Tue.
地下二階の役立たずその2 
アンジェ曰く「嫌な予感がする」ドアを開けて進む。
すると、部屋の入って左側の壁にまたドアがあったので、そちらへと足を動かすと、

「憎いですねえ、全てが悲しいですねえ…」
という声とともに、扉の前に霧が集まった。
やがてそれは、いささか太った死人の姿を作り出した。
すると、部屋の入って左側の壁にまたドアがあったので、そちらへと足を動かすと、

「憎いですねえ、全てが悲しいですねえ…」
という声とともに、扉の前に霧が集まった。
やがてそれは、いささか太った死人の姿を作り出した。
-- 続きを読む --
荷物袋がガタガタと揺れ、中で人形の声が響く。
「砂糖大好きシュツガルド。太って死んだシュツガルド。ショートケーキも食べれない。チーズケーキも食べれない」
「……黙れ」
「魔力は凄いよ、シュツガルド。炎でこんがり、冒険者。甘味が食べたいシュツガルド。オーブンでこんがり、焼きたいよ」
「黙れってんだよ、この出来損ない!」
テーゼンが叫ぶと同時に、太った霧の死人――一撃で人間を死に至らしめることの出来るレイスが、その恐ろしい手を一行を守らんと前衛に立っていたロンドへ伸ばした。
逞しい巌のような体から、溢れんばかりの生気がたちまち抜き取られる。
「く……はっ……」
自分は今、血を抜き取られるように命を吸い取られている――朦朧とした頭の隅で、そんな考えが浮かぶ。
ロンドは必死に意識を保とうとしたが、その体からは急激に力が抜けていった。
「ロンド!」
慌てて駆け寄ったシシリーが体を支えようとするも、レイスに従って姿を現したラルヴァたちが進行を邪魔して容易に近づけない。
早目に治療しないと、ロンドの魂が彼岸へと到達してしまう――テーゼンは杖のコマンドワードを唱え、己の魔力と混ぜて、浅ましい姿と成り果てたシュツガルドに≪氷砂糖の杖≫を振った。

『漆黒の闇に燃えし、地獄の甘味よ!我が剣となりて、敵を滅ぼせ!』
「こ、こ、こ、こ…この甘味だぁぁぁぁぁ!」
魔力の中に込められた甘味に気づいたシュツガルドは、甘美なその味に陶然となり成仏した。
「よし!」
ガッツポーズを作るテーゼンの後ろで、呆れたようにテアが首を横に振る。
「……仮にもレイスが、こんなことで成仏してええんかのう」
「それは言わないお約束、というものでしょう。曲に起こす時には、省略しては?」
老婆の呆れ声に応えたウィルバーが、己の周りを飛び回っていた魔力の矢を、立て続けにラルヴァたちへ放出する。
アンジェもリューンの枯葉通りで学んだ繭糸に魔力を這わせ、複数の対象に突き立てた。
二匹が床に落ち、半透明の体がそのまま灰色の石材へ溶けるように消えていく。
すかさず、空いたスペースをスライディングの容量で移動したテーゼンが、ロンドの口に薬草を突っ込んだ。
口が塞がって息が今度こそ止まるんじゃ――と危惧したシシリーだったが、その心配は杞憂のようで、カッと目を開けたロンドが腹筋だけで半身を起こし、たちまち文句を言い出した。
「苦いんだよ、お前の草は!本気で改良しろ!」
「苦さでは人は死なない。諦めろ」
「兄ちゃんたち、今は戦闘中だってば!」
そう注意したアンジェは、ラルヴァの攻撃をかいくぐって鋼糸を走らせ、一匹の首に巻きつける。
「ギャッ!?」
ラルヴァは慌てて身を捻ったが解く手段も無く、ホビットの娘が勢い良くそれを引っ張ると、ころりと小さな首が落ちた。
「ほら、まだ二匹残ってるよ!」
「言われなくとも!」
≪Beginning≫を正眼に構えたシシリーは、視界の端に動こうと逃げるラルヴァの頭部を輪切りにするように斬り捨てた。
血が噴水のごとく噴き上がるが、その不浄な赤を被らないようさっと身を引く。
残り一匹となった魔物は、キィキィと耳障りな声を出しながら冒険者をかわし、部屋の奥へと逃げようと不規則な軌道を描いて飛んでいたが……たちまち、青く凍りついた光の帯が魔術師の掲げる杖から放たれ、その息の根を止めた。
「やれやれ……一時はどうなることかと思った」
「それはこちらのセリフですよ、ロンド」
カツカツと音を立てて、まだ半身を起こした状態のままだったロンドに、最後の攻撃を行なったウィルバーが近寄った。
片膝を立てて、年下の仲間に指を突きつける。
常に冷静なはずの彼の目は、すっかり据わっていた。
「まったく、生きた心地がしないとはこのことです。あなたは先頭に立っているんですから、それ相応の用心が必要だったんじゃないんですか?」
「油断はしてなかったぜ。あの死霊が特別製だったんだ、俺のせいじゃない」
「どうだか…調子に乗りすぎるあなたのくせは、直すべきだと思いますよ」
「あ?何だよそれ」
「ちょっと、2人とも…」
しきりに終わった戦闘について意見を戦わせる2人を他の面子でどうにか宥め、シュツガルドの守っていた扉を開けて、奥にあった小部屋に入る。
ハッとなったのは、いくつものガラクタに混じって置かれている古ぼけた鍵を見つけた時だった。
「これって…もしかして、さっき人形が言っていた鍵かしら」
「かもしれんな。やはりあの人形、侮れん存在のようじゃ」
老婆は三度、呪歌で仲間たちの傷口を塞ぐと、地上を目指して進もうと仲間へ促した。
いささか迷いはしたものの、上に登る梯子を無事に見つけ、部屋の錠――これも人形の予言どおりだった――を古ぼけた鍵で開ける。
通路に出てみると、そこはグールやラルヴァが最初に現れた部屋の前であることが分かった。
「となると……これで全部回ったということじゃろうの」
「おばあちゃん、それってこれ以上は探索しなくていいってこと?」
「だろうの。…もっとも、わしの推測が正しいのなら、ここから先が大変なんじゃろうが」
「ん?」
首を傾げたアンジェに何でもないと答えた老婆は、マッピングした地図を広げて地上へ通じる梯子の場所を確認する。
皺の寄った手が示すルートを全員で確認し、ランプさんの先導で、一行はあちこちにこしらえた傷を押さえながら、辺りに注意を払って移動した。
