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Tue.

命を尽くした話  

 私は羽虫だ。
 自らの身が焼けると知っていても蝋燭の火に近づかずにはいられない。
 ぎょろぎょろとした大きな眼をもっていようが蜘蛛の巣に気づけず捕らえられる。

 私は羽虫だ。
 愚か者の羽虫だ。

 だが。
 例え愚か者の羽虫だとしても。
 可憐な花を愛でる為に、命を捨てたっていいじゃないか。

 我が身をじわりじわりと苦しめる蜘蛛の糸を、伝ってくる影がある。
 恐ろしい牙を持ったまだら色の蜘蛛だ。
 獲物が掛かった事に頬をほころばせ、一直線にこちらへ這ってくる。

 私に残された時間は、もうない。



 娘と旅人が談笑している様を、私は窓の外からぼんやりと眺めていた。
 一五年間もの間を一緒に過ごしてきて、私ですら一度でも見た事のない表情を、娘が見せている。

 幸せそうだ。
 ふと、そう思えた。

 変化のない村での生活は、彼女に何を与えただろう。
 年頃だというのに化粧っ気の欠片もなく、文字の読み書きすら満足にできない。
 知識らしい知識といえば、周辺で採れる食料の種別と数種類の料理法、毒キノコの見分け方くらいだろう。

 娘の幸せを望まない父がいようか。
 出来る事なら娘を外へ連れ出して、広大な世界の素晴らしさを知ってほしかった。
 いや、多くは望むまい。
 この汚く暗い村から外へ出してあげるだけでも構わない。

 それが叶わない望みである事は知っている。
 私の身が、この村という蜘蛛の糸に縛られているからだ。
 幼子同然の知識と常識しか持ち得ない娘が、独りで外の世界を生きる事はできない。

 だが、この旅人ならば。
 ギルバードと名乗った、この冒険者ならば。

 

 腐ったこの小さな箱庭から、娘を連れ出してくれるかもしれない。
 娘がこの村に未練を残さないように、箱庭を焼き払ってくれるかもしれない。

 か細い望みに命を賭ける事に、迷いはなかった。
 どのみち、私の命は長くない。
 目前まで、蜘蛛の牙は届きつつあるのだ。

「さて……」

 娘が自分の部屋へ向かったのを確認して、ギルバートはこちらを向いた。
 私の戦いは、ここから始まる。
 一瞬でも気を抜けば、私の望みはおろか世を呪う言葉さえも封じられるだろう。

「――ギルバート君、話をしないか」

 先手を取って、話を切り出した。
 家主であるのにこそこそと覗き見する私を、ギルバートは真剣な眼差しで見ている。
 私の目論見の七割程度は見抜かれていると考えた方がよさそうだ。

「……話?」

「そう、腹を割って話したい。君の本当の目的や、これからの事を……」

「何を――なッ!?」

 ギルバートは眉間に皺を寄せる。
 思った以上に手ごわい相手のようだ。
 ギリギリ見えるくらいのラインで手の中の不恰好な水晶を見せたのだが、彼は見落とさなかった。

「あまり大きな声を出さないでほしい。
 娘がこちらへ来たら、私が困るんだ」

 私は音が鳴らないように戸を開けて、ギルバートの向かいの椅子へ腰を下ろした。
 右手は硬く握ったまま、身体で隠す事にした。
 一瞬の油断で腕を切り落とされれば、私は切り札を失ってしまう。

「……何が聞きたいんだ?
 火晶石そんなものまで持ち出して」

「まず、君の目的を教えてほしい。
 旅の途中でここへ立ち寄った、と言っていたが……あれは嘘だろう?」

「………………」

「何の特産もなく、取り得もないこんな寒村を気に入るなんてある訳がない。
 一週間という長い時間、君がこの村に滞在したのは別の理由があったから。違うかい?」

 ギルバートは何も答えようとしなかった。
 それもそうだろう、私の握っている強みは捨て身の一撃だ。
 同じ卓につくための場代だ。

 故に、彼の口を割らせるには更なる攻撃が必要だ。
 意を決し、言葉を搾り出す。

「君は、この村の秘密を知っているね」

 ピクリ、と。
 ギルバートが反応した。
 間髪いれずに言葉を紡ぐ。

「この村が小規模な麻薬精製場である事は知っているものとして話を進めよう。
 君は公安の人間ではなさそうだが、おそらく麻薬がらみの調査の為に雇われたんだろう。
 しかし、それならそれで疑問が残る。

 君がなぜ、一週間もここに滞在しなければならなかったのか。
 調査の為に雇われたのなら、その麻薬がどんなものかくらいの情報は得られたはずだ。
 少なくとも、これこれこういう形状の葉を刻んで乾燥させて煙草として流通させている、くらいの情報はないと話にならない。

 でなければ、君もあんな事は言わなかっただろうからね」

 彼がこの村に来た日の夜。
 村長がいつものように旅人に対して煙草を勧めた。
 そこで帰ってきたギルバートの答えは『風邪気味で喉が痛いので遠慮します』だ。

「君は煙草の葉が麻薬である事を知っていて、かつ村が麻薬の精製場だと確信を得た。
 にも関わらず、君はこの村に残った、何故か?

