Thu.

スティープルチェイサー 7  

(二位か。悪くはねえ・・・・・・まあ、優勝はしたかったがな)

20130306_125.png

 エディンは反省と興奮の入り混じった、奇妙な高揚に包まれながら歩いていた。

「エディン!」
「だっ!ど、どうしたアウロラ!?」
「お疲れ!やったな、入賞だよ入賞!」

 興奮しきったアウロラが飛びつき、驚いたエディンはよろめきながらもその肢体をちゃんと受け止めた。
 その後ろから、黒瞳を輝かせたギルが走ってくる。

「みんなもお疲れさん!あの道を整備するのは大変だったろうな」

 そっと小柄なアウロラを下ろしギルに笑いかけながら言うと、一所懸命駆けて来たらしいミナスが、額に汗を光らせながらもにっこり笑った。

「結果が出せたんだから、頑張った甲斐があるよ」
「一番負担の大きなポジションをよく走り切ったわ。本当にお疲れ様」

 ぽん、と背中を叩いたのはジーニである。
 大人コンビの相棒に労われて、エディンは大げさに息をついてみせた。

「役目が果たせてほっとしてるよ。さすがに優勝は逃がしたがな」

20130306_126.png

「なあに、今日宴会するのに十分な結果だよ!ハセオもお疲れ様!」

 ギルがそう言って、ハセオの首をそっと叩いてやった。嬉しそうにいななく馬を撫でつつ、エディンは首をかしげた。

「・・・あれ、そういえばマートウさんはどこだ?ここに居るはずじゃなかったか」
「あ、そういえば。来てないはずは無いと思うんだが・・・」
「ええと・・・・・・」

 アレクが必死に首を伸ばして辺りを見回す。”金狼の牙”が出会った頃、ギルとほとんど変わらない身長だったのだが、すでに追い抜いてエディンに迫らんとしていた。

「あっ、あれじゃないかギル?むこうで顔覆って泣いてる人」
「あー、ほんとだ。髪下ろしてるから分からなかった。おーい、マートウさーん!」

 ”金狼の牙”たちは「ありがとう」を繰り返しながら泣いているマートウさんを宥めすかした。彼女は泣きながら、ぐしゃぐしゃに笑った。
 それからエディンは表彰台にのぼった。胸元のメダルを光らせて、乞われるままに振ったりする。
 ・・・こういう風にして、今日、”金狼の牙”は依頼をひとつやり遂げた・・・・・・。

「乾杯だ!乾杯!」

 ギルの合図で木製のジョッキが打ち鳴らされる。一行は、マートウさんとハセオを引き連れて≪狼の隠れ家≫へと、なだれ込むように帰還した。
 ・・・もちろん、準優勝の賞金は忘れずに。
 そして夜が更けた。ハセオは、すでに家に帰してある。
 明日は店があるからもう帰る、と別れを口にしたマートウさんを、エディンは夜道が危ないからと送ることにした。

「あー楽しかった。美味しかった」
「夜風が気持ちいいな」
「ほんとね。わー、星も良く見える」

 しばし黒の天幕とそこに散らばる輝きを見上げていたソウは、「りんご食べない?」とエディンに訊いた。

「ああ、じゃもらおうかな」
「はい!どうぞ。自分用だから形はちょっと悪いけど、味は売り物と同じよ」

20130306_127.png

「ふーん。魔法のかばんみたいだな。りんごが丸々入ってるなんて」
「おばさんのかばんには、いつでもおやつが入ってるものよ。これ常識」

 二人はりんごを齧りながら、ふらふらと夜道を歩いていた。

「・・・おっ、ミツ入りだ」
「・・・・・・・・・・・・ねえエディン」
「ん?」

 ソウはしばらく逡巡していたが、やがてぽつりと声を出した。

「私の主人ね、事故で亡くなったの」
「ああ、詳しくは知らないけど、突然だったってのは聞いたよ」
「ええ、そう。突然の事故だったわ」

 しゃり、と一口りんごを齧って飲み込んだ彼女の瞳は、乾いていた。

「・・・スティープルチェイスの、練習中にね」

 しゃり、とエディンも一口齧る。

「・・・・・・・・・」
「その日は雨が降りそうだったから、今日はやめた方がいいんじゃない?って私が言ったら、『大丈夫大丈夫』って。手を振って行っちゃった。それが最後」

 生ぬるい夜風が、ソウとエディンの髪を揺らした。

「・・・あの日の雨は、憑かれたみたいな豪雨だったわね。現場は、本当にそこだけ土砂が崩れてて、バカみたいだったわ」
「・・・マートウさん・・・」
「だって、ホントに可笑しいの。何でそこだけ?って感じ」