そのおかげで、これ以上妙に強いモンスターの襲撃を受けることもなく、彼ら旗を掲げる爪は地上へと戻り、依頼人であるナブルへ依頼の達成と報酬の受け取りに向かった。
「…なるほど、この人形が。ずいぶんと可愛い依り代を使う。まあ、シュツガルドらしいが…」
満足げにためつすがめつ人形を眺めている依頼主に、アンジェが躊躇いがちに口を開いた。
「余計なお世話かもしれないけど、下手な質問をしない方が良いよ。悪い未来も言い当てるから」
「フン。だが、そうも言ってられんのだよ」
と革張りの椅子にふんぞり返った男は言う。
「どうも、わたしは内臓をあちこち病んでいるようなんだ。死神の足音を聞いて気がついたよ、砂糖を舐めながら研究に没頭していたシュツガルドが、どれだけ魔法使いとして正しかったことか」
因果律を解いた人形であれば、残り少ない人生を延ばす術すら、すらすらと答えられるだろう――ナブルはそういう考えに至り、冒険者を雇ったのである。
だからこそ、ナブルは尋常ではない光を目に湛えながら訊ねた。
「フフ、さあ、人形よ。答えてくれ。わたしはどうしたら生きられる?わたしに時間を与えてくれ」
「訊かれれば答える、それがボク。教えてあげましょう、魔法使い。あなたの中身はとろける寸前。もう持たないよ、それがあなた」
「フン。そんなことは分かっている」
傍らで聞いている冒険者たちの方がゾッとする答えだったにも関わらず、依頼主は平然とした顔で人形に対峙していた――その時までは。
「どうすればわたしは生きられるんだ?医者と同じことを言わないでくれ」
「生きられるなら答えない、だってボクは真実のオモチャ。覗けるコトは、真実だけ。だからボクは真理のオモチャ」
「なんだと…?」
美男とまでは評されなくとも、まずまず端整なナブルの顔が歪み、蒼白となった。
唾を飛ばすようにして人形に詰め寄り、まるで意見を異にした人間に対するように、段々と大きくなる声で言い募る。
「じゃ、じゃあ、お前は、因果律に矛盾が起こらない場合だけ、予言をすることができるのか!?馬鹿な!それじゃあ、それじゃあ、お前はまったくの役立たずじゃないか!」

「ボクは役立たず、役立たずはボク。だからボクは真実のオモチャ。あなたは死ぬよ、あと少し。あなたは死ぬよ、鳥が鳴いたら」
「なっ…、おのれシュツガルド!因明の真理を解いたのではなかったのか…」
「シュツガルドは極めたよ、知っていたのさ、因果の正体」
人形は相変わらず、稚い子供よりも高い声でカタカタと話している。
自らをオモチャと称する人形の言葉に、シシリーやウィルバーは段々顔色が悪くなってきた。
この人形の語る言葉は――真実だけを言い当てている。
この現世における真実を。
それを全て聞くのは危険だ。
2人は止めようとしたが、ナブルに制されて人形の口を塞ぐことが出来ない。
「この世にあるのは、皆オモチャ。オモチャだから、世界に居れる。オモチャじゃないのは神様だけ。神様になっても楽しくない」
「な!な!神でけっこう!それこそが魔術の目標ではないか……!
「神様は生きてない。生きているのは皆オモチャ。神様になったら消えちゃうよ、神様この世に居られない」
真理である。
シュツガルドは確かに因果律を解明し……人間でありたいがために、それ以上を求めなかったのだ。
だが、寿命が尽きようとしている男にはそれが理解できない。
「ク、クソ!ならば、お前を分解して、魔術を奪ってやる!神でも何でもなってやろうじゃないか!」
異端審問官に聞かれたらたちまち裁かれること間違いなしのセリフに、さすがにシシリーが声を上げる。
「ちょ、ちょっと待ってください、ナブルさん!そんなこと…」
するべきじゃないし、口に出すべきでもないというシシリーの抗議は、人形によって遮られた。
「可哀想な魔術師ナブル。それができない魔術師ナブル」
「え……?」
尋常ではない悪寒を感じ取り、シシリーの形の良い唇が強張る。
少女の様子も目に入らず、依頼主と人形は喋り続けた。
「それができるのに時間が無い。時間が無いからできないよ」
「わたしの研鑽では及ばないというのか…!?」
「違うよ、もうすぐ鳥が鳴く。それさえなければ、すぐ分かるのに。残念、ナブル、鳥が鳴く。あと少しまで勉強したのに」
「そ、それはどういうことだ!?」
…ヒィィィ…。
フォウであるスピカの鳴き声よりも悲痛な、鳥のような声が部屋に響いた。
ナブルは驚愕の面持ちで、自分の体を見下ろして自身を抱きしめた。
「い、今の音は…」
「…ナブルさん、今の音…あなたの胸の辺りから聞こえたよ…」
震える指でアンジェが指したのは、ナブルの左胸である。
ホビットで盗賊でもある彼女は、滅多に聞き耳を間違えることはない。
人形が語る。
「今のがナブルの最後の息。心臓は、少し前から止まってた。麻薬で痛みを消しすぎさ。心臓が死んでも気がつかない」
「な、な、な…た、頼む!助けてくれ!救ってくれ!」
それが依頼人の最期の言葉となった。
冒険者たちは直後に倒れた男の体へ応急の処置や法術を惜しみなく使い、果ては近所の医者もすぐに呼ばれはしたが、ついに彼の息を取り戻すことはできなかった。
依頼主が死亡したため、報酬の残り銀貨1800枚も貰えずじまいである。
寿命といえばそれまでなのだろうが、真実「だけ」を言い当てることの恐ろしさをまざまざと見せ付けられた旗を掲げる爪は、ナブル死亡のごたごたで持ってきてしまった人形の処分をどうしたらいいか、≪狼の隠れ家≫に戻って亭主へ相談することにした。
「で、これがその人形か」
宿の亭主は、無造作に人形を抱き上げるとカウンターにそっと置いた。
カウンターの席には、シシリーとロンドが座っている。
「親父さん、あんまりその人形には手を出さない方がいいんじゃないかしら…」
「なに、使いようだろう。売り物になるのかどうか、真贋をつけるのがわしの役目だしな」
「それで、一体何を訊くつもりなんだ?」
悪魔の疑問にニヤリと笑うと、亭主は禁断の質問をした。
「おい、わしの髪はいつ生えるんだ?」
※収入:報酬1000sp、≪氷砂糖の杖≫
※支出:
※平江明様作、地下二階の役立たずクリア!
