敵意の雨 13
翌日の正午、一行は寝ぼけ眼をこすりつつ支度を整えると、宿のチェックアウトを済ませてシアノス商会の本部へと向かった。
「し、失礼します!」

「よう、ダニー。やっぱりお前さんが来たんだな」
軽い調子で挨拶するエディンや周りに座っている面々を見て、ダニーはがくがくと震えながら言葉を搾り出した。
「み、皆さん・・・・・・!?受付の姉ちゃんから話を聞いて、飛んできたんですが・・・・・・どうやってこんな短時間で島からここまで?」
「あー、うん、実はさー」
ギルはダニーに島での出来事をありのまま話した。
”漆黒の鳳凰””蒼い毒蛇””白銀の狂犬”のこと。魔王ディアーゼのこと。暗黒邪竜のこと。そして、その他諸々・・・・・・。
「たっ・・・・・・たったの1日で!?」
「ああ。これが証拠だ」
普段は斧を掴む無骨な手が、ダニーに邪竜の鱗を渡す。
まさかという気持ちと信じられないという気持ちでどもるダニーに、ジーニが邪竜の鱗であることを言い添える。
鑑定のため、と応接間に待たされたまま鱗を別室に持っていかれて、約20分。間違いなく本物と商会が確認したことを、ダニーが伝えに来てくれた。
「よかった。信じてもらえなかったらどうしようと思っていたところです」
「いえ、他の連中はともかく、俺は皆さんを疑うようなことは・・・・・・と、忘れるところだった。今すぐ報酬を持ってきます」
「慌てなくていいぜ。別に急いでねえからよ」
ソファの肘掛に行儀悪く片肘をついたエディンがのんびり笑ったが、ダニーはとんでもないといった調子で首を横に振った。
「そういうわけにもいきません。では、すぐ戻ってきますんで」
やがて、ダニーを含めた商会の人間4人がかりで抱えてきたものは、しっかりした作りの宝箱であった。
ぐおおおおの、重い・・・・・・だの、口々に呻きながら、どうにか彼らは応接間の堅牢なテーブルに箱を乗せる事に成功した。もし失敗していたら、挟まれた指なり何なりはきっと骨折していたことだろう。
「今回の報酬です。現物支給で申し訳ないんですが・・・・・・」
と言いながらダニーが蓋を開く。
燦々とした光を放つ本物の金銀財宝が、そこにみっしりと詰まっていた。思わずエディンが「ヒュウ――」と口笛を吹く。
ついいつもの癖で品定めをしたエディンは、
「金、銀、宝石、指輪、首飾り・・・・・・。どれも本物だな。確かに全部売却すれば、丁度10000spになると思うぜ」

と、最後のアクセサリーを箱に戻して言った。
「てっきり、現金でもらえるものと思ってましたが」
「すいません・・・・・・。まさか、1日で帰ってくるとは夢にも思わなかったものですから、現金で10000spはすぐにご用意できなかったんです」
小首を傾げたアウロラに、ダニーがそういいながら頭を掻く。
ミナスはにこりと笑った。
「まあ、そりゃそうだよね。アレク、もてる?」
「ちょ、ちょっと。男4人がかりでやっと持てる箱なんですよ?いくらアレクシスさんでも――」
「余裕」

「アレクはん、やりますな~。さすがわての相棒ですわ!」
「さっすがー!僕も大きくなったらやってみたいな~」
「げげんちょ!?」
目を丸くするダニーの目の前で、アレクは片手で宝箱を持ち上げてみせ、トールとミナスが無邪気に手を叩いて喜んだ。
・・・・・・ダニーは知らないだろうが、アレクはジーニが錬金術により作り出した≪魔鋼の篭手≫をつけるようになってから、とんでもなく筋力が向上したのである。
それは常識では考えられないほどに重い篭手を装着し、無事に戦い抜いてきたことによる当然の結果であったのだが、それを知らないダニーは期せずして、ジュビアがジーニを見つめたような目で彼を眺めることとなった。
「さて、長居も無用だし、そろそろお暇しようかな」
「え・・・・・・も、もうですか?もうちょっと、ゆっくりしていかれたらどうです?まだお茶も出してないし・・・・・・」
「気遣いは不要さ」
重い宝箱を抱えたまま、ふわりと神々しい美貌でアレクが笑う。・・・・・・やはりこうして見ると確かに化け物の範疇なのかもしれない。
