Tue.
死人の山の魔術師 5 
「また、冒険者か。しかし、たかが冒険者が外のあれを倒してここに入ってくるとは・・・」
黒いローブを身に纏ったその男は、”金狼の牙”たちを見てそう呟いた。
男が立っているその場所は、白い鍾乳石に覆われた湿っぽい部屋だった。
ぴちゃん、と水の滴る音がする。
「お前が山のゾンビーを操ってる死霊魔術師なのか?」

アレクが前に一歩進んで問いかける。
山を登っている最中にゾンビーに出会うことはなかったが、まだうろついている可能性はある。
しかし、この魔術師が操っているのであれば、彼を倒すことでゾンビーたちを活動停止にできるはずだ。
「・・・愚問だ。私以外に誰ができようことか」
「調子乗ってるわねー。こんなじめじめした場所で一人で隠れてるから、脳にカビが生えたんじゃないの?」
「お前の発言もどうかと思うんだがな・・・・・・」
辛辣極まりないジーニの台詞に思わずギルがツッコミを入れると、魔術師が地を這うような声で唸り始めた。
「思い出したぞ・・・貴様は・・・・・・!そうか・・・あの時の・・・!」
「・・・・・・?」
「・・・また貴様か、また貴様が私の安息を奪い取るというのかッ!」
「え、こいつ誰?俺知らないよ?」
「何言ってんだ、リーダー。こいつあれだ、盗賊ギルドから討伐命令受けた紅き鷹旅団の生き残りだよ!」
エディンが細剣を構えつつ言い放つと、他の仲間たちもはっとして魔術師の顔を見直した。
あの事件の時、頭目を倒してからあっという間に逃げられはしたものの、確かに見覚えがある。
「許さん・・・・・・絶対に許さん・・・!殺すだけでは飽きたらん・・・・・・!」
「そりゃこっちの台詞だっつうの。俺らの同業者や旅人をゾンビーなんぞにしやがって」
「貴様を殺した後もわが下僕としてこき使ってくれるわッ!!」
魔術師は杖を掲げると、なにやら一心に詠唱の集中に入った。
「出でよ、我が下僕よ!」
彼がルーンを叫ぶと、白い鍾乳石から滲み出るように石像が浮き出てくる。
一瞬の後に、リザードマンのような形になった二つの石像は、魔術師を守る騎士のように前方で佇み、冒険者たちの進路を妨害していた。
「嬲り殺しにしてやる・・・!」
「そんなことさせません!あなたはここで終わりです!」
「行け、スネグーロチカ!あいつにお前の冷たい抱擁を!」
ミナスの声に応えて飛んだ雪の精霊だったが、石像が魔術師の前に立ちはだかる。
「あの石像邪魔だ・・・」
「あたしに任せなさい。ようは、動けなくすりゃいいのよ」
ジーニがベルトポーチに手を突っ込み、【閂の薬瓶】を魔術師めがけてぶん投げる。
すると彼女の読みどおりに石像が魔術師を守り、主の代わりに薬瓶を浴びた。
「これであいつは動けないわ。やっちゃいなさい」
「ジーニ、なーいす」
にやりと笑ったギルが、呪縛に囚われた石像に渾身の一撃を叩き込んだ。
力を込めた分、回避し切れなかったもうひとつの石像の攻撃を受けるが、これはかすり傷で終わった。
「新しい防護の魔法、買っておいて良かったな!」
「ええ、そのようですね」
アウロラがほっと安堵の息をつく。
ポートリオン、と呼ばれる港町にあった聖東教会の秘蹟に、ずいぶんと迷ってからお金を払ったのは彼女だった。今までの防護の魔法では、これからドンドン強くなる敵の攻撃を受けられないと判断してのことである。
それが当たったことが誇らしく、また怖くもあった。
ギルの一撃をなぞるようにアレクも剣を叩きつけ、石像はあっさり破壊される。
「・・・・・・!」
「もう一方も動かないでもらおうか」
ジーニの魔法の効果を確かめたエディンが、【磔刑の剣】で残った石像を壁に縫いとめる。
それを見て激昂した魔術師は、召喚していた幻惑蝶を飛ばしアレク・ジーニ・エディンの精神を恐慌状態に陥らせた。
その上、本人は【魔毒の矢】をミナスに飛ばす。
「ぐっ・・・・・・」
ミナスの小さな身体が飛び、硬い石の上に叩きつけられる。
ギルが叫んだ。
「ミナス!」
「ぼ、僕はへいき・・・。早くあいつやっつけちゃって・・・」
「・・・おうよ!」
ギルが【薙ぎ倒し】の体勢に入った。
精神を冒されながらも、アレクが続いて【飛礫の斧】の技を使おうと全身に力を込めて放つ。
削られた地面から硬い石が飛び散り、魔術師と石像を穿つ。
よろけて体勢が崩れたところを、飛び上がったエディンが石像に細剣を突き刺した。
「・・・・・・!おのれ、おのれ冒険者め!」
「・・・悪いが、お前はここで死ぬ」
アレクは静かに黙示録の剣を構えた。
その頭上を、魔術師への攻撃を指示されたスネグーロチカが飛ぶ。
氷室に身を置くより何倍も冷たい感覚が、魔術師を包んだ。
元々、死霊魔術と魔法生物創造の実験で寿命を縮めていた男に、その一撃は致命的だった。
「冒険者・・・呪い殺して・・・やる・・・・・・」
「そんな事はさせません。私がいる限り」
魔術師の最後の一言もアウロラが否定すると、彼は悔しそうに歯噛みしていたが突如痙攣を起こし、目を見開いたまま息を引き取った。
「これ、でこの依頼、も、解決だね」
負傷と毒に麗しい顔を歪ませながらも我慢してミナスがそう言うと、アウロラが【血清の法】や【癒身の法】で彼を癒しながら同意した。
「ええ。さっさと依頼人に報告に行きましょうね」
山からバーベルに戻った一行は、依頼人に仕事完了の報告をした。
山の不死者を操っていた魔術師がいたこと、そのほかに彼がトロールを飼っており攫ってきた人間の死体を利用していたこと・・・魔術師に対する偏見がいっそう深まってしまったようだが、ジーニは全く平気の平左といった感じで応対している。
事後処理は我々に任せたまえという依頼人に、一行は喜んで頷いた。
報酬の銀貨1100枚を受け取り、冒険者たちは依頼人と別れた。
「リーダーよ、そろそろ帰ってもいいんじゃねえか?お怒り解ける頃だろ」
「娘さんの?うーん、そうだな・・・・・・」
「ねね、その前にフォーチュン=ベルに寄り道しない?錬金するものがあるのよ」
「そうか、そっちがあったな。じゃ、フォーチュン=ベル寄ってからリューン帰ろう」
「僕、あそこの噴水で遊びたい!」
「いいですね、暑い時期ですから丁度いいかもしれません」
「・・・風邪引くなよ」
騒がしい”金狼の牙”たちは、また一つの因縁を退廃都市で片付けて旅に出る・・・。
※収入1400sp、情報料-40sp、≪防護の指輪≫≪智者の棒杖≫≪コカの葉≫≪癒神の霊薬≫※
--------------------------------------------------------
■後書きまたは言い訳
20回目のお仕事は、Wizさんの死人の山の魔術師です。以前にプレイした紅き鷹への葬送曲の続編(魔術師逃亡時のみ)でございます。
こちらの魔術師ダーウェル、ReadMeを読むとWizさんのお気に入りだったそうですが、そう言う悪役ほどきっちりトドメを刺したくなるのはなぜでしょう・・・(笑)。
冒頭において、いくつか店シナリオを記しておりますが、皆様お分かりになられたでしょうか?