--------------------------------------------------------
■後書きまたは言い訳
43回目のお仕事は、平江明様の地下二階の役立たずです。久々の遺跡探索でした、わあい。
旗を掲げる爪って、冒険者の割にあんまりダンジョンに潜らないですね。討伐ばっかり…。
肥満した魔術師の遺産を探しに行く短編ダンジョンなのですが、ラスボス筆頭に出てくる敵は手強いし、3Dでの方向転換がちゃんと頭に入ってないとたちまち道に迷うという、なかなか厳しいシナリオです。
スリリングを求めて活動するパーティにオススメですね。
ただ、1.50だったかNEXTエンジンだったか忘れましたが、これを新しいエンジンでプレイしようとすると、とある矢印カードが出てこなかったりするそうです。
そのバグ(って言ったらなんですが)は、カードのフラグ参照先を入れてやることで解消できた……はずです。
すいません、直したの結構前の話なので、自分でも記憶が定かではありません。
もう少し強さの余裕があったら、色々探し回って後二つアイテムを回収すべきだったんでしょうが、このパーティではこれが限界でした。エンカウント結構多いので、あんまりのんびりしていられなかったんですね。
それにしてもこの人形、なかなか怖い代物ですね。あまり冒険者にとってはありがたくないような。
エンディングで親父さんが禁断の質問をしておりますが、その結果がどうだったのかは、プレイヤーの皆さんがご自分でご覧になって頂きたいと思います。
さて今回、テーゼンとロンドの犬猿の仲に紛れて分かりづらいですが、ちょっとした諍いをロンドとウィルバーでしております。
これを機にあるシナリオに移行しようと思うのですが…上手く行くといいな。
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。
「砂糖大好きシュツガルド。太って死んだシュツガルド。ショートケーキも食べれない。チーズケーキも食べれない」
「……黙れ」
「魔力は凄いよ、シュツガルド。炎でこんがり、冒険者。甘味が食べたいシュツガルド。オーブンでこんがり、焼きたいよ」
「黙れってんだよ、この出来損ない!」
テーゼンが叫ぶと同時に、太った霧の死人――一撃で人間を死に至らしめることの出来るレイスが、その恐ろしい手を一行を守らんと前衛に立っていたロンドへ伸ばした。
逞しい巌のような体から、溢れんばかりの生気がたちまち抜き取られる。
「く……はっ……」
自分は今、血を抜き取られるように命を吸い取られている――朦朧とした頭の隅で、そんな考えが浮かぶ。
ロンドは必死に意識を保とうとしたが、その体からは急激に力が抜けていった。
「ロンド!」
慌てて駆け寄ったシシリーが体を支えようとするも、レイスに従って姿を現したラルヴァたちが進行を邪魔して容易に近づけない。
早目に治療しないと、ロンドの魂が彼岸へと到達してしまう――テーゼンは杖のコマンドワードを唱え、己の魔力と混ぜて、浅ましい姿と成り果てたシュツガルドに≪氷砂糖の杖≫を振った。

『漆黒の闇に燃えし、地獄の甘味よ!我が剣となりて、敵を滅ぼせ!』
「こ、こ、こ、こ…この甘味だぁぁぁぁぁ!」
魔力の中に込められた甘味に気づいたシュツガルドは、甘美なその味に陶然となり成仏した。
「よし!」
ガッツポーズを作るテーゼンの後ろで、呆れたようにテアが首を横に振る。
「……仮にもレイスが、こんなことで成仏してええんかのう」
「それは言わないお約束、というものでしょう。曲に起こす時には、省略しては?」
老婆の呆れ声に応えたウィルバーが、己の周りを飛び回っていた魔力の矢を、立て続けにラルヴァたちへ放出する。
アンジェもリューンの枯葉通りで学んだ繭糸に魔力を這わせ、複数の対象に突き立てた。
二匹が床に落ち、半透明の体がそのまま灰色の石材へ溶けるように消えていく。
すかさず、空いたスペースをスライディングの容量で移動したテーゼンが、ロンドの口に薬草を突っ込んだ。
口が塞がって息が今度こそ止まるんじゃ――と危惧したシシリーだったが、その心配は杞憂のようで、カッと目を開けたロンドが腹筋だけで半身を起こし、たちまち文句を言い出した。
「苦いんだよ、お前の草は!本気で改良しろ!」
「苦さでは人は死なない。諦めろ」
「兄ちゃんたち、今は戦闘中だってば!」
そう注意したアンジェは、ラルヴァの攻撃をかいくぐって鋼糸を走らせ、一匹の首に巻きつける。
「ギャッ!?」
ラルヴァは慌てて身を捻ったが解く手段も無く、ホビットの娘が勢い良くそれを引っ張ると、ころりと小さな首が落ちた。
「ほら、まだ二匹残ってるよ!」
「言われなくとも!」
≪Beginning≫を正眼に構えたシシリーは、視界の端に動こうと逃げるラルヴァの頭部を輪切りにするように斬り捨てた。
血が噴水のごとく噴き上がるが、その不浄な赤を被らないようさっと身を引く。
残り一匹となった魔物は、キィキィと耳障りな声を出しながら冒険者をかわし、部屋の奥へと逃げようと不規則な軌道を描いて飛んでいたが……たちまち、青く凍りついた光の帯が魔術師の掲げる杖から放たれ、その息の根を止めた。
「やれやれ……一時はどうなることかと思った」
「それはこちらのセリフですよ、ロンド」
カツカツと音を立てて、まだ半身を起こした状態のままだったロンドに、最後の攻撃を行なったウィルバーが近寄った。
片膝を立てて、年下の仲間に指を突きつける。
常に冷静なはずの彼の目は、すっかり据わっていた。
「まったく、生きた心地がしないとはこのことです。あなたは先頭に立っているんですから、それ相応の用心が必要だったんじゃないんですか?」
「油断はしてなかったぜ。あの死霊が特別製だったんだ、俺のせいじゃない」
「どうだか…調子に乗りすぎるあなたのくせは、直すべきだと思いますよ」
「あ?何だよそれ」
「ちょっと、2人とも…」
しきりに終わった戦闘について意見を戦わせる2人を他の面子でどうにか宥め、シュツガルドの守っていた扉を開けて、奥にあった小部屋に入る。
ハッとなったのは、いくつものガラクタに混じって置かれている古ぼけた鍵を見つけた時だった。
「これって…もしかして、さっき人形が言っていた鍵かしら」
「かもしれんな。やはりあの人形、侮れん存在のようじゃ」
老婆は三度、呪歌で仲間たちの傷口を塞ぐと、地上を目指して進もうと仲間へ促した。
いささか迷いはしたものの、上に登る梯子を無事に見つけ、部屋の錠――これも人形の予言どおりだった――を古ぼけた鍵で開ける。
通路に出てみると、そこはグールやラルヴァが最初に現れた部屋の前であることが分かった。
「となると……これで全部回ったということじゃろうの」
「おばあちゃん、それってこれ以上は探索しなくていいってこと?」
「だろうの。…もっとも、わしの推測が正しいのなら、ここから先が大変なんじゃろうが」
「ん?」
首を傾げたアンジェに何でもないと答えた老婆は、マッピングした地図を広げて地上へ通じる梯子の場所を確認する。
皺の寄った手が示すルートを全員で確認し、ランプさんの先導で、一行はあちこちにこしらえた傷を押さえながら、辺りに注意を払って移動した。
そのおかげで、これ以上妙に強いモンスターの襲撃を受けることもなく、彼ら旗を掲げる爪は地上へと戻り、依頼人であるナブルへ依頼の達成と報酬の受け取りに向かった。
「…なるほど、この人形が。ずいぶんと可愛い依り代を使う。まあ、シュツガルドらしいが…」
満足げにためつすがめつ人形を眺めている依頼主に、アンジェが躊躇いがちに口を開いた。
「余計なお世話かもしれないけど、下手な質問をしない方が良いよ。悪い未来も言い当てるから」
「フン。だが、そうも言ってられんのだよ」
と革張りの椅子にふんぞり返った男は言う。
「どうも、わたしは内臓をあちこち病んでいるようなんだ。死神の足音を聞いて気がついたよ、砂糖を舐めながら研究に没頭していたシュツガルドが、どれだけ魔法使いとして正しかったことか」
因果律を解いた人形であれば、残り少ない人生を延ばす術すら、すらすらと答えられるだろう――ナブルはそういう考えに至り、冒険者を雇ったのである。
だからこそ、ナブルは尋常ではない光を目に湛えながら訊ねた。
「フフ、さあ、人形よ。答えてくれ。わたしはどうしたら生きられる?わたしに時間を与えてくれ」
「訊かれれば答える、それがボク。教えてあげましょう、魔法使い。あなたの中身はとろける寸前。もう持たないよ、それがあなた」
「フン。そんなことは分かっている」
傍らで聞いている冒険者たちの方がゾッとする答えだったにも関わらず、依頼主は平然とした顔で人形に対峙していた――その時までは。
「どうすればわたしは生きられるんだ?医者と同じことを言わないでくれ」
「生きられるなら答えない、だってボクは真実のオモチャ。覗けるコトは、真実だけ。だからボクは真理のオモチャ」
「なんだと…?」
美男とまでは評されなくとも、まずまず端整なナブルの顔が歪み、蒼白となった。
唾を飛ばすようにして人形に詰め寄り、まるで意見を異にした人間に対するように、段々と大きくなる声で言い募る。
「じゃ、じゃあ、お前は、因果律に矛盾が起こらない場合だけ、予言をすることができるのか!?馬鹿な!それじゃあ、それじゃあ、お前はまったくの役立たずじゃないか!」

「ボクは役立たず、役立たずはボク。だからボクは真実のオモチャ。あなたは死ぬよ、あと少し。あなたは死ぬよ、鳥が鳴いたら」
「なっ…、おのれシュツガルド!因明の真理を解いたのではなかったのか…」
「シュツガルドは極めたよ、知っていたのさ、因果の正体」
人形は相変わらず、稚い子供よりも高い声でカタカタと話している。
自らをオモチャと称する人形の言葉に、シシリーやウィルバーは段々顔色が悪くなってきた。
この人形の語る言葉は――真実だけを言い当てている。
この現世における真実を。
それを全て聞くのは危険だ。
2人は止めようとしたが、ナブルに制されて人形の口を塞ぐことが出来ない。
「この世にあるのは、皆オモチャ。オモチャだから、世界に居れる。オモチャじゃないのは神様だけ。神様になっても楽しくない」
「な!な!神でけっこう!それこそが魔術の目標ではないか……!