「用もないのにいつまでも居座っては、邪魔だろうし」
「そうですか・・・・・・。皆さんがそう仰るのなら」
律儀な性格と言うか、ダニーは玄関先まできっちりと冒険者たちを見送ってくれた。
「今回は本当にありがとうございました。また何かありましたら、その時は是非宜しくお願いします」
「ああ。その時があれば――な」
ギルが最後の握手を交わす。
その時、先に行こうとしていたジーニが、何かに気づいたように引き返してきた。
「そうだダニー。一つ頼まれてくれない?」
「何でしょう?皆さんの頼みとあらばなんでも」
「”これ”を商会の会長さんに渡してほしいんだけどー」
彼女が差し出したのは、木製の可愛らしい小箱であった。
「まあ、平たく言えば”挨拶”代わりかしら。今回いい仕事をもらったから、これからも御贔屓に――ってことで」
「挨拶・・・・・・ですか?あんなクソジジ・・・・・・ゲフンゲフン!あー・・・・・・あの方には別に必要ないんじゃないですかね」
「いいの。この先、商会はあたしたちにとっていいクライアントになるかもしれないしね」
そうまで言われては、例え会長が気に入らない性格をしているとはいえ、断るわけにはいかない。
ダニーは責任を持って会長に渡すと約束してくれた。
”金狼の牙”たちがエルリースの雑踏に紛れていくのを見守りながら手を振っていたダニーは、ぼそっと呟いた。
「決めた・・・・・・!こんな商会やめて、冒険者に戻ろう・・・・・・!」
・・・商会を飛び出した一行の中で、先頭を歩いていたギルが言う。
「今回は、久々にキツいヤマだったな」
「全くです。普通の人間なら、確実に全滅ものですよ……」
「大丈夫、大丈夫。そもそも普通の奴らなら、ディアーゼに目をつけられること自体ないから」
けらけらと明るい笑い声を立てたジーニが、そう言ってアウロラの背中を叩いた。
空中に漂うシルフィードたちを目で追っていたミナスは、彼女たちが北の方角へと流れていったのを見送ってから仲間たちに問いかける。
「さて……これからどこに行く?アレトゥーザ?フォーチュン=ベル?それとも、ポートリオン?」
「う~ん……とりあえず、キーレとペテンザムはパスだな。向こう1、2ヶ月は戦いとは無縁の生活を送りてえしな」
「同感ね。しばらく戦いはコリゴリだわ」
大人組の慨嘆に、けろっとした顔でアレクが応じた。
「そうか?俺はまだまだ、闘り足りない気がするが」
「……あなたって、本当に底無しの体力ですね」
「素直に褒め言葉と受け取っていいのかどうか微妙だな……」
幼馴染と緋色の髪の娘の会話が終わった頃を見計らい、ギルはキラキラとした目を向けて口を開く。
「なあ――久しぶりにリューンに帰らないか?」
「リューンに?」
「もう長い間≪狼の隠れ家≫に帰ってないし――」
「エセルの顔を見てないから寂しくなったんでしょ、アンタ」
間髪いれずまぜっかえしたジーニの言葉に、ギルは真っ赤になって彼女を追い回す。
たちまち仲間たちから離れ始めた二人を、顔を見合わせたミナスとアウロラが走って追いかけ始めた。
「ほら、お前さんも急げよ」
エディンが宝箱を抱えたままのアレクに笑いかけ、あっという間に彼を置いていく。
「おい、みんな・・・・・・・・・人に荷物押しつけといてそれはないだろうがああああ!!」
「いやー、アレクはん。怒鳴ってないではよ追いかけんと、ホンマに置いて行かれますで?」
「トール!!もう、あいつらが治療頼んできたら断ってやれ!!」
半ば本気で叫びつつ、澄み渡った青空の下、アレクもまた仲間の後を追いかけた。
「待てって言ってるだろおおお!!」
――その日の夕方。
シアノス商会会長は、カエルに例えられそうな異相を不機嫌に歪め、イライラと机を指で叩いていた。卓上の書類が片付く様子はない。
(全く・・・・・・ディアーゼのやつめ。あれだけでかい口を叩いておいて、負けていては笑い話にもならんわ。)
(これでやっと、目障りな”金狼の牙”を消せると思ったのに・・・・・・。)
(やつらのせいで、わしの裏の商売がどれだけ損失を被ったことか!)
