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落日の鎮魂歌 5  

「・・・・・・・・・。生きて・・・・・・る・・・・・・?――!」
「う・・・。ぐ・・・・・・」
「じい様!」

 ギルが叫ぶ。

「・・・父、さん・・・?な・・・ぜ・・・」

 ”金狼の牙”たちの身代わりとなって魔術師の攻撃を受けた老人は、苦しげに息を吐きながら、小さく呻いた。

「ヨ・・・ハン・・・。おぬしは、おぬしは・・・。優しい・・・優しい子じゃ・・・」

 老人の血に塗れた手が、愛しげに魔術師ヨハンへ向けられる。

「人を・・・傷つけてはならぬと・・・。ずっと・・・昔から・・・教えておったじゃろ・・・?」
「父さん!私のことがわかるのか!?父さん!!」
「よおく・・・よおく、わかるよ・・・。わしの、かわいい、ヨハン・・・」
「父・・・さ・・・ん・・・・・・」

 魔術師は頭を垂れて、崩れ落ちた老人の手を握り締める。
 老人がもう余命幾許も無いことは誰の目から見ても明らかであった。

「わしの・・・せいじゃ・・・。心弱く・・・空想に逃げ込んだ、わしの・・・」
「じい様・・・」
「冒険者どの・・・。どうか、ヨハンを・・・。責めずにやっておくれ・・・」
「・・・父さん?父さん・・・。父・・・さ・・・――――」

 それきり、老人は動かなくなった。
 もはや、ギルにはどうすることもできない。力無き我が身を痛感して、ギルは唇を噛み締めた。

「・・・帰れ・・・」

 魔術師は、消え入りそうな声でそう呟く。
 全ての力を使い果たしたかのように、その姿はひどく頼りない。
 不意に、アウロラが老人と魔術師の傍に膝をついた。

「・・・これを、あなたに」

 先ほど老人から預かった古びた十字架を取り出し、その場を動こうとしない魔術師に渡した。

「・・・何、を・・・」
「その後老人から預かっていたものです。・・・ヨハンに――あなたに、渡すつもりだったそうですよ」

ScreenShot_20130130_102139046.png

 この老人はもしや、僅かな正気の時間で分かっていたのかもしれない――ヨハンが魔術で人を殺める外道と化した事を。
 それを止める力も、理性も残っていない自分を、その正気の戻った時間で責め続けていたのかも、とアウロラは思った。
 渡された十字架に魔術師の視線が、ゆるゆると落ちる。

「・・・・・・・・・。父、さん・・・?」
「じい様が言っていたよ。お前は、自慢の息子だとよ」

 ギルのその言葉を聞くと、今まで放心しているだけだった魔術師の瞳から、一筋の雫がこぼれる。

「・・・・・・・・・ッ・・・・・・・・・。父さん・・・・・・父さん・・・・・・・・・!」

 魔術師は、動かなくなった父親を胸にかき抱いて、嗚咽を漏らした。
 仲間たちもそれぞれ祈りの言葉を呟く。

「・・・行こう」

 そう言って踵を返しかけた冒険者たちを、アウロラの声が引きとめた。

「待ってください・・・!何か・・・光が・・・」
「神よ――・・・どうか、私に道をお示しください・・・・・・・・・」

 魔術師の祈りに反応しているのか――。

「なんだ・・・?十字架が・・・」

 アレクが呟く。
 見間違いではなかった。
 あの、古く錆付き、輝きを失っていた十字架からまばゆいばかりの光があふれ出していた。

「神よ――・・・どうか、どうか我らに赦しを――――」

 目のくらむような光の本流がおさまった後、その場は、何も変わっていないかに見えた。
 だが――。

「・・・父、さん?」
「・・・・・・・・・う・・・」
「まさか・・・」

 エディンが目を瞠る。

「ヨ、ハン・・・・・・・・・?」

 たったひとつ。たったひとつ、奇跡が起きていた。
 代々伝えられていた十字架の奇跡を起こす力は――哀れな迷い子の呼び声に応えて確かにその力を現したのだった。

「・・・まさに、奇跡の顕現、ですか。滅多にお目にかかれるものじゃありませんよ」

 奇跡を起こした十字架は、今やその役目を終えて乾いた鈍色に戻っている。

「・・・もう、ここに俺たちの出る幕はないな」
「だが・・・」
「あの魔術師にもう力はないさ。――そして、それを使う意味もな」

 依頼は達成だ、と微笑むギルにアレクが頷いた。

「・・・そうだな。その通りだ」

 まず最初にギルが扉をくぐる。仲間たちも後を追い――誰も振り返らなかったが。

「・・・ありがとう。優しい冒険者どの・・・」

 閉まる扉の向こうで、か細く、だがどこか暖かいしわがれた声が聞こえた――そんな気がした。

「さて・・・一仕事終わりだな。早く狼の隠れ家に帰って親父さんの飯でも食べたいものだ」
「その前に、麓の村に寄って報酬を貰うのを忘れないようにしねェと」

 リーダーの発言にエディンが注意をする。
 二人の会話を耳にしたアレクが首を捻った。

「報酬、貰えるのか?だって、まだ魔術師は・・・」

 にこっと可愛らしい笑顔をアレクに向けたミナスが言う。

「そこは、我らが参謀サマの交渉力にかかってる、ってね」
「あなたたちね・・・。人任せはよくないわよ」
「おー、そうだそうだ。折角、社交的になってきたんだからよ。精一杯交渉してもらおうじゃねェか」

 苦々しげなジーニの顔に、仲間たちが笑い声をあげる。
 その最後の残照が夕陽の光に溶けた時、ギルがぽつりと呟いた。

「・・・なあ。これで、良かったんだよな?」
「何をいまさら。ギルらしくないわね。冒険の結末を決めるのは、あなた自身。どうすれば良かったかなんて、誰が言うものでもないわ」
「俺自身――か」
「そう。・・・それに、奇跡は起こった。それで充分じゃない?」
「そう・・・。そうだな!!」