「神様は生きてない。生きているのは皆オモチャ。神様になったら消えちゃうよ、神様この世に居られない」
真理である。
シュツガルドは確かに因果律を解明し……人間でありたいがために、それ以上を求めなかったのだ。
だが、寿命が尽きようとしている男にはそれが理解できない。
「ク、クソ!ならば、お前を分解して、魔術を奪ってやる!神でも何でもなってやろうじゃないか!」
異端審問官に聞かれたらたちまち裁かれること間違いなしのセリフに、さすがにシシリーが声を上げる。
「ちょ、ちょっと待ってください、ナブルさん!そんなこと…」
するべきじゃないし、口に出すべきでもないというシシリーの抗議は、人形によって遮られた。
「可哀想な魔術師ナブル。それができない魔術師ナブル」
「え……?」
尋常ではない悪寒を感じ取り、シシリーの形の良い唇が強張る。
少女の様子も目に入らず、依頼主と人形は喋り続けた。
「それができるのに時間が無い。時間が無いからできないよ」
「わたしの研鑽では及ばないというのか…!?」
「違うよ、もうすぐ鳥が鳴く。それさえなければ、すぐ分かるのに。残念、ナブル、鳥が鳴く。あと少しまで勉強したのに」
「そ、それはどういうことだ!?」
…ヒィィィ…。
フォウであるスピカの鳴き声よりも悲痛な、鳥のような声が部屋に響いた。
ナブルは驚愕の面持ちで、自分の体を見下ろして自身を抱きしめた。
「い、今の音は…」
「…ナブルさん、今の音…あなたの胸の辺りから聞こえたよ…」
震える指でアンジェが指したのは、ナブルの左胸である。
ホビットで盗賊でもある彼女は、滅多に聞き耳を間違えることはない。
人形が語る。
「今のがナブルの最後の息。心臓は、少し前から止まってた。麻薬で痛みを消しすぎさ。心臓が死んでも気がつかない」
「な、な、な…た、頼む!助けてくれ!救ってくれ!」
それが依頼人の最期の言葉となった。
冒険者たちは直後に倒れた男の体へ応急の処置や法術を惜しみなく使い、果ては近所の医者もすぐに呼ばれはしたが、ついに彼の息を取り戻すことはできなかった。
依頼主が死亡したため、報酬の残り銀貨1800枚も貰えずじまいである。
寿命といえばそれまでなのだろうが、真実「だけ」を言い当てることの恐ろしさをまざまざと見せ付けられた旗を掲げる爪は、ナブル死亡のごたごたで持ってきてしまった人形の処分をどうしたらいいか、≪狼の隠れ家≫に戻って亭主へ相談することにした。
「で、これがその人形か」
宿の亭主は、無造作に人形を抱き上げるとカウンターにそっと置いた。
カウンターの席には、シシリーとロンドが座っている。
「親父さん、あんまりその人形には手を出さない方がいいんじゃないかしら…」
「なに、使いようだろう。売り物になるのかどうか、真贋をつけるのがわしの役目だしな」
「それで、一体何を訊くつもりなんだ?」
悪魔の疑問にニヤリと笑うと、亭主は禁断の質問をした。
「おい、わしの髪はいつ生えるんだ?」
※収入:報酬1000sp、≪氷砂糖の杖≫
※支出:
※平江明様作、地下二階の役立たずクリア!
--------------------------------------------------------
■後書きまたは言い訳
43回目のお仕事は、平江明様の地下二階の役立たずです。久々の遺跡探索でした、わあい。
旗を掲げる爪って、冒険者の割にあんまりダンジョンに潜らないですね。討伐ばっかり…。
肥満した魔術師の遺産を探しに行く短編ダンジョンなのですが、ラスボス筆頭に出てくる敵は手強いし、3Dでの方向転換がちゃんと頭に入ってないとたちまち道に迷うという、なかなか厳しいシナリオです。
スリリングを求めて活動するパーティにオススメですね。
ただ、1.50だったかNEXTエンジンだったか忘れましたが、これを新しいエンジンでプレイしようとすると、とある矢印カードが出てこなかったりするそうです。
そのバグ(って言ったらなんですが)は、カードのフラグ参照先を入れてやることで解消できた……はずです。
すいません、直したの結構前の話なので、自分でも記憶が定かではありません。
もう少し強さの余裕があったら、色々探し回って後二つアイテムを回収すべきだったんでしょうが、このパーティではこれが限界でした。エンカウント結構多いので、あんまりのんびりしていられなかったんですね。
それにしてもこの人形、なかなか怖い代物ですね。あまり冒険者にとってはありがたくないような。
エンディングで親父さんが禁断の質問をしておりますが、その結果がどうだったのかは、プレイヤーの皆さんがご自分でご覧になって頂きたいと思います。
さて今回、テーゼンとロンドの犬猿の仲に紛れて分かりづらいですが、ちょっとした諍いをロンドとウィルバーでしております。
これを機にあるシナリオに移行しようと思うのですが…上手く行くといいな。
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。
2016/05/03 12:07 [edit]
category: 地下二階の役立たず
tb: -- cm: 2
Tue.