 君は待っていたんだ。
 月に一度だけ、村の男衆が一箇所に集まるこの日を」

「……、」

 ついに、ギルバートの表情が崩れた。
 娘に見せた子供っぽさの残る笑顔など想像も出来ないほどの、『冒険者』の顔だ。

「残念だが、村長には君の企みは見抜かれているよ。
 今日のは会合とは名ばかりの作戦会議のようなものだった。

 ……村長は、今夜中にケリをつけるつもりだ」

「それで、あなたが尖兵って事か」

 ギルバートが口を開いた。
 長かったが、ようやく彼も卓についてくれた。

「違う、と言っても信じてはもらえないだろうがね。
 ……私の要求を呑んでくれれば、君の味方をしたい」

「火晶石を握っておきながら条件提示とはね……」

 皮肉たっぷりにギルバートは呟いた。
 正論ではあるが、きれいごとだけでこの場は凌げない。

「私の望みはたったひとつ。私の娘を、エセルを外へ連れ出してほしい」

「エセルを?」

「そうだ。娘は……この村の汚い部分を何も知らない。
 この村が麻薬を造っている事も知らない。
 毎日、手伝いと称して運んだあの葉っぱが麻薬だと言う事も知らない。
 そもそも麻薬とは何なのかすら知らない。

 ――そして、その麻薬が。
 彼女が運んだ葉っぱが。
 私の命を蝕んでいる事すら知らないんだ……!」

「……、」

 すう、とギルバートの目が細められた。
 それでも目を背けてくれなかったのはありがたかった。
 こんな愚か者の気持ちを、汲んでくれた。

「……俺が受けた依頼は『麻薬精製に関わった村人全ての誅殺』、だ。
 仮にエセルが何も知らずに手伝っていたにしても、それは通らない。
 過去には麻薬の運び人に道を教えただけで幇助と捉えられた例もある。

 だから、エセルだけを特別視する事はできない」

 死刑宣告にも似た返答に、私は身体の芯がぐらつく感覚を得る。
 しかし、答えを放ったギルバートははぁ、とため息をつくと、

「とはいえ、今の俺はまさしく命を握られているみたいだ。
 参ったなぁ、こんな状況だったらそんな建前は通じないよなぁ。
 法にも依頼内容にも触れそうだけど、どうしようかなぁ。

 うん、仕方がない。
 あなたの頼みを聞き入れよう、

 その言葉に、私は呆けたように目を白黒させる事しかできなかった。
 内容を噛み砕いて頭で理解するまで、何秒掛かっただろう。
 腹の底から笑いが込み上げてくるものの、うっかり娘を起こしてしまってはいけないと察し、必死でこらえた。

「しかし、私が言うのも何だが本当にいいのかね?
 依頼の内容に触れてしまうんじゃ――」

「その事なんだけど、ひとつ確認しておきたい。
 この村の女性は、本当にエセル一人なのか?」

 意図を図りかねるも、間違いないと頷く。

「だったらそっちは問題ないよ。
 屁理屈だけど、何とかしてみせよう。
 問題は、あなた自身だろう。
 どうにも俺のアタマじゃあなたを救う屁理屈は考えられそうにない」

「その必要はないよ。
 君が本来の依頼を達成するという事は、村の麻薬が失われると言う事だろう。
 ただでさえ命を削られている上に中毒症状が重なれば、一月と持つまい。

 それに、私が麻薬に狂う姿などあの娘には見せたくないのでね」

「……、」

「君が気にする事はない」

 そう、これは人生の選択を誤った私への罰だ。
 娘の事を建前として死ねない理由を造り上げ、自ら蜘蛛の領域へ足を踏み入れた自分への戒めだ。



 あれから二刻は経ったか。
 夜の帳は完全に降り、草木が風に揺れる音しか聞こえない。

(彼は、上手く事を運んでいるだろうか)

 ギルバートにはありったけの情報を渡した。
 どこに何人の村人が配置されるか、どの村人が場数を踏んでいるか。
 村の者にしか分からないような隠れるのに適した場所等、村の情報はほとんど筒抜けになった。
 単独でも包囲を突破し、逆に制圧できるだけの情報だった。

 私が同行したところで意味はない。
 煙で半ば出来損ないの燻製と化した肺では単なる足手まといだ。
 人ひとり殺す事さえ難しいだろう。

 だからこそ、こうして村の敵になれたのかもしれない。
 自分には出来ないと分かってしまったから、外の人間に手を借りたのか。
 長年住み続けた村が滅びようとしているのにも何の感慨も沸かないのも、そのせいか。

「――む」

 ふと、ドアがノックされた。
 狭い村だ、もう制圧完了していても不思議ではない。

 閂を取り外し、ゆっくりとドアを開く。
 来訪者の顔は見えなかった。

 代わりに、ギュガッ! という鋭い音と共に、何故だか床の汚ればかりが目に入る。

「……あんたのせいだ」

 続いて耳に入った言葉はギルバートの声ではなかった。
 それだけを認識した後に、私の背中に強い衝撃が走る。
 ここでようやく、何かで喉をぶち抜かれて仰向けに倒れこんだのだと理解した。

「あんたのせいでッ! 村のみんなはッ!」

(やかましい、娘が起きてしまうだろう)

 言葉を放ったはずだった。
 なのに、ヒューヒューという風の音しか聞こえない。
 やたらと喉が熱い。

 熱い、熱い、熱い、焼け付くように熱い、否、すでに焼けてしまっているのか?

