Sun.

銀の鍵 6  

「シャー!」

 その化け物はどこが目なのか口なのか、果たして生きているのかすら怪しい「何か危険な存在」だった。
 ベルチはいつの間にか現われた化け物を見て、傍についていた下男に使用人の避難と、リューン騎士団への連絡をするよう指示を出す。
 不気味に蠢くそれは、窓から庭園へ出ようとしていた。
 未知の生物への恐怖は確かにあったのだが、あえてそれを無視してベルチが窓と化け物の間に立ち、両手を広げた。
 この先の庭園は、彼女の大事なお嬢様――オリヴィアが愛したものであった。たとえ殺されるのだとしても、こんな冒涜的な存在にお嬢様の宝物を荒らさせてはいけない。

「いいえ、化け物。ここは一歩も通しませんよ」

 語尾が震えるのだけは、どうしようもなかった。
 化け物はもう一声唸り声を上げると、ヘドロのような腕を振り上げてベルチに叩きつけようとしている。

「ひっ!」

 首をすくめて目をつぶりその時を待ったが、一向に何も触れる様子はない。
 そして、

「ベルチさん!下がって」

と毅然とした女の声が耳に入り、ベルチは恐る恐る目を開けた。

「あなた達――!」

 それはついさっき蜀台の仕掛けから見送ったはずの冒険者たちだった。
 しかし、オリヴィアと会えたのか、ヴァイオラと呼ばれる人物に手紙を渡すことはできたのか、と問いかける暇はない。

「ウアァァァ・・・・・・」

 急に現われた”金狼の牙”たちを警戒していた化け物は、一際大きな咆哮を上げると彼らに襲いかかってきた。

「これがフェステさんの言ってた『よからぬもの』なのですか・・・?」
「少なくとも、俺達の見知った魔物ではないな。例の宝玉、使ってみるか?」

ScreenShot_20130108_075422765.png

 アウロラに答えたアレクが幼馴染に視線を走らせると、ギルはすでに宝玉を掲げているところだった。

「フェステさん、あんたを信じるぜっ!」
「――――!」

 宝玉の中心が白く輝くと、すべての景色が真っ暗に変わり――。
 屋敷は依然として冷たく沈んでいた。

「ベルチさん、怪我は?」
「・・・ええ、その・・・御陰様で。・・・ありがとうございます」

 化け物の姿こそなくなったものの、まだ震えは止まらない。しかし、ベルチは気丈にもそう答えた。

「みなさまも、無事にお戻りになられましたようで・・・。その本は・・・?」

 ベルチは冒険者たちの手にしている本に目をとめて尋ねた。
 その問いに、冒険者たちは互いに顔を見合わせた。本に触れたことまでは憶えている。しかし、掴んで持ってきた記憶は誰にもない。
 ギルが困ったように笑い、ベルチに言った。

「なんと言っていいのか・・・とにかく、手紙を届けた先にあったんだ」
「・・・・・・よもやそこで、オリヴィア様にお会いになられませんでしたか?」
「あなたの言ってる人と同一かはわからないけど・・・・・・オリヴィアという女性、いいえ、少女がいたわ。金髪で青い目の――」
「おお・・・」

 ベルチは泣き崩れた。

「オリヴィア様、オリヴィア様、わたくしは・・・・・・」

 アウロラがその肩を抱き、おろおろとしたミナスがベルチの背中を撫でる。やがてベルチはほどなく顔を上げた。

「・・・・・・失礼しました。お見苦しいところをお見せしまして・・・」

 目こそ赤いもののその表情は先ほどまでと同じ落ち着き払ったものだった。
 ベルチは成功報酬をギルへと渡すと、誰も持ってきた憶えないのない鍵の掛かった本も差し出してきた。
 アウロラが愛しそうに表紙を撫でてから、それを受け取る。

