Mon.

聖なる遺産 1  

 ヴェルヌー伯イザベル、と言う人は一種の傑物だった。
 先代フェルナン伯爵の一人娘にして、父親の事跡を後世に伝えることを至上の喜びとしている・・・・・・らしい。
 正直、ジーニにはそれのどこが喜びなのかは理解できないし、するつもりもなかった。
 ただ、ジーニがそのヴェルヌー伯からの依頼を引き受けたのは、貼り紙の最後に「相応の名誉と報酬を期待してよい」とあったからだ。
 ・・・・・・ギルの養生で実は少々物入りになったのだが、先にアレクが一人で受けた依頼では少し追いつかないかもしれない。
 ここらで少しは稼いでおこう、というのが彼女の考えであった。
 ぴらり、と剥がしてきた貼り紙を見る。

「先日のヴィルロワ公会議によってイグノティウス師の列聖がなされ、我が父の形見たる首飾りが聖遺物に認定された・・・」

 当地の慣習法に従えば、俗人が聖遺物を相続することはできない。
 しかし、ヴェルヌー伯は大切な形見を手放したくない一心で、教会側と交渉を持とうというのだ。
 ・・・ついては、首飾りを教会へ渡さずに事態を収拾するための人材が欲しい、と。それがかの伯爵の望みらしい。

「聖遺物、ねえ・・・・・・」

 よく手入れした爪の目立つ手で、あまり日に焼けていない羊皮紙をぴらぴらと弄びながらジーニは呟いた。
 生前にすばらしい徳を為した聖者の、遺体なり縁の深い品々なりを≪聖遺物≫と呼ぶ。
 それは信心深い人々からの崇拝の対象となり得るもので、えしてそういった聖者の縁の物は、人知では計り知れない大いなる力を秘めていることがある。
 当然のことながら、そういった力を自分のものにと望む権力者や富裕な商人たち、或いは――表舞台には出ないものの、組織力では先の者達を上回りかねない秘密結社などが争奪戦を繰り広げる事が多い。
 
「死体切り刻まれてお守り~とか、冗談じゃないわよね。・・・まったく、亡くなったイグノティウス師とやらもそんなこと想像しなかったでしょうに」

 少しでも想像がついていれば、後日にヴェルヌー伯が冒険者を雇う必要のある事態は起こしていなかったであろう。
 聖者の列聖などは好きにすればいいが、それを元に個人の形見まで取り上げるというのは、さすがにやりすぎと言うもの――ひょっとしたら御堂騎士団なんて絡んでないでしょうね、とジーニは危惧した。
 御堂騎士団。
 聖南教会から聖地エシュルンを取り戻した猛者である。
 強烈な信仰心を背景とした――ぶっちゃけて言えば狂信的な聖北教会の戦闘集団であり、異教徒や人ではない種族の者達、或いは精霊信仰や錬金術などの異端者に対し、極めて厳しい対処を行なう。
 秘密主義であり、聖遺物の収集に力を入れているため、聖央修道院との癒着があると噂されるが、決定的な証拠は無い。
 近年、穏健派と過激派の対立が激しく、確かロストックとかいう土地にいた高名な司祭にまつわる事件に、御堂騎士団が絡んでいたという話も聞いているのだが・・・。

「くっだらね。どうして、もうちょっと頭やわらかーくして生きていけないのかしらね。・・・いや、出来ないから神様に寄りかかってるのか」

 馬を留める老練らしい御者の声、小さく嘶く馬、そしてジーニが体を預けていた馬車ががくんと止まり。ガチャ、とドアが開いた。

「お待たせいたしました。我が主の屋敷に到着いたしました」
「はい、ご苦労様。・・・・・・・・・うわーお。おっきい」

 多少白々しい調子も混じっていたが、ジーニの感嘆は本物であった。
 ヴェルヌー伯の邸宅は、さすが伯爵位に恥じることの無い規模をしており、馬車の止まった場所から精妙な細工の施された玄関口の鉄柵までがまた呆れるように遠かったのだ。
 邸宅のドアのところまで馬車を着けてくれたからさして困ることもないのだが、

「・・・・・・自分の家だったら大変だわ、これ」

 迎えに出てきた執事に案内されながら、ジーニはため息を一つついた。
 ・・・・・・案内された部屋は、伯爵の私的な用事を行なうための書斎らしい。
 昼前にも関わらず室内は薄暗く、日の光の代わりに灯火が陰影を刻んでいる。決して豪奢ではないものの、落ち着いたインテリアで統一がなされていた。