「ッ!」

 息を呑むような声がしたかと思うと、誰かが走り去っていく音が聞こえた。
 声の主は、たしかハリスだったか。

 いいや、そんな事はどうでもいい。
 とにかく熱い。

「――ガ、」

 ごぼり、と。
 気管に何かの液体が進入した。

 たまらず、私は咳き込む。
 その衝撃で口から液体を吐き出した。
 真っ赤なそれは、血液だったか。

「……、」

 彷徨う視線が、ひとりの青年を捉えた。
 ツンツン頭の彼は、年相応の無表情でこちらを見下ろしている。

 彼の得物は血に塗れていた。
 もしかして、もうハリスの血も吸ったのだろうか。

「村の制圧はほぼ完了した。
 あとは村長と対峙するだけ……それだけで事は終わる」

 だからもう安心していい、と言いたげだった。
 その言葉に私は目だけで頷く。

「何か……あるか?」

 私がすでに喋れる状況じゃないと、途中で気づいたのだろう。
 優しい青年だ。
 彼がこうして斧を振るっている現実が果てしなく似合わないと思える。

「――ァ」

 声を出そうと努力したが、やはり無駄だった。
 代わりにゴボゴボと血が喉や口からあふれるだけだ。

 仕方なしに、私は無言でずっと握っていた右手を開く。

「……やられた」

 ギルバートが表情と同じく無感情な声で呟く。

 私が握っていたのは火晶石ではなかったのだ。
 ただの不恰好な水晶は音を立てて転がり、ギルバートのブーツへぶつかって動きを止める。

 そもそも、火晶石なんて代物が簡単に手に入るわけがない。
 そして本当に使用する腹積もりがあったのなら、交渉の場をわざわざ娘のいるこの家でするはずもない。

 私は精一杯の力で口の端を吊り上げ、笑った。
 まるで悪戯が見つかった幼子のように、笑った。

(後は、頼んだよ)

 脅しだったとはいえ、彼は約束を違えるような事はしないだろう。
 見返りはすでに渡している。
 私が死ぬのは計算のうちだ。
 楽観的なようだが、事実私にはこれ以上やれる事は何一つなかった。

 呼吸のままならない私の視界はぼやけ、次第にまぶたが下りてくる。
 途方もなく苦しい。
 熱い苦しい暗い寒い怖い怖い怖い怖い。

「――さようなら」

 青年の声が到達すると同時に。
 無慈悲な刃が慈悲深い青年の手によって振り下ろされた。



 夜が明けて、ラッシュ村には静寂と平穏が戻った。
 もう、この村では喧騒なんて望めない。

 それを断ち切った青年が、村長宅の地下室に保管されていた麻薬を焼いていた。
 村の中心部からもうもうと立ち上る煙を眺めながら、隣に立つ少女は目を細めている。
 保管されていた分とは別の、収穫されていない葉はそのままにされている。

 さすがにあれだけの量を処分しようとするのは無理があるだろう。
 収穫する者がいなければ、あれは無害な植物だ。
 植物には罪はない。

 青年が、燃えカスにバケツで水をかける。
 火種は一気に消え、わずかな水蒸気が煙に代わって発生した。
 やがて、その水蒸気もなくなった。

 二つ三つ言葉を交わしてから、二人は中央行路の方角へ歩き出す。
 二人は決して振り返ろうとはしなかった。

 それでいい、と私は笑む。

 私はあの時に確実に命を落とした。
 それから今までの記憶はすっぽりと抜け落ちていて、何が何だか分からずにここに立っている。
 だんだんと薄れゆく視界に、私の身体が崩れていくのを感じた。

 ああ、そうか。
 これが、神の慈悲というヤツか。

 こんな罪人にも救いを与えてくれた神へ短く感謝の祈りを捧げる。
 そして。
 罪人とその娘を確かに救ってくれたあの青年に、精一杯の祈りを捧げた。

 君の旅路に幸あらん事を、と。



【あとがき ついでに余談】
どうも、「すでに死んだシナリオ作家」および「しがないリプレイ書き」の周摩と申します。
Leeffesさんに拙作『命を失くした話』をリプレイしていただいた記念に、ちょっとした補完用SSです。
ギルバート氏が登場していますが、口調やら性格やらめちゃくちゃじゃないかとが不安です。
どうかエセルを末永くよろしくお願いします。

この話の視点はシナリオ内に登場するNPCエセルの父親で進んでいます。
お亡くなりになりましたが、いつまでもエセルとプレイヤーと幸福を願って彼らを見守っています。

今回のSSはリプレイされた事がきっかけで書き下ろしたものですが、構想自体はシナリオ製作時には存在していました。
特に父親との交渉シーンは本編で使用するつもりだったのですが、麻薬関係のいろいろが良く分からず(当時はただの馬鹿ガキでした)詳細に描写する事が出来ずに断念したという裏話があります。
だからこそ、極力そういった描写をしなくて済むNPC視点というシナリオが出来上がった訳ですが……

あと、以前HPの方の日記に書きましたが、この場を借りてもう一度申し上げます。
作中で麻薬の名前に『ラッシュ』とつけていますが、このシナリオはフィクションです。
実在の麻薬との関連はございません。
村の名前は超適当に決めたんですよ。

ちなみに作中でエセルが夢がどうのと言っていましたが、シナリオ製作時に没になった設定で「シンデレラガール・エセル」という今となっては馬鹿馬鹿しい続編シナリオのアイディアがあり、その伏線でした。
今じゃもう作成不可能なんですけどね。
割とエセルを宿に連れ込めればと思っている方がいらっしゃいましたが、彼女を連れ込み不可にしたのもこれが理由の半分だったりします。