 いつもの調子を取り戻したらしいギルの肩を、アレクが叩いて「ほら」と促した。

「・・・見ろ。綺麗な夕陽だ」

 アレクの言葉に、ふと視界を上げると――。眼前いっぱい、連なる山々に重なる金色の夕陽が輝いていた。

「・・・ああ。本当に美しい夕陽だ」
「きっと、おじいさんとヨハンも今ごろ、この夕陽をながめているんだろうね」
「・・・ああ。ながめていることだろうな」

 父子ふたりで、きっと。ギルはそう続けて、気遣ってくれたミナスの頭を撫でる。
 ふと耳を澄ますと、西風に乗って微かなメロディーが聞こえてきていた。
 振り向けば、アウロラが小さく何かのメロディーを口ずさんでいる。

ScreenShot_20130130_104555437.png

 ギルがなんだと問いかけると、彼女は小さく笑った。

「知りませんか?有名な賛美歌ですよ。鎮魂歌(レクイエム)、とも言いますけどね」
「・・・全員、こうして生きているのに?」

 その問いかけに対し、アウロラは僅かに首を傾げて今回の舞台となった教会の方角を見やると、ふっと唇を緩ませる。

「・・・ええ。ヨハンの悪い魂は、天の御国に召されたんです」

 そう思えばあながち間違ってないでしょう?と言ったアウロラに、他の仲間たちが同意した。
 彼女の唇は再び旋律を紡ぎ出す。
 その音色は、どこか物悲しくもあり――同時に、限りなく優しい調べでもあった。

※収入1000sp、≪聖人伝・写本≫※

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■後書きまたは言い訳
33回目のお仕事は、keiさんのシナリオで落日の鎮魂歌です。全部のシナリオひっくるめた中で、Ask公式以外だと一番好きなシナリオかもしれない。時間はほどほどで、内容はぎっちりのマルチエンドシナリオ。これで処女作だとおっしゃるのですから、凄すぎる・・・。
地の文が素晴らしいのでほぼ弄るところがなく、その分リプレイで苦労しました・・・・・・。(笑)
あ、でも壁壊し提案をジーニからミナスにシフトしてます。ジーニは以前、血塗られた村で捕まった際に、一応建物の具合とかを観察出来てたので矛盾してしまうからです。

今回の裏テーマは「今までスポットが当たったことのないアウロラを目立たせよう」でした。
どうにも、僧侶や尼僧ってよほど強烈な個性持ってないと無難なキャラに落ち着きやすく、プレイ上でも特徴づけからかあまり目立たない事のほうが多いような気がします。
ダンジョンであれば盗賊が活躍するし、魔法の品や呪文書、また日記などが出てくる場合は魔法使いが前に出てきます。・・・・・・宗教観とか真面目に考えるのって面白いんだけど。(あくまでゲーム上のことですが)

さて、今回とあるフラグが一つ立ちましたので、徐々にそれを回収していこうかと思います。
いやー、許可いただけるといいなあ・・・駄目かなあ・・・。

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。

2013/02/01 21:06 [edit]

category: 落日の鎮魂歌

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落日の鎮魂歌 4  

「『***5年10月17日。この地からもずいぶんと人が減った。あんなに賑やかだった日々が、もう遠い夢のようだ――・・・』」

 普段は屈託のないギルの声が、存外穏やかに日記の内容を小さく読み上げる。
 それによると、この日記を記したのはヨハン――老人の自慢の息子であるらしかった。
 長くこの教会で日々を過ごしてきた父、少しばかり体の弱ってきた頑固な父をどうにか支えようと、最初は思いやりに満ちた文章だったのだが――。

「『***6年4月8日。父の様子がおかしくなり始めた。誰もいない空間に向かってひとり楽しそうに語りかけている』」
「・・・・・・ああ、この辺りでボケちまったのか」
「失礼ですよ、エディン」
「『――昔の友人が訪ねて来たと、新しい弟子がやって来たと、何度も私を呼んでは紹介してくれる。そこには誰も存在しないと言うのに。父にはもう、私しかいない。空想の世界が幸福ならば、それでもいい。私たちの生きる場所はもはや、ここにしか存在しないのだ』」

 老人の病状――記憶の後退は悪化の一路を辿ったらしい。
 同じ年の初冬には、とうとう息子を認識できなくなった様が綴られている。
 父親を支えきれず、こうなってしまった悔悟に蝕まれたか、段々と息子の信仰心も打ち砕かれていったようだ。
 とうとう、魔術に手を染め上げていく――父が魔術に戯れに手を出した時、本気で憤ったことを思い出し、それがきっかけで正気に戻るのではないかと一縷の希望に縋って。

「『父はもとにもどらない。神よ、私たちはどこで道を誤ったのだろうか?――John.』・・・最後の方はずいぶんと筆跡が乱れているが・・・。書き手は、John・・・ヨハン、か」
「・・・そんな事情があの魔術師にあったなんて・・・」

 痛ましげなアウロラの肩をそっと叩くと、ギルは静かに日記を閉じて、そっと元あった場所へと返した・・・。
 老人はただ黙って夕陽を見つめながら、思い出の中にその身を委ねている。
 アウロラはそんな姿を見兼ねてか、ためらいがちに声をかけた。

「あの、ご老人」

 老人は、ひどくゆっくりとした動作でアウロラの方を見やる。

「扉の装飾、側壁の高窓、穹窿架構のアーチ型天井・・・。ここは、教会だったんでしょう?」

 老人を脅かさないよう、そっと皺だらけの手を握った。

「そしてあなたは、この地にたったひとり残った神父様。・・・そうですね?」
「・・・・・・・・・。おお、おお・・・」

 今さら何を、と言いかけた仲間たちを遮ってアウロラは老人の前にひざまづいた。

「私も神の道を志す者のひとり。偉大なる先達よ、あなたに敬意を表します」

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 頭を垂れて十字を切ると、アウロラは老人に祈りの言葉を捧げる。

