Wed.

暴虐の具現者 5  

(・・・・・・さて。教えてやらないとな)

 ――あの、暴虐の具現者に。

(俺たちが、ただ狩られるだけの存在ではないってことを――な)

 駆け、跳躍し、地を転がっては跳ね起き、また駆けていく――。

「・・・・・・」

 背後から迫ってくるのは、ただならぬ死の気配。
 アレクは今、蟲竜の咆哮にて振動する空気を背に浴びながら、駆け続けていた。
 その目的は無論――。

(俺を噛み殺すつもりでいる、アイツを――)

 逆に死地へと導くためである。
 頭上に太い幹、足元には尖った大石。その真中を抜けるために、絶妙な高さの跳躍をする。

「余裕ですな、アレクはん!」

 懐の中で、トールが笑っている。
 万一躓きでもすれば、それだけですべてが終わってしまう。
 瞬時の遅滞も許されない状況だというのに――なぜか、こういうときにアレクは切迫感に襲われたりはしない。
 それがいいことか悪いことか分からないが、周囲をよく見ることはできるようだった。

「ごちゃごちゃ考えるのもいいが、こういう時はな、トール」

 ――身体の反応に任せるんだ、とアレクは返した。

(ったく、我ながら――なんで曲芸をしているんだか!)

 ただの二人で竜種を引き回す。まったくもっての無謀であり、戦士としてはこの上なき本懐でもあった。

「ははっ――」

 高揚しながらも、決してアレクは冷静さを失っていたわけでもない。

ScreenShot_20130217_220022578.png

 ・・・・・・いつのまにか、ふとももから血が流れていた。木の枝でもかすったのだろう。
 トールがそこまで体を伝ってにじり寄り、氷の魔力で傷を塞いだ。

「まったく、トール。――お前がいてくれて、良かったよ!」

 いい気になって巨獣を引き回しても、枝が擦っただけで血を流す生き物なのだ、アレクは。
 それもこの雪精がついていてくれるおかげで、ただただ走ることに集中できる。

「ム――――ッ!」

 視線の先に、目的地が見えてきた。特徴的に、森から突き出た裸の大岩。
 真っ直ぐに岩を駆け上がりながら、軽く左右に視線を這わせた。
 仲間たちはどこにいるのか、誰の姿も確認はできそうにない。
 ただ、岩陰のどこかに潜んでいることは間違いない。

「ォオ――――!!」

 アレクは、極めて激しい動きを繰り返した今日一日の中でも最高の跳躍をし、空へと身を投げた――。
 あしうらから地の感触が消える。前後左右だけでなく、真下からの強風にも晒されるようになる。

「ふ――――っ!」

 風精ジルフェを憑かせた父親のように風を制御する、というほどではないが、それまでとは異なる身のこなしが要求される。
 それをわずかふた呼吸するうちにものする――が。
 あるかなきかの殺気に背を打たれて、咄嗟に宙を舞う。
 それまで自身が浮いていた場所を、怒竜の大顎が通過したのだ。
 あのまま直進していれば、すでにこの世の者ではなかった。

「ハッ――!やっぱり噂どおりに飛ぶのかよ」

 余った勢いを殺し、振り返ってこちらに再びやってくるさまは、まさしく空中を泳いでいるといった感じだった・・・。
 暴虐の主を正面で捉え、アレクは無防備に眼を閉じて、口の両端からゆっくりと息を吐いた。

「さて――仕事の時間だ」
「華と咲くか、吹雪と散るか、千代に一度の華いくさ――ってやつでんな」
「上手いこと言う」

 にやりと余分な緊張なく微笑んだアレクは、静かに魔力を集中する。

「さぁドラゴンさんよ――、おっぱじめようかい」

 僅かに避け損ねた胴体が巻きつくも、予めエディンと交換していた鎧によって竜が怯む。
 騎士シニサが発動させた『矢の罠』も効いているようだ。

「そして・・・これで、終わりじゃないぜ――ハァッ!!」

 反撃をまったく予想していなかったのだろう。
 強烈な一撃に、巨獣は効いたというより驚いたといった感じで慌てて身を引く。

「どっせい――!」

 シニサは続けざまに、『木箱爆弾』を発動させた。

「いいぞ、いいペースだ!」
「アレクシス、無事!?」

 休憩を取ってなんとか疲れを癒していたジーニが声をかける。

「ようやくご到着か、待たせやがって!」
「申し訳ない、これでも急ぐだけ急いだのですよ。しかし、お陰さまで――奴さんをここまで引っ張り出せましたよ」
「グアアアアアアアアオオオオオ!?」
「・・・ふっ、どうやら驚いていますね」
「条件も、戦力も揃った――さぁ、これで対等だぜ」

 口の端に笑みを浮かべたアレクが、シニサの放った『魔法書の罠』とタイミングを合わせ、一緒に空中を舞っている岩の欠片を、力任せに刀身で敵にぶつける。

ScreenShot_20130217_222543031.png

「――よしッ!」

 尻尾があえなく切り離され、破壊されし超常生命の肉体は、秘められし異能を発揮する間もなく重力に飲まれた。

「――――――――――――――!?」
「狙い通りっ!これはいけるぞ!!」
「よし皆、いけえええー!!!」

 ギルの号令により、各々が魔法や技をワイアームへ叩き込んでいく。
 スネグーロチカが胴体に冷気を放ち、ジーニの召喚した風がさらに傷を広げる。
 エディンやギルがそれぞれの技を放った時点で、また胴体の一部が落下した。

