Sun.
ゴブリンの洞窟&恐るべきゴブリン退治その4 
見逃していた残りのゴブリンがいないか、鉱山跡から出てからもしばらく森の中を散策していると、湧水による泉を発見した。
そこで体力を回復した一行は、もう他にゴブリンはいないだろうと、村へ続く道を歩いていた。
「今回は少々、梃子摺りましたね」
最後尾を歩くモイラが感想を述べると、少し前方を歩いていたフタバが肯定する。
「本当ね。何だか、死に物狂いって感じだったわ」
そこで体力を回復した一行は、もう他にゴブリンはいないだろうと、村へ続く道を歩いていた。
「今回は少々、梃子摺りましたね」
最後尾を歩くモイラが感想を述べると、少し前方を歩いていたフタバが肯定する。
「本当ね。何だか、死に物狂いって感じだったわ」
-- 続きを読む --
「仲間の誰も、僕の【癒身の法】が何度も必要になるほどの大怪我がなくて、ほっとしましたよ……フレッドくん?」
ミハイルの台詞の前半は女性2人に向けられたものだったが、後半は不意に立ち止まった先頭を歩く少年へのものだった。言葉のニュアンスだけで、訝しさを表している。
若年ながら森の中に慣れている彼は、僅かに口を開いて、自分の前にある大岩の崩れた痕跡を注視している。確かに少しばかり歩きづらいが、五体満足な彼が躊躇するほど、踏み込めない場所のようには如何しても思われない。
しゃがみ込んだフレッドの、年齢不相応に太くがっしりした指が、岩の破片のひとつを撫ぜた。
「なあ、皆。俺、この岩に見覚えあるんだ」
「……鉱山跡へ向かう時に見かけていた、ということでしょう?」
「行く時には、こいつは割れてなかった。俺たちがゴブリンと戦ってた間に、誰が岩を割ったんだ?」
はた、とミハイルは口を閉じた。
割れた岩は、これが一塊だったことを考えれば、牝牛を3倍にしたような大きさである。高さもあれば厚みもそれなりにあって、鉱山の工夫がつるはしを振るっても、簡単には割れないだろうということは、素人でも予測できた。
躊躇いがちにフタバが口を挟む。
「野生動物の仕業ではないの?」
「大鹿の頭突きや大猪の突進は凄まじい威力だけど、あいつらなら意味もなく岩を割るなんてしねえ。同族の雄と戦ったり、獲物を殺すためにやるんだから。何より……蹄の跡がない」
突然、寒風に晒されでもしたかのように、リュミエールが震え始めた。
仲間の頭上を飛んでいたのが、一番後ろを歩いていたモイラの肩に舞い降り、小さな手で縋るように癖のない金髪を掴む。
「……リュミエール殿?」
「ダメ。みんな、ここいたらダメ。早く逃げよう、この先は行けないよ!」
「リュミエール殿、しかし村に戻るのならこの道を――」
「グギギャアアアォオオオ!」
その瞬間、森全体が震えるような、おぞましい咆哮が鳴り響く。
生存本能がやばいと警鐘を鳴らし、身の危険を感じた冒険者たちは、思わずその場に立ち竦んだ。
一行が固まっていると、ふっと視界が薄暗くなり――割れた大岩の向こう側に、岩と遜色ない大きさのものが立ち塞がった。
「ウゴオオオオオオオグォオオオオ!」
「ひいぃ!」
「リュミエール殿!」
それは細胞の一つ一つが破裂しそうなほど筋肉が膨張し、目が熟し過ぎたトマトの様に充血している、化け物としか言いようが無い異形の存在であった。もし、フレッドが違和感を覚えて立ち止まったり、リュミエールが忠告を発しなかったら、そのまま警戒なく歩いていた冒険者たちは、次の瞬間には血まみれの肉塊になっていただろう。
咆哮に気圧され肩から転げ落ちたフェアリーを、危うくモイラがキャッチする。
呆けたような顔でミハイルが呟いた。
「これは……一体何なんですか……?」
「信じがたい……が、俺の観察眼が間違えてるとは思えない……」
ゴブリンだ、とカノンは告げた。
「ご冗談でしょう……?」
「蛙に似た皮膜状の皮膚や、陽光を受け付けない目の特徴、醜悪な面、どう考えてもゴブリンだ。くそっ、何だこれは聞いてないぞ!」
「何してるの、皆!」
鼓動がバクバクと鳴り響き、うっかり気を抜くと意識を手放しそうになりながらも、フタバはこの場における唯一の正解を仲間たちへ叩きつけた。
「逃げるのよ!!」
その一言がトリガーとなり、冒険者たちは震える足を叱咤して、今来た道へ取って返した。
まだ固まったままのリュミエールは、モイラが咄嗟にポケットに突っ込んでいる。
岩を調べていたせいで巨大ゴブリンの近くに立っていたフレッドは、少しでも目眩ましになればと、大斧で岩の破片を掬い上げ、でかい目標へ礫を放った。
「ッグアアアグォオオォオ!」
全く痛打になった様子はないものの、礫を払う動作の分だけ、こちらを追うのが出遅れたらしい。
フレッドは、巨大ゴブリンの向こうに積み重なった赤い物の正体に気づき、心底ゾッとしながらも、ゴブリンが振るった丸太と変わらぬ威力の腕を、間一髪ならぬ間二髪といった感じで回避した。
その勢いのまま、仲間の後を一目散に追いかける。
恐怖から息が切れ切れになりながらも、障害物の多い森の中であることが幸いし、一行は何とか1人の取りこぼしもなく、森の北東まで後退することが出来た。
荒い呼吸をどうにか整えることに成功すると、まずフタバが怒鳴った。
「なんなのよアレは!?」
「落ち着いてください……」
未知の怪物に遭遇し取り乱す仲間を、ポケットから窒息しない内にフェアリーを取り出したモイラが宥める。とは言うものの、沈勇な彼女とてあの規格外のゴブリンに再び立ち向かうなどという選択肢は、選ぶ気が起きない。
ロザリオをぎゅっと握りこんだミハイルが、誰にともなく言った。
「……取り敢えずどうしますか?」
「……アレに正面から挑むのは無理だな。まず勝てん」
「身も蓋もない意見ですね」
「いや、カノンの言うとおりだぜ」
最後に退却したフレッドの弱気な発言に、仲間たちが彼を見やった。
「皆は見てねぇだろうけど、奴の後ろに鹿や狼の骸が積み重なってた。首が力で捩じ切られてたぜ。あんなこと出来る怪物が、俺らの手に負えるわけがねえ」
「……そうか、狩人が言っていた『獲物を見かけなくなった』というのは、あの巨大ゴブリンが狩りを行なっていたからか」
「でもそれなら、私たちが情報収集をした時、何故あいつの足跡のことが出なかったのか……。あれだけ重量級なら、痕跡を隠しようもないでしょう。違いますか?」
「多分だけど、足跡がでか過ぎて、ただの地面のへこみとしか判断しなかったんだ。俺が狩人でも、あんなへこみを何かの足跡だなんて思わねえよ。規格外もいいとこだぜ」
冒険者たちの間に、重い空気が流れる。
「で、でも、さ」
未だに震えの治まらないらしいリュミエールが、やっとの思いで口を開いた。
「あいつ、あ、あたしたちがここから出る、邪魔、するつもりだよね。森の出口、見張られてたら、どうやってもか、か、帰れ、ない」
「……とりあえず行動しようぜ。ここでたむろしても、やっこさんのいい餌になるだけだ。あれが本当にゴブリンだとして、何か解決の手立てがあるかもしれねえ」
「そうね……。最初からあのサイズでいたとは考えにくいわ。移動で目立って仕方ないはずなのに、目撃したなんて証言、どこからも聞いてないもの」
「何なら鉱山跡に引き返してみるか。魔法が関わっているのかもしれん」
一応の方針が決まった冒険者たちは、鉱山跡を探索する事にした。
ゴブリンたちの死体がまだ転がる中、幅はそう広くないものの奥行きのある空間を、行きつ戻りつしながら、目を皿のようにしてこの事態を打破できるヒントを探す。
「カノーン!これ!」
「お、何か見つけたか?」
「魔法陣だよ!……これって、ゴブリンが描いたのかな?」
本来は円形や六芒星などを描くはずの陣は、ずいぶんと外周からして歪んでいた。通常であれば、ひとつの記号で複数の意味を持たせられるルーン文字などで、必要な魔法効果を篭めていくはずなのだが、この魔法陣に用いられているのは、人語を適当に模写したと思われる引っ掻き傷のような記号だ。
「なんて下手くそなの……」
「聖北教会でも、破魔や呪い除去用の陣はありますが……これは酷い」
フタバやミハイルの意見に頷きつつも、カノンはじっくりと魔法陣に散らばっている意図を読み取ろうと観察し続けた。
「……どうやらこの魔法陣は、『対象の肉体を強化する』魔法の様だな。見ての通り魔法陣が滅茶苦茶だから、暴走して発動したんだろう。その結果、ゴブリンが化け物の様になったと言ったところか」
「なあ、カノン。俺は魔法は完全に専門外だけどよ。この魔法陣を消せば、あの巨大なゴブリンは元に戻るんじゃないか?」
「残念ながらこのタイプの術式は、魔法陣を消しても対象の効果は消えないタイプだな。あのゴブリンに対して直接、魔法を解除する事ができれば効果は消えるかもしれないが……」
「あ、あ、あー!!!」
突然、身体の大きさに似合わぬ大声を上げたリュミエールが、フレッドの頭頂部の上をぐるぐる飛び回り始めた。
「フレッド、あの石、蛙さんのお店にあったのに!」
「……魔法を解除できる石か!しまった、銀貨500枚に怖気づいたもんで、買わなかった……」
「そういえば、そんな物も売っていたな」
それを購入していれば、確かに事態は収束できたかもしれない。しかし、現実にない物を嘆いても始まらないので、しきりと悔しがる2人を置いて、カノンは他に何か役立つものはないか視線を走らせた。
ふと、赤々と燃えるような瞳の動きが、壁に立てかけられたシャベルの前で止まる。
「……そうか、罠か……」
「何か、思いついたの?」
「嬢ちゃん。たしか同じ宿の先輩方に言われて、ロープを買ってあったな?」
「え、ええ。荒縄を20メートルほど」
「そしてここにシャベルがある。おまけに、ここの植物は色々種類があるだろう。これらを活用して、あのゴーストたちがいた洞窟の子供たちの反撃のように、俺たちが巨大ゴブリンを罠に嵌めて、毒を身体に取り込むように出来ないか?」
この面子における2回目の仕事の際、サイコメトリーのスクロールの力で垣間見た男の子は、体格差のある人買いを相手に、ドクゼリの汁を掏りこんだ小石で目を潰していた。何の武器も持たず、今の自分たちよりも無力なはずの子供でさえ、それだけの抵抗が出来たのだ。
冒険者たちが今集められる道具を上手く利用すれば、何とか敵を弱体化させた上で、互角の戦いへ持ち込むことが可能かもしれない。
急に見えてきた光明に沸き立った一行は、手分けをして、森の中から罠に使えそうな植物などを探してきた。
そのままでも突き刺さりそうな棘の長い枝、鳥兜の葉にベラドンナの艶のある黒い実、そして見覚えのあるドクゼリの白い花……。
そして、鉱山の奥には工夫が残したらしいコークスもあった。コークスは石炭を高熱で燃やした後の残りかすなのだが、これ自体もまた、火力の強い燃料として再利用できる。
「この鉱山、石炭も採れてたんだな」
「廃棄したのなら、あまり量が採れなかったのでしょうね。おお、天に座する聖北の神よ、このような物資を与えて下さったことに感謝いたします」
「……感謝なら、昔の鉱山労働者にしましょうよ。モイラさん、頼むわね」
「穴を開けた後で、これを剣の火で燃やして底に仕掛ければいいんですね。分かりました」
彼らは着々と準備を終え、罠を森の出入口からあまり遠くない場所へ仕掛けた。
最後にロープを木々の間に張り巡らせる。途中で切れては意味がないので、念には念を入れ二重にして幹へ縛り付けた。
カノンがいやいや口火を切る。
「罠は仕掛けた。あとは誘い込むだけだが……」
「私しかいないでしょ」
腰に吊るした刀の位置を確かめながら、フタバが返事をした。
「巨大ゴブリンが追い易い大きさで、足が速くなくちゃ困るでしょう。私が囮になるわ」
「……すまん、嬢ちゃん。頼む」
「せめて、僕が肉体能力を上げる法術を取得していれば……お力になれるのに」
「気にしないで。魔法の援護がなくったって、私の素早さは大したものなのよ?」
本当は、フタバだってまだ怖いのだ。咆哮を真正面から受けた時、正直に言えば怯えて膝が笑ってしまっていた。だが、冷静にパーティの面々を見ていけば、武装が軽く俊敏で、接近戦も【蜘蛛の糸】による咄嗟の時間稼ぎも出来る彼女が、一番囮に向いている。
「さあ、皆は罠を仕掛けた場所で準備しておいてちょうだい」
ひとりを残して、他の冒険者たちは罠を仕掛けた場所に戻って行った。
囮役のフタバのみが、未だ森の出口を塞ぐように立ち塞がる巨大なゴブリンへ徐々に近づき、枝から抜いた棘をダーツのように構える。
