Thu.
逃走経路その1 
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聖北教会のかなり強硬な過激派――。
悪魔であるテーゼンにとって、まったくありがたくないタイプの団体に目をつけられたのは、そもそも三週間近く前に受けた脅迫状を出した魔術師が原因といえる。
アイリス=グリニャールと呼ばれるかの魔女は、賢者の塔・騎士団・聖北教会・盗賊ギルドなどの様々な組織における、ある過激な思想の一派から追われる身であった。
彼らは、死に掛けていた猫をこの世に留まらせるため、ある措置で魔法生物にし、自らの使い魔としたアイリスを、神の領域であるはずの生の創造を侮辱した罪として捕らえよ、という姿勢を取っている。
賢者の搭出身であるウィルバーも、聖北教徒であるシシリーも、実際に彼女と接した人柄を吟味した上でそれらに関わるまいと、邂逅について口を噤んでいる。
にも関わらず――恐らく、言い方を間違えて脅迫状になってしまった手紙を受けた、村の誰かから――魔女アイリスに関する情報を受け、派遣された一団がテーゼンを追い回しているのである。
異種族が多い冒険者稼業でも、ちょっと珍しい黒い翼の有翼種という特徴でこちらを特定したものか、まだ本当の正体はばれていないものの、教会という特性上、捕まればただでは済みそうにない。
そうしてテーゼンが悪魔だと分かってしまえば、旗を掲げる爪の他の者たちまで、彼らの粛清の対象となり得るだろう。
特にリーダーであるシシリーなどは、厳しい処分が待っていることは間違いない。
『他の皆さんにも、迷惑になりますからね…』
「とにかく距離を離さないと駄目ですよ!」
「ああ、2人の言うとおりだな!」
魂だけになったルヴァ――ある村の生き残りで、悪魔としてのテーゼンと初めて取引した子供――が懸念を口にすれば、飛ぶ速さが違うために、必死で彼の襟元にしがみ付いている妖精ムルも忠告を叫ぶ。
リューンの雑貨屋で尾行され始めたのを機に、宿屋には立ち入らせるまいと郊外の森へと引っ張ってきたのだが、一向に後を追うのを止める気配が無い。
逃げる途中で妙なモンスターに出会うのが面倒だったため、彼が飛び込んだのは、旗を掲げる爪として二回目に受けた仕事で立ち入った場所であった。
さほど深くはないものの、野生の狼や蜂がたまに出るくらいの森であり、途中にはゴブリンが住み着いていた洞窟もある。
もし振り切ったら、そこでほとぼりが冷めるまで隠れていようと思ったのだが、人海戦術によって振り切ることが難しくなってきていた。
もしこれ以上翼が疲れたら、もしこれ以上翼を傷めたら。

狂信者たちによって、終わらされるのだ――自分のすべてを。
「そんな事になって……たまるかよっ」
肺はもはや悲鳴をあげ始めていたが、テーゼンは無理にでも空気を自分の体に取り込んだ。
ここで死ぬわけにはいかないのだと、自分自身に言い聞かせる。
小さな慰めといえば、自分たちの手柄とすることだけを考えているせいなのか、追ってくるのは教会に属している連中だけであり、他の組織の人員は絡んでいないように見えることくらいか。
「チッ……!」
低空飛行を続けていたが、小枝に翼を掻かれて血が滲んだ。
足跡を消す工作が不要である点はありがたいが、これでは飛び続けるのは困難になる。
追手の足音が聞こえる。
どうやら、追いつかれたようだ。
「くっそ……!」
疲労は蓄積しているものの、まだ呼吸は整っている。
テーゼンが落ち着いて槍を構える横で、襟元から飛びあがったムルも厳しい表情で弓を取り出している。
最初に襲い掛かってきた者たちを【薙ぎ払い】で一気に負傷させた後、それぞれ各個撃破をしてしばし辺りを伺うが、どうやら後続の追手はまだ追いついていないようだ。
ムルが蝶の羽根を羽ばたかせ、くるりと宙に円を描く。
「テーゼンさん、まだ他の者は来てないみたいですよ。今のうちに行きません?」
「……いや」
しばらく黙った後に返した答えは、否定であった。
「ここであいつらを撒いたとしても、今度はリューンにある冒険者の宿を、ひとつひとつ虱潰しに調べ始めるかもしれない。……そうなったら、あいつらに見つかるのは避けられない。それに…そうなったら、他の奴らにまで辿り着いちまう」
「ええっ!?じゃあ、どうするんですか?」

「皆殺しにすれば良い」
キュ、とブーツのベルトを締め直しながら彼は言った。
その口調は厳しかったが、端整な人形のような顔は気遣わしげにムルを向いている。
