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Wed.

木の葉通りの醜聞 9  

 大蜘蛛は馳せる――。
 女優イルマ・スカルラッティによって用意された食卓のもとへと――!

醜聞30

「さぁ・・・網にかかるのはあなたか私か・・・」

 アウロラは徐々に近づいてくる大蜘蛛の醜怪な姿を視界から外さぬようにしつつ、苦しげな吐息を漏らした。
 この罠はタイミングを逃がしてはならない。
 逃がしてしまえば、今までの仲間たちの努力も、面倒な教会からの手引きも、7人目の被害者の命ですら台無しになってしまう・・・それだけは御免である。

「勝負・・・!!!!!」

 声なき咆哮を正面から浴びせられながら、彼女はカッと目を見開いた。
 その大蜘蛛が範囲内に体の全てを滑り込ませた瞬間、アウロラは己の魔力を最大限まで燃やして罠のトリガーを引いた。
 たちまち、夜闇に走る白い細い閃光が、蜘蛛の巣をも凌駕するほどの複雑な紋様を描く。
 それは聖北教会による円陣――魔法陣であった。

醜聞31

「かかっ・・・た・・・!」

 ぽたり、と彼女のこめかみから顎へと汗が伝った。
 その陣は、あわや大蜘蛛がアウロラの喉笛をかき切る寸前に発動したのである。
 かくてこの大捕り物はアウロラが完全に掌握した。

「これが聖北教会へ円陣の開発を頼んだ理由です!」

 両の手で結んだ印を叩いてその終焉とする。
 この魔法陣には強力な【破魔の印】が組み込まれていた。
 アウロラは、陣の中へ残されたこの事件の顛末を確認して呟いた。

「・・・・・・やっぱり・・・」

 だがそこまでが限界――。
 目前の景色がぐにゃりと音を立てて歪んでいく・・・。

「翡翠の海の対毒結界といえども・・・・・・さすがに一気に中和できるような毒ではなかったですか・・・」

 アウロラはがっくりと膝をつき、やがてその場へ倒れこんだ――が。なにやら、誰かに呼ばれている気がする。

「お起きになって」
「つ・・・っ」

 アウロラが緋色の双眸を見開くと、そこにはいつもの上等な衣服に身を包んだ女優イルマ・スカルラッティが立っていた。

「蜘蛛の消化液をお飲みになったのよ。中和液を飲ませておきましたが暫くは動けませんわよ」
「そう・・・ですか・・・」

 何故自分を助けたのか。
 そんな当たり前の疑問を、アウロラはわざと口に乗せなかった。乗せる必要はないと思った。

「・・・・・・。名乗らぬ画家様、教えて下さいませ。何故・・・何故。私の全てをお知りでいらっしゃるの?」

 どこかあどけない幼女のようなその問いに、つかの間アウロラは微笑んだ。

「偶然の積み重ねに過ぎません、が・・・。そうですね・・・最初は・・・木の葉通りの変死事件を知り、死体を見る機会がありました」

 あの時にアウロラは思ったのだ。
 その死体は、血や水分を「啜られた」のではなく・・・「消化された」と考えるべきではないのかと。それが全てのきっかけであった。

「相手に消化液を流し込み後から回収する――。そう、体外消化です。そんな芸当、人にはできません」
「ええ・・・そうです・・・それは蜘蛛の食事法なのですよ」

醜聞32

「次の偶然はとある外交官との話でした。マリーオ氏はご存知ありませんか」
「・・・・・・・・・」

 だが女優は黙したまま。

「実を言うと貴女は・・・私とも面識があります。しかしその反応はまるで初対面」

 そこでアウロラは考えた。マリーオ氏の虚構か、イルマ女史の虚構か、第三者の振るまいか。貪欲な彼女は、とことん調べつくしてみたのである。
 その結果、マリーオ氏に嘘がないことは判明した。
 イルマ女史も、女優スカルラッティとして非常に確かであるらしい・・・では何故話がすれ違うのか?

「それは貴女がスカルラッティでありながらスカルラッティではなかったということです。本当の女史は・・・左利きでしたからね」

 悪戯っぽく片目を瞑ってみせたアウロラは、変死事件にそれをつなげたことに話を向けた。
 規則的に起こる事と大蜘蛛によって手が下される事。
 動機が金銭でも怨恨でも艶事でもないとなれば・・・愉快犯もしくは魔術的な何かであろう事。
 魔術的な何か・・・そこまで考えれば、真実までたどり着くのにそう遠くはなかった。