「・・・ありがとうございました」

 ”金狼の牙”たちは、お辞儀をして見送るベルチの目の端に、まだ光るようなものがある気がした。
 ・・・外は雪がちらついていた。

「・・・・・・あまり時間はたっていないようだな」

 エディンがしばらくじっと風景を見てから言った。
 歩き出してからまた少しして、幼馴染コンビとアウロラが口を開く。

「今回の件、つまりどういうことだったんだ?」
「・・・・・・やっぱり死者に手紙を届けたのかな」
「オリヴィアさん、奥様なんて呼ばれるくらいですから大人の女性ですよね。・・・・・・あそこにいたのは子供でしたよ?」
「推測でしかないけれど」

 ジーニは仲間に伝わる表現を探しつつ言った。

「あの世界は、狭間っていうか境目みたいなものだと思うのね」
「・・・何と何の?」
「この世とあの世のよ。ヴァイオラとオリヴィアは双子って言ってたでしょ?ヴァイオラは亡くなった姉妹なんでしょう」
「どうして二人であの世界にいることになった・・・?」
「本よ」
「あの俺たちが持ち帰ってしまったヤツか?」
「そう。この世にあるべきものを境目に持ち出してしまい、円が綻びてしまった。だからあの本を取り除くことで円が閉じる・・・」

 ギルはしばらくその言葉を吟味していたが、途中で理解を止めたらしく、「じゃあ俺たちは、オリヴィアさんの幽霊にあったのか?」とジーニに尋ねた。

「オリヴィアがあの世界に遺した想い、魂に近い思念のようなものじゃないかしらね」
「思念・・・?」
「そう。魂ではないから、一番あの世界に馴染んでいた少女の姿で現われた・・・・・・全部推測だけどね」

 あ、と小さくジーニが声を上げる。

「狼の隠れ家が見えてきたわ」
「あれ、親父じゃないか?」

 目のいいエディンが真っ先に薪を抱えた親父を見つけた。

「なんだお前ら、早かったな。依頼、受けなかったのか?」
「いや。もう、ひと仕事してきた」

 エディンの応えはいまいち意味不明だったものの、親父さんは薪運びを手伝うよう彼らに言いつけた。
 たちまちブーイングが出るものの、やらなければ暖炉に十分な火が入らないぞと脅され、しぶしぶ雪の降る中を親父さんの手伝いに回った冒険者たちは、今日も自身が物語の主人公であったことを知らない。

※収入1000sp、≪(語られざる物語)≫※

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■後書きまたは言い訳
22回目のお仕事は、蒼馬さんの銀の鍵です。ReadMeにはライトな探索ものとあります。探索もだけど、どっちかと言うとリドルメインかな?上品な言葉遣いのベルチさんがお気に入り。

もっとも、リドルがどうしても解けないor娘さんにアイテムをもらい忘れた場合は、戦闘を行う必要性が生じるのでこの限りではないかもしれません。”金狼の牙”もあえて戦っても良かったのですが、ベルサレッジの遺跡探索で五行についてのリドルを解いたあとだったので、リプレイのような仕儀となりました。
要港都市ベルサレッジといえば、勝手に依頼のダークエルフをミナスに絡めてしまいました。作者様にメール届かなかったので、もし問題ある場合はご連絡乞う。

なお、ジーニの解釈はゲームに出てきません。あくまで銀の鍵をプレイしたLeeffesの感想です。プレイされた方々には各々の解釈があると思いますが、どんな感じなのかしら・・・。

当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。

2013/01/13 04:10 [edit]

category: 銀の鍵

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Sun.

銀の鍵 5  

 しばしあって――。軽い足音と共に、一人の男が現われた。

「よく参られた、客人どの。フェステだ」

 黒いローブに身を包んだその男を見て、ベルチが言っていた魔法使いとはこいつのことかとジーニは思った。
 彼女の予想が正しければ、あの蜀台にこの異空間へ繋がる魔術の仕掛けを施した人物。
 そして不自然な森というクッションを作って、知恵の回るものだけがここへたどり着くように結界を張った人物でもあるはずだ。

「何用かな。客人よ」

と掠れたようなバリトンで言う男に、ギルは居心地悪そうに「ここはどこで、あんたは一体何ものなんだ?」と訊いた。
 男は小さく「ふむ」と呟くと、やがてゆっくりと口を開いた。

