Thu.

敵意の雨 13  

 翌日の正午、一行は寝ぼけ眼をこすりつつ支度を整えると、宿のチェックアウトを済ませてシアノス商会の本部へと向かった。

「し、失礼します!」

敵意43

「よう、ダニー。やっぱりお前さんが来たんだな」

 軽い調子で挨拶するエディンや周りに座っている面々を見て、ダニーはがくがくと震えながら言葉を搾り出した。

「み、皆さん・・・・・・!?受付の姉ちゃんから話を聞いて、飛んできたんですが・・・・・・どうやってこんな短時間で島からここまで?」
「あー、うん、実はさー」

 ギルはダニーに島での出来事をありのまま話した。
 ”漆黒の鳳凰””蒼い毒蛇””白銀の狂犬”のこと。魔王ディアーゼのこと。暗黒邪竜のこと。そして、その他諸々・・・・・・。

「たっ・・・・・・たったの1日で!?」
「ああ。これが証拠だ」

 普段は斧を掴む無骨な手が、ダニーに邪竜の鱗を渡す。
 まさかという気持ちと信じられないという気持ちでどもるダニーに、ジーニが邪竜の鱗であることを言い添える。
 鑑定のため、と応接間に待たされたまま鱗を別室に持っていかれて、約20分。間違いなく本物と商会が確認したことを、ダニーが伝えに来てくれた。

「よかった。信じてもらえなかったらどうしようと思っていたところです」
「いえ、他の連中はともかく、俺は皆さんを疑うようなことは・・・・・・と、忘れるところだった。今すぐ報酬を持ってきます」
「慌てなくていいぜ。別に急いでねえからよ」

 ソファの肘掛に行儀悪く片肘をついたエディンがのんびり笑ったが、ダニーはとんでもないといった調子で首を横に振った。

「そういうわけにもいきません。では、すぐ戻ってきますんで」

 やがて、ダニーを含めた商会の人間4人がかりで抱えてきたものは、しっかりした作りの宝箱であった。
 ぐおおおおの、重い・・・・・・だの、口々に呻きながら、どうにか彼らは応接間の堅牢なテーブルに箱を乗せる事に成功した。もし失敗していたら、挟まれた指なり何なりはきっと骨折していたことだろう。

「今回の報酬です。現物支給で申し訳ないんですが・・・・・・」

と言いながらダニーが蓋を開く。
 燦々とした光を放つ本物の金銀財宝が、そこにみっしりと詰まっていた。思わずエディンが「ヒュウ――」と口笛を吹く。
 ついいつもの癖で品定めをしたエディンは、

「金、銀、宝石、指輪、首飾り・・・・・・。どれも本物だな。確かに全部売却すれば、丁度10000spになると思うぜ」

敵意44

と、最後のアクセサリーを箱に戻して言った。

「てっきり、現金でもらえるものと思ってましたが」
「すいません・・・・・・。まさか、1日で帰ってくるとは夢にも思わなかったものですから、現金で10000spはすぐにご用意できなかったんです」

 小首を傾げたアウロラに、ダニーがそういいながら頭を掻く。
 ミナスはにこりと笑った。

「まあ、そりゃそうだよね。アレク、もてる?」
「ちょ、ちょっと。男4人がかりでやっと持てる箱なんですよ?いくらアレクシスさんでも――」
「余裕」

敵意45

「アレクはん、やりますな~。さすがわての相棒ですわ!」
「さっすがー!僕も大きくなったらやってみたいな~」
「げげんちょ!?」

 目を丸くするダニーの目の前で、アレクは片手で宝箱を持ち上げてみせ、トールとミナスが無邪気に手を叩いて喜んだ。
 ・・・・・・ダニーは知らないだろうが、アレクはジーニが錬金術により作り出した≪魔鋼の篭手≫をつけるようになってから、とんでもなく筋力が向上したのである。
 それは常識では考えられないほどに重い篭手を装着し、無事に戦い抜いてきたことによる当然の結果であったのだが、それを知らないダニーは期せずして、ジュビアがジーニを見つめたような目で彼を眺めることとなった。

「さて、長居も無用だし、そろそろお暇しようかな」
「え・・・・・・も、もうですか?もうちょっと、ゆっくりしていかれたらどうです?まだお茶も出してないし・・・・・・」
「気遣いは不要さ」

 重い宝箱を抱えたまま、ふわりと神々しい美貌でアレクが笑う。・・・・・・やはりこうして見ると確かに化け物の範疇なのかもしれない。

「用もないのにいつまでも居座っては、邪魔だろうし」
「そうですか・・・・・・。皆さんがそう仰るのなら」

 律儀な性格と言うか、ダニーは玄関先まできっちりと冒険者たちを見送ってくれた。

「今回は本当にありがとうございました。また何かありましたら、その時は是非宜しくお願いします」
「ああ。その時があれば――な」

 ギルが最後の握手を交わす。
 その時、先に行こうとしていたジーニが、何かに気づいたように引き返してきた。

「そうだダニー。一つ頼まれてくれない?」
「何でしょう?皆さんの頼みとあらばなんでも」
「”これ”を商会の会長さんに渡してほしいんだけどー」

 彼女が差し出したのは、木製の可愛らしい小箱であった。

「まあ、平たく言えば”挨拶”代わりかしら。今回いい仕事をもらったから、これからも御贔屓に――ってことで」
「挨拶・・・・・・ですか?あんなクソジジ・・・・・・ゲフンゲフン!あー・・・・・・あの方には別に必要ないんじゃないですかね」
「いいの。この先、商会はあたしたちにとっていいクライアントになるかもしれないしね」

 そうまで言われては、例え会長が気に入らない性格をしているとはいえ、断るわけにはいかない。
 ダニーは責任を持って会長に渡すと約束してくれた。
 ”金狼の牙”たちがエルリースの雑踏に紛れていくのを見守りながら手を振っていたダニーは、ぼそっと呟いた。

「決めた・・・・・・!こんな商会やめて、冒険者に戻ろう・・・・・・!」

 ・・・商会を飛び出した一行の中で、先頭を歩いていたギルが言う。

「今回は、久々にキツいヤマだったな」
「全くです。普通の人間なら、確実に全滅ものですよ……」
「大丈夫、大丈夫。そもそも普通の奴らなら、ディアーゼに目をつけられること自体ないから」

 けらけらと明るい笑い声を立てたジーニが、そう言ってアウロラの背中を叩いた。
 空中に漂うシルフィードたちを目で追っていたミナスは、彼女たちが北の方角へと流れていったのを見送ってから仲間たちに問いかける。