 しかし彼女の口に笑いは無い。

「・・・多分、主人が雨をやり過ごしていた小さな横穴は、一瞬でのまれてしまったのでしょう」
「・・・・・・そうか」
「だから苦しまなかったわ。きっと」

 ソウの声が、すこしだけ震えた。

「ハセオは、その横穴のすぐ隣の木の影で見つかったの。きっと間一髪で逃れたのね。ひどく興奮していた。かわいそうに、怖かったんでしょう」

 ソウは・・・・・・うな垂れるようにして、ハセオだけ助かった、と呟いた。
 伝えたい事がある、どうか聞いて貰いたい、という彼女の申し出を拒否することは、エディンには不可能だった。

「私ね。金狼の牙に、謝らないといけない」
「私は、心のどこかで、ハセオを手放す口実に、あなた達を使おうとしていたかもしれないから」
「誓ってもいい、明確な自覚はなかったわ。あなた達に依頼したのは、信用が置けると思ったからよ」

 しかし、その時に心を過ぎったのは――。
 冒険者に依頼をして精一杯手を尽くしても駄目だった。
 ゆえに、ハセオを手放すことは仕方ない事態なのだと・・・・・・そんな言い訳を、自分にしようとしてなかったと言えない。
 ソウは小さく笑った。
 今から考えるとジーニには、最初からこんな気持ちを見透かされているような気がしていたと。

「スティープルチェイスが無ければ。主人は、死ななかったかもしれない」

 ごくりと唾を飲み込んだ後、歯を食いしばるようにしてソウは言った。

「ハセオが居なければ。主人は、死ななかったかもしれない」

 エディンはりんごを大きく齧りとると、大きな音を立てて咀嚼した。

「ハセオには何の罪もないわ。私だって、主人のやりたい事を応援していたもの。それを今さら」

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 ぎゅ、と荒れた働き者の手がきつく握り締められる。

「それにハセオは、うちの家族よ。その気持ちに嘘なんて無い。本当よ」
「・・・・・・・・・人間、綺麗な気持ちだけで生きていけるもんじゃねえぜ?」
「ええ、でも・・・でも・・・!」

 凍りついたようなその表情は、とっくに自分のことをすべて見透かしたから出たものだったのかもしれない。

「自分が、実は、ハセオを、スティープルチェイスを責めてるなんて・・・」

 認めたくなかった、と彼女は独白した。

「・・・だけどレースで、あなたとハセオが目の前にやってきた時」
「・・・ああ」
「もやもや抱えていたつまんない事が何もかも、全部吹っ飛んでっちゃった」

 感に堪えないような声。

「あの、ハセオの、伸び伸び駆けてくる姿!眩しくて、嬉しくて、胸が詰まって・・・涙が止まらなかった・・・!」

 曇った心の内でそれでもソウが渇望していたもの。
 それを、エディンとハセオは見事に満たしたのだ。
 おかげでもう一度、夢を見ることが出来たとソウは微笑んだ。

「これから一生懸命生きて行くために・・・あなた達とハセオに、心からお礼を言う為にも」
「・・・ああ」
「私はまず、自分の中の嫌な自分を正直に認めて、向き合わないと駄目だって思ったの」

 だから、ありがとうと彼女は言った。本当にありがとうと。
 少なくとも、ハセオと一緒に走ったエディンには言わずにはいられなかったのであろう――夜空の下の懺悔を知る者は、彼だけである。
 準優勝の銀メダルを片手に、長い脚を持て余すように歩いてエディンは≪狼の隠れ家≫に戻っていった。

「・・・お休みハセオ。いい夢を」

 ハセオが主人と草原を駆ける夢を見ていられるよう、エディンは小さく夜気に呟いた。

※収入1000sp、≪銀メダル≫※
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■後書きまたは言い訳
48回目のお仕事は、バルドラさんのシナリオでスティープルチェイサーです。別名を、「大人組みの本気を見せてやる」でした。(笑)
ちょっとした偶然ですが、新シナリオ作成でバルドラさんの背景素材をお借りした際、エディンみたいなキャラがお好みだと伺っていたのですけども、その前からリプレイは書き上がっていました。こんなこともあるのですね~。(笑)
他サイトさまでも言及しましたが、爽やかで躍動感溢れる良シナリオだと思います。しかも、それだけに留まらずソウ・マートウさんの細やかな心理描写が林檎と共に表現されているラストなど、非常によく気を配って作られているので、プレイしていてとても面白かったです。

