Sun.
グライフの魔道書 7 
その瞬間、空は白く輝いた。
「受けよ!星の輝き!!メテオ・ストライク!!!」
「こ、これは・・・!」
ミナスが呻く。
男が唱えた魔法は、かつて”金狼の牙”たちが北方の城塞都市キーレの大戦に参加した際、味方呪術師の女性が唱えた最強の呪文であった。
あの時は、蛮族をなぎ払うためにと味方が唱えた魔法だったが・・・。
アレクが上空を見て叫ぶ。
「星が!!星が落ちてくる・・・!!」
もうダメだ・・・あの呪文の威力を知っている全員が目を瞑ったその時、ミレイがひときわ澄んだ声で「トリス!!!」と呼びかけていた。
「――――!!?」
男が唱えたものは、間違いなく現存する中で最強にして最悪の呪文・・・そのはずであった。
しかし。
「・・・・・・生きてる・・・のか?」
「何とか辛うじて、ね・・・」
エディンの呻き声にジーニが答える。
彼らの少し離れた地点では、ミレイとトリスが胸を張っている。
トリスが高々と笑い声をあげた。
「フォウンティーヌ教会の大司教様より授かった最強の時空遮断防御符を使わせて頂きましたわ♪」
「・・・そっか、それで僕ら、消し炭だけは免れたのか」
「ええ。この呪符でも、完全に遮断できない威力というのには驚きましたけど」
「いや・・・生きてるってだけで十分ありがたいよ」

同族のミナスへ残念そうに首を振っていたトリスであったが、そういわれてはにかむように微笑んだ。
「バ・・・バカな・・・生きているだと・・・・・・」
なおも現状が信じられないウルフの様子に、エディンが「ケ」と短くはき捨てた。
「アイツだか復讐だかしらねぇが、やりたきゃ他人に迷惑かけずにやりやがれってんだ」
ミレイから、大神官がありがたい上級の神聖呪文を込めたという治癒符が投げられる。
受け取ったミナスがそれを天にかざすと、たちまち”金狼の牙”たちの傷が癒えた。
「バカな・・・こんな・・・っ」
「なんか悩んでる所悪いけど、決着つけさせてもらうよ!」
ミナスが≪森羅の杖≫を構える。前衛の三人も、各々の得物を構えてウルフの方へと移動した。
まずアレクが【炎の鞘】でもって、ウルフの足を傷つける。焦った彼はレイピアとナイフをかざして走り寄るエディンへ、青く煌く雷光を放出した。

「ぐっっ!?・・・て、てめえ・・・」
「こんなところで・・・負けるわけには・・・!」
だが抵抗できたのはそこまでであった。
雷光で焼け爛れていたエディンの体を、ジーニが一番最近に取得した薬瓶で快癒させ。
さらには、アレクが唱えた癒しの上級呪文が彼ら全員を包み込む。
完全に体勢を立て直した”金狼の牙”の中、スネグーロチカの目くらましによる援護を受けながら、エディンが【暗殺の一撃】でウルフの胸部を深く突き刺した。

「ぐあぁ!」
「さっきのお返しだ・・・たんと受け取れ!」
深々とレイピアを突き刺され、ウルフはその場に崩れ落ちた。
「ば・・・こんな・・・こんな・・・ところで・・・わ、私は・・・・・・アレグレット・・・キミの仇を・・・・・・」
「いいか、兄さん。あんたにも事情があるんだろうが、まずはこっちの用件を聞いてもらおうか」
静かなエディンの声にかぶさるように、厳しい声のアウロラが詰問する。
「獣人化した村人はどうすれば元に戻せるのです!?・・・答えなさい!」
「村人だと・・・?赤の他人だろうが・・・何故だ?これほどの危険を冒して何故奴らを救う?」
「・・・・・・仕事だ。それ以下でもそれ以上でもないさ」

乾いた声でエディンが言う。
「・・・フッ、まぁそう言うことにしておくか。なんにせよ、私には関係の無い事だったな・・・」
ウルフいわく、彼らの獣人化は幻術によるものであったと言う。
先ほど放った【メテオ・ストライク】に全魔力を集中した時点で、その幻術が切れているだろうと彼は語った。
「さぁ、殺すがいい」
「悪いがな。兄さん」
エディンは残像が残るほど素早くレイピアを抜き去ると、ことさらゆっくりと彼に話しかける。
「今回の仕事は村人の獣人化を解決することで、あんたの命を取る事じゃない。こっちは早く帰って宴会したいんでな」
「な、貴様、私の首に掛かった賞金はいらぬのか!?」
「アー?聞こえねぇな、んなもん。なあ、皆?」
最年長者の言葉に、全員が「仕方ないなあ」とでも言うような顔で苦笑いし、宿の方角へと歩き始めた。
さて、その後。
今度の事件の真相を知りたがった親父さんや娘さんたちに、ミレイとトリスを肩をすくめてから説明を開始した。
ウルフがグライフの魔道書を何らかの目的で欲したこと。
村人に魔道書を探させるために幻術を使い、獣人化したように思わせ、治療には魔道書が不可欠だと言う噂を流したこと。
偶然近くに滞在していたミレイとトリスが、村人から依頼された魔道書探索の前に噂の出所を調査したところ、発生源を突き止めたが逆に捕まってしまったこと。

「で、トリスを人質にミレイに探させたって事ね」
「でも魔道書を持っていってもトリスを無事に返してくれるっていう保障はないじゃない?それで悩んでたんだけど・・・」
ミレイは両の人差し指をツンツンさせながら、上目遣いにジーニを見た。
「そんな時、狼の隠れ家の親父さんが魔道書の情報を手に入れたって聞いて、ジーニの事を思い出したのよ」
だが、魔法でミレイの行動がウルフに筒抜けであったことに気づいたため、ミレイは直接トリスが人質となっていることを伝えるわけにはいかなかった。
そのために、わざわざ”金狼の牙”をモンスターで足止めし、目当ての魔道書を持って逃亡する(しかも追ってくるように仕向けつつ)ということを行なったのである。
トラップを仕掛けたのは、少々の時間を稼ぐためと、緊張と集中力を持続させるため。
「不用意にウルフに近づいて捕まっちゃったら、洒落にならないもんね」
悪戯っぽく微笑んだミレイの杯に、ジーニが何杯目かも分からない葡萄酒入りの杯を合わせて言った。
「そしてあたしたちが近くに来たら、事情が伝わるように会話を誘導して救助を請う!と」
「気づいてくれて助かったわ。ありがと、ジーニ」
「お礼は形のあるもので勘弁してあげるわよ。まあ、今日のあたしの酒代くらいでいいわ」
「えええ!?」
お茶目に紛らわせて焦らせた責任を逃れようとしたミレイだったが、さすがにジーニはそれも見抜いていたのであった。
※収入2000sp、【雷神の眼光】※
--------------------------------------------------------
■後書きまたは言い訳
61回目のお仕事は、八雲蒼司さんのシナリオでグライフの魔道書でした。思いのほか少し長いリプレイとなりましたが、シナリオの元の文章やテンポの良さのおかげでしょうか。ほとんど苦にならずに書き上げることができました。こちらは「発展都市ラスーク」とのクロスオーバーイベントがあったり、「竜殺しの墓」の称号で反応する台詞があったりと、今までの冒険者の経験をちらと垣間見ることができます。
今回、エディンは「俺は冒険者で暗殺者じゃねーんだよ」とウルフ殺害をしませんでしたが、賞金首云々の場面で違う選択肢を取れば、追加称号(0点)と追加報酬があります。こっちのエンディングもどんなものなのかちょっと見たかったかも。
ミレイとトリスについては、こういう展開だと連れ込みするのかな~?と思っていたのですが、作者様が続編を心に期していたらしく、宿には連れ込めませんでした。・・・まあ、よく考えたらミレイとギルの様子を見て「なに!?何でそんなに親しいの!?」ってことになる人が一人いそうなので、やっぱり連れ込みなくて正解だったんだと思います。(笑)
大丈夫だギル、月姫の方は生暖かく見守ってくれてるから。(笑)
途中で手に入れた別の魔道書から解読された【雷神の眼光】ですが、レベル比7(肉体属性)の固定値15(魔力属性)、おまけに成功率かなり上昇修正という単体用の強力な攻撃魔法です。ただ、今現在ジーニが【神槍の一撃】を持っているので、使うことも無いだろうな~と売却してしまいました。
ですが綺麗な画像の魔法スキルですので、もし雷系統の魔法で統一してる魔術師さんなどいらっしゃいましたらお勧めさせていただきます。
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。
「受けよ!星の輝き!!メテオ・ストライク!!!」
「こ、これは・・・!」
ミナスが呻く。
男が唱えた魔法は、かつて”金狼の牙”たちが北方の城塞都市キーレの大戦に参加した際、味方呪術師の女性が唱えた最強の呪文であった。
あの時は、蛮族をなぎ払うためにと味方が唱えた魔法だったが・・・。
アレクが上空を見て叫ぶ。
「星が!!星が落ちてくる・・・!!」
もうダメだ・・・あの呪文の威力を知っている全員が目を瞑ったその時、ミレイがひときわ澄んだ声で「トリス!!!」と呼びかけていた。
「――――!!?」
男が唱えたものは、間違いなく現存する中で最強にして最悪の呪文・・・そのはずであった。
しかし。
「・・・・・・生きてる・・・のか?」
「何とか辛うじて、ね・・・」
エディンの呻き声にジーニが答える。
彼らの少し離れた地点では、ミレイとトリスが胸を張っている。
トリスが高々と笑い声をあげた。
「フォウンティーヌ教会の大司教様より授かった最強の時空遮断防御符を使わせて頂きましたわ♪」
「・・・そっか、それで僕ら、消し炭だけは免れたのか」
「ええ。この呪符でも、完全に遮断できない威力というのには驚きましたけど」
「いや・・・生きてるってだけで十分ありがたいよ」

