Tue.

丘の上の洋館後編 6  

「・・・・・・ん」

 エアリの体から放たれた光がまぶしすぎて、目を閉じていたはずだった。
 しかし、次にギルが目を開いた時には、そこは見慣れた宿のカウンターで・・・。

「・・・・・・あれ、夜だ・・・・・・」

20130304_19.png

 ギルの頭はひどくぼんやりしていた。
 酒をずいぶん飲んだらしい。カウンターには空瓶がいくつも乗っている。
 彼の両隣には、”金狼の牙”のメンバーがいびきをかいたり寝言を言ったりしながら眠っていた。

「うごー。ぐがー」
「・・・・・・だからあ、それは報酬が悪いっつってるの・・・むにゃ」
「・・・・・・なんだこりゃ。いつもどおりって言えばそうだけど・・・つーか、アレクとジーニうるさい・・・」

 そして顔をあげると、カウンターの中で月明かりをバックに誰かが立っていた。

「エ、エア・・・・・・」

 彼女の名前を呼ばわろうとした瞬間、スカートを翻すように彼女は扉から出て行っていた。

「あ、待って!」

 急いでギルもその後を追う。
 恐ろしいほど――漆黒の夜半であった。

「真っ暗だ・・・・・・」
「あれ、ギルバートさん!」

 そう言って彼に近づいてきたのは、教会の牧師見習いである。

「リグレット」
「こんな遅くに、どうしたんです?」

 ギルが答えるよりも早く、リグレットがぽんと手を叩いた。

「あ、わかりました!酔って気分が悪くなったから、夜風にあたりにきたんでしょ」
「リグレット。今、昼間の迷子の女の子がここを通らなかったか?」
「昼間の迷子の女の子?それって誰のことです?僕は知りませんけど・・・・・・」

 わずかな違和感を感じながら、ギルは言い募った。

「教会に行った時に俺と一緒にいた金髪の女の子だよ。忘れちゃったのか?」
「そもそも、今日は教会には来てないじゃないですか。ギルバートさん」

20130304_20.png

「・・・・・・何?」

 リグレットは何事もなかったかのような顔で笑っている。

「やだなあ、酔いすぎですよ。昼間の記憶すらあいまいになってるんじゃないんですか?」
「・・・・・・」

 牧師見習いの青年は、黙り込んだギルの顔を見て不思議そうに顔をかしげた。
 その横を、さっと少女の影が通り過ぎていく。

「あっ!」
「どうしたんですか?」

 ギルの目撃した影は、郊外への道を駆け抜けていった。
 そうと気づいたときには既に、ギルの足はその道へと動き始めていた。

「ギルバートさん?僕家に帰りますよ。聞いてますか?・・・・・・って聞いちゃいないよ」

 ギルの赤いマントに包まれた背中を、リグレットの細い声が叩いて、滑り落ちる。

「夜風には気をつけてくださいね。風邪引きますよ、酔っ払いさん」

 気遣いの声を心中でありがたく押し頂きつつ、彼はひたすら道を走っていった。

「はぁはぁ・・・・・・」

 ギルは白い洋館のあった場所まで駆け上がっていった。
 森はいやに静かで、魔物一匹の気配も感じられない。

「・・・・・・ハァ・・・・・・ハァ。このあたりのはずだ」

 必死に夜目をこらして、彼は訪れたはずの館を探した――が、夜の空に浮かび上がるはずの白い洋館が見当たらない。

「そんなばかな・・・・・・ん?」

 視界の隅に、ふっと入った『もの』。

「あれは・・・・・・」

 小道の外れにあったのは小さな石碑である。
 暗くて石碑に書かれている文字がなかなか読み取れず、ギルは位置を変えて石碑が月光を浴びるよう調整し、ようよう彫りこまれた字を読んだ。

「小さき命は永遠に語り継がれるだろう――――エアリ・L・エルディガ」

 ひゅ、っと小さく息を呑む。

「月の姫、ここに眠る・・・・・・」

 石碑の文字を、信じられないと言う顔でギルの手が撫でた。

「これって、エアリの・・・・・・墓?――ん?あれは・・・・・・」

 墓の傍に佇んでいたのは、ギルがエアリにあげた人形だった。
 相変わらず金の巻き毛と上等なベルベットの質感が、高級感を漂わせている。

(ギルバート・・・・・・)

 ギルは誰かに呼ばれた気がしてはっと顔を上げた。
 ・・・・・・空では、月が悲しそうに輝いている。その月光を浴びていた石碑の前に、徐々に光が固まりはじめ――。

「エアリ!」
(また会ったね)

 月を背景に微笑むエアリは、霧のように体が透けていた。

「お前・・・・・・幽霊なのか?」
(そうなのかな。私もよくわからない)

 そして衝撃的な台詞を放つ。

(100年経ってもこの姿なんだから、たぶんそうなんだろうね・・・・・・)

 すっと、エアリの華奢な腕が上がり、空を指し示す。

(ねえ、ギルバート。空を見て)

20130304_21.png

 涙に潤んだギルの黒瞳に移りこんだのは、白く輝く――そして、どこか孤高の月であった。

(月って、神様って言われてるけど、みんなが届かないくらい遠くてひとりぼっちなんだよ)
「・・・・・・そうなのか」
(私も、月みたいにひとりぼっちだった)

 はっとなり、顔をエアリと合わせる。

(ギルバート・・・・・・あなたに会うまでは)
「・・・・・・エアリ」
(今日、あなたに出会えて本当に嬉しかった。『月姫の祭』とても楽しかった)

