--.

スポンサーサイト  

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--/--/-- --:-- [edit]

category: スポンサー広告

tb: --   cm: --

Sun.

そこから 5  

「・・・遺跡でもね。あなたにロープで支えて貰っている時・・・本当は嫌な想像をしてました」

 ぽつり、ぽつりと。
 まるで一枚ずつ薄皮を剥ぐように、サリマンは続ける。

「このロープが、何かのはずみで切れたら?あなたが、ロープを握る手を、ちょっと滑らせてしまったら?」
「・・・・・・」
「何を馬鹿な事をと、笑われるかもしれませんね」

 それでもサリマンは、あの岩に取りつきながら、何かの拍子で滑り落ちるという妄想を止めることが出来ずにいた。
 無数の錆付いた槍が、ずぶずぶと肉を貫通していく――――。
 アレクは驚いてなかなか返事をすることが出来ずにいた。
 平気だと思っていた。ロープを使う様子、躊躇い無く落とし穴へと降りていき、着いた途端に声を上げるだけの配慮。
 なのに、それを押し殺してサリマンは下に行ったというのだ。

「滑稽です、われながら。でもどうしてもそうなんです。ああ」

 彼はまくし立て始めたかと思うと、いきなり膝に顔を埋めて嘆くのだった。どうも酔っているらしい。
 こういう酔っ払いを相手にした経験は、あいにくとアレクに不足していた。
 どうしたものかと首を捻っていると、

「・・・ですけどね!」

と突然声が上がった。

「とにかく私は決めたんです。何をと言って、こういう自分を否定しない事をね」
「・・・ほう」
「嫌な想像をしてしまうのは、最悪を予想して『用心が出来る』・・・って事だと思うんです」
「・・・まあ、そうだろうな。そういう予想も出来ない奴は、冒険者には向かないだろう」
「今回の旅だって、そう決めて、自分なりに腹括って臨みましたよ。こんな有様ですけどね」

 誰でも、最初から動じずに何でもこなせる訳ではない――そう言おうとして、アレクは止めた。
 似たような意味の呟きを、サリマンはずっと自分に唱え続けているので。
 やがて、ふと顔を上げた彼は、

「・・・・・・えーと。・・・・・・・・・・・・あれ?・・・・・・何で私、こんなに語ってるんだったっけ」

と、頼りなげに言った。

「そう言われてもなあ」

 アレクは苦笑するしかなかった。

そこから17

「・・・あのー。もしかして私今、かなり恥ずかしい事を口走ったりしていましたかね?」
「まあな」
「あの。すみませんでした。酔っ払ってますね。水飲みます」

 サリマンは傍らの皮水筒を引っ掴むと、今にもむせそうな勢いで、中の水をがぶがぶ煽り始めた。
 それも済むと、今度はうな垂れ始めてしまう。どうやらさっきの独壇場は、彼にとって堪えるものだったらしい。
 さすがに見かねて、アレクはそろそろ見張りを交代しようと申し出た。

「・・・うん。今夜はよく寝られそうだ」

 うーんと伸びをして、骨ばった体をパキパキ鳴らし終わったサリマンは、

「おやすみアレクシス。それでは交代お願いします」

そこから18

と言い、残った酒は飲んでしまって構わないと告げると、使い込んでいる毛布に包まって丸くなった。
 アレクは一人、ちらちらと舞う炎が小さなおき火になっていくのを、じっと見つめている。
 やがて小さないびきが聞こえてくるのを確かめると、トールが懐から出てきて、アレクの肩の上に移動した。

「なんでっか、こちらの兄さん。ずいぶんとお悩みみたいでしたな」
「・・・冒険者になりたい、と決意してるそうだから、何か内に抱えてるんだと思うんだが・・・」
「せやかて、冒険者なんてしょせんはアウトロー。今とりあえず職に就いてはるんなら、無理に転職せんでもええでしょうに」

 トールの言い分はもっともだった。根無し草に近い冒険者の暮らしは、決して楽なものとはいえない。
 時には依頼人の心の痛みを分かち合い、時には理不尽な出来事に憤り、それでも冒険を止められないのは、すっかりそれに魅せられているからだろうとアレクは思っている。

「つまりこの人は、今の仕事に魅せられていないんだろうな」
「それでやらはるのが冒険者・・・・・・うーん、大丈夫でっしゃろか」
「素質は十分すぎるほどだと思うよ。戦いが冒険の全てじゃない」

 むしろ、そうじゃない部分を上手くやるのが大変なのだと、アレクは嘆息する。
 戦闘に慣れないのはまずいかもしれないが、最低限の護身を身につけ、後は他の者に前衛を任せて援護に徹するほうが、サリマンには向いてそうである。
 ただ、≪狼の隠れ家≫には向いてないかもしれない――アレクはそこを懸念していた。
 老舗だけあって、幾分か保守的な面もある宿だ。一応、自分との面識はあるとは言え、酒場や食堂で他の者と話し込んだりした経験がない彼では辛いだろうと思った。

「だったらどないするんです?」
「違う宿を紹介する」

 トールの質問にきっぱり答えた。
 度量の広い宿の亭主を慕って、人間以外の色々な種族が多く集う宿がある事をアレクは知っていた。
 有翼人やハーフエルフ、獣人たちが賑やかに過ごす所である。
 そこの冒険者たちなら、話題の豊富なサリマンのことを温かく迎えてくれるはずだ。宿の名前は・・・・・・≪くもつ亭≫という。