「そなた達がここに至るまでの道はどのようなものであったのか。それを考えれば自ずとから答えは得られよう」
「???」
「私はフェステだ。ここの番人をしている」
「つまり、この閉ざされた空間の見張り役というわけね。不要な者が来ないように」

 まったく意味が理解できていない様子のギルに代わって、ジーニが質問をする。

「そなた達のようにここにありうべかざるものをもとに戻すのも仕事のうちだ」
「たとえあの蜀台を使っていても、ここに存在すべきではないってこと?」

 男は不意に双子の少女たちへ視線を走らせ、きっぱりと言った。

「オリヴィア、今はそなたの戻るときでもある」
「いやよ。わたし、ずっとここにいる」
「そうよ。オリヴィアはずっとここにいるの」

 男の言を否定したオリヴィアを、ヴァイオラがぎゅっと抱きしめる。

「ならぬ。そなたは、ここにいてしかるべきものではない」

 男は厳かに言った。

「円環は閉ざされなければならぬ。傷は癒されなければならぬ。その掟は、時が生まれるより先に定められたのだ」
「・・・・・・何の事かさっぱりなんだが」
「あとで説明してあげるわよ」
 
 ギルとジーニが小声でやり取りをしているのにも構わず、フェステは少女たちを見下ろす。

ScreenShot_20130108_073228906.png

「それをまげることは神々すらまかりならぬ。わかったな。オリヴィア、そしてヴァイオラ」
「・・・わかったわ」
「・・・・・・」

 しぶしぶオリヴィアが頷くと、ずっと抱きついていたヴァイオラがいやいやその身を離した。
 フェステが冒険者へ向き直り、懐から林檎より一回りほど大きな宝玉を差し出した。

「客人よ。この・・・・・・宝玉を持っていくがよい」
「これを?」
「・・・時空の裂け目を抜けよからぬものが来るようだ」
「ギル、受け取って。お願い」
「ああ・・・」
「あたしの予測が正しいのなら、それはミッシング・リングの欠片よ」
「失われた円環・・・?」

 フェステはヴァイオラから鍵の掛かった本を渡してもらうと、冒険者たちに触れるように促した。
 すべてはあるべきように戻るだろう、と語るフェステの顔は、ローブに隠れてまったく見ることが出来ない。
 ジーニが頷くのを見て、ギルは本へ左手を触れさせた。
 辺りの色彩が失われ、白黒からやがて灰色の世界へと変わる・・・・・・そして、灰色の視界も段々と輪郭が淡くなっていった・・・。
 冒険者たちがかろうじて認識できる1点の光のような『何か』に向かっていると、聞き覚えのある凛とした声が聞こえてきた。

「いいえ、化け物。ここは一歩も通しませんよ」

2013/01/13 03:55 [edit]

category: 銀の鍵

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Sun.

銀の鍵 4  

 アレクが火精に水筒の水をぶっかけ、ジーニが松明の火を土精に近づけ、アウロラが残った小山の土を風精へと投げつける。

ScreenShot_20130108_065118125.png

 そして家があったはずの場所に一行がたどり着くと、家が消えた代わりに井戸が存在していた。
 井戸のそこは乾いているようだ。ロープか何かがあれば降りていけそうだが・・・。

「さすが冒険者の店の娘さん、何か予感でもあったのでしょうか」

 釈然としない表情でアウロラが荒縄を取り出す。ロープが必要なら、フィロンラの花の遺跡でやったように途中であった蔦を利用しようと思っていたアレクは、目を丸くしてから額を押さえて笑い出した。

「ははは!いや、大したものだ。親父さんより才能があるんじゃないか」
「いらないものを押し付けられただけだと思ってたんですけどね・・・」

 準備を整えると、冒険者たちは井戸の中に降りていった。

「・・・井戸の中、だよな」
「そのはずだが・・・」

 呆然とした様子のミナスの肩を、エディンが落ち着くようにと掴む。
 牧歌的な「村」の風景に、一同は呆気に取られていた。
 底についた、とロープを放して足をつけた瞬間からここに来るまでの記憶がない。魔法の力によって移動させられた・・・ということなのだろうか?
 一番早くに気を取り直したのはアレクだったが、その彼も