「正しき道を歩む者よ。父と子と聖霊の御名においてあなたに祝福を」
「おお、おお・・・」

 アウロラの祝福の言葉が届いた瞬間、薄ぼんやりとしていた老人の瞳がほんの僅か、光を取り戻したかに見えた。

「・・・ありがとうの、同門の使徒よ・・・。その祈り、久しく失念しておったよ・・・」

 老人の言葉に、アウロラは微笑みながらゆっくりと首を横に振った。

「礼に、そなたらにこれを託そう・・・。わしには、もう必要のないものじゃ・・・」

 そう言って、老人が懐から取り出したのは古く錆付き、その輝きを失った十字架であった。

「この教会の主に、代々伝えられている聖具じゃよ・・・。ひとつだけ、奇跡を起こす力があると言われておったが・・・」
「奇跡・・・・・・ですか」
「時の流れとともに次第とその力は忘れられ・・・。今は単なる十字架にすぎんがなの・・・」

 老人は、その鈍色の十字架をしわしわの両手に乗せて、そっと差し出した。

「代々受け継がれているものなんでしょう?そんな大事なもの、受け取るわけにはいきません」
「本来は、ヨハンが持つべきものなんじゃが・・・。どうやら、それは難しそうじゃからのう・・・」

 この老いぼれと共に朽ち果てるよりもおぬしらに託した方がよいと聖霊も言っておる――そう言って老人は笑った。

「ふふ、それにおぬしら、ヨハンに会っておるんじゃろ・・・?もし、また会えたら、その時に渡してくれればいいんじゃよ・・・」
「・・・受け取っておけ。それが、この人のためだ」

 逡巡する仲間の背を押すように、ギルがそう告げる。

「わかりました。これは、私たちが預かります。そして、ヨハンに出会ったら・・・。本来の持ち主に、これを返します」

 それは静かな決意だった。
 もし彼ら冒険者の予測どおり、ヨハンがあの魔術師だとしたら――。
 そんなことを知る由もなく、老人は、アウロラの言葉に何度もゆっくりと頷く。
 それを確かめてから、アウロラは古びた十字架をしっかりと受け取った。
 エディンは二人の会話が終わったのを見届けると、そっとさっきまでジーニが寄りかかっていた小棚を調べた。祭壇の役目も果たしているらしい。
 老人から「好きなものを持っていくといい」とお墨付きをもらってしまったので、隅々まで手早くエディンが調べると、小瓶に入った聖油が見つかった。
 聖水よりも更に厳選され祝福を受けた、神の源と言われる油――邪を払い、悪の誘惑を退けるそれが魔術師の呪文対策になるのでは、とアウロラの説明を受けたギルが推測し、一同は頷いた。
 あの忌々しい【眠りの雲】に対抗できれば、どうにか魔術師に勝つことができるかもしれない。
 ならば、”金狼の牙”がやることはここから逃げ出すことではない。
 数刻の後――・・・。

「・・・人の気配がする。誰か、戻ってきたみてェだな」

 低く押し殺したエディンのその台詞が耳に届くと、自らの得物を構えた冒険者たちに緊張が走る。
 庭師のトマスが帰ってくる時間だと、のん気に呟く老人にギルが眉を顰めて聞き返した。

「・・・トマス?」

 軋む扉を開けて現れたのは、やはりくだんの魔術師であった。

「やっぱり、お前か。さっきはずいぶんと手ひどい思いをさせてくれたじゃないか」
「貴様らか・・・。どうやってあの部屋を出た?」
「それに答える義理はない。それより、お前に聞きたいことがある。・・・お前が、ヨハンなんだろう?」
「・・・・・・・・・。・・・くだらん」

 魔術師は、ギルの問いかけに耳を貸さず、真っ直ぐに老人の傍らへと歩み寄った。
 その様を冷厳な目でジーニが見届ける。

「ただいま、父さん」
「おお、おお・・・。おかえり、トマス。いったい、何が起こっておるんじゃ・・・?」
「父さんが心配することは何もないよ。迷惑な客人がやってきただけのことだ」
「おお、おお、そうじゃったのか・・・。トマス、いつもおぬしの手をわずらわせて、すまんのう・・・」

 そう言って老人は嘆く。ヨハンがいれば、と。

「・・・・・・・・・、お前はやはり、ヨハ――・・・」
「 黙 れ ! ! 」

 名を呼びかけたギルの言葉を遮って、魔術師が声を張り上げる。

「貴様らなどに、我らの苦悩など何もわかるまい!!気安くその名を口にするな!!」

 突如として激昂した魔術師に、老人は怯えたように震えてかすれた声をかける。

「どうしたんじゃ・・・?どうしたんじゃ、トマス。おぬしは――・・・」
「黙れ!!黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!」

ScreenShot_20130130_094628828.png

 魔術師は叫び続ける。

「私は庭師のトマスでも見習いのシモンでも薬売りのバルナバでも宣教師のヤコブでも大工のヨセフでも一番弟子のラザロでも友人のルカでも漁師のバルトロマイでも無い!!! 私 は ヨ ハ ン だ ! !」

 そう叫ぶと同時、魔術師の纏った魔力が刃物のように”金狼の牙”たちへと襲い掛かる!

「ちっ・・・話にならないな。来るぞ!皆、構えろ!!」

 ギルの号令に、他の仲間たちが従う。
 アウロラはすかさず聖油をもって祈りの言葉を唱えた。

「――天にまします我が主よ、救霊の道を備え 洗礼の秘蹟を定め 天国の門を開き 我を召し給いしを 深く感謝し奉る――・・・」

 古い、古い聖句だった。アウロラの祈りの言葉に呼応するかのように、冒険者たちの身体に神聖な力が満ちる!