「護身やその他の基礎的なところをうちで教えてから、そっちの宿を紹介する。・・・・・・それなら彼も、自分の力でやっていけるだろう」

 ――後日。
 年季の入った宿のドアを開けて入ってきたサリマンに、宿の親父さんが声をかける。

「ああ、お前さんか。今日からだったな。まぁ、まずはこっちに座ってくれ」

 親父さんが奥のテーブル席へ視線を向ける。
 一番部屋を見渡せるその場所で、先輩冒険者――アレクが、肘をつきながらずっとこちらの様子を窺っていた様だった。
 そっと彼はサリマンに近づき、

「これからよろしく」

と手を差し出した。
 そこからサリマンが、≪くもつ亭≫の即戦力となり、リューンに名だたる冒険者の一人となるのは――ちょっと先の話である。

※収入600sp、≪ベニマリソウ≫※
--------------------------------------------------------

■後書きまたは言い訳

51回目のお仕事は、バルドラさんのシナリオでそこからでございました。
ちゃっかりくもつ亭さんとクロスオーバーなんかしちゃったりして!途中でサリマンさんがアレクに夢を聞く場面がありまして。実はアレク、夢称号はまったくつけてないのですが、くもつ亭さんのサリマンの台詞がなんかそれっぽかったので、アレクが持っているであろう夢(ギルとの約束)を語らせてみました。
アレクから特訓を受けた後、サリマンさんはくもつ亭さんへお嫁に行きます・・・というか、もう行ってます。(笑)
突然のクロスオーバー要望にご許可をいただき、まことにありがとうございました!

アレクと雪精トールの会話がちょくちょく(特に最後のほうとか)出ておりますが、当然のごとくこれは本編にはございません。・・・今まで一般人で過ごしてきた人に、いきなり精霊見せて宜しくーって言うのは・・・うん、可愛かったり美人だったりならともかく、トール顔だけ見ると厳ついからな・・・。(笑)
まだ十代後半のわりに、少し冷静な視点で人の素質を見ていたりしますが、これは昔から冒険者になろうと色々やって来たアレク独特の視点ということで一つお願いします。若いけど、若いなりに色々彼にもあるんだよってことで。

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。

スポンサーサイト

2013/03/17 03:45 [edit]

category: そこから

tb: --   cm: 3

Sun.

そこから 4  

 遺跡を後にして外に出ると、ちょうど夕方に差し掛かろうとしていた。
 すぐ野営の準備に取り掛かる。サリマンが水汲みに行っている間に、アレクはトールを懐から出して、手際よく乾いた枝を2人で集めた。
 旅慣れた冒険者の身だ。太陽がもったりとした体を地に沈める前に、余裕を持って野営の支度を整える事が出来た。

「お疲れ、トール。・・・・・・これを」
「チーズと干し肉でっか。まあ旅の空ですからな、仕方あらしまへん」
「すまない。ちゃんと紹介しようと思ってたんだが・・・」
「気にせんといて、アレクはん。あんたが口下手なんは、わてもよう知ってますさかい」

 トールはにやっと笑った。
 貰った食料を口に放り込み咀嚼すると、彼はまた見つからないうちにとアレクの懐に潜り込んだ。
 やがてサリマンが戻ってきたので、アレクは彼と共に支度を進めた。

「すみませんね、野宿で」
「いや。慣れている」
「でも季節と天気さえ良ければ、遠い宿場まで足を運ぶよりもここでさっと野宿する方が快適なんですよね」

 おまけに安上がりだと、サリマンは言った。
 焚き火を囲んで、各々持参した携帯食料の晩餐を取る。
 サリマンが使い込んだ小鍋で細かく千切った干し肉のスープを拵え、アレクに振舞った。
 この手の小鍋を使ったスープや煮込みはアウロラが得意でよく作るのだが、ベニマリソウが入っていたかどうか、彼の記憶には定かではなかった。

そこから13

「どうぞ。ただの塩スープですが、外で飲むとお腹がほっとしますよ」
「ああ・・・・・・そうだな」
「昼に採ったベニマリソウも放り込んでみました。お口に合うといいんですけど」

 受け取った木製の皿からじんわりと熱が伝わり、思ったより体が冷えていた事を意識させられる。
 塩味のいたって質素な汁だったが、ベニマリソウのほのかな香味と干し肉の旨みも少し出ていて、素朴な味わいがあった。

(・・・アウロラなら、これに何を加えるだろうな?)

 旅の途中で仕留めた動物を手際よくさばいていた姿を思い出しつつ、アレクが内心で首をかしげていると、サリマンが不意に口を開いた。

「親父がね」

 アレクの視線は、その言葉を受けて自然と隅にある麻袋へと動いた。

「・・・ええ、そこの袋に入ってる私の父がね。なけなしの稼ぎを見境なく研究につぎ込むもんだから、私がまともに働けるまで極貧もいい所だったんですが」
「・・・・・・ほう。そんなことがあったのか」
「母親が愛想尽かして逃げた後、二人でよく摘んだんです。これ。もう何十年も前の話ですけどね」

 サリマンは皿に直接口をつけて、ずずっとスープを啜る。
 富裕な商人の血を引くアレクの家では、そういった貧しさを経験した覚えが無かった。冒険者となった新米の頃に、ようやくそういう飢えを体験したくらいである。
 自然、わずかに居心地の悪さを感じ、彼は身じろいだ。
 夕方の端っこと夜が混ざり合い、茜を帯びたちぎれ雲が少しずつ輝きを落としていく。
 そのうつろいを眺めながら、アレクとサリマンは黙々と口を動かした。

