なども相手取ることが可能だ。
報酬の減額のこともつき合わせて考えると、
「亡霊退治を自分たちでやった方が稼げるだろ、白髪頭」
「白髪頭言うな、黒蝙蝠。…てことは、夜に再アタックか?」
「そうだね、兄ちゃん」
アンジェが脇からロンドの食べていた揚げじゃがを摘まんで発言する。
「ま、たかが下級の亡霊ごとき敵じゃないでしょ。サクサクっと終わらせて宿で宴会しましょうよ」
「ふむ。では夜になったら行くとするかの」
依頼人はそう保証してくれた。
「…問題の”異変”の内容を確認したいのですが」
と申し出たのはウィルバーである。
鷹揚に依頼人が頷いた。
「その屋敷の”異変”とは、青白い火の玉…という物が現れる、という話です」
「火の玉……か」
そう呟き、何となくアンジェを見てしまうロンドである。
かぼちゃ屋敷で彼女が人魂になった記憶は、まだ彼にとって新しい。
そもそも、この屋敷の調査依頼を彼らにぜひ頼みたい、という申し出があったのは、あのかぼちゃ屋敷におけるすすり泣きの調査や、精霊のランプさんと出会うきっかけとなった金持ちの別荘のことを、このローレンス氏が聞きつけたからである。
今までに数度似たような事例を解決してきた旗を掲げる爪なら、きっと何とかしてくれる――ローレンス氏の希望的観測はさておいて、その期待には応えてやりたいと冒険者たちは思っている。
彼の話では、屋敷で過ごすうちにどこからか謎の声が聞こえて……それを探しに行くと、青白い火の玉を発見した、ということだ。
問題の火の玉は複数だったそうだが、詳しい数までは把握してないらしい。
「そして、その青白い火の玉に驚いている時、その火の玉がこちらへと飛び掛かってきたというのです」
当然ながら火の玉に攻撃された被害者は怪我を負った。
命からがら外へ逃げた次第である。
しばし瞑目していたウィルバーが、すっと目を開いて依頼主に問うた。
「…聞いておきたいのですが、わざわざその屋敷の”異変”を直してまで売りたい理由は何なのです?…問題がなければ、で構わないのですが…」
「その屋敷は馬車乗り場までさほど遠くなく、市場までもあまり歩かなくてもいいような一等地にあるのです。私ども不動産業者としては、そのような一等地、値段が高いにも関わらず売れ筋がいいので…」
結果、ほったらかしにしておくにはあまりに惜しいとなったわけだ。
しかし、まさか火の玉を放置したまま売りつける訳にはいかない。
「私のところで買えば問題がある、と噂になってしまう可能性がありまして…」
「そうでしょうねぇ……モンスターの出る物件を扱っている不動産業者、なんて噂はまったくありがたくないでしょうから」
そんな屋敷を売りつけているとなったら、一般人相手の商売人には致命的だろう。
「従業員などの給料も出せなくなってしまいます。そういうのはすぐに片付けてしまいたい、というわけなのですよ。…お分かりいただけましたでしょうか?」
「ええ、納得いたしました。では、報酬の方なんですが…」
「異変の調査、及び解決の両方が出来た時の報酬は銀貨800枚。調査後、原因が分かれば半分の400枚を支払いましょう。解決策も分かるようでしたら、報酬は600枚に増額いたします。対策さえ分かるのなら、私どもにもどうにかできるでしょう」
大体確認しなければならない事項は、確認し終わったようである。
最低報酬の条件もはっきりしているし、このパーティで対処できない場合でも、他に専門家を頼るなどの助言はできる筈だ。
引き受ける旨を伝えると、ローレンス氏は大きく息をついて安堵した。
依頼主の疲れきった目に、やっと精気が漲ってきたようだった。
屋敷までの地図をもらい、立ち上がる。

「どうぞ、よろしくお願いいたします。吉報をお待ちしておりますぞ」
さて、彼らが地図のとおりに進み、リューンの枯葉通りにある小道のひとつを抜けると、教会のような尖塔を持った屋敷が建っていた。
晴天の下で見るそれは、おかしな現象が起こる建物にはとても見えない。
「……ここ、だな。問題の屋敷は」
大きく仰ぐようにしてテーゼンが言う。
「思っていたより、ずっと大きな屋敷ですね。もっとこじんまりとした家だと思っていたのですが」
「まぁ、”売れ筋がいい”屋敷って言ってたからね。…結構な値で売れるんでしょ」
極めて現実的なホビットの言に、ウィルバーは首肯した。
「…ですね。それでは、調査開始といたしましょう」
件の問題のある屋敷の玄関に、目に見えるような異常は認められない。
一応アンジェが調べた後に、ロンドが扉を開く。
やや軋みをあげているのは、きっと油を差すなどの手入れを行なう前に、人員が火の玉に襲われてしまったからなのだろう。