実はレースについてガチ攻略掲載のサイトがあるので、参考にしたら優勝狙えなくはなかったのですが、今回はそういうの無しで頑張ってみたいと思い、エディンやハセオと共にやってみました。
結果は準優勝。色々考え抜いた上の入賞でしたので、とても嬉しいです。

それから、冒頭にて深緑都市ロスウェルの冒険について記載しておりますが、これはシナリオにはありませんのでご注意を。クロスオーバーはなさってません。ちょっとオープニングで色々自由にやれる雰囲気でしたので、書かせていただきました。
・・・そういえばこの人たち、前に謎の地下室の時もカードゲームやってましたね。

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。

2013/03/07 18:08 [edit]

category: スティープルチェイサー

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Thu.

スティープルチェイサー 6  

 正午の聖北教会の鐘の音が、空に高く響き渡る。
 同時に白い旗が草原に翻り、スティープルチェイスはスタートした。
 朝の打ち合わせどおり、エディンは集団の最後尾につく。
 さすが皆、ひとかどの騎手なのだろう、馬を駆る姿も、折り目正しく無駄がない。最後尾からだと、それがよく伺えた。
 ・・・程なく、森へ下る分かれ道に至る。
 エディンはためらわず、ハセオに合図を送った。

「よし。ここからが、本番だ」

 最初の柵を前方騎座で飛び越すと、エディンはひたすら襲歩を繰り返した。
 たまにハセオのへばってくる様子が手綱から伝わると速歩に変えるのだが、それを頻繁にしていては入賞できない事をエディンは肌で感じていた。

(それにしてもさすがだな、そつなく整備されている。走っていてよく分かる)

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 ハセオを走らせているのはエディンだけなのだが、森林道の至るところから、彼は仲間たちの声なき応援を感じ取ることができた。
 ややへばっているハセオを労わりながら進むと、エディンの鋭敏な耳に水音が聞こえてくる。

(・・・水音が聞こえる。川が近い。もうすぐ森を抜けるな)

「・・・エディー・・・!!」

(・・・今誰か俺の名を・・・・・・?)

「エディーーーーっ!!」
「・・・・・・ジーニ!?」
「この先の川!!跳べーーーーーーーーーーっ!!」

20130306_121.png

 喉も裂けよとばかりに、木々の合間から姿を見せたジーニが叫ぶ。

(今なんて言った、川を跳べ・・・・・・か?止まれとは言わなかった。何かあったのか?)

 そのまま手綱を緩めずに駆ける。
 彼の視界に、昨日の雨により増水した川が見えてきた――そこに橋がないことも。
 ちらり、と端っこに緋色と紫が見えた。

「跳べーーーーーーーーーっ!」
「跳べーーーっ!!跳び越せーーーーーーっっ!!」

 アウロラの横で、ミナスも懸命に声を上げる。

(みんな!この川を跳び越せと言うのか)
(・・・・・・よし!行くぞハセオ!!)

 エディンの眼前に、激しい川の流れが迫る。
 思い切り弦を引いた矢が遠くまで飛ぶように――勢いよく踏み込んで跳んだハセオとエディンの姿が――。

「・・・・・・・・・!!」

 川の向こうへと、着地した。
 ジーニが震える語尾で呟く。

「やった・・・・・・・・・・・・跳んだ」
「行けーーーーーー!!」

 ミナスはすっかり興奮して、≪エア・ウォーカー≫のついた腕を元気よく振り回している。
 いつも冷静なアウロラも、この時ばかりは「突っ走れーーーーーっっ!」とエールを送った。

「よし、こっちもすぐに後を追いかけましょう!」

 ジーニの指示に頷いた一行は、急いで川を渡り始めた。
 ・・・川を跳び越したエディンの視界が程なく大きく開けた。森を抜けたのである。
 順位は?早いのか?遅いのか?――エディンには分からない、分かるはずもない。ただ、必死に駆けた。
 さっき丘から見下ろしていた街は、今や目の前に迫り、ほんの一瞬、求める尖塔は無数の建築の波間に、その姿を潜めた。
 にやり、とエディンの口角が上がる。
 迷う必要はない。ぐんぐん膨れ上がるその全容に、ハセオとエディンは躊躇うことなく挑んで行った。
 見慣れたリューンの街中へ入り、エディンは眠たげな目を一層細めた。遠くに他の騎手が見える。

(教会に続く石畳の道が、まっすぐに伸びている)
(ああ・・・ハセオ、苦しそうだ。息がとても荒い・・・)