SIGさんのアタノオル、Martさんの焔紡ぎ、Moonlitさんの新港都市ポートリオンなどで技能をがっぽり仕入れて参りました。いずれも美麗絵の、キーコードや汎用性にも優れたスキルたちです。シナリオ作者様、絵師の皆様には本当お礼を申し上げたい・・・。
退廃都市というバーベルの名前、どきっとする印象があります。その二つ名は昔の話だと分かった後も、いなくなった人々の情報収集だったり、いつトロールやゾンビに遭遇するかどきどきの山歩きだったり、ちっとも気の抜けない緊張感溢れるシナリオでした。
そうそう、とあるキーコードがないと途中のお部屋に立ち寄れませんので、プレイされる際はご注意を!
さて、次回スポットが当たるのはミナスです。まだまだ子どもの純真なエルフに、一体どんな冒険が待っているか乞うご期待(このフレーズ使ってみたかった)!
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。
黒いローブを身に纏ったその男は、”金狼の牙”たちを見てそう呟いた。
男が立っているその場所は、白い鍾乳石に覆われた湿っぽい部屋だった。
ぴちゃん、と水の滴る音がする。
「お前が山のゾンビーを操ってる死霊魔術師なのか?」

アレクが前に一歩進んで問いかける。
山を登っている最中にゾンビーに出会うことはなかったが、まだうろついている可能性はある。
しかし、この魔術師が操っているのであれば、彼を倒すことでゾンビーたちを活動停止にできるはずだ。
「・・・愚問だ。私以外に誰ができようことか」
「調子乗ってるわねー。こんなじめじめした場所で一人で隠れてるから、脳にカビが生えたんじゃないの?」
「お前の発言もどうかと思うんだがな・・・・・・」
辛辣極まりないジーニの台詞に思わずギルがツッコミを入れると、魔術師が地を這うような声で唸り始めた。
「思い出したぞ・・・貴様は・・・・・・!そうか・・・あの時の・・・!」
「・・・・・・?」
「・・・また貴様か、また貴様が私の安息を奪い取るというのかッ!」
「え、こいつ誰?俺知らないよ?」
「何言ってんだ、リーダー。こいつあれだ、盗賊ギルドから討伐命令受けた紅き鷹旅団の生き残りだよ!」
エディンが細剣を構えつつ言い放つと、他の仲間たちもはっとして魔術師の顔を見直した。
あの事件の時、頭目を倒してからあっという間に逃げられはしたものの、確かに見覚えがある。
「許さん・・・・・・絶対に許さん・・・!殺すだけでは飽きたらん・・・・・・!」
「そりゃこっちの台詞だっつうの。俺らの同業者や旅人をゾンビーなんぞにしやがって」
「貴様を殺した後もわが下僕としてこき使ってくれるわッ!!」
魔術師は杖を掲げると、なにやら一心に詠唱の集中に入った。
「出でよ、我が下僕よ!」
彼がルーンを叫ぶと、白い鍾乳石から滲み出るように石像が浮き出てくる。
一瞬の後に、リザードマンのような形になった二つの石像は、魔術師を守る騎士のように前方で佇み、冒険者たちの進路を妨害していた。
「嬲り殺しにしてやる・・・!」
「そんなことさせません!あなたはここで終わりです!」
「行け、スネグーロチカ!あいつにお前の冷たい抱擁を!」
ミナスの声に応えて飛んだ雪の精霊だったが、石像が魔術師の前に立ちはだかる。
「あの石像邪魔だ・・・」
「あたしに任せなさい。ようは、動けなくすりゃいいのよ」
ジーニがベルトポーチに手を突っ込み、【閂の薬瓶】を魔術師めがけてぶん投げる。
すると彼女の読みどおりに石像が魔術師を守り、主の代わりに薬瓶を浴びた。
「これであいつは動けないわ。やっちゃいなさい」
「ジーニ、なーいす」
にやりと笑ったギルが、呪縛に囚われた石像に渾身の一撃を叩き込んだ。
力を込めた分、回避し切れなかったもうひとつの石像の攻撃を受けるが、これはかすり傷で終わった。
「新しい防護の魔法、買っておいて良かったな!」
「ええ、そのようですね」
アウロラがほっと安堵の息をつく。
ポートリオン、と呼ばれる港町にあった聖東教会の秘蹟に、ずいぶんと迷ってからお金を払ったのは彼女だった。今までの防護の魔法では、これからドンドン強くなる敵の攻撃を受けられないと判断してのことである。
それが当たったことが誇らしく、また怖くもあった。
ギルの一撃をなぞるようにアレクも剣を叩きつけ、石像はあっさり破壊される。
「・・・・・・!」
「もう一方も動かないでもらおうか」
ジーニの魔法の効果を確かめたエディンが、【磔刑の剣】で残った石像を壁に縫いとめる。
それを見て激昂した魔術師は、召喚していた幻惑蝶を飛ばしアレク・ジーニ・エディンの精神を恐慌状態に陥らせた。
その上、本人は【魔毒の矢】をミナスに飛ばす。
「ぐっ・・・・・・」
ミナスの小さな身体が飛び、硬い石の上に叩きつけられる。
ギルが叫んだ。
「ミナス!」
「ぼ、僕はへいき・・・。早くあいつやっつけちゃって・・・」
「・・・おうよ!」
ギルが【薙ぎ倒し】の体勢に入った。
精神を冒されながらも、アレクが続いて【飛礫の斧】の技を使おうと全身に力を込めて放つ。
削られた地面から硬い石が飛び散り、魔術師と石像を穿つ。
よろけて体勢が崩れたところを、飛び上がったエディンが石像に細剣を突き刺した。
「・・・・・・!おのれ、おのれ冒険者め!」
「・・・悪いが、お前はここで死ぬ」
アレクは静かに黙示録の剣を構えた。
その頭上を、魔術師への攻撃を指示されたスネグーロチカが飛ぶ。
氷室に身を置くより何倍も冷たい感覚が、魔術師を包んだ。
元々、死霊魔術と魔法生物創造の実験で寿命を縮めていた男に、その一撃は致命的だった。
「冒険者・・・呪い殺して・・・やる・・・・・・」
「そんな事はさせません。私がいる限り」
魔術師の最後の一言もアウロラが否定すると、彼は悔しそうに歯噛みしていたが突如痙攣を起こし、目を見開いたまま息を引き取った。
「これ、でこの依頼、も、解決だね」
負傷と毒に麗しい顔を歪ませながらも我慢してミナスがそう言うと、アウロラが【血清の法】や【癒身の法】で彼を癒しながら同意した。
「ええ。さっさと依頼人に報告に行きましょうね」
山からバーベルに戻った一行は、依頼人に仕事完了の報告をした。
山の不死者を操っていた魔術師がいたこと、そのほかに彼がトロールを飼っており攫ってきた人間の死体を利用していたこと・・・魔術師に対する偏見がいっそう深まってしまったようだが、ジーニは全く平気の平左といった感じで応対している。
事後処理は我々に任せたまえという依頼人に、一行は喜んで頷いた。
報酬の銀貨1100枚を受け取り、冒険者たちは依頼人と別れた。
「リーダーよ、そろそろ帰ってもいいんじゃねえか?お怒り解ける頃だろ」
「娘さんの?うーん、そうだな・・・・・・」
「ねね、その前にフォーチュン=ベルに寄り道しない?錬金するものがあるのよ」
「そうか、そっちがあったな。じゃ、フォーチュン=ベル寄ってからリューン帰ろう」
「僕、あそこの噴水で遊びたい!」
「いいですね、暑い時期ですから丁度いいかもしれません」
「・・・風邪引くなよ」
騒がしい”金狼の牙”たちは、また一つの因縁を退廃都市で片付けて旅に出る・・・。
※収入1400sp、情報料-40sp、≪防護の指輪≫≪智者の棒杖≫≪コカの葉≫≪癒神の霊薬≫※
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■後書きまたは言い訳
20回目のお仕事は、Wizさんの死人の山の魔術師です。以前にプレイした紅き鷹への葬送曲の続編(魔術師逃亡時のみ)でございます。
こちらの魔術師ダーウェル、ReadMeを読むとWizさんのお気に入りだったそうですが、そう言う悪役ほどきっちりトドメを刺したくなるのはなぜでしょう・・・(笑)。
冒頭において、いくつか店シナリオを記しておりますが、皆様お分かりになられたでしょうか?
