Sat.
子供狩り 5 
城主の部屋に隠し階段があるのは、珍しいことではない。
多くは緊急事態のための避難用通路だったり、愛人の部屋に繋がる秘密の通路だったりする。
しかし、冒険者たちが緊張しながら降りたそこは、そのどちらでもありえなかった。
彼らの嗅覚が、嗅ぎ慣れてはいるが親しみを感じない匂いを捉えた。血だ。
壁側で蝋燭の明かりがゆらゆらと揺れている。
頼りない光源だったが、部屋の規模を推し量るには充分だった。ごくごく小さな部屋である。
武器や、おそらくは拷問用の器具が、所狭しと立て掛けられている。
床に視線を落とすと、赤い染料――恐らくは血――で描かれた魔方陣が見えた。
「誰だ?そこにいるのは・・・・・・」
長い黒髪は自然なウェーブを描いて、肩に広がっている。
端整ではあるものの、妙な顔色をしたまったく親しみのもてない男――彼がオーギュストだった。
「ふん、汚らわしい身なりだな」
「祭壇への供物が増えましたな。ほっほっほ」
「ハン、何だって?」
すっかり気分を害しているエディンが、小指で耳の穴をほじりながら言った。
「このような者たちを捧げたところで、悪魔もそう喜びはしますまいが。儀式の彩りにはちょうど良いでしょう」
魔術師らしき男は、ひび割れた唇を吊り上げて笑う。
領主オーギュストは冒険者にさして興味もないらしい。魔方陣上の幼女に熱っぽい視線を注いでいる。
「アウトだ・・・・・・これ、完璧に頭逝っちゃってるよ・・・」
「そんなの、あの日記読んだ時から分かってたじゃない、ギルバート」
ばっさりと切り捨ててから、ジーニは魔術師に視線を向けて鼻で笑った。
「血の魔方陣、それに拙い祭壇・・・・・・。召喚の手法が間違いだらけだわ。恥ずかしいったらありゃしないわね」
「・・・・・・なんだと?」
「ああら、気に触った?ごめんなさいねえ」
魔術師を挑発していたジーニだったが、横から早く幼女の断末魔と血を感じたいオーギュストに遮られる。
「何をぶつぶつと言っている。命乞いなどしても無駄なことだ」
「誰がするか、ど変態」
毛虫を見るような嫌悪を込めてジーニが吐き捨てる。
だが、オーギュストは幼女に向けていた剣をこちらに振るおうとして、はたと手を止めた。
彼の視線は、美形率がきわめて高いエルフ族でも群を抜いているミナスの顔。そして身体、四肢をじっとりと舐め回している。

「子供がいるではないか。おお、それも、なんと・・・・・・美しい・・・・・・」
「・・・・・・うえええ、なんかあの人の視線気持ちわるっ。寒気がするっ」
「ちょっと、うちの子を変な目で見るの止めてくださいません?」
「おお、しかし、その美しさはすぐに失われてしまう。年齢とともにみるみる腐敗してゆくのだ」
「・・・・・・ミナスはエルフだから、あんたより老化はよっぽど遅いと思うけどな」
ぼそりと、アレクが呟いた。
「耐えられぬ。このような美を、ただ腐敗するに任せるなど・・・・・・おいで。私の手でその美を永遠に留めてあげよう」
「・・・・・・・・・けるな」
「この剣でその首を落として、私の寝台に飾ってあげよう。悪魔にくれてやるのは勿体無い。寂しくはないぞ、毎日話をしてあげるから」
「・・・・・・けるな」
「さあ、おいで・・・・・・」
「ふざけるな!!」
ミナスは怒鳴りつけた。
「冗談じゃない。あんたにくれてやるほど僕の体は安くないよ!」
花の街ファレンに行った時のことが、ミナスの脳裏を巡る。
聖北教会から捨てられた街。しかしアウロラの台詞を思い出したあの日――。
(神様は、もしかしたら各人の心の中にいるのかもしれません。同じように、悪魔も。私が神様に捧げる祈りは助けを求めるのではなく、祈ることで自分の意思をくじけないようにしているのですよ。)
「悪魔なんてわざわざ呼び出すまでもない」
一歩、前に進んだ。
「自分を省みてみなよ?あんたの中にいるよ、それは」

≪森羅の杖≫を構えて、ミナスは双眸に力を込めて領主を睨み付ける。
「・・・・・・『野盗』に斬られて死ぬのが似合いだよ」
その台詞に、オーギュストは口端を軽くあげただけだった。
そしてもう有無を言わさぬとばかりに、まっすぐ切り込んできた。
オーギュストの大剣が唸りを上げて【薙ぎ倒し】を仕掛けてくる。
斧の重いギル、渾身の一撃を放とうとしていたアレク、もともと足の遅いジーニが怪我を負うものの、前もってかけた防御の魔法のおかげでかすり傷に終わっている。
もう少し広い部屋であれば、もっと散開して自分達の間合いで攻撃を出来るのだが・・・。
果たして精霊の思考でそれに気付いたのか、ミナスが呼び出していた渓精ナパイアスは、気まぐれにも激流の壁を作り上げて術者を守る構えだ。
その水の壁の前を、二人の戦士が走り抜けていく。
「そうら、お返しだ!」
「・・・子供の無念、晴らさせて貰う!」
ギルの【風割り】と、アレクの渾身の一撃が領主を叩く。
エディンは魔術師が魔法を唱える隙を与えまいと、レイピアの先に宿った魔力を釘のように魔術師の足に突き刺し、動きを束縛する。
そこへ護身用ナイフを振りかぶったアウロラが攻撃を仕掛け、ジーニはオーギュストの行動力を奪おうと、【火炎の壁】を唱えて炎でなぎ払った。
「馬鹿な・・・・・・こんなっ!?」
あっという間に重傷に追い込まれたオーギュストが、大剣で半ば自分の身体を支えながら叫んだ。
【暁光断ち】という技のために腰を捻るように構えたギルが、にやりと笑う。
「あの世で悪魔に会ったら言ってみな。俺を仲間に入れてください、ってさ!!」

・・・・・・幼女を家へと帰した冒険者は、すでに帰路についていた。
止んでいたはずの雨が、再びぱらぱらと降り出している。
村では宿を断られた。
「失礼しちゃうわよねえ」
「まあまあ。カナナン村みたいな所ですもの、泊まらないのが正解なんじゃないですか?」
突然に領主の支配から解き放たれた村人たちは、ひたすら困惑していた。
困惑しながらも、「悪いが出て行ってくれ」と冒険者ににべもなかった。
・・・・・・そんな態度を取られても、彼らは変わらない。変わらずにここまできたのである。
”金狼の牙”の中で、一番前をアウロラとジーニが連れ立って歩いていた。
「本格的に降り出す前に、雨をしのげるところが見つかればいいんだけど」
天を仰いで、半ば諦めたように言ったジーニは、雨音の中に歌声を聞きつけた。
アウロラが、小石を蹴りながら老婆の家で聴いたわらべうたを歌っている。

「あら、また歌? 吟遊詩人にでもクラスチェンジするの?」
「それもいいかもしれません」
からかうような声音に対して、アウロラは微かな苦味を帯びた笑いを浮かべた。
今の自分の実力では、あの幼く哀れな魂たちを本当の意味で救うことが出来なかった――この苦い経験は、むしろ歌として昇華するべきではないだろうか、と。
「・・・・・・城で見つけた日記によると、昔の領主もああいうことをしていたそうですね」
「ああ、うん。十六代目の人?」
「この歌はきっとその頃生まれたものなんでしょう」
「でしょうね。それにしても、よく歌詞を覚えてるわね」
「繰り返しが多いし、なんだか印象深くて。リューンで歌ったら流行るでしょうか」
でも忘れた方がいいのかもしれない、と悩むアウロラに、ジーニは静かに言った。
「忘れなくてもいいんじゃない?」
「・・・・・・そうですね。語り継いでいくこと。後世への警告とすること。それがきっと死んだ子たちへのはなむけになる」
雨に降られながら道をゆくと、小さな看板と柵が見えた。ここが村のはずれのようだ。
そこに一つだけ、人影が見える。
「・・・・・・待っていたんですか?雨が降っているのに」
「・・・・・・・・・・・・」
青年は答えず、黙ったまま、冒険者にむかって深く頭を垂れた。
雨の中へ消え行く冒険者の姿を、青年はいつまでも見送っていた。
※収入0sp、【亡霊の哀哭】≪翡翠の首飾り≫≪女神の杖≫≪人形≫≪聖水≫×3≪傷薬≫×3≪森のキノコ≫×2※
--------------------------------------------------------
■後書きまたは言い訳
34回目のお仕事は、柚子さんのシナリオ・子供狩りです。ぶっちゃけた話をすると、同氏の「滅びの呼び声」とどっちやるかものすごく悩みました。ただ、こちらの作品だと、前回プレイからの流れでアウロラに呪歌フラグが確立するのですよね。それにせっかくパーティに秀麗な子供がいますので・・・やらない手はないな、と。(笑)
それから、ファレンの騎士でアウロラが言った台詞が、こんなところで伏線になるとは思いもしませんでした。リプレイってこういう奇跡あるんですね・・・。
スキル【亡霊の哀哭】は、癖があるけど前準備に使うと割と強いスキル(呪縛や睡眠が敵全体、ただし出現低確率)なので、「召喚術士一人旅」のルルエルさんみたいに使いこなせたら・・・!とか思ったんですが、ミナスに適正がありませんでした。
アウロラなら適正ばっちりなんだけど、流石に僧侶が使うのはまずいので売るしか・・・。(涙)
今回のシナリオをきっかけに、”金狼の牙”たちは、ちょっとパーティの方向性やらバランスやらを見直します。
そのため、次回はオリジナルストーリーです。
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。
多くは緊急事態のための避難用通路だったり、愛人の部屋に繋がる秘密の通路だったりする。
しかし、冒険者たちが緊張しながら降りたそこは、そのどちらでもありえなかった。
彼らの嗅覚が、嗅ぎ慣れてはいるが親しみを感じない匂いを捉えた。血だ。
壁側で蝋燭の明かりがゆらゆらと揺れている。
頼りない光源だったが、部屋の規模を推し量るには充分だった。ごくごく小さな部屋である。
武器や、おそらくは拷問用の器具が、所狭しと立て掛けられている。
床に視線を落とすと、赤い染料――恐らくは血――で描かれた魔方陣が見えた。
「誰だ?そこにいるのは・・・・・・」
長い黒髪は自然なウェーブを描いて、肩に広がっている。
端整ではあるものの、妙な顔色をしたまったく親しみのもてない男――彼がオーギュストだった。
「ふん、汚らわしい身なりだな」
「祭壇への供物が増えましたな。ほっほっほ」
「ハン、何だって?」
すっかり気分を害しているエディンが、小指で耳の穴をほじりながら言った。
「このような者たちを捧げたところで、悪魔もそう喜びはしますまいが。儀式の彩りにはちょうど良いでしょう」
魔術師らしき男は、ひび割れた唇を吊り上げて笑う。
領主オーギュストは冒険者にさして興味もないらしい。魔方陣上の幼女に熱っぽい視線を注いでいる。
「アウトだ・・・・・・これ、完璧に頭逝っちゃってるよ・・・」
「そんなの、あの日記読んだ時から分かってたじゃない、ギルバート」
ばっさりと切り捨ててから、ジーニは魔術師に視線を向けて鼻で笑った。
「血の魔方陣、それに拙い祭壇・・・・・・。召喚の手法が間違いだらけだわ。恥ずかしいったらありゃしないわね」
「・・・・・・なんだと?」
「ああら、気に触った?ごめんなさいねえ」
魔術師を挑発していたジーニだったが、横から早く幼女の断末魔と血を感じたいオーギュストに遮られる。
「何をぶつぶつと言っている。命乞いなどしても無駄なことだ」
「誰がするか、ど変態」
毛虫を見るような嫌悪を込めてジーニが吐き捨てる。
だが、オーギュストは幼女に向けていた剣をこちらに振るおうとして、はたと手を止めた。
彼の視線は、美形率がきわめて高いエルフ族でも群を抜いているミナスの顔。そして身体、四肢をじっとりと舐め回している。