 繊細だが親密な者にのみ見せるその笑みは、すでに孤高ではなかった。

(ひとりじゃなかったんだ・・・・・・ってそう思ったら安心しちゃった)
「・・・・・・そうだ。お前はひとりじゃない」

 ギルの言葉に嬉しそうに微笑んだエアリは、すっと彼の目前へと進み出た。 

(ねえ、ギルバート・・・・・・。この世界に、まだ幸せになれない子はいるの?子どもを愛してくれない親はいる?)
「・・・・・・」

 ギルは「いない」とは、とても答えられなかった。
 彼は知っている。この豊かに栄えている交易都市にですら、歪んだ愛情や、行き過ぎた無関心から、子どもを外からも内からも傷つける親が存在している。
 口篭るその様子を察したのか、はたまた別の手段でそのことを知っていたのか・・・・・・エアリは、

(それって悲しいことね・・・・・・)

と零した。

(きっと今も部屋の隅で泣いてる子どもたちが、窓から月を眺めてるんだわ・・・・・・)
「そうだな。まるで――」
(まるで、ひとりぼっちの自分を鏡を通して見つめるように・・・・・・)

 ギルの言おうとした台詞そのままに、エアリは言った。二人は今、同じ心持だったのだろう。

(ねえ、ギルバート。約束してくれる?)
「うん?」
(子どもを愛してくれる大人になるって・・・・・・)
「約束するよ。きっと・・・・・・必ず」
(・・・・・・よかった)

 エアリの姿はつきに溶け込むようにして消えてしまった。
 そして、それ以降呼んでも現れなくなった。
 ギルは足元に生えていた野ばらを摘むと、それを人形の傍に供えた。

「・・・・・・あっちで、ちゃんと愛してくれる人を見つけるんだぞ」

 人形は月明かりを浴びて森の中。孤独に光った。

「俺は・・・・・・俺も、約束を守るよ。エアリ・・・」

 ――夜がふけたころ、宿の窓から空を見上げたら綺麗な満月が見えた。ひとりぼっちで空に浮いていた。

※収入0sp、≪ジルの書≫≪ユニコの杖≫※

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■後書きまたは言い訳
47回目のお仕事は、NINAさんのシナリオで丘の上の洋館後編です。前回のもろ続きです。
前後編に分けて正解でした。・・・じゃなかったら、この話数いくつまでいったのだろう、このシナリオ・・・。
ただプレイするだけなら、長編でもじっくり遊べるからいいのですが。
リプレイに起こすとなると、非常にプレイ時間の長短は気になるものなのですね~。
このシナリオはまだNINAさんご本人のHPからダウンロード可能ですので、エアリに会いたくなったプレイヤーさんは、どうぞ探してプレイしてみてください。

実際に≪エメラダ≫を装着して戦闘してみましたが、やはりチートアイテムでしたね。(笑)
とはいっても、私程度の戦術しか使えないなら、今回の赤い魔物退治には必要不可欠なものですから、読者様には大目に見ていただけると幸いです。
何せ、数値内容をあまり明らかにしない方がいいのでしょうが、”金狼の牙”の面子って、そんなに能力値高くないんですね。英明型のミナスが、普通の冒険者よりちょっといいくらい。他リプレイ様の、適性が白丸で出たり英雄型だったりするような、すごいPCには到底太刀打ちできないんです。基本。
あえてTRPGで言うのなら、完全版のソードワー●ドとかクトゥル●神話TRPGで、能力値のダイスが平均かそれ以下の出目しかなく、アイテムと知恵でなんとか渡り合うしかないという感じ。
ま、リプレイを始めた当初は、「弱っちいPCでもカードワースの荒波を乗り越えられる」が裏テーマだったので、これで正しいのですが。

今回はギルにとても悲しい目にあわせてしまいましたので、次回は爽やかな楽しいシナリオをプレイしたいと思います。くもつさんとの約束もあるしね・・・。(ぼそり)

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。

2013/03/05 01:23 [edit]

category: 丘の上の洋館後編

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Tue.

丘の上の洋館後編 5  

 何が悪かったのか、どこであの子を助けてやる事ができたのか――ギルは魔物の攻撃を受けつつ、そればかりが頭をめぐっていた。
 ≪護光の戦斧≫を構え、かろうじて直撃を防いだものの、太い腕から力任せに繰り出される拳の連打は、確実にギルの体力を奪っていった。
 唇の左端から血がひと筋、流れる。内臓に響いたらしい。
 ぺろりとそれを舐めとって、ギルは呻いた。

「くそっ!こんな時に皆がいれば・・・・・・!」
「ギルバート!」

20130304_15.png

「今の声は・・・・・・!」

 彼の脂汗によって滲んだ視界に、大事な仲間たちの姿が映る。
 彼女にしては珍しく血相を変えた様子で、アウロラが怒鳴る。

「なかなか帰ってこないから何してるのかと思ったら・・・・・・これはどういうことですか!?」
「説明はあとだ!とにかく、死にたくなかったら一緒に戦ってくれ!」
「よくわかんないけど・・・・・・了解!」

 ミナスが答えて、魔物の攻撃を回避する為に【蛙の迷彩】を唱え始める。
 ギルの傷の程度を正確に察したか、アウロラも【癒身の結界】を準備した。
 回避力を強化された前衛たちが、入れ替わり立ち代わり攻撃を繰り出す中、ジーニはローブのポケットからとある品を出して指に嵌める。