「そう、貴女は女優ですがスカルラッティ女史ではない・・・貴女が蜘蛛です」

 女優イルマ・スカルラッティは観念したようだ。ふぅ、と息を吐き出し空を仰いだ。

「あなたが・・・あなたが最後の1人でしたのに」

 そして彼女はおもむろに己を語りだした。

「私・・・魔女に飼われていた蜘蛛でしたのよ。人間の――とりわけ芸術という艶やかな分野は、私の光明でした」

 いつか人になり、技芸に酔い痴れ溶けてしまいたい。
 そんな思いを抱いていたある日のこと、魔女の家にイルマ・スカルラッティがやってきたのだ・・・。

「魔女は私と彼女の姿を入れ替え、人となった私にこう囁きました」

 1ヶ月に1度。蜘蛛に人の体液を啜らせることを繰り返し・・・7回。
 そうすればその人間の体は完全におまえのものになる・・・。

「人間と蜘蛛の魂が入れ替わる、と。私はあの醜悪な蜘蛛の姿に戻りたくありませんでした。そのためなら何だってしました」
「そして今日が最後の日だったのですね」
「ええ。記念すべき最後の日・・・なるはずでしたのに・・・」

 そう語る彼女の横顔に、暁の光が差し込み始める。

「ああ・・・夜が・・・夜が明けてしまう――」

 人として生きることに満足していたのであろう女優は、美しい笑みを残してアウロラに別れを告げた。
 彼女が蜘蛛に戻れば、可哀相な大蜘蛛もまた完全に元の姿へと戻るという。

「もう帰ります。もうこんなことは致しませんからご安心になって。さようなら、画家さん」

 まだ中和剤の効果から抜け出れていないアウロラは、黙って彼女が歩み去るのを見送った。
 女優として名を馳せている彼女の歩みは、やはりというか美しいものであった――。

「アウロラ!」

 横たわる彼女を発見して血相を変えたエディンが走り寄るのに、アウロラは苦笑して言葉を返した。

「遅かったではないですか。とうに事件は解決しましたよ」

 緋色の目線で促した、聖北教会によって開発された円陣の中心には、かつて大蜘蛛だったであろうイルマ・スカルラッティ女史本人が気を失って倒れていた。
 ジーニが短く問う。

「大蜘蛛は?」
「元に戻ったと言っておきましょう。詳しく語るのは、彼女の名誉に関わりますからね」

醜聞33

 それを聞いたミナスが首を傾げる中、アウロラがふと見上げた先では・・・細脚の女郎蜘蛛が巣を張り始めていた。
 露にでもあたったのだろうか。
 朝日に照らされ、その糸は瞬いていた。

 大蜘蛛にされていたイルマ・スカルラッティ女史はその間の記憶を失っていたという。
 気が付くと半年もの歳月が経過しており、身分は学者から一転して女優。一躍有名人となっていたのだ。驚かないわけがない。
 だが・・・。彼女は自分の最後の記憶が魔女の住処であったことは覚えていたらしく、深く詮索する事はなかったらしい。
 そもそもの依頼主である騎士団員は、事件の証拠や犯人の説明を当然ながら求めたものの、「これは事故であった」と語るアウロラの瞳に何を見出したのか、それ以上を聞き出そうとせずに「了解した」とだけ返した。

「事故の内容はこちらで調べがつくということだろう?詰まったら知恵を借りるということで、今回は手を打とう」

醜聞34

「ええ。分かりました」

 彼は報酬の皮袋を置くと、協力に感謝すると言ってその場を立ち去った。
 後日にやってきた外交官については・・・。

「アウロラさんに言われたとおり、後日改めて手紙を送りました」
「ええ。返事はきましたか?」
「はい。昔を懐かしむ文章とともに、論文についても快諾して頂けました。一体、彼女に何があったのですか?」
「女史からはお聞きになっておりませんか?」
「ええ。何分、事故に遭っていて、記憶があやふやになっていると」

 それを聞いたアウロラは、うっすらとした笑みを浮かべて依頼人を見つめた。

「残念ですが、そういうことです」
「そうでしたか。では報酬の方ですが・・・」
「いえ、結構」

 彼女の胼胝のできた指が、すっと暖炉の横の楽器を指差した。

「もう頂いております」 

醜聞35

※収入2000sp+1000sp※
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■後書きまたは言い訳

64回目のお仕事は、小柴さんのシナリオで木の葉通りの醜聞でした。
前回の後書きに書いていたとおり、恐らく全員が10レベルに達するであろうシナリオをどれにするかは、相当悩んでおりました。候補は今回の木の葉通りの醜聞の他、「帰らずの遺跡(カリン様作)」と「緊急の依頼にて(RE様作)」の二つを考えていました。
その中で特にこれを選んだ理由は、まず前回がダンジョン探索だったのでシティアドベンチャーをやってみたかったこと、”金狼の牙”たちがこなしてきた冒険とクロスオーバーが多いこと、戦闘よりもむしろシナリオ自体の話の流れが主であり、ストーリーがすごく引き込まれること・・・などがあげられます。
他の2作品もそれぞれに面白いところがあり、ダウンロードしている以上お気に入りのシナリオであることに変わりはないのですが、リプレイとして書き起こすことを考えた場合、これが一番かなあ・・・と思ったのが正直な感想です。

最初の世捨ての集落(カムイ様作)と希望の都フォーチュン=ベル(Djinn様作)は、当然ながら本編にはない流れです。ただ、帰ってくる時にここに寄ったよー、という報告をちらっと入れておくのが好きなだけです。
護衛求む(がじろー様作)階下に潜むモノ(ABC様作)のクロスオーバーは本編にあるとおりで・・・「サクッと寝る前カードワース」に収録された他作品とも色々クロスなさっていますので、気になる方はぜひ全部プレイしてからこちらを遊んでみて頂きたいと思います。思いがけないところにぽろっと過去の冒険話が出てくるのって、楽しくなりませんか?