「子供がいるではないか。おお、それも、なんと・・・・・・美しい・・・・・・」
「・・・・・・うえええ、なんかあの人の視線気持ちわるっ。寒気がするっ」
「ちょっと、うちの子を変な目で見るの止めてくださいません?」
「おお、しかし、その美しさはすぐに失われてしまう。年齢とともにみるみる腐敗してゆくのだ」
「・・・・・・ミナスはエルフだから、あんたより老化はよっぽど遅いと思うけどな」
ぼそりと、アレクが呟いた。
「耐えられぬ。このような美を、ただ腐敗するに任せるなど・・・・・・おいで。私の手でその美を永遠に留めてあげよう」
「・・・・・・・・・けるな」
「この剣でその首を落として、私の寝台に飾ってあげよう。悪魔にくれてやるのは勿体無い。寂しくはないぞ、毎日話をしてあげるから」
「・・・・・・けるな」
「さあ、おいで・・・・・・」
「ふざけるな!!」
ミナスは怒鳴りつけた。
「冗談じゃない。あんたにくれてやるほど僕の体は安くないよ!」
花の街ファレンに行った時のことが、ミナスの脳裏を巡る。
聖北教会から捨てられた街。しかしアウロラの台詞を思い出したあの日――。
(神様は、もしかしたら各人の心の中にいるのかもしれません。同じように、悪魔も。私が神様に捧げる祈りは助けを求めるのではなく、祈ることで自分の意思をくじけないようにしているのですよ。)
「悪魔なんてわざわざ呼び出すまでもない」
一歩、前に進んだ。
「自分を省みてみなよ?あんたの中にいるよ、それは」

≪森羅の杖≫を構えて、ミナスは双眸に力を込めて領主を睨み付ける。
「・・・・・・『野盗』に斬られて死ぬのが似合いだよ」
その台詞に、オーギュストは口端を軽くあげただけだった。
そしてもう有無を言わさぬとばかりに、まっすぐ切り込んできた。
オーギュストの大剣が唸りを上げて【薙ぎ倒し】を仕掛けてくる。
斧の重いギル、渾身の一撃を放とうとしていたアレク、もともと足の遅いジーニが怪我を負うものの、前もってかけた防御の魔法のおかげでかすり傷に終わっている。
もう少し広い部屋であれば、もっと散開して自分達の間合いで攻撃を出来るのだが・・・。
果たして精霊の思考でそれに気付いたのか、ミナスが呼び出していた渓精ナパイアスは、気まぐれにも激流の壁を作り上げて術者を守る構えだ。
その水の壁の前を、二人の戦士が走り抜けていく。
「そうら、お返しだ!」
「・・・子供の無念、晴らさせて貰う!」
ギルの【風割り】と、アレクの渾身の一撃が領主を叩く。
エディンは魔術師が魔法を唱える隙を与えまいと、レイピアの先に宿った魔力を釘のように魔術師の足に突き刺し、動きを束縛する。
そこへ護身用ナイフを振りかぶったアウロラが攻撃を仕掛け、ジーニはオーギュストの行動力を奪おうと、【火炎の壁】を唱えて炎でなぎ払った。
「馬鹿な・・・・・・こんなっ!?」
あっという間に重傷に追い込まれたオーギュストが、大剣で半ば自分の身体を支えながら叫んだ。
【暁光断ち】という技のために腰を捻るように構えたギルが、にやりと笑う。
「あの世で悪魔に会ったら言ってみな。俺を仲間に入れてください、ってさ!!」

・・・・・・幼女を家へと帰した冒険者は、すでに帰路についていた。
止んでいたはずの雨が、再びぱらぱらと降り出している。
村では宿を断られた。
「失礼しちゃうわよねえ」
「まあまあ。カナナン村みたいな所ですもの、泊まらないのが正解なんじゃないですか?」
突然に領主の支配から解き放たれた村人たちは、ひたすら困惑していた。
困惑しながらも、「悪いが出て行ってくれ」と冒険者ににべもなかった。
・・・・・・そんな態度を取られても、彼らは変わらない。変わらずにここまできたのである。
”金狼の牙”の中で、一番前をアウロラとジーニが連れ立って歩いていた。
「本格的に降り出す前に、雨をしのげるところが見つかればいいんだけど」
天を仰いで、半ば諦めたように言ったジーニは、雨音の中に歌声を聞きつけた。
アウロラが、小石を蹴りながら老婆の家で聴いたわらべうたを歌っている。

「あら、また歌? 吟遊詩人にでもクラスチェンジするの?」
「それもいいかもしれません」
からかうような声音に対して、アウロラは微かな苦味を帯びた笑いを浮かべた。
今の自分の実力では、あの幼く哀れな魂たちを本当の意味で救うことが出来なかった――この苦い経験は、むしろ歌として昇華するべきではないだろうか、と。
「・・・・・・城で見つけた日記によると、昔の領主もああいうことをしていたそうですね」
「ああ、うん。十六代目の人?」
「この歌はきっとその頃生まれたものなんでしょう」
「でしょうね。それにしても、よく歌詞を覚えてるわね」
「繰り返しが多いし、なんだか印象深くて。リューンで歌ったら流行るでしょうか」
でも忘れた方がいいのかもしれない、と悩むアウロラに、ジーニは静かに言った。
「忘れなくてもいいんじゃない?」
「・・・・・・そうですね。語り継いでいくこと。後世への警告とすること。それがきっと死んだ子たちへのはなむけになる」
雨に降られながら道をゆくと、小さな看板と柵が見えた。ここが村のはずれのようだ。
そこに一つだけ、人影が見える。
「・・・・・・待っていたんですか?雨が降っているのに」
「・・・・・・・・・・・・」
青年は答えず、黙ったまま、冒険者にむかって深く頭を垂れた。
雨の中へ消え行く冒険者の姿を、青年はいつまでも見送っていた。
※収入0sp、【亡霊の哀哭】≪翡翠の首飾り≫≪女神の杖≫≪人形≫≪聖水≫×3≪傷薬≫×3≪森のキノコ≫×2※
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■後書きまたは言い訳
34回目のお仕事は、柚子さんのシナリオ・子供狩りです。ぶっちゃけた話をすると、同氏の「滅びの呼び声」とどっちやるかものすごく悩みました。ただ、こちらの作品だと、前回プレイからの流れでアウロラに呪歌フラグが確立するのですよね。それにせっかくパーティに秀麗な子供がいますので・・・やらない手はないな、と。(笑)
それから、ファレンの騎士でアウロラが言った台詞が、こんなところで伏線になるとは思いもしませんでした。リプレイってこういう奇跡あるんですね・・・。
スキル【亡霊の哀哭】は、癖があるけど前準備に使うと割と強いスキル(呪縛や睡眠が敵全体、ただし出現低確率)なので、「召喚術士一人旅」のルルエルさんみたいに使いこなせたら・・・!とか思ったんですが、ミナスに適正がありませんでした。
アウロラなら適正ばっちりなんだけど、流石に僧侶が使うのはまずいので売るしか・・・。(涙)
今回のシナリオをきっかけに、”金狼の牙”たちは、ちょっとパーティの方向性やらバランスやらを見直します。
そのため、次回はオリジナルストーリーです。
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。
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Sat.
子供狩り 4 
城の裏口を見つけた”金狼の牙”たちは、急いで城の中を歩いていた。
・・・・・・実は途中の応接間で、エディンが仲間に内緒でアンティークドールを荷物袋に突っ込んだりしてたのだが、幸いというか悪運が強いというか、誰にも気付かれていない。
1階にある最後の部屋に入ると、そこは異様な雰囲気が立ち込めていた。
「なんだ・・・・・・ここは・・・・・・」
密閉された部屋のはずなのに、どこからか冷気を帯びた風が流れ込んでくる。いやに肌寒い。
他の部屋より埃を被っている様子を見て、エディンは「あんまり使われてねえ部屋だな」と見当をつけていた。
「なんでしょう、あのかまどは。台所でもないのに・・・」
正面に置かれている大きなかまどを指し、調べてみてくれないかと言い出したアウロラだったが、エディンはすでに油断のない足取りで近づいており・・・・・・。
「ひでえな、炭が。何をこんなに焼いたん・・・・・・・・・・・・」
「エディン・・・・・・? 何があったんだ」

「やめろ。見るな。胸が悪くなるぜ」
普段はのんびりした口調のエディンの声が、異様な緊張を孕んでいる。
問いかけたギルは見ないことにした。
「・・・・・・やめておこう。なにがあるのか大体想像がつくからな」
「ひでえ奴だぜ・・・・・・ここの城主は。血も涙もねえ」
行こう、とエディンに急かされて冒険者たちは扉に向かった。
その時、いっそう冷たい風がミナスの頬を撫でた。
「なに?風が、」
『アア・・・・・・イタイヨ・・・・・・コワイヨ・・・・・・』
『ダレカ・・・・・・』
『タ ス ケ テ ・・・・・・!』
「これ、は・・・・・・!」
≪護光の戦斧≫を構えてギルが驚きの声をあげると、アウロラが「気をつけて!」と叫んだ。
「これは恐らく、領主の手にかかった子供たちの怨念・・・・・・!」
さ迷う亡霊の悲嘆に呼応したのか、新たな亡霊が集まってくる・・・。
一体目は手早く倒した”金狼の牙”たちだったが、新たに現れた亡霊がアレクに手を伸ばし、その体力を削っていく。
「くっ・・・なんて、冷たい・・・・・・」
「アレク!今、【活力の法】を!」
慌てて治癒呪文を唱えるアウロラにも、襲いかかろうとする影がある。
「駄目!渓流の魔精、ナパイアス!アウロラを守って!」
しかし、ナパイアスの激流は亡霊をすり抜けていってしまった。
慌てたミナスの肩をとん、と安心させる為に叩いてから、エディンがよくしなるレイピアの刀身より魔力の波動を放つ。
クリスベイルと銘のあるレイピアのそれは、生半な魔法より強烈に亡霊へと突き刺さった。
残っていた一体も、ギルと治療を負えたアレクの攻撃で存在を消失した。

『パパ・・・・・・ママ・・・・・・』
『アリガト・・・・・・アリガト・・・・・・』
「・・・・・・ごめんなさい。貴方たちをちゃんと見送ることが出来なくて・・・」
アウロラは哀れな子供たちの魂に十字を切った。
今回はやむを得ず強制的に浄化してしまったが、このような恨みや哀しみのこびりついた魂は、強制浄化では上手く天に召されることが出来ないことが多い。
もっと高位の司祭などであれば、彼らを説得してちゃんと送ることができるだろうが・・・。アウロラは悲しげに首を振った。
気を取り直した一行は階段を上がった。
2階に上がってすぐの扉を開くと、図書室のような部屋である。
「ちょっと待って。こっちは嘘っぱちばっか・・・こっちのも魔術書が多いわね。ん、これは・・・・・・日記かしら」
魔術書の棚に埋もれていた一冊の日記を発見したジーニは、アレクが気を利かせて持ってきた椅子に腰掛け、素早く黙読を始めた。
「・・・・・・結構、1ページ目から思考が怪しいんだけど。ギルバート、これ口に出すの?」
「教育に悪そうか?」
「そうね、お勧めしないわ」
「ミナス、耳塞げ」
少し不満そうな顔つきではあったが、ミナスもリーダーのこういう時の発言に反抗するのは良くないと直感的に分かっていたので、大人しく尖った耳を小さな手で覆い隠した。
そしてそれは、最善の選択であった。
――弟の乱心によって戦場から引き離された領主は、徐々に不満を募らせていった。
戦場における命のやり取り、断末魔の声を聞いて満たされた日々――それを渇望していたオーギュストは、有体に言って血に飢えていたのだろう。
そんなある日、彼は十六代領主テオドールの日記を読んでしまうのである。
禁じられた黒魔術に耽溺していたテオドールの所業に、彼も同調してのめりこむようになり、呼び寄せた黒魔術師の一人から、「虫よりは獣。獣よりは人間。穢れのない子供が望ましい。そして、貴方様にはそれが出来ましょう」と生贄について告げられた。
それこそが、あの貧しい村々の子供を搾取するという外道の行いの始まりだったようだ。

