そこから 5
「・・・遺跡でもね。あなたにロープで支えて貰っている時・・・本当は嫌な想像をしてました」
ぽつり、ぽつりと。
まるで一枚ずつ薄皮を剥ぐように、サリマンは続ける。
「このロープが、何かのはずみで切れたら?あなたが、ロープを握る手を、ちょっと滑らせてしまったら?」
「・・・・・・」
「何を馬鹿な事をと、笑われるかもしれませんね」
それでもサリマンは、あの岩に取りつきながら、何かの拍子で滑り落ちるという妄想を止めることが出来ずにいた。
無数の錆付いた槍が、ずぶずぶと肉を貫通していく――――。
アレクは驚いてなかなか返事をすることが出来ずにいた。
平気だと思っていた。ロープを使う様子、躊躇い無く落とし穴へと降りていき、着いた途端に声を上げるだけの配慮。
なのに、それを押し殺してサリマンは下に行ったというのだ。
「滑稽です、われながら。でもどうしてもそうなんです。ああ」
彼はまくし立て始めたかと思うと、いきなり膝に顔を埋めて嘆くのだった。どうも酔っているらしい。
こういう酔っ払いを相手にした経験は、あいにくとアレクに不足していた。
どうしたものかと首を捻っていると、
「・・・ですけどね!」
と突然声が上がった。
「とにかく私は決めたんです。何をと言って、こういう自分を否定しない事をね」
「・・・ほう」
「嫌な想像をしてしまうのは、最悪を予想して『用心が出来る』・・・って事だと思うんです」
「・・・まあ、そうだろうな。そういう予想も出来ない奴は、冒険者には向かないだろう」
「今回の旅だって、そう決めて、自分なりに腹括って臨みましたよ。こんな有様ですけどね」
誰でも、最初から動じずに何でもこなせる訳ではない――そう言おうとして、アレクは止めた。
似たような意味の呟きを、サリマンはずっと自分に唱え続けているので。
やがて、ふと顔を上げた彼は、
「・・・・・・えーと。・・・・・・・・・・・・あれ?・・・・・・何で私、こんなに語ってるんだったっけ」
と、頼りなげに言った。
「そう言われてもなあ」
アレクは苦笑するしかなかった。

「・・・あのー。もしかして私今、かなり恥ずかしい事を口走ったりしていましたかね?」
「まあな」
「あの。すみませんでした。酔っ払ってますね。水飲みます」
サリマンは傍らの皮水筒を引っ掴むと、今にもむせそうな勢いで、中の水をがぶがぶ煽り始めた。
それも済むと、今度はうな垂れ始めてしまう。どうやらさっきの独壇場は、彼にとって堪えるものだったらしい。
さすがに見かねて、アレクはそろそろ見張りを交代しようと申し出た。
「・・・うん。今夜はよく寝られそうだ」
うーんと伸びをして、骨ばった体をパキパキ鳴らし終わったサリマンは、
「おやすみアレクシス。それでは交代お願いします」

と言い、残った酒は飲んでしまって構わないと告げると、使い込んでいる毛布に包まって丸くなった。
アレクは一人、ちらちらと舞う炎が小さなおき火になっていくのを、じっと見つめている。
やがて小さないびきが聞こえてくるのを確かめると、トールが懐から出てきて、アレクの肩の上に移動した。
「なんでっか、こちらの兄さん。ずいぶんとお悩みみたいでしたな」
「・・・冒険者になりたい、と決意してるそうだから、何か内に抱えてるんだと思うんだが・・・」
「せやかて、冒険者なんてしょせんはアウトロー。今とりあえず職に就いてはるんなら、無理に転職せんでもええでしょうに」
トールの言い分はもっともだった。根無し草に近い冒険者の暮らしは、決して楽なものとはいえない。
時には依頼人の心の痛みを分かち合い、時には理不尽な出来事に憤り、それでも冒険を止められないのは、すっかりそれに魅せられているからだろうとアレクは思っている。
「つまりこの人は、今の仕事に魅せられていないんだろうな」
「それでやらはるのが冒険者・・・・・・うーん、大丈夫でっしゃろか」
「素質は十分すぎるほどだと思うよ。戦いが冒険の全てじゃない」
むしろ、そうじゃない部分を上手くやるのが大変なのだと、アレクは嘆息する。
戦闘に慣れないのはまずいかもしれないが、最低限の護身を身につけ、後は他の者に前衛を任せて援護に徹するほうが、サリマンには向いてそうである。
ただ、≪狼の隠れ家≫には向いてないかもしれない――アレクはそこを懸念していた。
老舗だけあって、幾分か保守的な面もある宿だ。一応、自分との面識はあるとは言え、酒場や食堂で他の者と話し込んだりした経験がない彼では辛いだろうと思った。
「だったらどないするんです?」
「違う宿を紹介する」
トールの質問にきっぱり答えた。
度量の広い宿の亭主を慕って、人間以外の色々な種族が多く集う宿がある事をアレクは知っていた。
有翼人やハーフエルフ、獣人たちが賑やかに過ごす所である。