「・・・ああ、そうだ。見張りは交代で結構ですからね」
「あなたは依頼人だ。護衛である俺の仕事だと思うんだが・・・」
「なに、これまでもそうしてやって来ましたから」

 事も無げにサリマンは言う。
 食べ終わった後の食器を少しの水で拭いながら軽く打ち合わせ、サリマンが先に見張りをすることになった。

「おやすみなさい。大丈夫、もしも何かあったらすぐに起こしますから」

 もしもの事がある場合はサリマンよりも先に、恐らく懐のトールが反応するであろう――しかし、その事は口に出さず、アレクはただ頷くに留めた。
 近くの木の根元に厚手の毛布を敷いてごろんと横になる。
 腹は程よく満たされており、一日体を動かした心地良い疲労は、アレクを容易く眠りへと誘い込んでいった・・・・・・。

「・・・・・・・・・ん」

 ふと目を覚ますと、サリマンは先程のスープ皿でちびちびと晩酌をしている。
 アレクが起きたことに気づくと、彼はその場から動かずに声をかけた。

そこから14

「もう眠くないのでしたら、良ければ一杯どうですか。安酒だけど、温まりますよ」
「ああ。頂こう」
「さすが冒険者。いけるくちだと思いました」

 さっきの干し肉の残りもあるという。
 受け取った自分の皿を相手に軽く掲げてから、アレクとサリマンはさしで飲み始めた。

「一年前までは、たまに調査で近場へ赴いては、一緒に来て貰った冒険者とこうして焚き火を囲んでいました」
「・・・それで野宿に慣れているのか」
「ええ。そのときに聞かせてもらう話が、私はとても楽しみでした。・・・知らないことばかりで」

 こうやって、話し相手のある酒は久しぶりだとサリマンは皿をまた口に運んだ。
 一人暮らしだとなかなかご飯を作るのも面倒だから、食堂やたまに酒場にも行くのだと言う・・・ただ、誰かと話し込むと言うことは皆無だと。
 アレクは意外な気がして目をわずかに瞬かせた。中々饒舌で、相手を飽きさせない話術も心得ているような男である。

そこから15

「まあ気楽と言えば気楽ですから、特に何とも思いませんけどね。何事にも、良い面悪い面はあります」
「・・・・・・そうだな」

 アレクの脳裏に、大蛇に出くわした時に使ったゴーレムと、その開発者であるディトニクス家の令嬢の姿が浮かぶ。
 彼女からの二度目の依頼を引き受けた際、あまりにも意外な真実が出てきたために、このままゴーレム開発を続けていいのかと悩んでいた。
 だが、物事には二面性って奴があるんだと彼女を諭したのは最年長者のエディンだった。
 「いいこというじゃない」と笑って立ち直った彼女――ルーシーは、やがてきちんとスチームゴーレムを改良し、自分たちにあんなプレゼントを贈るまでに腕を上げていたのである。
 そんな過去を思い出しながら、しみじみアレクが頷いていると、ふとサリマンの目に真剣な光がちらついた。

「ねえ。月並みな質問ですが、冒険者って楽しいですか」
「・・・・・・ん?」
「明日の事も分からない冒険者稼業でしょう。いや、ただの興味なんですが」
「・・・そうだな。人にもよるんだろうが・・・俺は、友達と昔約束をしたんだ」

 首を傾げるサリマンに、アレクは自由と冒険を追い求める幼馴染がいて、彼の近くで同じ夢を見るのだと誓ったことを話した。

「自由と冒険・・・何者にも縛られない生活、か」
「ああ」

 それは父と母がかつて通った道でもある。
 アレクの話にじいっと耳を傾けていたサリマンは、焚き火の炎を見詰めながらポツリと呟いた。

「私の憧れている冒険者像そのままなんですね。あなたは。なんて屈託のない夢だろう」
「子供のときに約束した夢だからな。でも・・・・・・ちゃんと叶ったし、叶え続けたい」
「・・・私も、そうありたいな」

 会話が途切れても、焚き火があると不思議に居心地は悪くない。
 何となく炎に見入りながら黙って杯を重ねる。
 夜空を見上げると、大きく輝く赤い竜の星が、西の森の端に姿を消そうとしていた。アレクの瞳に、よく似た色の星だった。
 今の季節、ちょうど真夜中に沈むこの星を、見張り交代の目安にしようかと打ち合わせていたのだったが・・・どうせ厳密な取り決めではないし、聖北教会の加護のせいか、今夜は何事も起こりそうに無い。
 サリマンを見やると、気分よく飲んでいる様子である。もう少し放っておいても良いだろうと、アレクは判断した。
 そしてどのくらい杯を重ねたか。
 ふと見れば、サリマンは膝を抱え、ボンヤリと自分の震える片手を覗き込んでいる。

そこから16

「思い出していたんです。・・・昼間の事、あの蛇の事」
「あれか」
「・・・大きな蛇でしたね。ああいうの、よく相手にされるんですか」 

 新米時代にも退治したが、リューンの地下にある元遺跡の下水道などでも見かけた覚えのあるアレクは、こっくりと首を縦に振った。

「そうですよね。あなた、堂々としていました。さすが冒険者です」

 でも、と弱々しくサリマンは続けた。

「・・・もしあれを、自分が相手にしていたらと思うと。・・・はは。この様です」

 サリマンは揺れる焚き火とアレクを交互に見詰めながら、のろのろと吐露し始めた。

2013/03/17 03:33 [edit]

category: そこから

tb: --   cm: 0

Sun.