「へー。『領民の命など塵のようなものだ』だってさ。こいつ、誰のお陰で食料食えてるのか分かってないわね。畑は耕す人がいなきゃ、収穫だってできないのよ?」
「反吐が出るな・・・」
「ここでは出さないでよ、エディ。要約すると、子供を黒魔術の生贄にするために、お城に招いて殺したわけね」
「・・・・・・人の所業じゃないですね」
「家系でおかしいのかしらね。十六代領主も似たような事やってたみたいだし」
「家系だろうが、なんだろうが。止めさせるぞ」
ギルの言に皆が頷き、ミナスにもう終わったよと呼びかけた。
「・・・僕だって、ちゃんと冒険者だよ?さっきもあんな目にあったんだし、どんなことかくらい想像は・・・」
「知ってるし分かってる。お前のためというより、俺たちのためだと思ってくれよ」
ミナスのある意味正当な抗議に、ギルは珍しく言葉を遮って強く言った。
エディンが二人の気まずさを取り成すように、波打つ亜麻色の髪を撫でる。
「つまりさ。リーダーは、お前さんにそんなのを平気で聞かせる人間でいたくない、ってことさ。甘いとは思うが、お前さんもそこはちょっと大人になって譲歩してやってくれ」
「ん・・・分かったよ」
オーギュストが子供をさらうわけを理解した一行は、更にセシルが連れて行かれた場所を探して、あちこちを歩くこととなった。
倉庫で宝箱を見つけ、ジーニがアウロラの気を逸らせた隙にマジックアイテムを手に入れる。
そして・・・・・・。
踏み入れた足がふわりと沈む絨毯。華美な家財道具。大人二人が寝ても余裕があるだろう寝台。
いずれもここが領主の寝室であることを示していた。
しかし、部屋の主の姿は無い。
「・・・少し調べてみよう」
アレクの提案であちこちを探していた一行だったが、エディンはとある本棚の前に立ち止まって動かない。
「・・・・・・・・・」
長い指を持つ手が、するりと棚の後ろ側を触っていた。
「やっぱり。この本棚、スライドするぜ」
棚の後ろに隠れていたスイッチを押すと、そこに下へ続く階段が現れた。寒々しい空気が流れ出てくる。
「恐らくここが正念場ね。・・・・・・準備はいい?」
「いつでもよろしいですよ」
補助魔法をかけ終わり、召喚も終えた”金狼の牙”たちは、ゆっくりと足を踏み出した。
・・・・・・実は途中の応接間で、エディンが仲間に内緒でアンティークドールを荷物袋に突っ込んだりしてたのだが、幸いというか悪運が強いというか、誰にも気付かれていない。
1階にある最後の部屋に入ると、そこは異様な雰囲気が立ち込めていた。
「なんだ・・・・・・ここは・・・・・・」
密閉された部屋のはずなのに、どこからか冷気を帯びた風が流れ込んでくる。いやに肌寒い。
他の部屋より埃を被っている様子を見て、エディンは「あんまり使われてねえ部屋だな」と見当をつけていた。
「なんでしょう、あのかまどは。台所でもないのに・・・」
正面に置かれている大きなかまどを指し、調べてみてくれないかと言い出したアウロラだったが、エディンはすでに油断のない足取りで近づいており・・・・・・。
「ひでえな、炭が。何をこんなに焼いたん・・・・・・・・・・・・」
「エディン・・・・・・? 何があったんだ」

「やめろ。見るな。胸が悪くなるぜ」
普段はのんびりした口調のエディンの声が、異様な緊張を孕んでいる。
問いかけたギルは見ないことにした。
「・・・・・・やめておこう。なにがあるのか大体想像がつくからな」
「ひでえ奴だぜ・・・・・・ここの城主は。血も涙もねえ」
行こう、とエディンに急かされて冒険者たちは扉に向かった。
その時、いっそう冷たい風がミナスの頬を撫でた。
「なに?風が、」
『アア・・・・・・イタイヨ・・・・・・コワイヨ・・・・・・』
『ダレカ・・・・・・』
『タ ス ケ テ ・・・・・・!』
「これ、は・・・・・・!」
≪護光の戦斧≫を構えてギルが驚きの声をあげると、アウロラが「気をつけて!」と叫んだ。
「これは恐らく、領主の手にかかった子供たちの怨念・・・・・・!」
さ迷う亡霊の悲嘆に呼応したのか、新たな亡霊が集まってくる・・・。
一体目は手早く倒した”金狼の牙”たちだったが、新たに現れた亡霊がアレクに手を伸ばし、その体力を削っていく。
「くっ・・・なんて、冷たい・・・・・・」
「アレク!今、【活力の法】を!」
慌てて治癒呪文を唱えるアウロラにも、襲いかかろうとする影がある。
「駄目!渓流の魔精、ナパイアス!アウロラを守って!」
しかし、ナパイアスの激流は亡霊をすり抜けていってしまった。
慌てたミナスの肩をとん、と安心させる為に叩いてから、エディンがよくしなるレイピアの刀身より魔力の波動を放つ。
クリスベイルと銘のあるレイピアのそれは、生半な魔法より強烈に亡霊へと突き刺さった。
残っていた一体も、ギルと治療を負えたアレクの攻撃で存在を消失した。

『パパ・・・・・・ママ・・・・・・』
『アリガト・・・・・・アリガト・・・・・・』
「・・・・・・ごめんなさい。貴方たちをちゃんと見送ることが出来なくて・・・」
アウロラは哀れな子供たちの魂に十字を切った。
今回はやむを得ず強制的に浄化してしまったが、このような恨みや哀しみのこびりついた魂は、強制浄化では上手く天に召されることが出来ないことが多い。
もっと高位の司祭などであれば、彼らを説得してちゃんと送ることができるだろうが・・・。アウロラは悲しげに首を振った。
気を取り直した一行は階段を上がった。
2階に上がってすぐの扉を開くと、図書室のような部屋である。
「ちょっと待って。こっちは嘘っぱちばっか・・・こっちのも魔術書が多いわね。ん、これは・・・・・・日記かしら」
魔術書の棚に埋もれていた一冊の日記を発見したジーニは、アレクが気を利かせて持ってきた椅子に腰掛け、素早く黙読を始めた。
「・・・・・・結構、1ページ目から思考が怪しいんだけど。ギルバート、これ口に出すの?」
「教育に悪そうか?」
「そうね、お勧めしないわ」
「ミナス、耳塞げ」
少し不満そうな顔つきではあったが、ミナスもリーダーのこういう時の発言に反抗するのは良くないと直感的に分かっていたので、大人しく尖った耳を小さな手で覆い隠した。
そしてそれは、最善の選択であった。
――弟の乱心によって戦場から引き離された領主は、徐々に不満を募らせていった。
戦場における命のやり取り、断末魔の声を聞いて満たされた日々――それを渇望していたオーギュストは、有体に言って血に飢えていたのだろう。
そんなある日、彼は十六代領主テオドールの日記を読んでしまうのである。
禁じられた黒魔術に耽溺していたテオドールの所業に、彼も同調してのめりこむようになり、呼び寄せた黒魔術師の一人から、「虫よりは獣。獣よりは人間。穢れのない子供が望ましい。そして、貴方様にはそれが出来ましょう」と生贄について告げられた。
それこそが、あの貧しい村々の子供を搾取するという外道の行いの始まりだったようだ。

「へー。『領民の命など塵のようなものだ』だってさ。こいつ、誰のお陰で食料食えてるのか分かってないわね。畑は耕す人がいなきゃ、収穫だってできないのよ?」
「反吐が出るな・・・」
「ここでは出さないでよ、エディ。要約すると、子供を黒魔術の生贄にするために、お城に招いて殺したわけね」
「・・・・・・人の所業じゃないですね」
「家系でおかしいのかしらね。十六代領主も似たような事やってたみたいだし」
「家系だろうが、なんだろうが。止めさせるぞ」
ギルの言に皆が頷き、ミナスにもう終わったよと呼びかけた。
「・・・僕だって、ちゃんと冒険者だよ?さっきもあんな目にあったんだし、どんなことかくらい想像は・・・」
「知ってるし分かってる。お前のためというより、俺たちのためだと思ってくれよ」
ミナスのある意味正当な抗議に、ギルは珍しく言葉を遮って強く言った。
エディンが二人の気まずさを取り成すように、波打つ亜麻色の髪を撫でる。
「つまりさ。リーダーは、お前さんにそんなのを平気で聞かせる人間でいたくない、ってことさ。甘いとは思うが、お前さんもそこはちょっと大人になって譲歩してやってくれ」
「ん・・・分かったよ」
オーギュストが子供をさらうわけを理解した一行は、更にセシルが連れて行かれた場所を探して、あちこちを歩くこととなった。
倉庫で宝箱を見つけ、ジーニがアウロラの気を逸らせた隙にマジックアイテムを手に入れる。
そして・・・・・・。
踏み入れた足がふわりと沈む絨毯。華美な家財道具。大人二人が寝ても余裕があるだろう寝台。
いずれもここが領主の寝室であることを示していた。
しかし、部屋の主の姿は無い。
「・・・少し調べてみよう」
アレクの提案であちこちを探していた一行だったが、エディンはとある本棚の前に立ち止まって動かない。
「・・・・・・・・・」
長い指を持つ手が、するりと棚の後ろ側を触っていた。
「やっぱり。この本棚、スライドするぜ」
棚の後ろに隠れていたスイッチを押すと、そこに下へ続く階段が現れた。寒々しい空気が流れ出てくる。
「恐らくここが正念場ね。・・・・・・準備はいい?」
「いつでもよろしいですよ」
補助魔法をかけ終わり、召喚も終えた”金狼の牙”たちは、ゆっくりと足を踏み出した。
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Sat.
子供狩り 3 
蹄の跡を追いかけてきた冒険者たちは、しかし森の中の泉のところで止まってしまっていた。
追ってきた馬の足跡は、完全に他の動物のそれに紛れてしまっている。
おまけに泉へ水を飲みに来たらしい熊とも一戦を交えて、ますます跡が分からなくなってしまった。
「見失ってしまったわね」
「・・・どう思う。本当にあの女の子がさらわれていたとして、今回の依頼と関係があると思うか?」
静かにアレクが問題を提議すると、ジーニが厳しい表情で彼を見やった。
「依頼人は曖昧に『村を救ってくれ』と言うだけだったわ。なにがなんだか分からないから調査をしていたら、これよ」
杖の先でぐちゃぐちゃになってしまった蹄の跡を突付く。
「関連性があるとみるのが妥当か。辺境の村で、同じ時期に、二つの事件が平行して起こる可能性というのも考えがたいしな」
「・・・・・・で、手がかりを失ったわけだけど」
どうする、と一同は顔を見合わせた。
ぽつりとアウロラが、
「村長の口を割ることが出来れば、話は早いんですがね」
と言うのを聞いて、ジーニは「アンタ時々怖いわよね・・・」とやや青褪めながら応えた。
「口を割らせるのは村長じゃなくてもいいでしょう。村人もある程度事情を知っているはずよ」
ジーニが注目したのは、こんな田舎の村にありがちな性質だった。
隣家の子供が風邪を引いた程度のことが、すぐ閉鎖的な村の噂になることを彼女は今までの冒険で学んでいる。
何か異常が起こったとしたら、それを一人で隠し通すのは至難の業であることも。
こうした片田舎では、横のつながりが強い。貧困と戦う為の手段でもあるから、仕方ない面がある。
「さて、どうするかね。ガキのことを考えると、あまり時間はねえな・・・・・・」
とエディンは嘯いた。
「村に戻ろう。最初の木こりでも誰でもいい、子供がいなくなったことを言えば、協力する大人がいるかもしれない」
リーダーの決定に皆が頷き、移動を始めたが・・・・・・。
シュッ!!!と鋭い音が森の中を横切った。
それが何かと正体を当てる前に、アレクが咄嗟に抜き放った≪黙示録の剣≫で切り払う。狩猟用の矢だった。
アウロラの足元に落ちたところをみると、本を抱えただけの軽装に見える彼女をわざわざ狙ったのか。
「誰だ!」