「さて……これからどこに行く?アレトゥーザ?フォーチュン=ベル?それとも、ポートリオン?」
「う~ん……とりあえず、キーレとペテンザムはパスだな。向こう1、2ヶ月は戦いとは無縁の生活を送りてえしな」
「同感ね。しばらく戦いはコリゴリだわ」

 大人組の慨嘆に、けろっとした顔でアレクが応じた。

「そうか?俺はまだまだ、闘り足りない気がするが」
「……あなたって、本当に底無しの体力ですね」
「素直に褒め言葉と受け取っていいのかどうか微妙だな……」

 幼馴染と緋色の髪の娘の会話が終わった頃を見計らい、ギルはキラキラとした目を向けて口を開く。

「なあ――久しぶりにリューンに帰らないか?」
「リューンに?」
「もう長い間≪狼の隠れ家≫に帰ってないし――」
「エセルの顔を見てないから寂しくなったんでしょ、アンタ」

 間髪いれずまぜっかえしたジーニの言葉に、ギルは真っ赤になって彼女を追い回す。
 たちまち仲間たちから離れ始めた二人を、顔を見合わせたミナスとアウロラが走って追いかけ始めた。

「ほら、お前さんも急げよ」

 エディンが宝箱を抱えたままのアレクに笑いかけ、あっという間に彼を置いていく。

「おい、みんな・・・・・・・・・人に荷物押しつけといてそれはないだろうがああああ!!」
「いやー、アレクはん。怒鳴ってないではよ追いかけんと、ホンマに置いて行かれますで?」
「トール!!もう、あいつらが治療頼んできたら断ってやれ!!」

 半ば本気で叫びつつ、澄み渡った青空の下、アレクもまた仲間の後を追いかけた。

「待てって言ってるだろおおお!!」

 ――その日の夕方。
 シアノス商会会長は、カエルに例えられそうな異相を不機嫌に歪め、イライラと机を指で叩いていた。卓上の書類が片付く様子はない。

(全く・・・・・・ディアーゼのやつめ。あれだけでかい口を叩いておいて、負けていては笑い話にもならんわ。)
(これでやっと、目障りな”金狼の牙”を消せると思ったのに・・・・・・。)
(やつらのせいで、わしの裏の商売がどれだけ損失を被ったことか!)
(いい取引相手だった奴隷商人や悪徳貴族――皆、奴らのせいで死んだかブタ箱行きじゃ!ああ、思い出しただけで腹が立つ!!)

 暫くは身を震わせる怒りに思考を任せていたのだが、彼は商売人である。やがて冷静さを取り戻すと、書類を掴んでサインを書き始めた。

「それにしても・・・・・・”金狼の牙”の連中め、一体何をよこしてきたんじゃ?」

 彼の脂ぎった視線の先には、律儀なダニーが会長宛にきちんと届けた例の小箱があった。
 彼の話では、会長への挨拶代わりということだが・・・・・・。

「とにかく開けてみるか」

 鍵が特についている様子もない。すっと蓋を開くと、そこに入っていたのはカラーダイヤのついた装飾品であった。

「ほう・・・・・・!」

敵意46

 目の肥えた彼にもよく分かる、高価で華麗でありながら、決してごてごてとはしていない極上品のアクセサリー。

「これはなかなか上等な装飾品ではないか!今まで星の数ほどの品を見てきたが、これほどの物はそうそうなかったぞ!」

 たちまち上機嫌になった会長は哄笑する。

「奴らも、少しは見る目があるようじゃな!わしに媚を売っておくのが吉と思ったか!だが、無駄なことじゃな!お前らを消そうという意志は変わらぬわ!ふははははははははは!!」

 きらり、とシャンデリアの明かりを反射する装飾品に、ふと彼は目を細めた。
 これはどこかで見たことがあるような・・・・・・?

「はて、どこだったか・・・・・・」

 それほど昔のことではない。つい最近に誰かが身につけていた――。

「あ」

 ディアーゼの、耳飾り。
 そう、決して知られてはいけない『あの取引』の時に彼が身に着けていた、あのイヤリングと同じものではないか――!?
 狼狽した会長がうわごとのように呟く。

「これは、まさか――ま、まずい」

 これを彼らが寄越してきたということは、あの”金狼の牙”たちはディアーゼと商会の繋がりを知っているぞ、ということだ。
 泡を食ったように会長室の中を走り回る会長は、心臓の辺りを押さえながら必死に自分を落ち着かせていた。

「いや待て・・・・・・!落ち着け・・・・・・落ち着け・・・・・・!いくら巷で英雄だの勇者だのと持て囃されてはいても、所詮は冒険者よ・・・・・・!」

 もともとの冒険者の社会的地位は、さして高くない。貴族や聖職者の後見がいない冒険者パーティであれば、その立場の頼りなさは尚更であろう。
 ・・・・・・ただ、”金狼の牙”はランプトン卿やウェルブルク王国のソフィア殿下、高名な魔道師ファラン・ディトニクス令嬢のルーシー、はては聖風教会などにまで伝手があったりするのだが、会長はそこまで彼らを調査したことはなかった。

「それに比べてわしはどうじゃ?エルリースで絶対的な権限を持つ『シアノス商会』のドン――他国の富豪や貴族にも顔が利く」

 会長は断じる。そんな自分を所詮いち冒険者に過ぎない”金狼の牙”が殺せば、ただではすまないだろうと。
 そうして自分を安心させ、徐々に血の色を室内へ満たしていく夕焼けに照らされながら笑っていると・・・・・・。

「うるせえなあ。3歳児みたいに騒いでんじゃねえよ」
「!!!!?」
「はじめまして、だな?会長さんよ」

 すらりとした長身を窓から部屋へ滑り込ませた男は、眠たげな目で見やった。

「何じゃ貴様は!誰の許しを得て入った!!衛兵、衛兵!!不審者が侵入しとるぞ、さっさと摘み出せ!いや、八つ裂きに・・・・・・!!」
「あ、呼んでも誰も来ねえぞ」

 けろっとした顔で男は言った。

「今、この建物にいる奴はてめえを除いて、皆ぐっすり寝てるからよ」

 蒼い装飾を施された美しい短剣を取り出し、ぺたぺたと手の平を叩きながら彼は続ける。

「少なくとも、あと3時間は目が覚めないんじゃねえかな」
「ななななななななななななな・・・・・・!き、貴様は何者じゃ!?何が目的だ!!?」
「カースト最下層で浮浪者や奴隷にも劣るチンピラでございます」
「ま、まさか”金狼の牙”の・・・・・・」