地下二階の役立たずその1 
「シュツガルドの研究所から彼の成果を見つけてきて欲しい」
というのが、賢者の搭の準賢者と呼ばれているナブル・ラウーランからの依頼だった。
シュツガルドは真理と因果律を研究していた魔術師であり現在は故人であるという。
依頼人は彼の助手を短期間勤めており、遺品を受け継ぐ一応の権利はあるのだから、今回の依頼に関しては窃盗行為には当たらないと力説した。
準賢者ナブルは、故人が因果律を解く何らかの成果を残しているだろうと考えている様子だ。

というのが、賢者の搭の準賢者と呼ばれているナブル・ラウーランからの依頼だった。
シュツガルドは真理と因果律を研究していた魔術師であり現在は故人であるという。
依頼人は彼の助手を短期間勤めており、遺品を受け継ぐ一応の権利はあるのだから、今回の依頼に関しては窃盗行為には当たらないと力説した。
準賢者ナブルは、故人が因果律を解く何らかの成果を残しているだろうと考えている様子だ。

-- 続きを読む --
あまりこういう人物からの依頼は受けたくはなかったが、羊皮紙に書かれていた”報酬・銀貨2000枚”の文字はあまりにも魅力的であった。
「どうして自分でその成果とやらを回収に行かないんですか?」
というシシリーの質問に対して、革張りの椅子に腰掛けた彼は尊大に答えた。
「まだ老け込む年ではないのだが、どうも最近は体が動かなくてね。衛兵や搭の人員に頼もうにも、シュツガルドの館は郊外の衛兵の手が届かない辺りにある。まあ、魔術師の研究施設などそんな物だがな。魔力に惹かれて集まってくる魔物が良い番犬代わりになるのさ。おっと、これは冒険者に過ぎた文言だったな」
ナブルはぎこちなく体を動かしながら言った。

「シュツガルドは寝る間も歩く間も惜しんで研究に没頭した。もっとも、甘い物に狂ってはいたがな。始終左手を菓子に運びながら、右手でルーン式を組替えるといった具合さ。見ていると胸が悪くなったものだ」
彼によると、シュツガルドは砂糖を5杯も6杯も溶かしたミルクティーを愛飲していたという。
話を聞いているだけで、真っ当な紅茶党を自負しているシシリーは眉をひそめ、甘党であるはずのアンジェも静かに首を横に振った。
もっとも、味音痴であるテーゼンだけは、それのどこが良くないのかが分からずにきょとんとした表情を白い美貌に浮かべていたが。
「糖というのは、物を考えるのに必要不可欠だってのが、シュツガルドの口癖だったがね。まあ、よろしく頼むよ」
そんなわけで、銀貨200枚をナブルから受け取った旗を掲げる爪は、一応リューンでの情報収集をした上でシュツガルドの館に向かい、はねあげ扉に隠されていた地下室を訪れて辺りを見回した所だった。
鍵の掛かっていない扉を開き、迷宮を歩き回る。
冒険者たちは一番近い距離にあった部屋で銀貨の詰まった皮袋を発見し、次の部屋では壁に巧妙に隠されていた扉を見つけ出した。
石造りの同じような通路しか続いていない遺跡だが、案外と得るものは多い。
「順調じゃないか?」
ウキウキした調子で言うロンドに、隠し扉を開けたアンジェが振り返って忠告する。
「あのねえ…あんまり時間を掛けすぎると、ここを歩き回ってるモンスターが来ちゃうから、手早くできるよう結構気を配って探索してるからね。気楽に構えてると、足元すくわれちゃうよ」
何しろ、凝り過ぎた錠前の構造に音を上げそうになりシシリーの法術で集中力とやる気を取り戻して、ようやくこの部屋の扉を開錠したくらいである。
妙な寄り道や不要な行動は、ここでは命取りになりかねない。
アンジェの言を胸に留め、テーゼンはゆっくりした足取りで先行した。
隠し扉の向こうには廊下があり、一つ角を曲がると、突き当たりにまた似たようなドアが構えている。
「……これ、梯子を下りてきた時の扉だよ」
「あれ?じゃ、こっから行くと戻っちまうのか」
アンジェは悪魔に頷くと、残りのドアの方へと近寄った。
その時、曲がり角からふらりと現れた怪物の影に凍りつく。
腐った肉体に紅く充血した瞳、口の端から零れる黄色く汚れた牙を持った屍と、がりがりの体に肥大した頭部を持ち、茶色い皮に覆われた半透明の化け物。
シシリーが仲間に声を掛ける。
「下がって、アンジェ!グールとラルヴァだわ!」
ラルヴァは虫の霊魂という知能の低い存在が、魔力や死体などから力を得た魔物である。
これはこれで珍しいし、ワイトやレイスの特殊能力まで使うことがあるが、火に弱いという弱点があるためにそう怖がる相手でもない。
問題は……。
「…これは、ただのグールではありませんね。魔法を操る個体のようです」
手慣れた様子で【炎の玉】の呪文を唱え始めたグールを睨みつけ、ウィルバーはとっさに仲間たちを守ろうと、【魔法の鎧】の詠唱に入った。
ロンドが【葬送花】で呼び出した真っ赤な花弁がどこからともなく降りかかり、グールとラルヴァを1体ずつ浄化していく。
同時に、シシリーが腰を捻った体勢から【十字斬り】を繰り出し、もう一体のグールの活動を停止させた。
次々に仲間達を殺され慌てたラルヴァが、精神を混乱させる魔法を唱えようとするも――。
「おぬしは少し、黙っておれ」
老練なテアが弾きこなした【小悪魔の歌】が、魔物に沈黙をもたらした。
程なく彼らは戦闘を終了したものの、モンスターの向こうにあった扉が、盗賊の技術で開く様子はない。
ドアの表面を撫でさすり、ドアノブをわずかに回してから針金を鍵穴に突っ込んでいたアンジェが、お手上げといった格好で仲間を振り返った。
「そんな様子もないけれど、何かの仕掛けで動くのかな?とにかく、あたしの技術では無理だよ」
「…困りましたねえ。ここが開かないとなると、他の場所はもう探索済みですし…」
「とにかく、こういう時は再確認してみましょう。もしかしたら、見逃した通路があるのかもしれないわ」
探索を行なう場所がなくなって困り果てた一行は、もう一度、入った部屋も再び調査しようと移動を始めた。
銀貨のあった部屋や、梯子を下りてきた部屋を調査し終わり、はかばかしくない成果に苦い顔をしながら、今度は隠し扉のあった部屋へと足を踏み入れる。
不意に、床下から声が聞こえてきた。

「……朝方の、お月様。夕方の、お天道様。でもボクは痛くない。なぜかって?聞かれりゃ答える、我が定め。落ちてくるのは冒険者」
「……え?」
意味のよく分からない歌にアンジェが怪訝な顔になると、旗を掲げる爪の足元の床が突如として崩れた。
「お、おちるぅぅぅっっっ」
何とか反応して叫んだ子供の声は、ドップラー効果を伴いながら下へと移動していく。
ダン、ドン、ダンッ!という、重たい砂袋をいくつも落としたような音が響き、彼らは体を階下の部屋の床に打ちつけてダメージを負った。
「いってえ……」
「突然過ぎて、飛ぶのすら出来なかったぜ…」
「同じく、翼の術も使えませんでした。すいません……」
「おばあちゃん、無事?」
「腰は辛うじて打っておらんが、やれやれ、きついのう」
「とにかく回復しないとね……って、あら?」
彼らが落ちてきた雑然とした小部屋には、無造作に一体の人形が放置されていた。