SIGさんのアタノオル、Martさんの焔紡ぎ、Moonlitさんの新港都市ポートリオンなどで技能をがっぽり仕入れて参りました。いずれも美麗絵の、キーコードや汎用性にも優れたスキルたちです。シナリオ作者様、絵師の皆様には本当お礼を申し上げたい・・・。
退廃都市というバーベルの名前、どきっとする印象があります。その二つ名は昔の話だと分かった後も、いなくなった人々の情報収集だったり、いつトロールやゾンビに遭遇するかどきどきの山歩きだったり、ちっとも気の抜けない緊張感溢れるシナリオでした。
そうそう、とあるキーコードがないと途中のお部屋に立ち寄れませんので、プレイされる際はご注意を!
さて、次回スポットが当たるのはミナスです。まだまだ子どもの純真なエルフに、一体どんな冒険が待っているか乞うご期待(このフレーズ使ってみたかった)!
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。
tb: -- cm: 0
Tue.
死人の山の魔術師 4 
中は湿っており、天井から滴る水が冒険者たちを濡らした。
アレクは精霊シェリの眠る神殿を思い出したが、ここはあのように人工的に手を加えられた様子は少なく、せいぜい一本道の途中で木製の扉がある程度だった。
扉の前にしゃがみ込んで聞き耳したエディンが、何も聞こえないと首を振りながら扉の罠を調べる。
そして妙なことに気づいた。
「この扉は開かねえが鍵穴らしきものはねえぞ」
「ん?つまりどういうことだ?」
「リーダー、俺じゃこの扉は開けられねえ。・・・と言っても、前に探検したグリフォンの洞窟のように、どこか違うところに仕掛けがあるわけでもなさそうなんだが・・・」
「もしかして・・・。ちょっとあたしに見せてもらえる?」
エディンと場所を入れ替わったジーニが、白い額に杖の髑髏を当てて2~3語ルーンを呟くと、ノブに杖を触れさせて言った。
「魔法の鍵ね。待ってて、今開けてあげる」
ジーニがベルトポーチから取り出したのは、錬金術の工房で手ほどきを受けた術の薬瓶だった。
【閂の薬瓶】というそれは、不可視の鎖で魔法の鍵を施す。
すでに鍵が掛かってる箇所へ再度振りかければ、力が相殺しあって解除することもできるのだ。
薬を振りかけられたドアノブは、すんなりと開いた。
――そこには、かつてフィロンラの花を収めていたのより、ふた回りは大きな水槽があった。
不気味に脈打つ赤黒い肉塊が浮かんでおり、あまりの醜悪さにアウロラは目をそむけた。
傍らにはずいぶん黄ばんだ表紙の書物もある。
いくつか付箋が付けられているのを見て、ジーニはエディンの調査が終わってからそれに手を伸ばした。
それほど古いものではないようだが、環境のせいか痛んで色褪せているらしく、ジーニはページを破かないよう注意しながら朗読した。
「盗賊ギルドもしつこい連中だ。私がこうなったのは全てあの冒険者のせいだ。バルベルツも冒険者ごときにやられるとは・・・」
「盗賊ギルドが追う相手、だと?」
「そうみたいよ?えーと、このまま追われ続けるのは非常に困る。私の目的達成に支障をきたすからだ。どうにか追っ手の奴らを撒かなければならん」
この日記をつけた主は、追っ手を撒くことに成功したらしい。
しばらく山に身を隠そうとした主は、トロールに襲われたが無事に切り抜け、逆にここの門番として飼う事を考えたようだ。
「とんでもないことになってしまった、とか書いてるけど詳細はないわね。死霊魔術関係のことみたいだけど」
「結局、行方不明事件はトロールのせいだったのか?」
「どうもそうみたい。トロールが攫ってきた人間の死体が残っていた、とか書いてる。使い魔で治安隊や盗賊ギルドの連中を偵察したってあるから、街中の連続殺人事件も知ってたようね。・・・なんか、嫌に冒険者を恨むような記述が多いわ」
よく手入れされた爪で文字をなぞっていたジーニは、不意に出てきた単語に眉をひそめた。
「あん?”新しい私”を創る準備が整った・・・・・・って書いてる」
「新しい私を、創る?」
「ホムンクルスに魂を移せば、自分を追放した賢者の塔の馬鹿どもですら絶対に自分と見抜くことはできない・・・ってさ。ははあ、最初は”不死者に転生”したかったのね。それが上手くいかないもんだから、魔法生物に頼ってみることにしたのか」
「・・・・・・ずいぶんと見過ごしにできない事ばかり書いてますね」
口を尖らせたアウロラにジーニが苦笑した。死霊魔術もホムンクルスで体を創造することも、聖北教会の教義からするととんでもないことに相当するからだろう。
最後の方のページには、霊薬を核にホムンクルスを成長させているとある。
「外気に触れたら死んでしまうようね。・・・頭逝っちゃってるわね、書いた奴。邪魔者は手段を一切選ばず殺すってさ」
「・・・・・・とすると、今までのを踏まえるとホムンクルスって・・・」
「そこの水槽の中の肉塊から、ちょっと大きい生命力を感じるよ」

朗読が終わり、エディンが眠たげな双眸を水槽に向けながら言うと、彼の想定を補うようにミナスが【精霊感知】を行って口添えした。
ギルは一瞬たりとも悩まなかった。斧を構えると、躊躇なく水槽へと竜巻を放つ。水槽のガラスはあっけなく砕け散った。
「ゲアアアアアアア・・・・・・・・・!」
奇妙な、とうてい生き物とも思えない呻き声が響き、肉塊は外気に触れると溶けてなくなった・・・。
「これは・・・・・・?」
ギルは肉塊が溶けた後に残った、小指ほどの大きさの瓶を拾い上げる。
彼の手元を覗き込んだジーニが「まさか」と呟くと、瓶を明かりに透かして鑑定をした。
「癒神の霊薬よ!発見数が少ないからとても貴重でね。服用すると毒や病、負傷や身体の欠損まで完全に癒すことができるの」