「いきなり実戦投入もどうかと思うけど・・・背に腹は変えられないのよ!!」

 ≪エメラダ≫――敵に見せ付けて魅了し、その動きを止めると言う不思議な鉱石の指輪。
 その威力は確かに値段に見合うものだったらしい。

20130304_16.png

「ほら、今のうちよ!」
「ありがとよ、ジーニ!」
「しっかりでっせ、ギルはん!」

 アレクの懐から飛び出した雪精トールも、アウロラに続けてギルの傷を冷気で塞いでいった。
 魔物が動きを封じられている間に、ミナスも額に汗を滲ませつつ、ナパイアスとファハンを召喚する。

「渓流のじゃじゃ馬よ!地の野人よ!お願い、皆を助けて!」
『やってやろうじゃないか、相手に不足はないよ!』
『主の命なれば、承知』

 エディンがレイピアの刀身に冷気を込めて、思い切り振りぬく。
 たちまち、辺りに氷の欠片が漂い、ガラスのように魔物の分厚い皮膚を切り裂いていった。

「オイオイ。しぶとすぎるんじゃねえ?」
「だがエディン、冷気の技はよく効くようだぞ」

 アレクは、さっき【炎の鞘】で切りつけた時の感触を思い出して言った。
 この魔物は恐らく炎に属するもので、だからこそ火には強く冷気に弱いのではないか・・・?

「よし、ミナス!雪娘を呼べ!」
「分かった!」

 ギルの合図にミナスがスネグーロチカの召喚を行なう。

「出でよ、スネグーロチカ!あの赤い魔物にお前の抱擁を!」
「ウォォオオ――!!」

 冷たい雪の娘たちの腕に、魔物が身もだえ・・・・・・立ち竦んだところを、アレクの≪黙示録の剣≫がばっさりと切り捨てた。

「・・・・・・はぁ・・・・・・やったのか?」
「静かに!」

 片膝をついて呼吸を整えているアレクを、エディンが鋭く制止した。
 ふとあどけない表情になってエディンを見やったアレクだったが、あることに気づいて慌てて体勢を立て直した。

「・・・・・・心臓が動いてる?」
「上位の魔物は心臓を複数持ってるんだ!もう一度くるぞ!」

20130304_17.png

 そして再び魔物が立ち上がり――!

「な、なんだ!?」

 あまりの禍々しい雰囲気にエディンが動揺の声を上げる。
 冒険者達の目の前に、妖気を帯びた大量の火の玉が現れた。

「ちくしょう、仲間を呼んでやがる」

 舌打ちしたアレクに、「亡霊にゃ普通の攻撃は効かねえからな」と忠告して飛んだ。
 素早く動いたエディンのレイピアは、【磔刑の剣】をもって魔物の足を地面に縫い止める。
 それを上手く補助するように、アウロラの【祝福】が仲間にかかった。

「主よ、我が仲間に十全の力を与えたまえ!」
「あううっ・・・!」

 悲鳴を見やると、ミナスが冷気を扱うことを警戒したのか、彼に亡霊がとりついて動けないようにしている。
 咄嗟に【解放の賛歌】を歌おうとしたアウロラを、エディンが制する。今、魔物は再びジーニの≪エメラダ≫に魅入られて束縛されている――アウロラが歌えば、敵の束縛も解除してしまう。
 エディンは音もなくミナスに近寄り、【盗賊の手】を応用した束縛からの解放にかかった。

「お前さんは亡霊を。俺が助ける!」
「・・・・・・分かりました!」

 エディンがまとわりつく亡霊をレイピアで追い払いながら、ミナスの束縛を断つ。
 そのエディンすらも攻撃しようとする亡霊は、ジーニが【風刃の纏い】で召喚したかまいたちの壁が追い払った。

「吹き飛べええええ!」

 突撃したギルが、神聖な力を宿す刃を振り回す。通常ならば当てづらいはずの【破邪の暴風】であったが、亡霊たちはジーニの風によって弱らされていた。
 束縛をやっと解く事の出来た魔物だったが、続けざまにナパイアスの激流、アウロラの【光のつぶて】、エディンとギルの攻撃でフラフラになる。
 重い腕をそれでも持ち上げ、目の前のアレクに叩きつけようとするが――軽いステップでそれを避けたアレクが、すれ違いざまに脇へ止めの一撃を放った。 

「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」

20130304_18.png

 アレクが振り返ると、魔物の体は灰になって空に舞い上がった。
 終わったみたいだな、と息をつく幼馴染にギルは応える事もなく、ずっと薔薇に埋もれて横たわっていた小さな体へと走り寄った。

「・・・・・・エアリ!」

 そっとその体を起こす。

「エアリ・・・・・・!俺の声が聞こえるか!?」
「・・・・・・」

 苦しそうに笑顔を作りながら、エアリは微かに頷いた。
 大量の血を失って、月のように白い顔は一層白くなっていた。

「エアリ、死ぬな!死んじゃだめだ!」
「ギル・・・・・・」

 戸惑いと痛ましさを込めて、アウロラが名を呼ぶ。

「誰か魔法を!頼む、誰かエアリを助けてくれ!」
「・・・・・・ギル、残念だけどこの傷じゃあ、もう・・・・・・」

 手のひらに集めたウンディーネが傷を癒す様子もないのに気づいてしまったミナスが、くしゃりと泣きそうな顔をして首を振った。

「・・・・・・そんな・・・・・・」
(・・・・・・ギルバート)