「・・・で、どうする?」

と訊くしかなかった。
 風景を眺めていても仕方ない、とにかく移動しようと歩き始めた丘の途中で、妙に軽く弾むような足音が聞こえてきた。
 全員が音のほうを見やると、金色の髪を二つに分けた可憐な少女が立っている。
 武装した集団を見ても取り乱したり怯えたりすることもなく、

「わ。お客様ね」

と言って嬉しそうに笑った。

「わたしのほかにもくる人がいるなんて素敵だわ。フェステ呼んでくるわね」
「あ、ちょっと待ってくれ」

 ギルが走り出そうとした少女を呼びとめた。

「俺たち、ヴァイオラって女性に用があるんだが、知らないかな?」
「なぁんだ、わたしじゃないの?ちょっと待ってて」

 少女はそこまで言い終えると踵を返した走り出したが、十分と経たない内にもう一人を引っ張って戻ってきた。

「おまたせ」
「・・・双子なの?」

とジーニが思わず訊いたのも無理はない。 

ScreenShot_20130108_070357296.png

 ヴァイオラという名前の少女が引っ張ってきたのは、一寸違わず同じ顔をした少女であったのだ。

「そうよ。わたし、オリヴィア」
「わたしがヴァイオラよ」

 二人は非常に仲が良い様子で佇んでいる。はっと何かに気づいたアウロラが、急いで外套のポケットから古い銀製の鍵を取り出した。

「オリヴィアさんに渡してくれ、と頼まれていました」
「あ、この鍵。もしかして!ずっとさがしてたのよ。もらえるの?」
「ええ。所望されたら差し上げて欲しいって」
「ありがとう!」
「ずるいわ。オリヴィアだけなんて」

 それを見ていた同じ顔の少女がむくれたのを見て、アウロラは慌てて手紙も取り出した。

「これを届けるのが今回のお仕事でしたの」
「わたしに手紙?ありがとう!嬉しいな。誰からかな?」
「ずるいわ。ヴァイオラだけなんて」

 ヴァイオラが宛名を読むのを、横からオリヴィアも眺めている。

「でもオリヴィア。これ、『オリヴィアより』って書いてあるわよ」
「わたし手紙なんて書いてないわ」

 二人は手紙の封を破り読み始めた。

「あなたが持ってきたご本をこのひとたちにあげなさいって書いてあるわ」
「わたし、手紙なんて書いてないってば」

 中身にある「このひとたち」とは冒険者たちのことであろう。しかし、ヴァイオラが小脇に抱える鍵つきのそれが、一体何の役に立つのかも分からず首をかしげていると、少女たちは顔を見合わせた。

「フェステに聞くっていうのはどう?」

 ヴァイオラが言えば、

「それがいい!」

 オリヴィアも同意する。二人は冒険者が止める間もなく走り出した。

2013/01/13 03:50 [edit]

category: 銀の鍵

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Sun.

銀の鍵 3  

「・・・まぶしいな」

 裂け目の向こうは広葉樹の古木の茂る深い森だった。晴天に太陽が輝いている。
 さっきまでいた世界ではもう雪が降るかもと予想していたのに、ここには冬のふの字もない。

「暖かいですね。・・・正直助かりました。凍えそうだったので」
 
 冒険者たちは冬の外套を脱いだ。

「ヴァイオラさんとそれに出口も探さないとな。とにかく探索するぞ」

 アレクの台詞に全員が同意し、万一に備えて隊列を作る。
 見渡すばかり木また木だ。ふと、木の枝が落ちているのを見つけた。
 エディンが確かめると、太さといい長さといい乾き具合といい、そのばしのぎの松明にはなるだろうことが分かった。
 何かに使える可能性が高いと、荷物袋に入れる。
 手近な枝にハンカチを細かく裂いたもので印をつけしばらく歩くと、不意にミナスが顔をきゅっと強張らせて言った。

「なんだろう・・・・・・この森、エントとかの気配がない。その代わり、こっちの奥にウンディーネの力を感じる」
「行けども行けども同じ景色だ。何かの手がかりかもしれない、行ってみよう」