同族のミナスへ残念そうに首を振っていたトリスであったが、そういわれてはにかむように微笑んだ。
「バ・・・バカな・・・生きているだと・・・・・・」
なおも現状が信じられないウルフの様子に、エディンが「ケ」と短くはき捨てた。
「アイツだか復讐だかしらねぇが、やりたきゃ他人に迷惑かけずにやりやがれってんだ」
ミレイから、大神官がありがたい上級の神聖呪文を込めたという治癒符が投げられる。
受け取ったミナスがそれを天にかざすと、たちまち”金狼の牙”たちの傷が癒えた。
「バカな・・・こんな・・・っ」
「なんか悩んでる所悪いけど、決着つけさせてもらうよ!」
ミナスが≪森羅の杖≫を構える。前衛の三人も、各々の得物を構えてウルフの方へと移動した。
まずアレクが【炎の鞘】でもって、ウルフの足を傷つける。焦った彼はレイピアとナイフをかざして走り寄るエディンへ、青く煌く雷光を放出した。

「ぐっっ!?・・・て、てめえ・・・」
「こんなところで・・・負けるわけには・・・!」
だが抵抗できたのはそこまでであった。
雷光で焼け爛れていたエディンの体を、ジーニが一番最近に取得した薬瓶で快癒させ。
さらには、アレクが唱えた癒しの上級呪文が彼ら全員を包み込む。
完全に体勢を立て直した”金狼の牙”の中、スネグーロチカの目くらましによる援護を受けながら、エディンが【暗殺の一撃】でウルフの胸部を深く突き刺した。

「ぐあぁ!」
「さっきのお返しだ・・・たんと受け取れ!」
深々とレイピアを突き刺され、ウルフはその場に崩れ落ちた。
「ば・・・こんな・・・こんな・・・ところで・・・わ、私は・・・・・・アレグレット・・・キミの仇を・・・・・・」
「いいか、兄さん。あんたにも事情があるんだろうが、まずはこっちの用件を聞いてもらおうか」
静かなエディンの声にかぶさるように、厳しい声のアウロラが詰問する。
「獣人化した村人はどうすれば元に戻せるのです!?・・・答えなさい!」
「村人だと・・・?赤の他人だろうが・・・何故だ?これほどの危険を冒して何故奴らを救う?」
「・・・・・・仕事だ。それ以下でもそれ以上でもないさ」

乾いた声でエディンが言う。
「・・・フッ、まぁそう言うことにしておくか。なんにせよ、私には関係の無い事だったな・・・」
ウルフいわく、彼らの獣人化は幻術によるものであったと言う。
先ほど放った【メテオ・ストライク】に全魔力を集中した時点で、その幻術が切れているだろうと彼は語った。
「さぁ、殺すがいい」
「悪いがな。兄さん」
エディンは残像が残るほど素早くレイピアを抜き去ると、ことさらゆっくりと彼に話しかける。
「今回の仕事は村人の獣人化を解決することで、あんたの命を取る事じゃない。こっちは早く帰って宴会したいんでな」
「な、貴様、私の首に掛かった賞金はいらぬのか!?」
「アー?聞こえねぇな、んなもん。なあ、皆?」
最年長者の言葉に、全員が「仕方ないなあ」とでも言うような顔で苦笑いし、宿の方角へと歩き始めた。
さて、その後。
今度の事件の真相を知りたがった親父さんや娘さんたちに、ミレイとトリスを肩をすくめてから説明を開始した。
ウルフがグライフの魔道書を何らかの目的で欲したこと。
村人に魔道書を探させるために幻術を使い、獣人化したように思わせ、治療には魔道書が不可欠だと言う噂を流したこと。
偶然近くに滞在していたミレイとトリスが、村人から依頼された魔道書探索の前に噂の出所を調査したところ、発生源を突き止めたが逆に捕まってしまったこと。