 エアリは血に濡れた小さな手を伸ばして、必死に彼を探している。弱々しい動きで宙をさ迷うそれを、ギルはしっかりと握り締めた。

(ギルバート、もう、いいの・・・・・・。ありがとう・・・・・・)
「だめだ・・・逝くな!」
(もう、行かなきゃ・・・・・・)
「だってお前はまだこんなに小さいじゃないか!お前はこれから普通の人間として生きて幸せになるんだ!」

 ぎゅっとその小さな体を抱きしめると、ギルの服にエアリの血が染みていった。
 かつてエセルという少女に道を示したように、エアリにも普通の幸せを与えたかった。一度成したことだから、出来ないとは思っていなかった。
 しかし、エアリはギルの手の届かないところへ行こうとしている。

「死なせない・・・・・・!死なせてたまるか!!」
(・・・・・・ギルバート、優しいね)

 ふと、エアリの目に映るはずのない夜空が浮かんだ――ギルの髪の色のように真っ黒な夜空に、ぽっかりと輝く月。

(私、きっと死んだら月に行くんだわ。月でなら、私・・・・・・幸せになれるかな)

 両親はそこで自分を愛してくれるかしら、と。
 ギルバートのような人に会えるかしら、と。

(月から、あなたのこと見守ってるから・・・・・・)

 エアリの体がうっすら光り始めた。

「エアリ・・・・・・エアリ!!」
(さようならギルバート。あなたに会えて幸せだったわ)

 エアリの体が光に包まれて消えていく――――。

2013/03/05 01:04 [edit]

category: 丘の上の洋館後編

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Tue.

丘の上の洋館後編 4  

 エアリは、沈みきってしまった場を取り繕うに笑った。

(『月姫』に生まれていいこともたくさんあったよ。病気を治してみんなの役に立てるし、それで感謝されたりもするの)
「・・・・・・・・・うん」
(口が利けないのだって全然気にならない)
「・・・・・・うん」
(でもね)

 心なしか、エアリの目が潤んできた。ギルはそっとその頭に手を乗せる。

(でもね、私、特別な力なんていらなかった。パパやママに愛される子どもになりたかったよ・・・・・・)

 まるで水蜜桃のようなふっくらとした頬に、ぽろりと涙の雫が伝い落ちていった。

「・・・うん」

 ギルは両腕でエアリをきつく抱きしめた。
 少女の涙は、彼の胸には痛すぎたのだ。

20130304_13.png

「お前はひとりじゃないよ」
(・・・・・・あったかい。なんだか安心するね)
「だろ?血の繋がりなんて、些細なもんなんだぜ・・・俺には全然血の繋がらない義理の姉がいるけど、何度助けてもらったかわかんねえ」

 エアリは驚いたように目を見開いた。

「だから、お前にだって、これから血の繋がらない大事な家族や友人が出来るさ」
(ほんと?・・・・・・ねえ、ギルバート。私のパパになってくれる?)
「いいよ」

 彼は躊躇いなく承諾した。
 片親だとか、まだ若すぎるだとか、そういう諸々の事情は彼の脳裏にはない――ただ、彼女のこれからをどうやって守ってやろうか、そのことだけでいっぱいである。

(本当に?期待しちゃうおうかな)
「新米パパだからな。お手柔らかに頼むぜ」
(ありがとう。励ましてくれるんだね)

 一方の少女には分かっていた。そんなことをギルに背負わせるのは無茶だと・・・。
 しかし、あの一瞬。
 躊躇いもなくイエスを答えたギルの気持ちが、エアリにとってどれほど嬉しく、支えになる言葉であったか、余人にはうかがい知れる物ではない。

「エアリ・・・・・・」
(みんなの期待にこたえるためにも『月姫』としてがんばらなきゃ)

 強い意志に燃える小さな瞳が、ギルには心苦しかった。
 ふと。
 微かな音が聞こえてきた――葉のこすれ合う、風の・・・・・・?

「・・・・・・ん?」

 ギルは周囲の木々がざわめくのを感じた。それはただの風ではなかった。

(・・・・・・!?)
「はああ!!」

 薔薇の庭に隠れていたロワード氏が、杖を握り締めた右腕を振りかざした。

「はぁあ!」
「!」

 杖から放たれた電撃が直撃し、魔物は仰向けに倒れこむ。

(パパ!)
「・・・・・・おっさん!」
「はぁ・・・・・・はあ。赤い悪魔め・・・・・・」

 しかし、魔物は苦しそうにうめきながら、それでも力を振り絞って立ち上がった。

「くそ・・・・・・しぶといやつめっ。これで・・・・・・」

 杖にロワード氏の魔力が収束する。

「終わりだ!!」

 ギルはどちらも庇いたかった――魔物も、エアリも。
 だがどうしたことだろう、足が凍りついたように動かない。彼に辛うじて出来た事は、その瞬間、叫ぶことのみであった。