 小さな精霊使いの導くほうへと進むと、木々の向こうに水の塊が浮いて漂っている。
 冒険者たちは陣形を整え武器を構えた。
 しかし、単なる水の塊とも見えるそれは視線らしきものを僅かにこちらに向けただけで、それ以上動こうとはしなかった。

「・・・・・・襲ってくる気はなさそうだな」
「・・・僕が感じた水精は多分あれだね。狂ってる様子はないし、ちょっと話してみる」

 ミナスは心配そうな仲間に見守られつつ水精に声をかけた。

『ウンディーネ、清らかな水の精霊。君は何でここに?』
『我、火精ヲ滅シ、土精を助ク』

ScreenShot_20130108_062124296.png

 何の事か分からないミナスが色々呼びかけるも、水精はそれ以上語ることは無かった。
 ミナスが眉間をコイル巻きにしながらも話した成果を報告すると、幼馴染コンビが同時に腕を組んだ。
 
「火精・・・サラマンダーだよな?」
「ノームを助けるのがウンディーネ・・・なんだか、こないだの五行みたいだな」
「ん、ベルサレッジの地下墳墓の事件?あれは迷宮内のリドルだったけど・・・」
「ギル。もしかしたら、この森に他の精霊もいるんじゃないのか?」

 アレクが以前に片付けた事件から閃いた予測を口にすると、ギルの目の色が変わった。
 ミナスに向き直り、

「他の精霊の力も、近くにいれば分かるか?」

と尋ねる。

「今みたいな存在の仕方してれば分かると思うよ。森にエントたちがいないから、精霊力がはっきり感じられるし」
「よし、とにかく歩き回ってみよう。この森なんか変だ。鳥は鳴いてるけど、さっきから一羽も姿を現さないし他の動物もいやしねえ」

 リーダーの発言に、他のメンバーも「そういえば・・・」と辺りを見回した。

「何らかの結界であれば、『核』になり得るものがどこかにあるはずよ。行きましょう」

 杖の髑髏を顎に当てながらジーニが言う。
 それから”金狼の牙”一行は、あちらこちらを歩き回った。他の精霊たちに会う途中で、水筒やフイゴなどを見かけることもあった。
 どの精霊も「何を滅し、何を助く」としか言わない。何のヒントだろうと考えつつ歩く途中で、彼らは家を見つけた。

「あれか・・・?」

 結界の核の部分だろうかと、アレクが先頭に立って歩き出す。
 やがて他の仲間たちも追いつくと、彼らは足を止めてしばしその家を眺めた。
 泥に汚れた外壁。僅かに煙の立つ煙突。作業途中なのか、巻きかけの糸巻き車。
 すべてが、田舎の村にありそうな風景である。だが、エディンは静かに首を横に振った。

「・・・いや、あの家、普通じゃないぞ。人の気配・・・それ以前に生命の気配が全く無い」

 人の姿はむろん見られず、傍らには家畜小屋とおぼしきものがあり家畜の世話に用いられる熊手などの道具が見られるものの、家畜の姿はなく鳴き声さえも一切聞こえてこなかった。
 あたりはただ、鳥のさえずりが聞こえるのみである。

「・・・ん?」

 外壁に触ろうとしたミナスの手は空を切った。

「これは幻影ね」
「幻影・・・つまり実体がないってこと?」

 ミナスがジーニを見上げると、彼女は杖の先に魔力を集めて外壁の泥の部分などをなぞっていた。

「ええ。それなら、気配のなさも説明がつくわ。たぶん、本当の入り口を隠しているのね」
「ということは、この幻影を消せば入り口が出てくるってことか?」
「たぶんね」
「消すといっても具体的にはどうすればいいんだ?」