「で、トリスを人質にミレイに探させたって事ね」
「でも魔道書を持っていってもトリスを無事に返してくれるっていう保障はないじゃない?それで悩んでたんだけど・・・」
ミレイは両の人差し指をツンツンさせながら、上目遣いにジーニを見た。
「そんな時、狼の隠れ家の親父さんが魔道書の情報を手に入れたって聞いて、ジーニの事を思い出したのよ」
だが、魔法でミレイの行動がウルフに筒抜けであったことに気づいたため、ミレイは直接トリスが人質となっていることを伝えるわけにはいかなかった。
そのために、わざわざ”金狼の牙”をモンスターで足止めし、目当ての魔道書を持って逃亡する(しかも追ってくるように仕向けつつ)ということを行なったのである。
トラップを仕掛けたのは、少々の時間を稼ぐためと、緊張と集中力を持続させるため。
「不用意にウルフに近づいて捕まっちゃったら、洒落にならないもんね」
悪戯っぽく微笑んだミレイの杯に、ジーニが何杯目かも分からない葡萄酒入りの杯を合わせて言った。
「そしてあたしたちが近くに来たら、事情が伝わるように会話を誘導して救助を請う!と」
「気づいてくれて助かったわ。ありがと、ジーニ」
「お礼は形のあるもので勘弁してあげるわよ。まあ、今日のあたしの酒代くらいでいいわ」
「えええ!?」
お茶目に紛らわせて焦らせた責任を逃れようとしたミレイだったが、さすがにジーニはそれも見抜いていたのであった。
※収入2000sp、【雷神の眼光】※
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■後書きまたは言い訳
61回目のお仕事は、八雲蒼司さんのシナリオでグライフの魔道書でした。思いのほか少し長いリプレイとなりましたが、シナリオの元の文章やテンポの良さのおかげでしょうか。ほとんど苦にならずに書き上げることができました。こちらは「発展都市ラスーク」とのクロスオーバーイベントがあったり、「竜殺しの墓」の称号で反応する台詞があったりと、今までの冒険者の経験をちらと垣間見ることができます。
今回、エディンは「俺は冒険者で暗殺者じゃねーんだよ」とウルフ殺害をしませんでしたが、賞金首云々の場面で違う選択肢を取れば、追加称号(0点)と追加報酬があります。こっちのエンディングもどんなものなのかちょっと見たかったかも。
ミレイとトリスについては、こういう展開だと連れ込みするのかな~?と思っていたのですが、作者様が続編を心に期していたらしく、宿には連れ込めませんでした。・・・まあ、よく考えたらミレイとギルの様子を見て「なに!?何でそんなに親しいの!?」ってことになる人が一人いそうなので、やっぱり連れ込みなくて正解だったんだと思います。(笑)
大丈夫だギル、月姫の方は生暖かく見守ってくれてるから。(笑)
途中で手に入れた別の魔道書から解読された【雷神の眼光】ですが、レベル比7(肉体属性)の固定値15(魔力属性)、おまけに成功率かなり上昇修正という単体用の強力な攻撃魔法です。ただ、今現在ジーニが【神槍の一撃】を持っているので、使うことも無いだろうな~と売却してしまいました。
ですが綺麗な画像の魔法スキルですので、もし雷系統の魔法で統一してる魔術師さんなどいらっしゃいましたらお勧めさせていただきます。
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。
tb: -- cm: 0
Sun.
グライフの魔道書 6 
どれほどの余裕か、しょせんは騙された冒険者たちと舐め切って、支援魔法をかける時間すら与えていたウルフであったが・・・。
早くも高速圧縮魔術を唱え、グリフォンを召喚し彼らと相対することになっていた。
「1体は私とトリスで相手をするから、残り2体よろしく」
「はいはい、わかったわ。ほらいっておいで」
ぱたぱたと手を振ってミレイを送り出したジーニは、ウルフに張られているらしい妙なバリアの存在に気づいていた。
≪エメラダ≫を通して彼を透かし見ると、ウルフはローブの下に何かのマジックアイテムを身につけており、そこから魔力を供給しているらしい。

「なんて傍迷惑な男なの、こいつ。ちっ、アイテムを破壊するのは無理ね・・・アレク!」
「今やってる!」
海精の神殿から授けられた呪文【召雷弾】を、呼びかけられると同時に敵へぶつけたアレクは、胸元のペンダントを握り締めた。
ウルフの高速圧縮呪文による召喚がまた行なわれる。
「今度のは死霊術ってとこね」
ジーニの予測に違わず、肉体を持たない死霊たちが森の木陰から霧のように湧き出てきた。
ギルが斧を振り回しつつ叫ぶ。
「また召喚したのか!?」
「怯まないで。死霊相手なら、私でも相手できます」
「おう、頼んだぜ、アウロラ。ミレイ!そっちは・・・」
「こっちは手一杯!」
新たに出現したモンスターの一部は、彼女たちの方にも流れていた。
多勢に無勢のその姿に、早めにウルフを片付けなければいけないとギルは判断した。
「ジーニ・・・」
「分かってるわよ。・・・死霊はアウロラに頼んでおきましょ。グリフォンはミナスの魔法に任せなさい。親玉は、あたしがとっておきの瓶を投げてあげるから」
ジーニの右手が、ベルトポーチの中に突っ込まれている。ギルは軽く頷くと、体を回転させて前線へと切り込んでいった。
その後ろで、気息を整えていたアウロラが右の上腕部を傷つけられながらも、一所懸命に導きの歌を発声したが・・・。
「くっ!!」
不思議な力にかき消されたことに気づき、いち早く指輪を媒介に魔力をまた集中し始めた。
「次から次へと・・・!目障りじゃ!」
氷の姫に憑かれているミナスが腕を振ると、たちまち辺りが氷霧に覆われて白くなっていく。
そんな中、ウルフはいくつかの印を結びながら呪文を唱えて姿を消した。
「消えた・・・!?」
愕然とした表情になった同族へ、やっと沈黙の魔法を解除したトリスが叫ぶ。

「おそらく幻術です!転送呪文封じの結界符はすでに貼りましたから。姿が見えないだけでまだ居るはずですわ!」
「・・・なら、とにかく見えてる奴から片付けちまおうぜ。リーダー、アレク!」
「おう!」
「わかった」
最年長者の指示に、戦士たち二人が応える。
そうして死霊がただの幻術であることに気づき、大蛇やグリフォン、トロールたちを先に片付けていった。
その様子を見て焦りを感じたのか、椎の木の一つが揺らぐと、その幹から分かれるように人影が滲み出る。
幻術の集中が途切れたウルフであった。
「くっ。並みの冒険者ではないな・・・」
「当たり前だ。お前なんか、あのカナンのじいさまや魔王に比べれば!」
「おのれええ!」
ローブの上から斧の刃がかすめ、激昂したウルフは最後にして最強の召喚呪文を唱えた。
アレクが嫌な顔になる。
「・・・げ」

「な・・・こいつはまさか・・・っ」
途切れたエディンの言葉尻をジーニが捕えた。
「ドラゴン!?」
「わが召喚に応じし竜よ!わが前に立ち塞がりし愚か者どもを蹴散らせッ!」
ウルフの命令に竜たちが呼応する。
空気がとてつもない咆哮に震える中、またウルフの姿が消えた。
「くそっ、また消えやがった!」
「ったく、とんでもないヤツ呼び出しやがって!」
エディンとギルが悪態をつく中、アウロラは冷静に効果時間を見極めて防御呪文を張り直した。
「主よ、我が仲間を護りたまえ・・・そして更なる力をお与え下さい・・・!」
彼女の足元には、神精ファナス族の幼生が毛を逆立てて最強の幻獣を睨みつけている。
ギルとアレクが入れ替わり立ち代わりで分厚い鱗越しに強烈な斬撃を与える中、その幼生は思い切り飛び上がり、鱗の無い長大な喉笛に喰らいついた。
ドオオォォン・・・・・・と土煙と轟音を上げて、氷竜が斃れる。
「後一匹じゃ!」
ミナスが放った氷の宝石の首飾りは、狙い通りに火のエレメントを持つ竜を縛り上げ、ギリギリとその命を削った。

続けざまに斃れた竜を、信じられないものをみたといった態で、幻が解けてしまったウルフが見つめている。
「ようやくおでましか」
「あの2体をも倒すとはな・・・だが丁度いいとも言える」
「なんだと?」
そう言ったギル以下、身構えていた”金狼の牙”たちの目の前で、ウルフは手にしていた魔道書を燃やしてしまった。
あまりの意外な出来事に動けない一行を嘲るように見やった男は、すでに魔道書から読み取った新たな力を試さんと進み出た。
「ヤツを殺す為のこの力!貴様等の体で試させてもらう!!」
早くも高速圧縮魔術を唱え、グリフォンを召喚し彼らと相対することになっていた。
「1体は私とトリスで相手をするから、残り2体よろしく」
「はいはい、わかったわ。ほらいっておいで」
ぱたぱたと手を振ってミレイを送り出したジーニは、ウルフに張られているらしい妙なバリアの存在に気づいていた。
≪エメラダ≫を通して彼を透かし見ると、ウルフはローブの下に何かのマジックアイテムを身につけており、そこから魔力を供給しているらしい。