(やめてぇええ!!!)
「――エアリ!」

 ロワード氏の放った白い光の矢がエアリの小さな胸に深く突き刺さり、彼女は声もなく絶叫した。


20130304_14.png

「なっ!」

 立ちすくむ実父と。

「エアリィ!!」

 叫びながら彼女に駆け寄る、仮の父と。
 どちらの声に反応する事もなく、エアリは糸が切れたように倒れ、薔薇の花壇が一層赤く染まった。

「エアリ!しっかりするんだ!」
「・・・・・・・・・」

 逞しい腕がそっと抱き起こすも、エアリはもう虫の息だった。口からは血が溢れ出し、呼吸はひゅうひゅうと荒い。
 ギルは憎悪のこもった眼差しでロバート氏を睨みつけた。

「くそっ・・・・・・くそっ!!何てことを!」
「い、一大事だ!早く治療を・・・・・・」

 狼狽したロワード氏の目の前に、魔物がゆらりと近寄り。

「な、何だ?」

 みるみるうちに魔物の体が巨大化し、ギルとロワード氏を覆い隠すほどにまで膨れ上がった。
 ギルには、魔物の今の気持ちが痛いほど伝わってきた。

「エアリを傷つけたから、怒り狂ってるんだ・・・!」
「巨大化するなんて・・・・・・そんな話は聞いてないぞ!!」

 そう叫んだのが最期。

「ぐっ!」

 丸太よりもまだ太い赤い腕が稲光のように閃いて、ロワード氏の全身の至る所から大量の血が噴出し、彼は声もなく絶命した。
 呆然とギルはそれを見やるばかりだった。

「・・・・・・強さの桁が違いすぎる」

 魔物からさっきの優しさは消えていた。
 そして、怒りに燃えた双眸がギルに向けられる。

「お前は俺だな・・・・・・傷ついた哀れな子どもの境遇に憤怒する・・・」

 ギルはそっとエアリを横たえ、得物の柄を握った。

2013/03/05 01:01 [edit]

category: 丘の上の洋館後編

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Tue.

丘の上の洋館後編 3  

 鍵穴の向こうにエアリの姿が見えた。

「泣くなら声を上げて泣いたらどうだ!」

 そう怒鳴るのは、この屋敷の主ロワード氏の声だった。

「声も出せないのに、自分勝手に行動するなとあれほど言っただろう!」
「!」

 ロワード氏の大きな手がエアリを打ち据え、少女の華奢な体が床に横たわる。

(お、おいおい・・・・・・体罰にしては、ずいぶんやり過ぎじゃないか・・・・・・?)

 ギルが焦る中、ロワード氏の声は続く。

「お前はいつになったら親の言うことが聞けるようになるんだ?ええ?」
「・・・・・・」
「聞こえないのか!いつになったらと聞いてるんだ!!」

 今までの倍するような勢いで、腕が振り下ろされ――エアリの体が吹っ飛ぶ。

「・・・・・・なっ」

 ギルは呆然となる。
 口の中が切れたのか、立ち上がったエアリの顔は腫れあがり血まみれだった。
 少女の顔は痛みと悲しみで今にも泣き出しそうなくらい歪んでいた。

20130304_10.png

「・・・・・・これじゃ、虐待じゃないか!」

 ギルは、腸の底が煮えくり返るのを感じた。
 父親であるはずのロバート氏の声は冷厳としており、まるきり実子に向けるようなものではない。

「口が利けないなら、答えられないのも当然だ。まったく、ガキのくせに。皆に『月姫』ともてはやされるからつけあがりおって」
「もし『月姫』であるお前に何かあったりでもしたら教会から罰せられるのですよ!?」

 ヒステリック、とロバート氏が称したそれ以上のきついマルティナの声がする。

「もっと自分の立場というものをわきまえて行動なさい!」
「何だ、その顔は?文句があるのか。なら言ってみろ」
「・・・・・・」

 言えるわけがない――どんなに悲鳴を上げたくても、どんなに文句が言いたくても、エアリにそれを行なう為の声を、神は彼女に与えてくれなかった・・・。
 エアリの顔がぐしゃぐしゃに崩れ始めた。

「非があるのはお前だ。これからは自分勝手な行動をもっと慎みなさい。『月姫』としての自覚を持つんだ」

 声も出さずに泣き始めた少女を、二人は慰めるのではなく――叱りつけるだけだった。
 腫れあがった顔は自分で治癒しろと言い放つこの親たちは、本当に親なのか・・・・・・ギルは血が沸騰しそうな怒りを覚えながらも、聖堂に殴りこみをかけるのを辛うじて踏みとどまる。ここで殴りこみをかけても、「躾」と称されてしまえば終わりだ。
 もう少し様子を見ようと、鍵穴に再び顔を近づけようとしたその時、「たすけてえええええ」という無様な悲鳴が屋敷に響いた。

「あ、あんた。召使のソアラさん」
「ぼ、冒険者さん!大変なんです!奴が、あいつが!」
「落ち着けって!何があったのか説明を・・・・・・」

 突然、エアリが聖堂から飛び出してきた。
 鋭い目で辺りをうかがっている。

「ああ、エアリ様!大変なんです!あれを見てください!!」

 ギルはソアラの指差す先を見て愕然とした。
 廊下を埋め尽くすほど巨大な真紅の魔物が、エアリの目の前に立ちふさがっていたのである。

20130304_11.png

 そいつが放つ恐ろしい悪意が、ギルの中に滝のように流れ込んできた。
 横に立つソアラの足が、がくがく震えているのが分かる。

「こいつ・・・・・・何者なんだ?」
「旦那様が言ってたリューンの魔物に間違いないです!消されるのを恐れて奇襲をかけてきたに違いないですよ!」

 魔物が放つ憎悪による威圧感で、ギルの額から脂汗が滲み出てきた。

「――ひぃ!」

 聖堂から続けて出てきたマルティナが引きつったような声を上げる。
 ロワード氏はさすがに魔物の排除を引き受けているせいか、たじろぐこともなく「こいつはっ!」と台詞を発した。

「くそっ!なんだってこんな時に!」
「エアリ!こっちに来なさい!」
「・・・・・・」

 狂ったように叫ぶマルティナの言葉に、エアリは――振り向きもせず、ただ一心に赤い魔物を見ていた。

「あんたら聖職者なんだろ?なんとかしろよ」
「お前に言われずとも分かっている!黙ってろ!」

(化けの皮がはがれてるな)