「よく来てくれた」

 上流階級らしい華やかな絹のヴェールを被った女伯は、しゃらしゃらとパールの装飾を鳴らしながら、ジーニへ貼り紙に載せた事項の確認を行なった。

「・・・要するに、そなたにはリスクブレイカーを請け負ってほしいのじゃ」

 依頼主はジーニを値踏みするように見回した。

「まずは、そう、懸案の首飾りをそなたに見せるとしよう」

聖なる遺産1

 それは、所々磨り減ったいかにも質朴な首飾りだった。
 聖イグノティウスが生前愛用した十字架である。

「父はイグノティウス師の俗世における協力者であり、かつ唯一の親友であった」

 ジーニは黙って首肯した。
 先代のフェルナン伯爵がイグノティウス師と本当に親しく交際していたということは、ここに来る前に調査が済んでいる。

「我は父の晩年の娘ゆえ、師が在りし日の姿を知らぬ。が、聞けばゼーゲ十字軍が父と師の親交の始まりという」

 僻地で連絡を絶たれた師の軍営に対し、蛮族の軍団による十重二十重の包囲網が作られたことがあった。
 それを主によって遣わされたのが他ならぬフェルナン伯爵であったという。
 戦術に長けていたフェルナン伯爵は、わずかの手勢で囲いを破り奇跡的にイグノティウス師の救出に成功。それを師は痛く感激し、首飾りをそのしるしに送った・・・・・・。

「・・・わかるな?これは父と師の友情の証、容易には手放せぬのじゃ」
「よーく分かります、はい」

 女伯は万感を込めて長くため息を吐くと、十字架を胸に抱きしめて動かなくなった。
 ジーニはしばらくそれを眺めていたが、沈黙を破る役目が自分にあることを悟った。

「えーと、すいません。ヴェルヌーの慣習法にある教会側の要求の根拠とは・・・?」

 ジーニは遠慮がちに――彼女に出来得る範囲ではあったが――尋ねた。

「・・・うむ、その話か。慣習法は先々代に成文化され、相続の規定も記載されておる」
「なるほど。問題の箇所は?」
「その413条、すなわち聖遺物の相続に関する項が教会側の根拠とする所じゃ」

 女伯は一枚の羊皮紙を広げ、ジーニに条文を見せた。

「413条、もしある人が聖遺物を所有し、それを遺産として残す場合、しかるべき人物に遺贈される」

 ジーニは歯切れのいい口調で最後まで読み上げる。

「しかるべき人物とは、土地の小教区を統括する聖職者である。主に奉仕すべく存在する物は俗人の手に留まるべきではない」
「・・・師の列聖によってこの首飾りも聖遺物となり、教会は法文を盾に我に譲与を求めてきた」

 苦々しげな女伯の声である。これから察するに、一体どんな内容の譲与とやらを要求してきたのか、想像に余りあった。

「我は首飾りにまつわる当家と師の浅からぬ因縁を諄々と説いたが、それに対する教会の返答は恐喝以外の何ものでもなかった」
「神様に仕えてるのに、人同士の機微には疎いんですねー」
「”期日までに譲渡が行なわれねば、法の権威に基づき強制的に行為は行なわねばならない”と」
「しかし、教会はなぜそれほどに強硬な主張をするのです?」

 ジーニはずっと気になっていた点を口に出した。何といっても相手は伯爵、教会といえどもそこまで高圧的に出れる相手ではないはずなのだ。

「どうやら御堂騎士団が裏で事を操っておるらしい」

 女伯は忌々しげに答えたが、ジーニの目は遠かった。

「ああ・・・御堂騎士団・・・」
「今回の話は我が土地の司祭殿から最初に耳にしたのじゃが、司教殿が司祭殿に通達する折、彼奴等に言が及んだそうじゃ」

 どす!という音を立てて、女伯の拳は近くの銀糸を使ったクッションに突き刺さっている。

「教会は御堂騎士団に脅され、今回の事を強要されておるのよ。彼奴等の横暴は有名じゃからな」
「ん?すると、宿に逗留している連中は・・・」

 ジーニは御者伝手に聞いた村民の言を思い出した。

「うむ、御堂騎士団じゃ。大方、強制執行のために圧力をかけに来たのじゃろう」
「・・・とはいえ、直接そっちに働きかけるのは難しいでしょうね」
「強制執行は止められぬ。彼奴等に手を出すこともできぬ」

 悔しげな女伯の声は、鬱々と部屋に響いた。

「法の根拠を持つ御堂騎士団には我と雖も抗する術は無いのじゃ」
「ふうむ・・・」
「そなたには何らかの方法でこの状況を打開してほしい。・・・期日は明後日に迫っておる」
「報酬の確認をしたいんですが」
「ふむ、報酬じゃな?成功した暁には1000spを報酬として支払い、我との面識を有効に活用する権利を授けることとする」