「アンタには関係ないことだ。ここから1人で宿に帰っても、いっそ離脱して他のパーティを見つけるのでも構わないぜ…?」
「いいえっ」
きっぱりとした妖精の返事だった。
「私だって、今はもう旗を掲げる爪の一員です!ここで仲間を見捨てる選択はしません!」
「……そ、か。こんないい三日月の夜に、無粋なデートをさせてすまねぇな。ルヴァも」
『こっちは元々、死神さんの所有物だもの。最後まで一緒だよ』
「ああ。そうだ、そう約束してたっけな……」
なんて妙なことになってしまったんだろう。
悪魔と、その所有物と化した人間の魂と、妖精。
それらが神に仕えようという者たちと戦うなんて――…。
「…………」
おかしくてたまらない。
テーゼンは、自然と口元が上がっていくのを感じた。
追いついてくる足音を振り返り――彼はそっと声をかけた。
「さあ、月夜のパーティだ。最後まで声を上げて楽しんでいってもらうぜ…?」
「捕らえろ――!」
眼鏡をかけた司祭らしい人間の指示は、果たされることはなかった。
ムルの矢が足の指に射こまれ、動きの鈍くなったところを的確にテーゼンがしとめる。
円を描いた槍が複数人を薙ぎ払い、叩きのめし、地に這わせた。
「おら、次だ、次」
追いつきながら青い顔に変わっている教会の追手を、この上なく無駄のなく素早い動きで翻弄していく。
ただでさえ、人間にとって不利な夜という状況――たとえ月明かりの下であっても、森の暗がりにおいては慣れているテーゼンや妖精であるムルのほうに分があった。
わざと木の根が地上に張り出している箇所へ誘い込み、足を取られている者から槍で突き刺す。
また、木の枝に寝そべって目標を失った者たちを上から急襲する。
潜んだ草むらから突き出した穂先が、相手の心臓を貫くこともあった。
夜の森は彼の味方であり、彼は森をよく知り尽くしていた。
「何で捕まえられないんだ……相手はたかが1人だぞ!?」
「そりゃあ、アンタが相手を舐めすぎたからさ」

幾度目のことか、さすがに軽い手傷は負っているテーゼンが息を吐きながら≪ダリの愛槍≫を突き出すと、もう声を発するものはその場にいなくなった。
血の海の中で、ただひとり、立ち。
テーゼンは生を噛み締めた。
※収入:
※支出:見習いの研究室(罪深い赤薔薇の人様作)にて【切ない秋】、≪銀色の薔薇≫×3を購入。
※ユメピリカ様作、逃走経路クリア!
--------------------------------------------------------
■後書きまたは言い訳
31回目のお仕事は、ユメピリカさんがハロウィンカーニバル(仮)に出品なさった逃走経路です。
全然ハロウィンじゃない時期にやっちゃってすいません……。
何でテーゼンだけ一人用シナリオやってるのかというと、贔屓しているキャラだというわけではなく、ただ単に経験点が1点だけ他の人より低いからです。
100KB祭りで出ていたやつをやろうか、それとも結構昔にダウンロードしたシナリオにしようか、色々と考えていたのですが…よく考えると、野伏である彼の特性を生かしたシナリオをやったことないなぁと思い、それなら逃走経路で夜の森逃げるとかそれっぽくないか?と閃いたのです。
たとえ称号持ってても、特にボーナスがあるわけじゃないんですが、イメージとして。
結果、召喚獣2人に励まされてる悪魔という、よく分からん図になってしまったのですが、これはこれで面白いからいいかと思ったり。
こちらの作品では、聖北教会からPCが追われる理由はそれぞれに考える余地を残しておられるのですが、せっかく指名手配犯を逃がした経緯があるからと、そっちを発端にしてみました。
狂信者狩りエンディングを迎えるのに、ちょうどいい理由付けになったのではないでしょうか。
戦ってみて分かったのですが、テーゼンの技能構成だと一人で多数相手に戦うには、ちょうどいいみたいですね。
回復(隠し薬草)はある、範囲攻撃(薙ぎ払いと地霊咆雷陣)はある、高命中(ダリの愛槍と龍牙)はある…おまけに、妖精ムルが回避力を低下させる攻撃をしてくれるので、またとない相棒となってくれました。
なんていい子なんだムル……たまに回復してくれるし。
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。
悪魔であるテーゼンにとって、まったくありがたくないタイプの団体に目をつけられたのは、そもそも三週間近く前に受けた脅迫状を出した魔術師が原因といえる。