「あと少しです・・・!」
「イフリート、少しだけお前の息吹を貸して!」
「ギル、先にやるぞ」
「りょーかい、タイミングずらすなよ!!」

 宙を恐ろしい速さで飛んだ業火が過ぎ去ると、二人の戦士は勢いよく太い頭頂部を得物で抉る。

「・・・ここだっ!!」

 ずっと隙を窺っていたエディンが、傷つき肉が抉れうじゃじゃけている一点を目掛け、【暗殺の一撃】を放った――――断末魔が、響き渡る。

ScreenShot_20130217_223136750.png

 だが攻撃色であろうか――瞳や、欠けずに残った大爪を赤黒く明滅させるワイアーム。
 さすがにぞっとした様子でアレクが呟く。

「信じられん。まだ、やる気なのか」

 傷つきに傷つき尽くした肉体を引っさげ、それでもまだ戦う姿勢を取ろうとするこの難敵に、束の間尊敬の念すら覚えてしまう冒険者たち・・・。
 これこそが、少なくとも数百年は生きている野生生物の、生きるということに対しての執念なのだ。
 だが――攻撃の意思をあらわにできたのは、やはりほんの一瞬。
 やがて深い崖下に、その巨大なからだが墜ちてゆくのだった。

「――もう、事切れていたか」

 肉体を律するための意識という装置を失った、暴虐の具現者の末路である・・・・・・。
 ――難敵を打ち倒し、見事に依頼を果たした”金狼の牙”たちは馬車を預けていた麓の村に戻って事情を話し、森の中の騎士たちの弔いに力を貸してもらった。
 その後、休養も取り、意気揚々と依頼主の元へと向かう。
 その際――。

「えへへっ、やっぱアレクシスは凄いヒトだったんだ!おいら大人になったら絶対リューンにいくからな」

ScreenShot_20130217_224124812.png

「・・・・・・」
「まーた新人の伝手作っちゃったわね。きっとあの子、≪狼の隠れ家≫に来るわよ?」
「まあ、いいのではありませんか?どんな英雄とて、最初は何でもない人間なんですから」

という話があったのは、まあ別の話である。

 そしてワイアーム討伐より5日後。
 トマス・ランプトン邸、応接室にて――。

「・・・諸君ら、実に見事な働きだった。我が騎士団が大きな損害を受けたのは痛いが、これから領で起こりうる被害を考えると、むしろ最小限に抑えられたとみるべきだろう」
「は。お褒めのお言葉ありがとうございます」

 ギルが代表して礼を受ける。

「ところで、な」
「・・・・・・?」

 すぐ報酬を受け取ると思っていたエディンは、どうやら違う流れのようだと首を傾げた。
 戸惑ったようなギルの代わりに応える態勢となる。

「どうだった、ヤツは?」
「・・・・・・最悪な相手でした、ハイ」
「ほう、やはりそうか!しかし、その困難な状況からひと筋の光明を見つけ出し、見事『竜殺し』を成し遂げた!」

 ここでランプトン卿の顔がますます熱を帯びる。

「シニサから色々と聞いてるぜ。本当に大したもんだぜ、あんたたちは!・・・っとと、スマヌスマヌ」

ScreenShot_20130217_225010718.png

 依頼主は冒険者たちの言葉に喜色もあらわ、という風情で身を乗り出したが、慌てたように領主としての態度を取り戻した。

(あー。そういや、元冒険者だっけ?)

 エディンはようやく思い当たった。『竜殺し』というのはある意味、冒険者たち(に限らないが)の憧れだ。実際に『竜殺し』を達成した者たちを前にすると昂揚するのかもしれない。
 卿はこの地に留まる気はないかと”金狼の牙”たちに訊いたが、我々は今のままが一番いいと思うという返答を受け、半ば予想していたらしく頷きながら笑った。
 報酬の銀貨3000枚は後日、宿へと送らせてもらうと言う。

「その前途には期待しているし、祝したい気持ちもある。というわけで――だ」

 ランプトン卿は手を叩き、従者らしき者たちに二つの箱を用意させた。

「追加報酬として遥か東国より取り寄せた魔法の甲冑、もしくは領内の遺跡で発見された旧時代の金貨3枚か、どちらかを選んで欲しい」
「ふぅむ・・・・・・どちらも破格の報酬ですね」
「こっちの甲冑、珍しいわねえ。回避が上がる魔法が掛かってるわよ?」

 しげしげと運び込まれた品を鑑定していたジーニが言った。
 それを聞きつけたエディンが、眼に見えてそわそわする。

「な、なぁ、リーダー・・・・・・」
「皆まで言うなよ。エディンにはずいぶんと助けられてるからな、いいよ」
「マジか!ありがてえ!」

 東国から取り寄せたその品を、嬉しそうにエディンは抱え込んだ。

「仕事でなくとも、またこの地に来てくれ。いつでも歓迎するぞ」
「我がランプトン領の英雄たちよ、いつまでも壮健でおられよ」

 騎士と領主に見送られ、”金狼の牙”は存外の報酬とともに故郷へと帰っていった。
 その活躍は、ランプトン領では永らく語り継がれ、リューンという大都会でも一時は話題を独占するほどの偉業として称えられたのであった・・・。