そこの冒険者たちなら、話題の豊富なサリマンのことを温かく迎えてくれるはずだ。宿の名前は・・・・・・≪くもつ亭≫という。
「護身やその他の基礎的なところをうちで教えてから、そっちの宿を紹介する。・・・・・・それなら彼も、自分の力でやっていけるだろう」
――後日。
年季の入った宿のドアを開けて入ってきたサリマンに、宿の親父さんが声をかける。
「ああ、お前さんか。今日からだったな。まぁ、まずはこっちに座ってくれ」
親父さんが奥のテーブル席へ視線を向ける。
一番部屋を見渡せるその場所で、先輩冒険者――アレクが、肘をつきながらずっとこちらの様子を窺っていた様だった。
そっと彼はサリマンに近づき、
「これからよろしく」
と手を差し出した。
そこからサリマンが、≪くもつ亭≫の即戦力となり、リューンに名だたる冒険者の一人となるのは――ちょっと先の話である。
※収入600sp、≪ベニマリソウ≫※
--------------------------------------------------------
■後書きまたは言い訳
51回目のお仕事は、バルドラさんのシナリオでそこからでございました。
ちゃっかりくもつ亭さんとクロスオーバーなんかしちゃったりして!途中でサリマンさんがアレクに夢を聞く場面がありまして。実はアレク、夢称号はまったくつけてないのですが、くもつ亭さんのサリマンの台詞がなんかそれっぽかったので、アレクが持っているであろう夢(ギルとの約束)を語らせてみました。
アレクから特訓を受けた後、サリマンさんはくもつ亭さんへお嫁に行きます・・・というか、もう行ってます。(笑)
突然のクロスオーバー要望にご許可をいただき、まことにありがとうございました!
アレクと雪精トールの会話がちょくちょく(特に最後のほうとか)出ておりますが、当然のごとくこれは本編にはございません。・・・今まで一般人で過ごしてきた人に、いきなり精霊見せて宜しくーって言うのは・・・うん、可愛かったり美人だったりならともかく、トール顔だけ見ると厳ついからな・・・。(笑)
まだ十代後半のわりに、少し冷静な視点で人の素質を見ていたりしますが、これは昔から冒険者になろうと色々やって来たアレク独特の視点ということで一つお願いします。若いけど、若いなりに色々彼にもあるんだよってことで。
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。
ぽつり、ぽつりと。
まるで一枚ずつ薄皮を剥ぐように、サリマンは続ける。
「このロープが、何かのはずみで切れたら?あなたが、ロープを握る手を、ちょっと滑らせてしまったら?」
「・・・・・・」
「何を馬鹿な事をと、笑われるかもしれませんね」
それでもサリマンは、あの岩に取りつきながら、何かの拍子で滑り落ちるという妄想を止めることが出来ずにいた。
無数の錆付いた槍が、ずぶずぶと肉を貫通していく――――。
アレクは驚いてなかなか返事をすることが出来ずにいた。
平気だと思っていた。ロープを使う様子、躊躇い無く落とし穴へと降りていき、着いた途端に声を上げるだけの配慮。
なのに、それを押し殺してサリマンは下に行ったというのだ。
「滑稽です、われながら。でもどうしてもそうなんです。ああ」
彼はまくし立て始めたかと思うと、いきなり膝に顔を埋めて嘆くのだった。どうも酔っているらしい。
こういう酔っ払いを相手にした経験は、あいにくとアレクに不足していた。
どうしたものかと首を捻っていると、
「・・・ですけどね!」
と突然声が上がった。
「とにかく私は決めたんです。何をと言って、こういう自分を否定しない事をね」
「・・・ほう」
「嫌な想像をしてしまうのは、最悪を予想して『用心が出来る』・・・って事だと思うんです」
「・・・まあ、そうだろうな。そういう予想も出来ない奴は、冒険者には向かないだろう」
「今回の旅だって、そう決めて、自分なりに腹括って臨みましたよ。こんな有様ですけどね」
誰でも、最初から動じずに何でもこなせる訳ではない――そう言おうとして、アレクは止めた。
似たような意味の呟きを、サリマンはずっと自分に唱え続けているので。
やがて、ふと顔を上げた彼は、
「・・・・・・えーと。・・・・・・・・・・・・あれ?・・・・・・何で私、こんなに語ってるんだったっけ」
と、頼りなげに言った。
「そう言われてもなあ」
アレクは苦笑するしかなかった。

「・・・あのー。もしかして私今、かなり恥ずかしい事を口走ったりしていましたかね?」
「まあな」
「あの。すみませんでした。酔っ払ってますね。水飲みます」
サリマンは傍らの皮水筒を引っ掴むと、今にもむせそうな勢いで、中の水をがぶがぶ煽り始めた。
それも済むと、今度はうな垂れ始めてしまう。どうやらさっきの独壇場は、彼にとって堪えるものだったらしい。