そこから 3  

 切り立った崖の下にバーセリック墓地遺跡の入口はあった。
 周囲は明らかに人の手で刈り込まれ、日差しが下生えまで良く差し込んでいた。気持ちのいい風も通っている。
 そのおかげか、佇まいは静謐だがおどろおどろしい印象は少しも無かった。入口は、鉄柵で封印されているようだ。

「相変わらずのどかだなあ、ここは。今晩はここに野営しますので、そのつもりでお願いしますね」
「わかった」
「水場も近いし、いざとなったら遺跡内で雨露もしのげるんですよね。流石にそれはぞっとしないですが」

 遺跡とは言っても、「墓地」遺跡である。それは確かにぞっとしないだろうと、アレクにも思われた。
 遺跡での作業は夕刻までには十分終わる見込みがあるそうだ。
 野営の準備はそれからということになり、彼らはまず昼休憩をとることにした。
 柔らかい下生えに腰を下ろし、乾いた携帯食料を齧る。水で流し込み、手短に支度を整えた。

「では、そろそろ潜りますか」

 サリマンはよし、と頷いて、上着の内ポケットから銀色の小さな鍵を引っ張り出した。
 アレクが無言のまま視線で問うと、

そこから7

「遺跡が悪用されない様にとね。魔よけの意味もあるらしくて。潜るにも教会の許可が要るんです」

と、鍵を差し込みながら彼は答えた。

「その割に立会人もないし、体裁の意味が強い気もしますけど」

 こんな小さな遺跡にいちいち構ってられないのが本音だろうかと、サリマンは肩をすくめた。
 かちり、と鍵の開いた音が鳴り、アレクは予め灯しておいたカンテラを掲げる。
 依頼人を後ろに遺跡へ足を踏み入れた途端、洞窟特有のじっとりと冷えた空気がアレクの身体を取り巻いた。

「相変わらずですね。ここも」
「一年ぶり・・・だったか?」
「ええ。・・・ここの壁画も、昔、全部写し取ったんだったな。・・・懐かしい」

 サリマンはカンテラに照らされた壁をそっとなぞりながら、独り言のように呟いた。

「・・・ああすみません。こちらですよ。まぁ、迷いようもありませんけどね」

 道は一本だけ、真っ直ぐに伸びていた。暗いが、よく舗装されているので足さばきは楽だった。

(これなら戦闘が起こっても大丈夫だな・・・。)

 いささか物騒な安堵をアレクはした。
 下げているカンテラに照らされて、じわりじわりと闇が染み出してくるように行く手が現れる。
 壁や柱に丁寧に掘り込まれている独特で繊細な陰影が、その暖かな灯りの動きに合わせて、静かに揺らいではまた闇に溶けていった。
 ほどなく、サリマンが足を止めた。
 カンテラを貸して欲しいと言うので、落として割らないよう注意して渡す。
 すると、サリマンが真っ直ぐに腕を伸ばした。
 カンテラで先を照らしているが、その先の道が不自然に黒い。

そこから8

「ここです。この落とし穴です」

 彼は屈んで闇の先を照らしながら、底をじっと見つめた。アレクもその後ろから一緒に窺うと、そこそこの深さがあることが分かった。
 底にびっしりと立てられた槍が、ボンヤリとその姿を晒している。
 なるほど、もし落ちたなら助かりそうにはない。昔はさぞ侵入者の血を吸ったのだろう。

「相変わらず骨が散らばってぞっとしないなあ。浄化済みとはいえ・・・」
「どれがお父上か分かるか?」
「お、いたいた。あれです」

 サリマンは父親を見つけたようだ。

「暴かれてから久しい罠だし、何でこんな分かりやすい穴に足滑らせたんですかね・・・ホント」
「・・・・・・お父上じゃなければ、分からないさ」

とアレクは呟いたが、それはあまりに小さすぎてサリマンの耳には届かなかった。

「さて、じゃあ回収しますか。技術に長けた人が上にいた方が安心だから、私が下に降りますね」

 上からロープで確保していて欲しいと言われ、アレクは首肯した。
 サリマンも基本的な技術くらいなら身につけているので、ちゃんと支えて貰えれば下に降りることは造作も無いという。
 アレクは長い命綱の束を解き、からまりは無いか、万一の劣化は無いか、点検を始めた。
 その間にサリマンは、もう1つのカンテラを取り出して灯りを移し、新しいほうを別のロープに結び付けて穴の底へと下ろしていた。
 闇に隠されていた陰鬱な世界がぼうっと浮かび上がる。

「こちらは大丈夫だ」

 アレクが用意したロープを渡すと、サリマンは慣れた手つきでそれを股から肩に回し、脇腹に押さえ込んだ。冒険者もよく使う、肩がらみという方法だ。

そこから9

「じゃあ、行きます。よろしくお願いします」
「ああ。気をつけて」

 サリマンはするすると縁の向こうに消えた。

「くっ・・・・・・」

 アレクは腰を沈めてしっかりと足を踏ん張りながら、ロープにずっしりと掛かる機微を読み取る事に集中した。
 どのくらい時間が経ったのだろう・・・・・・しばらくして、掛かっていた負荷がふっと軽くなった。

「着きました!」

 すぐにサリマンの声が地の底から響いた。アレクは緊張を緩める。
 縁から下を覗き込むとまだ暗い様子だったので、カンテラを掲げて、底への光源を増やしてやった。
 ぼろぼろに朽ちた無数の槍と、散らばった骨の間を縫って、サリマンは底に屈んでいる。手巾でマスクをしているようだった。

(遺跡でのこういうところの振る舞いも身についている。・・・・・・死体に取り乱す様子もない。これは中々強いな。)