※収入3000sp、≪飛来矢≫≪蟲竜の角≫≪特濃浮遊薬≫≪浮遊草≫≪プックルの実≫×2、≪傷薬≫×4、≪薬草≫×5、≪コカの葉≫×4※

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■後書きまたは言い訳
42回目のお仕事は、虻能丸さんのシナリオで暴虐の具現者です。
最近のシナリオなのでリプレイに起こすのはまずいかな~?と思ったのですが、正直に言うとエディンに≪飛来矢≫が欲しくて選びました。・・・いや、あれは盗賊用の防具じゃないぞって意見は分かるんですが、うちの盗賊、器用/慎重に適正がなくて器用/好戦とか筋力/勇猛に適正があると言う・・・。かといって、いくら適正あっても≪カナンの鎧≫はさすがに美意識として許せず。「≪飛来矢≫は・・・あ、これ防御力のほかに回避UP効果?じゃ、盗賊が身につけてもいいんじゃないの?」という理由で、『蟲竜』アタックしました。虻能丸さん、本当すいません・・・。

『蟲竜』撃退ルートは他にもあるのですが、そっちも面白かったです。
最後のルート選ぶ時は、その、特殊型いる宿でなきゃきつかったなあとだけ・・・。(笑)

さるサイトの方にも申し上げたのですが、この『蟲竜』を誘き出す役の独白が凄いかっこいい!好きです、熱い展開ですねえ。うちは選ばれたのがアレクだったので、一人ではなく雪精トールとのやり取りになっちゃったんですけどね。これ、選ばれるのもしかして勇将型とか分岐あるのかしら。
それから、いつもなら嬉々として罠を考えそうなジーニなんですが、なぜか今回、参謀役の台詞がアウロラに割り振られていました。まあジーニは都会人だから、野外で引っ張りまわされるの苦手そうなので、今回はこれで良かったのかもしれません・・・スクリーンショットご覧いただければ分かるように、アレクのもとへ駆けつけた時にジーニだけどういうわけか疲れ果ててますし。(笑)

追記:虻能丸様ご本人から教えていただきましたが、この登場の際に「飛行」キーコードがついていないキャラクターについてはこのように一部能力が低下するのだそうです。さすが細かい所まで目が行き届いてる!素晴らしいですね。お教えいただきありがとうございます。

シニサさんやランプトン卿は、またぜひ出会いたいNPCです。

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。

2013/02/20 21:25 [edit]

category: 暴虐の具現者

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Wed.

暴虐の具現者 4  

 落ち着いたところを見計らって、シニサに死亡前に言葉を交わした騎士からの情報を聞いた彼らは、ある意味の光明を見出していた。
 なるほど、あの『蟲竜』は確かに強い。しかし、頭から遠く離れた尻尾が一番切り離しやすいことを、彼らは発見していたのだという。
 おまけに一部分を切り離せば、全体の動きのバランスを崩して防御が疎かになるらしい。
 濃藍色の双眸が希望に輝いた。

ScreenShot_20130217_205003906.png

「――!そうなれば強固な鱗の護りも怖くないね」
「ですが、問題は――」
「そう、やはりあの回復力だな。守りが弱まるどころか、瞬く間に鱗が再生する」

 冷静なアウロラとシニサの指摘に、「・・・・・・むぅ」とジーニは妙な声をあげた。

「特殊な状況を・・・あの能力を阻害できるような状況を作ってやる必要がありそうだな」

 ギルはぽりぽりと頬を掻いて言う。
 それを聞いていたアレクは、とある一方を指して訊いてみた。

「あそこはどうだ?」
「何――――?」

 森から極端に突き出た巨大な岩盤――その先端を彼は指していた。
 その上に、冒険者たちは立つ。
 この岩場が山の中で最も高い位置にあり、急な崖になっている。
 地形がそうさせるのか、吹く風は岩壁を昇って逆巻き、冒険者たちの顔を激しく叩いてくる・・・。
 しばらく辺りを探っていたエディンが報告をした。

「・・・視界は良好だ。縄張りの森全体が見下ろせるが、岩場は激しく隆起を繰り返していて、人が身を隠すのには困らない」
「あちらさんからの視界はどうなる?」
「森の側から、俺たちの姿を見つけるのは困難だろう。・・・・・・ただ、こちらからも奴の姿を確認することは難しそうだ」

 報告がそこで止まった時、手を挙げて仲間たちの注目を集めたアウロラがおもむろに話し出す。

「私たちがあの竜に対して手を焼いているのは、際立った攻撃力ももちろんですが、クロガネの刃を弾き魔法を撥ね返す鋼鱗の防御力と、たとえ傷を負わせても、即時回復する再生能力・・・」
「うむ。そうだな」
「さいですな」

 アレクとトールが頷く。

「つまり有効な攻め手がないのが問題なわけですが、もし再生能力を完全に封じることはできなくても、その速度を緩めることができたとしたら――どうです?」
「それは・・・・・・」

 どういうこと?と不思議そうなミナスに笑いかけて、アレクが口を出した。

「あの強固な護りを打ち破るは至難だ。しかしそれは、不可能というわけじゃない」
「そう。現に、あなたの【竜牙砕き】もあの『蟲竜』には通じていた」
「ヤツの胴体の各所を撃破できたら、その状況をしばらく保てる、ということになるだろうな。なにせ、再生の速度が落ちている」
「――その通りです」