誰何の声に、慌てたらしい人影が森の奥へと消えていく。
「追うぞ!立てるか」
「――いえ、かすりもしなかった。たいした技量ではありません。あれは村人ですね・・・・・・」
見やれば、すでにエディンとギルが走り出している。他のメンバーも急いで後を追った。
10分と経たないところで、ギルと同年代くらいに見える青年がうずくまっている。
「うっ・・・・・・くっ」
足を庇うようにしたその様子から、おそらく足元の木の根に引っ掛け、逃げ遅れたのだろう。
彼の手には弓もあった。
「敬虔な僧侶を狙ったりするからこんなことになるんです」
「さて。吐いてもらいましょうか。どういうつもりか」
ジーニが杖の先の髑髏で、青年の顎を掬うようにして言った。
「・・・・・・誰が、あんたたちなんかに」
「あぁん?今なんつった、この青二才。焼肉にするぞ」
「ジーニ、落ち着け。ミナスがいるぞ」
エディンが黒いローブに包まれた肩をとんとんと叩いて抑える。
ドスのきいたジーニの声にびびったか、青年は冷や汗を掻いていた。
「アウロラ、アレク。ミナス連れて下がっていてくれ。エディン、ジーニ」
「皆まで言うなよ、リーダー」
「ここは大人のお仕事よ。ねえ?」
顔色を窺って一番いい手段を選ぶのがエディン、直接脅すのがジーニ・・・ギルは二人の護衛だ。
「おとなしく吐いてくれなきゃ、痛い目を見ることになるわね。・・・・・・どんな風に痛い目を見るか知りたい・・・・・・?」
「・・・・・・・・・」
「冒険者なんてやってると、色んな知識が身につくものでね。たとえば」
ジーニは杖で青年の右手を押さえつつ続ける。
「指と爪の間、眼球、足の裏。そんな場所を責められたら、大の大人でさえ泣き叫ぶそうよ。・・・・・・試してみる?」
「・・・・・・っ!」
青年の顔に脅えが走った。後ずさろうとするが、背後を押さえたエディンがそれを許さない。
ジーニが畳み掛けるように脅しを続けると、青年は声にならない悲鳴をあげた。
首をぶんぶんと左右に振っている。
(おい、そろそろやりすぎだぞ)
(さっきの憂さ晴らしに決まってるじゃない、やーねー)
大人コンビは目線で会話をしつつ、青年の脅迫、いや情報収集を続ける。
「・・・・・・セシルという女の子が姿を消したわ」
青年が息を呑むのが分かった。彼は冒険者を見上げ、言葉の続きを見守っている。
「知っているでしょう?村の女の子よ。彼女の持っていた人形だけが、置き去りにされていた」
協力してくれないか、というジーニの発言に青年はしばらく黙っていたが。
「・・・・・・。俺の末の弟はセシルのことを好いていた・・・・・・」
青年は憂いを帯びた目を地面に落とした。諦めたような溜息が漏れる。
「村のためを思うのなら、協力して。力の及ぶかぎり、あんたたちを助けると約束するわ」
「・・・・・・・・・」
青年は長い間うつむき、葛藤しているようだったが、やがて顔をあげるとついに深く頷いた。
離れていた仲間を呼び戻し、青年からこの村の事情を聞き取ったが――なんとも無残なものだった。

一昨年の秋頃からだった。
この土地の領主であるオーギュストによって、近隣の村もこの村も子供がさらわれているという。
領主はとかく蛮勇で知られた男で、敵国でも恐ろしいと噂に上るほどだったのだが、先ごろ、領主の弟が乱心して国王に切り掛かったかどで処刑され、オーギュスト自身も地位を剥奪されて、財産の多くを没収されてしまったらしい。
この森の東にある城ひとつ、それがオーギュストにお情けで残されたものだった。いくつも所領を賜っていた身としては、とんでもない屈辱であろう。
しかし、それは村人になんら関係のないこと。
重要なのは、あの城に連れてゆかれて帰ってきた子供が、一人もいないということなのだ・・・・・・。
「なーんで抵抗しないのよ?っていうか、国に訴え出ることはしないの?」
「厳密に言えばもう領主ではありません。が、実際は、あの御方は今でもこの土地の領主なのです」
「どういうことだ?」
アレクが問いかける。
「表立っては、あの御方は全てを失い、ただの平民に身分を落とした、ということになってはいます。しかしお国はその武勲を無視できなかったのでしょう。一城とこの貧しい村々をあの御方に残されました」
「・・・・・・つまり、この村は国からオーギュストに捧げられた生贄だと?」
青年は力なく頷いた。
「私達、村人にとって領主というのは・・・・・・神にも等しい存在なのです。逆らうなんて・・・・・・考えるのも恐ろしいことです・・・・・・」
「ケ、なーにが神様だよ。悪ィが、俺から言わせればただの寄生虫だ」
エディンは、ペッ!と地面に唾を吐く。
「王も領主も自分が一番偉いなんてツラをしているが、その実、民がいなけりゃ成り立たないのはあっちだろ。どれだけ賢君と呼ばれようと、結局は民から搾取する立場であることに変わりはない。効率の問題くらいさ。それをはきちがえて、頭がおかしくなる奴の多さときたら!反吐がでるね」
そこまで鋭い口調で言い募ると、それ以上彼は語ろうとしなかった。
しかし、他の仲間たちには分かっていた――バルツの街の領主、トラップ男爵。
エディンの一番弟子や他の冒険者たちを楽しみの為に殺していた貴族、彼もまた、自分を神と間違えた人間だった・・・。
話の向きを変えようと、ギルは依頼人の男性について尋ねてみる。
「この、翡翠のペンダントくれた奴なんだけど」
「・・・・・・彼だけが・・・・・・『助けを求めるべきだ』と言っていました。いくらオーギュスト様といえども、こんな横暴は許されるべきではない、と。・・・・・・私たちは彼が恐ろしかった」
「いいこと言ってるじゃん」
「たとえ何をされても、私達はただ奴隷のようにあの御方のために働き、そして耐えるしかないんです。今までだってずっとそうしてきた。なのに今更、何を言い出すのかと。焦った村人達が村長の命を受けて、・・・・・・彼を襲いました」
「やれやれ・・・」
アレクは困ったように頬を掻いた。薄々は察していたものの、なんともやりきれない。
ギルが依頼人の男の死に際について話をすると、青年は涙ぐんだ。
「彼は・・・・・・死の間際まで子供たちのことを・・・・・・私達のしたことはやはり間違っていたのでしょうか・・・・・・」
がっくり項垂れていた青年が、ふと頭を上げて縋るような目線で話を続けた。
「あなたがたは・・・・・・やはりオーギュスト様を・・・・・・」
「倒すことになるでしょうね。依頼内容は『この村を救うこと』だった」
「けど、この国を敵に回すことにはならねえのかな」
エディンが心配しているのはそこだった。オーギュストを退治する事に関しては、彼は躊躇いはない――問題は後ろ盾の方である。
確たる後ろ盾のない者たちが貴族に手を出すのは、後が面倒になるケースが圧倒的に多い。できることなら、対立している貴族や国、あるいは教会勢力なりのバックアップがあるのが望ましかった。
だが、それを青年は小さな声で否定した。
「・・・・・・その心配はないと思います。さっきも言ったとおり、あの御方は本当はもう領主ではありませんし。国と各領のつながりも希薄です」
「・・・あの山奥の廃教会の魔術師といい、今度の件といい、この国マジで大丈夫か」
エディンはふと遠い目になった。
青年はといえば、「恐ろしい」だの「本当にあのオーギュスト様を」だの繰り返している。
よほどに今の奴隷に等しい生活が身についてしまっているものか、抵抗するという考えそのものが頭に浮かばないらしい。
羊皮紙の切れ端を取り出したギルが、「要点を纏めよう」と小型の羽ペンを手に取った。
「そんじゃ、エディンから発言どうぞ」
「城に子供たちが連れて行かれている、と。食料や雑貨を運ぶ人以外は、入城を禁じられているわけだ」
「だから、内部がどうなってるかは分からない・・・ってことだよね。慎重にいかないと」
「・・・ここ数年兵士の姿を見た者がいないというのは、おそらく解雇されたんだろう」
「戦で恐れられていたわけですから、領主と一対一になったら危ないでしょうね」
「なるべくそうならないことを祈っておいてね、アンタの神様に」
分かりやすく現状を把握した”金狼の牙”一行は、「さて!じゃあ行くか!」というギルの号令に立ち上がった。
「・・・・・・皆さん」
青年がそれを呼び止める。
「私はまだ・・・・・・、領主様に逆らうなんて愚かなことだという気がします。けれど、もし皆さんが、本当に成功したのなら。・・・・・・きっとそれは正しいことなのでしょうね」
「は?何言ってんの?」
ギルは首を傾げた。
「こんな状況に甘んじているのはおかしいと、間違いなのだと。皆さんが証明しては下さいませんか・・・・・・」
「そんな責任は負えないね。あんたの気持ちの改革まで、面倒見ていられないよ」
あっさりとギルは青年の懇願を拒否した。
「俺たちが正義だから領主を倒すわけじゃない。依頼を貰った上で、そうしたいからそうするんだ。自分が正しいと思ったことが、他の人にも正しいなんて誰が保証できる?」
肩をすくめて続ける。
「それにな、そういうものは誰かに教わるもんじゃないだろう。・・・・・・あんたが今の村の状況に疑問を抱いているんなら、もう答えは出てるんじゃないのか」
「・・・・・・ええ・・・・・・そう、ですね。私はいつも人に流されてばかりだったのかもしれません」
冒険者たちは「お気をつけて」と青年に見送られ、森の東にある城へと向かったのだった。
追ってきた馬の足跡は、完全に他の動物のそれに紛れてしまっている。
おまけに泉へ水を飲みに来たらしい熊とも一戦を交えて、ますます跡が分からなくなってしまった。
「見失ってしまったわね」
「・・・どう思う。本当にあの女の子がさらわれていたとして、今回の依頼と関係があると思うか?」
静かにアレクが問題を提議すると、ジーニが厳しい表情で彼を見やった。
「依頼人は曖昧に『村を救ってくれ』と言うだけだったわ。なにがなんだか分からないから調査をしていたら、これよ」
杖の先でぐちゃぐちゃになってしまった蹄の跡を突付く。
「関連性があるとみるのが妥当か。辺境の村で、同じ時期に、二つの事件が平行して起こる可能性というのも考えがたいしな」
「・・・・・・で、手がかりを失ったわけだけど」
どうする、と一同は顔を見合わせた。
ぽつりとアウロラが、
「村長の口を割ることが出来れば、話は早いんですがね」
と言うのを聞いて、ジーニは「アンタ時々怖いわよね・・・」とやや青褪めながら応えた。
「口を割らせるのは村長じゃなくてもいいでしょう。村人もある程度事情を知っているはずよ」
ジーニが注目したのは、こんな田舎の村にありがちな性質だった。
隣家の子供が風邪を引いた程度のことが、すぐ閉鎖的な村の噂になることを彼女は今までの冒険で学んでいる。
何か異常が起こったとしたら、それを一人で隠し通すのは至難の業であることも。
こうした片田舎では、横のつながりが強い。貧困と戦う為の手段でもあるから、仕方ない面がある。
「さて、どうするかね。ガキのことを考えると、あまり時間はねえな・・・・・・」
とエディンは嘯いた。
「村に戻ろう。最初の木こりでも誰でもいい、子供がいなくなったことを言えば、協力する大人がいるかもしれない」
リーダーの決定に皆が頷き、移動を始めたが・・・・・・。
シュッ!!!と鋭い音が森の中を横切った。
それが何かと正体を当てる前に、アレクが咄嗟に抜き放った≪黙示録の剣≫で切り払う。狩猟用の矢だった。
アウロラの足元に落ちたところをみると、本を抱えただけの軽装に見える彼女をわざわざ狙ったのか。
「誰だ!」