主人公は頭脳派、とゲーム途中で指示があったように、本来であればここは魔法使いが主人公となるべきなのかな~と思ったのですが、最後に自分を囮にして蜘蛛を円陣へ引きずり出す辺り、ジーニよりはアウロラがやるだろうな・・・と思って彼女を選択しました。そもそもジーニだったら、ちょっと護衛した相手を助けるためにあそこまでするかどうか・・・場合によってはかなり酷いこともできる人なので、違う手段取りそうです。
円陣を開発したのは、アウロラが所属している聖北教会でしたしね。
蜘蛛の消化液についても、「翡翠の海(タナカケイタ様作)」で【玉泉の祝福】の付帯能力を手に入れた彼女ならチャレンジしそうだと思い、その辺もリプレイに付け加えてあります。
イルマ・スカルラッティ(蜘蛛の方)は、終始女優だのフルネームだので語られていましたが、元のイルマさんについてはイルマ女史で一環して書かれているようで、リプレイを書いている時に非常に感心させられました。私はどちらのイルマさんも好きなのですが、やっぱり自分の望みを叶える為になりふり構わないという蜘蛛のイルマさんの姿勢は、止められてしかるべきなのでしょうね・・・。

さて今回全員が10レベルとなりました。めでたいことです。
こんなに成長するまでリプレイを続けられるとは、始めた当初考えていませんでした。これも、わざわざこんなサイトにやってきてリプレイを読んで下さる優しい読者の皆さんのおかげです。ありがとうございます。
最後までちゃんと走りきりたいな・・・と思っております。

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。

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2013/05/08 05:15 [edit]

category: 木の葉通りの醜聞

tb: --   cm: 4

Wed.

木の葉通りの醜聞 8  

 さて、問題の1ヶ月後。
 その日の早朝のやり取りを回顧するなら、こんな感じであった。

「皆さんにお願いする事は3つです」

 アウロラは普段と変わらない口調で説明を始めた。

「私は画家としてあの女優の家に入ります。そして夜もとっぷり暮れた頃、屋敷を後にします。それまでに館へ侵入してください」

醜聞25

 召使も今日は居ないだろうと彼女は言う。
 エディンは不審そうに尋ねた。

「お前さん、何故そうだと分かる?」
「あの女優は、自分の秘密を誰にも知られたくない割に、その秘密は手元に置かないと落ち着かない性分でしたから」

 女優イルマ・スカルラッティ邸――その麗姿を眺めやりながら、”金狼の牙”たちの脳裏ににっこりと笑ったアウロラの言葉が思い浮かぶ。

「そして私が館を後にしたら、居間へ忍び込んで、見て下さい」
「見る?一体何を・・・?」
「彼女のお友達ですよ。洞察通りならば・・・かなり厳つい」

 そこでアウロラは2つ目のお願いとやらも口にした。
 事件を解決させるためのもっとも重要な庶機になる、と釘を刺した彼女は、その友達とやらがアウロラを狙って屋敷を飛び出すと断言した。

「その姿に狼狽するかもしれません。ですが暫くの間、足留めして頂きたいのです。罠を張るのに・・・手間がかかりますから」
「聖北教会から返答が来たんだな?」

 ギルの台詞にアウロラはくたびれたといった顔で返答した。

「ええ、骨が折れそうな結果を寄越してくれたものです」

 後は仲間を信じるだけ――アウロラの双眸が雄弁に語るそれに、ギルは得物をくいと持ち上げ返答とした。
 緋色の髪の娘が館を後にする・・・それが作戦決行の狼煙である。

「またお会いしましょう」

と言って邸宅へと消えていった華奢な背中を、ミナスやアレクは心配そうに見送った。
 そして現在――。

「今日はありがとうございました」
「お役に立てて何よりです」

 女優イルマ・スカルラッティとアウロラが正面玄関から現れた。いよいよ、作戦決行である。

「それでは私はこれで。前回にましてこんな土産まで申し訳ないですよ」
「前にも申しましたけれど、私の気持ちの問題ですのよ。家まで気にせずお持ちになって」
「ええ、そうさせて頂きます」
「・・・・・・」

 イルマはアウロラの後姿が見えなくなるまで名残惜しそうに立ち尽くしていた。
 そして玄関の戸を開け放したまま、屋敷の中へと引き返して行く。

「居間はここから東だった・・・作戦決行しよう」

 アレクの促しに、全員が首肯した。
 ――居間の窓はアウロラの手筈で錠を外されており、中を詳しく見ることが出来た。

(ここに何を隠しているのだろう?)