「なんて傍迷惑な男なの、こいつ。ちっ、アイテムを破壊するのは無理ね・・・アレク!」
「今やってる!」
海精の神殿から授けられた呪文【召雷弾】を、呼びかけられると同時に敵へぶつけたアレクは、胸元のペンダントを握り締めた。
ウルフの高速圧縮呪文による召喚がまた行なわれる。
「今度のは死霊術ってとこね」
ジーニの予測に違わず、肉体を持たない死霊たちが森の木陰から霧のように湧き出てきた。
ギルが斧を振り回しつつ叫ぶ。
「また召喚したのか!?」
「怯まないで。死霊相手なら、私でも相手できます」
「おう、頼んだぜ、アウロラ。ミレイ!そっちは・・・」
「こっちは手一杯!」
新たに出現したモンスターの一部は、彼女たちの方にも流れていた。
多勢に無勢のその姿に、早めにウルフを片付けなければいけないとギルは判断した。
「ジーニ・・・」
「分かってるわよ。・・・死霊はアウロラに頼んでおきましょ。グリフォンはミナスの魔法に任せなさい。親玉は、あたしがとっておきの瓶を投げてあげるから」
ジーニの右手が、ベルトポーチの中に突っ込まれている。ギルは軽く頷くと、体を回転させて前線へと切り込んでいった。
その後ろで、気息を整えていたアウロラが右の上腕部を傷つけられながらも、一所懸命に導きの歌を発声したが・・・。
「くっ!!」
不思議な力にかき消されたことに気づき、いち早く指輪を媒介に魔力をまた集中し始めた。
「次から次へと・・・!目障りじゃ!」
氷の姫に憑かれているミナスが腕を振ると、たちまち辺りが氷霧に覆われて白くなっていく。
そんな中、ウルフはいくつかの印を結びながら呪文を唱えて姿を消した。
「消えた・・・!?」
愕然とした表情になった同族へ、やっと沈黙の魔法を解除したトリスが叫ぶ。

「おそらく幻術です!転送呪文封じの結界符はすでに貼りましたから。姿が見えないだけでまだ居るはずですわ!」
「・・・なら、とにかく見えてる奴から片付けちまおうぜ。リーダー、アレク!」
「おう!」
「わかった」
最年長者の指示に、戦士たち二人が応える。
そうして死霊がただの幻術であることに気づき、大蛇やグリフォン、トロールたちを先に片付けていった。
その様子を見て焦りを感じたのか、椎の木の一つが揺らぐと、その幹から分かれるように人影が滲み出る。
幻術の集中が途切れたウルフであった。
「くっ。並みの冒険者ではないな・・・」
「当たり前だ。お前なんか、あのカナンのじいさまや魔王に比べれば!」
「おのれええ!」
ローブの上から斧の刃がかすめ、激昂したウルフは最後にして最強の召喚呪文を唱えた。
アレクが嫌な顔になる。
「・・・げ」

「な・・・こいつはまさか・・・っ」
途切れたエディンの言葉尻をジーニが捕えた。
「ドラゴン!?」
「わが召喚に応じし竜よ!わが前に立ち塞がりし愚か者どもを蹴散らせッ!」
ウルフの命令に竜たちが呼応する。
空気がとてつもない咆哮に震える中、またウルフの姿が消えた。
「くそっ、また消えやがった!」
「ったく、とんでもないヤツ呼び出しやがって!」
エディンとギルが悪態をつく中、アウロラは冷静に効果時間を見極めて防御呪文を張り直した。
「主よ、我が仲間を護りたまえ・・・そして更なる力をお与え下さい・・・!」
彼女の足元には、神精ファナス族の幼生が毛を逆立てて最強の幻獣を睨みつけている。
ギルとアレクが入れ替わり立ち代わりで分厚い鱗越しに強烈な斬撃を与える中、その幼生は思い切り飛び上がり、鱗の無い長大な喉笛に喰らいついた。
ドオオォォン・・・・・・と土煙と轟音を上げて、氷竜が斃れる。
「後一匹じゃ!」
ミナスが放った氷の宝石の首飾りは、狙い通りに火のエレメントを持つ竜を縛り上げ、ギリギリとその命を削った。

続けざまに斃れた竜を、信じられないものをみたといった態で、幻が解けてしまったウルフが見つめている。
「ようやくおでましか」
「あの2体をも倒すとはな・・・だが丁度いいとも言える」
「なんだと?」
そう言ったギル以下、身構えていた”金狼の牙”たちの目の前で、ウルフは手にしていた魔道書を燃やしてしまった。
あまりの意外な出来事に動けない一行を嘲るように見やった男は、すでに魔道書から読み取った新たな力を試さんと進み出た。
「ヤツを殺す為のこの力!貴様等の体で試させてもらう!!」
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Sun.
グライフの魔道書 5 
数十分後。
”金狼の牙”は、ミレイと思わしき人影を捕える事に成功した。
(いた・・・。あそこだ)
エディンの囁き声にミナスが反応する。
(うん、ここからじゃよく分からないけど、多分そうだろうね。生命の反応がそれっぽいもの)

(!?おい、他にも誰かいるぞ)
エディンに促されるまでもなく、もう一人誰かが居ることには全員が気づいていた。
(仲間・・・かしら?気づかれないように近寄ってみましょう)
ジーニの指示に、エディンがヘマすんなよと囁く。
アレクがそこでやっとニヤっと笑った。
(そっちこそ)
気配を殺し、できるだけ物音を立てず接近を試みる。
すると・・・もう一人――ローブ姿の男から、

「ご苦労だったなミレイ」
という台詞が聞こえてきた。
「軽々しく呼ばないで!」
「それは失礼・・・約束の物は持ってきたろうな?」
「答えを知ってるくせにわざわざ聞く奴はキライなのよね!」
憤然とした様子のミレイに、ローブの男は顔色を変えることもなく応えた。
偉そうな物言いの割に、案外と若い顔立ちをしている。
アウロラのそれよりも幾分か薄い赤の髪と瞳は、緑の濃い森の中では異質なほど浮いて見えた。
「おや?どういう事かな?」
「とぼけないでよ!遠見の魔法で私の行動と会話を盗み見てたくせに!」
「・・・ほう、気づいていたか。見た目より優秀な冒険者のようだな」
ローブの男は腕組みしていた手を解き、ひらりと左手を振った。
つまり――今回の件は、このローブの男がグライフの魔道書を欲したことが発端であったようだ。
「ま、だからこそキミに協力してもらおうと思ったのだがね」