 彼は僅かに口角を吊り上げたようだった。

「その通り。そして用件は――」

 エディンはゆっくりと≪スワローナイフ≫を構えた。

「言わなくてもわかるだろ?俺たちは――依頼人の裏切りを絶対に許さねえ」

敵意48

 ――この後、シアノス商会会長がどうなったかを語る必要はあるまい。
 ただ、方々にまで出没しては色んな依頼を受けていた”金狼の牙”は――今回の件の後にリューンの常宿に帰還し、また管を巻いているということだ。

※≪邪竜の盾≫≪財宝入りの箱≫≪銀の聖印≫≪魔法薬の瓶≫※
--------------------------------------------------------

■後書きまたは言い訳

65回目のお仕事は、JJさんのシナリオで敵意の雨でした。あの恐ろしい長編リプレイ「satan(leaderさん作)」と並ぶ13章構成、リプレイのテキストデータサイズは驚きの93KB。・・・予め戦闘が多いのは分かりきっていたので、あえて削れるシーンは削ってこれでしたから・・・泣くかと思いました。
狂犬を襲ったヴァンパイヤロードの動きだとか、ジュビアの過去話などはPC視点ではないため載せませんでした(オープニングのみは、あれがないと物語の格好がつかないので入れてあります)が、そのために分かりづらいお話になっていたら申し訳ありません。特に作者様。でも、こういう緊迫した高レベル用ストーリーがお好きだという方にはとっても面白いシナリオだと思いますので、是非オススメさせていただきます。
私も、リプレイ書きつつプレイしていたので途中で意識が朦朧としておりましたが、苦労した分だけやり応えがあり、非常に楽しませてもらいました。
本編自体のクロスオーバーと、私がちょこちょこ個人的にいれたクロスオーバーが混じっておりますが、どこからどこまでが本編なのかをお確かめいただくのも一興かもしれません。
ついでに、今までギルの二つ名は思いついてはいたのですが、誰も呼ぶ機会がなかったので、このシナリオの冒頭で後輩たちからそう呼ばれて恐れられていることにしました。由来は彼の所持スキルに【破邪の暴風】【暴風の轟刃】【風割り】と、嵐のように戦う技が多いことから。

あ、そうそう。暗黒邪竜を「精神平和適性の高いPCによる神聖属性攻撃で弱らせる」ことをせずに倒すと、邪竜のでっかい鱗がボーナスとしていただけます。こんな感じに。
 ↓↓↓

敵意おまけ
邪竜の特殊能力にするか、鱗を使った技能配布の盾にするかが選択可能です。
うちはギルのための盾にして持たせることにしました。すごいアイテムがもらえたよ、ばんざーい!


前々から予告していた通り、これが”金狼の牙”のラストミッションとなります。
この後、ミナスが青藍渓流のお母さんと再会したり、エセルとギルでアレトゥーザ向かったり、キーレでアレクが今回知った顔に再会したり、大人組みがのんべんだらりと同棲始めてみたり、アウロラが小さな小屋で後輩のために呪歌の販売を始めたりするわけですが――皆、また気が変わって冒険に出ることもあるかもしれません。
もし自分に時間があり、「”金狼の牙”でこのシナリオのリプレイ読みたかったのに・・・!」などと言うお声があれば、もしかしたら番外編として考えるかも? クリアしてるやつだったら・・・。
その時はまた、寛大なお気持ちで迎えてくださるとありがたいです。
リプレイをご覧になってくださった皆々様方、誤字の多いつたないリプレイにお付き合いをいただき真にありがとうございました。

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。

2013/05/16 00:40 [edit]

category: 敵意の雨

tb: --   cm: 3

Thu.

敵意の雨 12  

 夜明けが近い。
 女はたった一人でその墓を作った。
 粗末な墓標である――到底、この下に眠る骸が、魔界でそれと知られたデーモンロードだ等と気づく者はおるまい。
 慈母のような声で何事かを墓の下へ囁いていた女は、ふと口を噤んでから振り返った。

「気を遣ってくれなくてもいいのよ、ギルバート」

敵意40

「・・・・・・気づいていたか。このまま黙って立ち去ろうと思ってたんだが」

 ジュビアは僅かに口角を上げる。

「心遣いありがとう。・・・・・・で、邪竜は倒したの?」
「ああ。ほら、この通りだ」

 そう言ってギルは、暗黒邪竜の死体から削り取った鱗をジュビアに差し出した。

「これは間違いなく奴の鱗だわ!信じられない・・・・・・!私たちや”鳳凰”たちとやり合った後だというのに・・・・・・」
「まあ、それだけ激しい戦いを繰り返したものだから、もうボロボロだがな」

 アレクの肩の上で、そのボロボロになったはずの”金狼の牙”たちを癒し続けてぐったりした雪精がピースサインを出したが、ジュビアにそれが見えたかどうかは定かではない。
 にやりと人の悪い笑い方をしてみせたジーニが、からかうように言った。

「今なら、あなたでも倒せるかもよ?」
「ふっ・・・・・・よく言うわ。仮にあなたの言うことが本当だとしても、そんなハイエナみたいなマネはしたくない」
「あっそ」
「でも・・・・・・あなた達はいつか私が倒すわ。負けっぱなしでは終われない」
「ふっ・・・・・・。やはりお前は生粋の戦士だな」

敵意41

 アレクの言葉に、彼女は「単純なだけよ」とだけ返した。

「さて。じゃあ帰るとしましょうか」
「だね」

 錬金術を使う賢者の言葉に、エルフの少年が首肯する。
 彼らの台詞に驚いたジュビアは、まだ船が来ないのにどうやって帰るつもりかと問いただしたが、ジーニは事も無げに答えた。

「何言ってるの。飛んで帰るに決まってるじゃない」
「飛んで・・・・・・・・・?」

 ちょっと昔のこと。
 雷神に仕えるものと風神に仕えるものの間で争いがあった依頼で、”金狼の牙”たちは風の司祭からリューンの常宿まで魔法で飛ばされたことがある。
 ジーニが最近になってようやく開発したのは、その応用を使った特殊な風による瞬間転移魔法であった。