最後に余談を。

プレイヤー「ところでエセル、見せたいものって何だったんだ?」
エセル「えっ……な、何でもないよッ!? (私だけが知ってる例の麻薬の群生地帯なんて言えない……っ!)」

という、何の落ちもない話でした。


では、この辺で筆を置かせていただきます。
次回は『月歌を紡ぐ者たち』の本編でお会いしたいものです。


周摩


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■後書きまたは言い訳(でも今回は違うかも)
うわあああ・・・!!誰か、私の血圧を下げてください!お願いします!
ということで、今回のこちらのお話は私ではなく、なんと「命を失くした話」のシナリオ作者である、MoonNight-Waltz.の周摩さんからいただいた、リプレイから派生した補完用SSでございました。シナリオでは会話のなかったエセルの父親視点でのお話となっております。

自分のキャラクターを他の方に、それもリプレイを書くきっかけとなった一人である周摩さんに書いていただけるとか、明日辺りに車に轢かれて死ぬのではないだろうか・・・。私、幸せすぎて人生が詰みそう。
周摩さんにも申し上げましたが、ギルは混沌派という言葉そのままのイメージがあります。
エセルに見せた子供っぽさも、エセルの父親と相対した時のプロの顔も、依頼内容を都合よく解釈して自分の好きなようにやる狡猾さも、全部、彼の中では本当です。嘘はないんです。
これをリーダーに据えてしまったエディンたちの責任はさておいて、ギルがもし取引を持ちかけられるとしたら、確かにこういう風に振舞うことでしょう。
エセルのお父さん、エセルは≪狼の隠れ家≫で大切にお預かりします!

そして周摩さん、こんな素敵なSSをありがとうございました。サイトの家宝にします!

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2013/02/12 23:12 [edit]

category: 命を失くした話

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Thu.

命を失くした話 4  

 ギルバートは依頼人との約束の場所に来ていた。依頼人は、村長の弟だった。

「よォ・・・終わったかい・・・?」
「ああ、首尾は見ての通りだ」
「へっへ・・・こうしてラッシュ村の悪者は消えました・・・とさ。いやはやあんたは英雄だぜ」
「・・・・・・・・・悪いが」
「あん?」
「まだ、依頼は終わっていない。・・・エセル」
「・・・・・・・・・」

 ふらりと木の陰から姿を現したのは、お下げ頭の華奢な少女だった。

「おいおい、困るぜ?こんな小娘だけ生かしても可哀想ってもんだ」

 男は薄暗い月明かりの下もはっきりと分かる、下卑た表情で笑って言った。

「ほれ、手っ取り早く殺っちまいな。それとも、報酬は要らないというのなら別だが」
「いや、報酬は貰う。依頼の内容は”村の人間を一人残らず殺せ”・・・だったな?」

 ギルバートはその童顔に似合わない冷厳な様子でクッと笑った。

「この娘はすでに死んでいる。・・・これを見ろよ」
「な、何だこりゃあ!?」

 依頼人の男の手に、ギルバートが投げつけたのは赤みがかった栗色の髪――その一部だった。
 滑らかな光沢を帯びたそれは、冷たい夜気に晒されてひやりとしている。

「エセルの髪の毛さ。たった今、俺が切った」

 彼は大切な骨董品を扱うように、彼女の髪を掴んだのだ。
 そうっとあてがった短剣は優しくそのひと房を切り取ったが、エセルはぶるぶると震えていた。
 それはてっきり彼に殺されると思っていたからか、村の人間たちが全員殺された後の感情の高ぶりからか――はたまた、求愛にも似たその仕草のせいか。

「こ、これがどうしたってんだ!」
「なんだ、知らないのか。髪は女の命というだろう?だから彼女は今、命を失ったと同じ状態だ。俺は一人から二つも命は取らない主義なんでな・・・!」
「馬鹿なことを・・・!いいから殺せ!これは契約違反だぜ!」
「ああ、殺すさ。依頼の内容は村の人間の抹殺・・・」

 ちゃきり、とギルが握る斧が鳴った。

ScreenShot_20130204_203521789.png

「ならば、あんたも村の人間だ。だったら殺さなければ契約は成立しない」
「は、な・・・なんだとォ!?」
「あんたが望んだことだ。契約が成立しないなら、殺すしかないよなァ・・・?」
「ま、待て。待ってくれ。分かった、報酬は払う。その娘も生かしていい!だからやめろ!」

 報酬が不足だというなら増額するから、とギルバートの本気を感じ取った依頼人は命乞いを始めた。
 その浅ましい姿を見て、ぽつりとギルバートが呟く。

「あんたが依頼した理由だって分かってるんだ。この村の麻薬と、それが生み出す金・・・。あんたが欲しいのはそれだ。俺としては苦労してやった依頼が水泡に帰すのは何とか避けたいんでね」
「わ、分かった・・・!この村の麻薬は全て焼却しようじゃないか!!」
「・・・して下さい」
「!?」

 エセルははっきりと告げた。

「殺して下さい。この人は、人間じゃない」

 丸い瞳に、今まで憎しみを知らずに生きてきた娘の瞳に、並々ならぬ劫火が燃え盛っていた。

「お父さんも、村長さんも、ハリス君も、そのお兄さんも、村の皆が・・・その人に殺された。なのに、全てを手放せば生きられるなんて許せない。私は全てを投げ捨ててももう返してもらえないのに・・・!」
「だ、そうだ。残念だったな」
「ま、待って・・・ひいいいいいいい!!!」