 ギルは横目で彼らを睨んだ。ロワード氏は右手に杖を握り締め、呪文を唱え始めている。
 杖がわずかに光った――瞬間。

「ぐはああっ!」

 ロワードの口から巨大な血の塊が噴出した。・・・・・・魔物の太い腕が、その体を貫いていた。
 「あなた!」と声をかけ慌てて駆け寄ったマルティナの体を、魔物は苦もなく引き寄せる。

「くあっ!」

 まるで人形のように腕からねじられ、音を立てて砕け散った。
 ソアラは恐怖のあまり叫び声を上げるばかり。

「くそ、こんな時に皆がいてくれたら!」

 赤い魔物は巨大な腕でエアリを軽々持ち上げる。

「エアリに何をする!」
「・・・・・・・・・・・・」

 魔物は滑るような素早い動きで、長い廊下を後退していく。

「や、やめろ!その子に手を出すな!」

 ギルの必死の声も空しく、魔物とエアリは長い廊下の一番奥のドアの向こうに消えた。
 脂汗をかいたまま、ギルはその後を追った。
 ドアの先には裏庭が広がっていた。それも半端なく広い庭だ。

「エアリ!どこだ!」

 広い庭をさ迷い歩くうちに、ギルは薔薇の咲く庭の中に入り込んでいる。
 緑を埋め尽くすほどの薔薇が咲き乱れていた。

「ん?」

 いつかと同じ葉の擦れる音・・・・・・ばっと振り返ったギルは、一際赤い薔薇のそばにある茂みをかき分けた。

「エアリ!」

 茂みの向こう側。ちょうど庭の真中のあたりに、薔薇に埋もれるようにしてエアリが立っている。
 ギルはすぐに駆け寄ろうとして――そして立ち止まった。

「出やがったな・・・・・・化け物め」

20130304_12.png

 そして斧を構えると――。

(やめて!)
「・・・・・・エ、エアリ?今、しゃべったのか?」
(ギルバート・・・・・・私の声、聞こえるの?)
「ああ。耳元ではっきり聞こえる」

 不思議な光景だった。
 エアリの口元は少しも動いていないのに、ギルの耳元で少女の声が聞こえたのだ。
 声は顔に似合わず、結構大人っぽいことにギルは気づいた。

「エアリ、早くこっちに来い!」
(大丈夫よ、ギルバート。この人悪い人じゃないんだよ)
「何言ってるんだよ。そいつがさっき何をしたのか・・・・・・」
(この人、私を守ってくれたんだよ)

 エアリはくすぐったそうに言った。

「何だって?」
(リューンで私を見たとき、私の魔力に惹かれてここまで付いて来たらしいの。それで、パパとママが私をぶったのを見て、許せなくて酷い目に合わせたんだって)
「・・・・・・」
(私を守ろうとしてくれたんだよ)

 ギルは声もなく、そこに立ちすくんだ。
 エアリの説明によると、赤い魔物は人間に自分の子どもを殺されており、その憎悪から人間を襲っているのだと言う。死んだ自分の子どもとエアリを間違え、必死で彼女を守ろうとしている――それが、あの行動だったらしい。

「・・・・・・エアリは、魔物の言葉が分かるのか?」
(うん。魔物だけじゃなくて動物や虫たちの言葉もわかるわ。言葉で話せない代わりに、なんとなくわかるの・・・・・・)

 信じがたかったが現に、魔物は何もせずエアリの横で大人しくしていた。

(とっても優しいの。これも作ってくれたのよ)

 エアリの小さな右手に握られているのは、赤い薔薇と小さな雑草で作られていた花冠だった。
 そして次の言葉が、ギルの顔を凍りつかせた。

(本当のママよりずっと優しいわ。本当よ)

 ・・・・・・魔物はエアリの横で、彼女を見守るように静かに佇んでいる。
 そんな魔物に微笑みかけてから、エアリは声なき声でギルに話しかけた。

(ギルバート、リューンで私に人形くれたね)
「うん」
(すごく嬉しかった。プレゼントなんて誰からももらったことなかったから)

 かなり逡巡した挙句、ギルは嫌々口を開いた。

「・・・・・・家族からは?」
(ないよ。パパもママも私を人間だと思ってないから)

 エアリは言う。自分は、すごい能力のある『月姫』で、その才能は千年に一度生まれるかわからないほどの稀少なものだと。
 それで、ロワードもマルティナも、彼女を完璧な『月姫』に育てようと必死なのだが・・・・・・その結果が、父親の暴力と母親の行過ぎたヒステリーというわけだ。

「・・・・・・辛くは、ないか?」
(・・・・・・・・・・・・)

 エアリは俯いてしまった。
 魔物の影が微かに揺れた。エアリを心配しているようだ。

2013/03/05 00:58 [edit]

category: 丘の上の洋館後編

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Tue.