(いい取引相手だった奴隷商人や悪徳貴族――皆、奴らのせいで死んだかブタ箱行きじゃ!ああ、思い出しただけで腹が立つ!!)
暫くは身を震わせる怒りに思考を任せていたのだが、彼は商売人である。やがて冷静さを取り戻すと、書類を掴んでサインを書き始めた。
「それにしても・・・・・・”金狼の牙”の連中め、一体何をよこしてきたんじゃ?」
彼の脂ぎった視線の先には、律儀なダニーが会長宛にきちんと届けた例の小箱があった。
彼の話では、会長への挨拶代わりということだが・・・・・・。
「とにかく開けてみるか」
鍵が特についている様子もない。すっと蓋を開くと、そこに入っていたのはカラーダイヤのついた装飾品であった。
「ほう・・・・・・!」

目の肥えた彼にもよく分かる、高価で華麗でありながら、決してごてごてとはしていない極上品のアクセサリー。
「これはなかなか上等な装飾品ではないか!今まで星の数ほどの品を見てきたが、これほどの物はそうそうなかったぞ!」
たちまち上機嫌になった会長は哄笑する。
「奴らも、少しは見る目があるようじゃな!わしに媚を売っておくのが吉と思ったか!だが、無駄なことじゃな!お前らを消そうという意志は変わらぬわ!ふははははははははは!!」
きらり、とシャンデリアの明かりを反射する装飾品に、ふと彼は目を細めた。
これはどこかで見たことがあるような・・・・・・?
「はて、どこだったか・・・・・・」
それほど昔のことではない。つい最近に誰かが身につけていた――。
「あ」
ディアーゼの、耳飾り。
そう、決して知られてはいけない『あの取引』の時に彼が身に着けていた、あのイヤリングと同じものではないか――!?
狼狽した会長がうわごとのように呟く。
「これは、まさか――ま、まずい」
これを彼らが寄越してきたということは、あの”金狼の牙”たちはディアーゼと商会の繋がりを知っているぞ、ということだ。
泡を食ったように会長室の中を走り回る会長は、心臓の辺りを押さえながら必死に自分を落ち着かせていた。
「いや待て・・・・・・!落ち着け・・・・・・落ち着け・・・・・・!いくら巷で英雄だの勇者だのと持て囃されてはいても、所詮は冒険者よ・・・・・・!」
もともとの冒険者の社会的地位は、さして高くない。貴族や聖職者の後見がいない冒険者パーティであれば、その立場の頼りなさは尚更であろう。
・・・・・・ただ、”金狼の牙”はランプトン卿やウェルブルク王国のソフィア殿下、高名な魔道師ファラン・ディトニクス令嬢のルーシー、はては聖風教会などにまで伝手があったりするのだが、会長はそこまで彼らを調査したことはなかった。
「それに比べてわしはどうじゃ?エルリースで絶対的な権限を持つ『シアノス商会』のドン――他国の富豪や貴族にも顔が利く」
会長は断じる。そんな自分を所詮いち冒険者に過ぎない”金狼の牙”が殺せば、ただではすまないだろうと。
そうして自分を安心させ、徐々に血の色を室内へ満たしていく夕焼けに照らされながら笑っていると・・・・・・。
「うるせえなあ。3歳児みたいに騒いでんじゃねえよ」
「!!!!?」
「はじめまして、だな?会長さんよ」
すらりとした長身を窓から部屋へ滑り込ませた男は、眠たげな目で見やった。