自分がこの中世のような奇怪な世界に生まれ落ちる前なら、こんなとんでもない冒険、想像すらし得なかった、とフタバは息を吐き出した。あまりにも現代日本と違い過ぎる。しかし、泣いても喚いても”ここ”が現実なんだと理解した時、ありったけの腹を括って生き抜いてみせると誓った。
その誓いにかけて、こんな駆け出し冒険者のままで終わるわけには――。
「いかないのよっ!!」
フタバが投げた棘が刺さり、巨大なゴブリンは苦痛によって絶叫する。
「オオォオオオォオォオオッッ!!!!」
「ほおら、こっちよ!」
棘による痛みと掛けられた声によって、ゴブリンはフタバの居所を知覚したようである。
フタバは巨大ゴブリンを絶妙なタイミングで挑発しながら、罠を仕掛けた場所に向かって全力で走りだした。実は傷が塞がっていても、【魔法の矢】で射抜かれた肩がまだ時折痛むのだが、その痛覚こそが、怪物の咆哮に晒されるフタバの正気を保ってくれている。
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ!」
その挑発にまんまと引っかかった巨大ゴブリンは、地震のように地面を揺らしながら、鼻息を荒くしてフタバを追いかけ始めた。
彼女は息を切らしつつも、罠を仕掛けた場所に敵を誘導している。たまに小枝に引っ掛けて浅い切り傷を作り、いちいち血を拭う暇すらないが、己の役目は上手くいっているようだ。
後は上手く罠に掛けるだけだ、と思った矢先だった。
後方から何か――それも、相当重量のある――が己の方へ投げられた音がした。
「……ひっ!」
それは巨大な岩石だった。中々追いつけないゴブリンが、怒りに任せて投げてきたのだろう。
フタバは反射的に悲鳴をあげながらも、まだ言うことを聞くカモシカのような脚に指令を送り、斜め前方へと柔道の受け身の要領で転がりながら回避を試みた。
バキイィィイ!という音が辺りに響く。岩は一際太い樫の樹に遮られ、しなやかな肢体を潰すことに失敗したようだ。
フタバはとうとう、罠を仕掛けた場所へ怪物を引っ張り出した。
「ほら、ノロマさん、こっちよ!」
フタバは木と木の間に張ったロープにゴブリンを引っかける為、素早く、かつ悟られないように慎重に誘導する。
先程より距離が離されなくなったと、巨大ゴブリンが気をよくして、太い脚を踏み出し掴みかかろうとした寸前、巨体が一気に崩れ落ちる。ロープで引っ掛けられたようだ。さらに転倒したゴブリンの体に、
地面に仕掛けた棘の罠が突き刺さる。
「グギギギゴオオオオォオォォオオ!」
鋭い棘はゴブリンの厚い皮を容易く突き破り、その肉体に傷と毒を与える。
棘の痛みに跳ね起きたゴブリンは、その勢いで落とし穴に落下し、燃えるコークスを踏んづけてしまった。足の裏の焼ける音と、腐肉を焼くような嫌な臭いが立ち込めた。
足をしたたか負傷して穴に嵌ったゴブリンは、少しの間くらいは身動きが取れないだろう。
モイラが木立から姿を現し、フタバを後ろ手に庇う。
「上手く罠に掛けられましたね」
「皆、後は倒すだけだ!」
「ああ、そうだな。行くぞ!」
モイラの剣が、フレッドの斧が、カノンの攻撃魔法が、次々と毒に冒され火傷の癒えない巨大ゴブリンに突き刺さる。ミハイルでさえ、手近な硬い石を持ち上げ、穴から顔を出すゴブリンの頭部にぶつけた。
仲間に庇われたフタバも、【蜘蛛の糸】による援護でゴブリンの動きを益々抑止する。
「こいつで……終わりだ!」
「オオォオオオォオォオオッッ!!!!」
特に太い薪を割る要領で、フレッドが真っ向から斧を敵の額に叩きつけた。
「オォ……………」
大きな朽木が倒れるように、これまで彼らを悩ませていた怪物も、轟音と共にその骸を横たえた。
「ふう、なんとかなったな……」
「今日はこれ以上もう、戦いたくないな。喉がやばい」
「あー……疲れました」
全力で敵を倒した冒険者たちは、疲れが一気に出たのか各々その場に座り込んだが、リュミエールからこれ以上何かに遭遇しない内に森から出ようと促され、渋々立ち上がった。
「これで報酬いくらだっけ、銀貨1000枚か?」
「うん、そうだよー」
「でも巨大ゴブリンは、僕たちの依頼範囲外ですよね」
「もちろんだ。村長に対して報酬の値上げを主張するぞ、俺は。ただのゴブリン退治で、ここまでやっていられるか」
「うう、今頃になって顔が痛いんだけど……」
「頬っぺたを小枝に引っ掛けたんでしょう。可愛い顔が気の毒に……村長の家に着いたら、ちゃんと手当てしましょう」
今回の依頼は大変なものだったが、実力がつけば、いつか笑い話に出来る日が来るのだろう。
一行はその時が早く訪れることを願いつつ、ナザム村への道を歩いていった。
※収入:報酬1500sp、≪シャベル≫≪コカの葉≫×2
※支出:
※その他:カノンが3レベルにup。
※齋藤洋様のゴブリンの洞窟&どもしペッテ様の恐るべきゴブリン退治クリア!
--------------------------------------------------------
フレッドたちに、ファンタジー世界の冒険の王道とも言える、ゴブリン退治を経験させました。
Askシナリオのゴブリンの洞窟を先にやったのは、フタバにメリメロ(シューロゼ様)の刀を持たせるのに、交換アイテムであるお馴染み≪賢者の杖≫が欲しかったのが1点。
もうひとつは、「カードワースのゴブリンって、大体こんなもの」というクッションを、恐るべきゴブリン退治の前に置きたかったからでした。一般的なゴブリンを見た後で、あの巨大ゴブリンと遭遇することになれば、対比としてかなり面白いのではないかと思ったのです。
カノンが喋っていたゴブリンについての説明は、groupAskさんのモンスター図鑑にあった内容や、ソードワールド・サポート2(清松みゆき&グループSNE:新紀元社)を参考にさせてもらいました。あんまりGMの時に使わなかったけど、サポート買っていて良かった……!
コークスで火の罠を張る場面がありましたが、本編では出てきません。ただ、【炎による攻撃】のキーコード反応を作ってくださっていて、ゴブリンの住処が元・鉱山とありましたので、こういうこともあってもおかしくないかと書かせていただきました。どもしペッテ様、勝手に申し訳ございません。
今回はフレッドのトラウマと、フタバが実は21世紀の日本の記憶持ちクーポンがあることを織り込んでみましたが、どんなもんでしょう?上手く表現できているでしょうか?
ちなみにフタバ、昔は小学校の先生をやっていて子供好き、という裏事情があったり。今は16歳なんですが、前はアラサーでした。これからの人生、色々大変ですね。
カノンさんは……別にゴブリンマニアのクーポンは持っていないんですが、この依頼後に持たせても良いような気がしてきました。何でこんなに詳しいの。
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。
ミハイルの台詞の前半は女性2人に向けられたものだったが、後半は不意に立ち止まった先頭を歩く少年へのものだった。言葉のニュアンスだけで、訝しさを表している。
若年ながら森の中に慣れている彼は、僅かに口を開いて、自分の前にある大岩の崩れた痕跡を注視している。確かに少しばかり歩きづらいが、五体満足な彼が躊躇するほど、踏み込めない場所のようには如何しても思われない。
しゃがみ込んだフレッドの、年齢不相応に太くがっしりした指が、岩の破片のひとつを撫ぜた。
「なあ、皆。俺、この岩に見覚えあるんだ」
「……鉱山跡へ向かう時に見かけていた、ということでしょう?」
「行く時には、こいつは割れてなかった。俺たちがゴブリンと戦ってた間に、誰が岩を割ったんだ?」
はた、とミハイルは口を閉じた。
割れた岩は、これが一塊だったことを考えれば、牝牛を3倍にしたような大きさである。高さもあれば厚みもそれなりにあって、鉱山の工夫がつるはしを振るっても、簡単には割れないだろうということは、素人でも予測できた。
躊躇いがちにフタバが口を挟む。
「野生動物の仕業ではないの?」
「大鹿の頭突きや大猪の突進は凄まじい威力だけど、あいつらなら意味もなく岩を割るなんてしねえ。同族の雄と戦ったり、獲物を殺すためにやるんだから。何より……蹄の跡がない」
突然、寒風に晒されでもしたかのように、リュミエールが震え始めた。
仲間の頭上を飛んでいたのが、一番後ろを歩いていたモイラの肩に舞い降り、小さな手で縋るように癖のない金髪を掴む。
「……リュミエール殿?」
「ダメ。みんな、ここいたらダメ。早く逃げよう、この先は行けないよ!」
「リュミエール殿、しかし村に戻るのならこの道を――」
「グギギャアアアォオオオ!」
その瞬間、森全体が震えるような、おぞましい咆哮が鳴り響く。
生存本能がやばいと警鐘を鳴らし、身の危険を感じた冒険者たちは、思わずその場に立ち竦んだ。
一行が固まっていると、ふっと視界が薄暗くなり――割れた大岩の向こう側に、岩と遜色ない大きさのものが立ち塞がった。
「ウゴオオオオオオオグォオオオオ!」
「ひいぃ!」
「リュミエール殿!」
それは細胞の一つ一つが破裂しそうなほど筋肉が膨張し、目が熟し過ぎたトマトの様に充血している、化け物としか言いようが無い異形の存在であった。もし、フレッドが違和感を覚えて立ち止まったり、リュミエールが忠告を発しなかったら、そのまま警戒なく歩いていた冒険者たちは、次の瞬間には血まみれの肉塊になっていただろう。
咆哮に気圧され肩から転げ落ちたフェアリーを、危うくモイラがキャッチする。
呆けたような顔でミハイルが呟いた。
「これは……一体何なんですか……?」
「信じがたい……が、俺の観察眼が間違えてるとは思えない……」
ゴブリンだ、とカノンは告げた。
「ご冗談でしょう……?」
「蛙に似た皮膜状の皮膚や、陽光を受け付けない目の特徴、醜悪な面、どう考えてもゴブリンだ。くそっ、何だこれは聞いてないぞ!」
「何してるの、皆!」
鼓動がバクバクと鳴り響き、うっかり気を抜くと意識を手放しそうになりながらも、フタバはこの場における唯一の正解を仲間たちへ叩きつけた。
「逃げるのよ!!」
その一言がトリガーとなり、冒険者たちは震える足を叱咤して、今来た道へ取って返した。
まだ固まったままのリュミエールは、モイラが咄嗟にポケットに突っ込んでいる。
岩を調べていたせいで巨大ゴブリンの近くに立っていたフレッドは、少しでも目眩ましになればと、大斧で岩の破片を掬い上げ、でかい目標へ礫を放った。
「ッグアアアグォオオォオ!」
全く痛打になった様子はないものの、礫を払う動作の分だけ、こちらを追うのが出遅れたらしい。
フレッドは、巨大ゴブリンの向こうに積み重なった赤い物の正体に気づき、心底ゾッとしながらも、ゴブリンが振るった丸太と変わらぬ威力の腕を、間一髪ならぬ間二髪といった感じで回避した。
その勢いのまま、仲間の後を一目散に追いかける。
恐怖から息が切れ切れになりながらも、障害物の多い森の中であることが幸いし、一行は何とか1人の取りこぼしもなく、森の北東まで後退することが出来た。
荒い呼吸をどうにか整えることに成功すると、まずフタバが怒鳴った。
「なんなのよアレは!?」
「落ち着いてください……」
未知の怪物に遭遇し取り乱す仲間を、ポケットから窒息しない内にフェアリーを取り出したモイラが宥める。とは言うものの、沈勇な彼女とてあの規格外のゴブリンに再び立ち向かうなどという選択肢は、選ぶ気が起きない。
ロザリオをぎゅっと握りこんだミハイルが、誰にともなく言った。
「……取り敢えずどうしますか?」
「……アレに正面から挑むのは無理だな。まず勝てん」
「身も蓋もない意見ですね」
「いや、カノンの言うとおりだぜ」
最後に退却したフレッドの弱気な発言に、仲間たちが彼を見やった。
「皆は見てねぇだろうけど、奴の後ろに鹿や狼の骸が積み重なってた。首が力で捩じ切られてたぜ。あんなこと出来る怪物が、俺らの手に負えるわけがねえ」
「……そうか、狩人が言っていた『獲物を見かけなくなった』というのは、あの巨大ゴブリンが狩りを行なっていたからか」
「でもそれなら、私たちが情報収集をした時、何故あいつの足跡のことが出なかったのか……。あれだけ重量級なら、痕跡を隠しようもないでしょう。違いますか?」
「多分だけど、足跡がでか過ぎて、ただの地面のへこみとしか判断しなかったんだ。俺が狩人でも、あんなへこみを何かの足跡だなんて思わねえよ。規格外もいいとこだぜ」