丘の上の洋館後編 2  

 エアリが一行を案内してきた建物に、全員が圧倒されていた。
 なにせ白い洋館は、ブルジョワ級の豪華さだったのだ。
 アレクが首をかしげる。

「こんな所に貴族の別荘があるなんて、聞いてないが・・・」
「どうしましょうね。私たち、不審者で捕まるのではないでしょうか」

 情けない声を出したのはアウロラである。生真面目な彼女がそんな言い慣れない冗談を言うぐらい、その洋館は美しかった。

「・・・・・・ノックするぞ」

 ギルが意を決してドアを叩くと、はたして、

「ちょっとそこの人たち!」

と呼びかけ、こちらに走り寄る影があった。
 近づいてきたのは、キャスケットを被った青年である。
 思慮深そうな目をひたと一行に向けて、彼は口を開いた。

「どちらの方ですか?アポは取られてますか?」
「え、ええっと~・・・・・・」

20130304_06.png

 慣れない言葉や様子に、ミナスがたじたじとなる。
 その背中をなんとなく擦っていたエアリが、青年の顔がランタンで照らされたのを見て冒険者達の前へと進み出た。

「あ!エアリ様!お帰りなさいませ」

 エアリは飛び跳ねて青年のもとに駆け寄った。
 不審そうな顔になった青年は、「奥様と旦那様はご一緒では・・・?」と問いかける。
 一緒ではない、という確かな意思表示を込めた頷きに、青年は目を丸くした。

「それまたどうして?今日は揃ってリューンの会議に出席したのでしょう?」
「・・・・・・」

 エアリがそっと”金狼の牙”を盗み見たので、青年の目も自然とそちらに向けられた。

「ええっと・・・・・・。あなた方は、今日はどういったご用件で?」
「この子がリューンで迷子になってたから家まで連れて来たんだ」

 憮然とした口調でギルが答える。

「!・・・・・・そうとは知らず失礼な口を利いてしまいました。申し訳ございませんでした」

 青年が深く頭を下げるのに、ギルは慌てた。
 彼の憮然としたのは、決して青年の言葉によるものではなかったからである。親がちゃんと彼女を見ていなかった、ということを容易に推測できたのが面白くなかったのだ。

「立ち話もなんですので、どうぞ中に入ってください・・・あ、僕はここの召使をしているソアラと申します」
「あ、いや、そんなつもりじゃ・・・」
「どうぞ、おあがりください」

 青年――ソアラはそう言うと先に中に入ってしまった。

「・・・参ったなあ」

 頭を掻くギルの腕を、エアリが「早く中に入ろうよー」とでも言うように引っ張っている。
 結局、一行は館の中へと招かれた。
 リビングに通された”金狼の牙”たちは、立派なソファに体を沈めて、ソアラがお茶を持ってくるまでの時間を過ごすよう言われた。
 エディンがこっそりエアリに本当にこの家でいいのか訊くと、少女は確かに頷く。

「立派な家だなァ・・・。ん?いろいろあるなあ」

20130304_07.png

 エディンの目が、本棚に留まった。席を立ってそちらに近づく。
 立派な装丁の物も気になったが、少し毛色の変わった背表紙に指をかける。

『西大陸の魔女ジルが書いた魔道書。彼女の飼っていた猫の霊を呼び出すための呪文が延々と書き連ねられている』

(・・・・・・こんなにいっぱいあったらばれないだろ。)

 ひゅっと動いた指の動きは、仲間たちにも見抜けなかった。
 エアリがギルからもらった人形を手に、遊びだす様子に気を取られている。

「さっきのソアラって人の話だと、エアリはやっぱり親と一緒にリューンに来てたみたいだな」
「ええ。でも、親が出てきていませんから、まだリューンにいるのでしょうね」

 ギルの言葉にアウロラが相槌を打つ。
 そうしていると、「お待たせいたしました」という声とともに、お盆にカップをのせたソアラが戻ってきた。
 どうぞと勧められ、お茶のカップをそれぞれ手に取る。
 リューンからだとかなり歩かれたであろうと、ソアラが気を使って話題を振ってくれるのに、

「そうですね。でも、仕事柄よく歩くので慣れたものですよ」

とアウロラが返した。
 ”金狼の牙”たちの素性が冒険者だと自己紹介で知ったソアラは、昔も自分は憧れてたと興奮した様子になった。

「今日、エアリ様は奥様と旦那様と一緒にリューンに行かれたんです。最近、リューンで赤い魔物が出没するという事件が発生しているらしいのですが」
「へえ・・・・・・初耳だな」

 ギルは首を捻った。そんなすごい魔物が発生する事件が起きてるのであれば、≪狼の隠れ家≫でも、祭に浮かれていないでさっさと依頼書が回ってきそうなものなのだが・・・?
 そんな彼らに気づくことなく、ソアラは言葉を続けた。

「エアリ様はその事件の警備隊に所属されているんです」
「こんな小さな子どもが警備隊に?でも、あたしたちリューンが拠点だけど魔物の話は聞いてないわ」
「そうなんですか?数週間前からの話題だと思うんですが・・・・・・」

 ジーニの返答に、ソアラは困ったように首をかしげた。
 ではこれは知っているだろうと、目を輝かせて別の話題を口にする。 

「エアリ様はリューンでも名の知れた神官でしてね」
「こんな小さい子が神官!?」

 驚くジーニの隣で、アウロラが目を眇めている。
 確かにアウロラは司祭と気まずくなって聖北教会を飛び出した経緯はあるものの、養父を通じて教会の噂は伝わっている。
 そんなすごい力を秘めた少女がいるという噂は、全く耳にしたことがない。

「生まれつきの才能で、どんな術も使いこなせるほどの魔力をお持ちなんです」
「なるほど。それなら山道でウルフの群れを一瞬で倒したのも納得がいくな」

 魔法に疎いギルは、そのソアラの説明で腑に落ちてしまったらしい。肝心のエアリはといえば、人形に遊ぶのに夢中であまり話を聞いていないようだが。
 そして、彼女はそのまま人形を持って奥の部屋に消えてしまった。