「何じゃ貴様は!誰の許しを得て入った!!衛兵、衛兵!!不審者が侵入しとるぞ、さっさと摘み出せ!いや、八つ裂きに・・・・・・!!」
「あ、呼んでも誰も来ねえぞ」
けろっとした顔で男は言った。
「今、この建物にいる奴はてめえを除いて、皆ぐっすり寝てるからよ」
蒼い装飾を施された美しい短剣を取り出し、ぺたぺたと手の平を叩きながら彼は続ける。
「少なくとも、あと3時間は目が覚めないんじゃねえかな」
「ななななななななななななな・・・・・・!き、貴様は何者じゃ!?何が目的だ!!?」
「カースト最下層で浮浪者や奴隷にも劣るチンピラでございます」
「ま、まさか”金狼の牙”の・・・・・・」
彼は僅かに口角を吊り上げたようだった。
「その通り。そして用件は――」
エディンはゆっくりと≪スワローナイフ≫を構えた。
「言わなくてもわかるだろ?俺たちは――依頼人の裏切りを絶対に許さねえ」

――この後、シアノス商会会長がどうなったかを語る必要はあるまい。
ただ、方々にまで出没しては色んな依頼を受けていた”金狼の牙”は――今回の件の後にリューンの常宿に帰還し、また管を巻いているということだ。
※≪邪竜の盾≫≪財宝入りの箱≫≪銀の聖印≫≪魔法薬の瓶≫※
--------------------------------------------------------
■後書きまたは言い訳
65回目のお仕事は、JJさんのシナリオで敵意の雨でした。あの恐ろしい長編リプレイ「satan(leaderさん作)」と並ぶ13章構成、リプレイのテキストデータサイズは驚きの93KB。・・・予め戦闘が多いのは分かりきっていたので、あえて削れるシーンは削ってこれでしたから・・・泣くかと思いました。
狂犬を襲ったヴァンパイヤロードの動きだとか、ジュビアの過去話などはPC視点ではないため載せませんでした(オープニングのみは、あれがないと物語の格好がつかないので入れてあります)が、そのために分かりづらいお話になっていたら申し訳ありません。特に作者様。でも、こういう緊迫した高レベル用ストーリーがお好きだという方にはとっても面白いシナリオだと思いますので、是非オススメさせていただきます。
私も、リプレイ書きつつプレイしていたので途中で意識が朦朧としておりましたが、苦労した分だけやり応えがあり、非常に楽しませてもらいました。
本編自体のクロスオーバーと、私がちょこちょこ個人的にいれたクロスオーバーが混じっておりますが、どこからどこまでが本編なのかをお確かめいただくのも一興かもしれません。
ついでに、今までギルの二つ名は思いついてはいたのですが、誰も呼ぶ機会がなかったので、このシナリオの冒頭で後輩たちからそう呼ばれて恐れられていることにしました。由来は彼の所持スキルに【破邪の暴風】【暴風の轟刃】【風割り】と、嵐のように戦う技が多いことから。
あ、そうそう。暗黒邪竜を「精神平和適性の高いPCによる神聖属性攻撃で弱らせる」ことをせずに倒すと、邪竜のでっかい鱗がボーナスとしていただけます。こんな感じに。
↓↓↓

邪竜の特殊能力にするか、鱗を使った技能配布の盾にするかが選択可能です。
うちはギルのための盾にして持たせることにしました。すごいアイテムがもらえたよ、ばんざーい!