 エディンは尖塔に続く近道を脳裏に描きながら、ハセオに発破をかけた。

「そらハセオ、走れ!ここで頑張らなくて、いつ頑張る。競技馬の矜持を見せてみろ!」
「・・・・・・・・・!」
「・・・ゴールまで、突っ走れよ!」

 そして彼は手綱を弛め――。

「ハイッ!いけっ!」

 ハセオの腹を、叱咤と愛情を込めて思い切り蹴りつけた。
 たちまち、他の選手を追い抜いていく。

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「ハイッ!」

 ハセオはラストまで突っ走れというエディンの思いに、存分に応えた。

「ゴーーーーーーール!!」

20130306_124.png

 順位は――――。

(途中で抜き去った奴がいた。ビリとか情けねえ順位じゃねぇのだけは分かるんだが――)

 エディンが馬上から辺りを見回すと、にっこり笑ったレース主催元の人間が走り寄って来た。
 彼の手には、レース結果が書かれた板がある。

2013/03/07 18:07 [edit]

category: スティープルチェイサー

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Thu.

スティープルチェイサー 5  

 そして・・・レース当日。
 晴れ渡った青空の下、”金狼の牙”たちは円陣を組んで向かい合っていた。

「・・・さて、スタートは2時間後ね。ざっとだけど、作戦を組み立てたわ」

 簡単に描かれた周辺地図を広げる。
 仲間たちがどれどれと覗き込むと、そこにはスタート地点や鬱蒼と広がっているであろう森、川や主要な橋が描かれていた。
 地図の一番北には、リューンの文字がある。

「聖北教会の正午の鐘が、レース開始の合図よ。他の選手は、小細工など必要の無い手練ばかり」

 ここでジーニは小型の羽ペンを手に取ると、破線でその選手たちが取るであろうコースを書き記す。

20130306_113.png

「おそらく、森沿いのなだらかな丘をぐるっと回って、橋を渡ってリューンに入るでしょう」
「・・・ああ、その辺が一番障害と思われるものが少ないのは、俺が行って確認した」

 アレクが横で頷き、アウロラは腕組みした。

「うーん。安全で確実で、しかも気持ちよく走れそうですね」
「そうでしょうね。天気もいいし、保障するわよ」

 からかうような目で彼女を見やった後、ジーニは急に真剣な顔つきに変わった。

「だけど、単純に実力がものを言うコースになるから、このルートでの勝ち目はまず無いわ」
「うーん」
「という訳で、あたしたちが取るコースは、こっちの森よ。森」

 唸るギルを放置して、ジーニはもう一つの破線を描いた――スタートからリューンまでの最短距離を、森を突っ切って進む道。

「この森を突っ切る直線上に、木こり用の森林道が通っていたはず」
「あ、うん!ファハンについてきてもらって、途中までは僕が見たよ!」
「進入禁止の柵さえ跳び越せば、馬でも通り抜けられそうな幅の道が通っていたと思う」

 誉めてと主張するミナスの頭を撫でながら、ギルが口を挟んだ。

「多分、木材なんかの運搬に使ってるんだろうな」
「ただ、頻繁に使われていなさそうなのは好都合なんだけど、所々に雑草が茂っていた・・・のよね、ミナス?」
「うん」
「まあ、人が通らないと、道なんてすぐに荒れるからな」

 だから、とジーニは続けた。
 騎手以外の面子は、今からこの森ルートの点検と整備を開始する、と。
 さすがに呆気に取られた顔をして、アレクが「本気か・・・」と呟く。
 ちっちっち、と立てた指を横に振ってジーニは言う。

「なに、多少荒れていた所で道は道。一から作れという訳でなし、十分に勝算はあるわよ」

 ジーニはスタート直後からの動きをみんなに説明した。
 まず、騎手はスタート後、すぐに最後尾に付ける。
 これは、他の選手にコースを逸れる所を大っぴらにアピールして、ついて来るようなことを避ける為の措置である。
 こちらを素人と侮っていてくれるはずだが、わざわざ勝機を減らすような真似は不要だろう。
 上手に森を突っ切る事が出来れば、まともに丘を行くよりもかなり時間を稼げる。
 そのまま森を通り抜けたら南門からリューンに突入。あとは大通りを駆け抜けて、聖北大聖堂前がゴール地点となる。

「レースとしては、ここが一番の見せ場なんだよね?ソウさんも、ゴール付近で待ってるって言ってたもの」
「ああ」
「もし、ゴール付近で他の選手と競ったら?」

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 無邪気なミナスの質問に、ジーニはにっこり笑って答えた。