「よし。これで、精神異常に関しては防げるはずです。・・・行きますよ!」

 ミナスが久々に【雪精召喚】を、ジーニが手慣れた様子で【魔法の矢】を唱える。
 エディンやアレクも各々の得物をもって魔術師に傷を作った。

「くそ――。やるしかねえのか!」

 ギルが吼える。彼の刃は迷いによってか、中々魔術師に当たっていない。

「今さら迷ってるんじゃねェ、リーダー。俺たちの命、預かってんのはお前だぞ!」
「分かってるよ!」

 エディンに向かってギルが怒鳴り返した時、老人がふらり、と動いた。

「何を・・・何をしておるんじゃ・・・?トマス・・・?ヨ・・・・・・」
「お爺さん、危ないわよ!下がってて!」
「トマス・・・?ヨ・・・ハ・・・・・・?」
「おおおおおおお!邪魔をするな!!!」

 魔術師の慟哭に、これはまずいとジーニが必死で老人を後ろに下がらせる。
 その横でミナスが精霊に呼びかけた。

「ナパイアス、渓谷の魔精よ!奴の声を奪って!」

 たちまち、凄まじい勢いで放たれた水が魔術師を押し流し、魔術の詠唱を妨害した。

「・・・・・・!」

 こうなっては【眠りの雲】も【炎の玉】も唱えることは出来ない。
 舌打ちするような仕草を見せると、魔術師は懐から出したダガーで接近してきた相手に抵抗を始めたが、肉弾戦で鍛えたアレクやギルに敵うはずはない。
 とどめにミナスが放った【業火の嵐】によって、彼は力尽きた。

「・・・ここまでだな。決着はついた。無駄な抵抗はよせ」

 膝をついた魔術師の首筋に、ギルが斧をあてて告げた。
 魔術師は敵意のこもった視線を向けながら苦々しげに唇を噛み締める。

「・・・くっ・・・。邪魔を・・・邪魔をするな・・・」
「まだ言っているのか?お前は――・・・・・・・・・・・・っ!?」

 言いかけたギルの言葉が止まる。
 憎悪に燃えた魔術師の両掌に、膨大な魔力が集まってきていた。

「かくなる・・・上は・・・。貴様を道連れに・・・!!」
「・・・・・・・・・っ!まずい、皆、逃げ――・・・」

 反射的に声を挙げたギルであったが、それより一瞬先に、魔術師の魔法が完成する。

「――もう、遅い!!」
(駄目か・・・!!)

 間に合わない。覚悟を決めて、ギルが強く瞼を閉じた瞬間――。

「やめるんじゃ、ヨハン!!」

ScreenShot_20130130_101027203.png

 どおおおおおおん!!!!・・・と凄まじい轟音がその場に響いた。

2013/02/01 20:47 [edit]

category: 落日の鎮魂歌

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落日の鎮魂歌 3  

「ここは・・・」
「おお、おお・・・。よう、戻ってきたのう・・・」

 かすれた声が”金狼の牙”たちの耳に届くと同時、夕陽に照らされたステンドグラスの陰から小柄な人影が現れる。

「心配したんじゃよ・・・。どこへ行ってしもうたのかと・・・。のう、ヨハンや・・・」

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「あなたが、さっきの声の主か。ヨハンじゃないが、礼を言う」
「・・・・・・・・・?ヨハン?ヨハンは、どこじゃ?」
「ヨハンは――・・・すまない、じい様。ヨハンとは、ついさっきはぐれてしまったんだ」

 咄嗟に優しい嘘をギルがつくと、老人は寂しそうに小さな身体をきゅっと丸めた。

「・・・そう、じゃったか・・・。とても残念じゃ・・・」

 数秒の沈黙が続き、”金狼の牙”たちがどうしたものかと考えあぐねていると、老人がすがるような声で問いかけてきた。

「のう、ヨハンは・・・。ヨハンは、元気にしておったかのう・・・?」
「ヨハンはとても元気にしていた。心配いらないよ」

 ギルのその言葉に、老人は救われたように涙を浮かべ、嬉しそうな表情を見せた。
 カナナン村でのギルの冥王に対する態度を思い出していたジーニは、虚をつかれた様な顔で言った。

「・・・あなた、意外と優しいじゃないの」
「どういう意味だ・・・って、そんなことより、これからどうする?」

 その問いかけに対し、ジーニが確かめるようにゆっくりと口を開く。

「忘れてるかもしれないけど、あたしたちがここに来たのは魔術師の討伐が目的よ。そして、それはいまだ達成してないわ」
「・・・まんまと捕まってしまったからな」
「その通りよ。だけど、今なら安全に脱出することもできる」
「うーん・・・」
「認めたくはないけど、あたしたちは一度負けてるわ。身に余る依頼は避けるのが定石よ」

 ジーニのその言葉に、アレクが無表情のまま同意する。

「一理あるな。死んでしまったら、名誉も金もあったもんじゃない」
「・・・でも、やられっぱなしっていうのもなんとなく癪だけどね」

 小さな身体の割に、最近とみに勇ましくなってきたミナスが異議を唱えた。

(妙に好戦的というか・・・ギルの影響なんでしょうか・・・?)
(いや、あの子は元々、結構な負けず嫌いだったようだし、これが地なのかもしれん)

 アウロラとエディンが、こそこそ小声で今までの教育方針が間違えてたのではと相談している中、ジーニが杖で肩を叩きつつ言った。

「依頼を放棄するか、ここで魔術師を迎え撃つか・・・。リーダー、あなたの判断に任せるわ」
「・・・わかった。まずは、このじい様ともう少しだけ話をしたい。いいか?」
「この人と?・・・・・・まあ、好きにして頂戴」

 そう言ってジーニは、部屋の中央にある小棚に寄りかかった。その隣にアレクが立つ。
 ギルは老人の思い出話に付き合うつもりらしい。アウロラとミナスも、老人の近くに立ってその話を聞くことにした。
 老人は、心から嬉しそうに瞳を細め、ゆっくりと、かすれた声で語り始めた。
 
「この場所はのう・・・。昔はとてもとても賑やかなところだったんじゃよ・・・。大勢の人々が集い、神に祈りを捧げ・・・。喜びも悲しみも、皆で分け合って暮らしておったんじゃ・・・」