冒険者たちの間に、重い空気が流れる。
「で、でも、さ」
未だに震えの治まらないらしいリュミエールが、やっとの思いで口を開いた。
「あいつ、あ、あたしたちがここから出る、邪魔、するつもりだよね。森の出口、見張られてたら、どうやってもか、か、帰れ、ない」
「……とりあえず行動しようぜ。ここでたむろしても、やっこさんのいい餌になるだけだ。あれが本当にゴブリンだとして、何か解決の手立てがあるかもしれねえ」
「そうね……。最初からあのサイズでいたとは考えにくいわ。移動で目立って仕方ないはずなのに、目撃したなんて証言、どこからも聞いてないもの」
「何なら鉱山跡に引き返してみるか。魔法が関わっているのかもしれん」
一応の方針が決まった冒険者たちは、鉱山跡を探索する事にした。
ゴブリンたちの死体がまだ転がる中、幅はそう広くないものの奥行きのある空間を、行きつ戻りつしながら、目を皿のようにしてこの事態を打破できるヒントを探す。
「カノーン!これ!」
「お、何か見つけたか?」
「魔法陣だよ!……これって、ゴブリンが描いたのかな?」
本来は円形や六芒星などを描くはずの陣は、ずいぶんと外周からして歪んでいた。通常であれば、ひとつの記号で複数の意味を持たせられるルーン文字などで、必要な魔法効果を篭めていくはずなのだが、この魔法陣に用いられているのは、人語を適当に模写したと思われる引っ掻き傷のような記号だ。
「なんて下手くそなの……」
「聖北教会でも、破魔や呪い除去用の陣はありますが……これは酷い」
フタバやミハイルの意見に頷きつつも、カノンはじっくりと魔法陣に散らばっている意図を読み取ろうと観察し続けた。
「……どうやらこの魔法陣は、『対象の肉体を強化する』魔法の様だな。見ての通り魔法陣が滅茶苦茶だから、暴走して発動したんだろう。その結果、ゴブリンが化け物の様になったと言ったところか」
「なあ、カノン。俺は魔法は完全に専門外だけどよ。この魔法陣を消せば、あの巨大なゴブリンは元に戻るんじゃないか?」
「残念ながらこのタイプの術式は、魔法陣を消しても対象の効果は消えないタイプだな。あのゴブリンに対して直接、魔法を解除する事ができれば効果は消えるかもしれないが……」
「あ、あ、あー!!!」
突然、身体の大きさに似合わぬ大声を上げたリュミエールが、フレッドの頭頂部の上をぐるぐる飛び回り始めた。
「フレッド、あの石、蛙さんのお店にあったのに!」
「……魔法を解除できる石か!しまった、銀貨500枚に怖気づいたもんで、買わなかった……」
「そういえば、そんな物も売っていたな」
それを購入していれば、確かに事態は収束できたかもしれない。しかし、現実にない物を嘆いても始まらないので、しきりと悔しがる2人を置いて、カノンは他に何か役立つものはないか視線を走らせた。
ふと、赤々と燃えるような瞳の動きが、壁に立てかけられたシャベルの前で止まる。
「……そうか、罠か……」
「何か、思いついたの?」
「嬢ちゃん。たしか同じ宿の先輩方に言われて、ロープを買ってあったな?」
「え、ええ。荒縄を20メートルほど」
「そしてここにシャベルがある。おまけに、ここの植物は色々種類があるだろう。これらを活用して、あのゴーストたちがいた洞窟の子供たちの反撃のように、俺たちが巨大ゴブリンを罠に嵌めて、毒を身体に取り込むように出来ないか?」
この面子における2回目の仕事の際、サイコメトリーのスクロールの力で垣間見た男の子は、体格差のある人買いを相手に、ドクゼリの汁を掏りこんだ小石で目を潰していた。何の武器も持たず、今の自分たちよりも無力なはずの子供でさえ、それだけの抵抗が出来たのだ。
冒険者たちが今集められる道具を上手く利用すれば、何とか敵を弱体化させた上で、互角の戦いへ持ち込むことが可能かもしれない。
急に見えてきた光明に沸き立った一行は、手分けをして、森の中から罠に使えそうな植物などを探してきた。
そのままでも突き刺さりそうな棘の長い枝、鳥兜の葉にベラドンナの艶のある黒い実、そして見覚えのあるドクゼリの白い花……。
そして、鉱山の奥には工夫が残したらしいコークスもあった。コークスは石炭を高熱で燃やした後の残りかすなのだが、これ自体もまた、火力の強い燃料として再利用できる。
「この鉱山、石炭も採れてたんだな」
「廃棄したのなら、あまり量が採れなかったのでしょうね。おお、天に座する聖北の神よ、このような物資を与えて下さったことに感謝いたします」
「……感謝なら、昔の鉱山労働者にしましょうよ。モイラさん、頼むわね」
「穴を開けた後で、これを剣の火で燃やして底に仕掛ければいいんですね。分かりました」
彼らは着々と準備を終え、罠を森の出入口からあまり遠くない場所へ仕掛けた。
最後にロープを木々の間に張り巡らせる。途中で切れては意味がないので、念には念を入れ二重にして幹へ縛り付けた。
カノンがいやいや口火を切る。
「罠は仕掛けた。あとは誘い込むだけだが……」
「私しかいないでしょ」
腰に吊るした刀の位置を確かめながら、フタバが返事をした。
「巨大ゴブリンが追い易い大きさで、足が速くなくちゃ困るでしょう。私が囮になるわ」
「……すまん、嬢ちゃん。頼む」
「せめて、僕が肉体能力を上げる法術を取得していれば……お力になれるのに」
「気にしないで。魔法の援護がなくったって、私の素早さは大したものなのよ?」
本当は、フタバだってまだ怖いのだ。咆哮を真正面から受けた時、正直に言えば怯えて膝が笑ってしまっていた。だが、冷静にパーティの面々を見ていけば、武装が軽く俊敏で、接近戦も【蜘蛛の糸】による咄嗟の時間稼ぎも出来る彼女が、一番囮に向いている。
「さあ、皆は罠を仕掛けた場所で準備しておいてちょうだい」
ひとりを残して、他の冒険者たちは罠を仕掛けた場所に戻って行った。
囮役のフタバのみが、未だ森の出口を塞ぐように立ち塞がる巨大なゴブリンへ徐々に近づき、枝から抜いた棘をダーツのように構える。
自分がこの中世のような奇怪な世界に生まれ落ちる前なら、こんなとんでもない冒険、想像すらし得なかった、とフタバは息を吐き出した。あまりにも現代日本と違い過ぎる。しかし、泣いても喚いても”ここ”が現実なんだと理解した時、ありったけの腹を括って生き抜いてみせると誓った。
その誓いにかけて、こんな駆け出し冒険者のままで終わるわけには――。
「いかないのよっ!!」
フタバが投げた棘が刺さり、巨大なゴブリンは苦痛によって絶叫する。
「オオォオオオォオォオオッッ!!!!」
「ほおら、こっちよ!」
棘による痛みと掛けられた声によって、ゴブリンはフタバの居所を知覚したようである。
フタバは巨大ゴブリンを絶妙なタイミングで挑発しながら、罠を仕掛けた場所に向かって全力で走りだした。実は傷が塞がっていても、【魔法の矢】で射抜かれた肩がまだ時折痛むのだが、その痛覚こそが、怪物の咆哮に晒されるフタバの正気を保ってくれている。
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ!」
その挑発にまんまと引っかかった巨大ゴブリンは、地震のように地面を揺らしながら、鼻息を荒くしてフタバを追いかけ始めた。
彼女は息を切らしつつも、罠を仕掛けた場所に敵を誘導している。たまに小枝に引っ掛けて浅い切り傷を作り、いちいち血を拭う暇すらないが、己の役目は上手くいっているようだ。
後は上手く罠に掛けるだけだ、と思った矢先だった。
後方から何か――それも、相当重量のある――が己の方へ投げられた音がした。
「……ひっ!」
それは巨大な岩石だった。中々追いつけないゴブリンが、怒りに任せて投げてきたのだろう。
フタバは反射的に悲鳴をあげながらも、まだ言うことを聞くカモシカのような脚に指令を送り、斜め前方へと柔道の受け身の要領で転がりながら回避を試みた。
バキイィィイ!という音が辺りに響く。岩は一際太い樫の樹に遮られ、しなやかな肢体を潰すことに失敗したようだ。
フタバはとうとう、罠を仕掛けた場所へ怪物を引っ張り出した。
「ほら、ノロマさん、こっちよ!」
フタバは木と木の間に張ったロープにゴブリンを引っかける為、素早く、かつ悟られないように慎重に誘導する。
先程より距離が離されなくなったと、巨大ゴブリンが気をよくして、太い脚を踏み出し掴みかかろうとした寸前、巨体が一気に崩れ落ちる。ロープで引っ掛けられたようだ。さらに転倒したゴブリンの体に、
地面に仕掛けた棘の罠が突き刺さる。
「グギギギゴオオオオォオォォオオ!」
鋭い棘はゴブリンの厚い皮を容易く突き破り、その肉体に傷と毒を与える。
棘の痛みに跳ね起きたゴブリンは、その勢いで落とし穴に落下し、燃えるコークスを踏んづけてしまった。足の裏の焼ける音と、腐肉を焼くような嫌な臭いが立ち込めた。
足をしたたか負傷して穴に嵌ったゴブリンは、少しの間くらいは身動きが取れないだろう。
モイラが木立から姿を現し、フタバを後ろ手に庇う。
「上手く罠に掛けられましたね」
「皆、後は倒すだけだ!」
「ああ、そうだな。行くぞ!」
モイラの剣が、フレッドの斧が、カノンの攻撃魔法が、次々と毒に冒され火傷の癒えない巨大ゴブリンに突き刺さる。ミハイルでさえ、手近な硬い石を持ち上げ、穴から顔を出すゴブリンの頭部にぶつけた。
仲間に庇われたフタバも、【蜘蛛の糸】による援護でゴブリンの動きを益々抑止する。
「こいつで……終わりだ!」
「オオォオオオォオォオオッッ!!!!」
特に太い薪を割る要領で、フレッドが真っ向から斧を敵の額に叩きつけた。
「オォ……………」
大きな朽木が倒れるように、これまで彼らを悩ませていた怪物も、轟音と共にその骸を横たえた。
「ふう、なんとかなったな……」
「今日はこれ以上もう、戦いたくないな。喉がやばい」
「あー……疲れました」
全力で敵を倒した冒険者たちは、疲れが一気に出たのか各々その場に座り込んだが、リュミエールからこれ以上何かに遭遇しない内に森から出ようと促され、渋々立ち上がった。
「これで報酬いくらだっけ、銀貨1000枚か?」
「うん、そうだよー」
「でも巨大ゴブリンは、僕たちの依頼範囲外ですよね」
「もちろんだ。村長に対して報酬の値上げを主張するぞ、俺は。ただのゴブリン退治で、ここまでやっていられるか」
「うう、今頃になって顔が痛いんだけど……」
「頬っぺたを小枝に引っ掛けたんでしょう。可愛い顔が気の毒に……村長の家に着いたら、ちゃんと手当てしましょう」
今回の依頼は大変なものだったが、実力がつけば、いつか笑い話に出来る日が来るのだろう。
一行はその時が早く訪れることを願いつつ、ナザム村への道を歩いていった。
※収入:報酬1500sp、≪シャベル≫≪コカの葉≫×2
※支出:
※その他:カノンが3レベルにup。
※齋藤洋様のゴブリンの洞窟&どもしペッテ様の恐るべきゴブリン退治クリア!
--------------------------------------------------------
フレッドたちに、ファンタジー世界の冒険の王道とも言える、ゴブリン退治を経験させました。
Askシナリオのゴブリンの洞窟を先にやったのは、フタバにメリメロ(シューロゼ様)の刀を持たせるのに、交換アイテムであるお馴染み≪賢者の杖≫が欲しかったのが1点。
もうひとつは、「カードワースのゴブリンって、大体こんなもの」というクッションを、恐るべきゴブリン退治の前に置きたかったからでした。一般的なゴブリンを見た後で、あの巨大ゴブリンと遭遇することになれば、対比としてかなり面白いのではないかと思ったのです。
カノンが喋っていたゴブリンについての説明は、groupAskさんのモンスター図鑑にあった内容や、ソードワールド・サポート2(清松みゆき&グループSNE:新紀元社)を参考にさせてもらいました。あんまりGMの時に使わなかったけど、サポート買っていて良かった……!
コークスで火の罠を張る場面がありましたが、本編では出てきません。ただ、【炎による攻撃】のキーコード反応を作ってくださっていて、ゴブリンの住処が元・鉱山とありましたので、こういうこともあってもおかしくないかと書かせていただきました。どもしペッテ様、勝手に申し訳ございません。
今回はフレッドのトラウマと、フタバが実は21世紀の日本の記憶持ちクーポンがあることを織り込んでみましたが、どんなもんでしょう?上手く表現できているでしょうか?