 余計な痛みや苦しみを与える事も出来たが、ギルバートはそうしなかった。
 ただ、村の者たちを殺してみせた様に、重い斧の一撃を脳天に食らわせた。

「・・・ッ」
「我慢しなくていい。泣きたいなら、泣け」

 頬に付いた最後の赤を手の甲で拭い、ギルバートは彼女に向き直った。

「胸くらい貸してやる。気が済むまで待ってやるよ」
「――ッ・・・!うあぁぁぁ・・・・・・・・・」

 エセルは泣きじゃくった。
 もはや誰もいない村に、かつての村人の少女の声が響き渡った。
 翌日、ギルバートはエセルの荷物も担いで、華奢な手を引いていた。

「本当に、良いの?」
「ああ、俺にも責任がある。それに、依頼だしな。俺は君の父親を殺してしまった・・・だから、君だけは・・・」
「良いの・・・村長やあの人との話を聞いて、分かったから・・・」

 エセルは泣きそうになるのをこらえて言った。

「父は・・・父は、長くは無かった。そうでしょう?」

 エセルの父は定期的に煙草を吸っていた。物心ついた頃から吸っていたようだった。
 つまり、相当の長期間吸っていたこととなる。そうなってしまうと禁断症状も尋常ではなくなる。

「君の父の・・・最後の言葉は君の事だった。”よろしく頼む”、と」
「・・・な、泣かないよ。もう、な・・・泣かないって、決めたんだから」
「・・・そうか。エセル」
「な、な、何よ・・・・・・」
「俺の名前はギルバートだが、愛称はギルだ。今度からそっちで呼んでくれよ」
「・・・・・・・ギル?」
「ああ。それじゃ、行くか」

 ≪狼の隠れ家≫についたらツケで奢ってやるよ、とギルバートは・・・いや、ギルは笑った。
 エセルは「ええ、お願いね」と言って情けない顔だったかもしれないが、確かに笑顔であるものを浮かべたのである・・・・・・。

 ・・・・・・――それが、≪狼の隠れ家≫に新しく雇われたウェイトレスの昔話。
 とは言っても、すべてを洗いざらい話してしまうのは、娘さんに対して刺激が強すぎるだろうと、エセルは当たり障りの無い部分だけを説明していた。
 村で忌まわしい事件があって、村でただ一人生き残った自分。それを責任感でもって連れ出してくれた冒険者。
 それ以上の説明はいらない、とエセルは思っていた。

「へぇ~そんな事があったんだ」

と感心したのは、宿の娘さんである。
 エセルはあの閉鎖的な村で生きてきて、今まで働いた事がなかった。
 かつてのミナスのように魔法が使えるわけでも何でもない、ただの小娘である。
 それゆえ、ギルと親父さんがじっくり相談した結果、エセルは色々なことを学びながら、この≪狼の隠れ家≫にて住み込みで働くことが決定したのである。
 今のエセルは、化粧の技術や文字の読み書き、金銭の計算や接客の仕方などを娘さんに教わりながら、どうにか一人で生きていけるだけの力を身につけようと奮闘していた。

ScreenShot_20130204_210200960.png

 だから宿の娘さんは、エセルにとって師匠であり、初めての同性の親友でもある。

「あのギルさんがねぇ・・・。ちょっぴり意外だわ」
「でも、彼が居たから私がここに居られるの。そのことに、毎日感謝してる」
「そうねぇ・・・私も、同年代(?)のお友達が出来て嬉しいわ」
「同年代って・・・娘さん、年齢教えてくれないじゃないですか」
「ふふふ、トップシークレットよ」
「もうっ・・・」

 厨房の奥から親父さんの声が響く。
 仕事しろだの、さぼるなだの、ここ2週間で口癖になった言葉だ。

「さて、エセルちゃん。お仕事しましょ」
「そうですね。午後のお仕事、頑張らなくっちゃ!」
「あら、そういえば・・・。そろそろギルさんが帰ってくる頃じゃない?」

 宿の娘さんが言ったそのタイミングで、ドアが開き、客が入ってきた。
 残念ながらギルではない。

「いらっしゃいませっ!」

 エセルは大きな声で挨拶をすると、輝く太陽のような笑顔を振りまいた。

(そう、娘さんにも・・・・・・そして、親父さんにもみんなにも内緒にしないと)

 エセルとギルバートの、秘密。

「俺の仲間に、この村の人間を皆殺しにしたこと・・・・・・言わないでくれるよな?」

 そう言って弱々しく笑ったギルバートの目の中に、まだあの時の殺意と同じものが潜んでいた事。
 武器を突きつけられるよりも鋭利なその感覚に、エセルはぞくりと身を震わしたのだが、同時にそれを知るのが自分だけである事に歓喜も覚えていた。・・・・・・他にこの「彼」を目撃した人間は、皆死んでしまっているから。

(言わないわ・・・・・・。でも、私だけがそれを知っている・・・)

※収入1000sp※

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■後書きまたは言い訳
36回目のお仕事は、リンクを繋がせていただいている周摩さんのシナリオで、命を失くした話です。こういうシビアな一人旅やってみたかった!

