丘の上の洋館前編 3
ふと、とある教会に足を向ける。
彼が向かったのは教会とは言うものの聖北教会とは違うところで、聖北のモデルとなった、もっと古い宗教のものである。
聖北以外の宗教はえして「異教」、悪ければ「邪教」として弾圧されることが多い中、この教会だけは独自の形を保ったまま、忘れられたように存在している。
近くまで来ると、月姫の祭のために、教会のまわりに装飾が施されているのが見えた。
古いながらもよく手入れされたドアを開けると、そこには一人の牧師見習い以外誰もいなかった。
「ふうん、相変わらず静かだな」
「あ、ギルバートさん。こんにちは」
「リグレット、久しぶり」
ギルは同年代と思われる銀髪の牧師見習いに、気軽に挨拶した。
この青年とは、とある些細な事件が元で知り合ったのだが、その時と同じ気弱そうな顔のままであった。
「あれ、それ娘さんですか?長旅に出ると、子どもの一人二人出来ちゃうもんなんですねえ」
「ちがうってば」
傍らの少女はと見ると、笑顔を浮かべてステンドグラスを見ている。
ステンドグラスから差し込む光が、少女の金髪を虹色に輝かせた。
リグレットはにこやかにそれを眺めた後、
「今日は『月姫の祭』なのであんなものを供えてみました」
と、祭壇の上を示した。
ギルの目に狂いがなければ――それは熊のぬいぐるみである。
「・・・・・・なぜに、くま?」
「伝説によれば、月姫は幼かったのでぬいぐるみや人形が好きだったらしいんですよ」
えへへ、と若干リグレットは照れたように頭を掻いた。
「こうやって飾っておけば、月姫も天界で喜んでくれるかなあと思いまして」
「お前らしい発想と言うかなんというか・・・・・・」
「ダメですかねえ」

否定はしないよ、とギルは肩をすくめた。
実際、空の上にいる存在に何が喜ばれて何が嫌われるのか――そんなことは不心得者であるギルには想像しきれない。
ふと、ステンドグラスを見るのに飽きたらしい少女が、今度は祭壇のぬいぐるみを見つけたらしくかなり興奮して指差した。
「っ!・・・・・・!」
「やっぱりこの年頃の子はぬいぐるみとか好きなんですかね」
「たぶんな。さっきも人形ねだられてあげたところだよ」
「へえ」
リグレットはギルの意外な一面を見つけたとでも言うように感心すると、「ところでこの子はどこの子なんです?」と訊ねてきた。
この辺りでは見ない顔だと言う。
「それがわからないんだ。俺に懐いたのかついて来ちゃってさ。・・・今祭だろ。だから、それを見に来て親とはぐれたんじゃないかと」
「その可能性は高いですね。この子、名前は何ていうんです?」
「それが口が利けないみたいなんだ」
悪い事を聞いてしまった、とでもいうようにリグレットの顔が翳った。
「そうなんですか」
「・・・・・・・・・」
少女はリグレットを怒るでもなく、ただ真摯に見つめている。
「もし子どもを捜してる親が来たら、≪狼の隠れ家≫にいるって伝言頼めるかな?」
「はい、任せてください。今日は一日中ここにいる予定なので」
「ありがとう、リグレット。俺は、しょうがないからこの子連れて宿に戻るよ」
「ほら、行くぞ」とギルは少女に声をかけた。
「ギルバートさん、また今度!」
「ああ、じゃあな、リグレット!」
ギルはマントを翻して少女と≪狼の隠れ家≫に戻った。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
と、ギルの声を聞きつけた娘さんが振り返る。
「結構時間かかったわね?」
「ふー。重たかったよ。はい、≪月姫の酒≫」
親父さんへカゴを差し出すと、彼はにやりとギルに笑いかける。

「ほら、一本取れ」
「え?もらっていいの?」
「・・・・・・今日は祭だからな」
「サンキュー!親父っ」
美しい赤の瓶を手に取る。
それを光に透かすようにして堪能するギルへ、親父さんは腕組みをして言った。
「しかしこんなに時間掛かるなんて、どうせ道草でも食ってたんだろ」
「俺だって、食いたくて食ったわけじゃないよ。実はさあ・・・・・・」