ちなみにフタバ、昔は小学校の先生をやっていて子供好き、という裏事情があったり。今は16歳なんですが、前はアラサーでした。これからの人生、色々大変ですね。
カノンさんは……別にゴブリンマニアのクーポンは持っていないんですが、この依頼後に持たせても良いような気がしてきました。何でこんなに詳しいの。
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。
2019/09/15 13:14 [edit]
category: ゴブリンの洞窟&恐るべきゴブリン退治
tb: -- cm: 0
Sun.
ゴブリンの洞窟&恐るべきゴブリン退治その3 
木漏れ日は少ないながら、こないだほど鬱蒼としていない森の中で、はてと首を傾げたのはリュミエールであった。フレッドの村にジャイアントスラッグがなだれ込んだ時のような、妙な緊張感がある。
だが視界内はおろか、妖精族にだけ分かるような淡い森の囁きに引っ掛かるものはない。
「……変なのー」
「どうかしましたか、妖精さん?」
だが視界内はおろか、妖精族にだけ分かるような淡い森の囁きに引っ掛かるものはない。
「……変なのー」
「どうかしましたか、妖精さん?」
-- 続きを読む --
「ううん、何でもない」
きっと気のせいだよ、と彼女は自分に言い聞かせた。
ナザム村近くの森は植生が豊かで、食用に向く果実や山菜はもちろん、毒性のある植物までちらほら見受けられる。その合間にコカの葉を2枚見つけて、野盗の宝箱にあった物と同じだと判別したリュミエールは、仲間たちに知らせて褒められた。
「えへへ、あたし偉いでしょー。あ、ここからもう少し北に向かうと、ゴブリンいるからね」
「お、もう先陣が来たか。了解」
怖れをどこかにやったような足取りで進んだフレッドの視線の先に、3日前にも戦った蛙のようにぬめる皮膚が現れた。すぐさま自分との間合いを計り、いけると踏んだ無謀な少年は、一気に敵へと突っ込んでいく。
「ちょっと!フレッド、ひとりじゃ危ないわよ!」
「フレッドくん、待ちたまえ!」
フタバやミハイルが慌てて彼を追いかけ、その後ろをやや早足でモイラとカノンが行く。
モイラがミハイルの前後やゴブリンと思しき相手の動向に、油断なく目を光らせながら言った。
「年下へ発破を掛けるにしても、もう少し控えめで良かったのでは?」
「起きてたのか。美容に悪いだろうに」
「起こされたといった方が正しいです。私はそもそも護衛なんですから、あれで起きなかったら役に立たないでしょう」
「おや、そいつは失礼。次は気をつける」
「次なんて、ないに越したことはなさそうですが……ミハイル様!」
まるで異能により距離を詰めたかのごとく、一足飛びにモイラがミハイルの前に割り込み、ゴブリンの錆びた小剣の刃を己の得物で弾き飛ばした。
攻撃を防がれたゴブリンが無様にたたらを踏んだ所を、スピードを乗せて突き出したフタバの切先が傷つける。しかし、まだ倒すに至らない。
「まずい……っ!」
「ぐほぉっ!」
勢いがつき過ぎて、ゴブリンの身体の丸みに刃が滑る。フタバの無防備な右側面が、好機を捉えて厭らしい笑いを浮かべた敵の目の前に晒された。
せめて急所を守らんと身体を縮めたフタバの目前で、高エネルギーの光が弾けた。
「グオォッ!?」
「危なっかしい真似をするな。間に合うはずの援護が出来ないのは敵わん」
「……ごめんなさい、カノンさん」
もう一匹のゴブリンは、とフタバが首を巡らすと、ちょうどリュミエールの呪曲で眠りこけたゴブリンの頭部が、思い切り振りかぶったフレッドの斧で爆ぜた。
再び森の中に静寂が戻る。どうやらこれ以上、ゴブリンは辺りには居ないようだ。
どろりと流れ出す血を踏まないよう注意しながら、カノンはゴブリンの武装などを確認した。
「どうやら斥候のようだな」
「あの、斥候の数からゴブリンの規模を推測できませんか?」
「……そうだな、斥候がこれだけだとするなら、大体10体にも満たないだろう」
「ふむ。……ゴブリン退治で銀貨800枚は儲かる、と正直思ったんですが」
モイラは剣に刃毀れがないことを丁寧に確認し、綺麗な動作で鞘に納めたのち、すこし合間を空けるように言った。
「……この森、あまり鳥の声がしませんね」
「そういえば……そうだね」
応えたリュミエールは、眉間に皺を寄せて同意した。
こんなしかめつららしい表情は、本来、フェアリーに似合うものではない。だが、彼女はそのまま周囲の匂いを嗅ぐようにしながら、相棒の近くを旋回している。
「うう~……危険の匂いはしないんだけど、なんだろ。落ち着かない」
「リュミ?」
「ごめん…。あたし、森から離れた期間が長過ぎて、勘が鈍ってるのかもしれない」
「まあまあ、妖精さん。何か妙な感じはするのでしょう?」
「うん、そう。羽の先がぴりぴりする」
「そしてそれは、『今はまだ』微かなものなんですね。……何かの警戒信号を、潜在能力的に感じ取っているのではないでしょうか。でもそれが近づくかどうか、こちらに向かうかどうかは……」
「その時になってみなければ、分からねえ。ミハイル、そういうことか?」
「はい。聖北の僧侶たちの中にも、たまにそういう危険を事前に感じる者がいますよ。僕らは神のお告げと呼んでいますが、人間と異なる種族なら、神に因らず感じることもあるんじゃないですか?」
けろりとした顔でのたまったミハイルだったが、忠告を発することも忘れなかった。
「昨夜の懸念が当たるかもしれません。さっきのように、無謀に突っ込むことは止めて下さい」
「う……わかった、悪かったよ」
反省の弁を述べたフレッドは、相棒にも声を掛けた。
「さっきの寝させるやつ、助かった。ありがとな」
「ううん、フレッドの役に立てたならいいの!」
「よし、探索の続き行くか!」
「おー!」
拳と拳――どうしても大きさにひどい落差があるが――を合わせ、彼らはにやりと笑う。
何となく戦闘以外の余分な緊張感も解けて、また一行は歩き始めた。
すると15分ほど進んだあたりで、落盤を防ぐための木組みが残っている鉱山の入口が、羊歯の密生した向こうに見えてきた。
入口から自分たちの姿を悟られないよう、そのまま羊歯の茂みに隠れる。
全員と顔を見交わしたリュミエールが頷き、猫目石を小脇に抱えて、木々に隠れるようにしつつ目的地へ近づいていった。
そうっと、石を通して入口から中を覗く。醜い小鬼の姿が視界に入り込み、弾みで息を呑んだが、気づかれた様子はない。少し落ち着いたフェアリーは、招かれざる団体の構成をじっくり観察した。
カノンが厄介と評したシャーマン種が、奥に1体紛れている。その他に、眠っているところを目撃しただけだが、ホブゴブリンもいるようだ。後は普通のゴブリンが5体。
リュミエールが仲間たちにそれを報告すると、胡坐をかいた膝に肘をついて考え込んでいたカノンが、
「……入口から呪曲で眠らせてみるのはどうだ?」
と提案した。
全てのゴブリンを眠らせるのは無理だとしても、眠った何体かに攻撃を集中できれば、戦いは有利になるのではないか――異論を唱える者のいなかったために実行された知将の作戦は、かなり上手くいったと言っていい。
不意打ちで眠らせた数体のゴブリンの中には、膂力を誇るホブゴブリンも含まれていたのだから。
「ぐほ!?ぐほぐほ!?」
急な仲間の変化と、躍り込んで来た冒険者たちに慌てふためいたゴブリンたちは、鉱山跡に残されていたと思しき道具を手にしながらも戸惑っている。
「フタバ、頼んだぜ!」
叫びながら突進したフレッドは、大斧を水平に振り回し、浮き足立つモンスターたちを吹き飛ばす。大斧の薙ぎ払いは、下手に味方が前に出ていると巻き込んでしまうので、こういう風に使うのが一番間違いがない。
フレッドのこれが前の戦闘のように無謀な攻撃ではないことは、彼の背を守るようについてきたフタバが、すかさず動きの鈍った一体を【蜘蛛の糸】で束縛する連携を見せたことからも明らかである。
ホブゴブリンは遅まきながらシャーマンの前に立ち塞がろうとしたのだが、敵陣の半ばに飛び込んだモイラの新技【散華の閃】が、首領ごとホブゴブリンの胴を深く薙いだ。ついでに、巻き込まれていたゴブリンが2体即死する。
「グボォッ!?」
「――もう一閃!」
再び白い炎を巻き込むように刃が閃き、今度はホブゴブリンの右脇腹から左肩までを通過する。
「ぐほ!!」
「ぐほぉっ!ぐほぉっ!」
ゆっくり地面に沈んでいく用心棒役の骸に、ゴブリンたちはいよいよ度を失っていく。
ただ、このゴブリンの集団の頭目はまだ健在だった。
奇妙な言語の綴りにカノンが気づいた時、ゴブリンシャーマンの指先から淡い黄金色に輝く【魔法の矢】が発射されていた。狙いを過たない攻撃魔法は、フレッドの背後を守るフタバの左肩に突き刺さる。
「いったぁ……!」
不幸中の幸いで、利き手ではない方だから、武器を取り落とすような失態はしていない。
ただし、攻撃がそれだけで済んでいればの話だ。
痛みに目が眩んだところを、他のゴブリンが隙ありと見て武器を振りかざす。
フタバの近くにいるフレッドは――ちょうど2体を同時に相手取っていて、彼女を庇う事は不可能だ。
「ちっ……!」
鋭い舌打ちの後に、詠唱を行ないながらカノンが飛び込み、脚を掠め切られながら、至近距離から【輝星の矢】を撃ち込んだ。
それとほぼ同時に、モイラがゴブリンシャーマンの首を刎ね、フレッドが1体を大斧の一閃で上半身と下半身に断ち切る。
フレッドが相手をしていた残りの1体が片付くまで、そう時間は掛からなかった。
きっと気のせいだよ、と彼女は自分に言い聞かせた。
ナザム村近くの森は植生が豊かで、食用に向く果実や山菜はもちろん、毒性のある植物までちらほら見受けられる。その合間にコカの葉を2枚見つけて、野盗の宝箱にあった物と同じだと判別したリュミエールは、仲間たちに知らせて褒められた。
「えへへ、あたし偉いでしょー。あ、ここからもう少し北に向かうと、ゴブリンいるからね」
「お、もう先陣が来たか。了解」
怖れをどこかにやったような足取りで進んだフレッドの視線の先に、3日前にも戦った蛙のようにぬめる皮膚が現れた。すぐさま自分との間合いを計り、いけると踏んだ無謀な少年は、一気に敵へと突っ込んでいく。
「ちょっと!フレッド、ひとりじゃ危ないわよ!」
「フレッドくん、待ちたまえ!」
フタバやミハイルが慌てて彼を追いかけ、その後ろをやや早足でモイラとカノンが行く。
モイラがミハイルの前後やゴブリンと思しき相手の動向に、油断なく目を光らせながら言った。
「年下へ発破を掛けるにしても、もう少し控えめで良かったのでは?」
「起きてたのか。美容に悪いだろうに」
「起こされたといった方が正しいです。私はそもそも護衛なんですから、あれで起きなかったら役に立たないでしょう」
「おや、そいつは失礼。次は気をつける」
「次なんて、ないに越したことはなさそうですが……ミハイル様!」
まるで異能により距離を詰めたかのごとく、一足飛びにモイラがミハイルの前に割り込み、ゴブリンの錆びた小剣の刃を己の得物で弾き飛ばした。
攻撃を防がれたゴブリンが無様にたたらを踏んだ所を、スピードを乗せて突き出したフタバの切先が傷つける。しかし、まだ倒すに至らない。
「まずい……っ!」
「ぐほぉっ!」
勢いがつき過ぎて、ゴブリンの身体の丸みに刃が滑る。フタバの無防備な右側面が、好機を捉えて厭らしい笑いを浮かべた敵の目の前に晒された。
せめて急所を守らんと身体を縮めたフタバの目前で、高エネルギーの光が弾けた。
「グオォッ!?」
「危なっかしい真似をするな。間に合うはずの援護が出来ないのは敵わん」
「……ごめんなさい、カノンさん」
もう一匹のゴブリンは、とフタバが首を巡らすと、ちょうどリュミエールの呪曲で眠りこけたゴブリンの頭部が、思い切り振りかぶったフレッドの斧で爆ぜた。
再び森の中に静寂が戻る。どうやらこれ以上、ゴブリンは辺りには居ないようだ。
どろりと流れ出す血を踏まないよう注意しながら、カノンはゴブリンの武装などを確認した。
「どうやら斥候のようだな」
「あの、斥候の数からゴブリンの規模を推測できませんか?」
「……そうだな、斥候がこれだけだとするなら、大体10体にも満たないだろう」
「ふむ。……ゴブリン退治で銀貨800枚は儲かる、と正直思ったんですが」
モイラは剣に刃毀れがないことを丁寧に確認し、綺麗な動作で鞘に納めたのち、すこし合間を空けるように言った。