「よほどのことがない限りはやりたくないんだけどね~。尋常じゃないくらい疲れちゃうから」
「そんな魔法まで使えるの、あんた・・・・・・?」

 ほら並べ並べと仲間に指図したジーニは、ジュビアから化け物を見るような目で見られて、ちょっとだけ心にダメージを負った。

「ジュビア。お前はどうする?何だったら一緒に帰るか?」
「え・・・・・・」

 何でもなさそうに言うアレクの肩に肘を乗せ(アレクのほうが背が高いので、少々難しそうだったが)、ギルもにひゃっと気の抜けるような笑いをする。

「別に6人でも7人でも一緒だしな」
「・・・・・・申し出はありがたいけど、私はいいわ。この島でまだやることがあるし」
「そうか」

 アレクは小さく頷くと、懐に疲れきった相棒をしまった。

「お疲れさん、トール。超過勤務させてすまなかったな」
「ほんまハードでしたわ~、今回は。・・・でも、皆を信じていたさかい」

 体長15cmという小さな精霊は、強面の造作を柔らかなものに変えて笑った。
 それは、宿主と定めた青年への信頼と愛情に溢れている。
 それに気づいたアレクは、もう一度彼の頭を人差し指で撫でて労った後、彫刻によく例えられる白皙の美貌をジュビアに向けた。

「じゃあな。次会うときまでに腕を磨いておけよ」
「言われなくても。・・・・・・あんた達こそ、油断しすぎて足元救われないようにね」
「ああ」

 それは魔族であるジュビアなりの、激励の言葉だったのに違いない。
 いつもなら他人に偉そうな態度を取られるとむっとするジーニが、正確にその意を汲んで別れの言葉を告げた。

「よく肝に銘じておくわ。・・・・・・じゃあね」

敵意42

 風が彼女とその仲間たちを取り巻き、徐々にその嵐のような回転を早めていく。
 ジュビアが見守る中で、やがて風は光となり――空へと立ち昇ると”金狼の牙”たちの姿もそこにはなかった。

「さて――島を出る前に、もう一仕事していこうかしら」

 この言葉の後、実際にどんなことがあったかを見守っていた者はいない。
 だから、竜の島に突然できた墓標の群れ――それらを作り、魔物や人間の別なく埋葬したのが誰なのかは、一部の者以外には永遠の謎である。

敵意42-2

 そしてこの後、北方の辺境であるキーレにて徒手空拳の桁外れに強い女戦士が現れたと――リューンに噂が届くことになったが、それはまた後日の話である。

 一方。

 ・・・・・・・・・・・・すっかり暗くなった海港都市エルリースに6人の人影が降り立ったのは、午後10時頃であった。
 街はそろそろ眠りの精霊の腕に抱かれ、静まり始めている。
 時折、遠くのほうから酒に酔った男の声や商売女の嬌声が響くも――その眠りを妨げるほどではないのだった。
 ぐるぐると取り巻く小規模の嵐がおさまった後、術者は満足そうに辺りを見回す。

「到着、と。周囲に人がいなくてラッキーだったわね」
「まだ制御し切れずに、周り吹き飛ばしちゃうもんね!」
「・・・・・・悪意のない言葉が一番凶器になる時があるって知ってる?ミナス」

 しばしにらみ合いを続ける仲間を余所に、アウロラは自分たちの降り立った地点に気づいた。先日に泊まっていた宿屋の前である。
 無言で宿を見上げる彼女を気遣ってギルが切り出した。

「今日はとりあえず宿で休もう。起きてからシアノス商会の本部に行けばいい」

 ジーニに追いかけられていたミナスが、走りながら手を挙げて賛同する。

「さんせーい!!」
「そうだな、リーダーの言うとおりだ。・・・・・・ジーニ、そろそろやめようぜ。いい大人が恥ずかしいからよ・・・」

 唐突な鬼ごっこはともかくとして、一応”金狼の牙”らはとてつもない疲労を引きずっているからと、商会に向かうのは休んだ翌日に決定した。
 一行の最後尾を、アレクとエディンがゆっくり歩く。

「やれやれ。ゆっくり休養を取りたいものだ」
「そうだなァ。俺は明日色々予定が詰まってるんで、なるべく長く眠りたいもんだよ」
「そうなのか?それは知らなかった・・・・・・」

 幼い子どものようなあどけない顔で彼はエディンを見つめた。とんでもないレベルの美貌も、こういう表情になると非常に人間くさい。
 エディンは詳しく語ることなく、

「まあ、野暮用だがね。・・・大丈夫、商会の報酬を受け取った後で十二分に間に合うさ」

とだけ説明し、懐に精霊を入れたままの仲間の肩をぽんと叩いた。
 そして――”金狼の牙”たちは、ベッドにつくや否や泥のように眠り込んだ。たった一日で、あれだけの激戦を繰り広げたのだから無理もない。普通の冒険者であれば、疲労で5日は動けないだろう。

2013/05/16 00:08 [edit]

category: 敵意の雨

tb: --   cm: 0

Thu.

敵意の雨 11  

敵意34

「言っておくけど――暗黒邪竜は他のドラゴンと違って、財宝の類は一切持ってないわよ」

 雪精トールが治療に走り回る間、≪知恵の果実≫を食べて気力と体力を回復した”金狼の牙”たちが立ち上がった時、初めてジュビアが顔をこちらに上げて言った。

「アイツはそんなものには全く興味がない。アイツが本当に好きなのは、強者との戦いだけよ」
「そうかい」

 ギルの返答はごく短かった。そのまま仲間たちに声をかける。

「皆。やれるな?」

敵意35

「ああ」
「仕方あらしませんなー。わても最後までお付き合いさせてもらいますわ、毒喰らわば皿まで言いますし」
「・・・・・・うん、猛毒ですまないトール」
「意地でも10000sp手に入れてやるわ」
「このまま帰ったんじゃ、ジーニのキライなただ働きになっちゃうもんね」
「何のために島に来たのか分からなくなりますからねえ・・・・・・」
「うるっさいわよ、ミナスとアウロラ!いいじゃないの、報酬があって燃えるのはプロとして健全な証よ!」
「やれやれ・・・・・・。仕方のねえ奴らだ。ま、リーダーをリーダーに推薦したのは俺だしな。最後まで付き合うぜ」

 ギルの掛け声にアレクが、トールが、ジーニが、ミナスが、アウロラが、エディンが返事をしていく。
 その様子にジュビアは目を細めた。

「これと似たような”地獄”を今までに幾つも潜り抜けて来たんだ。このぐらい、どうってことはないさ」
「フッ・・・・・・。どうやら、少しあんた達のことを見くびっていたようね。本音を言えば、奴は私がブチ殺したかったんだけど――あんた達に譲ることにするわ」
「じゃあな。行ってくる」