アイリス=グリニャールと呼ばれるかの魔女は、賢者の塔・騎士団・聖北教会・盗賊ギルドなどの様々な組織における、ある過激な思想の一派から追われる身であった。
彼らは、死に掛けていた猫をこの世に留まらせるため、ある措置で魔法生物にし、自らの使い魔としたアイリスを、神の領域であるはずの生の創造を侮辱した罪として捕らえよ、という姿勢を取っている。
賢者の搭出身であるウィルバーも、聖北教徒であるシシリーも、実際に彼女と接した人柄を吟味した上でそれらに関わるまいと、邂逅について口を噤んでいる。
にも関わらず――恐らく、言い方を間違えて脅迫状になってしまった手紙を受けた、村の誰かから――魔女アイリスに関する情報を受け、派遣された一団がテーゼンを追い回しているのである。
異種族が多い冒険者稼業でも、ちょっと珍しい黒い翼の有翼種という特徴でこちらを特定したものか、まだ本当の正体はばれていないものの、教会という特性上、捕まればただでは済みそうにない。
そうしてテーゼンが悪魔だと分かってしまえば、旗を掲げる爪の他の者たちまで、彼らの粛清の対象となり得るだろう。
特にリーダーであるシシリーなどは、厳しい処分が待っていることは間違いない。
『他の皆さんにも、迷惑になりますからね…』
「とにかく距離を離さないと駄目ですよ!」
「ああ、2人の言うとおりだな!」
魂だけになったルヴァ――ある村の生き残りで、悪魔としてのテーゼンと初めて取引した子供――が懸念を口にすれば、飛ぶ速さが違うために、必死で彼の襟元にしがみ付いている妖精ムルも忠告を叫ぶ。
リューンの雑貨屋で尾行され始めたのを機に、宿屋には立ち入らせるまいと郊外の森へと引っ張ってきたのだが、一向に後を追うのを止める気配が無い。
逃げる途中で妙なモンスターに出会うのが面倒だったため、彼が飛び込んだのは、旗を掲げる爪として二回目に受けた仕事で立ち入った場所であった。
さほど深くはないものの、野生の狼や蜂がたまに出るくらいの森であり、途中にはゴブリンが住み着いていた洞窟もある。
もし振り切ったら、そこでほとぼりが冷めるまで隠れていようと思ったのだが、人海戦術によって振り切ることが難しくなってきていた。
もしこれ以上翼が疲れたら、もしこれ以上翼を傷めたら。

狂信者たちによって、終わらされるのだ――自分のすべてを。
「そんな事になって……たまるかよっ」
肺はもはや悲鳴をあげ始めていたが、テーゼンは無理にでも空気を自分の体に取り込んだ。
ここで死ぬわけにはいかないのだと、自分自身に言い聞かせる。
小さな慰めといえば、自分たちの手柄とすることだけを考えているせいなのか、追ってくるのは教会に属している連中だけであり、他の組織の人員は絡んでいないように見えることくらいか。
「チッ……!」
低空飛行を続けていたが、小枝に翼を掻かれて血が滲んだ。
足跡を消す工作が不要である点はありがたいが、これでは飛び続けるのは困難になる。
追手の足音が聞こえる。
どうやら、追いつかれたようだ。
「くっそ……!」
疲労は蓄積しているものの、まだ呼吸は整っている。
テーゼンが落ち着いて槍を構える横で、襟元から飛びあがったムルも厳しい表情で弓を取り出している。
最初に襲い掛かってきた者たちを【薙ぎ払い】で一気に負傷させた後、それぞれ各個撃破をしてしばし辺りを伺うが、どうやら後続の追手はまだ追いついていないようだ。
ムルが蝶の羽根を羽ばたかせ、くるりと宙に円を描く。
「テーゼンさん、まだ他の者は来てないみたいですよ。今のうちに行きません?」
「……いや」
しばらく黙った後に返した答えは、否定であった。
「ここであいつらを撒いたとしても、今度はリューンにある冒険者の宿を、ひとつひとつ虱潰しに調べ始めるかもしれない。……そうなったら、あいつらに見つかるのは避けられない。それに…そうなったら、他の奴らにまで辿り着いちまう」
「ええっ!?じゃあ、どうするんですか?」

「皆殺しにすれば良い」
キュ、とブーツのベルトを締め直しながら彼は言った。
その口調は厳しかったが、端整な人形のような顔は気遣わしげにムルを向いている。
「アンタには関係ないことだ。ここから1人で宿に帰っても、いっそ離脱して他のパーティを見つけるのでも構わないぜ…?」
「いいえっ」
きっぱりとした妖精の返事だった。
「私だって、今はもう旗を掲げる爪の一員です!ここで仲間を見捨てる選択はしません!」