陶製の小さな人形である。
丈夫な生地で作った服は丁寧な仕上がりだが、凝っているとは認められないほど飾り気がない。
背中まで伸びている髪は緑色で、よくビスクドールに使われている人工の毛であった。
だが、ウィルバーが首から提げている竜の牙の焦点具は、それから妙な波動を感知している。
「人形?」
と訝しく思って呟いた言葉に、果たして応えがあった。
「ボクは人形、人形はボク。ボクはオモチャ、オモチャはボク。ボクは真実を知っている。だからボクは真実のオモチャ。ボクは真実を、未来を知っている」
口はないようなのに、声は確かに人形の顔から発せられている。
稚い子供の声を、もう少しだけぎこちなくしたような高い声だったが、確かに全員が聞き取れた。
こんなホムンクルスを見たことのなかったウィルバーは、興味深く観察しながら訊ねる。
「へえ……シュツガルドに作られたのですか?」
「砂糖が大好きシュツガルド。魔法を極めて、太って死んだ。それでも最後にオモチャを作った。真実のオモチャ、それがボク」
「シュツガルドは亡くなったのですね?」
「死んだけれど、死んでない。死んでないけど、死体になった。無念ばかりのシュツガルド。やりのこしばかり、シュツガルド」
「おや?」
思いがけない人形の答えに、質問をした男の方が首を傾げる。
その横で口をへの字に曲げてむすっとしていたロンドが、ぼんのくぼを叩きながら問うた。
「この世に未練を残して、今もこの館にいるってことか?」
「魔道は極めたシュツガルド。未練は甘味、シュツガルド。甘味求めてさまようばかり。極めた魔道は龍をも凌ぐ」
「わ、分かりづらいなあ、もう!」
「怒るなよ、アンジェ。つまりこいつが言ってるのは……」
ぽふぽふ、と人形の頭を軽く――ロンドの力でできるだけだが――叩く。
「シュツガルドはアンデッドになってるってことだろ」
「だから先ほど出たモンスターも、アンデッドばかりだったんじゃろうの」
納得したように首を縦に振るテアの横で、でもとシシリーが声を出した。
「甘味を求めて彷徨う…ってことは、どこかでエンカウトするんだろうけど、具体的にはどうしたらいいのかしら。その人形から、もっと詳しく聞けない?」
テアとロンドが色々と質問の仕方を変えて人形に訊ねてみたが、シュツガルドに出会った時の対抗策はさっぱり喋ろうとしない。
とりあえず他の自分たちのための質問をしようと、アンジェが上に戻るにはどうしたらいいかと聞いてみると、人形はもう少し先にある小部屋で鍵を見つけると答えた。
「だからよかった、冒険者。シュツガルドは退いた。魔法使いにさようなら。もいちど、さよなら、魔法使い」
「それは未来のこと?」
人形はそれ以上は黙して語らない。
もったいぶった人形の言葉遣いに半眼となっていたテーゼンは、
「じゃあ、僕らのことを言ってくれ」
と言い出した。
すると人形は、冒険者たちの過去に受けた依頼――魔法の仕掛けがあった時計台のことや、ゴブリンに占拠された城砦の奪還、不動産屋から頼まれたお化け退治などについて次々と語り始めた。
その的中に、一行は驚きと戸惑いを同時に感じ、やがて恐怖が侵蝕してくる。
「そしてこれからも大冒険。でもね、終わりはやってくる。それは小さな終わり方。冒険者らしい、終わり方…」
「ま、待て!その先は聞きたくない!」
ロンドは武骨な手で人形の顔を塞ぎ、それ以上の発言を止めた。
危なかった――そう、誰もが思った。
決められた未来などない、運命は自分で切り開くもの。
そう口に出さずとも思い定めていた彼らにとって、かの人形の言葉は非常に危険なものであった。
もしもその先を語られていたら――正気を保てていただろうか?
全員が額や首筋に浮いた冷や汗を拭う。
シシリーが「とにかく」と切り出した。
「これが依頼の品みたいですね。持って行きましょう」
注意深くテアの持っていた肩掛けに包み、荷物袋へと押し込める。
(…でも、この品は危なすぎる。下手に訊かないほうがいいわね…)
一行はひとまず、テアの【安らぎの歌】やシシリーの【癒身の法】で酷い傷を塞ぎ、荷物袋に大量に持っていたメロンパンを食べて休憩を取った。
これはかつて、テーゼンへ魔法の抵抗力を向上させる踊りを教えてくれた師匠が、ある花と引き換えにプレゼントしてくれたものだ。
甘い味のついたふわふわの一片を口の中に押し込み、咀嚼し終わった不肖の弟子が、満足のため息をつく。
「……ふう、美味かった。これくれたムーサさんに感謝しないと」
「そうね。じゃあアンジェ、またよろしくお願いね」
「任せて、頑張るよ」
再びシシリーから【賛美の法】による支援を貰ったアンジェは、落ちてきた小部屋を出ると、すぐ近くにあった嫌な予感のする扉は避け、違う方角に設置されている扉を念入りに調べてみた。
見た目は今までのドアと相変わらず同じように見えるが、どうやらこれは鍵が掛かっている上、毒ガスの罠まで仕掛けられているらしい。
無理な衝撃を与えると発動するそれを、アンジェは針金や糸による微細な動きで解除した。
甘い香りの立ち込めた部屋に入ると、壁際のくぼみに一本の杖が飾られているのが見える。
アンジェが部屋の中に仕掛けの無いことを確認すると、ウィルバーが杖に近寄ってしげしげと観察した。
長さは彼自身が持つ≪海の呼び声≫とは違い、肘から手首くらいまでのワンドである。
青みがかってはいるが、どちらかと言えば白く半透明な杖は、ガラスのような質感を持っている。
装飾に乏しいものの、その先端に刻まれた紋様は確かに魔力を示すものであった。
「この杖……氷砂糖?」
ぎょっとした顔になったウィルバーだったが、気を取り直して仔細に調べると、これは魔力を敵に投射することで相手を沈黙状態にし、士気を下げてしまうことが分かった。
とりあえず触ってもべたつきはしない。
「持っているだけでも、魔法に関する抵抗力は上がるでしょうね」
「…ふむ。テーゼンに持たせたらどうじゃ?」
とテアは意見した。
「わしらの中で、戦いとなれば一番早く動くのはテーゼンじゃ。彼に持たせておけば、どうしても相手の呪文を先に封じてしまいたい時に役に立つのではないかの?」
「なるほど、そりゃいいや。なあ、黒蝙蝠。これ持てよ」
「ちょっと待て、アンタに命令される謂れはないぞ」
「まあまあ、羽の兄ちゃん。こんな短い杖だったら、ベルトに挟んでおけば邪魔になりにくいよ。防御効果もあるって言うなら、一時的だけでも持っておけば?」
「……うーん。アンジェに上手く乗せられたような気もするが、まあ持っておいてやるか」
渋々、仲間に押し切られる形でテーゼンが≪氷砂糖の杖≫をベルトに挟む。
杖のあった部屋を出るとまたモンスターの襲撃を受けたが、最初に撃たれた【炎の玉】以外の被害はなかったため、彼らは再度テアの【安らぎの歌】による治療を行なって一息ついた。
天井を見上げていたシシリーがぽつりと呟く。
「……地下二階も、上と通路の様子は変わらないのね」
「油断はいけませんよ、シシリー」
ややひそめられた深い低音は、すんなりとシシリーの耳に入る。