前々から予告していた通り、これが”金狼の牙”のラストミッションとなります。
この後、ミナスが青藍渓流のお母さんと再会したり、エセルとギルでアレトゥーザ向かったり、キーレでアレクが今回知った顔に再会したり、大人組みがのんべんだらりと同棲始めてみたり、アウロラが小さな小屋で後輩のために呪歌の販売を始めたりするわけですが――皆、また気が変わって冒険に出ることもあるかもしれません。
もし自分に時間があり、「”金狼の牙”でこのシナリオのリプレイ読みたかったのに・・・!」などと言うお声があれば、もしかしたら番外編として考えるかも?クリアしてるやつだったら・・・。
その時はまた、寛大なお気持ちで迎えてくださるとありがたいです。
リプレイをご覧になってくださった皆々様方、誤字の多いつたないリプレイにお付き合いをいただき真にありがとうございました。
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。
「し、失礼します!」

「よう、ダニー。やっぱりお前さんが来たんだな」
軽い調子で挨拶するエディンや周りに座っている面々を見て、ダニーはがくがくと震えながら言葉を搾り出した。
「み、皆さん・・・・・・!?受付の姉ちゃんから話を聞いて、飛んできたんですが・・・・・・どうやってこんな短時間で島からここまで?」
「あー、うん、実はさー」
ギルはダニーに島での出来事をありのまま話した。
”漆黒の鳳凰””蒼い毒蛇””白銀の狂犬”のこと。魔王ディアーゼのこと。暗黒邪竜のこと。そして、その他諸々・・・・・・。
「たっ・・・・・・たったの1日で!?」
「ああ。これが証拠だ」
普段は斧を掴む無骨な手が、ダニーに邪竜の鱗を渡す。
まさかという気持ちと信じられないという気持ちでどもるダニーに、ジーニが邪竜の鱗であることを言い添える。
鑑定のため、と応接間に待たされたまま鱗を別室に持っていかれて、約20分。間違いなく本物と商会が確認したことを、ダニーが伝えに来てくれた。
「よかった。信じてもらえなかったらどうしようと思っていたところです」
「いえ、他の連中はともかく、俺は皆さんを疑うようなことは・・・・・・と、忘れるところだった。今すぐ報酬を持ってきます」
「慌てなくていいぜ。別に急いでねえからよ」
ソファの肘掛に行儀悪く片肘をついたエディンがのんびり笑ったが、ダニーはとんでもないといった調子で首を横に振った。
「そういうわけにもいきません。では、すぐ戻ってきますんで」
やがて、ダニーを含めた商会の人間4人がかりで抱えてきたものは、しっかりした作りの宝箱であった。
ぐおおおおの、重い・・・・・・だの、口々に呻きながら、どうにか彼らは応接間の堅牢なテーブルに箱を乗せる事に成功した。もし失敗していたら、挟まれた指なり何なりはきっと骨折していたことだろう。
「今回の報酬です。現物支給で申し訳ないんですが・・・・・・」
と言いながらダニーが蓋を開く。
燦々とした光を放つ本物の金銀財宝が、そこにみっしりと詰まっていた。思わずエディンが「ヒュウ――」と口笛を吹く。
ついいつもの癖で品定めをしたエディンは、
「金、銀、宝石、指輪、首飾り・・・・・・。どれも本物だな。確かに全部売却すれば、丁度10000spになると思うぜ」

と、最後のアクセサリーを箱に戻して言った。
「てっきり、現金でもらえるものと思ってましたが」
「すいません・・・・・・。まさか、1日で帰ってくるとは夢にも思わなかったものですから、現金で10000spはすぐにご用意できなかったんです」
小首を傾げたアウロラに、ダニーがそういいながら頭を掻く。
ミナスはにこりと笑った。
「まあ、そりゃそうだよね。アレク、もてる?」
「ちょ、ちょっと。男4人がかりでやっと持てる箱なんですよ?いくらアレクシスさんでも――」
「余裕」

「アレクはん、やりますな~。さすがわての相棒ですわ!」
「さっすがー!僕も大きくなったらやってみたいな~」
「げげんちょ!?」
目を丸くするダニーの目の前で、アレクは片手で宝箱を持ち上げてみせ、トールとミナスが無邪気に手を叩いて喜んだ。
・・・・・・ダニーは知らないだろうが、アレクはジーニが錬金術により作り出した≪魔鋼の篭手≫をつけるようになってから、とんでもなく筋力が向上したのである。
それは常識では考えられないほどに重い篭手を装着し、無事に戦い抜いてきたことによる当然の結果であったのだが、それを知らないダニーは期せずして、ジュビアがジーニを見つめたような目で彼を眺めることとなった。