若者男性PCのソロシナリオという事で、”金狼の牙”ではギルかアレクが該当するのですが、ReadMeにある諸注意を読んだら「これはギルだろう」と思いまして・・・。というのも、私も最近まで知らなかったんですが、ギルの性格って一番突出してるのがなんと狡猾なんですよね。そう、以前に「翡翠の海」で罠作りにギルが貢献してたのって、どうも器用さではなく狡猾な部分だったようで・・・・・・うわあ。ごめん、私がドン引いた。
でも、彼の場合は腹黒いところを隠してるというよりは、天然で白と黒が入り混じってて(混沌派なので)、その上で黒い部分がとっても狡猾なんだっていう方がしっくり来ると個人的に思っています。

何だか途中、非常にエセルに対してエロティック未満なことをやらかしていますが、殺意とエロティックって紙一重ってことなんでしょうか?周摩さん、非常にシリアスな素晴らしいシナリオに対して、こんなリプレイの出来ですいません・・・これが私の精一杯でした。(ばた)

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。

2013/02/07 20:40 [edit]

category: 命を失くした話

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Thu.

命を失くした話 3  

 無造作にギルバートはドアを蹴り破った。
 得物を握り直し、鋭く闇を見据える。

「・・・隠れてないで出てきな。もはや隠れても無駄だ」
「・・・・・・・・・」

 ギルバートが見据えた先にはこの村の村長の姿があった。
 ゆっくりとした足取りでギルバートの元まで歩み寄ってくる。

「げに恐ろしき男よ・・・ただの一人で村の人間を殺し尽くすとは・・・」

ScreenShot_20130204_200537101.png

 村長はゆっくりと愛用のパイプを左手に掲げて言った。

「我らが何をした?貴様ら冒険者には我らを裁く権利はあるまい」
「惚けなくていい。ここが小規模な麻薬の精製場である事は調査済みだ」

 ギルは静かに言い渡した――この村に来たのは、ある人物からの依頼である事。

「麻薬が世に広まる事を危惧しての事だろう」
(麻薬の・・・精製場・・・?)

 エセルはひたすら身を硬くして二人の会話に聞き入っている。

「この村で採れるラッシュと呼ばれる麻薬・・・それは体質的な都合で大人の男性しか服用できない。この村に女性が少ない理由が分かる。昔は村の全員で吸っていたのだろうな」

 黒い眼が細められる。憤慨?悲哀?どちらだろう――?

「辛うじてこの世に生を受けることが出来たのはあのエセルのみだ」
(・・・・・・・・・!!)
「・・・いつから気づいておった」
「俺が集会所に行ったとき・・・無理に煙草を奨めてくるからそのときに確信したよ」

 ギルバートは静かに首を振った。

「お前らはこうやって村の人間を増やして来たんだ。禁断症状という見えない鎖で旅人をこの村に縛ったんだ」
「ふん・・・。それで、どうするつもりじゃ。僅かに・・・じゃが、街には輸送した」

 手のパイプを再び口に戻し、もったりとした口調で村長は喋った。

「そやつらはここの薬がなければ死んでしまう。貴様はそういった人間をむざむざと見殺しにするか」
「それは、お前の台詞じゃない。見殺しにするもしないも、俺は彼らが麻薬をヤった事とは全くの無関係だ。残念だが、今の医療技術では麻薬の呪縛から脱却することは不可能に等しい」

 不心得者であるギルバートは口を歪めて笑う。

「たとえ聖北の神の力でもな。だからといって麻薬を許すわけにはいかない。自分の意思で禁断症状と闘うか、あるいは・・・」
「・・・・・・・・・」
(・・・・・・・・・)

 村長は黙り込んでいた。それに合わせる様に、隠れているエセルもそれ以上のことを考えられない。
 重々しい音を立てて、ギルバートが斧を構える。

「お喋りが過ぎた・・・そろそろ覚悟して貰おうか」
「ふん・・・とうに覚悟は出来ておるわ。だが、最期に教えて欲しい。貴様の依頼人とは・・・」
「悪いが、冒険者の義務だ。依頼人の素性を話すことは出来ない」
「そうか・・・まぁ良い。間違いではないじゃろう・・・」

 言い残す事があるかギルバートが問うと、村長は銀貨の入った袋を投げて寄越した。300spあるという。

「その金で、エセルを助けてやってくれ」
(・・・・・・・・・!?)

ScreenShot_20130204_201928101.png

「あの子は何も知らない。村で麻薬を造っておることも我らの正体も知るまい・・・」

 村長は皺をいっそう深めて、いとし子を見る時のように微笑んだ。

「あの子はこの村の最期の良心なのじゃ・・・言うなれば、腐ったこの村の誇りじゃ」

 後生だから助けてやって欲しい、と言い募る村長に、ギルバートは努力はすると答えて斧を振るった。

「村、長・・・・・・」
「次は君だ、エセル」

 ギルバートは得物を収め、懐から短剣を取り出した。

「・・・うん。あんなこと聞かされたら、私だけ生きてる訳には・・・」

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2013/02/07 20:13 [edit]

category: 命を失くした話

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Thu.

命を失くした話 2  

「ん、んう・・・」

 エセルは真夜中に目を覚ました。
 普段なら朝までぐっすり、もしくは日が高くなるまで眠っているのに・・・。
 彼女は額の汗を拭った。何か、夢を見ていた気がする。相当に悪い夢だったのかもしれない。

「・・・着替えてこよ」

 全身汗だくで気持ち悪かった。干し終わった着替えは裏口の籠に置いたままだ。リビングを横切らないと――。

「・・・え?」

 目の前に――。

「え?え、え・・・!?」

 リビングには喉から血を噴き出して死んでいる男の死体があった。
 エセルは訳が分からず、ただ恐怖に叫んで後ずさりする。
 そして、その死体が見慣れた顔であることに嫌でも気づく。紛れも無い、彼女の父だ・・・!