「高く売れそうだなあ」
「もちろん!多くの人がこの薬を求めてるもの、高額で売れるわよお」
うきうきしながら癒神の霊薬をベルトポーチにしまい込むジーニに、「早く来いよ」と声をかけてエディンが先行する。
隊列を元に戻した一行が一本道を静かに進むと、もう一つ奥に扉があった。
「・・・鍵や罠は無い様だぜ」
報告する盗賊に頷き、ギルはまた補助魔法をかけるよう声をかけた。多分、ここから先に居るのは日記を書いた者だろう。
アレクは精霊シェリの眠る神殿を思い出したが、ここはあのように人工的に手を加えられた様子は少なく、せいぜい一本道の途中で木製の扉がある程度だった。
扉の前にしゃがみ込んで聞き耳したエディンが、何も聞こえないと首を振りながら扉の罠を調べる。
そして妙なことに気づいた。
「この扉は開かねえが鍵穴らしきものはねえぞ」
「ん?つまりどういうことだ?」
「リーダー、俺じゃこの扉は開けられねえ。・・・と言っても、前に探検したグリフォンの洞窟のように、どこか違うところに仕掛けがあるわけでもなさそうなんだが・・・」
「もしかして・・・。ちょっとあたしに見せてもらえる?」
エディンと場所を入れ替わったジーニが、白い額に杖の髑髏を当てて2~3語ルーンを呟くと、ノブに杖を触れさせて言った。
「魔法の鍵ね。待ってて、今開けてあげる」
ジーニがベルトポーチから取り出したのは、錬金術の工房で手ほどきを受けた術の薬瓶だった。
【閂の薬瓶】というそれは、不可視の鎖で魔法の鍵を施す。
すでに鍵が掛かってる箇所へ再度振りかければ、力が相殺しあって解除することもできるのだ。
薬を振りかけられたドアノブは、すんなりと開いた。
――そこには、かつてフィロンラの花を収めていたのより、ふた回りは大きな水槽があった。
不気味に脈打つ赤黒い肉塊が浮かんでおり、あまりの醜悪さにアウロラは目をそむけた。
傍らにはずいぶん黄ばんだ表紙の書物もある。
いくつか付箋が付けられているのを見て、ジーニはエディンの調査が終わってからそれに手を伸ばした。
それほど古いものではないようだが、環境のせいか痛んで色褪せているらしく、ジーニはページを破かないよう注意しながら朗読した。
「盗賊ギルドもしつこい連中だ。私がこうなったのは全てあの冒険者のせいだ。バルベルツも冒険者ごときにやられるとは・・・」
「盗賊ギルドが追う相手、だと?」
「そうみたいよ?えーと、このまま追われ続けるのは非常に困る。私の目的達成に支障をきたすからだ。どうにか追っ手の奴らを撒かなければならん」
この日記をつけた主は、追っ手を撒くことに成功したらしい。
しばらく山に身を隠そうとした主は、トロールに襲われたが無事に切り抜け、逆にここの門番として飼う事を考えたようだ。
「とんでもないことになってしまった、とか書いてるけど詳細はないわね。死霊魔術関係のことみたいだけど」
「結局、行方不明事件はトロールのせいだったのか?」
「どうもそうみたい。トロールが攫ってきた人間の死体が残っていた、とか書いてる。使い魔で治安隊や盗賊ギルドの連中を偵察したってあるから、街中の連続殺人事件も知ってたようね。・・・なんか、嫌に冒険者を恨むような記述が多いわ」
よく手入れされた爪で文字をなぞっていたジーニは、不意に出てきた単語に眉をひそめた。
「あん?”新しい私”を創る準備が整った・・・・・・って書いてる」
「新しい私を、創る?」
「ホムンクルスに魂を移せば、自分を追放した賢者の塔の馬鹿どもですら絶対に自分と見抜くことはできない・・・ってさ。ははあ、最初は”不死者に転生”したかったのね。それが上手くいかないもんだから、魔法生物に頼ってみることにしたのか」
「・・・・・・ずいぶんと見過ごしにできない事ばかり書いてますね」
口を尖らせたアウロラにジーニが苦笑した。死霊魔術もホムンクルスで体を創造することも、聖北教会の教義からするととんでもないことに相当するからだろう。
最後の方のページには、霊薬を核にホムンクルスを成長させているとある。
「外気に触れたら死んでしまうようね。・・・頭逝っちゃってるわね、書いた奴。邪魔者は手段を一切選ばず殺すってさ」
「・・・・・・とすると、今までのを踏まえるとホムンクルスって・・・」
「そこの水槽の中の肉塊から、ちょっと大きい生命力を感じるよ」

朗読が終わり、エディンが眠たげな双眸を水槽に向けながら言うと、彼の想定を補うようにミナスが【精霊感知】を行って口添えした。
ギルは一瞬たりとも悩まなかった。斧を構えると、躊躇なく水槽へと竜巻を放つ。水槽のガラスはあっけなく砕け散った。
「ゲアアアアアアア・・・・・・・・・!」
奇妙な、とうてい生き物とも思えない呻き声が響き、肉塊は外気に触れると溶けてなくなった・・・。
「これは・・・・・・?」
ギルは肉塊が溶けた後に残った、小指ほどの大きさの瓶を拾い上げる。
彼の手元を覗き込んだジーニが「まさか」と呟くと、瓶を明かりに透かして鑑定をした。
「癒神の霊薬よ!発見数が少ないからとても貴重でね。服用すると毒や病、負傷や身体の欠損まで完全に癒すことができるの」
「高く売れそうだなあ」
「もちろん!多くの人がこの薬を求めてるもの、高額で売れるわよお」
うきうきしながら癒神の霊薬をベルトポーチにしまい込むジーニに、「早く来いよ」と声をかけてエディンが先行する。
隊列を元に戻した一行が一本道を静かに進むと、もう一つ奥に扉があった。
「・・・鍵や罠は無い様だぜ」
報告する盗賊に頷き、ギルはまた補助魔法をかけるよう声をかけた。多分、ここから先に居るのは日記を書いた者だろう。
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Tue.