誰何の声に、慌てたらしい人影が森の奥へと消えていく。
「追うぞ!立てるか」
「――いえ、かすりもしなかった。たいした技量ではありません。あれは村人ですね・・・・・・」
見やれば、すでにエディンとギルが走り出している。他のメンバーも急いで後を追った。
10分と経たないところで、ギルと同年代くらいに見える青年がうずくまっている。
「うっ・・・・・・くっ」
足を庇うようにしたその様子から、おそらく足元の木の根に引っ掛け、逃げ遅れたのだろう。
彼の手には弓もあった。
「敬虔な僧侶を狙ったりするからこんなことになるんです」
「さて。吐いてもらいましょうか。どういうつもりか」
ジーニが杖の先の髑髏で、青年の顎を掬うようにして言った。
「・・・・・・誰が、あんたたちなんかに」
「あぁん?今なんつった、この青二才。焼肉にするぞ」
「ジーニ、落ち着け。ミナスがいるぞ」
エディンが黒いローブに包まれた肩をとんとんと叩いて抑える。
ドスのきいたジーニの声にびびったか、青年は冷や汗を掻いていた。
「アウロラ、アレク。ミナス連れて下がっていてくれ。エディン、ジーニ」
「皆まで言うなよ、リーダー」
「ここは大人のお仕事よ。ねえ?」
顔色を窺って一番いい手段を選ぶのがエディン、直接脅すのがジーニ・・・ギルは二人の護衛だ。
「おとなしく吐いてくれなきゃ、痛い目を見ることになるわね。・・・・・・どんな風に痛い目を見るか知りたい・・・・・・?」
「・・・・・・・・・」
「冒険者なんてやってると、色んな知識が身につくものでね。たとえば」
ジーニは杖で青年の右手を押さえつつ続ける。
「指と爪の間、眼球、足の裏。そんな場所を責められたら、大の大人でさえ泣き叫ぶそうよ。・・・・・・試してみる?」
「・・・・・・っ!」
青年の顔に脅えが走った。後ずさろうとするが、背後を押さえたエディンがそれを許さない。
ジーニが畳み掛けるように脅しを続けると、青年は声にならない悲鳴をあげた。
首をぶんぶんと左右に振っている。
(おい、そろそろやりすぎだぞ)
(さっきの憂さ晴らしに決まってるじゃない、やーねー)
大人コンビは目線で会話をしつつ、青年の脅迫、いや情報収集を続ける。
「・・・・・・セシルという女の子が姿を消したわ」
青年が息を呑むのが分かった。彼は冒険者を見上げ、言葉の続きを見守っている。
「知っているでしょう?村の女の子よ。彼女の持っていた人形だけが、置き去りにされていた」
協力してくれないか、というジーニの発言に青年はしばらく黙っていたが。
「・・・・・・。俺の末の弟はセシルのことを好いていた・・・・・・」
青年は憂いを帯びた目を地面に落とした。諦めたような溜息が漏れる。
「村のためを思うのなら、協力して。力の及ぶかぎり、あんたたちを助けると約束するわ」
「・・・・・・・・・」
青年は長い間うつむき、葛藤しているようだったが、やがて顔をあげるとついに深く頷いた。
離れていた仲間を呼び戻し、青年からこの村の事情を聞き取ったが――なんとも無残なものだった。

一昨年の秋頃からだった。
この土地の領主であるオーギュストによって、近隣の村もこの村も子供がさらわれているという。
領主はとかく蛮勇で知られた男で、敵国でも恐ろしいと噂に上るほどだったのだが、先ごろ、領主の弟が乱心して国王に切り掛かったかどで処刑され、オーギュスト自身も地位を剥奪されて、財産の多くを没収されてしまったらしい。
この森の東にある城ひとつ、それがオーギュストにお情けで残されたものだった。いくつも所領を賜っていた身としては、とんでもない屈辱であろう。
しかし、それは村人になんら関係のないこと。
重要なのは、あの城に連れてゆかれて帰ってきた子供が、一人もいないということなのだ・・・・・・。
「なーんで抵抗しないのよ?っていうか、国に訴え出ることはしないの?」
「厳密に言えばもう領主ではありません。が、実際は、あの御方は今でもこの土地の領主なのです」
「どういうことだ?」
アレクが問いかける。
「表立っては、あの御方は全てを失い、ただの平民に身分を落とした、ということになってはいます。しかしお国はその武勲を無視できなかったのでしょう。一城とこの貧しい村々をあの御方に残されました」
「・・・・・・つまり、この村は国からオーギュストに捧げられた生贄だと?」
青年は力なく頷いた。
「私達、村人にとって領主というのは・・・・・・神にも等しい存在なのです。逆らうなんて・・・・・・考えるのも恐ろしいことです・・・・・・」
「ケ、なーにが神様だよ。悪ィが、俺から言わせればただの寄生虫だ」
エディンは、ペッ!と地面に唾を吐く。
「王も領主も自分が一番偉いなんてツラをしているが、その実、民がいなけりゃ成り立たないのはあっちだろ。どれだけ賢君と呼ばれようと、結局は民から搾取する立場であることに変わりはない。効率の問題くらいさ。それをはきちがえて、頭がおかしくなる奴の多さときたら!反吐がでるね」
そこまで鋭い口調で言い募ると、それ以上彼は語ろうとしなかった。
しかし、他の仲間たちには分かっていた――バルツの街の領主、トラップ男爵。
エディンの一番弟子や他の冒険者たちを楽しみの為に殺していた貴族、彼もまた、自分を神と間違えた人間だった・・・。
話の向きを変えようと、ギルは依頼人の男性について尋ねてみる。
「この、翡翠のペンダントくれた奴なんだけど」
「・・・・・・彼だけが・・・・・・『助けを求めるべきだ』と言っていました。いくらオーギュスト様といえども、こんな横暴は許されるべきではない、と。・・・・・・私たちは彼が恐ろしかった」
「いいこと言ってるじゃん」
「たとえ何をされても、私達はただ奴隷のようにあの御方のために働き、そして耐えるしかないんです。今までだってずっとそうしてきた。なのに今更、何を言い出すのかと。焦った村人達が村長の命を受けて、・・・・・・彼を襲いました」
「やれやれ・・・」
アレクは困ったように頬を掻いた。薄々は察していたものの、なんともやりきれない。
ギルが依頼人の男の死に際について話をすると、青年は涙ぐんだ。
「彼は・・・・・・死の間際まで子供たちのことを・・・・・・私達のしたことはやはり間違っていたのでしょうか・・・・・・」
がっくり項垂れていた青年が、ふと頭を上げて縋るような目線で話を続けた。
「あなたがたは・・・・・・やはりオーギュスト様を・・・・・・」
「倒すことになるでしょうね。依頼内容は『この村を救うこと』だった」
「けど、この国を敵に回すことにはならねえのかな」
エディンが心配しているのはそこだった。オーギュストを退治する事に関しては、彼は躊躇いはない――問題は後ろ盾の方である。
確たる後ろ盾のない者たちが貴族に手を出すのは、後が面倒になるケースが圧倒的に多い。できることなら、対立している貴族や国、あるいは教会勢力なりのバックアップがあるのが望ましかった。
だが、それを青年は小さな声で否定した。
「・・・・・・その心配はないと思います。さっきも言ったとおり、あの御方は本当はもう領主ではありませんし。国と各領のつながりも希薄です」
「・・・あの山奥の廃教会の魔術師といい、今度の件といい、この国マジで大丈夫か」
エディンはふと遠い目になった。
青年はといえば、「恐ろしい」だの「本当にあのオーギュスト様を」だの繰り返している。
よほどに今の奴隷に等しい生活が身についてしまっているものか、抵抗するという考えそのものが頭に浮かばないらしい。
羊皮紙の切れ端を取り出したギルが、「要点を纏めよう」と小型の羽ペンを手に取った。
「そんじゃ、エディンから発言どうぞ」
「城に子供たちが連れて行かれている、と。食料や雑貨を運ぶ人以外は、入城を禁じられているわけだ」
「だから、内部がどうなってるかは分からない・・・ってことだよね。慎重にいかないと」
「・・・ここ数年兵士の姿を見た者がいないというのは、おそらく解雇されたんだろう」
「戦で恐れられていたわけですから、領主と一対一になったら危ないでしょうね」
「なるべくそうならないことを祈っておいてね、アンタの神様に」
分かりやすく現状を把握した”金狼の牙”一行は、「さて!じゃあ行くか!」というギルの号令に立ち上がった。
「・・・・・・皆さん」
青年がそれを呼び止める。
「私はまだ・・・・・・、領主様に逆らうなんて愚かなことだという気がします。けれど、もし皆さんが、本当に成功したのなら。・・・・・・きっとそれは正しいことなのでしょうね」
「は?何言ってんの?」
ギルは首を傾げた。
「こんな状況に甘んじているのはおかしいと、間違いなのだと。皆さんが証明しては下さいませんか・・・・・・」
「そんな責任は負えないね。あんたの気持ちの改革まで、面倒見ていられないよ」
あっさりとギルは青年の懇願を拒否した。
「俺たちが正義だから領主を倒すわけじゃない。依頼を貰った上で、そうしたいからそうするんだ。自分が正しいと思ったことが、他の人にも正しいなんて誰が保証できる?」
肩をすくめて続ける。
「それにな、そういうものは誰かに教わるもんじゃないだろう。・・・・・・あんたが今の村の状況に疑問を抱いているんなら、もう答えは出てるんじゃないのか」
「・・・・・・ええ・・・・・・そう、ですね。私はいつも人に流されてばかりだったのかもしれません」
冒険者たちは「お気をつけて」と青年に見送られ、森の東にある城へと向かったのだった。
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Sat.
子供狩り 2 
通りに人の姿は見当たらない。家々もまばらで、閑散とした村だ。
夜闇の濃さが増しているのに対し、明かりのついた家が一軒もないのが気にかかる。
「ここに降りてくるまでは、廃村って可能性も考えてたんだが」
エディンが言う。
「どうも違ったみたいだな。道に足跡がある」
生活感はある。人が住んでいる気配もある。
しかし、どこか打ち捨てられたみたいな雰囲気がこの村全体を覆っていた。
エディンは玄関先に農具が出しっぱなしになっている民家へと近づいた。
ノックしてしばらく待ってみたが、扉が開かれることはない。
やむを得ず、彼らは村の奥へと進んでみた。
「・・・・・・・・・・・・!」
斧を抱えた木こりらしき男は、冒険者たちを見て青褪め、呼びとめる間もなくそそくさと立ち去ってしまった。
「今のなあに?」
「色々後ろ暗いことが起きてますよって、宣伝してるようなものよ。・・・おおっと!?」
ミナスの疑問に答えていたジーニの腰に、不意に狭い道から突然飛び出してきた幼女がぶつかった。
「きゃ!」
幼女が青い洋服を着たぼろぼろの人形を取り落とす。
ギルがそっと拾い上げて渡すと、表情がみるみる明るいものへと変わっていった。
冒険者が彼女の宝物を横取りするものと思っていたらしい。
「ありがとう・・・。ねえ、お兄ちゃん達、変な格好だね。どこから来たの?」
「リューンだよ。この村の人に、頼まれごとをされてね」