 ひょいっと片手を上げて振ったギルは、そのまま気軽に――まるで近くの店に出かけるかのような調子で赤い炎のようなマントを翻した。
 ひと際大きな山の麓にある洞窟の奥を目指し、彼らは歩き続けた。
 洞窟に入る直前につけたカンテラで、エディンが周りを見渡す。
 罠も何もないと判断し、仲間たちへ近づくよう手で合図を送ると、先頭を進んだ。

「中は、さっきの洞窟とあんまり変わらねえな」
「ええ。もっとも、さっきの洞窟ではこんなやばい気配は感じませんでしたけどね・・・・・・」

 アウロラの背中を冷や汗が伝う。先ほどから、彼女の聖職者としての勘に何かが訴えかけてきているのだ。
 瘴気と悪意の渦巻くその向こう――邪竜の存在を。
 言葉少なになり、カンテラの明かりだけでは不十分なほど暗くなってきた頃。

「ギルバート。分かってるとは思うけど・・・・・・」
「ああ。いるな、これは」

 2人が言葉を交わした刹那、辺りに地響きが起こった。
 慌てて地を踏みしめた彼らの視線の向こうに――。

「こいつが――暗黒邪竜」

敵意36

 今まで戦ったどの敵よりも恐ろしい相手を前に、ミナスは落ち着いた声音で呟いた。
 とてつもなく巨大な竜だ。
 たいていの場合、伝承と言うのは捻じ曲げられているものだ。
 いかに巨大な竜だと言い伝えられてきたとしても、実物を見れば、せいぜい一軒家くらいの大きさだったという例は珍しくない。
 しかし――この邪竜、確実に全長70mはある。まさに、伝承に恥じないほどの巨躯であった。
 全身の黒い鱗は朧げな光を放っており、深い暗闇の中でも鮮明に巨竜の姿を現している。
 邪竜は、ただじっと”金狼の牙”たちを見つめている。その瞳に宿るのは侮蔑か。怒りか。憎しみか。憐れみか。・・・・・・ギルたちには分からない。
 唯一つ、確実に言える事は、この竜がギルたちを生かして帰すつもりがないこと。

「やれやれ・・・・・・。どうやら、かなり気に入られたようだな」

 ギルは≪護光の戦斧≫を構えた。
 その刃から放たれた【暴風の轟刃】を合図に、ミナスが、ジーニが、己の魔法を邪竜の頭部へと叩き込んでいく。

「マナよ集まれ、魔法の矢となり穿て!」
「イフリート、お前の息吹を少しここに貸して!」

 白い魔力の矢と業火が過ぎ去った後を、二刀の盗賊と魔剣を構えた剣士が奔る。その目に躊躇いはない。

「・・・ったくよお!とんだ依頼だぜ!」

 両手を硬化させたエディンが遠距離から振りぬき、それとタイミングを合わせたアレクが反対方向から緋色に輝く魔法剣技を披露する。

「・・・・・・緋の翼を、刻まれろ!!」

 辛うじてその攻撃を弾いた硬い鱗が音を立てる中、アウロラは息を整えて神精を召喚する歌を歌った。
 黒く柔らかな毛並みをした獣は、方陣から飛び出すと分厚い鱗をものともせずにその足へと噛み付き、肉を引きちぎった。

「――――――――!!!!!」

 とんでもないダメージを初っ端に食らった邪竜が、大きく息を吸い込む。恐らくはジーニの言っていた黒い火炎の準備動作であろう。
 ところが、それをいち早く察したエディンが、尾から登って竜の鼻先に飛び上がり、思い切りその鋭い細剣で顎を貫く。

「――!!」

 邪竜は凄まじい憎々しげな視線を浴びせた。これでは火炎を吐くことができない。
 それでも血の流れる両の太い脚で地響きを起こし、竜は何とか冒険者たちの体勢を崩そうと試みる。

「・・・・・・くっ!頭が悪いと言う割に、やるではないですか・・・・・・!」
「・・・・・・同感だな。トール!ジーニの治療は任せるぞ!」
「了解でんがな、アレクはん!」

 アウロラとアレクの足場が崩され、ジーニも思わぬ方向からの攻撃に膝をつく。だが、彼女はそんな不利な体勢からも呪文を完成させ、強烈な【神槍の一撃】を竜の頭部へと叩き込んだ。

「我が敵を貫け、神の槍よ!」
「うおおおおおお・・・・・・!」

敵意37

 丹田に力を込めたギルは、巨大な尾に薙ぎ倒され壁に叩きつけられた。
 それでもどうにか歯を食いしばり、めり込んだ体をどうにか引き剥がすことに成功すると、筋肉の躍動を喉に集める。ジュビアも使った【獅子の咆哮】である。
 さらにミナスはナパイアスを、アウロラは再度神精ヴァンを召喚した。

「ここに来て、渓流の魔精よ!僕らの敵を押し流して!」
『あいよ、ミナス!あたしに任せな!』 
「我を助けるは聖なる獣、神に近しきその血筋・・・・・・!」
「ワンッ!!」

 幻獣などよりも神に近いと言われる聖なる獣の幼生が、アウロラの歌に合わせて竜の翼を引き裂いて。
 勇気ある精神力の持ち主でしか制御なしえないと言う渓流の精霊は、≪エメラダ≫による束縛を打ち破った竜の動きを、つかの間停止させた。

「よし、いいぞ!喰らえ【花散里】の氷片を!!」

 何度も原始的なまでの再生能力をもって、千切れたはずの翼や腕が元に戻るのを、エディンは必死に【花散里】で削ってゆく。彼の肩には、いつかリューンの店で入れた黒猫の刺青が汗に光っていた。
 咆哮によって1度召喚獣を打ち消されたりはしたものの、エディンの決死のサポート的攻撃が及んでか、いつの間にか竜の動く部分は頭部のみとなっていた。

「あと少しだ、皆頑張れ!」
「おう!!!」

 リーダーの励ましに、汗みずくでありながらも皆笑顔になり、生き生きとした答えを返した。
 そんな中、誰よりも幼馴染によって奮起した男が、鋭い爪や暴れまわる尾を回避しながら一つの技を竜の頭部へと突き刺す。
 彼の心は無心――全ての意識を刃へと乗せていた。

「これで・・・・・・どうだッ!!」

敵意38

 特殊な生き物――竜、という存在を打ち破るために開発された回避を捨てた技、【竜牙砕き】――。

「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 邪竜が凄まじい悲鳴を上げる。普通の人間がいたならば、鼓膜が破れるか下手をするとショック死しかねないほどの絶叫だった。