 もとより好奇心の強い子どもであるミナスは、興味津々といった態で濃藍色の目を瞠っていた。そんな彼の視界の中で、女優イルマ・スカルラッティは暖炉まで歩いていくと、中の薪を取り除き始める。
 ずずず・・・という重々しい音が響き、ミナスは息を呑んだ。

醜聞26


(驚いた・・・!暖炉の下に階段がある・・・!)

 イルマは、その階段前に立った。

「さあ、出ていらっしゃい」

 鐘を鳴らして何かを呼んでいる。どうやら「友達」のお目見えらしい。
 ギルがミナスにそっと囁く。

「そういえば・・・3つ目のお願いとやらは、覚えてるか?」
「うん・・・勿論だよ」
「女優イルマ・スカルラッティ及び、その友達は・・・」

 そうギルが語るうちにも、階段からにょっきりと毛の生えた醜い脚が突き出されている。
 脚があるということは、その向こうに居るであろう胴体、顔もやがて顔を覗かせてくるわけで・・・。
 エディンが静かにギルの台詞を結んだのは、「友達」とやらが顔を居間に現したのと同時であった。

「殺すべからず・・・」

 暖炉からその巨躯を捩らせ姿を現したのは――高さ5ヤードはある大蜘蛛であった。
 内心でアレクがその醜悪さに呻く。

(うっ・・・これは・・・?!!同じ階下よりの異形でも大海蛇のほうがマシだったな・・・!)

醜聞27

 かつて海精の神殿に巣食っていた化け物を退治した思い出と比較しながら、アレクの目は油断なく大蜘蛛の動きを注視していた。
 その横で、≪森羅の杖≫を構えたミナスが元気よく言った。

「でも今更背に腹は変えられないね!行こう!」

 少年に遅れを取るまいと、残りの仲間も隠れていた場所から居間へと飛び出していく。彼らの気配に振り返ったイルマ・スカルラッティは、驚愕に目を丸くした。

「・・・・・・!!!迷い人か強盗かは存じません。見られたからにはお灸をすえる必要がございますわ」
「勘弁してもらいたいな!ほんの道すがらだ!」

 リーダーに応答を任せていたエディンは、冷静に敵との距離や能力を測っていた。

(とはいえ・・・あの巨躯に加えて脚の毒・・・100秒持てば十分だな)

 全員、2人をアウロラのいう時期が来るまでは殺してはいけないことを承知していた。だからこそ・・・。

「あたしの出番ってわけよ!さあ、これはどうかしらね!?」

 ジーニが高々と見せ付けた≪エメラダ≫の輝きに、秀麗な女優とそれに操られる醜悪な蜘蛛の気がそれた。
 足止めを見事に喰らったことに舌打ちをしながらも、イルマ・スカルラッティは彼らを睨みつける。

「あなた方・・・何かご存知のようですわね」

醜聞28

「詳しくは知らないさ、女優さん。その蜘蛛を使って何をする気かもね・・・」

 宝石の輝きによる束縛を打ち破ろうとする大蜘蛛の注意を引くように、幼馴染とともに敵の目の前を駆け回るギルが応えた。
 アレクはといえば、鋭いステップから繰り出されるフェイントを多用して、蜘蛛の脚が束縛の要であるジーニの方へ行かないよう努力している。
 イルマは苦しげな声をして呻いた。

「今夜・・・今夜限りなのです。どうか見逃してくださって」
「それはできない相談よ。貴女の友達はこっちを見逃すように思えないわ」

 慈悲の欠片もないジーニの言葉により不快げに柳眉を逆立てた女優は、横に立つ蜘蛛の脚を優しげに撫でる。

「ごめんなさい・・・耐えるのよ・・・」
「・・・・・・・・・!!」

 声帯を持たないはずの蜘蛛の声なき咆哮が響き渡る。
 痺れを切らした大蜘蛛の前足が、束縛を打ち破って”金狼の牙”たちの足元をなぎ払った。
 たちまち体勢を崩してしまった彼らであったが、ジーニは果敢にも起き上がってすぐに【眠りの雲】の魔法詠唱を始めている。
 ミナスも、仲間たちの援護をするためにと精霊魔法【蛙の迷彩】の呪文を唱え始めた。

「あなた達の目的は・・・この蜘蛛ですか?それとも私ですか?」

 問いかける女優の言葉に、斧を構え直したギルが笑う。

「両方だよ。木の葉通りの変死事件・・・その蜘蛛の仕業だな?」
「・・・・・・。やっておしまい!」

 大蜘蛛の振り上げた脚は、存外の素早さを持ってギルの鍛え上げた体躯を柱に叩きつけた。

「ぐはっ・・・・・・」
「ギル!」
「トール、頼む!」

 アレクは丁度【癒しの煌めき】でもって仲間たちの回復を図ったのだが、ギルだけが遠くに吹き飛ばされたせいで呪文の範囲外に出てしまっている。
 1人離れた位置であばらの辺りを押さえ込むギルへ、懐から飛び出した雪精が氷の魔力で治療に当たった。