「ふうん。ねえお兄ちゃん、セシルと一緒に遊ぼうよ。もう一人で遊ぶのいやだよ」
幼女はつま先立ちをしながら、ギルの袖を引いてくる。動物と子供にはもてる男である。
「ごめんな。ちょっとばかり、やらなくちゃいけないことがあるんだ。それが終わったら、な」
「ほんと、ほんとに?ぜったいよ」
「お嬢さん、村長さんの家がどこにあるか知りませんか?」
アウロラは子供と目線が合うように屈みこんで訊ねてみた。
この村で一番偉い人のことだ、と注釈をつけると、幼女は「グレアムのお爺ちゃんのことね」と言って指を差した。
「そうですか、ありがとうございます。それと・・・・・・もう暗いからそろそろ家にお帰りなさい」
可愛らしいリボンのついた頭を撫でて忠告する。
「・・・人さらいがきちゃいますよ?」
「・・・・・・」
幼女はくしゃりと顔をゆがめ、身体をひるがえした。
アレクが小首を傾げる。
「・・・アウロラにしては、ずいぶんと脅したな。家まで送っていくのかと思ったが」
「今後のことも考えてですよ。自分で明るい内に帰るように教育しないと、私はここの村人ではありませんから」
話をしながら幼女が指差した方へ歩いていくと、他の家々よりは若干ましな造りの一軒家が見えてきた。
やはり多少はみすぼらしいが、このような小村ではこれが当たり前なのだろう。
エディンが代表してノックしてみると、鷲を思わせる鋭い瞳と深い皺が印象的な老人が出てきた。
彼が村長なのだろう、ジロリと睨んできた。どうやら歓迎されていないらしい。
「・・・・・・なんだね、あんた達は」
「依頼を受けて来た冒険者よ。ある人に『この村を救ってくれ』と頼まれてね」
村長の態度に不審なものを嗅ぎ取ったジーニは、わざとぼかすような言い方を始めた。
「依頼人に心当たりはないかしら?村の者だと思うのだけど。黒髪で色白、それからこんな首飾りを持っていたわ」
ジーニが依頼人の首飾りをじゃらりと手に下げると、村長はぎょろりとした目をいっそう剥き出しにした。
不自然に視線を落としてこう言う。

「・・・・・・さぁ、知らんな。どこの誰だね。そんな妙な依頼をしたのは」
「心当たりがおありのようだけど?」
「そんな男は知らん。そもそも何のことだ。『この村を救ってくれ』、だと?」
村長はふん、と鼻を鳴らして言った。
「見ただろう。ここはいたって普通の村だ。わざわざ冒険者が来るような所ではない」
「ふう・・・・・・そうは言うけど、確かに頼まれたのよね・・・・・・」
両手をわざとらしく広げてジーニが嫌味ったらしく首を振る。
わざわざ杖は脇に挟んでやっているが、村長もその意図が伝わったのか、顔が段々と怒りで赤くなってきた。
「依頼人の様子も尋常じゃなかった。ずぶ濡れで、血相を変えて飛び込んできたのよ」
「知らん、知らん。その男も死に際で気が動転していたんだろう」
意識が朦朧としてあらぬことを口走ったんだと言い募る村長に対して、ジーニの目がキラリと光った。
「あたしは依頼人が瀕死だったなんて、一言も言ってないけど」
「・・・・・・・・・・・・」
「ついでに言えば、依頼人が男だとも言っていないわ。・・・・・・何か知っているわね。村長さん」
語るに落ちたとはまさにこのこと、先程まで赤かったはずの村長の顔はすでに土気色に変わっていた。
「た、単なる間違いだ。『飛び込んできた』などと言うから何となく死にかけと思ったんだ。深い意味はない!」
「へー。男だって分かったのは?」
「不愉快だ!帰ってくれっ!」
村長は年の割に敏捷な足取りで奥に引っ込み、音高くドアを閉めてしまった。
「・・・・・・ふん。ああまであからさまなのも珍しいわね」
「この村に何が起こっているかは、まだ分からないけど。村長が噛んでいると見て間違いないね?」
わざわざジーニが相手を怒らせようとしているのに気付いたミナスが、こてりと首を傾げて言った。
「一枚や二枚はざらに噛んでるわね。あの様子じゃ、ね」
「・・・ふう、それにしても急だったからびっくりしたぜ。アレクの目配せがなかったら、口を出すとこだった」
ギルが深く息を吐いた。
すでに村長の家からいくばくか距離を置いている。
「ごめんごめん、ギルバート。ま、それにしても・・・」
「依頼人が瀕死だったことを知っていたね・・・」
「そう、それよ」
びしっとジーニが杖をミナスに突きつけようとして、流石に行儀が悪いと慌ててやめてから話を続けた。
「早い時点での断定は、視野を狭めることになりかねないけど。あの人が無関係ってことはないでしょうよ」
「もう少し情報を集める必要がありそうだな」
ギルが落ち着かなさげに頭をかいて言った。
「強引に扉を破って、脅して白状させるというのは?」
「いや・・・・・・最後の手段だろ。怪しいというだけで、物的証拠はねェ。まだその段階じゃねェよ」
「いっそ、こっちを攻撃でもしてくれれば、正当に実力行使に出られるんだがな」
半ば本気の口調でアレクが零した。
とりあえず他の村人から情報を得られないか移動してみようと、一行は先ほどの道を引き返した。
「・・・・・・ん?」
幼女が抱えていた人形――ギルが返したはずのそれが、道に落ちている。

「さっきのガキのもんだな。また落としていったんだろ」
かがみこんで人形を拾おうとしながらエディンが言う。
「薄汚れてぼろぼろですね・・・・・・」
「小さい村だもん、当たり前のことじゃない?」
ミナスは自分がいた隠れ里のことを思い出しながら、アウロラに問うた。
決して自分がいた里がこの村のように貧しかったとは思わないが、やはりリューンと比べるとどうしても違いは出てくる。
二人の話を聞きながら、ギルはしゃがんだままのエディンに呼びかけた。
「・・・・・・エディン?」
「・・・・・・・・・・・・」
「何。こんな人形で、一人で遊んでいた女の子に同情でもしているの?」
あなたらしくもない、といったニュアンスを含んだジーニの発言だったが、エディンの返答はごく短かった。
「馬の蹄」
「は?」
ぽかんとアウロラが口を開けてエディンを見やる。
「周囲の地面に蹄の跡がある。ほら、よく見な。点々とあっちへ続いてるだろ」
彼は素人目にも大きいと分かるその跡を指した。
ジーニも近づいて覗き込む。
「装蹄されてるな。野生馬じゃねえ。・・・それから確証はねえが乗り手がいたようにも見える」
「ずいぶん大きくない?」
「ああ。大人の男じゃねえと、乗りこなすのは難しいんじゃねえかな」
エディンの推測によると、蹄の跡は向こうの茂みの方から、こっちへ一直線に続いている。そしてちょうど人形のところで・・・。
「折り返してるな」
「つまり、あの子は何者かにさらわれたと――?」
少し気色ばんだ様子でアレクが言うのに、盗賊は同意した。
「ああ。状況がそれを指し示してるからな。誘拐と考えるのが妥当だな」
「・・・・・・蹄の跡を追える?エディ」
「そうだな・・・・・・難しくはねえよ。午前中に降ってた雨のせいで地面が柔らかいからな」
そして蹄が森の方へと向かっていることを知った”金狼の牙”たちは、追跡を開始した。
夜闇の濃さが増しているのに対し、明かりのついた家が一軒もないのが気にかかる。
「ここに降りてくるまでは、廃村って可能性も考えてたんだが」
エディンが言う。
「どうも違ったみたいだな。道に足跡がある」
生活感はある。人が住んでいる気配もある。
しかし、どこか打ち捨てられたみたいな雰囲気がこの村全体を覆っていた。
エディンは玄関先に農具が出しっぱなしになっている民家へと近づいた。
ノックしてしばらく待ってみたが、扉が開かれることはない。
やむを得ず、彼らは村の奥へと進んでみた。
「・・・・・・・・・・・・!」
斧を抱えた木こりらしき男は、冒険者たちを見て青褪め、呼びとめる間もなくそそくさと立ち去ってしまった。
「今のなあに?」
「色々後ろ暗いことが起きてますよって、宣伝してるようなものよ。・・・おおっと!?」
ミナスの疑問に答えていたジーニの腰に、不意に狭い道から突然飛び出してきた幼女がぶつかった。
「きゃ!」
幼女が青い洋服を着たぼろぼろの人形を取り落とす。
ギルがそっと拾い上げて渡すと、表情がみるみる明るいものへと変わっていった。
冒険者が彼女の宝物を横取りするものと思っていたらしい。
「ありがとう・・・。ねえ、お兄ちゃん達、変な格好だね。どこから来たの?」
「リューンだよ。この村の人に、頼まれごとをされてね」

「ふうん。ねえお兄ちゃん、セシルと一緒に遊ぼうよ。もう一人で遊ぶのいやだよ」
幼女はつま先立ちをしながら、ギルの袖を引いてくる。動物と子供にはもてる男である。
「ごめんな。ちょっとばかり、やらなくちゃいけないことがあるんだ。それが終わったら、な」
「ほんと、ほんとに?ぜったいよ」
「お嬢さん、村長さんの家がどこにあるか知りませんか?」
アウロラは子供と目線が合うように屈みこんで訊ねてみた。
この村で一番偉い人のことだ、と注釈をつけると、幼女は「グレアムのお爺ちゃんのことね」と言って指を差した。
「そうですか、ありがとうございます。それと・・・・・・もう暗いからそろそろ家にお帰りなさい」
可愛らしいリボンのついた頭を撫でて忠告する。
「・・・人さらいがきちゃいますよ?」
「・・・・・・」
幼女はくしゃりと顔をゆがめ、身体をひるがえした。
アレクが小首を傾げる。
「・・・アウロラにしては、ずいぶんと脅したな。家まで送っていくのかと思ったが」
「今後のことも考えてですよ。自分で明るい内に帰るように教育しないと、私はここの村人ではありませんから」
話をしながら幼女が指差した方へ歩いていくと、他の家々よりは若干ましな造りの一軒家が見えてきた。
やはり多少はみすぼらしいが、このような小村ではこれが当たり前なのだろう。
エディンが代表してノックしてみると、鷲を思わせる鋭い瞳と深い皺が印象的な老人が出てきた。
彼が村長なのだろう、ジロリと睨んできた。どうやら歓迎されていないらしい。
「・・・・・・なんだね、あんた達は」
「依頼を受けて来た冒険者よ。ある人に『この村を救ってくれ』と頼まれてね」
村長の態度に不審なものを嗅ぎ取ったジーニは、わざとぼかすような言い方を始めた。
「依頼人に心当たりはないかしら?村の者だと思うのだけど。黒髪で色白、それからこんな首飾りを持っていたわ」
ジーニが依頼人の首飾りをじゃらりと手に下げると、村長はぎょろりとした目をいっそう剥き出しにした。
不自然に視線を落としてこう言う。