「……この森、あまり鳥の声がしませんね」
「そういえば……そうだね」
応えたリュミエールは、眉間に皺を寄せて同意した。
こんなしかめつららしい表情は、本来、フェアリーに似合うものではない。だが、彼女はそのまま周囲の匂いを嗅ぐようにしながら、相棒の近くを旋回している。
「うう~……危険の匂いはしないんだけど、なんだろ。落ち着かない」
「リュミ?」
「ごめん…。あたし、森から離れた期間が長過ぎて、勘が鈍ってるのかもしれない」
「まあまあ、妖精さん。何か妙な感じはするのでしょう?」
「うん、そう。羽の先がぴりぴりする」
「そしてそれは、『今はまだ』微かなものなんですね。……何かの警戒信号を、潜在能力的に感じ取っているのではないでしょうか。でもそれが近づくかどうか、こちらに向かうかどうかは……」
「その時になってみなければ、分からねえ。ミハイル、そういうことか?」
「はい。聖北の僧侶たちの中にも、たまにそういう危険を事前に感じる者がいますよ。僕らは神のお告げと呼んでいますが、人間と異なる種族なら、神に因らず感じることもあるんじゃないですか?」
けろりとした顔でのたまったミハイルだったが、忠告を発することも忘れなかった。
「昨夜の懸念が当たるかもしれません。さっきのように、無謀に突っ込むことは止めて下さい」
「う……わかった、悪かったよ」
反省の弁を述べたフレッドは、相棒にも声を掛けた。
「さっきの寝させるやつ、助かった。ありがとな」
「ううん、フレッドの役に立てたならいいの!」
「よし、探索の続き行くか!」
「おー!」
拳と拳――どうしても大きさにひどい落差があるが――を合わせ、彼らはにやりと笑う。
何となく戦闘以外の余分な緊張感も解けて、また一行は歩き始めた。
すると15分ほど進んだあたりで、落盤を防ぐための木組みが残っている鉱山の入口が、羊歯の密生した向こうに見えてきた。
入口から自分たちの姿を悟られないよう、そのまま羊歯の茂みに隠れる。
全員と顔を見交わしたリュミエールが頷き、猫目石を小脇に抱えて、木々に隠れるようにしつつ目的地へ近づいていった。
そうっと、石を通して入口から中を覗く。醜い小鬼の姿が視界に入り込み、弾みで息を呑んだが、気づかれた様子はない。少し落ち着いたフェアリーは、招かれざる団体の構成をじっくり観察した。
カノンが厄介と評したシャーマン種が、奥に1体紛れている。その他に、眠っているところを目撃しただけだが、ホブゴブリンもいるようだ。後は普通のゴブリンが5体。
リュミエールが仲間たちにそれを報告すると、胡坐をかいた膝に肘をついて考え込んでいたカノンが、
「……入口から呪曲で眠らせてみるのはどうだ?」
と提案した。
全てのゴブリンを眠らせるのは無理だとしても、眠った何体かに攻撃を集中できれば、戦いは有利になるのではないか――異論を唱える者のいなかったために実行された知将の作戦は、かなり上手くいったと言っていい。
不意打ちで眠らせた数体のゴブリンの中には、膂力を誇るホブゴブリンも含まれていたのだから。
「ぐほ!?ぐほぐほ!?」
急な仲間の変化と、躍り込んで来た冒険者たちに慌てふためいたゴブリンたちは、鉱山跡に残されていたと思しき道具を手にしながらも戸惑っている。
「フタバ、頼んだぜ!」
叫びながら突進したフレッドは、大斧を水平に振り回し、浮き足立つモンスターたちを吹き飛ばす。大斧の薙ぎ払いは、下手に味方が前に出ていると巻き込んでしまうので、こういう風に使うのが一番間違いがない。
フレッドのこれが前の戦闘のように無謀な攻撃ではないことは、彼の背を守るようについてきたフタバが、すかさず動きの鈍った一体を【蜘蛛の糸】で束縛する連携を見せたことからも明らかである。
ホブゴブリンは遅まきながらシャーマンの前に立ち塞がろうとしたのだが、敵陣の半ばに飛び込んだモイラの新技【散華の閃】が、首領ごとホブゴブリンの胴を深く薙いだ。ついでに、巻き込まれていたゴブリンが2体即死する。
「グボォッ!?」
「――もう一閃!」
再び白い炎を巻き込むように刃が閃き、今度はホブゴブリンの右脇腹から左肩までを通過する。
「ぐほ!!」
「ぐほぉっ!ぐほぉっ!」
ゆっくり地面に沈んでいく用心棒役の骸に、ゴブリンたちはいよいよ度を失っていく。
ただ、このゴブリンの集団の頭目はまだ健在だった。
奇妙な言語の綴りにカノンが気づいた時、ゴブリンシャーマンの指先から淡い黄金色に輝く【魔法の矢】が発射されていた。狙いを過たない攻撃魔法は、フレッドの背後を守るフタバの左肩に突き刺さる。
「いったぁ……!」
不幸中の幸いで、利き手ではない方だから、武器を取り落とすような失態はしていない。
ただし、攻撃がそれだけで済んでいればの話だ。
痛みに目が眩んだところを、他のゴブリンが隙ありと見て武器を振りかざす。
フタバの近くにいるフレッドは――ちょうど2体を同時に相手取っていて、彼女を庇う事は不可能だ。
「ちっ……!」
鋭い舌打ちの後に、詠唱を行ないながらカノンが飛び込み、脚を掠め切られながら、至近距離から【輝星の矢】を撃ち込んだ。
それとほぼ同時に、モイラがゴブリンシャーマンの首を刎ね、フレッドが1体を大斧の一閃で上半身と下半身に断ち切る。
フレッドが相手をしていた残りの1体が片付くまで、そう時間は掛からなかった。
2019/09/15 13:13 [edit]
category: ゴブリンの洞窟&恐るべきゴブリン退治
tb: -- cm: 0
Sun.
ゴブリンの洞窟&恐るべきゴブリン退治その2 
悪天候に見舞われることもなく無事到着できたナザム村は、のんびりと水車の回る音の響く、のどかとしか言いようのない集落だった。この辺りはリューン近辺の中でも豊かな穀倉地帯に当たるはずで、辺境の寒村とは違い、人々の暮らしに余裕のある様子なのが、傍から見ていても分かる。
「小麦を引くのに、あの水車を利用してるんでしょうね…」
「村に流れ込むこの川は、あの北の山から流れてるんでしょう。そうすると、多分の山の栄養を含む土がここまで運ばれ、農地を肥えさせているのかもしれません」
聖北の神のご加護ですね、とミハイルがひとりで頷いている。
「小麦を引くのに、あの水車を利用してるんでしょうね…」
「村に流れ込むこの川は、あの北の山から流れてるんでしょう。そうすると、多分の山の栄養を含む土がここまで運ばれ、農地を肥えさせているのかもしれません」
聖北の神のご加護ですね、とミハイルがひとりで頷いている。
-- 続きを読む --
その隣では、フレッドが肩――リュミエールが鼻歌交じりに座っているのとは反対側の――を器用にそびやかしながら、
「ゴブリン退治に報酬をばら撒ける訳だぜ」
とどこか不機嫌に呟いた。以前に住んでいた小さな集落と、引き比べているのかもしれない。
物腰丁寧なモイラが近くにいた村人に村長の自宅を聞き、彼らはよく手入れされた大きな一軒家に向かった。大きい、とは言うものの、特に贅沢を好むような派手な外観だったり、金の掛かった造作をしている訳ではない。
ただ、居心地の良い家になるよう自分たちで手を掛けているようで、ご婦人の手によるものらしいパッチワークの敷物がちらほら使われていたり、飴色に磨かれた居間の飾り棚に、これも手彫りらしい羊飼いの夫婦らしき木の人形が飾られていたりするのが、ガラスの張られた窓越しに見えた。
そんな家の中から現れたのは、穏やかそうな雰囲気を醸し出している初老の男である。彼がナザム村を統括する長だった。
「おお、あなた方が依頼を受けてくださった冒険者の方ですか。どうぞ中へお入り下さい。依頼について説明させて頂きます」
導かれるまま中へ入ると、一見したとおり清潔で暖かそうな住まいである。
こういう家に安穏と居住している住人なら、とても自分たちでゴブリンを追い払おうなどとは出来ない相談だろうな……と、カノンは感じた。
村長はゴブリン全員の討伐を望んでおり、それが確認された時点で、銀貨800枚を全部支払うという条件を持ち出した。
となると、ゴブリンの数はかなり多いのだろうかと懸念したフタバが尋ねると、村人が目撃したのは5匹ほどの小集団だったという。約一ヶ月前から畑の作物を盗んだり、家畜を奪ったりなどの被害がちょくちょくあるため、まだ村人が目撃できていない個体がいる可能性はあるが、あまり憂慮するほどの団体とは思えなかった。
フタバに半ばまで村長からの話の聞き出しを任せていたカノンだったが、中途でそれならと口を挟むことにした。
「村の安全確保のための、ゴブリンの殲滅は理解できる。ただ、ゴブリンは本来、臆病な妖魔だ。戦闘の最中で逃げ出すことも珍しい話じゃないから、全滅させるのは我々の手間になる。その分の追加報酬は得られないのか?」
村長はしばし考え込む様子だったが、やっと来てくれた人手に、ここで帰られるのは嫌だったとみえ、
銀貨200枚の追加を約束した。
雇用期間は1週間の予定で、宿泊には村長の家にある大部屋を提供してくれると言う。
自分たちが片手で数えるほどの回数しか仕事をしたことがない駆け出しパーティであるのを考えると、破格の好条件だと言っても良かった。
「あと確認することは……ないな?」
「おう」
「この一件、私どもでお引き受けします。さっそく、明日から取り掛かりましょう」
「それではゴブリンの討伐、よろしくお願いいたします」
まだ夕飯には間があったので、他の村人から有益な情報を聞けないかと、フレッドとカノンの2人で酒場に出かけ、残りの仲間たちは外に出ている人たちへ話を聞きに行った。
前者のコンビにはこれといった成果はなかったが、他の者たちは少し気になることを聞いてきた。
探索予定の森の奥には元々鉱山跡があり、ゴブリンはそこを根城にしているのではないかということ。
村を襲ってきたゴブリンたちは、何か焦っていた様子が見られたということ。
森の中には狩猟用の小屋があるが、あまり余所者に立ち入ってもらいたくないということ。
そして……。
「狩人が獲物を見かけなくなったって?」
「そうなんですよ、フレッドくん。森にはよく見る小動物の他に、大きいのだと鹿や狼がいる筈なのに、最近はほとんど見かけないそうなんです」
「妙だな……鹿がまず生息地を変えて、肉食動物がそれを追うために減っていったと言うのなら、昔聞いた他の村の話であったけど。そっちは急なものなんだろ?」
「ええ。少なくとも、ここ2~3週間くらいのことなんですって」
「……ゴブリンの狩りがあったとしても、そこまで急激に減少するものでしょうか?」
村長の妻の心尽くしの夕飯を平らげ、宛がわれた大部屋に引き取ってからの話合いである。
ゆっくりとしたモイラの問い掛けに、カノンは無言で首を捻った。
よほどの大集団であれば、一気に動物を狩り尽くしてしまったのも分からなくはない。ただ、それほどまでに多いゴブリンの大移動は、どれだけ隠密にしようとしても足跡でばれるものである。少なくとも、森の獣の減少に気付ける注意深い狩人なら、異様な数のゴブリンの足跡を見逃すはずはない。
「先にやってきたゴブリン退治とは、違う用心をした方が良さそうだ」
年長者の意見に、全員が頷いて賛同した。
とは言うものの、これ以上詳しいことも分からないので、後は明日以降、実際にゴブリンと遭遇してからの話である。
「じゃあ、もう寝ようよ。疲れをしっかり取らなきゃ、いい仕事は出来ないよ」
欠伸を隠しもしないフェアリーの促しに、思わず笑い声を上げた残りの面子も、散り散りにベッドへ入り込んだ。
ここに来るまでにたった2日の旅路とはいえ、野盗や怪物を警戒しながらの道のりである。当然、すぐに眠れるだろうと踏んでいたのだが――。
草木も眠る、といわれる深夜に起きだしたのは、フレッドであった。
あちこちが外ハネで形成されている寝癖を直そうともせず、憮然とした表情で起き上がった彼は、少しの間だけ仲間たちの寝顔を見ていたが、風の音にでも紛れてしまいそうなほど小さい溜息をつくと、裸足のままテラスへ出ていった。
黒い天鵞絨に銀砂を流したような、見事な星空である。
涼気を孕んだ夜風は優しくフレッドの身体を撫でていくが、彼の中にあるもやもやは一向に消える気配を見せない。
重い、と感じた。
このもやもやは気体のごとく気ままに広がるようでいて、その実、溶けた鉛よりも熱く重くフレッドの胸の奥に蟠っている。
こんな村に来なければ、或いは自分の村のことを思い出さずに済んだんだろうか。