「あなたに褒めてもらったってちっとも嬉しくなんかないわ!それよりトリスはどこ!!」
「キミと一緒にいた冒険者の彼女かね?もちろんいるとも。”それ”と交換の約束だからな」
ミレイは本を固く抱きしめて言い募る。
「ならトリスに会わせて!」
「そいつを渡してくれれば返してやるさ」
「彼女に会うのが先よ!」
さすが盗賊というべきか、こういう交渉においても彼女は目的を達することは忘れないようである。
存外に強情なミレイの態度に舌打ちしたくなったが、それをこらえて男は「・・・いいだろう」と言った。
3語ほどのルーンを呟くと、彼は傍らの大木の陰に向かって指示した。
「足元の戒めだけ解いてやった。ゆっくりと出て来い」
ゆっくりとした足取りで、エルフと思われる少女が木陰から姿を見せた。
≪呪符≫のようなものをたくさん身につけているところからみると、どうやら彼女は”呪符魔術師”という、符を媒介にすることで魔力を高める種類の魔術師らしかった。
「トリス!無事だった?・・・えっちな事とかされてない?」
ミレイのとんでもない言葉に、エルフらしき娘は抗議するように身を揺らした。だが、その口からは声が発せられていない。
たちまち、藤色の眉がしかめられる。
「!?」
「魔法を使われては面倒なのでね。彼女には沈黙しててもらっているよ・・・彼女の代わりに、先ほどの質問にも答えておこうか」
ローブの男は堂々とした挙措で、それ以上ミレイとトリスと呼ばれた娘が近づくのを止めつつ口を開いた。
「安心したまえ。人質に危害を加えたりはしていない・・・悪いが何の興味も感じないしね」
それはそれで失礼な話ではある。案の定、トリスはすっかり怒りの表情に変わり、地団駄を踏みそうな雰囲気を漂わせていた。
・・・・・・と、それまで彼らの様子を伺っていた”金狼の牙”にも、ようやくミレイの不審な行動の理由が分かったわけである。
そういうことだったのかと腑に落ちた表情のジーニの頭の中で、素早く計算機が動いている。この状況を打破する為には・・・。
(となると・・・・・・)
彼女は身振りだけで仲間に指示を出した。
(仕方ありませんね)
小さく頷いたアウロラや他の仲間たちは、その意図を的確に理解し即座に行動に移す。無論、物音には細心の注意を払わなければならない。
幸いにして、一番やかましい音を出しそうな男には、≪霧影の指輪≫という便利なマジックアイテムを渡してある。
これは盗賊の【闇に隠れる】という技のように、暗闇に同化して隠れてしまう効果を持っている。洞窟から見つけた碧曜石と大精霊の護衛料に貰った紅曜石で、ジーニが練成したものであった。
舞台裏で彼らが移動している間にも、ローブの男とミレイの取引は続いていた。
「・・・いいわ。ここに置くからトリスをその場に残して取りにきなさい!」
そう言うとミレイは魔道書を地面に置き、自分は後ろにさがった。
魔道書に呪文遮断の呪札を貼り付けてあることを目視で確認した男は、今度こそ舌打ちをしたが、
「・・・抜け目の無い女だな。いいだろう」
と言って、ミレイに言われたとおりトリスを置いて魔道書を取りにいく。

(いまよ!!)
ジーニの合図とともに、”金狼の牙”は一斉に飛び出した。人質となっていたトリスを助け出す為に――。
「――!!何!?」
男が濃紺のローブを翻して振り返った先には、拘束を解いてもらったトリスの姿と、こちらをねめつける冒険者たちの姿があった。
クスッとその様子を笑ったジーニが、奥にいるミレイに声をかける。
「これでいいんでしょ?ミレイ」
「ジーニ~!よかった、あなたならやってくれると思ってたわ」
「ミレイに利用されていただけの冒険者が・・・何故ここに!?」
男の台詞を、ジーニが鼻先で笑い飛ばした。
「ミレイとあたしたちの方が一枚上手だったって事よ!」
「・・・だが、まぁいい。魔道書さえ手に入れば他はどうでもよい事だ」
ギルが金色に輝く魔法の斧を構える。
「おっと!そういうわけにはいかないな。そいつが無いと報酬がパーになっちまう」
だがローブの男は口を歪めて嘲った。
「報酬・・・?」
「そうじゃないわ!その魔道書じゃないの!!」
意外なことに、そう叫んだのはミレイであった。
「なんだって?」
「そいつなの!!今回の獣人化の騒ぎの元凶は!!」
そしてミレイは、男の名前を明かす。
「ラルゴ・A・ウルフ!全てはその魔道書欲しさに彼が仕組んだ事!!」
「そうかお前が『赤き狼』か!召喚術と幻影術、さらに暗黒魔術まで手を染めた魔道士・・・赤き狼、ラルゴ・A・ウルフ」
アレクは賢者の搭出身者である母から得ていた知識の中にあった情報を思い出した。愛剣である≪黙示録の剣≫の切っ先を向ける。
魔力の宿った鋭き刃には目もくれず、男は余裕の構えだ。
「フッ。ではどうするね?」
「決まってるじゃない!なら尚のこと、黙って帰す訳にはいかないわね!!」

ダンッ、と足を一歩踏み出し、杖の先の髑髏を向けてジーニは宣言した――まさにそれは宣言というに相応しいものであった。
「ブラウム村のため、あたしたちの報酬のため、あたしたちやミレイたちの恨みのため!ここできっちり落とし前つけてもらうわよ!」
”金狼の牙”は、ミレイと思わしき人影を捕える事に成功した。
(いた・・・。あそこだ)
エディンの囁き声にミナスが反応する。
(うん、ここからじゃよく分からないけど、多分そうだろうね。生命の反応がそれっぽいもの)

(!?おい、他にも誰かいるぞ)
エディンに促されるまでもなく、もう一人誰かが居ることには全員が気づいていた。
(仲間・・・かしら?気づかれないように近寄ってみましょう)
ジーニの指示に、エディンがヘマすんなよと囁く。
アレクがそこでやっとニヤっと笑った。
(そっちこそ)
気配を殺し、できるだけ物音を立てず接近を試みる。
すると・・・もう一人――ローブ姿の男から、

「ご苦労だったなミレイ」
という台詞が聞こえてきた。
「軽々しく呼ばないで!」
「それは失礼・・・約束の物は持ってきたろうな?」
「答えを知ってるくせにわざわざ聞く奴はキライなのよね!」
憤然とした様子のミレイに、ローブの男は顔色を変えることもなく応えた。
偉そうな物言いの割に、案外と若い顔立ちをしている。
アウロラのそれよりも幾分か薄い赤の髪と瞳は、緑の濃い森の中では異質なほど浮いて見えた。
「おや?どういう事かな?」
「とぼけないでよ!遠見の魔法で私の行動と会話を盗み見てたくせに!」
「・・・ほう、気づいていたか。見た目より優秀な冒険者のようだな」
ローブの男は腕組みしていた手を解き、ひらりと左手を振った。
つまり――今回の件は、このローブの男がグライフの魔道書を欲したことが発端であったようだ。
「ま、だからこそキミに協力してもらおうと思ったのだがね」