ScreenShot_20130217_210433062.png

「だから、何が言いたいの?」

 焦れたような小さなエルフに、アウロラはゆっくりと考えている作戦を教えた。
 シニサの話にもあった、「肉体の部位を各個撃破ができればそのたびに肉体のバランスが崩れ、動きに乱れが生じ、防御が疎かになる」という特性。
 あの再生能力を抑えるのに――、

「――崖を使ってそれを成す」

ScreenShot_20130217_210641203.png

 再生を妨げるには、胴を破壊もしくは切り離しを行い、切れ端や血肉を本体から遠ざけることが必要となる。
 崖の自由落下を利用して、もしそれを行うことができればというのだ。

「もちろん、こちらの意図通りに展開してゆくと限らない。ですが、策なく挑むよりはいい」
「むむむ・・・・・・」

 ギルはなるほどと唸った。
 ただこの策を実践するには、崖の先――それも容易に引き返せないほどの中空にまで、おびき寄せなければならない。

「囮役が必要なんだね?そういうことなら――」
「・・・俺がやろう。全員でぞろぞろ動いても仕方ないし、任せてもらいたい」

 ミナスの言葉尻を奪うように、アレクが言った。
 確かに森住まいのエルフほど、敏捷に森の中で動ける存在はそうはいまい。おまけに、ミナスには≪エア・ウォーカー≫という飛翔用のアイテムもある。
 しかし、逃げる途中で傷を負っても、のんびり立ち止まって先程の霊験をかけている暇は絶対にないのだ。
 その点、アレクの場合は怪我をしても雪精トールが憑いている。
 体力があるというだけならギルもだが、彼はさっきからカナンの鎧の重量で疲れていた。
 ――ついでに付け加えると、本来は戦術を嬉々として捻り出しそうなジーニが黙っているのは、今までの森の強行軍でやはり疲れているからであった。

「ひとりで・・・いや、アレクならトールがいるから大丈夫か」
「ハイですわ、わてにお任せください」
「・・・無論、無茶はしない。おびき寄せることに集中するさ」

 心配そうなミナスの頭をそっと撫でた。
 ぱちりと軽く手を合わせてアウロラが纏める。

「さて――決まりです。まず囮役が、あの竜を挑発なりして崖までおびき寄せる。そのまま、さっきジーニが作った浮遊薬の効果で宙へ逃れて・・・抜き差しならぬ場所まで引きずり込む」
「でもそれは、噂どおりあのドラゴンが空を飛べたらの話でしょ?」
「そうですね」
「・・・飛べないとしたら?」
「そのときは、空中から囮役が仕掛ける中、残りのメンバーが後ろから襲い掛かるだけです」

 けろっと彼女は言った。

「再び退いて態勢を立て直すということも、想定はしておくべきでしょう」
「・・・・・・なんつーか、お前さんが味方で本当に助かるよ」

 ブルネットの髪をかきあげてエディンが呟く。
 その隣では、シニサが興奮で震えながら、しきりと賞賛の言葉を口にしていた。

「そうなると、もっと罠が用意できる方がいいな。自由落下だけにすべてを賭けるのも危険だし」
「ええ。もう少し、森の中を散策してみましょう」

 そうして拾った素材や薬草たちを組み合わせ、罠や必要そうな薬を大人二人が作っていく。 

「・・・・・・なぁ、冒険者殿、よろしいか?」

 銀の髪を揺らして、シニサが問いかける。

「はい?どうぞ」
「うむ・・・、空中戦をやるというが、いったいどのあたりで仕掛けるのだ?」
「どの、というのは――?」

 アウロラは戸惑ったように首を傾げた。

「いやな、ひとくちに空と言っても色々とあるであろう。どこまでも高くか、崖のそばか、ここよりも下なのか」
「あぁ、そういう・・・崖の傍ですよ。あるいは、状況に応じてその少し下か、というところです」
「ふむ。ともかく、崖の傍でやりあうと言うのだな?」
「ええ」

 シニサは1つ提案をした。
 冒険者たちが『蟲竜』と相対している時、シニサは完全に自由に動ける状態である。
 骨折を起こしていたから戦うことはできないが、援護することくらいは可能であろう・・・例えば、彼らがこさえた罠によって。

「あれらをこの場に仕掛けてくれ。アレクシス殿が彼奴を引き回しておる間に、少々手を加えたい。狙いをつけて発動できるようにしたいのだ」

 そしてひとたび戦いが始まった後――シニサはタイミングを見計らって背後から痛めつける、という寸法らしい。

「・・・無論、冒険者殿らが我輩を信用できなければ聞き流してくれて良い策なのだが」

 シニサは領内の妖魔退治や国境沿いの戦などに立ってきた身である。
 援護役を任せるに足る人材だろうと、アウロラは思った。

「では――お願いします」
「うむ、了解した」

 残っていた傷をトールに癒してもらい、”金狼の牙”たちはいよいよ『蟲竜』を誘き出す準備を始めた。

2013/02/20 20:56 [edit]

category: 暴虐の具現者

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Wed.