「恐らくですが、先ほど人形が言ったこと……シュツガルドのアンデッドは、龍も凌ぐ力があると。創造主に対する人形の誇張という訳ではなさそうです」
「誇張だったら楽なのに…。言いたいことは分かってるわ、ちゃんと警戒しておく」
「よろしくお願いしますよ、リーダー」
くすりと悪戯っぽく笑って見せたウィルバーだったが、その瞳は真剣な光を宿している。
シシリーはなまじ諭された内容よりもその光に気圧されて、背筋を緊張が伝った。
「どうして自分でその成果とやらを回収に行かないんですか?」
というシシリーの質問に対して、革張りの椅子に腰掛けた彼は尊大に答えた。
「まだ老け込む年ではないのだが、どうも最近は体が動かなくてね。衛兵や搭の人員に頼もうにも、シュツガルドの館は郊外の衛兵の手が届かない辺りにある。まあ、魔術師の研究施設などそんな物だがな。魔力に惹かれて集まってくる魔物が良い番犬代わりになるのさ。おっと、これは冒険者に過ぎた文言だったな」
ナブルはぎこちなく体を動かしながら言った。

「シュツガルドは寝る間も歩く間も惜しんで研究に没頭した。もっとも、甘い物に狂ってはいたがな。始終左手を菓子に運びながら、右手でルーン式を組替えるといった具合さ。見ていると胸が悪くなったものだ」
彼によると、シュツガルドは砂糖を5杯も6杯も溶かしたミルクティーを愛飲していたという。
話を聞いているだけで、真っ当な紅茶党を自負しているシシリーは眉をひそめ、甘党であるはずのアンジェも静かに首を横に振った。
もっとも、味音痴であるテーゼンだけは、それのどこが良くないのかが分からずにきょとんとした表情を白い美貌に浮かべていたが。
「糖というのは、物を考えるのに必要不可欠だってのが、シュツガルドの口癖だったがね。まあ、よろしく頼むよ」
そんなわけで、銀貨200枚をナブルから受け取った旗を掲げる爪は、一応リューンでの情報収集をした上でシュツガルドの館に向かい、はねあげ扉に隠されていた地下室を訪れて辺りを見回した所だった。
鍵の掛かっていない扉を開き、迷宮を歩き回る。
冒険者たちは一番近い距離にあった部屋で銀貨の詰まった皮袋を発見し、次の部屋では壁に巧妙に隠されていた扉を見つけ出した。
石造りの同じような通路しか続いていない遺跡だが、案外と得るものは多い。
「順調じゃないか?」
ウキウキした調子で言うロンドに、隠し扉を開けたアンジェが振り返って忠告する。
「あのねえ…あんまり時間を掛けすぎると、ここを歩き回ってるモンスターが来ちゃうから、手早くできるよう結構気を配って探索してるからね。気楽に構えてると、足元すくわれちゃうよ」
何しろ、凝り過ぎた錠前の構造に音を上げそうになりシシリーの法術で集中力とやる気を取り戻して、ようやくこの部屋の扉を開錠したくらいである。
妙な寄り道や不要な行動は、ここでは命取りになりかねない。
アンジェの言を胸に留め、テーゼンはゆっくりした足取りで先行した。
隠し扉の向こうには廊下があり、一つ角を曲がると、突き当たりにまた似たようなドアが構えている。
「……これ、梯子を下りてきた時の扉だよ」
「あれ?じゃ、こっから行くと戻っちまうのか」
アンジェは悪魔に頷くと、残りのドアの方へと近寄った。
その時、曲がり角からふらりと現れた怪物の影に凍りつく。
腐った肉体に紅く充血した瞳、口の端から零れる黄色く汚れた牙を持った屍と、がりがりの体に肥大した頭部を持ち、茶色い皮に覆われた半透明の化け物。
シシリーが仲間に声を掛ける。
「下がって、アンジェ!グールとラルヴァだわ!」
ラルヴァは虫の霊魂という知能の低い存在が、魔力や死体などから力を得た魔物である。
これはこれで珍しいし、ワイトやレイスの特殊能力まで使うことがあるが、火に弱いという弱点があるためにそう怖がる相手でもない。
問題は……。
「…これは、ただのグールではありませんね。魔法を操る個体のようです」
手慣れた様子で【炎の玉】の呪文を唱え始めたグールを睨みつけ、ウィルバーはとっさに仲間たちを守ろうと、【魔法の鎧】の詠唱に入った。
ロンドが【葬送花】で呼び出した真っ赤な花弁がどこからともなく降りかかり、グールとラルヴァを1体ずつ浄化していく。
同時に、シシリーが腰を捻った体勢から【十字斬り】を繰り出し、もう一体のグールの活動を停止させた。
次々に仲間達を殺され慌てたラルヴァが、精神を混乱させる魔法を唱えようとするも――。
「おぬしは少し、黙っておれ」
老練なテアが弾きこなした【小悪魔の歌】が、魔物に沈黙をもたらした。
程なく彼らは戦闘を終了したものの、モンスターの向こうにあった扉が、盗賊の技術で開く様子はない。
ドアの表面を撫でさすり、ドアノブをわずかに回してから針金を鍵穴に突っ込んでいたアンジェが、お手上げといった格好で仲間を振り返った。
「そんな様子もないけれど、何かの仕掛けで動くのかな?とにかく、あたしの技術では無理だよ」
「…困りましたねえ。ここが開かないとなると、他の場所はもう探索済みですし…」
「とにかく、こういう時は再確認してみましょう。もしかしたら、見逃した通路があるのかもしれないわ」
探索を行なう場所がなくなって困り果てた一行は、もう一度、入った部屋も再び調査しようと移動を始めた。
銀貨のあった部屋や、梯子を下りてきた部屋を調査し終わり、はかばかしくない成果に苦い顔をしながら、今度は隠し扉のあった部屋へと足を踏み入れる。
不意に、床下から声が聞こえてきた。

「……朝方の、お月様。夕方の、お天道様。でもボクは痛くない。なぜかって?聞かれりゃ答える、我が定め。落ちてくるのは冒険者」
「……え?」
意味のよく分からない歌にアンジェが怪訝な顔になると、旗を掲げる爪の足元の床が突如として崩れた。
「お、おちるぅぅぅっっっ」
何とか反応して叫んだ子供の声は、ドップラー効果を伴いながら下へと移動していく。
ダン、ドン、ダンッ!という、重たい砂袋をいくつも落としたような音が響き、彼らは体を階下の部屋の床に打ちつけてダメージを負った。
「いってえ……」
「突然過ぎて、飛ぶのすら出来なかったぜ…」
「同じく、翼の術も使えませんでした。すいません……」
「おばあちゃん、無事?」
「腰は辛うじて打っておらんが、やれやれ、きついのう」
「とにかく回復しないとね……って、あら?」
彼らが落ちてきた雑然とした小部屋には、無造作に一体の人形が放置されていた。
陶製の小さな人形である。
丈夫な生地で作った服は丁寧な仕上がりだが、凝っているとは認められないほど飾り気がない。
背中まで伸びている髪は緑色で、よくビスクドールに使われている人工の毛であった。
だが、ウィルバーが首から提げている竜の牙の焦点具は、それから妙な波動を感知している。
「人形?」
と訝しく思って呟いた言葉に、果たして応えがあった。
「ボクは人形、人形はボク。ボクはオモチャ、オモチャはボク。ボクは真実を知っている。だからボクは真実のオモチャ。ボクは真実を、未来を知っている」
口はないようなのに、声は確かに人形の顔から発せられている。