「その時はまあ・・・・・・頑張ってーとでも言うしかないわね」
(実際、そこまで持ち込めたらね)

 ぽつりと心中で洩らした。

「ま、その為の人選だろ。エディン以上にリューンの街中を知ってる奴はいない・・・」
「競う事になれば、彼の知る近道が功を奏してくれると願いましょうか」

 ギルとアウロラの言に首肯すると、エディンは傍らでしきりに顔を振っているハセオに目をやる。

「・・・ハセオ、やれるか?」
「・・・・・・」


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 ブルルル、といういななきで応えたハセオは、すりすりとエディンの広い背中に顔を擦りつけた。

「・・・よし。頑張ろうな」
「じゃエディン、健闘を祈ってるぞ」
「ああ、そっちもな」

 エディン以外の”金狼の牙”たちは、さっそく作業に入るため移動を開始した。
 スタートまでの2時間、エディンはハセオと軽く駆ける時間に費やす。
 草原のしっとり濃い空気を鼻から脳天へ届けとばかりに、思い切り吸い上げてやった。

「――俺は俺のなすべき事をやるだけだ。なあ、ハセオ」
「ブルルルル・・・・・・」

 その頃・・・・・・・・・・・・。

「ここだな」

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 リューン南部の森林道。
 柵が視界を横切る前まで、仲間たちは来ていた。
 調べてみたジーニがため息をつく。埋まりこんでいるだけに、これを取り外すのは難しそうだ。

「壊しますか?」

 にっこり微笑んだアウロラが指先に【光のつぶて】を集めているのを見て、慌ててジーニは言った。

「そういう破壊行動は、ばれたら後々厄介ごとの種になるわよ!・・・ったく、思い切り良すぎるのよ、アンタは」
「では・・・・・・?」
「これぐらいの柵、飛び越して貰いましょう」
「手厳しいねえ」

と言ってギルが笑う。

「これぐらい飛べない様じゃ、馬が逆立ちしたって入賞なんて出来ないでしょうよ」

 そう言って、ジーニは背負っていた荷物袋からいくつかの道具を取り出した。手斧、草刈り鎌、ロープである。

「宿から使えそうな道具を借りて来てるから、これを使って整備して行くわよ」

 レースが始まるまで、そう間もない。出来る事を効率よく見極めて行かねば、エディンとハセオがこちらへやって来るのに間に合わなくなるわけだ。
 一行は急いで歩き始めた。
 途中の雑草を刈り、ぬかるみは途中にあった小屋から持ち出したおがくずで埋める。
 
「今さらですが、勝手に失敬していいものでしょうか」
「・・・まぁ・・・用途を考えると、お礼を言われてもいいくらいだと思うんだけど・・・」

 万が一見つかって怒り出したら、頑張ってごまかすからとジーニが保障し、一行はひたすら道の整備に努めた。
 しかし・・・・・・。
 道を塞ぐように転がってしまっている丸太といい、先程のぬかるみといい、意外と昨日の雨の影響が出ていることに懸念を示す。
 この先どうなっているのか・・・と考え込んだジーニに、目の前の事を片付けるのが先、とアウロラは諭して笑った。

「・・・そうね」

 そしてまた歩き出す。
 森林道の半分に差し掛かったところで、細木が道を邪魔している。
 幼馴染が手斧で始末するのを見守りつつ、アレクがぽつりとジーニに訊ねた。

「レース開始まで、あとどれくらいかな」
「そうねえ。開始まで、まだ間はあるわ。探索ペースも悪くない」

 このペースでいくなら、まずエディンとハセオが通っても大丈夫であろうとジーニは予測していた。

「うーん。斧ってすごい」

 ギルが手斧でざっざと細木を倒し、その倒れた木をジーニとアレク、アウロラとミナスがコンビになって道の脇へと引きずり、邪魔にならないよう隠す。
 その後、似たような立ちふさがる細木を発見し、ギルがため息をつく。

20130306_118.png

「・・・はぁー。それにしても、もうちょっと・・・こう」
「何よ」
「薬草だの果物だの、おいしい特典があってもばちは当たらないと思うんだが」

 ほんっとに何も無いと嘆くギルの尻を、ジーニは容赦なく蹴飛ばした。

「いてえ!何すんだよ」
「リューンに程近い、それなりに整備された森林道でそんなもんあったら、みんな採っていくに決まってるでしょ」
「何も蹴ることないだろうがよ・・・」