「ギルはん、もう大丈夫でっせ。わてが付いてます!」
「ありがとよ、トール・・・」

 ジーニによる【眠りの雲】によって女優は崩れ落ちたものの、大蜘蛛は相変わらず束縛を半ばぶち切りながら、こちらのほうを睨んでいた。
 ギルは人差し指に嵌めた指輪の感触を意識しながら、トールへ呼びかける。

「トール、俺によっく捕まっててくれよ・・・『その姿、霧の如く影の如く消え去り!』」

 ギルが唱えたのは、ジーニが練成したマジックアイテム≪霧影の指輪≫のコマンドワードである。
 透明の魔法を封じ込めたこの品は、非常に短い時間だが、合言葉を唱えた者への物理的攻撃を完全に回避することができるのだ。
 それによって更なる怪我を回避したギルは、眠りから早い段階で覚めたイルマ・スカルラッティの言葉を耳にした。

「この蜘蛛には1ヵ月に1度・・・消化液を飲ませた人間に・・・使い魔を封じた札を張り、夜中に襲わせておりました」
「今、消化液って言ったわね。それって・・・」

 怪訝そうなジーニは、油断なく指輪をかざしながら己の思考が間違いであることを祈らずにいられなかった。
 蜘蛛の食事方法を、彼女は一般的な知識としてだが知っている。
 彼らは網に掛かった獲物に消化液を注入し、溶け果てた体液を啜り取るのである。

「ごめんなさい・・・。先ほど1人・・・画家に飲ませました・・・あの方は・・・今頃」

醜聞29

「くっ・・・『手間がかかる』理由ってこれかよ!?まったく強がりだな、もう!!」

 襲ってきた脚を、今度は余裕を持って斧でさばきつつギルが仲間を想って叫んだ。
 アレクは額から流れ落ちる冷や汗を拭うこともせず、大蜘蛛を睨みつけている。

(そろそろ頃合・・・)

 約束した100秒はそろそろ過ぎ去っている。
 幼馴染の目配せに頷いたギルが合図し、彼らは一斉に後退した。
 邪魔の消えた大蜘蛛は、元の獲物を追うべく部屋を飛び出た!

2013/05/08 05:14 [edit]

category: 木の葉通りの醜聞

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Wed.

木の葉通りの醜聞 7  

 数日後。
 銘々で行動していた”金狼の牙”たちは、≪狼の隠れ家≫で集めた情報を概括することにした。

「ところで・・・」

 眠たげな黒瞳をちらり、と暖炉の脇にやったエディンが問う。

「これは?」

醜聞22

「野暮な到来物でしてね」

 アウロラはそれ以上詳しくは語らず、肩をすくめるに留まった。
 芸術にさして興味はないとはいえ、職業柄その価値を推し量ってしまうエディンの眼からすると、そのチェロは売れば5000spはするだろう代物であった。
 パーティの共有財産から買った様子も見られず、少し戸惑ったような顔をしていた仲間たちであったが、アウロラは構わずに話を続けることにした。

「そういえば・・・この間のメモのことは調べてくれましたか」
「うん。後は聖北教会に頼むだけ・・・何に使うんだ?」

 ギルは首肯しつつメモの控えをアウロラに投げて渡した。

「救助用です。囚われし7人目の被害者のためのね・・・」
「囚われし7人目だって?次の犠牲者はもう犯人の手にかかっているということか?」

 アレクが訝しげに訊ねると、アウロラは静かに肯定する。

「ご明察。7人目にして最初の犠牲者ですよ。ですがまだ助かります」
「その口ぶりだと・・・犯人に検討がついているようね」

醜聞23

 杖を弄ぶジーニの台詞に、彼女はただ静かに微笑んで応じた。
 自分の肩にトールを座らせたアレクが、「ちょっといいか」と仲間たちに呼びかける。

「俺にも気になる人物が居る。女優イルマ・スカルラッティ」
「アレクはんとわてで調べてきた話ですがね。6人目のお嬢さんは、その女優さんの肖像画教室に通ってたらしいんですわ」
「それと事件の日、体調を崩して、医者へ行く途中に事件に遭ったらしいな」
「ああっ、それそれ!」

 幼馴染と雪精の会話の途中で、ギルが割り込む。

「それだよ。他の被害者の家族にも話を聞いてみたけど、その日のうちに体調が悪くなったと聞いたよ」
「そういえば・・・・・・」
「どうした、ミナス?」

 エディンが横に座る少年へ水を向けた。

「5人目の被害者のホフマンさんは、劇場からの帰り道に犠牲になったらしいよ」
「劇場か・・・あやしいな」
「だけど、裏付けもなくイルマ・スカルラッティを犯人扱いするわけにもいかねえよな」