「いやあああああああああああ!!」

 エセルは未だかつて味わったことの無い恐怖に混乱し、訳も分からずに外に出た。
 もはや何も考えられなかった。
 昼に、野良犬にじゃれられた階段には、死体が二つ転がっていた。
 見紛うはずも無い。夕食の席でギルバートに話したハリスと彼の兄だ・・・。

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 悲鳴を上げてそこを抜けるも、家を出たエセルを嘲笑うように家から出た彼女を待っていたのは、死体のいる風景ばかり・・・。

「いや!いや!こんなのいやああああ!!」

 ともかく人に会いたいと思ったエセルは、村長宅へ逃げ込んだ。

「はぁ・・・はぁ・・・」

 村長宅へ辿り着いたエセルは力なくぺたん、と床に座り込んだ。
 今までに有り得ない程に全速力で走った事と、精神的な疲弊が原因である。
 未だに頭の中が混乱して何も考えられない。
 人が死ぬ様を見たことの無いエセルには刺激が強すぎた所為もあっただろう。

「ひっ・・・!?」

 奥の部屋から、何かが壊れる音がした。誰かがいるのだ。
 しかも、普段の生活の中で聞くような音ではなかった。
 あれは、ドアや木箱を蹴破るような荒々しい破壊音――エセルは再び恐怖が蘇り、全身がぶるぶると震え出した。
 この場から逃げ出したかったが、エセルは何故か奥へ続くドアに向かった。

「何・・・やってるんだろ・・・私・・・」

 そう、彼女は『思い出した』。夢だ。さっき見ていた悪夢だ。

(だったら私は、見なくてはならない――)

 それが好奇心だったか、生きていることに対する責任感なのか・・・彼女はそこまで頭が回らなかった。
 そしてドアを開けると――そこは下りの階段になっていた。
 その先に何があるかは分からない。
 エセルは身体を震わせながらも一歩一歩、音を立てずに下っていった。

(そんなに長い階段じゃない・・・)

 少し下ったところに開け放たれた扉を見つけた。

「地下室・・・?村長の家に、そんなものが・・・?」

 エセルは訝しがりながらも、極力音を立てないように扉をくぐる。 
 すると倉庫のような場所に出る。村の近くの草原の匂い――所狭しと保管された樽の中から、匂いがするようだった。
 なぜ草を保管してあるのか、村長の意図はエセルには分からない。

(いや、村長は煙草を吸っていたっけ。確か寄り合いのときはお父さんも吸ってた・・・)
(もしかしてこれは煙草?)
(でも何故ここにだけこんなに大量にあるの?)

 保管が難しいわけでもないし、草は村の近くにいくらでも生えている。
 エセルの父も吸っていたのだから、家にあってもおかしくは無かったはずだ。

 ぱしゃっ。

「・・・・・・・・・?」

 不意に、奥に進むドアから水を床にぶちまけたような音が聞こえた。
 そして、それに次いで聞こえたのは何かが倒れる音。それは階段の先のドアから重く、重く屋内に響き渡った。
 また、さっきと同じような水音。
 それに続く音は――、

「うわああああああああ・・・!!」

 ――絶叫だ。
 エセルの頭の中はまたしても混乱に混乱を招いていたが、妙な使命感が彼女の足と手を動かしていた。
 彼女はまったくの無音と言っていいくらいの動作でドアを開けた。
 ・・・案の定、そこはバケツの水を引っくり返したように大量の血液がぶちまかれて、その中に一人の男が佇んでいた。
 それは紛れもなく――。

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「エセル」

 ギルバートの姿だった。
 誰の血なのか良く分からないが、彼はこれでもかというほど血塗れだった。

「ギルバート・・・?」
「ここまで来ちゃったか。なら見たかい、これまでの死体を?」

 エセルは嫌な記憶が蘇り、力なく首を縦に振って肯定した。
 ギルバートの顔は、恐ろしいほどに無表情だった。

「それじゃ、向こうの野草も見たな?」

 エセルは再び頷く。
 ギルバートは≪護光の戦斧≫についた血を拭っていたが、すぐその布を投げ捨てた。

「あれ、は・・・ギルバートが、ギルバートがやったの?村の皆を・・・?」

 重い沈黙が二人の間を包む。
 エセルの眼を真正面から捉えて「そうだ」とだけ言った。

「理由はこれからの会話を聞けば自ずと見えてくる・・・その辺の物陰に隠れていろ」
「・・・・・・・・・!」

 エセルは反射的に、近くの本棚の陰に隠れた。
 ギルバートの声は低く、威圧するような声だった。今までエセルに見せてきた姿とは大違いの――。

2013/02/07 20:10 [edit]

category: 命を失くした話

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Thu.