 幸福だったと述懐する老人に、ギルは上手く相槌を打った。
 そんな賑やかな場所だった教会の人々も、時が経つにつれ、段々と少なくなっていった。

「修行を終えて旅立つ者・・・。都会に憧れ巣立ってゆく者・・・。理由はさまざまじゃった・・・」

 そうして忘れられた地となったが、老人には心の支えがあった。いや、いたというべきか。
 息子のヨハンは賢く、優しく、情け深い自慢の息子だった・・・らしい。
 微かな記憶を探るように、ゆっくりと瞳をしばたかせた後、再び言葉を続ける。

「ヨハンは・・・。どこに行ってしもうたんじゃろうのう・・・。どうしているんじゃろうのう・・・」
「じい様・・・」
「ある日、いきなり姿を消してしまってのう・・・。心配なんじゃ・・・。とても心配なんじゃよ・・・」
「安心してくれ、じい様。ヨハンは元気にしていたと、さっき言っただろう?」
「おお、おお・・・。そうじゃったのう・・・。そうじゃったのう・・・」

 ギルが老人の記憶を掘り起こさせるように言うと、彼は何度も礼を言いながら、ギルの手を取って涙ぐんだ。
 二人の会話の間、手持ち無沙汰を解消するためだろうか、エディンが隅に置かれた本棚へと近寄り、物色を始めていた。
 エディンの背の高さと同程度の本棚は、上から下まで四層に分かれた棚に、びっちり本が詰まっている。
 小棚に寄りかかっていたジーニが近づいてきたのに、エディンが指を差して教えた。

「ざっと見たところ、上から二段目までは聖書のたぐいで占められてるが、三段目はちょっと毛色が違うみたいだ」
「へえ・・・何かしらね?」
「で、四段目・・・。一番下は・・・背表紙に何も書かれてねェからわかんねェな」
「聖書のたぐいなら・・・アウロラ!」

 ギルの傍で老人を一緒に慰めていたアウロラが、その声に振り向いた。

「ちょっとこっち来なさい。あんたの知恵も借りたいの」

 そうしてアウロラに一番上の棚を見せる。そこに収められているのは聖書、聖典、福音書・・・。

「有名どころは一通り揃ってる、という感じですね。わざわざ今、手に取って読むものではないと思いますが・・・」

 ギルも、すでに過去の思索と思い出に耽りだした老人から仲間の方へ近づき、二段目の棚を覗き込んだ。

「上の段とそれほど変わりはないようだが・・・。・・・ん、なんだこのやたらと古めかしい本は・・・?」

 そう言ってギルが取り出したのは、一冊の、今にも擦り切れそうなぼろぼろの本であった。

「なあ、この書物なんだがお前、何の本だかわかるか?」
「・・・・・・・・・!これは、まさか・・・」

 その書物を目にした瞬間アウロラの顔色が変わった。虫食いだからけの羊皮紙をおそるおそる、ゆっくりとめくっていく。

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「・・・間違いありません。これは、聖カルドワルトの伝記、そのほぼ完全なる写本・・・」
「かるど・・・わると?誰だそれ」
「ああもう!この世界に5冊と残されていない極めて貴重な書物です!」

 不心得者のリーダーに苛立ったアウロラが大声を上げた後、表紙をそうっと撫でた。

「まさか、こんなところでお目にかかれるとは・・・」

 そう呟きながら、どこか恍惚とした瞳でその書物を見つめている。

「陶酔してるところ悪いが、つまり、それを好事家に売れば結構な値段がつく・・・。こういうことだな?」
「こら、そこの罰当たり!これは、そんな世俗的なものではないんです。だいたい、人様のものを勝手に・・・」
「おお、おお、良いんじゃよ。わしには必要のないものじゃ・・・。好きなものを持ってゆきなさい・・・」

 ミナスが濃藍の瞳をくりくりとさせて、「・・・だ、そうだよ」と愉快そうに言った。
 あっけらかんと答える老人の言葉にアウロラもしばし呆然としていたが、やがて気を取り直したかのように深々とその頭を垂れる。

「・・・感謝します、ご老人。この本は、私が大切に――・・・」
「俺たちが有意義に使わせてもらおう」

 アレクが横から言葉尻を取っていった。
 まだ何か言いたそうなアウロラを尻目に、冒険者たちはその古びた書物を丁寧に、荷物袋の中にしまいこんだ。
 さて、まだ下の段の探索がまだだとギルは視線を三段目の背表紙に移したが、たちまちその眉を顰めた。

「この段は・・・。上の段と比べて、ずいぶんと異質な本が揃ってるな」

 魔法に疎すぎるギルにも、ありありと分かるほどである。
 傍らで見守っていたジーニも体勢を低くし、横から本棚を覗き見る。

「確かに。賢者の塔に並んでいそうな魔術書から、高等な黒魔術の本まで集められてるわ」
「やっぱりか・・・」

 ギルが呻いた。聖典と同じ本棚に並んでいるのがかなり異常なように見える。
 万が一、その魔術師が魔術に加えて聖なる力も持っているとしたら・・・・・・かなり手ごわい相手であることは間違いない。
 そして、最後にエディンが「背表紙がない」と言っていた本を手に取った。

「これは・・・。・・・日記?」
「え?」

 聞き返してきたジーニに構わず、ギルはインクの染みのついた一冊の本を取り出し慎重にページをめくった。

2013/02/01 20:41 [edit]

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落日の鎮魂歌 2  

 エディンは静かに斜め上方を見据え、その瞳にしっかりと目標を捉えた。
 次の瞬間、エディンは目にも映らぬ疾さで跳躍し――大人の手も届かぬ高さの小窓に、一息にその半身を乗り上げた。

「・・・ま、こんなもんだろ。ちょっと体勢がきついが・・・」

 エディンは”金狼の牙”の中で今のところ一番の長身だ。窮屈そうな彼の姿は、ちょっと気の毒でもある。
 それでも彼の身の軽さに、片手を頬に当てたアウロラが慨歎する。

「すごいものですね。私じゃ、こうはいきません」
「褒めても何も出ねェよ。それより、ここからどうする?」
「そうだな・・・。じゃあ、早速だが隣にいるかもしれない人に声をかけてみてくれ」