 顎に手をやって考え込むアレクに、珍しくギルが真っ当な意見を出す。

「その女優から話を聞くだけ聞いてみようよ」

 ミナスが小さい拳をぶんぶん振り回して主張する。
 いつもならそれに賛同するであろうアウロラは、気の毒そうに彼に言った。

「おっと・・・残念なことにその女優は来月まで戻りません。アレトゥーザで公演をしていますからね」
「えーっ!?」

 不満そうな叫びをあげた少年を慰めようと、アウロラは小さく苦笑して、ハーブを練りこんだビスケットを彼に渡す。
 少し機嫌の直った彼や仲間たちのために、慣れた仕草で翡翠色の≪水銀華茶≫を淹れていると、ジーニが「アウロラ」と呼び止めた。

「知った口ね。アウロラのつけた犯人の目星とやらはどうなの?」

 コポポポポ・・・と、花柄の塗装が剥げたポットから不恰好なマグに、芳香立ち昇るお茶が注がれる。
 きっかり6人分を淹れ終わると、彼女は落ち着いた挙措でそれを仲間たちに配ってからジーニの質問に答えた。

「それについては、皆さんに手伝って貰いたい事があります。それは違法であり、ややもすると追われる身になりかねませんが」
「あら、珍しいこと」

 目を閉じてお茶の薫香を楽しんでいたジーニが、愉快そうにそう呟いた。
 今までのアウロラは、どちらかといえば窮地の立場に追いやられるパーティを客観的に見て、あえて主流と反対の意見を述べる事の多い立場であった。
 自らの行いでパーティをまずい立場へ追いやるようなことは、ついぞやったことはない。どちらかと言えば、それはギルやジーニのやらかす事である。
 それがここに来てどういう心境の変化であろう。
 戸惑う他の大人たちを制して、アウロラの味方をすると決めているミナスが、「毒を喰らわば皿までっていうじゃない」と快活な笑い声をあげた。
 アウロラも、他の仲間たちも、その姿にふっと頬を緩めた。

「ありがとうございます。ではこの8人目の犠牲者に犯人を手引きして貰うとしましょう」
「8人目?アウロラが?」

醜聞24

「複雑怪奇な醜聞の巣も、ひょんな依頼からその網を絡め取られることがあります・・・」

 眉をひそめたアレクの反応に、アウロラはそっと応えた。

2013/05/08 05:13 [edit]

category: 木の葉通りの醜聞

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Wed.

木の葉通りの醜聞 6  

「な、何だい!?」

 そう気色ばむ女主人とともに、アレクは店内へと走り戻った。
 2人の視線の先には、椅子を武器で叩き壊したらしい酔っ払い・・・トラビス公の姿があった。

「トラビス公!何をなさいます!?」

 どろりと澱んだ酔眼がこちらを睨む。

「ラウラを出せ!あんた等、共謀して俺とラウラを引き剥がそうったって、そうはいららないぞ――!!」

 最早、呂律がまわっていない。錯乱しているのは明らかだった。
 必死に公を抑えようとする女主人の前に、アレクが庇うように立つ。

「下がってな」

醜聞19

「お客さん・・・!公は錯乱しておりますが剣術の使い手と聞きます・・・!」
「知ってるさ、心配ない」

 アレクの父方の祖父に当たるランダース男爵家は、一応はトラビス公の親戚筋に当たる。
 養子やらなにやらの縁組による遠い縁である上に、アレク自身がすでに男爵家とは何の関係性も持たない間柄であるがゆえに、アドレア・トラビス公はアレクのことを知りもしないだろうが――。
 一応、男爵家を抜けてきた父から聞き及ぶ公爵家の厳しい修行のことは、アレクも耳にしていた。
 おまけにこの男、各地を修行のために巡って様々な剣術を身につけているという。決して酔漢と侮れる相手ではない。ましてや、今は手加減もしてこないだろう。

「なんら、あんた?俺と張り合おうってか!」

 先ほどまでの千鳥足はドコへやら、途端、足取りだけは雄雄しくなる。
 先手を打って雪精トールを逃がしたアレクの胸元へ、トラビス公は脱いだ手袋を叩きつけるように投げつけた。

「意味知ってるだろ?決闘ら!」
「・・・・・・」

 こうなってくると、黙っていられないのがこの男の悪い癖でもある。
 アレクも無言で手袋を取り、横柄な宣戦布告に応じた。

「上等だ!かかってきやがれ!」
「ああ、そうさせてもらう」
「決闘だ!私はアドレア・トラビス!貴殿の名誉と誇りは今日で私の添物となる!!!」

 そう叫ぶトラビス公に、アレクは容赦なく竜を仕留めるためだけに編み出された剣術――【竜牙砕き】を見舞った。

醜聞20

 防具や装甲の僅かな間隙を見抜いて繰り出される急所突きは、どんな渾身の一撃よりも鋭く相手を貫く。
 向こう見ずなまでの攻撃にやや怯んだ公爵であったが、それでも戦意は喪失せずに、苛烈な反撃をアレクの腿へと喰らわせる。
 血の花が舞い、傍らで震えながら見守っている娘たちから悲鳴が上がった。