暴虐の具現者 3  

「は――ぁ、はぁ。やべ、カナンのじい様の鎧重すぎ・・・」
「く――、ふぅ・・・はぁ・・・。あたし、こんなに、走った、ことな、い」

 でたらめな強さを誇る竜も、自分たちが作った隙をつき、生きていた騎士が放ってくれた火薬のお陰でいったんは――死亡したと思っていた。
 太い胴体がほぼ千切れかかっていたのだから、そう思うのも無理はない。
 しかし、尋常ではないスピードでそれは起きたのだ。
 千切れ飛んだはずの肉片、拡散したはずの大量の血液――それらがまるで地虫が這うかのように集まりだし、傷口を塞いだ。・・・再生を止めるなどという暇もなかった。

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 それでも痛みは確かに残るらしく僅かに怯んだのを見計らい、一目散に逃亡してきた冒険者たちは、竜の苦悶と怒りの慟哭も気配も届かない場所まで辿り着くと、力尽きたように腐葉土の絨毯に座り込んだ。

「もうダメだ・・・息が続かん」

 ギルが鎧のベルトを少し緩める。
 本来なら、もと来た方角へと戻るほうが、態勢を整えるという意味ではよかったのだろう。
 だがそうするには、竜の脇をすり抜ければならないため困難だった。
 縄張りの奥へと進む事になろうと半ば予想しながらも、冒険者らは逆方向へと進むより他なかった。

ScreenShot_20130217_050355703.png

「・・・・・・それにしても」

と、つぶやく。
 実際体験しても、信じられない能力だった。
 肉体が強いだけではない、木々を薙ぎ払う攻撃力に、常軌を逸した再生能力――。
 幾度も討伐隊が背走したというのも、分かる気がする。

「今のところは、大丈夫、みたいだよ」

 ミナスが注意を払う。不自然に揺れる樹木や、何かが這うような音。巨大な獣の息遣い。そういったものは、彼の鋭敏な知覚には感じられなかった。

「だが・・・どうする。リーダー」
「『蟲竜』ワイアーム。・・・ひと工夫もふた工夫もしなきゃ、どうこうできる相手じゃなさそうだぜ」

 騎士団に付き従っているだけで、報酬と『竜殺し』の称号を得ることができる。
 そんな甘いことを考えていたわけではない。波乱も想定していた。
 ――が、しかし。

「・・・・・・まぁいいさ」
「リーダー?」

 泣き言を口にしても始まらない。
 いきなりの危機ではあったが、討伐対象を実際に眼にし、ぶつかりあった。
 その中で得た情報も、少なくない。

(生かすも殺すも俺たち次第・・・だ)
「生き残りの騎士を探そう。後は、その過程で得られそうな武器・・・。さっき見た火薬とか、ああいうのがあれば随時回収していこうぜ」
「・・・・・・まあ、再生能力が桁違いとは言え、逃げる時間は稼げたしな」

 ふむ、とエディンが顎に手をやった。
 暫し考え込んでいたアウロラが、ようようという様子で口を開いた。

「あれだけの強靭さを誇るのに、超常の域に達したような回復力を持っていましたね」

 ジーニもそれに応じる。

「飛散した血肉まで、まるで意志を持っているように集まるなんて・・・・・・ね」
「あるいはあれは特別なことではなくて、あの竜生来の、自己治癒能力なのかも知れません」
「うーん・・・・・・手ごわいなあ」
「この森自体があの『蟲竜』の庭みたいなものです・・・地形の把握にも努めた方がよいでしょうね」
「とりあえず、動こう。一所に立ち止まってちゃ、見つかる確率は高くなる」

 ギルにそう促され、一行は周りの気配を警戒しながら歩き始めた。
 先行隊が落としたらしい廃棄物(錆びた剣や鏃)や、上質の木材を拾う内、土が剥き出しの切り立った崖に出た。
 結構な高さで、崖下には大きな河が流れている。

ScreenShot_20130217_200746281.png

「不意打ちのように、目の前に現れたな」

 ぼうっとしてたらそのまま転落してたと苦笑するエディンに、アレクが無言で頷いた。
 濁流というわけではないが、河底は見えない。
 結構な深さがある、ということだろう。

「流れも速いな。それによって水面は泡立っているし、水の塊同士がぶつかって弾け飛ぶから、河底は余計に見え辛くなる」
「なるほどな・・・・・・」
「あ、今なんか跳ねた!」

 エディンに教わるアレクの外套をつかんでいたミナスが、河のとある方向を指して言った。

「あれは――?」

 水の中から姿を現したのは、大きな背びれを有した水棲生物。
 水面に映る影から、全長4メートルは超えていようと判断できる。
 また水面から時折のぞく肌は、十分にぬめっていることが一見して知れる。

「あの生き物はたぶん、グランガチってやつでしょう」
「あらすごい、アウロラ分かるの?」
「ええ・・・。『魚の王』とも呼ばれ、水中でもっとも強力な精霊の1つです。姿はご覧の通りワニに似ますが、大きな背びれはグランガチ固有のものです」
「あれね、すごい誇り高いんだよ。無闇に暴力を振るう精霊じゃなくて、敬意には敬意を、恩義には恩義を返すんだって」

 ミナスも言い添えた。恐らくはこの河の主なのだろう。
 特に刺激しなければ大丈夫だろう、という意見により、それ以上の過度の接触を避けて一同はまた歩き始めた。
 途中、先行隊が丸ごと放り出したらしい荷も見つけ、周囲を警戒しがてらエディンが槍の穂先や切っ先の欠片を鎖帷子に埋め込む。

「エディ、それどう使うわけ?」
「装備した奴が、『蟲竜』に締め付けられても大丈夫なようにさ。こいつが上手く刺されば、警戒して攻撃してこれないだろ?」
「なるほどねぇ」
「とは言っても、再生を封じるほどじゃない。そっちは別に何か手立てを用意しねえとな」
「考えとくわよ、チームの頭脳担当としては。ん、こっちの草は・・・」