 ギルの頼みに、「そんな役回りだぜ・・・」とぼやきながら、片足を石壁の突起にかける。
 エディンは体勢を整えると、必死に声を張り上げた。

「おーい、お隣さーん!聞こえるかー?」

 答えは返ってこない。

「・・・聞こえてんのかー?聞こえたら、返事しやがれーー」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 聞こえるのは、風の音ばかり。求める言葉は返ってこない。

「・・・・・・・・・ふう。おーーーい・・・・・・・・・」

 やけっぱちになったらしいエディンがそれでも声を張り上げるのを、ギルが引きとめようとした。

「・・・ありがとう。もういいぞ」
「・・・・・・・・・。けどよ・・・」
「・・・いや、いいんだ。やっぱり、自力で脱出する方法を考え――・・・」
「!静かにしろ!」

 その台詞を、エディンが緊張をはらんだ声で遮る。
 それと同時に、風に乗って微かな声が届いてきた。

「・・・・・・・・・。・・・誰か、おるのか・・・?」

 幻聴ではない。
 集中しなければ聞き逃してしまうほどの弱々しい、しわがれた声が、今は確かにエディンの耳に届いていた。
 ギルが小窓の下まで駆け寄り訊ねる。

「・・・どうした?」
「・・・声が、聞こえる。ひどく小さくて、そこまでは届かねェだろうが・・・」

 驚いたギルが、この部屋からの脱出方法を聞くよう指示し、エディンもそれに力づけられるように声をかけたのだが・・・。

「おぬしは・・・。庭師のトマスじゃったか?それとも、行儀見習いのマリーじゃったか・・・」
「・・・は?何言ってんだよ、俺は――・・・」
「おお・・・おお、すまなかった。おぬしは、わしの息子のヨハンじゃったな・・・。そうじゃ・・・そうじゃった・・・」

 声の主に、僅かでも期待をかけていたエディンは、その掠れた声から紡ぎだされる台詞に大きく落胆の息を漏らした。

「・・・駄目だな。爺さん、完全にボケちまってる。話になんねェよ」
「くそ・・・。でも、ここまできておいて諦めきれない。何としてでも、情報を――」
「ちょっと待って」

 言葉を制したのはジーニであった。何やら、思案気な表情を浮かべている。

「思考が錯綜している人にいきなり色々言ったって、余計に混乱させるだけよ。ここは、言葉を選ばないと」
「つ、つまり・・・・・・エディンはどうすりゃいいんだ?」
「出し抜けに核心を突くのも、回りくどすぎるのもよくないわ。順を追って、求める答えを導くのよ」
「・・・・・・・・・つまりだ、俺たちでエディンに質問を指示して、脱出について会話を誘導しろってことだ」

 疑問符をいっぱい並べた様子の幼馴染に、アレクが分かりやすく説明した。ギルが頷く。

「・・・わかった」
「こっちの準備はできてるぜ。いつでも指示を出してくれ」
「安心して。あたしも、ちゃんとフォローしていくから。健闘を祈るわ」
「お前さんに他人との会話の仕方をレクチャーして貰うことになるとはな・・・」
「・・・そのケツに【魔法の矢】撃たれたいの、エディ?」

 慌てたエディンは、すぐさま弱々しい声との会話に入った。
 それによると、壁の向こうにいる老人は捕まってるわけではなく、ずっとここに住んでいる人らしい。
 部屋が異様なまでに閉鎖的な造りをしているのは、悪いことをした人を閉じ込める――要は、懲罰室のようなものだから。
 だが、老人は重要な情報を口にした――前にこの部屋に閉じ込められた者が、「抜け穴を掘った」ということ。

「抜け穴、か。どこに掘ったか、すっかり忘れちまったな。俺がどこに抜け穴を掘ったか・・・。悪ィが、教えてもらいてェな」
「・・・・・・・・・。ふうむ・・・。そうじゃのう・・・。その部屋は、悪い子を閉じ込める部屋・・・。おぬしは、もう反省したのかのう・・・?」

 ギルの合図を見て、エディンは「反省することはない」と答えた。

「そうじゃったのか・・・。そうじゃったのか・・・。かわいそうにのう・・・」

 壁の向こうの老人は、悲しげな声をあげた。

「間違えて入って閉じ込められてしもうたのか・・・。心細かったじゃろうに・・・」
「・・・そうだ。心細くてたまらねェから、早いところ抜け穴を教えてくれ」
「アンタ、その言葉遣いどうにかならないの?」

 ジーニが眉をひそめる。
 しかし、老人は本当に息子のヨハンとエディンを間違えているようで、部屋との境の壁をよくよく調べてみなさいと、抜け穴の在り処を教えてくれたのだった。
 さっきよくよく確かめたと懐疑するジーニに、エディンは鼻を鳴らした。