「どうした!それで仕舞いか!」
「まさか」

 怪我した腿を庇う仕草もせずに、アレクは愛剣を横一文字に構え、短い呪文を唱える。
 その刀身が先ほど散った血液よりも赤く燃え上がり、トラビス公が眼を丸くする隙をつくように、美しい魔剣士が得物をふるう。
 持ち前の反射神経と、今までの修行で培った勘でどうにか致命傷は避けたものの、トラビス公の体は硬い木で出来たカウンターへと叩きつけられてしまった。

「み、認めんぞ!!!」

と、喚きたてるトラビス公の眼前にアレクは立った。
 差し出された手に舌打ちをした公であったが、続く言葉に絶句する。

「ラウラ・パリッラはもう居ない。もう居ないんだ・・・」

 しばし、巨人の見えない拳に打ちのめされたかのような表情をしていたトラビス公は、酒焼けでひび割れた声で応えた。

「わかってるさ・・・それでも・・・認めたくなかった・・・」

 しばらくの間、辺りを泣き崩れる男の嗚咽が包んだ・・・・・・。

「・・・・・・また悪酔いしてしまった。何処の誰かは知らないが非礼を詫びよう」
「気に病む事はない。愛する者を失えば仕方のないことだろう」

醜聞21

 公爵はその言葉にしばし目を瞑ったが、やがて手袋を拾い上げて埃を払いながら呟く。

「俺がラウラにあんな事を教えたばっかりに・・・」
「・・・何を教えたんだ?」
「肖像画の教室さ。滅多に出歩く娘ではなかったから、他に外との接点が考えられない」

 アレクは女主人との会話を反芻した。曰く、『時期が来たら教えると言ったので詮索はしませんでした』という言葉・・・。
 「わるいね、お客さん・・・」と言って、傷ついたアレクの脚に包帯や傷薬を用意してくれた女主人は、思いがけない公爵の言葉にふと手を止めた。

「肖像画・・・・・・」
「・・・・・・貴女の肖像画だっただろう。今にして思えばな」

 公の説明によれば、その教室自体には叩いて出る埃はなかったそうである。道中で何かがあったのか・・・。
 痛ましげな表情でトラビス公は頭を横に振った。

「あんな酷い事になるのなら・・・いっそ教えない方がよかったというものだ・・・」
「その教室の名前は?」
「スカルなんとか・・・だったな。ほら、最近売れている女優の」
「それはどうも」

 アレクは参考になるかどうかは分からないが、ひとまず脳裏に書き留めておくことにした。
 外套の懐の中では、人知れず帰ってきていたトールが、

「スカルゆーたら頭蓋骨とちゃいまっか?えらい物騒な名前でんな~」

等と呑気な意見を述べている。それにやれやれと小さくため息をついていると、公がしげしげとアレクの顔に見入っていることに気づいた。

「しかしあんた・・・何処かで見たことあるんだよな」
「夢の中でじゃないか?」

 慌てて誤魔化した。
 各地を修行しているとなれば、キーレでの大戦で蛮族の長を打ち破ったり、アニエスという黒魔導師を退治した彼ら”金狼の牙”について公が聞き及んでいる可能性はある。
 これ以上の追求を避けるためにと、アレクはトールを連れてほうほうの態で館から立ち去った。

2013/05/08 05:12 [edit]

category: 木の葉通りの醜聞

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Wed.

木の葉通りの醜聞 5  

 処変わって、木の葉通りの娼婦の館――。
 ギイィ・・・という微かな軋みをあげたドアに反応して、娼婦の館の女主人は元気よく声を張り上げた。

「一名様ご案内だよ!」

 そして姿を現した客の姿に、女主人は目を剥いた。
 形の良い頭部を覆う癖の無い銀髪。こちらを真摯に見つめる、照明によっては血色に見える赤褐色の瞳。雪花石膏に彫られた半神半人のような、端整でどこか浮世離れした美貌――。
 逞しい長身と相まって、恐ろしいほどの美丈夫ぶりである。
 女主人は、その美貌に呑まれないよう深呼吸をしてから彼に声をかけた。

「お・・・お先にチップで500。決まりだから頂戴致しますよ」
「これで丁度か?」

 そう言って500spを差し出し、さらにそれとなく女主人の懐に100spを追加して押し込んだ。
 気を良くした女主人が、こちらの機嫌を窺いながら捲くし立てる。

「お客さん、本当にツいてますねぇ。今日は新酒が入ってるんですよ」

(とびきりの美い男な上に、チップをどこで使うかも知っている・・・。こりゃ上客だよ、逃がしたくないねぇ。)

 彼女は内心で舌なめずりした。ただ顔が綺麗なだけではない――この客は一体どんな素性なのかは分からないものの、若いながら相当の修羅場を潜ったのだろう落ち着きと自信に溢れていた。
 出来れば自分がつきっきりになりたいくらいだが、女主人は自分の館における役割をちゃんと心得ていて、それを逸脱する愚かしさも承知している。
 その代わり、この男には上等の娘を見繕ってやろうと心に決めた。

「じゃんじゃん!飲んでいって頂戴よ!」

 そこへ千鳥足の男が転がり込んできた。

「へッ・・・葬儀の余り酒さ・・・有り難く飲んでやれよ、ヒック」

醜聞16

(チッ。こんな時に面倒なヤツがきやがった・・・!)