 ジーニの繊手が、見慣れない草を摘み上げる。

「こっちは強化草、こっちが浮遊草か。ふーん」
「浮遊草なら知ってるけど・・・こっちの赤いの、どういう効果があるものなの?」
「何、ミナス知らない?これはね、薬効成分のある素材と組み合わせればブーストしてくれるのよ」
「へえ。じゃ、浮遊草とあわせたら空飛べるの?」

 思いがけない子供のアイデアに、ジーニは目を瞬かせてその意見を吟味した。
 確かにそうだ、身を軽くする浮遊草をブーストするのなら、そういう効果が出ておかしくない。

「・・・・・・何かに使えるかもね。よし、合わせておこうか」

 ジーニは錬金術の要領で手早く浮遊草と強化草を合わせ、『特濃浮遊薬』を作り出した。
 やがて、『蟲竜』に見つからないようにと適度なところで移動を開始し、”金狼の牙”は部隊壊滅の痕跡も見つける。

「これは・・・酷いな」

ScreenShot_20130217_203905625.png

 首から先がない者。身体の一部分しか残っていない者。
 あるいは、眠っているだけに見えるが鎧からのぞく顔に生の色がない者。
 エディンの見立てでは、中には冒険者もいるように思われる。
 手厚く葬ってやりたいところだが、今はその余裕すらもない――、と。
 微かな呻き声をあげる者がいた。走り寄ったミナスが、ウンディーネの霊験を使う。

「うぅ・・・冒険者殿、か?」
「その声、シニサさんか!?」

 アレクが呆気に取られた表情でその人物を見やった。

「脚をやられていたのだが、治療してくれたのだな。驚いた・・・我輩以外にも、まだ無事な者がいた」

 途切れ途切れではあるが、騎士の発する声には力があり、健在振りを窺わせた。
 他の騎士の所在は分からず、うな垂れる騎士のリーダーにかける言葉もなく冒険者たちは黙って見つめていたが、やがて騎士はすぐに気を取り直して言った。

「気遣いは最早無用だ。それに、こうして1つの場所に留まり続けることも、危険であろうし」

 弔いをしてやりたいところだが、悠長にそんなことをしていては襲撃を受ける。
 必ずあの『蟲竜』をしとめようと士気を上げ、彼らは再び慎重に歩き始めた。

2013/02/20 20:51 [edit]

category: 暴虐の具現者

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Wed.

暴虐の具現者 2  

 ――ひんやりとした空気が満ちる、薄暗い高地の森。
 その中を、隊列を組んで進んでいる。
 空気は冷たいが、冒険者の鼻先からは汗が滴っていた。
 人が立ち入ることなどないのだろう。
 馬車は麓の村で預かってもらい、荷はすべて自分たちで背負っていた。

「・・・・・・重い」

 妙に表情のない顔でギルが呟いた。彼は≪カナンの鎧≫を着込んだまま進んでいる。
 とはいうものの、ここら一帯を治めるランプトン家の現当主からの依頼、それも若さに似合わず領民の気持ちをよく汲む統治者と評価の高い人物からの依頼とあっては、簡単に破棄するわけにはいかない。
 もとは世継ぎになる予定にはなかった次男坊で、長男が病没するまでは自由気ままに生きていた。
 リューンで冒険者として活動していた時期もあり、”金狼の牙”たちのような人種に対する理解も深い。
 遠方からわざわざ≪狼の隠れ家≫の”金狼の牙”を指名して遣いを寄越した。
 その厚い対応に冒険者としての自尊心をくすぐられないでもなかったが、同時にただ事では済まないという予感を、彼らは持ったものだ。
 主力ではないとはいえ、あてにされていることには間違いない。

「それにしても――竜かあ」
「ええ、竜ですよ。稀少さから”幻想種”なんて呼ばれることもあります」

 ――件の災禍、つまり竜は嵐のごとく突如として現れたかと思えば去っていく、まさしく神出鬼没の存在であり、領民からの目撃証言も当初はほぼ得られなかった。
 それでも竜種であると断定できたのには理由がある。
 被害が起き始めたのは1年ほど前からだが、たったそれだけの間に襲われた集落の数が、数十にのぼったのだ。
 必然的に目撃証言も多く・・・証言内容を総合し、吟味した結果、その災禍は遠くから見るとまるで蛇のような姿かたちをしているらしい。
 胴は丸太を何本も束ねたかのように太く、同時に、途轍もなく長い。
 前触れなく空から降ってきた、なんて話まで出ている。 

「討伐、あるいは2度と暴れることのないように、痛めつけて追い払うことを要求されている・・・というわけです」

 依頼主の話では、領内の数多の村が襲われたらしく、大型の家畜すらも食い尽くされ、あるいは逃げ遅れた村民も丸呑みにされる事態に至ったこともあるようだ。
 ランプトン卿は近隣諸国へと遣いを送り、古今、同様の事件がないかを洗い出した。 
 浮かび上がってきたのは、『蟲竜』『地竜』『長虫』・・・と、様々な形で呼称される、長い手足や翼を持たない原始的なドラゴン――ワイアームである。
 長命な竜種は、各地を荒らしつくしながら、遥か東の地より、少しずつ西へ西へと移り棲んで来たようだが――その規模、数百年。幾度となく討伐隊は組まれたが、そのすべてが敗北している。
 尋常ならざる相手である。