「神様に選ばれた子なんですよ。エアリ様は――でもその才能と引き換えに、お声を神様に持っていかれちまったみたいで」

 気の毒そうなソアラに、アウロラはエアリの両親について尋ねてみた。

「旦那様は、シェアト教会の祭司をなさっています。奥様も教会の大主教様の血筋の方でございます」
「シェアト教会・・・・・・ですか」

 アウロラは肩の力を抜いた。
 シェアト教会は、聖北よりももっと昔に発生した宗教である。辺境の農村などで信仰が深い由緒ある宗派で、浄化と改革を司る女神シェアトに仕えるのであった。
 そこの祭司の血縁とすれば、聖北教会にエアリの情報がないことも頷けた。
 そんな内心も知らず、この屋敷には聖堂もあるのだとソアラが外を指差したときだった。ノックの音が響いたのである。
 「お客さまかね?」と声をかけて入室してきた、いかにもインテリといった雰囲気を漂わせた男は、この洋館の主で間違いなかった。
 後ろからはシスターの格好をした女性も入ってきている。

「私はシェアト教の祭司を務めるロワード・エルディガです。こちらは妻のマルティナ」
「はじめまして」

 淡く微笑むその姿に、にっこりとミナスは笑いかけた。

「どうも。僕はミナス。冒険者です」
「ちゃんとおもてなしして差し上げたんだろうな?ソアラ」
「へい、旦那様。こちらの皆様は迷子のエアリ様をわざわざ送り届けてくださったんです」

 すると突然、穏やかだった夫妻の顔が険しくなった。

20130304_08.png

「・・・・・・エアリが帰ってきているのか?」
「へ、へい。奥の部屋に行かれましたけど・・・・・・」
「あの子、リューンで突然姿をくらませたんですのよ」

 ギリ、という音がして驚いてアレクはそちらを見やる。
 今まで淡い微笑みを浮かべていたはずのシスターが、苛立たしそうに歯軋りしているのであった。

「探しても全然見つからないので、もしやと思い帰ってきたのですがやっぱり勝手に帰ってきて!お仕置きをしないと!」

 妻のマルティナは怒りをあらわにして、エアリのいる奥の部屋に消えた。
 ロワード氏は、「あんまりかっとするなよ!」と妻に呼びかけるも、止める様子は見られない。

「すみませんね。妻はいつもああでヒステリックなんですよ」
「は、はあ・・・・・・」

 豹変についていけてないミナスが、曖昧な返事をした。
 その後、ロワード氏はソアラから聞いた魔物の話の、詳細を教えてくれた。
 悪霊を引き連れて暴れており、待ち伏せや不意打ちなどのこずるい手も使う。
 死傷者も少なからず出ているのだと言う。リューン周辺ではもう10人近い犠牲者が出ているために、保安部隊も焦っているとか。
 不意に、エディンがこの洋館について質問した。

「ここは私たちの家であり、シェアト教会の支部でもあります」
「ずいぶん前からありましたか?」
「ええ、歴史ある建物でしてね。妻の曽祖父が建ててそのままの姿を維持し続けています」
「ふーん・・・」

 エディンは納得してないような声で相槌を打った。こんな立派な洋館が前からこんな場所に建っているとは、彼にとって初耳である。
 盗賊ギルドと一部の貴族や街の有力者は、切っても切れない中だったりする。
 ギルドに大して「保護料」を支払う事で、流れの盗賊等から守ってもらうほか、自分に必要な情報を融通してもらったり、あるいは人材を派遣して貰うこともある。
 聖職者という特殊な立場から言えば、確かにギルドとつながりがないことも頷けるのだが、はたしてエディンにはそれだけのようには思われなかった。
 ギルは暢気に、完全に日が落ちては帰るのが苦労だから・・・と暇乞いを告げている。

「そうですか。今日は、娘を送り届けてくださって本当にありがとうございました」
「いえいえ。それじゃ、俺たちはこのへんで」

 外まで一行を送り届けてくれたロワード氏が、

「そうだ、これをお持ちください」

と言って、白い杖を差し出した。一角獣を模したデザインである。

「これは・・・?」
「今回、亡霊と戦うために我々が試作した杖です。ゴーストに効果があります。何かの役に立つとよいのですが・・・・・・」
「ありがとうございます」

 大きな声で礼を言うと、ギルはその≪ユニコの杖≫を受け取った。
 まだ日が暮れきっていない中を、ラッキーと言って彼らは歩き始めたが・・・。

「あ」
「どうしたの、ギルバート」
「鞄、置いてきちゃった」

 ジーニの台詞に、ギルが情けない顔で返答する。
 早く取りに行って来い、とアレクが勧めるのに首肯し、ギルは急いで駆け出した。

「すいませーん。忘れ物したんですけど!」

 応えはない。

「すいませーん!・・・・・・聞こえないのかなあ」

 困ったままドアノブに手をかけると、開いている様子である。ギルはうーんと唸ったが、すぐに鞄を取ってくるぐらい大丈夫だろうと、家へ再び足を踏み入れた。
 誰もいない廊下を歩き、先程通されていたリビングに立ち寄ると、ソファの上に鞄があった。

「さて。早く戻ろう」

 ギルが廊下に出た時である。

「何度言ったらわかるんだ!」

という怒鳴り声と、激しく何かを打ち付けるような音が響いた。

「な、何だ?今の音」

 小さな声でつぶやくと、ギルはそっと聖堂に続くとソアラが説明していた扉の方へ近寄った。
 おそるおそる、ちっぽけな鍵穴から中を覗く。

2013/03/05 00:54 [edit]

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