さすがに見かねて、アレクはそろそろ見張りを交代しようと申し出た。
「・・・うん。今夜はよく寝られそうだ」
うーんと伸びをして、骨ばった体をパキパキ鳴らし終わったサリマンは、
「おやすみアレクシス。それでは交代お願いします」

と言い、残った酒は飲んでしまって構わないと告げると、使い込んでいる毛布に包まって丸くなった。
アレクは一人、ちらちらと舞う炎が小さなおき火になっていくのを、じっと見つめている。
やがて小さないびきが聞こえてくるのを確かめると、トールが懐から出てきて、アレクの肩の上に移動した。
「なんでっか、こちらの兄さん。ずいぶんとお悩みみたいでしたな」
「・・・冒険者になりたい、と決意してるそうだから、何か内に抱えてるんだと思うんだが・・・」
「せやかて、冒険者なんてしょせんはアウトロー。今とりあえず職に就いてはるんなら、無理に転職せんでもええでしょうに」
トールの言い分はもっともだった。根無し草に近い冒険者の暮らしは、決して楽なものとはいえない。
時には依頼人の心の痛みを分かち合い、時には理不尽な出来事に憤り、それでも冒険を止められないのは、すっかりそれに魅せられているからだろうとアレクは思っている。
「つまりこの人は、今の仕事に魅せられていないんだろうな」
「それでやらはるのが冒険者・・・・・・うーん、大丈夫でっしゃろか」
「素質は十分すぎるほどだと思うよ。戦いが冒険の全てじゃない」
むしろ、そうじゃない部分を上手くやるのが大変なのだと、アレクは嘆息する。
戦闘に慣れないのはまずいかもしれないが、最低限の護身を身につけ、後は他の者に前衛を任せて援護に徹するほうが、サリマンには向いてそうである。
ただ、≪狼の隠れ家≫には向いてないかもしれない――アレクはそこを懸念していた。
老舗だけあって、幾分か保守的な面もある宿だ。一応、自分との面識はあるとは言え、酒場や食堂で他の者と話し込んだりした経験がない彼では辛いだろうと思った。
「だったらどないするんです?」
「違う宿を紹介する」
トールの質問にきっぱり答えた。
度量の広い宿の亭主を慕って、人間以外の色々な種族が多く集う宿がある事をアレクは知っていた。
有翼人やハーフエルフ、獣人たちが賑やかに過ごす所である。
そこの冒険者たちなら、話題の豊富なサリマンのことを温かく迎えてくれるはずだ。宿の名前は・・・・・・≪くもつ亭≫という。
「護身やその他の基礎的なところをうちで教えてから、そっちの宿を紹介する。・・・・・・それなら彼も、自分の力でやっていけるだろう」
――後日。
年季の入った宿のドアを開けて入ってきたサリマンに、宿の親父さんが声をかける。
「ああ、お前さんか。今日からだったな。まぁ、まずはこっちに座ってくれ」
親父さんが奥のテーブル席へ視線を向ける。
一番部屋を見渡せるその場所で、先輩冒険者――アレクが、肘をつきながらずっとこちらの様子を窺っていた様だった。
そっと彼はサリマンに近づき、
「これからよろしく」
と手を差し出した。
そこからサリマンが、≪くもつ亭≫の即戦力となり、リューンに名だたる冒険者の一人となるのは――ちょっと先の話である。
※収入600sp、≪ベニマリソウ≫※
--------------------------------------------------------
■後書きまたは言い訳
51回目のお仕事は、バルドラさんのシナリオでそこからでございました。
ちゃっかりくもつ亭さんとクロスオーバーなんかしちゃったりして!途中でサリマンさんがアレクに夢を聞く場面がありまして。実はアレク、夢称号はまったくつけてないのですが、くもつ亭さんのサリマンの台詞がなんかそれっぽかったので、アレクが持っているであろう夢(ギルとの約束)を語らせてみました。
アレクから特訓を受けた後、サリマンさんはくもつ亭さんへお嫁に行きます・・・というか、もう行ってます。(笑)
突然のクロスオーバー要望にご許可をいただき、まことにありがとうございました!
アレクと雪精トールの会話がちょくちょく(特に最後のほうとか)出ておりますが、当然のごとくこれは本編にはございません。・・・今まで一般人で過ごしてきた人に、いきなり精霊見せて宜しくーって言うのは・・・うん、可愛かったり美人だったりならともかく、トール顔だけ見ると厳ついからな・・・。(笑)
まだ十代後半のわりに、少し冷静な視点で人の素質を見ていたりしますが、これは昔から冒険者になろうと色々やって来たアレク独特の視点ということで一つお願いします。若いけど、若いなりに色々彼にもあるんだよってことで。
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。