「あなたに褒めてもらったってちっとも嬉しくなんかないわ!それよりトリスはどこ!!」
「キミと一緒にいた冒険者の彼女かね?もちろんいるとも。”それ”と交換の約束だからな」
ミレイは本を固く抱きしめて言い募る。
「ならトリスに会わせて!」
「そいつを渡してくれれば返してやるさ」
「彼女に会うのが先よ!」
さすが盗賊というべきか、こういう交渉においても彼女は目的を達することは忘れないようである。
存外に強情なミレイの態度に舌打ちしたくなったが、それをこらえて男は「・・・いいだろう」と言った。
3語ほどのルーンを呟くと、彼は傍らの大木の陰に向かって指示した。
「足元の戒めだけ解いてやった。ゆっくりと出て来い」
ゆっくりとした足取りで、エルフと思われる少女が木陰から姿を見せた。
≪呪符≫のようなものをたくさん身につけているところからみると、どうやら彼女は”呪符魔術師”という、符を媒介にすることで魔力を高める種類の魔術師らしかった。
「トリス!無事だった?・・・えっちな事とかされてない?」
ミレイのとんでもない言葉に、エルフらしき娘は抗議するように身を揺らした。だが、その口からは声が発せられていない。
たちまち、藤色の眉がしかめられる。
「!?」
「魔法を使われては面倒なのでね。彼女には沈黙しててもらっているよ・・・彼女の代わりに、先ほどの質問にも答えておこうか」
ローブの男は堂々とした挙措で、それ以上ミレイとトリスと呼ばれた娘が近づくのを止めつつ口を開いた。
「安心したまえ。人質に危害を加えたりはしていない・・・悪いが何の興味も感じないしね」
それはそれで失礼な話ではある。案の定、トリスはすっかり怒りの表情に変わり、地団駄を踏みそうな雰囲気を漂わせていた。
・・・・・・と、それまで彼らの様子を伺っていた”金狼の牙”にも、ようやくミレイの不審な行動の理由が分かったわけである。
そういうことだったのかと腑に落ちた表情のジーニの頭の中で、素早く計算機が動いている。この状況を打破する為には・・・。
(となると・・・・・・)
彼女は身振りだけで仲間に指示を出した。
(仕方ありませんね)
小さく頷いたアウロラや他の仲間たちは、その意図を的確に理解し即座に行動に移す。無論、物音には細心の注意を払わなければならない。
幸いにして、一番やかましい音を出しそうな男には、≪霧影の指輪≫という便利なマジックアイテムを渡してある。
これは盗賊の【闇に隠れる】という技のように、暗闇に同化して隠れてしまう効果を持っている。洞窟から見つけた碧曜石と大精霊の護衛料に貰った紅曜石で、ジーニが練成したものであった。
舞台裏で彼らが移動している間にも、ローブの男とミレイの取引は続いていた。
「・・・いいわ。ここに置くからトリスをその場に残して取りにきなさい!」
そう言うとミレイは魔道書を地面に置き、自分は後ろにさがった。
魔道書に呪文遮断の呪札を貼り付けてあることを目視で確認した男は、今度こそ舌打ちをしたが、
「・・・抜け目の無い女だな。いいだろう」
と言って、ミレイに言われたとおりトリスを置いて魔道書を取りにいく。

(いまよ!!)
ジーニの合図とともに、”金狼の牙”は一斉に飛び出した。人質となっていたトリスを助け出す為に――。
「――!!何!?」
男が濃紺のローブを翻して振り返った先には、拘束を解いてもらったトリスの姿と、こちらをねめつける冒険者たちの姿があった。
クスッとその様子を笑ったジーニが、奥にいるミレイに声をかける。
「これでいいんでしょ?ミレイ」
「ジーニ~!よかった、あなたならやってくれると思ってたわ」
「ミレイに利用されていただけの冒険者が・・・何故ここに!?」
男の台詞を、ジーニが鼻先で笑い飛ばした。
「ミレイとあたしたちの方が一枚上手だったって事よ!」
「・・・だが、まぁいい。魔道書さえ手に入れば他はどうでもよい事だ」
ギルが金色に輝く魔法の斧を構える。
「おっと!そういうわけにはいかないな。そいつが無いと報酬がパーになっちまう」
だがローブの男は口を歪めて嘲った。
「報酬・・・?」
「そうじゃないわ!その魔道書じゃないの!!」
意外なことに、そう叫んだのはミレイであった。
「なんだって?」
「そいつなの!!今回の獣人化の騒ぎの元凶は!!」
そしてミレイは、男の名前を明かす。
「ラルゴ・A・ウルフ!全てはその魔道書欲しさに彼が仕組んだ事!!」
「そうかお前が『赤き狼』か!召喚術と幻影術、さらに暗黒魔術まで手を染めた魔道士・・・赤き狼、ラルゴ・A・ウルフ」
アレクは賢者の搭出身者である母から得ていた知識の中にあった情報を思い出した。愛剣である≪黙示録の剣≫の切っ先を向ける。
魔力の宿った鋭き刃には目もくれず、男は余裕の構えだ。
「フッ。ではどうするね?」
「決まってるじゃない!なら尚のこと、黙って帰す訳にはいかないわね!!」

ダンッ、と足を一歩踏み出し、杖の先の髑髏を向けてジーニは宣言した――まさにそれは宣言というに相応しいものであった。
「ブラウム村のため、あたしたちの報酬のため、あたしたちやミレイたちの恨みのため!ここできっちり落とし前つけてもらうわよ!」
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Sun.
グライフの魔道書 4 
「あった!グライフの魔道書!!」
呆れたようにジーニが言う。
「なんだ。こっちが戦闘中の間も、探していたのね」
「これで・・・」
「ん?」
ジーニが続きを促すように首を傾げると、ミレイはどこか迷子のような雰囲気を漂わせつつ、小さな声で言った。
「・・・これで契約終了ね」
「え?・・・ええ」
戸惑ったジーニはとりあえず相槌を打ったが、ミレイの顔は晴れなかった。
それどころか・・・。
「・・・ゴメンね、ジーニ」
「――――!?ミレイ、何を・・・」
謝られたジーニよりも先に、何かがおかしいと気づいたギルが声をかけるも、ミレイは何も答えることなく入ってきた入り口へと駆け出していた。
――手に、グライフの魔道書を抱えたまま。
「あいつ、まさかっ・・・」
「だ、出し抜かれたっ!?えっ、ちょ。マジ?」
慌てるジーニの前方を二、三歩ほど進んだギルが叫ぶ。
「ミレイ!裏切るのか!!ミレイ――――!!!!」
だが彼女はひたすら走り去っていく。
「くっ、追うぞ!!」
リーダーの号令で、体勢を立て直し全員が走り出そうとするが・・・その先には、まるで立ち塞がるかのごとくいつの間にかモンスターが出現していた。
「ッ、邪魔だ!!」
「ギル、ここは私が」
一瞬だけ眼を閉じ、左手の指輪に意識を集中したアウロラが再び目を開いた時には、すでに最初の一音が朗々と発せられていた。
通常の攻撃ではダメージを与えられない死霊たちに、【浄福の詠歌】をもって天へと導く。
そうして開けた道を、彼らは記憶を頼りに入り口へと引き返していった。
「・・・・・・」
洞窟から出たところで、エディンが油断なく目を光らせる。
アウロラが小さく訊ねた。
「どうです?」
「微かだけど足跡はある・・・なんとか追えそうだ」
「他にも何組か冒険者が来ていたみたいよ。間違えたりしてない、エディ?」
ジーニの台詞に、エディンは鞘に包まれたままのレイピアで地面を示した。
「単独行動を取っている足跡は少ない。加えて、サイズや歩幅等の条件をあわせればバッチリさ」
「それでは追跡開始ですね」
アウロラの言葉に一同が頷いた。
微かな手がかりを見失わないようにしつつ、なるべく早足で追跡する。
その手のことには慣れている冒険者といえど、そうそう簡単にはできない事ではあるのだが、エディンを先頭にした”金狼の牙”たちは見事にやってのけた。
途中で、ポツリとギルが呟く。

「・・・なぁ。隠し部屋のモンスターも、ミレイの仕業だったと思うか?」
やはり彼も、エディンと同じく正解なのに出てきた敵に対して不信感を抱いていたらしい。流石はリーダー大した勘だと感心しつつ、エディンは応じることにした。
「ああ、そりゃそうだろう。あそこにあったトラップをわざと作動させたと思うぜ」
「・・・あのような事をするような人には見えなかったのですが・・・」
「・・・たしかに、他の冒険者からもそんな話は無かったな」
そんな人には見えない――優しいだけのように見えて、両親と死に別れた後の財産争いの経験から意外と人を観るアウロラの言は、重々しいものであった。
だからこそ、盗賊として長く人生を過ごしてきたエディンもそれに同意する。
「・・・・・・」
ミレイの裏切りがよほど辛かったか、無言のまま少し苦しそうな顔に変わったアレクを雪精トールが心配そうに見やる。
そうしてどれほど走ったか――いきなりエディンがその長い足を止めて、すぐ後ろを走っていたギルに呼びかけた。
「!! リーダー、ストップだ!」
「え」
言われたとおり立ち止まったギルの足元には・・・。
「よく見ろ・・・トラップだ」
「なんで・・・これもミレイが・・・?」
訳が分からない、といった態のギルにジーニが突き放すように言う。