 アレクはサリマンの様子をそのように評価した。
 冒険者といえば、とかく荒事に縁がある。そればかりと言うわけでもないのだが、普通に生きている市民と比べると、圧倒的に死体を目に入れる機会が多かった。
 血に弱かったり、死体に弱かったりなどすると、極端に依頼の種類を絞る必要が出てくる。それは冒険者として実際的ではなかった。
 サリマンは下ろしたリュックから大きな麻袋を引っ張り出すと、目当ての遺体をそこにごそごそと詰め込み始めた。
 「それ」がまだ衣服の残骸をまとい、十分に原型を留めている事が上から覗き込んでいても分かったが、サリマンは手際よく折り曲げたり、こびりついた何かを剥ぎ取ったりして、せっせと器用に作業を続けている。

そこから10

 その甲斐もあってか、作業は何の滞りもなく終わり、アレクは口を固く縛った麻袋をサリマンの合図と共にロープで引き上げた。
 麻袋の、軽くも重くも無い手ごたえが両の手に掛かる。
 ――――ずりっ、ずりっ、ずりっ。

「・・・・・・ふう」

 思わずアレクは息をつく。十分に気をつけて引き上げたが、麻袋は時折岩にこすれてしまい、硬くてくぐもった音を立てた。
 引き上げた麻袋のロープを解き、もう一度穴に下ろして底を照らすと、やはりカンテラを掲げたサリマンがこちらを見上げている。
 彼は、光が直接目に入らないように腕で顔を庇いながら、大きな目をいつまでもこらしていた。

「・・・・・・サリマン?」

 油がじりじりと燃える特有の臭いが立ち込める中、アレクはじっと返答を待った。

「・・・ああ、すみません。天井を見ていて」

 おもむろに彼は口を開く。

「あなたも、よければ見上げてごらんなさい。足元には気をつけて」

 サリマンに変わった様子が見られないのを確認すると、彼の言葉につられてアレクは顔を上げた。
 よくよく気をつけて見れば、天井の少し窪んだ部分、またたき揺れる暖かい光の中に、美しいモザイク壁画が浮かび上がった。
 ごくさりげなく、小さな造作だったが、色とりどりの石片をちりばめて、羽と角の生えた不思議な生き物が丁寧な意匠で表現されていた。

「・・・これは?」
「昔むかしに信仰されていた神様の壁画ですね。現世にさまよっている魂を、次の生に導くのだとか」
「神、か」
「・・・恐らく、ここに落ちた者が死後この場を荒らさぬようにと、魂が正しく導かれるようにと、描かれたものではないでしょうか」

 サリマンの推測は根拠のあるものではなかったが、それは確かな説得力を持っていた。
 鑑定眼も確かなようで、「ここから見ても、かなり状態がいいみたいです」という声が聞こえる。
 ふとサリマンが言った。

「・・・父はもしかしたらこれをたまたま発見して、興奮してつい、足を滑らせたのかもしれませんね」
「そういうことをしそうな人だったのか?」
「・・・違うかもしれないけど。でもあの人らしいです」

 それからサリマンはしばらく口を閉ざし、穴の底からじっとその壁画を眺めていた。

2013/03/17 03:32 [edit]

category: そこから

tb: --   cm: 0

Sun.

そこから 2  

 翌日。まだほの暗いうちに、アレクはトールを懐に突っ込んで宿を発った。
 雲は少し出ているけれども、空は十分に晴れている。

「ちょっと空気が湿ってまんな。ま、このくらいの寒さの方がわてにはありがたいですが」
「そうか、良かったな」

 ゆっくりと朝の空気を胸いっぱいに吸い込んで吐き出すと、アレクは待ち合わせの場所へと足を向けた。
 依頼人の姿は、すでにそこにあった。

「おはようございます。晴れてくれて助かりましたよ。二人だし、身軽に動けます」

(本当は三人なんだがな)

と、アレクは思った。つい雪精トールのことをサリマンに言いそびれ、彼を紹介することができていない。
 そんな心中も知らず、サリマンはきびきびと言った。

「順調に行けば昼過ぎ頃には着くはずです。さ、それでは出発しますか」

 街道をひたすら北へ、北へ。
 まだ明け切っていない街道には、人の行き交いもまばらだ。荷でいっぱいの大籠を背負う者たちと幾たびかすれ違った。

「・・・久しぶりだなあ、この道を行くのも。用が無ければ、町の外なんてそんなに出ませんからね」

 少し感慨深そうにサリマンは口を開いた。

「ああでも、あなたは冒険者ですから、そんな事もないのかな?」
「そうだな・・・つい先ごろまでは、北の辺境や港町に滞在していた。町の外にはよく出ると言っていいと思う」

 ”金狼の牙”たちがキーレで成した出来事は、まだリューンに伝わってきていない。
 噂話は人の歩く速度と同じくらいというから、もう少ししたらサリマンもあの噂を耳にしたかもしれなかったが、今はまだ彼の知るところではなかった。
 それゆえに、質問者はのんびりと頷くに留まっている。

そこから4

「そうでしょうねえ。外の世界に実際に触れたら、きっと想像もつかない事だらけなんだろうな」
「それは間違いないな」
「残念ながら今回の行程はずいぶんと単調です。もし良ければ道すがら、いろいろ話を聞かせて下さい」