死人の山の魔術師 3 
着いて早々、何かの気配がして茂みに隠れた一行だったが・・・。
ふらりと奥から進み出てきた2体のゾンビーを、「まさかアレにやられたわけでは・・・」と眺めていると、不意に地響きが起こった。
「な、な、なによこれ!?」
「・・・精霊たちが怯えてる・・・なんだろう?」
「シッ。みんな、静かに・・・・・・。何かでかいのが来る」
ジーニやミナスを落ち着かせたエディンが、暗い木々の奥を真剣な眼差しで見透かすようにすると、巨大な「何か」がこちらに来るのが分かった。
その正体を看破したアウロラが青褪める。
「トロール・・・・・・」
欲望の剣亭で得た情報は、杞憂ではなかったのだ。

「もしやこれが以前にここに来た冒険者を殺したのですか!?」
小声で推測を口にするアウロラに、誰も応じることはできなかった。
トロールが先を歩いているゾンビーを無造作に捕まえ、その口へと運んだのである。
気色の悪い咀嚼音に身を縮め、ひたすらトロールが過ぎ去るのを待つ。
・・・やがて、満腹になったトロールがゆっくりと山の上方へ去るのを見届けた”金狼の牙”たちは、隠れていた茂みからがさごそと出てきた。
「やり過ごせたようですね・・・。まさかトロールがいるとは・・・」
「冒険者たちを殺したのがあいつだとしても、ゾンビーの方はどうなるんだ?」
アレクの疑問ももっともだ。
「関係ないでしょうね。死霊魔術を使うトロールなんているわけありません」
「アウロラの言うとおりだと思うわ。私の杖、ちっともトロールに反応してなかったもの」
ジーニが小さな灰色の髑髏がついた杖を振り回しつつ言う。
彼女の杖は、かつてゾンビーたちが溢れる洞窟において、魔力で隠された部屋から発見した死霊術士の杖だ。
それに反応がないと言うことは、トロールとゾンビーが全く別件であると思って良いだろう。
冒険者たちは、互いの顔を戸惑った目で見つめていたが、アウロラが「引き続き調査を続けましょう」と冷静に切り出し、のろのろと動き始めた。
「あいつとまた出会わないといいんだけどね・・・・・・」
「大丈夫だよ、ジーニ。来たら精霊たちが分かるから、僕が教えてあげる」
「そりゃどうも」
一行は腐葉土に覆われた斜面を、滑らないように注意しながら登る。
時折ミナスがその尖った耳を澄ませて、精霊たちに異常がないかを確認していく。
不意にエディンがしゃがみこみ、とある木の根元に細剣を突っ込んだ。
つられたようにギルもしゃがみ込んで、剣の先を見やる。
「防護の指輪が落ちてやがんな」
「前に紅き鷹旅団のアジトで見つけたのと同じ奴か?」
「そうだ」
転がり出てきた銀の指輪は、コマンドワードを唱えると物理攻撃に対する防御力と、魔法に対する抵抗力を上昇させるアイテムだった。
エディンが器用な指先でつまみ上げたが、眉間に皺を寄せて呟く。
「指輪に血がついてやがる・・・」
「暁の旅団は新米だと言うから、海鳴りの槌の物だろうか?」
「そうだな。価値が下がってるとはいえマジックアイテムだ。アレクの言うとおり、海鳴りの槌の誰かが落とした可能性が高いんじゃねえか」
近づいたアレクが指輪の所有者を予想すると、ギルも傍らで同意した。
指輪をベルトの隠しポケットに押し込むと、仲間を促してまた歩き始める。
途中、落ちたら確実に命がなくなりそうな崖などもあり、冒険者たちはいっそう慎重な足取りで進んだ。
欲望の剣亭で亭主に聞いた泉も見つけたが、まだまだ体力が余っていたので、休憩を取ることなく先を急ぐ。
すると、唐突に採石場のような開けた場所にたどり着いた。
「あ、あいつこんな所に・・・・・・!」
ミナスが指さした先、切り立った崖に埋もれるようにして存在する洞窟の前に、トロールが立っていた。
「まるで門番だな・・・」

やや呆れたようなギルの言葉に、エディンが頷きつつ様子を窺った。
「やつをぶっ殺さなけりゃ洞窟には入れそうにないな」
「正面切るより、絡め手を使うべきでしょうね。いつもの通りにやっちゃう?」
「・・・・・・そう、だな。補助魔法をかけてから【眠りの雲】をかけよう」
ギルの決定に各々が準備をする。
ミナスがスネグーロチカを、ジーニが新魔法である旋風の護りを召喚し、戦う姿勢が万全になると、おもむろにジーニが呪文を唱え始めた。
「『万物に宿る魔法の力よ、眠りをもたらせ』!」
甘い匂いの誘眠性ガスがトロールを眠りへと陥らせる。
同時に、得物を構えた他の仲間がトロールへと走り寄った。
動くこともできず崩れ落ちたトロールに、ギルとエディンが深手を負わせ――最後に、アレクが新しい武器である黙示録の剣で止めを刺す。
「よっし、終わった!」
「・・・妙に使い心地がいいな、この剣は」
幼馴染コンビがそれぞれ違った感想をもらす横で、エディンがこれ以上の罠がないかを確認したが見つからなかった。
「よし、入るぞ・・・」
ふらりと奥から進み出てきた2体のゾンビーを、「まさかアレにやられたわけでは・・・」と眺めていると、不意に地響きが起こった。
「な、な、なによこれ!?」
「・・・精霊たちが怯えてる・・・なんだろう?」
「シッ。みんな、静かに・・・・・・。何かでかいのが来る」
ジーニやミナスを落ち着かせたエディンが、暗い木々の奥を真剣な眼差しで見透かすようにすると、巨大な「何か」がこちらに来るのが分かった。
その正体を看破したアウロラが青褪める。
「トロール・・・・・・」
欲望の剣亭で得た情報は、杞憂ではなかったのだ。

「もしやこれが以前にここに来た冒険者を殺したのですか!?」
小声で推測を口にするアウロラに、誰も応じることはできなかった。
トロールが先を歩いているゾンビーを無造作に捕まえ、その口へと運んだのである。
気色の悪い咀嚼音に身を縮め、ひたすらトロールが過ぎ去るのを待つ。
・・・やがて、満腹になったトロールがゆっくりと山の上方へ去るのを見届けた”金狼の牙”たちは、隠れていた茂みからがさごそと出てきた。
「やり過ごせたようですね・・・。まさかトロールがいるとは・・・」
「冒険者たちを殺したのがあいつだとしても、ゾンビーの方はどうなるんだ?」
アレクの疑問ももっともだ。
「関係ないでしょうね。死霊魔術を使うトロールなんているわけありません」
「アウロラの言うとおりだと思うわ。私の杖、ちっともトロールに反応してなかったもの」
ジーニが小さな灰色の髑髏がついた杖を振り回しつつ言う。