聖なる遺産2

 報酬はまあまあ。おまけに貴族とのコネが出来るということであれば、一人で請け負う仕事としては万々歳だろう。

「状況は把握しました。”金狼の牙”の頭脳にお任せを、閣下」

 ジーニはにこりと笑い、再び慣習法を見せてもらった。

「該当法文は413条だけど・・・・・・」

 ぴらり、と気になる条文の項目を確認し、傍らにいる女伯が驚くほどの速さで羊皮紙を捲っていく。
 その手が――美しく手入れされた爪が、361条のところで止まった。

 ――361条。
 本章では各種の遺言について、それぞれどのように行なわれるかをひとつひとつ述べることとする。
 また、いかなる遺言が有効か、或いは無効であるかを示す。
 これは遺言が執行される際に効力を発するものである。

「・・・・・・・・・」

 ジーニは違和感を感じた。
 もう一度、じっくりと羊皮紙に書かれた文章を読み下す。

聖なる遺産5

「・・・・・・また、いかなる遺言が有効か、或いは無効であるかを示す。これは遺言が執行される際に効力を発するものである・・・」
「・・・どうしたのじゃ、何か見つかったのか?」

 女伯は訝し気に振り向いた。
 ジーニはにやにやと笑い出したくなる興奮を抑えつつ、違和感の正体を女伯に告げた。
 これによって教会側の論理は崩壊したと言ってよい。
 つまり。
 この遺書に関する章は全て執行の際に有効か否かを判断するものに過ぎないのだ。
 教会が後で何と言おうとそれは法的根拠を持たない・・・。

「おおっ、よくやった!法的根拠さえなければ御堂騎士団にも対抗できる」

 女伯の興奮はうなぎのぼりだ。

「まずは強制執行を阻止し、法王庁に訴えかけ・・・」

 自分の世界に入りかけているのに、自分でちゃんと気づいたものらしい。
 「・・・あっ」という小さな声を上げると、女伯はこちらへ向き直った。

「すまぬ、そなたへの労いがまだじゃな。これが報酬の1000spじゃ」

 女伯が水晶で出来たベルを二つ鳴らすと、金貨の詰まった袋を盆に載せた執事が部屋に入ってきた。
 それをそのまま、恭しく差し出してくる。
 盆から皮袋を摘みあげたジーニは、短く「どーも」とだけ言った。

「そなたの仕事はここまでじゃ、後は我が処理する。・・・誠によくやってくれた」
「いえいえ。教会への対抗策が、短時間で見つかって何よりだわ」
「好きな時にまた我が屋敷に来るがよい。我との面識を有効に活用せよ」

 ジーニは1時間ほど前に降りたばかりの馬車にもう一度揺られ、≪狼の隠れ家≫への帰途についた・・・。
 その後、ジーニは風の噂に、法王庁がヴェルヌー伯の訴えを受け入れ、御堂騎士団による聖遺物強制徴収未遂事件を不当なものとする見解を示したと聞いた。

聖なる遺産8

 女伯はさぞ喜んでいるだろう。

「・・・ま、変わったヴェール使っていたけど、割と気の合う感じの人だったし。女だてらにとか言われても頑張って欲しいとこね」

 ジーニは簡単な旅支度を整え、ぶらりと≪狼の隠れ家≫を出ると、身の赴くまま道を歩き始めた。
 そう、今日は――リューンの片隅に、ただでココアを振舞ってくれる、ちょっと変わった店があるとアッシュから聞いている。そこに行く途中で、郵便配達屋に寄る余裕くらいはある。
 一言祝辞でも述べるつもりだった。

※収入1000sp※
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■後書きまたは言い訳

52回目のお仕事は、クエストさんのシナリオで聖なる遺産です。色んな依頼達成へのルートがありまして、時間制限もきっちりあり、御堂騎士団や聖遺物、リスクブレイカーの出てくる作品をプレイされたご経験がある方なら、にやりとしてしまうシリアスなショートシナリオです。・・・シリアス成分に耐え切れず、余計な動作を女伯にさせちゃってますが。原作者様本当すいません。
私の場合、大抵は森に行って帽子のお兄さんと交渉するルートをとります。しかし今回、交渉下手で怠惰なジーニということで、館から一歩も外に出ないやり方で解決してみました。彼女なら御堂騎士を脅迫ルートもやりそうなんですけど、一人旅だと肉壁(酷)もいませんからね。そういうリスクは犯さない気がします。
御堂騎士団及び聖遺物に対する説明は、当シナリオの他に「エルム司祭の護衛」(MNSさん作)からも幾つか文章をお借りしています。ついでに、どこか他の宿でこの事件が片付いたような書き方をしてみる。

最後の方にある変なお店は、次回明らかに。というか手前味噌なんで少し恥ずかしいですが。
ラストの一人旅はエディンですが、なんか筆がうっかり滑ってシナリオストーリーに余計なことを書き加えちゃっています。大丈夫かな・・・。

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。

2013/03/18 00:13 [edit]

category: 聖なる遺産

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