「・・・他に考えられる?」
「・・・・・・」
「追跡がバレてるみたいね。他にもトラップが仕掛けられた可能性が高いわ。もっと慎重に行きましょう」
おおよそ、敵対する意志を明らかにした相手に対して、ジーニほど冷たい者もそうはいない。例えそれが――よく自分たちの宿に出入りしていた相手であっても。
洞窟内で慌てていた姿はどこへやら、すっかり彼女は冷静さを取り戻していた。
気配を消し、さらに慎重に追跡を再開する。
呆れたようにジーニが言う。
「なんだ。こっちが戦闘中の間も、探していたのね」
「これで・・・」
「ん?」
ジーニが続きを促すように首を傾げると、ミレイはどこか迷子のような雰囲気を漂わせつつ、小さな声で言った。
「・・・これで契約終了ね」
「え?・・・ええ」
戸惑ったジーニはとりあえず相槌を打ったが、ミレイの顔は晴れなかった。
それどころか・・・。
「・・・ゴメンね、ジーニ」
「――――!?ミレイ、何を・・・」
謝られたジーニよりも先に、何かがおかしいと気づいたギルが声をかけるも、ミレイは何も答えることなく入ってきた入り口へと駆け出していた。
――手に、グライフの魔道書を抱えたまま。
「あいつ、まさかっ・・・」
「だ、出し抜かれたっ!?えっ、ちょ。マジ?」
慌てるジーニの前方を二、三歩ほど進んだギルが叫ぶ。
「ミレイ!裏切るのか!!ミレイ――――!!!!」
だが彼女はひたすら走り去っていく。
「くっ、追うぞ!!」
リーダーの号令で、体勢を立て直し全員が走り出そうとするが・・・その先には、まるで立ち塞がるかのごとくいつの間にかモンスターが出現していた。
「ッ、邪魔だ!!」
「ギル、ここは私が」
一瞬だけ眼を閉じ、左手の指輪に意識を集中したアウロラが再び目を開いた時には、すでに最初の一音が朗々と発せられていた。
通常の攻撃ではダメージを与えられない死霊たちに、【浄福の詠歌】をもって天へと導く。
そうして開けた道を、彼らは記憶を頼りに入り口へと引き返していった。
「・・・・・・」
洞窟から出たところで、エディンが油断なく目を光らせる。
アウロラが小さく訊ねた。
「どうです?」
「微かだけど足跡はある・・・なんとか追えそうだ」
「他にも何組か冒険者が来ていたみたいよ。間違えたりしてない、エディ?」
ジーニの台詞に、エディンは鞘に包まれたままのレイピアで地面を示した。
「単独行動を取っている足跡は少ない。加えて、サイズや歩幅等の条件をあわせればバッチリさ」
「それでは追跡開始ですね」
アウロラの言葉に一同が頷いた。
微かな手がかりを見失わないようにしつつ、なるべく早足で追跡する。
その手のことには慣れている冒険者といえど、そうそう簡単にはできない事ではあるのだが、エディンを先頭にした”金狼の牙”たちは見事にやってのけた。
途中で、ポツリとギルが呟く。

「・・・なぁ。隠し部屋のモンスターも、ミレイの仕業だったと思うか?」
やはり彼も、エディンと同じく正解なのに出てきた敵に対して不信感を抱いていたらしい。流石はリーダー大した勘だと感心しつつ、エディンは応じることにした。
「ああ、そりゃそうだろう。あそこにあったトラップをわざと作動させたと思うぜ」
「・・・あのような事をするような人には見えなかったのですが・・・」
「・・・たしかに、他の冒険者からもそんな話は無かったな」
そんな人には見えない――優しいだけのように見えて、両親と死に別れた後の財産争いの経験から意外と人を観るアウロラの言は、重々しいものであった。
だからこそ、盗賊として長く人生を過ごしてきたエディンもそれに同意する。
「・・・・・・」
ミレイの裏切りがよほど辛かったか、無言のまま少し苦しそうな顔に変わったアレクを雪精トールが心配そうに見やる。
そうしてどれほど走ったか――いきなりエディンがその長い足を止めて、すぐ後ろを走っていたギルに呼びかけた。
「!! リーダー、ストップだ!」
「え」
言われたとおり立ち止まったギルの足元には・・・。
「よく見ろ・・・トラップだ」
「なんで・・・これもミレイが・・・?」
訳が分からない、といった態のギルにジーニが突き放すように言う。

「・・・他に考えられる?」
「・・・・・・」
「追跡がバレてるみたいね。他にもトラップが仕掛けられた可能性が高いわ。もっと慎重に行きましょう」
おおよそ、敵対する意志を明らかにした相手に対して、ジーニほど冷たい者もそうはいない。例えそれが――よく自分たちの宿に出入りしていた相手であっても。
洞窟内で慌てていた姿はどこへやら、すっかり彼女は冷静さを取り戻していた。
気配を消し、さらに慎重に追跡を再開する。
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Sun.
グライフの魔道書 3 
「たぶんお目当ての魔道書はこの部屋だと思うけど・・・」
そういう女盗賊に、にっこりとアウロラは笑いかけた。
「ミレイさんのおかげで、案外楽に辿り着けましたね」
「まぁ、私もプロですからね~。それにギルバートがいるからモンスターも怖くないし」
「あんまりあてにされても困るけどな」
台詞のとおり、ちょっと困ったような顔でギルが頭をかく。
「またまたぁ、謙遜しちゃって。さっきのモンスターなんか楽勝だったじゃない」
「まぁ、さっきのはな」
そう返したギルの声が聞こえていたのか、いなかったのか。
ミレイは何かに気づいたように顔をやや上に向けて言った。
「あら?コレは・・・」
「え?」
ギルがそちらを見やると、動物を象ったレリーフが何枚も壁に埋まっていることに気がついた。描かれている動物は、鼠や牛など様々だ。
アレクが首を傾げる。
「なんだ・・・?」
「トラップみたいね・・・」
と返したのは、じっとそれを睨みつけていたミレイであった。
「多分、最後の。ほらここを見て」
ミレイが示した場所には、文字が書かれているプレートがあった。

「えーと、何々?『くらやみにもかがやくみずほ だいちをおおうそのほしくさ かえりみたまえこのうきよ すべてをみちびくりんね そはせかいのほんしつ』・・・なんだろ、これ?」
なんとも長ったらしい人間語の文章を読み下したミナスだったが、その内容には首を捻るばかりである。どうもリドル(謎かけ)のようであった。
バッ!と他の仲間たちがアウロラの顔を見つめた。
「・・・いっせいにやられると、心臓が口から飛び出てしまいますよ。まあ、私の出番なんでしょうけれど」
「うん。というか頼む」
「・・・・・・少し自分でも考えてくださいね、ギル」
ミレイによると、この動物のレリーフはスイッチであるらしい。
後ろでエディンも首を縦に振っている。正しい場所を押せば道が開けるタイプの仕掛けだということだが・・・それは間違えればトラップが発動するということでもある。
恐らくは、先ほどのリドルが正解のレリーフを教えてくれるものだろう、とミレイとエディンが結論付けた。
「・・・・・・この言葉・・・。文字自体の意味というよりは、文字の並び方に何かヒントがある気がしますね」
プレートの文字の上を、ゆっくりとアウロラの指が這う。
「わざわざ1文字ずつずれている・・・。これが怪しい。もしかして・・・」
アウロラは羊皮紙の端っこになにやら文字を書き付け、しばらくそれとにらめっこを続けていたが・・・何かを掴んだのであろう、頷いてレリーフの方へ移動する。
彼女は猿のレリーフの目の前に移動した。