「さて、長居も無用だし、そろそろお暇しようかな」
「え・・・・・・も、もうですか?もうちょっと、ゆっくりしていかれたらどうです?まだお茶も出してないし・・・・・・」
「気遣いは不要さ」
重い宝箱を抱えたまま、ふわりと神々しい美貌でアレクが笑う。・・・・・・やはりこうして見ると確かに化け物の範疇なのかもしれない。
「用もないのにいつまでも居座っては、邪魔だろうし」
「そうですか・・・・・・。皆さんがそう仰るのなら」
律儀な性格と言うか、ダニーは玄関先まできっちりと冒険者たちを見送ってくれた。
「今回は本当にありがとうございました。また何かありましたら、その時は是非宜しくお願いします」
「ああ。その時があれば――な」
ギルが最後の握手を交わす。
その時、先に行こうとしていたジーニが、何かに気づいたように引き返してきた。
「そうだダニー。一つ頼まれてくれない?」
「何でしょう?皆さんの頼みとあらばなんでも」
「”これ”を商会の会長さんに渡してほしいんだけどー」
彼女が差し出したのは、木製の可愛らしい小箱であった。
「まあ、平たく言えば”挨拶”代わりかしら。今回いい仕事をもらったから、これからも御贔屓に――ってことで」
「挨拶・・・・・・ですか?あんなクソジジ・・・・・・ゲフンゲフン!あー・・・・・・あの方には別に必要ないんじゃないですかね」
「いいの。この先、商会はあたしたちにとっていいクライアントになるかもしれないしね」
そうまで言われては、例え会長が気に入らない性格をしているとはいえ、断るわけにはいかない。
ダニーは責任を持って会長に渡すと約束してくれた。
”金狼の牙”たちがエルリースの雑踏に紛れていくのを見守りながら手を振っていたダニーは、ぼそっと呟いた。
「決めた・・・・・・!こんな商会やめて、冒険者に戻ろう・・・・・・!」
・・・商会を飛び出した一行の中で、先頭を歩いていたギルが言う。
「今回は、久々にキツいヤマだったな」
「全くです。普通の人間なら、確実に全滅ものですよ……」
「大丈夫、大丈夫。そもそも普通の奴らなら、ディアーゼに目をつけられること自体ないから」
けらけらと明るい笑い声を立てたジーニが、そう言ってアウロラの背中を叩いた。
空中に漂うシルフィードたちを目で追っていたミナスは、彼女たちが北の方角へと流れていったのを見送ってから仲間たちに問いかける。
「さて……これからどこに行く?アレトゥーザ?フォーチュン=ベル?それとも、ポートリオン?」
「う~ん……とりあえず、キーレとペテンザムはパスだな。向こう1、2ヶ月は戦いとは無縁の生活を送りてえしな」
「同感ね。しばらく戦いはコリゴリだわ」
大人組の慨嘆に、けろっとした顔でアレクが応じた。
「そうか?俺はまだまだ、闘り足りない気がするが」
「……あなたって、本当に底無しの体力ですね」
「素直に褒め言葉と受け取っていいのかどうか微妙だな……」
幼馴染と緋色の髪の娘の会話が終わった頃を見計らい、ギルはキラキラとした目を向けて口を開く。
「なあ――久しぶりにリューンに帰らないか?」
「リューンに?」
「もう長い間≪狼の隠れ家≫に帰ってないし――」
「エセルの顔を見てないから寂しくなったんでしょ、アンタ」
間髪いれずまぜっかえしたジーニの言葉に、ギルは真っ赤になって彼女を追い回す。
たちまち仲間たちから離れ始めた二人を、顔を見合わせたミナスとアウロラが走って追いかけ始めた。
「ほら、お前さんも急げよ」
エディンが宝箱を抱えたままのアレクに笑いかけ、あっという間に彼を置いていく。
「おい、みんな・・・・・・・・・人に荷物押しつけといてそれはないだろうがああああ!!」
「いやー、アレクはん。怒鳴ってないではよ追いかけんと、ホンマに置いて行かれますで?」
「トール!!もう、あいつらが治療頼んできたら断ってやれ!!」
半ば本気で叫びつつ、澄み渡った青空の下、アレクもまた仲間の後を追いかけた。
「待てって言ってるだろおおお!!」
――その日の夕方。
シアノス商会会長は、カエルに例えられそうな異相を不機嫌に歪め、イライラと机を指で叩いていた。卓上の書類が片付く様子はない。
(全く・・・・・・ディアーゼのやつめ。あれだけでかい口を叩いておいて、負けていては笑い話にもならんわ。)
(これでやっと、目障りな”金狼の牙”を消せると思ったのに・・・・・・。)
(やつらのせいで、わしの裏の商売がどれだけ損失を被ったことか!)