 ぶつぶつ文句を言いつつ、何とか道の整備を進めて彼らがたどり着いたのは――。

「・・・・・・・・・」

 増水した川だった。
 大きく口を開けてそれを見ていたミナスが叫ぶ。

「掛かってた橋がない!どういうこと・・・?」
「見立てが甘かった。簡易の木橋だったから、昨夜の雨で流されたんだわ」

 ジーニは苛立たしげに地面を蹴飛ばした。

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「落ち着いて。時間がありません。・・・どうします?」
「・・・ごめん。街道から見える流れはさほどの増水に見えなかったから・・・油断したわ・・・」

 このメンバーだけならロープがあれば何とでもなるだろうが、エディンは馬に乗ってやって来るのだ。
 もう橋の代わりの資材を見つける時間も、木を切り倒す時間も・・・そして、どこに流れたか分からない橋を探す時間も残されていないのは自明の理である。

「馬で跳べないか?」

 単純なようでいて唯一ではないかと思える策を出したのは、ギルだった。

「・・・・・・。あるいは・・・だけどギリギリ・・・いや・・・」

 慎重に川の幅を測っていたジーニの耳に、無情にも聖北教会の鐘が聞こえた――正午である。

2013/03/07 18:04 [edit]

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Thu.

スティープルチェイサー 4  

 この時、微かにソウの眉がぴくりと動いたのをジーニは見逃さなかったのだが、ちょうどそこに仲間たちが帰ってきてしまった。

「ただいまー」
「おかえり」

 元気よく宿に飛び込んできたミナスに、ジーニは頬杖をついたまま返事をした。
 ソウも何事も無かったかのように挨拶する。

「あ、おかえりなさい」
「ふう、つかれた!親父ー!冷たいのくれー」

 ギルの大声をちゃんと聞き取った親父さんは、片手に赤い野菜が入った籠を、もう片方の手に緑色の縁取りがついた水差しを持って現れた。

「おお、お疲れ。ほら、井戸で冷やしたトマト食え」
「食べる食べる」

 遠慮なく両手に一つずつギルが掴んだのを見て、ジーニが声を上げた。

「え、そんなのあるの。こっちにもちょうだい」
「どうせみんな食うんだろ。ソウも食べて行くか?」

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 親父さんは木製のジョッキに冷水を注ぎながら彼女を誘った。

「ううん。店があるから、もう帰るわ。ありがとね」

 そして塩をかけてトマトにかぶりついているエディンに、ちょうどいいから自分がハセオを連れて帰ると告げる。

「わかった」
「えーとその、皆さん」

 その台詞に、”金狼の牙”たちは顔を上げてソウを見やった。

「私はあなた達に頼んで、良かったと思っています。こんなに頑張って貰って」

 そしてぺこりと頭を下げた。

「応援くらいしか出来ないけど、どうか明日のレース、よろしくお願いします」
「レースはこれからですからね。任せといて下さい」

 にっこりと微笑んだアウロラの横で、どこか不満そうな雰囲気を漂わせながらジーニも口を開く。

「・・・そうね。わかった。力を尽くすと、改めて約束する」
「ありがとう!私ゴールで、みんなを待ってるから。それじゃあ、また明日ね!」

 ソウを見送った後。
 ふーむと唸りつつ顎に手をやって黙りこくっているジーニに気づき、親父さんが声をかけた。

「どうしたんだ?」
「・・・いえ、なに。大したことは。・・・ただ、あの人・・・」

 そこで小さく首をかしげる。

「例えば、ハセオにかかるかもしれない危険性の事なんかをね。最後までこっちに確認してこなかったな、って・・・」

 こちらが心配するのもおかしな話ではあるが、色々言われるであろう事を予想して、ジーニは説明を一応考えていたのだ。

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「だってそうでしょう。ハセオはマートウさんにとって、家族同然の存在なんだから」
「うーん。そう言われればそうですが」
「それにまあ、見方を変えてみたら、あたしたちがやろうとしている事っていうのは」

 ジーニはひょい、と鞘に包まれ卓上におかれたエディンの≪スワローナイフ≫を手に取った。

「イチかバチか、ほんの少しひびのある壁に、わざわざナイフを刺し込もうとしているようなものな訳で・・・」

 蒼い装飾をした魔法の短剣が空想上の壁を突き刺す様子を見つつ、ギルが口を挟む。

「でも別にそれは、ルール違反ではないんだろ」

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「確かにその通り。ルール違反ではないわよ。・・・でも、どうも想像がつきにくくてね」
「・・・・・・ジーニ。何が言いたいの?」