そして躊躇なく、その手の部分に触れる。
「正解~~~♪」
天真爛漫なミレイの声が響く。
間の抜けた音の拍手を彼女が続ける横で、ジーニが感心したように言った。
「よく分かったわね。今のは・・・?」
「ああ、はい。一番右端の文字が答えです」
「ほ、さ、よ、ね、つ・・・って書いてあるけど?」
「横一列ごとに、1文字ずつずれていた文章だったでしょう?つまり、一番右端の文字を一文字ずつずらして読め・・・というメッセージだったんです」
「・・・・・・ああっ、なるほど!」
そこで理解してすっきりしたジーニは手を打ったが、ギルやミナスがまだ理解していない表情であることに気づき、アウロラは「ほさよねつ」と書いた羊皮紙の横に、「ましらのて」と書き込んで二人に見せた。
「この右端の文字を、一個ずつずらして読むと『ましらのて』・・・つまり、猿の手になるんですよ。レリーフの答えはこれです」
「うわあ・・・僕、全然わかんなかった」
「・・・俺も今言われてやっと分かった」
そんな二人が囁き合う中、部屋のどこかで仕掛けが動いたような音がした。だが、音が反響しているせいで正確な位置は掴めない。
ジーニが呟く。
「お宝・・・かしら?」

「手分けして探すか」
応じたアレクが進み出ようとするのを、ミレイが防いだ。
「待って!・・・どうやら最後にもう一つ試練があるみたい」
部屋中からモンスター特有の気配を感じ取る前に、アレクの本能がすでに剣を抜かせていた。雪精トールも戦いの予感を感じたのか、懐から肩の位置に移動している。

エディンが眉をしかめつつ武器を構える。
(・・・解せねぇな。わざわざリドルを仕掛けて、正解を当てたのにモンスターが出てくるなんざ・・・。やっぱりこりゃあ・・・)
彼のやや後ろで、「やるしかないようね」といって≪死霊術士の杖≫を構えるジーニは、エディンの持つ違和感に気づいているのだろうか?
(気づいてなくても不思議じゃねえ。今回、ずいぶんと自然にやってるからなァ・・・リーダーは勘で気づいてるみてえだが)
とにかく、彼の疑惑が当たっているのかどうかを確かめるためには、目の前の死霊たちを片付ける必要がある。
やれやれとため息をついたまま、彼は手近な死霊へミスリルのレイピアを突き刺した。
そういう女盗賊に、にっこりとアウロラは笑いかけた。
「ミレイさんのおかげで、案外楽に辿り着けましたね」
「まぁ、私もプロですからね~。それにギルバートがいるからモンスターも怖くないし」
「あんまりあてにされても困るけどな」
台詞のとおり、ちょっと困ったような顔でギルが頭をかく。
「またまたぁ、謙遜しちゃって。さっきのモンスターなんか楽勝だったじゃない」
「まぁ、さっきのはな」
そう返したギルの声が聞こえていたのか、いなかったのか。
ミレイは何かに気づいたように顔をやや上に向けて言った。
「あら?コレは・・・」
「え?」
ギルがそちらを見やると、動物を象ったレリーフが何枚も壁に埋まっていることに気がついた。描かれている動物は、鼠や牛など様々だ。
アレクが首を傾げる。
「なんだ・・・?」
「トラップみたいね・・・」
と返したのは、じっとそれを睨みつけていたミレイであった。
「多分、最後の。ほらここを見て」
ミレイが示した場所には、文字が書かれているプレートがあった。

「えーと、何々?『くらやみにもかがやくみずほ だいちをおおうそのほしくさ かえりみたまえこのうきよ すべてをみちびくりんね そはせかいのほんしつ』・・・なんだろ、これ?」
なんとも長ったらしい人間語の文章を読み下したミナスだったが、その内容には首を捻るばかりである。どうもリドル(謎かけ)のようであった。
バッ!と他の仲間たちがアウロラの顔を見つめた。
「・・・いっせいにやられると、心臓が口から飛び出てしまいますよ。まあ、私の出番なんでしょうけれど」
「うん。というか頼む」
「・・・・・・少し自分でも考えてくださいね、ギル」
ミレイによると、この動物のレリーフはスイッチであるらしい。
後ろでエディンも首を縦に振っている。正しい場所を押せば道が開けるタイプの仕掛けだということだが・・・それは間違えればトラップが発動するということでもある。
恐らくは、先ほどのリドルが正解のレリーフを教えてくれるものだろう、とミレイとエディンが結論付けた。
「・・・・・・この言葉・・・。文字自体の意味というよりは、文字の並び方に何かヒントがある気がしますね」
プレートの文字の上を、ゆっくりとアウロラの指が這う。
「わざわざ1文字ずつずれている・・・。これが怪しい。もしかして・・・」
アウロラは羊皮紙の端っこになにやら文字を書き付け、しばらくそれとにらめっこを続けていたが・・・何かを掴んだのであろう、頷いてレリーフの方へ移動する。
彼女は猿のレリーフの目の前に移動した。

そして躊躇なく、その手の部分に触れる。
「正解~~~♪」
天真爛漫なミレイの声が響く。
間の抜けた音の拍手を彼女が続ける横で、ジーニが感心したように言った。
「よく分かったわね。今のは・・・?」
「ああ、はい。一番右端の文字が答えです」
「ほ、さ、よ、ね、つ・・・って書いてあるけど?」
「横一列ごとに、1文字ずつずれていた文章だったでしょう?つまり、一番右端の文字を一文字ずつずらして読め・・・というメッセージだったんです」
「・・・・・・ああっ、なるほど!」
そこで理解してすっきりしたジーニは手を打ったが、ギルやミナスがまだ理解していない表情であることに気づき、アウロラは「ほさよねつ」と書いた羊皮紙の横に、「ましらのて」と書き込んで二人に見せた。
「この右端の文字を、一個ずつずらして読むと『ましらのて』・・・つまり、猿の手になるんですよ。レリーフの答えはこれです」
「うわあ・・・僕、全然わかんなかった」
「・・・俺も今言われてやっと分かった」
そんな二人が囁き合う中、部屋のどこかで仕掛けが動いたような音がした。だが、音が反響しているせいで正確な位置は掴めない。
ジーニが呟く。
「お宝・・・かしら?」

「手分けして探すか」
応じたアレクが進み出ようとするのを、ミレイが防いだ。
「待って!・・・どうやら最後にもう一つ試練があるみたい」
部屋中からモンスター特有の気配を感じ取る前に、アレクの本能がすでに剣を抜かせていた。雪精トールも戦いの予感を感じたのか、懐から肩の位置に移動している。

エディンが眉をしかめつつ武器を構える。
(・・・解せねぇな。わざわざリドルを仕掛けて、正解を当てたのにモンスターが出てくるなんざ・・・。やっぱりこりゃあ・・・)
彼のやや後ろで、「やるしかないようね」といって≪死霊術士の杖≫を構えるジーニは、エディンの持つ違和感に気づいているのだろうか?
(気づいてなくても不思議じゃねえ。今回、ずいぶんと自然にやってるからなァ・・・リーダーは勘で気づいてるみてえだが)
とにかく、彼の疑惑が当たっているのかどうかを確かめるためには、目の前の死霊たちを片付ける必要がある。
やれやれとため息をついたまま、彼は手近な死霊へミスリルのレイピアを突き刺した。
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