「・・・・・・さぁ、知らんな。どこの誰だね。そんな妙な依頼をしたのは」
「心当たりがおありのようだけど?」
「そんな男は知らん。そもそも何のことだ。『この村を救ってくれ』、だと?」
村長はふん、と鼻を鳴らして言った。
「見ただろう。ここはいたって普通の村だ。わざわざ冒険者が来るような所ではない」
「ふう・・・・・・そうは言うけど、確かに頼まれたのよね・・・・・・」
両手をわざとらしく広げてジーニが嫌味ったらしく首を振る。
わざわざ杖は脇に挟んでやっているが、村長もその意図が伝わったのか、顔が段々と怒りで赤くなってきた。
「依頼人の様子も尋常じゃなかった。ずぶ濡れで、血相を変えて飛び込んできたのよ」
「知らん、知らん。その男も死に際で気が動転していたんだろう」
意識が朦朧としてあらぬことを口走ったんだと言い募る村長に対して、ジーニの目がキラリと光った。
「あたしは依頼人が瀕死だったなんて、一言も言ってないけど」
「・・・・・・・・・・・・」
「ついでに言えば、依頼人が男だとも言っていないわ。・・・・・・何か知っているわね。村長さん」
語るに落ちたとはまさにこのこと、先程まで赤かったはずの村長の顔はすでに土気色に変わっていた。
「た、単なる間違いだ。『飛び込んできた』などと言うから何となく死にかけと思ったんだ。深い意味はない!」
「へー。男だって分かったのは?」
「不愉快だ!帰ってくれっ!」
村長は年の割に敏捷な足取りで奥に引っ込み、音高くドアを閉めてしまった。
「・・・・・・ふん。ああまであからさまなのも珍しいわね」
「この村に何が起こっているかは、まだ分からないけど。村長が噛んでいると見て間違いないね?」
わざわざジーニが相手を怒らせようとしているのに気付いたミナスが、こてりと首を傾げて言った。
「一枚や二枚はざらに噛んでるわね。あの様子じゃ、ね」
「・・・ふう、それにしても急だったからびっくりしたぜ。アレクの目配せがなかったら、口を出すとこだった」
ギルが深く息を吐いた。
すでに村長の家からいくばくか距離を置いている。
「ごめんごめん、ギルバート。ま、それにしても・・・」
「依頼人が瀕死だったことを知っていたね・・・」
「そう、それよ」
びしっとジーニが杖をミナスに突きつけようとして、流石に行儀が悪いと慌ててやめてから話を続けた。
「早い時点での断定は、視野を狭めることになりかねないけど。あの人が無関係ってことはないでしょうよ」
「もう少し情報を集める必要がありそうだな」
ギルが落ち着かなさげに頭をかいて言った。
「強引に扉を破って、脅して白状させるというのは?」
「いや・・・・・・最後の手段だろ。怪しいというだけで、物的証拠はねェ。まだその段階じゃねェよ」
「いっそ、こっちを攻撃でもしてくれれば、正当に実力行使に出られるんだがな」
半ば本気の口調でアレクが零した。
とりあえず他の村人から情報を得られないか移動してみようと、一行は先ほどの道を引き返した。
「・・・・・・ん?」
幼女が抱えていた人形――ギルが返したはずのそれが、道に落ちている。

「さっきのガキのもんだな。また落としていったんだろ」
かがみこんで人形を拾おうとしながらエディンが言う。
「薄汚れてぼろぼろですね・・・・・・」
「小さい村だもん、当たり前のことじゃない?」
ミナスは自分がいた隠れ里のことを思い出しながら、アウロラに問うた。
決して自分がいた里がこの村のように貧しかったとは思わないが、やはりリューンと比べるとどうしても違いは出てくる。
二人の話を聞きながら、ギルはしゃがんだままのエディンに呼びかけた。
「・・・・・・エディン?」
「・・・・・・・・・・・・」
「何。こんな人形で、一人で遊んでいた女の子に同情でもしているの?」
あなたらしくもない、といったニュアンスを含んだジーニの発言だったが、エディンの返答はごく短かった。
「馬の蹄」
「は?」
ぽかんとアウロラが口を開けてエディンを見やる。
「周囲の地面に蹄の跡がある。ほら、よく見な。点々とあっちへ続いてるだろ」
彼は素人目にも大きいと分かるその跡を指した。
ジーニも近づいて覗き込む。
「装蹄されてるな。野生馬じゃねえ。・・・それから確証はねえが乗り手がいたようにも見える」
「ずいぶん大きくない?」
「ああ。大人の男じゃねえと、乗りこなすのは難しいんじゃねえかな」
エディンの推測によると、蹄の跡は向こうの茂みの方から、こっちへ一直線に続いている。そしてちょうど人形のところで・・・。
「折り返してるな」
「つまり、あの子は何者かにさらわれたと――?」
少し気色ばんだ様子でアレクが言うのに、盗賊は同意した。
「ああ。状況がそれを指し示してるからな。誘拐と考えるのが妥当だな」
「・・・・・・蹄の跡を追える?エディ」
「そうだな・・・・・・難しくはねえよ。午前中に降ってた雨のせいで地面が柔らかいからな」
そして蹄が森の方へと向かっていることを知った”金狼の牙”たちは、追跡を開始した。
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Sat.
子供狩り 1 
「ほんによう降りますなあ」
と、その老婆は言った。
エディンが頷く。
「全くだな」
「こないな中に雨ざらしにされたら、いくら冒険者でも病気になってしまいますじゃろ」
「・・・・・・っくしゅん」
小さなエルフのクシャミを聞きつけたか、老婆はお盆にご飯を載せて運んできてくれた。まだ湯気が立っている。
「ほら、これでも食べて身体あったこうして。夕飯の残り物なんじゃがね」
窓の外の闇は深く、雲間を窺い知ることは出来ない。
先程から雨が、強く弱く窓硝子を叩いている。
「――うん、美味い。身体が芯から暖まるみたいだ」
ギルがかっ込むようにしてシチューを摂取している。
彼がむせないよう注意しつつ、アウロラがお礼を言った。
「すみません、ご婦人。こんな夜更けに押しかけてきて食事まで頂いてしまって」
「ほほほ。困っている旅の人に閉ざす戸なんぞありませんよ。ゆっくりしておいき」

質素な山小屋だ。丸太の壁がところどころ腐りかけている。
かろうじて雨漏りは防ぐことが出来ているようだが、アレクは食事を済ませたら修繕を申し出てみようと思った。
懐の中の雪精トールが、老婆には聞こえない程度の声で「暖炉近づかんといてやー」と抗議している。
「お前は俺に風邪を引かせたいのか」
「そんなんじゃあらへんわ。でも火気厳禁いうたやろ」
「前向きに善処する」
そう言って、木のスプーンを手に取った。
湯気を立てているシチューは、口に含むと、じゃがいもがさくりと溶ける。美味だ。
「明日は、雨さえ降ってなきゃ、街道に出るまで・・・・・・」
「そうね、四半刻というところかしら。リューンももう遠くないわね」
大人コンビがそう会話を交わした。
あの山奥の廃墟に潜んでいた魔術師ヨハンの事件を終えての帰り道、”金狼の牙”たちは思いがけず雨に降られた。
あいにく宿など望むべくもない山中だったので雨ざらしの覚悟を決めていたところ、この山小屋を見つけたのである。
「ほんに酷い雨。こんな夜はあったこうして、早う寝らんと。人さらいも来てしまいますしのう」
「人さらい・・・・・・?」
アレクが聞き返し、夜盗でも出るのかとアウロラが訊ねた。
有り得ないことではないように思われる。
人家もまばらな山中である。そうした行為はやりやすいだろう。
しかし老婆は、黄色い歯を見せて笑った。
「おやまあ、私ったら、よう考えもせんと物騒なことを口走ってもうた」
「おばあちゃん、本当に人さらいがいるの?」
「この辺りではよう言うんじゃ。「夜に雨が降ると人さらいが来る」、いう風に。意味なんぞ無い、雨が降ったときの決まり文句みたいなものじゃよ」
いたいけな子どもの質問に、老婆はそう答えた。
わらべうたにもあるのだと、ゆっくり彼女はこの地方に伝わる動揺を歌い出した。
雨音を伴奏に、しゃがれた声が細く響きはじめる。――随分と物騒な歌詞だ。
「ずいぶん不気味な歌だな。童謡には、あまり適していないようにも思えるけど」
「似たような歌なら知ってるぜ。そっちでは、子供をさらうのはオーガだけどな」
思ったことを素直に口にしたギルに、アレクが続けて意見を言う。
「たぶん、暗くなっても遊びたがる子供を、怖がらせて帰らせる為にあるんだろう」
遊びざかりの子供に業を煮やした母親苦心の作だ、と言いながらアレクはミナスの頭を撫でた。この子が母親と別れて冒険者になってから、かなり時間が経つ。そろそろ再会できれば・・・そう考えているアレクの心中を知らず、老婆はまたもや笑った。
「ほっほっほっ。そんな見方もありますじゃろなあ」
老婆は、しかしこの歌はまるっきりの作り物ではなく、昔に実際起きた話だと主張した。
母親から小さい子が何人もいなくなってしまう事件があったとか――アレクは首をすくめた。
「それでこんな恐ろしげな歌詞、か」
「歌のとおりに人さらいか、それともオーガの仕業かもね。子供が巻き込まれる事件は痛ましいわ・・・・・・」
「・・・・・・ジーニでもそう思うのか?」
「・・・アンタ、あたしをなんだと思ってるわけ?」
にらみ合いが始まったアレクとジーニを余所に、老婆は静かに首を横に振った。
「怖い歌じゃが・・・・・・その裏に、二度とそんな事を繰り返してはならんという想いを感じるのう」
「そうですね・・・」
「忘れてしまわんように歌にしたのかもしれん。人間はすぐ忘れてしまいよるからのう」
話が一段落して、冒険者は小さく息をついた。
ミナスは冷めたシチューに気付いて、意味もなくスプーンでくるりと掻き回してみる。
雨脚が弱まる気配はない。
窓を叩く大粒の雨を見ながら、ミナスは明日の天気を危ぶんでいた。
ずいぶんとウンディーネが活発になっている――やはり雨ざらしは逃れられないのかも知れない。
その時、トタタタ、ギィイイイ・・・・・・という音がして、誰かが山小屋に飛び込んできた。
「はぁ・・・・・・はぁ、はぁ・・・・・・」
突然の闖入者に視線が集中する。男はずぶ濡れで、荒い息をついていた。
男は、身体を引きずりながら家へあがろうとしたが、精根尽き果てたようにその場へ倒れ込んでしまう。
「おやまあ、大変!すぐに湯を沸かさにゃあ」
(・・・・・・血の匂い?)
エディンが眉を顰める。鉄錆のような生臭いその匂いは、恐らく彼がもっとも敏感である。
「長いこと雨の中にいたんじゃろ、こんなに身体が冷えてしもうて・・・・・・ひっ」
老婆が息を呑んだ。男の腹部から、赤い滴りが染み出していたからである。
アウロラが急いで駆け寄り治療を施そうとしたが、既に死すべき運命の身体に法術は発動しなかった。
「・・・・・・酷い。刃物で腹をえぐられて内臓がはみ出しかかっています。これは、もう・・・・・・」
「あ、ぁ・・・・・・あんたたち、あんたたちは、そのなりは・・・・・・冒険者かい?」
「ええ、そうです」
「頼む、村を・・・・・・俺の村を、救ってやってくれ・・・・・・」
男の息がひゅうひゅうと掠れ出す。懸命に言葉を紡ごうとしているが、音にならない。
「しっかり。話を聞きます。あなたの村が、どうしたというんです?」
「こ・・・・・・子供が・・・・・・子供たちが・・・・・・俺は、俺なんか、俺一人の命・・・・・・なんか、喜んで・・・・・・捧げ・・・・・・でも、子供たち・・・・・・が」
アウロラの握った男の手が、異様なまでに強く震える。もう長くない。
「た、耐えられない。村は・・・・・・東に山を一つ越えたところに・・・・・・こ、これを報酬に・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
男の身体はぴくりとも動かなくなった。
アウロラは瞳を覗き込み、しばらく黙した後、首を振った。そして開いたままの目を閉じさせる。
男が差し出したままの手の中には、鈍く光る首飾りがあった。
詳しい価値は調べてみなければ分からないが、いくばくかの金にはなるだろう。
老婆は、がたがたと震えながら男の死体を凝視している。無理もない。暴力による死を見るのは初めてなのだろう。
「・・・・・・まさかこんな形で依頼をされるとはね」
ほう、とミナスが息をついた。
シチュー皿をゆっくりテーブルに戻したジーニが、全員の顔を見回して言う。
「分かっていると思うけど・・・・・・これは正式な依頼じゃない。宿を通していないし、第一詳細すらよく分からない。死なれてしまったものね・・・」
彼女は視線をゆっくりとギルに定めて訊いた。
「・・・・・・それでも、行くというなら止めないわ。どうするの」
「行くさ。子供が巻き込まれる事件は痛ましい、だろ?」
ギルは片目を瞑ってみせた。
――翌日。
早朝に出発した”金狼の牙”たちは、山一つ分の長い道のりを歩き続け、ようやく目的の村を前にしていた。
ジーニが軽く手をかざして前方を示す。
「暗くてよく分からないけど、向こうに人家のようなものが見えない?」
「どれ?・・・・・・ああ、本当、村だ。どうやら辿り着いたみたいだな」