「でもま、おかげさんで成功報酬が銀貨3000枚だもんなあ・・・。しばらく遊んで暮らせる大金だし」
「しかも、『竜殺し』の名誉とともにだからな」

 幼馴染コンビの楽天的な見解を、アウロラは冷たい目で見やった。

「その金額分だけ――いや、金額以上に厳しい依頼になるかもしれない、という覚悟はしておいた方がいいでしょうね」
「・・・まぁ、相手が相手だからな」

 エディンはこういった山歩きにきわめて不向きなジーニをたまに助けつつ、アウロラの言に同意した。

「竜の弱点ってないの?」

 くりんとした瞳でミナスはアウロラやギルを見上げた。

「残念ながら、それについての情報は与えられていません。というか、外見以外のことはほとんど謎に包まれている」
「・・・・・・まぁ、実物を眼にしないことにはなぁ」
「ふーん。そういうものなんだ」

 二人の説明に納得したのか、ミナスは頷くと、元気よく跳ね回りながら前に進む。
 他の仲間も、背からずり落ちそうになっている重い荷を、肩を揺すり腰で跳ね上げて担ぎ直した。
 先頭を行くのは騎士たちである。まずは先行隊との合流を果たそうとしているのか、或いはどこか拠点にできる地形を探しているのだろうか。
 大まかな方針は彼ら騎士たちの裁量に任せ、冒険者たちは周囲の警戒に集中していた。
 首と視線をしきりに左右に往復させては、気配も同時に探っていく。

「・・・・・・なんというか」
「・・・・・・静か過ぎる」

 ミナスとアレクが、ほぼ同時に喋った。
 斥候役としての経験も豊富なエディンが、二人を褒めて頭を撫でる。

「だな――だが、油断はできない」

 周りの、道は険しいが豊かな森を指す。

ScreenShot_20130217_043009687.png

「この場に近づくにつれ荒んでいた風景が、別物のように豊かになった」
「うん、そういえばそうだね。なんで?」
「自らの棲家だけは荒れないようにしていると考えれば、この環境の変化にも納得できるからな」
「・・・・・・とすると」

 アレクは顎に手をやりつつ口を開いた。

「・・・もう縄張りの範囲内、ってこともあり得るわけだ。気を引き締めないとな」
「さて鬼が出るか、蛇が出るか」

ScreenShot_20130217_043225515.png

「・・・ジーニ。その台詞、相当好きなんだな。前にも言ってなかったか?」
「言ったわよ。ワールウインドの遺跡に行った時と、山奥の廃教会に捕まってた時ね」

 エディンが小さく茶々を入れる。

「いや竜だろ」
「・・・ソウデシタネ」

 大人組みがそんな緊張を欠いた台詞の応酬をしていたすぐ後。

「・・・・・・?」

 アレクは無意識に剣の柄に手をやっていた。
 ――不意に。
 隊の周囲のみ、木々の枝葉や草花がざわめいた。
 だが、何者かが潜んでいる気配はない。

「風・・・・・・隊の周囲、だけ?」
「上から――だ」

 小首を傾げたミナスに、剣士は即座に答えを返した。
 影が差し、辺りが暗くなる。
 空を裂く音とどんどん濃くなる影に、慌てて他の仲間も上方を振り仰いだ。
 己が視界に飛び込んできたソレが何であるかを、冒険者たちが理解したわけではない。そんな暇は、与えられなかった。

(――ヤバイっ!!)

ScreenShot_20130217_043927546.png

「みんな、散れ――ッ!!」

 空気を裂く音にも負けぬアレクの声量に素早く反応する仲間たち。
 轟音。風圧で巻き起こる土煙。
 慌てて飛び退った冒険者たちの視覚と聴覚は、その2つで一瞬にして遮られた。

(騎士たちは避けられたか?)

 アレクの位置からは確認できなかった。それより今は――土煙が晴れてくる。
 仲間たちの姿。傍にあるのを確認する。全員無事だ。
 だが、煙の奥から姿を見せたのはアレクの仲間たちだけではなかった。

「グオオオォオオオオオオオオオオオオ!」

 長首をもたげ、間近で見下ろすその迫力に、冒険者たちは肉体を強張らせてしまう。
 事前に与えられていた情報で覚悟を固めていたはずだが、その存在感は想像を遥かに超えていた。
 特徴的なのは大きな口腔に樹齢幾千年を思わせる大樹の如き太さの首だ。

「なーるほど。牛馬をひと呑みって、誇張でもなんでもなかったんだな」
「そんなこと言ってる場合ですか、ギル!」
「分かってるって。・・・・・・あの鱗は分厚そうだな」

 さらに、腹と背の境にはびっしりと紅く巨大な爪が生え揃い、しきりに蠢いている。
 強張った己を叱咤するように、アレクが吐き捨てた。

「・・・ムカデとトカゲのあいのこ、って感じだな。まさに”蟲竜”ってわけかい」

 縄張り意識が強いのだろうか、はたまた別に原因があるのか、濁った瞳は”金狼の牙”たちを睨みつけており、明確に敵対者として捉えているようだった。

2013/02/20 20:47 [edit]

category: 暴虐の具現者

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Wed.