 今回の依頼人は、ずいぶん饒舌なようだった。
 アレクの冒険譚にはことに興味を惹かれている様子だったので、話下手ながらも一所懸命に、乞われるまま新米の頃に請けた大蛇退治や葡萄酒運びの護衛、フィロンラの花を採取した遺跡の話などをしてみた。
 しゃべりながら歩く街道は、リューンの主要なものなので整備も治安も申し分ない。
 ちょうど話が大海蛇退治の辺りに差し掛かった時、街道沿いの詰め所前で年のいった治安警備隊員が、焚き火にあたりながらまだ眠そうに歯を磨いていた。
 その焚き火の周りでは串に刺した丸いパンが幾つか炙られていて、香ばしい匂いを辺りに漂わせている。

「やあ、おはようございます。うまそうな朝食ですね」

 ごく自然な口調で如才ない様子に、アレクは心中で唸った。
 老人や警備隊等に所属している輩は、とかく頭の固い者が多い。口の利き方1つですぐ不快になることもある。
 しかし、そんなことを起こさせない彼の話しぶりに、アレクは(・・・もしかしたら、情報収集や交渉に長けるかも。)と評価をつけた。
 サリマンが声をかけると、老隊員は口にさした歯ブラシを引き抜いた。

「よかったら道すがら食べるかね。まだ余分もあるし、一個2spで分けてやるよ」
「お、いいですねえ。アレクシスも食べます?」

 黙って首肯しサリマンに2sp渡すと、彼は「それじゃあ2つ貰うよ」と老隊員に声をかける。

「おう、持ってきな。バターも使っていいぜ。そこの壷ん中だ」
「そいつは有りがたい」

 老隊員に4spを手渡して、彼は程よく炙られたパンを二つ、串から外した。
 それを真ん中からざっくりと割って、壷に入った真っ白なバターを中の木べらでたっぷり塗りつけた。

「あちち・・・・・・最近街道はどうです。何か変わった事は」
「ここ最近は平和なもんだよ。どこまで行くんだい」

そこから5

「バーセリックまで。明日には帰る予定なんですが」
「ふぅん。また辺鄙なとこに行きんなさるな。まぁ今のとこ、特に何も無いぜ」
「便りが無いのがいい知らせ、ってね。それは何よりの情報ですよ。じゃ、どうもありがとう」

 さり気なく街道の様子を聞きだし、相手の質問に過不足なく答えて自分の目的――遺体回収――については口にしていない。
 アレクはつくづく感心した。冒険者になりたいというサリマンは、結構向いているかもしれない。

 サリマンは親切な老隊員にパンを両手に握ったまま軽く手を挙げ、アレクの元に小走りで戻ってきた。

「どうぞ。熱いから気を付けて」
「ありがとう」

 炙りたての丸パンを受け取ると、小麦と溶けたバターの匂いがたちこめた。

「あっちち・・・はぐっ」

 必死に手の熱さを逃がしながらパンを頬張るサリマンの目を盗み、アレクは小さな欠片を冷ましてから懐に忍ばせた。
 小さな手でトールが受け取り咀嚼するのを感じつつ、アレクもまたパンにかぶりつく。

「・・・むぐむぐうまいむぐむぐですね、むぐ」
「・・・・・・・・・ああ」

 咀嚼を終えてからアレクが答えると、サリマンも大きな塊を飲み込んでから言った。

「・・・ここら辺の情報はあなたも詳しいんでしょうが、平和そうでよかった。むぐむぐ、予定通りの行程になりそうですね」

 熱々のパンを口いっぱいに頬張りながら、相槌を打った。
 視界は大きく開けており、昇り始めた日の光を受けて、彼方の山脈までようよう見渡せる。
 一泊の行程なので荷物もそれほど物々しくない。
 サリマンの言うとおり、とても身軽な旅だった。
 丘を超え、宿場を越え。その大きな街道をさらにしばらく進むと、細い脇道との分岐に辿り着いた。
 日に褪せた立て看板を確認してから、細い分岐に入る。この道を行けば遺跡があるとサリマンは言う。
 街道から離れた、少し緩やかな登り坂。
 その遥か奥に広がっている森までは、野の花がぽつぽつ咲く原っぱが続いていた。

「知ってます?ベニマリソウ。そこらによく生えてるから、珍しくも無いですけどね・・・」

 サリマンは、街道の脇に小さく群生していた野花を摘み取り差し出した。
 可愛らしいピンク色の丸い花に目を細めていると、

「野草の中でもアクが少なくて、ゆがくだけで美味しいんですよね。手間いらずで好きです」

などとサリマンが続けたので、思わずアレクは目を剥いてしまった。

(まさかそう来るとは・・・。でもまあ、確かに野草を食するのに抵抗がなく、知識もあると言うのは強みだろうな。)

 今晩の賑やかしにでも、とサリマンが水筒の水で少し湿らせた手巾に採集するのを、アレクは黙って見守った。
 周りに妖魔や動物の気配が無いことは、すでに確認済みである。

「・・・や、お待たせしました。夕食にスープくらい付けようと思ってたんですが、ちょうど良かった」

 では行こうと促され、再び二人は歩き始める。
 ・・・・・・どのくらい進んだだろうか。道は緩やかで、単調だ。アレクには少し退屈でもあった。
 街道を離れて久しいというのに、緑の濃い、明るい広葉樹林を縫ってつけられた道は、とてもよく手が入っていた。

「意外なくらい整っているでしょう?聖北教会が、遺跡を浄化するときに整備したんです」
「教会が?」
「何と言いますか、まあ有り難い話なんですけど・・・教会の力ってすごいですよね」