「やったのか、アレク!?」
「いや、この技でも一撃では倒せない!だが・・・!」

 竜の牙を砕き鱗を破ると言われるこの特殊な技により、邪竜は本来持っている原始的な能力のいくつかを封じられてしまった。
 3体のスネグーロチカが雪の華を飛ばし援護をこなす中、エディンは【磔刑の剣】でもって邪竜の頭部を突き刺す。

「ガアアアアアアアアアアッ!!!」

 苦痛を振り払うかのように、暗黒邪竜が咆哮を上げる。聖なる光に耐え抜いたらしい。

「まだ死なないのか!お前さん大した奴だよ、本当に・・・・・・」
「ああ。だが、これで終わりだ」

 アレクの【魔風襲来】が、エディンの【暗殺の一撃】が続き――。

「風よ!我が力となりて敵を引き裂け!」

 ≪死霊術士の杖≫を振り上げているジーニの周囲を取り巻く旋風が、恐ろしいほどの勢いでもって邪竜の全身を引き裂いた――!

「――――」

敵意39

 断末魔の悲鳴が上がることもなく、邪竜の体がゆっくりと傾いてゆく。
 重々しい音が響き、”金狼の牙”たちが再び動き出すまでには、暫くの間があった。
 やがて誰からともなく・・・・・・。

「や・・・・・・」
「やっ・・・・・・た・・・・・・!」

 ある者は地面に倒れこみ、ある者はその場でへたりこみ、ある者は地面に突きたてた武器に寄りかかって大きく息を吐いた。

「あー、やべー。本当に疲れた。皆、少しだけこのまま休もうぜ」
「さんせーい・・・・・・」

 ギルの決定に、地を這うような仲間たちの声が応じた。

2013/05/16 00:05 [edit]

category: 敵意の雨

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Wed.

敵意の雨 10  

 あの後のディアーゼの申し出――『殺さない代わりに邪竜退治を手伝え』という彼の言葉をギルが蹴ったのは、ディアーゼが邪竜と戦う理由の為であった。
 祖父と父親の敵討ち――それは彼の念頭にない。あるのは、100年ほど前に己が敗れたという屈辱を晴らすための復讐の念だけだったのである。
 もっとも、敵討ちを口にしたところで、平気で3組ものパーティを捨て駒として扱ったディアーゼに手を貸したかは別だが。

「こんなタチの悪い罠に嵌めておいて、今更手を貸せですって?」

 ふんぞり返って魔王を睨み付けたジーニが、びしっと杖の髑髏を突きつけた。

敵意30

「寝言は寝てから言え!!」

 ディアーゼが右頬を痙攣させながら、ものすごい形相でギルたちを睨みつける。普通の人間なら、その視線に2秒と耐えられないだろう。

「上等だよ・・・・・・!お望みどおりブチ殺してやらァ!」

 ディアーゼの言葉とともに、残っていた下級や上級の悪魔たちが召喚される。雑魚が邪魔で中々攻撃が届かないことに気づき、氷姫と化したミナスは舌打ちをした。

「おのれ、生意気な・・・!」

 部下の悪魔から【風刃乱舞】や【炎導剣】の技を喰らいながら戦っていたが、後方に佇むディアーゼが何か呪文を唱えていることにジーニが気づいた。
 声を封じるか、速攻で倒すか――。
 遠距離対応の攻撃に切り替えたジーニやミナスだったが、ディアーゼの詠唱が紡がれるほうが早い・・・・・・!

「うおおおおお!!!」

 ギルは【破邪の暴風】で周りを吹き飛ばしながら魔王に肉薄するが、後から現れるデーモンたちに阻まれ、その刃が届かない。

敵意31

「ククッ・・・・・・。準備は整ったぜ」
「これは――」

 目を瞠るギルの横にいつの間にか立っていたエディンが、眠たげな双眸を細めた。

「闇の・・・・・・魔力の渦!?」
「ディアーゼ!あたしたちを何処の世界にやったの!?」
「どこにも連れてってねえよ。俺たちは、山にいるままだ。この空間は俺が作ったんだよ。居心地はどうだい?」
(こいつ・・・・・・やっぱり魔力が半端じゃない・・・・・・!)

 少しでも気を抜けば、膨大な闇の魔力によって渦の中心に吸い込まれそうである。
 ギルがアウロラを、アレクがジーニを支え、エディンはミナスの腕をひっ捕まえ、慌てて自分のほうへと引き寄せた。

「舐めないでください、ディアーゼ・・・・・・!こんなチンケな風では、私たちを涼しがらせるぐらいしかできませんよ!」

敵意32

「チッ、この渦は象でも軽く放り込むんだが――てめえらには効かねえようだな・・・まあいい。ハナっからそっちの効果には期待してねえさ」
「え?」

 不審な声をあげたミナスの視界の中で、渦に巻き込まれたデーモンたちが悲鳴を上げている。彼らにも、この闇の渦は脅威なのだ。
 自分の部下を利用する為に作った魔力の渦――その戦い方に、エディンは嫌悪の顔になった。

「あいつらには――強力な助っ人を呼ぶための生贄になってもらったのさ」
「助っ人だって?」
「ちっとばかし体がでかくてな。島まで連れては来れなかったんだが・・・・・・力が必要になった時は、今のように生贄使って召喚――って考えてたわけさ」

 本来は暗黒邪竜との戦いにおける最大の切り札であったのだが、邪竜との戦いの前に札を切らざるを得なかったのは、さすがに”金狼の牙”というべきか。

「・・・・・・ッ!?」

 アウロラの顔が引きつる。渦の中心から現れた秘密兵器は、ドラゴンのゾンビ――体長30m程もある、腐りきった竜であった。
 かつて何頭かの竜に出会い、その生物の力強さや誇り高さを目にしてきた彼らにとって、骨や贓物がむき出しになっている竜の姿は衝撃的である。
 その昔、邪竜との戦いに敗れたエルダードラゴンだったという屍竜はしばし首をめぐらし――暗黒邪竜がいないことに怒り狂っていたが、ディアーゼに目前の冒険者を片付けたら邪竜の元へ連れて行くといわれ、山をも裂くような咆哮をあげた。
 確かにこんな巨大な竜に立ちはだかれたら、容易に魔王へ攻撃を届かせることはできない。
 しかしディアーゼは目算を誤った――彼らを相手にするのであれば、たった一匹の強敵を召喚するより、物量作戦を続けるべきであったのだ。