 ミナスが不思議そうに目を瞬かせた。

「いいのかしら。ご主人が好きだったレースなのに」
「ああ・・・そうか、そういえばそうだよね」
「どちらかと言えば彼女にとっては、わざわざ崩そうとしなくてもいい壁のはずでは、と思うんだけど」
「いいから、そろそろ武器返せ」

 エディンが人差し指と中指で鞘に包まれた刀身を挟み込み、ジーニの手から≪スワローナイフ≫を取り上げた。
 それには抗議せず、また頬杖をついて唸り始める。

「あえてリスクの高い選択をする、依頼人の意図まで詮索するつもりは無いけど・・・」
「うーん。考えすぎじゃないか?」

 リーダーの立場にいる若者は、そう言ってちょっと笑った。

「今回一番やる気のくせにいまさら何言ってるんだか」
「・・・そうね、悪かったわね。本人が了解している以上、こちらが首を突っ込む部分ではないわよね」

 ジョッキを空にしたジーニに、水差しの残りの水を注いでやりながら親父さんが呆れたように言った。

「あのなあ。そこまで考えてるなら、本人に言ってやれよ」
「ちゃーんと聞いたわよ。はい、この話は終わり終わり。・・・あーおいしい。冷えたトマトはおいしいなあ」
「やれやれ」

 親父さんは肩をすくめると、トマトによく合うフレッシュチーズや、小エビと玉ねぎを大量に挟んだサンドイッチを取りに、厨房の奥へと消えた。

2013/03/07 18:03 [edit]

category: スティープルチェイサー

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Thu.

スティープルチェイサー 3  

 そして、レース当日までの慌しい日々が始まった。
 口では何だかんだと言いながら、エディン以外のメンバーはけっこう乗り気で各地の探索に当たる。
 ミナスなどは、ファハンを有効活用して、自分が立ち入れないような危ない地形のところを覗いてもらっているらしい。
 どうやるなら勝とう、入賞を狙いに行こうというジーニの言葉が無ければ、こうはならなかったろう。

「・・・・・・ま、本能みたいなもんかねえ。救いようねえな」

 そうつぶやきつつ薄皮の手袋を嵌めると、エディンは手綱をさばいて競技馬ハセオへと合図を送った。すでに彼の長身は、馬の上にある。
 騎手がするべき事は結果を出す事だけ――彼はよくそのことを承知していた。
 だからこそ、本番が始まる前にハセオを乗りこなし、乗馬の感覚をよく掴んでおかねばならない。
 ここはリューン郊外に続く道、ちょうどあの『月姫の祭』事件の時に通ったところであった。
 ここなら、木の根が這うでこぼこの道や、一応整備しようと役人が立てた柵、あるいは何もさえぎるものの無い平原や坂道がある。
 エディンはレース主催者側から少し情報を貰い、必要となる基本動作を耳にしていた。
 周りに注意を払える速足、並みの駆け足、全力疾走の襲歩――それだけではない。スティープルチェイスにおいて、障害物があるのは周知の事実なのだから、前方騎座による跳躍も行なわなければならなかった。
 ちょうど、目の前に邪魔な高さの柵が横たわっている。
 エディンはすっと体重を前に落としてから、上体を跳ねる様に動かして馬の胴を強く挟んだ。

(・・・・・・行けっ!)

 エディンの無言の指示に、ハセオは素直に従った。
 美しい筋肉に包まれた馬の脚が躍動し、立ちふさがっていた柵を見事に跳んでいく。
 訓練でうっすらと鹿毛が汗に覆われているのを、愛しそうに撫でて健闘を称えた。

20130306_106.png

(よし!うまく越えた)

 さらに続く道を、ハセオと共に駆けていく。
 馬は今までも乗った経験はあるものの、エディンにとってこれほど見事な競走馬を操るのは初めてである。
 ちょっとした前傾姿勢、体重移動にも、ハセオはよく応えていた。

(うむ・・・・・・そこそこうまく乗りこなせてはいる。あと一歩、状況に合った行動が取れているか、考えた方がいいかな・・・)
(よし、もうひとっ走り)

 エディンはハセオと訓練を続けた。
 ――――その一方。

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「ただいまー」
「あら、お帰りなさい」
「ああ、マートウさん。配達か」
「ええ。親父さんは奥よ」