 そうだな、と相槌を打とうとしたアレクの機先を制するように、サリマンが小さく声を上げる。

「・・・あっ」

 その声に視線を走らせると、中々大きな蛇が道を塞ぐように横たわっていた。
 どうしようと困り果てているサリマンを下がらせて、アレクはそっと荷物袋から鋼鉄製の犬を取り出した。

「それは・・・?」
「スチームドッグという、蒸気で動く犬のゴーレムだ。前にやった仕事でゴーレム研究家から貰った」

 アレクが突撃しても構わないのだが、彼の傍を離れている間に、他の動物が襲ってくるとも限らない。
 これが一番安全策だろうと、アレクは犬のゴーレム――スチーノを起動させ、蛇にけしかけた。

そこから6

 スチーノが蛇に鋼の牙を突きたて拘束する間に、アレクは周りを確認してみるが、違う獣が潜んでいる様子は見られなかった。
 安心して進み出ると、≪黙示録の剣≫を蛇の頭部へと突き刺す。
 蛇は太い胴体を波打たせてしばらく暴れていたが・・・・・・やがて事切れると、ぐったりと丸太のようになった。
 スチーノのスイッチを切って、蛇の死体を道の脇の草むらに靴で押しやる。
 サリマンはその様子をじーっと見守っていた。

2013/03/17 03:31 [edit]

category: そこから

tb: --   cm: 0

Sun.

そこから 1  

 久しぶりにリューンへ帰ってきた”金狼の牙”たちだったが、リーダーであるギルの炭坑に閉じ込められるという事件により、しばらくは6人での活動を控える事となった。
 ギルの衰弱が酷かった為である。
 元々健康体であり、アウロラやミナス、そしてウェイトレス業の傍らエセルが彼の看護を交代でやっているので、程なく回復はするだろうが、今すぐというのは無理だった。
 その間、手の空いているアレク・エディン・ジーニは1人で請ける依頼を探していた。
 そして今日、親父さんが一枚の依頼書を手に、アレクに声をかけたのである。

そこから1

「・・・護衛の依頼という事だが、目的は遺体の回収らしい」

と親父さんは言った。
 遺体の回収とは物騒な話だとアレクは思ったが、詳しく聞いてみると、一年ほど前に事故で亡くなった身内の骨拾いということらしい。
 亡くなったのは市井の学者で、遺跡探索中に罠に掛かって命を落としたとか。依頼主は、その息子であるそうだ。

「・・・ああ、それとその依頼人な、うちの冒険者になるつもりでいるみたいなんだ」
「・・・・・・なんだって?」

 ≪狼の隠れ家≫は、店の規模にしてはけっこうな老舗である。
 まったくの新米がこの店を訪れることは、そう頻繁にあることではない。
 たいていが、この店出身の誰かの紹介だったり、冒険の途中でここを世話する羽目になったり・・・登録されている者の多くは、そういう経緯でこの店にいる。
 だから、その依頼人がこの店へ冒険者として登録したいということは、元から紹介状目当てだったのだろうか――アレクはそんな風に勘ぐった。
 親父さんがアレクの思考に気づき、ゆっくりと首を横に振った。

「いや、そうじゃない。そんな下心で依頼を出したわけじゃないよ、ただ――ついでに様子を見てほしいんだ」

 事前にどんな人物か情報を把握出来ると助かるしな、と親父さんが嘯いた。
 そういうことならとアレクが黙って頷くと、親父さんはほっとした様子になった。

「ああ、すまんがよろしく頼む。帰って来たら一杯奢らせてもらおう」
「トールの分も用意してやってくれ」
「ああ」

 親父さんはカウンターの下にある引き出しから、封筒を取り出した。

「ほら、こいつが紹介状だ。仕事があるから、夕刻の鐘以降に来て欲しいとさ。たのむぞ」

 ・・・・・・そしてアレクは今、依頼人宅の木戸をノックしていた。
 戸のつくりがごく薄い事が伺える。下町でも貧しい区画だ、そういう造りなのは仕方ないのだろうが――。
 ややすると、「・・・どちら様で?」という深みを帯びた男の声がした。
 アレクが名乗ると、

「・・・ああ、≪狼の隠れ家≫の。へえ、思ったより・・・」

 ドアを開けた人物は、「早かったですね」という言葉を飲み込んだ。
 依頼人であろう男の前に立っていたのは、若く、密やかな自信に満ちた美しい男だった。
 ほとんど白に近い銀の髪は癖なく形の良い頭部を覆っており、静かな赤褐色の眼が真摯にこちらを見つめている。
 半神の彫刻のような顔を息を忘れて見つめていると、その薄い唇が「入っても・・・?」と呟いた。 

「ああ・・・・・・入って、下さい」

 今日の名残の西日がまっすぐに差し込み、赤褐色だったはずの瞳が血色に変わる。
 その人は眩しそうに目を細めながら、アレクを迎え入れた。
 窓のあまり無い家の中は薄暗かった。
 埃の匂いがするが、意外に湿気はない。アレクは天井の明り取りから伸びる少しの光を頼りに、中を見渡した。
 狭い家のわりに、やけに空いた棚が大小ごたごたに並んでおり、そこから伸びた影が足元で交錯している。
 その様子にやっと人間らしさを感じた依頼人は、小さく苦笑して火の入った燭台を入口の側の棚に置き直した。