彼女の杖は、かつてゾンビーたちが溢れる洞窟において、魔力で隠された部屋から発見した死霊術士の杖だ。
それに反応がないと言うことは、トロールとゾンビーが全く別件であると思って良いだろう。
冒険者たちは、互いの顔を戸惑った目で見つめていたが、アウロラが「引き続き調査を続けましょう」と冷静に切り出し、のろのろと動き始めた。
「あいつとまた出会わないといいんだけどね・・・・・・」
「大丈夫だよ、ジーニ。来たら精霊たちが分かるから、僕が教えてあげる」
「そりゃどうも」
一行は腐葉土に覆われた斜面を、滑らないように注意しながら登る。
時折ミナスがその尖った耳を澄ませて、精霊たちに異常がないかを確認していく。
不意にエディンがしゃがみこみ、とある木の根元に細剣を突っ込んだ。
つられたようにギルもしゃがみ込んで、剣の先を見やる。
「防護の指輪が落ちてやがんな」
「前に紅き鷹旅団のアジトで見つけたのと同じ奴か?」
「そうだ」
転がり出てきた銀の指輪は、コマンドワードを唱えると物理攻撃に対する防御力と、魔法に対する抵抗力を上昇させるアイテムだった。
エディンが器用な指先でつまみ上げたが、眉間に皺を寄せて呟く。
「指輪に血がついてやがる・・・」
「暁の旅団は新米だと言うから、海鳴りの槌の物だろうか?」
「そうだな。価値が下がってるとはいえマジックアイテムだ。アレクの言うとおり、海鳴りの槌の誰かが落とした可能性が高いんじゃねえか」
近づいたアレクが指輪の所有者を予想すると、ギルも傍らで同意した。
指輪をベルトの隠しポケットに押し込むと、仲間を促してまた歩き始める。
途中、落ちたら確実に命がなくなりそうな崖などもあり、冒険者たちはいっそう慎重な足取りで進んだ。
欲望の剣亭で亭主に聞いた泉も見つけたが、まだまだ体力が余っていたので、休憩を取ることなく先を急ぐ。
すると、唐突に採石場のような開けた場所にたどり着いた。
「あ、あいつこんな所に・・・・・・!」
ミナスが指さした先、切り立った崖に埋もれるようにして存在する洞窟の前に、トロールが立っていた。
「まるで門番だな・・・」

やや呆れたようなギルの言葉に、エディンが頷きつつ様子を窺った。
「やつをぶっ殺さなけりゃ洞窟には入れそうにないな」
「正面切るより、絡め手を使うべきでしょうね。いつもの通りにやっちゃう?」
「・・・・・・そう、だな。補助魔法をかけてから【眠りの雲】をかけよう」
ギルの決定に各々が準備をする。
ミナスがスネグーロチカを、ジーニが新魔法である旋風の護りを召喚し、戦う姿勢が万全になると、おもむろにジーニが呪文を唱え始めた。
「『万物に宿る魔法の力よ、眠りをもたらせ』!」
甘い匂いの誘眠性ガスがトロールを眠りへと陥らせる。
同時に、得物を構えた他の仲間がトロールへと走り寄った。
動くこともできず崩れ落ちたトロールに、ギルとエディンが深手を負わせ――最後に、アレクが新しい武器である黙示録の剣で止めを刺す。
「よっし、終わった!」
「・・・妙に使い心地がいいな、この剣は」
幼馴染コンビがそれぞれ違った感想をもらす横で、エディンがこれ以上の罠がないかを確認したが見つからなかった。
「よし、入るぞ・・・」
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Tue.
死人の山の魔術師 2 
まずは行方不明になった冒険者について調べようと主張するジーニに引きずられるように、”金狼の牙”たちは一角獣の涙亭に入った。
聞き込みをすると程なく、
「ああ、あの依頼を受けた人?それ暁の旅団と海鳴りの槌だよ」
と情報があった。
駆け出しが暁の旅団。海鳴りの槌は結構有名だとかで、パーティ内でその名を知る者はいなかったのだが、この店の中で「ああ、あいつらか」とほとんどの客が反応を返してきた。
「最後に彼らが行った場所とかは知らない?」
ミナスが小首を傾げて聞いてみたものの、それにはかばかしい返事はなかった。

「最後に向かった場所が分かれば、手がかりになると思うけど・・・」
「うん、そうだな。これ以上分からないなら、他のところも行ってみようぜ」
ギルはそう言うと、ミナスの手を繋いで歩き出した。
もう12歳、子ども扱いは恥ずかしいと思っても不思議ではない年齢なのだが、素直で優しい性質の為か、仲間たちが見せる親愛の情を拒むことはミナスはしない。
小さな白い手でごつごつしたギルの手を握り返すと、嬉しそうに微笑んでいる。
「そうだわ・・・。どこに行くにしろ、冒険者なら雑貨屋で装備を整えたりするのではないでしょうか?」
「可能性はあるな。よし、聞き込みするか」
アウロラの意見に頷いた一行は、そこで暁の旅団の一員を知る女性から、彼らがバルバベル山に向かったという話を聞いた。
ラップと言う友人を案じる女性の顔には、もう戻ってこないだろうという諦観と悲哀がよく伺えた。
「あの様子じゃ、ただの友人って訳でもなさげね。ひょっとして・・・・・・」
「よせよ、ジーニ。俺たちにできるのは、せいぜいがとこ敵討ちくらいだろ」
「・・・そうね、あんたの言うとおりだわ。エディン」
さらにバルバベル山についての情報を得ようと、地元民が集まる聖北教会に訪れた”金狼の牙”たちは、そこで依頼人であるパイクの伝手で情報屋の場所を教えてもらった。もう一つの冒険者の店にいるという。
欲望の剣亭、というその小さな冒険者の宿は、酷く日当たりの悪い場所に建っていた。
目つきの良くない人間が出入りしている。
見るからに上品なアウロラや、見目麗しい小さなミナスを守るように囲み、一行は針のような視線を顔に受けながら店に入った。
紹介された名前をカウンターに立つ小男に言うと、彼はエプロンを外して冒険者たちに手近なテーブルに着くよう指示する。
「何が知りたい?」
「バルバベル山」
短くエディンが切り出すと、亭主兼情報屋であるその男は、情報料の銀貨40枚を刀痕の目立つ手で受け取り、
「かつてこのバーベルを退廃させたトロールの一族が住んでいた山だ」
と語り始めた。
「まあ、今じゃ全滅しているがな。もしかしたら生き残りがいたりするかもしれないな」
「生き残りですか。遭いたくないですね・・・山で休憩できるような場所はありませんか?」
「中間地点には綺麗な泉があるから、そこで休憩もできるだろうな」
そこそこの情報を得られた一行は、足ごしらえを済ませると山へ移動した。

聞き込みをすると程なく、
「ああ、あの依頼を受けた人?それ暁の旅団と海鳴りの槌だよ」