精々が20にも満たない世帯で構成された、自分たちが生きていくのに不自由はないが、家の中を飾り立てようと工夫を凝らす暇も与えられなかった、名前もない小さな集落。ドラゴンやワイアーム、デーモンなんて有名な怪物ではなく、異常発育しただけのなめくじに潰されてしまった村。
遺骸が酸で溶けていたら触るだけで危ないからと、皆の墓を立てる余裕すらなく、集落の家々に残されていた財産をかき集め、未練たらたらで村を出た。
もしもあの時、ずっと一緒にいたリュミエールが早く早くと急き立ててくれなければ、フレッドは3日でも10日でも、棒立ちのままあそこで過ごしただろう。
あの運命の日、母は中身たっぷりの弁当をフレッドに持たせ、時間経過や崖に気をつけろとしつこいぐらい念を押して見送ってくれた。腰の痛む父は照れ臭そうに、俺の斬る分を残しておけよとだけフレッドに言い、彼はそれに対して、打ち身に効く草を土産に持って帰るよと笑った。
そんな日常の全てが、あっさりと唐突に断ち切られたのである。
この豊かなナザム村とは全然どこも似ていないのに、何故こうも故郷のことを思い出さずにいられないのか――。
ぎりぎりと歯軋りをしたフレッドの肩を、ぽんと叩く手があった。
「っぅお!?」
「しー……静かにしろよ」
「カノン…?」
ハーフエルフの魔術師は、長い黒髪をかき上げるようにして言った。
「お前な。他のがいたら話しづらかろうと、せっかく酒場に誘っても何も言わなかったくせに、こんな夜中に1人で思い悩むなよ」
「誰がそうしてくれなんて言ったんだ。え、いつ頼んだんだよ」
実に憎々しげな声が出る。我ながら嫌な奴だな、とフレッドは思った。
恐らくは顔にも嫌悪の情がありありと出ているだろうに、カノンは平然としたものだ。
「お前自身だよ。お前の、目だ」
「………」
「助けてくれ、苦しいって叫んでる。……冒険者になった経緯を話した時、お前は故意に話題を逸らしたから、お前の理由は、とても他人に軽々しく言えるようなものじゃないんだろう」
でも、とカノンは続けた。
「あの妖精の様子を見てりゃ、お前の心を1人にしたくないんだっていうのは分かる。だからあえて元気よく振舞っているのも。……もう少し、楽にさせてやれよ」
「……でも俺、誰にもまだ言いたくない」
「言いたくないならそれでもいい。ただ、1人だけで悩むな。傍にいるだけでいいんなら、お前にはちゃんと仲間がいるだろう」
「自分でもどういう風に感情が動くか分からねえんだ。はしゃいで悪いことを忘れたいこともあれば、思い切り誰かに八つ当たりしたいって思う時もある。後のほうなんて、誰も相手したくないだろ。けど、どっちに転ぶかなんて、俺にも判断つかねえよ!」
「はしゃぎたいなら、妖精や他の奴らとやれ。当たりたいなら俺にしろよ。この年だ、今さらガキの癇癪に腹を立てたりしないさ……な。問題解決だ」
カノンは先に寝るぞと手を振って、己の寝床に潜り込んだ。
その様子を、フレッドは半ば呆然としながら眺めていたが、いつの間にか夜風の涼気が幾分か増していることに気付き、慌ててテラスと大部屋を分ける窓を閉じて、自分もベッドに入った。
変な人だ、とフレッドは思ったが、胸のもやもやはずいぶん小さくなっていた。
「ゴブリン退治に報酬をばら撒ける訳だぜ」
とどこか不機嫌に呟いた。以前に住んでいた小さな集落と、引き比べているのかもしれない。
物腰丁寧なモイラが近くにいた村人に村長の自宅を聞き、彼らはよく手入れされた大きな一軒家に向かった。大きい、とは言うものの、特に贅沢を好むような派手な外観だったり、金の掛かった造作をしている訳ではない。
ただ、居心地の良い家になるよう自分たちで手を掛けているようで、ご婦人の手によるものらしいパッチワークの敷物がちらほら使われていたり、飴色に磨かれた居間の飾り棚に、これも手彫りらしい羊飼いの夫婦らしき木の人形が飾られていたりするのが、ガラスの張られた窓越しに見えた。
そんな家の中から現れたのは、穏やかそうな雰囲気を醸し出している初老の男である。彼がナザム村を統括する長だった。
「おお、あなた方が依頼を受けてくださった冒険者の方ですか。どうぞ中へお入り下さい。依頼について説明させて頂きます」
導かれるまま中へ入ると、一見したとおり清潔で暖かそうな住まいである。
こういう家に安穏と居住している住人なら、とても自分たちでゴブリンを追い払おうなどとは出来ない相談だろうな……と、カノンは感じた。
村長はゴブリン全員の討伐を望んでおり、それが確認された時点で、銀貨800枚を全部支払うという条件を持ち出した。
となると、ゴブリンの数はかなり多いのだろうかと懸念したフタバが尋ねると、村人が目撃したのは5匹ほどの小集団だったという。約一ヶ月前から畑の作物を盗んだり、家畜を奪ったりなどの被害がちょくちょくあるため、まだ村人が目撃できていない個体がいる可能性はあるが、あまり憂慮するほどの団体とは思えなかった。
フタバに半ばまで村長からの話の聞き出しを任せていたカノンだったが、中途でそれならと口を挟むことにした。
「村の安全確保のための、ゴブリンの殲滅は理解できる。ただ、ゴブリンは本来、臆病な妖魔だ。戦闘の最中で逃げ出すことも珍しい話じゃないから、全滅させるのは我々の手間になる。その分の追加報酬は得られないのか?」
村長はしばし考え込む様子だったが、やっと来てくれた人手に、ここで帰られるのは嫌だったとみえ、
銀貨200枚の追加を約束した。
雇用期間は1週間の予定で、宿泊には村長の家にある大部屋を提供してくれると言う。
自分たちが片手で数えるほどの回数しか仕事をしたことがない駆け出しパーティであるのを考えると、破格の好条件だと言っても良かった。
「あと確認することは……ないな?」
「おう」
「この一件、私どもでお引き受けします。さっそく、明日から取り掛かりましょう」
「それではゴブリンの討伐、よろしくお願いいたします」
まだ夕飯には間があったので、他の村人から有益な情報を聞けないかと、フレッドとカノンの2人で酒場に出かけ、残りの仲間たちは外に出ている人たちへ話を聞きに行った。
前者のコンビにはこれといった成果はなかったが、他の者たちは少し気になることを聞いてきた。
探索予定の森の奥には元々鉱山跡があり、ゴブリンはそこを根城にしているのではないかということ。
村を襲ってきたゴブリンたちは、何か焦っていた様子が見られたということ。
森の中には狩猟用の小屋があるが、あまり余所者に立ち入ってもらいたくないということ。
そして……。
「狩人が獲物を見かけなくなったって?」
「そうなんですよ、フレッドくん。森にはよく見る小動物の他に、大きいのだと鹿や狼がいる筈なのに、最近はほとんど見かけないそうなんです」
「妙だな……鹿がまず生息地を変えて、肉食動物がそれを追うために減っていったと言うのなら、昔聞いた他の村の話であったけど。そっちは急なものなんだろ?」
「ええ。少なくとも、ここ2~3週間くらいのことなんですって」
「……ゴブリンの狩りがあったとしても、そこまで急激に減少するものでしょうか?」
村長の妻の心尽くしの夕飯を平らげ、宛がわれた大部屋に引き取ってからの話合いである。
ゆっくりとしたモイラの問い掛けに、カノンは無言で首を捻った。
よほどの大集団であれば、一気に動物を狩り尽くしてしまったのも分からなくはない。ただ、それほどまでに多いゴブリンの大移動は、どれだけ隠密にしようとしても足跡でばれるものである。少なくとも、森の獣の減少に気付ける注意深い狩人なら、異様な数のゴブリンの足跡を見逃すはずはない。
「先にやってきたゴブリン退治とは、違う用心をした方が良さそうだ」
年長者の意見に、全員が頷いて賛同した。
とは言うものの、これ以上詳しいことも分からないので、後は明日以降、実際にゴブリンと遭遇してからの話である。
「じゃあ、もう寝ようよ。疲れをしっかり取らなきゃ、いい仕事は出来ないよ」
欠伸を隠しもしないフェアリーの促しに、思わず笑い声を上げた残りの面子も、散り散りにベッドへ入り込んだ。
ここに来るまでにたった2日の旅路とはいえ、野盗や怪物を警戒しながらの道のりである。当然、すぐに眠れるだろうと踏んでいたのだが――。
草木も眠る、といわれる深夜に起きだしたのは、フレッドであった。
あちこちが外ハネで形成されている寝癖を直そうともせず、憮然とした表情で起き上がった彼は、少しの間だけ仲間たちの寝顔を見ていたが、風の音にでも紛れてしまいそうなほど小さい溜息をつくと、裸足のままテラスへ出ていった。
黒い天鵞絨に銀砂を流したような、見事な星空である。
涼気を孕んだ夜風は優しくフレッドの身体を撫でていくが、彼の中にあるもやもやは一向に消える気配を見せない。
重い、と感じた。
このもやもやは気体のごとく気ままに広がるようでいて、その実、溶けた鉛よりも熱く重くフレッドの胸の奥に蟠っている。
こんな村に来なければ、或いは自分の村のことを思い出さずに済んだんだろうか。
精々が20にも満たない世帯で構成された、自分たちが生きていくのに不自由はないが、家の中を飾り立てようと工夫を凝らす暇も与えられなかった、名前もない小さな集落。ドラゴンやワイアーム、デーモンなんて有名な怪物ではなく、異常発育しただけのなめくじに潰されてしまった村。
遺骸が酸で溶けていたら触るだけで危ないからと、皆の墓を立てる余裕すらなく、集落の家々に残されていた財産をかき集め、未練たらたらで村を出た。
もしもあの時、ずっと一緒にいたリュミエールが早く早くと急き立ててくれなければ、フレッドは3日でも10日でも、棒立ちのままあそこで過ごしただろう。
あの運命の日、母は中身たっぷりの弁当をフレッドに持たせ、時間経過や崖に気をつけろとしつこいぐらい念を押して見送ってくれた。腰の痛む父は照れ臭そうに、俺の斬る分を残しておけよとだけフレッドに言い、彼はそれに対して、打ち身に効く草を土産に持って帰るよと笑った。
そんな日常の全てが、あっさりと唐突に断ち切られたのである。
この豊かなナザム村とは全然どこも似ていないのに、何故こうも故郷のことを思い出さずにいられないのか――。
ぎりぎりと歯軋りをしたフレッドの肩を、ぽんと叩く手があった。
「っぅお!?」
「しー……静かにしろよ」
「カノン…?」
ハーフエルフの魔術師は、長い黒髪をかき上げるようにして言った。
「お前な。他のがいたら話しづらかろうと、せっかく酒場に誘っても何も言わなかったくせに、こんな夜中に1人で思い悩むなよ」
「誰がそうしてくれなんて言ったんだ。え、いつ頼んだんだよ」
実に憎々しげな声が出る。我ながら嫌な奴だな、とフレッドは思った。
恐らくは顔にも嫌悪の情がありありと出ているだろうに、カノンは平然としたものだ。
「お前自身だよ。お前の、目だ」
「………」
「助けてくれ、苦しいって叫んでる。……冒険者になった経緯を話した時、お前は故意に話題を逸らしたから、お前の理由は、とても他人に軽々しく言えるようなものじゃないんだろう」
でも、とカノンは続けた。
「あの妖精の様子を見てりゃ、お前の心を1人にしたくないんだっていうのは分かる。だからあえて元気よく振舞っているのも。……もう少し、楽にさせてやれよ」
「……でも俺、誰にもまだ言いたくない」
「言いたくないならそれでもいい。ただ、1人だけで悩むな。傍にいるだけでいいんなら、お前にはちゃんと仲間がいるだろう」
「自分でもどういう風に感情が動くか分からねえんだ。はしゃいで悪いことを忘れたいこともあれば、思い切り誰かに八つ当たりしたいって思う時もある。後のほうなんて、誰も相手したくないだろ。けど、どっちに転ぶかなんて、俺にも判断つかねえよ!」
「はしゃぎたいなら、妖精や他の奴らとやれ。当たりたいなら俺にしろよ。この年だ、今さらガキの癇癪に腹を立てたりしないさ……な。問題解決だ」
カノンは先に寝るぞと手を振って、己の寝床に潜り込んだ。
その様子を、フレッドは半ば呆然としながら眺めていたが、いつの間にか夜風の涼気が幾分か増していることに気付き、慌ててテラスと大部屋を分ける窓を閉じて、自分もベッドに入った。
変な人だ、とフレッドは思ったが、胸のもやもやはずいぶん小さくなっていた。
2019/09/15 13:11 [edit]
category: ゴブリンの洞窟&恐るべきゴブリン退治
tb: -- cm: 0
Sun.