「がっ・・・・・・!!」

敵意33

 ディアーゼは信じられないという顔で、近くの召喚陣から飛び出した獣に引き裂かれた己の喉を右手で押さえた。
 彼の驚愕する視線の先には、≪エメラダ≫を構えたジーニと歌をうたい終わったアウロラがすっくと立っている。

「かかったわね。まずはあたしの呪縛――」
「ドラゴンに隙ができたところで、私がディアーゼの傍に神精ヴァンを召喚。前衛が堅固だからこその作戦ですが、上手くいって何よりです」

 ディアーゼの魔力によってこの世に留まらせていた屍竜は、創造主が斃れたため体がどんどん崩れている。
 しかし今のドラゴンゾンビからは怒りや狼狽などといったものはまったく感じられない。むしろ、その表情は安らかなものに見えた。
 恐らく魔力から解放されたことで、一時的に正気を取り戻したのであろう。

「・・・・・・それでいいんだ。本来の場所に帰れよ」

 じっと崩れゆくゾンビを見つめていたギルが呟いた。

「お前らに、頼み、ある」
「何だ?」
「俺の、代わりに、暗黒邪竜、殺してくれ。お前ら、強い。お前らなら、絶対、できる」
「・・・・・・」
「頼んだ、ぞ」

 ドラゴンゾンビはそう言って穏やかな笑みを浮かべると、塵となってとうとう崩れ落ちた。残骸を山風がさらってゆく。
 ディアーゼはもうとうに息絶えていておかしくはなかったが、まだ「何故だ・・・・・・!?何故勝てねえ・・・・・・!」と血と共に言葉を噴出していた。

「あたしたちの力が、アンタの想像を遥かに上回っていた――ってことじゃない?」
「・・・・・・!」

 冷酷に彼を見下ろしたジーニが放った台詞に、ディアーゼは歪んだ笑みを浮かべた。既に死相は濃く、話しているのが不思議なくらいだ。

「・・・・・・こんなことなら一時的にでも、他のデーモンロードに同盟を持ちかけりゃあよかったぜ・・・・・・」
「やめろ。想像しただけで寒気がする」

 疲れたようなエディンの声に、「ククッ」と魔王は笑った。やはりそれも歪んでいる。

「もし、てめえらが三下に殺されて来たら・・・・・・おもっクソ馬鹿にしてやる・・・・・・」
「さようならディアーゼ」

 ジーニの言葉が耳に入っていたかどうか――秀麗な三つ目のデーモンロードは、そこで息絶えた。
 その時、一行の背後で足音がした。
 ギルたちが一斉に振り返ると、無表情でこちらを見据えているジュビアが立っている。

「・・・・・・生きてたのか」
「そのようね・・・・・・。正直、自分でも信じられないけど」

 アレクの静かな視線とジュビアの真っ直ぐな視線がぶつかり合う。だが2人は構えるどころか、そのまますれ違った。
 ジュビアはディアーゼの亡骸に近づくと、ゆっくりと腰をおろした。

「間に合わなかった、か・・・・・・」

 ジュビアはそう言って軽くため息をつく。今の彼女からは、怒りや憎しみなどといった感情はまったく感じられない。
 どちらかと言えば――今の双眸から窺えるのは、悲しみや諦めの色であった。

「私が仕えていたのは、あくまでもこの子の父親。この子を助ける義理はあっても、義務はない・・・・・・仇を討つ義務もね」
(・・・・・・その割に泣きそうだけどね。アンタ)

 賢者の心中の呟きは知らず、ジュビアは赤子をあやすように、重いパンチを放つはずの手でディアーゼの死に顔を優しく撫でた。

「こんなお姿になってしまって――申し訳ありません、ディアーゼ様。私が不甲斐ないばっかりに・・・・・・」

 いつまでも、いつまでも撫でていた。
 涙は流していないのに――その頬に光るものがあるような気がするのは、どうしてなのだろう?
 魔王を倒したことに対して後悔も弁解もするつもりはない。手を出してきたのも、罠に嵌めてきたのも向こうである。
 ただ、今だけは――この目の前の女戦士に、優しい風が吹くことを祈らずにはいられなかった。

2013/05/15 23:59 [edit]

category: 敵意の雨

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Wed.

敵意の雨 9  

 下級悪魔の後を尾行してディアーゼの元へと辿り着いた”金狼の牙”たちは、目の前の少年に呆気に取られていた。

「・・・・・・アンタがディアーゼ?」
「わかりきったこと聞いてんじゃねえよ」

 一行は目の前にいる魔族の少年が、自分たちを悪質な罠に嵌めた魔王だということが、にわかには信じられないでいたのである。
 肌の色と、額で不気味に蠢く眼を除けば、秀麗な顔立ちをした小柄な美少年に見える。

敵意28

「ギルバート以外は、間抜けな表情浮かべてやがんなオイ。敵の魔王が、こんなガキで調子狂ったか?」
「・・・・・・外見なんて関係ないさ。お前が恐ろしい力を持っていることはよくわかる」

 黄金色に輝く≪護光の戦斧≫を肩に担ぎ、ギルは少年を睨み付けた。

「これはこれは。天下のギルバート様にお褒めいただき、誠に光栄でございます」
「・・・・・・ッ!ふざけてんじゃねえぞコラア!」

敵意29

 よほどにその態度が癇に障ったのか、珍しくエディンが誰よりも先に切れた。
 その肩をトンと叩いて我を取り戻させたジーニが、今までの疑問をディアーゼに問いただした。

「アンタ・・・・・・一体何を企んでるの?あたしたちをこんな手の込んだ罠に嵌めて、どうするつもり?」
「たくらみ、ねえ。まあいくつかあるんだけどよ。その内の3割くらいは、てめえらがやってくれたぜ?」
「何だと・・・・・・?」

 訝しげな顔になったアレクへ、話には順番ってもんがあるとディアーゼは声をかけ、その質問に答えた。
 第一の目的は簡単である。噂に名高い”金狼の牙”をブチ殺したと言う肩書き――それが欲しかったのだ。
 カナン王を始めとする人外の強者たちが倒されているのだ。”金狼の牙”を殺せば、そのネームバリューは計り知れない。 
 第二の目的は人間の世界を支配する前段階における、最大の邪魔者――英雄を始末したかった。
 ディアーゼの考える中で、およそもっとも面倒な敵とは大国が抱える騎士団などではない。己の実力だけをたのみに人外の実戦経験をひたすら磨いてきた英雄である。
 そこで気づいたジーニは、我慢できずディアーゼに自分の推量をぶつける。