「・・・・・・」
無言のまま、少女がギルのマントの端から姿を現した。
娘さんが目を丸くして驚く。
「ん?だあれ?この子」
「お前、ついにかどわかしたか・・・・・・」
親父さんの言葉に、ギルは目をむいて否定する。
「違うっつうの!迷子だよ、迷子」
「あら、可哀想に・・・・・・」
娘さんは少女と同じ目線までしゃがみ込んで微笑み、年と名前を聞いたが、少女からの応えは――当然、ない。
ギルが少女がしゃべれない旨を説明すると、親父さんが依頼を書いてもらうための羊皮紙を一枚、カウンター下から取り出した。
「名前を書いてもらったらどうだ?」
「お。珍しく冴えてるな、親父」
羽ペンとインクのセットを、依頼書を貼る掲示板近くのテーブルから持ってきた娘さんは、「はい」とそれを差し出して名前を書くよう催促した。
すると少女は、ぎこちない手つきで名前を書いていく。上手く書けたようで、羽ペンをインク壷に戻した後、笑顔になっている。
「どれどれ・・・え あ り」
「(こくり)」
少女――エアリは、あどけない笑顔のままこっくりと頷いた。
ふむ、と髭に手をやった親父さんが唸る。
「エアリか。珍しい響きだな」
「最近の子はおしゃれで珍しい名前なのよ」
「外に貼り紙でも貼っておくか。そうすれば親も見つけやすいだろ」
親父さんと娘さんの会話を聞いて、ギルは自分が貼り紙を作ると言い出した。
しばし彼の顔に目を留めていた親父さんは、やがてふっと小さく笑った後に、「それと、この子のお守りも頼んだぞ」と軽くギルの肩を叩く。
「え~~~!?」
「こっちは今日の晩餐の準備で手一杯なんだよ。まかせたぞ」
「はいはい・・・・・・」
ちらり、とギルは横目でエアリを確認する。
困ったような顔をしている――きっと一人ぼっちで不安なのだ。
「早く親がくるといいな。今日一日よろしく、エアリ。俺はギルバート」
エアリはすぐに笑顔になった。
二人は握手をする――ギルの無骨な硬い手に比べ、少女の手は小さくて、柔らかい。
この二人の邂逅が、この後、あんな事件に発展するとは――まだ、誰も思いもしなかった。
※収入0sp、≪月姫の酒≫≪エメラダ≫≪キルギルの葉≫≪太陽の雫≫≪天使の香水≫※
--------------------------------------------------------
■後書きまたは言い訳
46回目のお仕事は、NINAさんのシナリオで丘の上の洋館前編です。
はい、後編があります。・・・・・・また長編シナリオに手を出してます。長いリプレイを読むのがお嫌いな方は本当すいません。
ただ、この前編はエアリの可愛さを堪能しながら、普段の冒険者の日常も垣間見えるというほんわかしたいい作品なのですよ~。その分、後編はハードですが。(ぼそっと)
冒頭の会話では、本来とある令嬢の護衛を二週間やらされた後にこの物語が始まるのですが、前に出てきたモルヴァンのインパクトがあまりに強かったので、満腹食堂の大戦のすぐ後ということに改変させていただいてます。
絶対奢ってもらってるはずだし、あの調子だと。(笑)
今回の収入はありませんが、お買い物した四つの品は高価なだけあって、非常に役立つアイテムです。
・太陽の雫・・・レベル3比回復、行動力上昇、勇猛状態
・エメラダ・・・敵全体に束縛・暴露効果、成功率上昇修正
・天使の香水・・・魔法無効化
・キルギルの葉・・・全属性の精神正常化
エメラダ辺り、かなりのチートアイテムです。でも、このシナリオでしか手に入らないアイテムですので、財布に余裕がまだある内に買っておきたかった品でした。天使の香水についてはリプレイ上、ギルからウェイトレスのエセルにプレゼント予定なので、恐らくパーティで使うことはしませんが、これらのアイテムを使ってギミック戦闘シナリオに挑むリプレイとか読んでみたいです。私以外の。
・・・頭悪いので、そういう限定的なアイテムの使い方、苦手なのです・・・。(笑)
では後編をお楽しみに。
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。