ゴブリンの洞窟&恐るべきゴブリン退治その1 
トトリスからリューンの間の街道を襲っていた盗賊団を壊滅し、意気揚々と≪のんびり柘榴亭≫に戻ってきた冒険者たちは、少額だが得た銀貨をこれまでの貯金と合わせて、誰かに新たな技術を習得させようと協議した。
また色んな意見があったものの、今回はそう長引くこともなく――呪文使いの守護も前衛も頼まれることの多いモイラに、対多数を相手取るための技を覚えてもらうことになった。どちらの役目を果たすことになるにせよ、彼女が一番、敵に囲まれる可能性が高そうだ、と言う予測によるものである。
【散華の閃】という新たな剣技を覚えようと、技術書を見せてくれる女性の元へモイラが通うようになって、ちょうど一週間目の朝のことだった。
また色んな意見があったものの、今回はそう長引くこともなく――呪文使いの守護も前衛も頼まれることの多いモイラに、対多数を相手取るための技を覚えてもらうことになった。どちらの役目を果たすことになるにせよ、彼女が一番、敵に囲まれる可能性が高そうだ、と言う予測によるものである。
【散華の閃】という新たな剣技を覚えようと、技術書を見せてくれる女性の元へモイラが通うようになって、ちょうど一週間目の朝のことだった。
-- 続きを読む --
宿の女主人の手によって、二枚の羊皮紙を席についているテーブルに広げられ、フレッドたちは大きく目を瞬かせた。ちょうど、朝ご飯も終わったところである。
依頼書のどちらにも、ゴブリン(小鬼)の文字が見える。
フタバは恐る恐るといった態で、ヒヨコの刺繍がされたエプロン姿のエセルへ口を開く。
「これって……まさか、もしかして……」
「はい、そのまさかです。駆け出し冒険者の王道、ゴブリン退治のお仕事です!」
「ついに来たか。いや、いつかはあるだろうと思っていたが……」
「ちょっと待って下さい。僕らに、両方引き受けろということなんですか?」
「この二つなんですけど、片方はここから3時間ほどで行ける場所のようなんですよ。ですから、こちらの依頼をぱぱっと済ませたら、そのままもう一方のナザム村に行くと。どうでしょうか?」
全員が依頼書を詳しく確認すると、ナザム村はリューンから2日ほど北西に歩いた所にあるらしい。近所の洞窟に住み着いたゴブリン退治の報酬は銀貨600枚、ナザム村は豪気にも800枚の銀貨を出すつもりのようだ。
そもそもですね、とエセルは依頼書のゴブリンの文字をなぞりながら言った。
「ゴブリンは人里に近いところで巣を作り、繁殖する例が多いそうなんです。農家の作る農作物や家畜を掠め取れるし、あわよくば武器になりそうな鍬や鉈なんかも手に入る。狩猟生活が基本のはずだし、繁殖するだけなら、人跡未踏の森の中でもいいはずなんですけど……」
「ゴブリンは増え過ぎる、だからこそ大きい集団に向かない、というのが搭の意見にあったな」
カノンの説明によると、下級妖魔であるゴブリンは、どんな悪条件でもしぶとく生き残る生命力の強さや、冒険者や軍などに討伐されても、途中で逃げ出した個体がまた集団を形成できる繁殖力の強さが、かえって大規模な集団となるには足枷と化すのだそうだ。
「せっかく強い個体ができたとしても、大きな組織の中での幹部クラスになるより、そこそこの集団の中の首領になることを選びがちだ。下級妖魔だからな。仲違いが起き易いし、優れた仲間への嫉妬も生まれるんだろう。気の合う奴や騙された奴を引き連れて、グループを新しく作る」
「そのグループが新天地を求めて散々彷徨い、人里近くの便利な暮らしに流れようとする……?」
テーブルに両肘をつき、顔を手で支えながらのフタバの台詞に、カノンは舞台俳優でも務まりそうな美貌をゆったりと縦に振った。
「そんなところだ。すぐに増えるから、食料が不足しがちで人の物に手を出す事もあるだろう。ただ、中には人語を解するほどずば抜けて頭の良いロードが率いる大群や、ダークエルフにより統率された大集団だったりすることもある。油断は大敵だ」
「この依頼書にあるものはどう思いますか?」
「従者さんも大概無茶を言う。判断材料が少な過ぎるぞ。……ただ、リューン近郊にゴブリンが住み着くのはよく聞くから、大集団の斥候というよりは、そこから弾かれたグループの方だと思う。斥候だとしたら、何度も失敗した時点で手を引くだろ」
「なるほど、道理ですね」
「じゃあカノン、ナザム村のはどうだよ?」
少年の手が指し示す羊皮紙には、
『村の外れの森に、ゴブリンが住み着いてしまいました。これを討伐して頂きたく、冒険者の方々にご依頼いたしました。』
とだけある。後は報酬と依頼主の名前くらいだ。
ハーフエルフの魔術師は、ふんと鼻を鳴らして腕組みをする。
「それこそ、行ってみなければ分からん。どうする少年、引き受けるのか?」
「他に反対する人がいなきゃ、そうしたい。今の俺たち、まだ駆け出しもいいところで、装備も充分整ったって言えるほどじゃないだろ」
「この≪のんびり柘榴亭≫に、ゴブリン退治がちょうどいい冒険者なんて、他にいないしねー」
リュミエールは自分の猫目石を磨きながら、もっともな事実を指摘した。
ちなみに、この宿にいる他の冒険者と言えばもうひとグループいるのだが、彼らは少数民族の暮らす郷の遺跡に挑戦中で、今はリューンにいない。
自分たちで使わない良い物を見つけたら、また宿置きの品物に加えることにしようと、冗談交じりに言いながら10日ほど前に旅立ち、無事を知らせる手紙が昨日届いたばかりだ。エセルに読み取れる限り、彼らは遺跡の探索を楽しんでいるようで、まだここには戻るまい。
つまり、今現在≪のんびり柘榴亭≫で動けるのは、宿にいる彼らだけということだ。
「……まあ、報酬や雇用条件には交渉の余地がありそうだし、両方やってみるとするか」
「モイラさんも新しい剣技を習得したばかりだし、何とかなるわよ。カノンも新しい魔法を勉強してるんでしょう?」
「まだ読み解いてはいないけどな」
「フレッドも頑張ってるんだよー。お化けが斬れるように」
「まだ斬れないけどな!もうちょっとなんだけどな!」
「自棄になって武器を振り回すのは、どうかと思います」
「ミハイル様、それは言わぬが花というやつです」
どうやら腹も決まったらしいと、エセルは微笑んで彼らを見守った。
硬めに焼いたライ麦パンや干し肉、チーズ、レーズンなどがセットになった糧秣を人数分用意し、冒険者たちに持たせる。
彼らはまだ少ない装備を点検し、まずは街外れにある洞窟へ向かうことにした。
これまでにも他のゴブリンが住み着いたことのある洞窟で、近くの農家や、討伐依頼を受けたことのある冒険者の中には、そろそろあの穴を塞いでしまったらどうだ――という意見が、あるとかないとか。
しかし、人為的に塞いでしまうことで、普通の森の獣たちが棲家を失い、人里に出没し始める可能性もある。一長一短だ。
旅の途中――1つめの洞窟まではそう遠くはないが――では、フレッドやミハイルに強請られたカノンが、仕方なくゴブリンについての講義の続きを披露する。
「ゴブリンが洞窟や遺跡などに住み着くのは、日光が嫌いだからだ。光を浴びたくらいで、かのトロール(岩巨人)のように弱体化したり、岩になったりするわけじゃないが、夜行性だから日光に慣れる必要がないんだろう。よく出没するから忘れがちだが、古代から続く種族であることは確かだから、何か独自の宗教を持っている可能性はある。俺は寡聞にして知らないが」
ゴブリンの中でも厄介なのは、ロード種やシャーマン種であろう。
特にロード種はゴブリンの最上位種であり、通常のゴブリンよりはるかに強靭な肉体や優れた知性を持つ上、ロード種が率いる群れは、カノンが前述したとおり大規模なものになることが多い。それは統率力が非常に高いからである。
幸いにしてロード種は個体数が少なく、遭遇することはまず稀なのだが……。
「丹念に話を聞いていくと、冒険者の中にはその稀にしか遭わないゴブリンロードと、実際に戦ったという奴もいる。まあ、それだけゴブリン退治の依頼の母体数が多いんだろう」
「シャーマンってのは?」
「魔法を操る種だ。後頭部が肥大しているから、見ればすぐ分かる。お前がシャーマンを見つけた時には、相手の方が魔法を唱えている確率も高いけどな」
「何だよ、警戒が間に合わねえじゃん……」
「だから相手の気配を先に察する能力が大事なんだ。先手を取る方が有利なのは、自明の理だろ」
「ゴブリンの寿命はどのくらいでしょう?」
「実際に寿命を計った学者の話は知らないから、正確には言えないが……。あれだけの繁殖力があるということは、逆から見ると、寿命が短いから多くの個体を産む必要性が生じるのかもしれん」
「では、人間より寿命が短いのかもしれませんね」
「俺はそう考えている。何故なら、下級妖魔の世界は純然たる実力主義だ。弱った個体や病気の個体は、ほぼ見向きもされん。長生きできるほど、妖魔たちの社会が生かしてくれるとは思えない」
「ということは、僕らが出会うだろうゴブリンは、若いか壮年期に当たるものだということですか」
「ああ。そのはずだ」
あんな風に、とカノンが指差したのは、洞窟の前で見張りを行なっている緑の肌の妖魔だった。
噂のゴブリンである。
日光を嫌うゴブリンが、洞窟から出て役目を怠りなく果たしているのは、この辺りの木々や草がよく繁茂していて、陽が差し辛いからだろう。それでも本来は夜行性だからか、時折欠伸を漏らしている。
蛙のような肌に覆われた醜い妖魔は、成人女性と変わらない程度の身長しかないが、革の鎧に身を包み、腰に短剣を挟んで武装している。人間の遺体から奪ったのだろうか。
アンデッドのいた洞窟のようにカノンが遠距離攻撃を仕掛けるか、それとも野盗を相手取ったようにフタバの束縛を使うかで意見が分かれたが、結局。
大木に隠れたフェアリーの、蔓薔薇で出来た小さな竪琴が可愛らしい音色を発し、訝しく思ったゴブリンが音の発生源まで近づこうと動いた刹那、呪曲の効果が現れて妖魔は眠ってしまった。
何しろ、陽光を遮るほど繁茂してる森である。当然、眠ったゴブリンの倒れる音すら繁った草のクッションで吸収されてしまい、妖魔は声を上げる暇すらなく、モイラの剣やフレッドの斧で息絶えた。
後はもう特筆することもなく、細い道の行き止まりで居眠りをしていたホブゴブリン(肥大小鬼)を片付け、洞窟の一番広い部屋にたむろっていた、シャーマン種を含むゴブリンどもを連携の取れてきた動きで蹴散らしたのだが……。
大の男が3人も立てばいっぱいになりかねない洞窟の奥の小部屋で、鉄製らしき宝箱が発見されたのである。
「前の野盗退治を思い出すわね。あの鍵は大変だった……」
「大丈夫だよ、フタバちゃん。これ、あたしでも開けられるから」
宝箱を調べるためのリュミエールと、彼女を守るためのフタバで小部屋にいるのだが、磨き立ての猫目石による鑑定で単純な造りの鍵であることを理解したフェアリーは、ニ、三の動きであっさり宝箱を開封したのだった。
箱の中に納まっていたのは、フタバの腕の1.5倍くらいの長さをした杖である。恐らくは魔法的な謂れのある古木を用いているのだろう。先端には魔力回路を補助するための青いクリスタルがついている。
――ちなみに、カノンが宿の倉庫から貰い受けた杖の素材も謂れのあるもので、柳は死者と生者の仲立ちを行い、イチイは魔に親しむ力を持つのだという。
これもまた、その手の術者たちが力を振るうのに必須な能力を持つに違いない。
小部屋から出てきたリュミエールとフタバから、戦利品の説明をされた仲間たちの中で、最初に口を開いたのはカノンだった。
「嬢ちゃん。もしお前が望むなら、その杖を担保に、お前の持つような東方の『カタナ』をくれる人材を紹介するがどうする?」
「リューンの出身でもないのに、そんな伝手持ってたの?」
「と言うか、この杖はそれほどに貴重な品なのですか?……私にはよく分かりませんが」
「俺の持つ≪隠者の杖≫にかなり近い。魔法使い垂涎の道具だが、この嬢ちゃんは本来魔法剣士だから、杖を武器にするのは出来ない相談だろう」
大人しく首肯したフタバに、カノンは如何にも可笑しそうに肩を揺らす。
「やはりな。なら、姿形が変わっている上に多少ナルシストだが、いたって気のいい奴が経営してる店に行こう。ちょうど次の目的地に行く途中で寄れる場所にある」
「ちょっと、カノンさん。なんか形容の前半がもう、妙にお近づきになりたくない要素で満ちている気がするんだけど……」
「いい子だから気にするな」
からかうような表情のまま、ハーフエルフの手がくしゃりとフタバの頭を撫ぜた。
――いい加減に話を逸らされた感は否めないが、今ある銀貨を減らさずに、もっといいアイテムを持つことが出来るなら機会を逃したくはない。これがフタバの結論である。
思い切って出かけたその店で、まさか蛙の元冒険者が店主をやっているなどということが待ち受けているとは、カノン以外の誰も予測し得なかった事態だった。