と情報があった。
駆け出しが暁の旅団。海鳴りの槌は結構有名だとかで、パーティ内でその名を知る者はいなかったのだが、この店の中で「ああ、あいつらか」とほとんどの客が反応を返してきた。
「最後に彼らが行った場所とかは知らない?」
ミナスが小首を傾げて聞いてみたものの、それにはかばかしい返事はなかった。

「最後に向かった場所が分かれば、手がかりになると思うけど・・・」
「うん、そうだな。これ以上分からないなら、他のところも行ってみようぜ」
ギルはそう言うと、ミナスの手を繋いで歩き出した。
もう12歳、子ども扱いは恥ずかしいと思っても不思議ではない年齢なのだが、素直で優しい性質の為か、仲間たちが見せる親愛の情を拒むことはミナスはしない。
小さな白い手でごつごつしたギルの手を握り返すと、嬉しそうに微笑んでいる。
「そうだわ・・・。どこに行くにしろ、冒険者なら雑貨屋で装備を整えたりするのではないでしょうか?」
「可能性はあるな。よし、聞き込みするか」
アウロラの意見に頷いた一行は、そこで暁の旅団の一員を知る女性から、彼らがバルバベル山に向かったという話を聞いた。
ラップと言う友人を案じる女性の顔には、もう戻ってこないだろうという諦観と悲哀がよく伺えた。
「あの様子じゃ、ただの友人って訳でもなさげね。ひょっとして・・・・・・」
「よせよ、ジーニ。俺たちにできるのは、せいぜいがとこ敵討ちくらいだろ」
「・・・そうね、あんたの言うとおりだわ。エディン」
さらにバルバベル山についての情報を得ようと、地元民が集まる聖北教会に訪れた”金狼の牙”たちは、そこで依頼人であるパイクの伝手で情報屋の場所を教えてもらった。もう一つの冒険者の店にいるという。
欲望の剣亭、というその小さな冒険者の宿は、酷く日当たりの悪い場所に建っていた。
目つきの良くない人間が出入りしている。
見るからに上品なアウロラや、見目麗しい小さなミナスを守るように囲み、一行は針のような視線を顔に受けながら店に入った。
紹介された名前をカウンターに立つ小男に言うと、彼はエプロンを外して冒険者たちに手近なテーブルに着くよう指示する。
「何が知りたい?」
「バルバベル山」
短くエディンが切り出すと、亭主兼情報屋であるその男は、情報料の銀貨40枚を刀痕の目立つ手で受け取り、
「かつてこのバーベルを退廃させたトロールの一族が住んでいた山だ」
と語り始めた。
「まあ、今じゃ全滅しているがな。もしかしたら生き残りがいたりするかもしれないな」
「生き残りですか。遭いたくないですね・・・山で休憩できるような場所はありませんか?」
「中間地点には綺麗な泉があるから、そこで休憩もできるだろうな」
そこそこの情報を得られた一行は、足ごしらえを済ませると山へ移動した。

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Tue.
死人の山の魔術師 1 
解放祭パランティア終了後、拳で暴れだした娘さんから逃げた”金狼の牙”たちは、暫くリューンに戻るまいとあちこちを旅していた。
硫黄や書物の匂いがする錬金術師の工房、焔紡ぎと異名をとる剣士の住む廃墟、活気に満ちた新しい港町など――そうしてたどり着いたのがここ、バーベルだった。
退廃都市という俗称で呼ばれるバーベルは、かつて幾度もトロールの襲撃を受け、その度に街が破壊されていた。
住人は去り行き、旅人の足も遠のいた。そうしてバーベルは廃れていったのだ。
・・・もっとも現在ではトロールは討伐され、交易も盛ん。かつての面影はないのだが。
それゆえに、依頼人があえてその俗称を使ったことに、エディンはひどく良くないことが起きていると察したのだ。
「・・・退廃都市バーベルへようこそ」
「・・・どうも」
目の前に座る依頼人は、バーベル治安隊の副隊長を務める男である。
路銀も心もとなくなってきたので、中の下くらいの宿を取り一休みしていると、急に宿の主人に声をかけられたのである。
――曰く、この街のお偉いさんがあんたらをご指名で仕事を頼みに来ているぞ、と。
パイス、と名乗ったその依頼人は、深刻そうな顔の中に焦りを滲ませて口火を切った。
「・・・・・・来て早々ですまないがすぐに依頼の話をさせてもらおう」
「ええ、どうぞ」
ギィ、と微かなきしみを椅子に強要しながらジーニが促した。
「・・・今から一ヶ月程度前のことだ。旅人が不死者に襲われるという事件が起こったのだ」
(一月前、か・・・。ちょっと厄介そうだな、こりゃ)
エディンは心中で舌打ちした。時間が経てば経つほど、犯人の痕跡や居場所が分かりづらくなるのは当然の話だ。
「・・・だが、我々はある連続殺人事件の捜査に忙しかったため、冒険者に依頼を出して任せていたのだ」
「あら、もう雇ってらっしゃったんですか?」
「しかし、その調査に向かった冒険者たちがいつまで経っても帰ってこなかった」
「ミイラ取りがミイラに、というわけか」
アレクの言葉に依頼人は頷き、再び話を続けた。
そこでバーベル治安隊は仕方なく他の冒険者に依頼し、調査を頼んだと言う。
・・・後で聞いた話では、最初に依頼した冒険者たちはまだ結成したばかりのパーティだったそうで、それならばゾンビー程度に不覚を取ることもあるだろうと考え、戻らぬのを誰も不審に思わなかったらしい。
問題はその後だ。
「・・・・・・だが次に依頼した冒険者たちも行方不明になった」
「まあ・・・・・・。なんと言うことでしょう。2つ目のパーティはどのくらいの実力者ですの?」
十字を切ったアウロラが依頼人に尋ねると、
「彼らはこのバーベルでも腕利きと聞いている。そう簡単にやられるとは思えない。彼らが行方不明になったことでこの街の冒険者たちは誰一人この依頼を受けなくなったのだ」
と答えた。
エディンが自分のブルネットをかき回しながら鼻を鳴らす。きな臭い、という合図だ。
冒険と言う仕事は非常にシビアだ。実力に見合う仕事を選べなければ、失敗までならともかく己の命を落とす可能性も高い。
だから、腕利きが適わなかった仕事を他の冒険者たちが避けるのは理解できる――だが。
そう言う場合、まず領主に助けを求めるのではないか、と彼は思う。
領主には騎士団が居る。どのくらいの錬度を誇るかは団によってまちまちだが、冒険者とは比べ物にならない人数や装備を整えていることが多い。
時には竜退治にすら出かける事のあるそれを、何故動かすよう進言しないのか?