稚い子供の声を、もう少しだけぎこちなくしたような高い声だったが、確かに全員が聞き取れた。
こんなホムンクルスを見たことのなかったウィルバーは、興味深く観察しながら訊ねる。
「へえ……シュツガルドに作られたのですか?」
「砂糖が大好きシュツガルド。魔法を極めて、太って死んだ。それでも最後にオモチャを作った。真実のオモチャ、それがボク」
「シュツガルドは亡くなったのですね?」
「死んだけれど、死んでない。死んでないけど、死体になった。無念ばかりのシュツガルド。やりのこしばかり、シュツガルド」
「おや?」
思いがけない人形の答えに、質問をした男の方が首を傾げる。
その横で口をへの字に曲げてむすっとしていたロンドが、ぼんのくぼを叩きながら問うた。
「この世に未練を残して、今もこの館にいるってことか?」
「魔道は極めたシュツガルド。未練は甘味、シュツガルド。甘味求めてさまようばかり。極めた魔道は龍をも凌ぐ」
「わ、分かりづらいなあ、もう!」
「怒るなよ、アンジェ。つまりこいつが言ってるのは……」
ぽふぽふ、と人形の頭を軽く――ロンドの力でできるだけだが――叩く。
「シュツガルドはアンデッドになってるってことだろ」
「だから先ほど出たモンスターも、アンデッドばかりだったんじゃろうの」
納得したように首を縦に振るテアの横で、でもとシシリーが声を出した。
「甘味を求めて彷徨う…ってことは、どこかでエンカウトするんだろうけど、具体的にはどうしたらいいのかしら。その人形から、もっと詳しく聞けない?」
テアとロンドが色々と質問の仕方を変えて人形に訊ねてみたが、シュツガルドに出会った時の対抗策はさっぱり喋ろうとしない。
とりあえず他の自分たちのための質問をしようと、アンジェが上に戻るにはどうしたらいいかと聞いてみると、人形はもう少し先にある小部屋で鍵を見つけると答えた。
「だからよかった、冒険者。シュツガルドは退いた。魔法使いにさようなら。もいちど、さよなら、魔法使い」
「それは未来のこと?」
人形はそれ以上は黙して語らない。
もったいぶった人形の言葉遣いに半眼となっていたテーゼンは、
「じゃあ、僕らのことを言ってくれ」
と言い出した。
すると人形は、冒険者たちの過去に受けた依頼――魔法の仕掛けがあった時計台のことや、ゴブリンに占拠された城砦の奪還、不動産屋から頼まれたお化け退治などについて次々と語り始めた。
その的中に、一行は驚きと戸惑いを同時に感じ、やがて恐怖が侵蝕してくる。
「そしてこれからも大冒険。でもね、終わりはやってくる。それは小さな終わり方。冒険者らしい、終わり方…」
「ま、待て!その先は聞きたくない!」
ロンドは武骨な手で人形の顔を塞ぎ、それ以上の発言を止めた。
危なかった――そう、誰もが思った。
決められた未来などない、運命は自分で切り開くもの。
そう口に出さずとも思い定めていた彼らにとって、かの人形の言葉は非常に危険なものであった。
もしもその先を語られていたら――正気を保てていただろうか?
全員が額や首筋に浮いた冷や汗を拭う。
シシリーが「とにかく」と切り出した。
「これが依頼の品みたいですね。持って行きましょう」
注意深くテアの持っていた肩掛けに包み、荷物袋へと押し込める。
(…でも、この品は危なすぎる。下手に訊かないほうがいいわね…)
一行はひとまず、テアの【安らぎの歌】やシシリーの【癒身の法】で酷い傷を塞ぎ、荷物袋に大量に持っていたメロンパンを食べて休憩を取った。
これはかつて、テーゼンへ魔法の抵抗力を向上させる踊りを教えてくれた師匠が、ある花と引き換えにプレゼントしてくれたものだ。
甘い味のついたふわふわの一片を口の中に押し込み、咀嚼し終わった不肖の弟子が、満足のため息をつく。
「……ふう、美味かった。これくれたムーサさんに感謝しないと」
「そうね。じゃあアンジェ、またよろしくお願いね」
「任せて、頑張るよ」
再びシシリーから【賛美の法】による支援を貰ったアンジェは、落ちてきた小部屋を出ると、すぐ近くにあった嫌な予感のする扉は避け、違う方角に設置されている扉を念入りに調べてみた。
見た目は今までのドアと相変わらず同じように見えるが、どうやらこれは鍵が掛かっている上、毒ガスの罠まで仕掛けられているらしい。
無理な衝撃を与えると発動するそれを、アンジェは針金や糸による微細な動きで解除した。
甘い香りの立ち込めた部屋に入ると、壁際のくぼみに一本の杖が飾られているのが見える。
アンジェが部屋の中に仕掛けの無いことを確認すると、ウィルバーが杖に近寄ってしげしげと観察した。
長さは彼自身が持つ≪海の呼び声≫とは違い、肘から手首くらいまでのワンドである。
青みがかってはいるが、どちらかと言えば白く半透明な杖は、ガラスのような質感を持っている。
装飾に乏しいものの、その先端に刻まれた紋様は確かに魔力を示すものであった。
「この杖……氷砂糖?」
ぎょっとした顔になったウィルバーだったが、気を取り直して仔細に調べると、これは魔力を敵に投射することで相手を沈黙状態にし、士気を下げてしまうことが分かった。
とりあえず触ってもべたつきはしない。
「持っているだけでも、魔法に関する抵抗力は上がるでしょうね」
「…ふむ。テーゼンに持たせたらどうじゃ?」
とテアは意見した。
「わしらの中で、戦いとなれば一番早く動くのはテーゼンじゃ。彼に持たせておけば、どうしても相手の呪文を先に封じてしまいたい時に役に立つのではないかの?」
「なるほど、そりゃいいや。なあ、黒蝙蝠。これ持てよ」
「ちょっと待て、アンタに命令される謂れはないぞ」
「まあまあ、羽の兄ちゃん。こんな短い杖だったら、ベルトに挟んでおけば邪魔になりにくいよ。防御効果もあるって言うなら、一時的だけでも持っておけば?」
「……うーん。アンジェに上手く乗せられたような気もするが、まあ持っておいてやるか」
渋々、仲間に押し切られる形でテーゼンが≪氷砂糖の杖≫をベルトに挟む。
杖のあった部屋を出るとまたモンスターの襲撃を受けたが、最初に撃たれた【炎の玉】以外の被害はなかったため、彼らは再度テアの【安らぎの歌】による治療を行なって一息ついた。
天井を見上げていたシシリーがぽつりと呟く。
「……地下二階も、上と通路の様子は変わらないのね」
「油断はいけませんよ、シシリー」
ややひそめられた深い低音は、すんなりとシシリーの耳に入る。
「恐らくですが、先ほど人形が言ったこと……シュツガルドのアンデッドは、龍も凌ぐ力があると。創造主に対する人形の誇張という訳ではなさそうです」
「誇張だったら楽なのに…。言いたいことは分かってるわ、ちゃんと警戒しておく」
「よろしくお願いしますよ、リーダー」
くすりと悪戯っぽく笑って見せたウィルバーだったが、その瞳は真剣な光を宿している。
シシリーはなまじ諭された内容よりもその光に気圧されて、背筋を緊張が伝った。
2016/05/03 12:04 [edit]
category: 地下二階の役立たず
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