 眉を八の字に下げてギルが言う。何しろ、魔法の素養というのは殆どないリーダーだ。この方面には仲間に頼りきりである。

「これほどの幻影を術者なしに存在させるにはなにか媒体が必要なはずよ。媒体をどうにかしましょう」
「媒体・・・・・・さっき出会った精霊たちか!」

 エディンがそう言って手を打つと、ジーニも微笑みを浮かべて頷いた。

「ええ、四精霊を配置しているのはそういう訳だと思う。解除は、おそらくミナスが聞いた精霊の言葉」
「滅すると助ける・・・」
「力を強めるなら『助ク』なんでしょうけど、この場合は解除だから『滅ス』だと思うわ」
「途中に落ちているフイゴやら水筒やらは、解除に必要な道具ということでしょうか?」
「そういうこと。依頼人が言ってたでしょう、奥様は小さい頃に出入りしてたって。精霊と一戦交えずに通れる道があるはずよ」
「フイゴは風に必要な道具ですね・・・あ、ちょっと待ってください!」

 アウロラが、狼の隠れ家でもらったうちわを取り出す。

「これ、娘さんからいただいたの忘れていました。これがあれば風を起こせるのでは?」
「なーいす、アウロラ。えっと、風で滅するのは・・・」
「水、ウンディーネだって言ってたよ」

 ミナスの言葉に従って移動し、ギルがうちわで水の塊を扇ぎ始めた。
 これは今年の夏にリューンで流行った東洋の品物で、何かの景品で娘さんがもらってきたらしい。渡したほうもこんなところで使うとは思わなかったろうな・・・とミナスは不器用にうちわを操るリーダーを見ながら思う。
 うちわの起こす風が当たると、水精はその形をゆらめかせた。
 一瞬あとには、小さな泉だけが残っていた。

「なるほど、今度は水筒を拾ってきてこの水をサラマンダーのもとへ持っていけば良いのか」
「よし、急ごう」


2013/01/13 03:50 [edit]

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Sun.

銀の鍵 2  

 通された客間は、暖炉に火も入れられておらず冷え切っていた。

「ようこそ、おこしくださいました」

 冒険者たちの前で挨拶をしたのは、一人の女性だった。整った顔つきだが、厳しい教師のような印象を受ける。
 きびきびとした動作は若々しいものの、恐らくすでに初老の域へ達しているだろう。

「ベルチと申します。わたくしから、依頼についてお話をいたします」
「では詳しい内容を・・・・・・」
「その前に」

 話し始めたエディンの出鼻をくじくように、ベルチが少し声を張り上げた。

「詳しいことを話す前に約束していただきたいことがございます」
「・・・・・・どうぞ、お聞かせ願いたい」
「ひとつはこれから申します話を聞いた場合、依頼を必ずお受けいただくこと」
「・・・・・・ふむ」

 ギルが困ったように頬をかく。聞いたら断れない依頼というのは、厄介なものでしかありえない。特に裕福な人ほど。

「もうひとつ。依頼内容は絶対に他言しないこと。これらを約束していただけますか?」
「守秘義務か。安心してくれ。通常の依頼でもぺらぺら話すつもりはないが、特にと望まれるなら絶対に言わないよ」

 目線で仲間を見るが、「受けてくれ」と顔に書いてある面子ばかりで、ギルは仲間の好奇心の強さに思わず苦笑してから「約束する」とベルチに宣言した。

「依頼は、張り紙に記載した通り手紙の配達でございます。ただし、配達先は普通の場所ではございません」
「・・・・・・続けてくれ」
「何と申しましょうか。異世界のような場所と思っていただければと思います」
「異世界ですって?」

 鋭い口調で繰り返したのはジーニだった。今まで落ち着かなさげに杖の髑髏を叩いていたが、急に興味が出たらしく身を乗り出すようにしている。

「実を申しますとわたくしも詳しくは存じ上げません。その場所に行くためには、後ほどお見せいたします仕掛けをつかうのだそうでございます」
「仕掛け・・・ねえ。マジックアイテムだとしたら、ぜひ見せていただきたいものだわ。どんなところ?」
「先日亡くなられたお嬢――いえ、奥様がお小さい頃行った場所のようです」

 小さい子がいける場所なので危険な魔物の類はいないと思うが、いずことも知れぬ場所に赴くのは不得手な者ばかり、そんな理由から冒険者たちにお鉢が回ってきたらしい。
 訳ありの訳がやっと見えはじめて安心したミナスが、手紙について尋ねた。