「・・・ふん。だが、あの爺さんは確かにここにあると言ってたんだ。もう一度、念入りに調査しなおしてみるぜ」

 境目の一つ一つを、エディンは丁寧に調べていく。
 焦れたギルが声をかける。

「・・・どうだ?」
「おそらく、ここ・・・だな。ずいぶん巧妙に埋められていて気付かなかったぜ。盗賊の名折れだな」

 軽くうそぶきながら、エディンは素人目には、全く分からないであろう不規則に積み上げられた石の継ぎ目を指先でゆっくりとなぞる。

「いや、充分活躍してるさ。で、どうだ?脱出できそうか?」
「ふん・・・こりゃ、かなり手堅く埋められてるぜ。掘るには、結構な力を必要としそうだな」

 エディンは壁から身を離し、仲間たちへと向き直った。

「更に、乱暴に掘り進んで壁が崩れでもしたら、今までの苦労が水の泡だ。慎重さも求められるだろうな」
「・・・なるほど。じゃあ、俺の出番ってわけだ」

 ギルがにやりと笑った。ギルは粗雑なように見えて、手先を使う時には妙に慎重な部分も持ち合わせている。
 数十分後――――。

ScreenShot_20130130_080159312.png
 
「・・・終わったぞ。自分で言うのも何だが、完璧だな」
「さすがだ。やはり、リーダーの名は伊達じゃないな」

 アレクがギルの健闘を称えた。

「よし、抜け穴が確保できたとなれば、早速、こんな薄暗い部屋からは退散するとしよう」

 先頭を切ってギルが抜け穴に潜り込む。

「せまいですね・・・。ちょっと待ってください、何かひっかかって・・・」
「・・・大丈夫か?早く来い」

 修道服の裾を尖った石に引っ掛けたアウロラに、ギルが呼びかける。
 エディンも近づいてその部分をすっと外してやり、先に穴に入った。

「はいよ、っと」
「神様・・・。どうかこの先が地獄じゃありませんよう我々をお導きください」

 そう言って穴に潜ったアウロラに、アレクが肩をすくめる。

「ま、どこへ行ったってこの部屋より悪いことにはならないだろう」

 何せ、魔術師がわざわざ閉じ込めていったということは、後々戻ってきて彼らを始末するつもりだったか、餓死させるつもりだったかだろう。それに比べれば、どんな場所に出たとしても、今以上に悪くなるはずはなかった。

「・・・言えてるね」

 ミナスがそれを想像して首をすくめながらアレクの後を追った。

「・・・しんがりはあたし、と。さて、鬼が出るか蛇が出るか・・・。見ものだわ」

 そういえば、前にもこのフレーズを使ったことがあるな、とジーニは思った。あれはそう――指輪を盗んだグリフォンの遺跡で、だ。
 あの時と同じように、今回も6人揃って生還してやる――彼女は固くそう誓った。


2013/02/01 20:37 [edit]

category: 落日の鎮魂歌

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落日の鎮魂歌 1  

『山奥の廃墟に棲み付いた、恐ろしい魔術師を捕らえていただきたいのです』

 ――彼らが見た依頼書は、そんな内容から始まっていた。
 成功報酬は銀貨1000枚、麓の村から出されたその依頼に釣られてきたのだが・・・・・・。

「まいったな・・・」

 ギルの言葉に、仲間たちもそれぞれ困惑の表情を浮かべる。
 実際、”金狼の牙”たちは困り果てていた。

「なあ・・・。ここに閉じ込められてからどのくらい経った?」
「2時間半ってところかしら。ほら、太陽が傾き始めてるわ」

 さすがにジーニは良く見ている。
 しかし、こんな薄暗く黴臭い小部屋で2時間半も無為に過ごしているという事実に、また、誰とも知れず大きな溜息をついた。

「やれやれ・・・。どうしてこんな事になってしまったのでしょうね」
「・・・前にも、こんなことあったな。カナナン村で」
「アレク言わないでー。やめてー。思い出しちゃったじゃないの」
「僕たち、そろそろ【眠りの雲】の対策練らないと駄目だね。フォウと正式契約しとく?」
「あーあ。俺腹減った。本来なら・・・・・・」

 ギルは思う。
 そうだ。本来ならば、今頃は依頼を達成して村人たちの賞賛の言葉を存分に浴びながらエール片手に笑いあっていたはずだ。
 ところがどうだろう、瞳を開ければそこは斜陽が微かに差し込む、薄暗い石畳の小部屋。

(山奥の廃墟とやらに辿り着き、くだんの魔術師と対峙したはいいが――。・・・そうだ。あの時は――・・・)

 ギルの脳裏に、岩山の中腹で魔術師と向かい合った時のことが浮かんだ。

ScreenShot_20130130_060529109.png

「人々の安全を脅かす背徳の魔術師よ。お前の悪行もこれまでだ」
「・・・・・・・・・」

 ギルの向けた金に輝く斧の刃に、魔術師の暗い顔が映りこんでいる。
 ジーニが杖の先の髑髏を相手に向けて言った。

「この人数に敵うとでも思ってるの?おとなしくお縄につきなさい」

 簡単な依頼だった。否、簡単な依頼だと、思っていた。
 ギルたちも冒険者としていくつかの場数は踏んできている。
 対する標的はただひとり。6人で挑めば、まず負けるはずがないと誰もが思っていた。
 ――それが、油断に繋がるとは。

「・・・・・・・・・――――、」
「この期に及んで、抗うつもりですか?無駄なあがきを――」
「・・・・・・・・・!危ない!みんな、下がって――」
「・・・・・・・・・もう遅い」

 いち早く魔力の集束に気付いたジーニであったが、その声が仲間たちに届くより早く魔術師の指先から乳白色の霧が放たれる。

「・・・・・・・・・っ」
「うう、眠い・・・」

 アレクとミナスが膝を折り――。

「力が、抜けていく・・・。神、よ・・・」
「・・・・・・・・っ!おい、みんなしっかりしろ!」

 アウロラが崩れ落ちたのをギルは受け止め――。

「ちっ・・・。しくじった・・・ぜ・・・」
「読み違えたわ・・・。ごめ、ん・・・」

 エディンとジーニが倒れる。
 抗えぬ睡魔に支配され、無情にも冒険者たちの意識は闇の中に霧散していく。そして――。

「みんな、目を覚ませ!寝てる場合じゃな、・・・・・・い・・・・・・、・・・・・・・・・」

 小柄な仲間の身体を支えつつギルの意識も、また――――。
 ・・・目覚めてみれば。情けなくも――このざまだ。

「・・・油断した。俺の責任だ」

 ギルは悔しげに呟くと、閉じた拳をさらにきつく握り締める。
 ミナスは座ったままギルへ膝でにじり寄ると、その拳にそっと自分の手を乗せた。

「誰の責任でもないよ。そう気にしないで」
「・・・ありがとう」
「・・・やれやれ。それより、そろそろ脱出方法を考えないとね」

 その台詞と同時、皆の視線が一人に集中する。周囲の期待に満ちた視線にエディンは軽く肩をすくめた。

「・・・あのな、お前ら。俺だって、ただ何時間もぼーっとしてたわけじゃないぜ」
「わかってますって。ですが、何もしないわけにもいかないでしょう?」
「ま・・・その通りだな。あらかた調べつくしちまったが、まだ可能性があるとしたら・・・」