大きな屋敷の割りに、玄関はごく普通だった――少なくとも、大袈裟なシャンデリアや人間大の彫刻などは設置されていない。
ただ、広い空間を埋め合わせるように赤い布張りの椅子がいくつか並べられているのがちょっと珍しく、これはもしかしたら、訪問者が立ちっぱなしで家主を待たないようにという気遣いかもしれなかった。
吟遊詩人として場の雰囲気を大事にするテアにとっては、違う意味で拍子抜けである。
「…異変がある屋敷、と聞いた割にはずいぶん普通な作りじゃのう…」
「異変があるからって造りまで違うとは限らないだろう」
と言って、スコップを担ぎなおしたのはロンドである。

「…むしろ、普通という皮を被った異変の方が恐ろしいものだしな」
「ふむ…それはもっともじゃな。少し気を引き締めるとしようか。……シシリー殿?」
テアの視線の先で、聖北教会の信者の証である聖印を握り締めたシシリーが、春の海のような色の目を大きく見開いていることに気づいた。
「……!これは……っ!」
「どうした?…何か分かったのか?」
気遣わしげな家族同然の青年の言葉に、シシリーはこくりと頷いた。
「――大体のところは。少し待ってちょうだい、詳しく感知してみるわ」
意識を集中させたらしく、聖印を中心に、彼女の法力が細い体躯を包み込むのが分かった。
「……成る程。となると――」
「終わったのかの?」
「ええ。ですが場所を変えましょう。…このままここにいても無意味のようよ」
『何か』を感知し終えたらしい彼女の言に、パーティは全員同意し、枯葉通りにある一軒のパブへ移動することにした。
飲み物と軽食を注文し、全員が席に着く。
「…で?あの屋敷で、一体何を感知したんだ?」
ロンドがエールをちびちび飲みながら訊ねる。
「…う~ん、わかってしまえば簡単な話なんだけど…青白い火の玉、謎の声に、日中だと全く異常はないという事実」
右手の人差し指、中指、薬指を順番に上げてみせたシシリーは、結論を告げた。
「…その答えは、ウィスプ。恐らく、ゴーストに引き寄せられたと思うの」
「…成る程」
首を縦に振って同調したのはテーゼンである。
彼自身はアンデッドではないが、闇に属するものの気配ぐらいはなんとなく分かる。
シシリーの推論は彼の感じたことと一致していた。
ウィスプはこんな街中で過ごす普通の人たちには馴染みのない相手だが、こと冒険者であれば実際に見かけたり、戦ったりすることも多い。
事実、旗を掲げる爪も、死霊術師を相手にした討伐作戦の際に、道中でウィスプと戦っている。
「霊体は霊体に引き寄せられやすい。ウィスプのような低級霊の場合は、妄執にとらわれたゴーストに引き寄せられる、とはよく聞く話でしょう。……私たちの場合はネクロマンサーだったけれど」
「あー…そうでしたね」
などと頷いているウィルバーは、実は今回、例の死霊術師が使っていた術を修めていた。
生者にも死者にも影響を及ぼすことの出来る術であり、広範囲をカバーできるので、あればパーティにとって助けになるだろうと決意したのである。
その代わり、それまで宿の亭主から借りていた【理矢の法】は呪文書を荷物袋にしまっており、今回は扱わないこととしている。
それはさておき。
「何故あそこに妄執にとらわれた霊がいるのかは分からないけれど、そこまで調べるのは仕事のうちではないです」
「…で?この後はどうするんだ?」
ロンドのセリフをきっかけに、皆で顔を見合わせた。
選択肢は二つある。
自分たちでゴーストを祓うか、依頼主を通じて聖北教会にでもお祓いを頼むか。
ただ、昼間に幽霊の影響が出てこないということは、そこまで強い力を持った亡霊とは思えないと言うのが、パーティ内での専門家であるシシリーの意見である。
幸いと言うべきか、先ほどウィルバーが修めていた死霊術【死の呪言】や、シシリー自身が習得している【十字斬り】などは、実体を持たない霊にも通用するスキルである。
また、ロンドの担いでいるスコップは、見た目こそ強くは見えないが、切れ味が良いだけの魔剣よりも強力な魔法の武器で、亡霊なども相手取ることが可能だ。
報酬の減額のこともつき合わせて考えると、
「亡霊退治を自分たちでやった方が稼げるだろ、白髪頭」
「白髪頭言うな、黒蝙蝠。…てことは、夜に再アタックか?」
「そうだね、兄ちゃん」
アンジェが脇からロンドの食べていた揚げじゃがを摘まんで発言する。
「ま、たかが下級の亡霊ごとき敵じゃないでしょ。サクサクっと終わらせて宿で宴会しましょうよ」
「ふむ。では夜になったら行くとするかの」
2016/03/02 12:06 [edit]
category: 幽霊屋敷
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