「手紙って何書いてるの?誰に届ければいい?」
「手紙はおそらくごく普通の手紙にございます」

 おそらくという部分を冒険者が聞きとがめるが、亡くなった奥様の手紙はベルチをはじめ誰も中身を見ていないそうだ。
 正式な遺言状とは別に今回配達をお願いする手紙と、この依頼を記した書類とが残されていたという。
 届ける相手については、あて先がヴァイオラと書いてあるため、女性だろうという予測しかない。

「奥様がお小さいころ御伽噺のおつもりか『魔法使い』とおっしゃってた人物がおりましたが、あるいはその方と同一かもしれません」
「ヴァイオラ、魔法使いねえ・・・報酬については1000でいいのね?」
「はい。これは成功報酬としてお支払いいたします。賃上げ交渉はご容赦いただきたいと存じます」

 前金なし、交渉なし、と聞いてジーニの肩ががっくりと下がった。あまりの現金さに、見守っていたミナスが忍び笑いをこらえたくらいである。
 笑ったら悪いと思ったアウロラが、「聞くべき事は聞いたと思いますので・・・」と自分で切り出した。

「出発なさいますか?」
「はい」
「こちらが、お届けをお願いする手紙にございます」

 ベルチの差し出す手紙をアウロラが受け取る。表には『親愛なるヴァイオラへ オリヴィアより』と記されている。

「先ほどおっしゃられた行くための仕掛けとは一体何なのですか?」
「少々お待ちください」

 部屋を出て行ったベルチが数分ほどで戻ってくると、その手に蜀台が握られている。

「お待たせいたしました。こちらが、先ほど申した『仕掛け』でございます」
「これが?」

 エディンとジーニがその蜀台に近づき、しげしげと眺める。
 唐草模様のように見えるものは模様ではなく文字のようだ。一般的に使われるものではないため、エディンにはこれ以上のことは分からなかったが、ジーニには空間に亀裂を作るもののルーンのようだと分かった。
 台座には「ともしびは汝を導く」と刻まれている。

「奥様は、お小さいころ『蝋燭灯して行けるかな』という戯れ歌をよく歌っておりました。ですから、蝋燭に火を灯せば道が開かれると思います」
「火種貰っておいて助かったな」

 小声で呟いたエディンは火口箱から鉄片やおがくずを取り出し、器用に火種を作った。
 蜀台の蝋燭に火を灯すが、しばらくは変化がない。焦れたギルが「何も起こらないな」と言い始めた時、

「・・・違うわ。見て」

とジーニが目を眇めるようにして煙を指さした。
 煙は最初普通に上へと昇っているように見えたものが、徐々にその場にわだかまり始め、段々と森のような形に姿を変えていっている。

「ま・・・!」

ScreenShot_20130108_055124265.png

 ベルチが驚きの声を上げるのを満足そうに見やったエディンが、ジーニにこれが入り口かと確認する。
 彼女が胸元の水晶のペンダントを握り締めながら頷いたのを見て、一行は煙から現われた時空の裂け目へ踏み出そうとしていた。

「・・・・・・お気をつけていってらっしゃいませ」

 見送るベルチが何か言いたそうなそぶりを見せている。
 不審に思ったアウロラが聞いてみると、ベルチは少し逡巡したものの何かを決意したように口を開いた。

「・・・それでは、ご好意に甘えまして。ひとつ、お願いがございます」
「私でできることなら構いませんよ。依頼人の悩みは私達冒険者の悩みです」
「こちらを・・・」

 ベルチが見せたのは小さな銀の鍵だった。

「お行きになった先でオリヴィアという女性がおりましたら、その方にこの鍵を見せていただきたいのです」
「わかりました」
「そしてもし、その方がこれを所望なさるのであれば差し上げてください」
(オリヴィア?手紙を書いたという奥様の名前じゃねえのか?)

 傍で聞いていたエディンは妙なことを頼むと思いながらも、アウロラが受け取ってしまったので口を出さずにいた。
 そして一人ずつ、屋敷内にできたその奇妙な裂け目へと飛び込んでいった。

2013/01/13 03:44 [edit]

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