そこから2

「ちょっと暗いですよね。・・・日光や湿気って、発掘物や書物の類にあまり良くないもので」

 亡くなる前の父親の意向で、窓が開かないよう釘を打ってあるのだという。既に不要ではあるが、慣れてしまったからと彼は言った。

「そうか。・・・・・・こちらを。紹介状だ」

 アレクは今回の依頼人に携えていた封筒を渡すと、目を落とすその様子をじっと観察した。
 色黒で、目ばかり大きな小男だった。年は若くない。中年にさしかった頃か――眉間には深い皺が刻まれていて、ぱっと見気難しそうな印象を受ける。

(・・・しかし、受け答えやさっきのちょっとした仕草。物腰はやわらかくて丁寧な人だな。)

 ちゃんとアレクを気遣って灯りを移したことを思い、彼は一人頷いた。
 薄暗い部屋であるが、依頼人が紹介状に目を通す様子は物慣れている。

「はい、確かに。割印もぴったりですね。・・・それではまず、依頼の条件を提示するとしましょう」
「頼む」
「あなたに依頼したいのは、道中の私の護衛と、父の遺体を回収する手伝いです」
「ああ。親父さんから聞いているが・・・護衛がいるような道のり、あるいは事情があるのか?」

 依頼人は、ゆったりと首を横に振った。

「まあ護衛とは言っても念のための用心ですから、大した危険はないと思います」
「そうか」
「バーセリック遺跡はご存知ですか?」

 彼が口にしたのは、リューンの北東部にある小さな墓地遺跡の名前だった。
 遺体のある目的地はそこだという。
 ランタンの用意さえあれば十分な、小さい規模の遺跡だが、回収作業があるために多少のロープ技術は必要とのことで、アレクは黙って首肯した。

「行程は1泊2日。野宿になります。食事は持参、報酬は600sp」
「ああ」
「前金で、先に300spお支払いします。残りは依頼終了後に。上乗せは・・・」
「いらない、それで大丈夫だ」

 紹介状にあるここの住所を見た時から、依頼人が払える金額が親父さんから言われていた分で精いっぱいであろうことは、予測がついていた。
 そして家の外観や、中に入ってその予測は裏打ちされている。
 アレクはこれ以上、彼から何かを得ようというつもりはなかった。

「ありがとう。ではあらためて、私はサリマンと申します。よろしく」
「こちらこそ」

 差し出される骨ばった手を軽く握り、依頼の契約は成立した。

「ではもう少し具体的な事情などお話しましょうか」

 アレクはサリマンに勧められ、背もたれのない簡素な椅子に腰をおろした。
 少々長い話ではあったが、サリマンの話は分かりやすく簡潔で、アレクはあまり口を挟む必要はなかった。
 まず、目的地のバーセリック遺跡については、すでに探索され尽くしており、リューンからも近く、清められて魔物の脅威もほとんどない。
 そんな冒険者からすれば旨みのない遺跡ではあったが、サリマンの父の研究対象としてはまだまだ見るべきところがあり、立地も近場で格好だった。
 サリマン自身も何度か足を運んだそうだが、問題の事件があった日、彼は家で資料の整理を行なっていた。

「同道していた護衛の報告によれば、父は槍を仕込んだ穴に足を滑らせて命を落とした。一瞬の事だったそうです」
「・・・そうか、遺跡の罠に・・・」
「ええ。1人では遺体の回収もままならないとの事でしたので、私は彼を伴ってすぐに件の場所に向かいました」

 サリマンは穴の底まで降りて、それが父である事を確認した。・・・体中を緑青だらけの槍が貫通して、完全に事切れていたと言う。
 護衛とサリマンの二人がかりでも大の男を引っ張り上げる事は難しく、仕方なくサリマンは頭髪だけを持ち帰り、葬儀を済ませた。
 それがちょうど、一年ほど前のこと。
 時間経過で遺体の目方が少しは軽くなってるだろうこと、遺跡を管理している聖北教会からせっつかれていること、そして貪欲な学者の研究心もこの一年で満たされたであろうこと。
 以上の三点から、そろそろ父親の遺体を引き上げるつもりになったと言う。

「本当は、その時の護衛に依頼するつもりでしたが、今はもうリューンに居ないそうで。それで、名前をよく聞く≪狼の隠れ家≫へ依頼を出した次第です」
「大体の背景はわかった」
「ありがとうございます」
「ひとつ、伺いたいんだが・・・冒険者になるつもりなのか?」

 サリマンは大きな目を瞬かせると、「ああ」と何かに思い当たった。

「宿のご主人から聞きましたか。ええ。今回の件が片付いたら≪狼の隠れ家≫に、ご厄介になる事にしました」
「・・・失礼でなければ、どうしてか聞いても?」

 アレクの言葉に、彼はちょっと肩をすくめてから周りを見回した。

そこから3

「この家は、今の私にはちょっと広過ぎます。借家ですしね。それなら、どうせ身軽だし新しい空気を吸ってみようかとね」
「学者さんじゃないのか?」
「・・・ふーん。私の身上が気になります?」

 アレクが少し困ったような顔で頷くと、サリマンは手を振った。

「いえいえ、当然の事ですよ。私みたいなおっさんが何で今さら冒険者にと思いますよね」

 彼がおどけたように、「あなた方としても、変な奴に来られたら困るでしょう」と言うので、アレクはますます困ったような顔になった。
 気を取り直して依頼の話に戻り、いつ出発かを問うと明日の夜明けと共にと返事があった。

「・・・これ、前金です。明日から、よろしくお願いしますね」
「ああ」

 銀貨300枚の詰まった皮袋を左手で受け取り、アレクは首を縦に振った。

2013/03/17 03:30 [edit]

category: そこから

tb: --   cm: 0

プロフィール

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

カレンダー

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

辺境に足を運んだ方の人数

▲Page top

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。