 エディンが指摘したのは3点だった。
 自分たちを入れる際に使ったに違いない、今は開かずの扉。
 そしてギルやアウロラが背にしている、崩れそうな石の壁。
 最後に、辛うじて外が見える高い位置の小窓。

「どうすんだ、リーダー?」
「さて・・・」

ScreenShot_20130130_064414375.png

 ギルはまず、石の壁から調べて貰うことにした。幸い装備はつけたままだ、上手くすれば壁を崩せるかもしれない。

「床や天井と同じ材質の石で出来た壁だ。かなり古い建物なんだろうな、ところどころひび割れてるぜ」
「そんなに脆そうなら、一気に壊して脱出できないかな?」

 ゆっくり指を壁に這わせて調べていたエディンにミナスが訊いたが、呆れた顔で振り返られた。

「・・・馬鹿か?この建物は、かなり古いと言っただろ。壁を崩したが最後、全員、瓦礫の下でお陀仏だぜ。それでもいいのかよ?」
「・・・いや、よくないな。それにしても・・・」

 ギルはそっと近寄って、壁に耳を当てる。

「ひび割れて脆そうな割に何も聞こえてこないな」
「・・・まあ、もともと廃墟だしな。人がいねェんだろ」

 この調子で、残りの2点もエディンに調査して貰ったが、どう頭を捻っても脱出出来そうな感じがしない。

「盗賊的な目で見るなら、この程度が限度っつーことだな。ほかの奴らにも見せたらどうだ?」

 エディンの薦めで、ほかの者たちもそれぞれ壁や扉を調べ始める。
 一番先に声を上げたのは、内側に鍵穴がないという堅牢そうな扉を見つめていたアウロラだった。

「・・・この扉・・・」
「心当たりでもあるの?」

 ミナスが問いかけると、アウロラはにこりと笑って彼の頭を撫でてから言った。

「・・・ええ。この取っ手の部分、そして扉全体に刻まれている文様・・・。全て、教会の建築様式に則ったものです」
「教会の建物?」
「はい。宗教都市ラーデックあたりで良く見られますね」

 ミナスに勉強を教えるように、指を這わせて文様の特徴などを説明していたアウロラに、ジーニが続きを促した。

「つまり・・・」
「間違いありません。ここは、教会跡地です」

 確信に満ちた声でアウロラはそう告げる。仲間たちは互いに顔を見合わせた。

「なるほど・・・ただの廃墟と聞いてたが教会だったとはな」
「・・・まあ、脱出の糸口にはほど遠い情報ですが・・・。お役に立てず、すみません」
「いや、充分な手がかりだ。ありがとう」

と言って、ギルはアウロラの肩を軽く叩いた。
 そして、石壁を荷物袋から取り出した≪蒼石の指輪≫の宝石でなぞり出したジーニに声をかける。

「そっちはどうだ?」
「・・・ええ。もしかしたら、この壁の向こうに人がいるかもしれないわ」
「・・・マジか?物音は何も聞こえねェんだが」

 聞き耳と気配の察知を先に行っていたエディンが、軽くショックを受けた表情で言う。

「物音は、確かに聞こえないわね。だけど・・・。微かだけど、魔力を感じるのよ」
「なるほどな。魔力となると、俺にゃ完全に専門外だぜ」

 ミスリル製のレイピアや、軽いコマンドワードから発生する魔術式――そういう小道具から得られる魔力を操る術であれば、エディンにも使うことは出来た。だが、純粋にこのような微かに漏れ出る魔力を察知する、というのは、やはり魔術師ならではの能力であろう。
 今探ってみると言ったジーニが、おもむろに精神を集中し始めた。
 ジーニの魔力が、その輪郭を僅かにゆらめかせる。

「・・・わかったわ。やっぱり、隣の部屋に誰かいるみたい。でも、例の魔術師じゃないわね」
「・・・どんな相手か分かるか?」

 アレクの質問に静かな口調で答える。

「邪悪な力は感じないの。だけど・・・あまりにも弱々しい。今にも消えそうな光よ」

 時間が経ってきたせいか、顎に僅かに伸びてきた髭をつまんで抜きつつ、エディンが言う。

「もしかすると・・・。俺ら以外にも誰か捕まってるんじゃねェか?」
「その可能性はあるわね。とはいえ、何も聞こえてこないし、だからといって、この脆い壁を壊すわけにもいかないわ」
「フーン・・・」
「さて。どうしたものかしら・・・」
「・・・やはり、アレでしょうか」

 大人同士の会話を聞いていたアウロラが、大きな目でちらりと小窓の方を見る。
 ギルが彼女の台詞に頷いた。

「唯一、外界と接しているところだからな。あそこから、その人に声をかけてみるしかないか」
「とは言っても・・・」
「ああ、アレクの言うとおりだ。とは言っても、位置が高すぎる、だろう?」

 アレクが黙って首を縦に振る。

「あの高さまで登れる奴といったら・・・」
「・・・なんだ?」

 嫌な予感に襲われて、エディンが訝しげに聞き返した。

「エディン様仏様お願いします」
「へっ、そう言うと思ったよ。全く、人使いの荒いリーダーだぜ」
「頼りっきりですまない」

 ぜんぜん悪びれない口調で、それでも全幅の信頼を置いた目でギルは仲間を見やった。

「だが、あの高さまで登れるのはお前しかいないだろう?」
「僕の≪エア・ウォーカー≫じゃ、飛び上がり過ぎて天井まで行っちゃうもんね・・・」
「よろしくお願いしますね」
「エディ、今度エールとおつまみ奢るわよ?」
「・・・そのつまみ代くらいなら俺が出す」

 次々と言い募る仲間たちに根負けして、エディンは両手のひらを上げて降参のポーズをとった。

「わーった!わーったから!・・・任せときな」

2013/02/01 20:34 [edit]

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