(いい取引相手だった奴隷商人や悪徳貴族――皆、奴らのせいで死んだかブタ箱行きじゃ!ああ、思い出しただけで腹が立つ!!)
暫くは身を震わせる怒りに思考を任せていたのだが、彼は商売人である。やがて冷静さを取り戻すと、書類を掴んでサインを書き始めた。
「それにしても・・・・・・”金狼の牙”の連中め、一体何をよこしてきたんじゃ?」
彼の脂ぎった視線の先には、律儀なダニーが会長宛にきちんと届けた例の小箱があった。
彼の話では、会長への挨拶代わりということだが・・・・・・。
「とにかく開けてみるか」
鍵が特についている様子もない。すっと蓋を開くと、そこに入っていたのはカラーダイヤのついた装飾品であった。
「ほう・・・・・・!」

目の肥えた彼にもよく分かる、高価で華麗でありながら、決してごてごてとはしていない極上品のアクセサリー。
「これはなかなか上等な装飾品ではないか!今まで星の数ほどの品を見てきたが、これほどの物はそうそうなかったぞ!」
たちまち上機嫌になった会長は哄笑する。
「奴らも、少しは見る目があるようじゃな!わしに媚を売っておくのが吉と思ったか!だが、無駄なことじゃな!お前らを消そうという意志は変わらぬわ!ふははははははははは!!」
きらり、とシャンデリアの明かりを反射する装飾品に、ふと彼は目を細めた。
これはどこかで見たことがあるような・・・・・・?
「はて、どこだったか・・・・・・」
それほど昔のことではない。つい最近に誰かが身につけていた――。
「あ」
ディアーゼの、耳飾り。
そう、決して知られてはいけない『あの取引』の時に彼が身に着けていた、あのイヤリングと同じものではないか――!?
狼狽した会長がうわごとのように呟く。
「これは、まさか――ま、まずい」
これを彼らが寄越してきたということは、あの”金狼の牙”たちはディアーゼと商会の繋がりを知っているぞ、ということだ。
泡を食ったように会長室の中を走り回る会長は、心臓の辺りを押さえながら必死に自分を落ち着かせていた。
「いや待て・・・・・・!落ち着け・・・・・・落ち着け・・・・・・!いくら巷で英雄だの勇者だのと持て囃されてはいても、所詮は冒険者よ・・・・・・!」
もともとの冒険者の社会的地位は、さして高くない。貴族や聖職者の後見がいない冒険者パーティであれば、その立場の頼りなさは尚更であろう。
・・・・・・ただ、”金狼の牙”はランプトン卿やウェルブルク王国のソフィア殿下、高名な魔道師ファラン・ディトニクス令嬢のルーシー、はては聖風教会などにまで伝手があったりするのだが、会長はそこまで彼らを調査したことはなかった。
「それに比べてわしはどうじゃ?エルリースで絶対的な権限を持つ『シアノス商会』のドン――他国の富豪や貴族にも顔が利く」
会長は断じる。そんな自分を所詮いち冒険者に過ぎない”金狼の牙”が殺せば、ただではすまないだろうと。
そうして自分を安心させ、徐々に血の色を室内へ満たしていく夕焼けに照らされながら笑っていると・・・・・・。
「うるせえなあ。3歳児みたいに騒いでんじゃねえよ」
「!!!!?」
「はじめまして、だな?会長さんよ」
すらりとした長身を窓から部屋へ滑り込ませた男は、眠たげな目で見やった。
「何じゃ貴様は!誰の許しを得て入った!!衛兵、衛兵!!不審者が侵入しとるぞ、さっさと摘み出せ!いや、八つ裂きに・・・・・・!!」
「あ、呼んでも誰も来ねえぞ」
けろっとした顔で男は言った。
「今、この建物にいる奴はてめえを除いて、皆ぐっすり寝てるからよ」
蒼い装飾を施された美しい短剣を取り出し、ぺたぺたと手の平を叩きながら彼は続ける。
「少なくとも、あと3時間は目が覚めないんじゃねえかな」