「……そ、か。こんないい三日月の夜に、無粋なデートをさせてすまねぇな。ルヴァも」
『こっちは元々、死神さんの所有物だもの。最後まで一緒だよ』
「ああ。そうだ、そう約束してたっけな……」
なんて妙なことになってしまったんだろう。
悪魔と、その所有物と化した人間の魂と、妖精。
それらが神に仕えようという者たちと戦うなんて――…。
「…………」
おかしくてたまらない。
テーゼンは、自然と口元が上がっていくのを感じた。
追いついてくる足音を振り返り――彼はそっと声をかけた。
「さあ、月夜のパーティだ。最後まで声を上げて楽しんでいってもらうぜ…?」
「捕らえろ――!」
眼鏡をかけた司祭らしい人間の指示は、果たされることはなかった。
ムルの矢が足の指に射こまれ、動きの鈍くなったところを的確にテーゼンがしとめる。
円を描いた槍が複数人を薙ぎ払い、叩きのめし、地に這わせた。
「おら、次だ、次」
追いつきながら青い顔に変わっている教会の追手を、この上なく無駄のなく素早い動きで翻弄していく。
ただでさえ、人間にとって不利な夜という状況――たとえ月明かりの下であっても、森の暗がりにおいては慣れているテーゼンや妖精であるムルのほうに分があった。
わざと木の根が地上に張り出している箇所へ誘い込み、足を取られている者から槍で突き刺す。
また、木の枝に寝そべって目標を失った者たちを上から急襲する。
潜んだ草むらから突き出した穂先が、相手の心臓を貫くこともあった。
夜の森は彼の味方であり、彼は森をよく知り尽くしていた。
「何で捕まえられないんだ……相手はたかが1人だぞ!?」
「そりゃあ、アンタが相手を舐めすぎたからさ」

幾度目のことか、さすがに軽い手傷は負っているテーゼンが息を吐きながら≪ダリの愛槍≫を突き出すと、もう声を発するものはその場にいなくなった。
血の海の中で、ただひとり、立ち。
テーゼンは生を噛み締めた。
※収入:
※支出:見習いの研究室(罪深い赤薔薇の人様作)にて【切ない秋】、≪銀色の薔薇≫×3を購入。
※ユメピリカ様作、逃走経路クリア!
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■後書きまたは言い訳
31回目のお仕事は、ユメピリカさんがハロウィンカーニバル(仮)に出品なさった逃走経路です。
全然ハロウィンじゃない時期にやっちゃってすいません……。
何でテーゼンだけ一人用シナリオやってるのかというと、贔屓しているキャラだというわけではなく、ただ単に経験点が1点だけ他の人より低いからです。
100KB祭りで出ていたやつをやろうか、それとも結構昔にダウンロードしたシナリオにしようか、色々と考えていたのですが…よく考えると、野伏である彼の特性を生かしたシナリオをやったことないなぁと思い、それなら逃走経路で夜の森逃げるとかそれっぽくないか?と閃いたのです。
たとえ称号持ってても、特にボーナスがあるわけじゃないんですが、イメージとして。
結果、召喚獣2人に励まされてる悪魔という、よく分からん図になってしまったのですが、これはこれで面白いからいいかと思ったり。
こちらの作品では、聖北教会からPCが追われる理由はそれぞれに考える余地を残しておられるのですが、せっかく指名手配犯を逃がした経緯があるからと、そっちを発端にしてみました。
狂信者狩りエンディングを迎えるのに、ちょうどいい理由付けになったのではないでしょうか。
戦ってみて分かったのですが、テーゼンの技能構成だと一人で多数相手に戦うには、ちょうどいいみたいですね。
回復(隠し薬草)はある、範囲攻撃(薙ぎ払いと地霊咆雷陣)はある、高命中(ダリの愛槍と龍牙)はある…おまけに、妖精ムルが回避力を低下させる攻撃をしてくれるので、またとない相棒となってくれました。
なんていい子なんだムル……たまに回復してくれるし。
当リプレイはGroupAsk製作のフリーソフト『Card Wirth』を基にしたリプレイ小説です。
著作権はそれぞれのシナリオの製作者様にあります。
また小説内で用いられたスキル、アイテム、キャスト、召喚獣等は、それぞれの製作者様にあります。使用されている画像の著作権者様へ、問題がありましたら、大変お手数ですがご連絡をお願いいたします。適切に対処いたします。
2016/04/07 12:18 [edit]
category: 逃走経路
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