彼が向かったのは教会とは言うものの聖北教会とは違うところで、聖北のモデルとなった、もっと古い宗教のものである。
聖北以外の宗教はえして「異教」、悪ければ「邪教」として弾圧されることが多い中、この教会だけは独自の形を保ったまま、忘れられたように存在している。
近くまで来ると、月姫の祭のために、教会のまわりに装飾が施されているのが見えた。
古いながらもよく手入れされたドアを開けると、そこには一人の牧師見習い以外誰もいなかった。
「ふうん、相変わらず静かだな」
「あ、ギルバートさん。こんにちは」
「リグレット、久しぶり」
ギルは同年代と思われる銀髪の牧師見習いに、気軽に挨拶した。
この青年とは、とある些細な事件が元で知り合ったのだが、その時と同じ気弱そうな顔のままであった。
「あれ、それ娘さんですか?長旅に出ると、子どもの一人二人出来ちゃうもんなんですねえ」
「ちがうってば」
傍らの少女はと見ると、笑顔を浮かべてステンドグラスを見ている。
ステンドグラスから差し込む光が、少女の金髪を虹色に輝かせた。
リグレットはにこやかにそれを眺めた後、
「今日は『月姫の祭』なのであんなものを供えてみました」
と、祭壇の上を示した。
ギルの目に狂いがなければ――それは熊のぬいぐるみである。
「・・・・・・なぜに、くま?」
「伝説によれば、月姫は幼かったのでぬいぐるみや人形が好きだったらしいんですよ」
えへへ、と若干リグレットは照れたように頭を掻いた。
「こうやって飾っておけば、月姫も天界で喜んでくれるかなあと思いまして」
「お前らしい発想と言うかなんというか・・・・・・」
「ダメですかねえ」

否定はしないよ、とギルは肩をすくめた。
実際、空の上にいる存在に何が喜ばれて何が嫌われるのか――そんなことは不心得者であるギルには想像しきれない。
ふと、ステンドグラスを見るのに飽きたらしい少女が、今度は祭壇のぬいぐるみを見つけたらしくかなり興奮して指差した。
「っ!・・・・・・!」
「やっぱりこの年頃の子はぬいぐるみとか好きなんですかね」
「たぶんな。さっきも人形ねだられてあげたところだよ」
「へえ」
リグレットはギルの意外な一面を見つけたとでも言うように感心すると、「ところでこの子はどこの子なんです?」と訊ねてきた。
この辺りでは見ない顔だと言う。
「それがわからないんだ。俺に懐いたのかついて来ちゃってさ。・・・今祭だろ。だから、それを見に来て親とはぐれたんじゃないかと」
「その可能性は高いですね。この子、名前は何ていうんです?」
「それが口が利けないみたいなんだ」
悪い事を聞いてしまった、とでもいうようにリグレットの顔が翳った。
「そうなんですか」
「・・・・・・・・・」
少女はリグレットを怒るでもなく、ただ真摯に見つめている。
「もし子どもを捜してる親が来たら、≪狼の隠れ家≫にいるって伝言頼めるかな?」
「はい、任せてください。今日は一日中ここにいる予定なので」
「ありがとう、リグレット。俺は、しょうがないからこの子連れて宿に戻るよ」
「ほら、行くぞ」とギルは少女に声をかけた。
「ギルバートさん、また今度!」
「ああ、じゃあな、リグレット!」
ギルはマントを翻して少女と≪狼の隠れ家≫に戻った。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
と、ギルの声を聞きつけた娘さんが振り返る。
「結構時間かかったわね?」
「ふー。重たかったよ。はい、≪月姫の酒≫」
親父さんへカゴを差し出すと、彼はにやりとギルに笑いかける。

「ほら、一本取れ」
「え?もらっていいの?」
「・・・・・・今日は祭だからな」
「サンキュー!親父っ」
美しい赤の瓶を手に取る。
それを光に透かすようにして堪能するギルへ、親父さんは腕組みをして言った。
「しかしこんなに時間掛かるなんて、どうせ道草でも食ってたんだろ」
「俺だって、食いたくて食ったわけじゃないよ。実はさあ・・・・・・」
「・・・・・・」