暴虐の具現者 1  

 リューンから北西に6日馬車を走らせ、さらに2日間、南北を繋ぐ大きな河を遡上したところ。
 人も物も、せわしなく動き続ける地方がある。
 ――ランプトン領。
 農業、交易、ともに活発な土地だ。ここは、そんなランプトン領内にある農村のひとつだった。
 この時期なら、収穫期に達した黄金色の小麦が村の畑一面に茂り、さわさわと音を奏でているはずであった。
 だが今はその音もない。
 ・・・多くの若者が畑を捨てて逃げてしまったからだ。

「・・・・・・・・・」

 ミナスは悲しそうな顔で、ただ荒涼とした畑を見渡した。
 若者たちがこの村から姿を消した理由は、ある災禍がこの地方に根を下ろしたからである。
 ”金狼の牙”たちはその災禍とやらを目の当たりにしてはいないが、情報が本当だとすれば、一般人が抗せるようなモノではない。
 というよりも――。

ScreenShot_20130217_033646687.png

(俺たちのように・・・日々闘いに身を置く者にとっても、気楽に向かい合える相手じゃない)

 アレクは密かにそう思っている。
 災禍の爪痕は村のいたるところに残っているようだ。
 家屋の屋根や壁が破壊されているのは被害としては軽い方で、全壊している物も珍しくはない。
 かつて住民たちが雑談に華を咲かせたり、集会で用いたであろう村の中央に位置する広場には、まるで隕石でも墜ちたかのような大穴も空いていた。

「話には聞いてたけれど、大したものね」
「大したっていうか・・・。相手にするのかねえ、本当に俺らで」

 ジーニが感心しきりといった様子でいるのに水を差すかのごとく、エディンがため息をつく。
 ”金狼の牙”たちは依頼を受けてここにいる。
 依頼の目的はこの地を見舞った災禍――を、もたらした原因を排除することだった。
 領内で同様の被害が出始めたのは、1年ほど前からだ。
 そして、今なお被害を受ける地域は増え続けており、終息する気配は見えていない。
 ギルはひょいと荷物を担ぎ直すと、仲間を振り返って言った。

「原因はこの村の北西だ。とっとと出発しようぜ」

 村人が掻き集めてくれた保存食は簡素で量も少なかったが、十分に冒険者たちの心と空腹を満たしている。
 一同が動き始めると、白銀の鎧に身を包んだ人物から話しかけられた。

「冒険者殿・・・よいか?」
「ん・・・?あぁ、シニサさんか、なんでしょう?」

 間近にいたアレクが振り返ったため、彫刻のような美貌にやや気圧されながらもその騎士は口を開いた。

「もうそろそろ出立しようと思うのだが。目的地までもう、さほどの距離もないとはいえ、陽の高いうちに到着しておくべきだ」
「そうですね」
「それで準備のほどは――?」
「発てますよ、いつでも」

 簡素だが肯定である返事に、騎士は満足と喜びの声をあげた。
 騎士は今回の依頼における同行者である。
 いや、その表現はいささか正確ではない。
 今回の依頼の主力はあくまで彼ら――騎士団であり、”金狼の牙”をこそ同行者と呼ぶべきだった。
 ――と。
 入れ替わりに冒険者たちの前に姿を現したのは、この村に住む少年だった。

「おーい、待ってよ、冒険者さんたち――と」
「・・・・・・」
「アレクシスのおっさん!」
「お兄さんと呼べ!ひっぱたくぞ、このガキ!」

 アレクはまだ16歳である、そう言いたくなるのも無理はない。
 村の少年は軽やかな笑い声をあげると、ごめんごめんと謝った。
 彼はこの村に到着した時から、なにくれとなく冒険者の一行にまとわりつき、年の近いミナスやお気に入りになったアレクから冒険譚を聞かせてもらっては、瞳を輝かせていたものだ。
 ・・・彼らが語った話は、少しばかり脚色されてはいたが。

「なぁ・・・・・・アレクシス」
「・・・・・・?」
「ぼーけん終わったら・・・帰りにもここに来て、どんなぼーけんだったか話してくれるよな。・・・ねぇ、約束してよ」
「ま、帰り道だしな・・・。飛びっきりの冒険譚を聞かせてやる」

 もう村に危険が降りかかる事もない、と言ってクシャリと少年を頭をひと撫ですると、

「・・・・・・うん!」

と彼は信頼を込めた視線でアレクを見やった。
 親が心配する前にと促され、少年は家に帰ろうと踵を返したが、中途で何かを思い出したようで慌てて立ち止まり、アレクにポケットから取り出した何かを投げてくる。

「あ、そうだアレクシス!これあげるっ!」

 アレクが受け取ったのは、オレンジ色の珍しい木の実だった。 

「じゃあね!」
「・・・・・・」

 走り去る少年を無言で見守るアレクに、アウロラが問う。

ScreenShot_20130217_035728468.png

「・・・よかったのですか、軽々しく約束して。今回のヤマは途轍もなく厄介なんですよ?」
「・・・なんだ、達成して帰ってくるつもりがないのか?」
「そんなつもりじゃありませんけど・・・」
「だったら同じさ。依頼が厄介だろうがなかろうが、やるべきことは変らん」

 普段は口数の少ない男が珍しく興に乗じて話をしたのは、ただの同情心や哀れみではなかったらしい。
 落ち着いた挙措のまま出発を口にされて、アウロラも小さく苦笑してから後に続いた。

2013/02/20 20:39 [edit]

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