命を失くした話 1  

 木枯らしが吹き付ける。空気も乾燥してきた。もう雪の季節も近いのだろう。
 それはそうと――毎度の事ながら――この階段は昇り降りが辛い、とエセルは思う。
 エセルの生まれた村ではこのような階段が所々に見られた。

「うわん!」
「わ!?きゃあッー!」

 犬に吠えられてバランスを崩してしまった。エセルは昔からこの野良犬に対しては、苦い思い出しかない。
 その華奢な身体をがっしと支えた人影があった。

「エセル!」

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「あ・・・」
「大丈夫か?」

 エセルは彼――ギルバート――に抱きかかえられる形になっていた。
 ギルバートはずば抜けた長身というほどでもないが、触れてみるとかなり逞しい体躯をしている。
 エセルは神速で顔を真っ赤にすると、光に負けない速さで体勢を立て直した。

「ご、ごめんね。ありがとう・・・」
「いや、礼には及ばない。困った時はお互い様だ」

 ギルバートは一週間ほど前にこの村にやってきた旅人だ。
 年は19歳。黒い髪と双眸をした、やんちゃさがよく滲み出た感じの青年である。
 何でも、南の方の大都市であるリューンから来たと言っていた。
 彼はここが気に入ったらしい。
 普段なら同じ場所に5日もいると飽きが来るが今回は特別長く滞在しているな、と子供っぽい笑顔で話していた。
 この村にいる間、ギルバートはエセルの家に泊まっている。
 年頃の娘がいるのになんと配慮の無い父親だろうかと呆れたこともあったが・・・。
 エセルは短い時間で、この男に対する警戒心が溶けていくのを感じていた。

「ちゃんと足元に気をつけろよ」

 ギルバートはゆっくりとエセルを振り仰ぐ。
 その無邪気といっていい顔を見ながら、エセルは昨日の父とギルバートの様子を思い出した。

(昨日、嫁にやるだの何だのと言ってた気がする・・・。)

 エセルの父はギルバートをベタ褒めしていた。
 母や祖母がいれば、そういう婚姻のことを同性として相談も出来るのだが、エセルの祖母は既に亡く、母は生まれた時に亡くなった。
 それどころか――この村で、女性はエセルしかいない。
 村長はエセルがギルバートと一緒にいるのを好ましく思っていない。
 村で唯一の女性だからこその不安から来るものだと思われた。

「ほら、エセル。荷物持ってやるから。早く家に帰ろう」

 ギルバートは私が抱えていたじゃがいもが沢山入った籠を持つと歩き出した。
 西の山の裾にまるで逃げ込むように沈む太陽は、夜の訪れを告げる・・・。

 二人の辿り着いたエセルの家は、簡素であるが暖かい家庭を毎日楽しむことが出来る。
 生まれ育ったそこは、父親が築いてくれた大事な空間だった。
 その父といえば、夜から村長宅で月に一度の会合があるとエセルに言っていた。
 ゆえに、夕食はエセルとギルバートの二人分を作ればいいらしい。

「さぁさ、座って座って」

 エセルの勧めに、ギルバートはきしみをあげる簡素な椅子に腰をおろした。

「今日はエセル特製、じゃがいものシチューだよ。少し、待っててね」
「ああ、よろしく」

 彼は少しだけ笑った。
 彼女の言うエセル特製、というのはただ単にじゃがいもを大量に使っただけのシチューのことを指すのである。
 ギルバートがこの村に来た晩にこの料理を振舞ったが、そのとき彼は、あまりのじゃがいもの多さに驚きを隠せないようだった。

(好きなんだから仕方ないじゃない・・・)

 エセルは呆れたように笑ったギルバートを思い出し、心の中でそう呟いた。
 本気で呆れたわけではなく、その後ですぐに「まあ、じゃがいもは美味いよな。俺も好きだよ」と言ってくれたので、エセルも怒らずにいられたのだが。
 食事は和やかに進んだ。主に喋っていたのはエセルだったが――。

「・・・でね、大変だったんだから。ハリス君は泣いちゃうし、お兄さんも大慌てでね」
「それで持ってたじゃがいもをぶつけて追い返しちゃったのか。そりゃ野犬も災難だったな」
「それからかな、じゃがいもが大好きになって犬が苦手になったのって・・・」
「へぇ・・・」

 他愛の無い話である。
 十数年間の思い出を一気に語ってしまった気がするエセルは、白湯を飲んで咽喉の渇きを癒した。
 ギルバートはいつもエセルの話をうんうんと頷いて聞いていた。
 エセルはそれが嬉しくて、つい話してばっかりだということに気が付いた。

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「あ、あのさ、ギルバートさん」
「何?」
「もし、明日もこの村にいるのなら・・・ちょっと私に付き合ってくれない?」

 お下げの髪を揺らしながらエセルは懇願する。

「見せたいものがあるの・・・」

 暫しの沈黙――エセルは自分自身が異常に緊張しているのが分かった。
 ギルバートは不思議な・・・今までの子供っぽさが鳴りを潜めたような真剣な表情で、静かに告げた。

「悪い・・・。俺、明日にはこの村を出発しようと考えてる」
「あ、そ、そうなんだ・・・。それもそうだよね。いつまでもこの村にいるわけにもいかないしね・・・」
「ごめんな、エセル・・・この村にエセルという女の子がいたこと、俺は決して忘れない・・・」
「え、あ、ありがと・・・お、おやすみなさいっ!」

 エセルはだんだんと頬が熱くなってきたのを感じ、逃げるように自分の部屋へ向かった。
 背後から苦笑しているであろうギルバートからおやすみ、と返ってきた。
 ばたん、というエセルのドアを閉める音が聞こえてきて、ギルバートは深く溜息をついた。

「さて・・・」

2013/02/07 20:08 [edit]

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