無言のまま、少女がギルのマントの端から姿を現した。
娘さんが目を丸くして驚く。
「ん?だあれ?この子」
「お前、ついにかどわかしたか・・・・・・」
親父さんの言葉に、ギルは目をむいて否定する。
「違うっつうの!迷子だよ、迷子」
「あら、可哀想に・・・・・・」
娘さんは少女と同じ目線までしゃがみ込んで微笑み、年と名前を聞いたが、少女からの応えは――当然、ない。
ギルが少女がしゃべれない旨を説明すると、親父さんが依頼を書いてもらうための羊皮紙を一枚、カウンター下から取り出した。
「名前を書いてもらったらどうだ?」
「お。珍しく冴えてるな、親父」
羽ペンとインクのセットを、依頼書を貼る掲示板近くのテーブルから持ってきた娘さんは、「はい」とそれを差し出して名前を書くよう催促した。
すると少女は、ぎこちない手つきで名前を書いていく。上手く書けたようで、羽ペンをインク壷に戻した後、笑顔になっている。
「どれどれ・・・え あ り」
「(こくり)」
少女――エアリは、あどけない笑顔のままこっくりと頷いた。
ふむ、と髭に手をやった親父さんが唸る。
「エアリか。珍しい響きだな」
「最近の子はおしゃれで珍しい名前なのよ」
「外に貼り紙でも貼っておくか。そうすれば親も見つけやすいだろ」
親父さんと娘さんの会話を聞いて、ギルは自分が貼り紙を作ると言い出した。
しばし彼の顔に目を留めていた親父さんは、やがてふっと小さく笑った後に、「それと、この子のお守りも頼んだぞ」と軽くギルの肩を叩く。
「え~~~!?」
「こっちは今日の晩餐の準備で手一杯なんだよ。まかせたぞ」
「はいはい・・・・・・」
ちらり、とギルは横目でエアリを確認する。
困ったような顔をしている――きっと一人ぼっちで不安なのだ。
「早く親がくるといいな。今日一日よろしく、エアリ。俺はギルバート」
エアリはすぐに笑顔になった。
二人は握手をする――ギルの無骨な硬い手に比べ、少女の手は小さくて、柔らかい。
この二人の邂逅が、この後、あんな事件に発展するとは――まだ、誰も思いもしなかった。
※収入0sp、≪月姫の酒≫≪エメラダ≫≪キルギルの葉≫≪太陽の雫≫≪天使の香水≫※
--------------------------------------------------------
■後書きまたは言い訳
46回目のお仕事は、NINAさんのシナリオで丘の上の洋館前編です。
はい、後編があります。・・・・・・また長編シナリオに手を出してます。長いリプレイを読むのがお嫌いな方は本当すいません。
ただ、この前編はエアリの可愛さを堪能しながら、普段の冒険者の日常も垣間見えるというほんわかしたいい作品なのですよ~。その分、後編はハードですが。(ぼそっと)
冒頭の会話では、本来とある令嬢の護衛を二週間やらされた後にこの物語が始まるのですが、前に出てきたモルヴァンのインパクトがあまりに強かったので、満腹食堂の大戦のすぐ後ということに改変させていただいてます。
絶対奢ってもらってるはずだし、あの調子だと。(笑)
今回の収入はありませんが、お買い物した四つの品は高価なだけあって、非常に役立つアイテムです。
・太陽の雫・・・レベル3比回復、行動力上昇、勇猛状態
・エメラダ・・・敵全体に束縛・暴露効果、成功率上昇修正
・天使の香水・・・魔法無効化
・キルギルの葉・・・全属性の精神正常化
エメラダ辺り、かなりのチートアイテムです。でも、このシナリオでしか手に入らないアイテムですので、財布に余裕がまだある内に買っておきたかった品でした。天使の香水についてはリプレイ上、ギルからウェイトレスのエセルにプレゼント予定なので、恐らくパーティで使うことはしませんが、これらのアイテムを使ってギミック戦闘シナリオに挑むリプレイとか読んでみたいです。私以外の。
・・・頭悪いので、そういう限定的なアイテムの使い方、苦手なのです・・・。(笑)
では後編をお楽しみに。
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。