頭上には薄紫色の暗雲が垂れ込め、辺りはすでに夜の気配を孕んでいる。
ゆうべ一晩中続いた雨も今は止んでいるが、いつ降りだしてもおかしくない天気だ。
あまりここを行き来する者もいないのだろう、道らしき道もない。
「・・・・・・妙ね」
「ん?」
ジーニの呟きに、ギルが振り返る。
「いつの間にか、村はすぐそこなのね。どうしてこれほど近くに来るまで村に気付かなかったのかしら?」
「どうして・・・・・・って、こんなに暗いんじゃ、気づくわけないでしょ。ここまで来てようやく家らしき輪郭が見えるんだから」
ジーニの疑問を、ストレートに物事を捉えるミナスがそう断定しようとして――気付いた。
「・・・・・・ううん。そうか。村に明かりがついていないんだ」
「日が沈んでからまだそう経っていないけど、この天気だもの。明かりをつけるのが普通だと思うけど・・・・・・」
”金狼の牙”たちは村の方角を睨むように見つめた。
明かりのついた家はただの一軒もない。
意を決したようにギルが歩き出し、他の者も後に続いた。
と、その老婆は言った。
エディンが頷く。
「全くだな」
「こないな中に雨ざらしにされたら、いくら冒険者でも病気になってしまいますじゃろ」
「・・・・・・っくしゅん」
小さなエルフのクシャミを聞きつけたか、老婆はお盆にご飯を載せて運んできてくれた。まだ湯気が立っている。
「ほら、これでも食べて身体あったこうして。夕飯の残り物なんじゃがね」
窓の外の闇は深く、雲間を窺い知ることは出来ない。
先程から雨が、強く弱く窓硝子を叩いている。
「――うん、美味い。身体が芯から暖まるみたいだ」
ギルがかっ込むようにしてシチューを摂取している。
彼がむせないよう注意しつつ、アウロラがお礼を言った。
「すみません、ご婦人。こんな夜更けに押しかけてきて食事まで頂いてしまって」
「ほほほ。困っている旅の人に閉ざす戸なんぞありませんよ。ゆっくりしておいき」

質素な山小屋だ。丸太の壁がところどころ腐りかけている。
かろうじて雨漏りは防ぐことが出来ているようだが、アレクは食事を済ませたら修繕を申し出てみようと思った。
懐の中の雪精トールが、老婆には聞こえない程度の声で「暖炉近づかんといてやー」と抗議している。
「お前は俺に風邪を引かせたいのか」
「そんなんじゃあらへんわ。でも火気厳禁いうたやろ」
「前向きに善処する」
そう言って、木のスプーンを手に取った。
湯気を立てているシチューは、口に含むと、じゃがいもがさくりと溶ける。美味だ。
「明日は、雨さえ降ってなきゃ、街道に出るまで・・・・・・」
「そうね、四半刻というところかしら。リューンももう遠くないわね」
大人コンビがそう会話を交わした。
あの山奥の廃墟に潜んでいた魔術師ヨハンの事件を終えての帰り道、”金狼の牙”たちは思いがけず雨に降られた。
あいにく宿など望むべくもない山中だったので雨ざらしの覚悟を決めていたところ、この山小屋を見つけたのである。
「ほんに酷い雨。こんな夜はあったこうして、早う寝らんと。人さらいも来てしまいますしのう」
「人さらい・・・・・・?」
アレクが聞き返し、夜盗でも出るのかとアウロラが訊ねた。
有り得ないことではないように思われる。
人家もまばらな山中である。そうした行為はやりやすいだろう。
しかし老婆は、黄色い歯を見せて笑った。
「おやまあ、私ったら、よう考えもせんと物騒なことを口走ってもうた」
「おばあちゃん、本当に人さらいがいるの?」
「この辺りではよう言うんじゃ。「夜に雨が降ると人さらいが来る」、いう風に。意味なんぞ無い、雨が降ったときの決まり文句みたいなものじゃよ」
いたいけな子どもの質問に、老婆はそう答えた。
わらべうたにもあるのだと、ゆっくり彼女はこの地方に伝わる動揺を歌い出した。
雨音を伴奏に、しゃがれた声が細く響きはじめる。――随分と物騒な歌詞だ。
「ずいぶん不気味な歌だな。童謡には、あまり適していないようにも思えるけど」
「似たような歌なら知ってるぜ。そっちでは、子供をさらうのはオーガだけどな」
思ったことを素直に口にしたギルに、アレクが続けて意見を言う。
「たぶん、暗くなっても遊びたがる子供を、怖がらせて帰らせる為にあるんだろう」
遊びざかりの子供に業を煮やした母親苦心の作だ、と言いながらアレクはミナスの頭を撫でた。この子が母親と別れて冒険者になってから、かなり時間が経つ。そろそろ再会できれば・・・そう考えているアレクの心中を知らず、老婆はまたもや笑った。
「ほっほっほっ。そんな見方もありますじゃろなあ」
老婆は、しかしこの歌はまるっきりの作り物ではなく、昔に実際起きた話だと主張した。
母親から小さい子が何人もいなくなってしまう事件があったとか――アレクは首をすくめた。
「それでこんな恐ろしげな歌詞、か」
「歌のとおりに人さらいか、それともオーガの仕業かもね。子供が巻き込まれる事件は痛ましいわ・・・・・・」
「・・・・・・ジーニでもそう思うのか?」
「・・・アンタ、あたしをなんだと思ってるわけ?」
にらみ合いが始まったアレクとジーニを余所に、老婆は静かに首を横に振った。
「怖い歌じゃが・・・・・・その裏に、二度とそんな事を繰り返してはならんという想いを感じるのう」
「そうですね・・・」
「忘れてしまわんように歌にしたのかもしれん。人間はすぐ忘れてしまいよるからのう」
話が一段落して、冒険者は小さく息をついた。
ミナスは冷めたシチューに気付いて、意味もなくスプーンでくるりと掻き回してみる。
雨脚が弱まる気配はない。
窓を叩く大粒の雨を見ながら、ミナスは明日の天気を危ぶんでいた。
ずいぶんとウンディーネが活発になっている――やはり雨ざらしは逃れられないのかも知れない。
その時、トタタタ、ギィイイイ・・・・・・という音がして、誰かが山小屋に飛び込んできた。
「はぁ・・・・・・はぁ、はぁ・・・・・・」
突然の闖入者に視線が集中する。男はずぶ濡れで、荒い息をついていた。
男は、身体を引きずりながら家へあがろうとしたが、精根尽き果てたようにその場へ倒れ込んでしまう。
「おやまあ、大変!すぐに湯を沸かさにゃあ」
(・・・・・・血の匂い?)
エディンが眉を顰める。鉄錆のような生臭いその匂いは、恐らく彼がもっとも敏感である。
「長いこと雨の中にいたんじゃろ、こんなに身体が冷えてしもうて・・・・・・ひっ」
老婆が息を呑んだ。男の腹部から、赤い滴りが染み出していたからである。
アウロラが急いで駆け寄り治療を施そうとしたが、既に死すべき運命の身体に法術は発動しなかった。
「・・・・・・酷い。刃物で腹をえぐられて内臓がはみ出しかかっています。これは、もう・・・・・・」
「あ、ぁ・・・・・・あんたたち、あんたたちは、そのなりは・・・・・・冒険者かい?」
「ええ、そうです」
「頼む、村を・・・・・・俺の村を、救ってやってくれ・・・・・・」
男の息がひゅうひゅうと掠れ出す。懸命に言葉を紡ごうとしているが、音にならない。
「しっかり。話を聞きます。あなたの村が、どうしたというんです?」
「こ・・・・・・子供が・・・・・・子供たちが・・・・・・俺は、俺なんか、俺一人の命・・・・・・なんか、喜んで・・・・・・捧げ・・・・・・でも、子供たち・・・・・・が」
アウロラの握った男の手が、異様なまでに強く震える。もう長くない。
「た、耐えられない。村は・・・・・・東に山を一つ越えたところに・・・・・・こ、これを報酬に・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
男の身体はぴくりとも動かなくなった。
アウロラは瞳を覗き込み、しばらく黙した後、首を振った。そして開いたままの目を閉じさせる。
男が差し出したままの手の中には、鈍く光る首飾りがあった。
詳しい価値は調べてみなければ分からないが、いくばくかの金にはなるだろう。
老婆は、がたがたと震えながら男の死体を凝視している。無理もない。暴力による死を見るのは初めてなのだろう。
「・・・・・・まさかこんな形で依頼をされるとはね」
ほう、とミナスが息をついた。
シチュー皿をゆっくりテーブルに戻したジーニが、全員の顔を見回して言う。
「分かっていると思うけど・・・・・・これは正式な依頼じゃない。宿を通していないし、第一詳細すらよく分からない。死なれてしまったものね・・・」
彼女は視線をゆっくりとギルに定めて訊いた。
「・・・・・・それでも、行くというなら止めないわ。どうするの」
「行くさ。子供が巻き込まれる事件は痛ましい、だろ?」
ギルは片目を瞑ってみせた。
――翌日。
早朝に出発した”金狼の牙”たちは、山一つ分の長い道のりを歩き続け、ようやく目的の村を前にしていた。
ジーニが軽く手をかざして前方を示す。
「暗くてよく分からないけど、向こうに人家のようなものが見えない?」
「どれ?・・・・・・ああ、本当、村だ。どうやら辿り着いたみたいだな」

頭上には薄紫色の暗雲が垂れ込め、辺りはすでに夜の気配を孕んでいる。
ゆうべ一晩中続いた雨も今は止んでいるが、いつ降りだしてもおかしくない天気だ。
あまりここを行き来する者もいないのだろう、道らしき道もない。
「・・・・・・妙ね」
「ん?」
ジーニの呟きに、ギルが振り返る。
「いつの間にか、村はすぐそこなのね。どうしてこれほど近くに来るまで村に気付かなかったのかしら?」
「どうして・・・・・・って、こんなに暗いんじゃ、気づくわけないでしょ。ここまで来てようやく家らしき輪郭が見えるんだから」
ジーニの疑問を、ストレートに物事を捉えるミナスがそう断定しようとして――気付いた。
「・・・・・・ううん。そうか。村に明かりがついていないんだ」
「日が沈んでからまだそう経っていないけど、この天気だもの。明かりをつけるのが普通だと思うけど・・・・・・」
”金狼の牙”たちは村の方角を睨むように見つめた。
明かりのついた家はただの一軒もない。
意を決したようにギルが歩き出し、他の者も後に続いた。
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