 女主人は心のうちで眉をひそめながらも、表面上は笑顔を取り繕って酔っ払いに応対した。

「誰がそんな失礼をしますか。ほら!飲みすぎですよトラビス公、お席のほうへどうぞ!」

 そして居合わせたウェイターに彼を任せると、こちらは営業スマイルではない本当の笑顔でアレクに向き直る。

「さっ、お気にせず奥の方へどうぞ」
「いや、結構。葬儀というのが気になるな。それはラウラ・パリッラ嬢のことではないか?」

 ラウラの名を出した途端、女主人の顔はみるみる青くなった。
 微かに動く紅唇を読み取ると、「どこでその話を?」と動いている。
 アレクは白皙の美貌を女主人の耳近くにそっと寄せて囁いた。

(紳士の名誉には謎がつきもの。『筋』の者とでも言えばいいか?少し話を聞きたく参ったわけさ。)

 中々の演技ぶりに、外套の懐に入っているトールが笑いをこらえて震えている。内心で自分も苦笑しながら、アレクは女主人の反応を待った。
 刹那、彼女は沈んだ顔を見せたが、頷きながら囁き返す。

(裏でお話しましょう、こちらへ。)

 アレクは、おやと眉を上げた。
 職業柄、秘密主義の色濃い場所である。何度か足を運ぶ羽目になるだろうと構えていただけに、この反応は意外であった。
 女主人の後を追いながら、すれ違う娼婦の顔を窺う――。
 みな意気消沈した様子でどこか落ち着きがない。
 館の裏口にたどり着くなり、女主人は口を開いた。

「可哀相なラウラ。あの子はいい子だったよ・・・」

醜聞17

 女主人の無聊を堪え切れない左手が煙草に火を点け、狼煙をあげた。

「ラウラは・・・。器量良しとは言えなかったが、誰にも好かれるいい子でしてね」
「家事も進んでする女性だったようだな」
「そんなことまで?」

 目を丸くした女主人に、アレクは話の出所を明かさずに話の続きを促した。
 明らかに、女主人は自分の話をしたがっている。こういった商売をしている女性にしては珍しいことであったし、この機会を逃がすべきではない。
 煙管の吸い口を、落ち着かなさげに弄くっていた彼女は、ようよう口を開いた。

「誰かから疎まれたり恨みを買うようなことは、決して無かったと思います」

 その言葉にしばし顎に指を当てて考え込んでいたアレクが、静かに訊ね始めた。

「惚れこんだ客が駆け落ちを目論んだりは?」
「あたしはここを高級な館として上手く仕切ってるつもりですよ。そんな素振りはありません」

 ふと女主人が眉をひそめる。

「あるとしてもさっきの酔っ払い・・・アドレア・トラビス公くらいだね」
「何かに巻き込まれたと考えるべきだな」

醜聞18

「ええ。あんな良い子から逝くなんて神はなんて理不尽なんだろうね」

 巧妙に顔を伏せてはいたが、アレクはそっとハンカチを彼女に差し出した。
 ハンカチを受け取った女主人は、目じりの光を押さえる様にして目前の青年へと言った。

「どんなヤマを抱えてるか存じませんが、よろしくお願いしますよ」
「ああ。些細なことでも良い。何か変わった事はなかったか?」
「事件の日の夜・・・ラウラは『調子が悪い』と言い出し、開店準備の後、店の裏で休ませておきました」

 みるみる顔色は悪くなるし、小刻みに震えっぱなしであったそうだ。
 一緒に医者へ行こうと女主人は言ったのだが、結局は仕事が立て込み、1人で行かせることになった・・・。

「あの時・・・一緒に行ってやっていれば・・・」

 女主人は目を閉じ、肩を震わせた。彼女の手にある煙草から立ち上った煙は、夜の漆黒に啜られて再び目の当たりにする事はなかった。

「心中お察しする。最近、変わったことなどは?」
「そうだね・・・外へ出たからない娘だったけど、何か稽古事を始めたらしく時折外出していたね」
「具体的には?」
「時期が来たら教えると言ったので、詮索はしませんでしたよ」

 彼女は深々と煙管を吸って煙を吐き出した。

「我々は日陰の女ですが、心までは落ちぶれちゃいない。お互いを探り合うような関係になったらもうお仕舞いだよ」
「承知しているさ」
「そうだ・・・事件の日の午後も30分ほど外出したかもしれません」

 それ以外に思い当たるものはもうないという。慎ましやかで誇れる娘だった、と女主人は追憶の向こうにいるラウラを評した。
 アレクは左手の拳を胸にあて、静かに礼を言った。

「感謝する。お悔やみ申し上げよう」
「さあ、夜はこれからですよ。中でお飲みくださ・・・」
「!!」

 女主人が誘いの言葉を言い終わらないうちに、店内から何か物が割れるような音が裏口まで響いてきた。

2013/05/08 05:11 [edit]

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