「ななななななななななななな・・・・・・!き、貴様は何者じゃ!?何が目的だ!!?」
「カースト最下層で浮浪者や奴隷にも劣るチンピラでございます」
「ま、まさか”金狼の牙”の・・・・・・」
彼は僅かに口角を吊り上げたようだった。
「その通り。そして用件は――」
エディンはゆっくりと≪スワローナイフ≫を構えた。
「言わなくてもわかるだろ?俺たちは――依頼人の裏切りを絶対に許さねえ」

――この後、シアノス商会会長がどうなったかを語る必要はあるまい。
ただ、方々にまで出没しては色んな依頼を受けていた”金狼の牙”は――今回の件の後にリューンの常宿に帰還し、また管を巻いているということだ。
※≪邪竜の盾≫≪財宝入りの箱≫≪銀の聖印≫≪魔法薬の瓶≫※
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■後書きまたは言い訳
65回目のお仕事は、JJさんのシナリオで敵意の雨でした。あの恐ろしい長編リプレイ「satan(leaderさん作)」と並ぶ13章構成、リプレイのテキストデータサイズは驚きの93KB。・・・予め戦闘が多いのは分かりきっていたので、あえて削れるシーンは削ってこれでしたから・・・泣くかと思いました。
狂犬を襲ったヴァンパイヤロードの動きだとか、ジュビアの過去話などはPC視点ではないため載せませんでした(オープニングのみは、あれがないと物語の格好がつかないので入れてあります)が、そのために分かりづらいお話になっていたら申し訳ありません。特に作者様。でも、こういう緊迫した高レベル用ストーリーがお好きだという方にはとっても面白いシナリオだと思いますので、是非オススメさせていただきます。
私も、リプレイ書きつつプレイしていたので途中で意識が朦朧としておりましたが、苦労した分だけやり応えがあり、非常に楽しませてもらいました。
本編自体のクロスオーバーと、私がちょこちょこ個人的にいれたクロスオーバーが混じっておりますが、どこからどこまでが本編なのかをお確かめいただくのも一興かもしれません。
ついでに、今までギルの二つ名は思いついてはいたのですが、誰も呼ぶ機会がなかったので、このシナリオの冒頭で後輩たちからそう呼ばれて恐れられていることにしました。由来は彼の所持スキルに【破邪の暴風】【暴風の轟刃】【風割り】と、嵐のように戦う技が多いことから。
あ、そうそう。暗黒邪竜を「精神平和適性の高いPCによる神聖属性攻撃で弱らせる」ことをせずに倒すと、邪竜のでっかい鱗がボーナスとしていただけます。こんな感じに。
↓↓↓

邪竜の特殊能力にするか、鱗を使った技能配布の盾にするかが選択可能です。
うちはギルのための盾にして持たせることにしました。すごいアイテムがもらえたよ、ばんざーい!
前々から予告していた通り、これが”金狼の牙”のラストミッションとなります。
この後、ミナスが青藍渓流のお母さんと再会したり、エセルとギルでアレトゥーザ向かったり、キーレでアレクが今回知った顔に再会したり、大人組みがのんべんだらりと同棲始めてみたり、アウロラが小さな小屋で後輩のために呪歌の販売を始めたりするわけですが――皆、また気が変わって冒険に出ることもあるかもしれません。
もし自分に時間があり、「”金狼の牙”でこのシナリオのリプレイ読みたかったのに・・・!」などと言うお声があれば、もしかしたら番外編として考えるかも?
その時はまた、寛大なお気持ちで迎えてくださるとありがたいです。
リプレイをご覧になってくださった皆々様方、誤字の多いつたないリプレイにお付き合いをいただき真にありがとうございました。
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。