「・・・しかし、冒険者たちを除けば最初の旅人以外の犠牲者はいない」
「ハハーン、それで腑に落ちたぜ。そう言うことか」
「え、何?エディンどういうこと??」
目を瞠って依頼人と仲間の顔を交互に見やるミナスに、依頼人は詳しく説明した。
「領主様は大きな被害が出ていないのだから、治安隊が調査する必要はないと考えたのだ」
「なんだよそれ、酷すぎるよ!」
「被害は小さい、か。ひと一人の命をそのように扱うようでは、あまり良い領主とは言えんな」
首を小さく横に振るアレクに頷いた後、依頼人は骨ばった指を組み合わせ、刻まれた皺をいっそう深くして”金狼の牙”たちの顔を見渡した。
「・・・だが私は嫌な予感がするのだよ」
「嫌な予感、ですか?」
「・・・・・・・・・この地で何かが起ころうとしているのではないかと」
堅苦しいと評判ではあるが、ある程度以上の交渉能力を持った経験豊かな副隊長の言に、”金狼の牙”たちは顔を見合わせた。その予感とやらが杞憂で済むならいい。だが、そうじゃない時が訪れれば・・・・・・。
「だから君たちにこの事件の調査と原因の排除を頼みたい。・・・何か質問はあるかね?」
「先ほど教えていただいた、新米と腕利き。それぞれのパーティについて知りたいのですけど」
「・・・すまないが私はよく知らない。私に聞くよりも彼らの宿に行くといいだろう」
どちらも一角獣の涙亭という宿を拠点にしていたと言う。
報酬は、と聞いたのはいつもの通りジーニで、成功報酬が銀貨900枚、前金でさらに300枚という破格の値だったが、更に値上げするため「安すぎると思うんだけど?」と交渉を始めた。

依頼人はすぐに音をあげ、成功報酬に200枚の増額を約束してくれた。
ならば否やはない。依頼を受け、バーベル市内の地図と前金を渡された一行は、さっそく市内へと飛び出した。
硫黄や書物の匂いがする錬金術師の工房、焔紡ぎと異名をとる剣士の住む廃墟、活気に満ちた新しい港町など――そうしてたどり着いたのがここ、バーベルだった。
退廃都市という俗称で呼ばれるバーベルは、かつて幾度もトロールの襲撃を受け、その度に街が破壊されていた。
住人は去り行き、旅人の足も遠のいた。そうしてバーベルは廃れていったのだ。
・・・もっとも現在ではトロールは討伐され、交易も盛ん。かつての面影はないのだが。
それゆえに、依頼人があえてその俗称を使ったことに、エディンはひどく良くないことが起きていると察したのだ。
「・・・退廃都市バーベルへようこそ」
「・・・どうも」
目の前に座る依頼人は、バーベル治安隊の副隊長を務める男である。
路銀も心もとなくなってきたので、中の下くらいの宿を取り一休みしていると、急に宿の主人に声をかけられたのである。
――曰く、この街のお偉いさんがあんたらをご指名で仕事を頼みに来ているぞ、と。
パイス、と名乗ったその依頼人は、深刻そうな顔の中に焦りを滲ませて口火を切った。
「・・・・・・来て早々ですまないがすぐに依頼の話をさせてもらおう」
「ええ、どうぞ」
ギィ、と微かなきしみを椅子に強要しながらジーニが促した。
「・・・今から一ヶ月程度前のことだ。旅人が不死者に襲われるという事件が起こったのだ」
(一月前、か・・・。ちょっと厄介そうだな、こりゃ)
エディンは心中で舌打ちした。時間が経てば経つほど、犯人の痕跡や居場所が分かりづらくなるのは当然の話だ。
「・・・だが、我々はある連続殺人事件の捜査に忙しかったため、冒険者に依頼を出して任せていたのだ」
「あら、もう雇ってらっしゃったんですか?」
「しかし、その調査に向かった冒険者たちがいつまで経っても帰ってこなかった」
「ミイラ取りがミイラに、というわけか」
アレクの言葉に依頼人は頷き、再び話を続けた。
そこでバーベル治安隊は仕方なく他の冒険者に依頼し、調査を頼んだと言う。
・・・後で聞いた話では、最初に依頼した冒険者たちはまだ結成したばかりのパーティだったそうで、それならばゾンビー程度に不覚を取ることもあるだろうと考え、戻らぬのを誰も不審に思わなかったらしい。
問題はその後だ。
「・・・・・・だが次に依頼した冒険者たちも行方不明になった」
「まあ・・・・・・。なんと言うことでしょう。2つ目のパーティはどのくらいの実力者ですの?」
十字を切ったアウロラが依頼人に尋ねると、
「彼らはこのバーベルでも腕利きと聞いている。そう簡単にやられるとは思えない。彼らが行方不明になったことでこの街の冒険者たちは誰一人この依頼を受けなくなったのだ」
と答えた。
エディンが自分のブルネットをかき回しながら鼻を鳴らす。きな臭い、という合図だ。
冒険と言う仕事は非常にシビアだ。実力に見合う仕事を選べなければ、失敗までならともかく己の命を落とす可能性も高い。
だから、腕利きが適わなかった仕事を他の冒険者たちが避けるのは理解できる――だが。
そう言う場合、まず領主に助けを求めるのではないか、と彼は思う。
領主には騎士団が居る。どのくらいの錬度を誇るかは団によってまちまちだが、冒険者とは比べ物にならない人数や装備を整えていることが多い。
時には竜退治にすら出かける事のあるそれを、何故動かすよう進言しないのか?
「・・・しかし、冒険者たちを除けば最初の旅人以外の犠牲者はいない」
「ハハーン、それで腑に落ちたぜ。そう言うことか」
「え、何?エディンどういうこと??」
目を瞠って依頼人と仲間の顔を交互に見やるミナスに、依頼人は詳しく説明した。
「領主様は大きな被害が出ていないのだから、治安隊が調査する必要はないと考えたのだ」
「なんだよそれ、酷すぎるよ!」
「被害は小さい、か。ひと一人の命をそのように扱うようでは、あまり良い領主とは言えんな」
首を小さく横に振るアレクに頷いた後、依頼人は骨ばった指を組み合わせ、刻まれた皺をいっそう深くして”金狼の牙”たちの顔を見渡した。
「・・・だが私は嫌な予感がするのだよ」
「嫌な予感、ですか?」
「・・・・・・・・・この地で何かが起ころうとしているのではないかと」
堅苦しいと評判ではあるが、ある程度以上の交渉能力を持った経験豊かな副隊長の言に、”金狼の牙”たちは顔を見合わせた。その予感とやらが杞憂で済むならいい。だが、そうじゃない時が訪れれば・・・・・・。
「だから君たちにこの事件の調査と原因の排除を頼みたい。・・・何か質問はあるかね?」
「先ほど教えていただいた、新米と腕利き。それぞれのパーティについて知りたいのですけど」
「・・・すまないが私はよく知らない。私に聞くよりも彼らの宿に行くといいだろう」
どちらも一角獣の涙亭という宿を拠点にしていたと言う。
報酬は、と聞いたのはいつもの通りジーニで、成功報酬が銀貨900枚、前金でさらに300枚という破格の値だったが、更に値上げするため「安すぎると思うんだけど?」と交渉を始めた。

依頼人はすぐに音をあげ、成功報酬に200枚の増額を約束してくれた。
ならば否やはない。依頼を受け、バーベル市内の地図と前金を渡された一行は、さっそく市内へと飛び出した。
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