「”毒蛇”や”狂犬”をけしかけたのは、何もあたしたちを疲弊させるためだけじゃない・・・・・・!あいつ等にも死んで欲しかったからね!?英雄の候補生であるあいつらに・・・・・・」
「正解!さすがは”金狼の牙”のブレインだ。人間にしておくのが惜しいぜ」
「ふざけた事を・・・・・・!」

 確かに”漆黒の鳳凰”や”青い毒蛇”、”白銀の狂犬”たちは今の一同には遠く及ばない。だが、数年先にはどうか?
 そして、ディアーゼの策であれば、今でも少なからずこっちに被害を齎す厄介な英雄候補生たちを、最小限の被害で片付けることができる・・・・・・。
 実際に”白銀の狂犬”にやられていたロードヴァンパイアのことを、思い出しながらギルはぽつりと言った。

「そこで・・・・・・俺達の出番か」
「その通り。そうすりゃこっちの被害はゼロ。おまけに、てめえらも奴らとの戦いで消耗してくれる。いいことずくめじゃねえか!」

 無言でディアーゼを睨みつけているアレクの唇が、僅かに震えている。
 怒りと言う激情を、必死に言霊に乗せないようにしているためであった。

「だがッ!そこまでは順調だったのに・・・・・・!一番肝心な『最後の目的』が、達成できなくなっちまった・・・・・・!」

 急にどうしたことであろうか――全ての眼をカッと見開いたディアーゼが、アレクの怒りを上回るかのような勢いで怒鳴りだす。

「このクソボケのせいでなあアアア!?」

 ディアーゼは忌々しげにそう吐き捨て、魔族の死体を乱暴に蹴りつけた。
 この魔王に相対する直前まで尾行し、一行が切り捨てた下級魔族だ。

「てめえ、なんで来やがった!?合図がない限り、俺の所には来るなっつったろが!?頭沸いてんのか!?あア!?」
(もう死んでるのに・・・・・・。)

 ぞっとしたミナスは、さすがにその場に怯えて後じさりはしなかったものの、やや青ざめてその光景を眺めている。
 急に怒りを露にし、部下をボロ雑巾のように踏みにじっている秀麗な異形の少年を。
 そんなうかつに身じろぎもできない状況を、ばっさりとギルは断ち切った。

「・・・・・・やめろ」
「あア!?」
「その辺にしとけと言ってるんだ。・・・・・・見苦しい」
「なんだア・・・・・・!?その辺ってのは・・・・・・この辺か!?この辺のことか!?」

 ディアーゼは、その後も魔族の大きな体がただの肉片に変わるまで踏みにじろうとでもいうようにしていたが、やがて激情が遠ざかったのか――いや、無理矢理治めたのか。
 ふっと足を引くとニタリとこちらを眺めた。

「見苦しい所を見せた。わりいな」

 さっきまでの激昂ぶりが嘘のように、気味が悪いほど落ち着き払っている。
 あまりといえばあまりの豹変振りに、一行は咄嗟に言葉が出ない。

「・・・・・・一応説明しとこうか。『最後の目的』ってのはてめえらと邪竜のクソ野郎を戦わせることだったんだ。とは言っても、どっちに勝たれても正直こっちには困る」
「何故なの?」

 ジーニは容赦のない声で詰問した。

「あたしたちが邪竜に殺されたら困るってのは分かる。あんたが直接手を下したいでしょうからね。でも、逆のケースは!?あたしたちが邪竜を殺すのに、何の問題があるの?竜の1匹2匹死のうが、あんたの知ったことじゃないでしょ?」
「・・・・・・それが大問題で、俺の知ったことなんだよ」
「何だと?」

 想定外の返事に、ギルは片眉を上げた。
 そういえば・・・・・・1階層目で退治したワーウルフも、そのようなことを言っていた。「暗黒邪竜を倒すのは『あのお方』なんだよ!」と・・・・・・。

「お前――過去に暗黒邪竜と何があった?」
「へっ・・・・・・。昔の恥を晒すのは気が進まねえが、てめえらには教えてもいいか」

 そしてディアーゼは語りだした。
 祖父、父の代から魔法も使えぬ古竜との戦いを続けてきたことを――そして、彼自身も100年前に邪竜に戦いを挑んで負けたことを。
 思わず「何だってー!?」と叫んでしまった”金狼の牙”たちを冷めた眼で見やり、彼は話を続けた。

「あの時は――ジュビア・バルガス・イルードの3人は勿論のこと、部下の魔族2万人も引き連れて奴の所にカチ込んだんだ」

 結果は惨敗。
 壮絶な戦いなどと言うものですらなく、一方的な虐殺という有様だったらしい。
 実に手下の八割を失うこととなったディアーゼは、恐らく百万人いたとしても暗黒邪竜には勝てる気がしないと言った。

「で――そんな化け物を俺達にぶつけようと考えたわけだ?シアノス商会に圧力をかけてまで・・・・・・」
「”圧力”だなんて人聞きの悪いこと言うんじゃねえよ。シアノス商会とは、普段からいい”お付き合い”をしててな。今回の話を持ちかけたら会長の奴、ノリノリで承諾しやがったぜ?」
「どでかい商会と魔族の”お付き合い”ね・・・」
「お前ら、商会から何か恨みでも買ってるんじゃねえか?」

 商会に限らず、恨まれる心当たりなどいくらでもある。例え、逆恨みや妬みといった理由からのものでも――。

「まあ、俺が邪竜のクソ野郎をブチ殺したがってる理由はわかっただろう」
「まあね。ついでに、アンタがあたしたちと邪竜が弱ったところで、漁夫の利せしめようと考えてたことも理解したわ」

 ジーニが肩をそびやかした。

「で?どうすんの?」
「こうなったら計画変更だ。ここでお前らを殺しとくぜ」

 その明白な意思表示に、冒険者たちはそれぞれの得物を構える。

「ジュビアたちや”漆黒の鳳凰”共との激戦で既にガタガタなんだろ?そんな状態で俺に勝てると思ってんのか?」
「思ってるね」

 金色の斧を掲げた男が、迷いなく言い放った。

「・・・・・・ホント、いい目をしやがるぜ。つくづく殺すのが惜しい」

 キュイ、と三つの目全てが愉快そうに細められる。

2013/05/15 23:55 [edit]

category: 敵意の雨

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