刀身が光を仄かな桜色に反射する美しい刀を、しっくりくるよう腰に吊るしながら、フタバは密かに脱力していた。今度来る時には、薔薇か酒でも持参しなければならないかもしれない。
「あそこのアイテムは面白そうなのがいっぱいあったから、またお金稼いだら行こうね~」
「魔法を解除できる石とか、すこし高いけど便利そうな物があったよな。技や魔法もかなりあったし」
店主にも引かず、きゃっきゃと喜んでいるフレッドとリュミエールを見て、
「若いなー……」
と感じてしまったフタバは、己の精神年齢が実年齢より上であることをしみじみ実感した。
依頼書のどちらにも、ゴブリン(小鬼)の文字が見える。
フタバは恐る恐るといった態で、ヒヨコの刺繍がされたエプロン姿のエセルへ口を開く。
「これって……まさか、もしかして……」
「はい、そのまさかです。駆け出し冒険者の王道、ゴブリン退治のお仕事です!」
「ついに来たか。いや、いつかはあるだろうと思っていたが……」
「ちょっと待って下さい。僕らに、両方引き受けろということなんですか?」
「この二つなんですけど、片方はここから3時間ほどで行ける場所のようなんですよ。ですから、こちらの依頼をぱぱっと済ませたら、そのままもう一方のナザム村に行くと。どうでしょうか?」
全員が依頼書を詳しく確認すると、ナザム村はリューンから2日ほど北西に歩いた所にあるらしい。近所の洞窟に住み着いたゴブリン退治の報酬は銀貨600枚、ナザム村は豪気にも800枚の銀貨を出すつもりのようだ。
そもそもですね、とエセルは依頼書のゴブリンの文字をなぞりながら言った。
「ゴブリンは人里に近いところで巣を作り、繁殖する例が多いそうなんです。農家の作る農作物や家畜を掠め取れるし、あわよくば武器になりそうな鍬や鉈なんかも手に入る。狩猟生活が基本のはずだし、繁殖するだけなら、人跡未踏の森の中でもいいはずなんですけど……」
「ゴブリンは増え過ぎる、だからこそ大きい集団に向かない、というのが搭の意見にあったな」
カノンの説明によると、下級妖魔であるゴブリンは、どんな悪条件でもしぶとく生き残る生命力の強さや、冒険者や軍などに討伐されても、途中で逃げ出した個体がまた集団を形成できる繁殖力の強さが、かえって大規模な集団となるには足枷と化すのだそうだ。
「せっかく強い個体ができたとしても、大きな組織の中での幹部クラスになるより、そこそこの集団の中の首領になることを選びがちだ。下級妖魔だからな。仲違いが起き易いし、優れた仲間への嫉妬も生まれるんだろう。気の合う奴や騙された奴を引き連れて、グループを新しく作る」
「そのグループが新天地を求めて散々彷徨い、人里近くの便利な暮らしに流れようとする……?」
テーブルに両肘をつき、顔を手で支えながらのフタバの台詞に、カノンは舞台俳優でも務まりそうな美貌をゆったりと縦に振った。
「そんなところだ。すぐに増えるから、食料が不足しがちで人の物に手を出す事もあるだろう。ただ、中には人語を解するほどずば抜けて頭の良いロードが率いる大群や、ダークエルフにより統率された大集団だったりすることもある。油断は大敵だ」
「この依頼書にあるものはどう思いますか?」
「従者さんも大概無茶を言う。判断材料が少な過ぎるぞ。……ただ、リューン近郊にゴブリンが住み着くのはよく聞くから、大集団の斥候というよりは、そこから弾かれたグループの方だと思う。斥候だとしたら、何度も失敗した時点で手を引くだろ」
「なるほど、道理ですね」
「じゃあカノン、ナザム村のはどうだよ?」
少年の手が指し示す羊皮紙には、
『村の外れの森に、ゴブリンが住み着いてしまいました。これを討伐して頂きたく、冒険者の方々にご依頼いたしました。』
とだけある。後は報酬と依頼主の名前くらいだ。
ハーフエルフの魔術師は、ふんと鼻を鳴らして腕組みをする。
「それこそ、行ってみなければ分からん。どうする少年、引き受けるのか?」
「他に反対する人がいなきゃ、そうしたい。今の俺たち、まだ駆け出しもいいところで、装備も充分整ったって言えるほどじゃないだろ」
「この≪のんびり柘榴亭≫に、ゴブリン退治がちょうどいい冒険者なんて、他にいないしねー」
リュミエールは自分の猫目石を磨きながら、もっともな事実を指摘した。
ちなみに、この宿にいる他の冒険者と言えばもうひとグループいるのだが、彼らは少数民族の暮らす郷の遺跡に挑戦中で、今はリューンにいない。
自分たちで使わない良い物を見つけたら、また宿置きの品物に加えることにしようと、冗談交じりに言いながら10日ほど前に旅立ち、無事を知らせる手紙が昨日届いたばかりだ。エセルに読み取れる限り、彼らは遺跡の探索を楽しんでいるようで、まだここには戻るまい。
つまり、今現在≪のんびり柘榴亭≫で動けるのは、宿にいる彼らだけということだ。
「……まあ、報酬や雇用条件には交渉の余地がありそうだし、両方やってみるとするか」
「モイラさんも新しい剣技を習得したばかりだし、何とかなるわよ。カノンも新しい魔法を勉強してるんでしょう?」
「まだ読み解いてはいないけどな」
「フレッドも頑張ってるんだよー。お化けが斬れるように」
「まだ斬れないけどな!もうちょっとなんだけどな!」
「自棄になって武器を振り回すのは、どうかと思います」
「ミハイル様、それは言わぬが花というやつです」
どうやら腹も決まったらしいと、エセルは微笑んで彼らを見守った。
硬めに焼いたライ麦パンや干し肉、チーズ、レーズンなどがセットになった糧秣を人数分用意し、冒険者たちに持たせる。
彼らはまだ少ない装備を点検し、まずは街外れにある洞窟へ向かうことにした。
これまでにも他のゴブリンが住み着いたことのある洞窟で、近くの農家や、討伐依頼を受けたことのある冒険者の中には、そろそろあの穴を塞いでしまったらどうだ――という意見が、あるとかないとか。
しかし、人為的に塞いでしまうことで、普通の森の獣たちが棲家を失い、人里に出没し始める可能性もある。一長一短だ。
旅の途中――1つめの洞窟まではそう遠くはないが――では、フレッドやミハイルに強請られたカノンが、仕方なくゴブリンについての講義の続きを披露する。
「ゴブリンが洞窟や遺跡などに住み着くのは、日光が嫌いだからだ。光を浴びたくらいで、かのトロール(岩巨人)のように弱体化したり、岩になったりするわけじゃないが、夜行性だから日光に慣れる必要がないんだろう。よく出没するから忘れがちだが、古代から続く種族であることは確かだから、何か独自の宗教を持っている可能性はある。俺は寡聞にして知らないが」
ゴブリンの中でも厄介なのは、ロード種やシャーマン種であろう。
特にロード種はゴブリンの最上位種であり、通常のゴブリンよりはるかに強靭な肉体や優れた知性を持つ上、ロード種が率いる群れは、カノンが前述したとおり大規模なものになることが多い。それは統率力が非常に高いからである。
幸いにしてロード種は個体数が少なく、遭遇することはまず稀なのだが……。
「丹念に話を聞いていくと、冒険者の中にはその稀にしか遭わないゴブリンロードと、実際に戦ったという奴もいる。まあ、それだけゴブリン退治の依頼の母体数が多いんだろう」
「シャーマンってのは?」
「魔法を操る種だ。後頭部が肥大しているから、見ればすぐ分かる。お前がシャーマンを見つけた時には、相手の方が魔法を唱えている確率も高いけどな」
「何だよ、警戒が間に合わねえじゃん……」
「だから相手の気配を先に察する能力が大事なんだ。先手を取る方が有利なのは、自明の理だろ」
「ゴブリンの寿命はどのくらいでしょう?」
「実際に寿命を計った学者の話は知らないから、正確には言えないが……。あれだけの繁殖力があるということは、逆から見ると、寿命が短いから多くの個体を産む必要性が生じるのかもしれん」
「では、人間より寿命が短いのかもしれませんね」
「俺はそう考えている。何故なら、下級妖魔の世界は純然たる実力主義だ。弱った個体や病気の個体は、ほぼ見向きもされん。長生きできるほど、妖魔たちの社会が生かしてくれるとは思えない」
「ということは、僕らが出会うだろうゴブリンは、若いか壮年期に当たるものだということですか」
「ああ。そのはずだ」
あんな風に、とカノンが指差したのは、洞窟の前で見張りを行なっている緑の肌の妖魔だった。
噂のゴブリンである。
日光を嫌うゴブリンが、洞窟から出て役目を怠りなく果たしているのは、この辺りの木々や草がよく繁茂していて、陽が差し辛いからだろう。それでも本来は夜行性だからか、時折欠伸を漏らしている。
蛙のような肌に覆われた醜い妖魔は、成人女性と変わらない程度の身長しかないが、革の鎧に身を包み、腰に短剣を挟んで武装している。人間の遺体から奪ったのだろうか。
アンデッドのいた洞窟のようにカノンが遠距離攻撃を仕掛けるか、それとも野盗を相手取ったようにフタバの束縛を使うかで意見が分かれたが、結局。
大木に隠れたフェアリーの、蔓薔薇で出来た小さな竪琴が可愛らしい音色を発し、訝しく思ったゴブリンが音の発生源まで近づこうと動いた刹那、呪曲の効果が現れて妖魔は眠ってしまった。
何しろ、陽光を遮るほど繁茂してる森である。当然、眠ったゴブリンの倒れる音すら繁った草のクッションで吸収されてしまい、妖魔は声を上げる暇すらなく、モイラの剣やフレッドの斧で息絶えた。
後はもう特筆することもなく、細い道の行き止まりで居眠りをしていたホブゴブリン(肥大小鬼)を片付け、洞窟の一番広い部屋にたむろっていた、シャーマン種を含むゴブリンどもを連携の取れてきた動きで蹴散らしたのだが……。
大の男が3人も立てばいっぱいになりかねない洞窟の奥の小部屋で、鉄製らしき宝箱が発見されたのである。
「前の野盗退治を思い出すわね。あの鍵は大変だった……」
「大丈夫だよ、フタバちゃん。これ、あたしでも開けられるから」
宝箱を調べるためのリュミエールと、彼女を守るためのフタバで小部屋にいるのだが、磨き立ての猫目石による鑑定で単純な造りの鍵であることを理解したフェアリーは、ニ、三の動きであっさり宝箱を開封したのだった。
箱の中に納まっていたのは、フタバの腕の1.5倍くらいの長さをした杖である。恐らくは魔法的な謂れのある古木を用いているのだろう。先端には魔力回路を補助するための青いクリスタルがついている。
――ちなみに、カノンが宿の倉庫から貰い受けた杖の素材も謂れのあるもので、柳は死者と生者の仲立ちを行い、イチイは魔に親しむ力を持つのだという。
これもまた、その手の術者たちが力を振るうのに必須な能力を持つに違いない。
小部屋から出てきたリュミエールとフタバから、戦利品の説明をされた仲間たちの中で、最初に口を開いたのはカノンだった。
「嬢ちゃん。もしお前が望むなら、その杖を担保に、お前の持つような東方の『カタナ』をくれる人材を紹介するがどうする?」
「リューンの出身でもないのに、そんな伝手持ってたの?」
「と言うか、この杖はそれほどに貴重な品なのですか?……私にはよく分かりませんが」
「俺の持つ≪隠者の杖≫にかなり近い。魔法使い垂涎の道具だが、この嬢ちゃんは本来魔法剣士だから、杖を武器にするのは出来ない相談だろう」
大人しく首肯したフタバに、カノンは如何にも可笑しそうに肩を揺らす。
「やはりな。なら、姿形が変わっている上に多少ナルシストだが、いたって気のいい奴が経営してる店に行こう。ちょうど次の目的地に行く途中で寄れる場所にある」
「ちょっと、カノンさん。なんか形容の前半がもう、妙にお近づきになりたくない要素で満ちている気がするんだけど……」
「いい子だから気にするな」
からかうような表情のまま、ハーフエルフの手がくしゃりとフタバの頭を撫ぜた。
――いい加減に話を逸らされた感は否めないが、今ある銀貨を減らさずに、もっといいアイテムを持つことが出来るなら機会を逃したくはない。これがフタバの結論である。
思い切って出かけたその店で、まさか蛙の元冒険者が店主をやっているなどということが待ち受けているとは、カノン以外の誰も予測し得なかった事態だった。
刀身が光を仄かな桜色に反射する美しい刀を、しっくりくるよう腰に吊るしながら、フタバは密かに脱力していた。今度来る時には、薔薇か酒でも持参しなければならないかもしれない。
「あそこのアイテムは面白そうなのがいっぱいあったから、またお金稼いだら行こうね~」
「魔法を解除できる石とか、すこし高いけど便利そうな物があったよな。技や魔法もかなりあったし」
店主にも引かず、きゃっきゃと喜んでいるフレッドとリュミエールを見て、
「若いなー……」
と感じてしまったフタバは、己の精神年齢が実年齢より上であることをしみじみ実感した。
2019/09/15 13:09 [edit]
category: ゴブリンの洞窟&恐るべきゴブリン退治
tb: -- cm: 0
| h o m e |