 ≪狼の隠れ家≫に、いやにぐったりした様子のジーニが帰ってきた。
 ソウの言葉に気の無い返事をしてから、

「もうすぐエディンも、練習から戻ってくると思う」

と言った。
 店には、珍しく今のところ他の客の姿は無い。

「ありがとう。この後は、ずっと店にいるから。・・・他のみんなはまだ外?」
「裏で水かぶってるわ。まだまだ暑いからね」
「あなた達、依頼のために毎日郊外を巡り歩いているのね。お疲れ様。どうもありがとう」
「まぁ仕事だもの、お礼を言われる筋じゃないわ。歩きつめるのは慣れっこだし」

 これはジーニの見栄っ張りである。二十代の半ば以降まで、ずっと賢者の塔の鑑定人として過ごしてきたジーニは、基本的に運動そのものに向いていない。
 だから歩きつめることも彼女の苦手分野に入っているのだが、あえてここでそれを依頼人にばらすつもりはなかった。
 ソウは眉を寄せて質問した。

「・・・でも実際歩き回って、コースの予想ってそう上手く付けられるものなの?」
「まあ、候補はいくつか。何となくだけど、傾向があるから」
「ふうん、傾向なんてあるの?毎年、スタートの場所は全然違うんだけどな」

 にやりとジーニが笑う。

「過去のレースを調べてみたの。初期と現在のレースを比較して、ひとつの傾向に確信が持てたわ」

 すっかり感心したようにソウが言った。

「へえ、過去のレースを。さすが、本格的なのねえ」
「直接、主催元に出向いたのよ。過去のことだったらと、親切に色々教えてくれたわ」

 それにしても――とジーニは思う。
 今回は手段が無いからやらなかったが、もしあの世捨ての集落にあった【瞳の誘惑】のような魅了系呪文を持つ者が、レースで不正をしようと魔法を使ったらどうするつもりなのだろう?

(ゴールが聖北教会ってことは、そちらのバックアップもあるから滅多な事ができないのかな・・・ま、裏で盗賊ギルドが噛んでそうだし、やらない方がいっか)

とジーニは自己完結した。

「初期の頃は森の奥だの、岩場だの、結構、とんでもない所から出発しているんだけど、だんだん、草原やなだらかな丘陵、または街道に程近いような地点へスタート位置が推移していた」

 ひらり、と繊手が水平に上から下に動く。

「それに伴って、事故件数や各馬のゴールする時間のブレが目に見えて減少しているの」
「えーとえーと、つまり・・・そういう事が意図的になされている・・・ってことよね」
「ええ。その通り」

 察しはギルよりいいかもしれない、とジーニは失礼な事を思っていた。

「・・・あえて本音で話するわね。あまり気を悪くしないで聞いてね」

 ジーニはそもそものスティープルチェイスの狙いを説明した。
 元々のスティープルチェイスは、ゴールにたどり着くための、効率の良いコース取りそのものを競うレースだった・・・・・・ところが。
 今ではこの前提が形骸化し、ただのタイムレースと成り果てている。

「理由は・・・まあ想像するに、競技の度に、何が起こるか全く分からない危険なレースでは、運営も難しかったのじゃないかしら」
「・・・ふうん。知らなかったな。主人は何も言ってなかったしね」
「正直に言って、現在のスティープルチェイスは矛盾を抱えてるわけ」

 かたん、と一番きしみの少ない椅子をテーブル席から引っ張り、それにどっしり腰掛けてジーニは話を続けた。

「実体は既に形骸化されているのに、前提を手放す事が出来ていない。本音と建前がちぐはぐな状態というわけね。しかも――」

 ひらり、とまた白い手が舞った。

「その事が、これまで正されていない。誰も現状に疑問を持っていない。持っていても、正されていない」

 それは、きっとこれまでそれで上手くやれているからだと言うのがジーニの推察した意見だった。
 しかし、その隙こそが冒険者にとってのチャンス。上手くつけ込めたら、専門の騎手でもないただの冒険者にも優勝の可能性が見えてくるはずである。

「・・・・・・。こっちから聞くのもなんだけど、こちらのやっている事に、疑問や質問などは無い?」
「今のところ無いわ。どうかした?」

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「ええ、まあ、無いなら何よりなんだけど」

 少し。ほんの少しだけ、ジーニの目の色が変わった。

「もちろん、こちらは全力を尽くすわ。でも万が一、何かがあったその時にお互いへの理解が足りずに、理不尽な結果だと思ってしまったら。・・・それは不幸な事よ。とても」

 顔色を変える様子も、狼狽する様子も見られないソウへ、ジーニはゆっくりと口を開いた。

「だから、最後の確認。明日のスティープルチェイスに、心置きなく臨む為の」
「ジーニ。私は・・・」

2013/03/07 18:02 [edit]

category: スティープルチェイサー

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